シリーズ「キャリア教育」 高校でのキャリア教育€¦ ·...

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68 Kawaijuku Guideline 2013.9 標を持たせ、将来の在り方と 生き方について考えることで、 生徒の潜在能力を引き出す」、 さらに「働く意味、学問をす ることの意味を気づかせるこ とで生徒の主体的な学びの意 欲を高め、進路選択に示唆を 与える」「地域社会の協力を得て、社会に役立つ人材を 育成し、地元に生きるリーダーを育てる」ことを目標と してキャリア教育・進路指導に取り組んでいる。 この目標を実現するために導入されたのが、総合的な 学習の時間に実施している「キャリアデザイン・プロジェ クトS」である<図表1>。プロジェクトSの「S」は、 高岡南(south)高校で、生徒が自らの志を成就(success) しようと一生懸命努力するなかで、神様が与えてくれる 偶然の賜物(serendipity)に恵まれることを願い、そ の3つの頭文字をとってつけられたものである。 「キャリアデザイン・プロジェクトS」では、特に「生 徒が多様な職業人との出会いを通して自分自身を見つめ 直し、自分の将来の在り方と生き方について深く考える ことができるようにすること」と、「生徒が新しい学問 に触れることによって学びへの興味・関心や意欲を高め ると同時に、当面する進路選択に大きな示唆を得られる ようにすること」の2つを狙いとして、3年間のプラン を構築している。 富山県西部の中心である高岡市。砺波平野の水田地帯 に立地する高岡南高等学校は、毎年金沢大学や富山大学 をはじめとする国公立大学に多くの合格者を輩出してい る進学校である。また「行事の南」と言われ、学校行事 が盛んなことでも知られている。同校では、2006(平 成18)年から総合的な学習の時間に「キャリアデザイン・ プロジェクトS」と名付けた取り組みを導入し、生徒の 進路観・職業観の育成に力を入れている。このプロジェ クトについて、進路指導主事の小川哲司先生にお話を 伺った。 高岡南高校では、大学合格だけでなく、「夢・志・目 1年生は社会人を講師に迎え 3回連続のゼミ形式で進路観・職業観を涵養 9月号では、総合的な学習の時間に、学部・学科調べ、職業調べ、大学訪問や企業訪問といった活動をしている高 校を紹介する。 富山県立高岡南高校では「キャリアデザイン・プロジェクトS」を実施し、さらに3年次の課題研究を通じて生徒 の考察を深めている。また、沖縄県立球陽高校では、学部・学科調べや社会問題を考察し、その内容を東京の実地研 修(企業訪問)へとつなげている。 職業調べ、学部・学科調べ、大学訪問を含む 「キャリアデザイン・プロジェクト S」を実施 高3で課題研究を行い、志望分野への問題意識を深化 富山県立高岡南高等学校 <図表1>キャリアデザイン・プロジェクトSの概念図 小川哲司 先生 11 シリーズ「キャリア教育」 高校でのキャリア教育

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  • 68 Kawaijuku Guideline 2013.9

    標を持たせ、将来の在り方と生き方について考えることで、生徒の潜在能力を引き出す」、さらに「働く意味、学問をすることの意味を気づかせることで生徒の主体的な学びの意欲を高め、進路選択に示唆を与える」「地域社会の協力を得て、社会に役立つ人材を育成し、地元に生きるリーダーを育てる」ことを目標としてキャリア教育・進路指導に取り組んでいる。 この目標を実現するために導入されたのが、総合的な学習の時間に実施している「キャリアデザイン・プロジェクトS」である<図表1>。プロジェクトSの「S」は、高岡南(south)高校で、生徒が自らの志を成就(success)しようと一生懸命努力するなかで、神様が与えてくれる偶然の賜物(serendipity)に恵まれることを願い、その3つの頭文字をとってつけられたものである。 「キャリアデザイン・プロジェクトS」では、特に「生徒が多様な職業人との出会いを通して自分自身を見つめ直し、自分の将来の在り方と生き方について深く考えることができるようにすること」と、「生徒が新しい学問に触れることによって学びへの興味・関心や意欲を高めると同時に、当面する進路選択に大きな示唆を得られるようにすること」の2つを狙いとして、3年間のプランを構築している。

     富山県西部の中心である高岡市。砺波平野の水田地帯

    に立地する高岡南高等学校は、毎年金沢大学や富山大学

    をはじめとする国公立大学に多くの合格者を輩出してい

    る進学校である。また「行事の南」と言われ、学校行事

    が盛んなことでも知られている。同校では、2006(平

    成 18)年から総合的な学習の時間に「キャリアデザイン・

    プロジェクトS」と名付けた取り組みを導入し、生徒の

    進路観・職業観の育成に力を入れている。このプロジェ

    クトについて、進路指導主事の小川哲司先生にお話を

    伺った。

     高岡南高校では、大学合格だけでなく、「夢・志・目

    1年生は社会人を講師に迎え3回連続のゼミ形式で進路観・職業観を涵養

     9月号では、総合的な学習の時間に、学部・学科調べ、職業調べ、大学訪問や企業訪問といった活動をしている高校を紹介する。 富山県立高岡南高校では「キャリアデザイン・プロジェクトS」を実施し、さらに3年次の課題研究を通じて生徒の考察を深めている。また、沖縄県立球陽高校では、学部・学科調べや社会問題を考察し、その内容を東京の実地研修(企業訪問)へとつなげている。

    職業調べ、学部・学科調べ、大学訪問を含む「キャリアデザイン・プロジェクトS」を実施高3で課題研究を行い、志望分野への問題意識を深化富山県立高岡南高等学校

    <図表1>キャリアデザイン・プロジェクトSの概念図

    小川哲司 先生

    第 11 回 シリーズ「キャリア教育」

    高校でのキャリア教育

  • Kawaijuku Guideline 2013.9 69

     1年生から内容を見ていくと、まず、4月から6月半ばにかけて、興味を持つ職業が近い生徒同士でクラス横断の 10 人程度のグループを作り、仕事の内容や必要な資格などをインターネットや情報誌等を用いて調べ、模造紙にまとめて発表する「職業調べ」を行う。 6月から7月には3回にわたり、社会人を講師に招いて「キャリアデザインゼミナール」を行う。2012 年度は、13 のゼミを実施した<図表2>。小川先生は「ゼミな

    1年次はキャリアデザインゼミナールを実施ゼミを3回実施することで内容が深まる

    ので1講座十数名ずつとし、生徒自身に考えさせるような双方向の授業を行っていただいています。講師は地元企業関係者、県内の大学教員、同窓会会員、保護者などにお願いし、企業の場合はなるべく本校の卒業生を派遣していただいています。ゼミは学ぶことや働くこと、生き方などについて学べる内容です」と目的を説明する。 ゼミの内容は、「将来のために今何を学ばなければならないのか」「自分の人生設計を考える」「社会に出てから学んだこと」といったテーマが並ぶ。また、基本的に同じ講師のゼミを3回連続して受ける。これにより講師が自分の考えや経験を語るだけでなく、生徒同士で話し合って発表させるなどの取り組みも可能となったり、講師が伝えたいことを生徒はしっかり理解することができる<図表3>。複数回会えば親近感も湧き、質疑応答も活発になるそうだ。 また、今年度はゼミナールの前に、学年全体で企業から講師を迎え、「進学の先にあるもの」を考えさせるための講演会を実施し、事前学習を充実させた。さらに、「キャリアデザインゼミナール」の事前学習として、「マナーセンスアップ教室」を実施し、社会人に接するためのマナーを学んでいる。

     10 月には「大学探検Ⅰ」として、大学訪問を行う。2012 年度は金沢大学への日帰り訪問と、1泊2日での

    秋に「大学探検」を行い大学見学と卒業生との懇談会を実施

    <図表2>第1学年 キャリアデザインゼミナール テーマ一覧 (2012 年度)No. 分類 役職等 テーマ

    1

    企業

    製薬会社工場 製造課 将来なりたい自分をイメージしてみよう!2 建設会社代表取締役専務 だから生きていくんだよ3 専門商社代表取締役社長 人は何のために生きるのか4 製造業人事部人材開発課 AD 将来のために今何を学ばなければならないのか

    5新聞社販売局次長・販売本部部長 自分の人生設計を考える新聞社編集局 NIE 担当部長 自分のアンテナを高く新聞社編集局 編制本部 記者と整理(レイアウト)の仕事について

    6 飲料メーカー財務部会計グループ 社会に出て学んだこと7 商事会社代表取締役 今だからこそ夢をみよう!

    8IT 企業高岡センター IT 業界についてIT 企業(北陸)金融システム部 女性の働き方IT 企業行政システム開発部 システムエンジニアの仕事とは

    9個人

    フリーアナウンサー アナウンサーの仕事10 NPO 法人環境教育コーディネーター 地球温暖化の時代をどう生きよう

    11教育機関

    短期大学学科長・教授 1 回目「看護との出会い」短期大学教授・病院看護部長 2 回目「看護の仕事と魅力」3 回目「私の専門分野について」

    12小学校校長

    人を育てる~小学校教員の仕事~小学校教頭

    13 行政公務市役所都市経営課 高岡を知ろう市役所観光交流課 高岡市の観光における「まちづくり」について市役所高齢介護課 公務員という職業について

    <図表3> 2012 年度キャリアデザインゼミナール生徒の感想から

    ●私はこの講座で、今やっていることに意味があるという

    ことを学びました。勉強や部活動、友人や先生との関わ

    りなどいろいろな経験が将来の自分に役立つのだと思い

    ます。また、限られた時間をどれだけ有効に使うかが生

    活を充実させる重要なポイントであるとわかりました。

    ●今日学んだことは、将来の役に立つことばかりでした。

    その中でも人間性をきたえるということは、今からでも

    できることだと思うし、全ての職業において大切なこと

    だと思います。また、安全を守るために企業が行ってい

    ることは、部活動のときにも利用できると思いました。

    安全であるために今後していこうと思います。また今回

    学んだことを伝えていき、みんなで共有し、考えたいと

    思いました。

  • 70 Kawaijuku Guideline 2013.9

    関西方面の大学訪問の2コースに分かれ、生徒はいずれかに参加した。金沢大学では、卒業生である現役学生によるキャンパス見学、学食での昼食、全体説明会や卒業生との懇談会、わかったことや感想のまとめ、大学の施設見学というスケジュールである。 関西方面では、1日目に立命館大学と京都大学を訪問し、夜は関西方面の大学に在学中の卒業生をホテルに招き懇談会を実施した。2日目は、大阪大学、大阪教育大学、奈良女子大学、神戸大学、神戸市外国語大学、京都府立医科大学、同志社大学、関西学院大学のうち、希望する大学を訪れ、卒業生にキャンパスを案内してもらった。 ただし、今年度は関西方面の大学訪問は中止し、金沢大学のみとする予定である。「もともと希望者を対象としていた大学探検を、近年、参加を必須にしました。本校は金沢大学を志望する生徒が多いことと、生徒全員が金沢大学か関西方面の大学を希望するわけではないこと、文化祭が終わった直後でもあり、行事が続くと生徒が落ち着かないという面もありました。そこで、今年はいったん関西方面の大学探検を中止し、様子を見てみようと思います」(小川先生)

     2年生では、学部・学科調べを行い、進路観の育成を図る。 まず、4・5月に、「学問・大学探検」という学部・学科調べを行う。1年生で行った「職業調べ」と同様、クラスを横断して興味のある学部・学科別にグループを作り、グループごとに模造紙にまとめて発表する。夏休みは「大学探検Ⅱ」として、全員がそれぞれ志望する大学のオープンキャンパスに参加し、報告書を提出する。 こうして大学や学部・学科に対する理解を深めたところで行うのが、7月の「大学・病院連携講座」と 11 月の「大学連携講座」である<図表4>。どちらも大学教員や医師などの医療関係者を招いた研究内容の講義で、学問系統別に 10 講座設け、前期・後期ともに系統内で違う分野の講義を2回実施する。例えば、2012 年度の前期は、人文学系統は言語学と考古学、工学系統は自動車工学とリサイクル工学の講師を招いた。生徒は希望する系統を2回聴き、同じ系統でもさまざまな学問がある

    ことを知る。 後期は 10 系統に分けて2回講義が行われるが、前期は教員が講師を選んで依頼するのに対し、後期は生徒が近県の大学のホームページを活用して大学の研究内容を調べた上で、話を聴きたい大学教員の候補を挙げ、その教員に依頼する。「新潟大学、金沢大学など近県の大学を候補にして生徒に調べてもらいます。生徒にとっては、どの教員の話を聴きたいか調べて考えること自体が進路学習であるのはもちろん、自分たちで選んだ講師ということで聴講する姿勢も前向きになります」(小川先生) 「連携講座」について小川先生はさらに、「大学で学ぶ内容への興味・関心を高めるのに加え、高校に比べて高度な内容の講義を聴くことによって、今、学ばなければならないことを自覚し、難しいことに挑戦しようという意欲につなげたいと考えています」と狙いを語る。 なお、後期は講演のテーマを見た上で、1回目と2回目で異なる系統の講義を聴講してもよい。講演後は、生徒は受講した内容や感想をレポートにまとめて提出する。 2年生の3学期は、3年生で行う「キャリアプランニング」の準備として、マインドマップを作成して、興味・関心の方向を確認する。そして新書など興味のある分野の書籍を1人1冊購入し、春休み期間中に読むことを課している。

     進学校のキャリア教育では、2年次で活動が終了し、3年次は受験勉強に集中する学校も多いが、同校では2年間積み重ねてきた活動の集大成をさせたい、という趣旨で生徒にレポートを書かせている。 3年生では、春休みに読んだ読書のレポートを書いた後、改めて自分の将来の在り方・生き方に関するテーマや、大学で学びたい学問につながるテーマを決めて提出し、クラスを横断して、近い分野ごとに 10 程度のグループを編成する。その後、3回にわたって新たな参考文献を読むなどして考察を深める。各グループには担当教員がつき、必要に応じて調べ方の助言をする。 6月には自分でまとめたことをグループ内で中間発表する。中間発表では、他の生徒の発表を聴いたり、お互いに質問したり、意見交換を通じて、浮かび上がった課題を整理し、7月に 2,000 字程度のレポートにまとめる。

    「キャリア教育」第 11回 高校でのキャリア教育

    3年生では、課題研究を実施し志望する分野への問題意識を深める

    大学連携講座では講演してほしい講師を生徒が調べ、講師を招聘

  • Kawaijuku Guideline 2013.9 71

    はなく、時代や生徒の変化に合わせて改善することが大切です。本校も、現状に満足することなく改良を加えていきたいと考えています」と語ってくれた。

    ◇所在地:富山県高岡市戸出町 3-4-2

    ◇設立:1974(昭和 49)年 全日制普通科の高等学校として設立1996(平成 8)年  人文科学コース新設

    ◇学級編成:1年次普通科4クラス2年次5クラス(人文科学コース1、普通科4)3年次4クラス(人文科学コース1、普通科3)

    ◇生徒数:517 名(男子 202 名、女子 315 名)2013 年5月現在

    ◇特色:進学校であると同時に部活動も盛んであり、生徒は自由闊達な校風の下で文武両道の高校生活を送っている。2年次から1クラスを「人文科学コース」とし、情報化・国際化に対応できる人材の育成をめざしている。また、高岡市役所をはじめ地元で活躍する卒業生も多く、地域のリーダーを輩出する高校として地元の期待を担っている。

    ◇卒業生の進路:2013年3月卒業生 196 名 ・進学先:4年制大学 168 名、短期大学 7 名、大学校・専門学校

    4 名、就職 1 名・合格者の内訳(延べ数):国公立大学 112 名、私立大学 415 名

    <図表4>第2学年 「大学・病院連携講座」「大学連携講座」のテーマ例 (2012 年度)

    大学・病院連携講座(前期)テーマ

    講座 回数 役職 テーマ

    人文学系第 1 回 富山大准教授 ことばに潜む法則を見つけよう~言語学とは何か~第 2 回 富山大准教授 富山の古墳

    経済学系第 1 回 富山大准教授

    管理会計システムのデザイン特性が組織成員のパフォーマンスと幸福感に与える効果に関する実証分析

    第 2 回 富山大准教授 企業経営と財務分析について

    人間発達科学系第 1 回 富山大教授 教員の魅力と教員養成

    第 2 回 富山国際大教授 小学校教育方法論-小学校の授業とは-

    理学系第 1 回 富山大准教授 低温の世界第 2 回 富山大教授 遷移金属は働きもの

    工学系第 1 回 富山県立大准教授 自動車のおもしろメカニズム第 2 回 富山県立大講師 循環型社会とリサイクル

    法学系第 1 回

    高岡法科大教授 高校生活と法律第 2 回

    国際系第 1 回 金沢学院大准教授 心をつなぐ英会話第 2 回 北陸大准教授 アメリカと戦争

    医・薬学系第 1 回 医師 がんの治療について第 2 回 薬剤師 薬剤師業務

    看護・検査系第 1 回 放射線 放射線と診療放射線技師が関わる治療・検査について第 2 回 看護師 看護師の仕事とは

    芸術文化系第 1 回 富山大講師 日本画技法材料と鳥獣戯画の模写

    第 2 回 富山大講師 富山の地域性を活かした建築デザイン

    大学連携講座(後期)テーマ

    講座 回数 役職 テーマ

    人文学系(心理・思想・社会)

    第 1回 金沢大教授 フィールドから異文化を考える

    第 2 回 新潟大教授 日本昔話に見る人間の気持ちの落とし穴

    人文学系(言語・歴史文化)

    第 1回 金沢大教授 書いてあるとおりに読むことをめざして(源氏物語を例に)

    第 2 回 新潟大准教授 人間関係を切り開く「パフォーマンス」としての「ことば」

    国際関係系第 1回 金沢大准教授 アメリカ映画をまじめに見よう第 2 回 北陸大准教授 国際関係学を学んでみませんか?

    法学・経済学・社会学系

    第 1回 北陸大教授 「知的財産」の話第 2 回 新潟大教授 経済活動と税法

    化学系(理学・工学)

    第 1回 金沢大准教授 周期表の化学

    第 2 回 新潟大助教 ガスハイドレート~水分子が作る形と性質の利用~

    物理・機械・情報系

    第 1回 金沢工業大講師 小型無人飛行機開発の実際

    第 2 回 新潟大准教授 身近な例から考えるヒューマンコンピュータインタラクション自然科学・環境系 第 1回 金沢大准教授 エネルギーと環境

    食物・栄養系

    第 1回 石川県立大准教授 好き嫌いを科学する

    第 2 回 新潟大准教授 食品添加物の安全性~合成は危険で天然は安全?~

    医・薬・保健学系

    第 1回 金沢大准教授 生命科学の最前線

    第 2 回 金沢医科大准教授 心の病についてのプチ講座

    教育系第 1回 金沢星陵大教授 友達や先生とのコミュニケーションのとり方について

    第 2 回 新潟大教授 数学で考える環境問題

    レポートは、8月の特別編成授業中にグループ内で発表し、自己評価と相互評価を行う。そして評価の高かった生徒は、グループの代表として3年生全員の前で発表する。 3年生で課題研究を行う理由を、小川先生は「1、2年生で深めてきた考察を途切れさせてしまわないためと、3年生になると進路の方向が定まってくるので、興味のある事柄をさらに深める良い時期であるためです。また、小論文対策や面接対策にもなると考えています。導入当初は課題研究に取り組ませることに不安もありましたが、実際やってみると生徒は一生懸命に図書館で調べたり、レポートを書いたりしています」と話す。 今後の課題について、小川先生は「生徒のモチベーションの維持」を挙げる。「どんな取り組みも実施した直後は生徒のモチベーションは上がりますが、それをどのようにして長続きさせるかが難しいところです」 最後に数多くの取り組みを実施する秘訣について伺うと、「導入するときは大変ですが、一旦軌道に乗れば続けることができると思います。ただし、『例年通り』で

    富山県立高岡南高等学校(全日制)

  • 72 Kawaijuku Guideline 2013.9

    「キャリア教育」第 11回 高校でのキャリア教育

    各学年のクラス担任と副担任、学年主任、球陽プロジェクト係である。 球陽プロジェクトは1年生・2年生の活動であり、2年間の流れは<表2>のようになる。 1年生では、学習の目標を設定し、自ら学習する態度を身に付けることから始まる。このため4月に「学校オリエンテーション」と1泊2日の「宿泊研修」を実施する。「宿泊研修」では、英語・数学・国語を中心に各自が学習するものを持参し、自分で立てた計画通りに勉強する。 5月から大学の学部・学科調べが始まる。「1年生になったばかりですので、まず自分がどのような分野に進みたいかを考える機会としています。本校は琉球大学への進学者が多いので、琉球大学にどのような学部・学科があるのか、何が学べるのかを調べてもらいます。その上で、夏に行われる琉球大学のオープンキャンパスに参加します。この時点では、大学とはどのようなところで、どのような勉強をするのかを、具体的にイメージできる

     沖縄本島中部の沖縄市に立地する沖縄県立球陽高等学

    校は、1989(平成元)年に理数科と国際英語科の2学

    科からなる「特色ある進学校」として開校した県内有数

    の進学校である。創立以来、琉球大学をはじめ、県外の

    国公立大学や難関私立大学にも多数の合格者を輩出して

    いる。同校では 2003 年から総合的な学習の時間に「球

    陽プロジェクト」と名付けた「進路観・職業観の育成」

    を目的とした取り組みをしており、生徒がめざす進路の

    実現につなげている。この「球陽プロジェクト」につい

    て球陽プロジェクト係の下里由紀先生に話を伺った。

     球陽高校では「一人一人の確固たる進路実現をめざして」をキャッチフレーズとした学校経営方針を策定して生徒を育成している。球陽プロジェクトは特に生徒の「進路観・職業観の育成」をめざして導入された。学部・学科調べ、社会問題研究などを総合・統合化し、東京への実地研修を核とした取り組みである。2012 年度以降は、新学習指導要領における総合的な学習の時間の目標や内容の取り扱いも意識している。2012 年度は、総合的な学習の時間として、1年生は1単位、2年生は2単位を充てた。 では、球陽プロジェクトについて、具体的な内容を見てみよう。 2012 年度の目的と、1年生と2年生の球陽プロジェクトの目標は<表1>の通りである。プロジェクトの企画・立案は教頭、事務長、教務部球陽プロジェクト係2名(1年担当、2年担当)、学年主任、2学年生徒指導担当、進路指導部主任、教科情報担当をメンバーとする球陽プロジェクト委員会が行い、運営は委員のうち、教務部球陽プロジェクト係が担当している。実際に授業を行うのは、

    1年生前期は自学自習の習慣を付けオープンキャンパスで大学をイメージする

    東京への実地研修を核とした球陽プロジェクトで生徒の主体性や進路観・職業観を育成沖縄県立球

    きゅう

    陽よ う

    高等学校

    下里由紀 先生

     目的①「総合的な学習の時間(球陽プロジェクト)」を通して、基礎学力を身に付け、現

    代社会における諸問題への関心を持つとともに、問題を解決する力を付ける。②学部・学科研究に留まらず、社会構造が有機的に繋がることを理解し、社会と職

    業や学問との接点を調査・検討・実感することで、各自の進路への興味関心を持つ。③これらの諸活動を通して、自己の生き方在り方を考え、自分の力で将来設計ができ、

    社会で活躍、貢献できる資質・能力を身に付ける。

     目標1学年

    ①学習の目標を設定し、自ら学習する態度を身に付ける。(自学自習の定着)②大学の学部・学科について理解し、進路意識を身に付ける。(進路観の育成)③社会問題に興味を持つ。(職業観の育成)

    2学年①興味を持った社会問題を考察できる。②課題について自分なりの解決策を見いだし、実地検証できる。③2年間の諸活動を通して、各自の進路意識の向上に結びつけることができる。

    <表1>球陽プロジェクトの目的と目標

  • Kawaijuku Guideline 2013.9 73

    <表2>球陽プロジェクト2年間の流れ(2012 年度用)1学年 2学年

    単位数 1 2単元名・学習内容 時間 単元名・学習内容 時間

    4月

    ○学校オリエンテーション 2 ○球陽プロジェクト発足集会 1○球陽プロジェクト発足集会 2 ○グループ長選出・グループメンバー顔合わせ 1○宿泊研修(糸満青少年の家) 14

    自学探究 

    5月

    ○学部学科研究① 1 ○事前学習①②③ 3学問研究 グループテーマ研究

    ○学部学科研究②  2文理選択・科目選択研究

    6月 ○事前学習④⑤⑥ 社会問題研究・大学研究 5

    7月

    ○学部学科研究③ 3 ○事前学習⑦ 企業研究 1琉球大学学部学科研究 ○事前学習⑧ 電話交渉説明会・企業研究 3

    ○琉球大オープンキャンパス参加 ※ 訪問企業の予約取り開始

    9 月

    ○コース研究① 1 ○事前学習⑨ 企業研究 1後期ガイダンス ○事前学習⑩ 電話交渉・質問状作成 2

    ○事前学習⑫ 大学研究 2○事前学習⑬ 電話交渉・質問状作成 2

    ※ 訪問企業の予約取り

    10 月

    ○コース研究② 3 ○事前学習⑭ 行程表作成 2グループディスカッション/発表 ○事前学習⑮ 宿泊編成 1

    ○コース研究③ 1 ○事前学習⑯ マナー講習・研修先確認 2意見文作成 ○事前学習⑰ 行程表作成 1

    ※ 2学年球陽プロジェクト保護者説明会

    11 月

    ○コース研究④ 1 ○事前学習⑱ 「研修のしおり」確認 1個人テーマ研究/提出 ○実地研修 28

    ※コース・グループ決定 ○事後学習① お礼状・研修報告書作成 1 (社会問題からグループ設定) ○事後学習② レポート作成・プレゼンテーションの準備 2

    12 月

    ○2学年球陽プロジェクト 3 ○事後学習③ 発表会準備・レポート・プレゼンテーション作成 1全体発表会への参加 ○事後学習④ 同上 1

    ○コース別発表会 3○全体発表会 3

    1月○テーマ研究① 1 ○事後学習⑤⑥⑦ 研修報告書作成 3

    グループテーマ決定 ※テーマレポート集作成グループ調整・グループ顔合わせ ※反省・まとめ

    2月○テーマ研究② 2

    テーマ設定理由を考えるレポート下書き準備

    3月○進路研究(職業講話) 1

    職業人に話を聞こう※反省・まとめ

    時間計 37 70

    ディスカッションしたりしながら、その職業の社会の中での位置づけや抱えている課題について考える。その検討内容をもとに、2年生の「個人テーマ報告書」として、400 字〜 600 字程度にまとめている。 3学期は、「個人テーマ報告書」をもとに、学年全体を医療、教育、ビジネス、研究技術など分野別に8つのグループに分ける。その8つのグループの中で、さらにテーマの近い生徒同士4〜6名で小グループを作る。小グループで、さらに調査を行ったり、ディスカッションをしたりして、2年生からの「社会問題研究」のテーマを決定する<表3>。 なお、数年前から1年生の最後に、各クラス1名〜3

    ようになると良いと考えています」(下里先生)

     続いて、職業観を育成する第一歩として、夏休み期間中に、各自で興味ある職業に関する新聞記事をスクラップする。これは、2年生で行う「社会問題研究」の準備学習にもなっている。 9月からは、自分で調べてきた職業に関する新聞記事について、各クラスで、近い領域の職業を選んだ生徒でグループを作る。そのグループごとに、スクラップした新聞記事をもとに、職業や社会問題について発表したり

    夏休みの新聞スクラップを通して社会問題に関心を持ち、職業観を育成

  • 74 Kawaijuku Guideline 2013.9

    「キャリア教育」第 11回 高校でのキャリア教育

    <表3>社会問題研究のテーマ例

    名程度の保護者を招いて「職業講話」を実施している。保護者への依頼が難しい場合は、沖縄市のキャリア教育推進協議会を通じて講師を派遣していただいた。 「昨年は、公務員、塾講師、医師、大学教授など多様な職業の保護者に来ていただきました。市からはホテル勤務の方を派遣してもらい、国際的な職業を希望している生徒に好評でした。生徒は職業や働くことについて理解を深めるよい機会となったようです」(下里先生)

     2年生の4月から6月上旬にかけては、グループで「社会問題研究」に取り組む。 「生徒は、1年生で行った学部・学科調べや新聞記事のスクラップ、『情報』の時間などを通して、調べ学習の手法を学んでいますので、自分たちで研究を進めていきます。インターネットに接続したパソコンも、グループで1台使えるようにしています」(下里先生) 同校では、これらの活動をワークシートにまとめている。生徒が調べる内容、使用した資料、わかった内容をワークシートに記入する。まず、個人でワークシートに記入し、それをもとにグループとして1枚のワークシートにまとめて、清書して提出させる。なお、グループ学習では、他の生徒に任せきりの生徒が出る場合もあるが、それを抑止するために、個人のワークシートも提出させ

    ているそうだ。 グループ学習が活発に行えるかどうかは、生徒同士の関係も影響する。下里先生は「人間関係をつくるのが苦手な生徒もいますし、グループ学習の中で問題も起こります。しかし、グループ学習では、自分が苦手な生徒と話ができるように工夫しなければならないので、コミュニケーション力も育成されていると感じています」と、基礎的・汎用的能力の育成にもつながると実感している。 なお、教員は月に1回、担当者会議を開く際に、問題があればその内容を共有し、生徒を支援している。 6月中旬からは、「社会問題研究」の内容を踏まえ、それがどの学部・学科で学べるかを調べる。さらに7月からは、研究テーマに関連す

    る企業を調べて、「実地研修」先となる企業や、そこでどのような質問をするのかを考える。

     球陽プロジェクトの核となる「実地研修」は2年生の11 月に3泊4日の日程で実施される。 1日目は、都内の大学のキャンパス見学会である。2012 年度は東京医科歯科大学、東京工業大学、横浜国立大学、中央大学、帝京大学、法政大学、立教大学のうち、生徒の希望に分かれてバスで大学を訪問した。 2日目は小グループ別に企業を訪問し、企業の事業内容の説明を受けたり、事前に送った質問に対する回答を聴き、質疑応答を行う。どの企業を訪問するか、そこでの質問を考えるだけでなく、企業訪問の交渉も行う。 この実地研修をするに当たっての事前教育・準備も重要だ。10 月から 11 月上旬にかけて、「行程表作成」「宿泊編成」「マナー講習」などの準備を行うが、「中でも大切なのは『行程表作成』」と下里先生は言う。企業訪問に教員は同行しないため、生徒は自分たちで交通手段を調べ行動予定を考えなければならない。加えて沖縄県には那覇市にモノレールがあるが鉄道がなく、多くの生徒にとって電車に乗るのは初めての体験となる。 「電車に乗り遅れて宿舎帰着時間に間に合わなかったり、グループからはぐれた生徒がいたりと、さまざまな

    社会問題研究から関連する学部・学科、企業や仕事へと興味を広げる

    希望職業 社会問題 グループテーマ(仮) 分類医師 医師不足

    医療技術の進歩による医師不足の解消 医療看護師・助産師 看護師不足医師 医師不足医師 医師不足医師 医師不足医療ソーシャルワーカー

    医療ソーシャルワーカーの不足

    i PS細胞からの恩恵 医療看護師・保健師 発展途上国の医療保健師 老人の孤独死看護・福祉に関する仕事 老人の孤独死

    保健師 生活習慣病患者の増加栄養士 食生活の乱れ

    生活習慣病と食の関係 食栄養士・料理関係 食品偽装

    管理栄養士 生活習慣病調理師 食料不足・輸入化教員(理系教科)沖縄県の学力問題

    学力低下と日本の未来 教育教員 学力低下教員(中学校) 学力低下教員(中学校) 学力低下このように各生徒が希望職業、社会問題を考え、近接領域の職業ごとに小グループを作り、グループテーマを検討する。

    実地研修で企業訪問自主企画研修で、生徒の自主性を育成

  • Kawaijuku Guideline 2013.9 75

    ◇所在地:沖縄県沖縄市南桃原 1-10-1

    ◇沿革:1989(平成元)年 理数科、国際英語科の2学科を設置し開校2004(平成16)年 総合的な学習の時間研究指定校(~2005年)2013(平成25)年 スーパーサイエンスハイスクール指定校

    ◇学級編成:理数科4クラス、国際英語科4クラス

    ◇生徒数:955 名(男 372 名、女子 583 名)2013 年 5月1日現在

    ◇特色:校名は琉球王朝の歴史書「球陽」に由来。「進取・好学・敬愛」の校訓のもとで「創造性に富み、国際社会の中で活躍できる心豊かな人材の育成」をめざす。理数科では野外学習、国際英語科では希望者による海外研修を実施している。

    ◇卒業生の進路:2013年3月卒業生 314 名 ・合格者の内訳(延べ数):4年制大学 313 名、短期大学 6 名、大

    学校・専門学校・留学・就職等 24 名

    沖縄県立球陽高等学校(全日制)

    アクシデントが起こりました。教員は心配ですが、失敗から学ぶことも大切です」(下里先生) 企業との交渉も生徒が行うため、「マナー講習」も重要だ。また、実際の日程を決める際には、既に日程が決まっていることから、企業の予定と合わずに、訪問先がなかなか決まらず苦労するグループもある。2012 年度の訪問企業はのべ 60 社以上にのぼった。 訪問企業が決まった後は、教員が企業とやりとりをし、文書を送るなど対応している。なお、企業訪問の際は、教員は企業に同行しないが、問題が起こった際に速やかに対応できるようにするため、例えば、新宿、霞ヶ関など訪問する企業・官庁のエリアごとに待機し、万一のときに備えている。 3日目は「自主企画研修」である。3名以上のグループで、予め計画してそれぞれが行きたい場所に出かける。以前は、テーマパーク等に全員で行っていたが、2012年度から「自主企画研修」とした。 その狙いについて、下里先生は、「3日目も自分たちで計画して行動することで、生徒の自主性を育みたいと考えました。1人ではなく必ずグループで行くことにしていますし、どこに行くかの行程表は教員が事前に確認しますが、行き先に制限はありません。秋葉原に行ったグループもいますし、東京大学や筑波大学など大学見学に行ったグループ、J リーグを訪問したグループ、JAXA(宇宙航空研究開発機構)を訪問したグループなどさまざまです。しっかり計画を立てて有意義な時間を過ごしたグループもあれば、適当に計画を立て、ただ時間が過ぎてしまったグループもありました。時間をどう有意義に過ごすか、生徒自身が考えます。うまくこの時間を使えなかった生徒もいましたが、これも経験です」 このように、「実地研修」の中での企業訪問、自主企画研修は、準備を含め、生徒の主体性や行動力が育つ貴重な機会となっている。

     球陽プロジェクトについての生徒の感想を紹介すると、「1年生の頃からいろんな職業について調べられたし、同じ職業に就きたい仲間で話し合えたのが進路選択に役立った。2年生になって、球陽プロジェクトが増えて資料の作成や電話交渉がとても大変だったけど、東京に行ってから4日間充実できたので、頑張ってよかったと

    思った。実際に働く人を見るのは、調べ学習の何倍もためになった」「1年の時は、球陽プロジェクトをする意味もわからず、ただやっていたのですが、実際、現地へ行って、企業に訪問したら、仕事の大変さや会社の雰囲気など見て感じることができました。また、自分たちで計画を立てて、誰の手も借りず、自分たちで行動したりして、将来、社会人になって自立したときに、役立つことだなと思いました」などがあり、球陽プロジェクトが確実に生徒の成長につながっていることがうかがえる。 実地研修後は、レポートをまとめてクラスで小グループごとにプレゼンテーションし、さらにクラスの代表が、1、2年生全員を前に報告会を行う。その後、各自が報告書を作成して球陽プロジェクトは終了する。 しかし、この内容の球陽プロジェクトは 2013 年度の2年生で最後となる。同校が今年度からスーパーサイエンスハイスクールの指定を受けたことから、理数科では科学により重点を置いたプロジェクトに変更し、国際英語科でも海外研修を必修化して、現在の実地研修に代える予定となったためである。 下里先生は「具体的な計画はこれからですが、これまでの『社会問題研究』は時間が足りないこともあって、考察が浅いという課題がありました。両学科の特色を一層活かした取り組みにすることで、問題をより深く考えた上で企業を訪問するなど、球陽プロジェクトをより良いものにしていきたいと考えています」と抱負を語ってくれた。

    生徒の成長につながる球陽プロジェクト