カンボジアにおける野蚕エリサン養蚕事業...2006年文科省odaを受託...

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19 研究会報告 第2回研究会 カンボジアにおける野蚕エリサン養蚕事業 ─持続可能な開発に向けた企業の取り組み─ 株式会社 4CYCLE・代表取締役 田井中 慎 筆者は自らが関わるエリサン養蚕事業を、事業活動の中で実践された持続可能な開 発(Sustainable Deelopment以 下、SD) 事 例 と 捉 え、 ア ク タ ー ネ ッ ト ワ ー ク 理 論(Actor Network Theory以 下、ANT) の 視 座 か ら ビ ジ ネ ス の 現 場 に お け るESD(Education for Sustainable Development、持続可能な開発のための教育)とは何かを考察した。 野蚕エリサンは2000年頃から日本野蚕学会により、衰退した日本のシルク産業に替わる研究 対象として期待された。UVカット、防臭機能を持つエリサン繭(エリシルク)を新たな産業 資材としたい日本野蚕学会はカンボジアでの養蚕の産業化を推進。2006年文科省ODAを受託 した東農大国際協力センターがそれを引き継ぎ「ESDとしての食農環境教育」と位置づけ、内 戦後のカンボジア農業の復興を目指した。しかし、この活動はODA終了と同時に収束する。 2010年エリシルクの加工技術を確立したシキボウは天然機能性繊維としてエリナチュレの販 売を開始する。原料供給をカンボジアに求め、再び養蚕を軌道に乗せるため現地農家ネット ワークNGO、現地農業大学、また信州大学繊維学部が関わり始める。シキボウはその過程を 持続可能産業「エリシルク・プロジェクト」として情報発信している。 ANTは全ての事物現象を、行為主体性を持つアクターで構成されたネットワークと捉える。 そしてヒトに限定せずモノや概念をもアクターとし、アクター同志が相互作用するネットワー クの生成、変容、終焉を関係論的に分析する。ANTではアクターが他アクターを取り込みネッ トワークを構成していく過程を翻訳と呼ぶ。 本事業は昆虫、日本企業、研究・教育機関、現地農家など異種混淆のアクターで構成される アクターネットワークであり、北インド原産の野生の蛾が「新たな研究対象」「カンボジア農 業の復興ツール」「ESDの普及ツール」「新繊維原料」へと読み替えられていく翻訳過程と捉え ることも可能である。諸アクターを取り込み続けることで推進される本事業は事業全体の目標 を新たに生成しながら変容し続ける。その行為を媒介したのはエリサンの存在であり、エリサ ンが諸アクターの将来への期待をアブダクティブに喚起するインデックスとして機能に生起し た期待の総和が行為主体性を持つことにより事業全体のSD化を促しているのである。 世代間、世代内、種間を超えて、世界の安定化を目指す動きをSDとするならば、多様なア クターがつながり続ける事業活動の現場にこそ「ビジネス自体が自身をSD化する可能性」が 埋め込まれているのではないだろうか。

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Page 1: カンボジアにおける野蚕エリサン養蚕事業...2006年文科省ODAを受託 した東農大国際協力センターがそれを引き継ぎ「ESDとしての食農環境教育」と位置づけ、内

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研究会報告

第2回研究会

カンボジアにおける野蚕エリサン養蚕事業 ─持続可能な開発に向けた企業の取り組み─

株式会社 4CYCLE・代表取締役田井中 慎

 筆者は自らが関わるエリサン養蚕事業を、事業活動の中で実践された持続可能な開発(Sustainable Deelopment以下、SD)事例と捉え、アクターネットワーク理論(Actor Network Theory以下、ANT)の視座からビジネスの現場におけるESD(Education for Sustainable Development、持続可能な開発のための教育)とは何かを考察した。 野蚕エリサンは2000年頃から日本野蚕学会により、衰退した日本のシルク産業に替わる研究対象として期待された。UVカット、防臭機能を持つエリサン繭(エリシルク)を新たな産業資材としたい日本野蚕学会はカンボジアでの養蚕の産業化を推進。2006年文科省ODAを受託した東農大国際協力センターがそれを引き継ぎ「ESDとしての食農環境教育」と位置づけ、内戦後のカンボジア農業の復興を目指した。しかし、この活動はODA終了と同時に収束する。 2010年エリシルクの加工技術を確立したシキボウは天然機能性繊維としてエリナチュレの販売を開始する。原料供給をカンボジアに求め、再び養蚕を軌道に乗せるため現地農家ネットワークNGO、現地農業大学、また信州大学繊維学部が関わり始める。シキボウはその過程を持続可能産業「エリシルク・プロジェクト」として情報発信している。 ANTは全ての事物現象を、行為主体性を持つアクターで構成されたネットワークと捉える。そしてヒトに限定せずモノや概念をもアクターとし、アクター同志が相互作用するネットワークの生成、変容、終焉を関係論的に分析する。ANTではアクターが他アクターを取り込みネットワークを構成していく過程を翻訳と呼ぶ。 本事業は昆虫、日本企業、研究・教育機関、現地農家など異種混淆のアクターで構成されるアクターネットワークであり、北インド原産の野生の蛾が「新たな研究対象」「カンボジア農業の復興ツール」「ESDの普及ツール」「新繊維原料」へと読み替えられていく翻訳過程と捉えることも可能である。諸アクターを取り込み続けることで推進される本事業は事業全体の目標を新たに生成しながら変容し続ける。その行為を媒介したのはエリサンの存在であり、エリサンが諸アクターの将来への期待をアブダクティブに喚起するインデックスとして機能に生起した期待の総和が行為主体性を持つことにより事業全体のSD化を促しているのである。 世代間、世代内、種間を超えて、世界の安定化を目指す動きをSDとするならば、多様なアクターがつながり続ける事業活動の現場にこそ「ビジネス自体が自身をSD化する可能性」が埋め込まれているのではないだろうか。