イプシロンロケットの機体システムの開発を通して2014/03/05 · 平成26年3月...
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平成26年3月 第723号
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1.はじめにIHIエアロスペースが機体システムの開発を担当した、 宇宙航空研究開発機構(JAXA)のイプシロンロケット試験機が、2013年9月14日午後2時に内之浦宇宙空間観測所から打上げられました。2万人近い観衆が見守る中で、白煙を上げて飛び立ち搭載した惑星分光観測衛星「ひさき」(SPRINT-A)を同日3時過ぎに分離して所定の軌道に投入して打上げが成功しました。今回の成功で、固体ロケットシステム関連の技術開発の成果が実証されたと捉えており、JAXAをはじめとする関係者の皆様に深く感謝しております。また、本年2月5日には、イプシロンロケット試験機がJAXA殿と共同で日本経済新聞社より「2013年日経優秀製品・サービス賞 最優秀賞 日本経済新聞賞」を受賞いたしました。イプシロンロケットの成功を多くの方々に高く評価していただき、将来の発展に大きな期待を寄せていただいていることを改めて感じています。
2.イプシロンの打上げについてJAXA殿のもとで、機体システムの開発を担当させていただきましたが、M-Ⅴの開発中止以来7年ぶりの試験機であることから、機体システムのとりまとめ、スケジュール、コスト等改めて開発の厳しさ、難しさを痛感しました。特に衛星のミッション要求を達成するために打上げ日がピン止めされてからは、当社の打上部隊もほぼ休むことなく、寝食を忘れ「自分たちのロケットを打上げる」との強い意志を持ちながら取り組みました。JAXA
と一体となったこのチームから、「組織が強い意志をもって目標に向かって動く」ことの意味と強さを感じました。いくつかの苦難を乗り越えたうえでの打上
げ成功でしたが、内之浦をはじめ地元から受けた温かい支援に感謝しています。肝付町役場の皆様には、長期にわたる打上げ部隊の宿泊先の調整や視察場所等あらゆる面で連携・支援をしていただきました。当初打上げ予定の前日には悪天候により作業が半日遅れ、作業が深夜にまで及び、打上げの交通規制のため作業者が宿舎に戻れないという事態が発生しました。役場が打上げ準備で大混乱していることは知っていましたが、部隊に少しでも休養を取って打上げに臨ませたいと考え、役場の方に宿泊施設の相談をしたところ、無理な要請にもかかわらず一時間後には、休憩ができる公共施設を紹介いただいたのみならず、施設の管理のために朝までお付き合いいただくなど、イプシロンの打上げのために町が一体となって全面的に支援していただきました。皆様のご支援に改めて感謝するとともにお礼を申し上げます。
3.輸送系の大きな転換期2013年度は、H-ⅡBロケット、イプシロンロケット試験機の打上げ成功、H-ⅡAによる商業衛星打上げ受注、若田宇宙飛行士が日本人初のISSコマンダーになることなど、宇宙開発に対する国民からの期待は極めて大きくなり、同時に宇宙開発に携わる企業として、将来の宇宙開発・利用に向けての我々の責任
イプシロンロケットの機体システムの開発を通して㈱ IHIエアロスペース
営業部第3営業グループ長田村 泰宏
工業会活動
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の重さを強く感じています。また、我が国としての輸送系の将来に向けての議論も進み、大きな飛躍、転換時期を迎えていると認識しています。内閣府宇宙政策委員会の宇宙輸送システム
部会では、2013年5月30日の部会において、宇宙輸送システムの今後の在り方がとりまとめられました。基幹ロケットを「安全保障を中心とする政府ミッションを達成するため、国内に保持し輸送システムの自律性を確保する上で不可欠な輸送システム」と定義し、大型衛星と小型衛星双方に対応すべく液体燃料ロケットと固体燃料ロケットの双方が、我が国の基幹ロケットとして位置付けられまし
た。また、我が国の宇宙開発利用の自律性の確保のため、双方の産業基盤を確実に維持することとし、固体燃料ロケットの産業基盤は固体推進薬を液体燃料ロケットの補助ブースタとして用いることなどにより行うこととすることが明記され、要素技術の開発実証については、固体燃料ロケットと液体燃料ロケットの開発を連携させることで、効率的に実施し、相互の成果が活用できることが求められています。
2013年10月21日の部会においては、新たな基幹ロケット開発着手に当たり整理すべき事項がとりまとめられて、直面の課題と官民の果たすべき役割などが示されました。課題と
(写真提供:JAXA)
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して、世界の商業打上サービス市場では、未だ十分な競争力を有していないことがあげられ、輸送システムの選定基準として、諸外国のロケットの動向を踏まえ、新たな基幹ロケットの打上げ価格や設備維持費を現行の H-ⅡAから半減することを目指すと明記されています。また、商業打上げ市場で競争力のあるシステムとするためには、プロジェクト全体を通して民間事業者が主体的に参画すべきと述べられています。このように、国として大きな政策議論が進められたことと同時に、国民の大きな期待に支えられて、今年度補正予算、来年度予算案では、新型基幹ロケット、基幹ロケットの高度化の開発着手が盛り込まれました。我が国としては、12年ぶりの国産開発に着手することになるため、ロケットシステムに関わる生産基盤や技術力を保持向上させるうえで非常に大きな期待をしています。今後国際競争力のあるロケットシステムを
開発していくためには、オールジャパン体制で、我が国の総合力を発揮する形で、従来の考え方を超えた取り組みが必要になると考えています。政策文書で示された、大きな方針を受け止めつつ、国の果たすべき役割や、官民の責任分担を明確にして、環境の変化などによる影響に対し、柔軟性を持って世界の市場で戦える体制を構築していく事が課題になると思います。
4.イプシロンロケットの将来の実用化に向けてイプシロンロケットは、試験機が成功したものの3号機以降の打上需要は不透明な状況にあります。基幹ロケットとして一層の発展を進めていくためには、我が国が関与する確度の高い小型衛星需要を取組みながら、打上げ実績を拡大し、市場での信頼性を早期に獲
得することが重要になります。また、将来の実用システムに向けて、新たな基幹ロケットとの開発と連携してシナジー効果を意識した効率的な開発計画にしなくてはなりません。その為には、我が国の基幹ロケット(新たな基幹ロケット、イプシロンロケット)全体を俯瞰してシステム、コンポーネント開発を実施して、我が国の輸送系全体の効率的開発を推進すべきと考えています。双方の基幹ロケットを総合的に俯瞰し、システム構築できるのはJAXAであり、JAXAの責任をもって、国と民間のリスクバランスを取る役割を担っていただくことが肝要であると思慮しております。
5.おわりに今、我が国の輸送システムは大きな転換期を向え、新たな基幹ロケットの開発を実施することで「国際競争力ある宇宙輸送システムとなっているか」を問われています。現状の課題を踏まえたうえで、新たな枠組みの中で官民の責任、役割を明確にして行くことが必要になります。「信なくんば立たず」の言葉の通り、官民が一体となって、国民に理解される将来の宇宙輸送システムを実現していくべきと考えています。その中で、基幹ロケットとして定義されたイプシロンロケットは、高度化開発を通して、打上げ実績の拡大、市場の信頼性を獲得し「国際競争力のある自分たちのロケット」として実用化を目指していきたいと思います。最後になりますが、イプシロンロケットの開発に携わらせていただいた企業として、改めて関係者、支援、応援していただいている方々にお礼を申し上げるとともに、今後のご指導をお願い申し上げます。