ノンテクニカルスキルの 院内教育 … · 2019-02-15 · 医療教育団体 medipro!...

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連載 第11回 実践 ノンテクニカルスキルの 院内教育 研修に使える資料をWebに掲載中! 今回のお役立ちアイテムは,「ファシリテーション『仕込み』の 技術」のビジュアルスライドブックです。特に院内教育など組織 学習でも利用し,即実践していってください。 スライド 「ファシリテーション『仕込み』の技術」 のビジュアルスライドブック (PDF) ※ダウンロードの手順はP.2参照 http://www.nissoken.com/ps/ ダウンロードしてご利用ください。 前回(本誌Vol.2,No.5)は,学会発表や院内教育などでも必要不可 欠なプレゼンテーションの技術の基本を学びました。単に自分の伝えたい ことを伝えるのではなく,聞き手が受け取ったことが事実であるという 「聞き手絶対主義」の観点に立って,想いの伝わる分かりやすいプレゼン テーションを心がけてみてください。 今回からは,医療現場で活用するための最も実践的なノンテクニカルス キルである「ファシリテーションの技術」について,一緒に考えていきます。 ファシリテーションは リーダーシップの最も重要な技術 まず初めに押さえておきたいのは,一般に理解されているファシリテー ションの誤解です。ファシリテーションは通常,会議の場で参加者の発言 を引き出し,まとめ,誘導するといった「議論を効率化するための技術」 と考えられていますし,本稿でもその観点で学んでいきます。しかし実際 には,ファシリテーションは会議だけでなく,チームビルディングや多職 種連携の促進,部署間の交渉・説得にも必要な技術です。そういった意味 で,ファシリテーションはリーダーシップの最も重要な技術と言っても過 言ではありません(ファシリテーション型リーダーシップと言われます, 図1)。したがって,このことを念頭に,以降の文章を読み進めてください。 ファシリテーションの目的は 「自ら考え組織で意思決定すること」 それでは,ファシリテーションの目的とは何でしょうか。一言で言うと 「意思決定すること」です。医療行為はあくまでも「意思決定」と「実行」 の繰り返しですので,いくら現場の業務が優れていたとしても,そもそも 物事が決まらなければ医療を提供することはできません。そして,あえて ここで「正しく」という言葉を省いているのは,正しく意思決定をするの はもちろん大切ですが,完璧でなくても意思決定をすること自体の方が大 切だからです(図2)。 一方で,実は同じくらい重要なのが「自ら考え組織で」という部分。いく ら意思決定したとしても,それが自分が考えみんなで決めたものでなければ, ファシリテーションは リーダーシップの最も重要な技術 ファシリテーションの目的は 「自ら考え組織で意思決定すること」 メディカルアートディレクター 佐藤和弘 医療教育団体 MEDIPRO! 創業者/代表 一般社団法人 LINK 共同創設者/元理事 Kazuhiro_SATO 臨床工学技士として複数の医療機 関で約10年間,透析医療に従事。 患者さんとかかわる中でテクニカ ルスキル以外にも医療に必要なス キルがあることを実感し,グロービ ス経営大学院に進学,MBAを取 得。そこで出会った経営学やケース メソッドなどのノンテクニカルスキ ル教育に感銘を受け,当時従事し ていた医療機関で事故対策委員長 としてノンテクニカルスキル教育を 導入し,医療安全の質の向上に貢 献。その実感から,非営利医療教 育団体MEDIPRO!を創業,代表に 就任し,ノンテクニカルスキルの普 及に努める。これまで,院内研修や スクールなどを通じて約3,000人の 医療者にノンテクニカルスキル教 育を提供。 病院安全教育 Vol.2 No.6 107

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Page 1: ノンテクニカルスキルの 院内教育 … · 2019-02-15 · 医療教育団体 MEDIPRO! 創業者/代表 一般社団法人 LINK 共同創設者/元理事 Kazuhiro_SATO

連載 第11回

実践!ノンテクニカルスキルの

院内教育

研修に使える資料をWebに掲載中!

今回のお役立ちアイテムは,「ファシリテーション『仕込み』の技術」のビジュアルスライドブックです。特に院内教育など組織

学習でも利用し,即実践していってください。

スライドデータ

「ファシリテーション『仕込み』の技術」のビジュアルスライドブック(PDF)

※ダウンロードの手順はP.2参照

http://www.nissoken.com/ps/ダウンロードしてご利用ください。

 前回(本誌Vol.2,No.5)は,学会発表や院内教育などでも必要不可

欠なプレゼンテーションの技術の基本を学びました。単に自分の伝えたい

ことを伝えるのではなく,聞き手が受け取ったことが事実であるという

「聞き手絶対主義」の観点に立って,想いの伝わる分かりやすいプレゼン

テーションを心がけてみてください。

 今回からは,医療現場で活用するための最も実践的なノンテクニカルス

キルである「ファシリテーションの技術」について,一緒に考えていきます。

ファシリテーションはリーダーシップの最も重要な技術 まず初めに押さえておきたいのは,一般に理解されているファシリテー

ションの誤解です。ファシリテーションは通常,会議の場で参加者の発言

を引き出し,まとめ,誘導するといった「議論を効率化するための技術」

と考えられていますし,本稿でもその観点で学んでいきます。しかし実際

には,ファシリテーションは会議だけでなく,チームビルディングや多職

種連携の促進,部署間の交渉・説得にも必要な技術です。そういった意味

で,ファシリテーションはリーダーシップの最も重要な技術と言っても過

言ではありません(ファシリテーション型リーダーシップと言われます,

図1)。したがって,このことを念頭に,以降の文章を読み進めてください。

ファシリテーションの目的は「自ら考え組織で意思決定すること」 それでは,ファシリテーションの目的とは何でしょうか。一言で言うと

「意思決定すること」です。医療行為はあくまでも「意思決定」と「実行」

の繰り返しですので,いくら現場の業務が優れていたとしても,そもそも

物事が決まらなければ医療を提供することはできません。そして,あえて

ここで「正しく」という言葉を省いているのは,正しく意思決定をするの

はもちろん大切ですが,完璧でなくても意思決定をすること自体の方が大

切だからです(図2)。

 一方で,実は同じくらい重要なのが「自ら考え組織で」という部分。いく

ら意思決定したとしても,それが自分が考えみんなで決めたものでなければ,

ファシリテーションはリーダーシップの最も重要な技術

ファシリテーションの目的は「自ら考え組織で意思決定すること」

メディカルアートディレクター

佐藤和弘医療教育団体MEDIPRO! 創業者/代表一般社団法人LINK 共同創設者/元理事Kazuhiro_SATO̶̶̶̶̶̶臨床工学技士として複数の医療機関で約10年間,透析医療に従事。患者さんとかかわる中でテクニカルスキル以外にも医療に必要なスキルがあることを実感し,グロービス経営大学院に進学,MBAを取得。そこで出会った経営学やケースメソッドなどのノンテクニカルスキル教育に感銘を受け,当時従事していた医療機関で事故対策委員長としてノンテクニカルスキル教育を導入し,医療安全の質の向上に貢献。その実感から,非営利医療教育団体MEDIPRO!を創業,代表に就任し,ノンテクニカルスキルの普及に努める。これまで,院内研修やスクールなどを通じて約3,000人の医療者にノンテクニカルスキル教育を提供。

議論を効率化させる

実践ファシリテーション

「仕込み編」

病院安全教育 Vol.2 No.6 107

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当事者意識が生まれないからです。この当事

者意識が,実際の実行の時の軸になるのです。

議論の質は「仕込み」(事前の準備)で決まる ファシリテーションというと,議論の最中

に参加者の発言をどう「さばく」かが注目さ

れ,実際にそれを学ぶノウハウ本やセミナー

もたくさんあります。しかし,料理の味が

「仕込み」の段階で決まるように,実は議論

の質も「仕込み」(事前の準備)で決まりま

す(図3)。つまり,「仕込み」が不十分な中

でいくら議論をファシリテートしても,有効

な意思決定はできません。「参加者が発言せ

ず,当事者意識もない」「特定の人だけが発

言して,そのまま物事が決まってしまう」「連

絡事項を共有するだけになっている」「最後

の最後で議論をひっくり返される」といった

よくある不毛な会議が生まれてしまうのは,

この「仕込み」が不足していることが原因な

のです。

「仕込み」の技術GPS 具体的に,ファシリテーションの「仕込み」

とは何かを考えていきましょう。ここで,

ファシリテーターを「ツアーガイド」だとイ

メージしてみてください。そのツアーガイド

は手元に「GPS」という道具を持っています。

そしてこのGPSを使って,旅行者(参加者)

がツアー(議論)を楽しく有意義に過ごして

もらうために「仕込んで」いくのです。

 ここからは,GPSを使っていない会議と,

使っている会議を見比べ,その効用を体感し

ていきます。

●GPSのG ケースA

GPSを使っていない会議

F :ではよろしくお願いします。数年前

に更新しました事故対策マニュアルで

すが,その運用方法が適切でなく,そ

のため医療事故の件数の減少に寄与し

ていないという報告が各部署から挙

がっています。

  それでは皆さん,これにつきましてご

意見をお願いいたします。

GPSを使っている会議

F :ではよろしくお願いします。数年前

に更新しました事故対策マニュアルで

すが,その運用方法が適切でなく,そ

のため医療事故の件数の減少に寄与し

議論の質は「仕込み」(事前の準備)で決まる

「仕込み」の技術GPS

図1 ファシリテーションのとらえ方

単なる会議のための技術

リーダーのための実践技術

図2 ファシリテーションの目的

自分で考え 組織で意思決定する

さばき力

図3 ファシリテーションの2つの技術

会議中会議前

ファシリテーション力

仕込み力

F :ではよろしくお願いします。数年前

に更新しました事故対策マニュアルで

すが,その運用方法が適切でなく,そ

のため医療事故の件数の減少に寄与し

ていないという報告が各部署から挙

がっています。

  それでは皆さん,これにつきましてご

意見をお願いいたします。

F :ではよろしくお願いします。数年前

に更新しました事故対策マニュアルで

すが,その運用方法が適切でなく,そ

のため医療事故の件数の減少に寄与し

病院安全教育 Vol.2 No.6108

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ていないという報告が各部署から挙

がっています。

  したがいましてこのミーティングで

は,現在の事故対策マニュアルの運用

方法に対して,関係するメンバーが現

状の問題点を正しく認識すると共に,

変更の目的と方針,時期について合意

し,変更に向けての作業にそれぞれが

着手できるようになるために,皆さん

のご意見をおうかがいしながら議論し

ていきたいと思います。今年度内の運

用を目指します。

 ケースAをご覧ください。GPSを使ってい

る会議は,何を明確にしているのでしょう

か? それはゴール(Goal)です。つまり,

この会議の目的地はどこか,どこを目指して

いるのか,会議が終わった後にどのように

なっているべきなのかを明確に示しています。

逆にゴールを明確化しない会議は,議論の方

向性が定まらず,参加者はどこに向かって意

思決定していけばよいのかが分かりません。

 事前にゴールを決めるためには,3W1Hフ

レームワークを利用します(図4)。つまり,

誰が(Who),何について(What),どうなっ

て(How),それはいつなのか(When)を

具体的に考えゴールを決めておきます。そし

て,ここでのポイントは「動画イメージ」で

考えることです。この3W1Hでゴールを具体

化した後,いったん目をつぶって,動画のよ

うに実際に動くイメージが持てるかどうか。

「一応考えてみたけど,これって単なる理想

論で,実際に動くイメージが持てない」と判

断した場合は,この3W1Hのどこかが間違っ

ているか,あいまいであることを意味しま

す。したがって,「具体的には?」という言

葉を使い,さらにそれぞれを明確にしていき

ます。

 ケースAのGPSを使っている会議を見てみ

ると,誰が(関係するメンバーが),何につ

いて(現在の事故対策マニュアルの運用方

法),どうなって(現状の問題点を正しく認

識すると共に,変更の目的と方針,時期につ

いて合意し,変更に向けての作業にそれぞれ

が着手できる),それはいつなのか(今年度

内)を具体的に示していることが分かります。

 特に,それはいつなのか(When)を明確

にしておくことはとても大切です。なぜな

ら,取り上げたテーマが,本日の会議で決め

なければならないのか,1週間後なのか,1

カ月後なのかによって,ゴールが変わるから

です。具体的には,1カ月後の最終決定をす

る全3回の会議の1回目の場合は,まず最終

のゴールを考え,そこから逆算して1回目の

会議ではどこまで到達しておかなければなら

ないのかを考え決めていくのが有効です。

●GPSのS ケースB

GPSを使っていない会議

F :ではよろしくお願いします。数年前

に更新しました事故対策マニュアルで

すが,その運用方法が適切でなく,そ

のため医療事故の件数の減少に寄与し

ていないという報告が各部署から挙

がっています。

  それでは皆さん,これにつきましてご

意見をお願いいたします。

図4 ゴールを具体化する3W1H

誰が?

何を?

どうやって?

いつまでに?

ゴールを具体化する3W1H

Who

What

How

When

ていないという報告が各部署から挙

がっています。

  したがいましてこのミーティングで

は,現在の事故対策マニュアルの運用

方法に対して,関係するメンバーが現

状の問題点を正しく認識すると共に,

変更の目的と方針,時期について合意

し,変更に向けての作業にそれぞれが

着手できるようになるために,皆さん

のご意見をおうかがいしながら議論し

ていきたいと思います。今年度内の運

用を目指します。

F :ではよろしくお願いします。数年前

に更新しました事故対策マニュアルで

すが,その運用方法が適切でなく,そ

のため医療事故の件数の減少に寄与し

ていないという報告が各部署から挙

がっています。

  それでは皆さん,これにつきましてご

意見をお願いいたします。

病院安全教育 Vol.2 No.6 109

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GPSを使っている会議

F :ではよろしくお願いします。数年前

に更新しました事故対策マニュアルで

すが,その運用方法が適切でなく,そ

のため医療事故の件数の減少に寄与し

ていないという報告が各部署から挙

がっています。

  そこで事前に調査したところ,マニュ

アルを業務で利用している部署は

15%で,さらに全部署スタッフのう

ち85%がマニュアルについての指導・

教育を受けたことがないこと,さらに

65%が実際にマニュアルを使用した

経験がないことが分かっています。

  このことを前提に,スタッフがよりマ

ニュアルを業務の中で利用できるよう

な運用方法を検討していただきたいと

思います。現状のマニュアルやマニュ

アル運用における参考文献は先日お渡

しした資料のとおりです。

 ケースBをご覧ください。GPSを使ってい

る会議は,何を明確にしているのでしょう

か? それは,スタート(Start)です。つ

まり,どのような参加者が集まり議論するの

かをプロファイリングし,必要な場合は事前

に調整しておくことを意味します。

 この参加者の把握には,大きく4つの視点

があります(図5)。

 1つ目は,参加者の属性を理解しておくこ

と。属性とは,職種はもちろん,職位や権限

をどれだけ持っているかなどを把握します。

この中で特に重要なのが,権限を持ってい

る,つまり意思決定者(DMU:Dicision Making

Unit)が誰かを理解することです。通常行わ

れる会議では,多数決の場合もありますが,

やはり意思決定できる権限を持った人が最終

的に物事を決めることが一般的であると思い

ます。仮に9人が賛成しても,意思決定者1

人が反対した場合は物事が決まらず問題が先

送りされてしまうので,そうならないため

に,事前に意思決定者とその属性を洗い出し

ておく必要があります。

 2つ目は,参加者の性格を理解しておくこ

と。例えば,そもそも議論の場が苦手である

とか飽きっぽいとか,逆に雑談しすぎてしま

うとか高圧的に説教してしまう,などです。

参加者それぞれの性格は,議論に対するあり

方・意識に大きく影響を及ぼしますので,で

きる限り把握しておくことが大切です。

 3つ目は,参加者の認識を理解しておくこ

と。つまり,議論するテーマに関して,何を

知っていて何は知らないのか,どんな情報を

持っていてどんな情報は持っていないのかを

把握しておくことです。ファシリテーターの

当日の役割の1つは「参加者の発言を促すこ

と」ですが,そもそも参加者が議論できるだ

けの情報を持っていなければ,いくらファシ

リテートしても発言を促すことができません。

 4つ目は,参加者の意見を理解しておくこ

と。これは,テーマや認識を前提に,それに

ついてどのような考えを持っているのかを把

握することです。例えば,業務手順の簡略化

についての議論がテーマだとして,簡略化に

よって業務手順が変わってしまうことをよし

と思わない人もいるかもしれません。そう

いった人が参加者としていると,否定的で非

生産的な発言をするであろうことは容易に想

図5 参加者を理解する4つの視点

参加者を理解する4つの視点

属性

性格

認識

意見

職種や職位,権限など

ポジティブ,ネガティブ,熱意がある,無気力など

何を知っていて何を知らないのか

それについてどう考えているのか

F :ではよろしくお願いします。数年前

に更新しました事故対策マニュアルで

すが,その運用方法が適切でなく,そ

のため医療事故の件数の減少に寄与し

ていないという報告が各部署から挙

がっています。

  そこで事前に調査したところ,マニュ

アルを業務で利用している部署は

15%で,さらに全部署スタッフのう

ち85%がマニュアルについての指導・

教育を受けたことがないこと,さらに

65%が実際にマニュアルを使用した

経験がないことが分かっています。

  このことを前提に,スタッフがよりマ

ニュアルを業務の中で利用できるよう

な運用方法を検討していただきたいと

思います。現状のマニュアルやマニュ

アル運用における参考文献は先日お渡

しした資料のとおりです。

病院安全教育 Vol.2 No.6110

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像がつきます。したがって,参加者それぞれ

がどのような考え方や意見を持っているのか

を知っておく必要があります。

 ケースBでは,上記4つの視点を前提に,

「前提の確認と共有」「目的の確認と共有」「事

前の調整」を行っていますが,実際の「仕込

み」で重要なのは「事前の調整」です。会議

の参加者から意思決定者を見つけ(属性),

その人となりを理解し(性格),何を知って

いて(認識),そしてそれについてどう考え

ているのか(意見)を事前に把握しておきま

す。そして,もし議論や意思決定にネガティ

ブな影響を与える可能性があれば,健全に根

回しをし(ヘルシーネマワシ),それに対処

しておかなければなりません。

●GPSのP ケースC

GPSを使っていない会議

F :ミーティングを始めます。よろしく

お願いします。

院長:課題は?

F :あ,前回の検討事項として,呼吸器

の設定ミスがあります。

全 員:(ヒソヒソ)あ,そんなことあっ

たね…。

F:では皆さん,何かご意見を…。

全員:…(シーン)

F :えっと,では,どのように対策しま

すか?

A さん:呼吸器の設定内容の確認を注意

して気をつける…。

Bさん:原因は何なんですかー?

C さん:そもそも,どんな問題でしたっ

け?

D さん:呼吸器が古くて分かりにくいん

ですよねー。

院長:誰がやったんだ?

……(あーだこーだ)

F :時間となりましたので,これはまた

次回の懸案事項で…。

GPSを使っている会議

F :それでは,まず今回の問題点を整理

してください。

A さん:この6カ月間での呼吸器の設定

ミスは10件でした。アクシデントレ

ベルでは,処置が必要だったのは1

件,影響のみは4件,影響なしが5件

でした。また,操作者(設定者)の属

性は,1年未満が6人,3年未満が1

人,5年未満が3人でした。加えて,

発生時間帯は8時から10時が4件,

17時から20時が2件,その他が4件

でした。以上です。

F :ありがとうございます。ではその原

因は何が考えられますか?

B さん:操作者が1年未満が多いことか

ら,操作方法に慣れていない,あるい

は操作や確認技術が未熟であることが

原因と考えられます。さらにそれは,

教育方法がOJTのみで,かつプリセプ

ターによって教え方が異なるからで,

つまり教育方法の標準化と明文化がで

きていないことによると考えられま

す。

F :教育方法の標準化と明文化に原因が

ありそうですね。では対策を立案して

ください。

C さん:短期的な観点では,今週末のカ

ンファレンスの時間を利用し,部署の

全スタッフを集めて呼吸器についての

講習会を開き,最低限の知識と意識の

レベルを高めます。中期的な観点で

は,マニュアルを作成すると共に運用

F :ミーティングを始めます。よろしく

お願いします。

院長:課題は?

F :あ,前回の検討事項として,呼吸器

の設定ミスがあります。

全 員:(ヒソヒソ)あ,そんなことあっ

たね…。

F:では皆さん,何かご意見を…。

全員:…(シーン)

F :えっと,では,どのように対策しま

すか?

A さん:呼吸器の設定内容の確認を注意

して気をつける…。

Bさん:原因は何なんですかー?

C さん:そもそも,どんな問題でしたっ

け?

D さん:呼吸器が古くて分かりにくいん

ですよねー。

院長:誰がやったんだ?

F :それでは,まず今回の問題点を整理

してください。

A さん:この6カ月間での呼吸器の設定

ミスは10件でした。アクシデントレ

ベルでは,処置が必要だったのは1

件,影響のみは4件,影響なしが5件

でした。また,操作者(設定者)の属

性は,1年未満が6人,3年未満が1

人,5年未満が3人でした。加えて,

発生時間帯は8時から10時が4件,

17時から20時が2件,その他が4件

でした。以上です。

F :ありがとうございます。ではその原

因は何が考えられますか?

B さん:操作者が1年未満が多いことか

ら,操作方法に慣れていない,あるい

は操作や確認技術が未熟であることが

原因と考えられます。さらにそれは,

教育方法がOJTのみで,かつプリセプ

ターによって教え方が異なるからで,

つまり教育方法の標準化と明文化がで

きていないことによると考えられま

す。

F :教育方法の標準化と明文化に原因が

ありそうですね。では対策を立案して

ください。

C さん:短期的な観点では,今週末のカ

ンファレンスの時間を利用し,部署の

全スタッフを集めて呼吸器についての

講習会を開き,最低限の知識と意識の

レベルを高めます。中期的な観点で

は,マニュアルを作成すると共に運用

……(あーだこーだ)

F :時間となりましたので,これはまた

次回の懸案事項で…。

病院安全教育 Vol.2 No.6 111

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方法も検討していきます。長期的な観

点では,これらの改善プロセスをほか

の業務にも反映させ,業務全体で標準

化していきます。

F :ありがとうございます。では,短期

的な対策の担当はAさん,中期的な対

策の担当はBさん,長期的な対策の担

当はCさんでお願いいたします。それ

ぞれ,今週末,今月中,半年後をゴー

ルに,適宜活動状況を私に報告してく

ださい。

 ケースCをご覧ください。GPSを使ってい

る会議は,何を明確にしているのでしょう

か? それは,プロセス(Process)です。

議論がどこへ行くのか?(ゴール),どこか

ら行くのか?(スタート)を押さえた後は,

どこを通ってたどり着くのか,そのプロセス

を明確にする必要があります。ゴールやス

タートを決める際と異なるのは,プロセスは

複数あることです。ただ,議論する目的の多

くが「問題を解決すること」であるとすると,

問題解決の普遍的なプロセスが役に立ちます

(図6)。ピンと来た方もいらっしゃると思い

ますが,これは第6回「問題解決フレーム

ワークを使いこなす」のところでも紹介した

プロセスです。

 よく「ファシリテーターは自分の考えや意

見に議論を誘導してはいけない」と言われま

す。確かに,自分の考えや意見を述べて無理

やり誘導するのは,参加者が自分で考えるこ

とを阻害しますので,ファシリテーションの

目的を逸脱します。しかし,プロセスを提示

することは,自分の考えや意見に誘導するの

ではなく,議論の「枠」を用意するだけで,

その枠の中で参加者は自由活発に議論するの

です。むしろ,「何でも自由に考え議論して

ください」というより,「◯◯について考え

たいと思うのですが,これについてはどう考

えますか?」とファシリテートした方が,生

産的な議論になるはず。したがって,「適度

な制約が生産的な議論を生む」という視点を

持っておいてください。

参考文献&ポイント学習ガイド・グロービス,吉田素文:ファシリテーションの教科書―組織を活性化させるコミュニケーションとリーダーシップ,東洋経済新報社,2014.

・佐藤和弘:はじめてのノンテクニカルスキル―図解シンプルな思考・伝達・議論・交渉・管理・教育の技術60,日総研出版,2014.

〈参考Webサイト〉 MEDIPRO!:www.medi-pro.org 佐藤和弘SlideShare:http://www.slideshare.net/satokazuhiro1980

〈院内研修などの問い合わせ〉 [email protected]

図6 問題解決の3つのプロセス

問題は何か?

What

1

対策は何か?

How

3

原因は何か?

Why

2

今回のポイント

12345

ファシリテーションはリーダーシップの最も重要な技術

ファシリテーションの目的は,自分で考え組織で意思決定すること

議論の質は「仕込み」で決まる

GPS はゴール,スタート,プロセスを明確にする道具

特に意思決定者の属性をしっかり把握しておく

方法も検討していきます。長期的な観

点では,これらの改善プロセスをほか

の業務にも反映させ,業務全体で標準

化していきます。

F :ありがとうございます。では,短期

的な対策の担当はAさん,中期的な対

策の担当はBさん,長期的な対策の担

当はCさんでお願いいたします。それ

ぞれ,今週末,今月中,半年後をゴー

ルに,適宜活動状況を私に報告してく

ださい。

病院安全教育 Vol.2 No.6112