マインドフルネス の諸技法 を用いた 認知行動療法 …行動療法 を適用...

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Ⅰ.はじめに 1.はじめに 人は,日々の生活において,自分の考え方にもとづいて行動している。しかしものの見方, 捉え方と実際に起きていることが常に合致しているとは限らず,事実と違っていることもあ る。それがきっかけとなり,ネガティブな思考や感情を引き起こしてしまうことがあるため, 認知(ものの見方,捉え方,考え方)の再検討やコントロールが必要な場合もある。本研究で は,これらの認知の再検討やコントロールのために行う認知行動療法的介入に,マインドフル ネスの諸技法を用いることの効果を検討するものである。 2.認知行動療法 認知のコントロールの方法として,認知行動療法がある。この療法は多くの効果研究から有 効性が実証されたエビデンスに基づいた介入法であり,うつ病などの治療のみならず,予防と しても広く用いられている。最終的にセルフコントロールを獲得するための心理療法でもあ り,身に付けば個人で行うことも可能となる。熊野(2012)は,認知行動療法の始まりを1950 年代に誕生した行動療法にあるとした。行動療法を適用しにくい気分障害などの問題につい て,1960年代に認知を行動の原因と考える認知モデルに基づいた認知療法が登場したと述べて いる。認知行動療法について,内山(2010)は,人間機能を認知,生理,情動,行動の4機能 に分け,それぞれの機能をコントロールする介入技法を挙げている。すなわち,認知行動療法 は,もともとの行動療法より扱う対象が広がり技法の工夫も多様化している。 3.マインドフルネス (1)定義 「マインドフルネス」とは,体験に対してある特定の方法で注意を向けることで得られる気 づきである。Crane(2009 家接訳 2010)によれば,カバットジンは,その特定の方法を“意 図的に(注意は,体験しているある特定の側面に意図的に向けられる),今この瞬間に(もし 心が過去や未来へさまよってしまったら,「今」に戻す),価値判断をすることなしにおこなう (心の中に何がわき上がっても受け止める) ”と定義した。 熊野(2012)はマインドフルネスを第3世代の認知行動療法とし,第3世代の認知行動療法 とは,これまでの第1世代,第2世代の行動療法,認知療法,認知行動療法に含まれなかった 新しいもの,あるいは含まれてはいたが十分に形をとっていなかったものを含むので,決して これまでの世代を否定するものではなく,ある方向へ拡張するものと理解するのが適切であ る,と述べている。 マインドフルネスの諸技法を用いた認知行動療法的介入の効果検討 吉田 奈央 岩手大学大学院人文社会科学研究科紀要 第23号 2014年 6月 17頁〜37頁

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Page 1: マインドフルネス の諸技法 を用いた 認知行動療法 …行動療法 を適用 しにくい 気分障害 などの 問題 につい て,1960年代 に認知 を行動

Ⅰ.はじめに

1.はじめに人は,日々の生活において,自分の考え方にもとづいて行動している。しかしものの見方,

捉え方と実際に起きていることが常に合致しているとは限らず,事実と違っていることもある。それがきっかけとなり,ネガティブな思考や感情を引き起こしてしまうことがあるため,認知(ものの見方,捉え方,考え方)の再検討やコントロールが必要な場合もある。本研究では,これらの認知の再検討やコントロールのために行う認知行動療法的介入に,マインドフルネスの諸技法を用いることの効果を検討するものである。

2.認知行動療法認知のコントロールの方法として,認知行動療法がある。この療法は多くの効果研究から有

効性が実証されたエビデンスに基づいた介入法であり,うつ病などの治療のみならず,予防としても広く用いられている。最終的にセルフコントロールを獲得するための心理療法でもあり,身に付けば個人で行うことも可能となる。熊野(2012)は,認知行動療法の始まりを1950年代に誕生した行動療法にあるとした。行動療法を適用しにくい気分障害などの問題について,1960年代に認知を行動の原因と考える認知モデルに基づいた認知療法が登場したと述べている。認知行動療法について,内山(2010)は,人間機能を認知,生理,情動,行動の4機能に分け,それぞれの機能をコントロールする介入技法を挙げている。すなわち,認知行動療法は,もともとの行動療法より扱う対象が広がり技法の工夫も多様化している。

3.マインドフルネス(1)定義

「マインドフルネス」とは,体験に対してある特定の方法で注意を向けることで得られる気づきである。Crane(2009 家接訳 2010)によれば,カバットジンは,その特定の方法を“意図的に(注意は,体験しているある特定の側面に意図的に向けられる),今この瞬間に(もし心が過去や未来へさまよってしまったら,「今」に戻す),価値判断をすることなしにおこなう

(心の中に何がわき上がっても受け止める)”と定義した。熊野(2012)はマインドフルネスを第3世代の認知行動療法とし,第3世代の認知行動療法

とは,これまでの第1世代,第2世代の行動療法,認知療法,認知行動療法に含まれなかった新しいもの,あるいは含まれてはいたが十分に形をとっていなかったものを含むので,決してこれまでの世代を否定するものではなく,ある方向へ拡張するものと理解するのが適切である,と述べている。

マインドフルネスの諸技法を用いた認知行動療法的介入の効果検討

吉田 奈央

岩手大学大学院人文社会科学研究科紀要第23号 2014年 6月 17頁〜37頁

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(2)マインドフルネス認知療法の概念マインドフルネス認知療法(MBCT:Mindfullness Based Cognitive Therapy, Segal, Teas-

dale, & Williams(2002 越川訳 2010))とは,治療パッケージを持つ認知行動療法へ,カバットジンが開発したマインドフルネスストレス低減法の要素を取り入れた技法である。カバットジンによると,マインドフルネスストレス低減法は,「注意集中力」を高めるためのトレーニングを体系的に組み立て「一つ一つの瞬間に意識を向ける」ことを目指し,禅の瞑想に取り組む技法である(Kabat-zinn, 1993 春木訳 2007)。うつの再発予防を目指し,うつ的思考の反芻パターンから抜け出すことを目的としている。反芻は,過去や未来に関連していることが多いため,注意の向け方をコントロールするような瞑想などのさまざまな技法により,今自分に起こっている感覚に注意を向け,そのことで頭を満たし,反芻思考の程度を減らしていくことが望ましいとされる。この技法を取り入れたマインドフルネス認知療法は,全8週間のプログラムで,週1回2〜3時間のグループセッションと週6日45分のホームワークで成り立つ療法である。瞑想や呼吸法,五感をフルに使った(マインドフルな)食事の味わい方などにより,自身への注意の向け方を体得する。グループで体験の感想を話し合うことも特徴の一つである。

以下,Segal, Teasdale, & Williams(2002 越川訳 2010),熊野(2012)をもとに開発の流れについてまとめる。1989年,うつ病に関する研究をしているウィリアムズ,ティーズディールとシーガルらは,うつにともなう思考と感情の変化の背後にあるメカニズムや,どのような人がうつを再発しやすいかに関心を向けていた。彼らは1991年には注意を訓練する要素を認知療法へ取り込み始めた。その後,彼らは,クライエントが自身の中にある思考や感情に気づいても,思考や感情を変えようとはせずに「気づいたままにしておく」というマインドフルネス・アプローチを目指した。思考を違うものにする「治療」ではなく,自身の思考を受け入れるアプローチの形をとったのである。ティーズディールは,従来のベックの抑うつスキーマ仮説への批判として,マインドフルネス認知療法の元となるDAHモデル(Differential Activa-tion Hypothesis:抑うつ的処理活性仮説)を論じている。そういったこともあり,今の自分へ注意を向ける方法として,マインドフルネスの概念が着目されるようになった。

以下,ティーズディールの考え方と,認知療法のベックの考え方の違いについて,認知と抑うつに関わる視点から,Dryden & Rentoul(1991 丹野監訳 1996)をもとにまとめる。従来の認知療法のモデルによると,感情は思考によって決まると考えられ,きっかけになる出来事に対する「思考(認知,捉え方)」の結果として「感情」が生まれるという一方向の流れであると捉えられている。対して,ティーズディールのDAHモデルでは,思考(認知)が感情から影響を受けることがあるとし,「思考」と「感情」は双方向の関係にあると考える。また,うつ病への脆弱性とストレスの領域の関連について,ベックはある特定の領域で抑うつスキーマの偏りがある人は,それと同じ領域のライフイベントに直面した時に抑うつに陥りやすいと考えた。対してティーズディールは,どのようなストレスであろうとそれが呼び水となり,抑うつ的な認知処理パターンを活性化しうるとしている。以上から,ティーズディールはうつ病の再発抑止に重要なことは,①軽い抑うつ状態に早く気づくこと,②うつ気分と認知との悪循環を断つこと,の2点にあるとし,「脱中心化」の状態を目指した。脱中心化とは,「否定的な反芻思考や落ち込んだ気分は,自分の中心的な側面ではなく,体験の一つにすぎないと考える」という状態を示す。熊野(2012)は,何にどのように注意を向けるかを操作し,マインドフルに思考や感情を観察できれば,湧き上がる思考や感情に動かされる程度も小さくなる,と述べている。気分が落ち込むと,かつてうつ状態だったときの思考パターン,あるいは非機能

岩手大学大学院人文社会科学研究科紀要18 №23 2014

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的認知・態度が再活性化される。このことを,ティーズディールはうつ病への再発の脆弱性が高い状態であると考えた。再発の脆弱性が高いと,うつ状態から回復した後も,ささいな問題に対してもネガティブな認知の影響を非常に受けやすくなると仮定し,再発のカギはうつ的な思考パターンへの入りやすさにあると推察した。ただし,これまで何度も考えていることや湧き起こる記憶は学習されており,習慣になっているため,簡単に変えられるものではない。マインドフルネスでは,そういった沸き起こるものを変える必要は無く,瞑想により,沸き起こるものとの関係の持ち方を変えることが大きなテーマとなる。そのため,思考,感情のどちらかのみに焦点を当てるのではなく,今,自身の注意がどの方向に向かっているかを意識することにより,湧き上がる思考や感情をコントロールすることを目指していく。

(3)「することモード」から,「あることモード」へのシフトSegalら(2002 越川訳 2010)は,人間のありようを2つのモードで示し,自動的に操られ

ているような「することモード(doing mode)」からマインドフルな「あることモード(being mode)」へのシフトを目指している。「することモード」とは駆り立てられている状態を指す。課題に集中してがむしゃらに取り組むときには必要なモードであるが,普段から「することモード」に入りやすくなっていると,自分を俯瞰することができず,遠い目標を追い求めることで,知らず知らずのうちにネガティブな気分や考え方に入り込みやすくなる。その結果,現在の状況を狭い視野で捉え,不満足感に繋がる。反対に,「あることモード」は,自分の心の動きについて距離をとって眺めることが出来る状態を指し,今この瞬間に意識を向け,過去や将来を意識しないため,マインドフルネスの概念と合致する。普段における「することモード」は物事に取り組むのに必要なモードであるが,抑うつ状態における「することモード」では,感情に対して無意識でいるために,自分の感情に気付いた時にはすでに気持ちが落ち込んでいる,ということが起こりうる。そのため,自分の注意がどこに向いているか気付くことができる,そして注意をどこへ向けるか意識的に選択できる「あることモード」が望ましいとされる。

マインドフルネスで最重要視されるのは「今,自分がどのような状態にあるか気付くこと」であり,心の状態を無理に変えようとするものではないという点である。ということは,ホームワークに対しても「うまくやろう!」と意気込むことは,逆にマインドフルネスの概念である「ありのままを受け入れる」ことと相反する活動になる。

マインドフルネス認知療法は,「もし私たちが不快な感情を押しやったりコントロールしたりすることで対処すると,実際にはそれを維持させてしまう」と主張する(Segal et al., 2002越川訳 2010)。マインドフルネスでは快から不快までの幅広い体験に対して,温かく思いやりをもって十分に「とどまる」という練習に,さまざまな技法を用い,繰り返し取り組んでいくことになる。

以上より,うつ状態の思考は脆弱性を持ち,落ち込んでいる時に,通常の状態であれば気にならないようなことによっても,非機能的な認知の仕方にスイッチが入るくせがあるということである。スイッチが入る前にストップをかける,あるいはスイッチが入ってもレベルの低い状態でとどめることが重要となろう。そのためには,うつになる前や,非機能的な度合いの大きいスイッチが入る前に,注意の向きを変えることが求められる。以上を踏まえ,マインドフルネス認知療法では,マインドフルネスの技法により,思考ではなく体の感覚や味覚などに注意を向けて,今この瞬間の自分の体験や感覚へ注意をそらし,反芻思考が生じにくい状態をつくることが必要であると考えられる。

マインドフルネスの諸技法を用いた認知行動療法的介入の効果検討 19

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4.本研究の目的・位置づけ本研究では,第二研究で,マインドフルネス認知療法の介入の効果検討を行っているが,そ

の前に参加者のマインドフルネスの態度を測る尺度についての検討が必要だと考えられる。そのため,第一研究としてマインドフルネス尺度と,他の関連尺度との関係を見ることで,マインドフルネス尺度の位置づけを明らかにした。また第二研究ではマインドフルネス認知療法の介入期間や,統制群と実験群の内容について以下の点を考慮した。

(1)介入期間の長さマインドフルネス認知療法は,本来,全8週間のプログラムで構成されており,週に1度の

約2時間のセッションに参加する必要がある。加えて,セッション日以外の週に6日,1日45分のホームワークへの取り組みが求められる。日常生活を送る上で時間の捻出は難しい場合も多い。先行研究では,より短期間でマインドフルネスを用いた実験がいくつかあるが,1週間の介入期間を設けた田中・杉浦・神村(2010)の研究では「マインドフルネス群の内省報告により,『マインドフルネスはよくわからなかった』という声が多くみられたことから,1週間ではマインドフルネスの体得が難しいのではないか」と考察している。そのため,体得には少なくとも2週間が必要であると考えられ,本研究の第二研究では,実験者が考案した,期間を2週間としホームワークの時間を15分程度と短縮したプログラムを用いることとした。この短縮プログラムが日常において取り組みやすく効果のあるプログラム内容となっているか,実験により効果検討していく。

(2)複数の技法の組み合わせによる効果本研究第二研究では,研究参加者を2群に分けた。統制群となる「食事群」では,面接①で

の心理教育の後,1つの技法に取り組んでもらった。実験群となる「マインドフルネス群(以下MF群とも記す)」では,面接①で食事群と同じ内容の心理教育を行なった後,複数の技法に取り組んでもらった。すなわち単一の技法を使用する群(統制群;食事群)と,複数の技法を使用する群(実験群;MF群)との効果の違いを検証していく。

(3)統制群への技法の導入マインドフルネス瞑想の効果検討の先行研究(平野・湯川,2013)において,方法論上の課

題として,統制群に質問紙回答のみ行わせた結果,実験群の効果が実験者期待効果やプラシーボ効果である可能性を払しょくできなかったと述べられている。本研究の第二研究では,統制群にもマインドフルネスの技法を用いることで,統制群の実験参加者は自身が統制群であるとの認識を持ちにくい。加えて,どちらの群にも,効果検討という同じ内容で実験の目的を説明することが可能となる。

Ⅱ.第一研究・調査

1.目的第一研究では,マインドフルネス得点(以下MF得点とも記す)と,多面的感情状態尺度,

認知的統制尺度,主観的幸福感尺度,肯定的気分を引き起こす自動思考尺度との相関分析を行い,それぞれの関連を量的に検討することを目的とした。また,第二研究となる効果検討の統

岩手大学大学院人文社会科学研究科紀要20 №23 2014

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制群・実験群の群分けに向けた予備調査としても利用した。

2.方法(1)対象

A大学に在籍する学生286名(男性117名,女性169名)を対象とした(表1)。平均年齢は19.24歳(SD=1.18)である。有効回答は286(記入漏れにより,一部尺度285)であった。

質問紙の配布方法については,平成25年7月〜8月のA大学における複数の講義場面で受講生へ配布・回収し,平成25 年9 ・11月にはA大学の学生へ任意で回答を依頼した。

(2)質問紙以下,本研究で用いた5つの尺度の概要について述べる。

①マインドフルネス得点(Mindful Attention Awareness Scale(MAAS))(Brown, K. W., & Ryan, R. M. 日本語訳 宇佐美麗・田上恭子 2012)「その時の感情をあとになって気づくことがある」等15項目から成り,6件法で頻度を回答

する。得点が高いほどマインドフルネスな状態である傾向が強いことを示す。②多面的感情状態尺度 短縮版(寺崎正治・岸本陽一・古賀愛人 1992)

多面的感情状態尺度短縮版40項目の中から「非活動的快」,「活動的快」,「抑うつ・不安」,の3因子×5項目の15項目を用い,4件法の質問紙で回答を得た。③認知的統制尺度(杉浦知子 2007 田中・杉浦・神村 2010参照)

認知的統制尺度では,ストレス対処についての適応的な認知的スキルを日常生活の中で自発的に用いる傾向があるか測定する(杉浦,2007)。不安なことが起きたときの考え方について2因子で構成され,ストレス状況を客観的に分析し積極的に解決に取り組む「論理的分析」と,否定的な思考が浮かんでもその思考と距離を置き暴走を防止するスキルの「破局的思考の緩和」から成り立つ。④主観的幸福感尺度(SWBS)(伊藤裕子・相良順子・池田政子・川浦康至 2003)

心理的健康の個人差を測る測度として,「人生に対する前向きな気持ち(満足感)」,「自信」,「達成感」,「人生に対する失望感(逆転項目)」,「至福感」の5領域×3項目で構成される。⑤肯定的気分を引き起こす自動思考尺度(Positive Automatic Thought Scale(PATS))(福

井 2011)ここ2〜3日間の考えを問い,5件法で回答を得る。認知の測定に本尺度を用いた理由とし

て,認知の再構成を目指す先行研究(吉田,2012)において,認知の尺度として否定的な自動思考を測定する質問紙を用いた際,週に一度面接の度に否定的な文章を目にすることで,否定的な感情への影響がみられた。そのため否定的な感情を刺激する恐れが少ないと考えられる尺度として本尺度を使用することにした。本尺度は6因子を持ち,本研究では,第4因子の「時間的ゆとり」,第6因子の「楽観視傾向」を用いた。

マインドフルネスの諸技法を用いた認知行動療法的介入の効果検討 21

表1 質問紙調査の対象者度数

度数(人) 136 101 37 9 1 2 28647.6 35.3 12.9 3.1 0.3 0.7 100割合(%)

1年生 2年生 3年生 4年生 5年生以上 大学院生 合計

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3.相関分析の結果・考察(1)結果

以下,MF得点(全15項目分の合計)と,他の尺度とのそれぞれの相関分析の結果を記す。分析には,IBM SPSS Statistics 19を使用した。①多面的感情状態尺度(N=286)

MF得点と多面的感情状態尺度との相関を示す(表2)。MF得点と「活動的快」との間に正の相関が見られた。「抑うつ・不安」との間には,負の相関が見られた。

②認知的統制尺度(N=286)MF得点と認知的統制尺度との相関を示す(表3)。「論理的分析」との間に正の相関がみら

れた。

③主観的幸福感尺度(N=286)MF得点と主観的幸福感尺度との相関を示す(表4)。MF得点と「満足感」「自信」「達成

感」との間に正の相関が見られ,「人生への失望感」とは負の相関が見られた。

④肯定的気分を引き起こす自動思考尺度(N=285)MF得点と肯定的気分を引き起こす自動思考尺度との相関を示す(表5)。MF得点と「時間

的ゆとり」,「楽観視傾向」との間に正の相関が見られた。

岩手大学大学院人文社会科学研究科紀要22 №23 2014

表2 マインドフルネス得点と3つの感情状態との相関

マインドフルネス抑うつ・不安 非活動的快 活動的快

−.117* .048 .186**

*;p <.05,**;p <.01

表3 マインドフルネス得点と認知的統制尺度との相関

マインドフルネス論理的分析 破局的な思考の緩和

.269** .106**;p <.01

表4 マインドフルネス得点と主観的幸福感尺度の各因子との相関

マインドフルネス

満足感 自信 達成感 人生への失望感※逆転項目

至福感

.125* .251** .227** −.286** .061*;p <.05,**;p <.01

表5 マインドフルネス得点と肯定的な自動思考の各因子との相関

マインドフルネス時間的ゆとり 楽観視傾向

.201** .160**

**;p <.01

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(2)考察①多面的感情状態尺度

先行研究(宇佐美・田上,2012)では抑うつに関するBDI-Ⅱとの高い負の相関がみられたが,本研究では抑うつとの弱い負の相関がみられた。POMSなどの,他の感情状態を測定する尺度に比べ本尺度では「抑うつ・不安」と不安の項目がまとめられており,抑うつそのものの測定が難しかった可能性がある。また,「活動的快」との正の相関が見られた。マインドフルネスな状態は,今あるものをありありと感じ取ることが出来る状態である。活動的快は,そういったはつらつとした状態を示していると考えられる。

②認知的統制尺度認知的統制尺度は「何か不安なことが起きたとき」の考え方を問うものである。「論理的分

析」との相関は,自分のおかれた状況や対処に目を向けることができることを表すと考えられる。マインドフルネスは,自分の状況を俯瞰的に見る要素,気がかりなことから距離を置く要素も含まれている。MF得点の高さは,不安な状況におかれた場合であっても,感情に飲み込まれることなく,考えを巡らせることが可能であると推測される。

③主観的幸福感尺度「満足感」,「自信」,「達成感」の3因子とMF得点との間に正の相関が,「人生への失望感」

とMF得点との間に負の相関がみられた。MF得点の高さは,ポジティブな面に目を向けることが十分にできているかを反映していると考えられる。

④肯定的な気分を引き起こす自動思考尺度「時間的ゆとり」,「楽観視傾向」ともに正の相関がみられた。マインドフルネスの大きな特

徴である「過去・将来にとらわれることなく今の瞬間に目を向けられること」が達成されていると,時間に焦りを感じにくくなったり物事を必要以上に大きく捉えずに済むと考えられる。

Ⅲ.第二研究・マインドフルネス認知療法の効果検討

1.目的(1)実施期間について

「本研究の位置づけ」で述べたように,期間を2週間,ホームワークの時間を15分程度と,実験者が独自に短縮したプログラムを用いることで,その効果を検討する。

(2)実験群の技法の数統制群(食事群)は,食事のワークという単一の技法に取り組む。複数の技法に取り組む実

験群(MF群)には,技法について,1週目は呼吸法,2週目はボディスキャンという,メインとなるひとつの技法を指定した。他の技法については「日常で取り入れる機会があれば取り入れてください」といった教示を行った。この教示を行った一つ目の理由は,日常でどの程度複数の技法を取り入れることが可能か検討するためである。また,取り組みが可能であった状況,難しかった状況についてもインタビューで聞き,一般大学生が技法を取り入れやすい状況についても検討する。二つ目の理由は,研究参加者の負担を極力減らすためである。負担を減

マインドフルネスの諸技法を用いた認知行動療法的介入の効果検討 23

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らすと同時に,無理のない取り組みが可能な範囲を考量していきたい。

(3)介入法の予測される効果本研究で行う,マインドフルネスの考え方に基づく心理教育とホームワーク(表6参照)を

通し,研究参加者が,①注意の切り替えができるようになること,②ネガティブな考えや感情が尾を引かなくなること,③主観的幸福感が上昇することを目的とし,マインドフルネスの諸技法の効果を検討する。目的①については,MF得点と認知的統制尺度で測定し,目的②については,MF得点と,多面的感情状態尺度の抑うつ・不安の得点で測定する。また,MF得点と認知的統制尺度の得点の上昇,抑うつ・不安得点の減少を経て,目的③の主観的幸福感尺度得点が上昇すると仮定した。

2.方法(1)対象

A大学に通う一般大学生17名を2群に分け,統制群8名(男性4名,女性4名),実験群9名(男性4名,女性5名)とした。対象者は,第一研究の参加者の中から同意を得られた17名である。第二研究参加者に対し,第一研究で得たMF得点と多面的感情状態尺度短縮版の「抑うつ・不安」因子の得点についてSPSSを用いt検定を行い,統制群と実験群間に有意な得点差が出ないよう振り分けた。

(2)実施期間 全2週間で平成25年10月〜平成25年12月に行った。開始日は個人により異なる。

(3)第二研究の流れ以下の流れに沿った,全2週間のプログラムを行なった(図1)。終了のおよそ1か月後に,

任意でフォローアップ面接を行った。フォローアップの参加確認は,実験終了時の面接③に質問紙で行った。

(4)使用した質問紙質問紙は,各面接時(計3回:面接①,面接②,面接③ 任意:フォローアップ時)に実験

室内で記入させる5尺度の質問紙(第一研究で使用した質問紙と同様)と,ホームワーク取り

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図1 第二研究の流れ

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組み時に2週間毎日自宅で記入させる質問紙との2通りがあり,前者を質問紙①,後者を質問紙②とする。質問紙②は,多面的感情状態尺度短縮版の「抑うつ・不安」「活動的快」「非活動的快」と,ホームワークに関して実験者が独自に作成した質問紙と感想の自由記述欄から成る。また,面接③と,任意参加のフォローアップにおいては,実験者が独自に作成した実験の振り返り質問紙へも記入させる。

(5)群ごとの実験の流れ以下,表6の通り,統制群である食事群と,実験群のMF群の2群構成で実験を行った。表

中の面接①では,Segalら(2002 越川訳 2010)を元にマインドフルネスの導入となるレーズンエクササイズを行う。普段注意を向けず何気なく口に入れる食べ物を五感を使って観察してもらうことで,いかに我々は日常で目の前のことから意識がそれがちかを体感してもらう。「食事のワーク」とは五感をフルに使いマインドフルな状態で食事を味わってもらうことを示す。

「ボディスキャン」とは静止した状態で注意を体の一部に集中し,その部分の感覚を感じ取るもので,その際に関係のない考えが湧き上がってきても,注意を体に戻すことを繰り返す。仰向けで目を閉じて行い,十分に注意を集中させたあと体の他の部分へ順番に注意を移動させていくものである。

マインドフルネスの諸技法を用いた認知行動療法的介入の効果検討 25

※ 導入となる,レーズンエクササイズは面接①で両群実施

表6 群ごとの実験の流れ

面接①(初日)

①面接全体の流れ説明②実験の説明とMFの心理教育③レーズンエクササイズ※④ホームワーク(HW)について⑤質問紙①記入

①面接全体の流れ説明②実験の説明とMFの心理教育③レーズンエクササイズ※④呼吸法の練習(音声教示CD配布)⑤ホームワーク(HW)について⑥質問紙①記入

ホームワーク①1週間

・食事のワーク・質問紙②記入

・呼吸法(MF群1週目のメインの技法)・食事のワーク・質問紙②記入

面接②(1週間後)

①1週間の振り返り,取り組みの感想インタビュー(録音)

②1週間,先週と同じことへ取り組むことを説明

③質問紙①記入

①1週間の振り返り,取り組みの感想インタビュー(録音)

②ボディスキャンの練習(音声教示CD配布)③質問紙①記入

ホームワーク②1週間

・ホームワーク①同様・日常で取り組む機会があれば

間食の時間等にも行う・質問紙②記入

・ボディスキャン(MF群2週目のメインの技法)

・日常で,呼吸法,食事のワークに取り組む機会があれば行う

・質問紙②記入面接③

(2週間後)①2週目の振り返りと,実験全体の振り返り  ②質問紙①記入③実験の振り返り質問紙記入

【統制群】食事群 【実験群】マインドフルネス群(MF群)

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3.結果以下,(1)から(5)は,各尺度の,第一研究参加時に測定したベースラインの得点を基

準に,第二研究の介入中の得点の推移(差異得点:介入中の得点−ベースライン得点)について述べる。各面接回のデータの測定時期は以下のとおりである(表7)。ANOVA4 on theweb(桐木)を用い(群×面接回)の2要因分散分析を行った(表8)。なお,群要因をA要因,面接回をB要因とする。

なお,MF群に対して行った「メインとなる技法以外は,日常で取り入れる機会があれば取り入れてください」といった教示の結果,大多数が多技法を使っていた。

また,(6),(7)では実験の振り返りフォローアップ質問紙について述べる。

(1)マインドフルネス得点面接回において5%水準で有意な主効果が見られた(F(2,30)=3.531,p<.05)。面接回の主

効果における多重比較の結果,面接①と面接③の間に有意差が見られた(p<.05)。得点の推移は以下のグラフの通りである(図2)。全体を通して,両群ともに実験期間中の得点の増加がみられる。有意な交互作用は見られなかったが,グラフより食事群に比べMF群の方が得点の上昇が大きいと読み取ることができる。

(2)多面的感情状態尺度「抑うつ・不安」の面接回において有意傾向が見られた(F(2,30)=2.833,p<.10)。有意水準

10%で面接時期の主効果における多重比較の結果,面接①と面接②の間に有意傾向差が見られた(図3)。「非活動的快」に有意差は見られず,「活動的快」については群において有意差が見られた(F(1,15)=7.951,p<.05)ものの,有意な交互作用はなく(F(2,30)=0.049,ns),2週間の訓練による差とはいえない。

岩手大学大学院人文社会科学研究科紀要26 №23 2014

表7 質問紙の測定時期の表記

表記 測定時期第一研究質問紙回答時&実験協力依頼時(2013年7月〜11月)実験開始前実験開始時(2013年10月〜12月) マインドフルネスのHW説明後実験開始1週間後:面接②実験終了時(実験開始2週間後):面接③

ベースライン面接①面接②面接③

表8 (群×面接回)の2要因分散分析の水準の内訳

要因 水準数

内訳A1 食事群(統制群)A2 マインドフルネス群(実験群)B1 差異得点(面接①の得点−ベースラインの得点)B2 差異得点(面接②の得点−ベースラインの得点)B3 差異得点(面接③の得点−ベースラインの得点)

面接回

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(3)認知的統制尺度①論理的分析

面接回において0.1%水準で有意な主効果が見られた(F(2,30)=16.698,p<.001)。多重比較の結果,面接①と面接②(p<.005),面接②と面接③(p<.05),面接①と面接③(p<.001)の間に有意差が見られ,実験が進むにつれ両群とも得点が有意に増加したことが示された(図4)。

②破局的思考の緩和面接回において5%水準で有意な主効果が見られ(F(2,30)=4.715,p<.05),群×面接回に

ついて有意傾向がみられた(F(2,30)=2.591,p<.10)。面接回の主効果における多重比較の結果,面接①と面接③の間に有意差が見られた (p<.05)(図5)。群×面接回の交互作用について,有意水準を10%水準にして検討したところ,MF群のみ,面接①<面接②=③であった。すなわち,MF群の得点の上昇が面接②の時点で大きく,食事群に比べて増加するタイミングが早いことが分かる。

(4)主観的幸福感尺度について「満足感」,「自信」,「人生に対する失望感」について有意差は見られなかった。「達成感」に

ついて,面接回において5%水準で有意な主効果が見られ(F(2,30)=4.020,p<.05),面接回の主効果における多重比較の結果,面接①と面接②の間が1%水準で有意であった(図6)。

「至福感」について,群×面接回において5%水準で有意な交互作用が見られた(F(2,30)=5.031,p<.05)。単純主効果の検定の結果,面接①における群間(F(1,45)=11.023,p<.005),食事群における面接回(F(2,30)=4.903,p<.05)においてそれぞれ有意な主効果がみられた。多重比較の結果,食事群の面接①と面接②において1%水準で有意差がみられた(図7)。

マインドフルネスの諸技法を用いた認知行動療法的介入の効果検討 27

図2 マインドフルネス得点(*;p <.05)

図3 抑うつ・不安(†;p <.1)

(

図4 論理的分析(*;p <.05,***;p <.005,****;p <.001)

図5 破局的思考の緩和(†;p <.1,*;p <.05)

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(5)肯定的な気分を引き起こす自動思考尺度「時間的ゆとり」について面接回において有意傾向が見られた(F(2,30)=3.105,p<.10)(図

8)。「楽観視傾向」について群,面接回ともに有意な主効果や交互作用は見られなかった(図9)。

(6)実験の振り返りの質問紙面接③において,実験の振り返りの質問紙への記入を求めた。質問項目は実験者独自に作成

し「1:全くそう思わない」から「6:とてもそう思う」の六件法で回答を求めた。t検定の結果,すべての項目において群間の有意差はみられなかった(表9)。

岩手大学大学院人文社会科学研究科紀要28 №23 2014

図8 時間的ゆとり(†;p <.1)

図9 楽観視傾向

(

図6 達成感(**;p <.01)

(

図7 至福感(**;p <.01,***;p <.005)

表9 面接③における実験の振り返り質問紙への群ごとの回答の差 表10 フォローアップの質問紙

①ホームワークに積極的に取り組んだか

②面接の安心感

③「注意」を意識したか

④からだの感覚を意識したか

⑤実験が有効であったか

⑥今後に役立ちそうか

⑦日常へ取り入れると思うか

項目内容(略記)

食事群 8 4.5 0.53 0.19MF群 9 4.22 0.67 0.22食事群 8 5.88 0.3 0.13MF群 9 5.67 0.71 0.26食事群 8 4.13 0.83 0.3MF群 9 4.33 0.87 0.29食事群 8 4.37 0.97 0.32MF群 9 4.11 1.05 0.35食事群 8 4.63 0.74 0.26MF群 9 5 0.71 0.24食事群 8 4.38 0.75 0.26MF群 9 5 0.87 0.29食事群 6 4.33 1.76 0.71MF群 8 4.63 1.06 0.36

0.36

0.45

0.62

0.59

0.31

0.13

0.73

群 群

食事群 3.57MF群 4.6食事群 3.71MF群 4食事群 3.57MF群 3.8食事群 3.8MF群 5.2食事群 3.42MF群 3.8食事群 3.85MF群 4.8

項目内容(略記)

「マインドフルネス」について意識する機会の有無

「マインドフルネス」の考え方が身についたと感じるか実験内容を日常に取り入れた経験の有無普段「注意を向けること」について意識した経験の有無普段体の感覚を意識することが増えたか実験内容を今後日常に取り入れることがありそうか

平均値N 標準偏差平均値 平均値の

標準誤差有意確率

(両側)

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(7)フォローアップ質問紙フォローアップのための六件法の質問紙を作成し,12名(食事群7名,MF群5名)の回答

を得たところ,MF群の方が,すべての項目で平均値が高かった(表10)。

4.考察(1)マインドフルネス得点

群による主効果は見られなかったが,全体を通して,面接の回を追うごとに両群ともに得点の増加がみられた。面接①から面接②にかけては有意に増加していた。また,得点の推移をグラフから読み取ると,食事群の得点に比べてMF群の得点の増加した量が大きいことがわかる。面接①での得点が,ベースライン期の得点に比べて減少した理由として,面接①の質問紙記入前にマインドフルネスの概念についての心理教育を受けたことが考えられる。日常において,自分がマインドフルネスの状態にあるかどうか強く意識したために,その後の質問紙への記入が辛目の評価になったと推測される。ただし,ベースラインの記入時期から数ヵ月たっているため,その間の出来事の影響も考えられる。

面接①の差異得点(図2参照)に着目すると,MF群が−1点台であるのに対し,食事群は−6点台であった。この理由として,各群の面接①のプログラム構造の違いが考えられる(表6,7参照)。面接①では面接終了時に質問紙①を記入してもらう点は両群共通している。ただし,心理教育とレーズンエクササイズの後に,MF群は呼吸法の練習をするのに対し,食事群はホームワークの説明のみである。これらのことから,どちらの群も心理教育により辛目の評価になるが,MF群では心理教育と質問紙記入の間に呼吸法を行なったため,辛目の評価が緩和されたと推測される。

(2)多面的感情状態尺度について「抑うつ・不安」について群差はみられなかったが,全体の面接①から面接②にかけて得点減少

の有意傾向がみられた。グラフより,MF群の得点の減少が大きいことが分かる。食事群はやや横ばいの形である。全体を通して抑うつ・不安の減少の傾向がみられたことから,技法への取り組みによって抑うつ・不安が低減したと考えられる。さらに,MF群の減少の仕方の方が大きいことから,交互作用は有意ではないものの複数の技法の方が抑うつ・不安感を低減させる可能性がある。また,個人内で得点の推移を見た際,2週間(面接③)で抑うつ得点が増加しなかった人数が,食事群では3人だが,MF群では5人であった。このことからも,複数の技法が抑うつ・不安の増加の抑制の働きを持つ可能性が考えられる。「活動的快」について,群間に有意差が見られたが,実験開始時である面接①の時点で得点の差が大きいと読み取ることができたため,差異得点ではなく,あらためて生得点について群×4つの測定時期(表7参照)の2要因分散分析を行った。結果,有意な主効果や交互作用はみられなかったため,訓練による差とはいえず,ベースライン測定時から面接①までの他の出来事の影響によって差が生じた可能性が高いと考えられる。

(3)認知的統制尺度について「論理的分析」について,群間差はないものの,実験参加者全体の得点に有意な増加がみら

れた。両群ともに介入が進むにつれ得点が有意に増加していたことから,実験による介入の影響が考えられる。理由として,マインドフルな状態にあると自身を俯瞰しやすくなり,論理的な思考を働かせることが可能になったと考えられる。「破局的思考の緩和」について全体として有意な増加がみられ,自身の俯瞰が可能となり,落ち込んでいる状態に気づくことが出来る点で,落ち込みのループからいったん距離を取り,「落ち込みは自身の考えに過ぎないことも

マインドフルネスの諸技法を用いた認知行動療法的介入の効果検討 29

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ある」といった視点をもつことが可能になったと考えられる。また,有意傾向の交互作用があり,グラフからも,MF群の得点の上昇が面接②の時点で大きく,食事群に比べて増加するタイミングが早いことが読み取れる。このことから,マインドフルネスの技法は破局的思考の緩和を高める働きを持ち,さらに技法が複数であるほど効果が早いことが示唆される。

(4)主観的幸福感尺度についてどの項目も,面接遂行中の一貫した増加や減少は見られなかった。ただし,達成感と至福感にお

いて部分的に有意差が見られた。達成感については,全体で面接①と面接②の間が有意に増加していた。群ごとの差異得点によれば,食事群の得点の増加が大きいことが分かる。ホームワーク内容から検討すると,食事群は食事の時間に目の前の食べ物へ五感を集中させる,という内容である。一方,MF群のホームワークは,食事群と同様のワークに加え,目安時間15分の呼吸法を行い,その時間には「呼吸に注意を向け,他の考え事をした自分に気付いたら注意を呼吸に戻す」といった内容に取り組む。このワークは「考え事が浮かぶのは自然なことであり,その浮かんだ状態を受け入れた上で呼吸に注意を戻す」という練習に基づいている。何もせず呼吸に意識を向かわせる時間を作ることは,むしろ達成感という概念には結びつかなかったのだと推測される。至福感については,面接①で有意な群差が見られ,食事群の方の得点が高かった。食事群において面接①と面接②との間で有意な減少がみられた。これらのことから,面接①の食事群の得点が高かったことがわかる。理由として,レーズンエクササイズという目新しい技法に取り組んだ点が考えられるが,1週間後の面接では有意な減少が見られたことから,この変化は極めて一時的なものであったと考えられる。「達成感」以外の項目において,第二研究遂行中の一貫した増加や減少は見られなかったことから,主観的幸福感尺度は,初期の一時的揺らぎは別として全体的には短期間で影響を受ける尺度ではないと考えられる。

(5)肯定的な気分を引き起こす自動思考尺度について時間的ゆとりについて,両群とも全体を通して面接①から面接②にかけての増加が有意傾向にあ

ることが分かった。多くの参加者にとって忙しい時期であるにも関わらず増加が見られたことは,マインドフルネスの概念の中核である,今のこの瞬間を大切にする視点を心理教育およびマインドフルネスのホームワークから得たことにより先を読み将来を案じ過ぎずにいられた可能性が考えられる。

楽観視傾向について,有意差は見られなかったもののMF群のみ得点の増加がみられた。両群のグラフの形態は,有意傾向のみられた「時間的ゆとり」と似ており,MF群が面接①から面接②にかけて上昇がみられるのに対し,食事群はほぼ横ばいの形となっていた。介入期間が長ければ,群間の差が大きくなる可能性がある。

(6)面接③における実験の振り返り質問紙・フォローアップ質問紙についてt検定による有意な差はみられなかったため,群ごとの平均値により考察を進める。初めに,

マインドフルネスの概念において重要と思われる,項目③・④にあたる,「普段,『注意を向けること』に意識することがあったか,からだの感覚を意識することが増えたか」,という項目は,両群とも「どちらかといえばそう思う」にとどまった。2週間の取り組みでは訓練効果は見られたとしても,マインドフルネスの考え方が十分定着し,日常生活に取り込まれるまでには至っていないと見受けられる。また,項目①の,ホームワークへの積極性を問う項目では,食事群の得点がMF群に比べて約0.3ポイント高かったことから,ホームワーク実施の観点では単一技法の方が,複数の技法の組み合わせに比べて取り組みやすいのかもしれない。また,本質問紙の自由記述において,MF群の回答には「時間を取りにくいときもあった」「朝に,ワークに取り組む時

岩手大学大学院人文社会科学研究科紀要30 №23 2014

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間帯を考えるようになった」など複数技法が含まれる故に時間を取ることに労力が必要であることがうかがえる。しかし,振り返りの項目⑤・⑥・⑦,フォローアップの回答より,今後に生かしていこうとする部分は,複数技法を組み合わせた方が拡がりを持ち,有利だと考えられる。

Ⅳ.第二研究・事例的研究

1.目的第二研究の結果より,主に,MF得点,抑うつ・不安得点の増減に着目し,効果が現れたと

考えられる事例のうち実験群の1事例を紹介する。

2.方法面接②と面接③では,以下の表11の内容に沿いインタビューを行った。音声は実験参加者の

了承を得て,ICレコーダーを用い録音した。質問項目は群で異なる項目もある。なお面接③では,表11に加え,実験の振り返りとして「実験の負担感」「2週間という期間の印象(長いか短いか)」「今後技法を日常に取り入れる可能性の有無」などを聞いた。

3.結果 実験群のAさんAさんは,男性,20歳の2年生である。実験期間は平成25年10月〜平成25年11月であり,フ

ォローアップは実施していない。なお,表12にAさんの各尺度の得点の推移,表13にAさんの質問紙②の記録,表14にAさんへの各面接でのインタビュー内容を示した。

マインドフルネスの諸技法を用いた認知行動療法的介入の効果検討 31

表11 面接②と面接③の共通インタビュー内容

食事群 マインドフルネス群先週のホームワークの感想

呼吸についての感想食事のワークについて(朝晩いつ実施したか,周囲に人・TV等の存在)ホームワークに集中しやすいとき・状況/しにくいとき・状況先週の,いつもと違う出来事何かに集中する取り組み(剣道,瞑想など)の体験の有無

表12 Aさんの各尺度の生得点の推移

48 52 51 53非活動的快 9 16 15 17活動的快 10 10 14 12抑うつ・不安 15 8 7 6論理的分析 18 15 15 16破局的な思考の緩和 10 9 10 11満足感 10 10 10 10自信 7 7 7 7達成感 6 6 6 6失望感 8 8 8 7至福感 7 6 5 7時間的ゆとり 10 5* 21 20楽観視傾向 11 5* 13 12

①マインドフルネス得点

②多面的感情状態尺度

③認知的統制尺度

④主観的幸福感尺度

⑤肯定的な気分を引き起こす自動思考尺度

ベースライン尺度 面接① 面接② 面接③

*面接①,尺度⑤についてAさんから「最近忙しく,結果が偏ってしまったと思う」との話を受けた

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AさんのMF得点は,ベースライン時に48点であったが,面接①で52点,面接②では52点,面接③では53点と全体を通して増加した。表中の尺度②の抑うつ・不安得点については,ベースライン時に15点であったが,面接①では8点,面接②では7点,面接③では6点と減少が見られた。尺度③の「破局的思考の緩和」は面接を重ねるごとに1点ずつ増加した。尺度⑤の特に「時間的ゆとり」は,ベースライン時に比べ,面接②,面接③では大きな増加がみられた。

岩手大学大学院人文社会科学研究科紀要32 №23 2014

4 5 2 3 5 2

5 3 5 5 4 3

5 6 6 4 4 5

3 4 3 3 2 4

4 4.2 4 4 4 3

1 4 6 5 5 5

5 6 7 4 6 7

3 5 6 2 3 4 5 3

7 7 6 5 5 5

6 7 7 5

4 6 6.4 4.2 3 4 5 3 5 6

5 3 2 4 3 3

表13 Aさんの質問紙②の記録

1週目1日目

「夕食をたくさん食べて幸せだった」で普段なら終わりだったが,呼吸のホームワークで少し呼吸が苦しくなるくらい食べていたことに気づいた。

特になし

1週目2日目

サークルの事務仕事での大きなミスをOGの方に指摘され,呼吸ホームワークで落ち着こうとしてもそればかりが頭をよぎった。パスタはまじまじと見ると面白い。

散髪

1週目3日目

1週目5日目

1週目6日目

実際の時間の流れよりも自分の中の時間の流れがはやかった。

サークルの資料作りに追われていた

1週目7日目

気がかりなことがあると気が向けられない。

課題がこなしきれない1週目平均

2週目1日目

寝てしまわないタイミングでやらないと,ボディスキャンは呼吸以上に危険。

特になし

2週目2日目

ボディスキャンの「足先を通して呼吸」の件で1年後期にとった太極拳を思い出した。食事は,ブロッコリーの上の部分を舌に乗せて食べないでいるとなかなか気持ち悪い。

テスト前日

2週目3日目

15分黙っているとだいたい眠くなってしまう。 特になし

2週目4日目

初めて途中で意識が飛ばずにボディスキャンを出来た。嬉しい。米を触ったとき,それを初めて触れるものと考えると少し気持ち悪い。

部屋の大掃除

2週目5日目

かゆい部分があると,他に集中したくても少し意識を持っていかれてしまう。

数ヶ月ぶりに車を運転

2週目6日目2週目7日目

2週目平均

1週目4日目

食事のホームワークで,キムチはただ辛いだけでなく酸っぱさと甘さもあることに感動した。呼吸法練習途中で寝かけてしまった。リラックスはしていたが…

半月ぶりにバイト。あまりうまくいかなかった。

日 感 想 出来事上 手

苦しくない

リラックス

体の感覚

上 手

苦しくない

リラックス

体の感覚

上 手

感 覚

記 述 食 事呼 吸ボディスキャン

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マインドフルネスの諸技法を用いた認知行動療法的介入の効果検討 33

表14 Aさんへの各面接でのインタビュー内容

集中する取り組みの経験

①中学校まで空手(8年)けいこ後に黙想(時間:師範の先生による)黙想時に考えること:小学生のときは「つかれたな」など。

②大学1年次(昨年度)体育で半期太極拳に取り組んだ。自発的に選択。面接①レーズンエクササイズ感想

レーズン 見た目が強烈で衝撃を受けた。菌類ぽい。観察するより,黙って食べた方がいいな。

面接①呼吸法練習の感想 お腹の動きについて,手を当てても上着があると感じにくい。

面接②1週目の取り組み

◎全体:簡単なことだが,続けるのは難しく,1週間も取り組めないものかと残念。

◎食事:晩ご飯での取り組みが多い。実家「パクパク食べているものでも,19年生きていても発見がある。」

注意向けやすい五感:臭覚 普段しないので気になる。注意を向けにくい五感:視覚 レーズンのときほど変わらない。キムチ:白菜,赤いのべちゃべちゃついててよく分からない。

甘いような気もしたが,食べたら普通。取り組みやすい状況:テレビが付いていない。◎呼吸:自分の場所で,夜寝る前 CD使用,床に座布団で取り組んだ

座ってだと,お腹は腕をあげなきゃ触れない。最初は今何分か気になる,あとは眠くなる。

「何かを15分する」ことは日常していないなと思った。面接②ボディスキャン練習感想 座ってたのに寝そうになり,どこにいるかわからなくなった。

面接③2週目の取り組み

◎ボディスキャンの感想呼吸法より寝やすい。最後まで行く前に寝そうになる。CDで「骨盤」

の教示がある頃寝る(開始4分に相当)。おそらく,呼吸を整えるためだと思う。「呼吸を,脚へ通す」というのが,大学1年の健康・スポーツで習った

太極拳に似ており,あっているか分からないが思い出しながらやった。普段使わない,足の指などは感覚が分からない。

◎身体の感覚の変化:特になし。◎呼吸:ボディスキャンの前に1度やってみたが,ボディスキャンをやる頃には寝てしまっていた。変化は特になし。◎食事の変化:特になし。取り組みやすいのは夜帰宅し,余裕のある日。

実験振り返りの質問紙とインタビューより

◎負担:ところどころできない日があった。◎期間:途中とばしたが,毎日やれば定着するのかなと思った。◎今後取り入れる機会:使い方があっているか分からないが,寝れないときはボディスキャンを導入に使えたら。◎振り返り質問紙より

暮らしの中に新しい習慣を取り入れることは簡単ではないと思った。途中やらない日があると次の日もやらずに終わりそうになる。呼吸,ボディスキャンはリラックスできて(行き過ぎると寝てしまうが)よかった。

食べ物を流し込むように食べなくなった。今までは,空腹→詰める,のようにがつがつと食べることが多かったが,この2週間は観察する作業が挟まっていたため,じっくり食べられたと思う。

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岩手大学大学院人文社会科学研究科紀要34 №23 2014

4.考察Aさんは,ホームワークへ積極的に取り組んでいた。呼吸法やボディスキャンについて,

「寝てしまう」といったインタビューの回答や日々の記録への記述が多くみられ,本人は幾分気にしている様子が見られた。面接③終了時,Aさんから,「リラックスしてしまい,本来

(実験の意図)と違うところへいってしまったのではないか」と質問を受けた。①マインドフルネスの技法は体に注意を向けることを目的とした方法ではあるが,その過程で,体がリラックスしたり,いい気分になるということが起きうるという点,②マインドフルネスの技法への取り組み初めには,(特定の身体経験と強烈な感情が結びつき,それまで身体感覚を避けていた人にとっては,ボディスキャン等で身体感覚と結びついた感情と再びつながることになるため)気持ちが乱れるといった感想を持つことも一般的な反応のひとつである,③しかしAさんにとってマインドフルネスの技法はリラックスする方法となることができたと考えられる,とお伝えした。Aさんは,②を聞くと「ああ,ハマったのですね」と話し,納得した様子が見られた。この一連の会話も,マインドフルネスについての心理教育の一部となったのではないかと考えられる。

この事例は,本人はあまりうまくいかなかったと感じていたが,結果からはMF得点の増加,抑うつ・不安得点の減少,「時間的ゆとり」の増加などが読み取れた。実験の振り返りの質問紙では,「注意」を意識したかという項目で「とてもそう思う」と回答している。また,感想より「(食事について)19年生きていても発見がある」,「眠れないときにボディスキャンを使えると思う」など,マインドフルネスの効果について体感したようである。以上から,本人にとって,今後もマインドフルネスは生活の中で選択肢の一つとして生かされる可能性がある。

Ⅴ.総合考察

1.第一研究第一研究では,マインドフルネスと他の尺度との関連がみられた。特に,認知的統制との関

連が大きいことが示された。マインドフルな状態にあると,自身を俯瞰しやすくなり,落ち込んでいる状態に気づくことが出来る点で,落ち込みのループからいったん距離を取り,統制のとれた思考が働くことが可能になったのだと考えられる。

2.第二研究第二研究の量的分析では,群の主効果はみられず,全体でMF得点の有意な増加や,抑う

つ・不安得点の減少の有意傾向がみられた。このことから,マインドフルネスな技法は,単一でもある程度の効果を持つことが判明した。全体を通して検討するといくつかの傾向がみられた。ただし,MF群の実験参加者は,抑うつ得点の減少が見られなくとも,実験期間中に抑うつ・不安得点が増加することは少なかったと数値から読み取ることができた。この点は食事群にはみられない傾向である。認知的統制尺度の破局的思考の緩和では,交互作用に有意傾向がみられた。両群ともに上昇がみられたが,MF群の方が得点の上昇が早い段階でおとずれ,上昇の仕方が急激であったことから,マインドフルネスの技法は破局的思考の緩和を高める働きを持ち,さらに技法が複数であるほど効果が早いことが示唆される。また,グラフからは,MF得点は,MF群の方が得点増加の大きいことが読み取れる。

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第二研究の質的な検討において,個人では著しい効果の見られなかったケースも存在するが,Aさんのように,MF得点の増加や抑うつ・不安得点の減少などの効果が出たケースもある。また,MF得点の増加が大きい実験参加者は,自分の体へ意識を向けるスポーツなどをしている人が多かった。このことからマインドフルネスの体得には,個人の持つマインドフルネスの技法に対する親和性や,馴染みやすさも要因となっていると考えられる。この点については平野・湯川(2013)の研究においても「マインドフルネス瞑想との(個人の)相性」といわれている。

3.訓練プログラムの期間について本プログラムの目的のひとつである,期間の短縮について述べる。実験期間への印象につい

て,半構造化面接のインタビューを通して実験参加者から聞き取った。返答は「長くも短くもない」という意見が多くみられた。また「これ以上長いと,やれない日が増えるかもしれない」,「時間を取るのが大変だった」という声もあった。先行研究では,1週間ではマインドフルネスを体得しきれないと議論されている(田中・杉浦・神村,2010)ことから,本研究の2週間という実験期間は,研究参加者の負担が最小限となる,かつ効果の表れるとされる期間として適していると考えられる。

4.課題本研究における課題を数点述べる。第二研究の心理教育において課題が挙げられる。一つ目

に,MF群のボディスキャンについて,「これで合っているのかなと思いながら取り組んだ」「注意する場所が動くのが難しかった」といった感想が,インタビューで寄せられた。面接②におけるボディスキャン練習の感想で「難しい」と答えた際には,「よく分からない状態でも続けることが大切(Crane,2009 家接 2010 訳)」であることや,「上手かどうかではなく,技法に取り組む時間を作ること自体での効果,変化を見ているため,上手でないと感じても気にする必要はありませんよ」と伝えた。しかしながら,やり方が合っているかどうかわからない状態で研究に参加するという状況は,研究参加者にとって負担となる可能性もある。対策として「どのようなところが難しかったですか」などと質問したが,実験者の指導力不足により,体得や改善までに至らなかった。ただし,マインドフルネスは本来,長期的な練習により体得を目指すものであるため,実験者が焦らずにいる事を心掛ける必要がある。

また,マインドフルネスの技法について,「呼吸法」という言葉からリラクセーションを連想する人が多く,心理教育後も「リラックスしなければならない」と考える人が少なからずいた。マインドフルネスは,「目指すべきものは何もない」という状態が基本であるため,「リラックスしなければならない」といった考えは相反する。この点は,より心理教育の時点で協調すべきだったと考えられる。

第二研究の群分けの課題として,あらゆる尺度のt検定が必要であることが挙げられる。本研究では,MF得点と,多面的感情状態尺度の抑うつ・不安得点の2つの尺度のベースライン時の得点のt検定を行い,介入前に差が出ないよう考慮した。しかし,実験結果の分析段階での量的分析により,多面的感情状態尺度の「活動的快」感情が,ベースライン時で有意差があったことが分かり活動的快感情が生まれた要因について,明瞭な検討がしにくい結果となった。このことから,実験者自身が着目した尺度だけでなく,さまざまな可能性を考慮したうえで群を分ける必要があったと考える。

マインドフルネスの諸技法を用いた認知行動療法的介入の効果検討 35

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5.マインドフルネス得点の解釈の提言これまで,MF得点の増加に着目してきたが,その一方で,MF得点の減少や変化の無さは,

必ずしも悪いこととは限らないと考える。理由として,マインドフルネスの概念における「することモード」とは,今の自分の状態よりも過去や将来の事柄に注意が向かっているモードであり,マインドフルネスとは反対の状態を示す。しかし,将来へ向かって目標が明確であり,がむしゃらにそこに向かって「すること」が要請される時期には必要なモードであろう。特に,大学4年生は就職先が決まり将来を見据える中で,特別研究である卒業論文の執筆や中間発表の日にも当たり,日頃,さまざまなことに尽力している時期であった。MF得点の質問項目にある「過程を重視せず,目標にたどり着くまでに急ぎがちである」「本当に気になるまで,身体的な緊張や身体的な違和感に気付かないことがある」は,マインドフルネスとは逆の状態であるが,未来の課題達成が目前に要請される状況であれば妥当な面もあるかもしれない。しかし,「本当に気になるまで,身体的な緊張や身体の違和感に気づかないことがある」ことによって,突然燃え尽きてしまうような危険性も考えられよう。やはり将来に目を向けながらも

「することモード」が必要であったとしても,短期間でも「あることモード」に切り替えて,今この瞬間の自分の体験や感覚,目の前の事柄へ注意を配ることが,よりマインドフルな,気づきの多い生活になると思われる。

岩手大学大学院人文社会科学研究科紀要36 №23 2014

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