プラスチック製食器・容器包装材から溶出する...

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サl プラスチック製食器・容器包装材から溶出する 内分泌撹乱物質(環境ホルモン) 福田光完*・美濃部美紀** (平成11年9月10日受理) 1.はじめに 内分泌撹乱物質(以下,環境ホルモンと記す)やダイ オキシンに関しては毎日のように新聞紙上等で報道され るほど深刻な問題となっている。学校現場でも,環境ホ ルモン溶出の疑いで学校給食食器のポリカーボネート食 器使用について検討が加えられたり,ダイオキシン発生 抑制のために学校における焼却炉の使用が禁止されると いうように直接対応が迫られている。また環境ホルモン やダイオキシンは,・生物のオス化,メス化等の生殖異常 だけでなく,何らかの精神的な障害とも無関係ではない という報告もあり,特に乳幼児を含む若い世代の正常な 発育には深刻な問題ともいわれている。環境庁が掲げる 「環境ホルモン」としての疑いが持たれている67種の化 学物質1)はいくつかの範噂に分けられる。これらの中 にはPCBや農薬DDT等のように既に生産中止になって はいるが,広く全世界の動植物や海洋生物の体内に蓄積 され,一般市民にはどうしようも対処しようのないもの もある。しかし現在の我々の日常生活の中で,誰もが使 用するものでも正しい知識を持って注意すれば「環境ホ ルモン」を避けられるものも少なからず存在する。 本稿では環境ホルモンではないかと疑われている化学 物質中,プラスチック製品に関連するものだけを取り上 げる。これは食器や容器包装材に使用されているプラス チック類と環境ホルモンに関係する話題が多いことと, 実際我々の誰もが日常生活で使用しているものであり無 関係ではないという理由による。現実に環境ホルモンや ダイオキシンに直接関係するのは,第3節以降に示す数 種類の材料からなるプラスチック製品であるが,どのプ ラスチック製品が環境ホルモンやダイオキシンと関係し ているかは素人には判別しにくい。また,プラスチック 製品すべてが有害だと考える人も以前から少なからずい ることも事実である。しかし,プラスチック製品は身近 な日用品,必需品としてあまりにも多く用いられており, それなくしては現在の生活が成り立たないことも事実で ある。幸いなことに最近では容器をはじめ,さまざまな プラスチック製品に原料材質名が記載されることが多く なってきた。従って, 「難しい」と思われていたプラス チック材料の区別も近い将来,容易にかつ正しく名称で 判別できるものと期待できる。 (現在でも,年代を問わ ずポリエチレンテレフタレート(PET)のボトルをペッ トボトルと呼んでいるし,ポリ塩化ビニル製の傘をビニー ル傘と呼んでいるように) 以降では,ポリスチレン,ポリカーボネート,エポキ シ樹脂,ポリ塩化ビニルの順に環境ホルモンとどのよう に関係するかをできるだけ平易に重要な点を整理して述 べた。また,その他重要な環境ホルモンとして,環境へ の流出の多いノニルフェノールについても若干記した。 これらを通して,いたずらに不安にかられて大騒ぎする のではなく,正しい知識と行動力を身につけられるよう に,日常生活や学校教育においてどのように取り扱って いけばよいかについても考察した。 2.環境ホルモンについて 環境ホルモンの生体内のメカニズム等の専門的な事項 については,最近多くの書物2)が発売されているので ここではふれない。しかし,環境ホルモンといわれる物 質がどのような共通の構造あるいは性質を持っているか を知ることは重要であるため以下に簡単に記した。 人の主要な生体内ホルモンの中には成長や性の分化・ 維持に重要なものがいくつかある。これら以外の物質で, 体内器官から分泌されたホルモンではないのに,受け取 る器官が分泌ホルモンと誤って認識するような合成化学 物質がある。それが,外因性内分泌撹乱化学物質(環境 ホルモン)と呼ばれるものである。内分泌撹乱物質は一 部の研究者では1990年以前から話題となっていたようで あるが, 「環境ホルモン」という造語が1997年放映の NHKの番組で用いられたことから,社会的にこの用語 が広く浸透し,受け入れられることとなった。環境庁, 労働省,厚生省.農水省,文部省とも通称として流動的 にその使用を認めている。従って本文でも「環境ホルモ ン」という用語を使用する。 環境ホルモンの代表的な例としては,天然エストロジェ ンの一つであるエストラジオール(女性ホルモン)類似 物質がある。古くは1938年にイギリスで発表された合成 ホルモン剤,ジェチルスチルベストロール(DES)以来の 問題である。 DESは現在では使用されていないが,かつ ・兵庫教育大学第5部(生活・健康系教育講座) ・ホ兵庫教育大学大学院(生活・健康系コース)

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サl

プラスチック製食器・容器包装材から溶出する

内分泌撹乱物質(環境ホルモン)

福田光完*・美濃部美紀**(平成11年9月10日受理)

1.はじめに

内分泌撹乱物質(以下,環境ホルモンと記す)やダイ

オキシンに関しては毎日のように新聞紙上等で報道され

るほど深刻な問題となっている。学校現場でも,環境ホ

ルモン溶出の疑いで学校給食食器のポリカーボネート食

器使用について検討が加えられたり,ダイオキシン発生

抑制のために学校における焼却炉の使用が禁止されると

いうように直接対応が迫られている。また環境ホルモン

やダイオキシンは,・生物のオス化,メス化等の生殖異常

だけでなく,何らかの精神的な障害とも無関係ではない

という報告もあり,特に乳幼児を含む若い世代の正常な

発育には深刻な問題ともいわれている。環境庁が掲げる

「環境ホルモン」としての疑いが持たれている67種の化

学物質1)はいくつかの範噂に分けられる。これらの中

にはPCBや農薬DDT等のように既に生産中止になって

はいるが,広く全世界の動植物や海洋生物の体内に蓄積

され,一般市民にはどうしようも対処しようのないもの

もある。しかし現在の我々の日常生活の中で,誰もが使

用するものでも正しい知識を持って注意すれば「環境ホ

ルモン」を避けられるものも少なからず存在する。

本稿では環境ホルモンではないかと疑われている化学

物質中,プラスチック製品に関連するものだけを取り上

げる。これは食器や容器包装材に使用されているプラス

チック類と環境ホルモンに関係する話題が多いことと,

実際我々の誰もが日常生活で使用しているものであり無

関係ではないという理由による。現実に環境ホルモンや

ダイオキシンに直接関係するのは,第3節以降に示す数

種類の材料からなるプラスチック製品であるが,どのプ

ラスチック製品が環境ホルモンやダイオキシンと関係し

ているかは素人には判別しにくい。また,プラスチック

製品すべてが有害だと考える人も以前から少なからずい

ることも事実である。しかし,プラスチック製品は身近

な日用品,必需品としてあまりにも多く用いられており,

それなくしては現在の生活が成り立たないことも事実で

ある。幸いなことに最近では容器をはじめ,さまざまな

プラスチック製品に原料材質名が記載されることが多く

なってきた。従って, 「難しい」と思われていたプラス

チック材料の区別も近い将来,容易にかつ正しく名称で

判別できるものと期待できる。 (現在でも,年代を問わ

ずポリエチレンテレフタレート(PET)のボトルをペッ

トボトルと呼んでいるし,ポリ塩化ビニル製の傘をビニー

ル傘と呼んでいるように)

以降では,ポリスチレン,ポリカーボネート,エポキ

シ樹脂,ポリ塩化ビニルの順に環境ホルモンとどのよう

に関係するかをできるだけ平易に重要な点を整理して述

べた。また,その他重要な環境ホルモンとして,環境へ

の流出の多いノニルフェノールについても若干記した。

これらを通して,いたずらに不安にかられて大騒ぎする

のではなく,正しい知識と行動力を身につけられるよう

に,日常生活や学校教育においてどのように取り扱って

いけばよいかについても考察した。

2.環境ホルモンについて

環境ホルモンの生体内のメカニズム等の専門的な事項

については,最近多くの書物2)が発売されているので

ここではふれない。しかし,環境ホルモンといわれる物

質がどのような共通の構造あるいは性質を持っているか

を知ることは重要であるため以下に簡単に記した。

人の主要な生体内ホルモンの中には成長や性の分化・

維持に重要なものがいくつかある。これら以外の物質で,

体内器官から分泌されたホルモンではないのに,受け取

る器官が分泌ホルモンと誤って認識するような合成化学

物質がある。それが,外因性内分泌撹乱化学物質(環境

ホルモン)と呼ばれるものである。内分泌撹乱物質は一

部の研究者では1990年以前から話題となっていたようで

あるが, 「環境ホルモン」という造語が1997年放映の

NHKの番組で用いられたことから,社会的にこの用語

が広く浸透し,受け入れられることとなった。環境庁,

労働省,厚生省.農水省,文部省とも通称として流動的

にその使用を認めている。従って本文でも「環境ホルモ

ン」という用語を使用する。

環境ホルモンの代表的な例としては,天然エストロジェ

ンの一つであるエストラジオール(女性ホルモン)類似

物質がある。古くは1938年にイギリスで発表された合成

ホルモン剤,ジェチルスチルベストロール(DES)以来の

問題である。 DESは現在では使用されていないが,かつ

・兵庫教育大学第5部(生活・健康系教育講座)

・ホ兵庫教育大学大学院(生活・健康系コース)

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て更年期症状,避柾薬,乳がんの治療薬,流産の治療用

等に用いられた。しかしその後,種々の性器異常や腫ガ

ンの発生が多発するという問題が起こった3¥ DESと現

在環境ホルモンとして問題になっているビスフェノール

A, DDT,ダイオキシン(2,3,7,8-TCDD)を分子力学

で最適化させた構造を図1に示した。

●-_I-●●-●

Diethylstilbestrol (DES ) B isphenol-A

e*

l ,l ,l-trichloro-2,2'-

bis(p-chlorophenyl )ethane (DDT)

2 ,3 ,7 ,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin

図1合成女性ホルモン(DES)と,ビスフェノールA, D

DT,ダイオキシンの化学構造の比較.大きい白球は

炭素,小さい白球は水素,大きい黒球は塩素,小さい

黒球は酸素を示す.分子力学, MM+力場を用いて構

造最適化を行った. (以下,図2,図4,図5も同)

これらを比較すると, 2つのベンゼン環が2あるいは3

つの結合でつながっている等,分子構造として何らかの

共通性があるようである。そのため,エストロジェンレ

セプターがこれらの合成物質を天然エストロジェンと間

違えて結合してしまい,結果としてエストロジェンと類

似の作用がもたらされることになる。この作用のメカニ

ズムが子宮がんの増加や子宮内膜症の増加を引き起こし

ているのではないかと考えられている。また,同じく環

境ホルモンと考えられているDDE (DDTの代謝物),ど

ンクロゾリン(殺菌剤)などは天然アントロジェン(男

性ホルモン)のレセプターと結合してしまうため,本来

のアントロジェンが結合するのを阻害してしまう。 (図

2)その結果,アントロジェン作用が阻害される。この

作用のメカニズムが精子数の減少や精巣がんの増加を引

き起こしているのではないかと考えられている。

環境ホルモンではないかと疑われている化学物質は先

にも述べたように1999年現在,環境庁の中間報告に67種

挙げられてい」i>。最も毒性が強いと考えられているダ

イオキシン類が筆頭に挙がっている。 (ダイオキシンは

単独で扱われる場合が多いが,環境ホルモンとしての要

素をすべて備えている。) 1物質1項目の場合もあるが,

●●●●

l,l,l-dichloro-2,2 -

bisφ-chlorophenyl )ethene (DDE)

:頓vmclozo lin

図2 DDTの代謝物DDEと殺菌剤ピンクロゾリンの構

複数の化学物質を一つの項目としている場合もあるので,

実際にはかなり多くの化学物質が存在することになる。

表1はそれらの分類を用途別に着目して整理したもので

ある。殺虫剤,殺菌剤,除草剤等の農薬で40種以上と半

数以上を占め,次にプラスチックからの可塑剤が9種と

多い。しかしダイオキシン類だけでも実際の化学物質の

種類は10種以上あり,単純にはどの分類が一番多いとは

いえないことに注意すべきである。表1ではよく話題に

なる物質名についてのみ掲げたが,オリジナルの環境庁

のリストを見るといかに有機塩素化合物が多いかもわか

る。殺虫剤では現在生産禁止になっているものも多いが,

ベルメトリン等家庭用の殺虫剤として現在も販売されて

いるものもあり,これらは今後の大きな問題に発展する

ものと思われる。

3.環境ホルモンに関連するプラスチック

3-1ポリスチレン

[歴史]

ポリスチレンはスチレンを単量体とする熱可塑性プラ

スチックである。スチレンが容易に重合反応を行うこと

から,あらゆるプラスチック類の中でも最も早くからそ

の存在が知られていた。 1900年代に入って,高分子その

ものの化学構造が明らかになるにつれ,商業的に最も有

望な合成高分子の候補となり, 1930年頃ドイツで最初に

工業化された。アメリカでは1936年頃から大量生産が始

まっている。日本では戦後1950年頃から国産化が始まっ

ており,発泡ポリスチレンも1960年から生産されてい

る4)。ポリスチレンは,当初スチロールと名づけられた

ため,現在でもスチロール樹脂という慣用名が使用され

ることもある。ポリエチレン,ポリプロピレン,ポリ塩

化ビニルと並ぶ4大汎用樹脂であり, 1991年以降,国内

総生産量の11%以上を占めている。

プラスチック製食器・容器包装材から溶出する内分泌撹乱物質(環境ホルモン)

表1.環境庁による「環境ホルモン」の分類a)

43

用 途 代 表 的 物 質 名 分類番号b) 種類の数

殺虫剤及びその代謝物D D T ,D D E, マラチオン, ペ 12- 19、21- 30、32、4 25種類

ルメトリン, エンドリン 9- 51、56- 59

除草剤 シマジン, ニトロフエン 6- 11、31、35、55 9

殺菌剤 ベノミル, マンネプ 4、50、52- 54、60- 62 8

プラスチックの可塑剤 フタル酸エステル 38- 45、63- 65 9

非意図的生成物 ダイオキシン類 1、43 2

船底塗料, 漁網の防腐剤 トリブチルスズ 33、34 2

熱媒体, ノンカI ボン紙、電気製品 PCB類 2 1

難燃剤 3 1

防腐剤 5 1

殺ダニ剤 20 1

界面活性剤の原料/ 分解生成物 ノニルフエノー)レ 36 1

樹脂の原料 ビスフェノールA 37 1

染料中間体 44 1

医療品合成原料, 保香剤等 46 1

2、4 ジニトロトルエン等の中間体 47 1

有機塩素系化合物の副生成物 48 1

スチレン樹脂の未反応物 スチレンの2及び3量体 66 1

合成中間体、液晶製造用 67 1

計 67

a)環境庁のホームページ, 「表3内分泌撹乱作用を有すると疑われる化学物質」を用途別に整理し直した.

b)同上表の物質名に添えられている整理番号

[特徴]

スチレンを原料とするプラスチックは一般ポリスチレ

ン(GP-PS)のほかに発泡ポリスチレン,耐衝撃性ポリス

チレン(HI-PS,またはBS樹脂ということもある),お

よびAS樹脂(アクリロニトリルースチレンランダム共重

合体)がある。なおABS樹脂(アクリロニトリルーブタ

ジェン-スチレン共重合体)もスチレンを原料とするプ

ラスチックであり,ゴム成分のポリプタジェンを骨格と

してASをグラフト重合したものである。しかし,これ

単独で総プラスチック生産量の4%以上を占める主要な

樹脂であり,通常ポリスチレンとは別に扱われることが

多い。

これらの中で,食品容器,包装材として利用されてい

るものはGP-PSと発泡ポリスチレンであるGP-PSの一

般的な特徴は, ①非品性であるため無色透明であり,着

色が容易である, ②成形性がよく,外観も美しく衛生的

である, (卦常温ではガラス状態を呈しており,堅く寸法

安定性がよい等である。これらの性質から,透明な容器・

ボウル,箸箱,乳酸菌飲料等の種々の容器,食品包装用

フイルムとして使用されている。一方,発泡ポリスチレ

ンは軽量で,断熱性に富んでいる為,保冷容器,電気製

品等のクッション材,また発泡シートとして食品トレー,

カップ麺容器に使用されている。

[環境ホルモン問題の経緯]5-8)

1997年の年末には環境ホルモン問題が広く知られるよ

うになったことは先に述べたが,翌年の1998年に入ると,

発泡ポリスチレン容器のカップ麺が,環境ホルモン溶出

の疑いで一気に問題視されるようになった。ここで,ポ

リスチレン開運で環境ホルモンの疑いがあると環境庁の

リストに挙がっているのは,スチレンダイマー,スチレ

ントリマ-である。実際には図3に示すようにスチレン

ダイマー,スチレント))マーとも複雑な構造をした複数

44

露*-***y ‾.^^が:+1 ,3-diphenylpropane cis-1 ,2-dipheny卜cyclobutane 2,4-diphenyl一卜butene trans-1 ,2-diphenyl-cyclobutane

スチレントリマー

2,4,6-打ipheny卜1 -hexene 1 -pheny卜4-( 1 '-phenylethyOtetralin isomers ,3,5一ヒriphenyl-cyclohexane

図3スチレンダイマー,スチレントリマーの化学構造

の化学物質である6)。これらの物質がリストに挙がった

根拠は,アメリカにおける動物実験やイタリアのスチレ

ンを扱うプラスチック工場における女性労働者の血中ホ

ルモン増加事件からである。

1998年4月に厚生省の国立医薬品食品衛生研究所から

カップ麺容器や食品トレーに使われるポリスチレン製の

容器からスチレンダイマー,スチレントリマーが溶け出

す恐れがあるという分析結果を報告したのがこの問題の

注目を浴びる始まりである7)。報告によると,水(60℃

30分)には溶出しないもののn-ヘプタン(25℃60分)

には溶出するというものであった。この結果はすべての

スチレン樹脂に当てはまる為,半透明な使い捨てコップ

や乳酸菌飲料の容器についても溶出するが,油が含まれ

ているものにはよく溶出することと,温度が高いほど,

多く溶出することから,高温油分を含むというカップ麺

の条件下と一致する為.カップ麺の食品中に環境ホルモ

ンの疑いがある物質が溶出する可能性が高いというもの

である。

これに対して,日本即席食品工業協会はカップ麺容器

中にスチレンダイマー,スチレントリマーは溶出しない,

エストロゲン作用は実証されていないと各新聞に全面広

告を出して反論した。 「環境ホルモン」の疑いがある以

上,安全でないという主張が市民団体からは繰り返され

た。しかし, 1998年6月国立医薬品食品衛生研究所から

ポリスチレン容器5銘柄から5-62ppbの溶出を実際に

食べる状態で確認したと発表し,スチレンダイマー,ス

チレントリマーが溶出することは事実となった8)Qその

影響のためか,報道の多かった1998年5月,及び8月に

はカップ麺の売上は前年同月に比べ10%も落ち込むとい

うことになった。

[解決策] 5)

スチレンをモノマーとするポリスチレンは,化学量論

的にすべてのスチレンが高分子量に重合されることはな

く,確率的にスチレン単量体,及び副反応生成物である

2量体, 3量体が混入しており,完全に取り除くことは

不可能である。従って,これらの物質が環境ホルモンの

疑いがあるのなら他の材質の容器に変更する以外に根本

的な解決策はない。このような経過の中で,紙製の容器

の方が印刷の発色が良い,ごみとしての処理がしやすい

等の理由により, 1998年8月からは紙製容器のカップ麺

が売り出され始めた。欧米では既に紙製容器やポリプロ

ピレン製の容器が使用されている。これはリサイクルの

関係で発泡ポリスチレン製は禁止されているからである。

しかし日本では1998年11月に厚生省検討会がポリスチレ

ン容器は禁止しないと発表している。紙製容器の方がコ

スト高ではあるが,口に入るものだけに消費者の心配し

ている状況は無視できないという業界の声もある。事実,

全国の消費生活センターの相談においても, 「環境ホル

モン」関連の相談が11月現在でも前年度よりも倍増して

いる。相談は「商品の安全性に関するもの」が多く.負

器・食品保存容器の安全性を心配している1998年8月

より紙製容器のカップ麺は増えてきているが,すべてを

プラスチック製食器・容器包装材から溶出する内分泌撹乱物質(環境ホルモン)

紙製に置き換えることは難しいようである。紙製容器は

縦型のものには使用できるが,カップ麺の主要な容器と

なっているどんぶり型には成形が難しい。従って,一部

紙製容器も使用されているが,多くは発泡ポリスチレン

製のままである。

[リサイクル]9)

ポリスチレン製品のリサイクルとしては,食品用トレー

が最もよく知られているOトレーの回収および再商品化

は1991年の「発泡スチロール再資源化協会」の設立後か

なり活発に行われているが, 1998年でも回収率は約1割

であり飛躍的に伸びないのが現実である。また,カップ

麺容器はトレーと同じ発泡スチレンシートであるが,梶

ざるとペレットの品質が劣化する等の理由で,まったく

回収されていない。ポリスチレンは燃やすと激しい黒煙

をあげ,粘着性のすすが出るので塊去口は望ましくない。

カップ麺容器は環境ホルモンの問題を別にしても,でき

るだけ紙製に置き換えるべきであろう。ごく最近, PET

の発泡製品が工業化可能になったため, PET製の発泡シー

トがいずれは市場に登場するかもしれない。

312ポリカーボネート

[歴史]

ポリカーボネートは19世紀より知られていたが, 1956

年,ビスフェノールA (図1)を原料にすることにより,

耐熱性の優れた熱可塑性樹脂が得られることがわかり,

工業化されたプラスチックである4)。ビスフェノールA

と塩化カルポニル又はジフェニルカーボネートを原料と

して重縮合を繰り返すことによって作られる。日本では

1961年に生産が開始されている。

[特徴]

硬度,透明性が高いことからガラスに代わる各種容器,

晴乳ぴん,給食用食器に使用されている。またCD (コ

ンパクトディスク)や水泳用ゴーグルの材質にも使用さ

れている。

[環境ホルモン問題の経緯]10)

1991年アメリカ合衆国で実験中の乳がん細胞が急増し

たことから,プラスチック容器からエストロジェン様の

作用をする物質の溶出が偶然認められた。それがビスフェ

ノールAであるということがわかったことから,ビスフェ

ノールAは環境ホルモンの疑いのある物質として挙がっ

ている。

1997年に日本でも日本子孫基金の依頼を受けた横浜国

立大学の検査によりポリカーボネート製の晴乳ぴんから

のビスフェノールAの溶出がわかっている。 26℃の水に

は検出されていないが, 95-Cの熱湯を入れ,一晩冷まし

た状態のものからは検出されている。 1998年,アメリカ

で開かれた「ガンと環境問題に関する会議」においてビ

スフェノールAが章丸ガンと小児白血病を増加させる結

45

栗が動物実験でわかったと報告されたこともあり,消費

者の心配が影響したのか,晴乳ぴんメーカーではポリカ-

ボネート製の噛乳ぴんの売上が減少, 1999年には20%の

シェアとなっており,ガラス製の晴乳ぴんが再び主流に

置き換わっている。代替素材の検討を開始するに至って

いるが,まだ開発はされていない。

また,ポリカーボネートは学校給食食器にも使用され

ている1998年5月現在では,学校給食を実施している

小・中学校の40.1%がポリカーボネート製食器を利用し

ていることがわかっている1994年5月現在においては,

16.8%であったのが,材質の長所を認められて急増した

ためである。しかし,ビスフェノールAの環境ホルモン

の疑いが報道された1997年以降,北海道,大分県,栃木

県等,ポリカーボネート製食器の新規導入を凍結すると

か,約7割の学校がポリカーボネート製食器を使用して

いる神奈川県横浜市や埼玉県久喜市のように給食食器の

調査を決定している。埼玉県蓮田市,神奈川県相模原市

では既に使用しているポリカーボネート製食器,箸の廃

止,鹿児島県伊集院町,千葉県野田市では磁器,ポリプ

ロピレン製食器への切り替えという動きになっている。

1998年5月寛在,学校給食実施市町村3207中,ポリカー

ボネート製食器使用市町村数1686,他の材質に切り替え

予定の市町村数168,他の材質に切り替えた市町村数39

となっている。ところが, 1998年11月に厚生省の「内分

泌撹乱物質の健康影響に関する検討会」から「現時点で

直ちに使用禁止の措置を講じる必要はない。」と中間報

告があったため,兵庫県姫路市のようにポリカーボネー

ト製食器の新規購入予算を計上している自治体もあり,

自治体により対応はさまざまである。しかし, 1999年5

月にビスフェノールAが思春期の男子の第二次性徴に悪

影響を及ぼすという高知医大のマウス実験の報告もあり,

また,横浜市では1年間にわたる調査の結果,新規製品

では溶出の問題はないが4年以上使用したポリカーボネー

ト製食器に80℃のお湯を入れ, 30分間放置したとき,ど

スフェノールAが検出されたため,スープ等熱い液体を

入れる場合4年以上使用のポリカーボネート製食器を磁

器に交換することを決めている。

[解決策]

ほ乳ビンのようにガラス製品がまだ販売されているも

のは,そちらを購入すればよいが,学校給食用食器のよ

うに本人の希望で変換できないものについては問題であ

ろう。戦後,アルマイト食器が学校給食用食器として普

及するが,傷っきやすく安物っぽい,熱くて持てない等

の欠陥があったため,メラミン食器(丈夫で着色,模様

付けが容易であるが,重くてホルムアルデヒドの溶出問

過),ポリプロピレン食器(軽くて持ち運びにはよいが,

見た目が安物っぽい,着色ができない)など, 2, 3のプ

ラスチック製の食器が普及した。ポリカーボネート食器

46

は,堅く丈夫で,光沢があり衛生的であるとの理由から,

一部の関係者の問では,究極のプラスチック食器と考え

られていた。実際に使用している条件でのビスフェノー

ルAの溶出量の測定を広く行うとともに,食器用途のた

めの新しい素材の開発が必要である。

313エポキシ樹脂

[歴史]

ポリカーボネートと同様,ビスフェノ-ルAに関わっ

て我々が口にするもので,問題のある樹脂がエポキシ樹

脂である。エポキシ樹脂は分子鎖末端にエポキシ基を有

する多くの種類の熱硬化性高分子の総称である。ここで

問題となるのはビスフェノールAとェピクロロヒドリン

から合成されるビスフェノールA型エポキシ樹脂である。

もともとエポキシ樹脂は1946年スイスで合金接着剤とし

て登場するが,アメリカでは塗料用途の開発が進んだ。

日本では1955年頃に輸入され1962年に国産化が開始され

ている4)。

[特徴]

ビスフェノールA型エポキシ樹脂は異なる硬化剤の使

用によって種々の物性の樹脂ができる。塗料,電気・電

子機器,接着剤,複合材料などさまざまな分野で使用さ

れている。食品用としては,食缶用あるいは清涼飲料水

などの缶の内装塗料として,高分子量の固形樹脂をフェ

ノール樹脂やメラミン樹脂を架橋剤として高温で焼き付

けて使用されている。硬化塗膜は無臭であり,金属の溶

出を防ぐためである。また,硬化樹脂としてではなく単

独でもポリ塩化ビニルの安定剤として使用されている。

[環境ホルモン問題の経緯]11)

1991年,カリフォルニアにおいて,乳がん細胞の増加

とビスフェノールAの関連性を報告した研究チームに参

加していた研究者がどのようなものからビスフェノール

Aに暴露されるかという経路を調べるために, 1994年ス

ペインにおいて,食缶を調べたところ,ビスフェノール

Aの溶出が確認された1998年4月には,日本子孫基金

が缶飲料のビスフェノールA溶出を指摘している.缶詰

の内面塗装からのビスフェノールA検出は東洋製権,北

海製埴からも1998年5月に報告されているO濃度は9-

60ppbである。缶飲料は中身を入れてから,加熱殺菌を

行うため,飲料によって加熱温度や時間は様々ではある

ものの,低いもので50℃,高いもので123℃で加熱する

ため,温度が高くなるにつれてビスフェノールA溶出が

高まることから缶飲料を介しての環境ホルモンの害が心

配される。また,肉や魚,野菜などの缶詰においても同

様で125-C程度で加熱されるため,缶飲料よりもさらに

心配される。缶飲料や食缶だけでなく,ビンのふたにも

エポキシ樹脂のコーティングが行われているため,溶出

に関する心配はぴんも同様である。

東洋製権の話によると,ビスフェノールAが溶出され

ないポリエステルフィルムによるコーティングの缶も飲

料缶では14%程ある。食缶では,飲料缶を転用して使用

している1種類だけである。しかし,見た目には判断で

きなし,アルミ缶ではまだすべてがェポキシ樹脂を使用

している。また,エポキシ樹脂は1989年より,発ガン性

物質のコールタールとアスファルトエナメルに代わって

水道管の内側に使用されるようになっている。その水道

管の内側のエポキシ樹脂よりビスフェノールAが溶出し

ていると1999年2月九州グリーンコープから報告されて

いる。缶の食品同様,水道水も毎日口にするものであり,

環境ホルモンの害が心配されるところである。

缶以外の使用でエポキシ樹脂からビスフェノールAが

検出されている例は,電線等の廃棄ポリ塩化ビニル中か

ら溶出するものである。これは広く環境中に散逸する点

で問題であろう。また歯科材料として使用されているエ

ポキシ樹脂の一種ビスフェノールAジグリシディルメタ

クリレートをベースとした樹脂からビスフェノールAが

検出されている。

[解決策] ll)

生協では食缶からのビスフェノールAの溶出量が一般

装置での検出限界値である5ppb以下になるようにした

いと1998年6月に述べている。またグリーンコープのよ

うに1999年に入ってからビスフェノールAが溶出する恐

れのある缶詰の販売を中止し,レトルト等の別の容器で

販売店もある.製権業界でも缶詰のコーティング剤を一

部でもェポキシ樹脂から他の素材に切り替えることが考

案されており, 1999年夏ごろまでに解決策を急いでいる

という。なお,リサイクルに関してはエポキシ樹脂,ポ

リカーボネートとも現在リサイクルは全く行われていな

い。

314ポリ塩化ビニル

[歴史]

ポリ塩化ビニルは,ポリスチレンと同様19世紀には既

に知られていた熱可塑性プラスチックである。モノマー

の塩化ビニルが,重合反応をしやすいためである。その

後,ドイツで1931年工業化され, 1941年末には日本でも

工業生産に入っている4>。 1955年頃から食品用の容器包

装に使用され始めた1974年にはアメリカの塩化ビニル

製造工場で塩化ビニルモノマーによる労働災害があり,

日本でも塩ビモノマ-の溶出量が規制された12)また

1970年以降,可塑剤として用いているフタル酸エステル

の毒性が問題となり,その後30年間近く,可塑剤の溶出,

焼却時の塩化水素ガスの発生,ダイオキシンの発生と常

に問題のあるプラスチックとして指摘されてきた。 4大

汎用樹脂の一つであり, 1991年以降,国内プラスチック

原材料総生産量の16%を占めている。

プラスチック製食器・容器包装材から溶出する内分泌撹乱物質(環境ホルモン)

[特徴]

エチレンを塩素化した二塩化エチレンから得られる塩

ビモノマーを原料として重縮合を繰り返すことによって

形成されるO元来は固いプラスチックであるが,可塑剤

の添加によって硬度の調整が容易であり,大量かつ安価

に製品ができるためビニールシート,水道管,卵パック

等,種々の容器包装材,文房具に使用されてきた。我々

の身の回りにはポリ塩化ビニルを使用したものが非常に

多い。可塑剤として用いられるフタル酸エステルのいく

つかが環境ホルモンの疑いが持たれており,特に乳幼児

の玩具や歯固めから溶出するのではないかと問題視され

ている。また,構造中に塩素を含むことから燃やすとダ

イオキシンを発生するプラスチックの中心であり,多く

のプラスチック素材の中でまず第1番に使用禁止にすべ

きものであろう。

[環境ホルモン問題の経緯113)

フタル酸エステルの溶出に関しては1970年代, 80年代

にもたびたび報道され,毒性の低い構造のフタル酸エス

テルが開発されてきた. 20種類近くあるフタル酸エステ

ルの中で環境ホルモンの疑いのある物質があることが知

られるのは比較的最近である。

1997年秋からドイツ,スペイン,イタリア,アメリカ,

アルゼンチンなど17カ国ではグリーンピースが乳幼児が

使うポリ塩化ビニル製のおもちゃや歯固めを使用しない

ように呼びかけるキャンペーンを行っている。この時に

は日本はキャンペーンの対象ではなかった。同じ時期,

日本子孫基金が乳幼児のおもちゃや歯固めなど10品目を

調べたところ, 7品目から材質中含有量0.2-24%のフタ

ル酸エステルが検出されている。また,グリーンピース

リサーチ研究所によると,世界17カ国71種類のおもちゃ

のうち,ポリ塩化ビニル製であることが確認されたおも

ちゃからはほとんど,フタル酸エステルが検出され,材

質中含有量10-40%であった。なお可塑剤として一番使

用率が高いのはフタル酸ジイソノニル(DINP),次い

でフタル酸ジェチルへキシル(DEHP),その他フタル

酸ブチル(DBP),フタル酸ブチルベンジル(BBP)で

あった(図4)0 DEHP, DBP, BBPは環境ホルモンと

して疑われている物質である。

1998年2月にはグリーンピースジャパンも「脱・塩ビ

おもちゃキャンペーン」を行うと発表した。その効果も

あり, 7月にグリ-ンピースが行った調査によると,西

武百貨店では3歳以下の乳幼児おもちゃは販売中止,歯

固めは伊勢丹,近鉄百貨店,イトーヨーカ堂,長崎屋で

販売中止か自粛という姿勢をとっている。また,おもちゃ

業界においても,バンダイが塩ビ製のキャラクター商品

の生産を4月に中止している。海外においても,オース

トリアでは99年から施行ということで, 3歳児以下用の

塩ビ製おもちゃ,歯固め等の販売・輸入禁止,スウェー

47

BBP

図4環境ホルモンの疑いのある3種のフタル酸エステ

ノレ

デンでは,塩ビ製おもちゃ,歯固め等の使用を2000年ま

でに禁止,他の塩ビ製品も2002年までに禁止することを

決めている1999年4月には大阪市消費者センタ-が42

品目の口に含まないタイプのおもちゃに対して行った可

塑剤の溶出調査結果によると,その3分の2からDEHE

をはじめとしたフタル酸エステルやビスフェノールAが

検出されている。

[解決策] 13,14)

口に含むタイプの乳幼児用の玩具には「環境ホルモン

対策商品」のラベルをはるというような製品も現われて

いる。日本玩具協会では,当初フタル酸エステルの溶出

については全く問題ないとしていたが, 1999年に入って

塩ビ製のおもちゃについては何らかの対策が必要だとし

ている。玩具以外では,江崎グリコが1998年9月までに

チョコレートなどのポリ塩化ビニル包装材をポリエステ

ル系素材に切り替えたり,明治製菓と不二家が2000年ま

でに塩素系包装材を使用禁止,日清食品,東洋水産,サ

48

ンヨー食品,明星食品も1998年7月までに塩素系包装材

を使用禁止,日本水産が1998年10月から魚肉ソーセージ

の皮膜を塩素系包装材からポリプロピレン製に切り替え

ると発表した。しかし,厚生省は,現時点での使用禁止

等の措置は行わず,安全性の評価を行っていくという姿

勢である。環境ホルモンは胎児期や乳幼児期に影響を受

けやすいと見られており,その面からも,乳幼児期に口

にする玩具や歯固めから環境ホルモンが溶出するという

ことは大変心配なことである。

また,ポリ塩化ビニルは燃焼させると,ダイオキシン

を発生させる原因にもなっている。ダイオキシンは環境

ホルモンとしての働きをすべて備えている上,合成物質

としては最も毒性が強いことは広く認識されているため,

食品関係以外でも塩ビ製品の素材切り替えが急速に進行

している。スポーツ用品大手のミズノでは, 1998年末か

ら野球用のヘルメットやマスクをポリエチレンに,その

後もスポーツシューズやゴルフのキャディーバックを塩

ビから他の素材に切り替えると発表した。ナイキやアシッ

クスでも将来的には塩ビ製品を全廃すると発表をしてい

る。また,ビール業界では広告用看板を塩ビから他の素

材へ1999年春以降切り替えが進んでいる。合成皮革でも

ポリオレフィン製が開発されている。住宅用の壁紙(ク

ロス)としても塩ビは大量に用いられてきたが,シック

-ウス症候群の問題もあり,レーヨン繊維を使った壁紙

が復活しつつある。その他,電気コード被覆材,テープ

などでも脱塩ビが進行しているようである。ポリ塩化ビ

ニルのラップは可塑材としては環境ホルモンとは関係の

ないアジピン酸エステルを使用しているため問題はない

が,これもダイオキシン関係でポリエチレンラップがか

なり普及している。このような社会状況もあってか,ポ

リ塩化ビニルの生産量が1997年以降徐々に減少している。

なお,リサイクルについては農業用のシートでは以前か

ら行われている。これは大量に同品質のものが得られる

ためである。ほとんどの塩ビ製品は埋め立てか焼却によ

る処分が行われているのが現状である。廃塩化ビニルの

脱塩素化やリサイクル技術は,以前からも行われている

が,ますます実用化に向け活発に研究が進んでほしいも

のである。

3-5その他の環境ホルモン3,6,15)

以上4種のプラスチック類について環境ホルモンとの

関係について述べた。その他のプラスチック類について

は現在のところは問題はないとされている。しかし,プ

ラスチック製品にはその機械的,物理的な性質を保っ上

に多くの添加物が使用されている。例えば食器器具とし

て多く用いられているポリプロピレンは酸化防止剤や光

安定剤等を必要とする。これらの添加物はある条件下で

は容易に溶出する。これらの低分子がどのような影響を

持つかについては,食品添加物と同様,依然議論が多い。

また最近は抗菌加工したと表示されているプラスチック

製品も多いが,これらには物質名が表示されていないた

め,溶出の危険性を考えるとたいへん不安である。

最後に,我々の日常生活に関係する環境ホルモンにノ

ニルフェノ-ルがあるO発生源としては,工場で使用す

る合成洗剤に含まれる非イオン系の界面活性剤が分解し

てできる場合が最も多い。アルキル基部分は分枝型であ

るため種々の構造が存在する。区I5に示したものはその

一例である。

ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル

(アルキルフエノ-ルポリエトキシレート)

U

ノニルフェノール

図5非イオン性界面活性剤の分解によるノニルフェノー

ルの生成.ポリオキシエチレンノニルフェニルエー

テルの構造中一(CH:-CHs-0-)nの部分でn- 2と

した.図中の矢印1, 2は分解される結合の順を

示す.

工場で使用される大量の界面活性剤が微生物によって

分解され,ノニルフェノールとなって河川に注がれ魚類

に摂取される。これが,種々の奇形を生じていることが

問題となった。富士通では自社の工場で使用している化

学物質で環境ホルモンに関するものを1998年公表したが,

その中では半導体等の洗浄に用いるノニルフェノールの

使用量が最も多く240kgであったOまた,ノニルフェノー

ルは合成洗剤からだけでなく,不特定のプラスチックや

ゴムの帯電防止剤や酸化防止剤の分解によっても生じる。

帯電防止剤には基本的に界面活性剤が使用されるためで

ある。また酸化防止剤は多くの種々のプラスチック素材

に用いられいるが,酸化防止剤生産量の10%近くの需要

量を持っりん系酸化防止剤,トリスノニルフェニルホス

ファイトの分解によってもノニルフェノールが生成する。

しかし,実際の溶出量についてはまだまとまった報告が

ないが,ごく最近塩ビ製のラップから溶出することが問

プラスチック製食器・容器包装材から溶出する内分泌撹乱物質(環境ホルモン)

題になっている。

4.環境ホルモン溶出のメカニズム

プラスチック食器・容器から環境ホルモンがどのよう

な機構で何故溶出するかという問題は,基本的には高分

子材料中の低分子物質の拡散・透過挙動という問題に帰

着する。つまり,低分子物質(ここでは環境ホルモンと

考えてよい)の分子構造,溶解度,残存濃度,利用温度

に大きく依存する。またプラスチックは例外なく高分子

物質であるから,その性質自身も温度によって著しく変

化する。特に低分子物質の移動という点に関しては,ガ

ラス転移温度は最も重要な要因である。

表2には,第3節で示したプラスチックのガラス転移

温度,残存低分子濃度や溶出量に関する情報をまとめた。

ガラス転移温度以下では分子鎖のミクロな局所的な運動

が凍結されるため,その協同運動である低分子の移動は

制限される。つまtり拡散定数は小さくなる。このような

状態では溶出速度も極めて遅くなる。即ちポリスチレン

でもポリカーボネートでも,室温で使用する限りは溶出

49

速度は極めて遅く,無視できる程度になる。しかし,熱

湯を使用した場合には特にポリスチレンではガラス転移

温度に近くなり,溶出量は無視できなくなる。ポリカー

ボネートからの溶出量が少ないのはこの理由からも説明

される。ポリ塩化ビニルでは可塑剤によってガラス転移

温度は室温以下にまで低下しており16)極めて低分子の

運動性は高く溶出しやすい状況になっている。幼児が玩

具を託める温度は体温であるから,状況は深刻である。

なおェポキシ樹脂は分子間架橋構造であるため,一般に

ガラス転移温度は観測できないが,高温はど溶出の危険

性は高くなる。

またもう一つの要因は低分子の溶解度と相溶性である。

環境ホルモンとして問題になっている物質は多くが疎水

性の分子である。そのため,接触する液体が油性である

とプラスチック中よりもそちらの方の溶解度が高くなる

ので,溶出量は水の場合よりも当然高くなる。相溶性に

ついてはポリカーボネート中のビスフェノールAやスチ

レンモノマーのような高分子の構成単位である場合には

表2. 4種のプラスティック製品用素材と溶出する環境ホルモンとの関係

ポ リ ス チ レ ン ポ リカーボネー ト エ ポ キ シ 樹 脂 ポ リ塩 化 ビニ ル

溶出す るとされる スチレンダイマI ビスフェノールA ビスフェノールA フタル酸エステル

環境ホルモン (複数種)

スチレントリマー

(複数種)

(複数種)

残存す る物質の性

副反応生成物 未反応物 未反応物 添加物

特 に問題 とな る使 カ ップ麺の容器 学校給食用食器, 飲料缶, 食缶の内 包装材料, 子供玩

用場所 使い捨てコップ 子供用の食器

ほ乳ビン

装塗料 具, 歯がため, 点

滴用バック

ガラス転移温度 loo℃ 140‾150ーC なし (熱硬化性) 80‾90ーC (硬質)

室温以下 (軟質)

使用温度 室温~98℃ 室温 -98ーC 最高 124 ーC (加 熱

殺菌時)

体温付近 (玩具 ,

歯がため)

検出された溶出量 60℃30分では検出 最大4.6ppb (幼 児 缶詰 6 ‾60ppb バ 夕I チーズ, 最

されず. 用食器 ), 最大 0.5 水120℃30分間 大17000 μg/ kg 落

5 ‾ 62ppb ( カ ツ ppb (ほ乳 ビン) スチ I ル缶最大300 花生 6800 μg/ kg

プ麺食べる条件) 水95℃30分間 ppb 唾液への溶出はデI

タなし.

製品中に残存する 90‾1030ppm 5 ‾80ppm (幼 児 樹脂 の種類 によっ 10 % 最 大 40 %

該当物質 (ダイマー),

720‾2077ppm

( トリマー),

21 ‾ 819ppm ( モ

/ ^ - )

用食器), 18‾37p

pm (ほ乳 ビン)

てかなり異なる (w / w )

50

問題ないが,フタル酸エステルのように高分子にとって

は異物である添加剤濃度が10%のオーダーと極めて高い

場合では重要である17)多くの塩ビ製品が,特に屋外で

使用するものは2, 3年経過すると,材質が硬くなる場

合がある。これは明らかにフタル酸エステルが蒸発し,

可塑剤濃度が低くなるためである。高温時の使用はさら

に蒸発速度を遠くする。フタル酸エステルの残存量を

ppm表記すると,最大400,000 ppmとなる。塩ビでは通

常の使用だけでもフタル酸エステルが種類によって多少

の違いはあるものの空気中に放出しており,我々はその

環境下にいるということである。これはポリスチレンや

ポリカーボネートと大きく異なる点であろう。

5.学校教育における教材としての視点

種々の環境ホルモンの体内浸入経路はさまざまである。

工場からの排出ガスや排水などによって汚染された海洋

生物,農薬によって汚染された農作物,その農作物を食

べた家畜の肉や乳などの摂取,また,汚染された大気そ

のものや水を通しても体内に摂取される。本稿で述べた

ようにプラスチック容器やプラスチック玩具のような家

庭用品を通しても口から直接体内に入る。従来,家庭科

をはじめ,理科や社会科の教科において,人間の社会活

動によってもたらされる種々の環境破壊要因,例えば工

場排ガスや排水,ごみ問題について教材として扱われて

きた。しかし,プラスチック製の家庭用品については身

近な便利なものという視点はあるものの,負の効果につ

いてはほとんど扱われてこなかった内容である。環境ホ

ルモンに関連するプラスチック製品を見ていくと,戦後

生まれの世代には胎児期から,現在に至るまで直接ある

いは間接的に,環境ホルモンの疑いがある物質を摂取し

てきたことになる。先にも述べたように環境ホルモンは

胎児期,乳幼児期から成長期において特に問題となる。

現在の生活の中で,本稿で述べた種々のプラスチック製

品に関連する食品,飲料とどれだけ関係があるかを再認

識させられる。

環境教育指導資料18)では, 「環境に対する強烈で永続

的な興味・関心は,足元の,身近なところで起こってい

る事象や毎日の生活の中に見られる事象でありながら,

何気なく漠然と見過ごしているものを環境学習の課題と

して意識することによって与えられる。」と教材化の視

点として述べられているが,身近な日用品として何気な

く普段使用しているプラスチック製品に目を向けること

から,化学物質汚染という環境問題,特に環境ホルモン

に対して,どのように対処していくかを考えることは,

小・中学生には適切な教材になりうると考えられる。自

分たちが日常使用している物質はどのようなものである

のか,正しく知り,判断していく力は,家庭科でも理科

でも培っていけるし,総合学習のテーマでもある。

家庭用品品質表示法では素材名の表示が義務付けられ

ているが,その対象となるプラスチック製品は種類が限

られている。多くの食品包装用の袋やケースでは素材名

を表示する義務がないため,素材の判別が難しい0 -万,

わが国では再資源化促進法(通称リサイクル法, 1991年)

の一環としてまず1993年からペットボトルの識別マーク

が記されるようになった。現在では業界の問題意識の高

まりと関係者の努力によって多くのプラスチック製品に

リサイクル識別マークが記されるようになった(図6)0

回国&&&&&

図6プラスチックの判別マークの例

これはアメリカプラスチック工業組合(Society of

Plastic Industry Inc.)が提唱する全世界共通の識別マー

クであり,今後の徹底が望まれるところである。ただし,

ポリカーボネートやエポキシ樹脂はこの識別マークでは

その他の7番とされてしまうところは問題であろう。し

かし,状況は確実に進歩しており,環境問題に対する認

識の高まりから,今後多くの製品に材質を表示すること

は必須となると思われる。これらの識別を知ることによっ

て,環境ホルモンの疑いがあるものを避、けたり,廃棄の

際に燃やしても安全なものとそうでないものの判別がで

きるような力をっけたいものである。そして学校での学

習の時間を通して自分たちが使用したものは,排水やご

みとして自然環境の中に出しているという認識を持たせ

ていく必要がある。使い捨て商品や過剰包装な商品を選

択するかどうかという判断力を養うと同時に,使用後ど

うなるのか,自分たちの行動が自然環境や野生生物にど

のような影響を与えているのかという先を見通せる力も

身につけさせるように努力をしたいものである。

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52

Migration of Endocrine Disruptors from the Plastic Bowl, Containers

and Packaging into Surroundings

Mitsuhiro FUKUDA and Miki MINOBE

Current issues and topics of some endocrine disruptors migrated from the plastic bowl, containers and

packaging: styrene dimer and styrene trimer in polystyrene, bisphenol-A in polycarbonate and in epoxy resin,

and several kinds of phthalic esters in polyvinylcloride have been summarized. Optimized structures of these

compounds were shown by molecular mechanics and compared each other. Characteristic features of the

respective compounds are discussed in relation with the glass transition temperature, diffusion coefficient

and solubility. We also discussed how we treat the endocrine disruptors in plastic manufactures as teaching

materials in the environmental education.