ヘパリンによる血小板減少症を来した肺血栓塞栓症 …protien s 94 % γ -glb 14.0...

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ヘパリンによる治療開始 1 週間前後に,時に重篤な血 小板減少症と血栓症を生じることが,特に欧米を中心に 報告されている 1) .本邦でもいくつか報告例が見られる が主に血液透析中の慢性腎不全患者によるものが多 2) 3) .今回我々は肺血栓塞栓症の治療中にヘパリンによ ると考えられる血小板減少症を経験したので文献的考察 をまじえて報告する. 症例:70 歳,男性. 主訴:右背部痛,労作時息切れ. 既往歴:70 歳で腰椎ヘルニア手術. 喫煙歴:なし. 職業歴:70 歳まで繊維会社勤務. 家族歴:特記すべきことなし. 現病歴:平成 11 年 8 月に当院整形外科で腰椎ヘルニ アの手術を受けた.平成 12 年 1 月中旬頃より階段昇降 時に労作時の息切れを感じていた.2 月 1 日には突然の 右背部痛があり,軽労作でも息切れを感じるようになっ たため,2 月 2 日に当科を受診,PaO2 52.5 torr と著明 な低酸素血症を認めたため,精査加療目的で即日入院と なった. 入 院 時 現 症:身 長 157 cm,体 重 65 kg,血 圧 130 70 mmHg,呼吸数 24 回 分,体温 37.5 度.眼瞼結膜に貧 血・黄疸なし,四肢末梢にチアノーゼを認める.呼吸音 正常,ラ音なし,心雑音なし.腹部は平坦で軟,肝脾腎 は触知せず.四肢の浮腫なし.神経学的異常所見なし. 入院時検査所見(Table):末梢血では白血球数の増 加,CRP 高値を示し,Cr が 1.5 mg dl と軽度増加して いた.また FDP や TAT など凝固系マーカーの異常高 値を認めた.抗核抗体やループスアンチコアグラント, 抗カルジオリピン抗体は陰性だった.%VC,一秒率は 正常,心電図では洞性の頻脈を認めたが,ST-T の異常 は認めなかった.心エコー上,右心負荷を含め異常所見 は認めなかった. 入院時胸部 X 線写真:肺野及び心陰影に明らかな異 常所見は認めなかった. 入院時胸部 CT(Fig. 1):右側に少量の胸水貯留を認 めたが肺野には異常所見を認めず,肺動脈内に血栓形成 が認められた. 臨床経過:以上の検査所見より肺血栓塞栓症を疑い同 日,緊急で肺血管造影を施行した(Fig.2).右上葉,両 側下葉に肺動脈血流の途絶が見られ,肺動脈楔入圧や駆 出率は正常だったが肺動脈圧は平均で 24 torr と軽度上 昇し,肺血栓塞栓症と診断した.下大静脈内にテンポラ リーフィルターを挿入し,スワンガンツカテーテルより ウロキナーゼ(UK)48 万単位 日の 5 日間の点滴静注 とヘパリン 1 万 2 千単位 日の持続静注を行った(Fig. 3).第 7 病日の 2 月 8 日に再度肺血管造影を施行したと ころ右の A 2 を除いてほぼ肺動脈の血流は改善してい た(Fig.4).なお同日に施行した両下肢の静脈造影では 深部静脈血栓症(DVT)は見られなかったが下大静脈 ●症 ヘパリンによる血小板減少症を来した肺血栓塞栓症患者の 1 例 戸谷 嘉孝 1) 出村 芳樹 1) 飴島 慎吾 1) 宮森 1) 石崎 武志 2) 要旨:症例は 70 歳男性,労作時の息切れと背部痛を訴えて平成 12 年 2 月 2 日に当院を受診.肺血栓塞栓 症と診断しウロキナーゼとヘパリンによる加療で肺血栓塞栓症は軽快したがヘパリン起因性血小板減少症 (HIT)を合併した.血小板減少はヘパリンの中止で改善したが下大静脈から両大腿静脈にかけての血栓症 の合併があり,経カテーテル的血栓溶解療法を用いることで軽快した.HIT の報告は本邦ではまだ少ないが, 本症例のような重篤な血栓症の合併があるため,肺血栓塞栓症の治療でヘパリンを使用する際には,HIT の 発症に十分注意する必要があると考えられた. キーワード:肺血栓塞栓症,ヘパリン起因性血小板減少症,深部静脈血栓症,経カテーテル的血栓溶解療法 Pulmonary thromboembolism,Heparin-induced thrombocytopenia,Deep venous thrombosis,Catheter-directed thrombolysis 〒9101193 福井県吉田郡松岡町下合月 23―3 1) 福井医科大学第 3 内科 2) 看護学科 (受付日平成 12 年 5 月 31 日) 日呼吸会誌 39(3),2001. 195

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Page 1: ヘパリンによる血小板減少症を来した肺血栓塞栓症 …Protien S 94 % γ -glb 14.0 % CH50 46.2 mg/dl PCWP 4torr CI 3.26 l/min/m2 のテンポラリーフィルター内に血栓が認められたため,再発予防のためグリーンフィールドのフィルター4)の留

緒 言

ヘパリンによる治療開始 1週間前後に,時に重篤な血

小板減少症と血栓症を生じることが,特に欧米を中心に

報告されている1).本邦でもいくつか報告例が見られる

が主に血液透析中の慢性腎不全患者によるものが多

い2)3).今回我々は肺血栓塞栓症の治療中にヘパリンによ

ると考えられる血小板減少症を経験したので文献的考察

をまじえて報告する.

症 例

症例:70 歳,男性.

主訴:右背部痛,労作時息切れ.

既往歴:70 歳で腰椎ヘルニア手術.

喫煙歴:なし.

職業歴:70 歳まで繊維会社勤務.

家族歴:特記すべきことなし.

現病歴:平成 11 年 8 月に当院整形外科で腰椎ヘルニ

アの手術を受けた.平成 12 年 1 月中旬頃より階段昇降

時に労作時の息切れを感じていた.2月 1日には突然の

右背部痛があり,軽労作でも息切れを感じるようになっ

たため,2月 2日に当科を受診,PaO2 52.5 torr と著明

な低酸素血症を認めたため,精査加療目的で即日入院と

なった.

入院時現症:身長 157 cm,体重 65 kg,血圧 130�70

mmHg,呼吸数 24 回�分,体温 37.5 度.眼瞼結膜に貧血・黄疸なし,四肢末梢にチアノーゼを認める.呼吸音

正常,ラ音なし,心雑音なし.腹部は平坦で軟,肝脾腎

は触知せず.四肢の浮腫なし.神経学的異常所見なし.

入院時検査所見(Table):末梢血では白血球数の増

加,CRP高値を示し,Crが 1.5 mg�dl と軽度増加していた.またFDPや TATなど凝固系マーカーの異常高

値を認めた.抗核抗体やループスアンチコアグラント,

抗カルジオリピン抗体は陰性だった.%VC,一秒率は

正常,心電図では洞性の頻脈を認めたが,ST-Tの異常

は認めなかった.心エコー上,右心負荷を含め異常所見

は認めなかった.

入院時胸部X線写真:肺野及び心陰影に明らかな異

常所見は認めなかった.

入院時胸部CT(Fig. 1):右側に少量の胸水貯留を認

めたが肺野には異常所見を認めず,肺動脈内に血栓形成

が認められた.

臨床経過:以上の検査所見より肺血栓塞栓症を疑い同

日,緊急で肺血管造影を施行した(Fig. 2).右上葉,両

側下葉に肺動脈血流の途絶が見られ,肺動脈楔入圧や駆

出率は正常だったが肺動脈圧は平均で 24 torr と軽度上

昇し,肺血栓塞栓症と診断した.下大静脈内にテンポラ

リーフィルターを挿入し,スワンガンツカテーテルより

ウロキナーゼ(UK)48 万単位�日の 5日間の点滴静注とヘパリン 1万 2千単位�日の持続静注を行った(Fig.3).第 7病日の 2月 8日に再度肺血管造影を施行したと

ころ右のA 2を除いてほぼ肺動脈の血流は改善してい

た(Fig. 4).なお同日に施行した両下肢の静脈造影では

深部静脈血栓症(DVT)は見られなかったが下大静脈

●症 例

ヘパリンによる血小板減少症を来した肺血栓塞栓症患者の 1例

戸谷 嘉孝1) 出村 芳樹1) 飴島 慎吾1) 宮森 勇1) 石崎 武志2)

要旨:症例は 70歳男性,労作時の息切れと背部痛を訴えて平成 12年 2月 2日に当院を受診.肺血栓塞栓

症と診断しウロキナーゼとヘパリンによる加療で肺血栓塞栓症は軽快したがヘパリン起因性血小板減少症

(HIT)を合併した.血小板減少はヘパリンの中止で改善したが下大静脈から両大腿静脈にかけての血栓症

の合併があり,経カテーテル的血栓溶解療法を用いることで軽快した.HIT の報告は本邦ではまだ少ないが,

本症例のような重篤な血栓症の合併があるため,肺血栓塞栓症の治療でヘパリンを使用する際には,HIT の

発症に十分注意する必要があると考えられた.

キーワード:肺血栓塞栓症,ヘパリン起因性血小板減少症,深部静脈血栓症,経カテーテル的血栓溶解療法

Pulmonary thromboembolism,Heparin-induced thrombocytopenia,Deep venous

thrombosis,Catheter-directed thrombolysis

〒910―1193 福井県吉田郡松岡町下合月 23―31)福井医科大学第 3内科2)同 看護学科

(受付日平成 12 年 5月 31 日)

日呼吸会誌 39(3),2001. 195

Page 2: ヘパリンによる血小板減少症を来した肺血栓塞栓症 …Protien S 94 % γ -glb 14.0 % CH50 46.2 mg/dl PCWP 4torr CI 3.26 l/min/m2 のテンポラリーフィルター内に血栓が認められたため,再発予防のためグリーンフィールドのフィルター4)の留

Table Laboratory findings on admission

Urinalysis mg/dl11.5CRP mg/dl0.9T-Bil / μl12,000WBC

Blood(-), protein(-), sugar(-)(-)HBs ag IU/L24GOT %67.0Neu

(-)HCV ab IU/L33GPT %2.0Eo

BGA(-)RPR IU/L496LDH %20.0Lym

(room air)(-)TPHA IU/L119CPK / μl521 × 104RBC

pH 7.424 IU/ml9.1RF IU/L213ALP g/dl16.1Hb

PaCO2 38.9 torr X< 40ANA IU/L39γ -GTP / μl16.9 × 104Plt

PaO2 52.5 torr(-)LAC IU/L82Amy sec12.0PT

(-)Ant Cardiolipin ab mg/dl227T-chol sec28.7APTT

PFT(-)C-ANCA mg/dl103TG mm/hr20ESR

%VC 93.2%, FEV 1.0% 82.1%(-)MPO-ANCA mg/dl103BS mg/dl629Fibrinogen

ECG mg/dl1,620IgG mEq/L139Naμg/ml10.1FDP

sinus tachycardia(HR = 107/ min) mg/dl624IgA mEq/L4.0Kμg/ml32.7D-dimer

Heart echo mg/dl139IgM mg/dl21BUN ng/ml4.8TAT

w. n. l. U/ml113IgE mg/dl1.5Crμg/ml2.3PIC

S-G mg/dl109C3c g/dl7.7TP %105AT- �PAP37/16(24) torr mg/dl40C4 %58.6Alb %82Protein C

PCWP 4torr mg/dl46.2CH50 %14.0γ -glb %94Protien S

CI 3.26 l/min/m2

のテンポラリーフィルター内に血栓が認められたため,

再発予防のためグリーンフィールドのフィルター4)の留

置を行った.経過良好のためヘパリンを使用したまま 2

月 11 日よりワーファリンの投与を開始したが 2月 13 日

に突然血小板が 1.4 万�µl と低下した.ヘパリン投与下でAPTTが対象値のほぼ 1.5 倍にコントロールされて

いたにもかかわらずFDPが 152 µg�ml と再上昇し凝固線溶系の亢進が疑われた(Fig. 3).他にDIC を生ずる

原因がなくヘパリン投与開始後 12 日目とヘパリン起因

性血小板減少症(HIT)の好発する時期だったため1),

同日よりヘパリンを中止しワーファリンの経口投与のみ

とした.その結果,徐々に血小板数は回復しFDPの低

下も見られた(Fig. 3).しかし患者は 3月 2日より左下

腹部の軽度の鈍痛を訴え,3月 7日には左下肢の浮腫が

見られたため,腹部CTを施行したところ,ワーファリ

ン内服下にも関わらずフィルター直下の下大静脈から両

大腿静脈にかけての血栓形成がみられた(Fig. 5).直ち

に両足背静脈よりそれぞれUK 24 万単位�日の点滴を 1週間行ったが改善が見られないため,近年DVTに対し

ての有用性が報告されている経カテーテル的血栓溶解療

法Catheter-directed thrombolysis(CDT)5)を施行した.

まず 3月 14 日に透視下で左膝下静脈より 5 F Pulse-spr-

ay カテーテルを下大静脈直下まで挿入し5),UK 48 万単

位を用手注入した.この操作により左の大腿静脈から腸

骨静脈まで良好に造影されるようになった(Fig. 6A~

Fig. 1 Chest CT scan showing a little pleural effusion

in the right lung and thrombosis in the pulmonary ar-

teries.Fig. 2 Pulmonary artery angiogram showing defect of

blood perfusion in the pulmonary arteries of the right

upper lobe and both lower lobes.

196 日呼吸会誌 39(3),2001.

Page 3: ヘパリンによる血小板減少症を来した肺血栓塞栓症 …Protien S 94 % γ -glb 14.0 % CH50 46.2 mg/dl PCWP 4torr CI 3.26 l/min/m2 のテンポラリーフィルター内に血栓が認められたため,再発予防のためグリーンフィールドのフィルター4)の留

C).3月 15 日にはさらに右の膝下静脈から Pulse-spray

カテーテルをフィルター直下まで挿入しUK 24 万単位

を用手的に注入し,カテーテルを留置したままさらに

UK 12 万単位�日を 1週間持続点滴を行った.以上の処置でも右腸骨静脈と下大静脈に狭窄が残存するため経皮

経管血管形成術,及びスマートステントの留置5)をそれ

ぞれ行い良好な拡張が得られた(Fig. 7A~D).以後は

ワーファリンコントロールにて平成 12 年 5 月下旬現在

まで肺血栓塞栓症,下大静脈及び下肢静脈の血栓症の再

発は見られていない.

本症例ではヘパリン使用中に著しい血小板減少を認

め,また下大静脈から大腿静脈にかけた血栓症の合併を

認めたたため,患者 Platelet Poor Plasma(PPP)中に

ヘパリン依存性の血小板凝集促進因子が存在するかどう

かについてChong らの方法6)に基づいて検討した.患者

PPP 0.2 ml に正常 Platelet Rich Plasma(PRP)0.3 ml の

混合液と,コントロールとして正常 PPP 0.2 ml に正常

PRP 0.3 ml の混合液を作成し,それぞれにヘパリン

(0.01,0.1,1.0 単位�ml)を加え血小板凝集が惹起されるかどうか検討した.正常 PPPと PRPの混合液では血

小板凝集は認められなかったが,患者 PPPと正常 PRP

の混合液では 0.1 単位�ml より血小板凝集が観察され,患者 PPP中にヘパリン依存性の血小板凝集因子が存在

すると考えられた(Fig. 8A,B).また近年HITの発症

に関与すると考えられている抗ヘパリン―血小板第四因

子複合体抗体(ELISA法)7)を測定したところ陽性を示

した.以上の臨床経過とヘパリンによる血小板凝集試験

陽性,抗ヘパリン―血小板第四因子複合体抗体陽性の所

見より本症例の血小板減少はHITによるものと診断し

た8).

考 察

欧米においてはヘパリン投与開始 1週間前後に重篤な

血小板減少と凝固系亢進による血栓症の合併を生じるこ

とがよく知られており,その頻度は 5ないし 10%と報

告されている9).しかし本邦においてはその報告例は少

なく,主にヘパリン投与機会の多い血液透析患者におけ

るものが主体で2)3),我々が検索した範囲では肺血栓塞栓

症における報告例は見られなかった.HITが発症した

際に,ヘパリンの効果が不十分と判断しヘパリンを増量

するとさらに病態が悪化するため8)ヘパリンを使用する

際にはHITという病態について充分理解しておく必要

がある.なお,近年ヘパリン使用歴のない患者において

も最初から抗ヘパリン抗体陽性の患者が存在し,それら

の患者ではヘパリン投与開始直後よりHITを発症して

いるとの報告がありこの点は注意が必要である7).また

興味深いことにヘパリン使用歴がない急性心筋梗塞患者

Fig. 3 Clinical course. After the use of intravenous

heparin, counts of platelet in plasma decreased and

levels of FDP increased reciprocally. When the intra-

venous heparin was withdrawn, platelet counts

gradually increased and FDP levels decreased.

Fig. 4 Pulmonary artery angiograpms showing almost

normal blood perfusion of the pulmonary arteries ex-

cept the right A2 pulmonary artery.

Fig. 5 Abdominal CT scans indicating thrombosis from

the inferior vena cava to the femoral veins.

197ヘパリン起因性血小板減少症を合併した肺血栓塞栓症

Page 4: ヘパリンによる血小板減少症を来した肺血栓塞栓症 …Protien S 94 % γ -glb 14.0 % CH50 46.2 mg/dl PCWP 4torr CI 3.26 l/min/m2 のテンポラリーフィルター内に血栓が認められたため,再発予防のためグリーンフィールドのフィルター4)の留

Fig. 6 Venograms showing :(A)defects of blood perfusion(arrowheads)from the left femoral vein to the

left iliac vein ;(B)insertion of 5F pulse-spray catheter and infusion of urokinase ;(C)blood perfusion after

correction.

Fig. 7 Venograms showing :(A)defect of blood perfusion from the right iliac vein to the inferior vena

cava ;(B)blood perfusion in the right iliac vein was corrected by percutaneous transluminal angioplasty

with a stent(arrowheads);(C)stenosis of the inferior vena cava ;(D)blood perfusion in the inferior vena

cava after correction by percutaneous transluminal angioplasty with the stent(arrowheads).

198 日呼吸会誌 39(3),2001.

Page 5: ヘパリンによる血小板減少症を来した肺血栓塞栓症 …Protien S 94 % γ -glb 14.0 % CH50 46.2 mg/dl PCWP 4torr CI 3.26 l/min/m2 のテンポラリーフィルター内に血栓が認められたため,再発予防のためグリーンフィールドのフィルター4)の留

の初診時のヘパリン抗体陽性率は健常者の陽性率よりも

有意に高いとする報告がある7).元々ヘパリン様物質が

体内にあることから考えて,ヘパリン抗体の存在はヘパ

リン使用下でなくとも血栓症発症ののリスクファクター

となっている可能性があり,今後の検討が必要と考えら

れる7).

HITの確定診断にはヘパリン使用による血小板減少,

ヘパリン中止による血小板数の増加の臨床経過とヘパリ

ン依存性の血小板凝集因子を患者血漿中に証明する方法

が用いられている.しかし本法は特異性は 90%と高い

ものの感度が 36%と悪いため,偽陰性例が多くなる欠

点があるとされる8).またHITの診断に血小板結合 IgG

(PA-IgG)を定量する方法もとられているが本法は他の

原因による PA-IgG の増加する血小板減少症との鑑別が

困難な場合が指摘されている8).本症例においても血小

板の著明な低下時には PA-IgG の増加がみられ,血小板

数が正常化した時点では正常値となっており,これは過

去の報告と一致していた8)(Fig. 3).HITの治療として

はヘパリンの中止と経口の抗凝固剤への変更が最もよい

が,即時性の抗凝固療法の継続を必要とする場合には低

分子ヘパリンの有効性9)や,またヘパリンが中止出来な

い症例ではアスピリンの併用が有効との報告がある2).

HITには血栓症の合併,特に動脈血栓症を生じるこ

とがよく知られるが,本症例の様なDVTの合併も高率

に見られる9).本症例ではDVTの治療として,近年

DVTに対しての有用性が報告されているCDT5)を施行

し良好な血流を得ることが出来た.DVTの治療として

は従来より抗凝固療法,血栓溶解療法,外科的治療が行

われているがその優劣については現在まで結論は得られ

ていない.今回の症例ではヘパリンが使用できず,また

ワーファリンとUKを組み合わせた治療でも血流の改善

が得られなかったため,CDTを用い,良好な改善を得

ることが出来た.しかしDVTにおけるCDTの長期予

後は不明であり今後も慎重な経過観察が必要と考えられ

た.

まとめ

1)肺血栓塞栓症の治療中にHITによると考えられる

血小板減少と下大静脈~両大腿静脈血栓症の合併を経験

した.

2)下大静脈~両大腿静脈血栓症の治療としてCDT

が有用であった.

3)HITが発症した際にヘパリンの効果が不十分と判

断しヘパリンを増量するとさらに病態が悪化するため,

肺血栓塞栓症の治療にヘパリンを使用する際には,HIT

の病態を理解しておく必要があると考えられた.

文 献

1)Klein HG, Bell WR : Disseminated intravascular co-

agulation during heparin therapy. Ann Int Med

1974 ; 80 : 477―481.

2)松尾武文,中尾一清,松尾 理:ヘパリンによる血

小板減少症の一例,血液と脈管 1986 ; 17 : 81―87.

3)田口芳治,上野 均,新谷憲治,他:ヘパリンによ

る血小板減少をきたした血液透析患者の 1例,腎と

透析 1997 ; 42 : 931―934.

4)Greenfield L, Michna B : Twelve-year clinical experi-

ence with the Greenfield vena caval filter. Surgery

1988 ; 104 : 706―712.

5)小谷野憲一,阪口周吉,松田 巌,他:下肢深部静

脈血栓症に対する経カテーテル的血栓溶解療法,静

脈学 2000 ; 11 : 9―17.

6)Chong BH, Grace CS, Rosenberg MC : Heparin-

induced thrombocytopenia : Effect of heparin plate-

let antibody on platelets. Br J Haematol 1981 ; 49 :

Fig. 8 Heparin-induced platelet aggregation assay.(A)

In mixture of PRP of healthy control with PPP of

healthy control, platelet aggregation was not caused

by heparin.(B)In contrast, in mixture of PRP of

healthy control with PPP of the patient, platelet ag-

gregation was caused by heparin.

199ヘパリン起因性血小板減少症を合併した肺血栓塞栓症

Page 6: ヘパリンによる血小板減少症を来した肺血栓塞栓症 …Protien S 94 % γ -glb 14.0 % CH50 46.2 mg/dl PCWP 4torr CI 3.26 l/min/m2 のテンポラリーフィルター内に血栓が認められたため,再発予防のためグリーンフィールドのフィルター4)の留

531―540.

7)藤井恵美,小出昌伸,鈴木俊示,他:ヘパリン起因

性血小板減少症の早期発症―抗ヘパリン―血小板第

4因子複合体抗体測定の意義―,血栓止血誌 1999 ;

10 : 106―110.

8)松尾武文:ヘパリンによる血小板減少症の問題点,

臨床血液 1986 ; 27 : 2036―2037.

9)Warkentin TE, Levine MN, Hirsh J, et al : Heparin-

induced thrombocytopenia in patients treated with

low-molecular-weight heparin or unfractionated

heparin. N Engl J Med 1995 ; 332 : 1330―1335.

Abstract

A Case of Pulmonary Thromboembolism with Heparin-induced Thrombocytopenia

Yoshitaka Totani1), Yoshiki Demura1), Shingo Ameshima1),Isamu Miyamori1)and Takeshi Ishizaki2)

1)Third Department of Internal Medicine and 2)Department of Fundamental Nursing,

Fukui Medical University, Matsuoka-town, Fukui 910―1193, Japan

In February 2000, a 70-year-old man was admitted to our hospital complaining of back pain and dyspnea on

exertion. Pulmonary thromboembolism was diagnosed, and he was treated with intravenous urokinase and hepa-

rin. The pulmonary thromboembolism improved, though heparin-induced thrombocytopenia(HIT)was subse-

quently observed. The thrombocytopenia was then improved by withdrawing the intravenous heparin, but

thrombosis appeared extending from both femoral veins to the inferior vena cava. The thrombosis was dispersed

by catheter-directed thrombolysis. There have been few reports of HIT in Japan. Heparin is frequently used for

the treatment of pulmonary thromboembolism, but special care must be taken, since severe thrombotic complica-

tions are associated with HIT.

200 日呼吸会誌 39(3),2001.