ニールセン メジャメント・ジャーナル - nielsen...6 nielsen journal of measurement,...

35
ニールセン メジャメント・ジャーナル 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは マーケティングリサーチの主流に シングルソースデータから広告の効果を測定する クラウドソーシングと 画像処理によるデータ収集の自動化 1 巻第 2 2016 10

Upload: others

Post on 27-Mar-2021

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

ニールセン メジャメント・ジャーナル

理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

マーケティングリサーチの主流に

シングルソースデータから広告の効果を測定する

クラウドソーシングと

画像処理によるデータ収集の自動化

第 1 巻第 2 号

2016 年 10 月

Page 2: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

編集長 SAUL ROSENBERG

マネージング エディター JEROME SAMSON

レビュー委員会 PAUL DONATO 視聴行動分析部門 R&D担当 EVP

チーフ リサーチ オフィサー

MAINAK MAZUMDAR 視聴行動分析部門 データサイエンス担当 EVP

チーフ リサーチ オフィサー

FRANK PIOTROWSKI 購買行動分析部門 データサイエンス担当 EVP

チーフ リサーチ オフィサー

ARUN RAMASWAMY チーフ エンジニア

ERIC SOLOMON SVP プロダクト リーダーシップ

調査や計測の世界は変化し続けています。 最近のデータ収集、転送、蓄積および分析の進歩によって、調査機関はかつてないほど大量のデータを利用できるようになりました。しかし、「ビッグデータ」はデータの質を保証するものではなく、確固たる調査手法がこれまで以上に重要になってきています。 メジャメント サイエンスは、私たちの仕事の要となるものです。ニールセンがご提供するあらゆるデータやインサイトは、絶えず進化を続ける科学的手法とテクニックに支えられています。また、私たちは常に他の科学者や業界の Thought Leader と協力して革新的なプロジェクトに取り組んでいます。これらの作業はどれも表には現れないものですが、だからと言って重要性が低いわけではありません。それどころか、最高品質のデータをクライアントに提供するために必要不可欠なものなのです。 こうした極めてエキサイティングな進歩や発展に関する情報を皆様と共有するために、『ニールセン メジャメント・ジャーナル』(Nielsen Journal of Measurement)を創刊いたしました。 ニールセン メジャメント・ジャーナルへようこそ SAUL ROSENBERG

『ニールセン メジャメント・ジャーナル』が 2016 年に重点的に取り上げるテーマは以下のとおりです。

ビッグデータ — このテーマの関連項では、ビッグデータを利用して調査方法を改良し、消費者の行動に対する理解を深める方法を模索します。

アンケート調査 — 最近はあらゆるところでアンケート調査が行われていますが、残念ながら科学的な根拠がなおざりにされているケースが多々あります。このテーマの関連項では、アンケート調査が今日的なニーズに応えられるように進化し続けるためにはどうすべきかに注目します。

脳科学 — マーケティングに対する消費者の脳科学的、感情的な反応をモニターするための信頼性の高いツールが種々提供されています。このテーマの関連項では、急速に進化するこの分野の最新動向をお伝えします。

アナリティクス — アナリティクスは、今日のあらゆるビジネス上の意思決定に関わり、データ サイエンスは大いに活用と発展が期待される分野です。このテーマの関連項では、計測のための新しいデータ分析テクニックをご紹介します。

パネル調査 — パネル調査は、現在、世界中の大規模計測ソリューションの中心をなしています。このテーマの関連項では、パネルの設計、運用、パフォーマンスモニタリングのあらゆる側面を取り上げます。

テクノロジー — 新しい技術が日々生みだされており、その中には私たちの行動を根本から変えてしまうほど画期的なものもあります。このテーマの関連項では、これらの新技術が計測に与える影響を探求します。

Page 3: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

はじめに

ニールセン メジャメント・ジャーナル第 2号へようこそ

本号では 3 本の特集記事を掲載して、新技術によって可能になった計測機能の重要な進歩について考

察します。最初の記事「理論から実践へ:コンシューマーニューロサイエンスはマーケティングリサー

チの主流に」では、現在のコンシューマーニューロサイエンスの各種ツールとその根幹となる理論に

ついてご紹介します。こうした手法によって解明できる、特に動画広告の分野での消費者行動と市場

力学について解説します。この分野の最先端の科学者によるインサイトを紹介し、同じケーススタデ

ィについて複数のツールを連携させて実現できた最新の画期的な分析について概説します。

2 番目の記事「シングルソースデータから広告の効果を測定する」では、シングルソースデータを用

いて、広告露出と売上のデータギャップを埋める手法を解説します。ポイントカードの購入データと、

ビッグデータの処理・調整を行う高度なアルゴリズムを用いた新しい技術が生まれています。この記

事で説明するプロセスは、広告効果測定に新たな進展をもたらすものと思われます。長い年月をかけ、

業界トップ企業との密接な協力によって生み出されたこのプロセスは、既に何千件ものケーススタデ

ィにおいて成果をあげています。

3 番目の記事「クラウドソーシングと画像処理によるデータ収集の自動化」では、消費者から直接食

料品のレシートを収集するというパイロットプロジェクトについて考察します。このプロジェクトは、

スマートフォンのカメラ、OCR(光学式文字認識)アルゴリズム、そして最新のクラウドソーシング手

法を使い、POS データを偏りなく入手することが困難な世界中の多数の市場を対象とするものです。

こうした市場のすべての小売店舗について正確な分析を行うには、POS データを他の方法で補完する

必要があります。そして目下のところ、その方法は手作業でのデータ収集です。その自動化に向けた

道筋をつけようとするイギリスでのプルーフ・オブ・コンセプト(概念実証)について、非常に有望

な構想であることをこの記事で解説します。

本号では他にも、4 つのスナップショットを掲載し、変化し続けるメディア視聴環境に対応するため

にニールセンが力を注ぐ新たな取り組みについて、最新情報をご紹介します。今や周知のことですが、

テレビの視聴方法はほんの数年前とはすっかり様変わりしています。従来の放送形態が崩れたわけで

はありませんが、新しいデジタルシステムによって課題が突きつけられているのです。こうした新し

い番組編成方法と配信方法によって、視聴者は大きな選択の自由度が得られるようになった一方で、

調査会社にとっては計測がさらに複雑なものになっています。「スナップショット」と呼んでいるこの

4本の短い記事では、新しい環境下でテレビ視聴率データを取得する最新の技術的ソリューション(ハ

ードウェアとソフトウェアの両方)について解説します。それらのソリューションを通じて明らかに

なった視聴者の行動の変化について考察します。また、将来の視聴率計測を予測する新手法について

も取り上げています。本誌のこの最新号をどうぞお楽しみください。

JEROME SAMSON ― マネージングエディター

Page 4: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

4 Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

第 1巻第 2号

NIELSEN JOURNAL OF MEASUREMENT

本号の内容

特集

本編記事では、今日の業界でとりわけ重要な計測の課題と機会について、ニールセンの考えをご紹介します。

1.

理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

マーケティングリサーチの主流に--------------------------------------------------------

6

2.

シングルソースデータから

広告の効果を測定する---------------------------------------------------------------------

14

3.

クラウドソーシングと画像処理による

データ収集の自動化-------------------------------------------------------------------------

21

スナップショット

本誌では、計測に関する最新の話題を「スナップショット」としてサマリー形式でご紹介し

ます。ここでご紹介したスナップショットは、本編記事の中で詳しく解説していきます。

1. さらに小型、低価格、強力に: Nano メーター------------------------------------- 27

2.

何もかもひっくるめて: あらゆるデジタルテレビでの

インプレッションを計測するための SDK---------------------------------------------- 29

3.

ひとりじゃない: OTT が誰かと一緒にテレビを見ることを

再びクールなものにする? ------------------------------------------------------------- 31

4.

機械学習を活用して、変化する

メディア ランドスケープにおける将来のテレビ視聴率計測を予測------------ 33

Page 5: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

特集

Page 6: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

6

Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

理論から実践へ:

コンシューマーニューロサイエンスは

マーケティングリサーチの主流に MICHAEL E. SMITH — ニューロサイエンス ソリューションズ VP

CARL MARCI — ニールセン チーフ ニューロサイエンティスト

はじめに

一般的な消費者は通常、1 日に数千もの広告に接しますが、それらは、個人の態度や行動にはっきりと影響を与えることはないと考えられています。 効果的な広告と、ROI 目標を達成できない広告の違いはどこにあるのでしょうか。かつて広告は、商品やサービスの利点に関する事実を伝えることによって効果をあげると考えられていました。そして、ほとんど

の人は、消費者は論理的であり、さまざまな製品やサービスを比較し、自分のニーズに照らし合わせ、自分の最も望むものを選択すると考えていました。しかし広告の効果に関する最近のさまざまな研究から、実はそうではないことを強く示唆する多くの証拠が出てきました。 最近の研究から明らかになりつつあるのは、効果的な

Page 7: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

7

Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

広告は、消費者から感情的な反応を引き出しているということです。例えば、Binetと Fieldは、2009年に『Journal of Advertising Research』誌に掲載された研究の中で、イギリスの 800以上の広告キャンペーンについて精査しました。対象としたキャンペーンは、いずれも設定したビジネス目標に対して、売上、市場シェア、価格に対しての感応度、利益などにおいて「厳しい」結果になりました。意外なことに、データから明らかになったのは、感情を中心に据えた広告の方がビジネス上のインパクトが大きく、また、特に効果が大きかった広告には理性的なコンテンツがほとんど、あるいは全く含まれていない場合が多かったことです。さらに最近、消費財業界からこの見解を裏付ける証拠が報告されており、感情的なコンテンツが含まれた広告は、理性的なアプローチの広告に比べ、売上高を押し上げる効果が平均で 9倍にもなることが示唆されています1。 広告の中の感情の要素を計測することは困難ですが、ブランドマネージャーにとって、広告に対する消費者の意識下(無意識)の反応を探り、感情関与を計測するためのツールを見つけることが必須となっています。幸いニューロサイエンスの進歩によって、このようなツールが実際に使えるものとなりました。しかし、新しいツールはすべて、確かな理論的基礎があって初めて結果を正しく解釈できるのです。コンシューマーニューロサイエンスのツールとその実践的応用法を紹介する前に、その理論について簡単に述べることとします。

理論的背景

Robert Heathをはじめとする、人目を引く広告とブランディングに関する Thought Leader 達は、広告効果における「注意喚起力の低さ(Low Attention)」処理の理論を広めています。これは、感情に訴える広告は無意識レベルに働きかけ、ブランドへの潜在的な連想を強化し、それがその後の購買決定に影響を与える可能性があるという考え方です。逆に、高い注意レベルと意識的な思考を必要とする広告は、実際にはブランドとの関係を損なう可能性があります。また、エーレンバーグ・バス・マーケティング科学研究所の Byron Sharp所長は、著書『How Brands Grow』(2010年)の中で、成功するブランドは「メンタル・アベイラビリティ」の水準が高いブランドであり、広告は、シンプルで一貫性があり、特徴的で覚えやすいブランドへの手がかりを強化し、無意識的、且つ直観的に感情的反応を引き出すことで、そのような「アクセスのしやすさ」を育てることができると述べています。 情緒的広告の優れた効果に関するこの見解は、意思決定における情緒の役割に関する様々な学術研究、すなわちここ数十年で心理学、行動経済学、ニューロサイエンスの分野に現れた研究とも一致しています。例え

1 出典: WARC イベントレポート『Procter & Gamble Validates

Emotional Marketing』(Steven Whiteside, 2015 年 3 月)

ば、心理学者の Amos Tverskyと Daniel Kahnemanは、1970年代に、人間は合理的に意思決定を行うという考え方にはっきりと疑問を投げかける調査プログラムを開始しました。研究の結果、感情または情緒の強度が異なるシナリオを組み立てると、どの選択肢を選んでも同じような結果が出るにもかかわらず、意思決定に大きな影響が出ることが分かりました。ノーベル賞を受賞した Kahneman は、『Thinking Fast and Slow』において、初期の研究やその他の幅広い関連研究に基づき、人間の意思決定は 2つの独立した認知システムの結果であるとしています。1 つは「スロー」システムで、意識に働きかけ、思慮深く努力を伴い理性的であるのに対し、もう 1つの「ファスト」システムは意識に現れにくく、より直観的、無意識的で、連想記憶に依存し、感情的です。Kahnemanは様々な根拠の検討から、意識しにくい「ファスト」で感情的なシステムの方が、日常的な判断や選択の特徴である何気ない意思決定にはるかに大きな影響を与える場合があることを示しています。 脳科学の分野からも、感情的な反応が日常的な意思決定に重要な役割を果たすことを裏付ける証拠が集まり出しています。ここでいう感情的な反応とは、環境に対する無意識的な反応と、それに対する脳と身体の反応のことです。感情のシステムは常にスイッチが入って作動しています。一般に、環境による刺激には内面的なもの(思考や記憶など)と外面的なもの(五感で感じるもの)がありますが、マーケティングや市場調査の担当者が最も関心を持っているのは、外的刺激(ブランド、商品、それらに関する消費者のタッチポイントなど)に対する反応です。感情的な反応は、関連性に関する感覚情報にタグ付けをし、重要性に関する信号を送り、脳の中の注意、記憶、行動選択のリソースを方向づけ、最終的に将来の行動に影響を与えるよう作用します。人は、感情的な反応を引き出す刺激に直面すると、その反応は身体に現れ、脳の前頭前皮質に(その他いくつかの部分にも)「ソマティック・マーカー」として記憶されます。この考え方について、例えば脳科学者の Antonio Damasio が『Descartes Error: Emotion, Reason, and the Human Brain』の中で述べています。前頭前皮質は、人間の脳の中でもとりわけ高度に発達した部分で、脳の感情や情報の評価を司る部分と多くのつながりを持っています。人が後に同じような経験に直面したとき、記憶中枢が関連する過去の情動ベースのソマティック・マーカーにアクセスし、無意識のうちに意思決定を助けるような情報がフィードバックされます。 消費者行動についていうと、このようなソマティック・マーカーは脳内の様々な連関情報と統合され、その人の「ブランド知識」を構成する場合があります。そのためマーケティングにおいては、これらの感情的な反応を上手に利用して「意味」を作り出し、増幅し、消費者に感情的な「接近」(「無視」や「回避」ではなく)の動機を起こさせることがコミュニケーションの新たな目標となっています。効果的な広告とは、記憶を肯定的なセンチメントに関連付けることによって消費者との永続的なつながりを生みだし、最終的にブ

Page 8: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

8

Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

ランド、製品、サービスの推薦や購入につながるものです。 このように消費者の意思決定に関する心理学やニューロサイエンスの基盤について理解が進んだことは、同時にその計測が困難であることも明らかにしました。従来の消費者インサイトの手法は、パネルや POSで顕在的な消費者の購買行動を計測したり、フォーカスグループやアンケート調査によって購買行動の動機となりそうな要因を消費者の自己申告をもとに評価したりするものでした。しかし、自己申告に基づく行動要因の計測は、消費者が意識的にアクセスできる情報のみを引き出すことになるため、信頼性に限界があることが長年問題となってきました。人はもちろん、求められれば通常は自分の行動を「説明」できます。しかし、自分自身の認知プロセスや感情プロセスに直接内省的にアクセスすることは難しいため、このような申告は正確とはいえません。 多数の研究が、判断や決定の精神的要因を主観的に意識して申告することは難しいことを証明しています。このような自己申告法の限界は、とりわけ意思決定の情動的要因を理解しようとする場合には深刻です。感情反応の影響の多くは、無意識的なプロセスの中で生じるからです。しかし、消費者行動を理解する方法として自己申告に深刻な限界があるとしたら、何を代わりにすればよいのでしょうか。

コンシューマーニューロサイエンスの出現とその手法 人間の行動と脳の情報処理に関する基礎研究と応用研究の進歩は、消費者行動の要因に関する新たなインサイトを提供するだけではありません。ニューロサイエンスに基づき、より強力なコミュニケーション手段を設計するために役立つ新しいツールを生み出しています。ここ 10 年で、脳と身体の生理学的計測や内潜的反応をリアルタイムで計測することが、消費者の行動を理解するために重要であるというコンセンサスができつつあります。革新的なクリエイティブチームやブランドマーケティング担当者は、この強みを生かして、ますます複雑になるメディア環境において勝ち組になる確率を高めようとしています。ニールセンの経験から見ると、現時点で、世界一流の消費者向けマーケティング担当者のほとんどがこれらの方法を試験的に採用しており、グローバルなマーケティングのリーダー的な会社は、日常的にそれらを採用しています。 広告分野でこれらの手法の利用が拡大し、市場調査にコンシューマーニューロサイエンスというサブジャンルができるまでになっています。このアプローチは、マーケティングコミュニケーションの効果を評価、最適化するための新しいインサイトを生み出しています。消費者インサイトに対するニューロサイエンスベースのアプローチには、従来の市場調査の手法では対処できなかった知識のギャップを埋められる可能性

があります。無意識的な行動を計測し、生理学的反応を捉えることによって、自己申告によるアンケート調査やフォーカスグループにおける限界やバイアスを大きく回避できます。そのため、この手法を採用する動きが急速に拡大し、主流になりつつあります。この変化に対応して、最近有名ビジネススクールのマーケティング学部では、コンシューマーニューロサイエンスの専門知識を持つ学者を教員に迎え、大学院や学部の課程に関連コースを追加し始めています。また、ARF(The Advertising Research Foundation)や ESOMARといった歴史ある市場調査業界団体のカンファレンスでも、コンシューマーニューロサイエンス関連のコンテンツが注目を集めるようになっています。この分野には、ニューロマーケティング・サイエンス・ビジネス協会という独自の専門家協会も生まれ、既に 90カ国以上から 1,600を超える会員が集まっています。 コンシューマーニューロサイエンスでは、商業的市場調査としても、学術研究の一分野としても、従来の実験心理学や生物医学研究から生まれた幅広い計測方法を採用しています。ここで、これらのツールの一部を簡単に紹介します。これらのツールは、何を計測するか、脳の活動をどれほど直接的に(または間接的に)インデックス化するかによって分類されています。 1. 観察可能な行動を計測するツール 最初のツール群は、生理学的反応というより観察可能な行動を様々な面から計測するものです。比較的低コストで簡単に実施できるため、商業用にはごく一般的に使われる手法です。これらをコンシューマーニューロサイエンスの手法に含めたのは、従来の言葉によるアンケートへの回答と異なり、これらの行動は迅速で、意識に支配されない要因から直接影響を受ける場合があるからです。これには、例えば以下のようなものがあります。 潜在的反応テスト。この方法は、人が言葉で表現できない、または表現しようとしない情報、特に意味的連想や「感情状態」を理解しようとするときに利用できます。消費者に言葉や絵などの簡単な刺激を与え、反応(すばやくキーを押すなどの簡単な指の動き)のタイミングを正確に計測することで、ブランドや商品との無意識的な連想を示すことができます。この方法は、ブランディング、ブランドとメッセージのポジショニング、広告メッセージとパッケージへの反応などに幅広く利用できますが、テストの刺激に接した後に計測を行う必要があるという制約があります。 フェイシャルコーディング。カメラ技術とコンピュータービジョン手法の進化により、この方法は最近、高いリアルタイム性のソフトウェアにより自動化されており、消費者がマーケティングコンテンツを経験したときの感情を表す顔の表情を計測します。人は何らかの情動状態を経験したときに無意識に顔の動きが生じ、顔の表情は異なる文化においてもほぼ世界共通と考えられています。この手法は、刺激が特定の表情(好感を表す笑顔や不快を表すしかめ面など)を引き

Page 9: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

9

Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

出したかどうかを理解するための診断ツールとして役立つ場合があり、広告の効果を評価する補助的手段として使われる機会が増えています。ただし、顔の表情は社会的状況において感情を伝えるために発展したものなので、大半のマーケティングコミュニケーションが行われる受動的メディア(テレビ、インターネット、屋外看板など)の前ではあまり顕著に表れないことに注意する必要があります。 アイトラッキング。アイトラッキングでは、赤外線カメラを使って消費者の目線の方向と目の動きを追い、画面、店内の棚などのどこを見ているかを特定します。画面ベースのアイトラッキングには固定カメラが使われることが多く、歩行中の調査(店内買物客の調査など)やモバイルデバイスの調査には、通常、ヘッドマウント・アイトラッキング装置が使われます。アイトラッキングは、消費者がマーケティング担当者の意図したとおりに広告クリエイティブ、パッケージ、商品配置など特定の要素に気づくかどうかを具体的にフィードバックするために単独でも利用できますが、多くの場合、ほかの技術と併用されます。この方法では、視線の対象に対する脳の情動反応や記憶反応の性質についての情報は得られません。 2. 自律神経系活動の一部を計測するツール コンシューマーニューロサイエンスのその他の一般的な手法として、ANS(自律神経系)活動の諸要素を計測する各種技法があります。ANS は、人体の末梢器官をほぼ自律的に無意識的に調節する役割を持ち、これには心拍、呼吸、発汗、唾液分泌、消化、その他様々な機能が含まれます。これらの計測値をまとめて「バイオメトリックス」と呼ぶ場合もあり、心理生理学の研究室では、情動を喚起する刺激や精神的努力の変化を必要とするタスクに対し、人にどのような変化が起きるかを観察するため、何十年も前から使われてきました。 瞳孔計測。古くからあるバイオメトリックス手法の 1 つは、ブランド・コミュニケーションに反応した瞳孔の直径の一時的変化を計測するもので、アイトラッキングと組み合わせて行われる場合もあります。瞳孔の直径は ANSによって調節されており、認知負荷の増大や情動を喚起する刺激が与えられると、瞳孔の直径はわずかに拡大します。瞳孔計測の課題の一つは、認知や情動の入力変化に対する瞳孔直径の変化は、光量変化に伴う瞳孔直径の変化に比べわずかであるため、偶発的な変化と見分けにくい場合があることです。 心拍数。もう 1つよく使われるバイオメトリックス手法は、心拍数と心拍変動の変化の計測です。心拍数は、関心のある刺激に接したり、関心のあるタスクに従事したりすることによる情動喚起の度合いを計測する強力な手段です。心拍数(呼吸数も)の変化は身体活動から強く影響を受けるため、単独で情動喚起の尺度とするには難しい場合があります。しかし、ウェアラブルデバイスの普及とともに、心拍数は専門的な研究室以外でも収集されるようになり、店舗調査や自宅調

査などの環境でも使われるようになりつつあります。 皮膚コンダクタンス。恐らくコンシューマーニューロサイエンスで最もよく使われるバイオメトリックス手法は、皮膚電位変化、あるいは GSR(ガルバニック皮膚反応)の計測でしょう。皮膚コンダクタンスは、ANSによる電気伝導度の尺度で、通常は特殊な発汗細胞が集中している手のひらか指先で計測します。闘争・逃走反応、ストレス、感情的エンゲージメントなどの要因を経験すると、特殊な分泌腺の位相変化により皮膚コンダクタンスが上昇し、情動喚起の徴候として計測できます。心拍数と同様、ウェアラブルデバイスのトレンド化により、現在は専門の研究室の外でも皮膚コンダクタンスを収集できるようになっています。 3. 脳の生理機能の変化を計測するツール マーケティング資料に対する消費者の脳内の反応を最も詳細かつ有益な形で表すのは、脳と脊髄で構成される中枢神経系を計測するものです。中でも、脳の生理機能の変化を直接インデックス化する方法は有益です。中枢神経系の活動を計測するために様々な方法が開発されていますが、コンシューマーニューロサイエンスの分野では、特にこのうち 2つが重要な役割を果たします。 fMRI(機能的磁気共鳴画像法)。磁気共鳴画像法は、大型磁石、電波、可変磁場勾配によって作られた強力な磁場を使い、非侵襲的に体内構造の高精細画像を作成する神経放射線学の技法です。1990年代に最初に導入されたこの技法は、時間とともに変化する各部位の血中酸素濃度を特定するために使われます。脳の活動が活発な部位は、代謝のため多くの酸素を必要とします。血中酸素濃度の局所的な変化を計測することによって、脳の各部の相対的な機能活動を推定できます。この活動マップを構造解剖学的アトラスと対照することで、各脳構造の相対的な活動状態を推定することが可能です。 fMRI法を使った研究は、学術分野のコンシューマーニューロサイエンスにおいて、記憶、評価、報酬、意思決定などの興味深いテーマについてメカニズムを理解するために広く使用されています。装置の設置面積や複雑さ、参加者 1人当たりのコスト、fMRIの実験と分析を行うのに必要な時間などいくつかの要因から、この技術を日常的に商業利用することは困難です。さらに、参加者は頭部を磁石に囲まれた状態で寝台にじっと横になっていなければならないため、閉所恐怖症を引き起こすおそれがあり、参加者が取れる行動の種類も制限されます。 さらに基本的なレベルでいうと、脳の血中酸素濃度は、脳の活動の間接的な尺度です。ニューロンは、ミリ秒単位で発生する電気化学的シグナルによって情報を伝達しています。しかし、fMRIで観測可能な、局所的な脳の血中酸素の変化を引き起こすには、脳活動が発生してから数秒が経過する必要があります。テレビ CM

Page 10: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

10

Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

などの素材を調査するために fMRI を利用した研究のほとんどでは、広告全体を特徴づけるために 1つの脳マップを作成します。このため、広告の中で場面ごとのインパクトを計測することは困難です。fMRIは空間分解能には優れていますが時間分解能に乏しく、広告のどの瞬間が特定の反応を引き出すのかを特定することは困難です。 EEG(脳波検査法)。中枢神経系の活動の変化を評価するもう 1 つの方法は、EEG(脳波)の計測です。この技法は、現在商業用として日常的に広く採用されています。EEG は一般に、脳からは少し離れた頭皮にセンサーを装着して脳を観測し、脳細胞の間を流れる律動的な電流のマスエフェクトを計測します。EEGは通常、1 秒当たり数 100 回という頻度で抽出されます。EEGの律動パターンの異常は、臨床的にはてんかんの診断基準であり、EEG パターンの変化は、手術中の覚醒レベルを特定したり、睡眠のステージを理解したりするのによく使われます。EEG のタスク関連の変化は、コンマ何秒という単位で発生するため、マーケティング資料に対する脳の反応も、高い時間的精度で捉えることができます。しかし、EEGの 3D画像処理の技法は正確さに欠けるため、頭皮から信号を記録している場合、どの脳構造が信号の発信源かを正確に特定することは不可能です。 コンシューマーニューロサイエンスは比較的新しい分野ですが、精神的刺激に反応して EEGがどのように変化するかという研究は 90年以上続いており、広告研究の分野でも EEGの計測は 30年以上実施されています。EEG手法によって広告コンテンツを分析する研究のほとんどは、継続的な EEGの 1つ以上のスペクトルの特徴を利用し、そのコンテンツは十分な注意喚起を引き起こすか、感情的エンゲージメントを生むか、記憶に残るかを測定しています。それぞれに対応する指標は、多数の基礎研究や応用研究の文献を基準として計測されます。 例えば、環境の刺激に反応して注意に変化が生じたり、タスク要求に対処するため意図的に注意を集中させたりした場合、確実にある種の EEG波形の振幅が減少します。逆に、同じ波形の振幅増大は、注意が途切れたり退屈したりしたときに見られる場合があります。また、EEGを情動的な動機づけや関わりを示す指標として使っている文献も多数あります。左右の前頭前野の活動を示す EEG指標は不均等であり、情動的な経験と関連があることが 20年前から分かっています。特に、左脳の活動の方が活発であることを示す EEG指標は、接近の動機(刺激に引かれる)と関連し、右脳の活動の方が活発な場合、回避の動機(刺激との関わりを避ける)と関連しています。したがって、感情を喚起する静止画像や関わりを強める動画広告コンテンツを見ると、「近づきたい」という指標を示す前頭部EEG で不均等な指標が増大することが分かっています。このような尺度は、研究室環境で仮想購買決定を予測するときにも使われています。 EEGが有効なのは感情の測定だけではありません。記

憶の活動についても、テレビ CM視聴中に EGGのパラメーターに変化があった場合、視聴後に個々の場面やブランド・商品情報を認識または記憶している可能性と相関することが分かっています。マーケティングコミュニケーション中に記憶を活性化すると、既存のブランド・商品表示とのつながりが創造、強化されて学習可能になり、将来のインタラクションでその情報を利用できるようになったり、将来の購買決定などの行動につながったりします。コンマ数秒の単位で計測が可能なため、そのようなレベルで脳の反応が分かれば、場面ごとにきめ細かく診断ができ、クリエイティブ開発の参考になります。 EEGの技術的な課題と装置のコストは、fMRIと比べると安価です。しかし、意味あるインサイトを引き出すには、細心の注意と専門知識が必要です。何よりも、EEG の信号は、脳以外の様々な要因によって影響を受けやすいのが特徴です。信頼性の高い結果を得るには、厳しく管理された研究室レベルの環境で調査を実施し、高度な信号処理によってノイズを除去する必要があります。さらに、EEG をもとに有意義な推論を行うには、頭皮全体を覆うセンサー配列によって包括的に信号を記録する必要があり、調査対象は静止画像(印刷広告やパッケージなど)または短い動画(動画広告など)が適しています。電極を大幅に減らしたり、医療機器の精度に満たない装置を使ったり、専門的かつ実証を経たトレーニングを受けていない人が実施した計測は、信頼できない可能性が高いといえます。 概して、コンシューマーニューロサイエンスの技術によって、かつてないほど効果的に、ブランドの成否を説明し、解釈することが可能になりました。これまでのところ、これらのツールは、初期段階と最終段階の広告の評価、最適化に最もよく使われています。パッケージデザインや店頭でのマーチャンダイジング、その他小売体験の諸要素(POS資材、商品ディスプレイ・売り場デザイン、価格設定、オンライン体験)の参考に広く利用されています。ニールセンのラボでは、ニューロサイエンスベースのツールは、製品体験、新商品のコンセプトとデザイン、ブランドと商品のポジショニングを評価するためによく使われています。さらに、ニューロサイエンスベースのツールは、ビデオ、静止画、ウェブなどのさまざまメディアでも、コンテンツ全体を体験した場合のインパクトを探るために利用される機会が増え始めています。

研究室での観察から市場力学へ これらのツールで行った計測を、さらに規模の大きい実世界の行動とどのように関連付けるべきでしょうか。整った研究室の環境で行われる少数のサンプル調査で得られた結果から、消費者の市場での行動を予測できるでしょうか。 少数の研究室ベースのサンプルを使って市場での母集団の活動を予測する研究は増え続けています。例え

Page 11: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

11

Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

ば、Falk のチームの研究(その後 UCLA で行われ、現在はペンシルベニア大学でも実施されている)では、fMRI を使って脳の局所的な血中酸素の変動を計測する方法で、PSA(公共サービス広告)に接した少人数の「ニューラル・フォーカスグループ」の脳の反応を計測することにより、様々な公衆衛生に関する直接反応広告キャンペーンにおける、コールセンターの処理量を予測できるとしています。前頭前野腹内側部を含む脳の様々な部位の活動変化を計測することで、コールセンターの処理量を十分に予測できることが分かりましたが、興味深いことに、それぞれのコピーの相対的な説得力を参加者本人に評価させたところ、結果に十分な相関は見られませんでした。このことから、参加者は PSAによるやや無意識的な脳へのインパクトを、意識の上で正確に理解していないことが分かります。同じ研究者のグループは、各種コミュニケーションキャンペーンに対しても、脳の計測による予測の有効性について、同様の結果を報告しています。 これまでに実施されたこの種の研究で最大級のものの 1つに、テンプル大学の研究者が ARFと協力し、大手広告主とメディア企業の出資のもと、多種多様なコンシューマーニューロサイエンスの技術と、マーケティング・ミックス・モデリングで見積もった市場での売上増分の関係を調査した研究があります。この研究では、脳の腹側線条体と呼ばれる部位(通常は情動や行動の報酬と関連する部位)が、最も強力にテストされた広告に対するマーケットでの実際の反応を予測することが分かりました。さらにテンプル大学のチームは、筆者の 1人(Marci、当時 Innerscope Research)が率いる研究チームと協力し、バイオメトリックス反応と fMRI の結果を組み合わせたスーパーボウルの研究を行いました。その結果、バイオメトリックス指標で高い感情関与が見られた広告では、腹側線条体をはじめ、その他の重要な情緒・記憶センターである前頭前野、扁桃核、海馬などの活動も活発になることが分かりました。 ニールセンでは、クライアントと共同で、テレビ CMへの接触に対する感情関与と記憶のスコアの変化についてラボで計測を行いました。中でも、ラボで EEGによる広告パフォーマンスの計測を行った数百件のテレビ広告について売上の増分を関連付けるモデルを作成し、両者の間に密接な相関を見いだすことができました。つまり、ほかの条件が同じである場合、「ニールセン ニューロ」のスコアが高ければ、マーケットシェアの増加は平均以上になる可能性が高いということができます。とりわけ、視聴者との関与の強さが平均以上のクリエイティブには、約 25%の売上増が見られ、EEG 計測値が平均を下回る広告は、売上の増分も平均を下回りました2。

研究者らは、広告の効果に加え、エンターテイメント・コンテンツに対する脳の反応に関するラボの調査が、集団レベルの行動にどこまで一般化できるかも検

2

http://www.nielsen.com/us/en/insights/news/2016/were-ruled-by-our-emotions-and-so-are-the-ads-we-watch.html

証しています。例えば、数年前、エモリー大学のGregory Berns 率いる研究者グループは、少人数の参加者に 15 秒の音楽クリップを聴いてもらいながらfMRIでスキャンし、その反応を計測する調査の結果を報告しました。これらのクリップに対する主観的な嗜好の評価には、音楽の潜在的売上との関係は見られませんでした。しかし、脳の報酬処理にかかわる部位の活動を計測したところ、それらの楽曲のその後の全体的な文化的アピールや商業的成功と大きく相関することが分かりました(Nielsen Soundscanにより計測)。 最近 Nature Communicationsで報告された別の調査によると、ある研究者グループは EEGベースの手法を使い、研究室で参加者にプライムタイムのテレビ番組 1話分を視聴してもらい、各参加者の EEGの類似点を検証しました。被験者間の EEGパターンの類似性は、母集団の番組視聴率の変化(ニールセン テレビ視聴率データの変動により計測)や当該番組に関するTwitter活動の変化(Nielsen Socialにより計測)をかなり予測できると研究者グループは報告しました3。ニールセンの独自調査でも、幅広いジャンルのテレビ番組について、EEG によりエンゲージメントの強いセグメントを計測することで、同様に Twitterでの活動を予測できることが証明されました4。 これらは、研究室でニューロサイエンスの手法により計測した消費者の反応に関するデータが、母集団の市場力学の予測に十分有用であるとの見方を強力に裏付ける最近の業界イニシアティブのごく一部です。

複数の手法の統合 コンシューマーニューロサイエンスの分野は、初期の成功を足掛かりに、ここ 10 年で急速に発展してきました。医療研究から商業分野まで、画期的な新技法が開発、改良され、多くのニューロサイエンティストなどの研究者が、これらの新技法を使って幅広いマーケティングの疑問に答えていく機会を見いだしています。彼らは情熱的であるがあまり、コンシューマーニューロサイエンス研究の各技法にはそれぞれ強みとともに限界もあり、どのツールを使うのが最も適しているかは、主にその課題の性質によって決まることを見落としている場合もあります。 研究者は、これらのツールの応用範囲を広げ過ぎたり、あるいは 1つの技術に頼って多くの問題に答えようとして問題を単純化し過ぎたり、過大に問題解決を約束してしまう場合があります。盲目の男たちと象の寓話のように、コンシューマーニューロサイエンス研究でよく使われる計測方法はそれぞれ、マーケティング・メッセージに対する消費者の反応について有益なイ

3 “Audience preferences are predicted by temporal reliability of

neural processing”. Nature Communications, July 29, 2014, 5: 4567

4

http://www.nielsen.com/us/en/insights/news/2015/social-tv-a-bellwether-for-tv-audience-engagement.html

Page 12: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

12

Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

ンサイトを与えてくれます。しかし、1 つのアプローチだけでこの「魔物」の性質をすべて表すことはできません。 ニールセンでは、個々の計測方法による限界を回避するため、より総合的なアプローチを研究しています。各種方法を組み合わせてマーケティングコミュニケーションを評価する方法です。この統合アプローチでは、最初に動画広告に焦点を当てました。動画広告は、マーケティング担当者にとって、依然として多くの視聴者に接触して ROIを押し上げる強力な手段です。ここ数年で動画広告の情勢は大きく変化しましたが(特にデジタルの各事業者が従来のテレビ以外の方法を提供したため)、1つだけ変わらない事実があります。適切に制作すれば、従来のメディアであれデジタルメディアであれ、動画広告は最も信頼される広告形式の1つであるということです5。いい加減に制作された動画広告は、雑然としたメディア情勢をさらに混沌とさせるだけです。 ニールセンは、動画広告に関する消費者のインサイトを深め、広告主の ROIを高めるために、ニューロメトリックス、バイオメトリックス、アイトラッキング、フェイシャルコーディング、セルフレポートを 1つの総合的な評価ツールに統合する画期的な方法を開発しています。この統合計測ツール「Video Ad Explorer」は、最近ニールセンのニューロサイエンスラボでグローバルに導入され、動画広告などの効果測定用途において「新常識」になりつつあります。これまでにない診断品質を誇り、広告関連各業界のクライアントから高い初期評価を得ています。 この統合的アプローチを紹介するため、ある公共サービスの広告に使用する方法を説明しましょう。これは、最近 Ad Council と共同で実施した調査の一部です6。このプロジェクトでは、責任ある父親としての役割を果たそうとする男性を励まし応援することで長期にわたって成功している Ad Council の「父親の子育て関与」キャンペーンから過去の広告を選び、総合計測ツールを使用しました。 サンプルケースは、「チアリーダー」と題する 30秒のPSAです7。これは、小学生の娘の練習に協力しようと一緒にチアダンスを踊る父親を映すユーモラスな広告です。参加者(全員父親)がこの広告を視聴する間、中枢神経系(頭部全体の EEG記録)や自律神経系(GSRと心拍数)の記録など、様々な計測を行いました。アイトラッキングやフェイシャルコーディングなどの顕在的行動も計測し、参加者はこの広告についてセル

5

http://www.nielsen.com/us/en/insights/reports/2015/global-trust-in-advertising-2015.html 6 Ad Council は、広告とメディアから資源とボランティア人材

を集め、PSA キャンペーンを作成、提供する米国の非営利

組織です。 7 この広告は以下で視聴可能です。

https://www.youtube.com/watch?v=hTIzjVxvV2U

フレポートも行いました。 この PSA(公共サービス広告)は、年配の女性がマンションの自室に 1人で座っている場面から始まり、女性が外から聞こえる騒音に顔をしかめます。カメラが屋外に移ると、1人の男性が熱心に歌いながらチアダンスを踊っています。さらにカメラが引くと、小さな娘が父親の動きをまねています。途中でナレーターが「ほんの些細な瞬間が子供の人生に大きな影響を与えることがあります」と語ります。2人はチアダンスを繰り返し、ナレーターは続けて視聴者に対し、子育てのヒントなどの情報を得るために電話をかけるかウェブサイトにアクセスするよう呼びかけます。 図 1: チアリーダーの広告を EEG、バイオメトリックス、フェイシャルコーディングで分析 アンケート形式のセルフレポートでは、視聴者はこの広告を楽しんだと答えましたが、ニューロサイエンスで視聴者の反応を計測すると、より複雑なエンゲージメントの状況が見えてきます(図 1 参照)。バイオメトリックスによるエンゲージメントの軌跡を見ると、自律神経喚起のピークは、チアダンスを踊る父親と娘の姿が現れた瞬間と最終シーンです。EEG によるエンゲージメントの軌跡(EEG をベースとした感情関与、記憶、注目の計測値から計算)を見ると、視聴者が場面ごとの変化に応じて広告の説話のメンタルモデルを構築する間、さらに複雑ないくつものピークがあることが分かります。さらに、フェイシャルコーディングからは、参加者がまずマンションの女性のネガティブな感情を映し、次に父親またはチアリーダーが登場したときに驚き、終盤にかけ楽しいまたは幸せな気持ちになったことが分かります。さらにアイトラッキング(上の図には含まれていない)では、終盤に俳優とその他の主要情報(電話番号など)の間の競合が起き、最適化や改善の余地があることが分かるなど、別の診断を行うことができます。

EEG によるエンゲージメント バイオメトリックスによる

エンゲージメント フェイシャルコーディング

否定的 驚き 肯定的

Page 13: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

13

Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

方法によって違いが出るのが、特に興味深い点です。バイオメトリックスの結果は、この広告には 2つの無意識的な焦点があることを示しました。EEGは変化がめまぐるしく、よりきめ細かく場面ごとの調整のヒントが得られます。また、フェイシャルコーディングの結果による情動表現の方向性から、EEGとバイオメトリックスの反応の解釈を修正できます。そして重要なのは、システマティックな表情の変化がなくても EEGの軌跡から反応を記録できた点に注目することです。何故なら、フェイシャルコーディング単独では重要な脳の変化を見落としていたと考えられるからです。このようなマルチレイヤー分析によって細部にわたってインサイトが得られれば、広告を制作するクライアントや代理店にとって大きな違いを生みます。 全体として、この総合的な結果から言えることは、ビデオコンテンツ視聴に伴う消費者の反応パターンに関して、それぞれが異なる独自の情報を提供するということです。総合すると、コンシューマーニューロサイエンスの技法は従来の枠組みの欠点を克服することに役立ち、マーケティング担当者が調べたいと思う多くの点において、はっきりと正確で、詳細なデータを提供してくれます。

学問の世界から CMOのデスクまで これは本当に画期的なことです。学問の世界から CMOのデスクまで、ニューロサイエンスによる計測は効果的なマーケティングコミュニケーションの方法と根拠について新たなインサイトを提供します。そして、動画広告から店頭ディスプレイまで、商品パッケージから新しい手法のマーケティング支援まで、コンシューマーニューロサイエンスは、大幅な診断能力の向上によって急速にクリエイティブ・プロセスに欠かせない要素になりつつあります。 これですべての答えが出たと考えていいのでしょうか。もちろん、そうではありません。人間は複雑です。私たちは広告メッセージの最も明白な刺激に反応するとは限りません。好きなものを避けることもあれば、嫌いなものを探し求めることもあります。私たちのコンテンツの使い方は日々変化しており、消費者の心と頭をめぐる競争はかつてないほど激しくなっています。私たちは、モバイルプラットフォームの小さな画面でますます多くのコンテンツを見て、さらに多くのマルチタスクを並行しています。このような状況下における私たちの脳の状態が、大画面でコンテンツを見たり、リビングルームに座ってくつろいでいるときと同じであるはずがありません。ニューロサイエンスのツールは、消費者が出かけているときでも、ほかのことに気を取られている時でも、消費者の反応を捉えられるように微調整する必要があります。また、広告キャンペーンの多くはマルチプラットフォーム化しており、それぞれのプラットフォームがキャンペーン全体のインパクトにどれだけ貢献しているかを引き出すのは困難な場合があります。

しかし、進歩は続いています。今後数年間で、メディア消費についてさらに総合的、理論的に理解する方法が現れ、ニールセンは新しいマーケティングの課題に対処するため、新しい計測ツールと計測手法を開発することになるでしょう。コンシューマーニューロサイエンスは、今や単なる研究分野にとどまりません。将来の計測ソリューションを定義する上で欠かせない役割を担うものになるでしょう。

Page 14: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

14

Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

シングルソースデータから

広告の効果を測定する PAULINA BERKOVICH — シニア アナリスト

LESLIE WOOD — ニールセン カタリナソリューションズ チーフ リサーチ オフィサー

はじめに

広告の効果を知るにはどうすればよいのでしょうか。広告キャンペーンによる店頭売上実績を直接計測する方法はあるのでしょうか。研究者やマーケティングの専門家は、何十年にもわたり広告効果の測定に取り組んできました。昔からの笑い話で、John Wanamakerは 1 世紀以上前に、「われわれが広告に使ったカネの半分は無駄遣いだと分かっている。分からないのは、どちらの半分かだ」と言ったとされています。幸い、広告効果に対する理解はその段階はとうに過ぎていますが、広告効果の測定とパフォーマンスの最適化が広告主にとってもメディア企業にとっても課題であることに変わりはありません。

ここ数年、膨大なショッパーデータベースのおかげで、業界は斬新な調査方法を開発できるようになりました。中でも NCS(ニールセン カタリナソリューションズ)の研究者は、シングルソースデータセットに基づき広告キャンペーンが売上高に及ぼす直接的な影響を計測する画期的な方法を導入しました。これらの「売上効果調査」は、広告キャンペーンを見た世帯の購買行動の変化を計測し、それを広告に接触しなかった同様の世帯の行動と比較するための強力なソリューションとなります。ここでは、これらの調査を取りまとめる方法について詳しく述べます。

Page 15: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

15

Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

売上効果調査の利点 従来の広告効果の調査は、別々のパネルやデータセットから広告接触データや売上データを収集していましたが、売上効果調査はシングルソースデータセットに基づいています。すなわち、同じ世帯の広告接触データと売上データを収集するというものです。シングルソース以前の研究者は、全く異なるデータソースの間の相関から結論を導き出そうとするしかなく、特定の商品に対する支出の変化も、市場全体のレベルで評価するしかありませんでした。このような分析は、外部要因によって複雑になる場合もあり、具体的にどの広告が売上を押し上げたのか、そもそも広告によって売上が増えたのかを特定することは困難でした。シングルソースデータの出現によって、外部要因について調整し、購買行動の変化を正確に世帯が視聴した広告と結びつけることができるようになりました。 これらの新しい調査は、広い範囲の企業にとって価値があります。広告主にとっては、キャンペーンの計画、実行、計測を行う全体的なアプローチの中で決定的に重要な要素です。キャンペーンを分析して得られたインサイトをもとに、最も効果的なメディアに予算とインプレッションを割り当て、将来の広告費に対する収益率を高めることができます。一方、メディア企業にとって、売上効果調査は広告主への説明を示すものであり、今後の投資拡大を説くために役立ちます。 広告キャンペーンは、様々な目的を念頭に置いて実施されています。最も基本的な目的は、短期的・長期的にブランドの売上拡大を目指すものです。しかし、より詳細に見ると、その目的は多岐にわたります。顧客に新製品を試してもらうためかもしれませんし、去っていった顧客を老舗ブランドに取り戻すためかもしれません。競合ブランドからシェアを奪おうとしている可能性も、既存のブランド顧客の支出を増やそうとしている可能性もあります。シングルソースデータを使えば、購買行動の変化を詳細に定量化し、支出の増分を計算できるだけでなく、その他多くの疑問(新たに商品を試そうとする世帯が多かったのか。どの競合からシェアを奪ったのか。どの顧客セグメントが最も広告に反応しているか。既存客がもっと頻繁に商品を買ってくれないか。)にも答えを出すことができます。これらのインサイトはすべて、ブランドの本当の強みを明らかにし、将来、より効果的なキャンペーンを計画するために利用できます。 NCSは、売上効果調査を使って、デジタル、モバイル、テレビ、ラジオ、雑誌、クライアントの保有データを使ったダイレクトマーケティングなど、多数のチャネルのキャンペーンを分析します。ニールセンのシングルソースデータセットには、数百カテゴリーに及ぶ 4万 4,000ブランド以上の 2年間の購買データが蓄積されています。シングルソースデータセットの購買データは、重複を除き 9,000万世帯以上のポイントカードから得たもので、カタリナのデータウェアハウスの一部です。カタリナの小売店には、大手食料品店やドラッグストアチェーンもあり、それらのデータを組み合

わせて、各世帯の支出を全体として捉えます。データに含まれる商品カテゴリーは、食品、飲料、ベビー用品、ペットフード、雑貨をはじめ多種多様です。これまでに数千のキャンペーンについて調査を実施し、広告主がキャンペーンの成果を業界ノームと比較できるようにベンチマークを作成しています。 これらの調査をどのように実施しているか見ていきましょう。

売上効果調査は通常、以下の手順に従います。 キャンペーンにタグ付けし世帯を選択する 購買データに対し全店舗調整を適用する 広告接触世帯と比較する広告非接触世帯を

マッチングする 世帯レベルの売上増分を計測する 売上増分の要因を特定する リーチとリターンを計算する

キャンペーンにタグ付けし世帯を選択する 売上効果の計測が指示されると、どの世帯が接触したかだけでなく、どのバージョンの広告クリエイティブに接触したかが特定できるように、キャンペーンを構成するすべてのクリエイティブユニットにタグが埋め込まれます。これがシングルソースデータセットの「メディア接触」要素とみなされます。タグ付けに対応しているメディアタイプには、アドレサブルテレビ、デジタル、モバイルが含まれます。ラジオキャンペーンはコードで追跡され、雑誌キャンペーンの接触は、対応する出版社と契約している世帯と二次(回読)読者数によって特定できます。テレビのデータはニールセンのパネルとセットトップボックスから収集します。 Yahoo や AOL などのオンラインパブリッシャーパートナーは、ファーストパーティクッキーを使って 1つの世帯に接触を紐付けます。これを「ダイレクトマッチ」と言い、この場合にはパブリッシャーが既に必要な紐付け情報をすべて持っているため、タグ付けは必要ありません。一方、サードパーティクッキーの場合、サードパーティ企業が世帯に接触を紐付けし、利用者情報をオーバーレイする必要があります。これは通常プログラマティック広告に使われる技法で、「インダイレクトマッチ」または「クッキーマッチ」と呼ばれます。いずれの場合も、どの世帯においても個人が特定されるような情報は付加されません。データに含まれる全世帯のプライバシーを保護するため、各世帯は匿

Page 16: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

16

Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

名で ID番号によって表されます1。 世帯が売上効果調査にカウントされるためには、調査に使われる購買データの基礎となるポイントカードを積極的に使っていること(Homescan世帯の場合、購買を積極的にスキャンしていること)を確認するため、キャンペーン前の「購買スタティック」を満たす必要があります。キャンペーン後には追加スタティックが適用されます。第 2スタティックは、できるだけキャンペーン前と同じ比率を維持します。例えば、ある調査のキャンペーン前が 4 四半期、キャンペーン後が 2四半期で、対象世帯が資格を得るには、キャンペーン前のスタティックで 4四半期のうち 2四半期に特定の商品を購入することが条件となる(1/2の比率)場合、その世帯がカウントされるためには、キャンペーン後の 2四半期のうち少なくとも 1四半期で(つまり同じ1/2の比率で)購入を登録する必要があります。

サンプルサイズは、キャンペーン期間や商品カテゴリーの規模によって様々です。Homescanによる調査の場合、一般的なサンプルサイズは数千世帯です。オンライン調査の場合、通常、最大限のテストグループを作成します。ある極端なケースでは、オレンジジュース・カテゴリーで複数月にわたるキャンペーンがあり、サンプルサイズが約 200万世帯にのぼりました。サンプルサイズに関して満たすべき唯一の制約は、調査対象品目の最低購入者数です。頑健な購入者数が揃わなければ、調査群と対照群の購買の差は統計的に有意とは言えません。フリークエントショッパー調査の場合、購入者数は一般に多くなりますが、これも商品カテゴリーによります。インスタントブレックファストの調査では、購入者数は 4,000人強でした。一方、家庭用品の調査では 10万人以上でした。 調査では、各世帯が購入している商品をどのように特定するのでしょうか。売上効果調査の品目とカテゴリーはすべて、NCS データ中の既存の分類か、クライアントが提供するカスタム UPCリストのいずれかを使って定義されます。正確な商品定義によって、クライア

1 NCS は、所有データに含まれる全世帯のプライバシーを保護

することを約束しています。NCS のプロトコルを業界標準に適

合させるため、専門のプライバシー委員会が常時 NCS プロト

コルを検討、改定しています。シングルソースデータの可能性

がさらに発展しても、セキュリティ保護が最も重要な問題であ

ることに変わりありません。

スタティックの目的は、支出金額のうちなるべく多くを残すとともに、大量のデータが失われている世帯を除去することです。特定の商品またはカテゴリーの支出がゼロの世帯は、本当にその商品を購入していない(統計用語で「真陰性」と言います)ことが重要です。スタティックは、データ品質を保護する必要性と、頑健な分析基盤を築くため、十分な世帯を保持する必要性のバランスをとるために必要なものです。これは研究の世界にとって決定的に重要であり、継続的に検討すべきテーマです。ニールセンは現在、次の表のように、商品部門(商品カテゴリー)ごとに異なるスタティックを使用しています。

ントは広告キャンペーンがブランドのうち特定のサブセットの購入に与えたインパクトを分析することができ、カテゴリーの定義によって、そのブランドが特定の商品グループの中で競合からどれだけシェアを獲得したかを計算することができます。正確な結果を得るには、包括的かつ最新の UPCリストが必要です。

スタティック 含まれる売り場 最低購入金額 最低購入回数

食品 パン、乳製品、惣菜、冷凍食品、食品雑貨、食肉、農産物

$30 4 四半期に 3 回

ヘルスケア ヘルスケア $5 4 四半期に 2 回

パーソナルケア・美容 美容、パーソナルケア $5 4 四半期に 2 回

食品以外 雑貨、家庭用品、ペットケア用品 $10 4 四半期に 3 回

Page 17: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

17

Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

購買データに対し全店舗調整を適用する カタリナの小売パートナーには、大手ドラッグストアチェーンや食料品店が含まれます。これらの小売業者を合わせるとかなりの規模の FSD(フリークエントショッパーデータセット)になりますが、消費者が商品やサービスを購入する可能性のある全店舗を網羅したリストではありません。そのため、Nielsen Homescanパネルとニールセンの RMS(リテール メジャメント サービス)2が補完します。Homescan のパネルは、主なデモグラフィックデータが全米を代表する構成になるように選択されており、世帯の購買状況を包括的に見ることができます。特定の売上効果調査の購入データソースとして単独で使うこともできますが、ニールセンではこれを FSDの購買データの較正用にも使っており、消費者が調査対象商品をほかのどこで購入した可能性があるかを推定しています。このプロセスをAOA(全店舗調整)と言い、Homescanとカタリナの FSDの重複を利用しています。FSD の小売店で買物をしている Homescan 利用者の割合を推定し、彼らが FSD 小売店の内外でいくらぐらい支出しているかを計算し、その比率を母集団に適用します。同様に、RMS のデータも売上予測の較正に利用しています。AOA プロセスによって、FSD 店舗以外の売上を計上し、調査対象期間中に当該商品カテゴリーの商品をどこかで購入した世帯数とどこでも購入しなかった世帯数を正確に把握することができます。 最近、あるインスタントブレックファスト・ブランドに関する調査が FSDデータを使って実施され、調査世帯はキャンペーン後にこの製品に平均で 2.04 ドル支出したことが分かりました。ところが、全店舗調整を行うと、この平均は 0.40 ドルに低下しました。これは、インスタントブレックファストというカテゴリーの普及率が限られていることが原因でした。粉末ミックスやボトル入りインスタントシェイクなどの商品を購入する世帯はほとんどありません。さらに、このような商品を購入する世帯は主に食料品店で購入しているため、FSD に含まれる確率が高くなります。そのため、FSD ポイントカードで把握できない小売店でのブランド購入について、一定の調整を行う必要があります。 一方、最近の別の調査では、一般的な家庭用品を対象としました。未加工の FSDデータでは、調査世帯が対象ブランドに支出した平均金額は 3.23 ドルでした。ところが、全店舗調整を行うと、平均金額は 8.20 ドルに跳ね上がりました。これは、ほとんどの世帯がこのカテゴリーを購入している(つまり下方修正が必要ない)ことと、この商品が FSDに入っていない小売店でよく購入されていることが原因です。いずれの場合も、調整後の金額を使ってキャンペーンによる支出増

2 ニールセンの RMS データは、あらゆる大手小売チェーンの

売上と価格データを、店頭で UPC レベルで取得しています。

分を計算することで、本当のインパクトをより正確に評価することができます。 全店舗調整は、商品普及率にも大きな影響を与えます。家庭用品の場合、FSD だけを見るとその商品が調査世帯の約 23%に普及していることが分かりました。しかし、全店舗調整後は、この普及率が約 43%に跳ね上がりました。この調整では、FSD に含まれない小売店でのみ商品を購入している多数の消費者を捕捉しています。一方、インスタントブレックファスト・ブランドの普及率は、調査対象世帯(対象となるにはインスタントブレックファストのカテゴリーで商品を購入していることが条件)の中では約 17%でしたが、全店舗の普及率はわずか 2%強でした。これは、カテゴリー全体の普及率が低かったことによるものです。 広告接触世帯と広告非接触世帯をマッチングする 調査世帯を構成する広告に接触した世帯のリストが作成されたら、そのリストの各世帯を、広告キャンペーンに接触していない NCS データプールの世帯(「非接触世帯」)とマッチさせます。このマッチングの目的は、支出の増加が、調査対象商品に対する既存の嗜好ではなく、広告によるものであることを確認できるようにすることです。この目的のため、接触世帯と非接触世帯のペアを決定するために使われる変数は、各商品カテゴリーに合わせてプロジェクトごとにカスタマイズされます。

ニールセンでは数百のマッチング変数を使っています。これには、調査対象の広告商品、競合ブランド、カテゴリー全体に対する過去の支出額、小売店別の購入金額、直近の購入時期、値引き後の購入金額、デモグラフィックデータなどが含まれます。マッチング変数には、キャンペーン前とキャンペーン後の支出合計を含む総計変数だけでなく月ごとの支出変数も含めて、両世帯が購買サイクルの同じステージにあるようにします。例えば、一方の世帯がキャンペーン前のうち前半 6カ月は商品をコンスタントに購入していたも

世帯ペアのマッチング

以下の項目が類似する世帯をマッチングする

ブランドとカテゴリーの普及率

キャンペーン前のブランドへの総支出金額/量/個数

キャンペーン前のカテゴリーへの総支出金額/量/個数

小売店別買物回数

世帯のデモグラフィックデータ

地理的位置

ブランド購入からの経過時間

Page 18: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

18

Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

のの、後半 6カ月は購入していない場合、たとえ年間を通しての支出合計が同じであっても、最近商品を購入している世帯とマッチングできるとは限りません。購買サイクルのステージを調整することで、広告によるインパクトと、単にその商品を切らしてしまい、いずれにしてもその時点で購入したであろう世帯による支出を分けることができます。 購入ベースの変数には、デモグラフィック変数よりも大きくウェイトをかけます。特に、マッチングにおいて最大のウェイトをかける変数は、広告キャンペーン前の 1年間の購買パターンに関するものです。これには、当該商品への支出金額、購入個数、購入回数、買物 1回当たりの平均支出金額が含まれます。これらの変数を使うことで、接触世帯と非接触世帯のペアが、調査対象ブランドについて似たような購買パターンを見せていることを確認できます。1 回に同じ商品を大量に購入する世帯と、複数の買物に分けて少量ずつ購入する世帯では、支出全体は同じかもしれませんが、購入回数や買物 1回当たりの購入金額をマッチングすることで、同じような消費行動をとる世帯を組み合わせることができます。こうすることで、広告キャンペーンによって購入回数が増えたケースと、日常的に頻繁に購入しているケースを分けることができます。 一方、世帯収入、子供の有無、世帯主の年齢などのデモグラフィック変数にはわずかしかウェイトをかけません。これらの特徴は、将来の購買行動の予測にはさほど関係しないからです。これらが関係する場合(例えば、小さな子供を持つ親はベビー用品を購入する可能性が高いなど)、こうした情報は既にかなり購買データに反映されています。ただし、キャンペーンを視聴した世帯のデモグラフィック情報は、広告に接触した世帯の中で特定のグループの割合が突出しているかどうかを示す指数として提供されています。 非接触世帯は、複数の接触世帯とペアになる場合があります。リニアテレビ広告キャンペーンはリーチ率が高く、1 対 1 でマッチできるほど非接触世帯がないためです。しかし、研究の結果、1 つの非接触世帯の影響が大きくなりすぎないよう再サンプリングを制限すれば、結果の品質に悪影響が出ることはないことが証明されています。 キャンペーン後の売上増加が本当に広告への接触によるものであることを保証するため、キャンペーン開始前の 1年間、接触世帯と非接触世帯の間での特定の主要変数の差は 1%未満となっています。主要変数には購入金額合計、価格、割引購入金額が含まれます。この 1%の差は、個々の世帯ペアに適用する必要はありません。例えば、インスタントブレックファスト・ブランドの調査の場合、接触世帯はキャンペーン前にこのカテゴリーで平均 18.99ドルを支出していました。非接触世帯の平均支出は 19.03 ドルでした。しかし、個々の接触世帯と非接触世帯のペアの中には、接触世帯の方が非接触世帯より支出が 100ドルも多いケースや、支出が 100ドル少ないケースもありました。これらのペアが調査対象となっているのは、その他の変数

が近いためです。

世帯レベルの売上増分を計測する 接触世帯と非接触世帯のペアを作成したら、最終ステップとして、両世帯のキャンペーン後の合計購入金額を比較し、世帯当たりの平均売上増分を定量化します(コラム「指標と計算方法」を参照)。消費者の特定のセグメントが特に強く反応しているかどうかを分析するには、サブグループの差を集計し、売上増分を分解することもできます。この情報は、広告主が今後のキャンペーンのためにインプレッションの配分を改善すべきかどうかを判断するために役立ちます。 家庭用品の調査では、接触世帯は、調査対象期間の 4カ月全体で、全店舗調整後のブランドへの平均支出金額が 8.20 ドルでした。非接触世帯の平均支出金額は7.99ドルでした。この結果から、広告キャンペーンへの接触による 1 世帯当たりの支出増分は 0.21 ドルとなり、3%の増加となります。購入データの分布とサンプルサイズをもとに、統計の有意性も計算されます。有意性は 99%で、この結果がサンプリングの変動によるものではなく決定的なものであると確認できます。多くの調査では頑健なサンプルサイズにより、購入金額の増分がわずか 1~2%の調査でも、有意性が 90%を超えるのが一般的です。 このキャンペーンでは、クライアントの広告クリエイティブには 2種類のバージョンがあり、接触データを使って、一方のバージョンを見たグループ、もう一方のバージョンを見たグループ、両方を見た重複グループに分けました。各グループの購買データから、一方のクリエイティブが売上増分の全体に貢献していることが分かりました。分解の結果は統計的に有意とは限りませんが、キャンペーンの一部がその他の部分より成功していることがはっきり分かります。これらは、デモグラフィック、広告接触、購入履歴に基づき、様々な顧客セグメントごとに計算できます。 よく使われる分解方法として、広告に接触したグループを、過去のカテゴリー購入金額と調査対象ブランドに対するロイヤリティに基づきサブグループに分けることがあります。例えば、既にそのカテゴリーのヘビーバイヤーではあるものの、ブランドへのこだわりはあまりない世帯は、キャンペーンに対する反応がよく、ブランドへのロイヤリティが高まるかもしれません。このようなインサイトは、ブランドマネージャーがより特殊な消費者セグメントなどの診断要素を特定し、今後のキャンペーンを改良するために役立ちます。 複数のサブブランドを持つペアレントブランドの場合、売上増分をサブブランド別に分け、どれが最も売上を伸ばしたかを知ることができます。家庭用品ブランドの調査では、そのペアレントブランドのあるサブブランドは、キャンペーン前には売上全体の 20%以下しか占めていませんでしたが、キャンペーン後には売上増分の 40%以上を占めました。キャンペーンはブラ

Page 19: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

19

Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

ンドファミリーの全商品に同じようにインパクトを与えるとは限らないため、サブブランドの寄与度は、今後のクリエイティブ制作においてどの商品を強調するかを計画するにあたり、貴重なインサイトを与えてくれます。 最後に、購買データを使い、カテゴリー別シェア要件によって調査対象ブランドを競合と比較することができます。これによって、広告主はどのブランドからシェアを奪おうとしているのかを知ることができます。競合製品は、カスタム UPCリストまたは NCSデータ内の商品指定によって定義でき、個々の競合商品群の中で購買状況がどのように変化したかを判断する際に柔軟性を持たせることができます。 売上効果調査の結果と市場全体のパフォーマンスは区別する必要があります。売上増分は接触世帯のみの売上を反映しているため、広告に接触した世帯の支出が全世帯の支出と一致すると考えるべきではありません。シングルソースデータによって、広告に接触した世帯を分離し、その購買行動を同じ期間の全消費者の購買データと分けることができます。このような分析方法は、広告に接触した世帯の中で広告キャンペーンのインパクトを分離するものであり、市場全体における売上の計測と混同してはなりません。

売上増分の要因を特定する 売上を押し上げる行動の変化はいつも同じとは限りません。例えば、広告主は、購入者が初めてそのブランドを買うのか、過去に購入したことがあるのかを知りたいと考えるかもしれません。キャンペーン前の購買データを使ってこの疑問に答えることは可能です。キャンペーン前に購入履歴がなく、キャンペーン後に購入した世帯は試買客、キャンペーン前にもキャンペーン後にも購入した世帯はリピート客に分類されます。これらの合計を接触世帯と非接触世帯について比較します。家庭用品の調査では、そのブランドは老舗で既に高い普及率を持っていました。接触世帯と非接触世帯のいずれの世帯も、40%以上がリピート客でした。しかし、接触世帯の方がこの割合が高く、キャンペーンがそのブランドの忠実な購入者を増やすことに成功したと言えます。 商品を購入した世帯の間での差は、平均購入金額を計算して分析することもできます。この数字は、調査対象ブランドを購入しなかった世帯を除いたキャンペーン後の 1世帯当たり平均支出金額を表します。家庭用品ブランドの場合、平均購入金額は接触世帯の方が非接触世帯より 0.14%多くなりました。これは、キャンペーンによって商品を購入した世帯が増えただけでなく、そうした世帯の支出金額が増えたことを意味しています。しかし、普及率の上昇の方が成功への寄与要因としては上回りました。 平均購入金額をさらに分解し、購入回数と買物 1回当

たりの平均支出金額に分けることができます。家庭用品ブランドの場合、平均購入回数は接触世帯も非接触世帯もほぼ同じでした。つまり、キャンペーンによって買物のときに対象商品を購入する回数は増えなかったということです。売上増分は、消費者が 1回に購入する数が増えたことによるものです。 インスタントブレックファスト・ブランドの場合、購入要因は大きく異なっていました。これはそのブランドが比較的小さく、売上が伸びる余地があったため、キャンペーンによって売上全体は 28%押し上げられました。売上増分のうち 10%は普及率の拡大によるもの、10%は購入回数の増加によるものでした。キャンペーンの期間は 1カ月足らずでしたが、消費者が競合よりこのブランドを選ぶ回数を増やすことに成功しました。

リーチとリターンを計算する キャンペーンのリーチを推定する方法は、各メディア・プラットフォームから得られるデータとプロジェクトの仕様によって異なります。一般に、NCS データセットの世帯のうち広告に接触した世帯の比率に母集団の数を掛けると、全体のリーチを推定できます。例えば、サードパーティクッキーマッチを使ったデジタルキャンペーンでは、広告に接触したユニーク世帯数を NCSデータセットのアクティブなインターネット世帯数で割るとリーチ率が得られ、これにインターネット世帯総数(2016年時点で 9,650万世帯と推定)を掛けると最終的な数が分かります。リニアテレビ広告調査のリーチ率は、Nielsen Ad Intelとニールセンの全米テレビパネルによるものです。雑誌など一部のメディアタイプについては、出版社が推定リーチ率を提供しています。 クロスメディア調査については、特定のプラットフォームでキャンペーンを見た視聴者全体についてリーチを推定できます。また、そのプラットフォームでのみキャンペーンを見た視聴者と、複数の場所でキャンペーンを見た世帯を表す重複グループについてリーチを推定することもできます。重複の推定は、多数のパートナーの接触データによって可能になり、さらに、同じプラットフォームのパートナー間(複数のデジタルパブリッシャーなど)だけでなく、異なるプラットフォーム間(リニアテレビとデジタルなど)でも推定を改善できるように研究中です。 キャンペーンによる売上増分の合計は、世帯当たりの売上増分にリーチ数を掛けて計算します。これは、サンプル世帯と NCS購買データに含まれない接触世帯の間で売上増分が一致しているという仮定のもとに計算されます。調査対象となるサンプルは十分に頑健であるため、このような仮定が成り立つと言えます。 売上増分の合計を計算すると、ROAS(広告費用対効果)などその他の主要指標も計算し、過去のキャンペーン

Page 20: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

20

Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

やその商品カテゴリーのベンチマークと比較することができます。広告主は、これらの調査によるインサイトを生かして将来のキャンペーンを効果的に改善する方法を決定できます。シングルソースデータは、キャンペーンのどの部分が結果につながっているかを、推測に頼らずに判断するのに役立ちます。

結論 売上効果調査は、調査担当者にとって、キャンペーンが店頭売上に与える直接的な効果を計測するための強力なツールです。今後の研究課題の 1つは、マッチングプロセスに使われる変数のリストを強化することです。現在使われている購買変数とデモグラフィック変数は頑健で、商品の購買パターンに相関していますが、ほかに売上増分と広告キャンペーンの関連付けを改善できるような変数があるかもしれません。変数の相対的ウェイトや値を標準化する方法も修正できるでしょう。 この研究は、広告の有効性を理解するための新しい扉を開くものです。例えば、私たちはバイヤーバスケット分析によって、広告接触がクロスバイ行動(消費者が買物中に調査対象商品と一緒にほかの商品を購入する傾向のこと)にどのように影響を与えるかを理解し始めています。また、複数のプラットフォームでの接触が様々な形で合わさって購買行動に影響を与えることを理解し始めています。シングルソースデータが提供する機会はほぼ無限ですが、それを生かす取り組みは始まったばかりです。

指標と計算方法 平均売上増分(金額、量、個数のいずれでも): (調査群の支出-対象群の支出)/分析世帯合計 売上増分合計: 平均売上増分×リーチ世帯合計 普及率(購入した世帯の比率): 購入者数/分析世帯合計 平均購入金額(1世帯がキャンペーン中および後にブランドに支出した平均金額): 平均売上増分/普及率 購入回数(調査対象ブランドを購入した世帯のキャンペーン中および後の平均購入回数。1回も購入しなかった世帯は除く) 購入金額(購入 1回の平均支出金額): 平均購入金額/購入回数 ROAS(広告費用対効果) 売上増分合計/キャンペーン費用 DPM(デジタル調査の場合、インプレッション1,000回当たりの収益): 売上増分合計/インプレッション×1000 テレビ調査でこれに相当する指標は DPPまたはGRP当たり収益

売上へのインパクトの計算

普及率 購入金額 購入回数

何世帯がブランドを

購入したか

調査期間中、1 回でいくら

分の商品を購入したか

調査期間中、ブランドの商

品を何回購入したか

平均購入金額 いくら分購入するか

売上合計

Page 21: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

21

Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

クラウドソーシングと画像処理による

データ収集の自動化 TAMAS GASPAR — 統計担当プリンシパル

SIEW-SIM LIM — ニールセン

購買行動分析部門

アソシエイト ディレクター

はじめに ニールセンなどの市場調査会社は、消費財の小売販売状況を計測するため、通常、スキャニングシステムで読み取った電子 POS情報を提供する小売業者から直接データを収集しています。これは入手可能なデータの中でも格段に正確なものですが、その収集には小売業者の協力を得る必要があります。サンプル設計に組み込まれた小売業者の一部から協力を得られなかった場合、報告されるデータに一定のバイアスが生じることがあります。ニールセンの CPS(消費者パネルサービス)など、母集団を反映した消費者パネルの個人から直接データを収集できれば小売業者の協力に頼る必要はなくなりますが、世界の一部の地域では、パネルの規模の問題で、クライアントが売上状況を追跡する上で必要かつ十分な精度のデータを報告することが難しい場合もあります。その 1つの解決策はサンプル数を増やすことですが、パネル管理のコストの問題や信頼できるパネルを採用することが難しいといった

理由から、常にそれが可能であるとは限りません。1 スマートフォン、クラウドソーシング、バーチャルペイメントなどの新技術の利用が世界的に広がり、消費者から直接購買情報を大量に収集したり、それを経済的で負担の少ない方法で行ったりする新しい機会が生まれています。

1 ニールセンでは、フラッグシップである消費者パネルサービ

スの運営にあたって、各パネルにポータブルスキャニングデ

バイスを提供し、購入したすべての商品のバーコードをスキ

ャンするよう求めています。

Page 22: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

22 Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

自動化に向けた重要な市場の促進剤 Gartnerによると、現在スマートフォン市場は、北米、西欧、日本、アジア太平洋の一部などの成熟市場において、普及率が 90%に達しています2。2015 年には世界で 14 億台以上のスマートフォンが販売されました3。消費者の間でスマートフォンが急速に広がるとともに、データ収集の機会も生まれています。新世代スマートフォンの内蔵カメラの品質は向上し、これらの端末で撮った写真が、自動処理の入力データに使えるほどの解像度を持つようになりました。人々に買物のレシートの写真を撮るよう依頼することが、本書で説明するプロジェクトの基本です。 人々はかつてほどこうしたプロジェクトへの参加に消極的ではありません。実際、最新技術とソーシャルメディアの普及がクラウドソーシングの世界に新しい明るい光を投げかけています4。技術的な障壁と社会的な抵抗がなくなり、人々にスマートフォンで自分の買物のレシートを写真に撮ってもらうことは無理難題ではなくなりました。適切なかかわりと動機づけによって、クラウドを効率よく生かすことができます。現在のオンラインボランティアは、デジタル型報酬を快く受け入れてくれます。モノや金銭を扱う必要はありません。参加者への報酬には「仮想コイン」を使い、それらをインターネットで送金し管理するのです。 これらの仮定条件をテストするため、ニールセンはイギリスでプルーフ・オブ・コンセプト(概念実証)調査を実施しました。2 つの理由から、イギリスは理想的なテスト市場でした。まず、イギリス全体のスマートフォンの普及率は、2016 年初めの時点で約 68%であったことです(35歳以下は約 91%、35歳以上は 60%)5。代表性という点では十分な数値であり、母集団全体の代表性は近い将来さらに高まると予想されます。次に、イギリスでは調査に非協力的な大手ディスカウント店 2 社(Aldi と Lidl)が合わせて 10%以上のシェアを占めていると推定されるため、これらのチェーンに関する正確なインサイトを得たいという現実的な市場のニーズがあることです。

2 http://www.gartner.com/newsroom/id/3339019

3 http://www.gartner.com/newsroom/id/3215217

4 クラウドソーシングとは、従業員やサプライヤーではなく、

大勢の人 (々オンラインコミュニティなど)から寄与を募り、

必要なサービス、アイデア、コンテンツを入手するプロセス

です。 5 Pew Research Center - http://pewrsr.ch/1RX3Iqq

イギリスにおける新しいプロセスの実験 プルーフ・オブ・コンセプト(概念実証)プロジェクトは 2016年 1月に開始し、8月末の時点で 8,000人のユーザーが登録して、カメラ付き携帯電話でレシートをアップロードしました。これまでに 40 万枚以上の画像が集まりました。プロジェクトの第 1 段階では、プロセスや参加者との最適なかかわり方に重点を起きました。1 月に約 800 人の参加者にレシートの写真を送ってもらう小規模なイニシアティブを開始し、年内に徐々にアクティブユーザーを 4,000人まで拡大する計画を立てました。 ランダムなウェブベースの募集を行って、スマートフォンにニールセンのアプリをインストールするよう依頼します。登録プロセス中に、ユーザーの年齢、世帯規模、郵便番号、メールアドレスなどの基本的なデモグラフィックデータを収集します。この情報は、後でバイアスについて計測・調整を行うプロセスで使用します。アプリは実にシンプルなものです。参加者は店舗で商品を購入したときに受け取るレシートの写真を撮ります。写真はこのアプリ内から(スマートフォンのカメラアプリではなく)撮影するため、画像の品質が基準を満たしているかどうかをその場でアプリが判断し、必要であれば参加者に撮り直すよう促します。普通のレシートには、すべての購入品目の内容、購入日時、店舗の住所、支払金額などが印字されています。画像はクラウドに送信され、ニールセンはそこにアクセスし、ダウンロードし、さらに情報を加工するという手順になります。 1枚でもレシートをアップロードした参加者には、報酬として仮想コインが支払われます。アプリを毎日使ったり、参加者が招待した人が新たに参加したりすると、追加コインを獲得できます。我々の目的は、このプロジェクトでパネル管理を行うことではないため、参加者の採用方法(例えば、紹介など)や報酬システムの仕組み自体はさほど厳しく精査しません。報酬で調査参加の動機づけを行いますが、参加者のショッピング行動に不当に影響を与えない程度の少額にとどめます。この調査への参加によって獲得した仮想コインは、くじに参加するか、貯めて換金するという形で使用することができます。くじに参加するための最低条件などは設定しておらず、参加者は登録してレシートを 1枚アップロードするだけで、エントリーする権利が得られるようになっています。賭けるコインが多いほど、報酬を獲得できる確率が高まります。

Page 23: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

23 Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

参加者にはすべてのレシートの写真を撮るよう指示しますが、その通りにしているかどうかは確認できません。都合のいい時に数枚送るだけ、あるいは報酬を獲得するために時々ほかの買物客(家族や近所の人など)のレシートを送る人もいると思われます。このようなケースを検出するため、参加者が送信するレシートに過不足がある確率を判断する統計アルゴリズムを開発しました。受け取るレシートの利用価値を最大化するため、イギリスのある特定のチェーンにおけるすべての買物を母集団とし、これらのレシートはそれを代表するものと考えます。これによってバイアスは受けにくくなるものの、同時に対象期間中の各チェーンでの買物回数の合計を独自に見積もる方法を確立する必要があります。

初期参加者の拡大 これは概念実証であり、我々にとっては、参加者が完全に母集団を代表しているかどうかよりも、プロジェクトの仕組みとロジスティクスに重点を置くことの方が重要でした。初期フェーズでは、依頼に従っていない参加者(レシートではなく商品の写真を送る、古いレシートや既に誰かがアップロードしたレシートを送信するなど)を検出する品質チェックを構築し、それらのエンドユーザーに警告する方法を導入しました。繰り返しルールに違反した参加者は調査参加停止となり、報酬の引換えができなくなります。参加者がアクティブな期間は平均して 1カ月程度しかないことが判明したことを受けて、より長期にわたって積極的に参加してもらえる方法の実験を開始しました。初期のデータ結果から、いくつかのバイアスにおける当初の仮説が裏付けられました。最も年齢の高いグループ(全人口の中で最も技術に精通していないグループ)の代表性が低く、その平均バスケットサイズは当初の見積りをやや下回っています。これらのバイアスは、ニールセン マネージド・ハウスホールド・パネルのデータを使って較正することで相殺できると考えています6。 効率化のため、レシートはすべて高機能の OCR(光学式文字認識)ソリューションで処理します。OCR には自動化という大きなメリットがありますが、今回のような場合、技術的な課題が数多くあります。例えば、ノイズの多い画像を大量に処理しなければならず、そのノイズを除去するアルゴリズムの開発は簡単ではありません。もう 1つの難題は、各レシートのイメージを正しくデータベース項目に変換することです。レシートから関係する情報を見つけ、その情報がレシートのどの位置にあろうとも正確に解釈し、そのレシー

6 パネルデータを使ってビッグデータを効果的に較正する方

法については、Paul Donato 著「ビッグデータのモデリングに

おけるパネル調査の価値」(『ニールセン メジャメント・ジャ

ーナル』第 1 巻第 1 号、2016 年 7 月)を参照してください。

トに記載されている商品説明の意味を正しく判断できるアルゴリズムが必要です。

画像キャプチャーとその課題 各画像の品質が最低限の条件を満たしていることが重要ですが、かすれたり、傷んだ紙(ゆがみ、しわ、折り目などがあるもの)に印字されたり、照明にむらがあったり、文字が薄くなったり消えたりしたレシートを解読する能力については、機械はまだ人間の目に追いついていません。さらに、レシートが斜めに置かれていたり、背景にモノがあったり、そもそもレシートではないものが写っていることもあります。オンライン CAPTCHAシステムを思い浮かべてください。これらのシステムは、あなたがロボットではないことを証明するために、通常人間には簡単に読めても、OCR のアルゴリズムに頼るロボットにはほぼ解読できない、かすれてゆがんだ文字を表示するようになっています。受け取ったレシートがこれらの CAPTCHA文字のように読み取れない事態は防ぎたいと考えています。 OCR が写真に写ったレシートの読み取りに成功するには、アップロードされた画像はゆがみがなく、背景のノイズがなるべく少なく、印字が鮮明であることが必要です。元の画像の品質は、OCR 処理の成功にとって極めて重要な決定要因です。我々は、参加者がカメラを最適な位置に構えられるようユーザーガイドを用意し、なるべく背景ノイズの少ないレシート画像(長いレシートやいくつかに分かれたレシートであっても)を撮るよう指示しています。参加者がこの指示に従えば、トリミング等の特殊編集などの複雑な操作は必要ありません。 OCRを端末から切り離してクラウドに置くことは、設計上の重要な決定でした。ニールセンのアプリは、端末上で直接画像の品質を確認し、必要であれば写真を撮り直すようユーザーに促しますが、端末の外ではさらに複雑な画像処理ステップを実行します。流通しているスマートフォンには様々な種類があり、高度な画像処理と OCRを実行してほぼ期待どおりの結果が得られるのは、十分な処理能力を持つハイエンドの機種だけです。そこで、参加者が使用するスマートフォンの機種に成否を左右されないような独自アプリを開発することにしました。また、OCRを端末から切り離せば、何かを変更するたびに参加者全員のスマートフォン上でアプリをアップグレードしなければならないといったことがないため、はるかに柔軟性の高い新しい検出アルゴリズムを試すことができます。

Page 24: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

24 Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

OCR用の画像の準備 画像がニールセンのサーバーに届くと、マシンによる処理が始まります。最初は画像の品質チェックです。画像は既に端末上で最初のテストにパスしていますが、サーバー上でより高度なアルゴリズムを適用し、かすれを検出したり、レシートが OCRにかけられる状態かどうかを判断します。このテストにパスすると、次に、ロゴと文字認識技術を組み合わせて店舗チェーンを特定します。よく使われるロゴとその変化形のディクショナリを開発し、ツールが画像をそのディクショナリの項目とマッチさせられるようにしました。特許出願中の革新的な技法をいくつも組み合わせ、画像の中から関連領域を抽出し、ロゴを検出してレシートの発行元を特定します。 画像がこれらのテストにパスできなかった場合、手作業班に送られ、人の手で重要な部分だけを抽出したりといった必要な処理を行った上で、ゆがみを除去するアルゴリズムに送られるか、人の目でチェーンを特定してから次のプロセスに送られます。イギリスでプロジェクトを開始した当時は、この段階でレシートの半数になんらかの手作業を加える必要がありましたが、数カ月の経験を経た後、これを 25%まで下げることができています。まだまだ改善の余地はあります。

ニールセン独自の OCRソリューション ニールセンの特許出願中のイノベーションは、OCR エンジンに手動修正機能を組み合わせ、機械の学習能力を使ってこの機能を覚え込ませ、将来的に自動修正をめざすものです。つまり、少数の画像を手動で修正するだけで、それを機械が学習し、将来のバッチに適用してはるかに大きな効果が得られるというものです。初期のテストでは、この機械学習機構によって 90~95%の認識率が得られています。 最近の運用状況は、手動で修正したバッチの規模に対し、22 倍の効果があることを示しています。つまり、1枚のレシートを手動で修正するたびに、22枚の同様のレシートが機械学習のおかげで自動的に修正されているということになります。 次のステップは、読み取られた文字の解釈です。特殊なアルゴリズムを使って、認識された文字列をビジネス関連データタイプ(商品名、数量、価格など)に分類します。この情報は、システムによって既にリストが作成されている商品に対応させる必要があります。商品が認識できない場合、手動で商品をデータベースに追加します。 この最終段階でも、様々な問題が生じる可能性があります。例えば、新製品のように見えても、それが本当に新製品なのか、既存製品の商品名のスペルが変更さ

れただけなのかを判断するのが難しい場合があります。また、レシート上の全商品の合計金額とレシート下部の合計金額がくい違う場合があるかもしれません。まだ概念実証の段階なので、データディクショナリの開発も進行中です。1 枚のレシートにしか現れない商品も多く、そのような商品が膨大な数になり、商品名のクロスコーディング担当チームにとって大きな課題となっています。商品と店舗のディクショナリのメンテナンスも、生産プロセス全体の中で特にコストのかかる要素です。しかし、十分投資に見合う価値はあります。ニールセンのチームは最近、ある小売業者が新しいロゴに変更していたために、同社の発行するレシートの多くを正しく処理できていなかったことに気づきました。ビジュアルライブラリで修正すると、その小売業者の認識率は 35%も向上しました。

全機能の統合 このプロセスは様々な要素で構成されています。画像の収集、画像品質のチェック、小売チェーンの特定、関連領域の抽出、OCR の実行、そして関連文字列の分類。途中で必要に応じて人の手で作業を行います。そのすべてを管理し、すべての画像を最後まで処理するために、チームのメンバー全員が進捗を計測できるようなエンドツーエンドのウェブツールを開発しています。 次の図は、関連手順と、このプロジェクトで扱うあるチェーンの現在の作業成功率をまとめたものです。参加者が撮影、アップロードした画像 100枚のうち、現在 85 枚が最初の品質チェックにパスします。この初期チェックにパスしなかった 15 枚の画像は、不完全か、読めないか、重複しているか、そもそもレシートではないものです。パスした 85 枚のうち、17 枚は現在自動処理できない長いレシートでしたが、これについては対策を開発中です。1枚のレシートにあたる 68枚の画像を OCR 処理用に準備し、そのうち 75%(51枚の画像)が実際に OCR段階に進みました。このうち処理に成功したのは 48 枚で、チェックが必要なものはわずか 3枚でした。 これらの初期の結果は大変有望なものですが、まだ改良の余地は十分にあります。月を追うごとに、大量に届くレシート画像の性質について新たな発見があり、新しいシナリオに対応してニールセンのソフトウェアが洗練され、成功率は上昇し続けています。

Page 25: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

25 Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

クラウドソーシングによる紙レシートの自動認識テスト小売業者の成功率

ニールセンプルーフ・オブ・コンセプト(2016 年イギリス)

まとめ 現在イギリスで進められているプルーフ・オブ・コンセプト(概念実証)プロジェクトは、ニールセンにとって、データ収集の新しいパラダイムの実現可能性をテストする優れた機会です。もちろん、これは POSスキャニングデータに代わるものではなく、特定の市場の POS データが小売店の母集団を十分にカバーしていない場合にギャップを埋める有効な手段となるものです。ニールセンの CPS パネルにとって、このプロジェクトは、ニールセン独自のハンドヘルドスキャナーからモバイルアプリへと収集方法を移行し、購入商品を 1つずつスキャンする代わりにレシート全体の画像をキャプチャーするだけで済ませるための新しい扉を開くものです。レシートの形式は様々ですが、特殊ケースの処理に対応するアルゴリズムは日々進化しています。ソフトウェア開発の完成までの道のりは遠いものの、自動処理結果の品質には既に自信を持っているため、将来の導入計画に向けた取り組みと、このプロジェクトの他国への展開を開始します。

レシートではない、読めない、不完全、重複など

キャプチャー画像

OCR 準備失敗

長いレシート、複数に分かれたレシート

(自動化を開発中)

OCR 失敗

OCR OCR 前準備 1 枚の レシート

品質 チェック

手動

自動

Page 26: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

¥¥¥¥¥

スナップショット

Page 27: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

¥¥¥¥¥ 27 Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

スナップショット 1

さらに小型、低価格、強力に:

Nano メーター ARUN RAMASWAM — ニールセン チーフ エンジニア

テレビを取り巻く技術は様々です。どのコンテンツが、いつ、どこで、どのように、誰と視聴されているかを把握するため、世界中のリサーチャーは長年にわたり、高度な技術的ソリューションを活用してきました。 そしてほとんどの場合、こうしたソリューションは その要求に見事に応えてきました。しかし今日では、テレビの世界で視聴方法の新たな選択肢が爆発的に増えています。ただコンテンツが増えただけでなく、各自の予定に合わせて視聴できる方法や、各自の好みに合わせてコンテンツを収集できる方法が増えています。現在ネットにつながっている消費者は、自分の選んだデバイス上で、まさに好きなときに好きな場所で視聴することができます。ライブでも、オンデマンドでも、見放題でも視聴が可能な自由度を与えられ、視聴者はかつてないほど自由にメディア消費をコントロールできるようになりました。そして、行動を計測する技術もこうした動きに追いついていく必要があります。 そのために登場した Nano メーターについてご紹介します。これまでのメーターデバイスよりも小型化され、低価格であり、パネル世帯への設置も迅速に行え、維持もより簡単になりました。このワイヤレスシステムとして全く新しく開発されたメーターは、電力消費はわずかで済み、強力なクラウドインフラストラクチャとのインターフェースを備えています。こうした技術的なメリットは非常に重要です。必要な費用の節約になるだけではありません。これによって、パネルとの連携の強化とデータ品質の改善が見込めるほか、コスト効率よく必要な場所とタイミングでテレビパネルの規模拡大ができるようになることが期待されます――これは、現在と将来の市場におけるメディアの細分化に対応するソリューションにとって重要な要素なのです。 こうした改善がどれほど重要であるかを理解するため、まず、米国のような先進市場で、従来型のテレビに関して、現在ニールセンがどのように視聴計測を行っているかを確認しましょう。 従来型のテレビは、リニアテレビとも呼ばれ、視聴者に「リニア」放送として(全国またはローカルに)配信されます――これは、お気に入りのテレビ番組が決

まった日時に決まったチャンネルで放送され、そこに、視聴者にメッセージが受け入れられることを期待して放送時間を購入した広告主のコマーシャルが差し込まれる形態の放送です。同じ番組を視聴するすべての人が同じ広告を目にすることになります。こうした環境でのオーディエンス計測が行えるように、コンテンツは配信元でエンコードされ、視聴者パネルの対象である家庭(4 万世帯)側でデコードされます。対象世帯は、母集団を代表するように慎重に選択されています。 このエンコーディングプロセスは、メディア放送チェーン(テレビ放送ネットワーク、全米ケーブルネットワーク、ローカルテレビ局などでのライブ放送やオンデマンド放送)の各配信ポイントに設置されたハードウェア型、ソフトウェア型のエンコーダーに依拠します。ニールセンは米国全体でおよそ 3,500台のエンコーダーを設置・運用しています。この装置は耳には聞こえない音声透かしの「ウォーターマーク」をコンテンツに挿入して、配信事業者と伝送事業者に加えて、放送の正確な時刻も特定できるようにします。 ニールセンのパネルに参加することに同意した世帯には、技術者が出張して、その家庭のテレビすべてをモニターするための電子デバイスを複数設置します。各テレビに取り付けられた「セットメーター」からチューニング情報(どの番組を視聴しているか)が収集されます。同じく各テレビに取り付けられた「ピープルメーター」からは視聴情報(その番組を現在誰が見ているか)が収集されます。設置時に、テレビやテレビに付属しているその他のメディアデバイス(セットトップボックス、DVD プレーヤー、Roku、Apple TV、ゲームコンソールなど)の音声がセットメーターに転送されるように設定し、コンテンツのソース(現在どのデバイスがテレビにコンテンツをフィードしているか)を判断し、そこからニールセンのウォーターマークを抽出できるようにします。万一、ウォーターマークがデコードできない場合は、バックアップシステムが、その場で信号の音声「フィンガープリント」(何が再生されているかを示す固有の識別子)を計算し、それを付近の独立したメディアモニタリングサイトから取得される一連のフィンガープリントと比較す

Page 28: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

¥¥¥¥¥ 28 Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

ることになります。ニールセンは米国全体でおよそ1,000カ所のモニタリングサイトを運用しています。 この革新的な技術アーキテクチャによって、ニールセンはエンジニアリングエミー賞を受賞しました。このアーキテクチャは米国では現在に至るまで長年、テレビ視聴率ビジネスの業界標準のベースとされてきました。しかし、基本的には有線システムのままであるため、設置、構成、テスト、相互接続しなければならない多くのパーツがあり、その複雑な作業のために運用費や維持費が膨らみます。現在、メーターの設置には 500 ドル超のコストと、平均 60 分の作業時間がかかっています。場合によっては、配線や機器を隠す複雑な作業のために、複数の技術者が出張しなければなりません。こうしたことをすべて煩わしく思い、嫌がる世帯もあります。拒否されると、同じ特性を持つ世帯を新たに募集して、その不足を埋める必要があり、システムコストは大きく上昇します。 現行システムのあらゆる面(形状設計、設置・維持の問題点、通信、ハードウェア、ソフトウェアのアーキテクチャ)を綿密に分析して生まれた製品が Nano メーターです。Nanoでは、IoT(The Internet of Things)の発展によって拍車のかかった低電力コンピュータエンジンと内蔵コンポーネントを活用して、すべての計測機能をスマートでモダンなデザインの小型のボックスの中に収容しました。ピープルメーターとセットメーターは 1 台のデバイスに統合され、スマートテレビの USBポートを電源とすることが可能です。また、Bluetooth 技術や Wi-Fi 技術を利用して、家庭内の他の機器――ウェアラブルデバイス、スマートフォン、あるいは OTT(オーバーザトップ)やブロードバンド

のコンテンツ配信を捕捉するためにニールセンが開発した新しいタイプのストリーミングメーターとの通信が行えます。リモート管理機能の搭載により、技術者の出張サービス回数の削減が期待できます。その小型のパッケージには、業界から認められているコンテンツ特定方式(ウォーターマークとフィンガープリンティング)が組み込まれているほか、専用のセルラー式モデムまたはパネリスト自身のブロードバンド接続経由でバックオフィスと通信することができます。リアルタイムのデータ収集の幕開けです。 Nano メーターは将来を見越して設計されていますが、そのメリットは、高度な視聴環境や複雑な設置構成への対応だけにとどまりません。1台 85ドル、設置時間は 1 カ所につき 15 分ほどで済むため、2017 年に米国内のパネル世帯への導入が始まれば、パネル維持の経済性と協力率(そして最終的には、データ品質)に大きなインパクトをもたらすことが期待されます。この画期的技術については、本編記事としてさらに詳しく取り上げ、業界が重要視するベンチマークに対してそれがどのように機能するかという点を中心に考察する予定です。また、ニールセンのエンジニアリングチームが、デジタルテレビと動的広告を計測するために、どのように革新的ソリューションを開発しているかについてもご紹介していく予定です。 メディアリサーチ業界のエンジニアが大活躍できる時期を迎えているのです!

Page 29: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

¥¥¥¥¥ 29 Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

スナップショット 2

何もかもひっくるめて: あらゆるデジタルテレビ

でのインプレッションを計測するための SDK

ARUN RAMASWAMY — ニールセン チーフ エンジニア

動画ストリーミング技術は現在、テレビの視聴方法を変えようとしています。スポーツやニュースだけでなく、他のテレビ番組の予定に合わせて生活していた頃を思い出してください。それは、遠い昔ではなく少し前のことです。夕食の支度をし、洗濯物をどけて、毎週木曜の夜のコメディを見るためにソファに腰を下ろしていた頃を。 今日では、見逃した番組を見る方法があるのは当然のこととして、TVガイドやDVRすらも不要です――今や、見たいチャンネルや番組の分だけを支払い、それを好きなときに見ることができます。ライセンス契約コンテンツやオリジナルコンテンツの膨大なライブラリの会員に登録し、全シリーズを一度に見ることができます。コマーシャルさえも視聴者個人の好みに合わせた配信が開始されようとしています。そしてもちろん、こうした好みのコンテンツすべてを、インターネットに接続しているテレビに映せるだけでなく、外出先でもノートパソコンやタブレット、スマートフォンで見ることができます。 こうした進歩はすべてデジタル技術に基づいており、消費者の自由度が高まる一方で、メディアリサーチャーに困難をもたらすおそれがあります。計測対象のデバイスが増加するに従って、ますます多くの技術ソリューションを開発しなければなりません。しかし、最も根本的な問題となるのは、チャンネル数とオンデマンドコンテンツの急増です。なぜなら、それによって長年にわたってメディアリサーチのバックボーンを担ってきたパネルベースの計測ソリューションでは対応しきれなくなりつつあるからです。簡潔に言えば、4万世帯の約 10万人を対象としたパネル(ニールセンが米国で運用している全米テレビパネルの現在の規模)をもってしても、視聴者数が少なすぎて信頼できる視聴率データを取得できないテレビ番組があるのです。 それに対応できるソリューションの一要素として、テレビ計測に使用するパネル規模を拡大することがあります。ニールセンでは、これを可能にする主要技術

の開発を進めている最中です1。しかしその新しいソリューションには、パネル外部のテレビの利用状況を捕捉するための新しい技術要素を含める必要があることに疑いはないでしょう――この技術を「センサスデータ収集」と呼ぶことがあります。 これをどのように実現すればよいのでしょうか。ニールセンでは、これを実現するために、エンジニアの手によって、テレビのコンテンツを表示するアプリやアグリゲーターアプリ、ブラウザページのすべてにインストールして使用する、ソフトウェア開発キットまたは SDKと呼ばれるソフトウェアライブラリを開発しました。これは、物理的なメーターではなく、ソフトウェアプラグインを集めたものであり、既存のアプリに埋め込んで、プラグインを有効化するとインプレッションを捕捉するというものです。ノートパソコンでコンテンツを視聴する消費者には、この SDKをブラウザに組み込みます。iPhoneでコンテンツを視聴する消費者には、この SDKを iOSアプリに組み込みます。Rokuボックスでコンテンツを視聴する消費者には、このSDKを Rokuメディアプレーヤーに組み込みます。ニールセンでは、この SDKをなるべく単独でインストールしなくて済むように、Adobe と提携し、Adobe の SDKにこの計測機能を組み込んで、SDK の実装オプションの 1つとして提供します。これは、ニールセンと Adobeの共通のクライアントに提供されることになります。 コンテンツ固有の様々な識別子を認識できるように、SDK には十分に柔軟性を持たせる必要があります。元々リニアテレビ用のコンテンツには、ニールセンのウォーターマークが既に含まれています。このウォーターマークは、国中のコンテンツ配信施設に配備された数千のエンコーダーのいずれかから音声信号に挿入される、耳には聞こえないコードです。このウォーターマークは現在のテレビ視聴率システムの根幹を成すものですが、同じコンテンツがデジタルコンテンツとして配信・消費される場合も同様に利用できます。セキュリティ上の理由から、デジタルプラットフォー

1 本号の「さらに小型、低価格、強力に: Nano メーター」をご

覧ください。

Page 30: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

¥¥¥¥¥ 30 Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

ム上では音声にアクセスしにくいので、デジタルに変換する際に、最初にウォーターマークを変換する必要があります。この問題に対処するため、ニールセンでは主要な変換器(ストリーミングコンテンツを作成する機器)のほとんどに組み込み可能なソフトウェアを開発しました。このソフトウェアが音声からウォーターマークを抽出し、デジタルストリームにメタデータとして挿入します。このメタデータのタグは ID3と呼ばれ、主要なストリーミング形式のほとんどでサポートされ、ストリーミングコンテンツからの抽出が極めて簡単に行えるようになっています。 コンテンツが最初からデジタルであり、ニールセンのウォーターマークをそもそも格納していない場合は、プロバイダーの CMS(コンテンツマネジメントシステム)のメタデータから、再生内容(番組名、エピソード、ジャンルなど)を識別します。特定のプロバイダーの CMSにアクセスしにくい場合は、ニールセン独自のタグを利用することもあります。デジタルコンテンツへの CMSタグの設定は、番組のみならず、広告にとっても重要です。ダイナミックアドエクスチェンジとプログラマティック取引の技術が、メディア業界を根底から変えつつあります。消費者がテレビコンテンツで見る広告は、リニア放送のコンテンツに関連付けられた広告と同じ場合もありますが、一定期間後に変更される場合や、最初から全く異なる広告である場合もあります。こうした広告を識別する個別のタグがなければ、どの広告が視聴者に表示されているか分からなくなります。 ID3 タグと CMS タグのどちらの形式でも、コンテンツや広告の識別マークを取得できれば、それを他の印とまとめて集計した上で、そのデータをバックオフィス施設に送信して、最終処理や分析を行うことができます。ただし、デジタルコンテンツや広告の視聴率を計算する前に、まだ 1つ欠けている要素があります。それは、デモグラフィックスです。 SDK が収集するセンサスインプレッションのうち、ニールセンのパネルメンバーと重複するのはごく一部です。ニールセンは、パネルメンバーの詳細な個人データ(デモグラフィックス、ライフスタイルデータ、保有機器など)を保有していますが、ノートパソコンやスマートフォンなどのインターネットに接続されたデバイスからニールセンに送られてくる何百万人もの消費者の個人データは、当然持ち合わせていません。そこでニールセンでは、慎重に選定したサードパーティプロバイダーとのデータ提携を通じて、消費者のプライバシーを保護する手続きを用いて、デモグラフィックデータの集計を受け取り、パネルデータに合わせて調整できるようにしました。これにより、「顔のない」インプレッションのすべてに「顔を持たせる(性年齢が分かる)」ことが可能になり、最終的に、デジタル視聴率とリニア TV 視聴率を統合し、番組のパフォーマンス、つまり、トータルオーディエンスの全体像を描けるようにしました。

私たちの住む世界では、もはや 1 つの技術や、1 つの配信メカニズムがエンターテインメント業界全体を支配することはあり得ません。選択肢が大幅に増え、今や視聴者が支配権を握っています。このことは、 メディアリサーチャーが最新技術に迅速に対応する必要があることを意味しています。視聴率計測は今までになく複雑化していますが、適切なアーキテクチャを備え、技術革新を推進することで、業界は難問に立ち向かうことができるのです。

Page 31: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

¥¥¥¥¥ 31 Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

スナップショット 3

ひとりじゃない: OTT が誰かと一緒にテレビを見

ることを再びクールなものにする? KUMAR RAO — データサイエンス担当 ディレクター・

KAMER YILDIZ —シニア データサイエンティスト

MOLLY POPPIE — データサイエンス担当 VP

誰かと一緒に、通常は家族と、テレビ番組を見ることをテレビの共視聴といいます。娯楽商品は誰かと一緒に消費されることが多いものですが、テレビも例外ではありません。実際、テレビの視聴は従来、ソーシャルアクティビティの 1つと考えられてきました。しかしデジタル世代では、この前提が崩れ始めています。ノートパソコン、スマートフォン、タブレットで日々視聴されるテレビコンテンツが増えるほど、テレビの視聴は徐々に個人的娯楽となってきているようです。 OTT(オーバーザトップ)デバイスはこうした流れを押し戻すことができるでしょうか。今や米国の 20%の世帯に OTTデバイスが入り込んでいます。このデバイスは通常、家庭の大画面のテレビに接続されています。大手テレビネットワークの専用アプリとストリーミングサービスを利用して、テレビコンテンツを見ることができます。デジタルエンターテインメントに期待される利便性と柔軟性(膨大なビデオライブラリ、オンデマンド視聴、月額の固定料金での見放題)をすべて兼ね備えている上に、リビングの大画面でゆったりと視聴できる点が特徴です。OTT の登場で、テレビの共視聴が再びクールなものになるのでしょうか。 手短かに答えると、間違いなくその通りと言えますが、その割合は年齢や時間帯などの要因によって異なります。 OTT デバイスでの共視聴の調査には、様々な理由から大きな関心が寄せられています。例えば、番組制作者はその番組の視聴者を正確に把握し、OTT デバイスでの視聴による影響を特に大きく受けるデモグラフィックグループがあるか否かを理解しておく必要があります。また、広告主は、OTT デバイスでの共視聴が広告の受けとめ方に影響を与える可能性があるかどうかを把握しておかなければなりません。社会学者も、視聴パターンの共有や、社会的相互作用を牽引する新しいダイナミクスを理解しようとしています。 2015 年の初めにニールセンは、テレビに接続された デバイスによる初の視聴率計測サービスを提供する

ため、OTTデバイスの主要プロバイダーである Rokuと提携しました。センサスベースの計測が容易に行えるように、広告インプレッションをトラッキングするソフトウェア(ソフトウェア開発キットまたは SDK16と呼ばれます)を OTTプロバイダーのアプリに直接組み込みました。このデータはパネル対象の世帯からではなく、デバイスから送られてくるので、コンテンツを誰が見ていたかは分かりませんでした。この問題の解決にあたり、ニールセンは 2つの重要な方策を実施しました。まずは、サードパーティのデータプロバイダーを使って、OTT デバイスに関連する世帯と個人レベルの特性(収入、年齢、性別など)を特定し、そのデータをニールセンが扱う NPM(ナショナルピープルメーター)パネルと照合して調整を行うようにしました。次に、OTT デバイスに接続されたテレビから取得した過去の NPMのテレビデータに基づいて、各世帯のどのメンバーが各広告インプレッションを視聴したかを推測するモデルを開発しました。 このOTT計測サービスの立ち上げは、ニールセンがOTT利用状況を把握する上での突破口となり、同サービスのクライアント数(パブリッシャーと広告主)とデータ量(毎日数百万インプレッションを捕捉)は増加を続けています。2016年にニールセンは、OTT計測サービスから収集したデータを利用した共視聴調査に着手しました。この調査には、様々な情報源からの大量のキャンペーンデータを分析することも含まれていました(24 以上のジャンルを代表する番組の 15 の広告キャンペーンの 1,800万件の広告インプレッションを対象に分析)。 調査の結果、OTT全体の共視聴の割合が 34%になることが分かりました。従来型のテレビ放送での割合(43%)よりは低くなりますが、モバイルデバイスでのテレビの共視聴の割合(14%)より大幅に高くなっています。さらに、OTT での共視聴はランダムな現象

16 本号の「何もかもひっくるめて: あらゆるデジタルテレビで

のインプレッションを計測するための SDK」をご覧ください。

Page 32: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

¥¥¥¥¥ 32 Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

ではなく、例えば年齢によって異なることも分かりました。子供(2~12 歳)の共視聴が最多です。この年齢層では少なくとも誰か 1人と共視聴する割合が、10回中 7回に達しています。ティーンエージャー(13~17歳)では、女子の共視聴の割合(63%)が男子(54%)よりも高くなっています。ただし、他の年齢層では、男性と女性の共視聴の割合はほとんど同じです。また、プライムタイムでの OTTの共視聴の割合(44%)は昼間(25%)よりもはるかに高くなることも分かりました。こうした所見については、本編記事として詳細に取り上げる予定です。 これまでの調査結果は、従来型のテレビでの共視聴で分かっていたことと大きな違いがありません。しかし、対象とする OTT プロバイダーを増やしていくにつれ、デモグラフィック属性と視聴端末ごとに大きな違いが生じてくるものと思われます。OTT が急速な浸透を続ける中、ニールセンは、デジタル広告の視聴率に OTTデバイスを含めること、そして、消費者市場の進歩に後れずに対応できる革新的な計測技術の設計を継続していくことにコミットしています。今回ご紹介した事例を通じて、最近の視聴トレンドを深く理解するために、パネルとセンサスベースのデータをいかに統合しているかについて、よくご理解いただけたのではないでしょうか。

Page 33: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

¥¥¥¥¥ 33 Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

スナップショット 4

機械学習を活用して、変化する

メディア ランドスケープにおける

将来のテレビ視聴率を予測

JINGSONG CUI ― データサイエンス担当 VP

SCOTT SEREDAY ― ニールセン データサイエンス担当 マネージャー

メディア企業や広告主は毎日、テレビの視聴率に基づいて、テレビ番組の成功度を計測し、視聴者の規模や構成がメディアバイイングの目標を達成しているかどうかを確認し、数字が達していない場合は、埋め合わせを求めるなどしています。こうした観点からは、テレビ視聴率は、過去(あるいは、せいぜい現在)のテレビ視聴の状況を計測する指標であるに過ぎません。 しかし、メディア企業は視聴率を将来の予測にも利用しています。視聴率は、予測立案や、次シーズンの番組改編の決定に利用されています。また、キャンペーンが実際に配信されるかなり前の段階での広告料の設定にも利用されます。例えば米国では、テレビ局はシーズン中の広告枠の大半を、1年に 1回(3月から 5月の期間に)開催されるイベント「アップフロント」で販売しています。それはつまり、あなたが今夜テレビで見る広告の料金が、おそらく 1年以上も前に取り決められていることを意味します。 ある番組の 3カ月後、6カ月後、12カ月後の視聴率を予測するため、リサーチャーは予測モデルを使用しています。こうしたモデルの多くは、ほとんど、あるいは全く修正されずに何年も使用されてきました。これまでは、そうしたモデルが視聴率をうまく予測し、毎年数 10 億ドル規模にも上る広告取引をサポートしてきたのです。しかし、テレビを取り巻くエコシステムの急速な変化によって、信頼できるモデルの構築が段々と難しくなってきています。 ここで、メディア業界における最近の技術イノベーションのリストを考察してみましょう。ノートパソコン、タブレット、スマートフォンを使ってコンテンツを見る視聴者がますます増えていること。Netflix、Amazonプライムのようなストリーミングサービスが一般にまで普及してきたこと。テレビに接続する新しいデバ

イスが大画面での視聴体験を生まれ変わらせたこと。視聴者はタイムシフト視聴やストリーミングによるビンジ・ウォッチングを行うようになってきたこと。――視聴者は、これまで以上に自分が消費するメディアをコントロールするようになっているのです。視聴者の行動は複雑になっただけでなく、予測しにくくなりました。 ニールセンでは、視聴者によるメディアの消費動向を計測する多数のデータリソースにアクセス可能です。しかし、デジタルテレビのデータを(予測モデルの入力あるいは出力として)それらと組み合わせる前に、私たちは従来型のテレビデータだけを情報源として、従来型のテレビ視聴率の予測方法を改善できるかどうか調べてみたいと考えました。Nielsen National People Meterのおかげで、何年も前まで遡及可能な高品質データに加えて、一貫性のある手法と、全米の視聴者を代表するパネルを利用することができます。 この豊富なデータを極めて詳細なレベルで利用して、新しい予測モデルを作成しました。入力変数として使用したのは、従来の Live+7 視聴率(ライブ視聴者と初回放送後 7日以内の視聴者を含めた視聴率)、C3視聴率(放送 3日以内の再生を含めたコマーシャルの視聴率)、HUT(任意の時点でテレビを使用している世帯の割合)、リーチ、世帯視聴率、デモグラフィック視聴率、曜日、1日の時間帯、ネットワークの IDなどの重要な情報です。そして高度な機械学習や統計アルゴリズム(リッジ回帰、ランダム予測、勾配ブースティングなど)を活用して、各データの関連性の特定を行いました。 私たちは、あるクライアントと共同で、プルーフ・オブ・コンセプト(概念実証)を繰り返し実施して、作成したモデルのテスト・検証を行いました。モデルは、将来の視聴率を詳細(例えば、2~5 歳の男児、65 歳

Page 34: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは

¥¥¥¥¥ 34 Nielsen Journal of Measurement, 第 1 巻第 2 号

以上の女性のような小さなデモグラフィックグループに関する時間単位)で予測できるように設計した上で、これらの数字をネットワークレベルでまとめました。この私たちのモデルの実際への当てはまり状況を確認するため、2四半期をホールドアウト期間として、ニールセンの予測とそのクライアントの社内予測を、実際の視聴率データと比較しました。例えば、ニールセンのモデルは、2014年第 1四半期までの過去データのみを使って、2015年第 2四半期の火曜日午後 9時から 10時までのネットワーク Aでの 30~34歳の Live+7の平均視聴率 1.94 を正確に予測することができました。予測はネットワークレベルでは極めて正確であり、R2 乗値(説明できる変動の割合)は 99%でした。しかし、より詳細な放送時間帯レベルや、もっと小さいデモグラフィックグループでの予測はより困難でした。ただし、時間帯別でも、ニールセンのモデルの R2乗値は 95%を上回り、ニールセンのクライアントがその時点まで使用していたモデルよりも大幅に高いパフォームでした。2,000 を超える曜日・時間の組み合わせの予測において、ニールセンの予測は、R2乗値に関して 41%精度が高く、加重平均絶対誤差率(WAPE)に関して 16%精度が高いという結果になりました――この 2つは、予測精度の主要な指標です。 次号以降の記事で、ニールセンのプルーフ・オブ・コンセプト(概念実証)モデルと実施したテストの内容の詳細をご紹介します。このプロジェクトの重要なポイントは、ノイズが多くかつ大量の行動データを予測モデリングの機能に変換できたことであり、それも極めて効率的に(自動化された方法で)行えたことです。しかし、視聴率の小数点がビジネスに極めて大きな影

響を与えることから、新しい入力変数(広告支出や番組特有のデータなど)の追加や、番組パッケージやチャンネルラインナップの変更に迅速に対応する方法の構築、回帰アルゴリズムや分類アルゴリズムの新形式のテスト、さらには複数の有望なモデルの統合などにより、もっと高い精度を求める続ける必要があります。 このプロジェクトは従来型のテレビに焦点を合わせていますが、デジタルデータの影響は、過去データにおけるテレビ視聴率の変化に映し出されている(つまり、予測にも同様に反映される)ことは興味深いことです。ただし、これは累積効果の間接的な計測であり、例えば OTT視聴や、スマートフォンアプリでの視聴に特別に注目するモデルに代わるものではありません。上記に概説した次のステップに加えて、デジタルデータを使用することが、将来の予測の改善にとって重要な要素となると思われます。 最後に、各クライアントがその番組を知り尽くしていること、番組が将来どのように受けとめられるかについて正当な直感を抱いていることを私たちも認識しておく必要があります。こうした「人的要素」は、予測モデルを組み合わせる際に無視すべきものではなく、市場における重大な不測の変化に対応しなければならない場合に、特に貴重な要素になる可能性があります。豊富なデータ、強力な機械学習アルゴリズム、そして専門的知識を統合したシステムが、それぞれ単独ではなしえないような優れた結果を生み出すことができるのです。

Page 35: ニールセン メジャメント・ジャーナル - Nielsen...6 Nielsen Journal of Measurement, 第1巻第2号 理論から実践へ: コンシューマーニューロサイエンスは