サルコペニア - credentials.jp ·...

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5 Credentials No.91 April 2016 年をとると体の筋肉が落ちてやせ細っていくのは老化によ る生理現象と一般に考えられてきました。しかし、それはサル コペニアと呼ばれる病態であることがわかりました。いくら平 均寿命が延びても、それが要介護状態の期間であれば、何ら かの対策が必要です。いま、医学的な介入によって健康寿命 を延ばそうと世界中で研究が進んでいます。国立研究開発 法人国立長寿医療研究センター副院長の荒井秀典氏に老年 医学の見地からサルコペニアに関連する最新の情報を伝え ていただきます。

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Page 1: サルコペニア - credentials.jp · サルコペニアは原因によって一次性と二次性に分類す ることができます。加齢以外に明らかな原因がない場合が

知る

サルコペニアを

5Credentials No.91 April 2016

 年をとると体の筋肉が落ちてやせ細っていくのは老化による生理現象と一般に考えられてきました。しかし、それはサルコペニアと呼ばれる病態であることがわかりました。いくら平均寿命が延びても、それが要介護状態の期間であれば、何らかの対策が必要です。いま、医学的な介入によって健康寿命を延ばそうと世界中で研究が進んでいます。国立研究開発法人国立長寿医療研究センター副院長の荒井秀典氏に老年医学の見地からサルコペニアに関連する最新の情報を伝えていただきます。

Page 2: サルコペニア - credentials.jp · サルコペニアは原因によって一次性と二次性に分類す ることができます。加齢以外に明らかな原因がない場合が

加齢に伴い増加する傾向

 ヒトの筋肉は30歳代から年間1~2%ずつ減って、80歳

ごろまでに約30%が失われるといわれます。筋肉量が一

定レベルを超えて減少すると、それに伴って筋力も低下し、

歩行速度や握力が落ちていきます。高齢者で身体機能、

ADL(activities of daily living:日常生活動作)が低下する

と、転倒、入院、死亡などのリスクが高まることが明らかに

なっています。サルコペニア(sarcopenia)は、加齢に伴っ

て骨格筋の量が減少し、筋力が低下していく病態を指す、

ギリシャ語の「筋肉(sarx)」と「消失(penia)」からなる造語

で、1989年にIrwin Rosenbergによって提唱されました。

サルコペニアは原因によって一次性と二次性に分類す

ることができます。加齢以外に明らかな原因がない場合が

一次性サルコペニアです。それ以外が二次性サルコペニア

で、寝たきり状態や低栄養、炎症性疾患や内分泌疾患、生

活習慣病などとの関連が考えられます。実際のところ、加齢

だけでサルコペニアになるのはまれで、栄養不足や運動不

足など生活習慣によって徐々にサルコペニアに陥る場合

は一次性サルコペニアとみなしてもよいかもしれません。

 現在、日本の65歳以上の人口は3000万人以上ですが、

そのうちサルコペニアの人は、前期高齢者(65~74歳)で

は1割に満たない程度、後期高齢者(75歳以上)になると、

80歳までは2割程度、80歳を越えると3、4割程度と推定さ

れます。

鍵を握るサテライト細胞

サルコペニアを理解するには、まず骨格筋が増えるメカ

ニズムを知ることが大切です。骨格筋は、筋線維という筒

状の細長い細胞が束になって形成されています。骨格筋が

増える時に重要な役割を担っているのが、骨格筋に特異的

に存在する未分化性の高い幹細胞である衛星細胞(サテ

ライト細胞)です。サテライト細胞は筋線維の辺縁部に静

止状態で存在しています。運動すると、その刺激でサテライ

ト細胞は目覚めて活発に増殖し、筋線維に融合します。そ

の結果、筋線維は太くなって筋肉量が増えます。このプロセ

スを繰り返すことで骨格筋の恒常性は維持されるのです。

サルコペニアはさまざまな要因が複合的に関連し合って生

じますが、特に重要なのがサテライト細胞の減衰です。加

齢によってサテライト細胞の数が減少し、機能が低下して、

サルコペニアに至ると考えられています。

サルコペニアの発症メカニズムは明らかになっていませ

んが、加齢とともにアミノ酸、ビタミンDなどの栄養素が不

足して筋細胞でのタンパク合成が低下し、筋細胞が減って

いくと考えられます。また、加齢に伴って成長ホルモン、性

ホルモンの分泌が弱まり、筋肉への刺激を維持することが

できなくなる可能性もあります。ほかに、神経変性疾患、廃

用、悪液質カヘキシアなどの関与も考えられます(図1)。

 最近、骨格筋で産生される生理活性物質の1つであるマ

イオスタチンの影響が注目されています。マイオスタチン

(GDF-8:growth differentiation factor-8)は、骨格筋で

産生されるTGF-βファミリー分子に属するサイトカインで、

骨格筋の量と質を調節するはたらきがあります。マイオス

タチンの発現レベルの低下が筋肉量の増加と体脂肪の減

少につながり、マイオスタチンの発現レベルの上昇が筋肉

国立研究開発法人国立長寿医療研究センター 副院長 荒井 秀典 氏

図1 サルコペニアのメカニズム

監修

サルコペニアの現状part-1

サルコペニアを知る

サルコペニア内分泌

コルチコステロイド、GH、IGF-1甲状腺機能異常インスリン抵抗性

神経変性疾患運動ニューロンの損失

加齢(一次性)性ホルモンアポトーシス

ミトコンドリア機能障害

廃用不動状態身体不活発性無重力

栄養不良吸収不良 カヘキシア

「サルコペニア:定義と診断に関する欧州関連学会のコンセンサスの監訳とQ&A」を参考に作成

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Page 3: サルコペニア - credentials.jp · サルコペニアは原因によって一次性と二次性に分類す ることができます。加齢以外に明らかな原因がない場合が

量の減少(消耗)につながります。また、有酸素運動によっ

て血中マイオスタチン濃度が低下することや、運動不足に

よるインスリン抵抗性にマイオスタチンが関わっているこ

とが示唆されています。

こわいサルコペニア肥満

 たとえば、中年期にメタボリックシンドロームになった人

が肥満のまま高齢期を迎えるとします。定年後の60歳代

は、家で過ごす時間が長くなります。外出する機会が少なく

なるので、筋肉量が減ってきます。その反面、体脂肪は増え

ます。75歳を過ぎると筋力はさらに衰え、歩行速度も落ち

ていきます。

 肥満と、筋量減少および筋力低下が併存する病態がサ

ルコペニア肥満です。サルコペニア肥満は外見や体重では

判断しにくく、気づかないうちに進行します。サルコペニア

肥満がこわいのは、筋量減少・筋力低下→基礎代謝低下

→肥満亢進→運動機能・身体活動低下→さらに筋量減少・

筋力低下という悪循環が生じやすくなることです。サルコペ

ニア肥満は、単なるサルコペニアや肥満より心血管疾患、

転倒のリスクが高く、注意が必要です。

サルコペニアと各種疾患との関連

 生活習慣病などを有する高齢者では、健康な高齢者に

比べて筋量減少・筋力低下が早期に見られることが知られ

ています。サルコペニアと各種疾患との関連についてはさ

まざまな報告があります。

糖尿病との関連 筋肉は身体を動かす運動器であり、糖代謝の大部分を

占める組織でもあります。サルコペニアによって筋肉量が

減少して運動不足、代謝不足に陥るとインスリン感受性が

低下します。そうなると血中のブドウ糖は細胞内に取り込

まれず、血糖値が上がりやすい状態となり、糖尿病、心筋梗

塞、脳卒中のリスクを増大させます。一方、糖尿病患者は非

糖尿病者と比べて下肢の筋量、筋力、筋肉の質が低下しや

すいことが知られており、サルコペニアが起こりやすくなり

ます。さらに糖尿病ではサルコペニア肥満を招きやすく、イ

ンスリン抵抗性、炎症などが筋量減少、筋力低下に拍車を

かけます。つまり高血糖になるとサルコペニアが起こりや

すく、サルコペニアが高血糖を招くという悪循環が生じま

す。また、サルコペニアの発症には、骨格筋のタンパク合成

や細胞増殖に重要な役割を果たすインスリン様成長因子1

(IGF-1)の関与も指摘されています。

 インスリン抵抗性、高血糖状態と筋肉量減少の詳細な因

果関係は明らかではありませんが、糖尿病患者ではサルコ

ペニアの合併率が高いことが報告されています。

動脈硬化との関連 加齢、慢性炎症、運動不足などはサルコペニアのリスク

因子であると同時に動脈硬化のリスク因子でもあります。

サルコペニア、サルコペニア肥満と動脈硬化の関連性を示

す報告もあり、心血管リスクを踏まえたうえでサルコペニア

をとらえる必要があります。

関節リウマチとの関連 関節リウマチは免疫の異常によって関節の腫れや痛み

を生じ、さらに関節の変形をきたす疾患です。そのため患

者は運動量が少なくなりがちです。また、痛みや炎症を抑

えるステロイドには筋肉を減らす作用があることが知られ

ています。若年者でもリウマチ患者ではサルコペニアの診

断基準を満たす人が少なくありません。

慢性閉塞性肺疾患(COPD)との関連 COPD患者では、呼吸機能の低下によって運動機能が

制限されると歩行がむずかしくなることがあります。労作に

よって呼吸困難に陥ると運動量が減り、筋肉量が減少しま

す。さらに、慢性炎症や低栄養も手伝ってサルコペニアのリ

スクが高まります。

骨粗鬆症との関連 廃用、低栄養、ビタミンD不足など、サルコペニアと骨粗

鬆症には共通した原因が関与していることが指摘されてい

ます。骨密度と筋肉量の間に相関関係が見られるという報

告もあります。骨粗鬆症の患者ではサルコペニアを疑う必

要があります。サルコペニアに骨粗鬆症が合併する割合も

高いと考えるべきでしょう。

認知症との関連 サルコペニアと認知症の直接的な関係に言及した研究

報告は見られませんが、後述するフレイル(高齢者の虚弱)

と認知症との関連を示す論文が発表されています。基本的

にはフレイルと同様にサルコペニアの人は認知症になりや

すいと考えてよいでしょう。筋肉が衰えるような生活習慣の

人は活動量が少なく認知症になりやすいことは容易に想

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