プロジェクト報告 構造機能先進材料デザイン研究拠点の形成 - … ·...

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1. はじめに 現在、科学技術の急速な発展とともに、材料科学技術の開 発・発展およびその実用化に対する社会的な要求はますます 大きくなっている。これは、科学技術を支える基盤である材 料科学の発展なくして、科学技術の発展がありえないためで ある。この極めて厳しい社会的要求を満たす新たな材料を開 発していくためには、もはや従来型の材料開発手法では極め て困難である。図 1 は、高強度 Al 合金の強度の歴史的推移を 示している (1-4) 。従来の組織制御法、すなわち、材料組成・ 熱処理条件・加工条件の最適化といった手法による Al 合金の 強度の改善に比べ、「アモルファス化」、およびアモルファス 相の「ナノ結晶化」により、飛躍的に材料強度の改善が達成 されている。この図は、 ・アモルファス化 ・アモルファス相のナノ結晶化 の二つの手法により、材料科学に課せられた社会的要求を満 足できるとともに、材料開発における新たなブレークスルー を達成できる可能性があることを示している。 この二つの手法のうち、 「アモルファス化」については、東 北大学の井上教授らを中心に、0.1~数 100 Ks -1 の徐冷速度 においてもアモルファス相を形成する新たなアモルファス合 金が、極めて多くの合金系で見出されたことにより、大きな 進展をみせている (5-7) 。これらのアモルファス合金は、極め て遅い臨界冷却速度 R c (Critical cooling rate)を有し、液 体超急冷を伴わない鋳造法により作製したバルク材において も、アモルファス相が形成される。この新たな合金系は、結 晶化前にガラス転移とそれに引き続く過冷液体を示すガラス 物質であり、「金属ガラス合金」と呼ばれる。現在、我が国を 中心に、新たな金属ガラス合金の発見が続いており、材料科 学の飛躍的な発展に貢献している。 一方、「アモルファス相のナノ結晶化」については、この新 たな金属ガラス合金固有の性質である「極めて高いアモルフ ァス相の熱的安定性」のために、非常に困難なものとなって いる。そのため、ごく一部の合金系でのみしか、金属ガラス 合金におけるアモルファス相のナノ結晶化は達成されていな (8-11) 。しかし、逆に言えば、この「金属ガラス合金におけ るアモルファス相のナノ結晶化」を達成すれば、新たな構造・ 機能特性を有する新材料、いわば、構造機能先進材料の創製 が達成される。さらにナノ結晶化の制御が可能となれば、こ れら構造機能先進材料のデザインも可能となる。 このような現状において、我々のグループでは、「金属ガラ ス合金」にターゲットを絞り、「ナノ結晶化の達成およびその 制御」を行なうことを目標として現在研究を進めている。21 世紀 COE プログラム・ 「構造・機能先進デザイン研究拠点の形 成」(化学・材料科学分野、拠点リーダー:大阪大学大学院工 学研究科マテリアル科学専攻・馬越佑吉教授)における H.14 年度若手研究員公募型研究では、「Zr基金属ガラスへの電子 線照射によるナノ結晶材料創製」のテーマで研究をおこなっ た。本稿では、本年度に得られた成果の中でも、世界に先駆 けて見出された ・Zr 基金属ガラス合金におけるナノ結晶化の達成 ・新たなナノコンポジット組織材料の創製 の二つの成果を中心に報告する。 2.金属ガラス合金とそのナノ結晶化制御 金属ガラス合金は、図 2 に示すように、構成元素の観点か ら大きく 5 つのグループに分類される。ここで ETM は 3~6 族遷移金属、LTM は 8~10 族遷移金属と Cu原子である。金属 ガラス合金は、「TEM、Ln」 、「LTM」 、「Al、Ga、Sn」 、「Mg、Be」 および「半金属」を組み合わせた多元系合金である。金属ガ ラスの代表的な合金系を表 1 にまとめた。 アモルファス合金の一部は、結晶化によりナノ結晶化する。 しかし、前述したように金属ガラス合金においては、その極 めて高い熱的安定性に起因して、ナノ結晶化は極めて困難で ある。その結果、表 1 の中でハッチングしたZr-Al-Cu、 Zr-Al-Ni-Cu および Zr-Ti-Al-Ni-Cu 合金系 られた合金系でのみしかナノ結晶化が達成されていない。 アモルファス相の結晶化は、熱処理のみでなく、電子線照 (12-16) 、イオン照射 (17) および FIB 照射 (18) などの粒子線照射、 パルス通電 (19、20) および圧力 (21) などの外的因子によっても誘 起される。これらの外的因子を用いて金属ガラス合金のナノ 結晶化を誘起することが出来れば、金属ガラス合金における ナノ結晶化の困難さが克服されるとともに、新たな構造・機 能を有する材料の創製が可能になる。しかしながら、これら の外的因子と金属ガラス合金の結晶化の関係に関する研究例 は皆無である。さらに金属ガラス合金における熱処理以外の 外的因子を用いたナノ結晶化の達成は、著者らによる Fe 71.0 Zr 9.0 B 20.0 合金のアモルファス相への電子線照射の場合の みしか報告されていない (16) プロジェクト報告 構造機能先進材料デザイン研究拠点の形成 Zr 基金属ガラスへの電子線照射によるナノ結晶材料創製 大阪大学・工・マテリアル科学専攻 永瀬丈嗣 、馬越佑吉 図 1 高強度 Al 基合金の強度の歴史的推移。

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Page 1: プロジェクト報告 構造機能先進材料デザイン研究拠点の形成 - … · プロジェクト報告 構造機能先進材料デザイン研究拠点の形成 Zr 基金属ガラスへの電子線照射によるナノ結晶材料創製

1. はじめに

現在、科学技術の急速な発展とともに、材料科学技術の開

発・発展およびその実用化に対する社会的な要求はますます

大きくなっている。これは、科学技術を支える基盤である材

料科学の発展なくして、科学技術の発展がありえないためで

ある。この極めて厳しい社会的要求を満たす新たな材料を開

発していくためには、もはや従来型の材料開発手法では極め

て困難である。図 1 は、高強度 Al 合金の強度の歴史的推移を

示している(1-4)。従来の組織制御法、すなわち、材料組成・

熱処理条件・加工条件の最適化といった手法による Al 合金の

強度の改善に比べ、「アモルファス化」、およびアモルファス

相の「ナノ結晶化」により、飛躍的に材料強度の改善が達成

されている。この図は、

・アモルファス化

・アモルファス相のナノ結晶化

の二つの手法により、材料科学に課せられた社会的要求を満

足できるとともに、材料開発における新たなブレークスルー

を達成できる可能性があることを示している。

この二つの手法のうち、「アモルファス化」については、東

北大学の井上教授らを中心に、0.1~数 100 Ks-1 の徐冷速度

においてもアモルファス相を形成する新たなアモルファス合

金が、極めて多くの合金系で見出されたことにより、大きな

進展をみせている(5-7)。これらのアモルファス合金は、極め

て遅い臨界冷却速度 Rc (Critical cooling rate)を有し、液

体超急冷を伴わない鋳造法により作製したバルク材において

も、アモルファス相が形成される。この新たな合金系は、結

晶化前にガラス転移とそれに引き続く過冷液体を示すガラス

物質であり、「金属ガラス合金」と呼ばれる。現在、我が国を

中心に、新たな金属ガラス合金の発見が続いており、材料科

学の飛躍的な発展に貢献している。

一方、「アモルファス相のナノ結晶化」については、この新

たな金属ガラス合金固有の性質である「極めて高いアモルフ

ァス相の熱的安定性」のために、非常に困難なものとなって

いる。そのため、ごく一部の合金系でのみしか、金属ガラス

合金におけるアモルファス相のナノ結晶化は達成されていな

い(8-11)。しかし、逆に言えば、この「金属ガラス合金におけ

るアモルファス相のナノ結晶化」を達成すれば、新たな構造・

機能特性を有する新材料、いわば、構造機能先進材料の創製

が達成される。さらにナノ結晶化の制御が可能となれば、こ

れら構造機能先進材料のデザインも可能となる。

このような現状において、我々のグループでは、「金属ガラ

ス合金」にターゲットを絞り、「ナノ結晶化の達成およびその

制御」を行なうことを目標として現在研究を進めている。21

世紀 COE プログラム・「構造・機能先進デザイン研究拠点の形

成」(化学・材料科学分野、拠点リーダー:大阪大学大学院工

学研究科マテリアル科学専攻・馬越佑吉教授)における H.14

年度若手研究員公募型研究では、「Zr 基金属ガラスへの電子

線照射によるナノ結晶材料創製」のテーマで研究をおこなっ

た。本稿では、本年度に得られた成果の中でも、世界に先駆

けて見出された

・Zr 基金属ガラス合金におけるナノ結晶化の達成

・新たなナノコンポジット組織材料の創製

の二つの成果を中心に報告する。

2.金属ガラス合金とそのナノ結晶化制御

金属ガラス合金は、図 2に示すように、構成元素の観点か

ら大きく 5 つのグループに分類される。ここで ETM は 3~6

族遷移金属、LTM は 8~10 族遷移金属と Cu 原子である。金属

ガラス合金は、「TEM、Ln」、「LTM」、「Al、Ga、Sn」、「Mg、Be」

および「半金属」を組み合わせた多元系合金である。金属ガ

ラスの代表的な合金系を表 1 にまとめた。

アモルファス合金の一部は、結晶化によりナノ結晶化する。

しかし、前述したように金属ガラス合金においては、その極

めて高い熱的安定性に起因して、ナノ結晶化は極めて困難で

ある。その結果、表 1 の中でハッチングした Zr-Al-Cu、

Zr-Al-Ni-Cu および Zr-Ti-Al-Ni-Cu 合金系の中の、さらに限

られた合金系でのみしかナノ結晶化が達成されていない。

アモルファス相の結晶化は、熱処理のみでなく、電子線照

射(12-16)、イオン照射(17)およびFIB照射(18)などの粒子線照射、

パルス通電(19、20)および圧力(21)などの外的因子によっても誘

起される。これらの外的因子を用いて金属ガラス合金のナノ

結晶化を誘起することが出来れば、金属ガラス合金における

ナノ結晶化の困難さが克服されるとともに、新たな構造・機

能を有する材料の創製が可能になる。しかしながら、これら

の外的因子と金属ガラス合金の結晶化の関係に関する研究例

は皆無である。さらに金属ガラス合金における熱処理以外の

外的因子を用いたナノ結晶化の達成は、著者らによる

Fe71.0Zr9.0B20.0合金のアモルファス相への電子線照射の場合の

みしか報告されていない(16)。

プロジェクト報告 構造機能先進材料デザイン研究拠点の形成

Zr 基金属ガラスへの電子線照射によるナノ結晶材料創製

大阪大学・工・マテリアル科学専攻 永瀬丈嗣、馬越佑吉

図 1 高強度 Al 基合金の強度の歴史的推移。

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3.Zr 基金属ガラスへの電子線照射

3-1 本研究の目的と背景

極めて多くの合金系で金属ガラス合金が見出されているも

のの、熱処理によるアモルファス相の結晶化では、極めて限

られた合金系でのみしかナノ結晶組織が得られない。アモル

ファス相の結晶化は、熱処理以外の外的因子によっても誘起

することが可能である。しかし、熱処理以外の外的因子を用

いたアモルファス相の結晶化に関する系統的な研究はなされ

ておらず、新たに見出された金属ガラス合金系においては、

その研究が皆無である。そのため、熱処理以外の外的因子を

用いることにより、金属ガラス合金の結晶化が誘起できるか、

結晶化が誘起できる場合にはナノ結晶組織が得られるかどう

か、さらにはどの程度ナノ結晶組織の制御ができるのかとい

った数多くの点を明らかにすることが急務となっている。

そこで、本研究では、金属ガラス合金系としていち早くゴ

ルフヘッドのフェース材などの構造材料としての実用化が達

成された「Zr-Cu 基金属ガラス」合金系 (22、23)に、金属ガラス

の結晶化を誘起する因子として「電子線照射」に注目し、Zr-Cu

基金属ガラス合金のアモルファス相に電子線照射を行なうこ

とにより、電子線照射誘起結晶化発現の有無を確認するとと

もに、ナノ結晶組織材料の創製を試みた。

3-2 研究手法とその特徴

本稿では、Zr-Cu 基金属ガラス合金のうち、図 2 の第Ⅰグ

ループに属する Zr-Al-Cu、Zr-Al-Ni-Cu および Zr-Ti-Al-Ni

-Cu 合金の最も基本的な組成である、二元系 Zr66.7Cu33.3 合金

の結果についてのみ報告する。母合金は、Zr および Cu 純金

属から、アーク溶解法にて作製した。急速冷却薄帯は、単ロ

ール法により作製した。なお、急冷薄帯はアモルファス単相

であり、熱分析において明瞭なガラス転移とそれに続く過冷

液体域の存在が確認された。メルトスパンアモルファス材の

ガラス転移温度、結晶化開始温度および過冷液体域の大きさ

を表すΔTxは、それぞれ、614 K、668 K および 54 K であっ

た(24)。いくつかの試料は、アモルファス相の熱的結晶化を調

べる目的で、真空雰囲気において、ガラス転移温度以下の 593

K で熱処理した。メルトスパン材、熱処理材の構造は、Cu-K

α線を用いた XRD(RIGAKU、RINT 2500)、TEM(JEOL、JEM-3010)

および HREM(JEOL、JEM-2010)により調べた。TEM および HREM

観察用の試料は、30 %硝酸-70 %メタノール溶液を用いて、

243 K にて、ツインジェット研磨により作製した。アモルフ

ァス試料薄帯は、大阪大学超高圧電子顕微鏡センターの超高

圧電子顕微鏡(HITACHI、H-3000)を用いて、加速電圧 2000 kV

にて電子線照射を行なった。ドースレートは、1.8x1024 m-2s-1 、

最大トータルドースは 6.4x1027 m-2 に達するまで照射を行な

った。照射温度は、室温とした。電子線照射に伴う試料組織

の変化は、UHVEM 内で、明視野(BF、Bright field)像および

電子線回折(SAD、Selected Area Diffraction)像を用いて、

直接観察した。

3-3 電子線照射によるナノ結晶化の達成

図 3 に、等温熱処理に伴うアモルファス相の組織変化につ

いて示す。(a)は部分結晶化材、(b)は完全結晶化直後のもの

である。また(b)には析出結晶相の典型的な SAD パターンを付

随して示す。(a)では、アモルファス相中に埋入した楕円上の

粗大な結晶が観察される。析出結晶中に数多くのサブバウン

ダリーが見られるが、これは結晶化に伴う体積変化によって

生じた応力を緩和するために導入されたと考えられる。完全

結晶化直後の試料(b)では、平均粒径が約 4x103 nm 程度の結

晶粒からなる粗大な組織が形成されている。部分結晶化材お

よび完全結晶化材のいずれにおいても、ナノ結晶組織の形成

は認められない。なお、析出結晶相は、XRD および SAD パタ

ーンの解析から b.c.t.-Zr2Cu 相であると同定された。

図 4 に、アモルファス相へ電子線照射を行なった結果を示

す。トータルドースの値は、それぞれ(a)は 1.1x1027 m-2、(b)

は 6.4 x1027 m-2である。(a)の BF イメージにおいて、約 10 nm

オーダーの大きさを有する、白黒の粒状コントラストの出現

が認められる。SAD パターンではアモルファス相に起因する

ハローリングだけでなく、ナノ結晶相の析出に伴うデバイリ

ングの出現が確認される。これは、Zr66.7Cu33.3 合金のアモル

ファス相が、照射温度 298 K、加速電圧 2000 kV の照射条件

おける電子線照射化で安定に存在せず、電子線照射によって

アモルファス相の結晶化が促進されることを示している。照

射電子線量の増加に伴い、BF イメージでは白黒のコントラス

トを示す領域が拡大する。一方、斑点コントラストの大きさ

については、電子線照射量の増加に伴う明瞭な変化は観察さ

れない。SAD パターンでは、ハローリングの強度の減少と、

それに対応してデバイリングの強度上昇が確認される。これ

らは、照射に伴って結晶化が進行しているにもかかわらず、

析出結晶相の粗大化が起こっていないことを示している。

以上の結果から、Zr66.7Cu33.3 金属ガラス合金において、ア

図 2 バルク金属ガラス合金の構成元素の特徴。

表 1 代表的なバルク金属ガラス合金。

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モルファス相の熱処理に伴う熱的結晶化によってナノ結晶組

織を得ることができないのもかかわらず、アモルファス相へ

の電子線照射により、アモルファス相のナノ結晶化を達成で

きることが明らかとなった。

3-4 電子線照射により形成されたナノ結晶組織の特徴

Zr66.7Cu33.3 合金では、アモルファス相の電子線照射誘起結

晶化によりナノ結晶組織が形成される。図 4 に示すように、

トータルドースの増加とともに、電子線照射誘起結晶化の進

行が見られたが、トータルドースが 3.2x1027 m-2 材に達した

の試料に、さらに電子線照射をおこなっても、それ以上、BF

イメージおよび SAD パターンにおける変化は一切観察されな

かった。そこで、6.4x1027 m-2に達するまで電子線照射をおこ

なった試料を用いて、照射誘起結晶化により形成されるナノ

結晶組織の特徴を HREM を用いることにより原子尺度で評価

するとともに、SAD パターンにおける回折強度プロファイル

を測定することにより、析出結晶相の相選択について調べた。

3-4-1 ナノ結晶組織の構造

図 5 に、電子線照射材の HREM イメージを示す。アモルファ

ス相に対応するメイズライクなコントラスト中に、10 nm 程

度の大きさの結晶相に対応する格子縞を示す領域が観察され

る。電子線照射により、アモルファスマトリックス中に 10 nm

程度のナノ結晶が形成されることがわかる。格子縞の方向は

ランダムな方向を向いており、これは、各結晶相が、アモル

ファス相からランダムに析出していることを示している。ア

モルファス相の電子線照射誘起結晶化により、アモルファス

マトリックス中にナノ結晶相の分散した、ナノコンポジット

組織が形成されることが明らかとなった。

3-4-2 相選択

アモルファス相の照射誘起結晶化により析出する結晶相を

同定するため、SAD パターンにおける回折強度プロファイル

を測定した。その結果を図 6 に示す。参考のために、熱処理

により完全に結晶化したb.c.t.-Zr2Cu結晶のXRDパターンに

おける回折強度プロファイルも併記して示す。照射誘起結晶

化材では、結晶相に相当する回折ピークと、アモルファス相

に起因するブロードなピークが観察される。これは、電子線

照射により、ナノ結晶とアモルファスマトリックスからなる

二相組織が形成されることに対応する。結晶相の回折ピーク

は、平衡結晶相である b.c.t.-Zr2Cu 相、準結晶相および

h.c.p.-Zr2Cu 相のいずれとも一致せず、熱力学的には準安定

相である f.c.c.-Zr2Cu 相であると同定された。なお、電子線

照射量の増加によって、f.c.c.-Zr2Cu 相に対応する回折ピー

ク強度は増加したが、新たなピークの出現は認められなかっ

た。これは、アモルファス相の照射誘起結晶化は、準安定相

である f.c.c.-Zr2Cu 相の析出によるものであり、また電子線

図 4 アモルファス相への電子線照射に伴う組織変化。

(a) 1.1 x1027 m-2、(b) 6.4 x1027 m-2。

図 3 アモルファス相の熱処理に伴う組織変化。

(a) 7.0x103 s、(b)2.0x104 s。

図 5 電子線照射誘起結晶化材の HREM イメージ。

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照射下では熱力学的平衡相である b.c.t.-Zr2Cu 相は形成さ

れないことを示している。

以上の結果から、Zr66.7Cu33.3 合金アモルファス相の電子線

照射誘起結晶化により、アモルファスマトリックス中に 10 nm

オーダーの f.c.c.-Zr2Cu 相が分散したナノコンポジット組

織が形成されることが明らかとなった。

4.終わりに

本研究は、金属ガラス合金のナノ結晶化による、新たな構

造機能を有する先進材料を開発するための基礎研究として、

Zr66.7Cu33.3 金属ガラス合金のアモルファス相に電子線照射し

た結果をまとめたものである。その結果、Zr-Cu 基金属ガラ

ス合金の基本組成合金である Zr66.7Cu33.3合金において、世界

に先駆けて、電子線照射誘起結晶化によってナノ結晶化の達

成するとともに、これまでいかなるプロセスによっても得る

ことのできなかった f.c.c.-Zr2Cu ナノ結晶相がアモルファ

スマトリックス中に分散したナノ結晶組織材料の創製に成功

した。この成果は、今後の金属ガラス合金のナノ結晶化にと

って重要な役割を果たすと考えられる。今後は、この新たに

見出された「金属ガラス合金の電子線照射誘起ナノ結晶化」

現象について、電子線照射誘起結晶化発現メカニズム、照射

誘起結晶化に伴うナノ結晶組織形成過程および特異な相選択

の解明を行なうとともに、材料科学に求められている社会的

要求を満たすという立場から、新たに創製されたナノ組織材

料の構造・機能特性について評価していく予定である。

5.文献

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図 6 電子線照射誘起結晶化材および熱処理材

の回折強度プロファイル。

Inte

nsity

/ a

rbitr

ary

unit

1098765432

1 / d [nm-1]

●●

● ●●

○○

○○ ○ ○ ○○ ○ ○○

b.c.t - Zr2Cu

f.c.c. - Zr2Cu

Q.C. phase

○ b.c.t.-Zr2Cu ● f.c.c.-Zr2Cu

As melt-spun

Annealed at 593 K for 3.0x106 s

Electron irradiatedat 298 K at 6.4x1027 m-2

h.c.p. - Zr2Cu