アナリシス 大偏距・マルチラテラル坑井の 掘削・仕上げ技術...

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23 石油・天然ガスレビュー アナリシス 大偏距 ・ マルチラテラル坑井の 掘削 ・ 仕上げ技術の最新動向 じめに 石油・天然ガス開発において大偏距掘削(Extended Reach Drilling以下、ERD)技術 *1 、およびマル チラテラル(Multi Lateral以下、MLT)仕上げ技術は、その適用事例の増加とともに近年ますます注目 を集めている。 ERD坑井は偏距(坑井掘削位置から坑底ターゲットの水平距離)を可能な限り増加させることにより、 従来技術による開発では新規のプラットフォームや大規模な輸送施設などを建設しなければならないプ ロジェクトにおいて、陸上からの掘削やプラットフォームの集約を可能にすることにより、開発コスト の削減を主目的としている。 MLT 坑井 *2 は、1本の基坑井から複数の枝掘り坑井を掘削し同時仕上げを行うものであり、複数の 貯留層を同時に仕上げることにより、ERD坑井同様開発コストを削減するとともに、坑井ごとの生産 性を大幅に改善することも可能になる。 また両技術により、地上生産設備を集約することが可能となり、周辺環境への影響を軽減できるとい う利点も、その適用増加の後押し要因となっていると考えられる。 両技術とも、昨今の物価上昇による開発費の高騰が懸念される油 ・ ガス田開発において、広く適用が 検討されている注目度の高い技術であることから、文献調査および石油開発 ・ サービス会社に対するイ ンタビュー調査などにより、その最新動向のとりまとめを行うことにした。 (1)ERD 技術 ERD坑井の定義は、公式にはいまだ存在しないが、 一般的に広く使用される定義の一つとして「偏距 / 垂直 深度> 2」がある。 図1 に示すとおり、1 9 9 9 年頃までは「偏距 / 垂直深度> 6」を記録するなど大偏距化を追求してきた世界的な流れ もいったん収まり、2000年代初頭では新たな資源を求 めて大深度化へ向かった。その一方ExxonMobilによっ てサハリンで掘削された坑井では、掘削深度(1万 1,282m)で世界記録を更新しており、その挑戦も継続さ れている。また今後はさらに、大水深におけるERD坑 1. ERD & MLT の現状 JOGMEC 技術調査部 北村 龍太 *1:水平偏距と垂直深度の比が2以上の傾斜井の掘削をいう。海洋油 ・ ガス田開発においては、1基のプラットフォームから到達し得る偏距が大幅に増 大するため、開発に要するプラットフォーム数を削減するなど、開発コストの削減が可能。一般に、最適な坑跡はトルク、およびドラッグを最小に するものが求められるが、同時に、ケーシング降下時のバックリングや坑壁安定性も考慮して決定される(石油技術協会『掘削用語集』より抜粋)。 *2:1坑井の生産能力増大のため、その坑井から複数の枝掘り坑井を掘削し同時仕上げを行う坑井。複数の貯留層を同時に仕上げ、開発コストを削 減することが可能。サイドトラック同様、ホイップストックを利用して母体となる坑井のケーシングにウィンドウを開口して枝掘り坑井を掘削 することが多い(石油技術協会『掘削用語集』より抜粋)。 偏距:垂直深度の変遷 図1 出所:Colin Mason, BP 0 00/03 94/95 96/97 Future Departure (m) True Vertical Depth (m) 2,000 4,000 6,000 8,000 10,000 12,000 14,000 0 2,000 4,000 6,000 8,000 Pre-1992 92/93 98/99 04/08

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23 石油・天然ガスレビュー

アナリシス

大偏距 ・ マルチラテラル坑井の掘削 ・ 仕上げ技術の最新動向はじめに

 石油・天然ガス開発において大偏距掘削(Extended Reach Drilling以下、ERD)技術*1、およびマルチラテラル(Multi Lateral以下、MLT)仕上げ技術は、その適用事例の増加とともに近年ますます注目を集めている。 ERD坑井は偏距(坑井掘削位置から坑底ターゲットの水平距離)を可能な限り増加させることにより、従来技術による開発では新規のプラットフォームや大規模な輸送施設などを建設しなければならないプロジェクトにおいて、陸上からの掘削やプラットフォームの集約を可能にすることにより、開発コストの削減を主目的としている。 MLT坑井*2 は、1本の基坑井から複数の枝掘り坑井を掘削し同時仕上げを行うものであり、複数の貯留層を同時に仕上げることにより、ERD坑井同様開発コストを削減するとともに、坑井ごとの生産性を大幅に改善することも可能になる。 また両技術により、地上生産設備を集約することが可能となり、周辺環境への影響を軽減できるという利点も、その適用増加の後押し要因となっていると考えられる。 両技術とも、昨今の物価上昇による開発費の高騰が懸念される油・ガス田開発において、広く適用が検討されている注目度の高い技術であることから、文献調査および石油開発・サービス会社に対するインタビュー調査などにより、その最新動向のとりまとめを行うことにした。

(1)ERD技術

 ERD坑井の定義は、公式にはいまだ存在しないが、一般的に広く使用される定義の一つとして「偏距/垂直深度>2」がある。 図1に示すとおり、1999年頃までは「偏距/垂直深度>6」を記録するなど大偏距化を追求してきた世界的な流れもいったん収まり、2000年代初頭では新たな資源を求めて大深度化へ向かった。その一方ExxonMobilによってサハリンで掘削された坑井では、掘削深度(1 万1,282m)で世界記録を更新しており、その挑戦も継続されている。また今後はさらに、大水深におけるERD坑

1. ERD&MLTの現状

JOGMEC 技術調査部 北村 龍太

*1:水平偏距と垂直深度の比が2以上の傾斜井の掘削をいう。海洋油・ガス田開発においては、1基のプラットフォームから到達し得る偏距が大幅に増大するため、開発に要するプラットフォーム数を削減するなど、開発コストの削減が可能。一般に、最適な坑跡はトルク、およびドラッグを最小にするものが求められるが、同時に、ケーシング降下時のバックリングや坑壁安定性も考慮して決定される(石油技術協会『掘削用語集』より抜粋)。

*2:1坑井の生産能力増大のため、その坑井から複数の枝掘り坑井を掘削し同時仕上げを行う坑井。複数の貯留層を同時に仕上げ、開発コストを削減することが可能。サイドトラック同様、ホイップストックを利用して母体となる坑井のケーシングにウィンドウを開口して枝掘り坑井を掘削することが多い(石油技術協会『掘削用語集』より抜粋)。

偏距:垂直深度の変遷図1

出所:Colin Mason, BP

0

00/03

94/9596/97 Future

Departure (m)

True Vertical Depth (m)

2,000 4,000 6,000 8,000 10,000 12,000 14,000

0

2,000

4,000

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Pre-1992

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アナリシス

2. ERD&MLTにおける技術課題、および現在適用されている要素技術

井や、コンパクトリグで掘削されるERD坑井などが登場してくると予想される。 ERD技術を後押しする要素としては、前述の「開発コストの削減」「環境への配慮」に加えて「未開発フィールドの開発促進」が挙げられる。

(2)MLT技術

 MLTについては、Shell、Exxon、Mobil(当時)など多くのメジャー企業が参加して1997年に設立された

「Technical Advancement of Multilaterals (TAML)」に

より、その複雑さ、および坑井種別に基づいてクラス分けがなされている。表1にはその複雑さによるレベル1からレベル6までの分類を示す。 MLT技術が最初に登場したとされる1950年代においては、サイドトラック技術(障害物からの回避に使用される)から派生したものとされていたが、現在ではそれに類似する坑井(レベル1またはレベル2に相当)は既に一般的な技術となっていることから、MLT坑井として特別に報告はされなくなっている。 2006年のデータによると、レベル3からレベル6に限っても29カ国において1,000を超える坑井が仕上げられている(図2)。 ERD技術同様、MLT技術も「開発コストの削減」を目的として適用されることが多く、新規に掘削されるものの他、既存坑井からのリエントリーにより実施されるものも多い。

(1)ERD技術

① 坑内安定性 坑内安定性の問題はERD坑井のみならず、すべての坑井において考慮すべきことの一つであるが、ERD坑井の場合は以下に挙げる理由によりさらなる検討が必要となる場合が多い。 ・�水深や標高が大きく変化する地形においてERD坑

井を掘削する場合には、偏距が増大するにしたがい、例え水平に近い坑跡で掘削していても上部の地層の

変化により地層圧、地層破壊圧が変動し、予想外のトラブルが発生する可能性がある。

 ・�坑内安定性のために必要な泥水比重を理論上保持していても、坑井の掘り進む向きによっては岩石力学的な特性により、坑内が不安定な状態に陥ることがある。

 ・ 掘進長が長くなることによりケーシングセットまでに時間がかかり、裸坑のまま放置される時間が長くなるため、結果的に坑内の安定性が失われてしまう

TAML 分類表1

MLT 坑井仕上げの実績図2

(注) TAML Level 3 ~ 6 Multilaterals Across the Globe Onshore and Offshore Through December 2006. Multilaterals have been installed in over 29 countries in 6 of the 7 continents.

出所:TAML

出所:TAML

Level Description Illustration1 Open/ Unsupported Junction

Barefoot mother-bore & lateral or slotted liner hung-off in either bore

Mother-bore Cased and Cemented Lateral Open

Lateral either barefoot or with slotted liner hung-off in open hole

Mother-bore Cased and Cemented Lateral Cased but not Cemented

Lateral liner ‘anchored’ to mother-borewith liner ‘hanger’ but not cemented

Mother-bore and Lateral Cased and Cemented

Both bores cemented at the junction

Pressure lntegrity at the Junction

Straddle packers or (integral)mechanical casing seal

.(Cement is not acceptable)

Pressure lntegrity at the Junction

Achieved with the casing

(Cement is not acceptable)

2

3

4

5

6

Alaska122

Alaska122

South America361

South America361

Africa20

Africa20

Asia53

Asia53

Southeast Asia25

Southeast Asia25

Australia2(Level 1 onry)

Australia2(Level 1 onry)

Europe122

Europe122

Middle East187

Middle East187

Russia/CIS56

Russia/CIS56Canada

119Canada

119

US Lower4831

US Lower4831

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25 石油・天然ガスレビュー

大偏距・マルチラテラル坑井の掘削・仕上げ技術の最新動向

場合がある。 これらの課題を克服するために、計画立案段階においては「より的確な地層圧・地層破壊圧予測モデリング技術」を取り入れること、また作業実施段階においては

「PWD(Pressure While Drilling)*3ツールなどによるリアルタイムでの坑内状況の監視」を行い、トラブルを未然に防ぐ努力がされている。

② トルク&ドラグ対策 高傾斜で長い距離を掘進しなければならない場合が多いERD坑井では、坑壁と掘削機器との間の摩擦が大きくなり、その結果掘進中およびケーシング降下中のトルクやドラグ(負荷)が増大することが多い。掘削リグにおける各種機器の能力の範囲内で安全に作業を遂行するために、トルク・ドラグを減少させる必要がある場合は、以下に挙げる技術、機器などが用いられる。 ・ ドリルパイプやケーシングにセットして使用するタ

イプのツール(トルクリダクションツール、写1)を用いて機械的に摩擦を減少させる方法

 ・ 油系泥水などの潤滑性の高い掘削泥水、または機械的に摩擦を減少させる効果を持つ小径ビーズなどを混入した掘削泥水による方法

 ・ RSS(Rotary Steerable System、図3)を使用し、従来のPDM(Positive Displacement Motor)を使用したものと比較して滑らかな坑跡を達成することにより、摩擦を軽減する方法

 なおRSSに関してはトルク・ドラグを減少させる目的以外にも、坑跡コントロールのための掘削編成の揚降管の回数を減らすことが可能になるため、作業時間の短

縮が図られることから、結果的に上述の坑内安定性についても有効になる技術である。

③ ケーシング降下技術 ERD坑井のみならず、ケーシング設置作業は坑井掘削において最も重要な作業の一つである。ケーシング降下時のドラグは掘削編成降下時のそれと比較して大きくなるのが一般的であり、とりわけERD坑井においては通常の方法では降下できなくなるほどドラグが大きくなることもあるため、それを克服するためにさまざまな工夫がなされている。 前述の掘削泥水や特殊機器を用いてドラグを減少させる手法の他、「Casing Floatation」という手法を用いることもある(図4)。Casing Floatationではケーシングの一部(または全部)に意図的に泥水を補充しないことにより、ケーシングに浮力を与え、摩擦を減少させる手法である。

④ ホールクリーニング 坑井の高傾斜部においてはカッティング(掘り屑)を十分に除去できないことによりさまざまなトラブルを引き

*3:PWDとは、ニアビットのアニュラス圧力をリアルタイムで検知するツールスで、パックオフの徴候の早期検知や、ECDコントロールの評価、坑底でのハイドロリクス評価、カッティング重量測定装置と同時に使用した上で坑内クリーニングの評価等に用いる(石油技術協会『掘削用語集』より抜粋)。

トルクリダクションツール写1

出所:Weatherford

RSS(Rotary Steerable System)図3

出所:Oilfield Review

Collar rotationCollar rotation

Sensor packageand control systemSensor packageand control system

Motor rotationMotor rotation

Motor Motor

Applied force

Applied force

Power generatingturbinePower generatingturbine

Drilling tendency Drilling tendency

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アナリシス

起こすことがあるが、それらを未然に防ぐ努力もERD坑井においては重要なことである。 ホールクリーニングのために循環中にドリルパイプを高速で回転させることや、バックリーミング(揚管中の浚

さら

い)を行うことも有用とされている。しかしながらそれらの手法に関しては、逆にパイプやツールスのトラブルを引き起こす要因ともなりかねないため、まず掘削泥水によるホールクリーニングやポンプ流量の適正化などを行い、さらに必要であれば十分に注意を払ってそれらの手法を試すという手順を踏むべきである、とされている。

(2)MLT技術

① カッティング除去 高傾斜井となるMLT坑井ではERD坑井同様、ホールクリーニングが課題となる。 地層のカッティングについては前述したホールクリーニング技術と同様であるが、ジャンクション(分岐点)においてケーシング切削を行うことが多いMLT坑井では、その他に鉄屑対策も必要になってくる。 鉄屑対策としては、鉄屑除去を容易にすべく改善されたケーシング切削システムの導入、Pre-Milled Windowケーシング(図5)の採用などが挙げられる。

② ジャンクションデザインおよび設置技術 ジャンクション部はMLT坑井において最も重要なものの一つであり、その設計には以下の点を総合的に考慮する必要がある。 ・リエントリーの可能性 ・出砂対策の必要性 ・フローコントロール(生産層の選択)の必要性

 デザインが決定すると、次は設置手法の検討となるが、地質的条件、生産パラメータなどを考慮した上で、Windowのオリエンテーション手法も詳細に検討する必要がある。

③ 改修作業 MLT坑井では通常の坑井と比較して、仕上げ編成の内径が小さくなることが多いため、将来的な改修作業の手法などに関して、事前に検討しておく必要がある。 また複数の貯留層を仕上げている場合には改修前の抑圧が容易でないことが多く、これらに関しても事前の検討が必要となっている。

④ フローコントロール 一般的に水平坑井においては、油・ガスは水平区間すべてから均一には生産されず、圧力損失などの影響により手前に近い部分(Heelと呼ばれる)からより多く生産される。それに対して全く対処をしなければ、Heel部より早く水の生産が始まってしまうため、それを防止するために坑井内のすべての個所から均一に生産する必要がある。 Inflow Control Deviceは、坑内からの均一なフローを実現するために使用されるシステムである。ケーブルなどを介し地上からの信号によりバルブを開閉して、その生産量を調整するシステムが主流であるが、チュービングの内径を微妙に変化させることにより生産量を調整する、簡便な仕組みのものもある。

Pre-Milled Window ケーシング図5

出所:Halliburton

Casing Floatation 法図4

出所:Oilfield Review 1997

Mud

Air

Double float collarSide-jetted float shoe

12¼-in. openhole to 8,890m

9⅝-in. casing

Flotation collar

13⅜-in. casing at 1,425m

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27 石油・天然ガスレビュー

大偏距・マルチラテラル坑井の掘削・仕上げ技術の最新動向

4. ERD&MLT坑井と従来坑井との生産性、コスト比較

3. ERD&MLTのさらなる発展のために今後期待される革新技術

(1)データ転送技術

 坑井掘削において現在最も一般的に使用されているデータ転送技術は、泥水中の弾性波を利用したマッドパルス方式であるが、ERD坑井などの難易度の高い坑井においてはより多くの情報量を必要とする場合がある。その場合、マッドパルス方式のデータ伝達能力では十分でないケースもあり、それに替わる新技術の開発が行われている。 新たな技術としては、電磁波を用いた方式やドリルパイプ伝達方式が挙げられる。電磁波方式はマッドパルス方式と比較して伝達能力は大幅に増加するが、深度や地層により制限を受けることもある。現在はドリルパイプ内にケーブルなどの伝達ラインを配し、坑底と地上を有線で接続するドリルパイプ伝達方式の研究開発が広く進められている。

(2)新素材パイプ

 前述のトルク・ドラグ対策のために、従来のスチールドリルパイプと比較して軽量化したもの、またはパイプ

本体の強度を増したものの開発も盛んに行われている。代表的なものとして以下の三つが挙げられる。 ・Composite(炭素と樹脂の合成素材)ドリルパイプ ・チタンドリルパイプ ・アルミニウムドリルパイプ しかし、スチールドリルパイプと比較した場合、現状ではコスト的な問題の他、耐温、耐摩耗性能など克服すべき課題が多い。

(3)Solid Expandable Tubular

 1997年の商用化以降、急速に適用範囲を広げている技術であり、近年では北海での使用も活発な、まさに世界的に広く適用されている技術である。 坑径のサイズダウンが防止できるこの技術は、もちろんERD坑井においても有効であり、このシステムを適用することでトルク・ドラグの軽減、バックリング防止などの効果が得られ、その結果として偏距を 20 ~100%も増加させることができる、との試算もある。

(1)一般的なコスト・生産性比較

 あるモデルケースにおいて、垂直坑井と水平坑井を純粋にコストのみで比較した場合、1.4 ~ 1.9倍になるというデータがある。ERD坑井は水平坑井、もしくはそれに近い大傾斜井であることが多いが、ERD坑井の場合は一般的にそれ以上のコストを必要とするケースが多い。 また、すべてのERD・MLT坑井が経済的に見合っていると言えないことは指摘しておく必要がある。コロンビアの例では砂層における水平坑井の経済的な成功確率が88%であるのに対して、炭酸塩岩においては50%と極端に低くなる例もあり、一概には言えない。しかしアメリカでのある調査によると水平坑井の54%が成功と言える、とされている。 ちなみに、経済的に不採算とされている坑井においては、「期待したとおりにフラクチャーを貫通できなかった」「泥岩が挟まったことなどにより垂直方向の浸透率が予想以上に低かった」などの要因が挙げられている。 MLT坑井に関しては、その適用により従来坑井での

開発と比較してプラットフォームのサイズ、またはプラットフォームの数を半分に削減できるというデータもある。また図6に示すとおり、MLT坑井においてはCAPEXを40 %削減できる場合があるといったデータもある。 生産性に関しては表2に示すとおり、垂直坑井と水平

MLT 坑井適用時の開発施設費比較図6

出所:SPE 59202

TopsideJacketPilesCAPEX(X)Wells

10,000 tons14,000 tons6,000 tonsX 40

8,000 tons10,000 tons4,000 tonsX-23% 24

6,000 tons9,000 tons3,000 tonsX-40% 12

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坑井を比較した場合、水平坑井では2 ~ 3倍の生産量を得られるケースが多いと報告されている。

(2)陸上からのERD坑井 vs 海洋掘削坑井の比較

 米国カリフォルニアを対象としたスタディにおいては、陸上から7マイル(約11km)以内には5億~ 10億バレルの埋蔵量の存在が確認されており、ERD坑井を適用した場合、プラットフォームなどを設置せずにそれらの開発が可能、との結果が報告されている。 ERD坑井を用いたフィールドとして最も有名なBP社のWytch Farmフィールドにおいては、当初計画では人工島を造成しての開発では開発費用は2億6,000万米ドルが見込まれていたが、ERD坑井を用いた開発により1億3,000万米ドルの削減と生産開始を早めることに成功した。

(3) プラットフォームからのERD坑井 vs 海底仕上げ

坑井の比較

 図7に示したExxonMobil社の北海のBerylフィールドでは、プラットフォームからERD坑井を適用する開発方式により、海底仕上げ坑井による開発と比較して、コスト削減に成功した例が報告されている。 1975年に建造されたプラットフォームからの開発可能な範囲は1万5,000 ft(4,572m)であり、その外側に存在が確認されていたターゲットを開発するためには、2万5,000 ft(7,620m)まで掘削偏距を伸ばすためのリグのアップグレードが必要であった。スタディの結果、リグのアップグレードには1,000万米ドルの投資が必要である、と報告された。その結果を受けExxonMobil社は、さらにアップグレードを行った上でERD坑井を適用して開発するケースと、アップグレードを行わずに現状の限界である1万5,000 ft(4,572m)より外側に存在する三つのターゲットに関し海底仕上げ坑井で開発するケースの比較検討を行った。その結果としては表3のとおり、アップグレード&ERD坑井で開発するケースのコスト

は 6,1 0 0 万米ドルに対し、海底仕上げ開発ケースでは1億600万米ドルとなった。 昨今のセミサブタイプのリグレートの高騰も影響して、コストで1.6倍の違いとなる上に、海底仕上げ開発ケースでは海底仕上げ機器、フローラインの敷設に長納期を見込む必要があり結果的に生産開始時期が遅れることから、スケジュール的に見てもアップグレード&ERD坑井開発ケースが有利であると判断された。

(4)MLT坑井 vs 従来坑井

 カナダにおけるWeybourneフィールドにおいてはMLT技術と同時にアンダーバランス掘削*4技術を組み合わせ、従来の垂直坑井による開発と比較して生産性を向上させた例が紹介されている。アンダーバランス掘削技術の適用により掘削障害の削減が可能となるため、単純にMLT技術の適用による成果とは言えないが、2本足のDual Lateralは垂直坑井の約7倍の生産レート、4

Beryl フィールド図7

出所:SPE 105782

垂直井水平井

コスト比較 生産性比較

U.K. 北海 1 1.4 3.0

ヨーロッパ海洋 1 1.2 2.3

カナダ 1 1.5 3.0

重質油 1 1.9 3.0

表2 垂直井 vs 水平井のコスト / 生産性比較

出所:各種データより OTM 社が作成

項目掘削&仕上げコスト

ERD 坑井ケース 海底仕上げケース

リグ改造費 1.0 -

Well 1 1.4 3.4

Well 2 1.9 3.6

Well 3 1.8 3.8

合計 6.1 10.6

表3 Beryl フィールドのコスト比較

(注)リグ改造費(1,000 万米ドル)を1とした比較。出所:各種データより OTM 社が作成

25,000ft Beryl AlphaPlatform

Within Rig Limits

Outside Rig Limits

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29 石油・天然ガスレビュー

大偏距・マルチラテラル坑井の掘削・仕上げ技術の最新動向

5. インタビュー調査

本足のQuad Lateralでは垂直坑井の約15倍を達成した、とのことである。 また、陸上におけるある重質油開発の例として図8に示したFishbone MLT坑井を用いた開発実績が紹介されている。この例においてFishbone MLT坑井は水平坑井と比較して掘削費用は1.8倍となるものの、坑井の貯留層との接触面積は667%増となり、累計生産量は約4倍となった結果を示し、1本の坑井では経済的に不成功と

言われたプロジェクトにおいて、採算を取るのに成功した、と報告されている。 その他、海洋のプラットフォームからの開発において既に全スロットを使用しており、さらなる開発にはスロットの増設が必要となるフィールドの例では、スロット増設ケースとMLT坑井による開発ケースとの比較が行われた。結果は表4のとおりになり、MLT坑井による開発が経済的であると判断された。

(1)ERD技術

 ERD技術に関連する会社として BP、ExxonMobil(UK)など石油開発会社 10 社の他、Schlumberger、Halliburtonなどのサービス会社 5 社に対してインタビュー調査を実施した。

① ERDの適用理由(図9) 上位三つの回答(未開発エリアへの到達、現状インフラを活用しての開発、地表設備コストの削減)はコスト面での利点となっているが、具体的にはERD技術を適用しなければ経済的に見合わない油・ガス田への同技術の適用により、開発促進を行うケースである。 前述した「環境へのインパクトの削減」が4番目に挙げられているが、このウェイトは今後さらに増加するものと思われる。

*4:故意に泥水圧を地層圧より低く保ちながら掘削する方法である。つまり常にキックを起こさせながら掘削する方法であり,特殊な地表設備がないと掘削できない。あらゆる地層,地域に対して適用可能な技術ではなく,油層が枯渇している場合,逸泥が大きな問題になる場合などでは有効な技術で,地層破壊,逸泥,差圧抑留等の軽減が図られる。ただし,コスト増加,安全性,MWDの制限,作業の複雑化等の問題もある(石油技術協会『掘削用語集』より抜粋)。

ERD の適用理由図9

出所:インタビュー結果に基づき OTM 社が作成

スロット増設ケース MTL 坑井ケース

貯留層掘削距離 (m) 200 300初期生産量レート

(bbl/ 日) 1,100 1,700

累計生産量(bbl) 1,000,000 1,500,000

掘削コスト($) 5,000,000 8,000,000

操業コスト($) 600,000 700,000

施設コスト($) 5,000,000 700,000

表4 MLT 適用フィールドのコスト・生産量比較

出所:各種データより OTM 社が作成Fishbone MLT 坑井図8

出所:Oilfield Review 2002 Autumn

75 7562.5

37.525 25 12.5

75

0

20

40

60

80

100

回答率(%)

未開発エリアへの到達

現状インフラを活用

しての開発

地表設備コストの削減

環境へのインパクトの

削減

取り残し資源の回収

生産量減退の補足

貯留層掘削長の増進

浅部ハザードの回避

Fishbone

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アナリシス

 少数意見ではあるが「浅層における掘削障害を避けるためにERD技術を適用する」という意見も挙げられた。

② ERDを適用しないケース(図10) 図9の質問に対する回答からも明らかであるが、経済的に見合わない場合は当然ERD技術の候補とはならない。ERD坑井を掘削するためには、既存リグのアップグレードが必要となるケースや、仕上げのために大規模なコイルドチュービング(Coiled Tubing)ユニットを動員しなければならないケースがあり、期待される生産能力の増加分ではそれらのコストの回収が見込めない場合がそれにあたる。 技術課題の個所でも述べたが、坑内安定性に関してもERD坑井においては特に検討を要する問題、との理解は共通している。 坑跡測定に関する不確実性を理由に挙げた意見もあった。「偏距が増すにつれ、測定誤差がある場合の影響が大きくなるため、測定技術に不確実性が残る場合はERD技術を適用しない場合もある」とのことである。

③ 使用機器、ツールス ・傾斜掘りサービス (RSSを含む)(図11) 傾斜掘りサービス主要4社(Schlumberger、Baker Hughes INTEQ、Halliburton、Weatherford)に対する評価は一様に高く、ある開発会社からは「4社のツールスはすべてERD坑井における適用に問題のないレベルである」との意見があった。 ERD坑井において重要となるRSSに限って言えば、Geopilot(Halliburton)、PowerDrive Xceed (Schlum-

berger)、AutoTrak(Baker Hughes INTEQ)に対する評価が高く、Revolution(Weatherford)、Pathmaker

(Pathfinder)については一歩劣る評価となった。RSSに関しては“Point the Bit”システムと“Push the Bit”システムに大別されるが、Geopilot、PowerDrive Xceedに代表される前者の方が坑跡コントロールの観点で優れていると評価されている。 また少数意見としてWeatherfordのRevolutionは、特に高温高圧坑井における信頼性が高い、という意見もあった。

・掘削泥水 ERD坑井掘削時に泥水に求めることとして、トルク・ドラグ対策のための「潤滑性」を挙げる声が最も多く、ほぼすべての回答者からERD坑井においてはOBM(Oil Based Mud)を使用している、との回答を得た。OBMはまた、高傾斜坑井における坑内安定性についても有効であることもその利点として挙げられている。

・ケーシング降下技術 高傾斜区間が非常に長く続くERD坑井においては、ケーシング降下は非常に難易度の高い作業となることが多い。 前述のCasing Floatationに関しては「有効なので使用している」という意見と同時に、「複雑な作業になることから、極力使用しないようにしている」という意見もあった。 その他の技術としては、ケーシング降下中に負荷がかかった場合にケーシングを回転させることができる技術

ERD を適用しない理由図10

出所:インタビュー結果に基づき OTM 社が作成

回答率(%)

コストが見合わない

坑内安定性に問題あり

仕上げが複雑になる

こと

ウェルコントロールに関

する問題

必要機器の納期の問題

坑跡測定の不確実性

セメンチングに関する

問題

近隣坑井でのトラブル

報告のため

OBM使用制限のため

66.755.6

33.3 33.3 33.322.2 11.1 11.1

44.4

0

20

40

60

80

100

回答率(%)

31

22

8

2118

0

20

40

Schlumberger

Baker Hughes INTEQ

Halliburton

Weatherford

その他

傾斜掘りツールス評価ランキング図11

出所:インタビュー結果に基づき OTM 社が作成

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31 石油・天然ガスレビュー

大偏距・マルチラテラル坑井の掘削・仕上げ技術の最新動向

で あ る Weatherfordの Overdriveシ ス テ ム、TescoのCasing Driveといった製品を推奨する声もあった。 セントラライザー*5に関してはローラータイプのものが多く商品化されているが、それらは「ケーシング降下時の負荷軽減に効果がある」との意見があった。 また、Sacrificial Motor(使い捨てモーター)の有用性に関する意見もあった。この技術はケーシング全体を回転させず、泥水循環により先端部のモーターのみを回転させ、ケーシング降下時のドラグに対処するものであり、その名のとおり回収されないことから、主にプロダクションケーシングの降下時に使用されている。

・リグ機器 「ERD坑井の掘削にはセントリヒュージ(遠心分離機)を含む高性能のソリッドコントロール機器が必要」との意見が多くあった。 また、ドリルパイプに関しても高トルク仕様のコネクションを備えたパイプに加え、開発段階の技術ではあるが前述の新素材を用いて軽量化されたパイプの必要性が指摘されている。 トップドライブシステムはERD坑井においては不可欠との意見が大半であるが、その性能としては少なくとも5万ft・lbs仕様が望まれるとのことで、さらには油圧式ではなく電気式のものの方が、その扱いやすさとメンテナンスの容易さなどの理由で好まれているようである。しかし、交流式と直流式に関しては意見の分かれるところで、あるサービス会社のエンジニアは直流式を好むのに対し、開発会社のエンジニアは交流式を好むとのコメントであったことには興味深いものがあった。

④ ERD坑井に特有の課題 ERD坑井においては仕上げ作業・改修作業にコイルドチュービングやワイヤライントラクターを必要とする場合が多く、それらは掘削計画策定時に検討を要する項目である。 従来型の坑井の計画策定には3 ~ 9カ月を見込む場合が一般的であるのに対し、ERD坑井に関してはさらに検討を要する項目が増えることから、30 ~ 50%増しの日数を見込む場合が多く、ある回答者からは準備期間として18カ月を見込む場合もある、とのことであった。

⑤ 将来の展望 今後5年間においてERD技術をより進化させるために必要な技術革新について尋ねたところ、「ECD(等価循環泥水比重)を適切に管理する技術」と「データ転送技術」との回答が多かった。 ECD管理技術については、PWD(Pressure While Drilling)技術による掘削作業時のリアルタイムでのアニュラス圧力の監視の他に、適切なハイドロリクスモデリング*6の必要性が挙げられている。 データ転送技術は前述のとおり、マッドパルス方式に替わる技術としてドリルパイプ伝達方式の商品化が待たれるところである。

(2)MLT技術

 MLT技 術 に 関 連 す る 会 社 と し て StatoilHydro、ConocoPhillips などの石油開発会社10社の他、Baker Oil Tool(BOT)、Weatherfordなどのサービス会社5社に対してインタビュー調査を実施した。

① 適用理由および適用実績 適用理由としては「生産性の向上」「地上設備の削減→コストの削減」がほとんどの回答者から挙げられた

(図12)。また開発会社の回答者からはアラスカにおける環境規制の強化に対応するためにMLT技術を適用し

*5:セントラライザーは、ケーシングまたはライナー降下の際にケーシングに取り付けられる。ケーシング外周と坑壁の接触を防止し、オフセット(芯の偏り)を減少する機器である。ケーシングが坑井の芯に偏った状態でセメンチングすると、セメントスラリーは、広い側ばかりに回り、狭い側には泥水の柱を残してしまう。これをチャンネリングと呼び、セメンチング失敗の原因となる。チャンネリングを防止する対策の一つとして、セントラライザーがあり、ケーシングをできるだけ坑井の中心に位置させることができる(石油技術協会『掘削用語集』より抜粋)。

*6:ハイドロリクスモデリングとは、泥水比重に加え、掘削作業において坑井内に発生する圧力損失などを基に、坑内各所に作用する圧力をモデル化したもの。地層にかかる圧力をそれぞれの限度内に抑えるほか、安全に作業を遂行するために、重要な情報となる。

MLT の適用理由図12

出所:インタビュー結果に基づき OTM 社が作成

回答率(%)

生産性の向上

地上設備の削減

可採埋蔵量の確保

コストの削減

掘削リスクの軽減

将来を見据えた開発

100 91

64

9 9

73

0

20

40

60

80

100

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322008.9 Vol.42 No.5

アナリシス

ている例が紹介された。 会社ごとの適用実績としては図13に示すとおり、ベネズエラ国営石油会社PDVSAとConocoPhillipsの合弁会社であるPetroZuataが250を超える実績で際立っている。なおBPはアラスカのみ、Shellは北海のみの実績であり、世界的にはさらに数は増えるものと考えられる。 サービス会社としての実績としては Halliburton、Weatherford、BOTがともに500を超える実績を持っている(ただしBOTはレベル2も含む数字となっている)。

② ジャンクションデザイン レベル1、レベル2に関しては裸坑仕上げ区間が残るため、生産層の安定性が求められることから、炭酸塩岩層での適用が多いとのことであった。どちらのレベルにおいても、計画段階から生産層に対しての岩石力学的スタディを行うことを推奨する意見が多かった。 レベル3とレベル4の適用基準に関しては、出砂対策の必要性の有無により、出砂対策が不要である場合はレベル3、必要な場合はレベル4、との適用基準を示した回答者もいた。なおConocoPhillipsの回答者からは「数年前にレベル4を採用したが、経済的に見合わなかった」との意見もあった。 レベル5に関しては、その掘削・仕上げに要する時間はレベル3およびレベル4とそれほど大差がないところまできている、という意見もあった。しかし、やはり仕上げ編成の設置・回収作業の難易度は高く、ジャンクションにおける圧力保持が必要なためカッティングおよび鉄屑処理の重要性を挙げた回答者もいた。 レベル6に関してサービス会社であるHalliburton、

Weatherfordからは、現状では需要がほとんどない、とのコメントがあり、StatoilHydroからもここ3 ~ 4年はレベル6を採用していない、とのことであった。 最後に各サービス会社に対して、現在ビジネスとしてどのレベルをターゲットにしているか尋ねたところ、レベル3、レベル4およびレベル5といった回答が大半を占めた。

③ 坑井デザイン 坑井デザインとしては、主坑からいくつの枝掘り坑を掘削するか、それぞれをどのような配置にするか、などについて検討を要するが、それらを決定する要素としては「地質条件」「油・ガスの流動性」の他、「将来的に見込まれる改修作業」の種別・頻度などが挙げられた。 「主坑からいくつの枝掘り坑を掘削するか」に対しては、多くの回答者からは「一つの枝掘り坑」という回答であったが、「40%は一つの枝掘り坑(Dual Lateral)であるが、残り60 %は二つの枝掘り坑(Triple Lateral)」

(ConocoPhillips) と い っ た 意 見 や、「90 % が Triple Lateral」(BOT)といった意見も少数ながらあった。またWeatherfordからは近年「Fishbone」デザイン(図8、P.29参照)を多く手がけている、との回答があった。 また枝掘り坑の掘削長に関しては平均して400 ~500m、坑井全体の掘削長としては平均3,000 ~ 3,500mとの回答が多かった。

④ 解決すべき課題・問題点 ・フローコントロール 圧力の異なる複数の地層間において流体の導通が問題となる場合には、フローコントロールの必要性が生じる。フローコントロールの具体的な手法としては「二つの裸坑のうち一つに対してケーシングセットすることにより、流動パターンを変えて導通を防ぐ」という基本的な手法の他、「ダウンホールチョークなどにより坑井内の流量制限を行う」との回答があった。

・リエントリー 将来的な改修作業においてリエントリー作業が必要となる場合が多いが、リエントリー作業はほとんどの坑井で難易度の高い作業となる。 ある開発会社のエンジニアからのコメントでは、これまでリエントリー作業の際に40 ~ 50のジャンクション部の崩壊を経験しているとのことである。そのためStatoilHydroのTrollフィールドでは、そのようなリスクを冒さないようリエントリー作業自体を行わない、と

MTL の適用実績図13

出所:インタビュー結果に基づき OTM 社が作成

258

150

7040 12 10 10 3

80

0

50

100

150

200

250

300

PetroZuata

BP(アラスカのみ)

StatoilHydro

ConocoPhillips

Total

Woodside

Pemex

Shell (北海のみ)

Maersk

坑井数

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33 石油・天然ガスレビュー

大偏距・マルチラテラル坑井の掘削・仕上げ技術の最新動向

6. ケーススタディ

(1)Wytch Farm(BP、英国)ERDおよびMLT

�・フィールド概要 英国の南部の陸上と海洋にまたがって存在するWytch Farmフィールドでは、埋蔵量の3分の1が海洋に位置する。 開発検討の当初は人工島を造成した開発を想定していたが、さらなる検討の結果、1991年にERD坑井による開発を決定した。 その1991年の時点では、ERD坑井としての偏距は6km 程度が実施可能と考えられていたが、そのわずか 7 年後の 199 8 年にはそれを大きく上回る 10km強の偏距を達成し、当時掘削されたM16号井の偏距3万5,196ft(1万728m)は、いまでも世界記録(図14)を保持している(掘進長3万7,000ft<1万1,278m>も最近まで世界記録であったが、現在はExxonMobilがサハリン1で達成した記録にその座を明け渡している)。

�・トルク・ドラグ対策 BPは計画段階において、独自に開発したモデルを用

いてドリルストリング解析を行い、当時はまだ詳細に検討されていなかったバックリングについての検討を行い、坑井デザイン、ストリングデザインに用いた。 泥水はOBMを使用し、さらにLCM(逸泥防止剤)がトルク・ドラグ対策に有効であるとの報告に基づき、循環システム全体に均一に混入する方法や、適宜スイープ

(クリーニング)を行う方法などを試し効果を上げたと報告されている。ただし坑内の掘り屑がそれなりに除去されていない状態では、その効果は十分には発揮されない、と追記されている。 トルクリダクションツールは坑内への遺留のリスクを考慮してほとんど使用されなかったが、ただ一つライナーに組み込むタイプのLoTAD(写2)のみが使用された。 RSSは当初はPowerDrive(Schlumberger)が使用されていたが、現在ではGeopilot(Halliburton)に変更されているとのことである。

決めている例もある。 サービス会社は、微妙に曲がりを持ったパイプであるBent Jointを用いたリエントリーを推奨するが、同時にその手法ではリエントリー自体はできても、その後坑内深くまでは到達できない、といった矛盾点も指摘されている。

�・坑内安定化、出砂対策 出砂対策が必要となる坑井においては前述のとおり、レベル4、レベル5の適用が推奨されている。しかしながら、レベル4においては、枝掘り坑のセメンチング中におけるトラブルの可能性なども指摘されており、事前の詳細な検討が必要との意見が多い。

LoTAD トルクリダクションツール写2

出所:Weatherford

Wytch Farm M16 号井図14

出所:DEA 2005, BP を基に JOGMEC 作成

2Studland Boumemoutu Pier Boscombe Pier E

3 4 5 6 7 8 9 10k 11kmmTVDS

500

1,000

1,500

2,000

12¼” Continue build to 81˚ Reservoir:Build up to 90˚

81˚Tangent till reservoir17½” Build to 60˚

M16 Well Trajectory

WELLSTEM

1W

SEA LEVEL

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アナリシス

・坑井デザイン トルク・ドラグの抑制のため、坑井デザインは修正が重ねられている。最初のERD坑井では単純で「均一な増角&傾斜維持」の坑跡を採用した。最終傾斜74 degで目的層に掘り込むためには浅層において4 deg/3 0m の増角が必要であったが、未固結な浅層での増角作業は困難なものであり、また結果的にトルク・ドラグの実績を見ても、最適化された坑井デザインではなかったと結論づけられている。 その後スタディを重ね、カテナリー方式(最初1 ~ 1.5 deg/30m程度で増角開始し、徐々に増角率を増していく方法)を採用し、掘進中のトルクおよびケーシング降下中のドラグの抑制に効果を発揮した。

・ドリルストリングデザイン、ホールクリーニング バックリング対策のため、5”ドリルパイプ(DP)に替わり、5 - 1/2”DPや6 - 5/8”DPを採用した。またこれらはDPの内径も大きくなることから、DP内部の圧力損失が軽減され、結果的にポンプ流量を増やすことができるため、ホールクリーニングの観点からも有効であった。 掘進中の高トルクに対しては、トップドライブシステムの限界である4万5,000 lbsをフルに生かせるように高トルク仕様のDPを採用した。 ホールクリーニングに関しては、前述した大径DPの採用の他、循環中にストリングに170 rpmといった高回転を与える手法を以前採用していたが、最近では逆に高回転によりさらなるカッティングを発生させるとの考えもあり、120 rpm程度での循環を行っているとのことである。

・ケーシング・セメンチング技術 高傾斜区間でのケーシング降下においては、前述したCasing Floatationを採用しているが、降下中に循環ができないという欠点があり、それを補うためにケーシングを 回 転 さ せ る こ と が で き る シ ス テ ム Overdrive

(Weatherford)、Casing Drive (Tesco)を採用している。 セメンチングに関しては、ECD(Equivalent Circulation Density)軽減の観点から低比重セメントスラリーも検討されたが、そのボンド能力(ケーシングと地層を隙

す き ま

間なく張り付ける能力)も落ちることから採用されず、オイルベースのスペーサー*7を大量に使用することにより、

ECDの軽減に成功した。

・MLT関連技術 地上設備の削減のために、既存坑井からのサイドトラックという方法でMLT仕上げを導入している。 2000年以前は生産性の低い既存坑井の主坑をプラグし、枝掘り坑をレベル2もしくはレベル4で仕上げていた。 2000年以降はPerforated Whipstockを採用し、レベル4で仕上げ後、主坑(既存坑井)からも引き続き生産する、というコンセプトで開発を行っている。(図15)

(2)Dieksand(RWE DEA、ドイツ)ERD

・フィールド概要 大規模油田として知られるドイツ北部のMittelplateフィールドでは、人工島を造成してそこからの開発を進めてきた。しかし人工島周辺の環境規制により、それ以

*7:泥水とセメントとの混合防止、泥壁の洗浄を目的とした特殊溶液。その目的上、乱流になりやすい低粘性の流体が要求される。一般的に高比重で低粘性の性質を持つケミカルスペーサー等が使用されるが、清水が用いられることもある(石油技術協会『掘削用語集』より抜粋)。

2000 年以降の MLT 坑井ジャンクションデザイン図15

出所:SPE 79887

Swivel Sub

Swivel Sub

ESP

ESP Shroud

Hydraulic ControlAddressing Unit (HCAU)

Production Packer

Remotely OperatedSliding Sleeve

Remotely OperatedSliding Sleeve(ROSS)

Perforated HollowWhipstock Packer

Production Packer

Mechanical SlidingSleeve

4-1/2” Tubing

Flow couplingSafety Valve

Flow coupling

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35 石油・天然ガスレビュー

大偏距・マルチラテラル坑井の掘削・仕上げ技術の最新動向

上の掘削作業ができなくなってしまったため、代替案としてDieksandと呼ばれる陸上基地からのERD坑井による開発を選択した。しかし、岩塩層における高傾斜での掘削や、陸上からターゲットまでの間の地質情報の欠如など、克服すべき課題は多かった。 まず、陸上からターゲットまでの間の地質情報を取得するため、岩塩層の高傾斜での掘削の可能性を探るパイロット坑井としてERD坑井ではないDieksand-1号井を掘削した。その後1号井で得られた情報をそれまでのERDスタディに反映させた上で、詳細計画を立案し、2号井をERD坑井として掘削した。 2号井の結果によりERD坑井を用いた開発は可能である、との判断がなされ、1999年から2003年までの間に3号井から8号井までの6本のERD坑井が掘削された。最大掘削長は9,275mで最大偏距は8,000mを超える(図16)。

・トルク・ドラグ対策、坑井デザイン Wytch Farm同様、カテナリー方式を採用してトルク・ドラグの軽減を図っている。具体的には1 deg/30mで増角を始め、段階的に増角率を上げていき最終的には4 deg/30mで82 ~ 85 degまで増角すると同時に岩塩層に到達し、岩塩層は沿角掘進で掘り抜く計画である。 トルクリダクションツールは6号井で使用されたが、地上でのハンドリングの都合により取り外され、その後使用されることはなかったとのことである。 傾斜コントロールには 6 ~ 8 号井において Power Drive(Schlumberger、“Push the Bit”システム)が使用

されており、その上部の沿角区間である岩塩層においてはAdjustable Gauge Stabilizer(マッドパルスなどの地上からの信号により、ゲージ径を変更させることで傾斜コントロールを可能にするツール)が使用された。それ以外の区間は従来のマッドモーター(PDM:Positive Displacement Motor)で掘進されている。

・ホールクリーニング、ECD管理 Wytch Farm同様、6-5/8”などの大径DPを使用することによりホールクリーニングの効率を高めることができたが、その反面、アニュラス容積が小さくなるため、ECDに与える影響に関しても考慮する必要が生じたと報告されている。 その対応としてECDをリアルタイムに監視できるABPWD(At Bit Pressure While Drilling)ツールによりECDを測定し、計算で求められた値との差異により坑内状況の把握を行った。

・ケーシング・セメンチング技術 ケーシング降下時に一部Casing Floatationを採用している。また12-1/4”坑では、より重量をつけることを目的として9-5/8”ケーシングに10-3/4”ケーシングを組み合わせて降下させている。 セメンチングは、ライナーセメンチング時に回転を可能にするライナーハンガーを採用している以外は、シンプルな手法で実施されている。

Mittelplate と Dieksand の位置関係図16

出所:RWE DEA

Zech-stein

1,000

2,000

3,000

8,000 7,000 6,000 5,000 4,000 3,000 2,000 1,000Vertikale

Sektion(m)

0

TVD(m)0

Mittelplate Dieksand

Quartär-Tertiär

Rotliegend SalzZech-stein

Quartär-Tertiär

Dan-Maastricht

Campan-Cenoman

Unterkreide 1.Loch

7”5”

2.Loch

Dan-Maastricht Dan-MaastrichtCampan-CenomanUnterkreide

13⅜”

16”20”

24½”

32”

Lias

Rotsediment

Dan-Maastricht

Campan-CenomanCampan-Cenoman

Unterkreide

Unterkreide1.Loch

7”

13⅜”

DoggerDogger

16”20”

24½”

32”

Lias Lias

Zech-stein5”

2.Loch 9⅝”9⅝” Rotliegend Salz

Rotsediment

DoggerDoggerZechsteinZechstein

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アナリシス

(3) Troll(StatoilHydro、ノルウェー)MLTおよび

ERD

・フィールド概要 ノルウェー第2の都市ベルゲンの北西に位置するTrollフィールドは水深300mを超えるため、海底仕上げ坑井で開発されており、そのフィールド内は二つの断層によりTroll Westガス、Troll Westオイル、Troll Eastガスの三つに分けられる。MLTのコンセプトは、開発中に追加発見を繰り返し170まで増加したターゲットに対して、プラットフォームにおいて残りのスロットを111しか持たなかったという事情により、最初にTroll Westオイルで導入された(図17)。2006年3月時点で109の坑井が仕上げられているが、そのうち、41本がMLT坑井で、そのなかに54のジャンクションが設置されている。 このフィールドにおける掘削上の特徴は、狭いオイルコラムでの水平掘削であり、その難易度の高いフィールドにおいてMLT坑井のなかにはERD坑井に該当するほどの掘進長を持つものもある。

・ ジャンクションデザイン、フローコントロール

 現在はレベル2およびレベル5の組み合わせで構成されている。 レベル5のジャンクションにおいては、それぞれの坑井からのフローコントロールを行うとともに、必要に応じて枝掘り坑での出砂対策も行う。レベル2のジャンクションは、レベル5の枝掘り坑からさらに枝分かれして使用される例がほとんどである。どちらの場合もジャンクションにはPre milled Windowを採用している。 レベル5におけるフローコントロールは、Schlumbergerのチョークバルブやアジャスタブルスライディングスリーブにより実施している。

・改修、リエントリー作業 海底仕上げであるために、改修にはフローティングタイプのリグが必要となり、そのコストは膨大になるため、基本的には改修作業は行わず、前述のフローコントロールでできる範囲で対処することにしている。 したがって既存坑井をMLT坑井に仕上げ

直すためのリエントリー作業は通常の手順で行われているが、MLT坑井の改修などに伴うリエントリー作業は行われていない。

・ERD坑井としての特徴 OBMではなく液体の潤滑剤であるLUBE - 622(Baker Hughes INTEQ)を混入したWBM(Water Based Mud)により掘削されている。またRSSは“Push the Bit”システムのAutoTrak (Baker Hughes INTEQ)を採用している。(図18) また、新たなデータ転送技術として期待されているドリルパイプ伝達方式であるIntellipipeが試験的に使用さ

Troll フィールド構造図図17

ERD 坑井における使用技術の変遷図18

出所:DEA 2005, StatoilHydro

出所:DEA 2005, StatoilHydro

5,552m

0

2005

2001

1998

1996

1994

1990

1989

500 1,000 1,500 2,000 3,000Section length in meter

4,000 5,000 6,0002,500 3,500 4,500 5,500

Latest Generation RSS, Mud friction reducer

First Generation RSS

Instrumented PDM w/thruster

Instrumented PDM

PDM AKO

PDM

Second Generation RSS, Bit technology

WEST EAST

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500

31/2-5 31/2-1 31/3-1

Troll WestOil Province

Troll WestGas Province Troll East GAS

OILWATER

5km-3.1miles

7-13

m

22-2

7 m

DEPTH(m)

MSL

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37 石油・天然ガスレビュー

大偏距・マルチラテラル坑井の掘削・仕上げ技術の最新動向

れた。担当者のコメントでは、「条件的にも厳しい環境であるTrollフィールドにおいてもその耐久性、信頼性は十分に使用できるレベルにあり、微妙な坑跡コントロールに非常に有用であった」とのことであった。

(4)Zuata (PetroZuata、ベネズエラ)MLT

・フィールド概要 ベネズエラのオリノコ油田のなかに位置するZuataフィールド(図19)では、ベネズエラの国営石油会社PDVSAとConocoPhillipsの合弁会社であるPetroZuataが、1996年から2007年にかけてMLT技術を用いた重質油の開発を行っていた。 貯留層は10m程度と層厚が薄い上、未固結であり、生産時には出砂対策も必要となる難易度の高いフィールドである。 当初は通常の水平坑井による開発を計画し、それぞれ約4,000 ft(1,219m)の偏距の水平坑井により生産していたが、95本を仕上げた時点でも期待される生産量を下回っており、改善が求められていた。フィールド特性を考慮して再検討を行った結果、MLT坑井による開発を採用することになった。

 2003年の統計では241の水平坑井に延べ435坑が仕上げられており、さらに加えてFishboneと呼ばれる枝掘り坑(図8、P. 29参照)が510坑掘削されている。以後35年間で水平坑井を750本まで増やす計画となっているため、平均して1年あたり15本の掘削が必要となる計算になっている。

・坑井配置、ジャンクションデザイン 独立した三つの砂層からの生産のため、三つの坑を縦に並べるStacked Triple(図20)というMLT坑井も採用されている。また陸上施設を削減するという異なった観点からは、Gullwing Dual(図21)やPitchfork Dual

(図22)を組み合わせて採用すれば、50以上の地上施設を削減できる計算になっており、それらも併せて採用されている。 生産量増大のためのFishbone坑は、すべてレベル1で仕上げられており、主坑にはアンカー(スロッテッドパイプ)が設置されている(図23)。 それ以外のジャンクションにおいては、当初レベル3で設計されていたが、予想を上回る出砂のため、その後レベル4を採用している。プロダクションライナーに関しては、生産性を考慮して5-1/2”ではなく7 ”を使用している。

Stacked Triple MLT 坑井図20

Gullwing Dual MLT 坑井図21

Pitchfork Dual MLT 坑井図22

出所:Oilfield Review 2002 Autumn

出所:Oilfield Review 2002 Autumn

出所:Oilfield Review 2002 Autumn

Stacked Triple

Gullwing Dual

Pitchfork Dual

Zuata フィールド位置図図19

出所:SPE 69700

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382008.9 Vol.42 No.5

アナリシス

・改修作業 コイルドチュービングもしくは小径パイプによる坑内クリーニングを実施しているが、その坑内クリーニング時に40~50のジャンクション部の崩壊が発見され、それらに対処するための改修キャンペーンを実施した。ジャンクション部の崩壊はその周辺の地層の崩壊によるものであることがほとんどであり、Junction Support Tool(図24)で対処した、とのことである。

(5) West Sak(ConocoPhillips、米国)MLTおよ

びERD

・フィールド概要 アラスカの重質油フィールドであるWest Sakは極寒の地の湿地帯に位置し(図25)、冬季は氷結によって、地盤は強固だが、夏季には氷が溶け地盤がゆるむことから、その開発においては陸上ながらも海洋における人工島のような地上設備を造成する必要がある。したがって、そのフィールド開発においてはMLT技術およびERD技術を用いてその地上設備をいかに削減するか、が求められている。 垂直深度が3,000 ~ 3,500 ft(914 ~ 1,067m)という浅い貯留層に対して、その生産性の向上のためにできる限り長い距離を掘り抜くために、「偏距/垂直深度」は5 ~ 6となっており、非常に難易度の高い坑井となっている。

・ 坑井配置、ジャンクションデザイン 前述のZuataフィールドと同様に三つの砂層を目的層としていることから、MLT坑井としては近年Stacked Tripleを採用している。なお開発当初は垂直坑井で生産しており、その当時の生産レートは1坑あたり平均日産250 bblであったのに対し、現在はStacked Triple坑井で平均日産2,500 bblを超えている。 ジャンクションは重質油ということで出砂対策も必要であることから、以前はレベル4も試しているが、経済的に見合わないため、現在はレベル3で設計されている。 レベル3では出砂対策に十分に適応できないが、本フィールドにおいては産出した砂はすべて地上で処理することにより生産を続けている。これは、いったん出砂対策を行うと、生産量が著しく減少してしまう、という経験から学んだものである。

・改修作業 Zuataフィールド同様、坑内に残留する砂のクリーニングにはコイルドチュービングを用いている。

Stacked Dual Lateral Fishbone MLT 坑井図23

Junction Support Tool図24

West Sak 位置図図25

*:Target Depth出所:SPE 112638

出所:SPE 112638

出所:SPE 105766

JST=Junction Support Tool

16’ hole

13 3/8” Casing

9 5/8” Casing

500~600 ft

8 1/2 hole

Total Footage inHorizontal Sections=20,000~35,000 ft

7” Slotted Liner

6,000~9,000 ft TD*

NPRA

TAPS

TAPS

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39 石油・天然ガスレビュー

大偏距・マルチラテラル坑井の掘削・仕上げ技術の最新動向

 また、その他の坑内トラブルに関してはスライディングスリーブの開閉により、問題の発生した坑からの生産を止めることで対処しており、積極的な改修作業はできる限り行わないようにしている。

(6)Niakuk(BP、米国)ERD(失敗例)

・フィールド概要 1998年1月、BPとARCOの合弁操業会社は、アラスカ・ノーススロープのNiakukフィールド(図26)におけるERD坑井(NK-11)掘削を、坑内安定性の問題により中断せざるを得なかった。その時点で掘進長は2万3,000 ft(7,010m)、「偏距/垂直深度」は2に達していた。 ここでは、報告されている数少ない失敗例として、その原因、およびどのように改善して次に生かしたかを検証する。

・問題点および分析 9-5/8”ケーシングを2万21 ft(6,102m)にセット後、

8-1/2”坑を傾斜74 degで沿角掘進中に、凝灰岩層において逸泥とフローを繰り返し、最終的にはパックオフ状態となり、その後の掘進を断念した。 パックオフについては、掘進中のECDの影響により圧縮と引っ張りの相反する応力が周期的に地層にかけられた結果、地層が疲弊の蓄積などにより崩壊したことが原因であると分析された。

・改善点 NK-1 1号井掘進時に10.3ppg(1.2 3g/cc)であった泥水比重は、実際には少なくとも10.5 ~ 11.0ppg(1.2 6~ 1.3 2g/cc)程度必要であった、と分析された。またECDに関しては13.0ppg(1.5 6g/cc)を超えないように作業をする必要があると指摘された。 その後NK-1 1 からサイドトラックにより掘削されたNK-1 1Aにおける実際の掘削作業では、「掘進、浚いなどの各作業によってのDP回転数の調整」「揚降管および浚い時のトリップスピードの調整」によりECDの過剰な変動を抑え、さらに「PWDを用いてリアルタイムでECDを監視」することによって、無事ERD坑井を完掘した(図27)。

7. まとめと検討課題

 ERD、MLTともその登場から長い年月を経ているが、その経済的利点、環境へのインパクトに後押しされて、その進化は決して足を止めていない。現状で偏距12kmとされる ERD坑井の技術的な壁も、近い将来には15km、20kmへと伸びていくものと確信される。 今回実施した文献調査、インタビュー調査、およびそれらを基にしたケーススタディより、両技術の現在直面

している課題が明らかになった。ERDに関してはトルク・ドラグ対策、ホールクリーニングの重要性に加え、厳しいECD管理の必要性、新たなデータ転送技術の確立が求められている。MLTについては究極的に言うと、強固かつ作業性の優れたジャンクション設置技術の確立ということに集約される。 また経済性、生産性に関する比較においては、両技術

Nikuk 位置図詳細図26

出所:SPE 56564

Displacement (ft)

0

2,000

4,000

6,000

8,000

10,000

0 5,000 10,000 15,000 20,000

8.5”Open Hole

13.325”Casing@8,035 ft MD

9.625”Casing@20,021 ft MD

74˚

NK-11A

PlannedNK-11 Plug Back 2NK-11 Plug Back 1

TVD

(ft)

NK-11 & 11A 坑跡図図27

出所:SPE 56563

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402008.9 Vol.42 No.5

アナリシス

執筆者紹介

北村 龍太(きたむら りゅうた)愛媛県松山市出身。東京大学工学部地球システム工学科卒業。1995 年石油資源開発株式会社に入社。その後、国内外の掘削現場で掘削エンジニアとして石油・天然ガス坑井掘削作業に従事。また、石油公団出向時にはメタンハイドレート

(MH)の研究開発にも従事し、基礎試錐「東海沖~熊野灘」において、MH コアサンプルをはじめとして MH 開発に必要な情報の取得を目的とした大プロジェクトに参加。2007 年 11 月より現職(JOGMEC 技術調査部開発技術課)。大学時代に始めたアメリカンフットボールをいまだに細々と続ける半面、スノーボード、サーフィンにも色気を示す今日この頃。家族は妻、長男に加え、本号が刊行される頃には第 2 子誕生の予定。

【参考文献】1.OTM Consulting Ltd. 2008 : Trend Survey of ERD and Multilateral Wells: Drilling and Completion2.James P. Oberkircher, Sperry-Sun Drilling Services, The Economic Viability of Multilateral Wells, SPE 20003.Richard N. Cutt, ExxonMobil Development Co., Beryl Alpha-Reaching Out To Recover: An Extended-Reach

Drilling Upgrade Project on a 30-Year-Old Rig, SPE 20074.T. Redlinger, SPE, J. Constantine, SPE, G. Makin, SPE, M. Glaser, SPE, Weatherford; C. Brown, D. Cooke, BP

Ltd.; J. McLaughlin, SPE, Weatherford, Multilateral Technology Coupled with an Intelligent Completion System Provides Increased Recovery in a Mature Field at BP Wytch Farm, UK, SPE 2003

5.John L. Stalder, Gregory D. York, Robert J. Kopper, Carl M. Curtis, Tony L. Cole, Petrozuata, C.A.; Jeffrey H. Copley, Kupecz-Copley Associates, Multilateral-Horizontal Wells Increase Rate and Lower Cost Per Barrel in the Zuata Field, Faja, Venezuela, SPE 2001

6.E.M. Peterson, M.R. Greener, and E.R. Davis, ConocoPhillips, and D.T. Craig, Baker Oil Tools, How Much Is Left of Your Centralizer After Exiting a Casing Window in an Extended-Reach Horizontal Multilateral? Modeling, Yard Tests, and Field Results From Alaska's West Sak Development, SPE 2007

7.S.L. Dowson and S.M. Willson, SPE, BPAmoco plc; L. Wolfson, SPE, Halliburton Energy Services; G.G. Ramos, SPE, ARCO Exploration and Production Technology; and U.A. Tare, SPE, Baroid Drilling Fluids Inc., An Integrated Solution of Extended-Reach Drilling Problems in the Niakuk Field, Alaska: Part I - Wellbore Stability Assessment , SPE 1999

8.M.D. Green, SPE, and C.R. Thomesen, SPE, Baroid, A Division of Halliburton Energy Services, L. Wolfson, SPE, Halliburton Energy Services, and P.A. Bern, SPE, BP Amoco plc, An Integrated Solution of Extended-Reach Drilling Problems in the Niakuk Field, Alaska: Part II- Hydraulics, Cuttings Transport and PWD , SPE 1999

9.Steven Fipke, Halliburton, Sperry Drilling Services; and Adriano Celli, Petrozuata, The Use of Multilateral Well Designs for Improved Recovery in Heavy-Oil Reservoirs, SPE 2008

ともに従来坑井に対しての有用性を数字として示すことができた。West SakにおけるMLT坑井と垂直坑井の生産能力の比較を例にとると、重質油という、今後開発がさらに進むと期待されるフィールドにおいて、垂直坑井の10倍以上の生産能力を得た例としてインパクトのあるものである。このようなデータは今後の研究開発に対

して必ずや追い風になると思われる。 それらを受けて、今後の両技術に関する研究開発は各分野において継続して実施され、技術的な限界を取り除いていくことを期待するとともに、JOGMECにおいてもその動向を引き続き注視していきたい。