季刊労働法 アップデートな労働法,4 no.2622 労働法学研究会報 profile...

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平成28年6月1日発行(毎月2回/1日・15日発行) 第67巻 第11号 No. 2622 2016.6.1 法解最新労働 法解説 従業員代表を巡る法的問題点・留意 従業員代表を巡る法的問題点・留意 ―適正な従業員代表の選出方法、労使協定を中心に― 労働委員会の今日的意義とこれから の課題 労働委員会の今日的意義とこれから の課題 ―発足70年 労働委員会の今までとこれから― 労働委員会もつねに「訓練」が必要 労働委員会による紛争解決の長所 これからの課題 Point1 Point2 Point3 法解最新労働 法解説 Point1 Point2 Point3 従業員代表の役割 過半数の分母となる「労働者」 従業員代表の選出方法の留意点 中央労働委員会会長:諏訪康雄 弁護士:小山博章

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  • 平成28年6月1日発行(毎月2回/1日・15日発行) 第67巻 第11号平成28年6月1日(毎月2回/1日・15日発行) 第67巻 第11号 落丁・乱丁はおとりかえします

    ISSN 1342-5064

    労働法学研究会報 No.2622 半年間購読料54,000円(税抜き・送料込み)編集発行人 江曽 政英 発行所 労働開発研究会〒162-0812 東京都新宿区西五軒町8-10 臼井ビル4F TEL 03-3235-1861 FAX 03-3235-1865

    禁転載

    No. 26222016.6.1

    労働法学研究会報  

    第2622号  

    2016・6・1 労働委員会の今日的意義とこれからの課題 

    / 

    従業員代表を巡る法的問題点・留意点

    最新労働法解説最新労働法解説

    従業員代表を巡る法的問題点・留意点従業員代表を巡る法的問題点・留意点―適正な従業員代表の選出方法、労使協定を中心に―

    労働委員会の今日的意義とこれからの課題労働委員会の今日的意義とこれからの課題―発足70年 労働委員会の今までとこれから―

    労働委員会もつねに「訓練」が必要

    労働委員会による紛争解決の長所

    これからの課題

    Point1Point2Point3

    法解説最新労働法解説

    Point1Point2Point3

    従業員代表の役割

    過半数の分母となる「労働者」

    従業員代表の選出方法の留意点

    中央労働委員会会長:諏訪康雄

    労働開発研究会

    弁護士:小山博章

    〒162-0812 東京都新宿区西五軒町8-10

    年間購読料:9,504円(税込・送料当社負担)当社までTEL・FAXにてお申込みください。

    TEL:03-3235-1861 FAX:03-3235-1865

    季刊労働法 アップデートな労働法,労働問題の争点を探る!

    251号 特集 問題提起・LGBTと労働法

    ●性的指向・性自認に関する問題と労働法政策の課題 内藤 忍●多様な労働者への対応とLGBTの労働問題 長沼裕介●性的指向および性自認を理由とする困難と「差別禁止法」私案 神谷悠一●アメリカにおける性的少数者の現在 富永晃一

    [第2特集]2015年改正法等の論点●労働基準法(労働時間規制)改正案の検討 名古道功●平成27年改正労働者派遣法の検討  高橋賢司●青少年の雇用促進等に関する法改正について 紺屋博昭●外国人技能実習適正化法案 斉藤善久●医療保険制度改革法の一考察 原田啓一郎

    (ほか、研究論文、判例解説等)

    252号 特集 制度発足70年・労働委 員会制度を考える●戦後期における労働委員会と労使関係 仁田道夫●労働委員会制度の現状と課題 諏訪康雄●不当労働行為法理の課題 道幸哲也●労働委員会の個別労働関係紛争に対するあっせん 野田 進●労働委員会制度に未来はあるか? 大内伸哉

    「職場における精神障害発症に対する法的救済」私傷病休職者の復職と解雇・退職 北岡大介精神障害の労災補償 田中建一精神障害による自殺と損害賠償 鎌田耕一

    (ほか、研究論文、判例解説等)

    250号 特集 改正労働安全衛生法と実 務●職場における安全衛生実務の方向性 水島郁子●ストレスチェック制度の意義と問題点 鈴木俊晴●労働者側から見たストレスチェックの課題 玉木一成●使用者側から見たストレスチェックの課題 岡村光男

    第2特集 特許法改正と職務発明制度の実務的検討●職務発明の法制度設計における基本的視点 水町勇一郎●労働者の視点から見た改正法の施行に向けた課題 土井由美子●旭硝子の職務発明制度と法改正への対応について 樋口俊彦

    (ほか、研究論文、判例解説等)

  •    最新労働法解説

    4

            中央労働委員会会長:諏訪康雄

    6 1・労働委員会とは 9 2・統計からみる労働紛争 20 3・統計からみる労働紛争

    最新労働法解説

    22

            弁護士:小山博章

    24 1・従業員代表の意義 25 2・労使協定の意義 28 3・改正労働者派遣法と従業員代表 33 4・従業員代表の要件 38 5・従業員代表の選出方法の留意点

    従業員代表を巡る法的問題点・留意点―適正な従業員代表の選出方法、労使協定を中心に―

    労働委員会の今日的意義とこれからの課題―発足70年 労働委員会の今までとこれから―

    労働法学研究会報No.2622

  • No.2622 労働法学研究会報4

    P r o f i l e

    最新労働法解説

    講師●中央労働委員会 会長 諏訪康雄 (すわ やすお)

     我が国に労働委員会制度が発足して70年

    の節目となりました。労働委員会制度は今

    日までどのような機能を果たしてきて、今

    どのような役割変化に直面しているのか。

    また、最近増加の一途をたどる個別労働紛

    争をめぐっては、労働審判制度や地方労働

    局あっせんと、どのように棲み分け、連携

    していくべきなのか。さらには、労働教育

    において、公益委員、労働者委員、使用者

    委員という三者構成の強みを生かした社会

    的な寄与ができないか、等々の課題も多く

    あります。

     そこで本例会では、中央労働委員会 現会

    長の諏訪康雄先生を講師にお招きし、労働

    委員会に求められる役割の変遷を振り返

    り、これからの労働委員会の展望について

    お話しいただきます。

    昭和22/1947年生まれ。労働法専攻。委員経験15年以上で、平成16年労働組合法改正に関わった。主な著書に「雇用と法」「労使コミュニケーションと法」など。最近の関係論文に「労働委員会制度の現状と課題」季刊労働法252号(2016年)がある。

    労働委員会の今日的意義とこれからの課題―発足70年 労働委員会の今までとこれから―

  • 労働法学研究会報 No.2622 5

    本定例会のポイント

    労働委員会もつねに「訓練」が必要

     労働委員会の機能の中で、安定的に社会的なニーズがあるのは不当労働行為の判定機能である。世の中が不景気になると集団紛争、個別紛争が急増し、それへの対応が労働委員会としても迫られる。今、件数が減っているからといって、シャッターを下ろすわけにはいかない。 防火対策の進化、鉄筋住宅の増加によって昔より火事が減っているからといって消防署を減らしていいのかというと、そうはいかない。つねに消防隊員が訓練をしているのと同じように労働委員会もつねに訓練を重ねる必要がある。

    労働委員会による紛争解決の長所

     労働委員会は個別も集団も扱うことができる。個別だという申し立てでも集団性があれば、それに即して問題解決を図ることができる。 労働者側委員は労働者の代表、使用者側委員は使用者の代表という形であるため、労使委員は当該労働者や使用者に会って話を聞くことも、説得をすることも可能である。説得、話し合い、三者協議の往復運動をして、ある個別紛争事案では就業規則そのものをいじらないとダメだということになった結果、就業規則を改定し、今後の労使紛争の予防も図ることができた。こうした解決ができるのが労働委員会の特徴である。

    これからの課題

     三者構成(労使公益)という強みをさらにどう活かすか、事件申立てを受けて簡易・迅速・的確に対応する制度としての紛争の事後処理機能をどうするか、などの課題もあるが、紛争はやはり予防が一番。 また、専門性の強化ということで、労働委員会の委員・職員の専門性を強化して的確な判断につなげていくこと、それから、各処理機関の連携として、諸機関のあいだをつなぐ、ハブ機能の必要性について、今後、議論を重ねることが大事ではないか。

  • No.2622 労働法学研究会報6

    以下のように書きました。 「この法律は、①労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること、②労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選出することその他の団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し、団結することを擁護すること並びに③使用者と労働者との関係を規制する労働協約を締結するための団体交渉をすること及びその手続きを助成することを目的とする。」(労組法1条1項―①~③の番号と改行段落づけは引用者) ①は団体交渉を通じた労働者の地位向上、②は団結(結社)の擁護、③は労使関係を自律的に規整する性質の労働協約につながる団体交渉の促進などを示しています。 次に、労働関係調整法の目的ですが、レジュメに以下のように書きました。 「この法律は、労働組合法と相俟つて、①労働関係の公正な調整を図り、②労働争議を予防し、又は解決して、③産業の平和を維持し、④もつて経済の興隆に寄与することを目的とする。」(労働関係調整法1条―①~④の番号と改行段落づけは引用者) ①と②の手段を講じ、③の「産業の平和」(労使間の安定的な関係)を達成し、これらを通じて④の結果に至ることを示しています。 労使関係について不当労働行為制度を運営し、紛争調整制度を運営する、この2つの役割が長い間、労働委員会の主たる機能でした。

     本日現在、中央労働委員会が出来て70年と1か月が経過したところです。1946年3月1日、労働委員会制度は発足しました。敗戦直後に生まれた制度であり、70年の歩みがあります。 そこで、労働委員会制度について現状と課題を述べます。もちろん、本日の発言は私個人の発言であり、組織等を代表するものではありません。

    労働委員会とは

    労働委員会の任務 労働委員会の任務については、皆さんご承知だと思いますが、念のため、おさらいをしておきたいと思います。 労働委員会の任務については、労働組合法と労働関係調整法、それと個別労働関係紛争解決促進法に記述があります。 労組法第19条の2第2項は、「中央労働委員会は、労働者が団結することを擁護し、及び労働関係の公正な調整を図ることを任務とする。」という規定を置いています。 この「労働者が団結することを擁護し」という部分は、不当労働行為救済制度のことを示しています。 「労働関係の公正な調整を図る」という部分はストが起きているときや起きそうなときなどに中立、公正な立場からあっせん、仲裁、調停を通じて労働関係の紛争を解決することに寄与することを示しています。 労組法ではこの2つの任務を掲げています。 労働組合法の目的ですが、レジュメに

    1

  • 労働法学研究会報 No.2622 7

     そして、平成13年に出来た個別労働関係紛争解決促進法では、「都道府県知事の委任を受けて都道府県労働委員会が[個別労働関係紛争のあっせん等を]行う場合には、中央労働委員会は、当該都道府県労働委員会に対し、必要な助言又は指導をすることができる。」(個別労働関係紛争解決促進法20条3項―[ ]内は引用者)とされています。これが3つ目の役割です。 個別紛争処理にあたるのは都道府県労委で、中労委は助言・指導の役割です。 これらを通じ、不当労働行為という判定を行い、是正措置をし、労使間がもめている場合は集団的な紛争調整、そして、個別紛争については、あっせん等の解決策を用意しております。

    独立した行政委員会 以上のように、労働委員会には3つの機能が託されています(①不当労働行為救済事件の審査、②集団的労働紛争の調整、③個別的労働紛争のあっせん)。 労働「委員会」というように、労働委員会は、3つの立場から任命された委員からなる合議体です。それは、①公益を代表する委員、②労働者側を代表する委員、③使用者側を代表する委員、これらが同数で構成されています。 都道府県労働委員会の場合は、知事部局から離れた独立の行政委員会です。 前・橋下大阪市長と組合がもめた案件がありましたが、大阪府労働委員会が不当労働行為として救済の命令を出しました。行政委員会として独自の判断ができるわけです。 中央労働委員会は国の機関ですが、厚

    生労働大臣の指示を受けるということではありません。 不当労働行為の審査をする際には裁判所と似たような手続きを取りますので、準司法的な役割を持つとも指摘されています。 70年に及ぶ歴史 労働委員会制度には70年の歴史があると言いましたが、70年前は、疾風怒濤の時代です。戦争に負け、民主化が急速に進み、多くの労働組合が結成されました。戦前はピーク時にあっても組織率は7%程度でした。それが、敗戦直後には50%を超える組織率となりました。 それまでの社会、経済的な不満に対して一挙に紛争が生じ、名だたる大企業で次から次に争議が発生しました。暴力を伴う紛争もあり、非常に激しい労使紛争があった時代でした。 そうした時代に占領軍は日本の民主化のためには労働組合を根付かせる必要があるということで、労組法をいち早く作りました。1945年のうちに旧労組法は出来上がりました。それが1949年に改正され、現行法の基本となりました。 モデルはアメリカのワグナー法です。同法は、戦前のニューディール政策のときに、やはり労使関係安定のために作られた法律です。同法を参考に、戦前から研究の蓄積のあったドイツ法、フランス法を参考にしながら出来たのが旧労組法です。 中央労働委員会をはじめ各都道府県の労働委員会は昭和20年代から30年代にかけて大活躍しました。 日本型労使関係を形成する上で、昭和

  • No.2622 労働法学研究会報8

    組合員は昇進等において差別されると主張する組合も出てきます。これが昭和50年代にかけての傾向です。 不当労働行為の事案で、もう一段、変化が出てきたのが平成になってからです。合同労組と呼ばれる企業別ではない労働組合に勢いが出てきて、合同労組による不当労働行為の申し立てが多くなります。現在、都道府県労働委員会に申し立てられる不当労働行為事案のほぼ4分の3は、合同労組からのものです。伝統的な企業別労組からやってくる不当労働行為事案は4分の1程度です。 また、平成になると、国鉄民営化をめぐる紛争対応にも追われました。命令だけ出しても仕方ない、ということで和解も試みたのですが、ともかく事件が滞留して、「迅速」にという点で問題が生じてしまいました。的確性という点についても、裁判所と意見が違ってきまして、その結果、労働委員会の命令が裁判所で取り消されるという例が多々生まれました。労働委員会は迅速でも的確でもないではないか、という批判が起きました。 こうしたなか、労働委員会は個別紛争にも対応すべきではないか、という声も上がってきました。その声に応えたというのが平成になってからの大きな変化でした。44の道府県で個別紛争に対応してあっせん等の措置を取っています。東京、福岡、兵庫では、個別紛争は、労政担当の機関、東京でいえばかつて労政事務所と言われていた機関に委ねる形になっています。 労働委員会は、英語で書くとLabor Relations Commissionとなります。私たちはLRCと言っています。都道府県に

    30年代の労働委員会の活躍というのは、非常に重要だったと思います。その代表例が電産ストに関するものです。停電が起きかねない状況の下でそれを避けるためにかかわりを持ったりしました。三井三池紛争の際も、中労委が間に立って、その紛争解決のために奔走しました。 昭和40年代以降は、私鉄が4月前後にストを打ちました。私鉄が止まる事態になりますと、調停等をしている中労委会館をNHKが昼夜を問わずに臨時放送をしました。これを覚えている方もいると思います。 労働委員会の役割が大きく変わったのは、昭和40年代半ば以降です。日本が行動成長を遂げ、労使関係が安定期に入ります。国を揺るがすような大争議は起きにくくなります。その代わりに目立ってきたのが不当労働行為をめぐる審査という役割です。それまでは労働委員会の華は調整にありと言われていました。労働委員会の歴史を見ますとその当時は調整部門にたくさんの課や班があって、それぞれの産業ごとに情報を集めて、調整のための準備をしていました。 これに対して、審査部門が前面に出てきたのが昭和40年代半ば過ぎです。この頃、労働組合の2つの潮流がぶつかりあっていました。敗戦直後の戦闘的な組合、という色彩を保っている組合と、高度成長の中でパイを大きくしなければ労働側の取り分も増えない、というタイプの組合、この2つに分裂した組合はお互いに競い合います。会社はこうした際に、よりおとなしいほうの組合の肩を持ちます。他方組合はこれを不当労働行為だと主張するわけです。また戦闘的な組合の

  • 労働法学研究会報 No.2622 9

    た不当労働行為の審査機能が主流になった結果、労働委員会そのものの存在感が薄くなってしまったとも思えます。 昭和24年に現行労組法の骨格が出来たと言いましたが、その翌25年からの5年間と、ごく最近の5年間(平成22-26年)の不当労働行為の数字比べてみましょう。 不当労働行為の審査という面では、昭和25年―29年当時よりも最近の5年間のほうが件数が増えています。 都道府県労働委員会のレベルで見ますと、少し減っていますが、中央労働委員会に来る事件数は増えています。 戦後の大変な時期と今とを比べても処理している事件数は変わらないのです。ただし、人々の耳目を集めるような派手な案件は少なくなったということです。

    47、東京にもう1つで48ありますので、LRC48と呼べます。これを回しているのが公労使の委員会と事務局です。公労使の委員は何人いるかというと、777人です。各側259人ずつです。

    統計からみる労働紛争

    不当労働行為事件数 労働委員会が昭和40年代にかけて大活躍したのはいいが、今はどうなっているのか。 かつては、先ほど話した臨時ニュースで絶えず取り上げられていた中労委ですが、労使関係の安定化に伴って、調整機能からどちらかというと地味な裁判に似

    2

    5

    434 447394 369

    4077

    0

    250

    500

    25-29 1950-1954) 22-26 2010-2014

    (

    (

    各5年間の年平均新規係属件数の比較(中労委調べ。小数点以下四捨五入)

  • No.2622 労働法学研究会報10

    2つ目です。

    争議件数 では、争議件数はどうなったのでしょうか。 国際比較をする際には、半日以上の争議行為の発生件数で比較をします。 この件数の経緯を見ると、1975年が7574件でピークになっています。ところが2010年になると38件に激減します。現在も30~40件程度です。 日本では半日以上にわたるストライキは極めて少ないという状況です。 昼休みに30分だけストライキをするというケースや、時間外拒否闘争もストライキの一形態です。半日に至らないようなストは今でもしばしばあります。 ただ、昔よく見られた千人単位、万単

    組織率 その間、組織率はどうなったかというと、1949年がピーク(55.8%)で、70年代の石油危機あたりを境にして徐々に減ってきています。平成27年では、17.4%となり、ピークの3分の1以下です。事件も3分の1になっているかというと、今見たように、同じ程度の件数です。 なぜこのようになったのか。2つの理由があると思います。 1つは労働力人口が増えて、紛争の起きる余地が広がったという単純なことです。 そして、華々しい労使紛争はなくなっても、労使トラブルは今もあるわけでその結果、不当労働行為事件が労働委員会に係属しているということです。これが

    9

  • 労働法学研究会報 No.2622 11

    シャッターを下ろすわけにはいかないのです。 防火対策の進化、鉄筋住宅の増加によって昔より火事が減っています。だからといって消防署が減っていいのかというとそうはいきません。つねに消防隊員は訓練をしています。これと同じように労働委員会もつねに訓練をする必要があるのではないかと思います。いざという時のために準備をしておかなければならない、という意味では、消防署も労働委員会も似ています。 2014年を切り取って2009年と比べてみますと、不当労働行為は件数があまり変わりません。集団調整は725件から359件に落ち込みました。個別紛争も534件から358件に落ち込みました。 リーマンショックの年と、人手不足が伝えられた2014年とでは、やはり紛争の数は違いますが、日本全体では一定数が毎年、新規係属するという実態です。 LRC48と言いましたが、48あれば、各労働委員会でいろいろな差があるのではないか。こうした予想をする人もいると思います。 次頁の図を見ますと、東京、大阪、北海道、神奈川の件数に対して、岩手、石川、山形では、4件程度しかありません。 同じ労働委員会といっても事件処理の忙しさの度合い、委員と職員の事件処理の習熟度の程度はだいぶ異なります。 東京が個別紛争を扱わないというのもなんとなくわかります。これだけの事件数があれば、忙しくて個別紛争まで対応できないでしょう。 件数が少ない労働委員会は個別紛争に対応する余地がありますし、その対応を

    位で参加労働者がいたスト、しかも長時間のストは極めて少ないです。 ときどきパイロット、客室乗務員がストをしてニュースになります。パイロットは世界的に人手不足で交渉力が強いのです。 今はミニストライキが主流です。

    新規係属件数 では、全国に47ある都道府県労働委員会に新規に係属する事件がどのくらいあるかを見ていきましょう(前頁の図参照)。 ここでは過去6年分の数字を紹介いたします。リーマンショック以降の数字です。2009年が1つのピークでリーマンショックの影響が少なくなってくるに従い事件は少しずつ減ってきました。 一番目立つのは集団調整事件の減少です。ほぼ半減です。 今、中国の経済成長の鈍化により、リーマンショック後としては、一番の景気の冷え込みがやってくるのではないかと言われています。それが現実のものになると、やはり数字は増加に転じると思います。 もう1つこの表からわかるのは個別紛争も減少傾向にあることです。 件数が安定しているのは不当労働行為です。 労働委員会の機能の中で、安定的に社会的なニーズがあるのは不当労働行為の判定機能です。世の中が不景気になると集団紛争、個別紛争が急増し、それへの対応が労働委員会としても迫られるというわけです。 今、件数が減っているからといって、

  • No.2622 労働法学研究会報12

    はあります。それは北海道です。北海道労働委員会のHPをご覧になってください。私の立場からこう言うのは憚られるのですが、非常に立派なHPをお持ちです。手続について動画付きで解説していたり、様々な工夫が施されています。 ただ、中労委のHPも不当労働行為関係の裁判例や命令例がデータベース化されていたり、実際の調整事案を一般化した事例集を紹介していたりと充実したものになっていることを付け加えます。 また、中労委は紛争の事前防止のためにセミナーも行っています。そうした講座の案内もHPで行っています。

    不当労働行為審査 さて、労働委員会の任務のうち、最も

    しないと火事があり得ない地域にある消防署のようになってしまって、訓練をしようにもその必要がないため、士気が上がらないというのと同じことが起きてしまいます。 今後は、すごく忙しい労働委員会とそうでない労働委員会の差をどう縮めていくかというのが1つの課題であると思います。 「大阪は件数が多いのに個別紛争にも対応しているじゃないか」という声もあると思います。 実は大阪は対応しているといっても件数はほんのわずかです。神奈川も同様です。両者とも主流は集団紛争対応です。 不当労働行為も集団調整も個別案件も、バランスよくやっている労働委員会

    都道府県労働委員会ごとの新規係属事件総数の偏在(2009-2013年の年平均件数)

    264

    135

    9065

    40

    50

    100

    150

    200

    250

    300

    東京

    大阪

    北海道

    神奈川

    愛知

    京都

    兵庫

    埼玉

    高知

    徳島

    千葉

    鳥取

    静岡

    福岡

    熊本

    宮城

    新潟

    富山

    愛媛

    広島

    沖縄

    三重

    茨城

    群馬

    長野

    奈良

    秋田

    滋賀

    鹿児島

    栃木

    岡山

    長崎

    佐賀

    大分

    福井

    和歌山

    山口

    青森

    島根

    岐阜

    香川

    宮崎

    福島

    山梨

    山形

    石川

    岩手

    都道府県労働委員会の新規係属総件数の年平均 (件:小数点以下は四捨五入)

    出所)中央労働委員会調べ

  • 労働法学研究会報 No.2622 13

    います。和解は労使双方の話し合い、合意によって終了した事案です。これは労働委員会が関与しています。取り下げは労使が自主的に話し合って、労働委員会を介さずに問題処理をして、事件そのものを取り下げるといったケースや、裁判所に別件としてかかってその裁判で決着がついたり、裁判上で和解となったケースなどです。申し立てをしたけども、申し立てを維持する意味がなくなったから取り下げるという場合もあります。 和解はウヤムヤな解決になってしまってよくないのではないか、という意見も一部にあります。ただ、双方が納得するというのが良好な労使関係を築くうえでは重要です。労使関係は将来にわたって続いていくものです。ある時点において何年か前にあったことはよかった、悪か

    大事なものの1つに不当労働行為の審査があると申し上げました。近年は数量的な面から見ても重要になってきましたし、また労働委員会と聞けば不当労働行為のことを想起する人が多いと思います。 ここでは2000年から2013年の労働委員会の初審命令、再審査申立率、行政訴訟提起率を見てみたいと思います。 初審命令・決定の数を見ると2001年当時はJRの案件が多かったので突出した数字になっています。その後は100~120件程度で推移しています。 300件以上の不当労働行為の申し立てがあって、100前後しか命令がないのかというと、都道府県労働委員会においては、不当労働行為の審査が申し立てられても、7割は和解か取り下げで終わって

    労働委員会の初審命令、再審査申立率、行政訴訟提起率(2000-2013年)

    166

    114103.3

    9.9

    60.3 50.1

    0

    20

    40

    60

    80

    100

    120

    140

    160

    180

    初審命令・決定

    書数(件)

    初審命令行訴提

    起率(%)

    再審査申立率

    (%)

    再審査命令行訴

    提起率(%)

    出所)中央労働委員会調べ

  • No.2622 労働法学研究会報14

    で命令を受けたら、行政訴訟で争っても勝ち目がないということで、当事者が「ここらへんで手を打とうか」となることが増えるのが普通でしょう。その結果、最近は4件に1件が行政訴訟に行くという感じです。 行訴で1割程度、中労委の命令が取り消されますが、「高裁、最高裁に進むとなると、5審制ではないか」という問題がよく指摘されてきました。 この数年で、都道府県労働委員会にかかった事件すべてを見たところ、最高裁まで争われるのは、都道府県労働委員会に申し立てられる事件のうちの4%程度です。25件に1件あるかどうかという程度ですが、課題は残されています。 争議行為による損失日数 日本は争議が減り、組織率も低下しました。世界的にそのような傾向にあるのは日本だけではないか、という声もあると思います。 国際比較をしてみましょう。 争議行為による損失日数の国際比較をしたのが次頁の図表です。 この6か国のうち、5000日のレベルに達しているのはどこもありません。 ストライキによって力で相手をねじ伏せたり、それに対してロックアウトをするという「力には力」という対立構造は、20世紀に入ってから多くないという状態になっているといえるでしょう。 日本の傾向はいわゆるグローバルスタンダードと大差ない、ということがいえるかもしれません。

    ったと昔のことを判断したって、労使関係の将来にとって、それがいいことだとは限りません。労使関係だけでなく、例えば、夫婦関係だって、将来にわたって続いていくものですから、双方の納得が大事で、ある時点で過去を蒸し返すことが将来のためになるとは限りません。 人間というものは自分で「はい」と言ったものについてはある程度の責任感のようなものが芽生えるのですが、人からおしつけられると、それがどんなに権威のある人からのものであっても、なかなか納得できないところがあります。 初審で命令(決定)が出ると、その後、6割くらいが中労委に再審査申し立てとなります。都道府県労働委員会が出した命令については地方裁判所に行政訴訟という形で取り消しを求めることも可能です。 地方の労働委員会が出した命令の案件で、地方裁判所にかかるのはだいたい全体の1割程度です。100件中10件という計算です。これは東京や大阪で多いです。 6割が中労委に来ます。そして中労委では、この6割の半分が和解、取り下げとなります。残りが命令です。 中労委命令への取消訴訟もあります。これがどのくらいかというとだいたい半数です。2件に1件です。最近はその比率が落ちてきています。前ほど行政訴訟にならなくなってきました。かつて中労委の命令の3~4割が取り消されるという時代がありました。とりわけJRが絡んだ事件で顕著でした。裁判所と労働委員会で考え方が大きく異なったのです。ところが最近は取り消される例が1割程度です。こうした状況になると、中労委

  • 労働法学研究会報 No.2622 15

     今、日本で一番伸びている労働組合はUIゼンセンです。150万人の組織ですが、その半分は非正規の人びとです。そこからも、労使関係の変化がみてとれます。 新しい労使関係が適切に社会の安定、経済の発展、人々の生活の向上といった点にうまく機能しているかというと、必ずしもそうは言えないと思います。格差は依然として問題として残っています。 失業率を国際比較しますと(2014年)、フランスは10%近くですが、だからといって組織率が上がっているわけではありません。 日本は韓国と並んで先進国の中でも失業率が低い国の1つです。韓国も非正規労働問題では苦しんでいます。日本も同様で保守と言われる政権が同一労働同一

    組織率の国際比較 組織率については、ILOの統計を見ると、1995年当時、ドイツ、イギリスでは、3人に1人は組合に入っていました。日本は4人に1人程度です。当時と比べて急速に落ちたのはドイツです。アメリカ、韓国も低下傾向です。 フランスは時々派手なストがあります。トラックドライバーが輸送に関する政府の政策に不満を持つと、トラックを連ねて高速道路をブロックしてしまうこともあります。ではフランスの組織率はどうかというと、先進国で最低クラスです。 日本の組織率は先進国同士の比較では中くらいだということになります。

    争議行為による損失日数の国際比較

    0

    5

    10

    15

    20

    25

    2000

    2005

    2010

    2013

  • No.2622 労働法学研究会報16

    争も多く処理しています。 それに対して、大阪は、集団紛争はたくさん処理していますが、個別紛争はほんの数件です。 鳥取、徳島、高知は、集団紛争が少ないです。しかし個別紛争はたくさん処理しています。集団紛争はそれほどないから個別紛争に積極的に取り組む、というのが小規模な労働委員会での工夫であり、努力です。 集団紛争が多ければ個別紛争も多い、ということではありません。 逆に、集団紛争が少なければ個別紛争が多い、というわけでもありません。

    個別紛争処理の実際 個別紛争の処理ですが、より本格的に

    賃金にすべきだという方向性を打ち出すに至っているほどです。 とにかく、日本は先進国のなかで失業率がとりわけ悪い、ということはありません。 都道府県別の処理件数 こうした国際比較を通じて、日本はどのように雇用問題にアプローチすればよいのか、と論じたいところですが、それは脇に置いて、もう少し、労働委員会の集団紛争と個別紛争の関係について見ていきたいと思います。 個別紛争の年平均の処理件数を見ると、一番少ない神奈川でこの数年、ゼロが続いています。バランスが良いと言った北海道は集団紛争はもちろん、個別紛

    組合組織率の国際比較 ( ILO統計)

    36.0

    19.4

    32.4

    25.6 23.8

    17.7 14.9 11.3 13.8

    10.3 8.7 7.7

    0

    10

    20

    30

    40

    1995 2000 2005 2010 2013

  • 労働法学研究会報 No.2622 17

    処理できない事件が少なからずあります。 労働者が処遇に不満を持って労働委員会にやってきたという個別紛争の事案があります。労働委員会は公労使でこれに対応するチームを組んで、話を聞き、使用者側も呼んであっせんを開始しました。すると、その労働者1人の問題ではなくて、その事業場の労働者全員に関わるような問題であることが分かりました。具体的にいうと就業規則の規定の仕方に問題がありました。 ここから先が労働局や労働審判と異なります。 労働委員会で公労使三者がどのようなあっせん案を示すか議論をして、どうみてもこの就業規則には問題がある、とな

    これに対応している国の機関が2つあります。 都道府県労働局には相談窓口があり、紛争に対してあっせんをしています。年間約6000件処理しています。 もう1つが労働審判です。地裁に設置された労使の一定の研修を受けた方が審判員となり、裁判官が審判官となって、紛争の調停、審判をするというシステムです。年間約3500件処理しています。 労働委員会は集団紛争と個別紛争を全部足して1200件です(中労委を除く)。 労働局の件数を100とすると、労働審判は60、労働委員会は20ほどです。 労働委員会は労働局、労働審判に比べると非常に限られた件数なのです。しかしその中には労働委員会でないとうまく

    個別労働紛争事件を扱う道府県労働委員会における集団と個別の新規係属件数比較

    (2009-2013年の年平均)

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    60

    北海道

    鳥取

    徳島

    高知

    熊本

    京都

    富山

    埼玉

    宮城

    千葉

    新潟

    愛知

    静岡

    秋田

    愛媛

    長野

    群馬

    福井

    佐賀

    沖縄

    鹿児島

    広島

    島根

    長崎

    奈良

    滋賀

    香川

    山口

    宮崎

    栃木

    大分

    岡山

    和歌山

    山梨

    茨城

    青森

    福島

    大阪

    三重

    岩手

    岐阜

    山形

    石川

    神奈川

    個別労働紛争

    集団争議調整

    出所)中央労働委員会調べ

  • No.2622 労働法学研究会報18

    すから、労側委員は当該労働者に会って話を聞くことも、説得をすることも可能です。使用者側も同様です。 前述の労働者の事案も、説得、話し合い、三者協議の往復運動をして、この事件では就業規則そのものをいじらないとダメだということになりました。結果、就業規則を改定して今後の労使紛争の予防もできるというあっせん内容になりました。 こうした解決ができるのが労働委員会の特徴です。 労使の委員(参与委員)は自分が判定を下す立場にないので当事者に接触してもいいのです。最後は公益委員が判定を下します。 労働委員会では回数を決めていません。ただ、だいたいは2回、3回が多いと思います。労働審判のように3回という法の縛りはありません。 比較的簡単なもめごとは労働局で、それで収まらなければ労働審判、集団的な色彩や複雑なら労働委員会へ、という色分けと連携が出来ます。 労働委員会は原則として利用料は無料です。ただ、代理人として弁護士を利用すればその分の費用は掛かります。また、申し立ても簡便です。 的確性という面でも、中労委の命令が裁判で覆るということは、この数年の傾向では1割程度というようになっています。 一般に行政機関の出した判定は2割が覆ると言われていますから、通常の行政処分の半分程度です。 残る課題は迅速性です。不当労働行為が都道府県労働委員会にかかって処理に

    って使用者側の委員も首をかしげていました。使用者側委員がこの会社の社長に直談判をしまして、「このままの就業規則ではいろいろな問題が生じるでしょうから、改訂してみてはいかがでしょうか」という指導をしつつ、あっせんに至りました。 労働局のあっせんは深追いしないこととしています。件数が多いですから1件1件に時間をかけていたら、大変な労力がいります。基本的にあっせんにあたるのは、1人です。その1人は、社労士、労使の実務に携わっていた人(今は中立の立場)で、1件につき、1回、そして1時間程度で処理をすると言われています。それで解決できなければ、他で解決してください、となります。しかも当該個人の問題だけを処理します。就業規則云々という話にはなり得ません。 労働局でうまくいかない場合、労働局側は労働審判がありますよと言います。 労働審判は中立の立場にある労使の経験者と審判官で多数決で事件を解決することになります。処理のため原則3回の期日です。期間は2か月半くらいです。労使の審判員は中立の審判員ですから、労側の委員が労働者側の控室に行ってあれこれ言う労委方式はできません。審判の場に出された書証・人証に基づいて判断をします。労働審判は、集団的な紛争は扱わないことにしています。 それに対して、労働委員会は個別も集団も扱えます。個別だという申し立てでも集団性があれば、集団事件類似の問題解決を図ることもできます。 しかも、労働者側委員は労働者の代表、使用者側委員は使用者の代表という形で

  • 労働法学研究会報 No.2622 19

    形で司法判断がなされます。そうした場合に中労委と東京地裁との間でかかった日数を比較してみます(一部の特殊な事件を除く)。 本来は、都道府県労働委員会で検討して、中労委で再検討しているのですから、地裁はもっと短くていいはずです。しかし、実際は東京地裁のほうが時間がかかっています。 3年間の平均を見ると東京地裁で578日、中労委が487日ですから、中労委が3か月くらい早いのです。 裁判所は何でも扱うデパートで、中労委は労働問題に特化しているのだから、早くて当然と思われるかもしれません。特化している専門家に委ねると正確だし早いはずです。 ただ、全労委で777人の委員がいても、

    要した時間について、平成21~25年に命令の出た1830件で集計をしてみました。審査の目標期間は忙しい労働委員会で1年半、そうでない所は1年ほどです。北海道は半年です。 実情は、目標が1年以下で367日、目標が1年超の場合は459日です。平均値は1年2~3か月です(442日)。 労働審判は75日くらいですから別格です。裁判所の場合はだいたい1年ですから、おおよそ裁判所と同じくらいかなという感じです。 取下げや和解という処理類型もあると言いましたが、取下げや和解のほうは命令に比べ処理日数が早いです。 同一事件の処理日数で比較した図があります。中労委が命令を出して半分近くは東京地裁への行訴(取消訴訟)という

    22

    604

    531

    579 578

    459

    516513

    487

    450

    550

    650

    H24(19 ) H25(11 ) H26(8 ) 3

  • No.2622 労働法学研究会報20

     事件申立てを受けて簡易・迅速・的確に対応する制度としての紛争の事後処理機能をどうするかが課題ですが、紛争はやはり予防が一番です。 予防についても学者が言っているだけではダメで、公労使三者がお互いの強みを出し合って取り組むのが望ましいと思います。 労使紛争解決は、これからも一定の社会的必要性が存在し続けます。社会あるところ法ありという言葉がありますが、もめごとがあるからそれを裁くルールが必要で、法が生まれてきます。 それから、紛争対処における労働委員会そのものの認知度の向上です。労働委員会制度の機能の社会的認知度を上げていく必要があります。 また、専門性の強化ということでいいますと、労働委員会の委員・職員の専門性を強化して的確な判断につなげていくことが大事だと思います。 同じく大事なのは、各処理機関の連携でして、諸機関のあいだの連携、ハブ機能の必要性について、今後、議論を重ねることが大切です。 1枚の絵を見てください(次頁)。 これは「氷山が海面に浮かんでいるイメージ」です。 不当労働行為事件は、労使関係が「氷山全体」とするならば、まさに「氷山の一角」が不当労働行為紛争の事案として表面化し、事件化したようなものです。労働委員会は、労使関係という「氷山全体」があるべき姿となることを念頭に置きながら、その「氷山の一角」である不当労働行為紛争についての判断を行っています。

    常勤はわずか2人です。裁判所の裁判官は常勤です。ずいぶん安上がりな行政機関です。しかも、非常勤の大部分は月給でなく日給です。非常勤中心で運営していて早いという状態ですが、それをカバーするのは、制度を支えている常勤の職員の方々です。 労働委員会は毎年活性化の相互確認の場を設けて何らかのテーマで、もっと労働委員会が今の時代に役立てないかを模索しています。 最近の大きな課題は個別紛争にどう関わっていったらよいのかという点です。こじれた事案、難しく厄介な事案というのは、本音でいえば、非常勤が多いということもあって、厳しいものがあります。しかし労働委員会がやらざるをえないのではないかと考え、不当労働行為審査事件を的確、迅速にできないかということを絶えず工夫しています。 いずれにしましても、集団、個別、両方の事件を扱い、公労使の視点、職員の行政という視点、いろいろな視点から問題を処理できるというのが、労働委員会が持っている強みではないかと思っております。 

    これからの課題 これからの課題ですが、三者構成(労使公益)という強みをさらにどう活かすかがあります。常勤化すればいいという声はありますが、コスト面の問題があります。また、40代、50代の学識経験者に2年契約ですが常勤(ある意味では非正規)でどうですか、と誘っても簡単には来てくれません。

    3

  • 労働法学研究会報 No.2622 21

     要件裁量は裁判所の権限です。 裁判所が作ったルールを超えて、我々が変えることはできません。しかし、不当労働行為だとなった後、効果の点については、より裁量があります。 事件の性質にあわせて工夫をするものです。手ぬぐいを単に配るだけではなくて、「今回の言動は不当労働行為になります。今後、そのようなことのないようにします」という文書をださせるだとか、掲示板に貼ってもらうだとか、あまりやったことはありませんが、会社のHPに掲載するとか、工夫の余地があります。 私からは以上です。 ご清聴ありがとうございました。 (本稿は平成28年4月5日(火)に開催しました第2706回労働法学研究会例会の講演録を加筆・整理したものです。文責・編集室)

     非組合員には「手ぬぐい」の類い1本を配り、組合員には配らなかったような事案がありました。 手ぬぐい1本なんて取るに足りませんがもらえなかったほうは面白くありませんし、団結にも悪影響があります。 組合員側は不利益待遇が組合嫌悪等の念から発した差別(労組法7条1号)だと主張しました。 原状回復を基本とする救済措置として、組合員にも「手ぬぐい」の類い1本を配れと命じたとして、いかほどの意義があるでしょうか。 労働委員会は事件ごとの特殊性に合わせて、柔軟かつ将来の労使関係がよくなるように、命令の中身については、大きな裁量を持っています。これを効果裁量といいます。不当労働行為かどうかを見るのが要件裁量です。

    1.図は「氷山が海面に浮かんでいるイメージ」を借りている。 2.不当労働行為事件は、労使関係が「氷山全体」とするならば、まさに「氷山の一角」

    が不当労働行為紛争の事案として表面化し、事件化したようなものである。労働委員

    会は、労使関係という「氷山全体」があるべき姿となることを念頭に置きながら、そ

    の「氷山の一角」である不当労働行為紛争についての判断を行っている。 3.事案によっては、当該紛争に関する救済をしたところで、それのみでは、ほんらいの

    労使関係の改善にどれほどの効果があるか疑わしい例も、ないではない(たとえば、

    非組合員には「手ぬぐい」1本を配り、組合員には配らなかったような事案があった

    として、この不利益待遇が組合嫌悪等の念から発した差別と認定判断できれば、不当

    労働行為[労組法 7 条 1 号]となる。だが、原状回復を基本とする救済措置として、組合員にも「手ぬぐい」1本を配れと命じたとして、いかほどの意義があることか)。

    水面上に出た部分=

    不当労働行為事件

    水面下に隠れた部分=

    当該労使関係の全体像

  • No.2622 労働法学研究会報22

    P r o f i l e

    最新労働法解説

    講師●第一芙蓉法律事務所 弁護士 小山博章 (こやま ひろあき)

     就業規則の作成あるいは変更時、また、時間外労働に関するいわゆる36協定などの労使協定を締結する際に、過半数の労働者で組織する労働組合がない場合は、当該事業場の労働者の過半数を代表する者の意見を聞く、あるいは協定を結ぶことになっております。過半数代表者は管理監督者ではなく、また、民主的な手続きで選出された者がなることとされており、最近ではその選出方法等をめぐり、問題となるケースが増えております。 実際に、就業規則を作成する際に、従業員に無断で従業員代表の欄に記名及び押印

    した虚偽の内容が記載された従業員代表の意見書を提出したこと等をもって、社会保険労務士が懲戒処分されるケースなども発生しているところです。 改正派遣法においても、企業が労働組合や従業員代表から意見聴取をすることにより、派遣期間を延長することが可能になるなど、ますます従業員代表の活用の場は増えています。 今回は使用者側の弁護士として活躍されている小山博章先生を講師にお招きし、従業員代表を巡る法的問題点・留意点についてご解説をいただきます。

    早稲田大学教育学部卒慶應義塾大学法科大学院修了第一東京弁護士会 労働法制委員会(基礎研究部会 副部会長)経営法曹会議会員経営者側労働法専門弁護士で、労働審判・仮処分・労働訴訟の係争案件対応、団体交渉対応、人事労務に関する相談、インターネット上の誹謗中傷対応等を得意分野とする。

    主な著書・「最先端の議論に基づく人事労務担当者のための書式・規定例」日本法令(編著)・「問題社員対応マニュアル」(上巻・下巻)労働調査会(編著)など多数

    従業員代表を巡る法的問題点・留意点―適正な従業員代表の選出方法、労使協定を中心に

  • 労働法学研究会報 No.2622 23

    本定例会のポイント

    従業員代表の役割

     従業員代表の役割は、使用者と各種協定を締結し、または、就業規則の制定・改訂に際し意見を述べ、当該事業場における労働者の過半数の意思を反映する、というもの。最近では、労基法以外の法律においても従業員代表との手続きを重視する傾向にある。従業員代表には、①労使合意に基づき労基法など労働関係法規上の規制を解除する、②労使の協議などを通じて労働条件の設定過程に関与する、③多様な政策目的を実現するために労働現場での労使の話し合いを促す――役割がある。従業員代表の意義の拡大により、従業員代表をどうやって選出するのかという点も重要になっていく。

    過半数の分母となる「労働者」

     過半数の分母となる従業員の範囲は、当該事業場において労働契約に基づき労働力を提供している者すべて、である。管理監督者、年少者、パートタイム労働者・契約社員も分母に含まれる。役員を兼任する従業員については、工場長などの役職を与えられており、実際に賃金が支払われているのであれば、労働者としての実態があることから分母に含まれる。病欠、出張、休職期間中で、当該協定期間中に出勤が全く予想されない場合でも当該事業場において労働契約に基づき労働力を提供している者ということで分母に含まれる。

    従業員代表の選出方法の留意点

     従業員代表の選出手続の基本的な視点としては、①当該事業場の労働者に選任の機会が与えられていること、②民主的な手続がとられていることの2点が重要となる。選出手続きが違法となったとしても、このこと自体には罰則はない。しかし、免罰的効果が生じない結果として罰則が適用されたり、派遣との関係でいえば、労働契約申込みみなし制度が適用されてしまったりすることがある点に注意が必要である。

  • No.2622 労働法学研究会報24

    うわけです。 実務上、過半数組合と対立関係が生じ、三六協定が更新できないということがあります。このような状態の中、過半数組合を無視して、過半数代表と三六協定を更新してしまうことがありますが、これは、第一次的な当事者である過半数組合がいるのに、第二次的な過半数代表と協約を締結してしまったということで、その協定は無効となります。

    従業員代表の役割 従業員代表の役割は、使用者と各種協定を締結し、または、就業規則の制定・改訂に際し意見を述べ、当該事業場における労働者の過半数の意思を反映する、というものです。 最近では、労基法以外の法律においても従業員代表との手続きを重視する傾向にあります。一定の労働者を育児介護休業法の対象者から除外する労使協定、会社分割における従業員代表との協議、これらがその代表です。 従業員代表の役割をまとめますと、以下のようになります。①労使合意に基づき労基法など労働関係法規上の規制を解除する役割(労基法36条など)②労使の協議などを通じて労働条件の設定過程に関与する役割③多様な政策目的を実現するために労働現場での労使の話し合いを促す役割 このように従業員代表の意義は非常に拡大していますので、それに伴って、従業員代表をどのように選出するのかという点も重要になっていきます。 

     弁護士の小山博章と申します。本日は、「従業員代表を巡る 法的問題点・留意点」というテーマでお話しいたします。よろしくお願いいたします。 本日は、以下のような内容、順番で話を進めていきます。 第1 従業員代表の意義第2 労使協定の意義第3 改正労働者派遣法と従業員代表第4 従業員代表の要件第5 従業員代表の選出方法の留意点

     

    従業員代表の意義

    従業員代表とは 従業員代表については、労働者代表などと呼ばれることもありますが、本日は、「従業員代表」という言葉で統一させていただきたいと思います。 従業員代表は、第一に、労働者の過半数で組織する労働組合(以下「過半数組合」といいます)があれば、これが第一次的な締結当事者となります。過半数組合がない場合に、当該事業場の労働者の過半数を代表する者(以下、「過半数代表」といいます)が、第二次的な締結当事者となります。過半数を占めている組合があれば、協約の締結当事者としての地位を与えても差し支えない、というのがこの制度の背景にあります。過半数代表が選挙等で選出された一時的なものであるのに対して、過半数組合は恒常的なものですから、労働者の保護を図るためには、後者のほうがその地位にふさわしいとい

    1

  • 労働法学研究会報 No.2622 25

    労使協定の意義

    労使協定とは 労使協定とは、労働基準法その他(育児介護休業法、高年齢者雇用安定法など)によって、企業が従業員代表との書面による協定を締結した場合に、その協定の内容の限りで法の規制を解除する効果(免罰的効果)を与えるものです。 例えば、法定労働時間(1日8時間1週40時間)を超えて労働させたり、休日に(1週1回または4週を通じて4回を下回って)労働させたりすること自体が労働基準法違反となり、6ヵ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科されることになっていますが(労基法119条1号)、三六協定を締結することにより、労基法32条違反は免れることになります(労基法36条)。これを免罰的効果と呼びます。ちなみに、三六協定には免罰的効果はありますが、私法的効力はありません。つまり、三六協定があったとしても、当然に労働者に対して残業や休日労働を命令できるものではなく、労働協約、就業規則、労働契約などの契約上の根拠が必要となります(昭23・4・5基発535)。なお、例外的に私法的効力を有するという労使協定もあります(後述の図表2参照)。

    労使協定の特徴 労使協定の主な特徴は、以下の6点です。①法令により締結が求められる場合にのみ効力が認められる。 法令により締結が求められる場合にの

    み効力が認められます。逆にいえば、法令で締結が求められていない事項については、協定を結んだとしても効力は認められません。これは、締結対象事項について原則として制限のない労働協約と大きく異なる点です。②過半数代表者が締結当事者となる場合がある。 労働協約は、労働組合しか締結当事者になれませんが、労使協定の場合は、前述したように、過半数組合がない場合は、過半数代表が締結当事者になれます。③効力が事業場全体に及ぶ。 労働協約は、原則的には、協約を締結した組合員にしか効力が及びません。例外的に拡張適用されることもあります(労組法17条、18条)。他方、労使協定は、過半数組合が労使協定を締結した場合、少数組合の組合員であろうと、非組合員であろうと、その事業場全体の従業員に対して効力が及びます(昭23・4・5基発535)。④書面による協定。 労使協定は、口頭でなされた場合、無効になる可能性があります(実際に無効とされた裁判例があります(片山工業事件・岡山地判昭40・5・31労判16号10頁))。⑤行政官庁への届出が義務付けられる場合がある。 労働協約は、行政官庁への届け出は必要ありません。他方、労使協定の場合には、三六協定のように届け出が義務付けられているものがあり、さらには、届け出が効力要件になっているものもあります。⑥一部を除き、有効期間の規制がない。

    2

  • No.2622 労働法学研究会報26

     図表にも記載されていますが、一方当事者からの労使協定の破棄の可否が問題になることがあります。まず、期間の定めのある労使協定については、一方当事者が破棄したいと主張したとしても、それは認められません。この点はあまり争いがありません。他方、期間の定めのない労使協定についてはどうでしょうか。労働協約であれば、労組法15条3項4号によって90日の予告期間を置けば破棄できます。労使協定が労働協約として締結されている場合については、この90日の予告期間を置くことで破棄することができます。一方、労使協定が労働協約として締結されていないこともありますが、これについても、労組法15条3項の類推適用によって、90日間の予告期間を設ければ破棄できると解されています。

    労使協定を締結する場面~労基法 労使協定を締結する場面ですが、労基法に基づくものと、それ以外のものという分け方ができます(図表2)。 以下、図表2のうち、ポイントとなる点のみ言及します。

     労使協定は有効期間を定めなくてもよいものが多数あります。 なお、労使協定に、自動更新条項、自動延長条項を設けてもいいのかという論点があります。自動更新条項とは、期間満了の1か月前などに双方が異議を述べなければ自動的に更新されるというものです。従業員代表が異議を述べれば自動更新されることから従業員代表の意思が反映できるので、このような条項は有効だと解されています(届け出はその都度必要です)。他方、自動延長条項とは、次の協定が締結されるまでは、今の協定の効力が維持され続けるというものです。三六協定の更新を従業員代表が拒否しても、自動延長条項が有効であれば、従来の三六協定の効力が維持され続けてしまい、従業員代表の意思を無視してしまう結果となるため、自動延長条項は無効と解されています。

    労働協約との相違点 労使協定の特徴については、労働協約と比べると分かりやすいですので、両者の相違点を図表にまとめておきました(図表1)。

    項目 労使協定 労働協約

    労働者側締結主体 過半数組合、それがなければ過半数代表 労働組合

    締結対象事項 法令に規定された事項 原則として制限なし

    効力が及ぶ範囲 事業所の全従業員 原則:労働協約を締結した労働組合の組合員行政官庁への届出の要否 必要な場合あり 不要

    有効期間の要否 法令で定められた場合にのみ有効期間を設定 不要(当事者の自由)

    一方当事者からの破棄の可否 争いあり 期間の定めのない労働協約であれば可能

    図表1

  • 労働法学研究会報 No.2622 27

    のであれば、届け出が必要です。 計画年休に関する協定は、私法上の効力を有する協定です。 以上が労基法上の労使協定です。

    労使協定を締結する場面~労基法以外 ここでは、育児介護休業法と高年法に根拠条文がある協定を示しておきました(次頁図表3参照)。育介法に基づくものは、いずれも、届け出は不要で、有効期間の定めは必要です。また、継続雇用の対象者の選抜基準に関する協定は、届け出は不要、有効期間の定めも不要です。

     1ヶ月単位の変形労働時間制は、就業規則によっても定めることができ、この場合には、届け出は不要です。 1年単位の変形労働時間制に関する協定の有効期間については、通達(平11・1・29基発45)において、1年程度が望ましいとされていますが、3年以内なら受理するとされています。 時間外・休日労働協定(三六協定)は、届け出が効力要件になっている点に注意が必要です。 事業場外労働みなし労働時間制に関する協定は、みなし時間が8時間以下であれば届け出は不要です。8時間を超える

    協定名 根拠条文 届出の要否 有効期間の要否任意貯蓄金管理協定 労基法18条2項 ○ 不要賃金控除協定 労基法24条1項但書 × 不要1ヶ月単位の変形労働時間制に関する協定

    労基法32の2第1項 ○ 必要

    フレックスタイム制に関する協定

    労基法32の3 × 不要

    1年単位の変形労働時間制に関する協定

    労基法32の4第1項 ○ 必要

    1週間単位の非定型的変形労働時間制に関する協定

    労基法32の5第1項 ○ 不要

    一斉休憩の原則の適用除外協定 労基法34条2項但書 × 不要時間外・休日労働協定 労基法36条1項本文 ○ 必要代替休暇に関する協定 労基法37条3項 × 不要事業場外労働みなし労働時間制に関する協定

    労基法38条の2第2項 △ 必要

    専門業務型裁量労働制に関する協定

    労基法38条の3第1項 ○ 必要

    時間単位年休に関する協定 労基法39条4項 × 不要計画年休に関する協定 労基法39条6項 × 不要年休日の賃金を標準報酬日額とすることに関する協定

    労基法39条7項 × 不要

    年休日の賃金を標準報酬日額とすることに関する協定

    労基法39条7項 × 不要

    図表2

  • No.2622 労働法学研究会報28

     そして、有期雇用派遣労働者の受入れにあたり、「個人単位」「事業所単位」の2つの期間制限が課せられました。改正前は、いわゆる専門26業務について、期間制限なしとされていました。自由化業務は、原則1年で、従業員代表への意見聴取により延長可とされていました。改正後は、個人単位の期間制限と事業場単位の期間制限となり、前者は派遣先の同一組織(「課」をイメージ)単位で上限3年ということになりました。後者については、同一事業所全体で原則3年、従業員代表への意見聴取により延長可(上限なし)とされています。 従業員代表への意見聴取がなされなかった場合は、2015年10月1日から施行された労働契約申込みみなし制度が適用されてしまいます。使用者が従業員代表から意見聴取をしたと思っていても、肝心の従業員代表が適切に選出されていない場合は、意見聴取していないということになってしまいます。 厚労省が作成した「平成27年労働者派遣法改正法の概要」が、改正点についてわかりやすく解説しています。以下、これをベースに解説します。この概要には、

    改正労働者派遣法と従業員代表

    期間制限に関する改正内容 では、続いて、改正労働者派遣法と従業員代表という話に移ります。なぜ、ここで急に派遣法の話をするのかというと、期間制限との関係で、期間を延長するためには従業員代表からの意見聴取が必要になるところ、この従業員代表の選出が適切になされていない場合には、意見聴取がなされていないものとして、労働契約申込みみなし制度の対象となってしまうという、会社にとって極めて大きな影響を与えるからです。 今回の改正で、期間制限に関して、従来の業務区分に基づくものから、派遣元での雇用形態の違いにより、期間制限の有無が異なる仕組みへ改められました。期間制限が課されるのは、受入れた派遣労働者が派遣元で有期雇用契約を締結している場合に限られます。無期雇用派遣労働者だけを事業所で受入れる場合には、期間制限の適用はありません。

    3

    協定名 根拠条文 届出の要否 有効期間の要否育児休業の適用除外協定 育介法6条1項但書 × 必要介護休業の適用除外協定 育介法12条2項 × 必要子の看護休暇の適用除外協定 育介法16条の3第2項 × 必要介護休暇の適用除外協定 育介法16条の6第2項 × 必要所定外労働の免除措置の適用除外協定

    育介法16条の8第1項本文

    × 必要

    所定外労働の短縮措置の適用除外協定

    育介法23条1項但書 × 必要

    継続雇用の対象者の選抜基準に関する協定

    高年法9条2項 × 不要

    図表3

  • 労働法学研究会報 No.2622 29

    合は、派遣先の事業所の過半数労働組合等からの意見を聴く必要があります。

     施行日以後、最初に新たな期間制限の対象となる労働者派遣を行った日が、3年の派遣可能期間の起算日となります。それ以降、3年までの間に派遣労働者が交替したり、他の労働者派遣契約に基づく労働者派遣を始めたりした場合でも、派遣可能期間の起算日は変わりません(したがって、派遣可能期間の途中から開始した労働者派遣の期間は、原則、その派遣可能期間の終了までとなります。)。 図表4のAさんとCさんが同じ日に来た場合、左端の派遣開始から数えて3年間となります。 Cさんの後釜として、Dさん、Eさんが来ましたが、基本的には、Aさん、Cさんが来た時から3年をカウントします。

    「改正前の、いわゆる「26 業務」への労働者派遣には期間制限を設けない仕組みが見直され、施行日以後に締結された労働者派遣契約に基づく労働者派遣には、すべての業務で、次の2つの期間制限が適用されます。」と記載されています。その趣旨は、常用代替と固定化の防止にあると言われています。常用代替防止とは仕事がすべて派遣労働者に切り替えられると、正社員の仕事が少なくなってしまうということを防ぐということです。他方、固定化防止とは、派遣労働者が派遣就労を希望していない場合に、派遣労働者という地位にとどまるべきではない、ということです。

     まず、派遣先事業所単位の期間制限については、派遣先の同一の事業所に対し派遣できる期間(派遣可能期間)は、原則、3年が限度となります。派遣先が3年を超えて派遣を受け入れようとする場

    - 4 -

    意見聴取

    Ⅱ 労働者派遣の期間制限の見直し

    改正前の、いわゆる「26 業務」への労働者派遣には期間制限を設けない仕組み

    が見直され、施行日以後に締結された労働者派遣契約に基づく労働者派遣には、す

    べての業務で、次の2つの期間制限が適用されます。

    派遣先事業所単位の期間制限 派遣先の同一の事業所に対し派遣できる期間(派遣可能期間)は、原則、3年

    が限度となります。

    派遣先が3年を超えて派遣を受け入れようとする場合は、派遣先の事業所の過

    半数労働組合等からの意見を聴く必要があります。 (→p.7)

    3年 3年

    A B

    C D E F

    G G H

    3年

    施行日以後、最初に新たな期間制限の対象となる労働者派遣を行った日が、3年

    の派遣可能期間の起算日となります。

    それ以降、3年までの間に派遣労働者が交替したり、他の労働者派遣契約に基づ

    く労働者派遣を始めた場合でも、派遣可能期間の起算日は変わりません。(したが

    って、派遣可能期間の途中から開始した労働者派遣の期間は、原則、その派遣可能

    期間の終了までとなります。)

    ※派遣可能期間を延長した場合でも、個人単位の期間制限を超えて、同一の有期雇

    用の派遣労働者を引き続き同一の組織単位に派遣することはできません。(→p.5)

    3年経過後

    延長可能

    派遣開始

    事業所 図表4

    ※厚生労働省パンフレット「平成27年労働者派遣の改正法の概要」より抜粋

  • No.2622 労働法学研究会報30

    行わないようにする必要があります)。派遣労働者の従事する業務が変わっても、同一の組織単位内である場合は、派遣期間は通算されます。 「事業所」、「組織単位」の定義ですが、「事業所」は、工場、事務所、店舗等、場所的に独立していること、経営の単位として人事・経理・指導監督・働き方などがある程度独立していること、施設として一定期間継続するものであることなどの観点から、実態に即して判断されます。これについては、従業員代表の話に出てくる「事業場」という概念と同一の概念だと考えられています。他方、「組織単位」については、いわゆる「課」や「グループ」など、業務としての類似性、関連性があり、組織の長が業務配分、労務管理上の指揮監督権限を有するものとして、実態に即して判断されます。

     次に、派遣労働者個人単位の期間制限についてですが、同一の派遣労働者を、派遣先の事業所における同一の組織単位に対し派遣できる期間は、3年が限度となります。組織単位は「課」をイメージしていただければ結構です。 図表5のAさんが、庶務課一係で働いていましたが、ここには3年間しか居られません。しかし、経営企画課に移れば、この会社で働き続けることができます。同じ人について、3年を超えて同じ課への派遣はできません。別の人の場合、同じ課への派遣は問題ありません。 組織単位を変えれば、同一の事業所に、引き続き同一の派遣労働者を(3年を限度として)派遣することができますが、事業所単位の期間制限による派遣可能期間が延長されていることが前提となります(この場合でも、派遣先は同一の派遣労働者を指名するなどの特定目的行為を

    - 5 -

    意見聴取

    派遣労働者個人単位の期間制限 同一の派遣労働者を、派遣先の事業所における同一の組織単位に対し派遣でき

    る期間は、3年が限度となります。

    3年 3年

    A 課が異なれば、 同じ人の派遣 OK

    A

    同じ人について、 3年を超えて同じ課への 派遣は×

    B 別の人の場合、 同じ課への派遣 OK

    ※組織単位を変えれば、同一の事業所に、引き続き同一の派遣労働者を(3年を限

    度として)派遣することができますが、事業所単位の期間制限による派遣可能期

    間が延長されていることが前提となります。(この場合でも、派遣先は同一の派

    遣労働者を指名するなどの特定目的行為を行わないようにする必要があります。)

    ※派遣労働者の従事する業務が変わっても、同一の組織単位内である場合は、派遣

    期間は通算されます。

    「事業所」、「組織単位」の定義

    事業所

    ・工場、事務所、店舗等、場所的に独立していること

    ・経営の単位として人事・経理・指導監督・働き方などがある程度

    独立していること

    ・施設として一定期間継続するものであること

    などの観点から、実態に即して判断されます。

    ※雇用保険の適用事業所に関する考え方と基本的には同一です。

    組織単位

    いわゆる「課」や「グループ」など、

    ・業務としての類似性、関連性があり、

    ・組織の長が業務配分、労務管理上の指揮監督権限を有する

    ものとして、実態に即して判断されます。

    派遣開始

    3年経過後

    延長可能

    経営企画課

    庶務課一係

    庶務課二係

    ※厚生労働省パンフレット「平成27年労働者派遣の改正法の概要」より抜粋

    図表5

  • 労働法学研究会報 No.2622 31

    結されている労働者派遣契約については、その契約に基づく労働者派遣がいつ開始されるかにかかわらず、改正前の法律の期間制限が適用されます。 ただし、派遣契約締結から派遣開始までにあまりにも期間が空いている場合は脱法行為と認定される可能性があります。

    過半数労働組合等への意見聴取手続 派遣先は、事業所単位の期間制限による3年の派遣可能期間を延長しようとする場合、その事業所の過半数労働組合等(過半数労働組合または過半数代表者)からの意見を聴く必要があります。 意見を聴いた結果、過半数労働組合等から異議があった場合には、派遣先は対応方針等を説明する義務があります。これは、労使自治の考え方に基づき、派遣労働者の受入れについて派遣先事業所内で実質的な話合いができる仕組みを構築することが目的であり、派遣先は、意見聴取や対応方針等の説明を誠実に行うよう努めなければなりません。

    意見聴取 派遣先は、事業所単位の期間制限の抵触日の1か月前までに、事業所の過半数労働組合等からの意見を聴きます。ただし、過半数労働組合等に十分な考慮期間を設けなければなりません。 派遣先が意見を聴く際は、派遣可能期間を延長しようとする事業所、及び延長しようとする期間を書面で通知しなければなりません。 派遣先が意見を聴く際は、事業所の派

    期間制限の例外 次に掲げる場合は、例外として、期間制限がかかりません。・ 派遣元事業主に無期雇用される派遣労働者を派遣する場合・ 60 歳以上の派遣労働者を派遣する場合・ 終期が明確な有期プロジェクト業務に派遣労働者を派遣する場合・ 日数限定業務(1か月の勤務日数が通常の労働者の半分以下かつ10 日以下であるもの)に派遣労働者を派遣する場合・ 産前産後休業、育児休業、介護休業等を取得する労働者の業務に派遣労働者を派遣する場合

    いわゆる「クーリング期間」について 事業所単位の期間制限、個人単位の期間制限の両方に、いわゆる「クーリング期間」の考え方が設けられます。 まず、事業所単位の期間制限ですが、派遣先の事業所ごとの業務について、労働者派遣の終了後に再び派遣する場合、派遣終了と次の派遣開始の間の期間が3か月を超えないときは、労働者派遣は継続しているものとみなされます。 次に、個人単位の期間制限ですが、派遣先の事業所における同一の組織単位ごとの業務について、労働者派遣の終了後に同一の派遣労働者を再び派遣する場合、派遣終了と次の派遣開始の間の期間が3か月を超えないときは、労働者派遣は継続しているものとみなされます。 経過措置として、施行日時点で既に締

  • No.2622 労働法学研究会報32

    間の終了後3年間保存し、また事業所の労働者に周知しなければなりません。 意見聴取手続において過半数労働組合等から異議が述べられた場合、派遣先は十分その意見を尊重するよう努めなければなりません。 また、当該意見への対応方針等を説明するに当たっては、当該意見を勘案して労働者派遣の役務の提供の受入れについて再検討を加えること等により、過半数労働組合等の意見を十分に尊重するよう努めなければなりません。 2回目以降の延長に係る意見聴取において、再度異議が述べられた場合については、当該意見を十分に尊重し、受入れ人数の削減等の対応方針を採ることを検討し、その結論をより一層丁寧に説明しなければなりません。 なお、最終的に、賛成を得るというところまでは求められていません。 延長の中止、派遣期間の短縮といったことをかならずしなければならない、ということではありません。 前述したように、過半数代表者が使用者による指名であるなどして民主的な方法によって選出されたものではない場合は、事実上意見聴取が行われていないものと同視して、労働契約申込みみなし制度の対象となります。

    労働契約申込みみなし制度 労働契約申込みみなし制度とは、対象となる以下5つの違法行為のいずれかが行われた時点で、派遣先が派遣労働者に対して派遣元での労働条件と同一の労働契約を申し込んだとみなし、派遣労働者が申込みを承諾した時点でただちに労働

    遣労働者の受入れの開始以来の派遣労働者数や派遣先が無期雇用する労働者数の推移等の、過半数労働組合等が意見を述べる参考になる資料を提供しなければなりません。また、過半数労働組合等が希望する場合は、部署ごとの派遣労働者の数、個々の派遣労働者の受入期間等の情報を提供することが望まれます。 派遣先は、意見を聴いた後、次の事項を書面に記載し、延長しようとする派遣可能期間の終了後3年間保存し、また事業所の労働者に周知しなければなりません。・ 意見を聴いた過半数労働組合の名称または過半数代表者の氏名・ 過半数労働組合等に書面通知した日及び通知した事項・ 意見を聴いた日及び意見の内容・ 意見を聴いて、延長する期間を変更したときは、その変更した期�