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東レリサーチセンター The TRC News No.120(Feb. 2015)・43
1.はじめに
医薬品原薬や製剤中には合成過程における残存物や反応生成物が不純物として含まれており、これら不純物を完全に除去することは非常に困難である。近年では、DNAと反応し、極めて低い濃度で変異やがんを引き起こす可能性のある不純物、すなわち、遺伝毒性不純物に関する品質管理の重要性が高まっている。 日米欧医薬品規制調和国際会議(ICH)において、「潜在的発がんリスクを低減するための医薬品中DNA反応性(変異原性)不純物の評価及び管理(ICH M7 step 4)」1︶
ガイドラインが示されている。本ガイドラインでは試験が実施されていない化学物質に対して、発がん性又は他の毒性を示さない許容摂取量を規定するために、毒性学的懸念の閾値(threshold of toxicological concern, TTC)の概念が提唱されている。ここでの許容摂取量は1.5 µg/dayと謳われており、こうした微量の遺伝毒性不純物を検出、定量するためには、高い感度(1~5 ppm)を有する分析手法が求められる。製剤中には賦形剤や他の不純物が含まれているため、これら不純物が遺伝毒性物質の定量に影響を及ぼすことも懸念される。そこで本稿では、医薬品中の遺伝毒性不純物の定量について、選択性の高い分析手法であるLC/MS/MSを用いた分析事例を紹介する。
2.LC/MS/MSの原理
LC/MS/MSは、高速液体クロマトグラフと三連四重極質量分析計を組み合わせた分析手法である(図1)。
図1 LC/MS/MS装置の構成
定量分析では、SRM(Selected Reaction Monitoring)モードが一般的に利用される。すなわち、分析カラムによって分離された試料をイオン化し、第一MSで化合物に特徴的なプリカーサーイオンのみが通過するように設
定する。そのイオンをコリジョンセル内で窒素やアルゴンなどの不活性ガスと衝突させた後、新たに生成したプロダクトイオンのうち、第二MSで特定のイオンのみが通過するように設定し、試料を検出する。特定イオンのみを検出することにより選択性が高まり、その結果、バッググラウンドノイズが低減され、S/N比の高い高感度な分析が可能になる。
3.アルキルメタンスルホネートの定量
遺伝毒性物質として知られている代表的なアルキル化剤、メチルメタンスルホネート(MMS)、エチルメタンスルホネート(EMS)およびプロピルメタンスルホネート(PMS)(図2)の定量について紹介する。はじめに、正イオン検出エレクトロスプレーイオン化(ESI)をイオン源とした、マススペクトル及びプロダクトイオンスペクトルを取得した(図3.1及び図3.2)。
MMS︵MW 110) EMS︵MW 124) PMS︵MW 138︶図2 アルキルメタンスルホネートの構造式
図3.1 MMS,EMSおよびPMSのESIマススペクトル
図3.2 MMS,EMSおよびPMSのESIプロダクトイオンスペクトル
[特集]第11回医薬ポスターセッション
F-1:LC/MS/MSによる医薬品中の遺伝毒性物質の高感度分析
名古屋研究部 大野 美季
●F-1:LC/MS/MSによる医薬品中の遺伝毒性物質の高感度分析
![Page 2: F-1:LC/MS/MSによる医薬品中 の遺伝毒性物質の高 …43-44).pdfMMS、EMS及びPMSの保持時間は各々2.5分、2.7分 および3.1分であったのに対し、リトナビルは5.3分に溶](https://reader038.vdocuments.mx/reader038/viewer/2022110111/5ac300c87f8b9a333d8b99bb/html5/thumbnails/2.jpg)
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これらのマススペクトルから、各アルキルメタンスルホネートのSRMモニターイオンとして、Q1:m/z=111、 Q3:m/z=79(MMS)、Q1:m/z=125、Q3:m/z=97(EMS)及びQ1:m/z=139、Q3:m/z=97(PMS)を選択した。分析カラムには逆相系C18カラムを、溶離液には0.1%ギ酸とアセトニトリルを用い、グラジエント条件で分析した結果、 各アルキルメタンスルホネートは0.01~0.5 µg/mLの範囲で良好な直線性を示し(r≧0.995)、MMS、EMS及びPMSの検出限界はそれぞれ、0.01、0.04及び0.05 µg/mLであった。
4.薬剤中のMMS,EMS及びPMSの定量
抗エイズ薬のリトナビルを用い、リトナビル中でのアルキルメタンスルホネートの定量について検討した。MMS、EMS、PMS及びリトナビルのSRMクロマトグラムを図4に示す。
MMS
EMS
PMS
Ritonavir
図4 MMS,EMS,PMSおよびリトナビルのクロマトグラム
MMS、EMS及びPMSの保持時間は各々2.5分、2.7分および3.1分であったのに対し、リトナビルは5.3分に溶出されており、各アルキルメタンスルホネートとの分離は良好であった。 次にリトナビル中に各アルキルメタンスルホネートを1、5及び10 ppm相当添加し、回収率を算出した(表1)。図5に(a)1 ppm相当アルキルメタンスルホネート標準溶液、(b)ブランク(リトナビル)溶液、(c)リトナビル溶液への1 ppm相当アルキルメタンスルホネート添加溶液の各クロマトグラムを示すが、ブランク溶液からはリトナビルによる顕著な妨害成分は確認されなかった。
表1 リトナビル溶液中のMMS,EMS及びPMSの回収率化合物名 1 ppm 5 ppm 10 ppm
MMS 89.6 96.2 95.5EMS 95.8 95.8 92.6PMS 65.7 68.0 70.8
(%, n=3)
図5 MMS,EMSおよびPMSのクロマトグラム(a)1ppm標準溶液,(b)ブランク(リトナビル)溶液,(c)1ppm添加溶液
回収率についてはMMS及びEMSは約90%以上であったのに対し、PMSのみ比較的低値であった。これはPMSの保持時間付近に溶出されるリトナビル由来の不純物が、PMSのイオン化に影響を及ぼしたものと考えられる。
5.まとめ
エレクトロスプレーイオン化LC/MS/MSを用い、リトナビル中のMMS、EMS及びPMSの迅速定量法を検討した。各アルキルメタンスルホネートを1 ppmまで評価可能であったことより、アルキルメタンスルホネートの定量には選択性が高く、高感度な分析手法であるLC/MS/MSが有用であることがわかった。また、LC/MS/MSは広範な化合物に適用可能であるため、他の様々な遺伝毒性不純物の定量にも適用可能と考えている。 当研究部においても今回新たにLC/MS/MS装置を導入した。今後、遺伝毒性物質をはじめとした不純物測定など、CMCの分野での積極的な活用が望まれるため、尽力していきたい。
6.参考文献
1) 潜在的発がんリスクを低減するための医薬品中DNA反応性(変異原性)不純物の評価及び管理(ICH M7 step 4)、日米欧医薬品規制調和国際会議(2014)
2) P.R. Kakadiya, B. Pratapa Reddy, V. Singh, S.Ganguly, T.G. Chandrashekhar and D.K. Singh, J. Pharm. Biomed. Anal. 55, 379-384(2011)
■大野 美季(おおの みき) 名古屋研究部 安定性試験室 趣味:アロマテラピー
MMS
EMS
PMS
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