国際平和活動:いくつかの国際法的論点 山田 洋一郎...外務省調査月報...

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外務省調査月報 2010/No.3 29 国際平和活動:いくつかの国際法的論点 山田 洋一郎 はじめに ―オーストラリア司法長官の示した国際法上の立場― ····················30 1.外国領域への軍隊派遣が正当化される法的根拠について ··························32 2.地位協定について·············································································34 3.武器使用規定(ROE)について ························································41 4.指揮命令について·············································································47 5.国際人道法との関係について ······························································52 6.安全確保活動等における被「拘留」者の扱いについて ·····························56

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外務省調査月報 2010/No.3 29

国際平和活動:いくつかの国際法的論点

山田 洋一郎

はじめに ―オーストラリア司法長官の示した国際法上の立場― ···················· 30

1.外国領域への軍隊派遣が正当化される法的根拠について ·························· 32

2.地位協定について ············································································· 34

3.武器使用規定(ROE)について ························································ 41

4.指揮命令について ············································································· 47

5.国際人道法との関係について ······························································ 52

6.安全確保活動等における被「拘留」者の扱いについて ····························· 56

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30 国際平和活動:いくつかの国際法的論点

はじめに

―オーストラリア司法長官の示した国際法上の立場―

武力紛争に際し、当事者自身による政治的解決を可能とする条件を作り出すため

に、国際社会の関心ある国々の軍隊や警察、文民専門家がさまざまな活動を行って

きた。これを国際平和活動という。

我が国の国際平和活動の経験は限られている。国連 PKO への参加の歴史はまだ

浅く、多国籍軍への協力の実績も乏しい。今後、国際平和活動に関する一般法を制

定して他の先進国並みに活動することを意図するならば、国際平和活動に豊富な経

験のある国々がいかなる実際的及び法的問題に遭遇してきたか、それを解決するた

めにいかなる措置がとられているかを見る必要がある。

この観点で、アジア太平洋の国際平和活動において指導的な役割を果たしてきた

豪州の経験は大いに参考となろう。豪州は米国の同盟国であり、またコモンウェル

スを通じて英国等の国々の実践を広く研究し吸収している。さらに、国際社会の平

和と安定についての理念や利益が我が国と近似していることも、豪州の例を参考に

する重要な理由になる。

2007 年 3 月 20 日付で豪州の司法省(Attorney-General’s Department)は豪州

議会上院の外交・防衛・貿易委員会委員長に対し、国際平和活動の法的側面に関し

て以下のような見解を提出した1)。

(ア) 平和維持活動に軍人を派遣する際には、国際法、豪州の国内法、派遣先国の国

内法という三種類の法律の遵守を必要とする。

(イ) 海外派遣に際して司法省が法的見解を示す問題は、派遣の法的根拠、派遣にお

ける行動規範、派遣された要員の法的責任と法的免除の 3 種類である。

(ウ) 軍隊が外国の領域で国際平和協力活動に従事するための国際法的根拠として

1) “Inquiry into Australia’s involvement in peacekeeping operations” at http://www.aph.

gov.au/senate/committee/fadt_ctte/peacekeeping/submissions/sub13.pdf

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外務省調査月報 2010/No.3 31

は、国連安全保障理事会の許可か、それがない場合には受入国の同意ないし要

請が必要である。受入国からの要請については、2 つの問題が法的に重要であ

る。第一に、要請をしている者が要請をする法的権限を有しているか。第二に、

要員派遣に関する要請国からの法的許可を記録するためにどのような国際文

書が必要か。要請をしている者の法的権限の有無を確認するために、当該国の

法制度が慎重に検討される。法的権限の根拠は、通常、当該国の憲法に見出さ

れる。要員派遣に関する要請国の法的許可を如何なる形で取り付けるかは、要

請の緊急性やオペレーションに参加する国の数などに影響され、場合によって

は条約より軽い形になることもある。(東チモールの場合には国家間の書面に

よる通信である「口上書」の形式だった。なお、条約の場合には、「国益分析

書」等とともに議会にかけられ審議される)

(エ) 派遣される軍隊の行動規範については、rules of engagement(武器使用規定。

以下“ROE”)の案が国防省により作成され、司法省および外務省と協議する

ことにより、受入国の同意条件及び国際人道法との整合性が確保される。平和

維持活動の中には武力紛争に関係しないものも多いが、全ての平和維持活動に

おいて国際人道法に整合的に行動することが豪州の政策である。同様に重要な

のは、豪州の要員により拘留された者(people detained by Australian

personnel)の取扱いの問題である。司法省と外務省は、国際人道法及び国際

人権法の下の義務を考慮した上で、国防省及び連邦警察に対して被拘留者の取

扱いに関する法的助言を与える。

(オ) 受入国法令の遵守義務の関係では、通常、受入国との間に地位協定が締結され

て派遣要員の特権免除が規定される。相手国の法制度により、協定の規定が直

接に相手国内で適用されず新たな国内法の制定を必要とする場合には、そのよ

うな国内法の施行を待つ必要がある。なお、派遣中の行為につき要員に特権免

除が与えられた場合、これら要員には豪州刑法が適用される。

本稿においては、この法的見解に言及されている重要項目を中心に、国連 PKO

や多国籍軍に軍隊を派遣する場合に検討すべきいくつかの国際法的課題、すなわち

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32 国際平和活動:いくつかの国際法的論点

①外国領域への軍隊派遣が正当化される法的根拠、②地位協定、③武器使用規定、

④指揮命令、⑤国際人道法との関係、⑥被「拘留」者の扱い、に触れる。以下の議

論は筆者の個人的見解を示したものであり、外務省ないし政府の見解を代表したも

のではない。

1.外国領域への軍隊派遣が正当化される法的根拠について

ある国の軍隊が他国の領域に存在するためには、国際法の主権平等・内政不干渉

の原則から、その領域国の同意ないし要請が必要である。国連憲章 2 条 7項はこの

内政不干渉原則につき、「但し、この原則は、第 7 章に基づく強制措置の適用を妨

げるものではない」と例外を設けている。憲章 7章は、平和に対する脅威、平和の

破壊及び侵略行為に関する安全保障理事会の権能を定めたものである。冷戦後、多

くの内戦に際して安保理が国連憲章第7章に言及して国連 PKO を設立したり、多

国籍軍に授権したりしてきた。これは、現在の世界では、内戦には必ずしも内政不

干渉原則が適用されないことを示している。憲章 7章が援用される意味は様々であ

り、(イ)平和強制を授権するもののほか、(ロ)任務自体は伝統的な平和維持活動の

範囲にとどまるが、受入国の同意を不要とするために 7章が援用されるもの、(ハ)

必要とあらば任務規定に従って武力を行使するとの明確なメッセージを伝えるもの

がある2)。

他国の領域への軍隊の派遣が国際法的に合法的であるためには、それが自衛のた

めの強制力行使である場合を除いては、国連安全保障理事会の決議によるか、領域

国の要請ないし同意によることが必要である。領域国の要請により他国の軍が派遣

される場合には、要請の表向きの理由が治安維持等の合法的なものであっても、真

の意図は他国軍を紛争に巻き込むことによって敵対勢力を駆逐することであるかも

しれず、その場合には国際法上で認められない事態に発展することもありうるので、

注意が必要である。

2) 小寺彰、岩沢雄司、森田章夫編『講義国際法』(有斐閣、2004 年)464 頁。

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外務省調査月報 2010/No.3 33

要請する正当な権限をもたない者に対する軍事的支援は、直ちに国際法違反を問

われるであろう。ハンガリー動乱におけるソ連の介入はその典型例として言及され

ることが多い。国際司法裁判所は、1986 年のニカラグア事件判決において、第三国

は政府を転覆するために対抗勢力を実力で支援してはならないとの判断を示した。

違法な政体とどのように向き合うかは、すぐれて外交政策の問題であるが、自衛隊

を派遣する場合には、国際法違反の内政干渉という非難を受けないよう、細心の注

意が必要である。

第二次世界大戦後の世界においては、安保理決議があれば、領域国の主権を超越

する行動がとられた場合でも合法性が確保される。一方、安保理決議がない状況で

各国が独自の軍事行動をとる場合には、その行動を正当化する法的根拠はそのよう

な軍事行動をとった国自らが証明しなければならないが、それは容易ではない。最

近の事例を見ても、ミンダナオ国際監視団やアチェ監視ミッションにおいては、安

保理決議を経ることなく第三国の軍人が国内紛争の停戦監視を行い、建設的な役割

を果たした。その一方、南オセチア紛争においては、安保理を経ずに第三国の軍が

紛争に関与して、国際社会から非難を浴びた。

2003年 3月に英国の法務長官(attorney general)であったゴールドスミス卿は、

対イラク軍事侵攻の合法性を分析した秘密メモをブレア首相に提出した。そのメモ

は、英国軍による他国での軍事行動の国際法的合法性が疑わしい場合の注意事項と

して、当該軍事行動の合法性につき国連総会が国際司法裁判所の勧告的意見を求め

ることができ、そのような要請は総会の単純多数により行えるので米国や英国のよ

うな常任理事国といえどもブロックできないことを指摘している3)。

日本がより積極的に国際平和活動を実施すべきであると説く論者の中には、国連

安保理が常任理事国の拒否権によって機能しない場合があることを強調するあまり、

安保理の授権や承認がなくとも領域国政府の同意さえ得られれば活動の合法性と正

当性が確保される、あとは日本の国益にしたがって参加を決めればよい、との考え

を持つ者も散見される。しかし、上記の例に見られるとおり、安保理決議が不在の

3) “Iraq: Resolution 1441” at http://tomjoad.org/goldsmithmemo.pdf, para 32.

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場合に自衛隊の部隊を外国領域に派遣することについては極めて注意深くなければ

ならないであろう。冷戦期には、ソ連のチェコ侵攻やアフガニスタン侵攻、米国の

ベトナム戦争のように、安保理は多くの重大な紛争に際して決議を採択しなかった

が、冷戦後には安保理の機能が大幅に向上した。日本としては、内戦も含めて国際

の平和と安定の維持に関する主要な責任を安保理が負っている(憲章第 24 条)こ

とを大前提として国際平和活動を行うことが必要であろう。国際平和活動が成功す

るためには軍事的な能力以上に国際法上の合法性と政治的な正当性が重要であり、

多数の国が参加する活動の場合には参加国が合法性と正当性を共有する必要性は一

層強いと言われる4)。自衛隊を外国領土に派遣するに際しては、そのような派遣を

授権する安保理決議の存在を確認し、次に述べる地位協定その他の法的文書を事前

に周到に整え、国の内外からおこりうる批判に耐えうるようにしておくことが必要

であろう。

2.地位協定について

国連憲章 7章の援用により受入国の同意を不要とする場合を除き、外国の軍隊や

国連 PKO が国際平和活動を実施するためには、領域国との間でその存在の態様と

地位を詳細に記した合意を得ることが国際法上必要と考えられている。先進国は実

際、国際平和活動を行う前にそのような合意を結ぶことを基本政策としている。そ

のため、通常、領域国と地位協定(Status of Forces Agreement: SOFA)が締結さ

れる。イラク特措法の実施のためにクウェートに自衛隊を派遣した際や、海賊対処

行動の基地をジブチに設けた際などにも、受入国との間で地位協定(交換公文)が

締結された。しかし、国際平和活動における地位協定の締結については日本国内で

論じられることが少なく、検討が十分進んでいるとは言い難い状況である。

旧ユーゴにおいて IFORが活動した際、NATOの法律顧問は、軍隊の通行の自由、

4) J. Lindley-French, “Enhancing Stabilization and Reconstruction Operations”, CSIS,

January 2009, p.4.

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地方自治体の課す通行料その他の公租公課、裁判管轄権、財産の処分、不動産の使

用、民間業者が部隊のため搬送する物資に対する関税、ROE 関連の問題、損害賠償

請求などの問題に直面した5)。

地位協定は、このような問題の発生を防ぎ、また発生した際の問題解決の準拠規

則を示すことにより、国際平和活動がスムーズに行われることを目的として合意さ

れる文書であり、派遣される外国軍隊の地位と法的権利義務が明確に規定される。

「平和執行」による強制措置の場合には地位協定は結ばれないが、それ以外のほと

んどのオペレーションを行うには、参加国は地位協定等の国際約束により、受入国

の管轄権から自国軍を法的に保護することが必要である6)。国連 PKO の場合は、国

連が部隊を派遣する国々を代表して、受入国との間に地位協定を締結する。多国籍

軍の場合には、リード国や地域的国際機関が参加諸国を代表して受入国と地位協定

を締結することもあるが、参加諸国がそれぞれ個別に受入国と地位協定を交渉する

こともある。米国の 2004 年版の”Operational Law Handbook”は、主権国家はその

領域内にある全ての人に対する管轄権を有しており、受入国の同意がなければその

権利は放棄されず、受入国の管轄権から保護する合意がない限り、米国軍人は実質

的に一般観光客と同じである、と記述している7)。

派遣された軍隊は、少なくともウィーン外交関係条約 41 条(「特権及び免除を害

することなく、接受国の法令を尊重することは、特権及び免除を共有する全ての者

の義務である。それらの者は、また、接受国の国内問題に介入しない義務を有する。」)

と同様の受入国法令の尊重義務がある。外国軍人による武器の携行や制服の着用、

現地人の雇用などの日常的な行為についても地位協定に規定することが必要となる。

5) A.P.V.Rogers “Visiting Forces in an Operational Context” in Dieter Fleck (ed.), The

Handbook of The Law of Visiting Forces , (Oxford University Press, 2001), p. 534.

6) Maj Joseph B.Berger III, Maj Derek Grimes, Maj Eric T.Jensen eds., Operational Law

Handbook , (The Judge Advocate General’s Legal Center and School, 2004), p. 425.

7) 前掲 Operational Law Handbook (2004) (注 6), p. 301。なお、コモンウェルス諸国(ジャマ

イカ、ベリーズ)を含む幾つかの国は来訪する軍に法的保護を与える Visiting Forces Act と

いう国内法を制定し、法にリストアップされた国に法的保護が適用される。法的保護は NATO

地位協定あるいはウィーン外交関係条約の事務及び技術職員への保護のいずれかと同等であ

る(同ハンドブック 301-2 頁)。

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但し、受入国の法令が一般的に適用されると言っても、派遣された外国軍隊は受入

国において私人でもなければその国の公的機関でもない。受入国の法律は、外国企

業の現地法人の場合と異なり、派遣外国軍の指揮命令系統や給与等の雇用条件にま

で適用されるわけではない。医療行為なども派遣軍の内部事項である8)。このよう

な具体的な法律の適用関係も地位協定により定められる9)。

安保理は、国連 PKO の実施にあたり地位協定を締結することの重要性をたびた

び強調している10)。国連は、初めて部隊を派遣した PKO である 1956 年の UNEF I

以来、原則として受入国との間に地位協定を締結してきた。1990 年、国連事務総長

は、蓄積された経験をもとに、受入国との間の包括的なモデル地位協定を発表し、

91 年には派遣国との間のモデル協定案を策定して国連総会に提出したが、いずれも

多数国間条約として採択されるには至らなかった。このため、今なお国連 PKO の

派遣に際しては、国連と受入国との間に個別の地位協定が締結される必要がある。

1990 年の国連 PKO モデル地位協定案の項目は多岐にわたっており、国連 PKO

とその要員に対する国連特権免除条約(1946 年)の適用、現地法令の尊重、国連の

旗及び車両標識の使用、無制限の通信、受入国内での移動の自由、公租公課の免除

と売店の運営、国連 PKO施設の不可侵と便宜の供与(水、電気等)、現地人の雇用、

入域・滞在・出発に際しての旅券や査証等の規則の免除、身分証明書の発給と提示、

制服及び武器、自動車運転免許、国連 PKO 憲兵の要員逮捕権、裁判権の扱い、死

亡した要員の扱い、紛争の解決などをカバーしている。

米国の陸軍法務総監法務センター・法務学校作成の『作戦法規便覧(Operational

Law Handbook)』は、地位協定がカバーすべき項目として、法的地位及び刑事管

轄権、損害賠償請求及び民事責任、軍隊の自己防護及び致死的武器使用、出入国手

8) Rodney Batstone “Respect for the Law of the Receiving State”, Fleck編前掲書(注 5), p. 68.

9) Dieter Fleck, “Present and Future Challenges for the Status of Forces (ius in praesentia).

A Commentary to Applicable Status Law Provisions” in Fleck 編前掲書(注 5), p. 47.

10) Dieter Fleck, “Securing Status and Protection of Peacekeepers” in Roberta Arnold and

Geert-Jan Alexander Knoops eds., Practice and Policies of Modern Peace Support

Operations under International Law (Transnational Publishers, 2006), p. 150. Christine

Gray, International Law and the Use of Force (Oxford University Press, 2004), p. 234.

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外務省調査月報 2010/No.3 37

続、公租公課、契約、車両登録・保険・自動車運転免許、通信等を例示しているほ

か11)、ホスト国支援により得られる財サービスの具体的供与条件も合意される必要

があると述べている12)。

また、英国軍の国際平和活動に関するマニュアルにおいては、地位協定のカバー

する 4 つの重要な項目として、①派遣先の国の当局から英国軍が干渉を受けないこ

と(independence of force)、②行動の自由、③軍の刑事管轄権に関する取決め、④

武器使用規定(ROE)、を挙げている13)。

これらの内容の他にも受入国と派遣主体との間で、指揮命令系統、準拠する国連

マンデート、受入国が国連との間に締結している協定のうち派遣国に適用されるも

のがある場合にはその内容、軍隊の撤退に関するアレンジメント、などを合意して

おく場合がある14)。

しかし、地位協定の整備がスムーズに行かないことも多い。その理由は多様であ

り、①国連 PKO を派遣する前に多数の政府部局を巻き込む複雑な協定交渉を行う

ための十分な時間がないこと、②PKO 派遣国の中には裁量の余地を大きくしたいた

めにアドホックに派遣の条件を決めたがる国があること、③受入国の側に地位問題

に関する専門的知見が欠けていること、④破綻国家の場合にはそもそも交渉が不可

能であること、⑤展開する地域の法的地位が不明であること、⑥UNDOF のように

展開されている地域が軍事占領下にあるため、協定をつくれば占領という事実行為

を法的に承認したととられることを受入国が恐れること、等があげられる。エチオ

ピア・エリトリア紛争の際に国連が UNMEE を派遣した際には、エリトリアは地

位協定を締結しなかった15)。

90 年代前半のソマリアにおける平和維持活動(UNITAF)においては、地位協定

11) また、Fleck 編前掲書(注 5)は、地位協定を交渉する際の重要項目として、不動産使用、刑

事及び民事管轄権、現地人雇用、公租公課、損害賠償請求、空港と港湾の使用条件につき詳

述している。pp. 513-521.

12) 前掲 Operational Law Handbook (注 6), chapter 16.

13) “The Military Contribution to Peace Support Operations”, Joint Warfare Publication 3-50,

second edition (2004), para. 436.

14) Rogers 前掲(注 5), p. 538.

15) Fleck 前掲(注 10) p. 150; M. Bothe and T. Dorschel in Fleck 編前掲書(注 5), p. 493.

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38 国際平和活動:いくつかの国際法的論点

を交渉すべき相手方が不在であり現地裁判所もなかったため、豪州軍はジュネーブ

条約の占領法規にならい、自ら損害賠償請求システムを作り、豪州部隊の活動によ

る損害に関して現地住民が部隊の法律顧問に訴えることを可能にする体制をとっ

た16)。

旧ユーゴにおいては、国連は 92 年以降、その指揮統制下にある PKO 参加部隊を

代表して、全ての旧ユーゴ構成国政府との間に地位協定を締結し、国連部隊が展開

できる地域と、そこで行いうる活動、部隊が滞在するために領域国に支払う費用の

額等を決めた17)。国連 PKO に代わって旧ユーゴに派遣された NATO の IFOR につ

いても、デイトン合意に基づく展開に先立ち、NATO とクロアチア、セルビア、ボ

スニア・ヘルツェゴビナそれぞれとの間に地位協定が締結された。しかしコソヴォ

に関しては、国連 PKO(UNMIK)と NATO(KFOR)のいずれも、セルビアとの

間に地位協定を持たなかった18)。

受入国における部隊の法的地位についての合意のとりつけ方は、地位協定以外の

形もある。地位協定を締結する時間的余裕がない場合には、受入国による一方的宣

言で足りることとする場合もある。また第二次大戦以後サウディアラビアに滞在す

る米軍のように、法的取決めを地位協定でなく慣習法に基づかせる場合もある19)。

一つの作戦に参加する諸国が、同じ受入国との間に別々の地位協定を作成するこ

ともある。またロジの拠点となる国が複数ある場合には、多国籍軍がそれぞれの国

と異なる地位協定を結ぶこともある。米国のアフガニスタン侵攻後に数カ国がキル

ギスタンの空軍基地を利用することになったとき、各国は個別にキルギスタン政府

と地位協定を結んだうえでアフガニスタン領内の目標に対して武器を使用した。一

方、ウズベキスタンは基地から人道的オペレーションを行うことのみを許可したた

め、キルギスタンとは内容の異なる地位協定が作成された20)。

16) Rogers(注 5), p. 543.

17) Rupert Smith, The Utility of Force, (Vintage, 2007), p. 322.

18) J.A.Burger “Lessons Learned in the Former Republic of Yugoslavia” in Fleck 編前掲書

(注 5), p. 527.

19) Rogers(注 5), p. 540.

20) Smith(注 17), p. 322.

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外務省調査月報 2010/No.3 39

日本がクウェートやジブチとの間に締結した地位協定においても、上記の項目の

多くがカバーされている。しかし、これらの国においてはもともと武器の使用を伴

う複雑な任務は想定されていなかったため、地位協定の交渉は容易であった。今後、

治安維持支援や住民の保護を任務に含むようになれば、地位協定の交渉は複雑とな

るであろう。このような地位協定の交渉自体は外務省が行うにしても、交渉には軍

司令官及びその法律顧問が参加すべきである21)。

地位協定以外にも、さまざまな法的手当てが必要である。豪州がインドネシアか

らの東チモールの分離独立に際し、国連安保理の授権を受けて自国軍を中核とする

多国籍軍 INTERFET を派遣した際には、(イ)豪州・インドネシア間の地位協定、

(ロ)INTERFET の活動に関する豪州と国連 PKO(UNTAET)との間の交換公文、

(ハ)INTERFET 参加諸国間の条約、という 3 つの枠組み文書を締結した22)。また

ボスニア・ヘルツェゴビナへの IFOR 派遣のための法的枠組みを構成する文書は、

NATO に任務を授権する国連安保理決議のほか、(イ)NATO北大西洋理事会による

IFOR の活動に関する合意(交戦規則(ROE)を含む)、(ロ)NATO と IFOR に参

加する非 NATO17 カ国との合意、(ハ)NATO と旧ユーゴ諸国との地位協定、であ

った23)。ボスニアに展開した IFOR 及び SFOR の経験を検討するために NATO諸

国で開催された各種の会議においては、今後の NATO による国際平和活動の教訓と

して、①国連その他の権限ある機関の明確なマンデートが必要であること、②地位

協定は絶対に必要であり、行動に移る前に交渉しておくことが必要であること、③

武器使用規定(ROE)は明確であるとともに全ての参加国により合意されているこ

とが必要であること、等が指摘されたという24)。

国連 PKO に部隊を派遣する国は、国連との間に要員・装備派遣協定を締結して

21) Rogers(注 5), p. 544.

22) Michael J. Kelly, Timothy L.H. McCormack, Paul Muggleton, Bruce M. Oswald, “Legal

aspects of Australia’s involvement in the International Force for East Timor”,

International Review of the Red Cross, No. 841, pp. 101-139.

23) Rogers(注 5), p. 538. なお地位協定を補完するため、例えばクロアチアと NATO は 17 の実

施協定を締結した。同書 p. 514.

24) Burger(注 18), p. 528.

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40 国際平和活動:いくつかの国際法的論点

部隊の法的地位や指揮命令、国連と部隊派遣国の責任分担等を合意しておく必要が

ある。多国籍軍についても、上記の豪州や NATO の例のように、部隊派遣国の間で

同様の取決めが行われる。さらに、多国籍軍の場合、参加する各国部隊が現場で補

給支援を含むロジ面での協力を可能にするための政府間協定(Acquisition and

Cross-Support Agreement: ACSA)を締結する重要性が指摘されている25)。

軍事行動には補給が欠かせない。NATO の場合、戦闘員は NATO 司令官の作戦

指揮下にあるが、部隊をサポートするロジ面での責任は、資金面を含め、それぞれ

の部隊派遣国が責任を負っている。NATO のロジ要員の役割は最初に展開する際に

輸送手段の渋滞が起こらないよう調整することに限られている。この体制は、平時

において先進国で活動するには十分であるが、途上国における国際平和活動の場合

には、どのような構成の軍が派遣されるかが最終的に決まるまで時間がかかる上に、

もともと調達を行おうにも物理的・能力的制約のあるところに紛争による破壊で一

層それが困難になっているので、うまく機能しないという26)。ボスニアにおける

NATO/IFOR の軍事行動においては、他国の部隊に補給支援を行う際にはそのたび

ごとに書面による許可ないし相手からの支払いを必要とするとの国内規則を持つ国

が多く、ある国の部隊には支援を与えられるが他の国には与えられないという事例

が発生した27)。このため、IFOR に続いて SFOR を派遣した際には ACSA を締結す

ることにより、現場で各国部隊間の財サービスの供与に関する会計処理を迅速化し

た28)。国連 PKO のロジは NATO と異なり調達・支援の体制が資金面も含め中央集

権的である。このため部隊派遣国は自国部隊が給料も得られ食糧等の支給も受けら

れるという安心感をもって派遣することができ、理論的には柔軟な運用が可能であ

るが、実際には国連システムの手続が煩雑で非効率であるとの批判も強く、NATO

のロジ体制との優劣はつけがたいといわれる29)。

25) 前掲 Operational Law Handbook (注 6), chapter 16.

26) Stuart Addy ”Logistic Support”, Fleck 編前掲書(注 5), pp. 194-6.

27) Addy (注 26), p. 212.

28) Addy (注 26), p. 214.

29) Addy (注 26), p. 196.

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外務省調査月報 2010/No.3 41

派遣に先立ち、受入国との間に地位協定を結んでおく必要性については強調して

もしすぎることはない。米国は既に百カ国以上の国との間に地位協定を締結してお

り30)、関係国との間にオペレーション上必要な法的手当が相当程度整備されている。

地位協定の必要性については国際平和活動に関する法律の中で言及すべきであり、

かつ予め我が国が締結するモデル地位協定案を用意して国会の承認を得ておけば、

その枠に収まるものについては、政府が授権された範囲内の行政取極として処理す

ることが可能であり、個別の国会審議を要しないので、迅速な派遣が可能となる。

日本の現在の PKO 法は地位協定と派遣協定のいずれも言及していないが、国際法

的に不安定な環境で活動することは避けるべきであり、また国際平和活動をスムー

ズに行う実際的な必要性の点からも、国際平和協力のための一般法を制定する際に

は検討を要する事項である。

3.武器使用規定(ROE)について

武器使用規定(ROE)にかかる重要な問題としては、①ROE は誰が作成するの

か、②ROE と「自衛」、「任務のための武器使用」との関係、③ROE と指揮命令と

の関係、などがある。このうち③については指揮命令の項で取り上げる。

冒頭で紹介した豪州司法長官のメモによれば、豪州の場合、ROE の案は国防省に

より作成され、司法省および外務省と協議することにより、受入国の同意条件及び

国際人道法との整合性が確保される。英国においても政治・外交的考慮からのイン

プットが重視されており、ROE の重要事項は軍でなく政治サイドが決定する。これ

は、例えばある橋を破壊することは軍事的に効果があっても、その橋が和平のため

の政治プロセスを進めるために不可欠であるかもしれないという考慮に基づく。

ROE を定める際、英国軍は国際法違反の武器使用を行ったという非難と信用失墜を

避けるため、相手が国際法を無視する反乱者であっても英国軍自身はあくまでジュ

30) Congressional Research Service Report for Congress, “Status of Forces Agreement

(SOFA): What is it, and How Might One Be Utilized in Iraq?”, June 16,2008, p. 3.

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42 国際平和活動:いくつかの国際法的論点

ネーブ諸条約等の国際法に従って行動し、武器使用に制限的な英軍独自の ROE を

定めたうえでそれを厳格に遵守させるという31)。米国においては、統合参謀本部に

適切な幕僚及び職員を確保して、ROE の策定に際し適用されるべき国内法及び国際

人道法を含む国際法との一致を確保するために法的な審査を行い、ROE が国際法と

国内法に合致することを求めている32)。

適切な ROE を作成し実施することは、ミッションの成功にとって極めて重要で

ある。内戦と国連 PKO との関係に関する本を書いた L.M.Howard は、東チモール

のUNTAETが 2000年半ばに現場の状況に応じてROEを適宜変更したことにより、

平和を保ち民兵の進入を防止し得たとデメロ特別代表が述べた例を紹介している33)。

多国籍の部隊が協力しあうオペレーションにおいては各国が自国部隊に課す行動の

制約が多いほど部隊活動の調整が難しくなり、特にある部隊の ROE がミッション

全体の ROE に合致しない場合には、その部隊に対する評価は下がるという34)。ア

フガニスタンの ISAFに参加するドイツ軍部隊のROEが抑制的であることが ISAF

内部の摩擦をもたらしたことは再三報じられている。

国際平和活動においては参加する各国部隊が同一のないし相互に整合的な ROE

を有していることが望ましいと言われる。英国がリード国であったイラク南東にお

ける活動に参加したオランダほか幾つかの国は、英国と了解覚書(MOU)を取り

結び、英国の ROE を採用して行動した35)。しかし、部隊派遣国がそれぞれ異なる

ROE を決定し、それが多国籍軍のリード国や国連 PKO と異なるものになることが

多いのが、国際平和活動の現実であると言われる36)。カンボジアの UNTAC におい

31) 2008 年 10 月、英国常設統合司令部による研修会での教官(軍人)の説明。

32) 橋本靖明、合田正利「ルール・オブ・エンゲージメント(ROE)―その意義と役割」『防衛

研究所紀要』第 7 巻第 2・3 合併号(2005 年 3 月)23 頁。

33) L.M.Howard, UN Peacekeeping in Civil Wars (Cambridge University Press, 2008), p. 285.

34) Gerhard Scherhaufer, “Military and Legal Aspects of PSOs—The Example of Austria’s

Deployment With KFOR”, Arnold and Knoops 編前掲書(注 10), p. 67.

35) Geert-Jan Alexander Knoops, “Criminal Liability for Contemporary International

Military (Crisis Management) Operations: Towards a Refined Adjudicatory Framework”,

Arnold and Knoops 編前掲書(注 10), p. 189.

36) Kwai Hong Ip, “PSOs: Establishing the Rule of Law Through Security and Law

Enforcement Operations”, Arnold and Knoops 編前掲書(注 10), p. 30.

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外務省調査月報 2010/No.3 43

ては、ROE の適用が部隊ごとに異なっていたことが大きな問題を生み、それ以降、

適切かつ一貫して適用される ROE の重要性が議論され続けている37)。各国は ROE

につき異なる捉え方をしており、「敵対行動(hostile act)」や「敵対的意図(hostile

intent)」等の用語を異なる意味に解釈している。米国や豪州において ROE は命令

であり、それに従わない兵士は軍法裁判にかけられるが、カナダやニュージーラン

ドにおいては、ROE はガイドラインにすぎない。英国軍は警告射撃が武器使用の抑

止効果を損ない、かえって兵士を危険にさらすとして、これを禁止している。マレ

ーシアはそもそも ROE を定めない38)。

伝統的に、国連 PKO は、自衛のための必要最小限の武器使用のみを認めるとの

原則に基づいて運用されてきた。しかし実際には、国連 PKO の ROE は任務の内容

の変化とともに変化してきており、Findlay は国連の「自衛」概念が無限に近い柔

軟性を示してきたと指摘する。例えば、60 年代初頭のコンゴ PKO(ONUC)にお

いては、平和維持活動の試金石としての「自衛」概念を超えたくなかったため自衛

概念が頻繁に拡充された結果、独立を宣言したカタンガ州政府の憲兵隊を実力で排

除しコンゴの統一を維持する「平和執行」を行う口実にすらなった39)。

「自衛」は当初、単に個人携行の武器を用いて自己と同僚を守ることを意味して

いた。しかし、ほどなくして PKO 要員を武装解除させようとする試みに対抗する

ための武器使用の必要性が認められ、その後、駐留ポストや自動車や装備を強奪や

攻撃から守るため、また国連 PKO の他の部隊を支援するため、さらには国連の文

民部門の要員を守るために武器を使用することにまで拡大した。ただし、守られる

対象のラインをどこに引くかについては、個々の PKO の司令官に委ねられること

となった40)。

1973 年の第 4 次中東戦争後にエジプト・イスラエル間に停戦監視団である国連

PKO(UNEF II)が派遣された際、ワルトハイム事務総長は「任務遂行を実力で妨

37) Findlay, The Use of Force in UN Peace Operations, (SIPRI/Oxford, 2002), p. 127.

38) Findlay 前掲書(注 37), pp. 370-371.

39) Findlay 前掲書(注 37), p. 85.

40) Findlay 前掲書(注 37),pp. 14-15.

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44 国際平和活動:いくつかの国際法的論点

害する試みに対する抵抗」を自衛概念の中に含め、安保理により承認された。これ

は国連 PKO の自衛概念の発展において大きな変革であり、それ以降の全ての国連

PKO において、この「任務防衛のための」武器使用が自衛の範囲に含められること

になった。UNEF II 以降の冷戦期の国連 PKO においては、この概念の持つ実際的

な意味が問われる状況は発生しなかったが41)、ソマリアとボスニアにおいて国連

PKO の活動が実質的な「平和執行」になるに及んで、その意味が改めて問われるこ

ととなった。

従来の介在型の国連 PKO とその ROE の限界は、1995 年 7 月のスレブレニツァ

において明確になった。ジェノサイドが発生した際、そこに展開していた

UNPROFOR のオランダ軍に与えられていた ROE は自衛のための武器使用のみを

認め、住民の保護のための武器使用を認めておらず、セルビア軍はこのような制約

を承知の上でスレブレニツァへの攻撃を行った42)。90 年代は、内戦に対応する国連

PKO の ROE が、現地の状況に合わせてより強力なものへと変化した時期であり、

例えば、ソマリア PKO(UNOSOM II)の軍司令官が 93 年 5 月に出した ROE は、

挑発を受けなくとも武装民兵に対して武器を使用することを認めた43)。

このような趨勢を反映して、2000 年に発表されたブラヒミ報告書は、冒頭の第一

パラグラフにおいて、「国連 PKO が実施を要請されるべきでない業務は多く、行く

べきでない場所も多い。しかし国連が平和を守るために軍隊を送る場合、彼らは残

存する戦争勢力・暴力勢力に対し、これを打ち負かす能力と決意で立ち向かう用意

がなければならない」と述べた。また同報告書は、国連 PKO のあり方として「現

地の当事者の同意、不偏性、武器使用を自衛に限ることが平和維持活動の基本原則

であるべきである(パラ 48)」としつつも、「ROE は…国連の兵士や彼らが保護す

る責務を負う人々に対して向けられた致死性の武装攻撃を鎮めるに十分な反撃を許

すのみならず、特に危険な状況においては、攻撃を加える者にイニシアチブを渡さ

ないようなものとすべきである(パラ 49)」と記述し、強力な ROE の必要性を説

41) Findlay 前掲書(注 37), p. 100.

42) 前掲注 31 の英国人教官の説明。

43) Findlay 前掲書(注 37), p. 192.

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外務省調査月報 2010/No.3 45

いた。ブラヒミ報告書に前後してシエラレオネに国連 PKO(UNAMSIL)が派遣さ

れた際、アナン事務総長は、事務総長としてはおそらく始めて公式的にかつ明確に、

武装勢力に対する先制攻撃(pre-emption)が自衛の名において許されるとの立場

を示した44)。しかしなお、「任務を守るための武器使用」と「平和強制」との境界が

あいまいであり、平和維持活動が平和執行活動に転化しかねない懸念があることは、

国連 PKO にとって機微な問題であると指摘されている45)。

個別の国連PKOにおいてどのようなROEが採択されているかは明らかでないが、

Findlay の本に掲載された 2002 年 5 月現在の国連 ROEマスターリスト(個別の国

連 PKO の ROE を作成する際の基礎となる武器使用基準のメニュー)においては、

敵対行動(hostile act)のみならず敵対的意図(hostile intent)に対して致死的火

力(deadly force)を用いることが可能であるとしている46)。

このように「自衛」概念は拡大してきたが、自衛としての武器使用については様々

な課題が未解決のままである。Findlay によれば、派遣される軍人たちは「自衛」

については理解するが、「任務の防衛(defence of the mission)」が何を意味するの

かについては明確に理解しておらず、またそれについて包括的なガイドラインや実

践的な ROE などはなかったという。また、安保理決議の政治的あいまいさの問題

もあって、そもそも任務が何であるかについて軍人が理解していないことが多いと

いう。軍司令官が「任務の防衛」を理由とする武器使用に最も近づいたのは、カン

ボジア PKO でサンダーソン司令官が「選挙プロセスを守るために」軍を展開した

ときであり、またルワンダで ROE の案を作成したダレール司令官は人道に対する

犯罪を防ぐための武器使用を「任務の防衛」で正当化しようとしたという47)。

ボスニア、ルワンダ、ソマリアにおける国連 PKO の挫折のあと、安保理が内戦

44) Findlay 前掲書(注 37), p. 311.

45) Findlay 前掲書(注 37), p. 358.

46) Findlay によれば、PKO 要員のほかにも「他の国際要員」を保護対象とすることができると

されている。これは慈善活動・人道活動・モニタリングに従事する団体のうち国連ミッショ

ンの長により指定されたものを指す一方、外国人のビジネスマンやジャーナリストは含まれ

ないとしている。Findlay 前掲書(注 37), p. 349.

47) Findlay 前掲書(注 37), pp. 358-9.

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46 国際平和活動:いくつかの国際法的論点

対応型の国連 PKO を設立する際には、自衛を超えて、住民の保護や人道支援物資

の配布確保、国連要員の移動の自由の確保等の特定の目的のため、明示的に武器の

使用を授権する安保理決議を採択する例が増えた。このような例として、ソマリア

(UNOSOM II)で武装解除を実施しアイディード将軍らを逮捕するための武器使

用を容認した例、シエラレオネ(UNAMSIL)やコンゴ(民)(MONUC)で危険に

さらされた民間人を保護するための武器使用を認めた例などが挙げられる。

これらの例はいずれも大きな議論を生んだ。国連 PKO が能動的な軍事行動を起

こす際には、情報収集能力の欠如、弱い指揮統制、各国部隊間のインターオペラビ

リティの低さ、兵力供給国のコミットメントの度合いの違いなどの根本的な制約が

つきまとう。Findlay は、1960 年代のコンゴの ONUC、旧ユーゴ PKO

(UNPROFOR)の一部としての NATO 緊急展開軍(RRF)、東スラヴォニア

(UNTAES)および東チモール(UNTAES)を除いては、国連 PKO は自衛を超え

た軍事行動に不向きであったと指摘する48)。

上記のボスニアの UNPROFOR の ROE は、攻撃に釣り合う(proportionate)反

応しか認めなかったが、そもそも軍隊の抑止効果は、反撃の信用性と規模によって

決まる。内戦にあっては小さな軽装の PKO 部隊による応酬は無意味であると指摘

されている49)。抑止が効果的に機能するためには、攻撃すれば相手からはるかに激

しい反撃にあうとの心象を与えることが必要である。海外任務につく自衛隊の武器

使用規定は、今まで、基本的に正当防衛に関するものの積み重ねであった。将来、

治安維持支援活動を行う際には、正当防衛とは性格づけがたい「任務のための武器

使用」の根拠をどのように性格づけるか、また一般法において抑止の信頼性をどの

ように観念して武器使用規定を定めるかが重要となろう。

48) Findlay 前掲書(注 37), pp. 358-9.

49) Findlay 前掲書(注 37), p. 267.

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外務省調査月報 2010/No.3 47

4.指揮命令について

米軍教範の定義によれば、指揮(command)とは軍隊の司令官がその階級や任務

によって下位のものに対して法的に行使できる権限であり、指揮のうち任務の遂行

に必要な司令部と部隊の組織化及びそれらを使用する権限が作戦統制(operational

control)である。指揮に入っており統制(control)に含まれないのは兵站、行政な

どである。作戦統制のうち、「作戦領域内の移動・機動に関する詳細な指示と統制」

など限定された統制だけを行うことを、戦術統制(tactical control)という50)。

国連 PKO においては、各国部隊の配置等の作戦指揮(operational command)

は国連司令官が統一する一方で、部隊を派遣する各国は、要員の命令不服従に対す

る懲戒権などの disciplinary control を有していると整理されている。PKO 法にお

いては国連のコマンドを「指図」と呼んで日本の指揮権と区別したが、現場レベル

で国連司令官の指揮権に矛盾しないよう自衛隊が行動するという整理であり、命令

に服するという法的な担保はなく、日本の指揮と国連のコマンドが食い違った場合

にどうするのかは法律上不明確なままにおかれている51)。

国連 PKO においては、参加国の部隊は国連の統一的コマンドの下でその任務を

遂行する。各国部隊はそれぞれの事情に応じて特別のあるいは例外的な取扱いを受

けることがあるにせよ、国連と一体化された軍隊として行動することが基本的な要

請である。1991 年に作成された国連 PKO のための国連と要員装備提供国との間の

モデル協定においては、①提供された部隊が国連の指揮の下に置かれ、国連事務総

長は配置、組織、行動及び指令について完全な権限を有し、この権限は現地におい

ては事務総長に対して責任を負う派遣団の長によって行使されること、②派遣団の

長は PKO における良好な秩序及び規律について一般的な責任を負うが、参加国に

よって利用に供される軍人の懲戒処分に関する責任は、参加国政府が指名する官憲

50) 「国連安保理決議に基づく多国籍軍の「指揮権」規定とその実態」『国立国会図書館 Issue

Brief 』 Number 453 (Aug.2.2004), at http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/issue/

0453pdf

51) 外岡秀俊『国連新時代:オリーブと牙』(ちくま新書、1994 年)198 頁。

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48 国際平和活動:いくつかの国際法的論点

が負うこと、③参加国によって利用に供される人員は、本国の行政事項に関する場

合を除くほか、その任務の遂行にあたって国連外のいかなる他の当局からも指示を

求め、または受けてはならず、また、参加国政府もそのような指示をそれらの者に

対して与えてはならないこと、を記述している52)。2008 年に国連 PKO局が発表し

た指揮命令に関する政策文書でもこのような指揮命令体制が確認されており、国連

は operational authority を有するが、部隊要員の派遣国内における人事面の処遇や

懲罰については派遣国が責任を有するとした53)。また、同文書においては、ROE は

国連本部が定め、国連 PKO のミッションの長は軍事部門及び警察部門の長による

ROE の実施の確保に責任を負い、武器の使用については軍事部門及び警察部門の長

を通じてのみ行動することとされている54)。

ガリ事務総長は、1995 年の「平和のための課題への補遺」において、ソマリア

PKO の失敗の経験に言及しつつ、危険な条件下で行動するミッションの場合には特

に指揮の統一が重要であることを強調したうえで、「紛争当事者がある国の部隊に対

し好意的に、そして別の国の部隊に対し非好意的に振舞うことのできるような余地

を生むべきでない。兵力提供国の政府が軍隊の行動に関する事項につき自国部隊に

ガイダンスを、ましてや命令を出すような試みは許されない。そのようなことは国

連の軍隊の中に分断を生み、多国籍の行動に内在する困難をさらに大きくし、犠牲

者を生むリスクを増大させる。また、その国の部隊が安保理が定めた国連の集団的

意思よりも自国政府の政策目的に資するものであるとの印象を与える。そのような

印象はオペレーションの正当性と効果を必然的に損なう」と述べ、国連事務総長の

下での指揮命令の統一が必要であることを訴えた55)。

1992 年 8 月の安保理決議 770 は、ボスニアに展開された UNPROFOR に参加す

52) 国連と PKO参加国とのモデル協定案(1991 年)、第 7,8,9 項。

53) “Authority, Command and Control in United Nations Peacekeeping Operations”, United

Nations Department of Peacekeeping Operations and Department of Field Support,

February 2008, para. 7.

54) 前掲報告書(注 53), para. 102.

55) B. Boutros-Ghali, Supplement to an Agenda for Peace: Position Paper of the

Secretary-General on the Occasion of the Fiftieth Anniversary of the United Nations,

para.41.

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外務省調査月報 2010/No.3 49

る「全ての国に対し、一国でまたは地域的機関や地域的取極を通じて、サラエヴォ

その他のボスニアの地域に人道支援物資を運搬することに資する『あらゆる必要な

措置』をとるよう呼びかける」と記述したが、この決議の規定にもかかわらず、

UNPROFOR 司令官は自衛以外の実力行使を認めなかった56)。この例からも、国連

PKO においては「国連の指揮」に従うことを我が国の法律の中で明記することが重

要であると思われる。

国連 PKO の指揮命令については、事務総長の指揮権の下に行われるという活動

の性格と、要員の安全に関わる最終的判断を日本政府自身が確保すべきという政治

的要請の間に、いかなるバランスをとるかが難しい問題である。自衛隊の国際平和

活動に関する一般法を制定する場合には、指揮命令に関する法律の規定のあり方を

慎重に検討することが必要である。日本に指揮権があるが国連の指図に従うという

現行PKO法方式でなく、作戦統制については基本的に国連に一元化するとともに、

disciplinary control は派遣国たる我が国の責任であることを明確にする法的構成

を考えるべきであろう。そして、例えば、現地の国連 PKO 司令官の判断に日本政

府として従えない場合には撤退する権利を留保する等の参加条件を国連との間に締

結する派遣協定に明記することにより、個別の PKO ごとに、ギリギリの局面での

安全確保のための法的留保を確保すべきであろう。

作戦指揮の面では、国連 PKO の指揮統制の困難は多国籍軍に比べて大きいとい

われる。その理由としては、①国連 PKO においては要員提供国の意向をあらゆる

局面で汲まざるを得ず、武器使用が想定される危険な状況が増すにつれ要員提供国

からの圧力が強まること、②国連 PKO の多機能化に伴い文民要員の比重が増えて

いるが、文民分野での意思決定・調整過程は必ずしも軍事組織のそれになじまなく

なりつつあり、NGO をはじめとする外部の機関や組織が国連 PKO に関与するよう

になってきていることがその傾向を後押ししていること、が指摘されている57)。国

連 PKO にあたって指揮命令を統一すべきとの方針が再三出されているにも拘わら

56) Findlay 前掲書(注 37)、p. 137.

57) 山下光「国連平和維持活動と「多国籍軍」―SHIRBRIG の経験とその意味合い-」『防衛研

究所紀要』第 10 巻第 2 号(2007 年 12 月)12 頁。

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50 国際平和活動:いくつかの国際法的論点

ず、実際には自国部隊に指示を出す国は後を絶たないと言われる。

一方、国立国会図書館の外交防衛調査室・課の報告書によれば、多国籍軍の設立

を許可する安保理決議における「指揮権」規定は多様であり、その実態もまた多様

である58)。イラク多国籍軍の法的根拠となった安保理決議 1546 においては、多国

籍軍につき「統合された司令部の下にあって(the multinational forces under

unified command)」と規定されている。朝鮮国連軍の設立根拠となる安保理決議

84 は、「米国の下の統合された司令部」と規定している。一方、90 年代初頭の湾岸

多国籍軍の武力行使を授権した安保理決議 678 は、指揮権について規定せず、西側

諸国は自国の軍隊に対する指揮権を維持したままであった。米中央軍司令官は、米

国が派遣した部隊の戦闘指揮権(combatant command authority)、英国をはじめ

フランス以外の西側諸国が派遣した軍隊の作戦統制(operational control)、フラン

スが派遣した軍隊の戦術統制(tactical control)を行使した。他方、アラブのイス

ラム諸国は自国の部隊の作戦統制をサウジアラビア主導で編成された統合軍司令部

(Joint Forces Command)に委ねる一方、自国の部隊に対する指揮権をサウジア

ラビアに行使させることも認めた。湾岸多国籍軍の全体を統べる司令官は存在しな

かった。

ソマリアの多国籍軍 UNITAF の設立を許可した安保理決議 794 は、統合された

指揮統制(unified command and control)に言及している。UNITAF の政治上の

指揮権(活動の開始、継続、終了の決定)については国連が握り、現地での個別の

作戦上の指揮権は加盟国が持つと考えられていた。UNITAF 内の全ての兵力提供国

(最大時で約 20カ国、9000 人)は米国の遠征軍司令官に報告義務を負ったが、米

軍との指揮関係は NATO におけるような厳格な指揮関係ではなく、自発的な調整、

協力に基づく関係であった。

ボスニアの IFOR と SFOR の設立根拠となる安保理決議 1031、1088 は統合され

た指揮統制に言及しており、NATO非加盟国は IFOR/SFOR 司令官の指揮下に置か

れていたが、これら NATO非加盟国にも、欧州連合軍最高司令部(SHAPE)に代

58) 「国連安保理決議に基づく多国籍軍の「指揮権」規定とその実態」(注 50)参照。

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外務省調査月報 2010/No.3 51

表を派遣し、作戦計画の作成に関し見解を述べる機会が与えられた。

コソヴォにおける KFOR の場合、安保理決議 1244 の本文には指揮権に関する規

定はないものの、付属文書の中で NATO 加盟国を実体とする国際安全保障プレゼン

スが統一された指揮統制の下で展開しなければならないことが規定された。NATO

域外の参加国の部隊も KFOR の単一の指揮命令下に入り、NATO の各司令官は

NATO非加盟国を含む配下の他国部隊に対して作戦統制の権限を有していた。一方、

NATO とロシアの間には指揮権に関する取極めが結ばれ、そこでは KFOR に参加

する全ての国の部隊は任務・目的を共有して共通の ROE に基づいて行動するとし

た上で、KFOR に参加するロシア部隊は米仏独の司令官の下で活動はするものの、

NATO の指揮系統からは一定の独立性を維持し、戦術統制しか受けないことが合意

された。

東チモール多国籍軍の INTERFET の場合、設立根拠となった安保理決議 1264

は統合された指揮構造の下に多国籍軍を設立することを許可し(authorizes the

establishment of a multinational force under a unified command structure)、豪

州がリード国となり、豪州の軍人が指揮をとった。INTERFET においては強力な

ROE を多国籍軍全体で共有することになったが、火力をどのように使用するかは

個々の兵力提供国の判断に委ねられた。

今までの NATO の各種の国際平和活動から得られた教訓の 1 つとして、NATO

の軍は可能な限り統一された指揮命令系統の下で活動すべきであるとの指摘がある

59)。しかし Dieter Fleck によれば、多国籍軍の中でその点最も統合化が進んだとい

われる NATO の共同軍事行動ですら、加盟各国は operational command or control

を授権するのみであり、full command は加盟各国が保持するという。NATO にお

いては指揮権の移譲は加盟各国がそれぞれの国内手続に従って決めるべきものとさ

れており、NATO の operational command or control の下におかれた部隊ですら各

国の決定により撤退させることができる60)。軍事行動の指揮命令が有効に機能して

59) NATO 2020: Assured Security; Dynamic Engagement, p. 32.

60) Dieter Fleck, “Multinational Units” in Fleck 編前掲書(注 5), pp. 40-41.

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52 国際平和活動:いくつかの国際法的論点

加盟国部隊間で協力するには共通の ROE が必要だが、現実には ROE の共通化は容

易に実現できない。各国の ROE が異なっているため軍事行動の有効性が損なわれ

参加国間の摩擦が生まれることは、最近ではアフガニスタンにおける ISAF の活動

についても指摘されるところである。

最近の平和維持活動においては、安保理の授権を受けた多国籍軍が国連 PKO と

共存して活動し、このような多国籍軍が強力な武器使用を伴う任務を担うことが増

えている。国連 PKO の武器使用について包括的に分析した Findlay は、武器の使

用が行われる蓋然性の高い場合の指揮命令の観点から、このような場合には、①多

国籍軍は国連のコマンドストラクチャーの外で活動すべきではない。もし同じ行動

地域に国連部隊とは別個にいずれかの国の軍隊がいるのなら、その軍隊は早急に国

連のコマンドの下に入るか撤退すべきである、②コマンドストラクチャーの中にあ

る各国部隊は国連のコマンドに従うべきであり、それができなければ撤退すべきで

ある。国連事務総長の指示の下に行動する事務総長特別代表の権威は絶対でなけれ

ばならない、と述べている61)。

日本においては、他国による武力行使との「一体化」という現行憲法解釈上の問

題もあり、指揮命令のあり方は機微な問題である。しかし、国際平和活動の多くは

国連 PKO であり、そこでは国連事務総長の指揮命令下での活動が求められるとこ

ろ、国際平和活動に関する国内法の指揮命令規定はそれに整合的でなくてはならな

いであろう。また上記のように、安保理決議は、国連 PKO と連携して活動するこ

とを想定した多国籍軍を「統合された指揮系統の下で」設立することを授権する事

例が多い。日本が将来、そのような多国籍軍に参加するためには、外国人司令官の

作戦統制に服することを法律上可能にする余地を残すべきと思われる。

5.国際人道法との関係について

1999 年、アナン事務総長は「国連部隊による国際人道法の遵守」という告示

61) Findlay 前掲書(注 37), p. 366.

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外務省調査月報 2010/No.3 53

(bulletin)を発表した。この告示に関するザッカリン事務次長補のブリーフィン

グは、次のように述べている。「(それまで)国際人道法の国連 PKO に対する適用

可能性について何ら正式な文書がなかったのは、単に国連がジュネーブ諸条約の当

事者ではなかったからである。国連 PKO は停戦が確保された後で活動を展開する

ため、戦闘状態を取り扱うジュネーブ諸条約を国連部隊に適用する必要はないはず

だという理解が一般的だった。しかし実際には国連部隊はしばしば戦闘状態に巻き

込まれることがあり、この認識の下、1997 年からは国連と PKO受入国の間で締結

される地位協定(SOFA)に国際人道法の精神と原則を尊重する義務に関する条項

が盛り込まれている。この告示は個々の PKO 要員に対し、現行の慣習法を反映す

る形で、同告示の中に規定された基準の遵守を義務づけている。その基準は PKO

の発足当初から常時適用されてきたもので、その執行は常に加盟国の責務となって

いた。本告示でもそのことに変わりはなく、執行は各国の義務とされており、各国

政府に対し、違反者を処罰すべきことを周知徹底させている。」62)

国連 PKO 要員に対して国際人道法が適用されるか否かという問題に関しては、

国連は、PKO 要員の紛争に対する「非当事者性」を確保するため、PKO 要員は戦

闘員ではなく、ゆえに国際人道法が適用されず文民として保護対象となるとの立場

をとり続けてきた。伝統的な国連 PKO においては、当事者の同意のもとに PKO が

展開し、中立的立場で介在し自衛のための必要最低限の武器使用のみ認められてい

たので、PKO 要員の紛争「非当事者性」を主張し文民として扱うことは特段問題視

されなかった。

国連は、①安保理が自衛以上の武力行使の任務を付与するもの(ソマリア等)、②

形式的には自衛の範囲に限定されるが実際にはそれを超えている疑いが指摘される

ほどに広範な戦闘が生じた場合(コンゴ ONUC 等)、③PKO そのものに統合され

ないがその活動の支援にあたる各国部隊、のいずれについても、任務に携わる部隊

の「非当事者性」を主張し、保護対象として扱われるべきとの立場をとっているが、

このような活動に対して国際人道法が適用になるかどうかという法的状況は不明確

62) http://www.unic.or.jp/recent/bulletin.htm参照

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54 国際平和活動:いくつかの国際法的論点

であるといわれる63)。国連 PKO については、非敵対性という公式の地位だけから

その軍事行動の法的性質を決めるわけにはいかず、諸要素の戦争法上の資格により

決定されなければならないと指摘される64)。

1994 年の「国際連合要員及び関連要員の安全に関する条約」においては、第 2

条(適用範囲)2項において「この条約は、国際連合憲章第 7章の規定に基づく強

制行動として安全保障理事会が認めた国際連合活動であって、その要員のいずれか

が組織された軍隊との交戦に戦闘員として従事し、かつ、国際武力紛争に係る法規

が適用されるものについては適用しない」と規定されている。この反対解釈として、

「非」国際的武力紛争法が適用される国内武力紛争においては、要員のいずれかが

組織された軍隊との交戦に戦闘員として従事していても、国際武力紛争に係る法規

は適用されないので国連要員安全条約が適用される。米国が国連総会で行った国連

要員安全条約の解釈宣言においてもこの立場が表明されており、これは非国際的武

力紛争法による保護は不十分なので国連部隊に対して国連要員保護条約上の保護を

及ぼそうとしているものである65)。

また、国際刑事裁判所規程の第 8 条 2(b)(iii)は国際的武力紛争の場合の PKO 要員

の保護を、第 8 条 2(e)(iii)は非国際的武力紛争の場合の PKO 要員の保護を規定して

おり、国際連合憲章に基づく平和維持任務に関与する要員等を故意に攻撃の対象と

することを戦争犯罪と規定している。

1999 年にアナン事務総長が発表した PKO への人道法の適用に関する告示

(bulletin)においては、セクション 1(適用範囲)において、「本告示に定められ

た国際人道法の基本原則と規則は、戦闘員として軍事紛争状態に積極的な関与を行

っている国連部隊に対し、その関与の程度および期間において適用される。よって、

これらの原則および規則は、強制行動、あるいは、自衛のために武力行使が許され

ている平和維持活動において適用される」、「この告示の宣布は、1994 年の「国連お

63) 森田章夫「国連部隊の活動に対する武力紛争法適用問題―法的現状と課題」村瀬信也・真山

全編『武力紛争の国際法』(東信堂、2004 年)195 頁。

64) 藤田久一『国際人道法』(有信堂、2003 年)55 頁

65) 森田前掲(注 63)、200-201 頁。

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外務省調査月報 2010/No.3 55

よび関連職員の安全に関する条約」によって保護された平和維持活動要員の地位、

あるいは、その非戦闘員としての地位に対して、彼らが国際武力紛争法によって文

民に認められている保護を受ける資格を有する限り、影響を及ぼさないものとする」

と記している。

国連 PKO の部隊の軍事要員に国際人道法が「適用」されるかという問題は、彼

らがそれを「遵守」すべきであるかという問題と同一ではない。国際刑事裁判所規

程第 8 条の2つの規定は、国連 PKO に国際人道法が適用されることがあり得るこ

とを示唆しているが、国際人道法の保護を受ける可能性があるということは、国際

人道法の義務を守る責任があるということでもある66)。国際人道法が「適用」され

るか否かという論点は、国連要員が戦闘員としての地位を認められて武器による攻

撃対象となりうるのか、それとも文民として保護対象となるのか、という点を問題

とする。これに対し「遵守」すべきか否かという観点は、国連要員側が武器を使用

する際に相手方をどのように扱うべきかを問題とする。

国連 PKO も国際人道法の精神と原則を「遵守」すべきであるという点は、共通

の理解になっていると言える。1991 年に国連総会が採択した「国際連合と国際連合

平和維持活動に人員及び装備を提供する国際連合加盟国との間のモデル協定案」に

おいても、第 10 章「国際条約の適用」において、「PKO は軍人の行動に適用され

る一般的な国際条約の原則及び精神を遵守し尊重する。前記の国際条約には、1949

年のジュネーブ 4 条約、同条約に追加される 1977 年の議定書…が含まれる。参加

国は、したがって、PKO に従事する自国の派遣部隊の構成員が、これらの条約の原

則及び精神に十分に精通することを確保する」と記している。また、NATO の最新

の戦略提言においても、捕虜と被「拘留」者の取扱いは国際法の諸原則に従って行

われるべきであり、それ以外の対処は悪い政治的結果を生み、道義的な信用を失墜

させ、同盟の結束を損ない、NATO 軍に対する危険を増すと述べている67)。

既述のように英国、豪州は国際人道法と整合的に行動することを国の政策として

66) Roberta Arnold,“The applicability of the law of occupation to peacesupport operations”

Arnold & knoops 編前掲書(注 10), p. 109.

67) 前掲 NATO 2020 (注 59), p. 32.

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56 国際平和活動:いくつかの国際法的論点

いるが、米国においても同様である。2004 年 6 月 5 日付の書簡において、パウエ

ル国務長官は、イラクにおける多国籍軍はジュネーブ条約を含む武力紛争法に常時

合致する形で行動すると言及した68)。

我が国が将来、一般法を作成する際には、自衛隊員が国際人道法に整合的に行動

することを法律の中で義務づけることを検討すべきであろう。また、国際人道法の

遵守を法律事項として法律そのものにおいて規定するまでもないとの判断がなされ

る場合には、少なくとも法律施行時に国際人道法の遵守を政策的に宣言することが

重要であると思われる。なお、現代の紛争においては、人道法(戦争における暴虐

の禁止)と人権法(平時における、政府による市民に対する抑圧の禁止)の区別が

なくなりつつあり、双方を統合して一つの法体系とすべきとする意見もある69)。人

道法とともに人権法も遵守する意思を明確にすべきであろう。

6.安全確保活動等における被「拘留」者の扱いについて

紛争後に実施される国際平和活動の一環として治安維持支援活動が行われる場合

に適用されるべき刑罰法規については、ジュネーブ文民保護条約の 64 条から 78 条

までの、占領地域の住民に適用される刑罰法令についての詳細な規定が基準になろ

う。被占領国の刑罰法令は引き続き効力を有する。その適用については 2 つの例外

が認められている。一つは、その法令が占領国の安全を脅かす場合であり、占領軍

に対する抵抗を定めた法令などがこれにあたる。もう一つはその法令が文民条約の

適用を妨げる場合であり、例えば同条約 27 条に反する精神で作られた人種的・宗

教的少数者に不利な規定などの差別的措置を定めた法令などが挙げられる。これら

の場合に、占領国はそれらの法令を廃止または停止できる。裁判所についても、占

領地域の裁判所が引き続きその任務を行わねばならない。他方、占領国は一定の限

68) David Scheffer, “The Security Council and International Law on Military Occupations”, in

Lowe, Roberts, Welsh, Zaum (eds), The United Nations Security Council and War – The

Evolution of Thought and Practice since 1945, p. 605.

69) Mary Kaldor, New and Old Wars, (Stanford University Press, 2007), p. 123.

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外務省調査月報 2010/No.3 57

定的な法令制定の権限を持つが、占領国の制定する刑罰法令は住民の言語で交付し

かつ住民に周知させた後でなければ効力を生じない70)。また、ハーグ陸戦規則 43

条においては、「占領者は、絶対的の支障なき限り、占領地の現行法律を尊重して、

なるべく公共の秩序及び生活を回復確保するため施しうべき一切の手段を尽くすべ

し」と規定し、被占領地域の法体系を尊重・維持することを求めている。

豪州は、国連のマンデートを有する軍は活動領域において少なくとも事実上の占

領状態に入りうるとの立場をとっている。東チモールの INTERFET においては、

豪州軍は暫定的な司法制度を作るなど、占領法規に基づいた活動を行った。インド

ネシアが受入れに同意していたため、INTERFET は東チモールを「占領」してい

たわけではなく占領法規の法的な適用が行われたわけではなかったが、軍事占領に

関する国際法は豪州軍の活動の枠組みを提供したと言われる71)。

イラクにおける米英の軍事行動に関して、国連安保理決議 1483 号はイラクの米

英軍が占領軍であり、占領が両国の行動であることを確認した。それに先立ち、米

国はイラクに対し戦時国際法上の占領法規の適用を決めた。これは国連の関与を弱

めるためであったと言われる72)。一方、米英両国は被占領国であるイラクの法令を

事前に知ることなく侵攻したので、遵守すべき法が何であるか占領者がよく知らな

いまま占領行政を行うという問題が発生した。占領軍にとって自国とは異質の法体

系を理解することは占領の困難を一層増す。しかし、占領軍が被占領国の法令を理

解し尊重することは「法と秩序」を維持する出発点であり、将来、外国軍が他国で

法と秩序の維持を行う場合には、事前に現地の法律(特に刑法)を入手しておくべ

きであると指摘されている73)。

70) 藤田前掲書(注 64)、162 頁。

71) Kelly ほか前掲論文(注 22)

72) Scheffer 前掲 (注 68), pp. 597-603. Richard Caplan, “The Security Council and the

Administration of War-torn and Contested Territories” in Lowe ほか編前掲書(注 72), p.

572.

73) Nicholas J. Mercer, “The Maintenance of Law and Order in the Aftermath of

International Armed Conflict – Lessons Learned from Iraq”, Roberta Arnold (ed), Law

Enforcement within the Framework of Peace Support Operations, (Martinus Nijhoff

Publishers, 2008), pp. 131-2.

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58 国際平和活動:いくつかの国際法的論点

このように、軍事占領を受けている被占領国においてすらその刑罰法令と裁判所

が効力を有するのである以上、受入国の同意に基づき国際平和活動の一環として展

開している外国軍が治安維持任務を帯びる場合には、その領域国の刑罰法規と裁判

所が有効であることは当然であろう。

国際平和活動に従事する部隊が、文民保護や法と秩序の維持・回復にかかる任務

を与えられた場合、また人道支援実施のための安全確保の任務を与えられた場合な

どに、任務の実施の過程で攻撃をしてきた暴徒等を「拘留」し現地当局に引き渡す

ことがある。このような「拘留」は、平和維持部隊が展開された最初の PKO であ

るUNEF IやキプロスPKOのような初期の国連PKOにおいても報告されている。

冷戦後の大規模多機能化した国連 PKO において、このような「拘留」の事例は増

えている。

また、多国籍軍が安保理決議の授権により行う国際平和活動においても「拘留」

は行われており、2006 年に東チモールにおける豪州主導の多国籍軍である国際共同

タスクフォースなどは一日の間に 298 人もの人を「拘留」した74)。

国連 PKO が人を拘留する場合には、国内紛争の当事者とならないよう、また基

本的に受入国のものである権限を必要以上に行使しないよう、注意が払われている。

国連事務総長が UNEF I の活動に関して提出した報告書においては、国連 PKO に

与えられた権限は、受入国の当局と競合して行使することも、受入国と協力して行

使することも認められず、国連の活動は受入国の当局の活動とは明確に切り離して

行われなければならないこと、これは拘留についても同じであり、国連が紛争に巻

き込まれないよう留意しなければならないことを述べている75)。

武力紛争や軍事占領の最中に拘留される者の扱いは国際人道法に基づき処理され

るが、国際平和活動の任務にあたる者がそれ以外の状況で拘束した者について、受

入国の当局や国際的な権限ある機関に引き渡されるまでの間の取扱いが問題となる。

受入国の法執行機関が機能していればそのような当局に引き渡されるまでの時間は

74) Bruce “Ossie” Oswald, “The Treatment of Detainees by Peacekeepers: Applying Principles

and Standards at the Point of Detention”, Arnold 編前掲書(注 73), p. 197.

75) Oswald 前掲(注 74), pp. 203-4.

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外務省調査月報 2010/No.3 59

比較的短いが、軍事的活動の中で拘留が行われると被拘留者と平和維持要員の双方

の安全の確保が難しく、またこの拘留開始時点の取扱いが後日最も問題とされやす

い。不適切な取扱いをすると、後々何年も問題が長引くこととなる76)。

安保理決議は多くの平和維持活動において人を拘留することを許可してきた。国

際平和活動の実践が積み上がるに従い、拘留される者は次の 2 種類に大きく分けら

れるようになってきた。一つは安全上の理由で拘留される者であり、任務の妨害を

行う者や制限された軍事施設内で発見された者、武器を携行する者、禁止されたグ

ループのメンバーなど、安全上拘留の必要性が高い者である。他の一つは重大な犯

罪者として拘留される者であり、これにはジェノサイド、戦争犯罪、人道に対する

罪、殺人、強姦、放火、暴動などが含まれる77)。

犯罪の中でも特に重大な犯罪に拘留の権限が限られるのは、「全ての」犯罪に対処

することは能力的に不可能であるのと、法と秩序の維持に責任を有するのは受入国

の当局であり、受入国の当局が重大犯罪を防止することができない、またはそうし

たがらない場合にのみ、平和維持要員による介入が正当化されるからである78)。

安保理決議のほかにも、ボスニア紛争の際のデイトン合意やソロモン諸島に展開

された多国籍軍のように、紛争当事者間の合意や受入国と平和維持軍の合意が拘留

の根拠となることもある。また、受入国の国内法が平和維持要員に拘留の権限を与

えることもあり、ソロモン諸島の場合、平和維持要員が同国の警察と同じ権限を与

えられた79)。

拘留された者の取扱いの基準を定める国際文書はないが、基準が全くないのでは

なく、いくつかの源泉から抽出することができる。主たる源泉は国際人権法(特に

法執行に関するもの)と、国際人道法(特に文民保護に関する 1949 年ジュネーブ

第 4 条約)の諸原則と基準である。一般的な原則としては、法の基本原則に従うこ

と、尊厳と人間的取扱いをもって対すること、拘留が必要かつ合理的であること、

76) Oswald 前掲(注 74), p. 199.

77) Oswald 前掲(注 74), p. 204.

78) Kelly ほか前掲論文(注 22)参照。

79) Oswald 前掲(注 74), pp. 202-3.

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60 国際平和活動:いくつかの国際法的論点

説明責任、等が挙げられる。個別の原則・基準としては、武器使用に関するもの(国

連の ROE ガイドラインも国連平和維持要員が被拘留者の逃亡防止のために武器を

使用することが認められるとしている80)。)、拷問と虐待の禁止、現地当局を含む他

者からの攻撃や虐待にさらさないこと、拘留の理由を直ちに告げ抗弁の権利を与え

ること、被拘留者の記録を作ること(記録がないと ICRC 等が被拘留者をトレース

することが困難になり、部隊派遣国も被拘留者個人に関する説明責任を果たすこと

が困難となる)、適当な個人(家族や法的代理人等)や機関(現地の司法当局や ICRC、

UNHCR 等)に拘留の事実を通報すること、健康状態をチェックして必要な医療を

提供すること、女性・青少年・老人は特別な保護の対象となること、被拘留者に対

する報復の禁止、拘留に期限を設けるとともに拘留を継続する理由がない場合には

釈放すること、現地当局に引き渡す場合には手続を記録に残すこと、もし虐待があ

った場合の補償やリハビリ措置、などがある81)。

豪州主導の INTERFET が東チモールに介入した際のインドネシアとの地位協定

は、安保理決議の任務を遂行するために犯罪人及び犯罪未遂者の拘留を行う権限を

INTERFET に与えた。この地位協定は被拘留人を適当な当局に引き渡す旨規定し

ており、当初はインドネシア警察に引渡されたようであるが、統治機構の崩壊のた

めにインドネシア警察は引き渡しを受けたあとすぐに釈放してしまい、引き渡しは

機能しないことが判明した。そこで INTERFET は、被拘留者の適正法手続を受け

る権利と拘留の必要性とをバランスさせるため、国連及び赤十字国際委員会

(ICRC)と協議した上で、一般司法制度が再生するまでの暫定的な司法システム

として、拘留管理ユニット(Detention Management Unit)を立ち上げた。拘留管

理ユニットは事件再調査局、検察官、弁護人、警察専門官等から構成され、99 年

10 月から 2000 年 1 月までの間に 60 のケースを扱った。拘留管理ユニットはジュ

ネーブ第 4 条約の枠組みに依拠して活動し、重大な犯罪者(殺人、強姦、重大な傷

害、誘拐、放火)、安全上リスクのある者、一般大衆による襲撃からの保護のために

80) Rule No.1.9 of UN master list of numbered rules of engagement, May 2002, in Findlay 前

掲書(注 37), p. 425.

81) Oswald 前掲(注 74), pp. 206-218.

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外務省調査月報 2010/No.3 61

自ら拘置所に入ることを望む者を拘留した。重大でない犯罪の場合、被拘留者は釈

放された。拘留管理ユニットはジュネーブ第 4 条約に倣い、被拘留者の家族への通

報、ICRC・医務官・司祭・弁護士や家族による訪問の受入れ、身体検査や拘置所

の満たすべき基準、衛生、食事、運動、宗教的行為、物品購入、医療サービスなど

について軍の拘置所が守るべき命令を作成した。国連事務総長はこのような

INTERFET による拘留が模範的であったと述べた82)。

日本は、経験を重視するコモンロー法体系をとる豪州と異なり、大陸法的な成文

法主義をとっている。このため、国際平和活動の一環として他国の領域で外国人の

「拘留」を行うことについては、豪州のように事態に応じた柔軟・迅速な対応をと

ることは難しく、憲法 31 条の関係上、あらかじめ「拘留」を行う法的根拠と手続

について規定しておくことが必要と考えられる。「拘留」には、秩序維持のため最小

限必要な自由の制限を行う行政警察作用としての拘束、拘禁、収容、抑留等の概念

と、犯罪被疑者・被告の身柄を拘束するための司法警察作用としての抑留又は拘禁

等の区別がある。戦前の日本は、国際法上の占領法規に従って外国における秩序維

持を実施したこともあった。現在の日本においては、外国の領域における拘留は、

国連安保理決議に定められた現地の治安の維持・回復のために行うものと位置付け、

実現すべき法益を「国際協力」ないし「国際の平和と安全」に求めることが必要に

なろう。日本の場合、国際平和活動において行う「拘留」は、行政警察作用として

の「拘束」が主となると考えられ、豪州の例のように重大な犯罪の場合には一時的

な「拘束」が可能としたうえで、現地のまたは国際的な権限ある司法当局に引渡す

こととすべきであろう。なお、いわゆる破綻国家において治安維持を行う際には、

引渡すべき司法当局が存在しないという難しい問題がある。

法執行というとき、通常は「国内法」の執行を指すが、安保理の授権を受けた国

際平和活動、特に強力な武器使用権限を認められた国連 PKO の場合、それぞれの

国連 PKO 設立の根拠となる安保理決議に根拠を求める必要がある。日本が将来、

国際平和活動において治安維持支援業務を行う場合、重罪人を「拘留」する必要性

82) Kelly ほか前掲論文(注 22)参照。

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62 国際平和活動:いくつかの国際法的論点

と彼らに対する適正手続を確保する必要性のバランスをとるため、上記の豪州の例

に見られるような暫定的な司法システムを設置することも視野に入れるべきであり、

それを可能とするような規定を国際平和協力の一般法の中に盛り込むことを検討す

べきであろう。ジュネーブ第 4 条約においては、現地の法令が「被抑留者」に対し

て適用されると定められている(第 117 条)。自衛隊が INTERFET のような治安

維持支援に従事する場合には、国連事務局及び ICRC と緊密に連絡調整しつつ、現

地の法令や国際人権法および国際人道法、さらには地位協定で認められた権限等に

したがって「拘留」を行う必要があると考えられるところ、この複雑な任務に堪え

うるよう、法律専門家の育成等も重要な課題となろう。

(筆者は在ケニア大使館公使)