患者指導用パンフレット作成への道 - チームオンコ...

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患者指導用パンフレット作成への道 東京医科大学病院 西平恵美・會田絵馬(看護師) みん学で学んだこと 私たちは、今年(2012 年)2 月に青森で開催された「第 11 回みんなで学ぼうチームオンコロジー」(下みん学)に参加しました。みん学では、医師・薬剤師・看護師がチームになり、一つの症例に対して患者 さんにとって最善の治療は何かディスカッションしました。私達が看護師として感じたことは、エビデン スを持った看護の重要性でした。また、医師・薬剤師とのディスカッションで、それぞれが異なる視点・ こだわりを持って対応していることがわかりました。 医師がどのような根拠を持って治療方針を決めているのか、また薬剤師が薬の作用・副作用の観点から 薬剤選択のアドバイスや、患者背景から看護師とは別に副作用等の患者指導をしていることを知り、それ ぞれの専門性を活かしたチーム医療の実践が重要であることを再確認しました。 みん学参加後の変化 みん学青森参加後、私達はビジョンである「発病前の QOL を保てる医療の実現」の第一歩として何が出 来るか考えました。そこで、私達の病棟は泌尿器科病棟であり、膀胱癌に対する GC 療法を受けている患者 さんが多いことに関心を持ちました。また医師・薬剤師・看護師それぞれが別々の物を使い患者説明・指 導をしている現状があり、医療者側からの情報を統一するため GC 療法の患者指導用パンフレット作成を行 いました(※実際のパンフレットは 2 ページ以降をご覧ください)。 作成にあたり、まず自分たちの経験による視点だけでなく、エビデンスに基づいたものを作成する為に いくつかの論文を読みました。そこから医師・薬剤師と意見交換をし、薬剤の作用や副作用、それについ ての対処方法など、看護師だけでなく3職種の視点で記載する事を心掛けました。 患者力の向上を目指して 今回のパンフレット作成中に最も悩んだのは、患者力を向上させるにはどのような内容にしたらよいの かという点です。パンフレットを手にした患者さんが治療と副作用の関係を正しく理解し、自ら興味を持 って観察できること、なおかつ必要以上の恐怖心や不安を取り除き、自分らしい日常生活が送れることを 理解してもらえる内容になるよう注意して作成しました。 副作用に関しては、有害事象共通用語規準 v4.0(CTCAE)をベースにスケールを掲載し、患者さん自らが 記入する日誌タイプにしました。また特に注意してほしい骨髄抑制に関しては、数値のグレードごとに日 常生活の注意点を表にしました。医師とは外来診察時に訴えの多い副作用やその対応について意見交換を し、薬剤師には元々使用していたレジメンのスケジュールをもらい、副作用出現時に使用する頓服薬の説 明・使用方法については写真入りの表を作成していただきました。 今まで、医師・薬剤師・看護師が別々の物を使用し説明したことで、患者さんはたくさんの書類をもら い、多くの情報の中から何が重要な事なのか理解できずに見落としていたかもしれません。しかし、ひと つのパンフレットになったことで患者さんの混乱が予防でき、大切な情報を理解した上で治療に臨める手 助けになれればよいと考えています。 私たちのこれから 患者さんは癌を患ったことに対するショックや、抗癌剤治療のマイナスイメージから、それぞれに喪失 感を抱え、闘病生活を送っていると思います。そのような中でも、治療を正しく理解し、身体に起こる変 化を受け入れ適応していくための手助けに、このパンフレットがなればよいと考えています。抗癌剤治療 を受けていても副作用と上手に付き合うことで、自分らしい生活を続けて行けることが伝わるように、こ れからも患者さんと向きあっていきたいと思います。 2012 6 月執筆)

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Page 1: 患者指導用パンフレット作成への道 - チームオンコ …...患者指導用パンフレット作成への道 東京医科大学病院 西平恵美・會田絵馬(看護師)

患者指導用パンフレット作成への道

東京医科大学病院 西平恵美・會田絵馬(看護師)

みん学で学んだこと

私たちは、今年(2012 年)2 月に青森で開催された「第 11回みんなで学ぼうチームオンコロジー」(以

下みん学)に参加しました。みん学では、医師・薬剤師・看護師がチームになり、一つの症例に対して患者

さんにとって最善の治療は何かディスカッションしました。私達が看護師として感じたことは、エビデン

スを持った看護の重要性でした。また、医師・薬剤師とのディスカッションで、それぞれが異なる視点・

こだわりを持って対応していることがわかりました。

医師がどのような根拠を持って治療方針を決めているのか、また薬剤師が薬の作用・副作用の観点から

薬剤選択のアドバイスや、患者背景から看護師とは別に副作用等の患者指導をしていることを知り、それ

ぞれの専門性を活かしたチーム医療の実践が重要であることを再確認しました。

みん学参加後の変化

みん学青森参加後、私達はビジョンである「発病前の QOL を保てる医療の実現」の第一歩として何が出

来るか考えました。そこで、私達の病棟は泌尿器科病棟であり、膀胱癌に対する GC療法を受けている患者

さんが多いことに関心を持ちました。また医師・薬剤師・看護師それぞれが別々の物を使い患者説明・指

導をしている現状があり、医療者側からの情報を統一するため GC療法の患者指導用パンフレット作成を行

いました(※実際のパンフレットは 2ページ以降をご覧ください)。

作成にあたり、まず自分たちの経験による視点だけでなく、エビデンスに基づいたものを作成する為に

いくつかの論文を読みました。そこから医師・薬剤師と意見交換をし、薬剤の作用や副作用、それについ

ての対処方法など、看護師だけでなく3職種の視点で記載する事を心掛けました。

患者力の向上を目指して

今回のパンフレット作成中に最も悩んだのは、患者力を向上させるにはどのような内容にしたらよいの

かという点です。パンフレットを手にした患者さんが治療と副作用の関係を正しく理解し、自ら興味を持

って観察できること、なおかつ必要以上の恐怖心や不安を取り除き、自分らしい日常生活が送れることを

理解してもらえる内容になるよう注意して作成しました。

副作用に関しては、有害事象共通用語規準 v4.0(CTCAE)をベースにスケールを掲載し、患者さん自らが

記入する日誌タイプにしました。また特に注意してほしい骨髄抑制に関しては、数値のグレードごとに日

常生活の注意点を表にしました。医師とは外来診察時に訴えの多い副作用やその対応について意見交換を

し、薬剤師には元々使用していたレジメンのスケジュールをもらい、副作用出現時に使用する頓服薬の説

明・使用方法については写真入りの表を作成していただきました。

今まで、医師・薬剤師・看護師が別々の物を使用し説明したことで、患者さんはたくさんの書類をもら

い、多くの情報の中から何が重要な事なのか理解できずに見落としていたかもしれません。しかし、ひと

つのパンフレットになったことで患者さんの混乱が予防でき、大切な情報を理解した上で治療に臨める手

助けになれればよいと考えています。

私たちのこれから

患者さんは癌を患ったことに対するショックや、抗癌剤治療のマイナスイメージから、それぞれに喪失

感を抱え、闘病生活を送っていると思います。そのような中でも、治療を正しく理解し、身体に起こる変

化を受け入れ適応していくための手助けに、このパンフレットがなればよいと考えています。抗癌剤治療

を受けていても副作用と上手に付き合うことで、自分らしい生活を続けて行けることが伝わるように、こ

れからも患者さんと向きあっていきたいと思います。

(2012年 6月執筆)

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GC療法を受けられる患者さまへ (ゲムシタビン+シスプラチン)

東京医科大学病院 泌尿器科

H24.4月 作成

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GC療法とはゲムシタビン塩酸塩(ジェムザール)とシスプラチン(ランダ)という2つの薬剤を組み合わせた化学療法です。主な適応は尿路

上皮癌(膀胱癌・尿管癌・腎盂癌など)です。

ゲムシタビンは『代謝拮抗剤』という抗癌剤です。

これは癌細胞が分裂・増殖する時にみられるDNA(遺伝子の本体)の合成で、材料となる物質とよく似た構造をしています。そのた

め、癌細胞のDNAに取り込まれて、DNAの合成を阻害して癌細胞を死滅させ、抗腫瘍効果を発揮します。

シスプラチンは『白金製剤』という抗腫瘍効果のあるお薬です。

金属の白金(プラチナ)を含んだお薬で、癌細胞のDNAと結合して癌細胞の分裂・増殖を抑え、死滅させて抗腫瘍効果を発揮しま

す。

ゲムシタビン(癌細胞のDNA合成を阻止)

シスプラチン(癌細胞のDNAと結合)

増殖出来ない…

食事・運動・日常の生活に制限はありません。

体調管理に注意を払えばいつも通りの生活を送ることができます。

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日常生活の注意点

*他に通院している病院や薬局があれば、GC療法中であることを伝えて下さい。

*風邪薬など市販のお薬は飲まずに医師に相談して下さい。

*点滴当日でも入浴していただいてかまいません。

*次に述べる副作用について理解しておいて下さい。

副作用について

・むくみ たくさんの点滴をする事で身体の中の水分量が増え、むくむことがあります。利尿剤を使いコントロール出来

ます。腎機能障害が起こると尿を作る働きが悪くなり、むくみが悪化してしまう事があります。

・骨髄抑制 抗癌剤投与後2~3週間ほどすると骨髄の働きが弱くなり、約9割の方に白血球・赤血球・血小板などの減少が見ら

れます。数値によって表 1を参照して下さい。主治医に相談せずに予防接種を受けないでください。

・食欲不振 半数近くの方にみられます。食べやすい物をゆっくり食べるようにしましょう。

・吐き気、嘔吐 点滴後数時間で始まることが多く、人によっては数日続くことがあります。お薬でコントロールすることが出来ます。

吐き気がおさまっている時は脱水予防のためにスポーツ飲料などで水分補給をしましょう。

・疲労感 「疲れる」「だるい」「からだが重い」などの症状が、点滴後2~3日~1 週間ほど現れることがあります。無理せず身

体を休め、体力を保つようにしましょう。

・脱毛 10人に 1人くらいの割合で点滴開始数週間後に毛が抜けることがあります。治療が終了すれば半年ほどでまた生

えてきますが、髪質が変化する場合があります。医療用のウイッグもありますのでスタッフに相談してください。

副作用の状況を把握するために、症状はこまめにチェックし採血時はデーターを確認するようにしましょう!!

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CTCAE v4.0 参照

グレード1 グレード2 グレード3

白血球(WBC)

減少すると免疫力が低下して風邪

や肺炎などの感染症にかかりやす

くなります。

<3.0 <3.0-2.0

うがい・手洗い・マスクをしっかりしましょう。

なるべく人込みを避け、清潔を心がけて下さい。

<2.0-1.0

傷から感染しやすい為、刃物の取り扱いに注意しまし

ょう。柔かい歯ブラシを使用し、口の中を傷つけない

ようにしましょう。

赤血球(Hb)

減少すると貧血傾向となります。

<10.0 <1.0-8.0

めまいやふらつきによる転倒に注意しましょう。

<8.0

安静にして激しい運動は控えて下さい。

血小板(Plt)

出血した際に止血する働きをして

います。そのため減少すると出血し

やすくなり、さらに、出血が止まりに

くくなります。

<75.0

転倒・打撲に注意しま

しょう。

<75.0-50.0

歯ブラシは毛が柔かいものに

しましょう。鼻は強くかまない、

皮膚は強くこすらないようにし

ましょう。

<50.0-25.0

排便コントロールをしましょう(痔による出血予防)。

安静にして激しい運動や飲酒は避けましょう(飲酒は

血流を良くし、出血を起こしやすくすることがありま

す)。

表 2

正常値

白血球 2.7-8.8

血小板 14.0-340.0

血色素 11.0-17.0

尿素窒素 8.0-22.6

クレアチニン 0.6-1.1

CRP 0.3以下

表2

表1

3

小野薬品工業株式会社(治療日誌)より参照

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これらの症状が現れたときは、

病院スタッフにお知らせください。

連絡先

*東京医科大学病院 代表 03-3342-6111

*平日(月~金) 8:00~16:00

*第 1・3・5土曜日 8:00~12:00 泌尿器科外来(内線 3431)

*日曜日・第 2・4土曜日・祝・祭日 時間外外来(内線 3701~3703)

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治療スケジュールと治療日誌

(    )コース目

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28

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ジェムザール ☆ ☆ ☆ランダ ★ ★

白血球(WBC)

血小板(Plt)

血色素(Hb)

尿素窒素(BUN

クレアチニン(Cr)

  倦怠感   0 なし   1 休息により軽快する   2 外出ができない疲労感   3 身の回りのことが制限される疲労感

  しゃっくり   0 なし   1 軽度の症状   2 中等度の症状があり外出が制限される   3 高度の症状が身の回りのことが制限される

腎機能

骨髄機能

2 50%以上の脱毛 2 中等度の疼痛食事に影響がない3 高度の症状があり食事に影響がある

めまい・ふらつき0 なし1 軽度の症状がある2 中等度の症状があるが身の周りの事は自分でできる3 高度の症状があり身の周りの事ができない

内出血0 なし1 わずかな内出血2 複数または広範囲の内出血3 全身の内出血

脱毛0 なし

食事量0 なし1 普段通り食事が摂取できる2 摂取できるが普段より少ない3 水分摂取もできず体重減少がある

吐き気0 なし1 食欲はないが食事摂取できる2 吐き気がありあまり食事摂取できない(水分摂取できる)

3 吐き気があり食事摂取ができない(水分摂取できない)

口内炎0 なし1 軽度の症状がある1 50%未満の脱毛

体温(     時)

その他(       )

その他(       )

めまい

ふらつき

内出血

吐き気

口内炎

倦怠感

しゃっくり

体調の観察

コース

日付

治療

CRP(炎症反応)

採血結果

食事量

脱毛

点滴

体重(     時)

スコア表参照

スコア表