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(78) 資本所得税の導入のタイミングと経済厚生 (1) はじめに Cham1ey(1986)は,パラメータに関係なく,一定期間の増税期問(で きる限り高い税率で)を置いた後,資本所得税を廃止する無税国家政策が, 代表的個人の経済的厚生を最大化する課税政策であることを解析的に証明し た1).ただし,Chamley(1986)は証明を提示しただけで,何故,無税国家 政策への変更が,代表的個人の経済的厚生を最大化するのか,無税国家政策 変更後,消費,資本等の移行経路はいかなる移行経路を通るのか,さらに, 無税国家政策への変更が,経済的厚生をどれほど改善するのかという基本的 な問題に解答を与えていない. 本論文では,一定期間の増税期間を置き,財政余剰を蓄積.した後,資本所 得税を廃止する無税国家政策を分析するための数値解析を利用した手法を提 示し,そして,その手法を利用して,Chamley(1986)の残した課題につ いて分析する.本論文の構成は以下の通りである.2節では,分析の基本と なるモデルを提示する.3節では,2節で提示したモデルを分析するための 手法を提示する.(別稿で改めて報皆する.)4節では,3節で提示した手法 を使用して,具体的な分析を行う. (2) モデル この節では,閉鎖経済において,一定期間の増税期問を置き,財政余剰を 蓄積した後,資本所得税を廃止する無税国家政策について分析するためのモ 764

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Page 1: 資本所得税の導入のタイミングと経済厚生 URL Right ......資本所得税の導入のタイミングと経済厚生 (79) デルを提示する.Cham1ey(1986)は,労働供給が弾力的な場合において,労働所得税と資本所得税でファイナンスする経済を分析してきたが,ここで

(78)

資本所得税の導入のタイミングと経済厚生

古 谷 泉 生

(1) はじめに

 Cham1ey(1986)は,パラメータに関係なく,一定期間の増税期問(で

きる限り高い税率で)を置いた後,資本所得税を廃止する無税国家政策が,

代表的個人の経済的厚生を最大化する課税政策であることを解析的に証明し

た1).ただし,Chamley(1986)は証明を提示しただけで,何故,無税国家

政策への変更が,代表的個人の経済的厚生を最大化するのか,無税国家政策

変更後,消費,資本等の移行経路はいかなる移行経路を通るのか,さらに,

無税国家政策への変更が,経済的厚生をどれほど改善するのかという基本的

な問題に解答を与えていない.

 本論文では,一定期間の増税期間を置き,財政余剰を蓄積.した後,資本所

得税を廃止する無税国家政策を分析するための数値解析を利用した手法を提

示し,そして,その手法を利用して,Chamley(1986)の残した課題につ

いて分析する.本論文の構成は以下の通りである.2節では,分析の基本と

なるモデルを提示する.3節では,2節で提示したモデルを分析するための

手法を提示する.(別稿で改めて報皆する.)4節では,3節で提示した手法

を使用して,具体的な分析を行う.

(2) モデル

 この節では,閉鎖経済において,一定期間の増税期問を置き,財政余剰を

蓄積した後,資本所得税を廃止する無税国家政策について分析するためのモ

764

Page 2: 資本所得税の導入のタイミングと経済厚生 URL Right ......資本所得税の導入のタイミングと経済厚生 (79) デルを提示する.Cham1ey(1986)は,労働供給が弾力的な場合において,労働所得税と資本所得税でファイナンスする経済を分析してきたが,ここで

資本所得税の導入のタイミングと経済厚生 (79)

デルを提示する.Cham1ey(1986)は,労働供給が弾力的な場合において,

労働所得税と資本所得税でファイナンスする経済を分析してきたが,ここで

は,労働供給が非弾力的な場合において2),資本所得税のみによりファイナ

ンスする経済(ただし,この節で提示するモデルにおいて,無税国家政策が,

代表的個人の経済的厚生を最大化することが,解析的に証明されているわけ

ではない.)について分析する.

 代表的個人は,課税後の利子率(η),賃金(ω’),定額移転(TR)を与件

として,予算制約(2)式,労働供給制約(3)式,(4)式の制約を満たした

上で・(1)式を最大化するように消費計画(Cl)を定める.

…ズ…(一ρ1)舳

C’十φ=ηα’十ω{十m

    1’=1

(1)

(2)

(3)

           !史…(一加)α’一・  (・)

 ちなみに,ρは主観的割引率,〃(〃)は効周関数,α、はヱ期の資産,1’はτ

期の労働供給量である.上記の式をオイラー方程式で解くと,以下の式が導

ける.

              ウ、/叫:ρ一η      (5)

 ちなみに,叫は消費の隈界効用である.効用関数(〃)はCRRA型関数で

あると仮定する.

                  1-o              ・(・、)一⊥二     (6)                  1一σ

 上記の式を(5)式に代入すると,以下の式が導ける.

                 η一ρ              c’/c’=         (7)                  σ

 生産関数σ)はコブ・ダグラス関数を仮定する.

             ∫(尾、,1、):酬一藺      (8)

ちなみに,尾。は’期の資本である.賃金(ω’)は(3)式と上記の式より以下

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(80)  一橋論叢 第124巻 第6号 平成12年(2000年)12月号

の式のように定まる.

              ω’=(1一α)財      (9)

課税後の利子率(η)も同様に以下の式のように定まる.

             η=(1一τ’)αんτ■1     (1O)

ちなみに,τ、はf期の資本所得税である.政府は,独自の消費活動を行わず,

毎期一定の定額移転(朋)のみをおこなうと仮定し,さらに,そのための資

金を資本所得税による税収(σ’)と国債の発行によりファイナンスすると仮

定する.

               9’=τμτ      (11)

             61一ψ汁朋一91    .(12)

ちなみに,δ、は,’期の国債の累積額である.国債の累積額(わo)は・初期時

点において以下の条件を満足すると仮定する.

               わ。=0       (13)

政府は,以下の条件式を満たすように,課税計画(τ’)を定めると仮定する.

               lim氏=O            (14)               ’→団政府は独自の消費活動を行わないので3),資本蓄積は以下の式のように定ま

る.

              后、=財一・’      (15)

無税国家政策を採用する以前,又,無税国家政策を採用しなかった場合には・

税率一定(τ、=τ)で定常均衡にあると仮定する、消費(δ)・資本(庖)は・(7)

(15)式より,下記の式のように定まる.

             1一(α(’テτ)戸   (1・)

               δ二炉         (17)

定額移転(TR)は,(13)(14)式より,下記の式が成立する、下記の式によ

り定まる定額移転(TR)は,無税国家政策変更後も一定とする.

              TR=初炉        (18)

税率一定(τ、=モ)で,定常均衡にある経済を一定期間の増税期閲(O<工<’^)

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         資本所得税の導入のタイミングと経済厚生       (81)

を置き,財政余剰を蓄積した後,資本所得税を廃止する無税国家政策を採用

した場合の消費(c三),資本(冶’),国債累積額(δ’)の移行経路について考察

する・無税国家政策変更直後の資本(んO),国債の累積額(5o)の初期点は,

以下の式が成立する.

               んo=尾        (19)

               δo=O        (20)

それに対して,無税国家政策変更後の消費の初期点(oo)は未知数である.

代表的個人は,投資収益率に応じて消費を決定する4).投資収益率が高けれ

ぱ,現在の消費を減少させ,投資を増加させる.投資収益率が低ければ,現

在の消費を増加させ,投資を滅少させる.注意しなけれぱならないのは投資

収益率が,現在の課税後の利子率だけではなく,将来の課税後の利子率にも

依存する点である.無税国家政策への変更は,増税期問における課税後の利

子率の低下を招くと同時に,無税期間における利子率の上昇をもたらす効果

を持つ.無税国家政策変更直後の消費は,増税期間の増税による利子率の低

下の効果だけではなく,無税期問における資本所得税廃止による利子率の上

昇の効果も考慮して決定される.図1は,税率一定で定常均衡にある経済を

一定期間の増税期問を置き,財政黒字を蓄積した後,資本所得税を廃止する

無税国家政策を採用した場合の消費,資本の移行経路を示す位相図である.

無税国家政策変更直後,税率一定七定常均衡であるλ点(ζ尾)から8、点

(CO,ん)へとジャンプする5〕.

 増税期間(0<K広^)における消費(c、)・資本(冶、),国債の累積額(∂、)の

移行経路は,下記の非線形連立徴分方程式で表現することができる.

            ビ’  c(1一τ此)鳥匝■1一ρ

           一=               (21)            c’      σ

              崖工=什・、      (22)

         6,:α(1一τ此)グ’δ、十TR一τ、α財   (23)

ちなみに・τ{は増税期問の資本所得税率である.増税期間において,消費

は一貫して減少していく.何故ならぱ,増税期問の残りが短くなり,投資収

                                767

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(82)  一橋論叢

C(消費〕

第124巻第6号平成12年(2000年)12月号

  図1消費,資本の位相図

c=f〔k)

Bl月’

B,

λ

0

02

83

k(資本〕

図2増税期間の移行経路

o〔消費〕“

/c=flk)

「庇

8工λ

01

02

83

\1

\\

k(資本)

768

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         資本所得税の導入のタイミングと経済厚生       (83)

益率に及ぽす増税期間の影響が小さくなり,投資収益率が上昇するからであ

る。消費は,投資収益率の上昇に沿って減少していく.図1では,増税期問

の移行経路はBl→32→B3で示されている.(詳しくは,増税期間の消費,

資本の移行経路の位相図である図2参照)

 増税期問の消費,資本,国債の累積額の期末点(無税期間の初期点)(C、品,

屯、1わ1品)は・全て未知数である.無税期間(工〉工此)における消費(c、),資本

(ん’),国債の累積額(わ、)の移行経路は,下記の非線形連立徴分方程式で表

現できる.

             δ三  α尾τ■1一ρ

             ■=              (24)             c’    σ

              石、=尾1一・、      (25)

             6、=α財■1δ、十τR           (26)

無税国家政策を採用した場合の消費(6),資本(后)の定常均衡は,上記の式

より,下記のように定まる.

              1一け)…   (・・)

               6=た口        (28)

さらに・(14)(26)式より,定常均衡における国債の累積額(6)は,以下

の式を満たす必要がある.

               ・   TR              ゐ=一一        (29)                  ρ

無税期間において,消費は一貫して上昇していく.資本蓄積が進むにつれ,

資本の限界生産性が低下し,投資収益率が下落していく.投資収益率の下落

は,消費芦増加させる。図1では,無税期問の移行経路は,33→助で示さ

れる。(詳しくは,無税期間の消費,資本の移行経路の位相図である図3参

照)

(3)数値解析

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(84)  一橋論叢 第124巻 第6号 平成12年(2000年)12月号

図3無税期問の移行経路

[(消費〕

\      ’\

   //

」/助

B’

o=f(k〕

k(資本〕

紙数の関係上,別稿で改めて報告する.

(4)分析

 表1は,この分析で使用するパラメータの仮定についてまとめたものであ

る.税率一定で定常均衡にある経済を資本所得税を50%に増税する増税期

問を置き6),財政余剰を蓄積した後,資本所得税を廃止する無税国家政策へ

変更した場合の消費,資本,国債の累積額の移行経路を図示する.図4は,

無税国家政策を採用した場合の消費(c’)の移行経路を図示したものである・

消費は,無税国家政策変更直後,急激に上昇した後,増税期間を通じて減少

し,無税期間に入ると,上昇に転じる.この移行経路を投資収益率という概

念を使用して説明する.投資収益率(沢)を以下の式のように定義する一

舳・)一…(卜1)・・) (30)

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資本所得税の導入のタイミングと経済厚生 (85)

表1パラメーターの仮定

名  称 記号  数値

   主観的割引率      ρ  O.05

異時点間の代替弾力性の逆数  σ   2

              a   O.33

   資本所得税      云  O.2

  初期時点の資本     尾  11.98

 初期時点の国債の累横額   5   0

代表的個人は,以下の式のように投資収益率(R)に応じて,現在の消費

(C’)を決定する.

            c、=61imR(ムs)■1ん          (31)

投資収益率(1~)が高ければ,現在の消費(C、)を減少させ,投資を増カbさせ

る.投資収益率(R)が低けれぱ,現在の消費(c’)を増加させ,投資を減少

させる.注意しなければならないのは投資収益率(R)が,現在の課税後の

利子率(η)だけではなく,将来の課税後の利子率にも依存する点である.

増税期聞(O<工<’免)において,消費は一貫して減少していく.何故ならば,

時間が経過するごとに,投資収益率(R)に影響する増税期間が短くなり,

投資収益率(R)が上昇するためである.無税期間に入ると,消費は一転し

て上昇に転じる.何故ならば,資本所得税の廃止により,資本蓄積が進む.

資本蓄積が進むにつれ,資本の隈界生産性が低下し,投資収益率を下落して

いく.投資収益率の下落は,消費を増加させる.

 図5は,無税国家政策を採用した場合の資本の移行経路を図示したもので

ある.資本は,増税期間においてほぼ滅少し,無税期問において増加に転じ

る.ただし,増税期間の資本の減少は,無税期閲の資本の増加と比較すると

非常に小さい.この非対称性は,投資の意思決定が,現在の収益だけではな

く,将来の収益にも依存することに由来する.増税期間の増税による資本蓄

積へのマイナスの効果は,将来の資本所得税の廃止による資本蓄積へのプラ

スの効果に大部分が相殺されるため,あまり大きな効果を持たない.それに

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(86)   一橋論叢 第124巻 第6号 平成12年(2000年)12月号

図4消費の移行経路

㎜向咽邊刺岬一舳伽1舳向血而  “

呈5

図5資本の移行経路

13;

図6 国債の移行経路

{;

・呈

772

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資本所得税の導入のタイミングと経済厚生 (87)

表2無税国家政策

増税期間の税率  増税期間  経済厚生

4096        13.47

50       9.89

70       6.47

100       4.27

0.20%

0,24

0.3

0.34

表3パラメーターを変更した場合

ρ   σ  初期時点の資本  増税期間の税率  増税期問  経済厚生

O.05   2

0.05   2

0.01   2

0.O1   2

0.05    L05

0,05    1.05

11.98

11.98

132.37

132.37

11.98

11.98

50%

100

50

100

50

100

9,89

4.27

49.86

26.28

10,13

4.34

O.24%

O.34

0,26

0,35

0,22

0.38

対して,投資の意思決定は,過去の収益に依存しないので,増税期間におけ

る増税の影響をうけないので,無税期問における資本所得税の廃止による資

本蓄積へのプラスの効果はそのままの効果が残る.図6は,無税国家政策を

採用した場合の国債の累横額の移行経路を示したものである.

 表2は,資本所得税率(20%)で定常均衡にある経済を一定の増税期間を

置き,財政黒字を蓄積した後,資本所得税を廃止する無税国家政策に変更し

た場合の代表的個人の厚生上の効果について分析した結果をまとめたもので

ある7).表2から導ける結論は以下の通りである.第1に,無税国家政策へ

の変更は,代表的個人の厚生を改善する方向に働く.第2に,増税期問にお

ける資本所得税率が高い程,代表的個人の厚生は高くなる.この結論は,一

定期聞の増税期問(できる限り高い税率)を置いた後,資本所得税を廃止す

る無税国家政策が,代表的個人の経済的厚生を最大化するというChamley

(1986)の導いた定理を支持するものである.表3は,バラメータを変更し

て,表2と同様の分析をおこなった結果をまとめたものである.

 これまでは,一定の増税期問を置き,財政黒字を蓄積した後,資本所得税

773

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(88)   一橋論叢 第124巻 第6号 平成12年(2000年)12月号

衰4逆無税国家政策

増税期間の税率  無税期間  経済厚生

30%

40

50

60

70

7.68

13.25

17.49

21.15

24.45

一〇.45%

一0.91

-1.45

-2.09

-2.86

図7 資本の移行経路

を廃止する無税国家政策を採用した場合の経済上の効果について分析してき

た.ここからは,一定の無税期問を置き,無税期間に累積した財政赤字をフ

ァイナンスするために,増税する逆無税国家政策を採用した場合の経済効果

について分析する.

 図7は,一定期間の無税期問を置いた後,資本所得税を50%に増税する

逆無税国家政策を採用した場合の資本の移行経路を示したものです.表4は,

資本所得税率20%で定常均衡にある経済を一定の無税期問を置き,無税期

問に累積した財政赤字をファイナンスするため,増税する逆無税国家政策を

採用した場合の代表的個人の厚生上の効果を分析した結果をまとめたもので

ある.表4から導かれる結論を整理すると以下のようになる.第1に,逆無

税国家政策への変更は,代表的個人の経済的厚生を悪化させる.第2に,増

税期問の税率が高い程,代表的個人の経済的厚生を悪化させる.

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資本所得税の導入のタイミングと経済厚生 (89)

 最後に,一定期問の増税期聞を置いた後8),資本所得税を廃止する無税国

家政策が,代表的個人の経済的厚生を最大化する理由について考察する.資

本所得税は,異時点問の資源配分を歪める.このことは,いかなる時点で,

いかなる税率で課税しようとも同じである.ただし,その効果の大きさは,

大きく異なる.資本所得税の増減税は,当期だけでなく,事前の資本蓄積に

影響し,事後の資本蓄積には影響しない.例えぱ,無税国家政策の場合,増

税期間の増税の資本蓄積に与える効果は,増税期問のみに影響し,無税期間

の資本蓄積には影響しない.それに対して,無税期問の減税の資本蓄積に与

える効果は,無税期問だけでなく,増税期間の資本蓄積に影響を与える.そ

のため,図5のように,資本所得税の増減税の効果は非対称的である.無税

期問の減税の効果に影響される増税期問の資本蓄積のマイナスの効果は小さ

く,増税期間の増税に影響されない無税期問の資本蓄積のプラスの効果は大

きい。又,逆無税国家政策の場合,無税期問の減税の資本蓄積に与える効果

は,無税期問のみに影響し,増税期間の資本蓄積には影響しない.そして,

増税期間の増税の資本蓄積に与える効果は,増税期問だけでなく,無税期問

の資本蓄積に影響を与える.そのため,図7のように,資本所得税の増滅税

の効果は非対称的である.増税期問の増税の効果に影響される無税期間の資

本蓄積のプラスの効果は小さく,無税期問の滅税に影響されない増税期間の

資本蓄積のマイナスの効果は大きい.とすると,資本所得税による資源配分

の歪みを最小化するためには,資本所得税を出来るだけ前倒しすべきである.

つまり・一定期問の増税期間(出来る限り高い税率で)を置いた後,資本所

得税を廃止する無税国家政策が,代表的個人の経済的厚生を最大化するので

はないだろうか.

1)Chame1y(1986)定理2、ただし,Correia(1996)は,公的資本が,生産関

数に影響を及ぼす場合,この定理が、成立しないことを証明した.

2)労働供給の非弾力性を仮定した理由は,労働供給の非弾力性を仮定し、労働

所得税を排除することにより,資本所得税の異時点問の配分に議論を集中するた

775

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(90)   一橋論叢 第124巻 第6号 平成12年(2000年)12月号

めである.

3)単純化のため,資本の減価傲却率はゼロとする.

4)投資収益率(R)を以下の式のように定義する.

舳)一…(∫ち(花一1)・1)

(5)式より,以下の式が導ける.

州一W…(ルーρ)・1)

 上記の式より,以下の式が成立する.

             c,=ε1imR(ム∫)一1ん

ちなみに,6は定常均衡における消費である.

5) ここでは,無税国家政策変更直後,消費が,A点からβ1点へと上方にジャ

ンプし,B1→B筥→Bo→B4へと進む場合について考察していくが,無税国家政策

変更直後,消費が,λ点からC1点へと下方にジャンプし,Cl→C戸…へと進む

場合も理論上考えられる.ただし,C1点から出発する場合,増税期間は・B1点

から出発する場合と比較して,増税期間は短くなる.増税期問が短くなれぱ・増

税期問で蓄積される財政余剰は小さくならざる得ない.経験上,C1点のような

λ点を下回る点から出発する場合,財政破綻はきたす.

6)増税期間が9.89の場合について分析した.この場合,以下の条件を満足する・

               lim氏=O               ‘→血増税期問が9.89を超える場合,財政余剰が正の方向に発散する.増税期間が・

9.89を下回る場合,財政余剰が負の方向に発散する.又,増税期間の税率が高い

ほど,増税期閥は短くなる.そして,増税期間の税率が低いほど1当然・増税期

問は長くなる.

7)代表的個人の厚生上の効果を計測する方法を提示する.

ω寸…(一ρ1)舳

ちなみに,c’は,無税国家政策を採用した場合の消費の移行経路である。以下の

式が成立するようなω21を求める.

11寸…(一ρ1)1((1・ω・1)1)・

ちなみに,δは税率一走政策における消費である.例えば,閉1が0・05であると

するならぱ,代表的な個人の厚生は5%改善したと定義する、

8)無税期間は,17.49.無税期間が17.49を超える場合,財政余剰が負の方向に

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Page 14: 資本所得税の導入のタイミングと経済厚生 URL Right ......資本所得税の導入のタイミングと経済厚生 (79) デルを提示する.Cham1ey(1986)は,労働供給が弾力的な場合において,労働所得税と資本所得税でファイナンスする経済を分析してきたが,ここで

        資本所得税の導入のタイミングと経済厚生       (91)

 発散する.無税期間が,17.49を下回る場合,財政余剰が正の方向に発散する.

 無税期問と増税期問の税率の関係は,表4参照

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麟葦撚昌麹(一橋犬学助手)

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