大学水泳選手の学年,専門種目,専門距離からみた酸素摂取量の … ·...

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3 1.緒 言 スポーツにおいてトレーニングを行う上で, 選手の体力特性を知ることは非常に重要である. 選手の持久的能力は,最大酸素摂取量(以下, V O2max と記載)の測定で把握され,定期的測 定により,トレーニング効果を客観的に評価す ることが可能である(山地,1985).特に競泳 では,全力泳中に生成された全エネルギー量の う ち,50m 種目は 25 30 %,100m 種目は 50%200m 種目が 65 70 %,400m 種目が 80%800m 以上の種目は 90% 以上が有酸素性 エネルギーを占める(Ogita ら,2003)と報告 がなされており,短距離種目でも酸素摂取量の 増大が必要といわれている. 山岡(1958),阿久津(1964)はプールで 4 泳法を泳いだ際のそれぞれの種目における酸素 需要量を測定した.ただし,いずれも被験者が 1 名であり,検者がダグラスバックを持ちなが らプールサイドを被験者と並行して移動しなが ら測定しており,V O2max は算出できていない. 宮下・袖山(1971)は,トレッドミルを用いて 走動作中の日本人水泳選手の V O2max を測定 し,諸外国の選手と比較検討した.しかし,スポー ツ選手の V O2max を測定する際には,各種目の 運動様式で行う方が良いとされている(Secher 大学水泳選手の学年,専門種目,専門距離からみた酸素摂取量の違いについて Differences in oxygen uptake in swimming styles, distance and grades of university. 原 怜来,上野 広治,鈴木 典 Reira Hara, Koji Ueno, Tsukasa Suzuki 日本大学スポーツ科学部 College of sports sciences, Nihon University キーワード:競泳・酸素摂取量・流水プール Keywords : Swimming・Oxygen uptake・Swim-mill ら,1974Magel 1978). そこで,泳速度を管理できる流水プールの開 発がなされ,海外では流水プールを用いた V O2max の測定が行われはじめた(Holmer1972Bonen 1980).Holmer ら(1974)は 水泳選手を対象にトレッドミルと流水プールで 測定し,流水プールで測定した V O2max はト レッドミルで測定した時に比べて低い値が算出 されることを報告した.これは測定中に動員さ れている筋肉が異なり,実際に泳動作時の最大 心拍数が走動作時に比べて低いことが影響して いるとされている.このように,水泳選手の V O2max は,泳動作中に測定する必要があると 報告されている.しかし,泳動作中に測定する ためには流水プール等の高額な装置が必要であ ることから,これまであまり多くの研究がなさ れていない. 競泳の種目は,最短種目で 50m,最長種目で 1500m であり,Ohkuwa ら(1980)は,800m 以上の長距離選手の V O2max 100m 以下の短 距離選手に比べて有意に高い値を示すと報告し ている.V O2max は持久的能力を評価できるこ とから,長距離選手において高いことは想定で き る が,200m 400m の選手がどの程度の V O2max を有しているかは明らかとなっていな 日本大学スポーツ科学部競技スポーツ学科(〒 154-8513 東京都世田谷区下馬 3-34-1College of sports sciences, Nihon University (3-34-1 Shimouma, Setagaya-ku, Tokyo 154-8513, Japan) 〔研究資料〕

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Page 1: 大学水泳選手の学年,専門種目,専門距離からみた酸素摂取量の … · なり,測定開始時よりも身体が1 m後方に下がっ た時とした. 酸素摂取量の測定にはダグラスバック法を用

大学水泳選手の学年,専門種目,専門距離からみた酸素摂取量の違いについて

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1.緒 言 スポーツにおいてトレーニングを行う上で,

選手の体力特性を知ることは非常に重要である.

選手の持久的能力は,最大酸素摂取量(以下,

V・

O2max と記載)の測定で把握され,定期的測

定により,トレーニング効果を客観的に評価す

ることが可能である(山地,1985).特に競泳

では,全力泳中に生成された全エネルギー量の

うち,50m 種目は 25 ~ 30 %,100m 種目は

50%,200m 種目が 65 ~ 70%,400m 種目が

80%,800m 以上の種目は 90% 以上が有酸素性

エネルギーを占める(Ogita ら,2003)と報告

がなされており,短距離種目でも酸素摂取量の

増大が必要といわれている.

 山岡(1958),阿久津(1964)はプールで 4泳法を泳いだ際のそれぞれの種目における酸素

需要量を測定した.ただし,いずれも被験者が

1 名であり,検者がダグラスバックを持ちなが

らプールサイドを被験者と並行して移動しなが

ら測定しており,V・

O2max は算出できていない.

宮下・袖山(1971)は,トレッドミルを用いて

走動作中の日本人水泳選手の V・

O2max を測定

し,諸外国の選手と比較検討した.しかし,スポー

ツ選手の V・

O2max を測定する際には,各種目の

運動様式で行う方が良いとされている(Secher

大学水泳選手の学年,専門種目,専門距離からみた酸素摂取量の違いについてDifferences in oxygen uptake in swimming styles, distance and grades of university.

原 怜来,上野 広治,鈴木 典*

Reira Hara, Koji Ueno, Tsukasa Suzuki

日本大学スポーツ科学部College of sports sciences, Nihon University

キーワード:競泳・酸素摂取量・流水プール

Keywords : Swimming・Oxygen uptake・Swim-mill

ら,1974.Magel ら 1978). そこで,泳速度を管理できる流水プールの開

発がなされ,海外では流水プールを用いた

V・

O2max の測定が行われはじめた(Holmer,1972.Bonen ら 1980).Holmer ら(1974)は

水泳選手を対象にトレッドミルと流水プールで

測定し,流水プールで測定した V・

O2max はト

レッドミルで測定した時に比べて低い値が算出

されることを報告した.これは測定中に動員さ

れている筋肉が異なり,実際に泳動作時の最大

心拍数が走動作時に比べて低いことが影響して

いるとされている.このように,水泳選手の

V・

O2max は,泳動作中に測定する必要があると

報告されている.しかし,泳動作中に測定する

ためには流水プール等の高額な装置が必要であ

ることから,これまであまり多くの研究がなさ

れていない.

 競泳の種目は,最短種目で 50m,最長種目で

1500m であり,Ohkuwa ら(1980)は,800m以上の長距離選手の V

・O2max は 100m 以下の短

距離選手に比べて有意に高い値を示すと報告し

ている.V・

O2max は持久的能力を評価できるこ

とから,長距離選手において高いことは想定で

きるが,200m や 400m の選手がどの程度の

V・

O2max を有しているかは明らかとなっていな

* 日本大学スポーツ科学部競技スポーツ学科(〒 154-8513 東京都世田谷区下馬 3-34-1)College of sports sciences, Nihon University (3-34-1 Shimouma, Setagaya-ku, Tokyo 154-8513, Japan)

〔研究資料〕

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Page 2: 大学水泳選手の学年,専門種目,専門距離からみた酸素摂取量の … · なり,測定開始時よりも身体が1 m後方に下がっ た時とした. 酸素摂取量の測定にはダグラスバック法を用

原怜来・上野広治・鈴木典

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い.

 また,競泳では,バタフライ,背泳ぎ,平泳ぎ,

クロール泳の 4 種目があり,選手は専門種目を

有している.その中でもクロール泳は水泳を始

める際に最初に習う種目であり,基本泳法であ

る.これまでの先行研究では,競泳選手は専門

種目に関わらず,必ずクロール泳は泳げること

から,V・

O2max を測定する際には,クロール泳

が用いられてきた(Holmer,1972.Bonen ら

1980).ただし,ラグビーなどの他のスポーツ

ではポジション別の体力特性が明らかとなって

いる(森・安食,2001).競泳は 4 種目の動作

が大きく異なるにも関わらず,専門種目の違い

による体力特性が明らかとなっておらず,専門

種目の違いによる V・

O2max を明らかにする必要

があると考えられる.

 V・

O2max は呼吸機能と心・循環機能,および

運動効率で決定されることから,専門種目に体

力特性やトレーニングの観点に違いがあると考

えられる.競泳は種目によって,運動効率が異

なり,平泳ぎはエネルギー効率の悪い種目であ

り(Holmer,1972),4 泳法の中で最も大きな

抵抗を生じる泳ぎであると報告されている

(Kolmogorov・Duplishcheva,1992). 坂 口・

北川(2003)は,平泳ぎの競技力向上を目的と

したトレーニングにおいて,有酸素性エネルギー

消費量を増大させる意義は小さいとしている.

また,Maglischo(2003)も,平泳ぎは他の種目

の動作と大きく異なるため,平泳ぎを専門とし

ている選手は,他の種目以上に専門種目で泳ぐ

ことが重要であると述べている.このように平

泳ぎ選手は平泳ぎの運動効率向上を目的とした

トレーニングが主流を占めるため,クロール泳

で測定した際の V・

O2max は低いと考えられる.

 一方で,バタフライは 1 ストローク中の速度

変化が大きく,上下動も大きいため,泳ぐ際に

他の種目よりエネルギー消費が大きいといわれ

ており,バタフライ選手はオーバートレーニン

グにならないよう注意しなければならないとい

われている(Maglischo,2003).つまり,バタ

フライを専門としている選手は,呼吸機能,お

よび心・循環機能を向上させるトレーニングが

主流を占めることから,クロール泳で測定した

際の V・

O2max が高いと考えられる.

 このように,泳動作時の V・

O2max を測定した

研究は少なく,専門種目,専門距離,性別によ

る違いについては明らかとなっていない.特に

大学水泳部にとって,学生選手権で好成績をお

さめるためには,現在の大学水泳部員の性別,

学年別,専門種目別,および専門距離別の最大

酸素摂取量を知ることが重要であり,今後の強

化方法を検討する際に有益なデータとなりうる

と考えられる.

そこで本研究は,大学水泳部員を対象に,クロー

ル泳動作中の V・

O2max の測定をし,性別,学年,

専門距離,専門種目による特性があるか否かを

明らかにすることにより,今後のトレーニング

における指針を得ることを目的とした.

2.方 法2-1.被験者 被験者は大学水泳部に所属する大学生 42 名

(男子 35 名・女子 7 名)とし,競技成績は日本

代表選手から全国大会出場選手とした.研究に

先立ち,各被験者に対して実験の説明を行い,

被験者として自主的に参加することの同意を得

た.本研究は日本大学研究倫理審査委員会(承

認番号 2017-005)の承認を得ている.

2-2.測定方法 測定は流水プールにおいてクロール泳で行わ

せ,男子は 0.8 m/s の流速から,女子は 0.7 m/sの流速からスタートし,1 分ごとに 0.2 m/s ず

つ 4 分まで増速させ,それ以後は 1 分毎に 0.03 m/s ずつ増速して疲労困憊まで泳がせた.疲労

困憊の判定は,設定した泳速度を維持できなく

なり,測定開始時よりも身体が1 m後方に下がっ

た時とした.

 酸素摂取量の測定にはダグラスバック法を用

いた.被験者は呼気ガス採取用シュノーケルを

装着し,呼気はダグラスバックに採集した(図

1).換気量は乾式ガスメーター(品川製作所製)

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で測定し,呼気ガスの分析には自動呼気ガス分

析装置(ミナト医科学社製:AE-310S)を用いた.

採気は運動開始から 30 秒ごとに運動終了まで

連続して行った.

2-3.測定項目 測定方法上,クロール泳による運動負荷中の

最も大きな酸素摂取量を採用したことから,測

定項目はピーク酸素摂取量とした.また,

V・

O2peak は,競技特性により絶対値で示す場合

と,体重 1 kg あたりで示す場合があるが,

Holmer ら(1974)は,水泳時は浮力により運

動者に与える体重の影響が少ないことから絶対

値で示す方が良いとしている.そのため,本研

究でも V・

O2peak を絶対値で示すこととした.

2-4.統計処理 測定値は全て平均値±標準偏差で表した.性

別による差は対応のない t 検定を行った.学年,

専門距離,専門種目による V・

O2peak の違いは,

被験者数の少ない女子を除き,男子のみを対象

として検定を行った.検定は,一元配置分散分

析を用いて,有意差が認められた場合は Tukeyの HSD 検定を行った.統計解析には,IBM SPSS Statistics 23(日本アイ・ビーエム株式

会社)を用い,本研究ではすべての検定におい

て有意水準を 5 % 未満とした.

3.結 果 性別,学年,専門距離,専門種目による

V・

O2peak の違いを図 2 ~ 5 に示した.

 性別差については,男子は女子よりも有意に

高い値を示した(p < 0.01,図 2).性差が有意に

認められたことから,学年,専門距離,専門種

目による V・

O2peak の違いは,被験者の少ない女

子は除き,男子のみを対象として検定を行った.

 学年別にみると 1 年生が 3.68 ± 0.56 L/ 分,

2 年生が 3.73 ± 0.45 L/ 分,3 年生が 4.04 ± 0.44 L/ 分で有意な差は認められなかった(図 3). 専門距離別にみると,50m 選手が 3.37 ± 0.68 L/ 分,100m 選手が 3.67 ± 0.50 L/ 分,200m選手が 3.96 ± 0.50 L/ 分,400m 選手が 3.62 ±

図 1 測定時の様子

図 2 性別の違いによるV・O2peak(L/ 分)

図 1.測定時の様子

図 2.性別の違いによるV・O2peak (L/分)

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図 3 男子選手の学年の違いによるV・O2peak(L/ 分)

図 3.男子選手の学年の違いによるV・O2peak (L/分)

図 4.男子選手の専門距離の違いによるV・O2peak (L/分)

図 4 男子選手の専門距離の違いによるV・O2peak(L/ 分)

図 3.男子選手の学年の違いによるV・O2peak (L/分)

図 4.男子選手の専門距離の違いによるV・O2peak (L/分)

図 5 男子選手の専門種目の違いによるV・O2peak(L/ 分)

図 5.男子選手の専門種目の違いによるV・O2peak (L/分)

0.29 L/ 分,1500m 選手が 4.14 ± 0.28L/ 分で

あり,学年と同様に有意な差は認められなかっ

た(図 4). 最後に専門種目について見てみると,有意差

は認められなかったが,クロール選手が一番高

く 4.00 ± 0.34 L/ 分であった.続いてバタフラ

イ選手が 3.97 ± 0.46 L/ 分,背泳ぎ選手が 3.65± 0.53 L/ 分,個人メドレー選手が 3.61 ± 0.36 L/ 分であり,平泳ぎ選手が最も低く 3.40 ± 0.73 L/ 分であった(図 5).

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大学水泳選手の学年,専門種目,専門距離からみた酸素摂取量の違いについて

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4.考 察 本研究では,大学水泳部の V

・O2peak の測定

を行い,性別,学年,専門距離,専門種目によ

る特性があるか否かを検討した.

 その結果,男子の平均値は 3.80 ± 0.51 L/ 分で,女子の平均値は 2.70 ± 0.23 L/ 分であり,

男子の方が女子に比べて有意に高かった.

Astrand(1956)は 12 歳以上になると男子の

方が女子より高い値を示すと報告しており,本

研究でも同様の結果がでた.

 近年,日本水泳連盟では競泳日本代表選手を

対象に V・

O2max の測定を行っているが,論文と

して公表はしていない.そのため,日本人水泳

選手のデータは古くなるが,宮下・袖山(1971)がトレッドミルを用いて行った研究では,男子

の日本人トップ選手の平均値が 62.28 ml/kg/分,

女子の平均値が 49.63 ml/kg/ 分であった.また,

Saltin・Astrand(1967)がスウェーデンの水

泳選手対象にエルゴメーターを用いて行った研

究では,男子の平均値が 67.0 ml/kg/ 分,女子

の平均値が 57.0 ml/kg/ 分であった.なお,泳

動作中の V・

O2max は,走動作中に比べて 15%程度低いという報告がなされている(Holmerら,1974). 本研究の結果を体重あたりの V

・O2peak で示

すと,男子が 54.91 ± 7.60 ml/kg/ 分,女子が

46.51 ± 6.06 ml/kg/ 分であり,宮下・袖山(1971)の走動作中に測定した V

・O2max に比べて,男子

は 12%,女子は 7 %程度低い値であった.本研

究ではトレッドミル走での測定を行っていない

ことから一概にはいえないが,今回の被験者は

1971 年の日本人トップ選手と同等もしくはそれ

以上の持久的能力を有していると考えられる.

 次に学年による差については,有意な差は認

められなかった.亀井ら(1972)は 12 ~ 18 歳

の青少年を対象に V・

O2max の測定を行い,年齢

を重ねると V・

O2max がわずかに向上することを

明らかにした.また,Robin(1938)は 6 ~ 91歳までの V

・O2max を測定しており,25 歳まで

は向上すると述べている.

 本研究でも有意な差が認められなかったが,1

年生が 3.68 ± 0.56 L/ 分,2 年生が 3.73 ± 0.45 L/ 分,3 年生が 4.04 ± 0.44 L/ 分とわずかに向

上しており,先行研究と同様の結果が示された.

学年による V・

O2peak を知ることは,入学後の

選手の持久性機能を客観的に評価し,学生選手

権に向けたトレーニング方法を検討する上で,

有益なデータとなる.定期的に V・

O2peak を確

認することは選手の持久性機能の向上レベルに

即したトレーニング課題を明確にする上で有益

と考えられる.ただし,それには学年差だけで

なく,個人を対象とした縦断的検討が重要であ

り,今後の課題となろう.

 専門距離について見てみると,有意な差は認

められなかったが,400m の選手が 100m の選

手よりも低い値を示していた.Ohkuwa ら

(1980)は短距離選手と長距離選手の V・

O2maxを測定し,長距離選手は短距離選手より有意に

高い値を示したと報告している(長距離選手:

54.0 ± 6.2 ml/kg/ 分,短距離選手:48.4 ± 3.2 ml/kg/ 分,p < 0.05).競泳では全力泳中に生成

された全エネルギー量のうち,50m 種目は 25~ 30%,100m 種目は 50%,200m 種目が 65~ 70%,400m 種目が 80%,800m 以上の種目

は 90% 以上が有酸素性エネルギーを占める

(Ogita ら,2003).このように有酸素エネルギー

供給量の割合は距離に比例して直線的に増える

のではなく,対数関数的に増加することから,

本研究の被験者であった大学水泳部では 400m選手について V

・O2peak を向上させる必要があ

ると考えられる.特に 400m 選手はレース時間

が 4 分 の 1 程 度 の 100m 選 手 よ り も 低 い

V・

O2peak の値を示しており,今後は 400m 選手

をより強化し,有酸素性エネルギー供給能力を

向上させるトレーニングを行うことで,大学選

手権での総合得点の増加が見込まれよう.

 最後に専門種目について見てみると,有意な

差は認められなかったが,クロール泳を専門に

している選手が最も高い値を示し,平泳ぎを専

門にしている選手が最も低い値を示した.平泳

ぎは 4 泳法の中で最も大きな抵抗を生じる泳ぎ

であり(Kolmogorov・Duplishcheva,1992),

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選手やコーチは特に抵抗の少ない泳ぎの追求に

注力する種目である.坂口・北川(2003)や

Maglischo(2003)は,平泳ぎは他の種目の動

作と大きく異なるため,平泳ぎを専門としてい

る選手は,他の種目以上に専門種目で泳ぐこと

が重要であると述べている.これらのことから,

平泳ぎ選手は持久性機能の向上に対し,運動効

率を高める観点から追及するトレーニングの頻

度が高いため,他種目の選手に比べて心・循環

機能が低く,さらに測定が不慣れなクロール泳

であったことも影響し,最も低い V・

O2peak の

値を示したものと考えられる.

 一方,バタフライは他の種目よりエネルギー

消費が大きいといわれ,他種目に比べてオーバー

ワ ー ク に な り や す い と 報 告 さ れ て い る

(Maglischo,2003).すなわち,バタフライを

専門としている選手は,平泳ぎの選手と異なり,

持久性機能の向上に対し,心・循環機能を高め

るトレーニングが主流となっているため,本研

究でも 2 番目に高い V・

O2peak を示したと考え

られる.このように各専門種目におけるトレー

ニングの観点が,V・

O2peak の差として示された

ものと考えられる.

 また,Holmer・Astrand(1972)は,2 名の

被験者に平泳ぎ・背泳ぎ・クロール泳を行わせ,

V・

O2max を測定し,その結果,泳ぐ種目により

異なる V・

O2max を示した.このように,同一被

験者でも泳ぐ種目によって V・

O2max が異なる可

能性がある.

 本研究ではクロール泳を専門としている選手

が最も高い V・

O2max を示していることから,ク

ロール泳選手は自身の専門種目で使用する筋肉

が十分に動員され,運動効率が高かったことが

影響したと考えられる.本研究では全選手にク

ロール泳を行わせたが,各選手の専門種目で測

定することで,より疲労困憊まで追い込める可

能性があり,今後は各専門種目での測定方法を

検討する必要があろう.なお,各種目の動きは

大きく異なることから,測定方法上,使用する

マスクやホースの形状の検討が必要となる.

まとめ 本研究は,大学水泳部員のクロール泳動作中

の V・

O2peak の測定をし,性別,学年,専門距離,

専門種目による特性を明らかにすることを目的

とした.被験者は大学水泳部に所属する大学生

42 名(男子 35 名・女子 7 名)とし,流水プー

ルにおいて漸増負荷法を用いて測定した.その

結果,以下の知見が得られた.

1.男子選手は女子選手に比べて有意に高い値

を示した.

2.学年,専門距離,専門種目で有意な差は認

められなかった.

3.有意な差は認められなかったが,高学年に

なるほど高い V・

O2peak を示す傾向であった.

4.専門距離別について,有意な差は認められ

なかったが, 400m 選手が 100m 選手よりも

低い V・

O2peak の値を示す傾向であった.

5.専門種目による違いは,有意な差は認めら

れなかったが,クロール泳の選手が最も高い

V・

O2peak を示し,平泳ぎの選手が最も低い

値を示す傾向であった.本研究ではクロール

泳における V・

O2peak を測定したが,今後は

各専門種目での測定を実施する必要性が示唆

された.

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文 献

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