歴史を踏まえたヨーロッパの統合...11...

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10 名城大学附属高等学校 伊勢田 敬 いきいき授業実践 平成22年度『高等学校 新地理A初訂版』 平成22年度『新詳高等地図 初訂版』 平成22年度『新詳地理資料 COMPLETE 2010』 歴史を踏まえたヨーロッパの統合  −EUを事例として− 世界大戦の舞台となったヨーロッパにおいて、1952 年フランスとドイツの資源争いを封じ込め、石炭と鉄 鉱石を中心とする基幹産業の共同管理と市場の統合を めざし、6か国が加盟したECSC(ヨーロッパ石炭鉄 鋼共同体)が誕生した。58年にはEEC(ヨーロッパ 経済共同体)が誕生し、さらに67年にはEC(ヨーロッ パ共同体)となり、93年にはEU(ヨーロッパ連合) となった。現在においては、EU加盟国の広がりに伴 う地域拡大と統合が進んでいる。 EUは、経済的な統合を中心として、単一通貨ユー ロの導入、安全保障政策・警察刑事司法協力などの幅 広い協力をめざした統合体となっている。また、域外 に対する統一的な通商政策を実施する世界最大の単一 市場を形成しており、その他の分野についても、政治 的な発言力をもっている。 この単元では、ヨーロッパの宗教・言語といった民 族的な差異やその多様性から、経済的な側面を中心と した深化・統合といった「EUの歴史的な歩みとヨー ロッパ諸国の課題」について、授業実践例を紹介する。 教科書『高等学校 新地理A 初訂版』p.113を示し、 ヨーロッパの宗教と言語の分布は、比較的類似し、ま た大きく三つのグループに分けられることを生徒に読 図させ、概要を理解させたい。 ヨーロッパは比較的小さな国家が集まっており、そ の多くはキリスト教を土台とした共通の文化基盤を もっている。イギリスやスウェーデンといった北ヨー ロッパでは「プロテスタント」、イタリア・フランス といった南ヨーロッパでは「カトリック」、ギリシャ といった東ヨーロッパでは「正教会」の人口割合が高 い地域となっている(図1)ことを紹介する。 また、言語的には、英語やドイツ語といった北ヨー ロッパを中心とした「ゲルマン語派」、イタリア語・ フランス語といった南ヨーロッパを中心とした「ラテ ン語派」、ポーランド語・ウクライナ語といった東ヨー ロッパを中心とした「スラブ語派」に分かれる(図2ことを紹介する。 このように生徒に三つのグループを認識させつつ、 ポーランドのようにスラブ系であるがカトリック、東 ヨーロッパでもルーマニアはラテン系が多いことにも、 生徒に着目させたい。 1.はじめに 2.ヨーロッパの文化  ④ヨーロッパの宗教分布と宗教別人口の割合 図1『高等学校 新地理A 初訂版』p.113 ⑤ヨーロッパの言語分布 図2『高等学校 新地理A 初訂版』p.113

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Page 1: 歴史を踏まえたヨーロッパの統合...11 世界大戦の反省がヨーロッパ統合の原動力となり、 現在のEUへと進展していった。その際、『新詳地理資

10

名城大学附属高等学校 伊勢田 敬

いきいき授業実践� 平成22年度『高等学校 新地理A初訂版』

平成22年度『新詳高等地図 初訂版』

平成22年度『新詳地理資料 COMPLETE 2010』

歴史を踏まえたヨーロッパの統合 −EUを事例として−

 世界大戦の舞台となったヨーロッパにおいて、1952

年フランスとドイツの資源争いを封じ込め、石炭と鉄

鉱石を中心とする基幹産業の共同管理と市場の統合を

めざし、6か国が加盟したECSC(ヨーロッパ石炭鉄

鋼共同体)が誕生した。58年にはEEC(ヨーロッパ

経済共同体)が誕生し、さらに67年にはEC(ヨーロッ

パ共同体)となり、93年にはEU(ヨーロッパ連合)

となった。現在においては、EU加盟国の広がりに伴

う地域拡大と統合が進んでいる。

 EUは、経済的な統合を中心として、単一通貨ユー

ロの導入、安全保障政策・警察刑事司法協力などの幅

広い協力をめざした統合体となっている。また、域外

に対する統一的な通商政策を実施する世界最大の単一

市場を形成しており、その他の分野についても、政治

的な発言力をもっている。

 この単元では、ヨーロッパの宗教・言語といった民

族的な差異やその多様性から、経済的な側面を中心と

した深化・統合といった「EUの歴史的な歩みとヨー

ロッパ諸国の課題」について、授業実践例を紹介する。

 教科書『高等学校 新地理A 初訂版』p.113を示し、

ヨーロッパの宗教と言語の分布は、比較的類似し、ま

た大きく三つのグループに分けられることを生徒に読

図させ、概要を理解させたい。

 ヨーロッパは比較的小さな国家が集まっており、そ

の多くはキリスト教を土台とした共通の文化基盤を

もっている。イギリスやスウェーデンといった北ヨー

ロッパでは「プロテスタント」、イタリア・フランス

といった南ヨーロッパでは「カトリック」、ギリシャ

といった東ヨーロッパでは「正教会」の人口割合が高

い地域となっている(図1)ことを紹介する。

 また、言語的には、英語やドイツ語といった北ヨー

ロッパを中心とした「ゲルマン語派」、イタリア語・

フランス語といった南ヨーロッパを中心とした「ラテ

ン語派」、ポーランド語・ウクライナ語といった東ヨー

ロッパを中心とした「スラブ語派」に分かれる(図2)

ことを紹介する。

 このように生徒に三つのグループを認識させつつ、

ポーランドのようにスラブ系であるがカトリック、東

ヨーロッパでもルーマニアはラテン系が多いことにも、

生徒に着目させたい。

1.はじめに

2.ヨーロッパの文化 

④ヨーロッパの宗教分布と宗教別人口の割合図1『高等学校 新地理A 初訂版』p.113

⑤ヨーロッパの言語分布図2『高等学校 新地理A 初訂版』p.113

Page 2: 歴史を踏まえたヨーロッパの統合...11 世界大戦の反省がヨーロッパ統合の原動力となり、 現在のEUへと進展していった。その際、『新詳地理資

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 世界大戦の反省がヨーロッパ統合の原動力となり、

現在のEUへと進展していった。その際、『新詳地理資

料 COMPLETE 2010』(以下、資料集)p.169「1ヨー

ロッパの歴史」の年表を示しながら生徒に説明したい。

 18世紀後半以降、イギリスは機械による飛躍的な工

業生産力の増大によって自由貿易を発展させ、「世界の

工場」として世界各国に影響を与えた。しかし、その

一方でヨーロッパ各国間の争いが繰り返され、二度の

世界大戦が繰り広げられた。さらには、第二次世界大

戦後に社会主義体制の東ヨーロッパ、資本主義体制の

西ヨーロッパに二分され、20世紀末まで冷戦が続いた。

 戦後、ヨーロッパ各国は植民地を喪失し、さらに東

西冷戦構造が成立したことによって、イギリスの首相

チャーチルは、「ヨーロッパ合衆国」の構想をスイスの

チューリヒ大学で演説し、ヨーロッパ統合の機運が一

挙に具体化した。

 EU統合への歩みは、大きく二つの段階で紹介する

ことができれば、生徒の理解を促しやすい。

 第一段階としては、「マーストリヒト条約の調印以

前」。第二段階としては、「調印以降の東ヨーロッパへ

の拡大期」である。この分類を踏まえたうえで、EU

の課題と将来への展望へとつなげていくことができる

ように、授業を展開していきたい。その際、資料集p.171

「1EUの発足と発展」の図がまとまっており、統合の

歩みを生徒に説明しやすい。

 ヨーロッパ統合の機運が高まり、フランスを中心と

して、西ドイツ・イタリア、そして1948年に関税同盟

を結成していたベネルクス三国(ベルギー・オランダ・

ルクセンブルク)が加わり、6か国の加盟によって52

年にECSCが誕生した。この6か国は、ローマ条約に

調印し、58年にEECを創設した。この組織の大きな

特徴として、行政手続における違いなどはあったもの

の、域内貿易に課せられる「関税」がすべて撤廃され

た。さらに67年にECSC、EEC、EURATOM(ヨーロッ

パ原子力共同体)の三つの共同体の機関が統合され、

ECが発足し、関税同盟・共通通商政策・域内市場統合・

共通農業政策といった政策を打ち出したことを紹介す

る。

 一方EECに対抗して、60年にEFTA(ヨーロッパ自

由貿易連合)が発足した。イギリスを中心にヨーロッ

パの数多くの国々がEFTAに加盟し、西ヨーロッパを

二分する勢力を有していた。しかし、イギリスは海外

市場の縮小に伴う経済の停滞などから、その現状を脱

却する目的もあり、アイルランド・デンマークととも

に、73年にECへ加盟することとなった。このことか

ら、EC加盟国は9か国へと拡大し、ギリシャが81年に、

スペイン・ポルトガルが86年に加盟し、12か国までそ

の枠が広がった。この第一段階では歴史的な面だけで

はなく、ヨーロッパ議会・理事会・裁判所などの設置

など、組織の構築を含めながら紹介したい。

 第二段階として、オランダ南部の都市マーストリヒ

トで調印されたマーストリヒト条約によって、93年に

ECがEUへと発展した。この条約においては、経済統

合の象徴であるユーロによる通貨統合が定められた。

それに伴って、99年から金融機関での決済に導入され、

2002年から現金での流通が導入されることとなった。

また、市場統合されたことによって、人・物・資本の

移動が国境によらず、自由にできるようになった(図

3)ことを紹介する。

 04年にEUは、エストニア・ラトビア・リトアニア・

ポーランド・チェコ・スロバキア・ハンガリー・スロ

ベニア・マルタ・キプロスの10か国を新規加盟国とし

て受け入れ、一挙に25か国の加盟となった。07年ブル

ガリアとルーマニアが加盟し、現在の27か国加盟と

なっている(図4)。

 統合の歩みにおいては、EU発足以前と以降の違い、

3.ヨーロッパの歴史 

4.統合の歩み 

3 EU加盟国でできること図3『新詳地理資料 COMPLETE 2010』p.171

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EU加盟への利点、EUの歩みなどを指導上留意したい。

時間の制約上、場合によっては生徒への学習課題とし

て、学習内容を整理させたい。

 EUの拡大によって経済格差が生じ、経済的な課題

を紹介し、EUがめざす統合の理想を考えさせたい。

その際生徒には、域内の貧富の差を確認させ、地域的

な偏りがあることを読図させる。また、資料集p.172

 「1広がる経済格差、2増加する外国人労働者」の

図を利用することで、生徒の理解を促しやすい。場合

によっては、労働者問題と日本の産業構造とも比較す

ることができ、日本の状況にあてはめて考察させたい。

 EU加盟国の東方への拡大は、二つの側面を生み出

した。一つは、ECSCの設立にあたって、かつての敵

国であったドイツを協調体制に組み込んでいくことに

よって、ヨーロッパの平和と豊かさの構築をはかった。

つまり、かつての社会主義国を取り込むことによって

ヨーロッパ全体で協調体制をつくっていくという理念

が生かされ、非常に大きな意義があった。

 一方、今までの加盟国にとっては、組織が肥大化し、

新規加盟国の財政支援などが大きな問題となり、不安

と不満をもたらした。つまり、EUは、東方への拡大

による加盟国の急激な増加によって、域内の経済格差

が重要な問題となってきた(図5)。

 まず、農業面においては、関税が廃止されて、作物

が流通しやすくなった。また、EU域内の統一価格を

設定し、域外からの安い輸入品には輸入課徴金を課す

などの共通農業政策を設けたことで、生産性の低い国

の農業を下支えしてきた。しかし、この保護政策によっ

て、域外輸出に対する補助金の増大がEUの予算を圧

迫し、農産物を輸出する国家からの反発を受けること

となった。また、工業面において、新規加盟国の多く

は、社会主義体制のもとで経済が停滞していたことも

あり、低賃金の労働者が多く、安い工業用地に恵まれ

ていた。そのため、さまざまな工業製品の生産拠点が、

西ヨーロッパから新規加盟国の多い東ヨーロッパへ移

転し、製造業を中心とした産業の空洞化を招いた。と

くに、ドイツやフランスといった先進工業国では、戦

後の復興期の労働者不足を補うために、外国人労働者

を受け入れていた。そのため、西ヨーロッパの産業の

空洞化が外国人労働者の失業率を上昇させていった。

また、移民に対する失業給付といった社会保障に対す

る負担も増大してきた。

 EUは、上記で紹介した経済的な課題だけではなく、

ユーロの未導入国問題、トルコの加盟申請問題、キプ

ロス問題など政治的な課題などもあり、経済・政治両

面での統合をめざしている。それぞれの加盟国が、そ

の枠組みを越えて、EUの基準に合わせることは容易

なことではない。そのような中で、多民族が共生した

EUのこれからの歩みを、新聞や映像資料などを活用

しながら、発展的に学習させていきたい。

5.ヨーロッパ諸国の課題 

6.おわりに

■参考資料

・外務省HP「EU事情と日・EU関係」2010

・田中素香『ユーロ その衝撃とゆくえ』(岩波新書) 2002 岩波書店

・新田俊三『ユーロ経済を読む』(講談社現代新書) 1999 講談社

①EU加盟国の拡大図4『高等学校 新地理A 初訂版』p.114

フランス

ルクセンブルク

ドイツ

(西ドイツ)

(東ドイツ)

イタリア

スウ

デン

ンド

ラェ

(東ドイツ)

⑥ヨーロッパの経済格差図5『高等学校 新地理A 初訂版』p.115