水道インフラの更新投資と水道事業の持続可能性...水道インフラの更新投資と水道事業の持続可能性*1...

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水道インフラの更新投資と水道事業の持続可能性 *1 長峯 純一 *2 要  約 本稿では,現在問題となっている老朽化した水道インフラの更新投資の試算を行い,地 方公営企業として運営されている水道事業の財政的な持続可能性を探る。兵庫県西脇市の 水道インフラを対象としたケーススタディを行い,過去のインフラ投資額の推計と将来の 更新費用の試算,そして今後の水道事業会計の収支予測を行う。過去の水道インフラ投資 額の推計は,管路等の各施設の整備実績に現時点の工事費用実績を当てはめる方法で行い, 更新投資の試算は各施設の耐用年数後という仮定で行った。 更新投資額は,2017 年から 2065 年までの約 50 年間で試算すると,年度平均 9~10 億 円になるとの結果が得られた。西脇市の 2009~2013 年度の水道インフラ投資額の年平均 が 3.34 億円であったことを考えると約 3 倍の規模であり,財政的に大きな負担となるこ とが示唆される。今後,給水収益が減少していくことを考えると,現在の水道料金と収入 構造のもとでは 2020 年度頃には水道事業会計の累計資金残(内部留保資金)が底をつき, 財源不足が発生すると予測される。水道サービスを維持しつつ必要なインフラを更新して いくには,施設統廃合,料金見直し,経営手法改革,公費負担の可能性など,現在進行中 の対策を超えた早急の検討が望まれる。それと同時に,これは一地方都市の問題ではなく, 全国の市町村に共通した課題であると認識する必要がある。 キーワード:老朽インフラ,水道インフラ,更新投資,水道事業会計 JEL Classification:H44, H54, H76, H83, L95 * 1 本稿は,本誌への掲載前に日本経済政策学会第 72 回大会(2015 年 5 月 31 日,於国士舘大学)にて,報 告の機会をいただいた。学会で討論者の労をとってくださった中山徳良氏(名古屋市立大学教授)には, 適切なコメントをいただき感謝を申し上げる。また,本稿の水道事業会計および水道施設に関する情報提 供および推計・試算の作業に当たっては,西脇市上下水道管理部に全面的に協力いただいた。厚くお礼申 し上げると共に,本稿におけるデータの解釈や意見に関する著述は筆者の個人的見解であることを断って おく。最後に,本稿は科学研究費助成事業(課題番号:25590066)による研究成果の一部であることを断っ ておく。 * 2 関西学院大学総合政策学部教授 - 141 - 〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 27 年第4号(通巻第 124 号)2015 年 10 月〉

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Page 1: 水道インフラの更新投資と水道事業の持続可能性...水道インフラの更新投資と水道事業の持続可能性*1 長峯 純一*2 要 約 本稿では,現在問題となっている老朽化した水道インフラの更新投資の試算を行い,地

水道インフラの更新投資と水道事業の持続可能性*1

長峯 純一* 2

要  約 本稿では,現在問題となっている老朽化した水道インフラの更新投資の試算を行い,地方公営企業として運営されている水道事業の財政的な持続可能性を探る。兵庫県西脇市の水道インフラを対象としたケーススタディを行い,過去のインフラ投資額の推計と将来の更新費用の試算,そして今後の水道事業会計の収支予測を行う。過去の水道インフラ投資額の推計は,管路等の各施設の整備実績に現時点の工事費用実績を当てはめる方法で行い,更新投資の試算は各施設の耐用年数後という仮定で行った。 更新投資額は,2017 年から 2065 年までの約 50 年間で試算すると,年度平均 9~10 億円になるとの結果が得られた。西脇市の 2009~2013 年度の水道インフラ投資額の年平均が 3.34 億円であったことを考えると約 3 倍の規模であり,財政的に大きな負担となることが示唆される。今後,給水収益が減少していくことを考えると,現在の水道料金と収入構造のもとでは 2020 年度頃には水道事業会計の累計資金残(内部留保資金)が底をつき,財源不足が発生すると予測される。水道サービスを維持しつつ必要なインフラを更新していくには,施設統廃合,料金見直し,経営手法改革,公費負担の可能性など,現在進行中の対策を超えた早急の検討が望まれる。それと同時に,これは一地方都市の問題ではなく,全国の市町村に共通した課題であると認識する必要がある。

 キーワード:老朽インフラ,水道インフラ,更新投資,水道事業会計 JEL Classification:H44, H54, H76, H83, L95

* 1  本稿は,本誌への掲載前に日本経済政策学会第 72 回大会(2015 年 5 月 31 日,於国士舘大学)にて,報告の機会をいただいた。学会で討論者の労をとってくださった中山徳良氏(名古屋市立大学教授)には,適切なコメントをいただき感謝を申し上げる。また,本稿の水道事業会計および水道施設に関する情報提供および推計・試算の作業に当たっては,西脇市上下水道管理部に全面的に協力いただいた。厚くお礼申し上げると共に,本稿におけるデータの解釈や意見に関する著述は筆者の個人的見解であることを断っておく。最後に,本稿は科学研究費助成事業(課題番号:25590066)による研究成果の一部であることを断っておく。

* 2 関西学院大学総合政策学部教授

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〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 27 年第4号(通巻第 124 号)2015 年 10 月〉

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Ⅰ.本稿の問題関心と水道インフラを取り巻く課題

Ⅰ-1.本稿の問題関心 社会インフラの老朽化対策が急務となっているが,水道インフラはまさにその典型と言える。布設から 40~50 年を経過した水道管が,全国の市町村において維持・更新の明確な計画も無く,多数眠っていると言われる。ライフラインとして重要な水道インフラを,今後いかに更新していくかが,全国の市町村の喫緊の課題となっている。さらに老朽化インフラの更新という問題だけでなく,次節で挙げるような水道事業には経営の根幹さえ危ぶまれるような問題・課題が山積しており,それらを含めた事業のあり方自体が根本から問われている。 これまで水道施設の更新投資額を試算したものを挙げると,根本(2011)が,日本全体の管路総延長を 62 万 km,キロ当たり工事単価を 1億円として,更新投資額全体で 57 兆円と推計し,耐用年数 50 年で単純に割ると年平均で 1.1兆円,一事業者当たり 8.1 億円が必要としている。厚生労働省(2012)は,水道施設の更新需要(2009~2050 年)が 59 兆円に上り,法定耐用年数で更新すると年平均で 1.4 兆円になると試算している。矢根(2012)は,根本(2011)と同様の仮定を用い,管路の年当たり更新投資額が 1.24 兆円,2007 年度の事業者数 1,410 で割ると,一事業者当たり 8.85 億円,小規模事業者に限ると 9.2 億円が必要という推計結果を出している。 本稿は,水道インフラの更新投資が今後どの位になるのかを,兵庫県西脇市を対象としたケーススタディの形で示し,さらに市町村の地方公営企業として運営されている水道事業会計に,更新投資がどのように影響してくるか試算することを目指す。本稿の分析はこれまでのマクロ的な試算ではなく,一地方都市のケーススタディであるが,その分より具体的かつ詳細な

推計・試算が可能であるため,それを通して全国の地方都市および水道事業に共通する問題・課題を明らかにできると考えている。 水道事業は,適正な将来の水需要量を見込み,最大給水量の計画を立て,その一方で,供給費用やインフラ更新費用をできる限り抑制するため,施設の統廃合と今後の人口減少を想定した適正規模へと縮小を図り,経営破綻しない財政運営(マネジメント)を行うことが求められている。本稿の分析を通じて,問題の深刻さを明らかにし,実現可能なアセット・マネジメントに早急に取り掛かる必要性と政策としての課題を考えてみたい。 以下,Ⅰ- 2 節では,まず水道インフラをめぐる全国共通の問題・課題について整理する。Ⅰ- 3 節では,水道事業を所管する厚生労働省の近年の対応とアセット・マネジメントの考え方を概観する。 続くⅡ章では,水道事業会計の制度変更(Ⅱ- 1 節),財政収支の考え方(Ⅱ- 2 節),国庫補助制度(Ⅱ- 3 節)について,それぞれ言及する。 Ⅲ章では,西脇市の水道事業を事例に,インフラ投資額を推計する方法・データを解説し(Ⅲ- 2 節),まず管路の更新投資額を推計する(Ⅲ- 3 節)。続いて水道施設全般の投資額を推計し(Ⅲ- 4 節),それを踏まえて将来の更新投資額を試算する(Ⅲ- 5 節)。 Ⅳ章では,水道事業会計の将来の収支予測を行うべく,給水収益の将来予測(Ⅳ- 1 節)から始まり,収益的収支の将来予測(Ⅳ- 2 節)と資本的収支の将来予測(Ⅳ- 3 節)を行う。その上で,両者をまとめて水道事業全体の収支である資金収支の将来予測(Ⅳ- 4 節)を行う。 最後にⅤ章では,本稿全体の推計・試算の結果をまとめ,今後の政策対応に向けての問題提

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水道インフラの更新投資と水道事業の持続可能性

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起をして本稿を閉じる。

Ⅰ-2.水道インフラをめぐる問題・課題の整理 水道事業は,市町村の地方公営企業によって基本的に水道料金を収入とする独立採算で運営されている。その点で,一般の自治体サービスとは異なり,事業経営が行われており,実態・問題の把握が容易である一方,市町村を取り巻く問題の影響がすぐに現れてくる面もある。以下,水道事業が直面している問題や課題を整理しておこう。

(1)インフラの老朽化問題 まずは本稿のテーマであるが,他のインフラと同様に水道事業においても,老朽化し耐用年数を超えたインフラ(管路施設や浄水施設や配水地)をいかに更新していくかが喫緊の課題となっている。それにはまず,過去のインフラ投資額や施設整備・管路布設の実態とデータを整理することから始めなければならないが,過去のデータの整理状況は自治体によってさまざまである。老朽インフラの実態を把握し,今後更新していく必要のあるもの,統廃合可能なものの計画を立て,その計画と整合する実現可能な財政計画を作っていく必要がある。 老朽化した水道管からの漏水が増えれば無効水料1)が増し,耐震化ができていなければ地震などの自然災害が起きたときの被害が大きくなる恐れがある。老朽化インフラの更新では,そうした漏水や災害リスクも考慮して優先順位を付けていく必要がある。また水道管の布設工事は下水道管・ガス管といった他の工事と同時に行われることもあり,その点では水道だけの事情で決められない側面もある。更新投資額(工事費用)を可能な限り抑制するには,インフラの長寿命化を図ると同時に,他のインフラ工事との調整も必要になる。こうしたさまざまな状

況と制約要因を勘案しながら,水道事業が財政破たんしないよう,更新投資額を年度間で平準化するアセット・マネジメントを行うことが求められている。

(2)人口減少問題 水道事業に限らず人口減少が日本社会あるいは全国の地域(市町村)にさまざまな影響を及ぼしつつある。人口が減り水道サービスの利用者(給水人口)が減少すれば,それはすぐさま水道料金収入の減少という形で現れてくる。料金収入で運営されている水道事業にとっては死活問題である。人口減少はインフラの更新計画にも影響してくる。将来人口に見合う以上の規模でインフラを整備すれば,それは将来の住民負担(水道料金)となって跳ね返ってくる。将来人口に見合う規模の浄水施設と最大給水量を想定して関連施設を更新していかなければ,水の供給量が需要量を上回り,余った水量だけ水道事業会計は赤字になる。それは結果的に水道料金の引き上げへと跳ね返ってくる。 したがって,インフラの更新には将来人口を精確に予測することが重要になってくる。各市町村は人口減少に歯止めがかかることを期待して給水量を確保したい気持ちと,財政破たんしない適正給水量に抑制していかなければならないというディレンマに直面している。

(3)耐震化対策 1995 年の阪神淡路大震災の後,水道施設を免震・耐震構造に変換していく要請がなされるようになった。自然災害によってライフラインである水道サービスが止まれば,住民生活は困難を強いられ,生産活動も止まれば復旧に向けての障害にもなり,地域は大きな打撃・損害を被ることなる。それ故に水道インフラの耐震化対策が求められているが,それには仕様が一段

1 )水道事業が供給する水は,給水量=有収水量+無収水量+無効水量という形で消費される。有収水量は料金徴収が可能な水量,無収水量は料金徴収しない公衆便所用・消防用水等,無効水量は漏水などで消失する水である。本稿でケーススタディを行う西脇市では,有収水量率(=有収水量 / 給水量)は 85%前後である。水道管の老朽化で漏水が増えれば,有収水量率は低下する。

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〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 27 年第4号(通巻第 124 号)2015 年 10 月〉

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高い高コストの投資が必要になる。施設や管路の更新時期が来るまで待つか,それを待たずして耐震化のための更新を行うか,これも自治体にとっては悩ましいところである。実際,耐震化への取組みは市町村によってさまざまであり,管路の耐震化率といった指標で見ても自治体間ではかなりのばらつきがある。

(4)高度浄水化対策 水道料金と並んで住民の関心の高いのは水質の向上,すなわち「安全でおいしい水」である。水の安全性は「水道法」によって規定されているが,地域によっては長年異臭味対策への要望が言われてきた。また 2002 年にクリプトスポリジウム等の病原性原虫による集団食中毒事件2)が発生したことをきっかけに,その汚染対策を兼ねた高度浄水処理施設への更新が求められるようになった。 通常,高度浄水処理化は浄水施設の更新を機に行われるが,水質の改善と引き換えに水道料金の引き上げにつながった市町村もある。よいサービスを受けるには高い料金を受け入れなければならないディレンマに住民は直面する。高度浄水処理化も老朽化施設の更新時に同時に行うことが財政的に望まれるが,そこまで水質改善を待てないディレンマ,そして同じ自治体内で同じ水道料金でありながら水質の異なる地区があるという公平性の問題を解決していかなければならない。 また後述するが,地方都市では簡易水道や簡易給水施設といった施設に依存している地区があり,ここでも水質対策が急務の課題である。

(5)簡易水道事業の上水道事業への統合 人口の少ない中山間地等で,一般的に給水人口が 101 人以上 5,000 人以下の地区では,簡易水道事業によって水道サービスが提供されてい

る。上述した水質改善の問題とも関連するが,通常,簡易水道には高度浄水処理施設が備わっておらず,施設の老朽化が進んでいるところも多い。同じ自治体内でありながら,水道サービス(水質)に差があるのは問題ということで,厚生労働省は簡易水道の上水道への統合を促進してきた。2007 年には,「簡易水道等施設整備費国庫補助金取扱要領」を改正し,2016 年度末までに簡易水道事業等を上水道事業へ統合する「簡易水道事業統合計画」を策定し,厚労省の承認を得れば,その整備に国庫補助を認める通達を出した。 実際に水質が劣る場合には上水道への統合が重要課題になるが,統合が水道事業会計にどのように影響してくるかは,市町村それぞれで異なりうる。実際に水道管を直結させ施設の一体化を図る場合,エリアがそれほど広くなければ,それは中長期的に効率的な事業運営につながっていくだろう。しかし,エリアが広い場合には,国庫補助金が入ったとしても,接続するための投資は多額になってこよう。今後人口減少が進む可能性のあるエリアと簡易水道事業の地区が重なっていると,その財政負担が重荷になる可能性もある。接続のための投資が大き過ぎるという理由で,水道事業会計のみを統合し,料金統一を図る形もありうるかもしれないが,その場合には水質の均一化という課題は残る。 簡易水道の上水道への統合がその自治体にとってコストアップ要因になるのかコストダウン要因になるのか,財政面での影響について精査することが必要である。

(6)節水対策とのディレンマ 環境意識の高まりや料金負担の削減のため,企業や家庭での節水対策が進んできている。水道サービスを希少な水資源という観点から見れば,それをできるだけ使わないことが望ましい。

2 )日本ではクリプトスポリジウムによる感染症が 1996 年に埼玉県越谷町で発生した。その後,厚生労働省は対策指針を何度か示してきたが,2002 年に北海道で集団食中毒が 2 件続けて発生したこともあり,2007 年に対策強化を指示する通知が出された。それを受けて,各市町村は高度浄水処理対策をとることを急務の課題としてきた。

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水道インフラの更新投資と水道事業の持続可能性

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しかし,水道事業経営という観点から見れば,節水の進行は収支を悪化させるディレンマがある。 現在,住民一人当たりあるいは一世帯当たりの水利用量は全国的に減少傾向にある。これは給水量の減少,ついては給水収益の減少につながってくる。水道事業会計の収入は,人口減少と節水の両面から打撃を受けているのである。水道事業経営の観点から見れば,供給している水を余すことなく使ってもらうことが理想である。その一方で,行政の立場からは,環境対策として節水を利用者に啓発することもしなければならない矛盾したミッションに直面している。

(7)企業誘致と水道料金 給水計画が将来人口の想定に依存してくることはすでに述べた。想定人口に基づいて計画給水量を設定し,その水源を確保していくことになる。しかし実際の人口が想定した人口を下回るならば,用意した水が余ることになる。それは計画給水量の供給費用を,想定したよりも少ない人口で負担しなければならないことを意味する。その結果,水道料金の引き上げが回避できなくなる。その意味で,将来人口の想定はリスクを伴うのであるが,これと同じことが企業誘致のための給水量の確保にも当てはまる。 市町村が企業や工場を誘致し地域振興を図ろうとすれば,生産活動に要する工業用水等の水を用意しなければならない。水需要量はもちろん業種によって異なるが,大きな工場を誘致するには,それなりの給水量を見込んで水源開発の計画も立てなければならない。企業側から見れば,給水量のみならず,水道料金もまた重要であり,それは翻って自治体間の水道料金をめぐる地域間競争を引き起こす。市町村は,企業誘致のために十分な水を用意しつつ,周辺自治体よりも低い料金設定を目指し,なおかつ財政破たんが起きない事業運営を求められる。 しかし,企業進出を見込んで給水量を計画しても,企業が進出してこないリスクはあり,その場合,余分になった給水量の負担は既存の住民や企業の負担へと跳ね返ってくる。自治体は,

企業誘致に成功する地域振興にかけるか,無難な水道事業経営に徹するかというディレンマに直面する。 また近年,水道利用料を少しでも減らそうと考える企業の中で,自ら地下水を掘って自前で給水施設を持つところも増えてきている。自前で水を用意されると,せっかく企業を誘致しても,水道事業計画は狂ってくる。地下水の過剰摂取は,地盤沈下や水資源の枯渇をもたらす懸念もあり,自治体によっては条例等で地下水摂取に規制をかけるところも増えつつある。

(8)市町村合併の影響 2000 年代に入った一時期,平成の市町村合併という一大イベントがあった。ただし,このときに水源の共同利用や水道事業の効率化を理由に合併を進めたところは,ほぼ皆無であっただろう。多くは将来の少子高齢化や人口減少に伴う財政的な不安から,合併することに活路を求めたと言えよう。その結果的として,水道事業も合併自治体間で統合するという課題が出てきたのである。 水源が共通であるとか,管路の接続にも地勢的な支障がないところでは,水道事業会計と水道インフラを同時に統合することに大きな障害はないだろう。しかし,地勢的にインフラの接続が困難である場合や相当の費用を要する場合,あるいは合併自治体が広すぎて同じインフラ施設として運営することが困難である場合など,水道インフラは合併以前のままで水道事業会計だけを統合するといったことが行われる。同じ自治体の住民でありながら,水道料金や水質が異なるということでは,合併したことの意義自体が問われてくるからである。 平成の大合併はほとんどが 2004~2005 年に集中して行われた。合併から 10 年を経過し,旧自治体間の料金統一と水質の均一化が実現できていないところでは,その実現が言わば制約条件のようにもなっている。インフラの統廃合と更新計画も,そうした中で立てていかなければならない。

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(9)その他の問題 以上挙げた点以外にも水道事業にはさまざまな問題・課題がある。水道事業に関わる専門技術や知識を持った職員の高齢化が進み,後継者の不足や技術の空洞化が起きつつあるという。また異常気象や地震による自然災害が多発する中で,水(資源)に関する危機管理や防災対策を図り,減災のため住民とのリスク・コミュニケーションを図る必要性も言われている。水道事業の行政改革を進める上で,PFI/PPP という手法の可能性も検討され始めている。いずれも重要な問題・課題ではあるが,ここでは問題の指摘に留め,本稿のテーマに進みたい。

Ⅰ�-3.水道事業をめぐる政策対応―アセッ�ト・マネジメント・マニュアル―(1)厚生労働省の近年の動き 水道事業を所管する厚生労働省の近年の動きに簡単に触れておこう。厚労省は老朽化インフラの更新に向けた対策を練る各自治体を支援するため,2009 年 7 月に「水道事業におけるアセットマネジメント(資産管理)に関する手引き」を公表した。これに合わせて,将来の水道インフラの更新費用をシミュレーションできる簡易支援ツールの提供も始めた。2013 年 3 月には「新水道ビジョン」を公表し,「安全」「強靱」「持続」という三つの目標(理想像)を掲げ,それを達成するためのロードマップを示した。そこでは,「持続」という目標を実現するために,全国すべての水道事業者がそれぞれ資産管理(アセット・マネジメント)に取り組むものとし,2015 年~2018 年の期間に今後のインフラ更新計画とその財政収支を明らかにするよう指示している。次いで 2014 年 3 月には,厚生労働省健康局水道課長から各水道事業者へ向けて,「水道事業ビジョンの作成についての通知」が出されている。

(2)簡易支援ツールのステップ 水道事業会計の毎年度のインフラ投資は「建設改良費」と呼ばれる。厚労省が提供している

簡易支援ツールでは,過去の建設改良費のデータを入力すれば,将来の更新費用が自動的に試算されるようになっている。このツールを用いて将来の更新投資額を試算し計画を立てよ,ということである。その支援ツールによる更新費用の試算は,データのレベルによって次の 3 段階に分かれている。

A ステップ 1 過去の毎年度の建設改良費(決算値)を入力する。そうすると,将来の更新需要や財政収支見通しが推計されてくる。これは何の施設が整備されたかという中身にまではこだわらない,全体のイメージをつかむためのシミュレーションである。水道料金収入によって得られる「給水収益」の基となる人口には,「日本の将来推計人口」の全国平均の人口減少率が想定されるが,独自の将来人口の予測値を入力することもできる。加えて,各事業体の実情を反映した各項目の将来値を入力していけば,より現実的な予測に近づけることができる。また将来の更新投資によって資金不足とならない水道料金の水準を試算することもできる。さらに人口およびその他の将来値を変更しながら,財政破たんとならない更新投資額と料金水準のシミュレーションを行うことができる。

B ステップ 2 ステップ 1 では,浄水施設や管路等を合計した建設改良費を入力していたが,水道関連インフラは浄水施設や管路や貯水池などに分けられ,さらに浄水施設の中にも建物やポンプ機などがあり,それらの耐用年数は異なっている。そこでステップ 2 では,施設の種別(浄水施設,貯水池,管路など)を区別して過去の建設改良費を入力し,将来の更新需要を算出する。更新費用は各々の施設の種別・規模・能力等から費用関数を用いた概算を適用して計算される。それによって,より精確な将来の更新投資額を試算することが可能になる。

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水道インフラの更新投資と水道事業の持続可能性

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C ステップ 3 上述したステップ 2 では,各施設・管路などの更新を法定耐用年数に基づいて行うものとして,更新投資額の推計が行われる。ステップ 3では,各施設・管路などの更新計画がすでに立てられている場合に,それを反映したデータ入力が行われる。実際には,将来人口の推移に合わせて給水量を縮小し,併せて施設の統廃合や規模縮小も図りながら更新計画は策定される。このステップ 3 では,個別の施設ごとに更新基準と更新時期を設定し,施設ごとに統廃合や規

模縮小の計画を反映することもできる。また同時に,更新投資が年度間で平準化されるよう配慮した更新基準を設定し,シミュレーションによって財政破たんしない更新計画を試算することが可能である。 本稿でこのシミュレーション・ツールを使って計算を行うということではないが,以上の紹介は,更新投資額を試算する際の手順を理解する上で分かりやすいことと,そのためのデータ整理が重要であることを示すために行った。

Ⅱ.水道事業会計とインフラ整備

Ⅱ�-1.水道事業会計と地方公営企業会計制度の見直し

 水道事業は,市町村経営の原則(水道法で規定),地方公営企業法の適用,企業会計の原則のもとで運営されている。インフラ投資には国庫補助が入るものの,事業運営は独立採算が基本である。このことは毎年度の経常収支赤字やその累積赤字が存在すれば,基本的に水道料金を引き上げるか費用削減で対応しなければならないことを意味する。 また,2014 年度には地方公営企業の会計制度に見直しが入った。水道事業会計に影響してくる改正点は次の三つにまとめられよう。第 1に,減価償却の方法である。これまでインフラ整備のうち国庫補助金で賄われた分は減価償却の対象に含めなくてもよいという「みなし償却」が認められていた。さらにその会計上の扱いは,市町村によってまちまちであった。今回,「みなし償却」制度が廃止され,国庫補助金で整備されるインフラも通常の減価償却を行うことが義務付けられた。これまでみなし償却をしていた市町村では,減価償却費が拡大することになる。ただし,これだと費用だけが突然膨らむことになるため,減価償却費として拡大計上され

る額の一部を「長期前受金」として収入側に追加することも認められた。したがって,収支全体には影響しないよう配慮されており,この変更点は見栄え上の改正ということになる。 第 2 に,発生主義による企業会計原則に則っていながら徹底できていなかった費用や損失の見積額を,毎年度引き当てることが義務付けられた。水道事業会計に影響しそうな費目として,退職給与引当金,賞与引当金,貸倒引当金といったものが挙げられる。これらの扱いも,これまでは県や市町村によってまちまちであった。 第 3 に,帳簿価額として計上してきた固定資産の価値を,経済状況の変化等によって価値が低下していると認識される場合に,減価分を費用化する減損会計を適用すべきとされた。この影響も市町村それぞれであるが,遊休資産等を保有している自治体では,それをどう適正に評価するかが問題になってこよう。

Ⅱ-2.水道事業会計の基本構造と財政収支 公営企業会計方式に基づく水道事業会計は,経常的な収支あるいは維持管理費の収支を表した「収益的収支」と建設事業の収支あるいは投資的な収支を表した「資本的収支」に分けられ

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ている。それぞれの収支の収入と支出(費用)の主な項目を整理したのが表 1 と表 2 である。 表 1 の収益的収支は毎年度の経常的支出(維持管理費)の収支を表したものである。収入では,給水収益すなわち水道料金収入が大きな割合を占めている。支出には人件費や維持管理の各費目が並んでいる。費目として減価償却費が計上されているところに企業会計の特徴がある。受水費は,自前の水源が不足している市町村が,県等の開発した水を購入する場合の費用であり,各市町村に水源がどれだけあるかにも依る。表 2 の資本的収支において投資財源を調達するために地方公営企業債を発行すれば,その利息が収益的収支における支出として発生する。 表 2 の資本的収支はインフラ整備とその更新のための投資の収支状況を表したものである。収入に国庫補助金が入っているが,詳しくは次項で改めて説明する。地方公営企業債は水道事業会計が独自に発行できる債券である。出資金は一般会計が発行する地方債によって調達され,水道事業会計に繰り入れられる収入である。

支出項目の建設改良費がインフラの維持・更新や新規の整備に費やされる投資額であり,本稿が焦点を当てる費目である。過去に発行した地方公営企業債の償還費は,資本的収支の支出に計上される。 かくして,水道事業会計全体の収支として,収益的収支と資本的収支を合算した資金収支が定義される。収益的収支の中で,とくにすぐに支出する必要がない項目として,減価償却費・資産減耗費がある。これらは一時的に余剰となるため「補填財源発生額」あるいは企業のように「内部留保」と呼ばれる。この余剰資金が資本的収支に赤字が発生する場合に,それを埋め合わせることになる。その結果,資金収支全体がなおプラスであれば,それは前年度の「累計資金残(内部留保基金)」に積み増しされる。逆に資金収支がマイナスになれば,前年度の累計資金残が取り崩されることになる。この累計資金残(内部留保基金)が普通会計(一般会計+特別会計)で言えば財政調整基金の役目を果たし,年度間の収支の不突合を調整している。

表 1 収益的収支(維持管理費の収支)

収   入 支   出(費用)

給水収益(水道料金) 人件費

負担金(普通会計からの繰出し基準に基づく) 動力・薬品費

加入金 施設設備等修繕費

長期前受金(注) 受水費

減価償却費・資産減耗費

企業債利息

その他収入 その他支出

(注�)2014 年度の地方公営企業法の会計基準見直しにより(施行規則第 21 条第 2 項又は 3 項の規定),減価償却した長期前受金の額のうちの一部を今期収益として見込むことが可能になった。

表 2 資本的収支(建設事業の収支)

収   入 支   出(費用)

企業債 建設改良費

出資金(普通会計からの繰出し基準に基づく) 企業債償還費

国庫補助金

分担金

その他収入 その他支出

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水道インフラの更新投資と水道事業の持続可能性

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 累計資金残が存在する限り,単年度の資金収支が赤字になっても,それで埋め合わせて行けばよい。しかし単年度の資金収支の赤字が続き,累計資金残が底をつく事態になると,その時点において民間企業で言えば資金ショート,すなわち破産ということになる。こうした財政破たんを起こさないために,累計資金残を常に不測の事態に対応できる程度のプラスの残高で維持していくことが望まれる。しかし今後,人口減少によって給水収益が減り,老朽化インフラの更新で建設改良費が大幅に増額になると,累計資金残が底をつく事態も懸念される。もちろんそうなる前に,水道料金の引き上げや施設の統廃合や諸経費の削減等,やれることはやることになろうが,それでも財源が足りなければ,老朽化インフラが放置されるということなるだろう。

Ⅱ-3.水道インフラ投資への国庫補助制度 前節で見たように,水道インフラの投資には

国庫補助金による助成が付く。表 3 では,2014年度に改正された国庫補助制度のメニューから,水道インフラに関係したものを拾ってみた。国庫補助金はいわゆる定率型補助金であるが,水道インフラについては,各事業への補助率はほとんど 1/3 か 1/4 である。残りは自己財源で賄う必要があるため,むやみに事業費を増やせる訳ではない。補助対象となる事業は,先述した高度浄水施設の整備や老朽管の更新や管路耐震化といったものである。国の補助金財源にも限りがあるため,仮に全国の市町村がいっせいに補助申請をする事態となれば,補助金採択が延長されるか,補助率が引き下げられるか,別途財源措置を考えるか,何らかの対策が講じられることになろう。この後の議論と関係してくるが,インフラ更新費用の財源をいかに調達していくかという点で,今後,補助のあり方や金額自体が問題となってくる可能性はある。

Ⅲ.水道インフラの更新投資額の推計

Ⅲ-1.西脇市の概要と水道事業 本節では,本稿のメインテーマである水道インフラの更新費用の推計を,兵庫県西脇市の水道事業のケーススタディとして行う。まず西脇市の概要を説明することから始めよう。西脇市

は,兵庫県の播磨地方の北部,中国山地の麓にあり,東経 135 度・北緯 35 度が交差する「日本のへそ」のまちとして知られる。人口は2010 年の国勢調査が 42,802 人,同年の住民基本台帳と外国人登録数の合計が 44,006 人で

表 3 水道インフラ関係の国庫補助制度

事 業 名 補助率

水道広域化施設整備費 1/3 or 1/4 取水門,貯水池,導水管,送水管,等

高度浄水施設等整備費 1/3 or 1/4ライフライン機能強化等事業費 1/3 配水池,緊急時用連絡管,貯留施設,等

水道管路耐震化等推進事業費

 ・老朽管更新事業

 ・管路近代化事業

 ・鉛管更新事業

 ・基幹管路耐震化整備事業費

1/2 or 1/3 or 1/4 導水管,送水管,配水管,等

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あった。国立社会保障・人口問題研究所の人口予測では,2010 年に 41,992 人と予測されていたが,実際にはそれよりも 4.6%ほど上回っていた。2005 年に旧西脇市と旧黒田庄町の二つの市町が合併して現在の西脇市となり,面積は東西 19km,南北 13km の 132.47km2 である。市中央部を兵庫県最大の河川である加古川が流れ,その支流である杉原川と野間川が市中心部で合流する。 水道サービスでは,合併以前,旧西脇市には五つの浄水場があり,一部を県水で補い,また一部に簡易水道地区があり,上水道への統合が課題となってきた。また旧黒田庄町にも三つの浄水場があった。合併後,すでに統廃合と更新のための整備計画が 2 回策定され,老朽化した浄水施設二つを廃止,一つを休止,一つを更新,一つは一旦新規整備を計画したが見直しで中止となった。その結果,2021 年度に向けて西脇市では四つの浄水場が維持・更新される計画である。また県水の受水割合も今後暫くは高めていくことで,浄水施設の整備費用の節約も図る計画である3)。 合併後に水道事業会計は一本化されたが,地勢的な制約から管路を単純に接続することはできず,片や高度浄水処理化をすでに終えていた旧黒田庄町の水道料金はその分だけ高く,片や簡易水道の地区が残り,そのエリアを含めて高度浄水処理化が進行中であった旧西脇市の水道料金との格差解消・統一が課題となってきた。合併から 10 年を経過した 2015 年度,市内全域で高度浄水処理がなされる目途が立ち,水道料金の統一がようやく実現した。 今後は,簡易水道地区を上水道へ接続し,人口減少に合わせて老朽化したインフラを統廃合

しつつ更新していくことが課題となっている。今後の人口見通しについては,西脇市上下水道課の予測によると,2013 年の 42,881 人から,2023 年の 38,000 人,2033 年の 34,600 人,2043年の 30,400 人へと減少傾向をたどるとされている。年当たり約 1%,2013 年からの 30 年間で約 30%の人口が減少するスピードである。人口減少は給水収益の減少をもたらし,更新投資の財源はもとより,水道事業の運営を厳しくしていくものと予想される。 兵庫県内の自治体間で水道料金を比較すると,西脇市の料金はすでに高い方に位置しており,水道料金の引き上げに議会や市民の理解を得ることもそう容易ではない。また人口減少をできるだけ抑制するためにも,企業誘致の可能性を残しておくとなると,給水量の大胆な縮小・廃止にも踏み切れないディレンマがある4)。こうした西脇市が直面している状況は,全国の地方都市が共通して抱えている水道事業経営とインフラ更新の難しさを体現していると言えよう。

Ⅲ�-2.過去のインフラ整備に関する 2種類のデータ

 水道インフラの今後の更新投資額を試算するに当たって,まず過去に行われた投資額を現在時点の価値として推計する作業から始めよう。過去の投資額を推計するには二つの方法が考えられる。一つは,過去の水道事業会計の資本的収支(決算値)から建設改良費の金額を拾い出し,それを現在価値へと変換する方法である。もう一つは,過去の水道施設の整備実績のデータをもとに,現時点の工事費を適用して投資額を求める方法である5)。この二つの方法による投資額の推計値が一致するのかどうかを,まず

3 )西脇市の 2013 年度の日最大給水量(実績)は 15,932m3 で,うち県水受水量は 2,870m3 の 18.0%であった。現行の財政計画(2021 年度まで)では,受水量を 2017 年度に 4,361m3 まで増やし,その後,漸減させ,2021 年度に日最大給水量 16,100m3,うち受水量を 4,123m3 の 25.6%にする計画である。

4 )西脇市では,実は 2013 年に市内最大の水利用者であった工場が撤退する事態が発生した。2015 年度から新たに水道料金の見直しが行われたが,その際には撤退した工場がこれまで使用してきた水量を将来の水需要量から差し引くかどうかが焦点になった。

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水道インフラの更新投資と水道事業の持続可能性

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は比較してみることにする。 ただし,ここにはいくつか問題もある。第 1に,水道施設には,導水管・配水管・送水管からなる管路施設,浄水施設,取水施設,配水池,ポンプ場など多種多様のものがあり,水道事業会計においても整備実績においても,1950 年代から 1960 年代といった古い年代のものについては,詳細に分類されたデータが残っていないことである。第 2 に,過去の投資額の推計は,将来の更新投資の試算のために行うものであるが,古い時代に整備された施設については,すでに廃止・撤去されているものや今後の統廃合が決まっているものもある。将来更新される可能性のないものは,過去の投資額から除外することが必要である。しかしそれらを水道事業会計の過去の建設改良費から特定化することにも困難があり,整備実績のデータでも正確な分類には限界がある。第 3 に,過去の整備実績のデータを整理していくと,管路が存在することは確認されても,それがいつ整備されたか不明のものもある。今回のケーススタディでは,そうした不明のものは全体の約 1 割であったことから,更新投資の試算からは一旦除外して扱うことにしたが,そうした対象が存在しうることには注意を促しておく。 よって,2 種類のデータによる投資額の違いを見ることを主眼に,投資額の大部分を占める管路施設に限定して6),建設改良費の投資額と整備延長(布設延長)距離から求めた投資額と

を比較推計してみることにする。建設改良費については,過去の決算額に対して,SNA 統計の公的総資本形成デフレータを用いて 2012 年度の金額に変換する。水道施設に関するデフレータや地域ごとのデフレータは存在しないため,どの物価指標を使うかは論点の一つになりうる。その一方で,整備延長距離からの推計では,より細かな作業が可能である。幸いにして管路に関しては,50mm から 500mm までの管径ごとの布設延長距離のデータが整理されている7)。その管径ごとの 2012 年度の工事実績から,現時点で同じだけの工事をした場合に要する投資額を推計する8)。

Ⅲ-3.管路投資額の推計 二つの方法で推計された投資額のグラフを示したのが図 1 である。図 1 から分かることは,まず,二つの推計額のグラフは類似しているものの,金額においてはかなりの違いがあることである。ほとんどの年度で建設改良費から求めた投資額よりも,整備延長から求めた投資額の方が上回っている。次に,投資は 1990 年代後半と 2000 年代中頃にそれぞれピークがあり,その間を通じて大きな投資が続いていたことである。そして,それら投資額は 2000 年代後半になると急減に減少する。 二つの推計額が異なっている理由として,どのようなことが考えられるだろうか。一つの有力な理由は,建設改良費の方は決算値であり,

5 )個々の施設の更新費用について,厚生労働省(2012)は詳細かつ具体的なマニュアルを用意している。取水施設・浄水場内施設・送配水ポンプ施設・配水地・管路について,さらにそれぞれの施設内の機械や管路について,施設や口径のサイズごとに工事単価の費用関数を求めて,参考値として提供している。ここでは,管路について,口径ごとの 2012 年度の工事費実績と一部このマニュアルの金額を参考に投資額を推計している。ただし,管路以外の水道施設については,個々の施設・機械ごとに推計することまではしていない。たとえば浄水場については,建物 30%と機械 70%といった形で按分し,その加重平均で投資額を求めている。

6 )厚生労働省健康局水道課(2012)によると,これまでの水道インフラ・ストックの約 7 割を管路が占めるという。

7 )管径(口径)については,50mm から 150mm まで 25mm 間隔で,150mm から 400mm まで 50mm 間隔で,最大 500mm のものまで,各年度に整備した布設距離のデータがある。ただし,先述したように,距離にして 8.7%,金額にして 10.2%分の布設年度が不明のものもある。

8 )西脇市の管路の総延長距離は 2016 年度までに 404,737m になるという。うち口径 75mm のものが最も多くを占め 43.5%,その工事単価は 70,000 円 /m,その次に多いのが口径 150mm で 20.4%,工事単価 80,000 円 /m である。

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実際にその年に投資された額を表しているのに対し,整備延長の方から求めた金額は,2012年度にその管路工事を仮に発注した場合にいくらかかるかという,設計ベースの金額ということである。後者は実際に入札にかけて支出された金額とは異なる。入札価格は設計ベースの予定価格を一般的には下回る。とりわけ 1990 年代後半からのデフレ経済期には,入札価格は予定価格をかなり下回っていたと言われる。その意味で,整備延長から求めた投資額は上限の金額を表していると言える。 もう一つの理由は,管路の布設工事では,道路を掘り起こすことになるが,推計された投資額には道路工事の費用が含まれていることである。実際の工事では,水道管の布設だけでなく,たとえば下水道管の布設工事と一緒に行うこともある。その場合,道路工事の費用は下水道工事と分担されることになり,実際の投資額はそ

の分だけ少なくて済む。設計ベースで求めた投資額は水道インフラ工事を単体で行うことが前提とされている。決算値の建設改良費は,共同で工事した場合の実際の支出額を反映しているため,投資額が少なくて済んだ可能性がある。 1990 年代後半から投資額が急増している理由としては,阪神淡路大震災後の管路の耐震化対策が強化された点が考えられる。地震による揺れを吸収できる耐震管が布設されるようになり,その分工事単価が高くなったのである9)。もう一つの理由として,1990 年代後半に下水道整備が大いに進められた点も関連していると思われる。上述したように,下水道管の布設工事をする際には,古い水道管も同時に更新するといった調整が行われる。西脇市の中心部には加古川が流れているが,加古川流域では下流域から上流域に向かって下水道整備が進められ,1990 年代後半から 2000 年代初頭にかけての時

9 )西脇市の水道管路の耐震化率は現在 3 割程度ということである。これは兵庫県内の他の市町村と比較すれば,最も高い方にあるという。西脇市では 1990 年代後半から投資額が急増したが,その分,管路耐震化が促進された面もある。厚労省水道課(2015)によると,2013 年度の管路の耐震化適合率は 34.8%と報告されている。

図 1 管路投資推計額の比較

(注) 単位は百万円。建設改良費は,SNA 統計の公的総資本形成デフレータを用いて 2012 年度価格に変換している。整備延長・設計ベースで推計した投資額も,2012 年度の工事実績で評価している。

(出所) 西脇市提供のデータを用いて筆者作成

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水道インフラの更新投資と水道事業の持続可能性

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期に,この区域の下水道整備が行われたということである。下水道整備と並行して水道管路も新しい耐震化仕様のものに更新され,その結果,水道管路の投資額が膨らんだのである。 いずれにせよ,この両者のデータを比較した結果,将来の更新投資額の試算には,整備実績・設計ベースの投資額を採用することにし,管路以外の水道施設にも投資額の推計を広げていくことにする。その理由は,第 1 に,設計ベースの投資額は,実際の決算値よりも高くなる可能性はあるが,個々の施設の統廃合の実績や計画を反映させて更新投資額を試算できること,第2 に,現在の投資額を推計する際に,現時点での工事実績を踏まえて,管路の口径ごとや施設の建物・機械の仕様を考慮したきめ細かな推計が可能であること,そして第 3 に,施設ごとに異なる耐用年数を反映させやすい,ということからである。過去の建設改良費については,決算値において施設ごとのデータが十分に分類・整理されていない事情とデフレータとして何を使うべきかという課題がある。

Ⅲ-4.水道施設投資額の推計 整備実績・設計ベースで,管路施設以外の過去の投資額も加えて推計した結果が,図 2 のグラフである。先述したように,かつて整備したがすでに廃止された施設や今後統廃合されることが決まっている施設に関しては除外している。したがって,管路施設以外の実際の投資額はもっと多かったことになる。それにしても年度によって有る無しがあるのは,浄水施設や貯水施設は整備された年度や更新された年度にのみ,その投資額が計上されるからである。 いずれにせよ,水道施設全体の投資額について過去の動きを見ると,それはいくつかの年度で投資額が上乗せされているものの,図 1 のグラフのトレンドとは大きく変わらないと言えよう。管路以外の施設の投資は,2014 年度以降の急増が見られるが,機械類や高度浄水処理化のための更新投資と老朽化した浄水施設の統廃合も含めた更新投資が行われたためである。以下では,図 2 で推計した投資額をベースに,将来の更新投資額を試算する。

(注) 単位は百万円。管路施設の投資額推計値は図 1 と同じ。西脇市の現行計画において,今後廃止せずに維持・更新していく予定の管路施設以外の水道施設の投資推計額を図 1 のグラフに加えている。いずれも 2012 年度の工事実績・設計ベースで評価。2015・2016 年度も含まれているが,それは計画額である。

(出所) 西脇市提供のデータを用いて筆者作成

図 2 整備実績・設計ベースの水道施設投資額の推計

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Ⅲ-5.水道施設の更新投資額の試算 次に,過去の投資額をベースに,それら水道施設を耐用年数後にそのまま更新した場合に,現時点の価値でどれだけの費用を要するかを試算したのが図 3 のグラフである。期間は,2017年度から約 50 年先の 2065 年度までである。 管路に関しては,50 年という耐用年数を用いて,50 年前に布設されたものが 50 年後に更新されるものとしている10)。たとえば,1970年度に整備された管路の更新投資が 2020 年度に来るといった具合である。ただし,それは耐震型の管路での投資額(2012 年度実績)である。管路施設以外については,浄水施設・取水施設・配水池施設・ポンプ場の四つに分類し,建築類は 50 年,電気・機械類は 15 年の耐用年数に振り分けて,更新投資を積み上げている。そのため同じ年度に整備した施設でも建物か機械かで更新時期が分かれてくる。管路と同様に,耐用

年数後に更新した場合の投資額を積んでいる。 図 3 のグラフから言えることは,更新投資額は年度間でかなりばらついていることである。2 億円程度で済んでいる年度もあるが,20 億円を超えている年度もある。この期間の更新投資額全体から年度当たり平均額を求めると,9.7億円になる。さらに年度不明の管路投資額を加えると 10.4 億円になる。西脇市の 2009~2013年度の 5 年間の建設改良費の年平均額は 3.34億円であった。先述したように,整備実績・設計ベースの投資額は上限額に相当するとは言え,それでも今後の人口減少を考えると,年当たり 9~10 億円の投資額はかなりの負担である。

10 )管路の法定耐用年数は 40 年であるが,厚労省マニュアル(2012)で 10 年程度延長できるという長寿命化のデータや指針が示されていることから,ここでは 50 年とした。

(注) 単位は百万円。図 2 のデータをベースに,今後の更新投資額を試算。2012 年度の工事実績・設計ベースで評価している。

(出所) 西脇市提供のデータを用いて筆者作成

図 3 水道施設の更新投資額の試算

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水道インフラの更新投資と水道事業の持続可能性

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Ⅳ.更新投資と水道事業会計の将来予測

Ⅳ-1.人口および給水収益の将来予測 水道インフラの更新投資額の予測を踏まえて,水道事業会計の今後の収支予測をしていくが,まずはその収入面に目を向けてみよう。水道事業の収益的収支は基本的に水道料金による給水収益によって賄われている。西脇市の場合も給水収益の収入に占める割合は 95%以上であり,97%を超えた年度もある。給水収益は基本的に給水人口に依存するため,今後の人口見込みが収入予測を左右する。 図 4 の折れ線グラフは,西脇市の行政区域内人口(住民基本台帳人口+外国人人口)の2010 年度までの実績値とその後は 2045 年度まで 35 年間の予測値である。この人口予測は,2000 年度から 2010 年度までの実績値と国立社会保障・人口問題研究所の予測値を基に,西脇市が両者のずれを補正しながらコーホート要因

法で計算したものである。2000 年度の人口49,666 人 か ら 2015 年 度 の 42,200 人, そ し て2045 年度の 29,600 人まで,45 年間で約 4 割,2015 年度からの 30 年間で約 3 割の減少を示している。 行政区域内人口が想定されれば給水人口が決まり,そこから有収水量そして給水収益が予測されてくる。人口一人当たりの給水収益はひとまず一定と仮定し,行政区域内人口の予測値に合わせて給水収益を試算したのが図 4 の棒グラフである。2010 年度から一時的に給水収益が増加しているが,これは水道料金の改訂(値上げ)が行われたからである。

Ⅳ-2.収益的収支の将来予測 収益的収支(維持管理費の収支)の支出(費用)面についても一定の仮定のもとで予測を行

(注) 人口は左側軸で単位は人,給水収益は右側軸で単位は百万円。(出所) 西脇市提供のデータを用いて筆者作成

図 4 西脇市の人口と給水収益の予測

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い,前項の収入面の予測と対峙させ,両者の差である収支差引を求めてグラフ化したのが図 5である。 各費目を試算した際の仮定を説明すると,人件費については 2014 年度の実績で以後は横ばいとしている。動力・薬品費は 2017 年度までの財政計画の計画値とその後は横ばい,維持管理費は 2018 年度までの計画値とその後は横ばいで延ばしている。県水の受水費は 2021 年度までの計画値と,以後は人口予測に合わせて漸減させている。減価償却費も 2021 年度までの計画値とその後は建設改良費を一定と仮定して,定額償却費を見込んでいる。企業債利息は一定割合で逓減させている。 その結果,図 5 を見ると,人口減少に伴い収入は減少していくが,支出(費用)も同様に減少していくため,収支差引は若干の黒字を計上しながら推移していくことになる。単年度の維

持管理に関する収支は,人口が減少していく中で全体的に規模を縮小させながらかろうじて持続している状態である。ただし,このトレンドを延ばしていくと,今回の予測期間の先の2045 年度を過ぎた頃から収支差引が赤字に転じていくことが予想される。

Ⅳ-3.資本的収支の将来予測 次に資本的収支の試算を行ったものが図 6 のグラフである。資本的収支の収入は企業債・出資金・国庫補助金・その他から成る。西脇市では,2012 年度まで企業債を発行していたが,2013 年度からは企業債ではなく,一般会計の地方債で調達した出資金で賄う計画を立てている11)。2021 年度までは財政計画で想定した企業債と出資金の金額を入れ,それ以降は 5,600万円の出資金で固定して延ばしている。国庫補助金も 2021 年度までは財政計画の金額を入れ,

11 )出資金の金額は国の基準で決められている。出資率は事業によって異なり,たとえば浄水場整備事業で言うと,国庫補助金の補助率が 3 分の 1 で,残りの自己財源分の 2 分の 1(全体の 3 分の 1)まで出資金を繰り入れることが可能である。

図 5 収益的収支の将来予測

(注) 収入合計と費用合計は左側軸,収支差引は右側軸で,いずれも単位は百万円。(出所) 西脇市提供のデータを用いて筆者作成

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水道インフラの更新投資と水道事業の持続可能性

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それ以降は 7,500 万円で続くものと仮定している。よって,2022 年度から 2045 年度までの収入は,毎年度 1.47 億円で継続すると見込んでいる。 それに対する費用の項目は建設改良費と企業債償還費から成るが,前者については図 3 で試算した額をそのまま適用し,後者については企業債残高から毎年度の償還額を想定して逓減させている。 以上から,資本的収支の収入面と支出(費用)面を突き合わせたのが図 6 である。収入合計と費用合計をそれぞれ折れ線グラフで描き,両者の収支差引を棒グラフで描いている。資本的収支は,収益的収支の減価償却費を主たる補填財源とすることを想定しているため,基本的に収支赤字となる。ただし,その赤字幅が問題であり,資本的収支の費用合計が多い年度,すなわち更新投資が多くなる年度には,収支差引の赤字額が突出した金額になることが分かる。2045年度までの 30 年間において,赤字額が 10 億円を超える年度が 8 年,20 億円を超える年度が 3

年ある。

Ⅳ-4.資金収支と累計資金残の将来予測 最後に,収益的収支と資本的収支の各収支差引について補填財源発生額を通して調整した資金収支と,その資金収支を前年度からの繰越額に合算した累計資金残を描いたのが図 7 のグラフである。収益的収支(図 5)と資本的収支(図6)の収支差引の合計は,前者が期間全体にわたってやや収支黒字であったものの,後者は毎年度収支赤字であり,その結果,両者を合算した合計も赤字となり,さらに年度によって大きな赤字額となる。 その赤字額を,減価償却費等を主たる原資とする補填財源発生額で埋め合わせた収支が資金収支であるが,それもまたかなりの収支赤字であることが図 7 の資金収支の棒グラフから分かる。資金収支は若干の黒字を示している年度もあるが,更新投資額が大きくなる年度には大幅な赤字となる。赤字額が 5 億円を超える年度が11 年,10 億円を超える年度が 5 年ある。すな

図 6 資本的収支の将来予測

(注) 収入合計と費用合計は左側軸,収支差引は右側軸で,いずれも単位は百万円。(出所) 西脇市提供のデータを用いて筆者作成

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わち,内部留保基金である累計資金残(折れ線グラフ)を資金収支の赤字が食いつぶしていく構造である。 衝撃的なのは,累計資金残が 2020 年度には枯渇し,マイナスに転落することである。その後もマイナスの累計資金残は累積を続け,2045年度までの約 25 年間で累積 140 億円という規模にまで拡大することである。これはあくまでシミュレーション上の話であり,累計資金残がマイナスになった時点で,それは資金ショートを意味するため,収益的収支も資本的収支もそのままでは継続できない状態になる。 こうした結果は,現在存在している水道インフラを設計ベースの金額で耐用年数が来た時点で更新していくという前提で試算した投資額に

基づいている。西脇市の現在の水道事業の財政計画は 2021 年度までである。それが財政破たんを起こさない計画になっているのは,毎年度の建設改良費を 3 億円程度に抑えているからである。そのことは逆に,インフラの耐用年数から求めた更新投資を実施できない状況を,ここでの試算は示していると言える。またここでの将来収支の試算は 2045 年度までの期間で行ったが,先の図 3 では 2065 年度までの更新投資を試算していた。そこでは更新投資額が 2045年度以降にさらに拡大していくことが示されており,ここでの将来予測の期間を単純に先に延ばすならば,さらに厳しい状況を見せられることになろう。

Ⅴ.分析結果のまとめと政策含意

 過去にどれだけのインフラ投資が行われたの かを推計するには,いつどんなインフラや施設

図 7 資金収支と累計資金残の将来予測

(注) 補填財源発生額と資金収支は左側軸,累計資金残は右側軸で,いずれも単位は百万円。(出所) 西脇市提供のデータを用いて筆者作成

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水道インフラの更新投資と水道事業の持続可能性

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がどれだけの費用で整備されたのかというデータの存在が不可欠である。しかしながら 40~50 年を経過した老朽化インフラが整備された当時,自治体のデータ管理は現在ほど精確には行われていなかったという問題にまずは突き当たる。平成の大合併で多数の市町村が合併したところでは,水道事業に限らず,データの整理・統合という点で課題を抱えていると聞く。アセット・マネジメントのツールは開発されていても,使えるデータが用意されていなければ意味はない。過去に整備したインフラのデータを早急に整理することが,まずは市町村に共通した課題と言える。 本稿では,兵庫県西脇市の水道インフラを対象に,過去の投資額の推計と将来の更新費用の試算,そして今後の水道事業会計の収支予測を行った。最初に,水道事業会計の建設改良費のデータから現時点の投資額を推計する方法と,インフラの整備実績から現時点の工事実績を当てはめて推計する二つの方法で,管路の投資額について比較推計した。推計結果は二つの推計方法による投資額に差があることを示唆するものであったが,ここでは整備実績をベースにした方法で,水道インフラ全般の投資額を推計することにした。整備実績のデータに現時点の工事実績・設計ベースを当てはめて投資額を推計する場合,実際の投資額よりも大目に計算される可能性はあるが,それでもインフラ施設の種類ごとに現時点での更新投資額をより精確に推計できるメリットがある。 西脇市について,過去の水道インフラの投資額から今後の更新投資額を試算したところ,今後 50 年間では,毎年度 9~10 億円の投資規模になることが示された。この金額は,最近 5 年間の年当たり投資額が 3 億円程度であったことを考えると,相当に大きな投資であり,将来の更新投資に必要な財源調達がかなり厳しい状況

になることが示唆される。この試算金額が,Ⅰ- 1 節で紹介した先行研究の数字と近いものであることも興味深い点である12)。 こうした将来のインフラ投資額を前提に,水道事業会計の将来収支を予測してみたところ,やはり厳しい財政状況が示された。現在の水道料金や収入構造を前提とする限り,毎年度の維持管理費(収益的収支)を賄うだけで精一杯であり,現存するインフラを,一部で計画されている統廃合を進めていったとしても,耐用年数後に予定通り更新していくとなると,5 年後には累計資金残(内部留保資金)が底をつき,財源不足で更新投資をできなくなる可能性が示された。もちろん市町村の水道事業が無くなることはないので,その前にサービス継続のために何らかの対応策が採られることになろう。 しかしこれだけの更新投資の財源を確保していくには,何ができるだろうか。単純に考えて,現時点で可能な投資額が年当たり 3 億円で,必要投資額が 9 億円であれば,3 倍の水道料金が必要ということになる。いきなりの 3 倍の値上げは不可能としても,第 1 に,水道料金のある程度の値上げは回避できないと思われる。住民も議会も料金引き上げには一般的に反対するであろうが,普段から水道サービスの提供に費用がかかることを啓発し,企業誘致もリスクを伴うということを住民に理解してもらう努力が必要である。 第 2 に,支出(費用)の節約・削減の努力ももちろん必要である。人口減少に合わせて施設の一層の統廃合を進め,存続させるインフラについても長寿命化を図り,管路の布設工事を他の工事と同時に行う調整の努力・工夫が求められる。しかしそれでも水道料金引き上げを最小限に抑えようとすれば,財源はまだ不足するであろう。 そこで第 3 に,水道事業の運営・経営という

12 )矢根(2012)は,『水道統計』『地方公営企業年鑑』のデータを用いて,全国の水道事業者(市町村)の管路の更新投資額を試算し,一事業者・年当たり 8.85 億円,中小零細な水道事業に限ると 9.2 億円になること,それを水道料金で賄うとなると現行の 2 倍に,法定耐用年数を超えた経年管を至急更新するとなると現行の4.5 倍に引き上げる必要があるとの試算結果を示している。

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〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 27 年第4号(通巻第 124 号)2015 年 10 月〉

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観点から,供給エリアの集約化(コンパクト化),水源開発の集約化,県水の購入や給水量に余裕のある自治体間の水融通システムの構築,水質が劣ると言われる簡易水道自体を改良する方策など,供給費用を節減できる余地を検討する必要があろう。 第 4 に,水道事業は独立採算が原則であるが,震災への備えのための耐震化や市町村合併や下水道整備に伴う影響など,これまでのインフラ投資には水道事業者および利用者の責任とだけは言い切れない側面もある。最終的に国民負担となる点では同じであるが,国庫補助金や自治体一般会計からの公費負担による財政支援のあり方をも検討する必要があるのではないか。 もちろん,安易に公費負担を拡大するほどの財政的余裕はないし,無駄なインフラ投資が行われては元も子もない。その意味では財政補助のあり方自体を検討する必要がある。また現行の水道事業会計の運営実態にも問題はある。企業会計に則り減価償却費を計上するといっても,本来の更新のための積立みが行われているわけではない。当該年度の減価償却費がそのまま当該年度の投資財源に回され,結果的にはフロー会計に近い実態がある。本来の積立方式への転換を考える必要がある。 最後に,各市町村には,より長期の財政計画を立てることで,早急に更新投資の平準化や工事調整のマネジメントを図ることを勧めたい。自治体の財政計画は長くて 10 年,短いもので

は 3 年のものもある。インフラの更新投資は耐用年数 40~50 年といった長期間に及ぶものであり,水道事業の持続可能性や資金ショートの起きない財政運営を保つには,現状の計画では短すぎ,より長い財政計画を立て,その下にアセット・マネジメントを連動させる必要がある。 本稿の推計作業で改良すべき点として,収益的収支の減価償却費と資本的収支の建設改良費(更新投資額)をリンクさせる点がある。更新投資の推計値を建設改良費に計上した後,その定額による減価償却額を収益的収支の減価償却費へ計上し,その上で資金収支と累計資金残を求めることが本来は必要である。ただし,現在のままでは累計資金残の赤字額が図 7 よりもさらに拡大・発散し,持続可能な会計にはならないはずである。建設改良費を必要最低限に抑制し,かつ年度間で平準化し,給水収益(水道料金)を引き上げるなどのシミュレーションを行いながら,累計資金残がプラスの一定額で維持されるという意味での持続可能な均衡状態を示す作業が必要である。そうした形で分析を発展させることは今後の課題としたい。 いずれにせよ,本稿の分析は,今のままでの負担の仕組みでは水道インフラの更新投資を賄えないこと,それが全国の市町村において共通して発生している可能性を推測させるものであった。水というライフラインに関わるサービスを維持できなくなる状況に陥る前に,早急の対策が取られることを願いたい。

参 考 文 献

金縄健一(2013)「水道におけるアセット・マネジメントの普及促進~簡易支援ツールについて~」『水道協会雑誌』第 82 巻第 7 号,pp. 20-30.

厚生労働省健康局(2013)『新水道ビジョン』3 月.厚生労働省健康局水道課(2011)「水道事業の

再構築に関する施設更新費用算定の手引き」12 月.

厚生労働省健康局水道課(2012)「今後の水道施設の更新等について」10 月.

厚生労働省健康局水道課(2015)「水道行政の現状と課題」2 月.

西脇市上下水道審議会(2014)「西脇市上下水道事業の経営の健全化について」

根本祐二(2011)『朽ちるインフラ』日本経済新聞出版社.

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水道インフラの更新投資と水道事業の持続可能性

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浜銀総合研究所(2014)「人口減少下における水道インフラ再構築に向けた政策のあり方」『浜銀総研政策提言』第 1 号,9 月.

矢根眞二(2012)「朽ちる水道インフラ―老朽

管の更新投資必要額と水道料金―」『桃山学院大学総合研究所紀要』第 37 巻第 3 号,pp. 151-172.

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〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 27 年第4号(通巻第 124 号)2015 年 10 月〉