核融合プラズマにおける 電子サイクロトロン加熱・...

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電子サイクロトロン(EC)波は,工学的に見て,入射ア ンテナをプラズマから離すことができること,またそのア ンテナを小さくできるのでブランケットや遮蔽体に対する 貫通領域が少なくてすむことなど,炉への適応性に優れて いる.物理的にも基本的な吸収機構がわかっており,局所 的な加熱(電子サイクロトロン加熱 ECH)や電流駆動(電 子サイクロトロン電流駆動 ECCD)が可能であることなど から,ITER においても EC 波の役割は大きく,初期プラズ マ生成,定常運転のための電流駆動や分布制御,安定に高 ベータを維持するための NTM(新古典テアリングモード) 抑制制御など,多岐にわたる用途において不可欠な装置と して組み込まれている.これには,ここ数年のジャイロト ロンをはじめとする加熱装置開発の大きな進展も重要な要 素となっている.さらに,最近では,球状トカマク等の遮 断密度を超えた高密度プラズマの加熱法としての電子バー ンスタイン波加熱(EBW),ECH・ECCD によりプラズマ 電流を発生しトカマク起動を行う電流立ち上げ研究等も進 展しており,核融合プラズマにおける新たな EC 波利用の 展開が期待されている. 本誌ではすでに2005年に「高周波による核融合プラズマ 制御の進展」として小特集が発表されており,その一部と して ECH・ECCD の進展を議論している[1]が,今回の本小 特集では,対象を ECH・ECCD に限定し,核融合プラズマ 研究において得られた EC 波実験のここ数年の数多くの最 新成果とともに,加熱装置(ジャイロトロン,伝送系およ びその周辺装置)開発の進展,ECH・ECCDによる核融合プ ラズマ制御の進展,ECH・ECCD の新たな展開をまとめる 構成とした. 一般に,ECH・ECCD は物理機構が明解であると言われ ている.しかし,結果的に,直感的に解りやすくなってい るために見過ごされがちであるが,その物理機構は,相対 論効果,分散効果,モード変換,準線形・非線形効果,プ ラズマとの相互作用などの複雑な物理機構の組み合わせで 成り立っている.これらの機構が複雑に絡み合ってはいる ものの,今日の核融合実験装置においては,プラズマのス ケール長に比べて波長が十分に短いことから現象的には実 空間上,速度空間上で局所的な加熱効果として現れてい る.加熱効果の実空間,速度空間での局所性がECH・ECCD の最大の特徴であるとされ,その局所性ゆえの加熱電力密 度の高さ,制御性の良さが今日の核融合プラズマの高性能 化,高機能化への多くの可能性を示してきた.今後のこの 分野のさらなる発展に向けて,このあたりの事情を解説 し,理解を深める意味で,まず,基礎理論の解説が必要で あると考えた.また,近年の動向として,加熱のプロセス およびそこに密接に関連するプラズマ閉じ込めのモデリン グやシミュレーションの進展にも目覚ましいものがあり, ECH・ECCH の実験的な進展や今後の展望を議論する上に は欠かせないものとなっている. ECH・ECCH 実験の進展の基礎になっているのは,もち ろんハードウェアとしてのジャイロトロンおよびミリ波シ ステムとしての伝送系,アンテナ系の進展である.この点 に関しても優れた解説が本誌にすでにあるが[2],この数 年でさらにジャイロトロンは ITER で要求されるほぼすべ ての仕様を満たすところまで性能が進展し,それに伴っ て,伝送系,アンテナ系の大電力化,高性能化も進展して, ツールとしての完成度が高まった.これらの進展は,実験 ツールとしての可能性を広げ,それがさらに新たなハード ウェアへの要求へと繋がる正のフィードバックをもたらし ている.こうしてトカマク,ヘリカル,ミラーのそれぞれ の磁気閉じ込め核融合実験装置において共通の,あるい 小特集 1.はじめに 久保 核融合科学研究所 (原稿受付:2009年5月15日) 1. Introduction KUBO Shin author’s e-mail: [email protected] 核融合プラズマにおける 電子サイクロトロン加熱・電流駆動の進展 Progress of ECH・ECCD in Fusion Plasmas J.PlasmaFusionRes.Vol.85,No.6(2009)337‐338 !2009 The Japan Society of Plasma Science and Nuclear Fusion Research 337

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Page 1: 核融合プラズマにおける 電子サイクロトロン加熱・ …...小特集執筆者紹介 くぼ しん 久保 伸 核融合科学研究所・大型ヘリカル研究部・高

電子サイクロトロン(EC)波は,工学的に見て,入射ア

ンテナをプラズマから離すことができること,またそのア

ンテナを小さくできるのでブランケットや遮蔽体に対する

貫通領域が少なくてすむことなど,炉への適応性に優れて

いる.物理的にも基本的な吸収機構がわかっており,局所

的な加熱(電子サイクロトロン加熱ECH)や電流駆動(電

子サイクロトロン電流駆動ECCD)が可能であることなど

から,ITERにおいてもEC波の役割は大きく,初期プラズ

マ生成,定常運転のための電流駆動や分布制御,安定に高

ベータを維持するためのNTM(新古典テアリングモード)

抑制制御など,多岐にわたる用途において不可欠な装置と

して組み込まれている.これには,ここ数年のジャイロト

ロンをはじめとする加熱装置開発の大きな進展も重要な要

素となっている.さらに,最近では,球状トカマク等の遮

断密度を超えた高密度プラズマの加熱法としての電子バー

ンスタイン波加熱(EBW),ECH・ECCDによりプラズマ

電流を発生しトカマク起動を行う電流立ち上げ研究等も進

展しており,核融合プラズマにおける新たなEC波利用の

展開が期待されている.

本誌ではすでに2005年に「高周波による核融合プラズマ

制御の進展」として小特集が発表されており,その一部と

してECH・ECCDの進展を議論している[1]が,今回の本小

特集では,対象をECH・ECCDに限定し,核融合プラズマ

研究において得られたEC波実験のここ数年の数多くの最

新成果とともに,加熱装置(ジャイロトロン,伝送系およ

びその周辺装置)開発の進展,ECH・ECCDによる核融合プ

ラズマ制御の進展,ECH・ECCDの新たな展開をまとめる

構成とした.

一般に,ECH・ECCDは物理機構が明解であると言われ

ている.しかし,結果的に,直感的に解りやすくなってい

るために見過ごされがちであるが,その物理機構は,相対

論効果,分散効果,モード変換,準線形・非線形効果,プ

ラズマとの相互作用などの複雑な物理機構の組み合わせで

成り立っている.これらの機構が複雑に絡み合ってはいる

ものの,今日の核融合実験装置においては,プラズマのス

ケール長に比べて波長が十分に短いことから現象的には実

空間上,速度空間上で局所的な加熱効果として現れてい

る.加熱効果の実空間,速度空間での局所性がECH・ECCD

の最大の特徴であるとされ,その局所性ゆえの加熱電力密

度の高さ,制御性の良さが今日の核融合プラズマの高性能

化,高機能化への多くの可能性を示してきた.今後のこの

分野のさらなる発展に向けて,このあたりの事情を解説

し,理解を深める意味で,まず,基礎理論の解説が必要で

あると考えた.また,近年の動向として,加熱のプロセス

およびそこに密接に関連するプラズマ閉じ込めのモデリン

グやシミュレーションの進展にも目覚ましいものがあり,

ECH・ECCHの実験的な進展や今後の展望を議論する上に

は欠かせないものとなっている.

ECH・ECCH実験の進展の基礎になっているのは,もち

ろんハードウェアとしてのジャイロトロンおよびミリ波シ

ステムとしての伝送系,アンテナ系の進展である.この点

に関しても優れた解説が本誌にすでにあるが[2],この数

年でさらにジャイロトロンは ITERで要求されるほぼすべ

ての仕様を満たすところまで性能が進展し,それに伴っ

て,伝送系,アンテナ系の大電力化,高性能化も進展して,

ツールとしての完成度が高まった.これらの進展は,実験

ツールとしての可能性を広げ,それがさらに新たなハード

ウェアへの要求へと繋がる正のフィードバックをもたらし

ている.こうしてトカマク,ヘリカル,ミラーのそれぞれ

の磁気閉じ込め核融合実験装置において共通の,あるい

小特集

1.はじめに

久保 伸核融合科学研究所

(原稿受付:2009年5月15日)

1. Introduction

KUBO Shin author’s e-mail: [email protected]

核融合プラズマにおける電子サイクロトロン加熱・電流駆動の進展

Progress of ECH・ECCD in Fusion Plasmas

J. Plasma Fusion Res. Vol.85, No.6 (2009)337‐338

�2009 The Japan Society of PlasmaScience and Nuclear Fusion Research

337

Page 2: 核融合プラズマにおける 電子サイクロトロン加熱・ …...小特集執筆者紹介 くぼ しん 久保 伸 核融合科学研究所・大型ヘリカル研究部・高

は,特有のECH・ECCHを用いた新たな展開が次々と現れ

てきている.今後も核融合プラズマの高性能化閉じ込め,

先進的制御へ向けたECH・ECCDの重要性は益々高まって

いくものと考えられる.

以上の点に鑑み,章の構成を以下のとおりとし,各分野

で活躍中の方々に分担執筆をお願いした.

1.はじめに

2.ECH・ECCDの基礎,物理的理解やモデリングの進展

2.1 ECH・ECCDの基礎理論

2.2 ECH・ECCDの,モデリングとシミュレー

ションの進展

3.ECH・ECCD実験の進展

3.1 ECH・ECCD装置の進展

3.2 トカマク,ST装置におけるECH・ECCD

の進展

3.3 ヘリカル装置におけるECH・ECCDの進展

3.4 直線核融合プラズマ実験装置におけるECH

の進展

第2章においては,2.1章でECH・ECCDの基礎理論を,

また,2.2章でシミュレーション・モデリングの進展をレ

ビューして,今日のECH・ECCD実験の発展を導いた原理

的な部分をわかりやすく解説していただいた.第3章にお

いては,3.1章で目覚ましい進展をとげているジャイロト

ロンおよび伝送系の現状を最新のデータを含めて解説して

いただき,3.2章でトカマク/球状トカマク(ST)装

置,3.3章でヘリカル装置,3.4章でミラ―装置それぞれの

最近の実験の進展を具体的な事例を豊富に使って議論して

いただいた.今後も重要度が高まり,発展が期待される

ECH・ECCDのポテンシャル,将来性の高さを再認識いた

だく機会となれば幸いである.

参 考 文 献[1]渡利徹夫 他:プラズマ・核融合学会誌 81, 149 (2005).[2]下妻 隆:プラズマ・核融合学会誌 82, 506 (2006).

Journal of Plasma and Fusion Research Vol.85, No.6 June 2009

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Page 3: 核融合プラズマにおける 電子サイクロトロン加熱・ …...小特集執筆者紹介 くぼ しん 久保 伸 核融合科学研究所・大型ヘリカル研究部・高

�� ��小 特 集 執 筆 者 紹 介

く ぼ しん

久 保 伸

核融合科学研究所・大型ヘリカル研究部・高周波加熱プラズマ研究系が現在の所属,大学院の時代から高周波(マイクロ波,ミリ波,サブミリ波)とプラズマの相互作用に関与した仕

事に携わり,プラズマ閉じ込め装置としては,WT-1,WT-2,SPAC-VII,JIPP-TIIU,CHS,LHDで実験を行ってきた.家族は妻と大学生の娘二人.趣味は,体力維持とストレス解消の手段となってしまったテニス.このところ達磨のように壁に向かう時間が長い.

ふく やま あつし

福 山 淳

京都大学大学院工学研究科教授.1977年京都大学大学院工学研究科電子工学専攻博士課程1年中退.工学博士.岡山大学工学部助手,助教授を経て,1999年より現職.主な研究分野

は,核融合プラズマの理論・モデリング・シミュレーション,特に波とプラズマの相互作用,輸送現象,プラズマ生成.

まえ かわ たかし

前 川 孝

昭和25年生.京大理助手,助教授を経て現在京大エネルギー科学研究科教授.大学院時代は電子ビーム・プラズマ系の基礎実験,その後WT-2,WT-3 トカマクにおいて低域混成波と

電子サイクロトロン波による波動加熱・電流駆動の研究.現在,低アスペクト比トーラス実験(LATE)装置において電子サイクロトロン加熱・電流駆動による球状トーラス形成に関する研究を行っている.

はま まつ きよ たか

濱 松 清 隆

日本原子力研究開発機構 那珂核融合研究所研究主幹.主な研究分野は,高エネルギー電子・イオンの運動論とプラズマ波動に関わる研究.ECコードを作ってコードの名前を付け

ないでいると,どこかでEC-Hamamatsuと呼ばれていました.自分で引用するにはチョット(かなり?)違和感のある名前ですが,自業自得です.

むら かみ さだ よし

村 上 定 義

京都大学工学研究科原子核工学専攻,准教授.淡路島(兵庫県)出身.高エネルギー粒子を追跡し続けて十数年.最近はRF加熱によるトロイダル流発生機構の解明に取り組んでい

ます.

さか もと けい し

坂 本 慶 司

日本原子力研究開発機構・研究主席.加熱工学研究グループ・リーダー.福岡県出身,九州大学工学研究科修了.博士(理学).ジャイロトロンを中心にプラズマ加熱技術の開発研究に

従事.この間,車のパンフレットを見ていたら,ミリ波レーダーシステムがオプションで14万円まで下がっていた.将来は標準装備になっていくのでしょう.仕事でもミリ波のコス

トパーフォーマンスは以前よりはだいぶ良くなったと感じています.

いさ やま あき ひこ

諫 山 明 彦

日本原子力研究開発機構核融合研究開発部門研究副主幹.大阪府豊中市出身.京都大学大学院工学研究科修士課程修了.博士(エネルギー科学).1995年原研入所以来 JT-60 でECE計測による電子温度揺動測定,NTM

等のMHD不安定性,高ベータプラズマの定常化に関する研究等に従事.2008年10月からはJT‐60用ジャイロトロンの開発に従事.最近江戸中期~明治初期の絵画の多様性と奥深さに魅かれています.

た なか ひとし

田 中 仁

現在,京都大学大学院エネルギー科学研究科准教授.1987年京都大学理学部博士後期課程修了後,京都大学教養部助手を経て1996年より現職.最近の研究テーマは電子サイクロト

ロン共鳴加熱を用いたトーラスプラズマの生成,電流立ち上げ等.あいかわらず,週末(のみ)育児に没頭中.

しも づま たかし

下 妻 隆

1984年京都大学大学院理学研究科博士課程修了.1993年まで三菱電機�中央研究所でジャイロトロン管開発研究を行う.1994年1月核融合科学研究所助手,2001年同助教授,現在に

至る.ジャイロトロン管開発,ECHシステム開発,LHD装置におけるそれらを使ったECH実験を行っている.近年は加熱だけではなく,プラズマの閉じ込め改善や輸送研究まで興味は広がってきているものの,ジャイロトロンからプラズマまで,個人研究からプロジェクト研究まで,テクノロジーからフィジックスまでを行きつ戻りつしている今日この頃です.

なが さき かず のぶ

長 崎 百 伸

京都大学エネルギー理工学研究所エネルギー生成研究部門・教授.主な研究テーマは核融合プラズマの生成・閉じ込め・輸送,波動加熱物理・システム開発,特に,電子サイクロト

ロン波を用いた加熱・電流駆動とプラズマ制御,計測.先日,耐震工事に伴った研究室の引越しがあり,ゴールデンウィークは荷物の梱包作業に追われた.現在,段ボールに埋もれた生活.今の部屋は仮住まいで2年後に本移転の再引越しがあるため,放浪生活がしばらく続く.

いま い つよし

今 井 剛

筑波大学大学院数理物質科学研究科教授,プラズマ研究センターのガンマ10タンデムミラーにて加熱,閉じ込め研究.大阪大学大学院修士修了,工学博士.これまでに日本原子力研

究所にてJT‐60の加熱・電流駆動実験やITERの加熱機器開発研究に従事,核融合工学部,加熱工学研究室長,次長等経て現職.核融合プラズマ加熱の物理と工学研究に従事.

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