民航エンジン事業における産業クラスタの形成・活用-三菱...
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三菱重工技報 Vol.53 No.3 (2016) 交通・輸送特集
製 品 紹 介 6
民航エンジン事業における産業クラスタの形成・活用 -三菱重工 BEST INNOVATION 2015 にて“新業務プロセス賞”を受賞-
Establishment of Industrial Cluster in the Commercial Aircraft Engine Business -Mitsubishi Heavy Industries Best Innovation 2015 “Best New Business Process Award”-
三 菱 重 工 航 空 エンジン株 式 会 社
民間航空機用エンジン事業は,近年の旺盛な需要を背景に拡大基調にあり,三菱重工航空エ
ンジン株式会社(以下,当社)では本事業を将来の成長分野と位置付け,今後の主力機種である
ボーイング 787,エアバス A350 用 Rolls-Royce 社エンジン及びエアバス A320neo,三菱航空機
MRJ 用 Pratt & Whitney 社エンジンに国際共同開発のパートナーとして参画している。事業規模
の大幅な伸長が確実な状況である航空機用エンジン部品の生産においては自社生産のみなら
ず,サプライヤとの連携が重要となる。そこで,従来,各工程ごとに加工を受け持っていたパート
ナーが集まって,長期にわたって安定的に一貫した生産を行うとともに厳しい品質要求に耐え得
る産業クラスタを形成した。さらに,公的助成を活用して自社投資を抑制しつつ,スムーズな生産
体制を構築することで,生産性向上及び価格低減を実現した。本稿では,当社における産業クラ
スタの形成及び活用の取り組みについて紹介する。
|1. 市場動向・背景
世界の民間航空旅客需要は年率 4.9%程度の成長が続き,今後も 4.7%程度のペースで伸び
ていくと考えられており,2034 年には現在の 2.5 倍の規模になると予測されている(図1)。
出典:民間航空機に関する市場予測 2015-2034,P26,2015 年3月,一般財団法人 日本航空機開発協会
図1 世界の航空旅客予測
この需要に対応するため,今後 20 年間に 37000 機を超える航空機が運用されることとなり,機
材更新を含めて機体では約 33000 機,エンジンではスペアを含め約 82000 台の新規需要がある
と見込まれている(図2)。その市場規模は機体で 4.8 兆ドル,エンジンで 1.1 兆ドルであり,民間
航空機製造業は今後長期間にわたり継続的な成長が見込まれる産業と考えられる。
このような市場環境の中,当社は得意部位である燃焼器や低圧タービンにおいて,英国
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Rolls-Royce 社と米国 Pratt & Whitney 社の各種エンジンプログラムの共同開発に参画し,国内外
のサプライチェーンを構築して事業を推進している。
ジェット旅客機の需要予測結果
航空機エンジンの需要及び販売予測
出典:民間航空機に関する市場予測 2015-2034,P25・P79,2015 年3月,一般財団法人 日本航空機開発協会
図2 ジェット旅客機とエンジンの需要予測
|2. 民間航空機用エンジン事業概要
当社の民間航空機用エンジン事業は,得意分野の燃焼器部位とタービン部位を中心として,
Rolls-Royce 社や Pratt & Whitney 社との国際共同開発に参加し,事業規模拡大と技術力向上を
推進している。現在のプロジェクトへの主な参画状況は,大型機用エンジンでは,Trent1000(ボ
ーイング 787 用),Trent1000-TEN(Trent1000 派生型),TrentXWB(エアバス A350 用),
Trent7000(エアバス A330neo 用)及び PW4000(ボーイング 767/777 他用)であり,中小型エンジ
ンでは,PW1100G(エアバス A320neo 用),V2500(エアバス A320 用)及び PW1200G(三菱航空
機 MRJ 用),PW210(ヘリコプタ用)等である(図3)。
□:当社参画プログラム
図3 三菱重工航空エンジン(株)の民間航空機用エンジン事業
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軽量でコンパクトな構造が要求される民間航空機用エンジンは複雑な形状を有する部品で構
成されるが,当社が担当する燃焼器やタービン部位は耐熱ニッケル基超合金が用いられており,
難削材に対する高度な製造技術が要求される。それらの製造技術を低コスト・短リードタイム・高
品質で実現していくことが国際競争力を維持・向上していく上で必要不可欠であり,最先端技術
の導入や開発,高度な生産管理手法,システムの開発・適用,徹底した各種工程改善等を継続
的に推進していくことが重要となる。特に,2000 年代以降は参画機種が大幅に増えるとともに生
産数量も拡大してきており,これらの開発・製造に対応するためには当社工場の製造能力だけで
は十分ではないため,高い製造能力を有するパートナーやサプライヤの製造基盤を活用していく
必要がある。
そのため、当社は図4に示す事業連携スキームを構築して事業展開を進めている。当社工場
をマザー工場として位置付けて、産業クラスタを活用して部品製造を外部委託するとともに、産学
連携による研究活動も進めている。また、資金面では政府系金融機関(DBJ)と(株)IHIの出資を
受けて事業を運営している。
図4 事業連携スキーム
|3. 産業クラスタの形成と活用
従来は,機械加工,特殊プロセス,組立の仕事に対し,個々の工程を個々の会社が各々受注
する形態をとっていたが,全工程の管理上の難しさや当社と各社間の部品移動に伴うリードタイ
ムの短縮やコスト低減が大きな課題となって来た。その一つの対策として,個々の会社による工程
の統合化を図り,一括発注する産業クラスタを形成することとした(図5,図6)。
中小企業連携 一貫生産クラスタを形成
図5 従来の個別受注と工程一貫受注の比較
この活動には,当社,三菱重工業(株),クラスタ各社から 100 名程度が参画したが,単なる加工
外注先の選定・活用とは異なり,各社の意見調整や WIN-WIN となるスキームの構築など,多くの
課題を解決する必要があったため,構想から実現まで約4年を費やした。特に,クラスタ各社には
特殊工程作業の経験が少なく,作業手順の設定や現場での管理業務,品質管理が初めてであ
り,海外エンジンメーカの要求事項を満足する特殊工程の承認取得に相当の労力を要した。ま
た,クラスタ各社に跨る品質マネジメントシステムの導入と運用維持管理,各社ごとの契約形態に
対応した作業指示,標準制定・管理や購買プロセスの確立が新たに必要となった。そのため,当
社や三菱重工業(株)の設計,工作及び品質保証の各部門からのきめ細かな指導が必要不可欠
であり,関係者の粘り強い努力により実現することができた。
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図6 産業クラスタ活用~活動体制~
この活動においては,国や地方自治体の航空機産業育成・中小企業支援の動きと連携し,公
的助成を最大限活用することにより,クラスタ参画企業の投資負担を軽減し,長期的なコストダウ
ンを実現した。また,経済産業省の“新分野進出支援事業”の認定を受け,クラスタの形成及び育
成にかかわる当社の管理・間接費についても助成を活用することができた。将来的には当社以外
からの受注の可能性もあり,中小企業各社の事業発展にも貢献することができたと考えられる。厳
しい品質要求や管理規定のある航空機産業においては,一部工程を外注することはあっても加
工工程のすべてを一貫して委託することは珍しく,公的助成を活用して官民が一体となって低コ
ストで実現したクラスタ形成は業界初の取り組みと言える。今回の産業クラスタ構築で得たノウハウ
を生かし,更なるクラスタの拡大,サプライチェーンの充実を図り,民間機航空機用エンジン事業
の発展や国内産業基盤の強化に貢献していきたい。