進行期悪性黒色腫に対するimmobilized anti-cd3 antibody...

13
日皮会誌:102 (3), 349―361, 1992 (平4) 進行期悪性黒色腫に対するImmobilized anti-CD3 antibody- activated T lymphocytes を用いた 養子免疫療法の効果 山崎 石原 直也 和之 佐々木英也 関根 暉彬* Tumor-infiltrating lymphocytes,またはperiph- eral blood lymphocytes をrecombinant interleukin- 2と固層化CD3抗体の存在下に短期間に培養して得ら れたリンパ球を, Immobilized anti-CD3 antibody- activated T lymphocytes と名付け,集学的治療の一 つとしてstage IVの悪性黒色腫7例に投与し,その臨 床効果を検討した.このうち, natural interferon-β局 所投与と併用した1例に, complete response, cis- platin十vindesine十dacarbazineのcombinationに よる化学療法と併用した1例に, partial responseが 得られた.またCD3-ATの投与を原因とする明らかな 副作用は認められなかった. はじめに 養子免疫療法(adoptive immunotherapy ;AIT)は, 1983年にrecombinant interleukin-2 (rIL-2)が開発さ れたことにより1)2)このrIL-2によって, in vitro で活 性化された自己の末梢血リンパ球(lymphokine- activated killer cells: LAK cells)を体内に移入する ことが可能となって,その治療効果にはより一層の期 待のかかるところとなった. 1985年にはRosenberg ら3)が転移性腫瘍に対するLAK療法の治療成績を報 告したが,その奏効率は48% (11/25)という高いもの であった.このため,この後LAK細胞による養子免疫 療法(LAK-AIT)は多くの施設で試みられたが,治療 には多数のLAK細胞及び大量のrIL・2が必要であり, これによる副作用をはじめ,臨床面での多くの問題が 提起された. 国立がんセンター病院皮膚科 *国立がんセソター研究所 平成3年2月22日受付,平成3年9月27日掲載決定 別刷請求先:(〒104)東京都中央区築地5-1-1 国立がんセンター病院皮膚科 山崎 直也 早坂 健一 Rosenbergらは,一方では,腫瘍周囲に局在する浸 潤リンパ球(腫瘍浸潤リンパ球, tumor-infiltrating lymphocytes ;TIL)についても臨床応用をすすめてい る4). また,我が国でも関根ら5)6)がTILを用いた養子免 疫療法により,臨床的に治療効果の認められた症例を 報告している.関根はTILの培養初期に固層化した CD3抗体でリンパ球を刺激することにより,活性化し たリンパ球を短期間に増殖させる方法を確立した已 我々は,外科的にTILを得ることができない症例に対 しても,少量の末梢血リンパ球(peripheral blood lymphocytes ;PBL)を同様に固層化CD3抗体で刺激 し,Tリンパ球を大量培養して臨床に応用している. 関根は,このように固層化CD3抗体を用いて培養した リンパ球を, Immobilized anti-CD3 antibody- activated T lymphocytes (CD3-AT)と名付けた.以 下,TILを用いたものをCD3-AT-TIL, PBLを用いた ものをCD3-AT-PBLと記載する. 我々は進行期悪性黒色腫に対して, CD3-ATを組み 入れた集学的治療を試みた. 1988年8月から1989年7月までに国立がんセソター 病院皮膚科に入院したstage IVの悪性黒色腫で前治 療がすべて無効であった7例を対象とした.性別は男 性3例,女性4例で,年齢は40歳から58歳,平均47歳 であった.原発巣の病型はnodular melanoma (NM) 1例, acral lentiginous melanoma (ALM)2例, superficial spreading melanoma (SSM) 3例,不明 1例であった(表1). 材料と方法 (1)末梢血リンパ球を用いる場合 採取した患者の末梢血20mlから, Ficoll Hypaque 比重遠心法を用いてリンパ球を分離し, complete medium (CM)を用いて培養した.CMは,非働化ヒ

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日皮会誌:102 (3), 349―361, 1992 (平4)

進行期悪性黒色腫に対するImmobilized anti-CD3 antibody-

      activatedT lymphocytes を用いた

         養子免疫療法の効果

山崎

石原

直也

和之

佐々木英也

関根 暉彬*

           要  旨

 Tumor-infiltrating lymphocytes,またはperiph-

eral blood lymphocytes をrecombinant interleukin-

2と固層化CD3抗体の存在下に短期間に培養して得ら

れたリンパ球を, Immobilized anti-CD3 antibody-

activated T lymphocytes と名付け,集学的治療の一

つとしてstage IVの悪性黒色腫7例に投与し,その臨

床効果を検討した.このうち, natural interferon-β局

所投与と併用した1例に, complete response, cis-

platin十vindesine十dacarbazineのcombinationに

よる化学療法と併用した1例に, partial responseが

得られた.またCD3-ATの投与を原因とする明らかな

副作用は認められなかった.

          はじめに

 養子免疫療法(adoptive immunotherapy ;AIT)は,

1983年にrecombinant interleukin-2 (rIL-2)が開発さ

れたことにより1)2)このrIL-2によって, in vitro で活

性化された自己の末梢血リンパ球(lymphokine-

activated killer cells: LAK cells)を体内に移入する

ことが可能となって,その治療効果にはより一層の期

待のかかるところとなった. 1985年にはRosenberg

ら3)が転移性腫瘍に対するLAK療法の治療成績を報

告したが,その奏効率は48% (11/25)という高いもの

であった.このため,この後LAK細胞による養子免疫

療法(LAK-AIT)は多くの施設で試みられたが,治療

には多数のLAK細胞及び大量のrIL・2が必要であり,

これによる副作用をはじめ,臨床面での多くの問題が

提起された.

 国立がんセンター病院皮膚科

*国立がんセソター研究所

平成3年2月22日受付,平成3年9月27日掲載決定

別刷請求先:(〒104)東京都中央区築地5-1-1

 国立がんセンター病院皮膚科 山崎 直也

早坂 健一

 Rosenbergらは,一方では,腫瘍周囲に局在する浸

潤リンパ球(腫瘍浸潤リンパ球, tumor-infiltrating

lymphocytes ;TIL)についても臨床応用をすすめてい

る4).

 また,我が国でも関根ら5)6)がTILを用いた養子免

疫療法により,臨床的に治療効果の認められた症例を

報告している.関根はTILの培養初期に固層化した

CD3抗体でリンパ球を刺激することにより,活性化し

たリンパ球を短期間に増殖させる方法を確立した已

我々は,外科的にTILを得ることができない症例に対

しても,少量の末梢血リンパ球(peripheral blood

lymphocytes ;PBL)を同様に固層化CD3抗体で刺激

し,Tリンパ球を大量培養して臨床に応用している.

関根は,このように固層化CD3抗体を用いて培養した

リンパ球を, Immobilized anti-CD3 antibody-

activated T lymphocytes (CD3-AT)と名付けた.以

下,TILを用いたものをCD3-AT-TIL, PBLを用いた

ものをCD3-AT-PBLと記載する.

 我々は進行期悪性黒色腫に対して, CD3-ATを組み

入れた集学的治療を試みた.

          対  象

 1988年8月から1989年7月までに国立がんセソター

病院皮膚科に入院したstage IVの悪性黒色腫で前治

療がすべて無効であった7例を対象とした.性別は男

性3例,女性4例で,年齢は40歳から58歳,平均47歳

であった.原発巣の病型はnodular melanoma (NM)

1例, acral lentiginous melanoma (ALM)2例,

superficial spreading melanoma (SSM) 3例,不明

1例であった(表1).

          材料と方法

 (1)末梢血リンパ球を用いる場合

 採取した患者の末梢血20mlから, Ficoll Hypaque

比重遠心法を用いてリンパ球を分離し, complete

medium (CM)を用いて培養した.CMは,非働化ヒ

350 山崎 直也ほか

表1 症例一覧

N0. 年齢/性別 組織型 転移部位 コース 効果 併用療法 生存期間(月) 転帰

58/M

40/F

45/M

49/F

51/F

41/M

45/F

 NM

 SSM

不 明

ALM

ALM

SSM

SSM

皮下,リンパ節

皮膚,皮下,脳

皮膚,皮下,脳

皮膚,皮下,肺,

リンパ節

皮膚,皮下

皮膚,皮下,肝臓リンパ節

皮膚,皮下

14

 2

 1

 4

.7

PR

PD

PD

PD

CR

PD

MR

   CDDP十VDS十DTIC

   CDDP十VDS十DTICIFM十ACT-D十Hydrea十TAM

 VP-16十DTIC十ACNU十PEP

   CDDP十VDS十DTIC

      IFN-β局住

      PEP肝動注

21

生存

死亡

生存

生存

生存

死亡

死亡

NM : nodular me】anoma,SSM : superficialspreading melanoma, ALM : acral lentiginous melanoma, CDDP : cisplatin,VDS:

vindesine, DTIC : dacarbazine, PEP : peplomycin, TAM : tamoxifen, IFM : ifosfamide, ACT・D: actinomycin・D, VP-16:

etoposide, ACNU : nimustine

110

1

aiqeiA 10 jsqiijコZ

10s

          Cultureperiod(days)

図1 固層化CD3抗体によって刺激した,症例lの末

 梢血リンパ球の増殖曲線

卜血清10%, rIL-2 (S6820,塩野義製薬株式会社)700

JRU/ml,カナマイシソ60μg/ml,インシュリン0.2U/

mlを含むRPMI-1640培地からなる.培養初期には,

PBSで5μg/mlの濃度となるように調整したCD3抗

体(ヤソセソ協和株式会社)で底面を固層化処理した

フラスコを用いた.大量培養にはgas permeable cul-

ture bag (Dupont)を使用し,無血清培地AIM-V

(GIBCO)にrIL-2175JRU/ml及びヒト血清1%を加

えて用いた.

 図1に,固層化CD3抗体により刺激した症例1の末

梢血リンパ球の増殖曲線を示す.患者の末梢血より分

離したリンパ球をCD3固層化処理フラスコで,適宜培

養液を追加しながら5日間培養し,次に通常のプラス

コで3日間培養した後,無血清培地AIM-Vを加え,1

Zとし, gas permeable culture bag に移して細胞の増

殖に従ってsplitした.培養開始後2週間で細胞数は約

5,000倍に増加した.

 (2)腫瘍浸潤リンパ球を用いる場合

 外科的に切除した癌組織を細切し,遊出したTILを

分離後, CD3抗体で固層化処理した96ウェル培養用プ

レートを用いて培養を開始した.約1週間後には,こ

れを無処置の24ウェル培養用プレートに移し,次いで

通常のフラスコで培養を続けた.計2週間の培養で得

られたCD3-AT-TILは培養上清とともに凍結保存し

ておき,投与スケジュールに応じて一部を解凍して用

いた,解凍後の生細胞の回収率は50~80%であり, CM

と,凍結しておいた培養上清の混合液を用いて培養を

再開し,3~4日後には固層イヒCD3抗体により再度刺

激するためフラスコを交換した.以後,大量培養の方

法は末梢血リンパ球を用いる場合と同様に行った.

    In vitroでCD3-AT・TILのcytoiytic

         phenomenon

 症例5の転移性悪性黒色腫切除標本より分離,培養

して得たCD3-AT-TILと腫瘍細胞とを混合培養し

た.図2aは混合培養直後,図2bは1日培養後の状態

を示すバ

に腫瘍細胞に付着しており,腫瘍細胞の変性した像が

観察された.

     治療計画

 ①化学療法

 症例1から症例4までは主にcisplatinやdacar-

bazineを含む全身化学療法を併用した.症例6では多

発性肝転移に対する動注療法を併用した.

悪性黒色腫に対する養子免疫療法

図2 aは混合培養直後,bは1日培養後の状態.T:腫瘍細胞,L :CD3-AT-TIL.

 ②CD3-AT療法

 CD3-ATは1コース中2回投与を原則とし,投与時

には同時にrIL-2 0.9×105JRU/m2を点滴静注した.1

回目投与の3日前にcydophoSphamide(CPA)300

mg/m2を静注,1回目と2回目のCD3-AT投与の間

隔は2日程度とし,その間及び2回目終了後3日間は

351

rIL-2 2.0×105JRU/m2を連日点滴静注した(表2).

 症例1から症例4については,①終了後数日から10

日後に,②を施行,①と②を組み合わせたもの全体を

1コースとし,これを4~6週毎に繰り返した.

 症例5は,連日, natural interferon-β(IFN-β)の

局所投与を行い,4週毎に②を併用した.

352

表2 CD3-AT療法投与スケジュ ノレ

山崎 直也ほか

Day 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

CPA (mg/m2)

CD3-AT (No. of cells)

rIL-2 (105 JRU/m2)

300

1.8×

1O'≫

0.9 2.0 2.0

1.8×

 10"

 0.9 2.0 2.0 2.0

 症例6では,原則としてpeplomycin 5mg/日を毎週

2回肝動注し,4週毎に②を併用した.

 症例7は②の単独治療を行った.

 1回あたりのCD3-ATの投与量は8.4×107~5.1×

10回固,平均1.8×1010個であった.

           結  果

 治療効果判定は石原ら8)の「皮膚悪性腫瘍における

固形がん薬物療法効果判定基準」に従って行った.図3 症例1,原発巣の臨床像.

図4 生検した左鼠径リンパ節の組織像(H.E.染色,中拡大像).

Complete response (CR) 1例, partial response (PR)

1例, minor response(MR) 1例, progressive disease

(PD)4例であり,奏効率28.6%であった.

       代表的な症例の治療経過

 症例1

 症例は58歳の男性で, 1984年夏頃,左腎部の小指頭

大の黒色腫瘤に気付いた.腫瘤は徐々に増大したため

(図3), 1985年になって某病院で切除を受けたが,

malignant melanoma との病理診断で当科を紹介さ

れ,入院した.同年3月5日愕部の広範再切除を施行,

術後dacarbazineを中心とするadjuvant chemother-

apyを2コース行ったが,その後通院せず,1988年7月

悪性黒色腫に対する善子免疫療法

 leeML/iML/sI

R自PID

:40S-"し自TEP

図5 治療前のCTスキャソ.aは大動脈傍リンパ節,bは外腸骨リンパ節.(矢印は

 腫脹したリンパ節).

353

354 山峙 直也ほか

図6a, b CD3-AT-PBL 1コース終了後のCTスキャソ.矢印で示すようにりソパ節

 は縮小し,PRと判定した.

ML  一工斤?でSニ≒

ピ17,卜び……Ill’I

悪性黒色腫に対する養子免疫療法

☆ WTj言s……j==:lj==1;スプジヽ~ヽ-、。4.、、_____。、。__-。。~・・---'‘ザ

 ‥  ~  ‥‥r‥   j 5r ・・

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上OOトし/?. Ol'lしEJO'-Ei" ST自PT

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図 ,/寸○

      IS/HP目○ンjrT-g0os

図7a、b CD3-AT-PBL 9コース終了後のCTスキャソ.リンパ節の縮小率は95%に

 達した(矢印はリンパ節九

355

356 山崎 直也ほか

図8 症例5,CD3-AT-PBL投与前の左大腿の皮膚

 及び皮下転移臨床像

図10 症例5, CD3-AT-PBL投与前の皮膚及び皮下

 転移の分布.

図9 症例5,CD3-AT-PBL投与前の皮下転移巣の

 組織像(H.E.染色,中拡大像).真皮内に腫瘍細胞

 巣が認められる.

図11 症例5, CD3-AT-PBL 4 コース終了後の左大

 腿の臨床像.

悪性黒色腫に対する養子免疫療法

上旬,再度当科を受診した八 この時には,左大腿前

面に直径約1.8cmの皮下腫瘤と,手拳大に腫脹した左

鼠径リンパ節が認められた.同時期の腹部及び骨盤

CTスキャンでは, multipleにリソぷ節腫脹が見られ,

悪性黒色腫の転移と診断された.根治手術は不能と判

定し,一部を剔出し病理組織学的検索を行ったところ,

図4に示すようにメラニソ穎粒を持つ異型細胞の

nestが観察された.以上の所見を検討し,化学療法及

びCD3-AT-PBLによる治療を計画した.治療前の

1988年9月9日のCTスキャソでは,外腸骨リンパ節

から大動脈傍リンパ節にmultiple metastasesと思わ

れるリンパ節腫脹が認められた(図5a, b)が,1コー

ス終了4週間後の同年n月30日撮影のCTスキャンで

はいずれのリンパ節も2方向の最大径で50%以上の縮

小を示し,PRと判定した(図6a, b).その後も前述

のようなスケジュールで治療を継続したところ,リン

パ節はさらに縮小し,9コースを終了, 1989年12月18

日のCTスキャソでは縮小率は95%に達した(図7a,

b九

 症例5

 51歳,女性. 1988年に某大学病院で左腫部の悪性黒

色腫の手術をうげたが, 1989年3月ごろより左下肢に

皮膚及び皮下転移が出現し,5月に当院を受診した.

この時には左下肢から腹部に多数の転移巣が認められ

た.化学療法による治療を試みたが,効果はみられず

(図8,図9,図10), CD3-AT-PBLによる治療を計画

し, IFN-βの局所投与との併用を行った. IFN-βは

1989年12月8日から連日100万~1,050万単位/日を計

17,200万単位腫瘍内に投与し, CD3-AT-PBL 4コース

終了後の1990年2月,すべての転移巣は消失し,また

新病変の出現も見られず,臨床的にCRと判定(図n),

さらに数力所を生検したところ,いずれの部位にも腫

瘍細胞の残存は認められず,組織学的にもCRと判定

した(図12).現在,治療を継続中である.

 症例6

 41歳,男性. 1987年5月,他院で前額部の黒色腫瘤

の単純切除を受けた.病理組織学的に悪性黒色腫と診

断され,当科を紹介された.当科にて,広範再切除を

行い,術後はDAV療法を行っていたが,9月には右頚

部リンパ節転移が出現した.この後,頻回の手術療法,

化学療法にもかかわらず,皮膚及び皮下転移,リンパ

節転移が多発し,1988年10月には肝転移が出現した(図

13).このため,同年11月8日,肝転移に対する治療を

目的として,体内埋め込み式動注ポート(Infuse-A-

357

図12 症例5, CD3-AT-PBL 4コース終了後の皮下

 腫瘤の組織像(H.E.染色,弱拡大像).腫瘍細胞は認

 められない.

Port R)を設置,カテーテルを肝動脈に固定し(図14),

11月10日より, peplomycin 5mg/ 日を1週間に2回ず

つ18回,計90mg肝動注した. CD3-ATは,当初, CD3-

AT-TILを1コース肝動注したが,その後は皮膚及び

皮下転移,リンパ節転移,肝転移に対する全身療法を

目的として,CD3-AT-PBLの4週毎の点滴静注に切

り換え,これを4コース行った.4コース終了後の1989

年4月5日のCTスキャソでは,肝転移巣の広範な壊

死像がみられた(図15).しかし,皮膚,皮下及びリン

パ節転移を含めた治療効果判定はPDであり,その後

肺炎を併発し,同年5月14日呼吸不全のため死亡した.

          考  察

 悪性黒色腫は非常に予後不良な疾患であり,進行期

のものに対する治療はいまだに確立されていない.

 Rosenbergら3)は1985年にLAK療法による25例の

転移性癌の治療成績を報告した.このうち6例は悪性

黒色腫であり,その治療成績はCR 1例, PR 3例であ

り,奏効率67%という優れたものであった.さらに彼

らは症例を重ね,1987年には106例の転移性癌について

の治療成績を報告した9)が,その結果はCR6例, PR

15例,奏効率は22%であり,悪性黒色腫に限って言え

358 山崎 直也jまか

図13 症例6, CD3-AT投与前の肝CTスキャン

図14 症例6,肝動注を行うため. 1988年11月8日に体内埋め込み式動注ポートを留

 置した.肝臓に多数の悪性黒色腫の転移巣が見られる.

悪性黒色腫に対する養子免疫療法

図15 症例6, 1989年4月5日の肝CTスキャソ.肝転移巣の広範な壊死が認められ

 る.

ば26例中CR2例;PRは4例で,奏効率は23%であっ

た.また,同じ頃いくっかの施設で追試が試みられた

結果, LAK細胞を得るためにleukocytapheresesを

繰り返して行わなければならず,このためにおこる

side effectをぱじめとして,実際に臨床応用をするに

あたって数々の問題点が明らかになってきた10)

 Rosenbergらは一方では,腫瘍周囲に局在する,よ

り腫瘍に特異的なリンパ球,すなわちTILを用いた動

物実験で,その有用性とtherapeutic potencyの高さ

を証明した几そして, 1988年には転移性悪性黒色腫20

例に対するTILの奏効率55%という成績を報告して

いる4).

 しかし,我々が最近経験した悪性黒色腫症例では,

いずれ乱皮膚転移巣,皮下転移巣は1cm未満の小さ

いものが多く,これらの周囲から,増殖させ得るに足

るだけのTILを得ることは困難であった.また,内臓

転移をおこした場合は,もはや手術適応とならないこ

とが多いため, TILを得ることのできる症例は限られ

ている.これに対し,少量の末梢血から短期間で大量

のリンパ球を繰り返し得られるCD3-AT-PBL療法は

非常に治療計画がたてやすく,臨床応用が容易である.

359

TILのphenotypesは,報告によってやや異なるが,

CD3陽性細胞が約90%を占め, CD4陽性細胞が20%前

後, CD8陽性細胞が70%前後という構成になってい

る12)13)悪性黒色腫7例をはじめ,腎癌,大腸癌症例な

ども合わせて,我々の調べたCD3-AT-PBL 22例と

CD3-AT-TIL 35例のphenotypesの平均値は図16のと

おりである.いずれも90%以上がTリンパ球であり,

CD4陽性細胞, CD8陽性細胞の割合も類似している.さ

らに白岩ら14)が報告しているように,固層化CD3抗体

で刺激することによってCD25陽性細胞, CD3/LeuDR

陽性細胞が急激に増加することが知られている.

 CD3-AT-PBLと同じように,末梢血を材料として

いるLAK細胞のphenotypesについては, CD3陽性細

胞65.3%, CD56陽性細胞19.4%, Leull陽性細胞7.8%

との報告がみられる15)が,今回我々が治療に用いた悪

性黒色腫7例のCD3-AT-PBLでは, CD3陽性細胞は

91.4%, CD56陽性細胞7.5%, Leull陽性細胞3.2%で

あり,治療効果をnatural killer細胞に依存するLAK

療法とは異なっていることがわかる.

 また,これら悪性黒色腫7例中,症例1を除く6例

については, CD3-AT-PBLのphenotypesは, CD4陽

360

      CD3+

CD3十,LeuDR十

 CD4十

 CD8十

CD16十

CD25十

         0   20  40  60  80

図16 CD3-AT-PBL 22例とCD3-AT-TIL

  phenotypes

山崎 直也ほか

 100 %

35例の

性細胞が6.6%から38.4%,平均18.0%, CD8陽性細胞

は44.4%から81.0%,平均67.3%であったが,症例1

のみCD4陽性細胞が49.2%, CD8陽性細胞が33.5%

で,他の症例とは異なり,培養したTリンパ球亜群の

構成比率が逆転していた.

 養子免疫療法での抗腫瘍効果は一般にはCD8陽性

細胞のcytotoxityによるものと考えられているが,

CD4陽性細胞が有効であるとの動物実験も報告されて

おり16)また, Rosenbergら4)の報告したTILの有効

例11例のうち, CD8陽性細胞優位のものは4例で,残り

の7例はCD4陽性細胞優位であったことから乱CD4

陽性細胞の間接効果についても検討が必要であると思

われる.

 我々は, pilot study としてCD3-ATを主に化学療法

と組み合わせて治療をすすめてきた.CD3-AT療法で

は,担癌患者の体内のsuppressor T Cenを抑えるた

                          文

 1) Taniguchi T, Matsui H, Fujita T,et al : Struc-

   ture and expression of a cloned cDNA for

   human interleukin-2, Nature,302 : 305-309,

   1983.

 2)谷口維紹:イソターロイキソ2(IL-2)をめぐっ

   て,免疫薬,2 : 32-37, 1984.

 3) Rosenberg SA, Lotze MT, Muul LM, et al:

   Observations on the systemic administration of

   autologous lymphokine-activated killer cells

   and recombinant interleukin-2 to patients with

   metastatic cancet, N Enel] Med, 313 :

   1485-1492, 1985.

 4) Rosenberg SA, Packard BS, Aebersold PM, et

   a1 : Use of tumor-infiltrating lymphocytes and

   interleukin-2 in the immunotherapy of patients

   with metastatic melanoma, N Enが/ Med.

め,まず投与の3日前にcyclophosphamideを静注,

またCD3-ATの活性を維持する目的で, rIL-2を連日

点滴静注する.このため, rIL-2によると思われる発熱

がおこることがあるが,それ以外には副作用はほとん

ど認められていない.むしろ,併用している化学療法

による副作用を抑えることのほうが重要である.

 こういった点から乱症例5でみられたように,

stage IVの悪性黒色腫に対し, IFN-β十CD3-ATとい

う免疫療法のみでCRが得られたことは大変大きな意

味を持つと思われる.

 また症例6においては,当初,CD3-ATとpeplo-

mycinとの併用肝勤注療法を行った.養子免疫療法に

おける培養エフェクター細胞の静注後の生体内動態に

ついては,肝への集積が報告されており17)18)症例6の

転移巣の拡がりからは肝に対する局所療法を続けるよ

りも,CD3-ATは点滴静注とし,しかもこれが投与後

は肝に集積すればより効果的であると考え,投与法を

変更した.そして,前述したようにCTスキャソ上肝

転移巣の広範な壊死という効果が得られた.

 しかしながら,現在のところCD3-AT単独療法での

効果は明らかではない. Stage IV の悪性黒色腫に対す

る治療の難しさを考えれば,集学的治療の一部分とし

てその治療効果を考えなければならないというのはや

むを得ないことかもしれない.また最近では,菅ら19)も

immuno-chemo-lymphocytotherapyという類似の方

法によって良好な治療成績をあげている.

 今後は有効例について,厳重に経過を観察しながら

治療を続けていくと共に,CD3-AT単独での治療効果

を明らかにしていきたいと考えている.

   319 : 1676-1680, 1988.

 5)高山忠利,幕内雅敏,関根暉彬,北岡久三,山崎

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Adoptive Immunotherapy of MetastaticMelanoma with Immobilized Anti・CD3

            Antibody・ActivatedT Lymphocytes

Naoya Yamazaki", Hideya Sasaki", Kenichi Hayasaka'*, Kazuyuki Ishihara" and Teruaki Sekine2)

           "DepartmentofDermatology,NationalCancer Center Hospital

           2IRILaboratory,NationalCancer Center ResearchInstitute

        (ReceivedFebruary22,1991;acceptedforpublicationSeptember 27,1991)

  Treatment for metastatic malignant melanoma has not yet been established. We cultured patient's tumor-

infiltratinglymphocytes or peripheral blood lymphocytes massively for a short time in the presence ofrecombinant

interleukin 2 and immobilized anti-CD3 antibody. We called the acquired lymphocytes "immobilized anti-CD3

antibody-activated T lymphocytes (CD3-AT)”and studied their clinicalefficasy as part of multidisciplinaly

treatment. We administered CD3-AT t0 7 patients in the treatment of progressive malignant melanoma. In

principle CD3-AT was given to them in combination with chemotherapy or biologicalresponse modifiers. The

results showed one complete response (CR), one partialreponse (PR), one minor response (MR) and four progressive

disease (PD) cases. No side effectsof CD3-AT have yet been observed. The CR patient has survived forgmonths

and the PR patient for21months.

  apn JDermatol 102: 349~361,1992)

Key words: malignant melanoma, adoptive immunotherapy, immobilized anti-CD3 antibody・activated T

       lymphocytes