初年次教育に関する調査・検討報告書 - saga-u.ac.jp · 2010. 3. 26. ·...

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初年次教育に関する調査・検討報告書 平成22年3月 教養教育運営機構 初年次教育調査検討委員会 1. はじめに...........................................................................01 2. 佐賀大学における初年次教育の現状と課題 ....................03 3. 初年次教育の動向.............................................................13 4. 学士課程教育における初年次教育の課題 ........................23 5. 高大接続の課題 ................................................................26 6. まとめ...............................................................................47

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  • 初年次教育に関する調査・検討報告書

    平成22年3月

    教養教育運営機構 初年次教育調査検討委員会 1. はじめに...........................................................................01 2. 佐賀大学における初年次教育の現状と課題 ....................033. 初年次教育の動向.............................................................13 4. 学士課程教育における初年次教育の課題 ........................235. 高大接続の課題 ................................................................266. まとめ...............................................................................47

  • 1. はじめに 1.1 経緯 平成21年8月18日開催の学士課程検討委員会(田代委員長)において、将来の佐賀

    大学の学士課程における初年次教育のあり方に関する調査及び検討を教養教育運営機構に

    依頼することになった。そこで、教養教育運営機構企画委員会の議に基づき、機構長の下

    に臨時に初年次教育調査検討委員会(遠藤委員長)を設置することにした。(平成21年1

    0月28日の教養教育運営機構協議会で報告済み。)また、機構長から、各学部長に委員の

    推薦を依頼し、以下の委員を委嘱した。 遠藤 隆(機構長) 渡 孝則(副機構長) 上田敏久(副機構長) 村山詩帆(副機構長) 大石祐司(高等教育開発センター) 永島広紀(文化教育学部)

    都築治彦(経済学部)

    小田康友(医学部)

    米山博志(理工学部)

    和田康彦(農学部)

    西郡 大(アドミッションセンター)

    1.2 活動方針 平成21年11月10日に第1回の委員会を開催し、以下の活動方針を定めた。

    活動項目 (1)大学入門科目等の初年次教育の実施状況等に関する調査 (2)大学入門科目の改善に関する調査及び検討 (3)今後の佐賀大学の学士課程において目指すべき初年次教育の内容と実施方法 (4)その他初年次教育に関すること 調査検討結果は、報告書としてまとめ、学士課程検討委員会に提出することとした。

    本委員会としては、佐賀大学の学士課程教育の構築に資する調査及び検討を行うことを

    1

  • 任務とするものであって、本委員会で初年次教育の方針を決定するものではないことを確

    認した。 委員会としては、まず、各学部の大学入門科目の実施状況について調査すること、初年

    次教育の目的等について学部の意向を調査すること、国内外の初年次教育の動向について

    高等教育開発センターに調査を依頼することを決めた。 1.3 報告書 上記の調査結果に基づき、本報告書を取りまとめ、学士課程検討委員会に提出すること

    になった。なお、委員の一部の任期が平成22年3月で終わるため、平成22年度以降の

    活動については、全学教育機構に関する学内の議論の状況を見ながら、考えることにした。

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  • 2.佐賀大学における初年次教育の現状と課題

    2.1 現状

    佐賀大学の初年次教育は、教養教育運営機構が提供している大学入門科目・情報処理科目・リ

    メディアル教育を柱として実施されている。また、リメディアル教育と同様の補習科目が開講さ

    れて 学部もある。

    初年次教育の中心をなす大学入門科目は、1年次に開講されている全学生の必修科目(2単位ま

    たは4単位)である。教養教育科目に分類されているが、担当は各学部の教員であり、各学部・

    学科・課程・選修の責任によって講義されているために、実施内容は全学的に統一されている訳

    ではない。この科目は、1994年(平成6年)に始まったフレッシュマンセミナーの後継科目とし

    て、2004年から開講されているものである。フレッシュマンセミナーについては、少し古い資料

    ではあるが、フレッシュマンセミナー改善委員会調査報告書(2002年3月発行)に詳しい。この

    中でフレッシュマンセミナーについて次のような記述がある。

    「個々の大学生を大学生活になじませ、批判的精神に立った大学生らしい思考様式を体得さ

    せるための授業である。内容としては、学問の基礎としての読み書きの方法を学ばせるも

    の、専門分野の全体像を把握させるものなど、さまざまな形がありえよう。」

    現在でもこの理解が生きているのか、明らかではない。そこで今回、現在開講されている大学

    入門科目について、幾つかの観点からアンケートを実施し、現状を探った。結果を簡単にまとめ

    ると、次のようになる。

    【教育目的と教育目標】全体的には、高校から大学への転換教育や大学への導入教育の場と捉

    えられているようである。

    【担当教員の選定方法】輪番制、オムニバス制、テーマに応じて依頼・選定、課程全員で担当

    などである。

    【クラス編成方法と人数】学科を適当な数に分割してクラスを編成するという方式が多い(一

    クラス数十人規模)が、1学科が一クラスという例もある(〜百名規模)。文化教育学部の

    課程・選修では、それで1クラス(数人~数十人規模)という編成である。

    【教育内容】大学生活へのガイダンス(学生・教育委員によるガイダンス)、大学への導入教

    育(レポート作成、プレゼンテーションなど)、独自の導入教育(模型作成など)、各種ガ

    イダンス(図書館利用法、環境関連)、キャリア教育、研究室訪問などが行われている。

    【教育方法】講義形式やゼミ形式などである。演習・プレゼンテーション・ディベートなど、

    3

  • 学生が積極的に参加する形式を取っているところが多い。

    【授業評価の方法と結果】他の講義と同じように、授業評価アンケートを用いているところが

    多い。医学部は学部独自アンケートを用いている。レポートに書かれている感想・意見を

    用いているところもある。

    【改善の方針】共通の方針を明確に定めている学部・学科・課程・選修はないが、アンケート

    や意見交換で問題点を抽出しその解決を図る、という方向性は共通のようである。また、

    特に問題が指摘されなかった場合は方向性を維持する、という回答もあった。

    情報処理科目も各学部の教員が担当する科目であるが、目的がはっきりした分野であり、実施

    方法・内容については大学入門科目ほどの広がりはないと思われる。シラバスによると、技術的

    な内容が多く、情報リテラシーを扱う講義はほとんどないようである。

    初年次教育のもう一つの柱として、リメディアル教育がある。この科目は、教養教育運営機構

    の主題科目として英語・物理・数学・化学が開講されている。いくつかの科目は、LMS(Learning

    Management System)を通じて提供されており、学習の利便性・効率性を図っている。また、学

    部が提供する補習教育も行われているが、開講数は少ない(平成20年度教員報告様式)。

    2009年の「大学における初年次教育に関する調査」(国立教育政策研究所)によると、初年次

    教育としての実施率が高い内容は、種々のガイダンスやオリエンテーション、情報リテラシー、

    スタディスキル、専門教育への導入、キャリアデザイン、スチューデントスキルなどである。ほ

    とんどの項目は佐賀大学の大学入門科目に組み込まれている。このことより、佐賀大学の初年次

    教育への取り組みは平均的であると判断される。

    2.2 課題

    佐賀大学の初年次教育は一般的なものであると考えられる。しかし、以下に述べるように、そ

    の柱となる大学入門科目にはいまだ検討課題が多い。そのことは、初年次教育自体の効果にも影

    響があると想像される。

    現状の項目で既に述べたように、大学入門科目はフレッシュマンセミナーの後継科目である。

    フレッシュマンセミナーの場合は、「転換教育」と捉えている学部が多かったが、「専門への導入

    教育」と捉えている学部もあった。今回のアンケートの結果から、教育目的・教育目標を「転換

    教育」として捉らえている学部・学科・課程・選修は多いことは明らかとなった。しかし、シラ

    バスの記載内容から判断すると、転換教育の解釈には幅があるようであり、講義の具体的内容は

    様々であった。さらに、クラス規模のバラつきは多かった。今回は具体的なところまで踏み込ん

    だ調査は行っておらず詳細は不明であるが、「転換教育」をどのように理解するかによって、内

    容や方法などに違いが生まれると思われる。実施責任が各学部等に委ねられているため、この違

    4

  • いは当然とも言えるが、大学または学部で大学入門科目の位置づけを再定義し、それに沿ってあ

    る程度共通の内容・方法を検討する必要もある、と考えられる。

    また、大学入門科目の評価として、授業評価アンケートが利用されているが、その結果がうま

    くフィードバックされ授業改善に結びついているかは、疑問である。既に述べたように、大学入

    門科目の教育目的と教育目標は全学的には曖昧であり、担当教員が手探りで講義をやっている感

    は否めない。アンケート結果からわかるように、大学入門科目を輪番制で担当する学部が多いが、

    このシステムは授業改善と授業の継続性という点から問題を抱えていると言わざるを得ない。こ

    の点を改善するためには、全教員が、大学入門科目の教育目的と教育目標に共通認識を持ち、改

    善に努めることが必要であろう。

    別の観点からの問題として、初年次教育全体を考えた場合、担当が細かく別れているという点

    が挙げられる。大学入門科目は学部教員、その中で実施される学生生活や講義に関連するガイダ

    ンスやオリエンテーションはそれぞれ学生委員と教育委員、同じくキャリア教育はキャリアセン

    ター、という具合である。また、学生生活全般の対応窓口はチューターである。さらに、情報処

    理科目やリメディアル教育など個別の授業については個々の教員がオフィスアワーなどを利用

    して対応する。現時点ではチューター制度とオフィスアワー制度を併用して学生の生活と教育に

    対応するというシステムとなっているが、平成20年度教員報告様式からは両制度の効果ははっき

    りとは認められない。初年次教育の実効性を上げ

    るために、何らかの形で対応をまとめる方策が必

    要であろう。

    さらに、今後検討するべき課題として、情報リ

    テラシーと自校教育がある。前者は、現代の社会

    生活を送る上で必須のものとなりつつあるが、佐

    賀大学ではまだ全学的な取り組みが行われてい

    るとは言えない。後者は、既出の資料「大学にお

    ける初年次教育に関する調査」や新聞記事(西日

    本新聞社説、平成22年2月22日付け)にも述べら

    れているように、大学生(佐賀大学生)としての

    自覚を養うために重要であろう。

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  • 2.3 各学部の現状と課題

    2.3.1 文化教育学部

    1.現 状

    本学部は学科制に依らない学校教育/国際文化/人間環境/美術・工芸の4課程から構

    成され、また旧教育学部・小学校教員養成課程の流れを汲む「学校教育課程」においては

    7選修(教育学/教育心理学/教科教育/障害児教育/数学/理科/音楽)、旧教育学部の

    中学校教員養成課程および総合文化課程(いわゆる「ゼロ免コース」)を引き継ぐ「国際文

    化課程」は2選修(日本・アジア文化/欧米文化)、同じく「人間環境課程」は2選修4分

    野(健康福祉/スポーツ//地域生活文化/環境・技術)、旧教育学部の特別教科(美術・工

    芸)教員養成課程を基礎とする「美術・工芸課程」は1選修からなる学士教育課程を有し

    ている。

    なお、学士の学位としては学士(学校教育)・同(国際文化)・同(健康福祉・スポーツ)・

    同(生活・技術・環境)・同(美術・工芸)の5学位を出していることからも、極めて教育

    課程が細分化・狭隘化している学部である。

    このため、初年次教育も各課程・選修ごとに縦割りされ、かつ均一性を欠いた構成・人

    員・規模で行わざるを得ない。また旧教育学部を母体とする課程・選修の中で、「数学」の

    みは選修を跨いで初年次教育を実施するなど、専門性の理由からにせよ、傍目には分かり

    づらい複雑な体制をとっている。よって初年次教育においても、少人数の新入生を対象に

    する細やかな指導が可能である反面、それぞれの専門領域にはまり込み、必ずしも初年次

    教育の理念・趣旨に沿っていないケースが散見される。こうした状況はひとえにかつての

    教養部廃止と教育学部改組に由来するものであり、次期の中期計画実施を見据えて、目下、

    学部内でも新たな学士課程の構築が継続的に議論されているところである。

    なお、国際文化課程や人間環境課程の教育を担当する教員には、旧教養部の外国語なら

    びに体育の講義担当者が多く配置換えされており、大学入門科目以外の外国語科目・体育

    実技などの全学的な初年次向け科目の担当を行っている。

    2.課 題

    こうした状況を踏まえ、本学部における初年次教育のあり方は、まずもって教員養成課

    程(いわゆる「計画養成」)を本学として存続させるか否かによってその帰趨は大きく変わ

    っていかざるを得ない。つまり、リベラルアーツ型の教養教育を実施する一般学部に転換、

    あるいは実技・実験系と教員養成系を一纏めにした上で学部を再編・分割するなど、大幅

    な学部改組をもってのみ、初年次教育における抜本的な改革も可能となろう。

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  • 2.3.2 医学部

    医学科

    医学科における初年次教育は、医学部に入学した医学生に将来像やそこに求められる能力を提示す

    ることによって、学習への方向付け・動機づけを主目的として行われてきた。医学部は、将来医師に

    なる、あるいは医療系の研究者になるという目的がはっきりしており、比較的学力の高い学生が集う

    ため、基礎的知識や基本的学習能力、学習の習慣への懸念に基づいた介入はあまり積極的には行われ

    てこなかった。問題となっていたのは、入学後に設定されている教養科目や基礎医学科目の重要性が

    理解できないために、学習意欲が失われ、不十分な学習のままに臨床医学や臨床実習を迎えても、実

    力が頭打ちになるという傾向であった。そのため医学科の初年次教育に相当する内容を担当してきた

    大学入門科目、「医療入門」は、医療現場の早期体験学習を軸とした体験型のプログラムや、コミュ

    ニケーショントレーニング、事例に基づいた討論、KJ 法を用いた問題の抽出と解決などの、多彩な内

    容を積極的に行ってきた。「医療入門」は 1~3年次に設定される継続的なプログラムで、計 180 時間

    をもって実施している。その学習目標は以下のとおりである。

    「医学各分野における個別カリキュラム履修に先立って、医師には、患者との良好なコミュニケー

    ションを保ち、患者の心を理解しようと努める豊かな人間性と寛容の精神、社会事象一般に対する幅

    広い関心と周囲に配慮する優しさ、時には職業人としての倫理性と責任感に基づいて困難な決断を患

    者と共有する厳しさが求められていることを自覚するとともに、少子高齢化を特徴とする現代日本社

    会における医療の実際を理解し、医療の技術的進歩と社会の急速な変貌が人々の心にもたらした多く

    の問題に関心を持ち続ける態度を身につける。」

    医学部が作成している学生による授業評価アンケートに基づく授業科目点検・評価報告書によれば、

    「医療入門」は、学生の総合的満足度は平均 4.2 点(5 点満点)と、高い。内容や方法は毎年改善、

    改良を加えており、講義、実習ともに充実してきている。今後は実体験からの学びをより効果的に学

    習への動機づけ、教養、専門の学びの全体像を描かせるかが課題である。

    その一方、近年では新たな問題も明らかになってきている。それを列挙すれば、医学生の基礎学力

    の低下や目的意識の希薄化、社会性の未発達など社会一般で指摘される点に集約されるだろうが、そ

    の一方で、医学生が卒業までに求められる実力がこの 10 年でも急速に高度化してきたということも

    見落とせない。日進月歩の医療界、そして医療に対する社会的要請の複雑化・多様化を受けて、卒業

    までに修得しなければならない内容は膨大化かつ高度化しており、それに伴い教育課程も急速に変化

    している。このような現状から、学業不振となったり、心を病む学生が出ているのも現実であり、今

    後はこのような側面に焦点を当てた初年次教育の設定が必要と思われる。

    看護学科

    看護学科の大学入門科目「看護学入門」は、看護学科のカリキュラムの中では看護師保健師助産師

    法(以下、保助看法)指定規則に規定されている看護師国家試験受験資格取得に必要な専門教育とし

    ての位置づけがある。看護学科カリキュラムの専門科目は概ね保助看法指定規則に定められた内容に

    準じた授業科目であり、内容的にも授業科目間の関連を考えてカリキュラムが構成されている。この

    7

  • 「看護学入門」と密接に関連している授業科目は、1年前期の同時期に開講している「基礎看護実習

    Ⅰ(早期体験学習)」である。基礎看護実習Ⅰ(早期体験学習)は、5月に実施しており、学生1人

    が2か所の学外施設(重症心身障害児、老人保健施設)と医学部附属病院のなかの一つの病棟で、合

    計3か所3日間、現場の看護師について指導してもらい、看護学生として患者に触れる最初の実習で

    ある。「看護学入門」と「基礎看護実習Ⅰ(早期体験学習)」は、内容的にも時期的にも連動するよう

    に組み立てているため、学生の授業評価では時折、両授業科目を混同して評価する者がいる。

    上記のようなカリキュラム構成の特徴があるため、「看護学入門」のみを大学入門科目として評価

    することは難しいところではあるが、以下に「看護学入門」の現状と課題について述べる。

    ここ数年の新入生の傾向として学習態度や文章の読解力に著しい個人差が見られる様になり、全体

    的に学力が下がってきている。すなわち、学生の授業に対する反応(出席カードに記載させている感

    想・意見)や医学部で実施している「学生による授業評価アンケート」の結果から、“講義内容がわか

    らない”、“講義内容が多すぎる”、“一方的な講義でついていけない”などの意見が 2~3年前から多

    くみられ、授業で提示している資料や書物を読む力が低下していると考えられる。毎年、講義内容の

    振り返りと改善を重ねてきており、現在、学生に提示する資料や書物は 10 年前の約半分にしている

    状況である。また、2つの書物の読後感想・考察を通して互いの意見交換を行うスモールグループデ

    ィスカッションを 10 年程前から取り入れているが、現在の学生は自分の意見や他者の意見を通して

    根気よく考えることが出来なくなっている。この様な状況において、現在の授業では、グループワー

    ク時にはグループごとに担当教員および臨床経験を有するTAがつき、学生が能動的に課題に取り組

    めるように助言を与えている。そのことで、学生は円滑なディスカッションの進行と、十分な討議を

    行なえていることが授業評価アンケートにも反映されてきた。また、学生は復習や関連事項の自己学

    習についても十分行なうことができておらず、学生自身も授業評価アンケートで低い評価をしている。

    以上のように、学力低下と供に学習態度が十分に身についていない状況での初年次教育においては、

    学習の段取りや取り組み方を含め学生が主体的に学習できる支援を、自己学習についての意識付け、

    スモールディスカッションでの学生相互の意見交換や発表の仕方、ディスカッション時のファシリテ

    ーターの役割等で今後更に丁寧に進めていく必要がある。

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  •   第4回佐賀大学学士課程検討委員会で初年次教育についての検討が行われ、初年次教育とは「高校からの円滑な移行を図り、学士課程教育の基盤となるよう総合的につくられた教育プログラム」と位置づけられている [1]。理工学部では、大学入門科目に関する共通の教育目標として「高校から大学へ、学習方法の転換を助ける。読み書きの方法を学ぶ。専門分野の全体像を把握する。」が掲げられており [2]、その教育内容や方法は各学科に委ねられている。大学入門科目に限定した初年次教育の各学科の現状について、オンラインシラバスを参考にしながら、理工学部7学科の平成20年度の大学入門科目各担当教員に聞き取り調査を行った。その結果の概要を調査項目ごとにまとめたものが以下の通りである。

    1. 単位数、担当教員数、クラス数、クラスあたりの平均学生数大学入門科目を前期(「大学入門科目 I」(単位数2))と後期(「大学入門科目 II」(単位数2))に実施している物理科学科を除く6学科は、1年前期(単位数2)に実施している。担当する教員数は、2名の学科から全員が担当する学科まで学科によりばらつきがある。クラス編成は1クラスが基本であり、後述するようにいくつかの学科では、この中でグループ分けの編成をする時期を設けている。物理科学科の「大学入門科目 II」はグループ分けの形式で実施されている。

    2. 担当教員の選定方法テーマに応じて教員が選ばれている学科が多く、学科の教員以外にキャリアセンターや保健管理センターなど学科外の講師が担当している学科(機能物質化学科)もある。一方、物理科学科では、「大学入門科目 I」では2名の教員が担当しており、「大学入門科目 II」は全教員が担当している。

    3. クラス編成方法と人数講義形式とグループ分けの混合で編成している学科が多い(7学科中5学科)。講義の場合は学生全員を対象とし、グループ分けの場合は、各グループの人数は3~6名程度である。残りの2学科は1クラスの編成で、その人数は100名程度である。

    4. 教育目的と教育目標各学科の教育目的および教育目標について、「履修指導」、「学習方法」、「情報教育」などの分類により尋ねた(複数選択可)。その結果、「学習方法」についてはすべての学科の教育目的、教育目標として掲げられている。「キャリア教育」については、7学科中6学科で実施されている。「環境教育」を挙げているのは3学科である。これら以外に、大学生活のルールを身につけることを目標とする学科(知能情報システム学科)や、「学習の動機付け」、「問題解決のための情報収集、創意工夫の演習」を目標にしている学科(機械システム工学科)、留学生向けに日本語教育を目標の中に含んでいる学科(都市工学科)などがある。

    5. 教育内容前項目の教育目標「学習方法」と関連して、図書館利用法、ネットワーク利用法、キャリア教育に関する内容が実施されている。留学生向けに「国家・文化・伝統」について教育を行っている学科もある。数理科学科では、数学の基礎の演習を行っている。

    6. 教育方法講義形式とグループ分けの下で課題を遂行する形式を併用している学科が多い。講義形式

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    endoタイプライターテキスト2.3.3 理工学部

    endoタイプライターテキスト

  • によるものは、各学科に共通の内容のものが多く、一方、グループ分けの方は学科の独自性が現れている。後者における課題としては、数学基礎の演習、物理学の諸テーマに関する調査・議論・発表、作文作成と学生同士による添削、自由研究の遂行と発表、などが行われている。中でも、機械システム工学科で実施されている、つまようじを用いた作品(つまようじブリッジ)の製作・発表・コンテストはユニークである。

    7. 授業評価の方法と結果多くの学科が共通アンケートを用いた学生による授業評価を実施している。教育内容ごとに評価を実施している学科もあり、また物理科学科の少人数ゼミでは独自アンケートを実施しているグループが多い。共通アンケートを用いた学生による授業評価の結果はほぼ学部平均である。前述したユニークな方法をとっている学科での評価は概して学部平均以上である。物理科学科の少人数ゼミの方は概して評価が高いが、その一方で、不満な点や改善点が具体的に示されている。教育内容ごとに評価を実施している学科(機能物質化学科)では、大学生活に関する内容に対する評価が高く、キャリア教育については、学生の実感が伴っていないという結果が得られている。

    前述した佐賀大学学士課程検討委員会では、初年次教育の教育事項として、(a)大学への適応、(b)佐賀大学への適応、(c)専門教育への導入、(d)スタデイスキル、(e)キャリアデザイン、を定めている [1]。理工学部での状況を見てみると、(a)大学への適応、(d)スタデイスキル、(e)キャリアデザインなどが各学科でほぼ共通に行われており、その実施方法については、学科の特徴に関連した様々の工夫がなされている様子が見られる。例えば、(d)スタデイスキルに関して、機能物質化学科では、キャリアセンターや保健管理センターなど学科外の講師が担当しており、都市工学科では、作文を実施するだけでなくその結果を学生同士で添削している。学科の独自性がより顕著に現れているのが (c)専門教育への導入である。例えば、機械システム工学科での「つまようじブリッジの製作・発表・コンテスト」、数理科学科での「数学の基礎の演習」、物理科学科での「少人数ゼミ」などで、これらは、専門教育への導入または学びへの導入として位置づけられる。佐賀大学アドミッションセンターが実施した2009年度の学部新入生を対象にしたアンケート [3]によると、入学したばかりの気持ちとして約21%の学生が学力面について不安を抱き、約14%の学生が生活面に関する不安を持っている。また、約22%の学生が対人面に関する不安を感じているという結果も出ている。特に理工学部を含む理工系学部では、学力面について不安を抱く数が平均より高い。また、履修方法の複雑さや資料の多さ、オリエンテーションにおける説明不足などに関する不満をいだいている面も見られる。新しい環境の下で不安を抱くというのは当然のことである。多少古いデータではあるが [4]、入門科目の前身であるフレッシュマンセミナーに関して、教員と学生を対象にして行われた調査に依ると、教員側の意図と学生側の印象には多少ずれがあり、大学生活へのガイダンス、教官とや学生同士の交流、合宿・実習・実験などの参加型の形態については概ね好意的に受け止められているが、専門の基礎などその他の点に関しては必ずしも満足感を持って受け入れられていないという結果がある。今回の調査では、この点に関する調査ができていないが、機能物質化学科での授業評価によると、大学生活に関する内容に対する評価が高いという結果が得られており、やはりこの面に関する学生の関心が高いことがうかがえる。今後、初年次教育を考えて行く上で、(a)大学への適応という事項はより重要視する必要があると思われる。キャリア教育に関しては、ほぼ全ての学科で実施されている。どのような内容が教育されているか調査できていないが、ある学科(機能物質化学科)での授業評価では、キャリア教育について学生の実感が伴っていないという結果が得られている。入学したばかりの学生にたいするキャリア教育の難しさを示していると思われる。来年度からはキャリア教育が義務化されることになっ

    10

  • ており、この機会に、初年次教育におけるキャリア教育のあり方を検討する必要があるだろう。今回の調査は、入門科目を担当している教員を対象に調査したが、必ずしも学科の意見が反映している訳ではない。全国の大学における初年次教育に関する調査 [5]によると、「初年次教育を通じて学生が習得するもの」としてその重要性が調査された24項目の中で、理工系学部が最も重要視している項目は情報リテラシー、論理的思考能力、問題発見・解決能力、自立した自己学習の基礎などである。一方、読解・文章作成、プレゼンテーション・ディスカッションなどは文系学部に比べて重要視する度合いが小さい。理工学部における意向調査によると必ずしもこの結果と一致しているわけではなく、また学科のばらつきもある。理工学部では、その教育内容や方法が各学科に委ねられている中でそれぞれの工夫がなされているが、今後、初年次教育を考えて行く上では、各学科の独自性も考慮しながらも、最小限必要な教育内容は何かということについて組織的に検討する必要があるであろう。また、今回調査を行って初めて、他学科でどのような教育が行われているかを知ることができた。他学科で行われていることの情報を共有化することも今後の初年次教育の充実には欠かせないと思われる。最後に、今回の調査は大学入門科目に限定した初年次教育の現状調査であったが、各学科で開講されている基礎科目は (c)専門教育への導入に該当するものもあると思われる。今後は、大学入門科目に限定しないより包括的な調査が必要である。また、今回の聞き取り調査では、調査者の認識不足もあって十分な調査が行われなかった部分もある。特に授業評価の結果については初年次教育の内容、方法ごとにその評価結果がわかるような調査が必要であったと思う。

    参考文献

    [1] 「初年次教育について」第4回佐賀大学学士課程検討委員会 (2009)

    [2] 「理工学部で何を学ぶか」

    [3] 「2009年度入試広報等に関する新入生アンケートの分析結果」佐賀大学アドミッションセンター 西郡大 (2009)

    [4] 佐賀大学フレッシュマンセミナー改善委員会調査報告書 (2002)

    [5] 「大学における初年次教育に関する調査 基本集計」国立教育政策研究所 (2009)

    11

  • 理工学部におけるユニークな初年次教育

      

    1. 機械システム工学科で実施されている、つまようじを用いた作品(つまようじブリッジ)の製作・発表・コンテスト。少人数グループでの課題の設計制作を通した共同作業を行い、1泊2日の新入生合宿研修において、コンテストおよび制作プロセスについてのプレゼンテーションを実施し、表彰を行う。

    2. 都市工学科における留学生を対象とした「国家・文化・伝統」についての教育。

    12

  • 3.初年次教育の動向

    3.1 はじめに

    我が国では、大学入学者数が増加から減少傾向に変わる時期を 20 世紀末に迎えた。それにより、

    大学入試の緩和が進行するとともに、同時期に高等学校の学習指導要領の変更も加わり、大学に

    おける高等教育のユニバーサル化や学生の多様化が進行した。この様な状況変化に対応すべく、

    高等学校から大学への円滑な移行を目的とした総合的な教育プログラム「初年次教育」に関心が

    高まり、平成 19 年 3 月には初年次教育学会が発足し、同年 12 月には中央教育審議会答申「学士

    課程教育の構築に向けて」に初年次教育に関する記述が盛り込まれるに至っている。

    初年次教育に関する調査は、平成 13 年に私立大学を対象として私学高等教育研究所が実施した

    ものが、我が国初の全国的な実態調査であろう。その後、国立教育政策研究所が国公私立の全大

    学を対象に調査を行い、平成 21 年 3 月に集計データを報告書としてまとめた。

    本章では、初年次教育の意味や意義を述べた上で、国立教育政策研究所による集計データ、そ

    して関連するシンポジウム報告、ウエブサイト記事等を参考にしながら、日本の大学における初

    年次教育の現動向をまとめる。

    3.2 初年次教育とは

    初年次教育とは、「高校(と他大学)からの円滑な移行を図り、学習および人格的な成長に向け

    て大学での学問的・社会的な諸経験を“成功”させるべく、主に大学新入生を対象に総合的につ

    くられた教育プログラム」と定義される。ここでの“成功”とは、大学進学によって学生が目指

    している教育上の目標(大学卒業、あるいはそれに続く大学院進学)、また個人的な目標(就職な

    ど)に向けて順調に進んでいることを意味している。また、初年次教育と類似した表現として、

    「1年次教育」や「導入教育」がある。3年次編入生にとっても編入先大学での最初の年は多く

    の困難と不安を伴うので、新たな大学生活を始める「最初の年」という意味で「1年次教育」よ

    り「初年次教育」の方が適切である。さらに、大学設置基準の大綱化(1991 年)以降、教養部等

    の廃止により1年次から専門教育が行われるようになったため、1年次から専門へ導入する仕掛

    けが必要となり、「導入教育」という言葉が使用されるようになった。しかし、大学における専門

    教育への導入だけの問題として捉えるのではなく、断絶した教育段階間の接続問題として「高校

    生から大学生」にいかに変身させるかと捉えると、「導入教育」より「初年次教育」が適切である。

    なお、国際的には、「Freshman」と呼ぶ習慣は米国以外に少ないこと、また、女性差別を排除する

    13

  • ことから、「First-Year Experience, FYE」と呼ばれている。「Education」ではなく、「Experience」

    という言葉が用いられているのは、教室内の学問的経験だけでなく課外活動等を含めて包括的・

    総合的に大学への移行を円滑に促すことが想定されているためである。

    3.3 初年次教育の意義

    学校教育法では、高等学校教育は「中学校における教育の基礎の上に、心身の発達及び進路に

    応じて、高度な普通教育及び専門教育を施すことを目的とする(第 50 条)」と定められており、

    高等学校は知識を受け取り教育の価値を共有化する場と考えられる。一方、大学教育は「学術の

    中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的および応

    用力能力を展開させることを目的とする(第 83 条)」と定められていることから、大学は知識を

    自らが創造し自立した学習者となる場であろう。この様に、高校教育と大学教育の目標と方法の

    違いから、高校と大学の間には大きな溝がある。この溝を高校生に飛び越えさせる、さらに、①

    新入生は大学内外で新たな状況への適応が求められる、特に、家庭を離れて1人で生活を始める

    学生は、大学への適応だけでなく、大学内外で新たな状況への適応を求められる、②高等学校ま

    では時間割が用意されているが、大学では自ら学習計画を立てる必要がある等、学習の取組への

    適応が必要である、③大学教育のユニバーサル化によって、大学への「移行」、すなわち大学進学

    は自ら選択したのではなく、大学進学者には、事実上「強制」されて進学した「不本意就学者」

    が増加し、学生の学習動機が弱い、④大学入試の多様化により、大学で必要な科目を高等学校で

    履修していない学生が増加しているなど、カリキュラム上の不連続性が顕著になっている、⑤高

    校までに自律的な学習習慣が身に付いていない学生が増加した、という諸問題を解決する必要が

    ある。このため、今日の大学には、高等学校教育から大学教育への移行を円滑に促し、4年ある

    いは6年間の大学教育を通じて、個々の学生が夢と希望を実現できるように、意図的・総合的に

    支援する取組が不可欠であり、初年次教育は、その学士課程教育の基盤として極めて重要と考え

    られている。

    3.4 初年次教育に関する調査

    平成 19 年 12 月に国立教育政策研究所が国公私立大学全学部を対象として実施した調査結果を

    以下にまとめる。調査回答率は、国立 75%、公立 71%、私立 70%であった。調査項目は、1)初

    年次教育の実施状況、2)リメディアル教育の実施状況、3)初年次教育を通じて学生が修得する

    14

  • ものの重要度、4)教育プログラムの成果として修得する能力や態度の重要度、5)初年次教育の

    教育成果・プログラムについての評価、以上 5 項目であった。先ずは 1)実施状況であるが、回

    答項目は以下の 8つに大別された。

    ①スタディ・スキル系(レポートの書き方、図書館利用法等)

    ②スチューデント・スキル系(時間管理や学習習慣、社会生活等)

    ③オリエンテーションやガイダンス(履修案内、大学での学び等)

    ④専門教育への導入(専門の基礎演習等)

    ⑤教養ゼミや総合演習など、学びへの導入を目的とするもの

    ⑥情報リテラシー(情報処理、コンピューター・リテラシー)

    ⑦自校教育(自大学の歴史と沿革、著名な卒業生の事業等)

    ⑧キャリアデザイン(進路選択への動機づけ、自己分析等)

    これらの中で、③オリエンテーションやガイダンス、④専門教育への導入、⑥情報リテラシー

    はほとんどの大学で、①スタディ・スキル系は多くの大学で実施されている一方、②スチューデ

    ント・スキル系、⑤学びへの導入、⑧キャリアデザインは実施率が低く、さらに、⑦自校教育を

    実施している大学は半分以下(公立大学が特に低い)であった。実施している場合は、⑦自校教

    育と⑧キャリアデザインを除いて、必修科目として実施されることが多い。実施率の低い領域で

    今後実施を予定しているものでは、⑧キャリアデザインをあげている大学が比較的多く、キャリ

    ア教育が重要視されていることがうかがえる。初年次教育に関する授業内容を必修としているこ

    とから、大学教育として必要であることは認められているものの、導入教育や学習方法の修得に

    とどまっているのが現状ではないか。また、多くの私立大学は建学精神が明確であるが、国立や

    公立大学では建学精神を持っていないのが通常であり自校教育を実施するのは容易ではないと思

    われるが、帰属意識の醸成には不可欠であろう。

    次に 2)リメディアル教育であるが、国立、公立、私立に関わらず、ほとんどの大学で実施し

    ていない。実施している大学では、入学前よりも 1 年次に理数科目を対象に行っている。リメデ

    ィアル教育は大学での正規課程教育とは見なされず、すなわち、単位認定はできないものである

    ことが、その実施率が低い理由と考えられる。また、正規課程と見なされないことから、初年次

    教育には本来含まれないであろう。

    また、3)初年次教育を通じて学生が修得するものは、回答項目は以下の 24 であった。

    ①情報処理や通信の基礎技術

    ②文章作成法

    ③自己学習の基礎

    ④図書館利用・文献検索の方法

    ⑤時間管理や学習習慣の確立

    ⑥論理的思考力や問題発見・解決能力

    ⑦口頭発表の技法

    ⑧学問や大学教育全般に対する動機づけ

    ⑨受講態度や礼儀・マナー

    15

  • ⑩教員とのコミュニケーション能力

    ⑪情報収集、資料整理やノートの取り方

    ⑫進路選択に対する動機づけ

    ⑬読解・文献購読の方法

    ⑭社会の構成員としての自覚・責任感・倫理観

    ⑮異なる価値観を認める寛容性

    ⑯友人関係の拡大と充実

    ⑰チームワークを通じての協調性

    ⑱学生の自信・自己肯定感

    ⑲社会的文化的多様性の理解

    ⑳国際性や世界観

    � リーダーシップ

    � 大学への帰属意識

    � 地域社会への理解と参加

    � フィールドワークや調査・実験の方法

    この中で、①〜⑨のような方法論に関しては �多くの大学で重要と考えられているが、⑲〜 は初

    年次教育として重要視されていなかった。この結果は、1)初年次教育の実施状況の結果と対応す

    る結果である。また、その傾向は、国立・公立・私立といった設置者によって変わることはない

    が、学部間では、④図書館利用・文献検索の方法、⑦口頭発表の技法、⑬読解・文献購読の方法、

    � 大学への帰属意識に差が現れ、専門領域による重要視する事項が異なることを示している。

    そして、4)初年次教育の成果として学生が修得する能力や態度であるが、回答項目は以下の

    22 があげられた。

    ①コミュニケーション能力

    ②読解力

    ③文章表現力

    ④分析や問題解決能力

    ⑤プレゼンテーション能力

    ⑥学問への関心

    ⑦人間関係を構築する能力

    ⑧責任感を持ち物事を遂行する力

    ⑨チームワークで活動する能力

    ⑩一般常識

    ⑪社会問題への関心

    ⑫外国語能力

    ⑬成人としての基本的態度(礼儀・マナー)

    ⑭他者への共感力

    ⑮グローバルな問題への関心

    ⑯批判的に考える能力

    ⑰地域の問題への関心

    ⑱リーダーシップの能力

    ⑲異文化理解力

    ⑳数理的能力

    � 大学への帰属意識

    � 課外活動への参加

    16

  • こ � �の中で特に重要とされたのは①〜⑤で、⑥〜⑳は重要、他方、 と は初年次教育としてあま

    り重要とは考えられていない。設置者別では、国立では⑳数理的能力が、私立では

    ⑬成人としての基本的態度(礼儀・マナー)が重要と考えられている。

    最後は、5)初年次教育の教育成果及びプログラムに関する評価の実施状況等である。教育成果

    やプログラムの評価は、国立・公立・私立といった設置者に関わらずあまり実施されていない。

    ただし、「実施を計画している」という回答を「実施している」に含めるならば、実施大学は過半

    数となる。従って、初年次教育を最近始めた大学が多く、体制が完全には整っていない状況を反

    映しているのかもしれない。評価を行っている場合は、その組織は学部や全学の担当委員会であ

    り、授業評価や学生調査に基づいて実施している。

    3.5 初年次教育の実践例

    文部科学省の調査によると、2006 年時点で 7割を越える大学が初年次教育を導入している。以

    下に、その中で特徴のある取組みをあげる。

    ★北海道大学

    一般教育演習

    1 クラス 20 名以下、フィールド研修や創造科学実験を組み入れ、各部局 1割の教員が担当し 170

    コマを開講している。週 1 回の 90 分授業で 15 回を標準とし、単位の実質化から授業外学習の実

    行が義務づけられている。授業内容は担当教員が設計するが、非専門教育、能動的な学習、論理

    的思考、コミュニケーション能力を念頭において設計するよう、さらに、IT を利用させ、論文を

    作成させて添削し、フィールドあるいは実験を行うことが教員に求められる。40 頁程のガイドラ

    インが冊子体で作成され、担当教員に配付されている。このガイドラインは、学習目標の設定の

    仕方、授業デザインや評価の方法、授業の設計例、基本的な日本語の書き方、等を解説している。

    TA をのべ 800 名程採用し、1日研修を課した上で活用している。

    ★東北大学

    基礎ゼミ

    全学教育を専門教育では果たせない根幹的基盤教育とし、受身の知識・技能の習得を中心とし

    た受験学習から、アクティブ・ラーニングによる多様な観点からの思考へと新入生を誘導し、大

    学での学びに転換していく教育と位置づけている。全学教育は、基幹科目、展開科目、共通科目

    の 3 種類からなり、共通科目の中に、学生が自らの能力・技能を自己開発していく手法を修得す

    17

  • る「転換少人数科目・基礎ゼミ」が配置されている。この基礎ゼミは初年次前学期の必修科目で

    あり、名誉教授を含め約 200 名の教員と大学院生 TA により、20 名以下の学部横断型クラスが実

    現されている。脱講義型教育、体験実習型の授業が奨励され、科学実験、大学病院での実習、フ

    ィールドワーク、合宿など、多様な授業形態で実施されている。異なる学部の学生が共に学ぶ貴

    重な機会であるとともに、協力すること、責任を持つことの重要さを体得する機会に満ちている

    ことを留意して授業が展開できるように、担当教員は学生相談所のカウンセラーから学生対応に

    関するアドバイスを受けるとともに、事前に FD 研修が義務づけられている。

    ★東京大学

    全学自由研究ゼミナール、…

    大学院総合文化研究科・教養学部の約 380 名の教員と 110 名の事務官、さらに、非常勤講師を

    含め総勢 1700 名の教職員が 6700 名の 1、2年学生を対象として教育を行っている。初年次教育に

    関わる科目として、「基礎演習」、「方法基礎」、「全学自由研究ゼミナール」、「全学体験ゼミナール」

    がある。「基礎演習」は文科生対象の 1クラス 20 名程度の必修科目であり、課題設定、資料収集、

    調査、論文作成、口頭発表をゼミナール形式で実施されている。「方法基礎」は、文学部・教養学

    部進学生に哲学演習、史料論、データ分析、テキスト分析を通じてアカデミックツールを習得さ

    せる授業である。「全学自由研究ゼミナール」は全学の教員が各自の関心に応じてテーマを設定し

    行う、「全学体験ゼミナール」は全学の教員が様々なテーマに対し体験を通じて学ぶ機会を提供す

    る授業科目であり、どちらも 20 名程度の少人数教育が行われている。さらに、細分化し複雑化し

    た学問分野の全体像を俯瞰する地図を示すことを目指し、世界をリードする研究者が現在の学問

    体系・構造を丁寧に解説する「学術俯瞰講義」という授業科目が開設されている。

    ★名古屋大学

    基礎セミナー

    1 年生対象の 4単位必修科目で、名誉教授や全学公募のボランティア教員も担当することで、1

    クラス 12 名の少人数教育が実現されている。TA が配置され、TA は研修を受けた上で、授業中に

    は討論に参加するとともに、授業外では教材の予習、資料の準備、学生からの質問への対応、レ

    ポートの添削補助、図書館利用の指導にあたる。大学生としての自立的学習能力を育成すること

    を目的として、読むこと(文献調査、考察、検討)、書くこと(まとめ、報告書作成)、話すこと

    (討論、発表)の能力の涵養が図られている。科目のテーマは担当教員が設定し、例えば「新し

    い水ロケットを作ろう」、「組織と人間の関係を心理学的視点から考える」、「オペラの魔力とは何

    18

  • か」、「地球環境塾 ‐元気な山間地をつくるプロジェクト‐」があり、教室内での授業にとどま

    らず、実験、フィールド調査などいわゆる体験型学習を取り入れている。

    名古屋大学新入生のためのスタディティップス

    新入生が主体的学習者になれるように学習ガイドブック「スタディティップス」を作成してい

    る。「ティップス(tips)」とは、「秘訣・ヒント・こつ」などを意味し、「主体的な学習者」にな

    ることがなぜ価値があり意味あることなのか、どうしたら学習姿勢を主体的なものに切り替える

    ことができるのか、そのために役立つさまざまな秘訣を提供している。スタディティップスの構

    成は、あなたが大学で学ぶことの意味、大学は「知の共同体」である、大学で学ぶことの意味は

    「学識ある市民」になること、学識とはとんな能力か、学識とは生き方でもある、「学識ある市民」

    になるために大学ですべきこと、キャンパスの倫理「知の共同体」に集う私たちが倫理を必要と

    するわけ、知への尊敬を払う他者の生命,人格,学習を尊重する、おわりに、である。

    ★金沢工業大学

    修学基礎Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ(1年次)

    「修学基礎」は 1 年次に通年で実施される必修科目で、KIT で学んでいく上で必要となる修学

    方法と学習・生活スタイル、そしてすべての基本となる日本語表現能力を身につけさせるもので

    ある。授業はレポート作成やプレゼンテーションの基本的な技法、ライブラリーセンターの利用

    法からはじまり、「学生生活の目標などについてグループ討論を行い、その結果を発表する」、「1

    週間単位の行動履歴を作成することで自己管理能力を高める」、「秋学期以降の履修計画書を立案

    する」、「小論文コンテストの応募論文を作成する」、「工大祭にあわせて研究室を訪問し、グルー

    プで討議した結果を発表する」といった多彩なテーマに取り組むことで、自己実現にむかって積

    極的に取り組む行動力が身につくように設計されている。

    進路ガイド基礎

    「進路ガイド基礎」は、社会へ出た後も、自分を生かして、なくてはならない人材を目指して

    やっていける自信を得るために、各自の将来設計や自己実現目標について、1 年次から深く考え

    させるための必修科目である。また、自分を深く分析する方法を体験し、その結果から「自分を

    活かす仕事や分野」を導くとともに、キャリアデザインの方法とその結果を KIT 独自の「キャリ

    アデザインレポート」としてまとめる過程について学ばせるとともに、今後の学生生活の中で一

    定期間ごとにキャリアデザインの内容を見直しつつ、それに沿いながら“志”を持ってキャリア

    形成に主体的に取り組み、その経過を記録に残す方法についても学ばせるよう設計されている。

    19

  • ★京都大学

    ポケットゼミ

    1 年生前期対象に開講される全学横断型の 2 単位選択科目で、約 6 割の学生が履修している。

    教育経験の豊富な学部・研究所・センターの教員が、様々な形態で授業を行う。授業のテーマは、

    「意識とは何か」、「寺田寅彦・紙飛行機・科学する心」、「世界を変えた式」等々、教員が教えた

    いものであり、教員の研究室で実施される。従って、フィールド科学教育研究センターは北海道

    に、霊長類研究所は愛知県に施設があるので、これら所属教員によるポケットゼミは夏期集中で

    実施される。

    ★同志社大学

    アカデミック・リテラシー、ビジネス・トピックス

    大学は高校までとは異なり、単に授業に出席してその内容を記憶するだけではなく、自ら主体

    的に考え学ぶことが大切であり、得られた知識を元に自分の頭で考え、自分の意見を持ち、それ

    を自分の言葉で表現することで他人に理解してもらうことが必要である。すなわち、ひとりひと

    りが問題意識を持って物事を観察し、問題を発見し、その解決のために自分で積極的に情報を探

    索し、分析し、理解し、活用することが重要となる。そのために必要となる基本的なスキル「読

    み」・「書き」・「伝える」を学習させるのが「アカデミック・リテラシー」である。具体的な

    講義内容としては、読む技術では文献の選び方や読み方などを学び、書く技術では要約の仕方や

    レポートの書き方などを学び、伝える技術ではパワーポイントの利用方法やプレゼンテーション

    の表現方法などを学ぶ。

    また、実感志向の初年次教育を目指し、産業の調査・ビデオ教材の活用・工場見学などを取り

    入れた科目「ビジネス・トピックス」が開講されている。実社会での経験が少ない新入生が現地・

    現物・現実の一端を実感できるところに特色があり、こうした実感をてこに専門分野への関心や

    学習意欲を引き出すことが目的とされている。

    ★大阪大学

    基礎セミナー

    約 10 名の少人数教育であり、学生が教員を囲んで、一つのテーマについて質疑・応答・討論す

    る対話形式で進められる授業科目である。①520 名もの希望教員がボランティアで実施する、②

    履修希望を詳細に書いた届けに基づいて担当教員が履修者を決定する、③高校生を受入れている、

    が特徴となっている。授業内容は教員が定め、例えば、「楽器を作ろう ‐音の科学入門‐」、「不

    20

  • 思議な日本語、役割語について調べる」があり、教員の研究室で行っている場合が多い。

    ★関西国際大学

    ウォーミングアップ学習

    新入生を対象として、4 日間で実施する。授業でのノートの取り方や、図書館をはじめとした

    大学施設の有効な活用法など、入学後すぐに有意義な学びがスタートできる基礎的な力を養う。

    フレッシュマンウィーク

    入学直後から講義が始まるまでの期間を「フレッシュマンウィーク」と設定し、各サークルの

    歓迎イベントにはじまって、大学生活を始めるにあたっての必要な情報の提供、ゼミでの人間関

    係づくり、ミニ講義などを行う。

    キャリアプランニング

    1 年生の春学期に開講する必修科目で、自らの個性・価値・行動特性などを知るための自己分

    析、コミュニケーション能力の育成、私たちを取り巻く社会状況への認識と理解などをテーマと

    して、演習を進める。授業の中では、グループワークなどアクティブ・ラーニング(受講生が能

    動的に学ぶ方法)や体験学習の機会を取り入れて、自発的に学習できるよう工夫している。また、

    学生メンターが参加し、新入生に対して適切なアドバイスをする。

    ★九州大学

    コアセミナー、少人数セミナー

    コアセミナーは、高校とは異なる大学における学習への適応を促進し学習意欲を向上させるこ

    と、及び「読む,書く,調べる,発表する,討論する」等の学問を進めていく上での基礎的な能

    力を育成することを目標として開設されている。授業での課題は学生が立て、学生自身で解決し、

    報告する形態で行われている。

    少人数セミナーは全学必修科目であり、大学における学習への適応を促進し、学習意欲を向上

    させ、人間的な交流の場をつくることによって優れた人格形成に資することを目標として開設さ

    れている。授業テーマは担当教員が定め、「現代洋楽への案内 ‐英語の歌詞からメッセージをひ

    もとく‐」、「天然の毒と薬」、「試練に立つ科学技術創造立国 ‐理科離れの実相に迫る‐」があ

    る。

    ★長崎大学

    教養セミナー

    21

  • 教養セミナーでは、高校までの教師主導型学習から大学での自主的学習への転換を図るために、

    知的活動への動機付けを高め、科学的な思考方法と学習・実験のデザイン能力、レポートと口頭

    によるプレゼンテーションとディスカッションを通じて適切な自己表現能力を育てることが目標

    とされている。1クラス約 10 名の少人数で、授業のテーマは教員と学部混成型で割り振られた学

    生とで話し合って決められ、例えば、「祭りと長崎 ‐くんちに魅せられて‐」、「友達との交流の

    仕方に関する調査」、「水族館事情 ‐水族館の入館者数の推移と集客要素について‐」がある。

    担当教員には毎年更新される「教養セミナーガイドライン」、受講生には「教養セミナーガイドブ

    ック」が配付される。「教養セミナーガイドライン」には、教育目標、実施する背景、実施内容、

    教員の役割、期待される効果、実施例、評価の観点が記載され、「教養セミナーガイドブック」に

    は、教養セミナーの位置づけ、レポートの書き方、レポート作成例、教養セミナー感想文、等が

    掲載され、自ら学ぶ姿勢が大切であるという認識を誘導する構成となっている。

    3.6 おわりに

    国立教育政策研究所の調査から分かるように、これまで日本の大学で実施されている初年次教

    育は主に学習技術に関してである。しかし、高校から大学への円滑な移行が初年次教育の本来の

    目的であるとすれば、学習技術だけではなく、アメリカの初年次教育でウェイトが高い「時間管

    理や学習習慣」、「自己探求・自己分析」、「学問への動機づけ」といったものを身に付けるよ

    うな教育プログラムを実施する必要があろう。さらには、設置基準の改正をにらみ、「キャリア

    デザイン」も加える必要がある。

    幾つかの大学で実施されている特徴的な初年次教育は、学生が主体的に行う体験型の学習、か

    つ、人前で発表する機会を設けているものが多いようである。本学でも、数名の少人数クラスで、

    学生が調査・研究テーマを提案して自らそれを進め、その成果を教員や学生に対し発表する、担

    当教員はあくまで支援に徹する、という教育プログラムを実施している学科もあり、この様な実

    践例を全学的な取組みへと拡大することが望まれる。

    参考文献

    濱名篤ら著、初年次教育、丸善株式会社、2006.

    東北大学高等教育開発推進センター編、大学における初年次少人数教育と「学びの転換」、

    東北大学出版会、2007.

    国立教育政策研究所編、大学における初年次教育に関する調査、国立教育政策研究所、2009.

    22

  • 4. 学士課程教育における初年次教育の課題

    4.1 中教審答申にみる初年次教育

    初年次教育とは何であろうか。中央教育審議会による平成20年12月の答申「学士課程教

    育の構築に向けて」(以下、答申と略記)では、「学習意欲の低下」、「目的意識の希薄化」、

    そして「学力低下」などの入学者の変容が生じているとし、初年次教育を「高等学校や他

    大学からの円滑な移行を図り、学習及び人格的な成長に向け、大学での学問的・社会的な

    諸経験を成功させるべく、主に新入生を対象に総合的につくられた教育プログラム」、「初

    年次学生が大学生になることを支援するプログラム」としている(35頁)。

    答申によれば、日本の大学では「レポート・論文などの文章技法」、「コンピュータを

    用いた情報処理や通信の基礎技術」、「プレゼンテーションやディスカッションなどの口

    頭発表の技法」、「学問や大学教育全般に対する動機付け」、「論理的思考や問題発見・

    解決能力の向上」、「図書館の利用・文献検索の方法」などが、初年次教育として重視さ

    れている内容となっている(35頁)。これらの取組については、既に本学においても実施さ

    れているケースが少なくないと思われる。ただし、答申は初年次教育の導入のみならず、

    充実を図り、学士課程全体のなかに次のような要素を「体系化」して適切に組み込むよう、

    大学に「期待」している。体系化の方法としては、「フレッシュマンゼミ」や「基礎ゼミ」

    が例示されている。

    (1)大学生活への適応

    (2)自大学への適応

    (3)大学で必要な学習方法・技術の会得

    (4)自己分析

    (5)ライフプラン・キャリアプランづくりの導入 など

    また、初年次教育には学習アセスメントの実施が要請されている。入学者受入の段階で

    客観的に把握される学力に関する情報を初年次教育の「基礎資料」として役立てることや

    (29頁)、学生の状態や変化を客観的に把握するよう努めることとされている(36頁)。

    4.2 初年次教育による学士力の涵養

    答申における位置づけから、初年次教育はキャリア教育、導入教育、リメディアル教育

    など、これまでに現れた用語とまったく異なっているわけではない。濱名(2008, 10 頁)

    による学士課程に関する概念整理では、初年次教育は主として学士課程教育プログラムに

    位置し、導入教育を包括するとともに、キャリア教育やリメディアル教育の一部を含んで

    23

  • いる。だが、それらのうち導入教育は、医・歯・薬・工学部で使われがちな用語である(濱

    名 2008, 11 頁)。国家試験が課せられることで達成水準がわかりやすくなっている医系な

    どと、人文系のように導入・発展・展開・完成のようなプロセスが必ずしも明快ではない

    教育研究分野の間には、初年次教育の内容に異なる部分があることになる。前者では技術、

    後者では卓越性ないし徳の教育がより重視されるかもしれない。また、学生募集単位によ

    って入学してくる学生の選抜性にも違いがみられ、入学者が大学を卒業・修了した後に辿

    るキャリア形成パターンもさまざまである。

    こうしたことから、初年次教育の設計にあたって、学位授与の方針や教育研究上の目的

    等と整合した教育課程編成・実施の方針が定められていなければならない。さらに、初年

    次教育カリキュラムの編成は、国立大学法人評価や、高等教育における学習成果の評価

    (AHELO)などの第三者評価を見据えた、周到に設計されたものである必要がある。

    日本社会には、大卒者の賃金を低く抑え、大学教育の便益を貶価する社会的体質がある

    (金子 2007, 137-138 頁)。このため、大学に対するステイクホルダーからの信頼や理解

    を得るよう、とりわけ国立大学は追い立てられている。だからといって、各種審議会から

    の提言などの社会的な要請に応じた政策課題に、大学はただ迎合していればよいわけでは

    ない。国立大学法人評価をみても、教育の実施体制や教育の内容・方法ばかりが評価の対

    象ではない。評価結果のばらつきが相対的に大きかったのは、学部・研究科の現況分析結

    果の「質の向上度」であった。今後も同じような評価の枠組みが用いられるのであれば、

    教育の実施体制や教育の内容・方法ばかりに気をとられていてはいけない。学士力や学習

    成果などの客観的な諸指標に伸長がみられないかぎり、恐らく良好な評価結果は望めない。

    いずれにせよ、学生の状態を規定する要因とそれらの変化を追跡し、学生をモニターす

    るための体制整備が急務となっている。本学では、在校生や卒業・修了予定者などのステ

    イクホルダーを対象としたアンケート調査をこれまで実施してきたが、どのような要因が

    働いて個々の学生がいかなる変化や成長を遂げたのかについては、少なくとも客観的には

    測定・評価できていない。

    断わっておくが、学生をモニターするということは、学生を管理・統制の対象にするこ

    とでは決してない。学生をモノや道具のように捉えるのではなく、学生を見失わないよう、

    そして学生に取返しのつかないような挫折を経験させずに、その生涯が本人にとって納得

    のいくものとなるよう、見守るのでなければならない。大学や教職員に対する信頼や理解

    などは、学生にとって本当に必要な局面で手を差し伸べ、学内資源を提供することができ

    てはじめて得られるものではないか。初年次教育が成功裡に行われるか、それとも大学教

    育改革の弥縫策に堕するかは、教職員の見識や連携はもちろん、将来の社会を慮る想像力

    にかかっている。

    24

  • 引用文献

    濱名 篤 2008, 「初年次教育の必要性と可能性」、日本学生支援機構編 『大学と学生』 第

    54 号, 6-23 頁。

    金子元久 2007, 『大学の教育力―何を教え、学ぶか―』 筑摩書房。

    25

  • 5.1 はじめに

    一般的に高大接続に関する議論の範囲は,高校と大学の教育課程の問題や入試政策といった部分まで多岐にわ

    たる。また,その時々の教育制度や大学進学率および選抜競争の状況等によっても論点は様々であり,その全体

    像を端的に定義付けることは難しい(たとえば,荒井(2005)を参照)。そのため,高大接続を考える上では,より

    大きな枠組みや様々な要因を踏まえた議論が必要となるが,本報告では,本学の初年次教育を設計するために必

    要であろう視点に限定し,特に,高校生が大学入学までに何を学んでくるのか(履修してくるのか),また,本学

    の入学者は,センター試験においてどのような科目を選択し,どの程度の出来で入学してくるのかについて整理

    することで,初年次教育に向けた高大接続の課題点を報告する。

    なお,本報告は次のような構成でまとめる。まず,大学入試センターが中心となって実施した「高校の科目履

    修と進路設計等に関する調査」の報告書(山村ほか,2009)における第 2章「現行教育課程における科目履修経験」(鈴

    木規夫)から,現行学習指導要領下での全国的な高校生の履修状況の特徴を整理する。次に,本学の 2006~2009年

    度入学者を対象に,大学入試センター試験においてどのような科目を選択しているのかを分析することで全国的

    な傾向との整合性をチェックする。また,センター試験の得点分布を学部別にみることで,特徴的な傾向をとら

    える。そして最後に,初年次教育を検討する上で何が必要かについて高大接続の観点から総合的に考察する。

    【参考資料】

    荒井克弘・橋本昭彦[編著](2005).『高校と大学の接続』,玉川大学出版部.

    山村滋・鈴木規夫・濱中淳子・佐藤智美(2009).『学生の学習状況からみる高大接続問題』報告書.

    26

    endoタイプライターテキスト5 高大接続の課題

  • 5.2. 現行学習指導要領下での全国的な高校生の履修状況とその特徴

    まず,現行の学習指導要領についてまとめる。同学習指導要領は平成 11年度に告示され,平成 15(2003)年度よ

    り第 1学年から学年進行に従って実施されてきた。その特徴は,大きく次の 2点にまとめることができる。①「総

    合的な学習の時間」の新設により「生きる力」の育成を目指したものである。②学校完全週 5 日制に伴い教科の

    学習内容が削減され,卒業に必要な最低単位数が 74単位となり,必須科目の単位数も 31単位となった(いずれ

    も過去最低基準である)。詳細については表 1にまとめた。

    表 1.学習指導要領(平成 15年度~)

    ((((現行指導学習現行指導学習現行指導学習現行指導学習指導指導指導指導要領要領要領要領におけるにおけるにおけるにおける主主主主なななな必須条件必須条件必須条件必須条件))))

    ① 『国語』は,「国語表現Ⅰ」,「国語総合」から 1

    科目を必ず履修。

    ② 『地理歴史』は,「世界史A」または「世界史B」

    の 1科目,「日本史A」または「日本史B」,「地

    理A」または「地理B」から 1科目を必ず履修。

    ③ 『公民』は,「現代社会」の 1科目または「倫理」,

    「政治・経済」の 2科目を必ず履修。

    ④ 『数学』は,「数学基礎」,「数学Ⅰ」から 1科目

    を必ず履修。

    ⑤ 『理科』は,「理科基礎」,「理科総合A」,「理科

    総合 B」,「物理Ⅰ」,「化学Ⅰ」,「生物Ⅰ」,「地

    学Ⅰ」から 2科目を必ず履修(「理科基礎」,「理

    科総合A」,「理科総合B」のいずれかを 1科目

    以上含める)。

    ⑥ 『外国語』で英語を履修する場合は,「オーラル

    コミュニケーションⅠ」,「英語Ⅰ」から 1科目

    を必ず履修。

    ((((旧学習指導要領旧学習指導要領旧学習指導要領旧学習指導要領からからからからのののの主主主主なななな変更点変更点変更点変更点))))

    • 「現代社会」が 4単位 ⇒ 2単位

    • 『理科』でⅠAが廃止され,理科総合がAとB

    に細分化され,物理,化学,生物,地学の理科

    4科目の履修条件が緩和された。

    教科 科目 単位

    数 必須条件

    国語表現Ⅰ 2 △

    国語表現Ⅱ 2

    国語総合 4 △

    現代文 4

    古典 4

    国語

    古典講読 2

    △から1科目

    世界史A 2 △

    世界史B 4 △

    日本史A 2 ▲

    日本史B 4 ▲

    地理A 2 ▲

    地理歴史

    地理B 4 ▲

    △から1科目

    ▲から1科目

    現代社会 2 △

    倫理 2 ▲ 公民

    政治・経済 2 ▲

    △または▲2科目

    数学基礎 2 △

    数学Ⅰ 3 △

    数学Ⅱ 4

    数学Ⅲ 3

    数学A 2

    数学B 2

    数学

    数学C 2

    △から1科目

    10単位

    理科基礎 2 ▲

    理科総合A 2 ▲

    理科総合B 2 ▲

    物理Ⅰ 3 △

    物理Ⅱ 3

    化学Ⅰ 3 △

    化学Ⅱ 3

    生物Ⅰ 3 △

    生物Ⅱ 3

    地学Ⅰ 3 △

    理科

    地学Ⅱ 3

    ▲から1科目

    △または▲から1科目

    OC・Ⅰ 2 △

    OC・Ⅱ 4

    英語Ⅰ 3 △

    英語Ⅱ 4

    リーディング 4

    外国語

    ライティング 4

    △から1科目

    必須単位数 31単位数以上

    卒業認定 74単位以上

    27

  • 一般的に,教科および科目履修は高校で作成するカリキュラムに強く依存はしているが,大学入試における選

    抜方法,志望分野,あるいは個人的な要因(性差,学力など)によって履修パターンは多様化するとされる。こ

    こでは,科目履修に影響を及ぼすと考えられる要因として,各高校の大学進学率,所属するコース・類型の違い(文

    系/理系コース等),性別を取り上げ,これらの要因がどのような教科・科目の履修に関して差異をもたらしている

    かをまとめた。

    分析に用いられた調査データは,2006年度にわが国に設置されているほぼすべての大学・学部の中から 600学

    部を単純ランダムサンプリングにより抽出し,476学部36,584名から回答を得た大規模な調査データである(以降,

    「2006調査」と略記)。学部 1年生を対象としており,調査全体の有効回答数は 34,802名となっている。なお,本

    節では,この有効回答の中から,①普通科の在籍者,②現行学習指導要領による科目履修者(現役生),③各教科に

    おいて少なくとも1科目以上履修していると回答した者,いずれの条件にも合致した22,487名が分析対象である。

    詳細については同報告書をご覧いただきたい。

    【国語】

    • 国語の履修率は 100%。「現代文」と「古典」は 97%の者が履修している。

    【地歴】

    • 各科目の履修率は,「世界史」(90%),「日本史」(66%),「地理」(44%)。(※ 調査時期は,世界史未履修問題発覚の前)

    • A科目と B科目を比較すると,どの科目も履修率は,A科目<B科目の関係が成立するが,世界史ではA科目履

    修者が 43%にも達しており,世界史必須ということから負担の軽い世界史Aへ流れる者が多い。

    • 地歴のA科目の場合,「進学率低」※)群で履修する割合が高い。

    • 「日本史」と「世界史」の履修率は,文系>理系。「地理」は,文系<理系である。

    • 「地理」は男子,「日本史」は女子の履修率が高くなる傾向がある。

    • 組み合わせのパターン

    � 「世界史B+日本史B」(20%) ⇒ 文系に多い。

    � 「世界史B+地理B」(9%) ⇒ 理系に多い。

    � その他は,「世界史A」を機軸に,「世界史A+日本史B」,「世界史A+地理B」などが続く。

    ※)「進学率高」(大学進学率 90~100%),「進学率中」(大学進学率 70~89%),「進学率低」(大学進学率 0~69%)の 3群。大学進学率に

    関しては,全国の高校を対象にして4年制大学および短期大学へ進学した者(浪人を含む)の進学率を計算。

    【公民】

    • 「現代社会」の履修率が 77%と全体の 3/4を占め,単位数の違い(「現代社会」(2)もしくは「倫理」(2)+「政経」

    (2))が履修状況に大きな影響を与えている。

    • 「倫理」の履修者は 27%と最も低い。

    • 「政経」の履修率は,文系>理系。

    • 組み合わせのパターン

    � 「現代社会」の 1科目単独(46%),「現代社会+政経」(21%),「倫理+政経」(15%)

    � 文系は,「現代社会のみ」または「現代社会+政経」が多く,理系は,「現代社会のみ」が多い。

    28

  • 【数学】

    • 「数学基礎」および「数学Ⅰ」の履修率は,どちらかを選択することが必修のためほぼ100%である。

    • 「数学Ⅲ」(34%),「数学C」(30%)の履修率は低い。

    • その他の科目の履修率は,80%以上である。

    • 数学のA,B,C科目は,「進学率高」※)群で高い履修率である。

    • 「数学Ⅲ」「数学B」「数学C」の履修率は,文系<理系である。なお,文系コースは,「数学C」の履修率は 3%で

    とほとんどが履修していない(理系は 79%)。

    • 「数学Ⅲ」「数学C」は,男子の履修率が高い。

    • 組み合わせのパターン

    � 「数学ⅠⅡ+数学AB」(46%)が最も多い。⇒ 文系に多い。

    � 「数学ⅠⅡⅢ+数学ABC」(29%)が次に続く。⇒ 理系および「進学率高」群において多い。

    ※)「進学率高」(大学進学率 90~100%),「進学率中」(大学進学率 70~89%),「進学率低」(大学進学率 0~69%)の 3群。大学進学率に

    関しては,全国の高校を対象にして4年制大学および短期大学へ進学した者(浪人を含む)の進学率を計算。

    【理科】

    • 「化学」(83%),「生物」(79%),「物理」(40%)という履修率の順である。

    • 「化学」は,文系・理系のいずれの生徒も履修することが多い。

    • 「物理」「化学」の履修率は,文系<理系である。「生物」の履修率は,文系>理系。ただし,「化学」における文

    系と理系の履修率の差は小さい。

    • 理科Ⅱ(化学Ⅱ,物理Ⅱ,生物Ⅱ,地学Ⅱ)は 20~30%の履修率であるが,文系はほとんど履修していない。理系に

    限ってみれば,40%以上が履修しており,特に,「物理Ⅱ」の履修率は 67%と高い。

    • 文系では,「生物」を機軸に,「化学」を選択する傾向がある。

    • 理系では,「物理」と「化学」の 2科目は必然的なものとし,それに「物理Ⅱ」「化学Ⅱ」が加わる傾向がある。

    • 「地学」の履修率は 11%程度で,「地学Ⅱ」は,2%程度とほとんどが履修していない。

    • 「物理」で男子の履修率が高く,「生物」で女子の履修率が高い。

    • 組み合わせのパターン

    � 「生物Ⅰ+化学Ⅰ」(18%)が最も多い。⇒ 文系に多い。

    � 「物理ⅠⅡ+化学ⅠⅡ」(12%)が続く。⇒ 理系に多い。男子に多い。

    � 「化学ⅠⅡ+生物ⅠⅡ」も理系にみられる。

    � 「化学Ⅰ+生物Ⅰ」は,女子に多い。

    � その他は,「生物Ⅰ」のみ(8.3%),「化学Ⅰ�