記号論の基礎的概念の解明 -...

20
1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行 Ⅰ 記号論の基礎的概念 記号論は哲学において重要な立場を占めている.実際,カルナップによれば,哲学は個別 科学の言語を対象言語とするメタ言語で語られる記号論の一分野である.この論文ではこ のような記号論の基礎的概念の解明(explication)を行い,それによって間接的に哲学の伝 統的問題の解決をめざす.ここで解明というのは,日常生活あるいは科学で用いられる直観 的で曖昧な概念を分析することによって,より明晰なものにすることをいう.この章ではこ のような解明に先立って記号論の直観的な概念の説明,確認をしておく.もちろん,これは 筆者の立場からみたものであって,いわゆる定説とは限らないことを断っておく.なお,こ の章で述べることは,ある部分ではそれ自体解明と見なすこともできるだろう. (1) §1 記号過程 カルナップは,記号過程,すなわち記号現象が成立する過程には,次の3つの要素が必要 であることを指摘している.それらは,記号(sign),記号の意味(meaning),及び記号の使 用者あるいは解釈者(interpreter)である.これらはいわゆる意味の三角形と言われるもの を構成する.なお,カルナップは「意味」のかわりに,「指示対象(designatum) 」という表現 を用いているが,ここではより日常的な表現である前者を用いることにする. 何かを意味しているものは,どのようなものであれ,記号である.記号は具体的,個別的 な存在としての記号事象(sign event)と,それらのパターンや集合としての抽象的な記号 型(sign design)に分けられる(前者は「トークン(token)」,後者は「タイプ(type)」とも 呼ばれる).記号事象は,それがもっている,あるいは属している記号型の事例(instance) といわれる.ただし,絶対的な記号事象というのは,それが存在する時間,空間が完全に一 つに定まった対象のみであり,多くの場合,記号事象と記号型は相対的である.つまり,あ る記号は他の記号の事例になるとどうじに,他の記号を事例としている. 解釈者というのは,通常考えられるのは人間であるが,記号を使用できるものであれば, どのようなもの,たとえば動物でもかまわない.記号過程の成立には解釈者は不可欠である. たとえば,“のろし”は,ある人にとっては“敵が来た”ということの記号であるが,ある 犬にとっては単なる煙であり,記号ではない. さらに,カルナップは明確には述べていないが,これら3つの要素の他に,記号過程にお いては記号とその意味との関係を定める,規則の体系あるいはコードが考慮されなければ ならないと考えられる.ここではこれを記号体系(sign system)ということにする.パース は記号を以下のように3つに分類しているが,これらの分類は,ここで記号体系としている ものの違いに基づくと解釈することができるだろう. (1) 指標記号(index) これは記号体系が自然法則あるいは自然的因果関係である場合として解釈できる.たと えば,稲妻は雷鳴の記号であるといわれるが,これらを結びつけるものは自然法則である. 他の例としては,雨雲と雨,風見鶏と風向,等がある.記号体系としての自然法則は,我々 の意志からは独立に決まっているものであるが,記号過程の成立にはそのような自然法則

Upload: others

Post on 04-Jan-2020

2 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 記号論の基礎的概念の解明 - さくらのレンタルサーバjalop.sakura.ne.jp/sblo_files/jalop/image/E5928CE794B0E...1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行

1

記号論の基礎的概念の解明

和田和行

Ⅰ 記号論の基礎的概念

記号論は哲学において重要な立場を占めている.実際,カルナップによれば,哲学は個別

科学の言語を対象言語とするメタ言語で語られる記号論の一分野である.この論文ではこ

のような記号論の基礎的概念の解明(explication)を行い,それによって間接的に哲学の伝

統的問題の解決をめざす.ここで解明というのは,日常生活あるいは科学で用いられる直観

的で曖昧な概念を分析することによって,より明晰なものにすることをいう.この章ではこ

のような解明に先立って記号論の直観的な概念の説明,確認をしておく.もちろん,これは

筆者の立場からみたものであって,いわゆる定説とは限らないことを断っておく.なお,こ

の章で述べることは,ある部分ではそれ自体解明と見なすこともできるだろう.(1)

§1 記号過程

カルナップは,記号過程,すなわち記号現象が成立する過程には,次の3つの要素が必要

であることを指摘している.それらは,記号(sign),記号の意味(meaning),及び記号の使

用者あるいは解釈者(interpreter)である.これらはいわゆる意味の三角形と言われるもの

を構成する.なお,カルナップは「意味」のかわりに,「指示対象(designatum) 」という表現

を用いているが,ここではより日常的な表現である前者を用いることにする.

何かを意味しているものは,どのようなものであれ,記号である.記号は具体的,個別的

な存在としての記号事象(sign event)と,それらのパターンや集合としての抽象的な記号

型(sign design)に分けられる(前者は「トークン(token)」,後者は「タイプ(type)」とも

呼ばれる).記号事象は,それがもっている,あるいは属している記号型の事例(instance)

といわれる.ただし,絶対的な記号事象というのは,それが存在する時間,空間が完全に一

つに定まった対象のみであり,多くの場合,記号事象と記号型は相対的である.つまり,あ

る記号は他の記号の事例になるとどうじに,他の記号を事例としている.

解釈者というのは,通常考えられるのは人間であるが,記号を使用できるものであれば,

どのようなもの,たとえば動物でもかまわない.記号過程の成立には解釈者は不可欠である.

たとえば,“のろし”は,ある人にとっては“敵が来た”ということの記号であるが,ある

犬にとっては単なる煙であり,記号ではない.

さらに,カルナップは明確には述べていないが,これら3つの要素の他に,記号過程にお

いては記号とその意味との関係を定める,規則の体系あるいはコードが考慮されなければ

ならないと考えられる.ここではこれを記号体系(sign system)ということにする.パース

は記号を以下のように3つに分類しているが,これらの分類は,ここで記号体系としている

ものの違いに基づくと解釈することができるだろう.

(1) 指標記号(index)

これは記号体系が自然法則あるいは自然的因果関係である場合として解釈できる.たと

えば,稲妻は雷鳴の記号であるといわれるが,これらを結びつけるものは自然法則である.

他の例としては,雨雲と雨,風見鶏と風向,等がある.記号体系としての自然法則は,我々

の意志からは独立に決まっているものであるが,記号過程の成立にはそのような自然法則

Page 2: 記号論の基礎的概念の解明 - さくらのレンタルサーバjalop.sakura.ne.jp/sblo_files/jalop/image/E5928CE794B0E...1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行

2

を解釈者が理解していることが必要である.

(2) 類似記号(icon)

これは記号体系が,記号と意味との間の,色や空間的配置等の類似関係である場合として

解釈できる.このような記号としては,絵画,彫刻,写真,地図,等があげられる.このよ

うな類似関係は,必ずしも自然法則のように一義的に決まるわけではない.たとえば,ある

絵はある人にはウサギとして見られるが,他の人にはアヒルとしてみられるかもしれない.

それらの違いは,それらの人,つまり解釈者がどのような類似関係を考えるかに依存してい

る.この意味で,類似記号とその意味の結びつきは,指標記号の場合よりはいわばゆるやか

なものである.

(3) 象徴記号(symbol)

これは記号体系が交通信号,言語,等のいわゆる規範的関係の場合として解釈できる.象

徴記号の場合は,記号と意味との間に指標記号や類似記号のような制約は何もない.言語に

おいて記号と意味との関係は,いわば恣意的なものである.指標記号,類似記号,象徴記号

の順に,記号とその意味の結びつきは,いわばゆるやかになっていくと考えられる.

このようにパースの分類も記号体系によって説明が可能である.それ故,記号体系という

ものを認めてもよいと思われる.以下では特に哲学に関係する記号体系として,基本的には

言語を問題とする.言語が具体的にどのようなものであるかは後に論じるが,ここでは言語

は,その記号や文が存在し,特に文は意味をもち,真偽がいえる,ものであるということだ

けを前提しておく.

§2 記号論の3分野

記号過程はこれら四つの要素を考慮した,たとえば次のような文によって記述されるこ

とになる.

(ⅰ) カルナップにとって「Socrates」はソクラテスを意味する英語の固有名である

このとき,カルナップ,「Socrates」,ソクラテス,及び英語は,それぞれ解釈者,記号,意

味,及び記号体系である.ここでは「Socrates」のように,記号には引用符「」を用いる(た

だし,以下明らかな場合は引用符を省略する場合もある).これに対して引用符「」のない

ソクラテスは,記号ではない,意味としての何らかの対象である.

上に述べたように,本来記号過程の成立には四つの要素が必要であるが,記号体系を除い

たいくつかを捨象して語るということは可能である.たとえば,(ⅰ)において解釈者を捨

象して,次のように語ることができる.

(ⅱ) 「Socrates」はソクラテスを意味する英語の固有名である

通常の「意味」という言葉には2通りの用法がある.1つは(ⅰ)のように,ある解釈者にと

ってのそれである.このような意味は解釈者に相対的である.たとえば,「Socrates」はカ

ルナップにとってはソクラテスを意味しているが,他の解釈者,たとえばクワインにとって

はプラトンを意味しているということはありうる.もう1つは(ⅱ)のように,解釈者に関

係なく,英語の規則として規範的に決まっているとされるそれである.つまり,解釈者の心

理的事実のような偶然的な事柄に関係なく決まっているとされるものである.前者の解釈

者に相対的な意味を「志向的意味」,後者の解釈者を捨象したそれを「指示的意味」という.先

にも述べたように,カルナップは後者を「指示対象」と呼んでいる.志向的意味を対象とする,

記号論の部分領域を「語用論(pragmatics)」という.そして,指示的意味を対象とする部分

Page 3: 記号論の基礎的概念の解明 - さくらのレンタルサーバjalop.sakura.ne.jp/sblo_files/jalop/image/E5928CE794B0E...1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行

3

領域を「意味論(semantics)」という.従って,(記号体系に加えて)解釈者,記号,志向的

意味を問題とするのが語用論であり,解釈者を除いた記号,指示的意味のみを問題とするの

が意味論である.それ故,(ⅰ),(ⅱ)はそれぞれ語用論,意味論の文ということになる.

なお,志向的意味,指示的意味をそれぞれ語用論的意味,意味論的意味ともいう.また,「意

味」という言葉の多義性を避けるため,語用論では「解釈者xにとって(ある言語において)

記号yは対象zを志向する」といい,意味論では「(ある言語において)xはyを指示する」

という場合もある.そして,解釈者と記号と志向的意味の関係を「志向関係」,記号と指示的

意味の関係を「指示関係」という.なお,記号を除いて,解釈者と志向的意味のみの関係を「志

向関係」ということもある.また,解釈者と記号のみの関係を「表現関係」という.

さらに,(ⅱ)において意味を捨象して,次のように語ることもできる.

(ⅲ) 「Socrates」は英語の固有名である

このように記号にのみ言及する,記号論の領域を「語形論(syntacticsあるいは syntax)」

という.「語形論」のかわりに「構文論」,「統語(辞)論」も用いられる.語形論は(ⅲ)のよ

うな記号の分類を含めた,広い意味でのそれらの関係を扱う.このような記号間の関係を

「形式的関係」という.ここでは詳しくは述べないが,数学の“証明”あるいは“証明可能”

という概念も語形論に属する.一般に証明は,記号の意味に言及せずに,いわば記号の操作

だけでなされるからである.また,ある文の否定が証明されるとき,その文は“論駁”され

る,あるいは“論駁可能”といわれるが,この概念も語形論のそれである.

(ⅰ)~(ⅲ)は英語を対象言語とするメタ言語(日本語)の文である.このように,記

号論は,メタ言語で語られる,メタレベルの知識である.偶然的,経験的な事象としての記

号を研究する,経験科学としての記号論を記述的記号論(descriptive semiotics)といい,

そのような事象とは関係なく,理論的に構成されるそれを純粋記号論(pure semiotics)と

いう.基本的には語用論は記述的であり,意味論,語形論は純粋である.

先にも述べたように,証明,論駁は語形論の概念であるが,それに対応した意味論の概念

は,“真”と“偽”である.真偽は指示的意味に基づいているからである.なお,哲学にお

いて重要な概念である“分析的”,“総合的”という概念も真偽と同様,意味論概念と考えら

れる.真,偽に対応した語用論の概念は,“検証(可能)”,“反証(可能)”である.それら

は,“解釈者がある証拠,知識に基づいて,文の真偽を決定する”ことと考えられる.従っ

て,それらは解釈者のもつ証拠,知識に依存しており,真偽のように客観的なものではない.

また,それらと関連するアプリオリ,アポステリオリという概念も,語用論的なものと考え

られる.アプリオリということは,どのような証拠,知識に基づいても検証されるというこ

とと考えられるからである.これらに関してはまた後に詳しく述べる.

以上述べたことをまとめると次の図1や表1のようになる.

Page 4: 記号論の基礎的概念の解明 - さくらのレンタルサーバjalop.sakura.ne.jp/sblo_files/jalop/image/E5928CE794B0E...1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行

4

図1

解釈者

表現関係 志向関係(記号も関係項に含む場合もある)

志向的意味(語用論的意味)

記号 記号 意味

形式的関係 指示関係 指示的意味(意味論的意味)

表1

概念

記号論

語形論 証明 論駁

意味論 真,分析的 偽,総合的

語用論 検証,アプリオリ 反証,アポステリオリ

§3 内包と外延

カルナップはフレーゲを継承して,意味には語用論と意味論における区別とは別に,二種

類のものがあると考えた.彼はこれらを「外延(extension)」,「内包(intension)」と呼んだ.

通常,意味をもつとされる言語記号(表現)には,固有名,述語,文の3つがある.まず,

文の外延は真理値(真や偽)とされる.しかし,たとえば「ソクラテスは哲学者である」と

「カントは哲学者である」という文は,ともに真であり,従って外延は等しいが,直観的に

いって“意味”が同じとはいえない.文は現実に起っていることについてのみ語るのではな

い.現実には起っていないことについても語ることができる.現実に起る,起らないにかか

わらず,このような“こと”を「事態(state of affairsあるいは proposition)」という.

たとえば,“浦島太郎は竜宮城へ行ったということ”は事態である.また,“ソクラテスは哲

学者であるということ”と“カントは哲学者であるということ”は,異なる事態である.現

実に起っている事態を事実という.文の内包は,このような事態である.そして,文はその

内包である事態が事実のとき真であり,内包が事実でないとき偽である.一般にある表現の

内包は,論理的に決まる,即ち,偶然的でなく決まるものとされる.一方,外延は内包に依

存するが,その決定にはさらに偶然的な事実に関する知識が必要であるとされる.従って,

通常,有意味とされる表現は,必ず内包を有さなければいけない.この点で内包は,意味に

関して外延より本質的なものである.上に述べたように,文の場合も一般にその外延は,内

包と偶然的な事実によって決定される.なお,“文はその内包が事実のとき真である”とい

う考え方は,真理は(内包としての)意味と事実との一致であるということであり,「真理

対応説」といわれる.これに対して逆に,“文の意味はそれが真となるときの条件である”

という考え方もある.このような考え方は「意味の真理条件説」といわれる.

「心臓をもっている動物(である)」とか「腎臓をもっている動物」というような述語に

対しては,その外延は集合であり,内包は性質とされる.集合と性質の違いは,次のような

Page 5: 記号論の基礎的概念の解明 - さくらのレンタルサーバjalop.sakura.ne.jp/sblo_files/jalop/image/E5928CE794B0E...1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行

5

ものである.生物学的には,現実に心臓をもっている動物はすべて腎臓をもっているし,そ

の逆もいえる.また,一般に集合αとβに関しては,外延性の公理が成り立つとされる,即

ち,αに属するものとβに属するものがすべて同一であれば,αとβは同一とされる.それ

故,次のことがいえる.

(ⅰ)心臓をもっている動物の集合 = 腎臓をもっている動物の集合

しかし,性質に対しては次のようにはいえない.

(ⅱ)心臓をもっている動物という性質 = 腎臓をもっている動物という性質

実際,もし進化の過程が現実と異なったものであった場合は,心臓をもっているが,腎臓を

もっていない動物が存在したかもしれない.(ⅰ)がいえるのは,二つの性質をもつものが

たまたま一致したという偶然的事実に基づくのである.このように,述語の場合もその外延

は,内包と偶然的な事実によって決定される.なお,ここでは,それを有するものが何もな

い性質,たとえば,丸い三角形という性質も認めることにする.そして,それに対応した外

延は,空集合,即ち,属するものがない集合であるとする.

「ソクラテス」,「地球」等のいわゆる固有名は,まさにそれらによって名指される,現実

に存在する,具体的な個別的存在者,すなわち個体を意味していると考えられる.このよう

な現実に存在する個体が固有名の外延である(個体が具体的にどのようなものであるかに

関しては後に述べる).しかし,固有名は必ずしもこのような個体を名指しているとはいえ

ない.たとえば,「浦島太郎」に対しては,現実の世界ではそれによって名指される個体は

存在しない.しかし,「浦島太郎」は直観的にいって無意味とはいえない,つまり何らかの

“意味”をもっていると考えられる.また,「明けの明星」も「宵の明星」も同一の個体,

すなわち金星を名指している.それ故,それらは同じ外延を有している.しかし,直観的に

いってそれらが同じ“意味”をもっているとはいえない.このような“意味”とされるのが

固有名の内包である.固有名の内包は,それが名指す個体が,そしてそのような個体のみが

有することが可能な性質とされる.固有名に関しても,その内包は論理的に決まるが,外延

の決定にはさらに偶然的な事実に関する知識が必要であると考えられる.たとえば「浦島太

郎」の内包は,それによって名指されうるものを決定するが,そのようなものが現実にいる

か,いないかの決定には偶然的な事実に関する知識が必要である.また,「明けの明星」や

「宵の明星」の外延が金星であるということは偶然的であり,その決定には天文学的な知識

が必要である.このような個体記号の内包を「個体概念」あるいは「個体性」という.

なお,ここでは便宜的に,名指すものが存在しない固有名にも外延を考え,これを空集合

であるとする.このように規約すれば,上で述べた表現は,すべて内包と外延をもつことに

なる.また,通常「外延を有する」といわれるのは,述語等の言語記号であるが,以下では

そのような記号の内包も外延を有するということにする.たとえば「ある性質は,ある集合

を外延として有する」あるいは「ある内包の外延」という.以上,この節で述べたことをま

とめると次の表2のようになる.

表2

Page 6: 記号論の基礎的概念の解明 - さくらのレンタルサーバjalop.sakura.ne.jp/sblo_files/jalop/image/E5928CE794B0E...1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行

6

意味

言語表現

外延

内包

固有名 個体 個体概念

述語 集合 性質

文 真理値 事態

§4 可能世界

カルナップやクリプキ等は,ライプニッツに由来する可能世界という概念を用いて,意味

を説明する可能世界意味論を確立した.我々は現実の世界だけではなく,様々な可能な世界

を考えることができる.たとえば,ソクラテスが哲学者でなかった世界,クレオパトラの鼻

が高くなかった世界,等を考えることができる.この論理的に可能な世界を「可能世界」とい

う.現実の世界も可能世界の一つである.先に述べた文の内包としての事態は,それぞれの

可能世界において事実であったり,そうでなかったりする.従って,ある文はそれぞれの可

能世界において真だったり,偽だったりする.このように可能世界ごとに真偽が変わる文は,

たとえ現実の世界で真であっても,それが真であることは偶然的である.一方,すべての可

能世界において真であるそれは,“論理的に正しい文”である.ライプニッツは,それを「理

性の真理」と呼んだが,それはまた,カントのいう「分析的」な文とみなすことができる.

論理法則や数学的真理は,このようなものと考えられる. もちろん,カントをはじめとし

てこれには異論もある.

外延と内包の違いは,可能世界を用いて説明することができる.まず,外延というのは通

常は現実の世界に関していわれるが,それは可能世界に拡大することができる.たとえば,

ある可能世界における動物の集合というように,それぞれの可能世界における外延を考え

ることができる.このとき,内包というのは,各々の可能世界に対して,その世界における

外延を対応させる関数,あるいはそのような関数と一対一に対応しているものとみなされ

る.

それ故,文の内包である事態は,各々の可能世界に対して,その世界における外延,すな

わち真理値を対応させる関数と見なされる.「ソクラテスは哲学者である」と「カントは哲

学者である」は,現実の世界においてはともに真であるが,ソクラテスが哲学者であっても

カントが哲学者にならなかった世界では,それらの真理値は異なる.従って,関数と見なし

た場合,それらの文の内包は異なったものとなる.

また,述語の内包である性質は,各々の可能世界に対して,その世界における外延,すな

わち集合を対応させる関数とみなされる.前節の(ⅰ),(ⅱ)に関していえば,現実の世界

においては,(ⅰ)がいえるが,進化の過程が現実の世界と異なった他の可能世界において

は,それはいえないかもしれない.従って,性質を関数と見なした場合,(ⅱ)は成り立た

ないことになる.

さらに,固有名の内包である個体概念は,各々の可能世界に対して,その世界における外

延,即ち,個体あるいは空集合を対応させる関数とみなされる.「浦島太郎」は,現実の世

界においては何も名指さない,即ち,空集合を外延とするが,他の可能世界,いわばおとぎ

話の世界においては,それはある人間を外延とする.従って,個体概念を関数と見なした場

合,それらは異なったものとなる.

Page 7: 記号論の基礎的概念の解明 - さくらのレンタルサーバjalop.sakura.ne.jp/sblo_files/jalop/image/E5928CE794B0E...1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行

7

以下では上で述べたような記号論的概念に関して,ある記号言語をメタ言語としてより厳

密な解明を行う.

Ⅱ 論理的前提

§1 素朴性質論NPT

ここでは上記のメタ言語として,素朴性質論(Naive Property Theory) NPTという公

理体系の言語をとる.そして,NPTを論理的前提とする.つまり,NPTで証明される文

は,そのメタ言語において真であるとする.この章ではこのようなNPTについて説明する.

ただし,ここでは簡便のため,公理体系としてのNPTとその言語とを厳密には区別しない,

なお,以下で述べることも,それ自体,ある記号論的概念,たとえば内包,外延等の解明と

みなすことができるだろう.

NPTは第1階の(等号を含んだ)様相述語論理S5と,素朴集合論(Naive Set Theory)

NSTを組み合わせた体系である. NPTはNSTと同様,変項x,y,z及びu,v,w

を有する(以下では必要に応じてx1,x2,… も用いる.他の変項に関しても同様とする).

ただし,これらの変項は集合ではなく,性質を表しているとする.後に述べるように,NP

Tにおいては,前章で述べた集合,事態,真理値,個体,個体概念は,すべて性質の特殊な

ものとして扱われる.従って,NPTはいわば性質一元論の立場をとるものである.これら

の変項以外にもNPTは,以下で導入される,特定の性質を表す定項や,ある種の性質一般,

たとえば集合を表す変更を有する.変項と定項をあわせて項といい,tで表す.また,NP

Tはn項述語Prに対して,Pr(t1,t2,…tn)という原始式を有する.特に2項述語

∈,=に対して,∈(t1,t2),=(t1,t2)という原始式を有する.

∈(t1,t2)はNSTにおいては“集合t1が集合t2に属する”ことを表すが,NPT

においては“性質t1が性質t2を有する”,ことを表している.=はNSTと同様,同一(た

だし性質のそれ)を表している.なお以下ではNSTの通常の記法に従って∈(t1,t2),

=(t1,t2)をそれぞれt1∈t2,t1=t2と記す.

NPTは次のような論理記号を有している.

結合記号: ¬(否定),∧(連言),∨(選言),→(含意),(等値),

□(必然),◇(可能)

量化記号: ∀(全称),∃(存在)

さらに,かっこ( ),{ },[ ]も用いられる.NPTの式一般は,上記の原始式と論

理記号から通常の仕方で構成される.これらの式をΦ,Ψで表す.

NPTにおいては新しい表現が定義によって導入される.定義では,dfあるいは=df

という記号を用いる.これらの定義は,正式には公理の一つとみなすことにする.この論文

では,公理,定義,定理をそれぞれ「A」,「D」,「T」で表す.また,以下では特に断らな

い限り,公理,定義,定理として述べられる式Φは,正確にはその必然性に関して閉じた式

□Φであるとする.さらに,Φが自由変項x1,…,xnを含むときは,その全称に関しても

閉じた式∀x1…∀xn□Φであるとする.以下では括弧の省略等も通常の規約に従う.論

理記号の結合力は,この論文で導入された順序において先のものほど強いとする.ただし,

□,◇,∀,∃は他のものより強いとする.

NPTは第1階のS5に,以下に述べる公理を付け加えたものである.公理に先だって次

Page 8: 記号論の基礎的概念の解明 - さくらのレンタルサーバjalop.sakura.ne.jp/sblo_files/jalop/image/E5928CE794B0E...1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行

8

のように定義する.

D1 Φ⇒Ψdf □(Φ→Ψ)

D2 Φ⇔Ψdf □(ΦΨ)

D3 △Φdf □Φ∨□¬Φ

Φ⇒Ψ,Φ⇔Ψのとき,それぞれ「ΦはΨを論理的に含意する」,「ΦとΨは論理的に等値

である」という.また,△Φのとき,「Φは論理確定的である」あるいは「Φは論理的であ

る」という.

この論文では一般にS5における証明は省略するが,ここでは次のことだけを確認して

おく.まず,S5においては,□∀xΦと∀x□Φとは論理的に等値となる(正確にいえば,

□∀xΦ⇔∀x□Φが証明される).つまり,□と∀xは入れかえが可能である.従ってD

1より,□∀x(Φ→Ψ)と∀x(Φ⇒Ψ)は論理的に等値である.またD2より,□∀x

(ΦΨ)と∀x(Φ⇔Ψ)も論理的に等値である.同様に,◇と∃xも入れかえが可能で

ある.さらに,□Φのときは,任意の式Ψに対して,(Φ∧Ψ)⇔Ψとなる.一般にΦ⇔Ψ

のときは,任意の式においてΦとΨを置きかえることができる.

“Φが偶然的”ということは,Φが論理確定的でないということである.実際,

¬△Φ⇔¬(□Φ∨□¬Φ)⇔(¬□Φ∧¬□¬Φ)⇔(◇¬Φ∧◇Φ)

であるから,¬△Φということは,Φも¬Φも可能,即ち,Φが偶然的ということになる.

また,S5において△Φは,Φ⇔□ΦあるいはΦ⇔◇Φと論理的に等値である.さらに,S

5においては,Φ⇒Ψのときは,□Φ→□Ψとなる.従って△Φのときは,Φ⇔□Φだから,

Φ→□Ψとなる.それ故,{(Φ⇒Ψ)∧△Φ}→(Φ→□Ψ)となる.このことはまた,

{Φ∧(Φ⇒Ψ)}→(△Φ→□Ψ)と論理的に等値である.従って,以下に述べる実際の

証明において,Φを仮定して,それからΨが論理的に導かれるとき.さらに△Φであれば,

□Ψと結論できる.なお,いくつかの論理確定的な式から,上記の論理記号を用いて構成さ

れる式は,それ自身論理確定的になる.

自由変更xを含む式Φ(x)(が表すxの条件)を満たすxが唯一つ存在するということ

を∃!xΦ(x)と表す.

D4 ∃!xΦ(x)df∃x[Φ(x)∧∀y{Φ(y)→x=y}]

∃!xΦ(x)のとき,Φ(x)となるxを記述表現ιxΦ(x)で表すことにする.

NSTと同様,包摂関係を表す⊆を次のように定義する.

D5 u⊆vdf∀x(x∈u→x∈v)

また,“uとvの外延が等しい”ということをu≡vと表す.即ち,

D6 u≡vdf∀x(x∈ux∈v)

NPTは次のような公理を有する.

A1 □(u≡v)→u=v

A2 ∃u∀x{x∈u⇔Φ(x)}

A1はNSTの外延性の公理に対応している.ただし,性質は単にそれらの外延が等しいだ

けではなく,そのことが必然的であるとき,同一であるとする.

A2はNSTの包括公理に対応している.NSTの包括公理は,ある式Φ(x)が与えられ

たとき,Φ(x)を満たすxが,そしてそのようなxのみが属する集合の存在を主張してい

る.同様にNPTの包括公理A2は,Φ(x)を満たすxが,そしてそのようなxのみが有

Page 9: 記号論の基礎的概念の解明 - さくらのレンタルサーバjalop.sakura.ne.jp/sblo_files/jalop/image/E5928CE794B0E...1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行

9

する性質u,即ち∀x{x∈u⇔Φ(x)}となる性質uの存在を主張している.

NPTはこれらの公理に,次節で述べるA3とA4を付け加えた体系である.以下ではこの

ようなNPTの定理,定義を述べる.

A2より,任意の式Φ(x)に対して∀x{x∈u⇔Φ(x)}となる性質uが存在する

が,A1よりこのようなuは唯一つ存在することになる.実際,∀x{x∈v⇔Φ(x)}

となる性質vに対しては∀x(x∈u⇔x∈v)となるが,これは□(u≡v)と論理的に

等値であり,従ってA1よりu=vとなる.このような性質uを[x:Φ(x)]と表す.

D7 [x:Φ(x)]=dfιu∀x{x∈u⇔Φ(x)}

もちろん定義より,∀x{x∈[x:Φ(x)]⇔Φ(x)}である.

公理に基づいて,NPTの項が次のように定義される.これらはNSTで用いられるそれら

に対応している.定義の後の括弧の中は,対応したNSTの項の名前である

D8 0=df[x:x≠x] (空集合)

D9 u∪v=df[x:x∈u∨x∈v] (和集合)

D10 u∩v=df[x:x∈u∧x∈v] (積集合)

D11 {x,y}=df[z:z=x∨z=y] (対集合)

D12 {x}=df{x,x} (単集合)

D13 1=df{0} (自然数1)

D14 <x,y>=df{{x},{x,y}} (順序対)

D15 ∪u=df[x:∃v(x∈v∧v∈u)] ((一般的)和集合)

D16 ∩u=df[x:∀v(v∈u→x∈v)] ((一般的)積集合)

D17 Pw(u)=df[v:□(v⊆u)] (べき集合)

D18 REL(u)df ∀x{x∈u⇒∃y∃z(x=<y,z>)} (関係)

D19 FNC(u)df

REL(u)∧∀x∀y∀z{(<x,y>∈u∧<x,z>∈u)⇒y=z}(関数)

なお,このようなNPTにおいては,NSTと同様,ラッセルのパラドックス等が導かれて

しまう.これを防ぐためには,たとえばA2のΦ(x)を制限して,Zermelo-Fraenkelの公

理的集合論ZFのような公理体系を考える必要がある.実際,筆者はこのような体系として,

MZF(Modal ZF)という公理体系を構成した.このようなMZFは,もしZFが無矛盾

であれば,やはり無矛盾である.この論文において以下で述べることは,基本的にはMZF

においても成り立つ.ここでNPTをとるのは単に簡略のためである.(2)

§2 集合

先にも述べたように,NPTにおいては,集合を性質の特殊なものとして扱う.まず,任

意のxに対してx∈uが論理確定的であるとき,uもやはり「論理(確定)的な性質」とい

う.そして,集合はこのような論理確定的な性質であると考える.即ち,NPTにおいては,

「性質uは集合である」を SET(u)と表し,次のように定義する.

D1 SET(u)df∀x△x∈u

uが集合のとき,x∈uは“xがuに属する”ことを表すとする.後にも述べるように,

集合をこのようなものと考えれば,NPTにおいてNSTの公理を証明することができる.

以下では変項α,β,γで集合を表す.D1より,∀u△SET(u)となる.また,任意の

α,xに対して△x∈αである.さらに,任意のx,yに対して△x=yである.先にも述

Page 10: 記号論の基礎的概念の解明 - さくらのレンタルサーバjalop.sakura.ne.jp/sblo_files/jalop/image/E5928CE794B0E...1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行

10

べたように,論理確定的な式から論理記号を用いて構成される式は,論理確定的である.そ

れ故,式Φが SET(u),x∈α,x=yという形の式から,論理記号を用いて構成されると

き,あるいは定義によってそのような式と論理的に等値となるとき,Φは論理確定的である.

通常NSTで用いられる式Φは,上記のようにして構成される.従って,NSTの式Φは論

理確定的である.このことは,(少なくともNSTで表現できる)数学(の文)は,論理確

定的であることを示している.

NPTにおいては集合でない性質が存在するとする.即ち,次のような公理をおく.

A3 ∃u¬SET(u)

また,任意の性質uに対して,それと外延が等しい集合αが存在するとする.即ち,次のよ

うな“外延存在の公理”をおく.

A4 ∃α(u≡α)

NPTにおいてはNSTの公理を証明することができる.まず,集合α,βに対しては,

△(α≡β)であるから,(α≡β)⇔□(α≡β)となる.それ故,NPTのA1より,

T1 (α≡β)→α=β

即ち,NSTの外延性の公理が成り立つ.

NPTのA2より,任意の式Φ(x)に対して∀x{x∈u⇔Φ(x)}となるuが存在

するが,このようなuに対してはA4より,u≡αとなる集合αが存在する.このようなα

に対しては,∀x{x∈αΦ(x)}.それ故,NSTの包括公理が成り立つ.即ち,

T2 ∃α∀x{x∈αΦ(x)}

NSTは第1階の述語論理に,T1,T2を公理として付け加えた体系である.従って,N

PTはNSTを部分体系として含んでいることになる.以下では,前節のD7で定義された

性質[x:Φ(x)]が集合となるとき,これをNSTと同様{x:Φ(x)}と表す(括弧

の違いに注意されたい).

前節のD8~D17の定義は,変項u,vが集合を表していると解釈するならば,NST

のそれらと同じものとなる(u,vが集合の場合,△(v⊆u)だから,D17の□はあって

もなくても同じである).また,{x,y},{x},<x,y>は,(x,yが集合でない場合

でも)集合となる.さらに,0,1も集合となる.それ故,集合のみが問題とされていると

きは,D8~D17で定義された表現は,NSTのそれと同じものとして扱うことができる.

また,D18,D19 は,uが集合のときは⇒を→で置きかえた式とそれぞれ論理的に等値で

あるから,関係,関数もNSTにおけるそれらと同じものとなる.以下では特に断らない限

り,関係,関数と呼ばれるものは,集合であるとする.上で述べたもの以外でも,集合に関

してNSTにおけると同様に種々の定義がなされているとする.たとえば,任意のxに対し

て,項t(x)(で表される対象)を対応させる関数をλxt(x)と表す.

§3 事態

先にも述べたように,事態というのは,文の内包とされ,「…ということ」といわれるもの

である.ここでは集合の場合と同様,このような事態を性質の特殊なものと考える.つまり,

事態uは,uを有するものが必ず0であるような性質,即ち∀x(x∈u⇒x=0)となる

性質と考える.本章§1の定義より,次の論理的等値関係が順次成り立つ.

∀x(x∈u⇒x=0)⇔∀x(x∈u⇒x∈{0})⇔∀x(x∈u⇒x∈1)⇔

□∀x(x∈u→x∈1)⇔□(u⊆1).

Page 11: 記号論の基礎的概念の解明 - さくらのレンタルサーバjalop.sakura.ne.jp/sblo_files/jalop/image/E5928CE794B0E...1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行

11

そこで,ここでは「性質uは事態である」を PROP(u)と表し,次のように定義する.

D1 PROP(u)df □(u⊆1)

D1,本章§1のD17より,Pw(1)は事態全体の集合となる.以下では,変項p,q,r

でこのような事態を表す.事態は事実であったり,なかったりする.ここでは“pが事実で

ある”ということは,0∈pということであるとする.以下では明らかな場合,特に結合記

号と共に用いられる場合,0∈pの代わりに単にpとも記す.たとえば,¬0∈p,□0∈

p,0∈p⇒0∈qの代わりにそれぞれ,¬p,□p,p⇒qと記す.そして,これらをそ

れぞれ,「pでない」,「pは必然的」,「pはqを論理的に含意する」と読むことにする.こ

のように規約をすれば,変項p,q,rを式としても扱うことができる.また,後に導入さ

れるある種の事態,たとえば可能世界等を表す項に関しても同様とする.

ここでp⇔q,即ち,0∈p⇔0∈qとする.このとき,事態p,qは定義より,それら

を有するものが必ず0であるような性質であるから,∀x(x∈p⇔x∈q)となる.つま

り,□(p≡q)となる.従って,NPTの公理A1より,p=qとなる.それ故,次の定

理が成り立つ.

T1 (p⇔q)(p=q)

ある文(即ち自由変更を含んでいない式)Ψが与えられたとき,NPTの公理A2におい

てΦ(x)をx∈1∧Ψとすれば,∀x{x∈u⇔x∈1∧Ψ}…①となるuが存在する.

このようなuに対しては,∀x{x∈u⇒x∈1}であるから,□(u⊆1)となる.それ

故,D1よりuは事態である.また,①より0∈u⇔0∈1∧Ψ…②となる.当然,0∈1

は成り立つが,このことは論理確定的だから,□(0∈1)である.このときは(S5の定

理より),(0∈1∧Ψ)⇔Ψとなる.従って②より,0∈u⇔Ψとなる.uは事態であった

から,次の定理が成り立つ.

T2 ∃p(p⇔Ψ)

T1,T2は,事態が満たすべきと直観的に考えられる二つの条件を表している.T1,T

2より,任意の文Ψに対して,p⇔Ψとなるpは唯一つ存在する.このようなpを「Ψとい

う事態」という.

明らかに,□(0⊆1),□(1⊆1)であるから,0,1は事態である.ここではこれ

らをⅠ章§3で述べた真理値とみなすことにする.即ち,1は真であり,0は偽とする.定

義より次の定理が成り立つ.

T3 p=1 □p

T4 p=0 □¬p

それ故,1は(事実であることが)必然的な唯一の事態であり,0は(□¬p⇔¬◇pであ

るから)不可能な唯一の事態である.さらに,次の定理が成り立つ.

T5 {(p≡α)∧p}→(α=1)

T6 {(p≡α)∧¬p}→(α=0)

αが事態の集合,即ち,α⊆Pw(1)となるとき,本章§1のD15,D16で定義された∪

α,∩αをそれぞれ「αの事態の論理和」,「αの事態の論理積」という.定義よりαが事

態の集合のときは,∪αは事態となる.実際,x∈∪αならば,定義よりx∈v∧v∈αと

なるvが存在するが,αは事態の集合だからvはある事態pである.従ってx∈pとなる

が,このときは事態の定義よりx=0.それ故,∀x(x∈∪α→x=0),つまり,∪α

Page 12: 記号論の基礎的概念の解明 - さくらのレンタルサーバjalop.sakura.ne.jp/sblo_files/jalop/image/E5928CE794B0E...1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行

12

⊆1となる.また,△α⊆Pw(1)である.従って(S5の定理より),□(∪α⊆1)と

なる.それ故,∪αは事態である.また,次の論理的等値関係が順次成り立つ.

0∈∪α⇔∃v(0∈v∧v∈∪α)⇔∃p(0∈p∧p∈∪α)⇔∃p(p∧p∈∪α).

従って,次の定理が成り立つ(この節の以下の定義,定理におけるα,βは,すべて事態の

集合とする).

T7 PROP(∪α)∧{0∈∪α⇔∃p(p∧p∈α)}

同様に次の定理が成り立つ.

T8 PROP(∩α)∧{0∈∩α⇔∀p(p∈α→p)}

従って,∪αは“∃p(p∈α∧p)という事態”であり,∩αは“∀p(p∈α→p)と

いう事態”である.特に,α={p0,p1,…,pn}である集合αに対しては,

∃p(p∈α∧p)⇔(p0∨p1∨…∨pn)

となる.従ってこの場合T7より,∪αは“p0∨p1∨…∨pn”という事態となる.それ

故,∪αはいわばαに属するすべての事態の選言である.このことはαが無限集合の場合に

も言える.さらに上のような集合αに対しては,

∀p(p∈α→p)⇔(p0∧p1∧…∧pn)

となる.従ってT8より,∩αは“p0∧p1∧…∧pn” という事態となる.それ故,

∩αはいわばαに属するすべての事態の連言である.

さらに,∪α,∩αに関しては次のこともいえる.⇒を順序関係とみなしたとき,∪αは

αのいわゆる上限であり,∩αはαの下限である.即ち,次の定理が成り立つ.

T9 ∀q{q∈α→(q⇒p)}(0∈∪α⇒p)

T10 ∀q{q∈α→(p⇒q)}(p⇒0∈∩α)

なお,α=0のときは,□¬∃p(p∧p∈α)であるから,∪α=0となる.また,この

ときは□∀p(¬p∈α)であるから,□∀p(p∈α→p).従ってΠα=1となる.

§4 個体,個体概念

個体とは何かということに関しては様々な説があるが,ここでは個体はある事態である

と考える.たとえばソクラテスを個体とすれば,それは実際のソクラテスに起こった事態,

たとえば,彼が哲学者であったことp1,彼がギリシャ人であったことp2,彼が毒を飲ん

で死んだことp3,…というような事態の連言p1∧p2∧p3…であると考える.同様に浦

島太郎は,彼が亀を助けたことp1,彼が竜宮城へ行ったことp2,彼が玉手箱をもらった

ことp3,…という事態の連言p1∧p2∧p3…であると考える.つまり,たとえばソクラ

テスに起こった事態の集合をαとすれば,事態の論理積∩αをソクラテス自身と考えよう

というのである.実際,我々が「ソクラテス」といわれて考えるのは,上のような事態であ

ろう.これは実質的には,固有名を一語文として考えようということである.もちろん,す

べての事態が個体とはいえない.そういえるためには,たとえばそれが時空的に連続してい

る等の条件が必要であろう.しかし,ここではこのような条件については論じないことにす

る.また,上のようなαがソクラテスに起こったすべての事態を含むか否か,またαは有限

であるか無限であるか,さらに,そもそも彼に起こった事態とはどのようなものか,という

ことに関しても論じない.以下では個体pは,◇pである,ある種の事態であるということ

だけを仮定しておく.

前章§3でも述べたように,ある個体pに対する個体概念は,最も一般的には“pが,そ

Page 13: 記号論の基礎的概念の解明 - さくらのレンタルサーバjalop.sakura.ne.jp/sblo_files/jalop/image/E5928CE794B0E...1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行

13

してpのみが有することが可能な性質”とされる.つまり,“uは個体pの個体概念である”

ということを IC(u,p)とすれば,これは次のように定義される.

D1 IC(u,p)df∀q(◇q∈uq=p)

もちろん,個体概念は,ある個体の個体概念である.つまり,“uは個体概念である”を,

IC(u)とすれば,これは次のように定義される.

D2 IC(u)df∃pIC(u,p)

このような個体概念にはいくつかのものが考えられる.たとえば,IC(u,p)のとき,p

∈uならば,必ずpが事実となるようなuが考えられる.このような個体概念uを,p∈u

ということが,pが事実となることの十分条件であるという意味で,pの“十分な個体概念”

であるという.即ち,uはpの十分な個体概念であるということを IC1(u,p)とし,次

のように定義する.

D3 IC1(u,p)dfIC(u,p)∧(p∈u⇒p)

IC1(u,p)に対しても,IC1(u)ということが,D2と同様に定義されるとする(以下

の IC2等に対しても同様とする).

D3とは逆に,C(u,p)のとき,pが事実ならば,必ずp∈uとなるようなuが考えら

れる.このような個体概念uを,p∈uということが,pが事実となることの必要条件であ

るという意味で,pの“必要な個体概念”であるという.即ち,uはpの必要な個体概念で

あるということを,IC2(u,p)とし,次のように定義する.

D4 IC2(u,p)dfIC(u,p)∧(p⇒p∈u)

さらに,uがpの必要十分な個体概念であるということを,IC3(u,p)と表す,

D5 IC3(u,p)dfIC1(u,p)∧IC2(u,p)

必要十分な個体概念uに対しては,個体pが存在するとき(即ち,pが事実のとき),そし

てそのときのみ,p∈uとなる.即ち,p⇔p∈uとなる.つまり,p∈uということと,

pは同じ事態である.このように,個体概念にはいくつかのものが考えられるが,以下で個

体概念とされるのは,必要十分なそれであるとする.明らかに,個体とその個体概念は一対

一に対応している. 従って,ある固有名の個体概念が論理的に決定されるということは,

その個体概念に対応した個体が論理的に決定されるということと等しい.もちろん,その事

態としての個体が事実かどうかは一般にいって偶然的である.

このような個体と個体概念の考えに基づけば,先に述べた「明けの明星」,「宵の明星」に

関する問題は,次のように説明することができるだろう.まず,「明けの明星」,「宵の明星」

の外延をそれぞれp,qとする.これらはそれぞれ“ある星が明け方東の空(の特定の場所)

に明るく輝く” ,“ある星が夕方西の空(の特定の場所)に明るく輝く”という事態と考え

ることができる.当然それらは異なった事態である.即ち,p=qではない.しかし,この

ことは,それらの外延は同じ金星であるとい考えられていることに反することになってし

まう.けれども,「金星」も固有名であるから,その外延rをもっている.そして,このよ

うなrは,pとqを部分としている,即ち,r⇒p,r⇒qと考えられる.このような事実

がまさに“「明けの明星」と「宵の明星」はともに金星を外延とする”と考えられている理

由の一つと思われる.実際,金星を知らない人,つまりrという知識のない人にとっては,

それらの固有名はまったく関係ない二つの表現にすぎないだろう.

上のように考えるならば,先に述べた,すべての内包を有する表現に対して,その外延を

Page 14: 記号論の基礎的概念の解明 - さくらのレンタルサーバjalop.sakura.ne.jp/sblo_files/jalop/image/E5928CE794B0E...1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行

14

一般的に定義できる.明らかに,任意の性質uに対してu≡αとなるαは唯一つ存在する

が,性質uを内包とする表現eの外延は,このようなαであるとする.このeが述語の場合,

このことはⅠ章§3で述べた外延の直観的な説明と一致する.また,eが文の場合,uはあ

る事態pであるから,eの外延はp≡αとなるαである.そして,このようなαは,前節T

5,T6より,pが事実ならば真理値1であり,pが事実でなければ,真理値0である.こ

のことはⅠ章で述べた文の外延の直観的な説明と一致する.さらに,eが固有名のとき,u

はある個体pに対して IC3(u,p)となる性質であった.上で述べたことから明らかなよ

うに,このようなuに対してu≡αとなるαは,pが事実のときは単集合{p}であり,p

が事実でないときは空集合0である.従って,pと{p}を同一視すれば,固有名eは,現

実に個体pが存在するときはpを,またpが存在しないときは0を外延とすることになる.

それ故,固有名の場合も先に述べた外延の直観的な説明と一致する.

§5 可能世界

この節ではⅠ章で述べた可能世界を厳密に定義するが,それに先立ってまず現実の世界

を次のように定義する.即ち,∀q{q(p⇒q)}が事実となるようなp,つまり,す

べての事実を,そして事実のみを論理的に含意するようなpを「現実の世界(actual

world) 」といい,AW(p)と表す.

D1 AW(p)df ∀q{q(p⇒q)}

このような現実の世界は唯一つ存在する.実際,事実であるという事態の性質[q:0∈q]

に対して[q:0∈q]≡αとなるαが存在するが,このようなαは事実全体の集合である.

このとき,事態の論理積∩αは,いわばすべての事実の連言である.このような∩αは現実

の世界となる.

さらに,ここでは◇AW(p)となるpを可能世界とする.AW(p)→◇AW(p)であるか

ら,現実の世界は可能世界の一つである.以下ではこのような可能世界をi,j,kで表す.

可能世界iと事態pに対して,i⇒p(即ち,0∈i⇒0∈p)となるとき,「pはiにお

いて事実である」という.このように定義するならば,通常の可能世界意味論における定義

や定理が(“文”のかわりに“事態”を,また“真”のかわりに“事実”をとれば)すべて

証明される.たとえば,“¬pはiにおいて事実である”は“pはiにおいて事実ではない”

と等値となる.また,“p∧qはiにおいて事実である”は“pはiにおいて事実であり,

そしてqはiにおいて事実である”と等値となる.即ち,

T1 (i⇒¬p)¬(i⇒p)

T2 {i⇒(p∧q)}{(i⇒p)∧(i⇒q)}

さらに次の諸定理が成り立つ.

T3 {i⇒(p∨q)}{(i⇒p)∨(i⇒q)}

T4 {i⇒(p→q)}{(i⇒p)→(i⇒q)}

T5 {i⇒(pq)}{(i⇒p)(i⇒q)}

T6 {i⇒∀xφ(x)}∀x{i⇒φ(x)}

T7 {i⇒∃xφ(x)}∃x{i⇒φ(x)}

T8 (i⇒□p)∀j(j⇒p)

T9 (i⇒◇p)∃j(j⇒p)

(i⇒□p)⇔□p及び(i⇒◇p)⇔◇pであるから,T8,T9より次の定理が成り立

Page 15: 記号論の基礎的概念の解明 - さくらのレンタルサーバjalop.sakura.ne.jp/sblo_files/jalop/image/E5928CE794B0E...1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行

15

つ.

T10 □p∀i(i⇒p)

T11 ◇p∃i(i⇒p)

即ち,pが必然的ということは,すべての世界でpが事実ということと等値であり,pが可

能ということは,pがある可能世界で事実であるということと等値となる.

さらに,pが事実ということは,pが現実の世界で事実であるということと等値である.

T12 AW(i)→{p(i⇒p)}

性質uと可能世界iに対して,i⇒(u≡α)となるαは唯一つ存在するが,これはuの

iにおける外延と考えることができる.この場合,前節で問題とされた外延,つまり,ある

uに対してu≡αとなるαは,T12より現実の世界における外延と解釈することができる.

そして,そこで外延について述べられたことは,任意の可能世界における外延に拡大できる.

たとえば本章§3のT5,T6に対応した次の定理が成り立つ.

T13 [{i⇒(p≡α)}∧(i⇒p)]→(α=1)

T14 [{i⇒(p≡α)}∧(i⇒¬p)]→(α=0)

つまり,iにおけるpの外延αは,pがiにおいて事実ならば1であり,そうでなければ0

である.

ここで性質uに対して,各々の可能世界iに,iにおける外延ια{i⇒(u≡α)}を

対応させる関数をπ(u)とする.

D2 π(u)=dfλiια{i⇒(u≡α)}

このような関数は性質と一対一に対応している.即ち,

T15 π(u)=π(v) u=v

また,可能世界全体の集合を定義域とする関数αに対しては,α=π(u)となるuが存在

する.従って,Ⅰ章§4でも述べたように,このような関数を性質とみなすことができる.

もちろん,uとπ(u)は一対一に対応しているが,それらは異なったものである.

Ⅲ 意味論の基礎的概念の解明

§1 意味と真理

上でも実質的にはいくつかの記号論的概念の解明を行ってきたが,この章では他の記号

論的概念の解明,特に,基礎的な意味論的概念のそれについて述べる.(3)

まず,ここでは文に関する(意味論的)意味関係,即ち,指示関係をとりあげる.以下では,

言語一般を変項L,文一般を変項sで表す.また,「(意味論的に)意味する」あるいは「指

示する」を述語と考え,これをMで表す.さらに,ここでは内包,即ち事態を(意味論的)

意味あるいは指示対象と考える.そして,「言語Lにおいて文sはpを意味する」をM(L,

s,p)と表す.さらに,上では“真”を真理値1として扱ったが,ここでは述語として考

え,Tで表す.そして,「言語Lにおいて文sは真である」をT(L,s)と表す.以下で

は,これら二つの述語M,Tの関係について考察する.

Ⅰ章§3でも述べたように,真理対応説によれば,文が真であるのは,その意味する事態

が事実のときである.このことは,次のように記号化できる.

(ⅰ) T(L,s)∃p{M(L,s,p)∧p}

これは意味概念Mによる真概念Tの定義とみなすことができる.なお,正確には(ⅰ)は,

Page 16: 記号論の基礎的概念の解明 - さくらのレンタルサーバjalop.sakura.ne.jp/sblo_files/jalop/image/E5928CE794B0E...1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行

16

全称と必然性に関して閉じている式とする.ただし,変項L,sは自由変項とし,sはLの

文を表すとする.以下で述べる(ⅱ)~(ⅴ)及び定理に関しても同様とする.

先にも述べたように,真理対応説に対しては逆に,文の真理条件を意味とみなす,意味

の真理条件説がある.文sの真理条件とは,□{T(L,s)p)}となるpと考えるこ

とができる.それ故,意味の真理条件説は,次のように記号化できる.

(ⅱ) M(L,s,p)□{T(L,s)p}

これは(ⅰ)とは逆に,真理概念Tによる意味概念Mの定義とみなすことができる.なお,

文sの真理条件は,必然性□を除いて,T(L,s)pとなるpとされる場合もあるが,

ここでは内包を考えているのであるから,□は必要である.実際,(ⅱ)において最後の□

を除いたとする.このとき,あるpに対してM(L,s,p)となるsは,pqとなるど

んなqに対してもM(L,s,q)となってしまう.たとえば,ソクラテスは哲学者である

ということを意味している文は,どうじにカントは哲学者であるということを意味してい

ることになってしまう.

以下では(ⅰ)と(ⅱ)との関係について考察する.ここで,文の意味が唯一つ存在する

ということを(ⅲ)とする.即ち,

(ⅲ) ∃!pM(L,s,p)

また,文の意味が論理確定的であること,即ち,任意のpに対して,M(L,s,p)が論

理確定的となることを(ⅳ)とする.

(ⅳ) △M(L,s,p)

このとき,(ⅰ),(ⅲ)及び(ⅳ)の連言と(ⅱ)が論理的に等値となる.以下ではこの

ことを証明するが,それに先だって以下の諸定理を証明しておく.

T1 (ⅰ)∧(ⅲ)→[M(L,s,p)→{T(L,s)→p}]

証明 (ⅰ)∧(ⅲ)と仮定する.また,M(L,s,p)…①と仮定する.このときさ

らに,T(L,s)と仮定する.このとき(ⅰ)より,M(L,s,q)∧q…②となるq

が存在する.このようなqに対しては,①,(ⅲ)より,p=q.従って②より,p(即ち

0∈p)となる.以上より定理が成り立つ.

T2 (ⅰ)∧(ⅲ)→[M(L,s,p)→{p→T(L,s)}]

証明 (ⅰ)∧(ⅲ)と仮定する.また,M(L,s,p)と仮定する.さらに,pと仮

定する.このとき,M(L,s,p)∧pであるから,∃p{M(L,s,p)∧p}.従

って(ⅰ)より,T(L,s)である.以上より定理が成り立つ.

T1,T2より,

T3 (ⅰ)∧(ⅲ)→[M(L,s,p)→{T(L,s)p}]

T4 (ⅰ)∧(ⅲ)∧(ⅳ)→[M(L,s,p)→□{T(L,s)p}]

証明 (ⅰ)∧(ⅲ)∧(ⅳ)と仮定する.(ⅰ)と(ⅲ)は論理確定的であるから,△

{(ⅰ)∧(ⅲ)}となる.従って,T3,S5の定理より,□[M(L,s,p)→{T

(L,s)p}].また,(ⅳ)より,△M(L,s,p).従ってS5の定理より,M

(L,s,p)→□{T(L,s)p}.以上より定理が成り立つ.

T5 (ⅰ)∧(ⅲ)∧(ⅳ)→[□{T(L,s)p}→M(L,s,p)]

証明 (ⅰ)∧(ⅲ)∧(ⅳ)と仮定する.また,□{T(L,s)p}…①と仮定す

る.(ⅲ)より,M(L,s,q)…②となるqが存在する.このようなqに対しては,

Page 17: 記号論の基礎的概念の解明 - さくらのレンタルサーバjalop.sakura.ne.jp/sblo_files/jalop/image/E5928CE794B0E...1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行

17

T4より,□{T(L,s)q}.従って①より,□(pq).それ故,p=qとなる.

従って②より,M(L,s,p).以上より定理が成り立つ.

T4,T5及び(ⅰ),(ⅲ),(ⅳ)が論理確定的であることより,

T6 (ⅰ)∧(ⅲ)∧(ⅳ)→(ⅱ)

T7 (ⅱ)→[T(L,s)→∃p{M(L,s,p)∧p}]

証明 (ⅱ)と仮定する.さらにT(L,s)と仮定する.このとき当然,□{T(L,s)

T(L,s)}であるから,□{T(L,s)T(L,s)}∧T(L,s)…①となる.

前章§3のT2より,p⇔T(L,s)となるpが存在するが,このようなpに対しては①

より,□{T(L,s)p}…②かつp…③となる.②,(ⅱ)より,M(L,s,p).

従って③より,M(L,s,p)∧p.それ故,∃p{M(L,s,p)∧p}.以上より

定理が成り立つ.

T8 (ⅱ)→[∃p{M(L,s,p)∧p}→T(L,s)]

証明 (ⅱ)と仮定する.さらに∃p{M(L,s,p)∧p}と仮定する.このとき,

M(L,s,p)…①及びp…②となるpが存在するが,このようなpに対しては,①,(ⅱ)

より,□{T(L,s)p},従ってT(L,s)pである.それ故、②より,T(L,

s).以上より定理が成り立つ.

T7,T8及び(ⅱ)が論理確定的であることより,

T9 (ⅱ)→(ⅰ)

T10 (ⅱ)→(ⅲ)

証明 (ⅱ)と仮定する.このときは,T7の証明と同様に,M(L,s,p)となるp

が存在する.ここで,任意のqに対して,M(L,s,q)と仮定する.このようなp,q

に対しては(ⅱ)より,□{T(L,s)p}及び□{T(L,s)q}.従って,□(p

q),従って,p=qとなる.それ故,∀q{M(L,s,q)→p=q}].従って,

M(L,s,p)∧∀q{M(L,s,q)→p=q}.それ故,(ⅲ)となる.以上より

定理が成り立つ.

□{T(L,s)p}は論理確定的であるから,(ⅱ)を仮定すれば,M(L,s,p)

も論理確定的となる.それ故,次の定理が成り立つ.

T11 (ⅱ)→(ⅳ)

T12 (ⅱ)→(ⅰ)∧(ⅲ)∧(ⅳ) (T9~T11より),

T13 (ⅰ)∧(ⅲ)∧(ⅳ)(ⅱ) (T6,T12より)

それ故,先にも述べたように(ⅰ),(ⅲ)及び(ⅳ)の連言と(ⅱ)は論理的に等値とな

る.なお,T13より,

T14 (ⅲ)∧(ⅳ)→{(ⅰ)(ⅱ)}

従って,(ⅲ),(ⅳ)を仮定すれば,真理対応説(ⅰ)と意味の真理条件説(ⅱ)は同じ

ものとなる.

条件(ⅲ)は意味論概念としても我々の直観に反すると思われるかもしれない.実際,い

わゆる人工言語は別として,日常言語の文の多くは,それが用いられる状況によって異なっ

た意味をもつと考えられている.つまり,Ⅰ章§1で述べた,その事例によって意味が違う

と考えられている.しかし,語用論的概念の解明でも述べるように,文はどのような抽象レ

ベルのものにせよ,語用論的意味を唯一つ有するということがいえる.従って,このような

Page 18: 記号論の基礎的概念の解明 - さくらのレンタルサーバjalop.sakura.ne.jp/sblo_files/jalop/image/E5928CE794B0E...1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行

18

語用論に対応した条件(ⅲ)は,認めてもよいと思われる.さらに,T13より,意味の真理

条件説(ⅱ)を認めるならば,(ⅲ)及び(ⅳ)は認めざるをえないのである.

条件(ⅳ)は文とその意味の関係は論理的なものであり,偶然的なものではないというこ

とを表している.それはⅠ章§2の最後で述べた意味論の純粋性の基本となるものである.

また,それは言語の規範性も説明する.つまり,文の意味は論理的に決まっていることを示

している.さらに,上記の関数としての言語は,言語の論理的な概念としての恣意性も説明

している.実際,文とその意味とされる事態との間に,自然法則等の要素はなんら介在して

いない.どのような二つの対象からでも順序対は構成できる.この意味で言語は恣意的なも

のである.規範性や恣意性は,しばしば心理的な概念と受けとられている.もちろん,心理

的なそれらも考えられるが,言語に関するそれらは,心理的な概念ではなく,論理的なそれ

と考えられる.

条件(ⅲ),(ⅳ)は,言語とはなにかという問題の解決の示唆を与えると思われる.即

ち,言語はその文に対して意味である事態を対応させる関数であると考えることができる.

つまり,言語Lは文とその唯一の意味との順序対の集合,

L={<s1,p1>,<s2,p2>,<s3,p3>,...}

と考えることができる.実際,このとき,意味概念Mを,

M(L,s,p)df<s,p>∈L

と定義するならば,条件(ⅲ),(ⅳ)が成り立つ.

上の定義を認めるならば,すべての文の意味が同じ言語は同一となる.即ち,次のことが

成り立つ.

(ⅴ) ∀s∀p{M(L1,s,p)M(L2,s,p)}→L1=L2

もちろん,普通,文以外の表現に対してもその意味は問題とされる.従って,このような

言語の同一性の条件(ⅴ)は,適切ではないと思われるかもしれない.しかし,最終的に

言語において問題になるのは,文とその意味であり,文以外の表現と意味は,前者のそれ

らを決定するための,いわば理論的な補助装置にすぎないと考えられる.そこで,ここで

は言語は,上記のような関数である,あるいは少なくとも条件(ⅲ),(ⅳ)及び(ⅴ)

を満たすものであると考えることにする.また,(ⅰ)を定義とみなし,従って(ⅱ)も成

り立つものとする

§2 分析的と総合的

Ⅰ章§2でも述べたように、哲学において重要な記号論的概念に,“分析的”と“総合的”

がある.この節では“分析的”という概念について考察する.ここではこの概念は,文に適

用されるものと考える.また,正確にいえば,分析的な文は,“分析的に真(analytically

true)”なそれであると考える.そこでここでは,「言語Lにおいて文sは分析的に真であ

る」をAT(L,s)とする.ATの一つの解釈は“意味が必然的である”というものであ

る.つまり,AT(L,s)は次のように定義できる.

D1 AT(L,s)df∃p{M(L,s,p)∧□p}

ATに対しては他の解釈が可能である.即ち,“真であることが必然的である”というも

のである.つまり,AT(L,s)は□T(L,s)とも解釈できる.□T(L,s)は,

前節の(ⅰ)より,□∃p{M(L,s,p)∧p}ということである.従って,これら二

つの解釈の違いは,いわゆる□の作用域の違いということになる.しかし,これらの解釈は,

Page 19: 記号論の基礎的概念の解明 - さくらのレンタルサーバjalop.sakura.ne.jp/sblo_files/jalop/image/E5928CE794B0E...1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行

19

次のように同じであることが証明される.

T1 AT(L,s)□T(L,s)

証明 AT(L,s)…①と仮定する.このときは,D1より∃p{M(L,s,p)∧

p}だから,前節の条件(ⅰ)より,T(L,s).それ故,D1,前節の(ⅳ)より①は

論理確定的であるから,□T(L,s)…②となる.

逆に②を仮定する.このときはT(L,s)だから,前節の(ⅰ)よりM(L,s,p)

となるpが存在する.このようなpに対しては,前節の(ⅱ)より,□{T(L,s)p}.

それ故,②より,□pとなる.従って,∃p{M(L,s,p)∧□p},それ故,D1よ

り①となる.以上より定理が成り立つ.

Ⅰ章§4でも述べたように,ライプニッツは“分析的に真”を“すべての可能世界におい

て真”と定義している.“Lの文sが可能世界iにおいて真”ということは,i⇒T(L,

s)と解釈できる.従って,ライプニッツの意味での“Lの文sは分析的である”は,

∀i{i⇒T(L,s)}と解釈できる.このようなライプニッツの“分析的な真”も

D1で定義したそれと一致する.即ち,

T2 AT(L,s)∀i{i⇒T(L,s)}

実際,前章§5のT10より□T(L,s)⇔∀i{i⇒T(L,s)}であるから,T1よ

り,T2が成り立つ.それ故,上記の三つの分析性の解釈は,すべて一致する.このことは,

分析性に関して整合的な説明が可能ということを示している.

周知のように,クワインをはじめとして,分析的-総合的という二分法に反対な哲学者は

多数存在する.むしろ現在ではそちらの方が多いかもしれない.しかし,やはりそのような

二分法は,意味をもっているものと思われる.上に述べたように,内包を認めれば,分析性

は十分に説明がつくのである.もちろん,最初から内包を認めなければ,そのようなことは

いえない.しかし,最初から内包を認めるかどうかだけを議論していても,それは水掛け論

にしかならない.どちらが正しいかは,結果によって評価すべきであろう.つまり,どちら

の立場がより多くの問題を説明するか,即ち,うまく解明を行うか,ということによって評

価がなされるべきであろう.そして,この論文で述べたように,内包を認め,従って分析性

を認める方が,より多くのことを説明できると思われる.分析性を認めない多くの人は,意

味論と語用論の区別ができない,あるいは不十分であると思われる.従って,そのような人

を説得するには,語用論の解明が重要となろうが,そのような解明は,次の論文に譲りたい

と思う.

(1) 本論文のⅠ章は以下の論文の一部を加筆,修正したものである.関連する参考文献に

関しては以下の論文を参照されたい.

大窪徳行・和田和行「記号論的分析の方法」『江古田文学 64』,

日本大学芸術学部,江古田文学界,2007

和田和行,「記号としての芸術」『日本大学芸術学部紀要第47号』,

日本大学芸術学部,2008

(2) MZFに関しては,以下の論文及びそこであげられている参考文献を参照されたい.

また,本論文における定理の証明もこれらの文献を参照されたい.

Page 20: 記号論の基礎的概念の解明 - さくらのレンタルサーバjalop.sakura.ne.jp/sblo_files/jalop/image/E5928CE794B0E...1 記号論の基礎的概念の解明 和田和行

20

和田和行,「公理的性質論における相対的時空間の構成」『論理哲学研究第5号』,

日本論理哲学会編,2007

(3) Ⅲ章は以下の研究発表に基づいている.

和田和行,「意味と真理条件」,日本論理哲学会第十一回大会,2007

和田和行,「分析性とアプリオリ性」,日本論理哲学会第十二回大会,2008

(日本大学教授)