薬剤師による臨床業務の エビデンス構築 - 田辺三菱製薬株式 …佐多...
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佐多 鹿児島厚生連病院(184床)薬剤科は、医薬品安全管理、医師負担軽減、医療の質の向上を目指して積極的に業務範囲を広げ、現在、外来を含む調剤業務、手術前や化学療法導入前などの薬剤師外来、病棟薬剤業務などを実施しています。最近ではプロトコルに基づく薬物治療管理(PBPM)にも取り組み、処方変更と検査オーダーを医師との合意の上で薬剤師が実施しています。当院はエビデンスの構築を意識してきたわけではないのですが、業務の結果を極力データ化し、院内や学会などで発信してきたことが、薬剤師の育成や他職種からの信頼につながっています。
廣田 せいら調剤薬局は糖尿病専門クリニックの門前薬局です。クリニックと薬局がそれぞれの専門性を生かした多角的な指導や支援を行うことを目的に、考え方の統一、指導範囲の調整、情報の共有を踏まえた医薬連携と共同研究に取り組んでいます。糖尿病チームの一員としての専門性と、かかりつけ薬局としての総合性を両立することは容易ではなく、また、医師の治療方針や指導内容を把握するチャンスが少ないことから、情報収集や情報共有の方法を工夫し、研究成果を患者支援に生かしています。
■臨床業務のアウトカム評価室井 それでは、各施設におけるアウトカム評価の具体例をご紹介ください。
鈴木 当院では耳鼻咽喉科病棟をモデル病棟として病棟薬剤業務のアウトカム評価に取り組んでいます。中でも有害事象のモニタリングと対策に焦点を絞り、全入院患者における発現状況や薬剤師の介入内容、結果などを「病棟薬剤業務実施ワークシート」に記録しました(資料1)。1年6カ月の調査期間内で、グレード2以上の有害事象が38%の患者さんに発現し、重症度に依存して入院期間が延長していました。一方で、薬剤師の処方介入により不眠や便秘、悪心・嘔吐、感染などの有害事象は改善し、入院期間も短縮されました。これは年間約6,700万円の医療費節減に相当します。また、糖尿病内科病棟では有害事象の
近年、医療の質向上における薬剤師の貢献が医療者に広く認識されるようになった。この流れをより確かなものにするために、薬剤師業務がもたらす成果を示す定量的なデータが必要とされている。今回の巻頭特集では、臨床現場における薬剤師業務のアウトカム評価に積極的に取り組んでいる薬剤師の方々にお集まりいただき、その具体的な内容や評価の指標、日常業務の中での取り組み方、情報発信の方法等を、エビデンス構築の推進に向けてさまざまな観点から話し合っていただいた。
薬剤師による臨床業務のエビデンス構築
鹿児島厚生連病院薬剤科 薬剤科長
さ た てる まさ
佐多 照正 先生
司会赤穂市民病院 薬剤部長
むろ い のぶ ゆき
室井 延之 先生
岐阜大学医学部附属病院薬剤部 副薬剤部長
すず き あき お
鈴木 昭夫 先生
株式会社九品寺ファーマせいら調剤薬局 管理薬剤師
ひろ た ゆ き
廣田 有紀 先生
~薬剤師の医療貢献と存在価値の立証に向けた 研究マインドの養成~
■はじめに ~薬剤師が研究に取り組む意義~室井 薬剤師の主たる業務が医薬品中心の業務から、病棟業務やチーム医療へと大きく変化し、薬剤師の活躍するフィールドも拡大しています。薬物療法の安全性や有効性の向上、患者さんのQOL向上といった薬剤師による医療への貢献を客観的な指標で評価し、エビデンスとして蓄積することが、さらなる飛躍に向けた課題となります。そして、これから私たち薬剤師は日常業務において薬物療法に常に目を配り、副作用回避・治療継続のための処方提案だけではなく、患者さんの生活を踏まえた薬学的ケアの実践、地域完結型医療に対応した薬・薬・学連携などを通じて、臨床業務のエビデンスを構築し発信する必要があります。そのためには研究マインドの養成がとても大切になります。薬学教育モデル・コアカリキュラムでは、「研究能力」が薬剤師の基本的資質の一つに挙げられましたが、現状では一般病院や薬局が研究に取り組む環境は整っているとは言えません。それでも、臨床現場だからこそできる研究があります。この座談会では、臨床研究のノウハウや研究マインドを多くの薬剤師の仲間に伝えたいと思います。
■各施設におけるエビデンス構築への 取り組み室井 最初に、本日お集まりの先生方の施設における取り組みについて伺いたいと思います。まず赤穂市民病院(396床)から説明しますと、薬剤部はファーマシューティカルケアの実践、教育、研究を3つの柱に、日常業務の中から薬学的視点でクリニカル・クエスチョンをみつけ、継続的に薬学研究に取り組んでいます。特に、医薬品適正使用と副作用回避などの安全性確保をテーマとして、これまでに医薬品添加物CMC-Naによるアレルギー反応の解明、抗がん剤による遅発性過敏症の予防法探索、TPNによる肝機能障害の発現状況や、抗がん剤と血液凝固阻止剤の相互作用に関する調査などを行い、成果を論文として発表しています。さらに現在はNSTやICTなどのチーム医療で他職種との共同研究を行うほか、地域医療支援病院の薬剤部として、地域包括ケアに対応するべく高齢者の問題にも注目しています。
鈴木 岐阜大学医学部附属病院(614床)薬剤部では、「薬剤業務に基づく研究」を推進しており、医療の質や患者満足度の向上、医療費削減などに対する薬剤師の貢献を数値化し、論文発表することを重視しています。現在、病棟薬剤業務のアウトカム評価に取り組んでいますが、この背景には、病棟薬剤業務実施加算が新設される過程で、病棟業務の有用性を示すデータの不足が問題視されたことがあります。また、現在は医師の負担軽減が重要課題ですが、2017年には医師不足は解消すると予測されており、薬剤師業務が医療安全や医療の質向上にも貢献することを示す必要があると考えています。
発現が入院期間延長の要因にはなっていませんが、薬剤師の指導により再入院までの期間が延長する可能性が示唆されました。がん患者さんが4割を占める耳鼻科病棟と、教育入院が多い糖尿病内科病棟のデータを比較することで、各病棟の特徴や疾患に応じてアウトカムの指標を選択する必要性が明らかになりました。
佐多 当院の取り組みから2つの事例を紹介します。まず、病棟薬剤業務としてがん疼痛対策を実施した結果、麻薬使用量は変化することなく、フェイススケール、副作用発現率は有意に低下しました。今ではNSAIDsや鎮痛補助薬の予防投与の提案といった薬剤師の積極的な介入により、オピオイドに依存しない疼痛コントロールが可能になっています。また、PBPM導入に伴い、医師の指示に起因する薬剤関連のインシデント・アクシデント報告は年々減少しており(資料2)、薬剤師による処方チェックおよび変更、検査オーダーは安全性の向上とともに医師の負担軽減にも寄与しています。この他、肝動脈カテーテル療法の在院日数短縮、抗菌薬の適正使用による緑膿菌に対する感受性維持、お薬
手帳を用いた医薬品情報提供や啓発によるお薬手帳の携帯率向上など、さまざまな薬剤師業務のアウトカムを集積しています。
廣田 私からは糖尿病専門クリニックとの共同研究の事例を紹介します。整形外科の処方薬が原因で腎機能が急激に低下した糖尿病患者さんを経験したことから、糖尿病患者800名を対象に併用薬の調査を1カ月間行ったところ、NSAIDsを服用している腎機能低下患者さんが12名いました。糖尿病主治医に連絡して他の医師との情報共有を提案するとともに、該当患者さんの同意を得て、「腎機能注意」についてお薬手帳にシールを貼付し、他の医療機関にも注意喚起することにしました(資料3)。もう一つは、使用済みインスリンデバイスの調査です。回収したデバイスに気泡の少ないものがあり、逆流(血液、空気)の減少が原因ではないかと考え、実際に回収した使用済みのプレフィルド型自己注射器4種、各50本を精査しました。注射器外観の検査は薬局が、残インスリンの潜血検査はクリニックの検査技師が行った結果、主なトラブルは注射針をつけたままで保管することが原因と判明したため、手技と保管方法の指導を強化したところ、トラブルは減少しています。
■日常業務の中から研究テーマを 見つけ出すポイント
室井 患者さんのQOL向上のために問題解決するという目的は同じですね。そのアプローチ方法にさまざまな工夫をされていますが、どのような観点で研究テーマを見つけ出し、研究プランを立てていますか。
廣田 薬局薬剤師が得られる情報は限られていますので、患者さんとのコミュニケーションから得られる情報は貴重です。私は患者さんの話や処方医から説明された処方意図などをノートに記録し、その中から、複数の患者さんで同様の問題が起きている場合は特に注意して経過を観察し、研究テーマにつなげています。
鈴木 患者さんの記録からクリニカル・クエスチョンを見いだすという手法は当院も同じです。ポイントは、後日評価・分析ができるように客観的な数字で残すことです。有害事象の重篤度はグレード(CTCAE)で評価し、介入前後の数値を必ず記録しています。
室井 評価の視点を明確にし、薬剤部と医療スタッフ間で共有しておくこと、記録の標準化をすることが大切ですね。これを全ての業務で実施すれば今まで見逃していたクリニカル・クエスチョンを見つけることができますね。
佐多 当院では、研究成果を薬剤師の増員や業務拡大につなげる目的でもデータを集積しています。データの収集や記録は日常業務では負担になりますが、薬剤師業務の一環と捉え、医療情報管理部門などとも連携して情報収集しています。
座談会
廣田 私は研究テーマやデザインを考える時に、学会発表や論文を参考にしています。例に挙げたインスリン容器の回収調査も、学会で目にした方法を基に、関連する論文などを参考にして実現可能な方法を考えました。
室井 先人に学ぶことはとても大切です。参考になる研究があれば施設内で情報共有し、多くの人のアイデアから研究デザインを組み立てていくといいですね。
■研究マインドを育むための環境と 組織体制
室井 日常業務と研究を両立させるためには取り巻く環境も大切です。当院では、毎朝の全体ミーティングで情報共有だけではなく、症例や処方提案の報告を行ったり、月1回のチーム会議では各業務の改善点や症例の問題点を話し合って研究テーマの材料にしています。また、研究推進チームが研究をサポートしていきます。
佐多 研究に対する意識を持たせるために、入職2年目は地方学会、3年目は全国学会での発表を義務付けています。また、発表には薬剤科の事務員も補佐役として参加する体制をとっており、昨年は事務員も医療マネジメント学会で発表しました。最近は医師や看護師、事務部門など他職種を巻き込んだ共同発表が多く、研究もチーム医療の中で行われることが増えています。
鈴木 研究は大学病院の使命の一つで当院の環境も整っていますが、業務との両立は大前提であり、より効率的に行うためのIT化やシステム化も重要です。特に、臨床業務の中で研究用のデータが自動的に蓄積できるシステムの構築にも取り組みたいと思います。
廣田 保険薬局では薬剤師が少なく、若いころから仕事がマネジメント業務中心になってしまうので、研究マインドを学ぶ余裕がないままに過ぎてしまいます。また、指導を受けることも難しい状況です。研究をしたいと思っても、方法がわからない、時間がないという理由で二の足を踏んでしまう薬剤師も少なくないでしょう。この閉じこもりがちな環境を脱却するには、自分から積極的に外に出て行き、学会などで出会った先生方から学んでいくしかありません。
室井 研究成果は論文発表することで、はじめて一施設の取り組みから、時間と空間を越えて、薬剤師の職能として広く認められます。当院は地方の一般病院ですが、大学と共同研究を行うなど、論文発表まで視野に入れた研究環境をスタッフに提供したいと考えています。
■医療に貢献し、社会から評価される 薬剤師を目指して
室井 薬剤師が医療に貢献し、社会から評価されるようなエビデンスを構築するために、今後どのような取り組みが必要だとお
考えでしょうか。
佐多 薬剤師を取り巻く環境はさらに厳しさを増し、薬剤師の存在意義を問われることもあると思います。その時に、蓄積された業務実績や研究成果をよりどころとして、自信と誇りを持って業務を遂行できるように、いま臨床現場にいるわれわれがその基盤を作ることが後進に対する責任だと感じています。また、それは最終的に患者さんの治療に貢献することにつながると思います。
廣田 かかりつけ薬剤師として地域医療に貢献するためには、自ら連携の輪の中に入っていくことが大切ですが、その時に病院薬剤師とのつながりが大きな力になります。研究成果やツールなどを活用させていただく一方で、薬局の取り組み成果も病院に還元できるよう、今後も研究を続けていきたいと思います。
鈴木 地域の薬剤師と連携・協力して医療の質を高めるために、情報やノウハウの共有化を進めたいと思います。当院のホームページには制吐対策や副作用モニタリングシート作成などのための支援ツールを掲載していますので、ぜひ活用してほしいと思います。また、研究環境に恵まれない薬剤師のためにも、共同研究のネットワーク化を推進したいですね。
室井 全国各地でネットワークが構築され、多施設共同研究の成果が数多く生まれれば素晴らしいですね。大学病院、一般病院、薬局がそれぞれの機能や特性を生かした業務を開拓、実践し、薬剤師業務のアウトカムを集積していきましょう。 今回の座談会を通じて再確認したのは、薬剤師の業務が「患者中心」であることです。患者さんの傍らで問題点を探索し、薬学研究を行い、導き出したアウトカムをまた薬学的患者ケアの実践に生かす。常に、「学び、思い、考え、問題解決する」というスタディーマインドを持って、クリエイトし実践できる薬剤師の育成を目指しましょう。薬剤師の存在が医療の質を向上させると確信しています(資料4)。
岐阜大学医学部附属病院「病棟薬剤業務実施ワークシート」
資料1
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佐多 鹿児島厚生連病院(184床)薬剤科は、医薬品安全管理、医師負担軽減、医療の質の向上を目指して積極的に業務範囲を広げ、現在、外来を含む調剤業務、手術前や化学療法導入前などの薬剤師外来、病棟薬剤業務などを実施しています。最近ではプロトコルに基づく薬物治療管理(PBPM)にも取り組み、処方変更と検査オーダーを医師との合意の上で薬剤師が実施しています。当院はエビデンスの構築を意識してきたわけではないのですが、業務の結果を極力データ化し、院内や学会などで発信してきたことが、薬剤師の育成や他職種からの信頼につながっています。
廣田 せいら調剤薬局は糖尿病専門クリニックの門前薬局です。クリニックと薬局がそれぞれの専門性を生かした多角的な指導や支援を行うことを目的に、考え方の統一、指導範囲の調整、情報の共有を踏まえた医薬連携と共同研究に取り組んでいます。糖尿病チームの一員としての専門性と、かかりつけ薬局としての総合性を両立することは容易ではなく、また、医師の治療方針や指導内容を把握するチャンスが少ないことから、情報収集や情報共有の方法を工夫し、研究成果を患者支援に生かしています。
■臨床業務のアウトカム評価室井 それでは、各施設におけるアウトカム評価の具体例をご紹介ください。
鈴木 当院では耳鼻咽喉科病棟をモデル病棟として病棟薬剤業務のアウトカム評価に取り組んでいます。中でも有害事象のモニタリングと対策に焦点を絞り、全入院患者における発現状況や薬剤師の介入内容、結果などを「病棟薬剤業務実施ワークシート」に記録しました(資料1)。1年6カ月の調査期間内で、グレード2以上の有害事象が38%の患者さんに発現し、重症度に依存して入院期間が延長していました。一方で、薬剤師の処方介入により不眠や便秘、悪心・嘔吐、感染などの有害事象は改善し、入院期間も短縮されました。これは年間約6,700万円の医療費節減に相当します。また、糖尿病内科病棟では有害事象の
近年、医療の質向上における薬剤師の貢献が医療者に広く認識されるようになった。この流れをより確かなものにするために、薬剤師業務がもたらす成果を示す定量的なデータが必要とされている。今回の巻頭特集では、臨床現場における薬剤師業務のアウトカム評価に積極的に取り組んでいる薬剤師の方々にお集まりいただき、その具体的な内容や評価の指標、日常業務の中での取り組み方、情報発信の方法等を、エビデンス構築の推進に向けてさまざまな観点から話し合っていただいた。
薬剤師による臨床業務のエビデンス構築
鹿児島厚生連病院薬剤科 薬剤科長
さ た てる まさ
佐多 照正 先生
司会赤穂市民病院 薬剤部長
むろ い のぶ ゆき
室井 延之 先生
岐阜大学医学部附属病院薬剤部 副薬剤部長
すず き あき お
鈴木 昭夫 先生
株式会社九品寺ファーマせいら調剤薬局 管理薬剤師
ひろ た ゆ き
廣田 有紀 先生
~薬剤師の医療貢献と存在価値の立証に向けた 研究マインドの養成~
■はじめに ~薬剤師が研究に取り組む意義~室井 薬剤師の主たる業務が医薬品中心の業務から、病棟業務やチーム医療へと大きく変化し、薬剤師の活躍するフィールドも拡大しています。薬物療法の安全性や有効性の向上、患者さんのQOL向上といった薬剤師による医療への貢献を客観的な指標で評価し、エビデンスとして蓄積することが、さらなる飛躍に向けた課題となります。そして、これから私たち薬剤師は日常業務において薬物療法に常に目を配り、副作用回避・治療継続のための処方提案だけではなく、患者さんの生活を踏まえた薬学的ケアの実践、地域完結型医療に対応した薬・薬・学連携などを通じて、臨床業務のエビデンスを構築し発信する必要があります。そのためには研究マインドの養成がとても大切になります。薬学教育モデル・コアカリキュラムでは、「研究能力」が薬剤師の基本的資質の一つに挙げられましたが、現状では一般病院や薬局が研究に取り組む環境は整っているとは言えません。それでも、臨床現場だからこそできる研究があります。この座談会では、臨床研究のノウハウや研究マインドを多くの薬剤師の仲間に伝えたいと思います。
■各施設におけるエビデンス構築への 取り組み室井 最初に、本日お集まりの先生方の施設における取り組みについて伺いたいと思います。まず赤穂市民病院(396床)から説明しますと、薬剤部はファーマシューティカルケアの実践、教育、研究を3つの柱に、日常業務の中から薬学的視点でクリニカル・クエスチョンをみつけ、継続的に薬学研究に取り組んでいます。特に、医薬品適正使用と副作用回避などの安全性確保をテーマとして、これまでに医薬品添加物CMC-Naによるアレルギー反応の解明、抗がん剤による遅発性過敏症の予防法探索、TPNによる肝機能障害の発現状況や、抗がん剤と血液凝固阻止剤の相互作用に関する調査などを行い、成果を論文として発表しています。さらに現在はNSTやICTなどのチーム医療で他職種との共同研究を行うほか、地域医療支援病院の薬剤部として、地域包括ケアに対応するべく高齢者の問題にも注目しています。
鈴木 岐阜大学医学部附属病院(614床)薬剤部では、「薬剤業務に基づく研究」を推進しており、医療の質や患者満足度の向上、医療費削減などに対する薬剤師の貢献を数値化し、論文発表することを重視しています。現在、病棟薬剤業務のアウトカム評価に取り組んでいますが、この背景には、病棟薬剤業務実施加算が新設される過程で、病棟業務の有用性を示すデータの不足が問題視されたことがあります。また、現在は医師の負担軽減が重要課題ですが、2017年には医師不足は解消すると予測されており、薬剤師業務が医療安全や医療の質向上にも貢献することを示す必要があると考えています。
発現が入院期間延長の要因にはなっていませんが、薬剤師の指導により再入院までの期間が延長する可能性が示唆されました。がん患者さんが4割を占める耳鼻科病棟と、教育入院が多い糖尿病内科病棟のデータを比較することで、各病棟の特徴や疾患に応じてアウトカムの指標を選択する必要性が明らかになりました。
佐多 当院の取り組みから2つの事例を紹介します。まず、病棟薬剤業務としてがん疼痛対策を実施した結果、麻薬使用量は変化することなく、フェイススケール、副作用発現率は有意に低下しました。今ではNSAIDsや鎮痛補助薬の予防投与の提案といった薬剤師の積極的な介入により、オピオイドに依存しない疼痛コントロールが可能になっています。また、PBPM導入に伴い、医師の指示に起因する薬剤関連のインシデント・アクシデント報告は年々減少しており(資料2)、薬剤師による処方チェックおよび変更、検査オーダーは安全性の向上とともに医師の負担軽減にも寄与しています。この他、肝動脈カテーテル療法の在院日数短縮、抗菌薬の適正使用による緑膿菌に対する感受性維持、お薬
手帳を用いた医薬品情報提供や啓発によるお薬手帳の携帯率向上など、さまざまな薬剤師業務のアウトカムを集積しています。
廣田 私からは糖尿病専門クリニックとの共同研究の事例を紹介します。整形外科の処方薬が原因で腎機能が急激に低下した糖尿病患者さんを経験したことから、糖尿病患者800名を対象に併用薬の調査を1カ月間行ったところ、NSAIDsを服用している腎機能低下患者さんが12名いました。糖尿病主治医に連絡して他の医師との情報共有を提案するとともに、該当患者さんの同意を得て、「腎機能注意」についてお薬手帳にシールを貼付し、他の医療機関にも注意喚起することにしました(資料3)。もう一つは、使用済みインスリンデバイスの調査です。回収したデバイスに気泡の少ないものがあり、逆流(血液、空気)の減少が原因ではないかと考え、実際に回収した使用済みのプレフィルド型自己注射器4種、各50本を精査しました。注射器外観の検査は薬局が、残インスリンの潜血検査はクリニックの検査技師が行った結果、主なトラブルは注射針をつけたままで保管することが原因と判明したため、手技と保管方法の指導を強化したところ、トラブルは減少しています。
■日常業務の中から研究テーマを 見つけ出すポイント
室井 患者さんのQOL向上のために問題解決するという目的は同じですね。そのアプローチ方法にさまざまな工夫をされていますが、どのような観点で研究テーマを見つけ出し、研究プランを立てていますか。
廣田 薬局薬剤師が得られる情報は限られていますので、患者さんとのコミュニケーションから得られる情報は貴重です。私は患者さんの話や処方医から説明された処方意図などをノートに記録し、その中から、複数の患者さんで同様の問題が起きている場合は特に注意して経過を観察し、研究テーマにつなげています。
鈴木 患者さんの記録からクリニカル・クエスチョンを見いだすという手法は当院も同じです。ポイントは、後日評価・分析ができるように客観的な数字で残すことです。有害事象の重篤度はグレード(CTCAE)で評価し、介入前後の数値を必ず記録しています。
室井 評価の視点を明確にし、薬剤部と医療スタッフ間で共有しておくこと、記録の標準化をすることが大切ですね。これを全ての業務で実施すれば今まで見逃していたクリニカル・クエスチョンを見つけることができますね。
佐多 当院では、研究成果を薬剤師の増員や業務拡大につなげる目的でもデータを集積しています。データの収集や記録は日常業務では負担になりますが、薬剤師業務の一環と捉え、医療情報管理部門などとも連携して情報収集しています。
座談会
廣田 私は研究テーマやデザインを考える時に、学会発表や論文を参考にしています。例に挙げたインスリン容器の回収調査も、学会で目にした方法を基に、関連する論文などを参考にして実現可能な方法を考えました。
室井 先人に学ぶことはとても大切です。参考になる研究があれば施設内で情報共有し、多くの人のアイデアから研究デザインを組み立てていくといいですね。
■研究マインドを育むための環境と 組織体制
室井 日常業務と研究を両立させるためには取り巻く環境も大切です。当院では、毎朝の全体ミーティングで情報共有だけではなく、症例や処方提案の報告を行ったり、月1回のチーム会議では各業務の改善点や症例の問題点を話し合って研究テーマの材料にしています。また、研究推進チームが研究をサポートしていきます。
佐多 研究に対する意識を持たせるために、入職2年目は地方学会、3年目は全国学会での発表を義務付けています。また、発表には薬剤科の事務員も補佐役として参加する体制をとっており、昨年は事務員も医療マネジメント学会で発表しました。最近は医師や看護師、事務部門など他職種を巻き込んだ共同発表が多く、研究もチーム医療の中で行われることが増えています。
鈴木 研究は大学病院の使命の一つで当院の環境も整っていますが、業務との両立は大前提であり、より効率的に行うためのIT化やシステム化も重要です。特に、臨床業務の中で研究用のデータが自動的に蓄積できるシステムの構築にも取り組みたいと思います。
廣田 保険薬局では薬剤師が少なく、若いころから仕事がマネジメント業務中心になってしまうので、研究マインドを学ぶ余裕がないままに過ぎてしまいます。また、指導を受けることも難しい状況です。研究をしたいと思っても、方法がわからない、時間がないという理由で二の足を踏んでしまう薬剤師も少なくないでしょう。この閉じこもりがちな環境を脱却するには、自分から積極的に外に出て行き、学会などで出会った先生方から学んでいくしかありません。
室井 研究成果は論文発表することで、はじめて一施設の取り組みから、時間と空間を越えて、薬剤師の職能として広く認められます。当院は地方の一般病院ですが、大学と共同研究を行うなど、論文発表まで視野に入れた研究環境をスタッフに提供したいと考えています。
■医療に貢献し、社会から評価される 薬剤師を目指して
室井 薬剤師が医療に貢献し、社会から評価されるようなエビデンスを構築するために、今後どのような取り組みが必要だとお
考えでしょうか。
佐多 薬剤師を取り巻く環境はさらに厳しさを増し、薬剤師の存在意義を問われることもあると思います。その時に、蓄積された業務実績や研究成果をよりどころとして、自信と誇りを持って業務を遂行できるように、いま臨床現場にいるわれわれがその基盤を作ることが後進に対する責任だと感じています。また、それは最終的に患者さんの治療に貢献することにつながると思います。
廣田 かかりつけ薬剤師として地域医療に貢献するためには、自ら連携の輪の中に入っていくことが大切ですが、その時に病院薬剤師とのつながりが大きな力になります。研究成果やツールなどを活用させていただく一方で、薬局の取り組み成果も病院に還元できるよう、今後も研究を続けていきたいと思います。
鈴木 地域の薬剤師と連携・協力して医療の質を高めるために、情報やノウハウの共有化を進めたいと思います。当院のホームページには制吐対策や副作用モニタリングシート作成などのための支援ツールを掲載していますので、ぜひ活用してほしいと思います。また、研究環境に恵まれない薬剤師のためにも、共同研究のネットワーク化を推進したいですね。
室井 全国各地でネットワークが構築され、多施設共同研究の成果が数多く生まれれば素晴らしいですね。大学病院、一般病院、薬局がそれぞれの機能や特性を生かした業務を開拓、実践し、薬剤師業務のアウトカムを集積していきましょう。 今回の座談会を通じて再確認したのは、薬剤師の業務が「患者中心」であることです。患者さんの傍らで問題点を探索し、薬学研究を行い、導き出したアウトカムをまた薬学的患者ケアの実践に生かす。常に、「学び、思い、考え、問題解決する」というスタディーマインドを持って、クリエイトし実践できる薬剤師の育成を目指しましょう。薬剤師の存在が医療の質を向上させると確信しています(資料4)。
岐阜大学医学部附属病院「病棟薬剤業務実施ワークシート」
資料1
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佐多 鹿児島厚生連病院(184床)薬剤科は、医薬品安全管理、医師負担軽減、医療の質の向上を目指して積極的に業務範囲を広げ、現在、外来を含む調剤業務、手術前や化学療法導入前などの薬剤師外来、病棟薬剤業務などを実施しています。最近ではプロトコルに基づく薬物治療管理(PBPM)にも取り組み、処方変更と検査オーダーを医師との合意の上で薬剤師が実施しています。当院はエビデンスの構築を意識してきたわけではないのですが、業務の結果を極力データ化し、院内や学会などで発信してきたことが、薬剤師の育成や他職種からの信頼につながっています。
廣田 せいら調剤薬局は糖尿病専門クリニックの門前薬局です。クリニックと薬局がそれぞれの専門性を生かした多角的な指導や支援を行うことを目的に、考え方の統一、指導範囲の調整、情報の共有を踏まえた医薬連携と共同研究に取り組んでいます。糖尿病チームの一員としての専門性と、かかりつけ薬局としての総合性を両立することは容易ではなく、また、医師の治療方針や指導内容を把握するチャンスが少ないことから、情報収集や情報共有の方法を工夫し、研究成果を患者支援に生かしています。
■臨床業務のアウトカム評価室井 それでは、各施設におけるアウトカム評価の具体例をご紹介ください。
鈴木 当院では耳鼻咽喉科病棟をモデル病棟として病棟薬剤業務のアウトカム評価に取り組んでいます。中でも有害事象のモニタリングと対策に焦点を絞り、全入院患者における発現状況や薬剤師の介入内容、結果などを「病棟薬剤業務実施ワークシート」に記録しました(資料1)。1年6カ月の調査期間内で、グレード2以上の有害事象が38%の患者さんに発現し、重症度に依存して入院期間が延長していました。一方で、薬剤師の処方介入により不眠や便秘、悪心・嘔吐、感染などの有害事象は改善し、入院期間も短縮されました。これは年間約6,700万円の医療費節減に相当します。また、糖尿病内科病棟では有害事象の
薬剤師による臨床業務のエビデンス構築VIEW
■はじめに ~薬剤師が研究に取り組む意義~室井 薬剤師の主たる業務が医薬品中心の業務から、病棟業務やチーム医療へと大きく変化し、薬剤師の活躍するフィールドも拡大しています。薬物療法の安全性や有効性の向上、患者さんのQOL向上といった薬剤師による医療への貢献を客観的な指標で評価し、エビデンスとして蓄積することが、さらなる飛躍に向けた課題となります。そして、これから私たち薬剤師は日常業務において薬物療法に常に目を配り、副作用回避・治療継続のための処方提案だけではなく、患者さんの生活を踏まえた薬学的ケアの実践、地域完結型医療に対応した薬・薬・学連携などを通じて、臨床業務のエビデンスを構築し発信する必要があります。そのためには研究マインドの養成がとても大切になります。薬学教育モデル・コアカリキュラムでは、「研究能力」が薬剤師の基本的資質の一つに挙げられましたが、現状では一般病院や薬局が研究に取り組む環境は整っているとは言えません。それでも、臨床現場だからこそできる研究があります。この座談会では、臨床研究のノウハウや研究マインドを多くの薬剤師の仲間に伝えたいと思います。
■各施設におけるエビデンス構築への 取り組み室井 最初に、本日お集まりの先生方の施設における取り組みについて伺いたいと思います。まず赤穂市民病院(396床)から説明しますと、薬剤部はファーマシューティカルケアの実践、教育、研究を3つの柱に、日常業務の中から薬学的視点でクリニカル・クエスチョンをみつけ、継続的に薬学研究に取り組んでいます。特に、医薬品適正使用と副作用回避などの安全性確保をテーマとして、これまでに医薬品添加物CMC-Naによるアレルギー反応の解明、抗がん剤による遅発性過敏症の予防法探索、TPNによる肝機能障害の発現状況や、抗がん剤と血液凝固阻止剤の相互作用に関する調査などを行い、成果を論文として発表しています。さらに現在はNSTやICTなどのチーム医療で他職種との共同研究を行うほか、地域医療支援病院の薬剤部として、地域包括ケアに対応するべく高齢者の問題にも注目しています。
鈴木 岐阜大学医学部附属病院(614床)薬剤部では、「薬剤業務に基づく研究」を推進しており、医療の質や患者満足度の向上、医療費削減などに対する薬剤師の貢献を数値化し、論文発表することを重視しています。現在、病棟薬剤業務のアウトカム評価に取り組んでいますが、この背景には、病棟薬剤業務実施加算が新設される過程で、病棟業務の有用性を示すデータの不足が問題視されたことがあります。また、現在は医師の負担軽減が重要課題ですが、2017年には医師不足は解消すると予測されており、薬剤師業務が医療安全や医療の質向上にも貢献することを示す必要があると考えています。
発現が入院期間延長の要因にはなっていませんが、薬剤師の指導により再入院までの期間が延長する可能性が示唆されました。がん患者さんが4割を占める耳鼻科病棟と、教育入院が多い糖尿病内科病棟のデータを比較することで、各病棟の特徴や疾患に応じてアウトカムの指標を選択する必要性が明らかになりました。
佐多 当院の取り組みから2つの事例を紹介します。まず、病棟薬剤業務としてがん疼痛対策を実施した結果、麻薬使用量は変化することなく、フェイススケール、副作用発現率は有意に低下しました。今ではNSAIDsや鎮痛補助薬の予防投与の提案といった薬剤師の積極的な介入により、オピオイドに依存しない疼痛コントロールが可能になっています。また、PBPM導入に伴い、医師の指示に起因する薬剤関連のインシデント・アクシデント報告は年々減少しており(資料2)、薬剤師による処方チェックおよび変更、検査オーダーは安全性の向上とともに医師の負担軽減にも寄与しています。この他、肝動脈カテーテル療法の在院日数短縮、抗菌薬の適正使用による緑膿菌に対する感受性維持、お薬
手帳を用いた医薬品情報提供や啓発によるお薬手帳の携帯率向上など、さまざまな薬剤師業務のアウトカムを集積しています。
廣田 私からは糖尿病専門クリニックとの共同研究の事例を紹介します。整形外科の処方薬が原因で腎機能が急激に低下した糖尿病患者さんを経験したことから、糖尿病患者800名を対象に併用薬の調査を1カ月間行ったところ、NSAIDsを服用している腎機能低下患者さんが12名いました。糖尿病主治医に連絡して他の医師との情報共有を提案するとともに、該当患者さんの同意を得て、「腎機能注意」についてお薬手帳にシールを貼付し、他の医療機関にも注意喚起することにしました(資料3)。もう一つは、使用済みインスリンデバイスの調査です。回収したデバイスに気泡の少ないものがあり、逆流(血液、空気)の減少が原因ではないかと考え、実際に回収した使用済みのプレフィルド型自己注射器4種、各50本を精査しました。注射器外観の検査は薬局が、残インスリンの潜血検査はクリニックの検査技師が行った結果、主なトラブルは注射針をつけたままで保管することが原因と判明したため、手技と保管方法の指導を強化したところ、トラブルは減少しています。
■日常業務の中から研究テーマを 見つけ出すポイント
室井 患者さんのQOL向上のために問題解決するという目的は同じですね。そのアプローチ方法にさまざまな工夫をされていますが、どのような観点で研究テーマを見つけ出し、研究プランを立てていますか。
廣田 薬局薬剤師が得られる情報は限られていますので、患者さんとのコミュニケーションから得られる情報は貴重です。私は患者さんの話や処方医から説明された処方意図などをノートに記録し、その中から、複数の患者さんで同様の問題が起きている場合は特に注意して経過を観察し、研究テーマにつなげています。
鈴木 患者さんの記録からクリニカル・クエスチョンを見いだすという手法は当院も同じです。ポイントは、後日評価・分析ができるように客観的な数字で残すことです。有害事象の重篤度はグレード(CTCAE)で評価し、介入前後の数値を必ず記録しています。
室井 評価の視点を明確にし、薬剤部と医療スタッフ間で共有しておくこと、記録の標準化をすることが大切ですね。これを全ての業務で実施すれば今まで見逃していたクリニカル・クエスチョンを見つけることができますね。
佐多 当院では、研究成果を薬剤師の増員や業務拡大につなげる目的でもデータを集積しています。データの収集や記録は日常業務では負担になりますが、薬剤師業務の一環と捉え、医療情報管理部門などとも連携して情報収集しています。
廣田 私は研究テーマやデザインを考える時に、学会発表や論文を参考にしています。例に挙げたインスリン容器の回収調査も、学会で目にした方法を基に、関連する論文などを参考にして実現可能な方法を考えました。
室井 先人に学ぶことはとても大切です。参考になる研究があれば施設内で情報共有し、多くの人のアイデアから研究デザインを組み立てていくといいですね。
■研究マインドを育むための環境と 組織体制
室井 日常業務と研究を両立させるためには取り巻く環境も大切です。当院では、毎朝の全体ミーティングで情報共有だけではなく、症例や処方提案の報告を行ったり、月1回のチーム会議では各業務の改善点や症例の問題点を話し合って研究テーマの材料にしています。また、研究推進チームが研究をサポートしていきます。
佐多 研究に対する意識を持たせるために、入職2年目は地方学会、3年目は全国学会での発表を義務付けています。また、発表には薬剤科の事務員も補佐役として参加する体制をとっており、昨年は事務員も医療マネジメント学会で発表しました。最近は医師や看護師、事務部門など他職種を巻き込んだ共同発表が多く、研究もチーム医療の中で行われることが増えています。
鈴木 研究は大学病院の使命の一つで当院の環境も整っていますが、業務との両立は大前提であり、より効率的に行うためのIT化やシステム化も重要です。特に、臨床業務の中で研究用のデータが自動的に蓄積できるシステムの構築にも取り組みたいと思います。
廣田 保険薬局では薬剤師が少なく、若いころから仕事がマネジメント業務中心になってしまうので、研究マインドを学ぶ余裕がないままに過ぎてしまいます。また、指導を受けることも難しい状況です。研究をしたいと思っても、方法がわからない、時間がないという理由で二の足を踏んでしまう薬剤師も少なくないでしょう。この閉じこもりがちな環境を脱却するには、自分から積極的に外に出て行き、学会などで出会った先生方から学んでいくしかありません。
室井 研究成果は論文発表することで、はじめて一施設の取り組みから、時間と空間を越えて、薬剤師の職能として広く認められます。当院は地方の一般病院ですが、大学と共同研究を行うなど、論文発表まで視野に入れた研究環境をスタッフに提供したいと考えています。
■医療に貢献し、社会から評価される 薬剤師を目指して
室井 薬剤師が医療に貢献し、社会から評価されるようなエビデンスを構築するために、今後どのような取り組みが必要だとお
考えでしょうか。
佐多 薬剤師を取り巻く環境はさらに厳しさを増し、薬剤師の存在意義を問われることもあると思います。その時に、蓄積された業務実績や研究成果をよりどころとして、自信と誇りを持って業務を遂行できるように、いま臨床現場にいるわれわれがその基盤を作ることが後進に対する責任だと感じています。また、それは最終的に患者さんの治療に貢献することにつながると思います。
廣田 かかりつけ薬剤師として地域医療に貢献するためには、自ら連携の輪の中に入っていくことが大切ですが、その時に病院薬剤師とのつながりが大きな力になります。研究成果やツールなどを活用させていただく一方で、薬局の取り組み成果も病院に還元できるよう、今後も研究を続けていきたいと思います。
鈴木 地域の薬剤師と連携・協力して医療の質を高めるために、情報やノウハウの共有化を進めたいと思います。当院のホームページには制吐対策や副作用モニタリングシート作成などのための支援ツールを掲載していますので、ぜひ活用してほしいと思います。また、研究環境に恵まれない薬剤師のためにも、共同研究のネットワーク化を推進したいですね。
室井 全国各地でネットワークが構築され、多施設共同研究の成果が数多く生まれれば素晴らしいですね。大学病院、一般病院、薬局がそれぞれの機能や特性を生かした業務を開拓、実践し、薬剤師業務のアウトカムを集積していきましょう。 今回の座談会を通じて再確認したのは、薬剤師の業務が「患者中心」であることです。患者さんの傍らで問題点を探索し、薬学研究を行い、導き出したアウトカムをまた薬学的患者ケアの実践に生かす。常に、「学び、思い、考え、問題解決する」というスタディーマインドを持って、クリエイトし実践できる薬剤師の育成を目指しましょう。薬剤師の存在が医療の質を向上させると確信しています(資料4)。
鹿児島厚生連病院薬剤に関するインシデント・アクシデント報告と医師の指示に起因する比率の推移
資料2
せいら調剤薬局腎機能低下患者のお薬手帳にシールを貼付
資料3赤穂市民病院薬剤師が研究に取り組む意義
資料4
※薬剤に関する割合=薬剤に関する件数/全報告件数※※医師の指示が原因の割合=医師の指示が原因の薬剤に関する件数/薬剤に関する件数
佐多照正ら:第24回日本医療薬学会で発表
35
30
25
20
15
10
5
0平成23年度 平成24年度 平成26年度
(%)薬剤に関する割合(%)※
平成25年度
薬剤に関する医師の指示が原因による割合(%)※※
●お薬手帳への表示はクリニックからの腎機能データを基に患者の同意を得てシールを貼付する。●患者に情報共有の必要性と腎機能に注意が必要なことを強調して説明する。
-
佐多 鹿児島厚生連病院(184床)薬剤科は、医薬品安全管理、医師負担軽減、医療の質の向上を目指して積極的に業務範囲を広げ、現在、外来を含む調剤業務、手術前や化学療法導入前などの薬剤師外来、病棟薬剤業務などを実施しています。最近ではプロトコルに基づく薬物治療管理(PBPM)にも取り組み、処方変更と検査オーダーを医師との合意の上で薬剤師が実施しています。当院はエビデンスの構築を意識してきたわけではないのですが、業務の結果を極力データ化し、院内や学会などで発信してきたことが、薬剤師の育成や他職種からの信頼につながっています。
廣田 せいら調剤薬局は糖尿病専門クリニックの門前薬局です。クリニックと薬局がそれぞれの専門性を生かした多角的な指導や支援を行うことを目的に、考え方の統一、指導範囲の調整、情報の共有を踏まえた医薬連携と共同研究に取り組んでいます。糖尿病チームの一員としての専門性と、かかりつけ薬局としての総合性を両立することは容易ではなく、また、医師の治療方針や指導内容を把握するチャンスが少ないことから、情報収集や情報共有の方法を工夫し、研究成果を患者支援に生かしています。
■臨床業務のアウトカム評価室井 それでは、各施設におけるアウトカム評価の具体例をご紹介ください。
鈴木 当院では耳鼻咽喉科病棟をモデル病棟として病棟薬剤業務のアウトカム評価に取り組んでいます。中でも有害事象のモニタリングと対策に焦点を絞り、全入院患者における発現状況や薬剤師の介入内容、結果などを「病棟薬剤業務実施ワークシート」に記録しました(資料1)。1年6カ月の調査期間内で、グレード2以上の有害事象が38%の患者さんに発現し、重症度に依存して入院期間が延長していました。一方で、薬剤師の処方介入により不眠や便秘、悪心・嘔吐、感染などの有害事象は改善し、入院期間も短縮されました。これは年間約6,700万円の医療費節減に相当します。また、糖尿病内科病棟では有害事象の
薬剤師による臨床業務のエビデンス構築VIEW
■はじめに ~薬剤師が研究に取り組む意義~室井 薬剤師の主たる業務が医薬品中心の業務から、病棟業務やチーム医療へと大きく変化し、薬剤師の活躍するフィールドも拡大しています。薬物療法の安全性や有効性の向上、患者さんのQOL向上といった薬剤師による医療への貢献を客観的な指標で評価し、エビデンスとして蓄積することが、さらなる飛躍に向けた課題となります。そして、これから私たち薬剤師は日常業務において薬物療法に常に目を配り、副作用回避・治療継続のための処方提案だけではなく、患者さんの生活を踏まえた薬学的ケアの実践、地域完結型医療に対応した薬・薬・学連携などを通じて、臨床業務のエビデンスを構築し発信する必要があります。そのためには研究マインドの養成がとても大切になります。薬学教育モデル・コアカリキュラムでは、「研究能力」が薬剤師の基本的資質の一つに挙げられましたが、現状では一般病院や薬局が研究に取り組む環境は整っているとは言えません。それでも、臨床現場だからこそできる研究があります。この座談会では、臨床研究のノウハウや研究マインドを多くの薬剤師の仲間に伝えたいと思います。
■各施設におけるエビデンス構築への 取り組み室井 最初に、本日お集まりの先生方の施設における取り組みについて伺いたいと思います。まず赤穂市民病院(396床)から説明しますと、薬剤部はファーマシューティカルケアの実践、教育、研究を3つの柱に、日常業務の中から薬学的視点でクリニカル・クエスチョンをみつけ、継続的に薬学研究に取り組んでいます。特に、医薬品適正使用と副作用回避などの安全性確保をテーマとして、これまでに医薬品添加物CMC-Naによるアレルギー反応の解明、抗がん剤による遅発性過敏症の予防法探索、TPNによる肝機能障害の発現状況や、抗がん剤と血液凝固阻止剤の相互作用に関する調査などを行い、成果を論文として発表しています。さらに現在はNSTやICTなどのチーム医療で他職種との共同研究を行うほか、地域医療支援病院の薬剤部として、地域包括ケアに対応するべく高齢者の問題にも注目しています。
鈴木 岐阜大学医学部附属病院(614床)薬剤部では、「薬剤業務に基づく研究」を推進しており、医療の質や患者満足度の向上、医療費削減などに対する薬剤師の貢献を数値化し、論文発表することを重視しています。現在、病棟薬剤業務のアウトカム評価に取り組んでいますが、この背景には、病棟薬剤業務実施加算が新設される過程で、病棟業務の有用性を示すデータの不足が問題視されたことがあります。また、現在は医師の負担軽減が重要課題ですが、2017年には医師不足は解消すると予測されており、薬剤師業務が医療安全や医療の質向上にも貢献することを示す必要があると考えています。
発現が入院期間延長の要因にはなっていませんが、薬剤師の指導により再入院までの期間が延長する可能性が示唆されました。がん患者さんが4割を占める耳鼻科病棟と、教育入院が多い糖尿病内科病棟のデータを比較することで、各病棟の特徴や疾患に応じてアウトカムの指標を選択する必要性が明らかになりました。
佐多 当院の取り組みから2つの事例を紹介します。まず、病棟薬剤業務としてがん疼痛対策を実施した結果、麻薬使用量は変化することなく、フェイススケール、副作用発現率は有意に低下しました。今ではNSAIDsや鎮痛補助薬の予防投与の提案といった薬剤師の積極的な介入により、オピオイドに依存しない疼痛コントロールが可能になっています。また、PBPM導入に伴い、医師の指示に起因する薬剤関連のインシデント・アクシデント報告は年々減少しており(資料2)、薬剤師による処方チェックおよび変更、検査オーダーは安全性の向上とともに医師の負担軽減にも寄与しています。この他、肝動脈カテーテル療法の在院日数短縮、抗菌薬の適正使用による緑膿菌に対する感受性維持、お薬
手帳を用いた医薬品情報提供や啓発によるお薬手帳の携帯率向上など、さまざまな薬剤師業務のアウトカムを集積しています。
廣田 私からは糖尿病専門クリニックとの共同研究の事例を紹介します。整形外科の処方薬が原因で腎機能が急激に低下した糖尿病患者さんを経験したことから、糖尿病患者800名を対象に併用薬の調査を1カ月間行ったところ、NSAIDsを服用している腎機能低下患者さんが12名いました。糖尿病主治医に連絡して他の医師との情報共有を提案するとともに、該当患者さんの同意を得て、「腎機能注意」についてお薬手帳にシールを貼付し、他の医療機関にも注意喚起することにしました(資料3)。もう一つは、使用済みインスリンデバイスの調査です。回収したデバイスに気泡の少ないものがあり、逆流(血液、空気)の減少が原因ではないかと考え、実際に回収した使用済みのプレフィルド型自己注射器4種、各50本を精査しました。注射器外観の検査は薬局が、残インスリンの潜血検査はクリニックの検査技師が行った結果、主なトラブルは注射針をつけたままで保管することが原因と判明したため、手技と保管方法の指導を強化したところ、トラブルは減少しています。
■日常業務の中から研究テーマを 見つけ出すポイント
室井 患者さんのQOL向上のために問題解決するという目的は同じですね。そのアプローチ方法にさまざまな工夫をされていますが、どのような観点で研究テーマを見つけ出し、研究プランを立てていますか。
廣田 薬局薬剤師が得られる情報は限られていますので、患者さんとのコミュニケーションから得られる情報は貴重です。私は患者さんの話や処方医から説明された処方意図などをノートに記録し、その中から、複数の患者さんで同様の問題が起きている場合は特に注意して経過を観察し、研究テーマにつなげています。
鈴木 患者さんの記録からクリニカル・クエスチョンを見いだすという手法は当院も同じです。ポイントは、後日評価・分析ができるように客観的な数字で残すことです。有害事象の重篤度はグレード(CTCAE)で評価し、介入前後の数値を必ず記録しています。
室井 評価の視点を明確にし、薬剤部と医療スタッフ間で共有しておくこと、記録の標準化をすることが大切ですね。これを全ての業務で実施すれば今まで見逃していたクリニカル・クエスチョンを見つけることができますね。
佐多 当院では、研究成果を薬剤師の増員や業務拡大につなげる目的でもデータを集積しています。データの収集や記録は日常業務では負担になりますが、薬剤師業務の一環と捉え、医療情報管理部門などとも連携して情報収集しています。
廣田 私は研究テーマやデザインを考える時に、学会発表や論文を参考にしています。例に挙げたインスリン容器の回収調査も、学会で目にした方法を基に、関連する論文などを参考にして実現可能な方法を考えました。
室井 先人に学ぶことはとても大切です。参考になる研究があれば施設内で情報共有し、多くの人のアイデアから研究デザインを組み立てていくといいですね。
■研究マインドを育むための環境と 組織体制
室井 日常業務と研究を両立させるためには取り巻く環境も大切です。当院では、毎朝の全体ミーティングで情報共有だけではなく、症例や処方提案の報告を行ったり、月1回のチーム会議では各業務の改善点や症例の問題点を話し合って研究テーマの材料にしています。また、研究推進チームが研究をサポートしていきます。
佐多 研究に対する意識を持たせるために、入職2年目は地方学会、3年目は全国学会での発表を義務付けています。また、発表には薬剤科の事務員も補佐役として参加する体制をとっており、昨年は事務員も医療マネジメント学会で発表しました。最近は医師や看護師、事務部門など他職種を巻き込んだ共同発表が多く、研究もチーム医療の中で行われることが増えています。
鈴木 研究は大学病院の使命の一つで当院の環境も整っていますが、業務との両立は大前提であり、より効率的に行うためのIT化やシステム化も重要です。特に、臨床業務の中で研究用のデータが自動的に蓄積できるシステムの構築にも取り組みたいと思います。
廣田 保険薬局では薬剤師が少なく、若いころから仕事がマネジメント業務中心になってしまうので、研究マインドを学ぶ余裕がないままに過ぎてしまいます。また、指導を受けることも難しい状況です。研究をしたいと思っても、方法がわからない、時間がないという理由で二の足を踏んでしまう薬剤師も少なくないでしょう。この閉じこもりがちな環境を脱却するには、自分から積極的に外に出て行き、学会などで出会った先生方から学んでいくしかありません。
室井 研究成果は論文発表することで、はじめて一施設の取り組みから、時間と空間を越えて、薬剤師の職能として広く認められます。当院は地方の一般病院ですが、大学と共同研究を行うなど、論文発表まで視野に入れた研究環境をスタッフに提供したいと考えています。
■医療に貢献し、社会から評価される 薬剤師を目指して
室井 薬剤師が医療に貢献し、社会から評価されるようなエビデンスを構築するために、今後どのような取り組みが必要だとお
考えでしょうか。
佐多 薬剤師を取り巻く環境はさらに厳しさを増し、薬剤師の存在意義を問われることもあると思います。その時に、蓄積された業務実績や研究成果をよりどころとして、自信と誇りを持って業務を遂行できるように、いま臨床現場にいるわれわれがその基盤を作ることが後進に対する責任だと感じています。また、それは最終的に患者さんの治療に貢献することにつながると思います。
廣田 かかりつけ薬剤師として地域医療に貢献するためには、自ら連携の輪の中に入っていくことが大切ですが、その時に病院薬剤師とのつながりが大きな力になります。研究成果やツールなどを活用させていただく一方で、薬局の取り組み成果も病院に還元できるよう、今後も研究を続けていきたいと思います。
鈴木 地域の薬剤師と連携・協力して医療の質を高めるために、情報やノウハウの共有化を進めたいと思います。当院のホームページには制吐対策や副作用モニタリングシート作成などのための支援ツールを掲載していますので、ぜひ活用してほしいと思います。また、研究環境に恵まれない薬剤師のためにも、共同研究のネットワーク化を推進したいですね。
室井 全国各地でネットワークが構築され、多施設共同研究の成果が数多く生まれれば素晴らしいですね。大学病院、一般病院、薬局がそれぞれの機能や特性を生かした業務を開拓、実践し、薬剤師業務のアウトカムを集積していきましょう。 今回の座談会を通じて再確認したのは、薬剤師の業務が「患者中心」であることです。患者さんの傍らで問題点を探索し、薬学研究を行い、導き出したアウトカムをまた薬学的患者ケアの実践に生かす。常に、「学び、思い、考え、問題解決する」というスタディーマインドを持って、クリエイトし実践できる薬剤師の育成を目指しましょう。薬剤師の存在が医療の質を向上させると確信しています(資料4)。
鹿児島厚生連病院薬剤に関するインシデント・アクシデント報告と医師の指示に起因する比率の推移
資料2
せいら調剤薬局腎機能低下患者のお薬手帳にシールを貼付
資料3赤穂市民病院薬剤師が研究に取り組む意義
資料4
※薬剤に関する割合=薬剤に関する件数/全報告件数※※医師の指示が原因の割合=医師の指示が原因の薬剤に関する件数/薬剤に関する件数
佐多照正ら:第24回日本医療薬学会で発表
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0平成23年度 平成24年度 平成26年度
(%)薬剤に関する割合(%)※
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薬剤に関する医師の指示が原因による割合(%)※※
●お薬手帳への表示はクリニックからの腎機能データを基に患者の同意を得てシールを貼付する。●患者に情報共有の必要性と腎機能に注意が必要なことを強調して説明する。
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