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有価証券とは、どのような証券か(八

取引の電子化

ペイパーレス化を理解するためにも

はじめに

従来の有価証券の捉え方に対する疑問と、その解決方法

手形

株券

物品証券の論理構造に手懸りを求めて

…………以上

四二巻五号

有価証券の論理構造と公示催告

除権決定制度

以上

四二巻六号

……………………………………………………

有価証券の分類や性質論の見直し

総論

以上

四三巻一号

……………………………………………………

有価証券の分類や性質論の見直し

物品証券

社債券を中心に

以上

四三巻二号

………………………………

物品証券の処分証券性と引渡証券性

債権的効力と物権的効力の区別

連関性

以上

四三巻三号

…………………

有価証券か否か議論のある証券

カードの検討

記名証券

以上

四三巻四号

…………………………………

有価証券か否か議論のある証券

カードの検討

ゴルフ会員権証

保険証券

荷渡指図書

以上

四三巻五号

有価証券か否か議論のある証券

カードの検討

普通乗車券

回数乗車券

商品券

プリペイドカード

…………………以上

本号

一〇

むすび

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有価証券か否か議論のある証券

カードの検討

普通乗車券

回数乗車券

商品券

プリペイドカード

物品運送の分野においては船荷証券の電子化が進んでいるが、旅客運送の分野では乗車券のカード化

電子化が

普及しているだけでなく、いわゆる

電子マネー

に発展している。乗車券のカード化や電子化の問題は本章の最後

に取扱うことにして、まずは、その前段階である紙の乗車券

普通乗車券

定期乗車券

回数乗車券

の法的性質に関す

四二二

る議論を検討することから始めよう。

普通乗車券の法的性質について

⑴乗車前に発行される無記名式の乗車券は、①運送請求権を表彰する有価証券であるとするのが通説であるが、

②金銭代用証券としての性質を承認した有価証券と解する説もある。

⑵改札により入鋏後の無記名式乗車券は、①単なる証拠証券となり、譲渡性がなくなるとする説と、②譲渡性は

失っているが、目的地に着くまでは証券の使命は残っており、有価証券としての性質は持続しているとする説があ

る。⑶

記名式乗車券については、①単なる証拠証券にすぎないとする多数説と、②譲渡性はないが、運送債権の行使

に証券の呈示が必要であることを重視して、運送請求権を表彰する有価証券であるとする説がある。

定期乗車券の法的性質について

①単なる証拠証券にすぎないとする多数説と、②運送債権を行使する際に呈示しなければならないから、運送請

求権を表彰した有価証券であるとする説とに分かれている状況は、A⑶の場合と同じである。

佐賀大学経済論集 第43巻第6号

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回数乗車券の法的性質について

有価証券性を否定する二つ

四二三

の判決があるが、学説は、これに反対するものが多く、次のような見解が主張されて

いる。即ち、①運送請求権を表彰した有価証券とする説、②無記名回数乗車券の発売により、運送契約の予約が成

立し、回数乗車券は、その本契約を締結すべき債権を表彰する有価証券とする説、③金銭代用券であるとする説、

④金銭代用契約上の権利を表彰する有価証券と解する説、⑤運送賃の支払につき現金に代用する方法としての意義

を承認した有価証券と解する説に分かれている。

四二二

乗車券の法的性質に関する従来の学説を概観

整理した文献として、宇田

一七

札院四巻一号一八六頁以下、平出

三二

商行為法五五九頁以下、原茂太一

乗車券の法的性質

前掲

八六

鴻ほか編

演習商法

総則

商行為

三〇九頁以下、

大原栄一

前掲

八六

基本法コンメンタール一八九頁以下、椎原國隆

乗車券の性質

前掲

一七

争点Ⅱ二三二頁以下。

四二三

大判

大正六年二月三日

民集二三輯三五頁、大判

昭和一四年二月一日

民集一八巻二号七七頁。

大正六年判決の評釈として、前掲

三八〇

の商法

総則

商行為

判例百選

第一版一九二頁以下﹇椎原國隆﹈第二版一七〇

頁以下﹇椎原﹈第三版一七〇頁以下﹇中西正明﹈第四版二〇四頁以下﹇宇田一明﹈第五版二〇六頁以下﹇柴田和史﹈。

昭和一四年判決の評釈として、竹田

民商法雑誌一〇巻一号

一九三九年

一二七頁以下、大隅健一郎

法学論叢四〇巻

六号

一九三九年

一二六頁以下、石井照久

法学協会雑誌五七巻七号

一九三九年

一八〇頁以下、伊澤孝平

法学九巻八号

九四〇年

一二八頁以下、上柳克郎

運輸判例百選

一九七一年

一六〇頁以下。

普通乗車券や定期乗車券

回数乗車券の法的性質を、どのように

えるかという問題についても、その解答は、

①有価証券という概念を、どのように理解するのか、そして、②乗車券を発行する企業や乗客が、この証券を、ど

のようなものとして利用しているのかという実態に懸っている。②の実態については理論法学の守備範囲を越えて

いるので、ここでは乗客としての私の経験と①の部分を重視して

察する。

有価証券とは、どのような証券か(八)

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有価証券につき、財産的価値のある私権を表彰していることを前提にして、証券の流通性

権利の移転性を重視す

る立場からは、記名式の普通乗車券や定期乗車券

改札後の無記名式乗車券には流通性

譲渡性がないということで、

有価証券ではないとされ

四二四

ている。これに対して、権利の行使に証券が必要

不可欠であることを重視する立場から

は、これらの乗車券に流通性

譲渡性がないということだけでは有価証券ではないとはいえず、権利を行使する際に

呈示ないし引渡を要する以上、有価証券ということ

四二五

になる。

私見のように、有価証券とは発行者が

この証券の正当な所持人に対して

一定の

債務を負担する意思

を表示し

ている証券で、権利行使資格を証明する唯一の手段であるとする立場からは、後述する回数乗車券、さらには商品

券のように、自由に譲渡することが出来る証券であれば有価証券と認めうるわけではなく、実質的な権利行使資格

証明力をもつ証券でなければ有価証券と認めることは出来ない。したがって、私見では自由に譲渡することが出来

ない記名証券といえども有価証券と認めているように

第七章参照

、譲渡不可能な乗車券

記名式の普通乗車券や定期乗車

改札後の無記名式乗車券

も、これを呈示して権利行使資格があることを証明しなければ、運送請求権を行使するこ

とが出来ず、これを呈示できない場合には運送賃を払い直す必要があるから、これらの乗車券も有価証券というこ

とになる。

とはいえ、普通乗車券や回数乗車券には、①運送賃のほかに乗車区間や通用期間の記載があるものと、②乗車区

間の記載はなく、一定の金額だけを記載したものがある。したがって、この類型の違いに対応した

察をする必要

四二六

がある。

にも拘わらず、右の類型の違いを無視して、①の類型の乗車券に関する

え方を②の類型の乗車券にも適用する

と、間違った判断をすることになる。というのは、前記の大正六年や昭和一四年の大審院判決の対象となった回数

乗車券は②の類型のものではなかったかと思われる。しかし、①の類型の回数乗車券は

包括的運送契約上の権利を

180

佐賀大学経済論集 第43巻第6号

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表彰する有価証券と解してよい

とする前提の下に、②の類型の回数乗車券は運送債権を表彰する有価証券ではな

く、運送賃の前払を証する単なる票券ないし運送賃代用の票券にすぎないとした判決に対して、西原博士は

旅客が

最大の義務である運送賃の支払を終えながら、何らの権利の発生をも認められないのは、当事者の意思に適合しな

と批判されて

四二七

いるが、本件は②の類型であり、①とは類型を異にするのであれば、この批判は的はずれというこ

とになる。

四二四

高窪

二七

通論五三頁、本間

三一

東商大法研三号一一二頁。なお、鈴木

四〇〇

商行為法五五頁注

四二五

同旨、西原

八六

商行為法三三三頁注

四二六

同旨、田中

ほか

八六

コンメンタール四九〇頁、原茂

四二二

三一四頁、椎原

四二二

争点Ⅱ二三三

頁、同

四二三

判例百選第一版一九三頁、同

四二三

判例百選第二版一七一頁、竹田

四二三

民商一〇巻一号一三

一頁。

四二七

西原

八六

商行為法三三三頁。

前節で類型分けした①の普通乗車券

回数乗車券は、運送人の給付すべき内容が特定した運送債務の負担意思を

表示しており、通常の場合、この証券を呈示しなければ右の特定した内容の債務の履行を請求することは出来ない。

したがって、①の類型の乗車券は運送債権の行使資格を証明する唯一の手段であり、有価証券ということが出来る。

これに対して、②の類型の一定金額のみを記載している回数乗車券は有価証券ではなく、金銭代用証券であり、

金額券である。というのは、このような回数券を購入した段階では、利用客と運送人との間に具体的な運送契約が

締結されるわけではなく、運送契約は利用者が実際に乗車する段階において締結されているからである。そして、

その際に運送賃を支払う不便を回避するために、さらには利用客にとって割安になるというメリットもあるために、

有価証券とは、どのような証券か(八)

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予じめ運送賃を前払いしておいて、実際に乗車した場合に、前記の前払いの反対給付として引渡され

四二八

る証券を用い

て、運送賃の支払いに充てているのである。

つまり、②の類型の回数券は、その所持人に運送債権を行使する資格があることを証明するための手段として利

用されているのではなく、運送賃の支払手段として利用されているのである。しかも、券面には一定の金額しか記

載されていないのであるから、金額券の一種ということになる。

要するに、②の類型の一定金額だけが記載されている乗車券は端的に金額券と解すれば十分であり、金銭代用契

約上の権利を表彰する有価証券であ

四二九

るとか、運送賃に代用できる権利を表彰している有

四三〇

価証券、あるいは運送賃の

支払につき現金代用方法としての意義を承認したもので、無記名式であれば譲渡性があるので有価証券

四三一

であるなど

と、回りくどい説明をする必要はない。にも拘わらず、金銭代用証券たる性質を有する

有価証券

という余計な文

言を加えたために、乗車券の法律的説明になっていないとか、証券が表彰する権利の内容や性質を十分明らかにし

ていないとい

四三二

う批判を受けることになる。

金額券であることと有価証券であることは相容れない性質である。したがって、②の類型の乗車券を金額券に一

元化して解することなく、金銭代用請求権などの、何らかの債権を表彰する有価証券であるとして、二元的

複合的

に解する説は、相容れない要素を両立させようという無理を冒していると云わざるを得ない。だが、このような私

見とは異なり、これらの説が敢えて、そのようなことをしているのは、回数券の提示者が乗車を拒否されないため

の理論構成をしているとして、好意的に受け止める見解

四三三

がある。

しかし、②の類型の一定の金額だけが記載されている回数券は、金銭代用請求権などの債権を表彰していると解

さなくても、運送人の受取り拒否に対抗することは可能である。というのは、②の類型の乗車券は運送人に対して

運送賃の前払をして発行された金額券であると解する場合には、この金額券の提供は債務の本旨に従って現実に行

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佐賀大学経済論集 第43巻第6号

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われた弁済の提供となり

民四九

三条

、これを受取ることを運送人が拒めば受領遅滞

民四

三条

になるからである。

②の類型の金額だけが記載された回数券につき、これも運送人と乗客の間で乗客の希望する路線で、券面に記載

された金額に相当する運送を引き受ける内容の運送契約が成立したと解することも可能

であるから、

この種の回

数乗車券も運送債権を表彰した有価証券と

えてよいであろう

とする見解

四三四

がある。

タクシーを利用する場合には、一〇〇〇円で走行可能な距離の運送契約をすることは

えられるし、実際に、そ

のような利用をする客も存在するであろう。全区間一〇〇円というバス路線も実在している。しかし、例えば一区

間二〇〇円と定めている路線で、一〇〇円と記載された回数券を所持している乗客が、一〇〇円相当の距離の中間

地点で降車する権利を行使するような事態を、運送人はもとより、一般の乗客も想定した上でこの種の回数券を利

用しているのであろうか。乗客が乗車したい所で乗車し、降車したい所で降車できる乗合い自動車も運行されてい

るようであるが、回数券に記載されている金額相当分だけを運送するという契約が結ばれるという解釈は、運送人

はもとより、一般の乗客の意思にも合致していないように思われる。だとすれば、上記のような構成は無理であり、

そうまでして②の類型の回数券を有価証券とする必要はない。

余談ながら、大阪駅前では昭和初期から市電やバス、地下鉄の回数乗車券をバラ売りして、回数乗車券一冊につ

き一枚分の利益をあげるという商売を複数の人が行っていたということ

四三五

である。この回数券は、どのような類型の

ものであったかは明らかではないが、おそらく②の類型のものであろうと思われる。

この例や、最近では金券ショップにおいても取引されているように、乗車券が売買の対象とされ、譲渡性を有し

ているからといって、②の類型の乗車券が有価証券となるわけではなく、金額券として取引の対象になるのである。

なお、上記の大阪での売買を新宿の地下鉄駅で行った人がいたそうであるが、東京では見向きもされなかったとの

ことである。

有価証券とは、どのような証券か(八)

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四二八

竹田

金額券について

前掲

四六

商法の理論と解釈四四六頁

初出

法学新報二九巻四号﹇一九一九年﹈は、金

額券は売買によって取得することが出来る一の物であって、一定金額の金銭の受取証書や金銭払込の事実を証明するもので

はないとされる。

四二九

伊澤

四二三

法学九巻八号一二九頁。

四三〇

中西

四二三

判例百選第三版一七一頁。

四三一

石井

四二三

法協五七巻七号一八二頁。なお、石井

三一

商法Ⅱ一〇一頁

三九二頁。

四三二

大隅

三一

商行為法一六四頁、同

四二三

法叢四〇巻六号一三〇頁、西原

八六

商行為法三三四頁注

四三三

宇田

四二三

判例百選第四版二〇五頁。因に、宇田

一七

商品券

二五八頁以下は、前払い票券という点では

回数乗車券と似た性質を有する商品券は金銭代用契約上の権利を表彰する有価証券とされる。このような理論構成に対する

批判については、後掲

四六一

参照。

四三四

原茂

四二二

三一四頁

なお、金額のみを記載した普通乗車券につき三一三頁

、椎原

四二二

争点Ⅱ二三三頁、同

四二三

判例百選第一版一九三頁、同

四二三

判例百選第二版一七一頁。同旨、石井

三一

商法Ⅱ三九二頁、田中

ほか

八六

コンメンタール四九一頁

なお、金額のみ記載の普通乗車券につき四九〇頁

四三五

宇井無愁

ケチのすすめ﹇角川書店

一九七四年﹈三三頁以下。

一定金額のみを記載している普通乗車券や回数乗車券は、運送請求権や運送賃に代用できる権利を表彰する有

価証券ではなく、大正六年と昭和一四年の大審院判決が述べているように、郵便切手や収入印紙と同様、料金の支

払いに充当することが出来る金額券であり、金銭に代用される票券である。つまり、券面に記載された金額に相当

する料金の支払手段であることを示す票券

四三六

である。

このような普通乗車券や回数乗車券と郵便切手や収入印紙が異なるのは、私的な票券か公的

四三七

な票券かという点に

あるにす

四三八

ぎない。だとすれば、金額券

金券

について説明する際に

郵便切手

収入印紙など、法律上金銭に代わる効

力を認められた証券

四三九

である

として、公的な票券に限定する必要はなく、

法律上金銭に代わる効力を認められた証

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佐賀大学経済論集 第43巻第6号

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でなくても、私的な合意に基づいて

金銭に代わる効力を認められた証券

も金額金に含ませることが出来る。

このような

え方に対しては、私人が自由に金額券を発行することが出来るのか疑問

四四〇

があるとする批判、さらに

は紙幣類似証券取締法

明治三九年法律第五一号

の趣旨に反するおそれ

四四一

があるとする批判が出されるであろう。とりわ

け、回数券を発行する運送人は、回数券が運送賃に代用されることについての

強制通用力

を承認したと解

四四二

する説

に対しては、右の疑問や批判は的を射ているようにも見える。

しかし、紙幣類似証券取締法一条一項は

一様ノ形式ヲ具ヘ箇々ノ取引ニ基カスシテ金額ヲ定メ多数ニ発行シタル

証券ニシテ紙幣類似ノ作用ヲ為スモノ

と財務大臣が認めるときは、その発行

流通を禁止することが出来るとして

いるに止まり、私人が金額券を発行し、利用することを一律に禁止しているわけではない。

しかも、金額のみを記載した普通乗車券や回数乗車券は

一様ノ形式ヲ具ヘ

金額ヲ定メ多数ニ発行シタル証券

という形式的要件は充たしているが、個々の運送契約、あるいは運送賃前払い契約に基づいて発行され、しかもこ

れを発行した運送人ないし運送人のグループ企業内において、運送賃の支払いに充当するという特定の目的のため

にだけ発行

利用されているにすぎず、紙幣類似の作用をしているわけではない。つまり、これらの乗車券は紙幣の

ように国内で販売されている財貨

サービスのうち、消費者が欲するものを購買する手段として発行

利用されてい

るわけではないし、債務の支払手段として流通しているわけでもない。したがって、このような乗車券は紙幣類似

証券取締法の禁止対象となる実質的要件に欠け

四四三

ている。

なお、竹田博士は紙幣

銀行券は一般の交通における支払の具であるのに対して、収入印紙や郵便切手のような票

券は特定の交通に限り支払の具となりうるに止まる点が異なるとした上で、紙幣

銀行券を金額券G

eldpapier

、収入

印紙

郵便切手を金額票W

ertmarken

と称して区別するのが適当であると

四四四

される。この論文は金本位制度の時代に

書かれたものであるから、このような区別に意義があったのかも知れない。しかし、金本位制度が廃止された現在

有価証券とは、どのような証券か(八)

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では、政府紙幣や不換銀行券は貨幣の一種になっているから

本章一一節参照

、金額券という名称は収入印紙や郵便切

金額のみを記載した乗車券や商品券などに用いるのが適当である。

因に、昭和三五年

一九六〇年

ごろから一円玉が不足して、釣り銭に困るという事態が発生した。そこで、この事

態を打開するために、釣り銭の代りに一枚一円の

お釣りガム

、つまり

お釣り用のチューインガム

が使われたり、

郵便切手や葉書

市電の回数券が使用

四四五

された。さらに、国電川崎駅前の小売店がボール紙の一円玉を作って、これを

釣銭として使用したために、通貨偽造ではないかということが問題に

四四六

なった。しかし、当局は、これを通貨とはみ

なさずに、一種の商品券とみなして不問にしたとのこと

四四七

である。なお、商品券に関しても紙幣類似証券取締法違反

の疑いがもたれたことがあったことは、第七節で触れる。

四三六

同旨、竹田

四二八

金額券

四四二頁。

四三七

郵政民営化後は、郵便切手は私的な票券ということになるが、依然として法定の票券である。

四三八

竹田

四二三

民商一〇巻一号一三三頁は法定代用券か私的な代用券かの違いとされるが、前記の郵便切手のように

私的で法定のものもある。

四三九

上柳

一三〇

民事法学辞典下二〇二〇頁。なお、宇田

一七

商品券

二五九頁。

四四〇

大隅

三一

商行為法一六四頁、同

四二三

法叢四〇巻六号一三〇頁。

四四一

西原

八六

商行為法三三四頁注

四四二

石井

四二三

法協五七巻七号一八二頁。

四四三

同旨、竹田

四二三

民商一〇巻一号一三四頁、上柳

四二三

運輸判例百選一六一頁。

四四四

竹田

四二八

金額券

四四三頁。

四四五

鈴木武雄

おかねの話﹇岩波書店

一九六七年﹈四九頁

五二頁。

四四六

刑法一四八条一項

二項が通貨の偽造

行使を犯罪として処罰する旨を定めているほかに、通貨及証券模造取締法

明治

二八年法律第二八号

一条は貨幣などと紛わしい外観を有するものを製造、または販売することを禁止しており、二条は処罰す

186

佐賀大学経済論集 第43巻第6号

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る旨を定めている。

四四七

鈴木

四四五

五一頁。

回数乗車券を有価証券と解するのか、金額券にすぎないと解するのかという違いは、運送賃が値上げされた場

合に乗客は差額を支払う必要があるか否か、という問題に対する解答の違いに結びついていると

えられていた。

つまり、有価証券説では差額を支払う必要はないが、金額券説では差額を支払う必要があるという違いをもたらす、

えられていた。しかし、今日では、有価証券説が論理必然的に支払不要説と結びつくものではないとされ

四四八

ており、この問題に関して、両説の違いは解消されている。

普通乗車券や回数乗車券は有価証券ではなく、金額券と解される場合には、これを喪失しても公示催告手続を利

用することは

四四九

出来ず、この点に有価証券か否かを論じる意義があるように見える。しかし、乗車券が有価証券と解

される場合であっても、除権決定が出された後も通用する乗車券

例えば、通用期間の長い定期乗車券

であれば公示催告

手続を利用する意義はあるが、公示催告期間である二ヶ月

非訟一

四五条

以内に有効期限が切れる乗車券は公示催告手続を

利用する意味はないどころか、費用と労力が無駄になるだけである。したがって、このような有価証券については、

実際には公示催告手続は利用されないことになる。

だとすれば、有効期間の短い乗車券の法的性質を論じても実用的な意義は存在しないが、有効期間の長い乗車券

も発行されていることを

えると、乗車券の法的性質を検討することは全く無意味ということにはならない。そし

て、乗車券の法的性質を検討することは、

有価証券とは、どのような証券か

という問題について

え直す、一つ

の具体的な素材を提供するだけでなく、有価証券と金額券の違いを明らかにすることは、プリペイドカードや電子

マネーについて理解する手懸りを与えるであろう。

有価証券とは、どのような証券か(八)

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なお、乗車券や劇場の切符のように、同様の証券が多数存在するために、その同一性の識別が不可能ないし困難

なものや、一般的に見て除権決定を受けるに値しないよう

四五〇

な証券、集団的な権利行使の便宜のために発行され、実

際社会において取引対象とされることの少な

四五一

い証券は、除権決定の対象から排除されるとする見解がある。しかし、

一口に乗車券といっても、先ほど述べた定期乗車券のように除権決定の積極的効力が機能するものも存在するので、

乗車券として一括りにするのは適切ではない。

のみならず、定期乗車券は譲渡性が全くないので有価証券ではなく、証拠証券にす

四五二

ぎないとして、除権決定の対

象外とするのは、なお一層適切ではない。というのは、記名式の定期乗車券は権利行使資格を証明する唯一の手段

であり、私見にいう有価証券の要件を充たしているからである。譲渡性がないから有価証券ではないとするのは、

経済的判断であって、法的判断ということは出来ない。

他方、現行法が商法その他の法令上、明記されているもののみに公示催告が認められ、それ以外の有価証券に広

くこれを許すことがなく、有価証券的役割を演じていても有価証券でないものについては門を閉ざしているが、実

質的に有価証券的役割を果たす証券には広く公示催告を認めるように改正するべきであり、有価証券であるものに

公示催告を認めないとする除外例を設けるべきではない、とす

四五三

る見解がある。

この見解が記名証券

とりわけ、記名式の定期乗車券

にも公示催告手続を利用できるようにしようというのであれば

妥当な提案といえるが、高田説では記名証券の有価証券性を認めるものの、記名証券に除権決定を得る必要はない

四五四

されるので、私見とは異なるようである。さらに、

有価証券的役割

という意味も明らかではないが、有価証券

は権利行使資格を証明する唯一の手段であるところに、単なる証拠証券や免責証券には見られない存在価値があり、

除権決定は有価証券から権利行使資格証明力を剝奪する制度であるから

第三章一〇

節以下参照

有価証券的役割

とは権利行

使資格証明力と解する必要がある。

188

佐賀大学経済論集 第43巻第6号

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とはいえ、有価証券につき広く公示催告手続の門を開くにしろ、公示催告手続を利用できる証券を制限するにせ

よ、このような提案に、それほど実際的な意義はないように思われる。というのは、公示催告手続に必要な費用や

労力に比べて得られる効果を

えると、それほど多くの人が利用するとは思われな

四五五

いので、除権決定に値する証券

か否かを一律に決めるのではなく、記名証券を含む総ての有価証券に門戸を開放した上で、これを利用するか否か

は、市民の選択に委ねるとともに、公示催告期間が経過する前に証券の効力が失われるものや、証券の同一性の識

別が不可能なものについては、裁判所が公示催告の申立を却下

非訟一四

三条二項

すれば十分である。上記のような提案もさ

りながら、株券喪失登録制度のように、公示催告手続よりも有意義な制度を工夫する必要がある。

四四八

大隅

三一

商行為法一六四頁、同

四二三

法叢四〇巻六号一三二頁、平出

三二

商行為法五六一頁、西原

八六

商行為法三三四頁注

、田中

ほか

八六

コンメンタール四九一頁、鈴木

四〇〇

商行為法五五頁注

、原茂

四二二

三一五頁、中西

四二三

一七一頁。

四四九

竹田

四二八

金額券

四四三頁。

四五〇

鈴木

三一

除権判決

四〇六頁。同旨、福瀧

概要一六三頁、前田

三二

手形法五二二頁。なお、鈴木

三〇

手形法三四頁注

二七

四五一

雨宮

四三

司研三〇周年一六〇頁、同

三五七

駒法一五号一八四頁。

四五二

鈴木

四〇〇

商行為法五五頁注

四五三

高田源清

公示催告制度の批判

福商大論叢四巻三号

一九五三年

六頁。

四五四

前掲

三一四

三一五

三五七

参照。

四五五

同旨、福瀧

概要一六三頁。

普通乗車券や回数乗車券と同じ機能を果たす証券として商品券がある。この商品券についても、これを有価証

有価証券とは、どのような証券か(八)

189

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券と解する説と金額券と解する説に分かれ

四五六

ている。

一口に商品券といっても、多様なもの

四五七

がある。ここでは、ビール券のように特定商品の一定量を給付する旨を表

示したものと、百貨店の商品券のように一定金額のみを表示したものを採り上げるが、前者は特定区間の表示がな

された普通乗車券や回数乗車券と同じように、一定内容の給付債務を負担する意思が表示されるとともに、この証

券の正当な所持人に権利行使資格があることを証明する手段となっており、有価証券ということが

四五八

出来る。つまり、

ビール券の場合、一定容量のビールを一定数、引渡す債務が表示されており、この券の正当所持人は、この数量の

ビールの引渡を請求する資格があることを証明して、権利を行使するのである。

これに対して、後者の類型の商品券は一定金額のみを表示した回数乗車券と同じように、前払いされた金額を表

示した票券の一種で、表示されている金額相当の買物代金の支払いに充当することが出来る金額券である。

例えば、壱萬圓と記載された百貨店の商品券は、その店が取扱っている商品を壱万円分だけ引渡してもらう請求

権、ないし店内の商品を壱万円分だけ購入する権利を表彰し

四五九

ているのではなくて、その百貨店で顧客が買物をした

ときに現金を支払うのではなく、商品券を引渡せば、そこに記載された金額相当分が支払われたことになるのであ

る。このような効果が発生するのは、一定の金額を記載してある商品券が前払された金額を表示する票券

金額券

あり、これを発行した百貨店

さらには提携企業

に対する購買手段として発行されているからに他な

四六〇

らない。

このことは、一定金額のみを記載された回数乗車券は、顧客が希望する区間を乗車して降車する際に支払うべき

運送賃に相当する額の回数券を引渡せば、運送賃支払債務を履行したことになるのと同じことである。この型の回

数乗車券には特定区間の運送債務負担意思が表示されているわけではないし、権利行使資格証明書でもないのと同

じように、一定金額のみを記載している商品券も特定商品を引渡す債務を負担する意思を表示しているわけではな

いし、それに対応した権利行使資格証明書になっているわけでもなく、有価証券ということは出

四六一

来ない。

190

佐賀大学経済論集 第43巻第6号

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四五六

商品券の法的性質に関する学説については、宇田

一七

商品券

二三三頁以下、高田

四六

證券法四五九頁以

下、同

三五七

民商五巻一号二〇九頁以下、同

三五七

福商大六巻二号一頁以下。

四五七

商品券の種類については、宇田

一七

商品券

二三七頁以下、高田

四六

證券法四五五頁以下、同

三五七

民商五巻一号二一〇頁、同

三五七

福商大六巻二号七頁以下。

四五八

結果同旨、片岡

二〇

ジュリ九五一号四四頁。

四五九

石井

三一

商法Ⅱ三九二頁。なお、回数乗車券について、このような発想をする見解﹇前掲

四三四

参照﹈がある。

四六〇

同旨、片岡

二〇

ジュリ九五一号四三頁注

四四頁。但し、片岡弁護士は金券という概念は法律構成された概

念ではないとされる

四四頁

四六一

宇田

一七

札院四巻一号二〇三頁以下、同

四二三

判例百選第四版二〇五頁は、一般乗車券や回数乗車券につ

いては有価証券ではなく、証拠証券や免責証券にすぎないとされる。これに対して、宇田

一七

商品券

二五八頁以下は

商品券については金銭代用契約上の権利を表彰する有価証券とされる。

後者のような理論構成は本章第一節で紹介したように、回数乗車券に関して主張されているが、乗車券の法律的説明になっ

ていないとか、証券が表彰する権利の内容や性質を十分に明らかにしていないという批判がなされていた

第三節参照

。宇田

教授の商品券に関する理論構成に対しても、このような間接的な権利関係を表彰する有価証券として構成すべき必要性は認

めがたいという批判がなされている﹇川村正幸

プリペイド

カードに関する法律問題

手形研究四二五号

一九八九年

一九頁

注5

﹈。このような批判に加えて、商品券と普通乗車券

回数乗車券との間で、

なぜ

理論構成が異なっているのか、とい

う疑問もある。

商品券の表面に

券面額の商品と交換致します

というような文言が記載されていることを重視して、商品券の

券面には商品の給付請求権が明確に表彰されており、発行者の意思としても、また贈答用に使われているという流

通の実態においても、商品券は商品給付請求権を表彰した有価証券であり、発行者が所持人に対して、ある一定の

商品を給付すべき義務を記載した一覧払の無記名式有価証券であるとする説

四六二

がある。そして、このような見解が多

数説とされ

四六三

ている。

有価証券とは、どのような証券か(八)

191

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しかし、この説はビール券のように特定の商品を一定量、給付する債務を負担する意思を表示した証券と、百貨

店の商品券のように一定金額のみを記載している証券を区別していないところに、問題の発端がある。後者の型の

商品券の発行者は、百貨店内で販売している商品の中の一定のものを給付する義務を負担する旨を記載しているの

ではなく、百貨店内で販売している商品の購入者が代金の支払いのために商品券を呈示した場合に、百貨店は商品

券を現金と同様に扱い、販売代金の支払いに充当する意思を以て発行した金額券である。したがって、上記の見解

は商品券の記載文言という形式に囚われて、証券の実態を見ていない、といわざるを

四六四

得ない。

ところで、一定金額のみを記載している回数乗車券についてさえ、紙幣類似証券取締法一条一項に違反するので

はないかという疑問が出されていた

第四節参照

。まして、一定金額のみを記載した商品券を金額券と解する場合に

は、その疑いは一層強くなるであろう。というのは、このような商品券は商品の購買手段であることが、回数乗車

券よりも一層明確になっているからである。

しかも、紙幣類似証券取締法一条二項は

一様ノ価格ヲ表示シテ物品ノ給付ヲ約束スル証券

が紙幣類似の作用を

なす場合を規制することを明記している。そのために、商品券、とりわけ複数の小売業者が共同して発行する共通

商品券は、紙幣類似の作用を営むとして規制されていたことも

四六五

あった。

しかし、一定金額のみを記載した商品券や回数乗車券を金額券と解しても、これらの証券が紙幣類似の作用を営

むわけではない。というのは、これらの証券は通貨の前払いに対して、その前払いに見合う価値表象物として発行

されているのであって、銀行券のように一定の通貨量の準備の下に一般的な購買手段

支払手段として、その準備金

の数倍の額の証券を発行しているわけではないからである。つまり、これらの金額券が通用するのは発行者に対し

てだけか、せいぜいグループ企業

提携企業に限定されており、しかも商品の代金か乗車賃の支払いにしか利用する

ことは出来ず、国内において、誰に対してでも購買手段

支払手段として通用するわけではないからである。

192

佐賀大学経済論集 第43巻第6号

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なお、商品券は発行店に対してのみ使用しうる商品の預り証券であって、交換の媒介物として一般に流通せしめ、

或は当該発行店において物品購入の代価として支払の用に供するような、紙幣類似の作用をしているとする見解

四六六

がある。この説は、商品券に紙幣類似の流通性

紙幣類似の作用を認める点に問題があるだけでなく、商品券の法的

性質を類型ごとに

察することなく、一律に有価証券と解している点や、

商品の預り証券

とされる点にも問題が

ある。

商品の預り証券

という構成は、ビール券のような特定物商品についても妥当ではないが、一定金額のみを

記載した不特定商品券には一層、妥当しない構成である。

その後、高田博士は不特定商品券は

表示金額に相当する商品

具体的には当該商品券所持人が指定する商品

の給付を請

求しうることを表彰するもの

で、一種の物品証券であるとされて

四六七

いるが、特定商品券と共通した捉え方をする点は

改められていない。しかし、一定金額のみを記載した乗車券と特定区間を記載した乗車券の法的性質が異なるよう

に、不特定商品券と特定商品券の法的性質も類型の違いに合わせて

察すべきであって、両者を一律に扱うべきで

はない。

四六二

山岸良太

中村直人

プリペイドカードの法的性質

NBL三九三号

一九八八年

一二頁

一四頁。なお、一定金額のみ

を記載した回数乗車券は金券とされる

一三頁

山岸

中村説と同趣旨の見解として、高田

三五七

民商五巻一号二一四頁以下、同

三五七

福商大六巻二号五頁

一〇頁以下、境

一郎

商品券

末川

博編

民事法学辞典上巻﹇有斐閣

一九六〇年﹈九九四頁以下。

四六三

この点については、宇田

一七

商品券

二三五頁注

四六四

同旨、松本恒雄

プリペイドカード取引と消費者保護

三面契約関係論への序論的

察をかねて

大阪市大法学雑誌

三五巻三

四合併号

一九八九年

一六六頁。

四六五

宇田

一七

商品券

二四〇頁、高田

四六

證券法四五六頁以下

なお、百貨店の商品券につき四五八頁以下

、同

三五七

民商五巻一号二一一頁、同

三五七

福商大六巻二号四頁以下。

有価証券とは、どのような証券か(八)

193

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四六六

高田

四六

證券法四五八頁。

四六七

高田

三五七

民商五巻一号二一四頁、同

三五七

福商大六巻二号一一頁。

百貨店の商品券やビール券

図書券などの前払式証票は、証票の購入者自身が商品の購買代金の支払いに充当す

るために利用するのではなく、贈答用に利用されて来た。そこで、この点に証券の流通性があるとして、これらの

前払式証票を有価証券と認める根拠にする説

四六八

がある。

しかし、今日では前払式証票は紙の印刷物から磁気カード、さらにはICチップを内蔵させたカード、つまりプ

リペイドカード

以下、

プリカ

と略す

へと進化を遂げて、紙の証票が及びもつかない機能を発揮している。それに伴

い、従来のように贈答用として利用されるに止まらず、プリカの購入者自身が運送賃の支払いや商品購買代金の支

払い、サービス利用代金の支払いに当てるために利用するようになっている。

このような機能を有するプリカの法的性質については、免責証券説、証拠証券説、給付請求権を表彰する有価証

券説、代金支払債務の免責を受ける法的地位ないし形成権を表彰する有価証券説、金券ないし金銭代用証券と解す

る説などが主張され

四六九

ている。

プリカの法的性質を論じることは、実用法学の観点からは、さほど生産性がある作業で

四七〇

はないかも知れないが、

有価証券とは、どのような証券か

金額券とは、どのような証券か

という理論的な問題を

える上で有益であろ

う。というのは、

金銭代用票券という概念は金券と同一と見られているようであるが、回数乗車券の性質を金銭代

用証券と見る説もあるように、有価証券と金券の概念の関係は錯綜し

四七一

おり、プリカを商品券と見る立場は、その

前提として、これを有価証券と見てい

四七二

るとか、何でも購入できるプリカは商品券であり、かつ事実上の金券である

と解してよく、商品券にもプリカにも、本来の有価証券的な性質のものと金券的な性質のものがあると

えるの

194

佐賀大学経済論集 第43巻第6号

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四七三

がよい、と説かれているのを見れば分かるように、思

が錯綜しているだけでなく混乱しており、それを解きほぐ

した上で、整理し直す必要があるからである。とりわけ、有価証券と金券の違いを明確にする必要がある。

ところで、一口にプリカといっても、その機能やシステムは様々

四七四

であり、分類方法も統一されているわけで

四七五

はない。

このような状況の下で、本稿におけるプリカの

察は、前記のように

有価証券とは、どのような証券か

金額券と

は、どのような証券か

という問題を解明するために、商品券や乗車券などと関連させてプリカの法的性質を

察す

ることを目的としている。つまり、代金が前払いされているカードの利用者と商品

サービスの売主との間、さらに

はカード発行会社との間において、カードが果たす役割を法的に

察することが目的である。したがって、本稿に

おいては自家発行型と第三者発行型に分けて

察すれば十分で

四七六

あろう。

四六八

宇田

一七

商品券

二五七頁以下、高田

四六

證券法四五九頁、同

三五七

福商大六巻二号一〇頁。

四六九

諸学説については、片岡

二〇

ジュリ九五一号四三頁以下、川村

四六一

手形四二五号一八頁以下、山岸

四六二

NBL三九三号八頁以下、松本

四六四

法雑三五巻三

四合併号一六四頁以下、同

プリペイドカードの法

的性質と法的関係

法学教室一一一号

一九八九年

一三頁以下、角田

前払式証票の規制等に関する法律について

ジュリ

スト九五一号

一九九〇年

三八頁以下、古市峰子

現金、金銭に関する法的一

金融研究一四巻四号

一九九五年

一一五

頁以下。

四七〇

松本

四六四

法雑三五巻三

四合併号一六八頁、同

四六九

法教一一一号一五頁。

四七一

松本

四六四

法雑三五巻三

四合併号一六七頁。

四七二

松本

四六九

法教一一一号一四頁。

四七三

松本

四六九

法教一一一号一五頁。なお、松本

四六四

法雑三五巻三

四合併号一六七頁。

四七四

この点については、川村

四六一

手形四二五号一七頁以下、山岸

中村

四六二

NBL三九三号六頁以下、松

四六四

法雑三五巻三

四合併号一六二頁以下、角田

四六九

ジュリ九五一号三五頁以下、棚橋信之

プリペイド

カードの機能と実態

法学教室一一一号

一九八九年

八頁以下。

有価証券とは、どのような証券か(八)

195

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四七五

カードの発行主体の違いやカードの利用によって、どのような当事者間に法律関係が発生するのかという違い、さら

にはカードを利用できる範囲の違いを基準にした分類が行われている。

四七六

商品券のように共同発行型もありうるが、この型のカードは前払式証票の規制に関する法律

プリカ法﹇平成元年法律

第九二号。なお、本法は後掲

四七七a

の資金決済法の制定により廃止された﹈の下では消費者保護との関係で第三者発行

型に分類される﹇片岡

二〇

ジュリ九五一号四二頁﹈。しかし、本稿のように理論的な

察を行う場合には、自家発行型に

分類される。そして、自家発行型であれ共同発行型であれ、他の加盟店においても利用できる多目的カードは第三者発行型

の要素をもっている。

因に、朝日新聞二〇〇九年五月二五日の記事によれば、消費者の八割が、プリカ発行業者の破綻に備えて設けられている

プリカ法の消費者保護制度のことを知らないとのことである。

自家発行型プリカの場合、カードを発行した事業者の店で商品を購入したり、サービスを利用した人がカード

で決済すれば現金を支払わなくてよいのは、この事業者に対して現金を引渡してカードを購入しているからである。

つまり、この場合、カードを呈示して決済をするのは、回数乗車券や商品券を引渡して決済するのと同じことで

あり、紙の証票を引渡すのか、カードに内蔵されている金額情報を減額するのかという点が異なるにすぎない。し

たがって、一定金額のみが記載されている回数乗車券や商品券を金額券と解する私見からすれば

本章二節

六節参

、自家発行型プリカは有価証券ではなく、金額券ということになる。

というのは、この自家発行型プリカは、一定金額のみを記載した回数乗車券や商品券と同じように、発行者が一

定の債務を負担する意思を表示し、かつ、このカードの正当所持人が権利行使資格を有することを証明する唯一の

手段とする目的で発行しているのではなく、顧客の代金支払債務を履行させる手段として発行しており、顧客も代

金を支払うための手段として利用しているからである。

金券の概念は特別な金銭代用証券であることを機能的にいうのみで、有価証券概念のように法律構成された概念

196

佐賀大学経済論集 第43巻第6号

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ではない

とした上で、プリカの場合も

証票の性質について法律構成を含む概念で説明すべきであろう

という批判

四七七

がある。有価証券という概念が十分に法律構成された概念といえるのか否かという問題は別にして、金銭代用証券

という概念は、一定金額の記載された回数乗車券を引渡せば料金の支払があったことになるという結果を説明する

ために安易に用いられており、この証票の法的構造は何ら解明されて来なかったし、有価証券との違いも曖昧なま

まであった。そのために、金銭代用証券というのでは表彰すべき財産権の内容が不明であるという批判が加えられ

ていたことは、既に紹介したところである﹇前掲

四三二

参照﹈。

したがって、このような批判を受けないようにするためには、金額券としての前払式証票の法的構造を解明して、

一定金銭のみを記載した回数乗車券や商品券を引渡せば

なぜ

代金の決済が完了するのか、自家発行型プリカを呈

示して一定額を引落されると

なぜ

代金の決済が完了するのか、そのメカニズムを経済現象としてではなく法現象

として理解できるようにする必要がある。

一定金額のみを記載した回数乗車券や商品券の存在構造を、私の独特の方法論を用いて整理すると、次のように

なる。代金の前払いに対して発行した証券で決済するという発行者の意思が金額券の本質をなしている。このよう

な意思の裏づけがあるために、顧客が、この証券を引渡せば代金債務は弁済されることになるが、証券の有する債

務弁済力が金額券の実体をなしている。そして、証券を受取って決済を完了させるという発行者の意思

金額券の本質

は一定金額を記載した収入印紙や郵便切手

乗車券

商品券という姿をとって社会に登場するが、これが金額券の現

象形態である。

要するに、金額券とは、この証券の引渡しによって代金の決済をする意思の下に、代金の前払いに対して発行さ

れた証券で、代金債務の弁済力を有するものをいう。

単独発行であれ、共同発行であれ、自家発行型プリカも、右の金額券と同じように、決済のために代金が前払い

有価証券とは、どのような証券か(八)

197

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されたことに対応して発行されるものであり、発行者のカードで決済するという意思が本質をなし、カードの債務

弁済力が実体をなす点は紙の金額券と同じであるが、カードという姿をとって社会に登場する点、つまり現象形態

が紙の金額券と異なっている。要するに、カードに内蔵されている金額情報を操作して決済するところが、紙の金

額券とは異なっているにすぎない。とはいえ、ICカードは内蔵しうる情報量の多さ、さらには繰り返し利用でき

る点において、紙の金額券に比べ格段に性能が向上しており、高次元の金額券ということが出来る。

右に述べた金額券および自家発行型プリカ

両者を合わせて

金額券等

と称する

の法的存在構造を図式化して整理す

ると、次のようになる。

なお、これらの金額券等の発行契約は金額券等の売買契約であり、決済のための前払金は金額券等の購入の対価

であって、預金ではない。したがって、特約がない限り、顧客は前払金の返還請求をなしえない。しかし、この金

額券等を使用することが出来ない地域に転居することになったなどの止むを得ない事情がある場合には、使用でき

なくなった金額券等について、例外的に買戻請求権を認める必

四七七a

要がある。

図7

金額券等の法的構造

現象形態

証券やカードで

決済する意思

代金債務弁済力

収入印紙

郵便切手

一定金額のみが記載さ

れた乗車券

商品券

気カード

ICカード

証券

カードの

発行契約

198

佐賀大学経済論集 第43巻第6号

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四七七

片岡

二〇

ジュリ九五一号四四頁。

四七七a

前掲

四七六

のプリカ法に代る資金決済に関する法律

平成二一年法律五九号

二〇条二項但書は、前払式支払手段

の払戻を例外的に認めている。落合誠一ほか

電子商取引座談会

主催

西村高等法務研究所

資金決済法と電子商取引実務への影

響下

NBL九〇八号

二〇〇九年

六二頁﹇太田

野村修也﹈、杉浦宣彦

前払式支払手段をめぐる法制度の現状と今後の課

題﹇資金決済法﹈ジュリスト一三九一号

二〇〇九年

二六頁。因に、金融庁の発表によると、資金決済法が施行されて以降、商

品券の払戻手続をした事業者が続出しているが、消費者が、その内容を知らず、事業者が設定した期間内に返金を受けられ

ない虞れも出ているとのことである

朝日新聞

二〇一一年一月一四日)。

なお、杉浦教授は資金決済法で

サーバー管理型

電子マネーが対象となったことから、証拠証券との境界が曖昧になった

とされ、塾や予備校等の受講証や英会話学校のチケットといった

証拠証券

も新法で規制されるのかという疑問が生ずると

されている

前掲論文二四頁

二九頁

。これらの受講証やチケットは証拠証券というよりは金額券なのではあるまいか。だとす

れば、これらの証券は新法の規制対象ということになる。

一〇

第三者発行型プリカの場合には、カード発行者と利用者および小売店

加盟店

との間の契約内容次第で、いく

つか法律構成が

えられる。

例えば、⑴カード利用者が加盟店に対して有する直接的給付請求権を表彰する有価証券が発行されるとい

四七八

う構成

や、⑵カード発行者と加盟店の間で、カード利用者

第三者

のために債務を消滅させる契約をした上で、カード利用

者が債務の免責を受ける法律上の地位

形成権

を表彰する有価証券が発行されるとい

四七九

う構成も可能であろう。

さらに、⑶①カード発行者とカード利用者の間において、利用者が発行者に一定額の金銭を預託する代りに、発

行者は利用者が加盟店で商品を購入した場合、その代金支払債務を免責的に引受ける契約をし、②カード発行者と

加盟店の間において、カード利用者の代金支払債務をカード発行者が免責的に引受ける契約をした上でカードを発

行する場合、このカードには発行者が利用者のために免責的債務引受をする意思が表示されており、しかも正当な

カード所持人がカード発行者によって免責的債務引受をしてもらう資格を有する唯一の証明手段となっておれば、

有価証券とは、どのような証券か(八)

199

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免責的債務引受のための有価証券ということが出来る。

⑵の構成と⑶の構成は、免責的債務引受をカード発行者と加盟店との間における第三者のためにする契約

民五三

七条

の効果と構成するのか、カード発行者と利用者間、およびカード発行者と加盟店間で結ばれる契約の効果と構成す

るのかという違いはあるが、カード利用者のためにカード発行者が免責的債務引受を行う点は同じであり、私の有

価証券の構造論からすれば、⑵と⑶のカードの有価証券としての法的構造も同一になる。

私の有価証券の構造論に即して、⑴⑵⑶の構成による第三者発行型カードの構造を分析すると、次のようになる。

なお、自家発行型も第三者発行型も論理的には同様の要素で説明できるとす

四八〇

る見解や、総てのプリカを金券と解

四八一

する説がある。しかし、回数乗車券や商品券について類型別の

察が必要であったように、プリカについても類型

別に

察する必要があり、プリカということで一括して法的性質を論じるのは適切ではない。のみならず、類型別

にではなく一括して、プリカの法的性質を一般的に論じることは生産的ではない﹇前掲

四七〇

参照﹈。

四七八

川村

四六一

手形四二五号一八頁。

図8

第三者発行型カードの法的構造

⑵説

⑶説

カードの正当所持人の加盟店に対する代金

支払債務を免責的に引受けるカード発行者

の意思表示

加盟店に対する代金支払債務の免責的引受

をしてもらうカード利用者の資格証明力

記名式

無記名式

⑴説

カードの正当所持人をして加盟店に給付請

求させるカード発行者の意思表示

加盟店に対して給付請求権を行使するカー

ド利用者の資格証明力

現象形態

200

佐賀大学経済論集 第43巻第6号

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四七九

片岡

二〇

ジュリ九五一号四五頁。結果同旨、松本恒雄

インターネット上での取引と法

www上の取引をモデルと

して

法律時報六九巻七号

一九九七年

二四頁。なお、松本

四六九

法教一一一号一八頁は、具体的な商品

サービスの購

入契約にあたって、カードの使用はカード発行会社による立替払の意思

立替払請求権の存在

を証明する機能をもつとされる。

四八〇

片岡

二〇

ジュリ九五一号四四頁。

四八一

山岸

中村

四六二

NBL三九三号一一頁。なお、山岸

中村論文は回数乗車券は金券であるが

一三頁

、商品券

は一覧払無記名式有価証券とされる

一一頁

一二頁

一四頁

。しかし、両者の法的性質を区別される根拠は不明である。しか

も、総てのプリカを金券とされるのであるから、商品券の進化型としてのギフトカードは金券ということになり、商品券を

一覧払無記名式有価証券とされることとの間に齟齬を来たすのではあるまいか。このような事態が生じないようにするため

には、これらの証券やカードを類型化した上で、各類型ごとに統一的に理解する必要がある。

一一

一定金額のみを記載した回数乗車券や商品券について、紙幣類似証券取締法に抵触するのではないか、とい

うことが問題にされたことがある

第四節

七節参照

。プリカについても、第三者発行型カードのみならず、自家発行

型カードの加盟店が多

四八二

くなり、汎用性が増せば増すほど紙幣類似証券性が強

四八三

くなり、上記の取締法に違反するので

はないかという問題が浮上して来る。

紙幣類似証券を取締る理由の一つは、国家の貨幣高権を侵害するという点にある。さらに、貨幣と同一の機能を

営む証券を濫発するとインフレーションを誘発するおそれがあるということが加わる。そして、紙幣類似証券が無

価値になったとき、その利用者に多大な被害が発生するということも、これを取締る理由に入るであろうが、この

最後の弊害は資金決済法

旧プリカ法

のような消費者保護法によって規制する問題である。

したがって、紙幣類似証券取締法の主たる目的は、貨幣の一種である紙幣と同一作用を営む証券の発行を取締る

ことによって、国家の貨幣高権を守り、経済秩序を維持することにある。だとすれば、汎用性のあるプリカが紙幣

に類似する作用、即ち貨幣の一種として機能しているか否かを問う必要がある。そのためには、紙幣をその一種と

有価証券とは、どのような証券か(八)

201

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する

貨幣とは何か

ということを明らかにしておかなければならない。

そこで、私の方法論を用いて、まず貨幣を経済現象として

四八四

すると、その本質は一定の経済圏内において、ど

のような商品とでも交換することができる能力、即ち一般的交換能力である。

その経済圏で活動をする人々がどのような物を一般的交換能力を持つ媒体、即ち一般的等価物とするのかを定め、

交換の単位と名称を定めることによって貨幣の実体が創り出される。このプロセスは取引慣行の中で自然発生的に

行われ、最終的には国家法により定められることになる。このような作業を経て、特定の物品や価値徴表物、さら

には価値情報が一般的交換能力をもつ媒体、即ち貨幣として具体化され、価格表示機能

購買機能

支払機能

蓄財機

能を発揮する

現象形態

これが、私の方法論によって捉えた経済現象としての貨幣の全体像であるが、これを図式化して整理すると、次

のようになる。

図9

経済現象としての貨幣の存在構造

現象形態

一般的交換能力

特定の物

物品貨幣

価値徴表物

象徴貨幣

価値情報

電子マネー

価格表示機能

購買機能

支払機能

蓄財機能

一般的交換能力をもつ

媒体

一般的等価物

定め、その単位

名称を

定める

202

佐賀大学経済論集 第43巻第6号

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貨幣を法現象として

四八五

すると、その本質は一定の経済圏において商品として交換に出されている財貨やサービ

スの中、自分の欲しいものを手に入れることが出来る請求権であり、一般的

抽象的な債権である。つまり、どのよ

うな原因に基づいて発生し、譲渡されているのかということが表面に出て来ない債権であり、無因債権の最たるも

のである。

このような債権が特定の物

物品貨幣

や鋳貨

紙幣

銀行券のような価値の象徴物

象徴貨幣

、さらには価値情報

子マネー

という姿をとって取引社会に現われてくるが、これが法的観点から見た貨幣の現象形態である。

目に見えない貨幣の本質が現象形態として、即ち具体的な姿をとって取引社会に現われて来るためには、まず経

済現象としての

四八六

貨幣

が発行されなければならないが、物品貨幣の場合には特定の物品

例えば、金や銀などの地金

生産されて、市場に持ち込まれることが、経済現象としての

貨幣

の発行となる。象徴貨幣の場合には、象徴とな

る金属の鋳造や紙の印刷が行われ、電子マネーの場合には電子情報の入力といった作業を経て発行される。このよ

うにして発行された

貨幣

が取引の際に授受されて商品を購買する能力

債務を弁済する能力

蓄財能力を発揮する

ことになる。

貨幣

が、このような能力を発揮しながら人の手から人の手へと流通するのは、一定の経済圏の人々の間に一般

的交換能力に対する信頼があるからで

四八七

あるが、この信頼に裏付けられた

貨幣

の通用力が法現象としての貨幣の実

体をなしている。つまり、信用に裏付けられている通用力は、一定の経済圏に存在している商品を、どれでも引渡

すように請求できる一般的

抽象的債権である貨幣の機能を発揮させるために、不可欠な要素、これなしには一般的

抽象的債権が貨幣となりえない要素である。そして、国家法が一定の

貨幣

に強制通用力を与えることにより、一

国の貨幣制度が確立することになるが、その通用力も国民の信頼に裏打ちされなければ、安定した貨幣制度にはな

りえない。なお、右の記述において、

貨幣

と貨幣という表現を用いているのは、経済現象としての

貨幣

と法現

有価証券とは、どのような証券か(八)

203

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象としての貨幣を区別するためである。

右に述べた法現象としての貨幣の全体像を図式化して整理すると、次のようになる。

四八二

例えば、JR東日本が発行しているスイカは、自社の運送賃支払に関しては自家発行型であるが、駅構内や構外の加

盟店などでの購買代金の支払いに関しては、第三者発行型になる。

四八三

松本

四六四

法雑三五巻三

四合併号一七一頁、同

四六九

法教一一一号一五頁。

四八四

経済学の貨幣論については、新庄

貨幣論﹇岩波書店

一九五二年﹈、宇野弘蔵編

資本論研究Ⅰ

商品

貨幣

資本﹇筑

摩書房

一九六七年﹈四三頁以下

一五一頁以下

二六八頁以下、岩井克人

貨幣論﹇筑摩書房

一九九三年﹈。

なお、前の二著は一九七一年八月一五日のニクソンショック、即ちドルと金との交換停止以前の著書であることに留意す

る必要がある。

四八五

本稿は、拙著

六六

所有権二〇〇頁の叙述に肉づけをしている。

四八六

経済現象としての貨幣と法現象としての貨幣の混乱を避けるために、必要に応じて前者については

貨幣

という表現

を用いている。

四八七

同旨、日向野幹也

電子マネー導入で貨幣や流通産業はどう変わるか

法学セミナー五一三号

一九九七年

四四頁、八

図10

法現象としての貨幣の存在構造

現象形態

一般的

抽象的債権

経済財としての

貨幣

通用力

購買力

債務弁済

、さらには国家法によ

る強制通用力

物品貨幣

象徴貨幣

電子マネー

鋳貨

紙幣

銀行券

経済財としての

貨幣

の発行

204

佐賀大学経済論集 第43巻第6号

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国際的支払の仕組みと電子マネー

法セミ五一三号四六頁。

なお、貨幣が貨幣であるのは、それが貨幣であるからなのである

とし﹇岩井

四八四

六四頁﹈、貨幣が貨幣として流通し

ているのは、それが貨幣として流通しているからでしかない

とされる岩井教授は

前掲書九七頁

、貨幣が流通するのは貨幣と

して授受され続けていくという人々の期待に基づいているとされるが

前掲書一八二頁以下

、この期待は

貨幣

に対する信頼

がある限りのものでしかない。

一二

経済現象としての

貨幣

は商品市場における一般的交換能力、即ち市場に出されている総ての商品と直接的

に交換できる能力を本質としている。法現象としての貨幣の本質は市場に出されている商品の中から、自分の欲し

いものの引渡を請求できるという一般的

抽象的な債権である。したがって、紙幣は、そのような本質を備え、市場

において普遍的な購買力や債務弁済力、即ち通用力を持つことによって貨幣たりうるのである。

これに対して、特定の運送企業や運送企業のグループ内において運送賃の支払いに当てられる金額券としての乗

車券や、特定の小売業者や小売業者のグループ内において商品購買代金の支払いに当てられる金額券としての商品

券は、貨幣の前払いの対価として発行される貨幣代用証券にすぎず、経済的にも法的にも、紙幣に類似する証券に

該当しないことは既に述べたとおりである

第四節

七節参照

プリカは、自家発行型のものであれ第三者発行型のものであれ、貨幣の前払いの対価として発行される金額券

幣代用証券

、あるいは有価証券であるが、有価証券としてのプリカは手形のような信用証券ではない。したがって、

手形割引や手形貸付を媒介にして、銀行の信用創造

信用通貨の発行

と結びつくような要素は有して

四八八

いない。まして、

金額券であるプリカは、代金の後払いではなく、代金の前払いをしていることに基づいた貨幣代用証券であるから、

そこに信用創造と結びつく要素は存在して

四八九

いない。

プリカの発行が信用創造と結びつくとすれば、カード発行者に前納された現金を元手にして、その数倍の額の貸

有価証券とは、どのような証券か(八)

205

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付けを行う段階においてのことである。例えば、プリカ

ナナコ

を発行するゼブン

イレブンが、その対価として得

た現金をセブン銀行に貸付け

あるいは預金をして

、セブン銀行が融資に使う段階において信用創造が行われ、信用通

貨が発行されるのである。

プリカが貨幣代用機能を果たすといっても、信用通貨が債務の支払に対する信用を基礎にして現金の代用をする

のとは異なり、現金の前払いをしていることに基づいて発行されるが故に貨幣の代用となるにすぎず、貨幣の代用

といっても現金そのものと変りはないのである。したがって、いずれの類型のプリカであれ、プリカがプリカとし

ての機能を発揮するだけのことであれば、信用通貨を発行するわけではないから、国家の貨幣高権を侵害する虞れ

はないし、インフレに直結することもなく、まして貨幣類似証券として取締の対象になるもので

四九〇

もない。

なお、ドイツ民法旧七九五条は一定金額を給付する旨の無記名証券の発行に国家の許可を要するとし、統一手形

法が無記名式の手形を認めていないのも、国家の貨幣高権が侵害されることを虞れてのことであるが﹇前掲

六一

参照﹈、紙幣類似証券取締法もこのような配慮の一環と思

四九一

われる。

四八八

信用創造の基本的メカニズムについては、川合

六四

資本と信用三三頁以下。なお、建部正義

岩井克人氏の電子

貨幣論の帰結

中央大学商学論纂四三巻四

五合併号

二〇〇二年

一九二頁以下。

四八九

電子マネー

に関して同旨、須藤

電子マネーの展開と今後の課題

法学セミナー五一三号

一九九七年

三八頁。

四九〇

安居孝啓『電子マネー及び電子決済に関する懇談会』報告書について

法学セミナー五一三号

一九九七年

七六頁。

四九一

同旨、川村

四六一

手形四二五号二〇頁。

一三

一口に電子マネーといっても、いろいろな方式

四九二

があり、その法的性質についても多様な見解が出され

四九三

ており、

汎用性のあるプリカと電子マネーとを、どのような基準で区別するのか、それとも両者を区別しないのか、必ずし

206

佐賀大学経済論集 第43巻第6号

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も明確ではない。

電子マネーは媒体がプリカに似ていても、暗号技術を応用したものはプリカとは全く異質のものであり、貨幣と

も全く異なるとする見解

四九四

もある。しかし、現在のところ、前払方式のクローズドループ型のものは、プリカの機能

が向上したものにすぎず、自家発行型か第三者発行型のプリカにチャージ機能が付加され、ポイント制が採用され

るなどのメリットが追加された程度のものである。

とはいえ、電子マネーとして説明されているものの中には信用創造を行う類型のものがある。例えば、預金口座

から引落す即時払いや後払い方式のデポジットカード、ポストペイド方式のものは、小切手を振出して預金口座で

決済するようなものであり、これにクレジット機能が結合されていれば当座貸越が行われることになり、信用創造

が行われるよう

四九五

になる。

しかも、オープンループ型のものがグループ企業内で循環的に利用できる場合には、支払呈示期間や消滅時効期

間のない無記名式

四九六

小切手が流通しているようなものであり、グループ企業内で流通する通貨が発行されていること

になる。いわば

電子版の企業藩札

が発行されるようなものであり、有価証券や金額券を止揚した新しい代用貨幣

が登場することになる。

さらに、電子マネーによって売買代金の決済や債務の弁済

資金の貸付

贈与が行われるだけでなく、給与の振込

や納税など総ての資金の循環を電子マネーが担うようになれば、銀行券や政府紙幣のような票券貨幣とは違った、

電子情報貨幣という新しいタイプの貨幣が登場することになる。そうなれば、電子マネーはプリカのように消費者

保護の問題を発生させるだけには止まらず、金融政策の対象にもなるで

四九七

あろう。

四九二

いわゆる

電子マネー

の解説として、岩村

電子マネー入門﹇日本経済新聞社

一九九六年﹈、内田

貴ほか

電子マ

有価証券とは、どのような証券か(八)

207

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ネーの私法的側面に関する一

『電子マネーに関する勉強会』報告書

金融研究一六巻二号

一九九七年

一頁以下、須藤

後藤玲子

電子マネー﹇筑摩書房

一九九八年﹈、岩田昭男

電子マネー最終戦争﹇洋泉社

二〇〇七年﹈、高野雅晴

新しいお

電子マネー

ポイントカード

仮装通貨の大混戦が始まる﹇アスキー

二〇〇七年﹈、岡田仁志

電子マネーがわかる﹇日本経済新

聞出版社

二〇〇八年﹈、NTTドコモ

モバイル社会研究所編

杉浦宣彦ほか編著

モバイルバリュー

ビジネス

電子マネー

企業ポイント

仮装通貨の見方

え方

﹇中央経済社

二〇〇九年﹈、伊藤亜紀

電子マネー革命

キャッシュレス社会の現実と希望

﹇講談社

二〇一〇年﹈。

四九三

この点については、岩原紳作

電子決済と法﹇有斐閣

二〇〇三年﹈四五八頁以下。

四九四

寺本振透ほか

電子マネーの実用化に向けて上

NBL六一四号

一九九七年

三七頁以下。なお、四三頁。

四九五

岡田

四九二

一九三頁は、ネットワーク電子マネーが進化して換金や返金が自由に行われる場合や、資金移動サー

ビスが行われるようになれば、銀行預金と同様の機能を果たすことになるとされる。

四九六

歴史的

察としてではなく、理論的に

察する場合、このような一覧払の無記名式の小切手、さらには銀行の自己受

為替手形

約束手形が銀行券に繫がっている。拙稿

六六

佐賀一〇巻二号四四頁以下。

四九七

同旨、安居

四九〇

法セミ五一三号七六頁。なお、NTTドコモ

モバイル社会研究所など編

四九二

二六頁

は、現在のところ貨幣のように転々流通する仕組を採用した電子マネーは存在していないとされる。

これに対して、伊藤

四九二

三九頁以下

二一三頁以下は電子マネーにより

第五次おカネ革命

が進行しているとされ

るが、通貨のペイパーレス化という技術革新が部分的に進行しているにすぎず、

革命

といえるのか疑問である。﹇

完﹈

208

佐賀大学経済論集 第43巻第6号