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新体系 看護学全書 1 老年看護学 老年看護学概論・ 老年保健

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Page 1: 老年看護学 1 老年看護学概論・ 老年保健目 次 iii Ⅰ 老年看護の理念 40 高齢者の特性 40 老年看護の独自性 40 1 生活に着目することの意味

新体系 看護学全書

1老年看護学老年看護学概論・老年保健

Page 2: 老年看護学 1 老年看護学概論・ 老年保健目 次 iii Ⅰ 老年看護の理念 40 高齢者の特性 40 老年看護の独自性 40 1 生活に着目することの意味

◎編 集

鎌 田 ケ イ 子  前日本赤十字豊田看護大学教授

川 原 礼 子  東北大学大学院医学系研究科教授

◎執 筆(執筆順)

鎌 田 ケ イ 子  前日本赤十字豊田看護大学教授

川 原 礼 子  東北大学大学院医学系研究科教授

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ま え が き

 人口の高齢化が叫ばれている今日,高齢者の医療,福祉に関する話題は社会的関

心事となっている。しかし,核家族のなかで育った世代にとってこれらの話題は,

今一つ遠い世界の出来事というのが実感であろう。身近な存在として高齢者を意識

する機会は極端に少なく,世の中で関心をもたれているこれらの問題に直面するこ

とがほとんどないというのが実態だからである。

 それではそのような世代の人たちが高齢者の看護に取り組むとき,何が一番必要

になるであろうか。『老年看護学 1・2』を編集するにあたって,私たちが意識し

た最大のことはそのことであった。

 今日の看護教育においては,経験知からの学びよりも理論や知識の修得に力点が

おかれた学習が進められている。そのことは看護学の発展にとって意義深いことで

あるし,また,不可欠のことである。しかし,医療施設や在宅の場に一歩足を踏み

入れるとき,看護師を待っているのは,生きてきた歴史も価値観も異なる高齢者で

ある。そのような高齢者の支援にかかわる看護師には,高齢者を身近な存在として

関心をもつことからすべてが始まるというのが私たちの考えである。

 そこで『老年看護学 1』では,まず“老い”の理解から入ることにした。これは

老化がもつ諸側面が,個々の高齢者の生命や生活にどのような問題をもたらしてい

るかを知ってほしいという思いからである。また,この巻では老年看護のあり方を

解説し,高齢者の生活の質の確保に必要な様々な保健・医療・福祉制度についても

概説した。

 次いで『老年看護学2』は,健康障害を抱える高齢者の看護に焦点を絞ってまと

めた。罹患している疾患は同じでも,成人と高齢者ではそのもたらす影響は大きく

異なる。その点を理解してもらうために,多様な障害,種々の疾患や診療に伴う看

護を取り上げた。

 今回,2006年の改訂を経て 6年が経過し,国家試験出題基準や法律・制度の改正

など全面的に現在の状況に即応できるよう改訂を行った。

 わが国の高齢者人口は,ますます増加する状況にある。それら高齢者が健康な老

後を過ごし,その人にふさわしい人生を全うするためには質の高い看護に依るとこ

ろが大きい。本書が少しでもそれに貢献できれば幸いである。

 2012年11月

鎌田ケイ子  川 原 礼 子

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iii目  次

Ⅰ老年看護の理念 40 高齢者の特性 40 老年看護の独自性 40

1 生活に着目することの意味 41 2 生活を志向した援助の体系 43 3 看護の働きが求められる生活という

営み 44 キュアとケアの統合 45

1 生活の質(QOL)ということ 45 2 治療と看護 46 3 予測と予防の看護 47

 看護の役割と介護の役割 48

AB

C

D

目 次

第1章 高齢者(老年期)とは何か  1

第2章 老年看護の理念・目標・原則 鎌田ケイ子 39

Ⅰ老いとは 鎌田ケイ子2 老いのイメージ 2

1 加齢・老化 2 2 老いの受け止め方 2

 老年観の変遷 3 言語表現にみる老いのイメージ 4 社会生活のなかの老い 4

1 生活史のなかの老い 4 2 引退の意味 6 3 老年期における発達と成熟の意味 7

Ⅱライフステージとしての老年期 鎌田ケイ子7 老年期とは 7

1 老年期の幅 7 2 前期老年期と後期老年期 8

 老年期の発達課題 9 1 老年期の特徴 9 2 人生の完成への援助 13

Ⅲ高齢者と社会 鎌田ケイ子11 社会的役割の変化 11 1 定年後の生計 11 2 働き続けること 13 家庭における変化 13 1 新しい生活への適応と社会参加 13

2 社会からの孤立と健康・生活 15 社会環境 16

1 高齢者差別(エイジズム) 16 2 社会環境の整備 17

Ⅳ老化とからだ 川原礼子17 老化の本質と特徴 17

1 老化の要因・原因 17 2 老化の身体的特徴 19

 老化による各種機能の変化の日常生活  への影響 25 老化と老年病 26

1 老年病とは 26 2 老化と老年病との関連 26 3 老年病の特徴とそれによる看護上の

問題 28

Ⅴ加齢とこころ 鎌田ケイ子29 高齢者心理の背景 29

1 時間的蓄積を理解する 30 2 衰退・喪失体験への理解 31 3 人生体験の豊かさ 31 4 時代背景と生活史 31

 知的能力の変化 32 情緒の変化 33

1 不安について 33 2 無気力,依存について 34 3 自尊心について 35 4 性格について 35 5 高齢者のこころへの支援 35

 スピリチュアリティ 36

Ⅵ高齢者の性 鎌田ケイ子37 1 社会的偏見 37 2 生理的変化 37 3 性への欲求の大切さ 37 4 性への理解と援助 38

A

BCD

A

B

A

B

C

A

B

C

A

BC

D

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iv 目  次

第3章 高齢者と家族 鎌田ケイ子 71

Ⅰ家族形態の社会的変化 72 人口の高齢化と家族形態の変化 72

1 家族形態の変化 72 2 家族関係の変化と老親の扶養 72

 高齢者介護と家族問題 74 1 家族介護の実態 74 2 介護者の心理的問題 77 3 高齢者の介護が困難になる原因 78 4 これからの家族介護 79

5 家族の役割 81

Ⅱ家族への支援 82 家族支援をする際の態度 82

1 家族支援の求められる状況 82 2 家族に接するときの態度 82

 家族支援の方法 83 1 家族問題の把握と評価 84 2 家族支援の展開 84

A

B

A

B

第4章 高齢社会の保健医療福祉 鎌田ケイ子 87

Ⅰ未経験の高齢者問題 88Ⅱわが国の人口高齢化の特徴とその影響 88

 高齢社会の急速な歩み 88 1 社会現象としての高齢社会 88 2 老年人口比率 89 3 人口構成 90

 高齢社会がもたらす保健・医療・福祉の  課題 92

1 国民的課題としての高齢者問題 92 2 家族形態の変化 93 3 豊かな老年の課題 94 4 医療の場から生活の場へ 95

Ⅲ老年保健・医療・福祉の動向 95 高齢者医療の動向 95

1 有訴者率と受療率 95

2 医療費の推移 97 3 入院を必要とする高齢者 97 4 要介護高齢者の実態とケアニーズ 98

 高齢者保健・福祉の動向 102 1 高齢者保健・医療の法整備の経緯 102 2 保健事業 103 3 後期高齢者医療制度 104

Ⅳ高齢者の保健活動 105 予防の意義 105 ヘルスシステムの目標と活動 105

1 健康の保持・増進 105 2 検診活動 107 3 寝たきりの予防対策 107 4 介護予防 111 5 認知症高齢者対策 111

A

B

A

B

AB

 老年観の育成 48

Ⅱ老年看護の目標 50 満足のいく生の完成 51 快適で自立した生活の実現 51

Ⅲ老年看護の原則 52 個別性の尊重 52 自尊心の尊重 53 自己決定への支援 53 予防的対処の優先 54 残存機能の活用による日常生活の自立 55 看護用具の活用による生活環境の調整 57  生きることの喜びを見いだし,社会交流・  参加を促す 57

 家族の支援 58 関連職種との連携(チームケア) 59 看護の継続 60

Ⅳ老年看護の機能と役割 61 高齢者にとっての多様な健康状態 61 健康段階と場に応じた看護の機能と役割 62

1 健康段階に応じた看護のあり方 62 2 急性期医療における看護の機能と

役割 64 3 訪問看護の機能と役割 66 4 介護保険施設における看護の機能と

役割 67

E

AB

ABCDEFG

HIJ

AB

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v目  次

第5章 介護保険制度 鎌田ケイ子 127

Ⅰ制度創設の背景と目的 128Ⅱ給付対象とサービス内容 130

 給付対象 130 サービス内容 130 介護予防サービス 132

Ⅲサービス利用の手続き 132Ⅳケアプランの作成 134 1 ケアプラン作成の意義 134 2 ケアプラン作成のポイント 135

ABC

第6章 高齢者の人権と倫理問題 川原礼子 137

Ⅴソーシャルサポートシステム 112 ソーシャルサポートシステムの必要性 112 ソーシャルサポートシステムの具体化 112 1 ゴールドプラン 21 112

2 介護保険制度 114 在宅サービス 114

1 在宅サービスへのニーズ拡大の背景 114 2 在宅ケアとほかのサービスの連携 114

3 訪問看護 115 4 在宅福祉サービス 118

 施設サービス 119 1 介護療養型医療施設 119 2 介護老人保健施設 120 3 介護老人福祉施設 121 4 その他の介護保険(施設)サービス 122

 看護と介護の連携 123

AB

C

D

E

Ⅰ高齢者の差別 138Ⅱ高齢者の虐待 139

 虐待の分類 139 日本における高齢者虐待の特徴 139 虐待を引き起こす要因 141 看護の展開 142

1 看護の視点 142 2 観察の要点および看護の展開 143

Ⅲ高齢者の身体拘束 145 事故が起こったらどうするか 145 緊急やむを得ない場合とは 146 身体拘束廃止に向けての全国的取り組み 147

ABCD

ABC

索 引 149

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第1章

高齢者(老年期)とは何か

● �老いについて理解する。

● �ライフステージとしての老年期について理解する。

● �高齢者と社会との関係について理解する。

● �老化とからだ,加齢とこころについて理解する。

● �高齢者の性について理解する。

この章では

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2 第1章 高齢者(老年期)とは何か

A 老いのイメージ

1.加齢・老化

 人はこの世に生を受けて以降,時間の経過とともに成長・発達を続け成熟期を迎

える。その後,衰退が始まり,最後には死を迎え,生命は消滅する。これが人間の

一生の過程の自然な姿である。生命が成長・発達した後におけるこの変化を指して,

加齢(エイジング,aging),または老化とよぶ。

 加齢は,外観や身体の諸機能に様々な変化をもたらす。最も直接的・具体的に老

いの印象を与えるのは,容貌や外観,そして動作に現れる変化であろう。高齢者に

みられる容貌や外観,動作の変化には,前屈した姿勢,薄くなった頭髪や白髪,顔

のしみやしわ,張りのない皮膚,ゆっくりした足どり,などがある。人によって,

これらの変化の現れる時期や程度に差はあるものの,高齢になると一般に現れる特

徴である。いずれにしても,これらの容貌や外観,動作の変化が“老人らしさ”を

表現することになる。

2.老いの受け止め方

 個々の高齢者に現れる老いに伴う変化は,高齢者自身や周りの人間に様々なかた

ちで受け止められる。このうち高齢者が,自らの変化を“老い”として感じること

を指して老性自覚とよぶ。人によって,この老性自覚のきっかけは様々であるが,

一般には,体力の衰え,老視の出現(新聞の活字が見えにくくなる)などによって

自覚されることが多い。

 一方,高齢者の周りにいる人間が,高齢者の外観の変化からとらえる印象は,人

によっても,高齢者の状態によっても,また時によっても異なるものである。たと

えば同じような高齢者を目にした場合でも,ある人には惨めで弱々しく,暗くみえ

ることもあれば,長い歳月を生き抜いてきた人の自信や穏やかさを感じる人もある。

 また,老いの受け止め方は,高齢者本人にとっても一様ではない。老いに強い衝

撃を受けて自信を喪失したり,失望したり,否定したり,逃避したりする人がいる

一方,自然のなりゆきととらえ,比較的平静に受け止める人もいる。

 このように老いの受け止め方は,本人の考え方はもとより,周囲の人々や社会の

老いに対する価値観によっても左右される。

 このような老年や老いについて抱くイメージや観念は,老年観とよばれる。この

老年観は,時代,文化,個人によって著しく異なる。個々人の老年観は,老化につ

Ⅰ老いとは

老いのイメージ A 老いのイメージ A 老いのイメージ A

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3Ⅰ 老いとは

高齢者の人権と倫理問題

6

介護保険制度

5

高齢社会の保健医療福祉

4

高齢者と家族

3

老年看護の理念・目標・原則

2

高齢者(老年期)とは何か

1いての知識の有無や時代背景,社会の価値観による影響を強く受ける。

B 老年観の変遷

 時代と思想の変化は,様々な老年観を醸成した。その過程では,人間が長く生命

を保つことが尊ばれた時代もあったし,弱体化した生命を疎うと

む思想もあった。

 旧約聖書によれば,古代ヘブライ民族は,高齢者または老年に対し絶大な敬意を

表したという。英雄や予言者の多くは,みな長寿を得た知恵者で,その象徴として

神は白髪高齢者の姿で表象されたといわれている。一方,古代ギリシャにおいては,

老年に対しては陰惨なイメージを抱く傾向が強く,青年の若さを称賛したという。

●明治以前の老年観 わが国においても,古来から翁おきな

,媼おうな

として高齢者に対する敬老

の思想がみられた。これは古来の神話的表象に,儒教・仏教の思想が結びついたも

のといわれる。翁や媼には呪性と霊性が求められていた。しかし,『枕草子』や『徒

然草』では,高齢者のいろいろな行動を取り上げて老年について悲観的な記述をし

ている箇所もみられる。また,貧しい経済状態が,各地に姥うば

捨ての伝説を残すに至

った経緯もある。なお,徳川時代においては,敬老*の観念が一般化したが,それ

は儒学の興隆によるものである。この考え方は近代に入ってからも継続し,隠居し

た後も,高齢者は知恵のある者として尊敬され,物事の相談相手であった。また子

どもは,年老いた親を大事にし,親孝行が社会の規範として尊ばれた。

●明治以降の老年観 ところが明治以降,わが国では近代工業が発展し,資本主義が

隆盛するに至って,生産を優先する価値観をもとに,若さを重んじる風潮がつくり

出された。その結果,敬老の思想も変質を余儀なくされることになった。

 このようなわが国の工業国への変化は,豊かな文明社会を築き上げるもとになり,

平均寿命の伸びをもたらすことにもなったが,皮肉なことに,それによって増加し

た高齢者は,生産活動の場を失い,生産能力をもたないものとして尊重されなくな

り,生きがいを失うことになった。

 というのは,近代工業の勃興は,機械化による大量生産を可能にし,高齢者が培

ってきた職人芸ともいえる生産技術は経済性をもたなくなったからである。機械の

操作に馴染みやすい若者のほうが重宝であり,職人芸は資本主義社会での商品価値

を失っていったのである。

 ただし,その一方で近代社会における人権思想が,弱者の保護,人権の確立を促

し,高齢者の福祉に対する配慮を進めてきた側面もある。

 その結果,農業によって支えられていた時代には,高齢者は家庭内で扶養されて

いたが,近代工業を産業の基盤においた国では,老後を年金によって支えられるよ

うに社会保障が進められるようになっていった。

老年観の変遷B 老年観の変遷

*�敬老:高齢者を敬うこと。孟子の告子下,「三命日,敬老慈幼,無忘賓旅」が出典。

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4 第1章 高齢者(老年期)とは何か

C 言語表現にみる老いのイメージ

 老いについて,日本人は先に述べた歴史的変遷のもとで様々なイメージを醸成し

た。それを言語表現から探ってみよう。“老”の表意文字は,背が曲がり,杖を持

った髪の長い人の形を示している(図1-1)。

 “老い”,“高齢者”を表す言語表現は様々あるが,そのニュアンスは大きく2つ

に分かれる。

 どちらかといえば,老いを客観的にとらえた老化,老後,年寄り,老年者といっ

た表現のほかに,時間や程度が長いとか高いという意味を込めた長寿,高齢,長老

といった表現や,老成や老練といった円熟の意味を込めた表現で老いを敬っている

ものと,老ろう

醜しゅう

,老ろう

耄もう

,耄もう

碌ろく

といった蔑視を込めた表現とがみられる。

 性別にみた場合でも,“老女”“老ろう

爺や

”といった表現のほかに,翁おきな

,媼おうな

といった敬

称や,鬼婆,狸親爺といった蔑称がある。しかし今日の社会では,“老”という言

葉そのものにマイナスイメージを感じる人も少なくない。そのため,最近では“老”

という日本語を使わないで表現しようと試みる傾向もある。たとえば,老人を高齢

者としたり,老年初期も含めて,中高年者を熟年とよんだり,シルバーエイジ(silver

age)というように,英語を使って新語をつくる試みなどがそれにあたる。

D 社会生活のなかの老い

1.生活史のなかの老い

 高齢者の姿は,生理学的要因によって決定されるのみならず,時代的背景に大き

な影響を受けるものである。かつて高齢者といえば,決まって腰が曲がり,杖をつ

いている姿を思い浮かべたものであるが,今の高齢者にそのような姿をみかけるこ

とは少ない。

 看護の対象となる高齢者は,高齢者という漠然とした存在ではなく,一人ひとり

言語表現にみる老いのイメージC 言語表現にみる老いのイメージ

社会生活のなかの老いD 社会生活のなかの老い

元の表意文字 変化 現在

図1-1●“老”の文字の変化

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5Ⅰ 老いとは

高齢者の人権と倫理問題

6

介護保険制度

5

高齢社会の保健医療福祉

4

高齢者と家族

3

老年看護の理念・目標・原則

2

高齢者(老年期)とは何か

1が今を生きている人間である。老齢という概念に納まることなく,若者と同様に新

しい時代や環境に挑戦しようとしている高齢者も少なくない。それらの一人ひとり

の高齢者の姿を正しく理解するためには,現在に至るまで,その高齢者が生きてき

た生活史(ライフヒストリー),生涯歴を知らなくてはならない。現在,高齢者に

現れているほとんどの事柄・事象は,過去の時間的蓄積が反映されたものにほかな

らないからである。現在を理解するためにも,過去を知る必要がある。

 特に今の高齢者の生活史・生活歴には,激動の歴史が刻み込まれている。第 1 次・

第 2 次世界大戦を体験したこの世代が生きてきた時代は,現在のように物の豊かな

1915(大正4)年 ○○県の農家の3男として生まれる。

1927(昭和2)年 12歳で上京,呉服店に丁稚に入る。

1945(昭和20)年 終戦,戦火で家が焼失。

1946(昭和21)年 死線をさまようが,戦地から無事復員する。

1995(平成7)年 80歳。脳梗塞を起こし,入退院を繰り返す。

2010(平成22)年 95歳。肺炎で入院中,寝たきり状態となる。

1940(昭和15)年 奉公の苦労が実り,25歳でのれん分けしてもらい独立するとともに結婚。翌年,長男誕生,続いて次男も生まれる。 

1943(昭和18)年 28歳で第2次世界大戦に召集され,戦地ビルマへ赴く。

1950(昭和25)年 資金をやりくりして洋服店を東京に開く。息子の結婚,店の増築。

1985(昭和60)年 70歳。店を息子に譲り,その後は店を手伝いながら,老人クラブに参加したり,趣味を楽しむ。

洋服店 洋 服 店

図1-2●高齢者の生きてきた時代背景(例)

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6 第1章 高齢者(老年期)とは何か

時代ではなく,貧困と飢えに苦しむ人の多い時代でもあった。そのような時代背景

のもとで,現在の生活習慣,価値観,家族関係などが築き上げられてきたのである

(図1-2)。

2.引退の意味

 老いは身体的な変化だけではなく,社会生活上にも大きな変化をもたらす。多く

のサラリーマンは,能力の有無に関係なく,一定の年齢に達すれば職業を喪失し(定

年退職),強制的に生産的な仕事にかかわる機会を奪われることになる。

 社会的な引退を,昔は隠居とか悠々自適と表現していた。そしてその表現には,

ある種の豊かさがあった。しかし現在では,引退により社会的有用性を喪失するこ

とが,社会的な評価を低下させる一因ともなっており,そのことがまた,高齢者に

生きがいを喪失させるきっかけともなっている。

表1-1●老年期における業績の例人名 業績の内容

ミケランジェロ(1475-1564,イタリア)

70歳を過ぎてからサン=ピエトロ大聖堂の改築を手がける。88歳で亡くなるまで大理石像を彫り続ける。

ゲーテ(1749-1832,ドイツ)

81歳で『ファウスト』第2部を完成させる。

モネ(1840-1926,フランス)

視力の衰えにもかかわらず,自宅の庭の睡蓮池を描いた大作の連作壁画を完成させるなど,86歳で亡くなるまで制作を続ける。

モーゼス(1860-1961,アメリカ)

75歳で本格的に絵画を始める。80歳で初めての個展を開く。以後,101歳で亡くなるまで,素朴派の画家として活躍する。

マチス(1869-1954,フランス)

車椅子生活となりながらも,大胆で美しい絵を描き続ける。79歳でロザリオ礼拝堂の装飾を開始,82歳で完成させる。

チャーチル(1874-1965,イギリス)

66〜71歳まで首相,77歳で再び首相となる。80歳で首相を引退した後も,執筆活動を行う。

シュバイツァー(1875-1965,ドイツ)

90歳で亡くなるまで,自分で建てたアフリカのランバネル病院で医療活動を行う。

アデナウアー(1876-1967,ドイツ)

73歳で首相就任。87歳で引退した後は回顧録の執筆にとりかかる。

ピカソ(1881-1973,スペイン)

91歳で亡くなるまで,衰えを感じさせない若々しい線で絵画や彫刻に励む。

レーガン(1911-2004,アメリカ)

69歳で大統領に就任し,78歳まで務める。

近松門左衛門(1653-1724)

67歳で『心中天網島』を完成,70歳で『心中宵庚申』を完成させる。

杉田玄白(1733-1817)

83歳で『蘭学事始』を完成させる。

滝沢馬琴(1767-1848)

74歳で『南総里見八犬伝』を完成させる。

横山大観(1868-1957)

71歳で大観芸術の集大成,『海山十題』を完成させる。89歳で亡くなるまで,制作活動を続ける。

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7Ⅱ ライフステージとしての老年期

高齢者の人権と倫理問題

6

介護保険制度

5

高齢社会の保健医療福祉

4

高齢者と家族

3

老年看護の理念・目標・原則

2

高齢者(老年期)とは何か

13.老年期における発達と成熟の意味

 様々な時代的背景のなかで,老年期に対する受け止め方は変化してきているが,

今日の社会においては,マイナスのイメージが強いのが現実である。しかし,老年

期に至っても本人の意思や意欲があり,機会さえ与えられれば,生産的な仕事をす

ることは可能である。表1-1のように,芸術家や政治家が,老年期に至っても立派

な業績を上げているのはその一例である。

 芸術家や政治家は,一般人よりも,特に高齢になっても業績を上げる傾向が顕著

であるが,これだけ多くの有名な芸術家が,高齢になっても,創造的な作品を作り

上げていることに驚きを禁じえない。もちろん,優れた才能に恵まれていたとはい

え,老年期になっても意欲を失わない限り,創造的な人生を送ることができること

を示している。

 そしてこのことは,必ずしも一部の芸術家や政治家に限られたことではない。確

かに経験による知に対する価値は,以前の時代よりは減じたものの,いわゆる円熟・

老練,叡えい

智ち

という言葉で表現されるように,老いによって初めて生み出される価値

も確かにある。たとえば,人間に対する深い洞察力をもち,きめ細かな配慮のでき

る人が,高い調停能力を発揮して新たな価値を生み出す集団を支え,引っ張ってい

る姿などに,それらの具体例をみることができる。記憶力が衰えても,それにまさ

る経験に基づいた知恵,さらに適切な判断力に基づいて豊かな人間関係をつくり出

し,地域社会に貢献することができる。

 加齢の様相が顕著に現れ,社会生活や役割に変化が生じる時期を老年期という。

老年期は,身体的な面でいえば生命現象が最も自然に経過した人生における最終の

段階である。そして老年期は死で閉じられる(図1-3)。

A 老年期とは

1.老年期の幅

 老年期がいつから開始されるかについては,個々人により異なり,定まったもの

ではない。世界保健機関(World Health Organization;WHO)の定義や人口動態

統計などでは,現在のところ65歳と定めてはいるものの,これも高齢者をとらえる

ための一つの指標にすぎないといえる。

 高齢者を対象としたわが国の法律においても,その対象とする年齢は様々である。

Ⅱライフステージとしての老年期

老年期とはA 老年期とはA 老年期とはA

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8 第1章 高齢者(老年期)とは何か

老人福祉法は65歳を老年期の開始時期としており,年金の支給も60歳や65歳からで

ある。一方,後期高齢者医療制度の適用年齢は75歳であり,また国家公務員の定年

は60歳である。

 このように老年期の開始は,社会生活の変化や身体の変化も一様ではないところ

から様々であるうえ,社会状況や高齢者の健康状態などによっても変化しうる面が

ある。

 個人レベルにおける老化の進行はもとより,社会生活上の変化のもたらすものも,

決して画一的なものではなく,むしろ個人差の大きいところに特徴があるといえる。

したがって,老年期の開始時期をいう場合には幅をもたせる必要がある。

2.前期老年期と後期老年期

 人が経験する老年期は,長命の人であれば優に30年に及び,平均しても10年から

20年の期間を有することになる。壮年期から老年期への移行時期を指して初老期と

図1-3●人間の一生の歩み

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9Ⅱ ライフステージとしての老年期

高齢者の人権と倫理問題

6

介護保険制度

5

高齢社会の保健医療福祉

4

高齢者と家族

3

老年看護の理念・目標・原則

2

高齢者(老年期)とは何か

1よぶ。また,今日では老年期を75歳で 2 つに分け,前半を前期老年期(young

old),後半を後期老年期(old old)ともよぶ。

 このように老年期を2つに分ける背景には,老化によって生じる身体上・社会生

活上の変化が,その前半と後半では大きく異なっているからである。この違いを一

言でいうと,前半は,健康状態も比較的良好に保たれることが多く,社会活動も活

発であるが,後半では,健康状態にも支障をきたしやすくなり,また社会活動への

参加も大きく後退するということである。

B 老年期の発達課題

1.老年期の特徴

 老年期は衰退や死を自覚し,職業からの引退などをとおして自己の存在感や価値

を見失う。人生の最終段階で直面する精神的危機である。

 人間の行動には,学習によらないで自然の結果として成熟していくことはまれで

あるといわれる。老年期においても,生活していくなかで学ぶことができる。した

がって,生涯におけるこれらの課題をマイナスにとらえるのではなく,自分の人生

の完成に向けての課題ととらえ,前向きに対応していけば,老年期をその人らしく

納得のいくものとすることができる。

●職業からの引退 人生の最終ステージである老年期の課題の一つが,職業からの引

退である。この職業からの引退は,仕事を失うというだけでなく,経済的な不安(年

金だけでは十分に生活を賄まかな

えないなど)や社会関係の喪失,さらには生きがいや,

社会的存在の価値喪失など,多くの問題を伴うことになる。人によっては,このよ

うな課題への対応を迫られ,いつ,どのように仕事(権限)を譲ったらよいか迷っ

たり,権力を失うことに恐れを抱くこともある。

 仕事へのかかわり方は違っても,生涯現役として,長く続けることで人生を全う

しようとする方法もあるが,多くの場合は,引退後に特別課題(いわゆるライフテー

マ)を見つけて,それによって社会に貢献しようとする。しかし,人によっては,

引退後の自分に存在価値を見出すことができずに,うつ状態や認知症を発症し,課

題への適応に失敗することもある。

 職業からの引退に適応して,新たな自分を発見できるような将来計画や,支援が

必要とされている。

●過去の清算 高齢者には長い過去があるために,老年期になって,過去へのかかわ

りを清算していく必要も生じる。過去の実績や事実を満足のいくものとして受け入

れ,またそれらを周りの人が承認していくことが,高齢者の誇りと自信に結び付く。

何らかの遺産(子孫,業績,財産など)を残し,継承したいと思うことも,人間と

しての自然な感情である。常に馴れ親しんできたもの(自分の家,家族,家財,記

念品など)を身近に置いて親しみたいという行動は,高齢者が人生を回顧し,自ら

老年期の発達課題B 老年期の発達課題

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10 第1章 高齢者(老年期)とは何か

に安心,満足をもたらすためには必要な事柄である。

●病気との共生 多くの高齢者は,慢性状態ではあっても,何らかの疾患を抱えてい

る。できるだけセルフケアができる状態が長く続くことが望ましいが,入院治療や,

場合によっては長期療養を必要とすることもある。疾病の存在は身体的な苦痛を伴

ううえ,回復に結び付かない症状は高齢者を打ちのめし,気力の衰えもあって,危

機に立ち向かうことを難しくさせることもある。生き続けたいという気力を引き出

し,病気に立ち向かえるように援助していくことが大切である。

●死の受け入れ 高齢者が最後に迎える課題は,死を穏やかに,悔いのないものとし

て受け入れていくことである。高齢者の死は,客観的にみれば自然の摂理に則のっと

った

ものであるとしても,個々の高齢者には死への不安は存在する。このような場面で

求められるのは,その人にふさわしい死が迎えられるように支えることである。

2.人生の完成への援助

 老年期は別の見方をすれば,人生の最終ステージとしてそれぞれの人生を完成さ

せるための時期ともいえる。老化現象が出現し,社会活動の変化が起こったとして

も,積極的な姿勢をもち続けるならば,高齢者には円熟の可能性が残されているこ

とを忘れてはならない。

 仮に人生を山に例えるならば,老年期は,生命の誕生によって山を登り始めた人

間が,山の頂上を極めた後,山を下りる段階といえる。その過程で遭遇する老化に

よる身体的不調や病気,社会生活の変化のもとで,いかに健康を維持し,日常生活

をいきいきとしたものとしていくかという課題に直面しているといえよう。

 高齢者に安定した生活の基盤を用意して,老いを受け入れて,希望をもって積極

 発達課題は教育学や心理学の分野で,子ども(乳児期,幼児期,児童期,青年期)の発

達についての課題を提示するものであったが,成長していく人間だけでなく成人期や老年

期においても直面する特有の課題があり,生涯発達としてとらえられるようになった。

 最初に発達課題を提唱した教育心理学者のハヴィガースト(Havighurst, R.J.)は老

年期の発達課題として,体力と健康衰退への適応,退職と収入減少への適応,配偶者の死

への適応,同年代の人との親しい関係の確立をあげている。エリクソン(Erikson, E.H.)

は老年期の精神的危機を様々な喪失からくる「絶望(嫌悪)」と長い人生を生き抜いてき

たことで得られる「統合」を対立する発達課題ととらえ,それを乗り越えるものが経験に

裏打ちされた叡智であると言っている。

 発達課題 

column

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11Ⅲ 高齢者と社会

高齢者の人権と倫理問題

6

介護保険制度

5

高齢社会の保健医療福祉

4

高齢者と家族

3

老年看護の理念・目標・原則

2

高齢者(老年期)とは何か

1的に老年期を送る努力がなされ,その人にふさわしい人生が完成するように援助し

ていきたい。そして,人生の幕を閉じるにあたり,最善を尽くして多くの困難を乗

り越えてきた生涯に誇りを感じ,満足を感じられるように,見守っていきたいもの

である。

A 社会的役割の変化

1.定年後の生計

 壮年期が社会の生産活動(就業や子育て)に直接かかわっている時期だとすれば,

老年期は社会における生産活動からは一歩後退する時期ともいえよう(図1-4)。

 多くの企業や役所では定年制が敷かれているため,勤労者は一定の年齢(国家公

務員などは60歳)に達すると職業からの引退を余儀なくされる。社会の第一線から

の引退は,高齢者の生活や健康に様々な影響をもたらす。このように,定年制によ

Ⅲ高齢者と社会

社会的役割の変化A 社会的役割の変化A 社会的役割の変化A

職業からの引退

子育ての終了

経済力の減少

余暇時間の拡大

生活交流の減少

生活圏の縮小

生きがいの喪失

孤 立

図1-4●老年期の社会生活の変化と影響

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12 第1章 高齢者(老年期)とは何か

り引退を余儀なくされた勤労者は,まだ体力や精神力は働くのに十分であること,

年金だけでは生計の維持が難しいことなどの理由で,第 2 の職場を求めて就職する

ことも多い。今日のわが国では,60〜64歳では約 7 割,65〜69歳の年齢では約 6 割

の人が何らかの職業に就いている。

 前述したように,わが国では年金制度が確立されているとはいうものの,多くの

人々は,年金だけでは生計の維持が難しく,稼働所得*に頼らざるをえない状況に

ある(表1-2)。高齢者世帯*のなかには一部に高収入の世帯がみられるものの,全

世帯をみると低収入の世帯の割合が多くを占めていることがわかる(図1-5)。年金

制度は,1986(昭和61)年に改正され,だれもが65歳から国民年金を受給できるよ

うになり,また勤労者などは,職場で加入していた厚生年金が上乗せされるしくみ

となった。

*�稼働(動)所得:労働に従事して得られた所得。*�高齢者世帯:65歳以上の者のみで構成するか,またはこれに18歳未満の未婚の者が加わった世帯。

40

50(%)

30

全世帯

高齢者世帯

20

10

0

資料/厚生労働省「国民生活基礎調査」

18.5

37.840.2

20.5

14.2 13.5

8.812.0

1.6 2.24.0

26.7

200万円未満

200〜400万円

400〜600万円

600〜800万円

800〜1000万円

1000万円以上

(年間所得)

図1-5●高齢者世帯と全世帯の年間所得分布(2010年)

表1-2●高齢者世帯の所得の種類別金額の構成割合(2010年)

稼働所得 公的年金・恩給 財産所得公的年金・恩給以外の社会保障

給付金

仕送り・個人年金・その他の所得

17.3% 70.2% 5.9% 0.8% 5.7%高齢者世帯1世帯当たり平均所得金額=307.9万円資料/厚生労働省「国民生活基礎調査」

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13Ⅲ 高齢者と社会

高齢者の人権と倫理問題

6

介護保険制度

5

高齢社会の保健医療福祉

4

高齢者と家族

3

老年看護の理念・目標・原則

2

高齢者(老年期)とは何か

12.働き続けること

 就業にも限度があり,ある年齢に達すれば,完全に職業から引退することになる。

自営業などの場合には,個人の体力や意思,家庭の事情などによって引退の時期が

決められるが,老年期に達すれば,実質的な経営や就業を子どもたちにゆだねるこ

とも多い。

 勤労者の職業からの引退は,一方では義務や束縛からの解放を意味しているが,

その一方で,経済力の低下ばかりでなく,社会的交流の機会の喪失,生きる目的・

生きがいの喪失にも直結している。したがって,就業を望む人には,できるだけ長

く働くことのできる機会を提供していくことが,高齢者の経済力の確保や生きがい,

健康保持のためにも極めて重要である。

 日本人は一般に働くことを美徳と考え,また,働くことを生きがいとしている人

が多い。男性の多くが65歳までは就業を希望しており,高齢者の能力を活用する職

場の開拓や仕事の提供が求められている。シルバー人材センターなどが高齢者の就

業の紹介を行っているが,現状ではビル管理や清掃,除草などの仕事が多く,必ず

しも,それまでの経験が有効に活用できる職に就いていないのが実態である。

 仕事を得る機会を増やしていくとともに長命が約束された現代では,定年の迎え

方や,定年後の生活設計を壮年期のうちから準備して,引退後も社会との交流の機

会をもち,充実した生活が送れるようにしていくことが大切である。

B 家庭における変化

 社会生活ばかりでなく,家庭での生活も変化していく。子どもの教育はほぼ終了

し,就業や結婚で独立していくなど,子どもを中心とした家庭生活から,老年夫婦

のみの生活に営みの中心が変わっていく。このような経過で女性は子育てから解放

されることになるが,その反面,生きがいの喪失に結び付きやすい。そのため,子

育てに代わる生活の目標を見いだすことが,生活の充実のために必要になってくる。

 また家庭においては,老親の介護の問題が発生し,子ども,特に娘か嫁の立場で

介護を担うことが,家庭生活に影響を与えることになる。次いで介護は,配偶者に

対してなされることになり,これが老々介護の深刻な問題に発展することが少なく

ない。配偶者を失うと,一人暮らしとなってしまう。

1.新しい生活への適応と社会参加

 社会の生産活動(仕事,子育て)からの後退によって,職場の仲間・同僚との付

き合いがなくなったり,子どもをとおして知り合った人たちとの付き合いも減るな

ど,社会的交流の減少,生きがいの喪失などは,高齢者にマイナスの生活上の変化

をもたらしやすい。しかし,それらのマイナス要因をプラスに転化して,家庭や社

家庭における変化B 家庭における変化

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14 第1章 高齢者(老年期)とは何か

会における新たな役割や楽しみを獲得する努力をしていくことが必要となる。

 余暇時間も無為に過ごせば非生産的な時間となってしまう。束縛のない自由な時

間とみて,自分の趣味や地域社会での活動に向ければ極めて生産的な時間へと変化

させることができる。一般に高齢者の余暇時間の過ごし方では,テレビを観たり新

聞を読むなどの受動的な活動に時間を費やしている人が多いが,なかには趣味や付

き合い,スポーツなどに費やす人も少なくない(図1-6)。

 余暇時間は,家族との団らんやテレビ観賞など個人的な活動や家庭で行われるこ

とに費やされることが多く,趣味,スポーツ,地域行事,ボランティアなど社会的

活動へ参加(社会参加)している人は多くはない。しかし,自主的に活動に参加し

た人は,新しい友人を得ることができた,生活に充実感ができた,健康や体力に自

信がついたなど,その効果が高く,結果として生きがいを感じている人が,参加し

ていない人より多い(表1-3)。また,社会参加への希望は半分の人に認められる。

したがって高齢者に社会参加の場をつくっていくことが大切である。

 老年期に遭遇する社会生活上の変化や役割の変化に適応して,いきいきとした社

会参加をしていくことが,老年期を迎える人にとっては重要な課題である。このよ

社会参加・宗教活動 1.9%

マスメディア利用(読書,新聞・雑誌,    テレビなど)   68.5%

教養・趣味・娯楽 8.5%

65歳以上

交際 5.8%

休養・くつろぎ 6.8%

スポーツ 8.5%

資料/総務省「社会生活基本調査」

図1-6●高齢者の自由時間の過ごし方(2006年)

表1-3●自主的活動への参加の有無別にみた生きがい感(%)生きがいを感じていますか

十分感じる 多少感じるあまり

感じないまったく感じない

わからない

活動参加したものがある

52.7 37.9 8.2 0.9 0.3

活動参加したものがない

31.7 38.8 23.0 5.4 1.0

資料/内閣府「高齢者の地域社会への参加に関する意識調査」(平成20年)

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15Ⅲ 高齢者と社会

高齢者の人権と倫理問題

6

介護保険制度

5

高齢社会の保健医療福祉

4

高齢者と家族

3

老年看護の理念・目標・原則

2

高齢者(老年期)とは何か

1うな変化に適応できないと健康を阻害されることもある。定年は初老期に迎える精

神的・社会的な危機であるが,それに適応できずにうつ病や認知症の発病をみるこ

ともある。

 老後の過ごし方は,その人の今までの生き方や価値観にも左右されるが,創造的

な時間を過ごすため,老後の生活設計を立てていけるように勇気づけていくことは,

看護の役割でもある。

2.社会からの孤立と健康・生活

 高齢者が職業からの引退や子育ての終了などにより社会との接点を減少させてい

くことは,高齢者の孤立化を進める要因となる。孤立化は,高齢者の無用感を増強

させ,孤独感を強めることにもなり,健康状態によい影響は与えない。老年期に多

くの人が遭遇する配偶者との別れも,この孤立感・孤独感を強めていく。特に,独

居や二人暮らし世帯の高齢者の孤立感は大きいものがある。配偶者との死別のなか

でも,家事などを妻に依存している男性が配偶者を失ったときの衝撃は大きいとい

われている。

 勤労者であった男性は,地域との結びつきが薄いため,職業から引退すると人間

関係も失ってしまい,地域で孤立する原因ともなる。男性に比して女性は,地域と

の結びつきがあり,子育てが終了した後も,自分なりの人間関係やテーマをもとに,

活発に行動する場合が少なくない。

 高齢者の孤独感が無用感や苦痛と結びついたときには,自殺の誘因ともなりかね

ない。日本は特に高齢者の自殺が多いことで知られている。自殺の動機としては,

健康問題が圧倒的に多い。壮年層に比べて,経済・生活問題によるものより,健康

問題による動機が多いのが特徴である。しかし,単に病気によってもたらされる将

来への不安によるというだけでなく,その背景には高齢者の孤立の問題がかかわっ

ていると考えられる(図1-7)。高齢者が家庭内でも,また地域社会のなかでも孤立

化しないような配慮が必要である。

 高齢者は,身体に障害を抱えていることや意欲の低下などから,家庭内に閉じこ

もりがちになる。この家庭内の閉じこもりは,高齢者のさらなる病弱化(疾病や寝

たきり状態)を招く要因となるので,そのような状態にならないよう,高齢者が外

に出るようにするための働きかけが必要となる。

 高齢者の孤立が最も深刻になるのが,老化や病弱が進み,自分で自立した生活を

営めなくなったときである。このように,生活していくためのごく基本的な部分で

ある調理,洗濯,買い物,食事や排泄,入浴といったレベルでの援助を必要とする

ため,高齢となるにつれて,完全に一人で家庭生活を処理することは難しくなる。

 このような状態になれば,周囲の援助なしに日常生活を営むことが困難になる。

独居や二人暮らし世帯の高齢者が病弱になれば,問題はいっそう深刻になる。その

場合には,地域で見守りながら自治体などの援助で支えていくことになる。特に,

24時間の在宅ケアが,独居や二人暮らし世帯の高齢者を支えるために必要となる。

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16 第1章 高齢者(老年期)とは何か

C 社会環境

1.高齢者差別(エイジズム)

 年老いた人であっても,安心して豊かな生活が送れる社会をつくっていくことが

大切である。

 しかし,高齢者は心身機能の衰えや生産活動からの引退を余儀なくされるため,

社会から疎外された存在として差別の対象となることがある。弱者としていじめら

れたり,犯罪の対象となったりするのがそれである。家族や医療者からいわれのな

い虐待を受ける危険性も存在しており,食事を与えられない,おむつを長時間換え

てもらえない,家の中に閉じ込められている,不必要な身体抑制をされる,暴力を

ふるわれるといったことが起こる。

 高齢者の人権を認め,たとえ障害をもっていても一人の人間として尊重されるの

は当然であるという考えを,社会に浸透させる必要がある。同時に,医療者として

は高齢者の人権を守る対応をしていかなくてはならない。また,高齢者が差別の対

象になることがないような環境をつくっていくことが社会の務めである。

 2005(平成17)年には,高齢者の虐待の防止,高齢者の養護者に対する支援等に

関する法律が成立し,家庭内や施設における高齢者の虐待を防止するための法的措

置が講じられるようになった。

 社会的弱者やマイノリティに対して権利を擁護し,ときに当事者に代わって代弁

していくことをアドボカシーという。高齢者が社会的弱者として権利が侵害された

り,差別の対象にならないようにしていかなくてはならない。

社会環境C 社会環境

その他 5.3男女関係 0.4勤務問題 1.9

経済・生活問題16.6

家庭問題14.5

健康問題 61.3

(60歳以上)12,192/

33,334(総数)

資料/警察庁「平成22年中における自殺の概要」

図1-7●高齢者(60歳以上)の自殺数と原因・動機別構成割合(%)

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17Ⅳ 老化とからだ

高齢者の人権と倫理問題

6

介護保険制度

5

高齢社会の保健医療福祉

4

高齢者と家族

3

老年看護の理念・目標・原則

2

高齢者(老年期)とは何か

12.社会環境の整備

 心身機能が低下している高齢者に対応した生活環境が用意されれば,高齢者も活

発に活動できるようになり,その範囲も広がるはずである。そのためには,段差の

ないバリアフリーの住宅や公共の建物・道路,エスカレーターの設置など,高齢者

にふさわしい社会環境を整備していくことが大切である。そして,このような社会

を実現していくためには,社会資源や財源が高齢者に対しても公平に分配される必

要がある。

A 老化の本質と特徴

1.老化の要因・原因

 老化現象は,加齢に伴って生じる生理機能の,不可避的で非可逆的な低下である。

ヒトの寿命には個人差があり,なかには120歳以上の長寿を保った人もいるが,ヒ

トの限界寿命は110歳から120歳の間と考えられている。

 自らの寿命が予測できれば,人生は変わるであろうか。

 個体の発生や成熟が,一つのプログラムに従って正確に繰り広げられている現象

であるのに比較して,個体の老化は予測することが難しい。

 老化のメカニズムには,様々な環境,遺伝因子がかかわっていると考えられてい

る。また近年,酸素フリーラジカルや生体内高分子に対するオキシダントによる障

害も老化の因子であると報告されている。さらには,酸化ストレスによる細胞の障

害や,細胞がもつ防御機構が注目され,老化の速度や寿命は,この両者のバランス

によって決定されるという説もある。

 老化の細胞レベルにおけるメカニズムとしては,蓄積仮説と細胞老化仮説が知ら

れている。

1)蓄積仮説

 個体は加齢に伴って様々な傷害を受け,それが蓄積した結果,細胞や組織が機能

しなくなることで個体老化が生じる。

 現在では,環境中の有害な物質や,組織で生産される活性酸素などにより,たん

ぱく質,脂質,遺伝情報を担う核酸などが傷害を受けた結果,個体老化が生じると

される。

Ⅳ老化とからだ

老化の本質と特徴A 老化の本質と特徴A 老化の本質と特徴A

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18 第1章 高齢者(老年期)とは何か

2)細胞老化仮説

 神経芽細胞などの細胞増殖可能な正常細胞を個体より採取し,継代培養を続ける

と,初めは盛んに増殖を続けるが,必ず有限の細胞分裂回数の後に増殖を停止する。

こうして細胞分裂を行う能力を欠くと,組織機能を維持できなくなり,個体の老化

が起きるとされる。

 細胞数の減少

 ヒトは成長・発達の時期を経て,身体全体も臓器そのものの大きさも最高に達し

た成熟のとき,全細胞数は60兆個にもなる。この成熟後の,加齢に伴う細胞減数の

過程が,生物学的老化の過程である。

 臓器は,老化によってその重量が減少してくるが(図1-8),それは主として,細

胞の脱落による実質細胞の減少や,萎い

縮しゅく

によるものである。

 様々な要因で体細胞の遺伝子が変異を受け,それを修復していくが,修復には限

界があり,体細胞の減少が起こる。しかし,呼吸・心拍拍動にかかわる延えん

髄ずい

の下オ

リーブ核の神経細胞のような,生命維持に直接関与している細胞の減数は,あまり

顕著ではないと報告1)されている。

 体内水分量の変化

 図1-9からわかるように,加齢により身体構成成分の分布に変化が起き,脂肪分

が増加して,筋肉や臓器の細胞内液が減少する。脂肪組織は水分を貯蔵できないし,

細胞内液は新陳代謝に関与するため,それによって生じる水分も高齢者では少なく

なる。

 また後述するように,腎臓の糸球尿細管における水分の再吸収機能の低下および

渇中枢の感受性低下が加わり,水分の摂取が少なかったり,発汗や下痢で体液が体

細胞数の減少1

 体内水分量の変化 体内水分量の変化2

100

50

60~690 70~79 80~89 90~年齢

心臓

腎臓

肝臓

脾臓

胸腺

器官の重量(%) 成人を100

出典/香川靖雄:老化のバイオサイエンス,羊土社,1996,p.24.

図1-8●老化による人体臓器重量の減少

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19Ⅳ 老化とからだ

高齢者の人権と倫理問題

6

介護保険制度

5

高齢社会の保健医療福祉

4

高齢者と家族

3

老年看護の理念・目標・原則

2

高齢者(老年期)とは何か

1

外に喪失すると,脱水になりやすい。

2.老化の身体的特徴

 加齢に伴う生体機能の変化を示したショック(Shock,N.W.)の説(図1-10)は

有名であり,心拍出量,糸球体濾ろ

過か

率,基礎代謝,神経伝導速度などは,その勾こう

配ばい

は違っても,加齢との相関は直線的であるとの説が支持されていた。しかし近年,

この説は断面調査に基づくものであり,それぞれの年齢集団におけるコホート*の

特殊性に配慮していないことや,女性では更年期以後の変化が大きく,直線的な低

下ではない面がある,などの問題点が指摘されている2)。

 呼吸・循環機能の低下

1)呼吸機能の低下

 呼吸器では,気道は線毛活動の減少が起こるために,分泌物の排出機能が低下し,

誤ご

嚥えん

性肺炎が発生しやすくなる。

 また,ガス交換を行っている肺はい

胞ほう

が減少し,肺胞がまとまった形の気腫が生じて

残気量の増加が起こり,呼吸面積が減少して肺活量の減少をきたすが,この程度が

大きいと肺気腫という病態を生じる。

 肺の外側の胸郭では,肋軟骨の石灰化などにより弾力性の低下が起こり,呼吸筋

の運動が不十分になり,やはり肺活量の減少を招く。

 これらによって咳がい

嗽そう

能力が低下し,誤嚥性肺炎の発生につながる。

*�コホート(cohort):疫学研究の用語で,たとえば「出生コホート」のように,計画調査の対象となる単位集団を指す。

 呼吸・循環機能の低下 呼吸・循環機能の低下1

15%

25歳 75歳

30%17

12

33

20

56

42

20

脂 肪

組 織

細胞内液

細胞外液

図1-9●加齢による身体構成成分の分布変化(Goldman)

Page 26: 老年看護学 1 老年看護学概論・ 老年保健目 次 iii Ⅰ 老年看護の理念 40 高齢者の特性 40 老年看護の独自性 40 1 生活に着目することの意味

20 第1章 高齢者(老年期)とは何か

2)循環機能の低下

 循環器については,心筋線維の増大に基づく心臓の肥大が起こり,機能的には,

ポンプ機能の低下,心筋収縮力の低下,心拍出量の低下が生じる。特に肺気腫など

の肺病変が存在する場合は右心室肥大が出現しやすい。

 血管については,「ヒトは血管と共に老いる」といわれているように,その老化

の程度は,生命維持に大きくかかわっている。加齢により動脈硬化が起こり,病理

学的には,粥じゅく

状じょう

硬化,中膜石灰化,および細動脈硬化が現れる。

 動脈硬化による血管の内腔狭窄と壁の弾性低下により,末梢血管抵抗は加齢とと

もに増大し,血圧の上昇を招く。また,粥状硬化は脳と心筋の梗塞の発症に関係が

深い。

 消化・吸収機能の低下

 加齢により食道の粘膜に萎い

縮しゅく

が起こると,蠕ぜん

動どう

運動が遅延し,弱くなって,嚥下

障害が生じる。胃粘膜も萎縮し,胃液分泌は減少する。

 小腸では粘膜の血流の減少が起こり,大腸は平滑筋細胞数の減少,消化管運動時

間の遅延,蠕動の減少が起こって,弛緩性便秘をきたしやすくなる。

 肝臓では血流量が減少し,肝臓や膵臓は重量が減少する。

 消化・吸収機能については,加齢により,脂肪吸収能,糖質吸収能,膵外分泌機

能が低下傾向になることが報告されている3)。心拍出量の減少により,腸の血流減

少を生じ,糖質や脂肪の吸収に影響を与えている可能性がある。

 胃液や胆汁液の減少によって,殺菌作用が不十分となり,腸内細菌叢そう

のバランス

 消化・吸収機能の低下 消化・吸収機能の低下2

伝導速度

機能残留率(%)(平均)

100

90

80

70

60

50

40

30

20

00 30 40 50 60 70 80 90 年齢(歳)

基礎代謝細胞内水分量心係数糸球体濾過率(イヌリン)

肺活量

腎血漿流量(標準)

腎血漿流量(PAH)

最大換気量

注:30歳を100%として示す.出典/Shock, N. W. : Gerontology, ed. by Vedder, C. B., Charles C. Tomas Publisher, p.264-279.

図1-10●加齢に伴う生理機能の変化

Page 27: 老年看護学 1 老年看護学概論・ 老年保健目 次 iii Ⅰ 老年看護の理念 40 高齢者の特性 40 老年看護の独自性 40 1 生活に着目することの意味

21Ⅳ 老化とからだ

高齢者の人権と倫理問題

6

介護保険制度

5

高齢社会の保健医療福祉

4

高齢者と家族

3

老年看護の理念・目標・原則

2

高齢者(老年期)とは何か

1

が崩れやすくなるため,糖質の大量摂取では発酵性下痢を,たんぱく質の大量摂取

では腐敗性下痢をきたす。

 排泄機能の低下

 腎重量は40歳以降,徐々に減少し,腎糸球体の数も減少する。したがって,腎血

流量の減少,糸球体濾ろ

過か

率の低下など,腎機能の低下が起こる。クレアチニンクリ

アランスは低下する(図1-11)。

 これらの原因としては,腎動脈硬化症による糸球体の虚脱説が考えられている。

 運動機能の低下

 骨は加齢により,萎縮と肥厚の変化が入り交じった形となる。すなわち骨の容積

が減少する反面,靱じん

帯たい

,腱けん

,筋肉の付着部では骨が増殖する状態になるのである。

 関節では,関節軟骨が薄くなったり,硬化するという変性や,関節周囲の組織の

変性が起こる。これらの変化は,運動機能に大きな影響を与える。

 運動機能では,握力の低下が最も緩やかである。運動は,筋力,持久力,瞬発力,

敏捷性,巧緻性,柔軟性などの様々な機能が統合されて行われるが,瞬発力を必要

とする垂直跳びのような運動は,10歳代後半から直線的に低下する4)(図1-12a)。

一方,図1-12bに示したように,運動機能は生活習慣や環境によって個人差があり,

高齢になるほどそれが著しくなる。

 感覚機能の低下

1)視機能の低下

 眼の調節力,視力,色覚,瞳孔反応などの視機能は,いずれも老化により低下する。

 近くの物に焦点が合わせにくくなる老視(いわゆる老眼)は,視機能のうち,調

節力の低下を示し,最も顕著な加齢現象であり,水晶体の弾性が失われているのが

原因と考えられる。

 視力は,裸眼視力,矯正視力のいずれも,高齢になるほど低下する。

 見る能力を低下させる主な原因である水晶体の混濁は,水晶体のたんぱく質の変

 排泄機能の低下 排泄機能の低下3

 運動機能の低下 運動機能の低下4

 感覚機能の低下 感覚機能の低下5

120

100

80

60

40

20

025 35 45 55 65 75 85 95

年齢(歳)

クレアチニンクリアランス

(mL/ 分 1.73so.M) 

出典/Braganza, J., Howat, H. T.:Lancet, 1:1133-1134. 1971.(Scr. が1.4mg/dL以下の男性)

図1-11●クレアチニンクリアランス値の加齢による変化

Page 28: 老年看護学 1 老年看護学概論・ 老年保健目 次 iii Ⅰ 老年看護の理念 40 高齢者の特性 40 老年看護の独自性 40 1 生活に着目することの意味

22 第1章 高齢者(老年期)とは何か

性によって起こり,50歳を過ぎると,程度の差はあるが,ほとんどすべての人にみ

られるという。このたんぱく質の変化は,色覚,特に青や紫の識別能の低下や,コ

ントラスト感度の低下にも関与する。コントラスト感度については,加齢により暗

いところでコントラストの弱い像を見る能力は著しく低下するが,明るいところで

コントラストの強い像を見る能力は低下しないとされる。

 瞳孔反応は加齢により低下し,暗順応の低下が起こる。

2)聴機能の低下

 高齢者の難聴は個人差が大きく,難聴の原因も多岐にわたる。いわゆる老人性難

聴という場合は感音性難聴を指す。これには内耳の感覚細胞や蝸か

牛ぎゅう

神経線維の変性

が関与する。

 加齢に伴い,一般に聴力は高音部から低下していき,徐々に会話に重要な周波数

帯に及んでいく(図1-13)。母音は聞きやすいが,子音は聞き取りにくいので,話

しているのはわかるが,意味がわからないのが高齢者の難聴の特徴であり,騒音の

なかや,反響する部屋では人の話を理解するのが困難になる(図1-14)。会話の識

別力の低下につながる。

3)嗅覚機能の低下

 嗅覚機能は加齢に伴って低下する。

4)味覚機能の低下

 味覚閾いき

値ち

の加齢変化に関しては,酸味以外の甘味,塩味,苦味では閾値が上昇し

100

90

80

70

60

50

40

15 20 30 40 50 60年齢(歳)

b. 体力の個人差(標準偏差)a. 体力

握力反復横跳び背筋力垂直跳び立位体前屈上体そらし

背筋力垂直跳び立幅跳び肺活量握力ボール投げ腕立て伏せ懸垂反復横跳び

20 30 40 50 60 70

240

220

200

180

160

140

120

100

文部省体力テストのピーク値を100とした場合(男性) 20歳代を100とした場合

出典/堀田晴美:感覚・運動機能の老化とその対策,老年精神医学雑誌,12(3):233,2001.

年齢(歳)

図1-12●年齢別の体力と体力の個人差の加齢変化

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23Ⅳ 老化とからだ

高齢者の人権と倫理問題

6

介護保険制度

5

高齢社会の保健医療福祉

4

高齢者と家族

3

老年看護の理念・目標・原則

2

高齢者(老年期)とは何か

1

たとの報告が複数あるが,味質の種類によっても結果に差が出,個人差も大きいと

されている。

5)感覚閾値の変化

 感覚閾値の変化は,加齢に伴って増加していく。したがって,高齢者は痛みなど

に対して鈍感になっていく傾向にある。

 神経機能の低下

1)脳の変化

 脳は老化によって神経細胞の脱落が起こり,萎い

縮しゅく

する。解剖学的には脳回が狭く

なり,脳溝は深くなり,脳室は拡大する。広範な神経細胞の脱落により認知症を生

じる。

 神経細胞の脱落とともに,シナプスの減少,脳血流量の減少が起こるが,これら

の変化は,脳の部位によって異なるとされている。

 機能的には,加齢による脳波の徐波化が知られており,脳機能は低下の方向にあ

ると考えられるが,脳全体としてみた場合は変化しないとの考えもあり,統一され

ていない。

2)脊髄の変化

 脊髄は後索の変化が明らかである。後索は,触覚,振動覚,位置覚などに関連し

ているため,それらの感覚の低下が起こる。

3)神経系の変化

 神経系では神経細胞の数が減少し,神経伝達速度の低下が起こり,刺激を受けて

から応答までの時間が延長するため,様々な運動機能の低下が生じる。

 神経機能の低下 神経機能の低下6

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

1000 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000 7,000 8,000

30歳代40歳代50歳代

60歳代

70歳代

80歳代

聴力(デシベル)

周波数(Hz)出典/堀田晴美:感覚・運動機能の老化とその対策,   老年精神医学雑誌,12(3):231,2001.

図1-13●各周波数における聴力の加齢変化

通常の会話2.5倍速い会話反響のある会話

機能低下の度合い(%)0

10

20

30

40

50

609080706050403020

年齢(歳)出典/Marsh, G.:Perceptual changes with aging,in    Handbook of Geriatric Psychiatry, ed. by Busse,    E. W., Blazer, D. G., Van Nostrand Reinhold, 1980.

図1-14●語音聴力の加齢変化

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24 第1章 高齢者(老年期)とは何か

 末梢神経では,神経外膜が肥厚する。

4)脳神経の生化学的変化

 脳組織における生化学的変化も重要である。

 神経伝達物質(アセチルコリン,セロトニン,アドレナリンなど)の代謝異常と,

認知症高齢者との密接な関連が知られている。

 免疫機能の低下

 免疫系の老化は,主にT細胞系の機能低下から起こり,20歳代から始まる。高齢

者では胸腺からのT細胞の供給はわずかなものになってしまい,ウイルスの防御に

重要な役割を果たすNK細胞も,高齢者では低下してくる5)。

 心理的・物理的ストレスが生体免疫機能を低下させるが,そのときの回復機能は,

若年者に比べて著しく低下している。

 性機能の低下

 加齢による液性調節については,一般に,ACTH*,副腎皮質ホルモン,TSH*,

甲状腺ホルモンなどの生命維持に不可欠のホルモンは変化しないが,性ステロイド

の合成・分泌は低下する。

 種族の維持に関係する性ホルモンは,思春期に急増して加齢とともに減少する。

 男性では特に,精巣ホルモンであるテストステロンは,年齢に伴う減少が著明で

ある。

 副腎アンドロゲンの血中濃度は,20歳前後をピークに直線的に低下するので,老

化のよい指標とされている。

 女性の場合,閉経後にエストロゲンの急速な低下が起こる。エストロゲンは,種

族の維持だけではなく,個体の維持にも深くかかわっており,その低下により,い

わゆる更年期障害,骨粗鬆症,動脈硬化が進行する。

 なお,従来,内分泌系,神経系および免疫系はそれぞれ独立した系として考えら

れてきたが,近年,様々な研究により,それらが互いに関連していることが明らか

になった。たとえば,ある種のステロイドホルモンは,新しい神経調整物質として

注目を浴びている。また,副腎皮質ステロイドホルモンは, 2 次的にヘルパーT細

胞の機能抑制を起こす。これらの連携が,加齢によって破綻することにより,様々

な疾患に罹り

患かん

しやすくなるとされている。

 造血機能の低下

 血液・造血器では,加齢により,造血組織の分布の変化,造血幹細胞の減少が起

こる。思春期以降,造血の中心をなしている脊椎の造血髄の面積が減少し,70歳を

超えると,その面積は半分以下になるという6)。

 代わって脂肪髄が大半を占めるようになるが,これは骨髄への血流量の減少が原

因と考えられている。その結果,造血機能が低下し,老年性貧血発現の主な要因と

 免疫機能の低下 免疫機能の低下7

 性機能の低下 性機能の低下8

*�ACTH:adrenocorticotrophic�hormoneの略。副腎皮質刺激ホルモン。*�TSH:thyroid�stimulating�hormoneの略。甲状腺刺激ホルモン。

 造血機能の低下 造血機能の低下9

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25Ⅳ 老化とからだ

高齢者の人権と倫理問題

6

介護保険制度

5

高齢社会の保健医療福祉

4

高齢者と家族

3

老年看護の理念・目標・原則

2

高齢者(老年期)とは何か

1なっている。

B 老化による各種機能の変化の日常生活への影響

 日常生活での恒常性(ホメオスタシス,homeostasis)*は,高齢に至るまで維持・

調節されているが,ストレスが加えられると,若年者に比べて破綻しやすくなる。

これは,ホメオスタシスの維持・調節機能を維持するための力として知られている,

予備力,回復力,適応力,防衛力の低下によるものである。

 それらの力は,それぞれ独立しているわけではなく,予備力・回復力の低下は,

適応力あるいは防衛力の低下を招くなど,概念的には重なっている。

 予備力・回復力の低下

 ストレスが加えられたとき,これに対応して,安静時よりさらに増加しうる臓器

の潜在能力を臓器予備力という。老化により,まずこの予備力の低下が起こり,そ

れが回復力の低下につながっていく(図1-15)。

 高齢者は気温が変化すると,体温も高体温や低体温になりやすく,生命の危機に

瀕ひん

することもある。また,前述したように脱水をきたしやすくなる。これらは,刺

激に対する生体の代謝量の予備力が低下することによって起こり,また,そのため

に回復も遅れて元に戻るのに時間がかかる。

B

*�恒常性(ホメオスタシス):外部環境の変化にかかわらず,生体内の物理的・化学的環境を一定に保つ作用をいう。

 予備力・回復力の低下 予備力・回復力の低下1

100

80

60

40

20

10 20 30 40 50 60 70 80

生理機能(%)

予備能(運動,ストレス下の機能)

日常生活機能

基本的機能

年齢(歳) 出典/小澤利男:高齢者の特性;加齢に伴う身体機能の変化,内科,87:212,2001.

図1-15●加齢による予備能の低下

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26 第1章 高齢者(老年期)とは何か

 防衛力の低下

 老化に伴い,様々なストレスに対抗する生体の能力は低下するが,それには,臓

器のもつ予備力・回復力の低下に加えて,神経・内分泌・免疫の機能低下も関与し

ている。

 それらは,前述したように互いに連携をもって機能していると考えられている。

加齢によりこの連携が破綻しやすくなると,ホメオスタシスの維持ができなくなり,

感染症をはじめとする様々な疾患にかかりやすくなる。

 適応力の低下

 高齢者は,身体的にも心理的にも,また生体の内部・外部においても,新しい環

境に適応する能力が低下する。

 たとえば,人間には体温調節能があり,温度変化から身体を守って,環境に適応

しようとするが,加齢によりその働きが破綻しやすくなる。また,起立によって血

圧が低下した場合,末梢血管が収縮して血圧を上昇させ,環境に適応しようとする

が,加齢により血圧反射の感受性が低下するために,起立性低血圧をきたしやすく

なる。これらの現象の背景にも,臓器のもつ予備力や回復力の低下がある。

 心理・社会的な側面については,高齢者は,転居や入院などの環境の変化に適応

する能力の低下をきたし,うつ状態や認知症の症状を生じることが知られている。

 看護においては,こうした適応能力の低下を認識しつつ,身体的にも心理的にも

できるだけ変化を少なくする方向で,ケアに臨むことが大切である。

C 老化と老年病

1.老年病とは

 老年期には様々な老年病が発生する(表1-4)。老年病の概念は広く,

 ①老年期に発生する特有の疾患,

 ②壮年期にも発病するが,老年期にも多く発生する疾患,

 ③あらゆる年齢層に発生するが,高齢者にも少なくない疾患,

が含まれる。

 死因統計(表1-5)によると,高齢者の死因は,悪性新生物,心疾患,肺炎,脳

血管疾患の順に多いが,80歳以上では悪性新生物が第1位,心疾患が第 2 位となっ

ている。死因の上位に老衰が登場してくるのは65歳以上であるが,実数上は80歳以

上に集中している。これは,診断技術が進歩したためと考えられるが,時代ととも

に老衰の死因順位は低くなってきている。

2.老化と老年病との関連

 老化と老年病は,臨床では対応が異なる。老年病の場合は治療の必要性があるの

で,それに伴って,看護の心得や技術が異なってくる。

 防衛力の低下 防衛力の低下2

 適応力の低下 適応力の低下3

老化と老年病C 老化と老年病

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27Ⅳ 老化とからだ

高齢者の人権と倫理問題

6

介護保険制度

5

高齢社会の保健医療福祉

4

高齢者と家族

3

老年看護の理念・目標・原則

2

高齢者(老年期)とは何か

1表1-4●代表的な老年病

1.神経系脳血管障害(脳梗塞,脳出血)

パーキンソニズム硬膜下出血脳腫瘍

老人性精神障害(アルツハイマー病,うつ病)

2.循環系心不全高血圧症

虚血性心疾患(心筋梗塞,狭心症)

大動脈瘤閉塞性動脈硬化

弁膜症不整脈

3.腎・尿路系腎不全(急性・慢性)腎硬化症

糖尿病性腎症間質性腎症下部尿路疾患

糸球体腎炎(ネフローゼ症候群)多発性囊胞腎

4.呼吸器系 肺炎慢性閉塞性肺疾患,肺結核

呼吸不全肺線維症

肺がん

5.消化器系慢性胃炎胃・十二指腸潰瘍・胆石症

悪性腫瘍(胃,腸,膵,胆囊)

逆流性食道炎肝硬変(肝がん)

虚血性大腸炎ヘルニア腸閉塞

6.血 液 貧血悪性リンパ腫白血病

多血症骨髄異形成症候群

多発性骨髄腫

7.内分泌・代謝  系

糖尿病 甲状腺疾患 痛風下垂体疾患副腎疾患

8.運動器骨・関節症(変形性)

関節リウマチ(リウマチ性多発性筋肉痛)

骨粗鬆症(圧迫骨折)大腿骨頸部骨折

偽性痛風

9.自己免疫疾患側頭動脈炎多発性動脈炎

全身性エリテマトーデス

混合性結合組織病シェーグレン症候群

10.感染症細菌感染症(敗血症)(呼吸器,尿路)(褥瘡)

結核真菌ウイルス(ヘルペス)

MRSA感染症疥癬

11.中毒・   物理的原因

薬物の副作用(薬物アレルギー)

アルコール依存症 熱(日)射病 低体温症

12.感覚器 白内障 老人性難聴 老人性疣贅 味覚障害

13.歯 歯周病

表1-5●高齢者の死因順位・死亡数・死亡率(人口10万対)・死亡割合(%)第1位 第2位 第3位 第4位 第5位

死因死亡数死亡率

(割合)死因

死亡数死亡率

(割合)死因

死亡数死亡率

(割合)死因

死亡数死亡率

(割合)死因

死亡数死亡率

(割合)

65歳以上

悪性新生物284,115

�967.5(27.9)

心疾患169,398

�576.8(16.6)

肺炎114,888

�391.2(11.3)

脳血管疾患110,146

�375.1(10.8)

老衰��45,334

154.4(4.4)

75歳以上

悪性新生物196,389

1,388.0(23.8)

心疾患144,922

1,024.2(17.5)

肺炎105,086

742.7(12.7)

脳血管疾患��93,790

662.8(11.3)

老衰��44,989

318.0(5.4)

80歳以上

悪性新生物135,708

�1,659.6(20.5)

心疾患121,490

1,485.7(18.3)

肺炎��91,622

�1,120.4(13.8)

脳血管疾患��77,369

946.1(11.7)

老衰43,968

537.7(6.6)

資料/厚生労働省「人口動態統計」(平成22年)

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28 第1章 高齢者(老年期)とは何か

 高齢者の看護においては,まず最初に生理的な老化性変化の概念を把握し,次に

病的な老化性変化,その結果として,あるいはそれに関連して発生する老年病を理

解することが肝要である。

 老化は本来,生理的現象であるが,病的老化と老化に伴って起こる老化現象との

境界は,必ずしもはっきりとしているわけではない。たとえば骨密度の低下は,女

性ではだれにでも起こりうる現象であるが,程度によっては骨粗鬆症と診断される。

そのため診断基準を設けている疾患の数は多い。

 一方,生理的老化は自覚症状がなく,日常生活に支障がない加齢変化であるが,

高齢になると,耐糖能の低下,肥満などの危険因子をもつ人が増加するので,概念

的に問題が生じる。

 RoweとKahnは,生理的老化を通常老化(usual aging)と健全老化(successful

aging)とに大別した7)(図1-16)。

 健全老化には,次の 3 つの主要な構成要素があるという。

 ①慢性疾患や障害がなく,危険因子も抑制されていること,

 ② 年齢とともに低下する身体機能ならびに精神機能が,高い水準で維持されてい

ること,

 ③ 社会活動に積極的にかかわり,良好な人間関係を維持し,創造的な活動を行っ

ていること,

である。successful agingは“幸福な老い”とも訳されており,だれもがあこがれ

る状態で,人間社会にとっても大きな課題であろう。しかし,健全な身体を目指す

ための生活習慣に対する努力は,世代をはるかにさかのぼって行わなければならな

いし,また,残念ながら,その努力によって100パーセント健全が保障されるもの

でもない。

 “幸福な”とは主観的な要素を含んでいるであろうし,高齢者の看護において大

切なことは,通常老化であっても,病的老化であっても,老化に対する受容がなさ

れ,QOLの向上を目指していけるように援助していくことであろう。

3.老年病の特徴とそれによる看護上の問題

 老年看護は臨床上,多様な問題を抱えており,観察力,判断力および調整力がい

っそう問われる領域といえる。

通常老化(usual aging):肥満,高脂血症,耐糖能低下などの危険因子あり

健全老化(successful aging)老化

生理的老化

病的老化(高血圧,糖尿病,骨粗鬆症,動脈硬化症など)

出典/Rowe, J. W., Kahn, R. L.:Successful aging, Gerontologist, 37:433,1997.

図1-16●老化の分類

Page 35: 老年看護学 1 老年看護学概論・ 老年保健目 次 iii Ⅰ 老年看護の理念 40 高齢者の特性 40 老年看護の独自性 40 1 生活に着目することの意味

29Ⅴ 加齢とこころ

高齢者の人権と倫理問題

6

介護保険制度

5

高齢社会の保健医療福祉

4

高齢者と家族

3

老年看護の理念・目標・原則

2

高齢者(老年期)とは何か

1 以下に,老年病の主な特徴と問題点をあげる。

 ① 多臓器に疾患が認められる(multiple pathology)ことが少なくない:観察力

がより問われることになる。また,健康上の問題点が多岐にわたったり,容体

が思わぬ方向へ向かったりして,対応が難しくなる。

 ② 各臓器の予備能力が低下している:容体が急激に変化することがあるので,観

察力や対応の力量が問われる。

 ③ 慢性疾患が多い:入院が長期になりやすく,療養の場の選択をめぐって問題が

生じてくる。また,自己管理に対する教育が重要となる。

 ④ 疾患の症状が非定型的で,無症状や精神障害を伴うことがある:コミュニケー

ションがとりにくくなり,病態やニーズの把握が難しくなる。症状の出現状況

にいっそう注意し,適切な身体的アセスメントを行う必要がある。

 ⑤ 急性疾患からの回復が遅延しやすい:慢性化しやすく,寝たきりにもなりやす

いので③に通じる。また,早期離床を目指していきたいが,合併症をきたしや

すいため,離床のタイミングを逃すと悪循環をたどることになる。

 ⑥ 合併症をきたしやすい:回復の遅延と慢性化をきたしやすいので,④,⑤に通

じる。

 ⑦ 脱水症状をきたしやすい:臓器予備能力の低下から,臓器障害を起こしやすく

なるので②に通じる。

 ⑧ 薬物の使用が多くなり,副作用の発現が増加する:服薬コンプライアンスや副

作用の管理が重要になる。

 ⑨ 社会的要因や環境の変化により,症状が変動する:変化を少なくするような配

慮が必要とされるし,ケアにおける継続性がいっそう必要とされる。

 ⑩ 手術の適応が問題になる:インフォームドコンセントをめぐっての問題が生じ

やすく,調整能力が問われる。

 ⑪ 終末期医療に立ち会う機会が多くなる:ターミナルケアの充実が必要とされる

(詳しくは『老年看護学②』第 5 章「終末期ケア」を参照されたい)。

A 高齢者心理の背景 高齢者の看護にあたる者の多くは老いを体験していない。それだけに高齢者の心

理を理解するのは容易ではない。人はどうしても未体験の事柄には実感がもちにく

く,表面的に事実を受け止めて理解したと思い込んでしまいがちだからである。そ

して高齢者心理という一般的な説明に疑問を抱かず,高齢者の言動をパターン化し

Ⅴ加齢とこころ

高齢者心理の背景A 高齢者心理の背景A 高齢者心理の背景A

Page 36: 老年看護学 1 老年看護学概論・ 老年保健目 次 iii Ⅰ 老年看護の理念 40 高齢者の特性 40 老年看護の独自性 40 1 生活に着目することの意味

30 第1章 高齢者(老年期)とは何か

て認識しやすい。

 高齢者の言動を表面から観察して,頑固である,寂しがる,自己本位で要求が多

いといって決めつけてしまうという誤りを犯しやすい。しかし,老いが体験の外に

あるということを謙虚に受け止め,一方的・画一的に高齢者の心理や行動を断定す

る誤りは避けなければならない。

 高齢者の心理についてのデータや情報が,高齢者についての言動を理解するため

の一つの手がかりになることは間違いない。しかし,知識の集積によって高齢者の

こころをわかったと思い込んでしまうのは危険である。それらのものでいわれてい

る高齢者についての知識は,高齢者の一般的傾向についてのデータであって,一人

ひとりの高齢者の言動を説明するものではないからである。高齢者についての誤っ

たイメージが,知識によって正されることもあろう。しかし,それだけの知識では,

一人ひとりの高齢者のその時々の心理を理解するにはほど遠いことを認識しておく

べきである。

 思い込みや偏見をもつことをやめ,高齢者はどうしてこのような行動をとるのだ

ろうか,と考えてみることから,高齢者のこころをみるようにしなくてはならない。

老いの体験のない者は,高齢者の心理についての正しい知識を学ぶとともに,一人

ひとりの高齢者に向き合うことから,高齢者の心理状態や感情のありようを学びと

ることが大切である。

1.時間的蓄積を理解する

 高齢者は,長い過去をもっていることが第 1 の特徴である。100歳であれば100年,

80歳であれば80年,看護する私たちの優に 2 倍から 5 倍もの長い長い過去の時間を

身体に,また,言葉遣いに,習慣に刻み込んでいる存在なのである。そして過去の

時間的蓄積が,現在の健康状態や生活習慣,価値観に深く反映されているのである。

 顔面のしわ一つとっても,見事にその人の「歴史」を物語っている。笑いじわと

いわれる目尻のしわの多い人,眉間の縦じわが暗い印象を与える人,過去を反映し

た高齢者の現在は非常に複雑かつ個性的であり,表面からだけでは推し量ることの

できるものではない。高齢者を理解するためには,過去が理解されなくてはならな

い。ここでいう過去とは,個人の生活史であり,家族史であり,また社会の歴史で

もある。

 現在から過去がよく見える場合と,よく見えない場合がある。現在の様子から過

去がうかがいにくく,看護師の目に過去が見えにくい場合は,慎重に対応すること

が大切である。寝たきりで,尿・便失禁状態の入院患者が,過去には大学教授とし

て威厳をもって生きていたことがあっても,何の不思議もない。

 その場に立った看護師の目には,みじめな一人の患者にしか映らなくても,その

存在は家族にはいまもって夫であり,父であり続けているし,また教え子には恩師

であり続けている。家族は高齢者と過去の時間を共有しているから,昔と現在の姿

を比べて深く嘆いているかもしれない。高齢者自身も嘆いているかもしれない。患