被災地病院における看護の役割 - nanzando.com · ・二次災害の予防...

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118 災害看護の実際 B. 災害急性期の看護 1 被災地病院における看護の役割 災害医療は,医療ニーズと医療サービスの不均衡状態(図 4−2)の中で行われる医療 です.そして,この不均衡を平時の状態に近付ける努力を行って最善の災害医療を実現し ようと,システムの構築やマニュアルの整備,備蓄,そして教育や訓練が行われます. 災害にも多くの種類があり,また規模の違いなどもあるため被災地内といっても,そこ で起こりえる現象はさまざまです.したがって,ある特定の状況を想定しないと多岐にわ たって混乱する恐れがあるため,震度 5強以上の地震を想定して被災地内病院における対 応について述べることにします. また,被災地内の病院といってもさまざまな規模があります.平時の状態に近い医療を 行う努力によって均衡を保とうとすることが災害医療のありようであるとするならば , 平 時以上のことはできないと考えることもできます.したがって,各施設の対応能力によっ て災害時に提供できる医療サービスは異なるので , 各施設の状況に照らし合わせて対応計 画を立てておく必要があります. 医療ニーズ ・多数の傷病者 ・多数の喪失体験者 (家族,財産,・・・など) ・多数の危機体験者 ・脅威,ストレス,不安,絶望 などを体験している人々 医療サービス ・情報の不足・途絶 ・医療施設の損壊 ・ライフラインの途絶 ・医療スタッフの不足 ・医薬品,衛生材料の不足 ・搬送手段の不足 図4-2 医療ニーズと医療サービスの不均衡

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118 災害看護の実際

B. 災害急性期の看護

1 被災地病院における看護の役割

 災害医療は,医療ニーズと医療サービスの不均衡状態(図 4−2)の中で行われる医療

です.そして,この不均衡を平時の状態に近付ける努力を行って最善の災害医療を実現し

ようと,システムの構築やマニュアルの整備,備蓄,そして教育や訓練が行われます.

 災害にも多くの種類があり,また規模の違いなどもあるため被災地内といっても,そこ

で起こりえる現象はさまざまです.したがって,ある特定の状況を想定しないと多岐にわ

たって混乱する恐れがあるため,震度 5強以上の地震を想定して被災地内病院における対

応について述べることにします.

 また,被災地内の病院といってもさまざまな規模があります.平時の状態に近い医療を

行う努力によって均衡を保とうとすることが災害医療のありようであるとするならば , 平

時以上のことはできないと考えることもできます.したがって,各施設の対応能力によっ

て災害時に提供できる医療サービスは異なるので , 各施設の状況に照らし合わせて対応計

画を立てておく必要があります.

医療ニーズ

・多数の傷病者・多数の喪失体験者(家族,財産,・・・など)・多数の危機体験者・脅威,ストレス,不安,絶望などを体験している人々

医療サービス

・情報の不足・途絶・医療施設の損壊・ライフラインの途絶・医療スタッフの不足・医薬品,衛生材料の不足・搬送手段の不足

図4-2 医療ニーズと医療サービスの不均衡

119災害急性期の看護

a 患者および職員の安全確保,情報収集【全体の対応】

1)個人が行うこと(自分自身の身の安全確保を行う)

① 移動可能であれば,棚やガラスなどの危険物から離れ太い柱や机の下などで揺れが

収まるのを待つ

* 平常時から棚を固定し,物品が落下しないような対策を講じておく必要があります.

* ベッド,輸液スタンド,包交車などのストッパーは,かけていたほうが移動せず安全

な場合と,ストッパーをかけていることによって転倒する場合とがあります.

②揺れが収まったら,ヘルメット装着や夜間で停電があれば懐中電灯などを確保する

③周囲の状況を確認しながら,ただちに各部署で定められた集合場所に集合する

2)各部署が行うこと

①部署の責任者,もしくは勤務帯におけるリーダーなど指揮者を明らかにする

②指揮者の指示のもと職員・患者の安全,および被害状況などの確認を行う

* 職員・患者の安全確認と同時に,緊急を要する事態(医療機器の作動停止や緊急度の

高い負傷など)が発生している場合は,その対応にあたる必要があります.

* 二次災害(火災の発生など)の危険がある場合には,その対応にあたる必要がありま

す.

* 事前に災害時被害報告用紙(表 4−1)などを作成しておくと,確認すべき事項が明ら

かであることや災害対策本部への報告,連絡をする上でも簡便で確実です.

③確認した結果を指揮者に報告する

④ 指揮者は,職員や患者,被害状況などを把握し災害対策本部に報告する.また,状

況を分析して緊急避難や応援要請の必要性など現場での判断についても報告,連

絡,相談をする

* 報告は,利用可能なもののうち最も人的労力の少ないものを選択します.使用可能で

あれば電話やインターフォン,コンピューターなどの方法があります.通信システム

が機能していなければ伝令で行います.電話は使用できない場合が多いため災害用通

信システムが事前に設置されていることが望ましいのですが,口頭での情報伝達のリ

スクや施設規模が大きくなればなるほど災害対策本部での情報の集約が負担となるこ

とが想定されます.通信システムで伝達する情報と,災害時被害報告用紙などで報告

する情報とを事前に取り決め,混乱を回避する対策を立てておく必要があります.院

内 FAX の活用も有用です.

⑤災害対策本部の指示,または現場の判断で必要な対応を行う

120 災害看護の実際

* 災害対策本部との連絡ができない,組織全体の指揮命令系統が機能していない場合な

どには,各部署で診療継続,診療不能による避難誘導,他部署への応援など状況を判

断して行動を開始します.診療継続が可能と判断した場合でも避難が可能な準備も行

います.

* 非常口,避難場所および避難経路は平時から周知されている必要があります.

表 4-1. 災害時被害報告用紙(例:病棟編)

*集計のために院内統一の形式が望ましいが,項目は部署の特性を踏まえる.

( 病棟) 被害状況報告書 年 月 日 時 分

勤務開始時(または災害発生前)の状況

入院患者 担送 名 護送 名 独歩 名 外出・泊 名

面会者 名

医師 名 看護師 名 看護助手 名 事務職 名職員

その他( 名)( 名)( 名)

災害発生後の状況

入院患者

トリアージ区分

(赤)

(黄)

(緑)

(黒)

面会者の

トリアージ区分

(赤)

(黄)

(緑)

(黒)

職員の

トリアージ区分

(赤)

(黄)

(緑)

(黒)

医師 名 看護師 名 看護助手 名 事務職 名現在の職員数

その他( 名)( 名)( 名)

損壊状況

壁 あり( ) なし

天井 あり( ) なし

柱 あり( ) なし

その他 あり( ) なし

避難経路の確保 不能 ・ 困難 可能

電気使用 不能 ・ 一部可能( ) 可能

電話使用 不能 ・ 一部可能( ) 可能

水道使用 不能 ・ 一部可能( ) 可能

中央配管医療ガス 不能 ・ 一部可能( ) 可能

患者受け入れ可能数

空床数 床 人工呼吸器使用可能数 台

臨時収容可能数 名 心電図モニター使用可能数 台

人工透析使用可能数 台

表4-1 災害時被害報告用紙(例:病棟編)

121災害急性期の看護

【病棟対応】 図 4−3に病棟対応のフローチャートを示しました.診療の継続の判断までの流れは,

全体対応に準じますが,病棟対応で特徴的な患者の呼吸循環の維持,避難誘導について説

明します.

自分の身の安全確保

災害発生

災害対策本部

可能 不可

集合 指揮者 ・指揮命令 ・情報集約,分析,判断 ・人員の再配分

避難者の確認・応急処置災害対策本部への報告

・避難場所・避難路の決定

通信手段の確保患者の呼吸循環の維持

・被災状況の確認・患者,面会者の安全確保・二次災害の予防・トリアージ・応急処置

避難・誘導

診療継続の判断

・診療継続・避難準備

図4-3 災害発生時のフローチャート(病棟)

1)呼吸循環の維持

 患者の呼吸循環の維持では,人工呼吸器の作動確認が最優先とされます.停電などによ

り作動が停止している場合には,ただちにバックバルブなど用手による人工呼吸に切り替

え,可能であれば酸素ボンベを準備し災害発生前の酸素化の状態に近付けます.

 次に,循環の維持として,輸注ポンプや輸液ポンプで投与されている輸液類をポンプか

らはずし滴下させます.カテコラミンなどただちに循環動態に影響を及ぼすような薬剤を

判断し優先順位を考えながら対応にあたります.

 集中治療室などでは,経皮的心肺補助,大動脈内バルーンパンピング,血液透析などの

機器を使用している患者が想定されます.停電下では機器を離脱せざるをえないこともあ

ると推測されますが,法的問題や倫理的問題が生じる恐れがあるため,その対応について

は事前に各施設で判断基準や対応方法などを取り決めておくことが望ましいです.

2)避難誘導にあたってのトリアージ

 入院患者は通常,独歩,護送,担送という救護区分がなされておりナースコールシステ

ムや病棟日誌,コンピューターシステムなどで患者の区分や各区分の総数などが明示され

122 災害看護の実際

ています.

 救護区分に従えば,独歩可能な患者を先に避難場所へ誘導し,次いで護送患者,担送患

者の避難を行うというのが一般的な手順となります.しかしながら,診療継続が不可能と

判断される状況下では,患者や職員が負傷している事態も想定されるため平常時の救護区

分に従うだけではなく,トリアージを行って避難誘導の優先順位を決定することも必要で

す.トリアージの実施にあたり病棟にトリアージタッグを常備するか,それに変わるもの

を準備しておく必要があります.カルテや看護記録,温度版を患者と共に搬送することで

原疾患の経過は把握できますが,トリアージ結果を視覚的に認識することは困難です.ま

た,電子カルテを導入している場合は,患者の情報を入手できなくなる可能性もあるため

対応策を講じておく必要があります.

3)トリアージ実施の原則

① 情報収集で,入院患者,面会者,職員などの被災状況と入院患者の原疾患の状態変

化を確認しトリアージを実施する.処置,治療,避難などの緊急性を決定するため

に入院の原因である疾患についてもトリアージの考え方が適応される

② トリアージタッグに必要な事項を記載する(口絵12 参照)

③ トリアージ結果に基づき,避難の可否(移動に耐えられる状態か),避難優先順位

を決定する

④ 赤タッグと判断され,気道確保や止血処置など緊急性が高い処置を必要とする場合

には安定化のための処置を優先する

b 避難・誘導 避難開始は,一般的に災害対策本部の指示を得て行います.しかし,阪神淡路大震災で

被災した病院では,災害対策本部が立ち上がっていない,連絡が取れないなどの状況から

現場の看護師の判断で避難開始の判断が行われ,夜勤者 2 〜 3名だけで階段を何往復もし

て病棟の全患者を避難させたという病棟もありました.被災状況によっては,現場での判

断が求められるため,避難開始の要件,避難経路,避難場所などを事前に取り決めて職員

が周知している必要があります.

1)避難路の確保

 地震の場合,余震や火災発生による二次災害の可能性や被災による負傷や原疾患の状態

変化などにより移送が必要となる事態も想定し,平常時から計画を立て訓練を実施してお

く必要があります.火災発生の場合には初期消火が鉄則ですが,消火困難と判断される場

合には 5分で炎上することもあるといわれ迅速な避難が必要となります.担送患者が多い

場合などには非常口での避難渋滞も発生するため,複数の避難経路からまずは水平移動す

るなどの状況に応じた臨機応変な判断と行動が必要となります.

 平常時から消防法に基づき避難路となる廊下に物を置かないということは当然ですが,

構造上困難である病院,病棟があることも現実です.患者の救護区分を考慮した病棟配置

(独歩患者の多い病棟を上階にするなど),避難時の負担を軽減する建物の構造や設備,搬

123災害急性期の看護

送用具の設置など災害発生時の状況を考慮した病院作り,計画と準備,訓練が重要です.

2)避難路の確保の原則

① 被災状況の確認の段階で,時間を無駄にすることなく可能であれば避難経路の使用

の可否を把握する

② 初動で確認できなかった場合には,診療の継続を判断するためにライフラインの確

認を行う段階などに避難経路の使用の可否を把握する

③ 上記①,②の情報,および避難場所,職員数,患者数,負傷者数また緊急度,重症

度などを総合的に分析し,避難が必要になった時の避難経路を選択し決定する

④ 落下物や障害となるものを除去し避難経路を確保する

3)避難場所の確保

 避難場所は,平常時から計画されていることが必要です.また,建物の耐震性などを事

前に把握し,災害時に起こりうる被災予測をもとに現実的な避難経路,避難場所が確保さ

れている必要があります.

 避難場所は,通常,病院駐車場など屋外に計画されていることが多いのですが,日中で

あれば駐車されている車によって十分なスペースが確保できないこともあります.また,

災害発生当日の天候によっては,屋根のない屋外を避難場所とすることは困難であること

も推察されますので,各施設の状況の中で最善の避難場所を計画しておきます.

 避難経路および避難場所の安全を確認せずに移動を開始するとかえって危険な状態とな

ることもあるので,移動開始前に必ず確認を行う必要があります.確認にあたっては,可

能であれば災害対策本部から情報を得ます.また,災害対策本部との連絡が取れない場合

などは現場の職員自らが確認をする必要があります.

4)二次避難・誘導

 被災状況,火災などの二次災害の状況から緊急に避難が必要となる場合で,構造的に可

能であれば,まずは全員をより安全な側や建物への水平移動を行います.次に垂直移動

(階下など),次に屋外への移動というように段階的に全員を移動させる方が安全です.

 歩行可能な患者は混乱のないように誘導します.輸液や人工呼吸器などを装着している

患者の移動は,輸液の抜去やクランプ,用手換気を行う準備を整えてから開始します.緊

急性の高い処置を必要とする患者では,安定化のための処置を行ってから移動を開始しま

す.また,感染症隔離患者の対応では,可能な限り他の患者との混在を避けるなどの配慮

を行います.

 患者カルテ,麻薬など,各施設で決められた非常持ち出し物品の準備,搬出も必要とな

ります.

 情報が錯さくそう

綜しがちな状況が想定されるため,他部署の職員やレスキュー隊などが駆けつ

けた場合などに確認が容易であることや危険な場所への侵入を防ぐという意味からも,全

員の避難が確認されたら入口を閉鎖し,病棟の入口などに避難完了,立ち入り禁止などの

張り紙をします.

124 災害看護の実際

 避難場所では,避難者が全員いるかどうか,患者や負傷者の状態の変化を確認し再トリ

アージを行います.トリアージ結果に基づき必要な処置や経過観察を行います.指揮者

は,避難完了,避難者の状況などを災害対策本部に報告します.緊急対応を終えた後,患

者の状態に応じて帰宅や避難所への案内,転院先の確保などが必要となります.

c 救急外来など多数傷病者の受け入れの初期対応 図 4−4に多数傷病者の受け入れの初期対応のフローチャートを示しました.診療の継

続の判断までの流れは全体対応に準じますが,ここでは多数傷病者の受け入れの初期対応

の詳細について述べます.

1)多数傷病者の受入れ準備

 多数傷病者の受入れを効果的に実践するにあたっては,病院内の混乱を回避し医療者の

負担を軽減するための集団管理を行い,日常の診療レベルに近付けるよう最善を尽くす必

要があります.

自分の身の安全確保

災害発生

災害対策本部

可能 不可

集合

現場出動

指揮者 ・指揮命令 ・情報集約,分析,判断  人員の再配分

避難

通信手段の確保受診患者の呼吸循環の維持

・被災状況の確認・患者,面会者の安全確認・二次災害の予防

診療継続の判断

診療継続

再トリアージ・各エリアの対応

トリアージ

搬送

治療の継続 転送・広域搬送

多数傷病者受入れ準備 ・入口の閉鎖 ・人員の再配分(初期対応組織) ・レイアウト・動線の決定

図4-4 災害発生時のフローチャート(多数傷病者受け入れの初期対応)

125災害急性期の看護

(ⅰ)入口の閉鎖・出入り口の管理

 阪神淡路大震災における被災地内のいくつかの病院では,災害発生から 30分後には傷

病者が来院しはじめ,1時間後には救急外来が黒山の人だかりの状況となり,「圧倒的少数

の医療スタッフ」と感じながら手当たり次第に対応にあたらなければなりませんでした.

 黒山の人だかりになってからでは集団管理は困難であるため,傷病者が病院内に入る段

階で管理を行う必要があります.災害発生直後に病院入口を閉鎖し,直接来院する傷病者

の入口を一ヵ所に決め,入口は長い机などを活用して牛追いテクニックによって入口管理

を行います.他には,救急車用の入口,緑タッグと判断された人が再トリアージによって

黄タッグ,赤タッグと判断された場合の入口が必要です.

 出口としては,病院が機能している状況であれば手術室や透析室への移動のための経路

を確保します.また,病院での対応が困難であれば,転送や広域搬送を行う必要があるた

め救急車やヘリコプターにアクセスするための出口が必要です.さらに,黒タッグと判断

され死亡が確認された人を遺体安置所などへ移送を行うための専用の出口があることが望

ましいです.

 使用する各出入口には必ず人員を配置し,決められた入口以外から院内に人が入ること

を防ぎ,出て行く人の確認をする必要があります.

(ⅱ)レイアウト・動線管理

 平常時から多数傷病者受入れ時のレイアウトを計画し,災害規模や被災状況に応じて選

択できるようにいくつかのパターンを準備して,マニュアルに図で明記しておく必要があ

ります.

 レイアウトは,病院敷地内への入口,敷地からの出口と病院出口にいたるまでの動線を

一方通行で管理できることを原則として,トリアージエリアや各診療スペースを配置しま

す.災害時の多数傷病者受入れを想定した構造とはなっていない病院が一般的であるた

め,理想的なレイアウトは困難なことが多いと思われます.災害医療の具体的な目標とさ

れる災害遅延死や preventable death を防ぐという観点から,緊急治療を要する傷病者を

収容する赤エリアが円滑に機能できることを優先することが重要であると考えられます.

机上での計画通りに実践ができるとは限らないため,計画したレイアウトでの訓練および

評価を繰り返して,より理想に近いレイアウト計画を立てていくことが望ましいでしょ

う.

 レイアウトでの最低限の構成要素となるエリアについては図 4−5に示しました.また,

可能であれば傷病者の動線のみならず,職員の動線も考慮して計画がなされるとより円滑

な対応が可能となります.

126 災害看護の実際

図4-5 入口の閉鎖,レイアウト,動線管理,トリアージ

被災者入口

敷地内 牛追いテクニック

トリアージ例)200人の被災者

緑タッグ再トリアージ例)150人

出口

歩行可能

軽症者

帰宅・避難所 負担の軽減

遺体安置所

手術・透析

黄タッグ再トリアージ例)35人

指揮者

救急車 職員

入口 入口院内

再トリアージ例)50人の傷病者

赤タッグ再トリアージ例)5人

医療ニーズ:医療サービス

不均衡状態

黒タッグ再トリアージ例)10人

転送 など

家族待機場所

指揮者

医療対応リーダー 計画リーダー 調達・調整リーダー 財政リーダー

病院前トリアージ班

緑エリア班

搬送班

院内トリアージ班

黄エリア班

赤エリア班

黒エリア班

転送準備班

現場出動班

情報収集情報分析

など

資機材調達班

薬品調達班

人員確保班

施設設備班

搬送調整班

マスコミ対応班

栄養班

運搬班

など

受診登録カルテ管理患者名簿管理 など

図4-6 初期対応のための組織図(主な役割)

127災害急性期の看護

2)人員の再配分(初期対応組織)

 効率的かつ効果的に初期対応を行うにあたって,組織的に機能することが必要となりま

す.図 4−6に組織図を示しました.初期対応にあたることが可能な人員とそれぞれの役

割機能の優先順位,時間の推移とともに不要または必要となる役割などを考慮して人員の

再配分を行います.

d トリアージ・各エリアの対応1)トリアージ

 トリアージは,被災現場から根本的治療が行われる診療の場までの一連のプロセスの中

で繰り返し行われます(図 4−7).病院入口に多数の傷病者が直接来院している場合は,

START 法を活用して大まかな選別を行ってから,各エリアで再トリアージを行うことが

効率的で安全な方法の一つと考えられます(トリアージの詳細については,84頁参照).

2)各エリアの対応

病院入口のトリアージエリア(病院入口に多数の傷病者が直接来院している場合)

 病院前で,歩行の可否でトリアージを行い,歩行可能な人は緑タッグのエリアへ誘導し

ます.歩行不可の傷病者は院内に搬入し,入口付近のホールなどで再トリアージを行いま

す.ここでは呼吸の有無,橈骨動脈触知の可否,命令に応じるかを確認し,緊急治療を要

するか,待機可能か,心肺停止状態かを判断し,赤エリア,黄エリア,黒エリアに振り分

けます.

 トリアージの判断は絶対的な基準の設置は難しく,病院の対応能力と傷病者数や緊急

度,重症度などによって相対的に判断する必要があります.

赤エリア

 赤エリアでの再トリアージは,外傷の治療経験が豊富な救急医や外科医などが実施する

ことが望ましいでしょう.災害遅延死や preventable death を防ぐという観点から最優先

で可能な限りの医師,看護師を配置します.また,外傷患者の初期治療などの実践経験が

トリアージ

トリアージ

トリアージ

トリアージ

トリアージトリアージ

救護所

現場

医療機関

災害医療拠点病院

被災地外の病院

図4-7 被災現場から根本的治療までのプロセス( :傷病者搬送の流れ)

128 災害看護の実際

豊富な医師や看護師を配置することが望ましいです.

 ここでの実践としては,通常の救命救急医療と同様に外傷患者の初期治療およびケアが

中心となりますが,同時に複数名存在するということが平常時とは大きく異なります.し

たがって,気道確保や呼吸管理,止血や循環管理など生命の安定化のための処置を最優先

で実施し,診断・治療は医療対応能力によって実施する内容が異なるので,病院での対応

が困難である場合は転送や広域搬送の準備が必要となります.

黄エリア

 医療対応能力にもよりますが,黄エリアでは一般的に 2 〜 3時間程度の待機が可能な傷

病者の対応にあたります.再トリアージを実施し経過観察を行うことが中心となります

が,ME 機器の使用は困難であることが想定されるため観察力とフィジカルアセスメント

の能力が求められます.赤エリアに十分な人員が配置され,対応可能であれば応急手当と

して末梢静脈路の確保,酸素投与,良肢位の保持のための固定などを行います.

緑エリア

 緑エリアでは,トリアージ実施時には歩行可能であっても緊急治療を必要とする傷病者

が存在する可能性を踏まえて再トリアージにあたります.原則的には,赤エリア,黄エリ

アに十分な人員が配置され円滑に対応できているか,または終息してから治療が開始され

ます.

黒エリア

 心肺停止状態の傷病者を収容する場です.多数傷病者が発生するような災害時には,通

常の医療で実施されるような心肺蘇生は行わず看取りに適した環境を提供することが望ま

しいとされます.終息してから死亡確認を行います.院内や遺体安置所などで検視が行わ

れます.

 しかし,突然の予期せぬ災害という出来事と突然の死という非常にストレスフルな体験

をしている複数の家族や付き添う人への対応は容易なことではありません.また,医療従

事者の役割不全感が,その後のメンタルヘルスに影響を与えることもあります.そのよう

な状況を踏まえて,病院としての対応方法を計画しておくことや事前の教育を行う必要が

あります.

e 災害対策本部 図 4−8に災害対策本部の災害発生時のフローチャートを示しました.各施設で,災害

対策本部設置基準を定めておく必要があります.その基準を満たす場合に,災害対策本部

の構成員は自動参集することを取り決めておきます.

 阪神淡路大震災での被災地内病院では,災害対策本部が設置されてから現場の職員がそ

のことを周知するまでに 3 〜 6時間のタイムラグが生じていました.組織的に効果的・効

率的に機能するためには災害対策本部と現場とが密に連携し合うことが必要です.

129災害急性期の看護

1)災害対策本部設置基準および設置場所

 災害対策本部設置基準の一般例を提示します.

災害の種類や規模などに応じて災害対策本部の機

能も段階的に設置するなどの,各施設の状況に照

らし合わせて計画することもできます.また,組

織全体のリスクマネージメントの一部と位置付け

て,大規模災害は最もレベルの高い危機的な出来

事として管理する方法などもあります(表 4−2).

2)設置基準

 設置基準の例を提示します.

① 施設周辺地域に震度 5強以上の地震が発生した時

② ○○市長を本部長とする○○市災害対策本部が設置された時

③ 気象庁,内閣府,都道府県から勧告,警告,注意,予知などの情報が発せられた時

④ 施設周辺地域に局地,局所災害が発生し多数負傷者の来院が予測される時

3)設置場所

 本部の任務から,設置場所は施設の建物の中で耐震性などの安全性が最も確保できる場

所で,かつ情報伝達手段が整っていることが要求されます.災害はさまざまな状況をもた

らすため,計画していた本部が倒壊や火災発生などにより使用できないという状況も想定

して,いくつかの場所を設定して候補順位を定めておくことが望ましいでしょう.日中と

夜間とでは,稼動している部署や人員数,職員の動きなども異なるため,無駄・無理のな

い行動ができる場所の選定も重要です.

4)災害対策本部組織図および構成員

(ⅰ)災害対策本部組織図

 平常時の組織を再編する必要はありますが,平常時とかけ離れた組織や機能を計画する

ことは混乱を招くこともあるため各施設で効果的・効率的に機能できる体制を整える必要

災害発生

災害対策本部設置 ・災害対策本部設置の院内周知・情報収集と分析,判断・指揮命令,調整,対応

自動参集

院内各部署 院外職員 マスメディア院外機関

図4-8 災害発生時のフローチャート(災害対策本部)

表4-2 段階的な危機管理

レベル5 例)広域災害

レベル4 例)局所・局地災害

レベル3 例)院内災害

レベル2 例)アクシデント

レベル1 例)インシデント

130 災害看護の実際

があります.図 4−9に組織図の例を提示しました.

災害対策本部長

実務実行 情報集約・分析 調整・調達 財政

広報担当保安担当

危機管理担当

図4-9 災害対策本部組織図

(ⅱ)構成員

 通常,災害対策本部長は病院長など各施設全体の管理責任者がその任にあたります.病

院長が不在,または参集できない場合には,順次,副院長や事務部長,看護部長というよ

うに代行者を定めておきます.その他の構成員は,各施設の状況に応じて計画する必要が

あります.また,組織図にあげた各任務を兼任しなければならない可能性もあります.米

国の病院では,医療専門職ではない危機管理を専門とする災害対策担当官を常時雇用し,

計画,訓練の実施,実際の対応時の補佐官としていることころもあります.災害遅延死や

preventable death を防ぐという観点から医療専門職が本部の構成員となることは,せっ

かくの技能を多数負傷者に提供できないという点において有益な人的活用とはいい難いの

ですが,現在の日本の医療の実情からはいたしかたないものと思われます.

5)災害対策本部の任務

①組織全体の意思決定機関

②情報の集約と分析

③院内各部門との連絡調整,各部門への指示命令

④院外組織・機関との連絡調整,マスメディアへの対応

⑤緊急時診療体制の確立

⑥医療救援者の受入れや医療救援者の派遣の決定

⑦施設や設備の復旧,仮設トイレの設置など

⑧緊急の資器材・薬品の調達と分配

⑨人員の確保と再配置

⑩患者や職員の食料・水の調達と分配

⑪職員への支援(精神的支援,環境調整,休息の確保,一時帰宅など)

f 職員参集 ほとんどの組織では電話による連絡網を作成しています.それは局所・局地災害の時に

は有用ですが,広域災害時には機能しないものと思われます.災害対策本部と同様に,自

動参集の基準を定め周知しておくことが必要です.

131災害急性期の看護

 阪神淡路大震災では,多くの職員が「とにかく病院へ」と向かい,その途上で被災地を

目の当たりにし「何が何でも病院へ」と思いを鼓こ ぶ

舞しながら駆けつけました.しかし,自

らが被災し家族を失った,または交通手段がなく病院へ駆けつけられなかったという職員

も存在していました.病院へ行けず災害時対応というインパクトの大きな出来事を他の職

員と共有できなかったことが役割不全感や疎外感につながることもあります.参集の基準

を定める際に,このような場合には参集しなくてもよいとする基準も定めるなど十分な配

慮が必要です.

g 院外機関,マスメディアなど 院外の主要な機関には,行政機関,消防,警察などがあります.他の機関からの情報収

集として,災害に関する情報,被災状況,地域の医療ニーズと医療対応能力,各機関の対

応能力,被災地外の応援や救援体制などを入手します.情報の発信としては,病院の被災

状況,入院患者や職員の状況,医療対応能力などがあります.

 マスメディアへの対応としては,施設の敷地内への入口で管理して控え室を準備するな

どの方法があります.また,広報担当者を決め記者会見などの場を設定することが必要な

場合もあります.被災者にむやみにカメラが向けられることのないようにする配慮が必要

です.

 その他には,資器材や薬品などを取り扱う企業や代理店などの業者と連絡し,調達を依

頼する場合もあります.

2 避難所における看護の役割

a 避難所とは①自宅の被害により物理的に住めなくなった

②余震や火災の恐れから身を守るため

③ライフラインの停止により生活が維持できない

④情報不足による不安

 以上のような状況の人々が,自分にとって安全・安心な場を求めて避難してくる所が避

難所と呼ばれています.はっきりした定義はどこにもありません.

b 避難所の立ち上げと被災者の受け入れ1)避難所の立ち上げについて

 阪神淡路大震災では,地震発生当日から多くの被災者が小中学校などに避難しました.

これらの避難所は,兵庫県内ではピーク時で 1,138 ヵ所にのぼり,最大で約 31万 7,000人

の人々が避難しました.避難所の 7割が当日に開設されましたが,被害の大きかった地域

では市区職員や教職員の到着が間に合わず,避難者が鍵を壊して入ったところもありま

す.

 宝塚市の場合は大きい病院が 4 ヵ所ありましたが,その 4 ヵ所の病院が満杯となり,治

132 災害看護の実際

療が行き届かなかったのです.このままにしていれば,死者がもっと多くなることが予測

されたので,総合体育館に救護センターと避難所とを同時に立ち上げました.避難所立ち

上げ以後の被災者の受け入れと運営について述べます.

①避難所はどこに設置されるのか

 多くの場合が学校を開放しています.また,集会場・施設などの開放もあります

(図 4−10).学校での避難所は,コミュニティーの中に学校があり,日常的に住民が

馴染んでいることから,使用しやすいといえます.また,それぞれの住まいから近距

離であることも,避難者にとっては有益です.学校の多くが耐震強化があることも避

難所として選択される理由の一つです.また,多数の避難生活に耐えうるように,自

立的なライフラインシステムの充実を図ることができます.

 阪神淡路大震災の教訓から,いま課題となっているのは要援護者の避難場所の確保

の問題です.各市町村において確立するようにとの働きかけが内閣府から出されてい

ます.備えの一つとして重要な検討課題です.

 運動場にもテントを設置し避難していました.新潟県中越地震の場合は,体育館で

の避難者もいましたが,特徴としては,車の中での避難生活者が多く,新しい身体兆

候(エコノミーシンドローム)が出たことも記憶に新しいと思います.

②避難所の運営について

 避難所をどのように運営するかは大切な問題です.それは身体的苦痛,精神的苦

痛,社会的苦痛,地域的苦痛,霊的苦痛を持った人々が避難しているため,気配り,

目配り,心配りをしなくてはならないからです.

 学校における避難所の運営に関しては,教職員が大きな役割を果たしました.ま

た,避難所においても自治組織を立ち上げ住民とボランティア,教職員の 3者が力を

図4-10 新潟豪雨水害地の避難所で被災者に語りかける日赤こころのケアチーム(日本赤十字社)

133災害急性期の看護

合わせ合理的な運営を行うことが大切です.

 避難所の運営はおおむね 4段階の時期がありました.

第 1 段階(震災後 1週間)

 避難住民が廊下にもあふれ,運動場でのテント生活や食料の確保,負傷者の手当てなど

混乱と不安の中でした.

 24時間体制で不眠・不休の一週間でした.住民の方においては,この空間は自宅です.

どんなに狭いスペースであっても,心地よい空間の確保に力を注ぎました.その空間の確

保が十分にできたのが,3 〜 4日目でした.

第 2 段階(震災後 1 ヵ月)

 避難住民も少し落ち着きが出てくる頃です.自立意識が芽生え,リーダーのもとに自治

組織としての活動が実施されるようになり,避難所の中の清掃が開始できるようになりま

した.心にゆとりが出てくる時期でもあります.

第 3 段階(震災後 2 ヵ月)

 仮設住宅の建設が進み退所する住民も多く,自治組織のリーダー達も職場に復帰してい

くようになり,避難所には要援護者が取り残されてきます.ボランティア達は継続して活

動をしています.

第 4 段階(震災後 3 ヵ月)

 避難所にいた多くのボランティア達が引き上げていく時期です.避難所の解消計画が始

まると同時に学校は新学期の用意をするようになってきました.ボランティアが引き上げ

ることになり,避難住民の人々は淋しさや不安を覚えることがあります.

 こうした避難所運営が行われました.どんな場合であってもその人がその人らしく生活

できるように支援していくことが,ボランティアに課せられていることを強調しておきた

いと思います.

2)被災者の受け入れについて

 われわれは宝塚市内にある市立総合体育館の中で,24時間体制にて被災者を受け入れる

ことにしました.救急隊員より「市内の病院が満杯で収容することができない」との知ら

せがあり,そのため救護センターを立ち上げることをいち早く考えました.「一人の人と

してのいのちを重んじたい」という一心でした.

 避難所に収容された最初の方は死者でした.その次の方も死者でした.避難所と救護セ

ンターであるのになぜと疑問にも思いましたが,多くの被害が出ているなかでは選ぶこと

もできません.6,434名の死者が出た阪神淡路大震災では,避難所といってもさまざまな

ニーズの受け入れがありました.「死者を連れてこないで下さい」などとは絶対にいって

はいけないのです.数分前までは「いのち」があったのです.生き残っている者と同じよ

うに休日の様子を職場で話そうと思っていたのでは・・・,と思うと心が痛みました.

 避難所であっても,その場はその人にとっての「くらし」の場です.また,住まいでも

あります.そのためには,支援する者も環境づくりを気に留めながらのより良い空間づく

134 災害看護の実際

りが大切になります.

 表 4−3のような人々も入ってこられるのが避難所です.また,避難所の環境とそこで

よくある訴えを表 4−4,5にまとめました.

 訴えもさまざまですが,訴えていることが本当にそうであるかを見極める必要がありま

す.相手との向き合い方によっては,真実かどうかの発見もできます.支援する側もしっ

かりと相手と向き合い傾聴したいものです.

表4-3 避難所に収容された人々の例

①頭部外傷の 3歳児②�二階が落ちてその下敷になり内臓破裂の方(この方においては,避難所で判断して病院に移送することにした)③骨折の方④精神科からの脱走者⑤手術後の在宅療養者⑥人口肛門装着者⑦人工透析を受けている方⑧外傷のある方⑨乳幼児⑩産後の母親の母乳が出ていたのが出なくなり,乳児が危機状態で避難した方⑪高齢者(認知症)・障害者など

表4-4 避難所の環境状態

①ニーズの複雑・多様化②コミュニティーが成立しているようでしていない状況③譲り合いの欠如④さまざまな痛み(身体的痛み,精神的痛み,社会的痛み,地域的痛み,霊的痛み)⑤動物(ペット)によるさまざまな問題⑥談話室の設置(7日目位から)⑦トイレへ行くのに人様の頭の上を通らなくてはいけないことの苦痛⑧一人の居住スペースが狭い⑨プライバシーの侵害⑩不眠(他人のいびき)

表4-5 避難所での訴え

①地震・余震に対しての不安と恐怖感②子供の変化に対しての不安(母親)③母親自身の不安(日々の生活,今後の生活)④不眠の継続⑤頭痛(不眠,または今後のことを考えることにより誘発されている)⑥動機,呼吸困難感(季節により異なる)⑦余震およびその時のことを思い出しての恐怖感⑧家族を失った喪失感⑨焦燥感⑩自分だけが生き残ったという罪責感

135災害急性期の看護

3)避難所での看護師の役割とは

 避難所における保健衛生に視点をあてて活動をしてきました.急激な生活の変化や被災

による身体的・精神的ダメージをうけた被災者は,さらに長期間にわたり,同一施設内で

の共同生活を余儀なくされることから,個人のみならず集団としての健康レベルの低下を

招きやすい状態にあります.したがって感染予防など衛生面の管理,安全対策など環境面

の管理とともに,被災者の心の傷に対するケア,集団生活の中での人間関係づくりなどメ

ンタルの部分に対しても焦点を置きながらの適切な対応が必要となります.

c 衛生面の管理 避難所生活においては,抵抗力の低下しやすい高齢者や傷病者,乳幼児などとの共同生

活で環境面で不衛生な状態になりやすいことなど,感染症の発生や流行する要因が多いた

め,環境整備など以下の点に留意する必要があります1).

① 個人の居住スペース,共有スペース,トイレや洗面所においては,常に室内の清掃

に留意し,清潔を保持するように周知します.また,温度・湿度の調節に関して

も,できる限り配慮します( 3日目より人が出入りするため換気ができるようにな

りました).

② 避難食は,原則として共有スペースで管理し,配布時には衛生面に十分配慮しま

す.避難所に高齢者が多い場合は,配布された食料をすぐに食べなかったり,食べ

残しを貯ため

ている場合が多く,食中毒予防のためにも,本人や家族を含めて十分な説

明を行うことや,食料を貯込んでいないかの定期的な確認など,目配り,気配りが

求められます.貯ている食料を発見した場合は,十分な説明を行い,処分するよう

に指導します.戦争体験がある高齢者においてはその傾向が強いので,特に目を向

けることが重要です.

③ 集団生活の中では,多くのゴミが排出されるため不衛生な状態になりやすく,ゴミ

の処理について以下の内容を徹底するようにします.

◦ゴミの分別収集ができるようダンボール,ポリバケツなどを利用する

◦ 分別の容器には,「燃えるゴミ」・「燃えないゴミ」など分別する種類を大きく表

示し,誰もが分かるようにしておく

◦ゴミの処理は当番制にして,交代で周辺の片付け,清掃をする

◦食べ残しは専用の容器を設け,共有スペースで処理する

④ 感染予防,避難所全体の衛生管理上,トイレ専用のスリッパを置き,履き替えを厳

守してもらいます.また,トイレでの汚物(血液・排泄物)は,専用の容器を設け

処理方法を徹底します.

⑤ 抵抗力が弱まった時に発生しやすいのが,感冒や肺炎です.流行の兆しや症状があ

れば速やかにケアするのはもちろん,住民各自ですぐに次のような対応ができるよ

うに指導します.

◦マスクを装着する 

136 災害看護の実際

◦ うがい薬(うがい薬がなければ塩水でも可)および紙コップを洗面所に備え,

頻回にうがいを行う

◦布団あるいは毛布の下にダンボール,新聞紙を敷き保温に努める

◦できる限り 1日 1回,寝具の日干しを行う

◦ 排痰や咳がいそう

嗽などの症状がある被災者には,体位ドレナージやタッピングなどを

実践する

(われわれが支援していた宝塚体育館においては肺炎は出さなかった)

⑥ 避難所においては,十分な入浴,室内の清掃などが行き届かないことから,季節に

よっては疥かいせん

癬の発生に注意しなければなりません.疥癬の兆候がみられたら,ただ

ちに他者への感染を防ぐとともに,適切な処置を行います.集団生活の中では感染

を予防することが一番のポイントです.そのためには正しい知識を備えて,相手と

向き合うことが求められます.

d 避難所における環境づくり 避難所にあてられるのは多くの場合,体育館などです.その状況からとらえた住民の健

康,安全,安心を考慮した避難所全体の環境整備の他,保健衛生など,さらに住民個々の

避難におけるQOLの配慮が非常に重要になってきます.

1)収容体制を整えるにあたっての留意

 避難所への収容にあたっては,多くの場合その避難所の周辺の人々が入居します.コミ

ュニティーのできた集団がそこにはありますが,それゆえに気を使う人,あつかましい人

に分かれることになります.声を大きくあげる人は,住居スペースも一番よい所をとるこ

とがあります.遠慮して人々に迷惑をかけてはいけないと思う人が,障害があったりし

て,とんでもない所にしかスペースを得られないことがあります.

 その住まいの調整を図るのは,その場のコーディネーターがするのが最適です.調整を

図れるようになるのは,発災後 3日目位からです.われわれは,以下のようなところに注

意を払い,実施しました.

① 入居者の全体を眺めて,収容者の一人ひとりに目を向けます.いわゆる全体の中の

「個」に目を向けるのです.

② 障害者および頻回にトイレに行く方は,入口の近い所に居住させます.また,麻痺

のある人は,どちら側に麻痺があるかを配慮した上で,機能する手を考えて位置を

決定します.その時は一方的にではなく,本人にもこれでよいかを聞いてみます.

ストレスを溜めないようにすることが重要です.

③ほとんどの人々は荷物が少ないですが,居住できる範囲内で荷物の整理も行います.

④コミュニティーが形成されるように配慮します.

⑤ 受験時期( 1995年 1月 17日はセンター試験の時でした)であれば,それらのこと

も配慮します.

 以上のようなことを配慮して,きめ細やかな目配り,気配りをすることが重要です.

137災害急性期の看護

2)プライバシーを保持した個人の居住スペース(図 4−11)

 避難所の建物構造に応じて,その人らしくQOLが向上できるようなスペースを確保す

ることが大切です.ストレスが溜り,より傷が深くならないように配慮します.そのため

ダンボールを使用し,これをパーテーションの代わりに仕切りとしました(ダンボールが

手に入るのも発災後 4日目位です).

 個人のスペースは毛布を半分にした位で非常に狭いのですが,プライバシーを保持でき

るのと,できないとでは随分違いがあります.

 狭いスペースであっても,家族での安らぎがあったりプライバシーが守られることが一

番です.体育館にはいくつもの部屋があるので,入居者によっては空間を工夫しながら使

用して,よりその人の尊厳を守ることが大切です.進学受験者には,その人達だけを集め

て 2階の静かな空間を提供し,勉強ができる環境を作りました.

 靴は入口に置かないでナイロンの袋に入れて個人で保管しておきます(入口に置くこと

で二次災害につながることがあります).

 図 4−11のI,Jは障害者および頻回にトイレに行く方が居住します.

 居住スペースは食事の場であったり,遊び場であったり,談話の場であったり,全てが

行われるので,換気および清掃は十分に行わなければなりません.また,四季に応じて館

内の温度にも留意することが大切です.阪神淡路大震災の時は厳冬期でしたが,暖房器具

を十分に備えることができず,二次災害の関連死として肺炎がありました.新潟県中越地

震の時も同様に寒い時でしたが,暖房器具が十分に整っていたことは嬉しい驚きでした.

体育館の中では,コタツ,電気カーペット,毛布が十分にありました.

 このようにして個人の尊重,感染予防などの衛生面の管理,メンタル面のケアなど,避

難所においても数々の留意点があることに視点を向けることが大切です.また,人的環境

面の配慮および情報共有の一つとして,共有スペースについても考慮しなければなりませ

ん.

3)共有スペース設置

 同じ悩みを持つ者としては,他者との会話をしながら情報を収集したいと思っていま

す.そのため,通信,交流,情報交換の場として被災者が気軽に出入りできて,また気軽

に使用できるようなスペースも設けることは大切なことで

す.

 われわれは次のようなことにも配慮しました.体育館の

中でも奥の方の廊下を利用して,共有スペースを作りま

した.そして,テレビは 5日目に設置することができまし

た(大きい体育館であれば,その場に応じたテレビの配置

が必要です).また,そこを情報収集の場とするとともに,

白板を設置し被災者に伝達しなければならない情報を張り

出しました.テレビ一台には多くの人々が集合したので,

ダンボールの仕切り

I J

図4-11 居住スペース

138 災害看護の実際

ここでも二次災害予防に努めなければなりません.この共有スペースを通じて人間関係づ

くり,いわゆるコミュニティーづくりもすることができました.

4)感染対策について1)

 集団感染に侵され,避難所が閉鎖にでもなれば,避難してきた方々に対して申し訳ない

こともあり,その対策を常に意識しました.

 ペットを避難所に連れてくる人が多くいました.ウサギ 30匹,猫,犬,オウムなど,

実にさまざまなペットが連れてこられました.時には,その場でおしっこや便をしても知

らぬ顔の人もいます.ペットも心のケアを行うために大切かもしれません.しかし,寝室

も何もかもが一緒になっている混雑した避難所全体のことを考え,今は「感染を予防する

こと」がより重要な問題だと思われました.そこでペット持ち込みの人には別の部屋を確

保して,飼い主とペットが一緒に生活できるように配慮しました.災害の時でもペットは

その人にとっては家族であり,切り離しての生活はその人に精神的変調をきたしてしまう

ことがあり,避難所や避難者の全体状況を考えながらできるだけ配慮することが望ましい

のです.

 また,風邪気味の人に対しては重症にならないように,また去痰ができるように,被災

者が住んでいる場,1F,2Fを頻回に歩き,うがいをしてもらうようにしました.トイレ

の洗面台には,含嗽剤とマスクを置き,トイレに行った時に必ずうがいをすることを指導

しました.ところが,置いた含嗽剤をすぐに持ち帰ってしまう人がいるので,洗面所に

「協力のお願い」の張り紙を出しました(その時期に応じた予測性に配慮します).

 風邪予防の一つとして,毛布が 2枚しかない時はダンボールの上に新聞紙を敷いて横た

わり,その上にまた新聞紙をかぶってから毛布を掛けて保温しました.抵抗力が弱まって

いる時に発症しやすいのが風邪です.一人でも風邪を引いて全体に広がってはいけないと

配慮しました.外出から帰ったり,寝る前には必ずうがいと手洗いを励行してもらいまし

た.

 高齢者が多く肺炎になる可能性も高いので,換気の整った環境整備にも注意しました.

なかには物資がなく,靴下を履いていない人もいました.そのため,足先を新聞紙で包

み,保温の工夫も行いました.ちょっとした工夫で「いのち」を重んじることもできま

す.また,訪問時には聴診器で肺音を聞き,痰がたまっている場合や湿性咳嗽のある場合

は,体位ドレナージやタッピングなどを行いました.おかげで宝塚市立体育館では肺炎患

者は一人も出ず,未然に防ぐことができました.災害時の肺炎などは二次的災害とされて

います.

 次に考えたのは MRSA を含む細菌感染でした.トイレのスリッパがとても少なかった

ので上履きのスリッパを用意し,トイレでは必ずスリッパに履き替えるよう掲示しまし

た.この時期には MRSA が流行していたため,随分と気を使いました.トイレの汚物は

専用の容器を設け処理方法を徹底します.

 またこの時期には疥かいせん

癬感染も念頭に置くことが必要です.特に抵抗力の弱い人,高齢者

139災害急性期の看護

が多い時には気配りが必要です.避難所の中に仮設の浴室ができたのは 10日目位でした.

3台しかないお風呂も十分に清掃をして,次に入浴する人に気を配りました.

 避難所は掃除もあまりされず,毛布の交換もされません.幸い体育館には日光が入って

くるので,1日 1回寝具の日光浴をしました.入居者らは自主的に毛布を日光浴させてい

ました.細やかな気配りが二次的な疾病の予防に役立ったと考えています.

 若い方は避難所から通勤しており,後に残されたのは子どもと高齢者でした.そのため

元気な高齢者は,子どもたちと一緒になって日光が当っている所に行って布団を干してい

ました.このことは本人たちのリハビリにもなり,子どもとの会話を通してコミュニケー

ションも深まり,心の癒しにもなっていきました.

 衛生面の管理および感染対策に対して,自分の中でも知識を踏まえてしっかり守ること

が大切であり,「いのち」を重んじることになります.

表4-6 災害の経過と必要とされる看護の専門領域

発生直後〜3日程度 救命救急看護,トリアージ,手術室看護,透析看護,外科系看護内科医,外科医,薬剤師,保健師

3日目〜2週間目 内科系看護,慢性疾患看護,外科系看護,精神科系看護内科医,外科医,小児科医,精神科医,看護師,保健師

3週間目〜3ヵ月 精神科系看護,地域看護社会資源の知識があり活動できる看護職精神科医,小児科医,保健師,看護師,PT,OT

3ヵ月以上 地域看護,精神科看護(アルコール依存症への対応)くらし再建への支援

e 安全面の管理 避難所においては,不慣れな場所での集団生活により予測ができない事故などが発生し

やすい状況にあるため,安全面の管理に留意する必要があります.

① 避難所内の被災者名簿などを作成し,個人の安否状況の把握を確実に行います.ま

た,援助が必要な高齢者や傷害者らの ADL(日常生活動作),傷病者の病状・回復

状況,妊産褥婦・乳幼児の健康度の把握などに留意します.

②避難所内の構造やルールなどについての丁寧なオリエンテーションを行います.

③ スリッパなどは各自がビニール袋などに入れ,保持することにより避難所出入り口

でのスリッパの散乱をなくし,転倒事故を予防することができます.

④ 特に大地震後には余震時に被災者が室外へ逃げようとする場合が多いこともあり,

部屋の出入り口周辺には物品を置かないようにし,通行や物品搬入の障害にならな

いようにします.

⑤ 火の使用(携帯用ガスコンロ,焚き火など)は安全面を考慮した場所で行い,火の

始末についても十分に注意することが大切です.特にタバコは,共有スペースなど

に灰皿を設置するなど配慮します.

140 災害看護の実際

⑥ 避難経路については,十分な説明をすると同時に図示したものを掲示し,緊急時は

迅速な避難ができるようにします.

 避難所での集団生活は,コミュニティーに配慮すると共に個人の特性にも配慮した身体

的・精神的・社会的側面からの環境づくりが,日常生活を営んでいく上で必要とされるこ

とも重要視しなければなりません.

 その留意事項や管理方法を行う上で大切にしていることは,ナイチンゲールがいってい

る「個を重要視した基本となる 4つの視点(人間,環境,健康,看護)」に重みをおいて

の行動です.また,ヘンダーソンがいっている基本的ニーズの排泄やその他の部分におい

ても配慮しました.集団生活の中では,人様に迷惑をかけるからといって水分をとらない

人も多いように思いました.

 余震がくると,被災者は布団をかぶって体育館外に出ようとするため,「ここから出る

ともっと被害が大きくなる」と伝えて安全を図りました.

3 巡回診療における看護の役割

 被災地では,自宅に留まることが困難あるいは危険な状態になった住民が,体育館など

の広域避難所に集まってきます.また,余震による建物の倒壊を恐れて,新潟県中越地震

災害時のように自家用車やビニールハウスを避難所としたり,住み慣れた地域を離れて避

難所生活をおくる人々がいます.避難所はさまざまな地域から避難してきた住民で構成さ

れる場合もあります.また,発災直後は次々と避難所が自然発生し,被災者の避難状態を

把握することが困難になります.災害が発生した急性期は,被災者が避難している状況を

早急に把握し支援することが望まれます.巡回診療は,被災者の生活の場に赴いて医療支

援を実践することです.看護師は被災者の生活環境から生じるさまざまな問題に着目し,

傾聴することが必要です.

1)巡回診療チームの編成

医師,看護師,薬剤師,連絡調整員など.

2)巡回診療の決定

現地災害対策本部から被災者の避難状況を把握し,避難所の巡回診療の指示を得て,

巡回診療を計画します.

3)巡回診療の交通手段

巡回診療は移動に便利な車を利用します.災害直後は道路事情が変化しているため,

迂回路などに精通した協力者がいれば効率的な巡回診療が可能になります.

4)巡回診療の装備

地域内地図, 簡単な食料と水, 診察セット・治療薬・通信手段・診療記録など.

141災害急性期の看護

表4-7 診療セット(例)

◦ 血圧計,聴診器,体温計,血糖測定器,マスク,手袋◦ 消毒セット�,カットバン,ウエットテッシュ,被覆材◦ 内服薬,シップ薬,ゴミ袋,医療廃棄物入れ

5)巡回診療の実際(口絵16 参照)

①最初に自己紹介

 被災者にとって,避難所はプライベートゾーンとなるため,自宅へ訪問するように

避難所に入ることの了解を得てから診療を開始します.最初に自己紹介をして身分を

明らかにし,巡回診療の意図を伝えてから行います.

②被災者の声に耳を傾けて

 避難所などを巡回診療する時は,被災者に対して傾聴と共感する態度で,ねぎらい

の言葉をかけるようにします.被災した時から避難所にたどり着くまでの話を聞き

ながら,被災者の生活環境を把握し,診療が必要な人をトリアージします.特に,横

になって静かにしている人には,必ず声をかけ具合が悪くないか健康状態を確認しま

す.被災者でありながら救援活動を担っている人々は休むことなく過酷な支援活動を

行っていることが予測され,健康状態に気を配ります.

③避難所の巡回診療の手順

・診察でプライバシーの確保が必要な場合は,責任者の許可を得て場所を確保する

・診療の状態によって病院や救護所などの受診を勧める

・避難所の責任者に活動状況を報告し,退去する

・診療記録を作成し,行政担当者に報告する

・巡回診療記録を残す(表 4−8)

表4-8 巡回診療記録(例)

診療記録                           平成 年 月 日

巡回場所:                                  

避難所の状況:水

       電気

       食料

       生活環境

避難状況:                                  

取り扱い傷病者数:                              

診療内容:                                  

継続医療:                                  

その他:                                   

142 災害看護の実際

④その他

・巡回診療は,1台の車に同乗した方が移動しやすい

・ 交通手段や避難所の状況によって,活動時間の予測が立たないことを想定しておく

・診療で発生した廃棄物は持ち帰り,適切に処理する

・巡回診療の合間に診療チームが休憩や食事,給水などを適当にとるようにする

・災害対策本部に被災者の健康状態を報告し,今後の活動の助言をする

4 現場救護所における看護の役割

 災害が発生し医療ニーズが増えて,被災地内の医療が対応できない状況が生じると,被

災地域外から医療救護班が派遣されます.そのため,さまざまな団体が発災初期に出動で

きるように救護班が常設されています.看護師はそれまでの臨床経験を生かし,被災者の

救護活動に赴きます.

 大規模災害では,限られた資材と人材を最大限に活用し,より多くの被災者を救助する

ために治療の優先順位を決定して,効率よく治療に当たることが求められます.そのため

救護班は,災害医療の「 3つのT」,トリアージ(triage)・応急処置(treatment)・後方

搬送(transportation)を原則にトリアージを行って救護活動を展開します.救護所では,

搬入された傷病者に一時的な手当てを行い,後方病院に搬送されて検査や手術などの治療

が受けられるように援助します.また,被災地内の病院で入院や通院中の患者(透析療法

の患者など)の治療が困難な状態であれば,受け入れ可能な病院への後方搬送に協力し,

被災地内の医療施設が復旧するまでの中断した医療を継ぐ役割を担います.

a 情報収集 被災地では情報も混乱していますが,どのような状況になっているか限られた情報の中

から予測し救護活動の準備を行います.

【被災地の被害状況を把握する】

・被災の程度と被災者の状況(損壊状況・水・電気などのライフラインの状況)

・被災者への救援資材の補給状況(食料・水・毛布・日常生活品・仮設トイレなど)

・被災地内医療機関の診療状況(被災地内医療施設の被災状況と受け入れ状況)

・医療支援状況・救護活動の状況

・被災者の避難状態(避難所の場所と被災者のおよその人数)

・後方搬送可能な医療機関との連絡方法・搬送手段

・活動計画と活動報告

b 救護班の編成 災害が発生すれば,それぞれの団体がただちに救護班を派遣できるように要員を常時編

成しています(表 4−9).また,その初動の救護班は災害の種類や規模に応じて人員を変

更して派遣されます.

143災害急性期の看護

表4-9 団体ごとの救護班編成

団体名 人数 構成要員 その他国立病院機構災害医療センター(DMAT)

4名 医師,看護師,事務職員 3泊4日初期医療班は3班

日本赤十字社 6〜8名 医師,看護師長,看護師,助産師,薬剤師,事務員

2泊3日

自衛隊(病院救護班) 5名 医師,看護師,調整員,運転要員東京DMAT 3名 医師,看護師

c 救護所の開設 救護班は,現地災害対策本部の許可を得て救護所を開設します.被災地内受け入れ病

院の状況と被災地外の搬送可能な医療施設の情報を得ながら,二次災害に巻き込まれ

る危険がない安全な場所で,多くの被災者が受診しやすい場所に救護所を設置します

(表 4−10).

表4-10 救護所設置のポイント

①救護所の場所が周囲から分かりやすい

②傷病者の収容・後送ができる道路がある

③混乱を避けるスペースがある

④水・電源の確保と汚物処理が可能な場所の工夫

1)救護所開設手順

①現地災害対策本部から被災地の情報を得る

②救護活動の許可を得る

③救護所を開設するため施設の許可を得て,救護所スペースを確保する

④避難所や地域に救護所を開設したことを広報する

2)救護所設置の実際

 救護所は開設状況によって特徴がみられます.

①移動型の救護所(救急車などを利用して,移動型診療所として活動する救護所)

<利点>

・ 到着後すぐに活動できて地域を巡回できる・物品の設定が簡便である・自宅の訪問も可能である・ 二次災害の危険があった場合は,すぐに移動

できる

<欠点>

・診療スペースが狭い・搬送に車を利用できない・道路事情の影響を受ける・水の確保がしにくい・雨天時診療が困難となる

144 災害看護の実際

②施設を利用した救護所

 被災者が多数集まった施設の一部を利用して救護所を開設する場合は,その建物の

出入り口を確認し,通路を制限しないで搬出が可能なコーナーを確保します.処置を

想定し,スクリーンやシーツ,毛布,いす,机などを利用してプライバシーを保つ工

夫をして,受診しやすい環境を作ります.

<利点>

・避難している住民が受診しやすい・24時間受診が可能になる

<欠点>

・ 避難所の被災者が増えた時は,救護所のスペースがとりにくくなる

・救護班の休憩所などが確保しにくい

③施設外に設営された救護所

 避難所のそばや病院の近くにエアーテントを建て,救護所として利用します

(口絵14 参照).救護所は,被災者が通いやすく分かりやすい場所で,救急車などの

後方搬送スペースと道路へのラインを確保できる場所に設置します.救護所内は,傷

病者の動線を考慮して救護所の入口・出口を決定してからレイアウト(受付,診察,

処置エリアなど)します.二次災害を予測し,風水害,寒冷・猛暑への対応を考慮し

ます.

<利点>

・プライバシーを保ちながら診療ができる・処置用の水や排泄物などの処理ができる・救護班のスペースが確保しやすい

<欠点>

・風水害の影響を受けやすい・救護所開設に時間を要する・歩けない傷病者が受診しにくい・すぐに移動できない

d 応急処置 大規模災害の急性期は,多数の傷病者の手当てを限られた資器材を最大限に活用するよ

うに工夫します.救護にあたる時には,自分の五感をフルに活用して傷病者の観察を行い

ます.傷病者観察のポイントは,緊急度・重傷度の高い損傷から生理学的徴候に従って観

察することです.緊急度順に並べると,気道の異常,呼吸の異常,循環の異常,中枢神経

の異常となります.救護所では医師の指示のもと傷病者の初期治療を行い,できるだけ早

く医療施設に搬送できるように手当てをします.また非緊急治療群には,傷病の手当を行

い被災地内医療の外来診療をサポートします.救援者が手当てを行う時には,被災者の声

に傾聴し共感する態度で接すると同時に,マスク・手袋などを着用し感染予防に注意しま

す.

1)外傷の手当て

 全身状態の観察と外傷部位の損傷程度の観察を行ってから手当てを行います

(表 4−11, 12).

145災害急性期の看護

 非緊急治療群に分類されても,時間の経過とともに症状が悪化して緊急治療群になる場

合があるため,継続して状態を観察して手当てを行うようにします.

表4-11 観察のポイント

①外出血の確認

②意識の確認

③呼吸の確認

④循環の確認

⑤全身の確認(麻痺,変形,疼痛など)

表4-12 外傷の観察と処置

外傷部位 観察のポイント 処 置

頭部外傷

◦�頭蓋内出血を伴っている場合は,急激に悪化することがあるので継続して観察する

・外傷部位の創の状態・神経学的所見・意識レベル・受傷した状況(頭蓋内出血の危険性)・氏名・連絡先・既往などの聴取

・�創の止血と洗浄消毒,創の保護緊急治療群に悪化した場合・意識レベルによって,全身管理・酸素投与・人工呼吸・脳圧降下薬の投与・後方搬送の準備

顔面外傷

◦�血流が豊富なため出血しやすく受傷者が動揺しやすい

・外傷部位の確認・顔面の変形・疼痛の有無・開口制限の有無・口腔内出血の有無・視覚・聴覚・臭覚・触覚の異常の有無・受傷した状況

・声かけとパニックコントロール・圧迫止血と洗浄消毒,創の保護・�軟部組織の損傷の縫合は専門医にゆだねる

・�眼球損傷は粗大異物の除去と洗浄,抗生剤点眼など緊急治療群に悪化した場合・�顔面外傷で呼吸状態が悪い場合は緊急気管切開などによる気道確保

・後方搬送の準備

脊椎・脊髄外傷(疑い)

◦�胸腰椎移行部と頸椎が外傷の後発部位墜落,崩落,埋没,爆発では骨盤骨折を含む脊椎損傷が多い

・呼吸状態(頸椎損傷時)・循環状態の確認・四肢麻痺または知覚異常の有無・直腸・膀胱障害の有無(横断麻痺)・受傷の状況

緊急治療群として対応・呼吸の補助・血管確保・損傷部位の固定  頸部(ネックカラー)  腰部(体幹の固定)  バックボードへの固定・尿道カテーテル留置・オムツ装着・後方搬送の準備*�新たな損傷を加えないような搬送器具を考慮する

146 災害看護の実際

胸部外傷

◦�胸壁下部の外傷では内臓損傷があるかで重傷度が変化する◦�心,血管損傷ではベッグ三徴注2)に注意・外傷の部位・呼吸の観察呼吸音,血痰,皮下気腫など・循環状態の観察阻血を示す6Pの観察注3)

・受傷の状況

・外傷の止血,洗浄・消毒・保護緊急治療群の場合・気道確保・酸素投与・血管確保・昇圧薬の投与・後方搬送の準備

腹部外傷

◦�内臓損傷は五感を使った観察では困難◦�大量の出血を伴う外傷(肝,膵,脾,腎),腹膜炎を起こす損傷(胃,腸,大腸など)

・循環状態の観察・腹部症状の観察腹痛・圧痛の有無,嘔吐,吐・下血,�下痢など

・外傷の消毒と保護緊急治療群の場合・補液と鎮痛薬の投与・禁飲食と保温・後方搬送の準備

四肢・骨盤損傷

◦�コンパートメント症候群の有無注4)� �

軟部組織の開放性損傷の場合は,泥や異物で傷口が汚染している場合が多い

・受傷してからの経過時間・受傷部位の感染の有無・血管損傷の有無(阻血を示す6P)・神経損傷の有無・筋,腱損傷の有無・デグロービング症候群注5)

緊急治療群の場合・異物の除去と洗浄と止血・創の保護・抗生剤・鎮痛薬などの投与

四肢の骨折(疑い)

◦�骨折の整復操作は副損傷を引き起こす危険があるので,後方搬送してから行う

・四肢の変形と痛み・腫脹の有無・神経症状の有無・骨折の状況

・骨折部位の副子固定緊急治療群の場合*�骨折部前後の関節を固定できる長さと幅と硬さのものを使用

・腫脹部の冷湿布・後方搬送の準備

骨盤骨折(疑い)

◦�転落・墜落などの強い外力によって生ずることが多く他の合併損傷を伴うことが多い

・骨盤の可動性と疼痛の有無・循環状態の観察(骨盤内出血の可能性)・受傷状況

緊急治療群の場合・安静と疼痛コントロール・�ショック状態への対応 (血管確保・気道確保など)・後方搬送の準備

注 1) 多発外傷:頭頸部,顔面,胸部,腹部,四肢骨盤,体表の 6区分のうち 2体区分以上に早急な治療を要する外傷を認めるもの(AIS 3点以上)

注 2)ベッグ三徴:心タンポナーゼに特徴的な症状(血圧低下,静脈圧上昇,心拍減弱)注 3) 阻血を示す 6P:pulselessness(無脈), pallor(蒼白), paresthesia(感覚異常), pain(疼痛),

paralysis(麻痺), poikilothemia(変気症)注 4) コンパートメント症候群:閉鎖性の損傷で筋膜下の筋肉に浮腫が起こり,これが筋膜の弾性以上に

増強し筋膜内圧が高まると,組織の変性・壊死や神経麻痺を引き起こし,処置をしないと機能障害を起こす.下肢が好発部位であるが早期治療が有効

注 5)デグロービング症候群:手袋が抜けるように皮膚が損傷した状態

147災害急性期の看護

2)熱傷の手当て

 熱傷は熱湯や蒸気,炎などの熱い物体に触れることで起こりますが,深度と範囲によっ

て重症度が異なります.また,化学薬品や電撃によっても症状が異なるので,どのように

受傷したかを聞いてから処置にあたります(表 4−13).

表4-13 熱傷のポイント

① 熱傷の深度:Ⅰ度,Ⅱ度,Ⅲ度

② 熱傷範囲:9の法則(体の体表面積の割合)

③ 重傷度:気道熱傷の有無,電撃,化学損傷の有無

      特殊部位(顔面,手背,陰部など)

      合併損傷の有無

④ 治療:冷却と開放療法と閉鎖療法

     軟膏処置

     補液療法

⑤ 看護:熱傷部位の手当てと苦痛の緩和

     プライバシーを保った処置の工夫

3)クラッシュシンドローム(挫滅症候群)

 主に四肢が,長時間圧迫を受けたために生じる末梢部の骨格筋損傷のことです.虚血に

より,横紋筋融解をきたした状態で,圧迫解除により血流の再還流が起こり,循環不全,

高カリウム血症,ミオグロビリン血症,代謝性アシドーシス,凝固異常,腎不全などの全

身的な異常が起こります.緊急治療群で圧迫解除時または早期に補液を行うことでショッ

クや腎不全を予防します.意識レベルと循環状態の観察を行い,圧迫部位の疼痛緩和と皮

膚の状態に応じた手当てを行い早急に後方搬送します.

4)慢性疾患の傷病者への対応

 避難所では,環境の変化に伴う気管支炎や気管支喘息の急性増悪が起こりやすいといわ

れています.呼吸状態を確認し,日ごろの対処法を問診して,自宅から常用薬を持参する

ように勧めるか,状態によって医師の処方を受けるように勧めます.急性期から集団生活

をしている避難所では感染症が蔓延しやすいので感染予防策を啓蒙します(表 4−14).

 被災者には,食事や排泄の状態が変化し下痢や便秘による脱水状態が予測されるため,

表4-14 感染予防のポイント

①トイレの後の手洗い

②うがいの励行

③風邪症状の傷病者はマスクの着用

148 災害看護の実際

腹部症状やバイタルサインを測定し,状態によって医師の診察を受けるように勧めます.

 災害に伴うストレスから血圧の不安定化をきたすことがあるので,普段の血圧のコント

ロール状態や服薬状況を確認し,治療が継続できるように配慮します.

 透析療法を受けている傷病者は,通院病院と連絡を取り,被災地内で透析を受けられな

い場合は被災地外の透析病院へ搬送します.

e 後方搬送 緊急治療群の傷病者は救護所で一時手当てを行い,搬送が可能な状態にします.搬送は

救急車や自衛隊のヘリコプターを利用し,傷病者の容態によって医師や看護師が同乗する

場合があります.そのような場合は,同乗した医療従事者は搬送中の状態を観察し,必要

な処置ができるように個人装備が整っていることが望ましいです.

1)搬送者と搬送先の決定

 救護所で一時手当てを終えると,緊急治療群の中から再トリアージを行って搬送の優先

順位を決定します.特に緊急手術の必要な患者,慢性疾患で重症な患者,透析療法中の患

者,在宅支援を受けていて介護が必要な患者,精神疾患あるいは環境の変化で症状が悪化

した認知症患者などが対象となります.

2)搬送方法の決定

 災害時は,道路事情が悪化し通行も制限されるため,予測される搬送時間や傷病者の重

傷度によって搬送手段を決定します.自衛隊の大型ヘリコプターは,一度に多数の傷病者

を搬送することができます(口絵15 参照).搬送中の状態の悪化に対応するため医療従事

者が同乗します.

3)搬送時の対応

 救護所では,搬送前に搬送先をトリアージタッグに記載して,タッグの 1枚目を外して

保管します.このトリアージタッグは,取り扱い傷病者の情報として問い合わせや安否調

査に使用します.

4)搬送に同乗する時の装備

 搬送に付き添う場合は,不足の事態に対応できるように医療資材と個人装備を携帯しま

す.また,ヘリコプター搬送の時は搬入時にゴーグルを装着し,夜間であればヘッドライ

トなどがあると安全です.また,救護所に戻ってくるまで連絡が取りにくくなるので通信

手段,簡単な携帯食,水などは携帯します.

 災害直後の急性期に被災地に赴いて救護活動を行う場合,被災地内では情報が混乱し,

活動する上で困難な状況が続きます.救護者は,自分自身をコントロールして支援活動を

行うことが普段以上に求められます.そのために個人装備を整えたり,訓練に参加してイ

メージトレーニングの機会をつくり,災害時の対応ができるように自己啓発することが望

ましいのです.