高空間分解能の結晶方位解析と結晶相マッピング~astarを用い … ·...

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1 高空間分解能の結晶方位解析と結晶相マッピング 〜ASTAR を用いた ACOM-TEM 法〜 ASTAR NanoMEGAS 社の登録商標です。 形態科学研究部 久留島 康輔 TEM ベースの結晶方位解析システム“ASTAR”を用いると、SEM をベースにした EBSD よりも高い空間 分解能が実現可能である(各種 EBSD 法の空間分解能が数十 nm 程度に対して ASTAR を用いた ACOM-TEM では 25 nm)。また、識別できる結晶構造が多いことも特長である。通常の TEM 解析では取得困難な結晶方位 マップ、結晶相マップおよび粒径分布などを得ることで定量的な解釈が可能である。さらに、 TEM 観察と同一視 野で測定できることから、(S)TEM-EDX / EELS と合わせた複合的な解析や in-situ TEM との併用も可能となる。 1. はじめに 金属およびセラミックスなどの結晶性材料は、一般 的に原子または分子が三次元的に規則正しく配列して いる。そのため、結晶性材料の物理的特性は原子・分 子の 配列に大きな影響を受ける。実材料における結晶 性材料の多くは多結晶体、つまり異なる結晶方位を有 する多数の結晶粒の集合体である。このような組織で は、結晶配向性の有無や特定の性格をもつ粒界などの 存在により、その材料特性は大きく左右される。従っ て、結晶性材料の結晶方位や集合組織を理解すること は、材料の性質を知るために、また、制御するために 不可欠な情報といえる。その観点で、SEMScanning Electron Microscopy )をベースにした OIMOrientation Imaging Microscopy)とも呼ばれる自動化された EBSD Electron Back Scattering Diffraction)法 1), 2) は、材料解 析の分野において必須の解析ツールとなっている。一 方で、近年では、デバイス・組織の微細化が進み、ナ ノオーダーの微視的組織が性能を決定付ける例も少な くなく、EBSD では解析が困難なケースも出てきてい る。そこで我々は、 TEM Transmission Electron Microscopy)を適用することで、EBSD と同等の分析 データを、より高い空間分解能で取得する技術を導入 した。近年の TEM では、 NBD Nano Beam Diffractionを用いることで、電子線プローブを数 nm に絞った状 態で電子回折パターンを得ることが可能である。それ を走査することで、電子回折パターンのマッピング、 つまり、電子線による DI Diffraction Imaging :図 1 c)) が可能である 3) 。これを応用した結晶方位解析法は、 ACOMAutomated Crystal Orientation Mapping-TEM 4)-6) と呼ばれ、反射(r-)EBSD50 nm 程度)や透過 (t-)EBSD 20 nm)(図 1 a))では難しい「数 nm」で の高空間分解能測定が可能になる(図 1b))。 2. ASTAR を用いた ACOM-TEM ACOM-TEM 法を用いれば、EBSD 法のように自動 で結晶方位解析をし、EBSD 法よりも高い空間分解能 のマッピングデータを取得できる。しかしながら、 NBD モードの電子回折パターンの自動解析には、 2 の問題点がある。 1 つは、得られる反射の強度が低く、 高次の反射まで捉えられずに解析が十分に行えない場 合が多いこと、もう 1 つは、構造因子を反映したパタ ーンでは無いため、異なる結晶構造を有していても同 様のパターンであれば「同じもの」として捉えてしま The TRC News, 201905-01 (May 2019)

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高空間分解能の結晶方位解析と結晶相マッピング

〜ASTAR*を用いた ACOM-TEM法〜

*ASTAR は NanoMEGAS 社の登録商標です。

形態科学研究部 久留島 康輔

要 旨 TEM ベースの結晶方位解析システム“ASTAR”を用いると、SEM をベースにした EBSD よりも高い空間

分解能が実現可能である(各種 EBSD 法の空間分解能が数十 nm 程度に対して ASTAR を用いた ACOM-TEM 法

では 2〜5 nm)。また、識別できる結晶構造が多いことも特長である。通常の TEM 解析では取得困難な結晶方位

マップ、結晶相マップおよび粒径分布などを得ることで定量的な解釈が可能である。さらに、TEM 観察と同一視

野で測定できることから、(S)TEM-EDX / EELS と合わせた複合的な解析や in-situ TEM との併用も可能となる。

1. はじめに

金属およびセラミックスなどの結晶性材料は、一般

的に原子または分子が三次元的に規則正しく配列して

いる。そのため、結晶性材料の物理的特性は原子・分

子の 配列に大きな影響を受ける。実材料における結晶

性材料の多くは多結晶体、つまり異なる結晶方位を有

する多数の結晶粒の集合体である。このような組織で

は、結晶配向性の有無や特定の性格をもつ粒界などの

存在により、その材料特性は大きく左右される。従っ

て、結晶性材料の結晶方位や集合組織を理解すること

は、材料の性質を知るために、また、制御するために

不可欠な情報といえる。その観点で、SEM(Scanning

Electron Microscopy)をベースにした OIM(Orientation

Imaging Microscopy)とも呼ばれる自動化された EBSD

(Electron Back Scattering Diffraction)法 1), 2)は、材料解

析の分野において必須の解析ツールとなっている。一

方で、近年では、デバイス・組織の微細化が進み、ナ

ノオーダーの微視的組織が性能を決定付ける例も少な

くなく、EBSD では解析が困難なケースも出てきてい

る。そこで我々は、TEM(Transmission Electron

Microscopy)を適用することで、EBSD と同等の分析

データを、より高い空間分解能で取得する技術を導入

した。近年の TEM では、NBD(Nano Beam Diffraction)

を用いることで、電子線プローブを数 nmに絞った状

態で電子回折パターンを得ることが可能である。それ

を走査することで、電子回折パターンのマッピング、

つまり、電子線による DI(Diffraction Imaging:図 1(c))

が可能である 3)。これを応用した結晶方位解析法は、

ACOM(Automated Crystal Orientation Mapping)-TEM

法 4)-6)と呼ばれ、反射(r-)EBSD(50 nm 程度)や透過

(t-)EBSD(20 nm)(図 1(a))では難しい「数 nm」で

の高空間分解能測定が可能になる(図 1(b))。

2. ASTAR を用いた ACOM-TEM 法

ACOM-TEM 法を用いれば、EBSD 法のように自動

で結晶方位解析をし、EBSD 法よりも高い空間分解能

のマッピングデータを取得できる。しかしながら、

NBD モードの電子回折パターンの自動解析には、2 つ

の問題点がある。1 つは、得られる反射の強度が低く、

高次の反射まで捉えられずに解析が十分に行えない場

合が多いこと、もう 1 つは、構造因子を反映したパタ

ーンでは無いため、異なる結晶構造を有していても同

様のパターンであれば「同じもの」として捉えてしま

The TRC News, 201905-01 (May 2019)

The TRC News, 201905-01 (May 2019)

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い、構造解析の幅が狭くなることである。しかしなが

ら、これらの問題点は、NanoMEGAS 社が提供する

TopspinシステムのASTARを用いることで大幅な改善

が見込める。

図 1 各手法における計測系の構成(模式図)。(a)透

過 EBSD:SEM で菊地パターンを検出する。(b)

ASTAR:TEM で PED パターンを検出する。(c)DI

のイメージ図。対象サンプル上を走査し、各測定点で

1 つの ED パターンを取得する。(d)PED の模式図:

角度を付けた ED パターンを積算することにより、高

次の回折斑点まで取得できる。

ASTAR は、PED(Precession Electron Diffraction)を使

用した ACOM-TEM 法を行うシステムである。PED と

は、図 1(d)に示すように角度(プリセッション角)

を付けた電子回折パターンを積算して得られるパター

ンである 7)。この例のように、エヴァルト球における

晶帯軸から傾斜して取得したパターンを積算すること

により、高次の反射まで高い強度で得ることが可能と

なり、自動解析の精度が格段に上がる。また、晶体軸

から外れていることから、多重散乱の効果を抑え、通

常より構造因子を反映したパターンを得ることが出来

る。そのため、自動解析で区別できる結晶が多いとい

う利点がある。このように、ASTAR を用いた

ACOM-TEM 法では、高い解析精度で、高空間分解能

(2 nm 程度)の結晶方位解析や結晶相マッピングを得

ること可能であり、そこから粒径分布などの統計的・

定量的な知見を得ることが出来る。また、EBSD 同様

汎用性も高いことも見込まれ、多結晶材料組織、半導

体デバイスおよび LIB 正極材料 8)への適用など、その

応用例は多岐に亘るであろう。さらに「変化」を可視

化することに好適であり、in-situ TEM 法との併用をす

る報告事例もある 9), 10)。

3. ASTAR を用いた分析例

ASTAR を用いた粒径分布解析測定例を図 2 に示す。

図 2 は各々、Au(金)蒸着膜における(a)IQ(Image

Quality)マップ、(b)IPF(Inverse Pole Figure)マップ

および(c)粒径分布チャートである。図 2(a)は、

PED パターンが明瞭に得られた箇所を明るく示すマ

ップである。また、図 2(b)の ND は、挿入図の方向

を示しており、カラー表示により各粒子の結晶方位を

識別している。EBSD と同様、図 2 のようなマッピン

グによるアウトプットやヒストグラム化による数値

化・定量化が簡便に実施できることは本手法の強みの

一つといえる。図 2 の結果により、当該 Au(金)蒸着

膜の粒子は平均で 6.3 nm 径であることが示された。こ

れは、SEM ベースの各 EBSD 手法では困難であり、本

手法の空間分解能の高さが示されたといえる。

図 3 は、LIB(Lithium Ion Battery:Li イオン二次電

池)の正極活物質として用いられる層状岩塩型構造(以

下、Layer)を有する LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2における STEM

観察および ASATR 測定結果である。本サンプルはサ

イクル試験を行うことで、容量維持率が 70%になった

電池セルから取り出したものである。図 3(a)は、活

物質一次粒子の表面付近の HAADF-STEM 像である。

図 3(b)および(c)は、ASTAR 測定後に異なるアウ

トプットを実施した例であり、図 3(b)は、2 つの結

晶構造データを用いて結晶相を分離しその分布を描い

たマップ(Phase map:結晶相マッピング)である。緑

色が、試料本来の Layer 構造の相領域であり、赤色が

(d) PED の利点(模式図)

菊池パターン

薄膜試料

電子線

(a)透過EBSD(SEM) (b)ASTAR(TEM)

デスキャンレンズ

スキャンレンズ

薄膜試料

Precession 電子回折

(c)DIのイメージ図

透過EBSDと比較し空間分解能が1桁良くなる

1点1点からPEDパターンを取得

空間分解能:~20 nm 空間分解能:~2 nm

The TRC News, 201905-01 (May 2019)

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図 2 Au 蒸着膜における ASTAR 測定結果。(a)IQ マ

ップ、(b)IPF マップおよび(c)粒径分布チャート。

劣化により変性した 11)と考えられるスピネルライク相

領域である。なお、図 3(e)は、各色の領域から抽出

した電子回折パターンであり、パターンの違いを PC

上でソフトが認識して示していることが分かる。

また、図 3(c)は、(b)と同じデータを用いて、隣

り合う異なるグレインを識別して描かせた Unique

grain map である。しかしながら、本測定視野は一次粒

子内であるため、本来は単色で示されるべきである。

このことは、一次粒子全域に亘って Layer 相であった

ものが、変性相(スピネルライク相、図 3(b)赤)以

外においても粒界として識別される相が存在すること

を示唆する。文献によると、Layer 構造では充電過程

において双晶構造が形成される 12)。従って、図 3(c)

では、双晶ドメインを各々色分け・識別して示してい

る可能性が高い。実際、図 3(d)では、Phase map(図

3(b))でスピネルライク相ではない領域(緑色)で、

かつ、図 3(c)で界面と表されている箇所(図 3(c)

赤丸)について、原子レベルの HAADF-STEM 像を取

得したが、双晶境界を示唆する原子配列が観測された。

双晶境界の存在は、イオン伝導度を著しく低下させる

ことが示唆されており 13) 、サイクル試験による正極

活物質の劣化の指標となる結果が得られた可能性があ

る。ASTAR を用いれば、このような微視的構造の変化

を視覚的に、かつ、定量的に捉えることが可能である。

図 3 劣化した電池セル内の LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2 にお

ける STEM 観察および ASTAR 測定結果。(a)LIB 活

物質一次粒子の HAADF-STEM 像、(b)LIB 活物質一

次粒子の Phase map(緑:Layer、赤:スピネルライ

ク)、(c)LIB 活物質一次粒子の Unique grain map お

よび(d)(c)の赤丸箇所の HAADF-STEM 像。

4. まとめ

本稿では、結晶性材料に対して強力なツールである

各 EBSD 法と比較しながら、Topspin システムにおけ

る ASTAR を用いた ACOM-TEM 法について、実測定

例にて、その高い空間分解能と解析能力を示した(図

4)。また、通常の NBD を用いた ACOM-TEM

図 4 各 EBSD 法と ASTAR の測定範囲と

空間分解能のまとめ

法とは異なり、ASTAR では PED を使用していること

を紹介し、従来の懸念点を克服していることを述べた。

本稿では記述できなかったが、本測定結果を用いて計

算することで「歪み解析」を行うことも可能である。

1nm 10nm 100nm 1μm 10μm 100μm 1mm 10mm 100mm

ASTAR(TEM)

透過(t-)EBSD(SEM)

反射(r-)EBSD(SEM)

空間分解能の目安 最大視野の目安

(b) IPF map (ND)(a) IQ map

111

101001

40nm

ND

RD

TD

(c)Grain Size Distribution Chart

Average (Area) 6.3 nm

平均粒径 約6 nmを計測

The TRC News, 201905-01 (May 2019)

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また、EBSD 法では転位などの組織を観察することは

難しいが、ASTAR では STEM 像として観測すること

もできる。さらに、TRC では、TEM 像や制限視野電

子回折、高分解能像を含めた各種 STEM 像および

STEM-EDX/EELS といった情報も、同一試料の同一視

野から取得することが可能である。本測定技術の導入

により、図 4 に示すようにマルチスケールで各種材料

の結晶方位解析および結晶相マッピングが可能となっ

た。今後も継続して技術開発を進め、最先端の分析技

術を通して皆様のお役に立つことが出来れば幸いであ

る。

引用文献

1) B. L. Adamus, S. I. Wright and K. Kunze, “Orientation

imaging: The emergence of a new microscopy” Metall.

Trans. A, 24A, 819 (1993).

2) 鈴木清一:まてりあ, 40, 612 (2001).

3) A. Hirata and M. W. Chen, “Angstrom-beam electron

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Solids, 383, 52 (2014).

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6) E.F. Rauch and M. Véron, “Automated crystal

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techniques (EFTEM, STEM-EELS) and STEM

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nanocrystal level.” Acta Biomater., 73, 500 (2018).

10) A. Kobler, A. Kashiwar, H. Hahn and C. Kübel,

“Combination of in situ straining and ACOM TEM: a

novel method for analysis of plastic deformation of

nanocrystalline metals”, Ultramicroscopy, 128, 68

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11) P. K. Nayak, J. Grinblat, M. Levi, Y. Wu, B. Powell, D.

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layered to spinel phase transformation in layered

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12) Y. Gong et al., “In Situ Atomic-Scale Observation of

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13) H. Moriwake et al., “First‐Principles Calculations of

Lithium‐Ion Migration at a Coherent Grain Boundary

in a Cathode Material, LiCoO2” Adv. Mater. 25, 618

(2013).

久留島 康輔(くるしま こうすけ)

形態科学研究部

形態科学第 2 研究室 主任研究員

趣味:サッカー