道徳的価値の内面的自覚を深める道徳の時間の指導道‐1 第Ⅰ章...

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道徳的価値の内面的自覚を深める道徳の時間の指導 -自己の生き方に結び付けて考える活動を通して- 福岡市教育センター 道徳研究室 研究内容の要約(サマリー) 昨今,生きる力を育むために,道徳教育の果たす大きな役割が求められ ている。本研究室では,自己の生き方に結び付けて考える活動を道徳学習 の中に位置付けた指導法を明らかにすることを試み,児童が自己の生き方 をふり返り,自己の生き方と重ね・比べ,自己の生き方を見つめ,まとめ る活動を連続発展的に展開した。このことは,児童の道徳的価値の内面的 自覚を深めるとともに,道徳的なものの見方,考え方,感じ方を豊かにし ながら,よりよい生き方をつくり出すことへつながった。 平成 25 年度 研究紀要 (第913号)

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道徳的価値の内面的自覚を深める道徳の時間の指導

-自己の生き方に結び付けて考える活動を通して-

福岡市教育センター 道徳研究室

研究内容の要約(サマリー)

昨今,生きる力を育むために,道徳教育の果たす大きな役割が求められ

ている。本研究室では,自己の生き方に結び付けて考える活動を道徳学習

の中に位置付けた指導法を明らかにすることを試み,児童が自己の生き方

をふり返り,自己の生き方と重ね・比べ,自己の生き方を見つめ,まとめ

る活動を連続発展的に展開した。このことは,児童の道徳的価値の内面的

自覚を深めるとともに,道徳的なものの見方,考え方,感じ方を豊かにし

ながら,よりよい生き方をつくり出すことへつながった。

平成 25 年度

研究紀要

(第913号)

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目 次

第Ⅰ章 研究の基本的な考え方

1 主題について ····················································· 道‐ 1

(1)主題設定の理由 ··············································· 道‐ 1

(2)主題及び副主題の意味 ········································· 道‐ 2

2 研究の目標························································ 道‐ 3

3 研究の仮説························································ 道‐ 3

4 研究の構想························································ 道‐ 3

(1)道徳的価値の分析 ············································· 道‐ 3

(2)資料の選定と分析 ············································· 道‐ 4

(3)学習過程の構築 ··············································· 道‐ 4

(4)手だての工夫 ················································· 道‐ 4

5 研究構想図························································ 道‐ 5

第Ⅱ章 研究の実際

1 実践例① ·························································· 道‐ 6

(1)授業(A小学校 第1学年)の基本構想 ························· 道‐ 6

(2)本時授業の実際 ··············································· 道‐ 8

(3)分析と考察 ··················································· 道‐11

2 実践例② ·························································· 道‐13

(1)授業(B小学校 第3学年)の基本構想 ························· 道‐13

(2)本時授業の実際 ··············································· 道‐15

(3)分析と考察 ··················································· 道‐18

3 実践例③ ·························································· 道‐20

(1)授業(C小学校 第6学年)の基本構想 ························· 道‐20

(2)本時授業の実際 ··············································· 道‐22

(3)分析と考察 ··················································· 道‐26

第Ⅲ章 研究の成果と課題

1 研究の成果························································ 道‐28

2 研究の課題························································ 道‐29

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道‐1

第Ⅰ章 研究の基本的な考え方

1 主題について

(1)主題設定の理由

ア 道徳教育の特質から

道徳教育は,人間が本来持っている,人間としてのよりよく生きたいという願いやよりよい生

き方を求め実践する人間の育成を目指し,その基盤となる道徳性を養うことをねらいとしている。

「道徳性」とは,『小学校学習指導要領解説道徳編』によると,“人間としての本来的な在り方

やよりよい生き方を目指してなされる道徳的行為を可能にする人格的特性であり,人格の基盤を

なすものである。それはまた,人間らしいよさであり,道徳的諸価値が一人一人の内面において

統合されたものといえる。”とある。そこで,道徳教育では,教育活動全体を通して,道徳的心

情,判断力,実践意欲や態度などの道徳性を養うことを意識し,道徳的行為を可能にする内面的

資質を高めていかなければならない。

そして,道徳の時間においては,学校の教育活動で行われる道徳教育を補充,深化,統合し,

道徳的価値の自覚及び自己の生き方についての考えを深め,道徳的実践力を育成することをねら

いとしている。なかでも,人格の基盤を形成する小学校の段階においては,児童が道徳的価値の

自覚を深め,自己の中に形成された道徳的価値を基盤として,自己の生き方についての考えを深

めていくことができるようにすることが大切である。

そこで,本研究室では,道徳的価値の内面的自覚を深める道徳の時間の指導を,自己の生き方

に結び付けて考える活動を通して究明することを考えた。このことは,児童が道徳的価値を理解

するだけでなく,自己の問題としてとらえ,自己の生活をしっかりとみつめることにつながる。

また,発達段階に応じて,自己の生き方を考え,見直すことができ,このことが豊かな人生を切

り拓いていく素地となっていくものと考える。

イ 児童の実態から

中央教育審議会答申「第2期教育振興基本計画について」(平成25年4月)では,現代を生

きる児童について,東日本大震災時の積極的な支援活動に代表されるように,ボランティア活動

に対する意識の向上等の優れた面が見られると指摘している。しかし,生命を尊重する心や自尊

感情が乏しく,基本的な生活習慣の確立が不十分,規範意識の低下,人間関係を築く力や社会性

が不十分,社会参画に関する意識の低下と児童の課題を挙げている。

このことは,行き過ぎた個人主義の風潮や社会全体のつながりの薄れ,異なる文化や価値観等

をもった人々との交流や各種体験の減少,家庭環境等の変化,学校段階が上がるにつれて読書離

れの進行していること,携帯電話とインターネットの急速な普及が,児童の心身の発達に影響を

与えているからである。

その一方で,福岡市では「新しいふくおかの教育計画」において,豊かな心の育成が掲げられ,

道徳教育の一層の充実を図ることが,取組の方向として示されている。また,福岡スタンダード

「あいさつ・掃除・自学・立志」は最終的に他者とのつながり,社会的関係への気付き,自分や

他の人を大切にする心の高揚を期待している。道徳教育の果たす役割が重視されていると言える。

そこで,本研究室においては,児童が自己の経験や心情をふり返り,自己の生き方を見つめ,

考え,道徳的価値の内面的自覚を深めることができるようになる学習の創造に取り組むべく,本

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道‐2

主題を設定した。このことは,児童の豊かな情操や規範意識,自他の生命の尊重,自尊感情,他

者への思いやり,人間関係を築く力,社会性,公共の精神,主体的に判断し,適切に行動する力

などを育むことに加えて,答申に“子どもたちに,他者,社会,自然・環境との関わりの中で,

これらと共に生きる自分への自信をもたせる必要がある。”とあるように,自己の生き方につい

ての考え方を深める道徳教育の充実という目標を実現する上からも意義深い。

ウ 道徳教育の現状から

学習指導要領における道徳の時間の目標に関しては,“道徳的価値の自覚を深め”としていた

ところに,“自己の生き方についての考え”を加え,“道徳的価値の自覚及び自己の生き方につ

いての考えを深め”としている。これは,道徳の時間の特質である,道徳的価値の自覚を一層促

し,そのことを基盤としながら,自己の生き方に結び付けて考えてほしいとの趣旨を重視したも

のである。このことによって,道徳の時間が,人間としての生き方や在り方の礎となる道徳的価

値に学び,それを自己の生き方に結びつけながら自覚を深め,道徳的実践力を育成するものであ

ることを,より明確にした。

しかし,道徳の時間の指導については,指導の形式化が教師主導の授業につながり,児童にと

って問題意識をもてない受け身の学習になることで,実効性があがっていない,という指摘が職

員間でなされている。また,形式化により,自己の生き方と結び付かずに学習が展開されること

で,児童にとって実感のない,遠い世界のお話を聞くような空虚な時間となっている,という指

摘もある。

そこで,本研究室では,児童が問題意識をもって,自分をみつめ,学び合い,感得した道徳的

価値のもと,自己の生き方を見いだしていく学習を仕組むことが大切だと考える。そして,自己

の生き方に結び付けて考える活動を通して,道徳的価値の内面的自覚を深め,よりよい生き方を

目指すことをねらうものである。ここに本主題の意義があると考える。

(2)主題及び副主題の意味

ア 「道徳的価値」とは

道徳的価値とは,勇気,思いやり,友情,勤労,家族愛など,人が人としてよりよく生きてい

くための心の中にもつ目標である。

イ 「道徳的価値の内面的自覚を深める」とは

道徳的価値の内面的自覚を深めるとは, 日常に経験している道徳的価値について,改めて自分

の経験と照らし合わせて考えたり,考えを他者と交流したりし,「自分にとって大切だ。」「と

てもよいものだ。」と思い,これまでの自分のよさや不十分さに気付き,これからの自己の生き

方について考えることである。そのために,私たちが大事にしたい要因は,自己の経験をもとに,

問題意識を喚起し,他者との交流によって自己の考えを深化させ,自己のよさや不十分さを自覚

し,よりよい生き方を志向することだと考える。

具体的には,次の一連の三つの姿でとらえることができる。

・ ねらいとする道徳的価値に対する,これまでの自己の意識と実際の行動の不一致に気付き,

問題意識や興味関心をもつ姿。

・ 資料を共感的に理解し,ねらいとする道徳的価値についての自己の考えを持ち,交流活動

を通して,他者の考えにふれ,付加,修正,強化された自分の考えがわかる姿。

・ 交流活動によって深められた,道徳的価値に対する自分の考えについて,再度心に留め,よ

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道‐3

りよい自分に向けての意欲をもつ姿。

上の三つの姿を実現するために,以下のような副主題を設定した。

ウ 「自己の生き方に結び付けて考える活動」とは

自己の生き方に結び付けて考える活動とは,道徳的価値の内面的自覚を深める過程において,

道徳的問題場面に対して,自己の経験と照らし合わせることで資料中の人物の心情をとらえ,自

己の道徳的価値を深め,よりよい生き方を見出していく活動である。

具体的には,以下の連続発展的な四つの活動を重視した学習指導を展開する。

① 自己の生き方をふり返る活動

自己の生き方をふり返る活動とは,児童が「自分は気付いていたかな。できていたかな。」

と自分の生活経験とその心情をふり返り,自己の生き方と結びつけながら,ねらいとする道

徳的価値について興味関心を持つ活動である。

② 自己の生き方と重ねる・比べる活動

自己の生き方と重ねる・比べる活動には,二つの活動がある。

一つは,児童が,資料中の人物が直面した迷いや葛藤の場面,望ましい行為に至る場面と

いう二つの道徳的問題場面において,どのような心情であったのか,その心情に関係する道

徳的価値は何であるのか,自己の経験や道徳的なものの見方,考え方,感じ方と比べながら

考えをつくる活動である。

もう一つは,児童が,他者との交流活動で,自分の考えと他者の多様な考えを比べること

によって自己の道徳的価値に対する考えを深めていく活動である。

③ 自己の生き方をみつめる活動

自己の生き方をみつめる活動とは,高められた自己の道徳的価値に対する考えと自己を照

らし合わせて,自分の考えのよさや不十分さを自覚していく活動である。

④ 自己の生き方をまとめる活動

自己の生き方をまとめる活動とは,これからの自己の在り方や生き方について「こうした

い。」「こうありたい。」という気持ちをもつ,自己の生き方をまとめる活動である。

2 研究の目標

道徳的価値の内面的自覚を深める学習を展開するために,自己の生き方に結び付けて考える活動を

学習過程に位置付けた指導法を明らかにする。

3 研究の仮説

道徳の時間において,自己の生き方に結び付けて考える活動を,学習過程に位置付けて展開してい

けば,道徳的価値の内面的自覚を深める学習を展開できるであろう。

4 研究の構想

本研究室では,自己の生き方に結び付けて考える活動を通して,道徳的価値の内面的自覚を深める

道徳の時間の指導を展開するために,次のような手だての工夫を図る。

(1) ねらい設定の手順

学習指導要領にある内容項目を分析し,児童の実態や発達特性と資料内容に即したねらいとする

道徳的価値を焦点化する。内容項目の分析を通して,児童が自己の生き方と結び付けて考えを深め

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道‐4

ることができる資料選定と再構成につなげる。

(2) 資料の選定と分析

ア 次のような視点で資料選定を行う。

・ 児童の生活に立脚した資料

・ 内容項目に基づいたねらい,望ましい行為の場面が明確に表れている資料

・ 望ましい行為とその根拠が多様に考えられる資料

イ 資料の共感的活用を中心に,資料を次のように活用する。

(3) 学習指導過程の構築

自己の生き方と結びつけて考える活動を通して,道徳的価値の内面的自覚を深めるために,下記

のような学習過程の構築を図る。

段階 活動と内容

であう

○ ねらいとする道徳的価値や資料への方向付け

〈自己の生き方をふり返る活動〉

・ 自己の生き方をふり返り,自分の道徳的価値に対する考えに気付く。

みつめ直す

○ 道徳的価値の追求・把握

〈自己の生き方と重ねる・比べる活動〉

・ 資料を通して,自分の考えをつくる。

・ 話し合いをし,自分と異なる考えや感じ方をする他者の存在に気付く。

○ 道徳的価値の主体的自覚

〈自己の生き方をみつめる活動〉

・ 考えのふり返りや経験のふり返りをし,自分のよさや不十分さを自覚する。

あたためる

○ 道徳的実践意欲の喚起

〈自己の生き方をまとめる活動〉

・ 未来の自分の生き方を見通し,まとめをする。

(4) 手だての工夫

ア 提示物の工夫

・ ねらいとする道徳的価値に気付くための意識や行動の調査表の活用

・ 自分の生き方の振り返りの場面が鮮明になる生活や学習の場面図の提示

イ 交流活動の工夫

・ 多様な他者の考えに触れるための場の工夫。

・ 児童の発言内容の整理と視覚的な把握ができる板書の工夫

ウ 表現活動の工夫

・ 発達段階に応じた,資料中の人物に実感を伴って共感するための動作化,表情図,道徳ノ

ートといった表現活動の工夫

・ 資料中の中心人物の心情と自己の経験を重ねたり,比べたりすることで,道徳的価値の感

得ができる道徳ノートの形式の工夫

・ 多様な体験を想起し,自分のもつよさや不十分さをふり返るための道徳ノートの書かせ方

の工夫

主人公の弱さが表れて

いる場面の心情の追求

望ましい行為(望ましくない行為)を

支えている心情の追求

望ましい行為(望ましくない行為)

の後の快さ(不快さ)の追求

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道‐5

5 研究構想図

あたためる

みつめ直す

道徳的価値の内面的自覚の深まった児童

現在の児童

資料選定と資料分析

交流活動の工夫

提示物の工夫

表現活動の工夫

よりよい生き方

自己の生き方をみつめる活動

自己の生き方を重ねる・比べる活動

道徳的価値に対する考えが高まった姿

自己の生き方をふり返る活動

問題意識・興味関心をもつ姿

自己の生き方をまとめる活動

よりよい自分に向けての意欲をもつ姿

自己の経験

自己の経験 問題意識の喚起

自己の考えの深化

よりよい生き方への志向

自己の

よさや不十分さの自覚

他者の考え

とらえた道徳的価値

で あ う

道徳的問題場面

これからの自己

自己の経験 自己の考え

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第Ⅱ章 研究の実際

1 実践例①

(1) 授業(A小学校 第1学年)の基本構想

ア 主題

「友だちを思う心」2-(3)【信頼友情】友だちと仲よくし,助け合う。

イ 資料

「二わのことり」(光文書院)

ウ 本時指導の立場

本主題の資料「二わのことり」は,中心人物であるミソサザイが,ヤマガラの誕生日に家に招

かれる話である。ミソサザイは,ヤマガラに誕生日の招待状を貰うが,ウグイスの家で歌のけい

こがあることやヤマガラの家が暗い林の奥にあることなどから,ヤマガラの誕生日に行かず,ウ

グイスの家に行くことにする。しかし,歌のけいこをしながらもヤマガラのことが気になり,迷

った末にヤマガラの家に行き,ヤマガラに喜んでもらってうれしい気持ちになるといった筋であ

る。ここでは,ウグイスの家で歌のけいこをしながらも,ヤマガラのことを考えていたミソサザ

イの心情を中心に考えることによって,友だちの気持ちを思いやることの快さを感じさせること

で,その大切さをとらえることができると考える。

本学級の子どもたちは,困っている子を見ると「どうしたの?」と近づいて,積極的に手助け

を行おうとする姿がよくみられる。人に優しくありたいという願望も強く,また,そうすること

はよいことなのだと思っている。反対に,「人に優しくしてほしい。」や「慰めてほしい。」な

どの気持ちを強く持っている。しかし,優しくありたいと思っていても,それを実行に移せない

児童もいる。また,まだ自己中心的な考えをすることが多く,相手の考えを想像して行動するこ

とは難しい児童もいる。このことは,相手に喜んでもらうことや,励ましあうことのすがすがし

さをまだ十分に感じていないからだと考える。

そこで,本時学習においては,友達との関わりの中で,友達の置かれている状況や気持ちを考

えて,友達も自分自身もともに気持ちよく過ごしていこうとする心情を育てることが必要である。

そのために,まず,児童が,「自分は友達が喜ぶことをできていただろうか。」と自分の生活

経験とその心情を振りかえり,信頼友情について興味関心を持つ活動(自己の生き方をふり返る

活動)を行う。次に、どうしようかと迷った末にヤマガラの家に行った道徳的葛藤場面において,

ミソサザイがどのような心情であったのか,生活経験や道徳的なものの見方,考え方,感じ方と

重ねながら考えをつくり,その考えを友達と交流することによって道徳的価値に対する考えを高

めていく活動(自己の生き方と重ねる活動)を行う。そして、ヤマガラの思いや状況を思いやり,

ヤマガラの家へ行くという行為がヤマガラを喜ばせ,このことが自分自身の喜びにもなっていく

という,高められた自己の道徳的価値に対する考えと過去の自己の経験とその心情を照らし合わ

せることで,現在の自己のよさを自覚し,人間としての在り方や生き方をみつめる活動(自己の

生き方をみつめる活動)を行う。最後に,これからの友達に対する自己の在り方や生き方につい

て「こうしていきたい。」という気持ちをもつ活動(自己の生き方をまとめる活動)を大切にし

ていく。

本時指導では,特に下記の授業仮説①②③④をもとに,構想(1)(2)(4)をふまえ,(3)「自己の

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道‐7

生き方と結び付けて考える活動」の有効性を実証したものである。

エ 授業仮説

① 友だちに何かをして喜んでもらった経験を想起し,自分も友だちも笑顔になりたいという

めあてを把握する活動(自己の生き方をふり返る活動)

・「~をしてくれて嬉しかったよ。ありがとう。」のような友だちからもらった心のカード

から,友だちへの自己の行為やその心情を思い起こし,過去の自己の生き方と結びつけ

て考えさせるようにしたことは,本時のねらいに対して興味関心を持たせることに有効で

あったか。

② 自己の経験や想いと重ねながら,資料を理解し,自己の考えをつくり,交流する活動(自己

の生き方と重ねる活動)

・児童と対話しながら視覚的な板書を用いて資料提示を行ったことは,児童が自己の経験や思

いと重ねながら資料を理解するために有効であったか。

・交流活動で,自分にはなかった考えや納得できる考えを道徳ノートに書き込ませたことは,

価値に対する考えを深めるために有効であったか。

・表情の変化に注目して,友だちも自分も笑顔になるにはどんな気持ちがたいせつか考えさせ

たことは,道徳的価値を理解させるために有効であったか。

③ 学習内容を基にして,自己の経験をふり返り,自己のよさを自覚する活動(自己の生き

方をみつめる活動)

・心のカードを机において,これまでの自分の経験と道徳ノートに書いたまとめを重ねあわせ

たことは,自己のよさを自覚して,これからの自己について考えをつくり上げさせるために

有効であったか。

④ 心のノート「友だちといっしょ」を読み,これからも友だちと仲よくしていきたいという思

いを強める活動(自己の生き方をまとめる活動)

・4月の写真と現在の写真を見比べ,表情の違いに気づかせ,友だちと仲よく生活してきた

ことが現在の写真のような笑顔につながったことを気づかせたことは,これからも友だ

ちと仲よくしようという思いを強くするために有効であったか。

オ 本時の目標

友だちが悲しい思いをしているときは,友だちの気持ちやおかれている状況を思いやり,友だち

の為に行動し,自他共に気持ちよく過ごしていこうとする心情を育てる。

カ 展開

階 学習活動 手だての工夫

であう

1 友だちに何かをして喜んでもらった経験を想起し,本時学習のめあてをつか

む。(自己の生き方をふり返る活動)

○こころのカード

によるふり返り

2 資料「二わのことり」を読み,価値を追求する。(自己の生き方と重ねる活動)

(1) 経験や想いと重ねながら資料を理解する。

(2) 自己の想いを根拠にしながら,ウグイスの家に行ったミソサ

ザイの気持ちを考える。

○児童が経験や想

いと重ねながら

資料を理解でき

るよう,板書を用

いた対話しなが

らの資料提示。

めあて じぶんもともだちも えがおになるには,どんなきもちがたいせつか かんがえよう。

・お花がきれいで,お菓子もあるから。(欲)

・友だちがたくさんいて楽しそうだから。(欲)

・友だちもみんなウグイスさんの家に行ったから。(同調)

・ヤマガラさんの家は,遠くて暗くて寂しい所にあるから。(忌諱)

・歌を教えてもらう約束をしているから。(約束)

ミソサザイ

迷う顔

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道‐8

(2) 本時指導の実際

<であう段階> ここでは,友だちに何かをして喜んでもらった経験を想起し,自分も友だち

も笑顔になりたいというめあてを把握する活動(自己の生き方をふり返る活動)が中心である。

まず,事前に,友だちからしてもらって嬉しかったこととその時の友だちの表情図を書いた「心

のカード」を,行為をした児童に手紙の形で渡しておいたものを読ませ,自分がどんなことをし

て友達が喜んでくれたのか発表させ,発表者と同じことを友達にした児童に挙手をさせた。自分

がしたことで友だちが喜んでくれたということ,その時の友だちは笑顔であったということに気

付かせ,更にもっと「自分も友だちも笑顔になるにはどんな気持ちが大切か考えよう。」という

めあてをつかませた。

<みつめ直す段階> ここでは,下記の二つの活動が中心である。

・自己の経験や想いと重ねながら,資料を理解し,自己の考えをつくり,交流する活動(自己

の生き方と重ねる活動)

・学習内容を基にして,自己の経験をふり返り,自己のよさを自覚する活動(自己の生き方を

みつめる活動)

まず,資料提示をしながら児童と対話をし,心情を追及する二つの場面の中心人物の置かれ

(3) ウグイスの家を抜け出して,ヤマガラの家に行ったミソサザイの気持ちを

考え,全体交流で考えを深め,道徳的価値を理解する。

(4) とてもとても喜んだヤマガラを見たミソサザイの気持ちを考え,友だちの

気持ちを考えて行動したときの快さを追及し,道徳的価値をまとめる。

3 自己のよさを自覚し,自己をみつめる。(自己の生き方をみつめる活動)

○挿絵の表情から

の登場人物の心

情のよみとり

○過去の自己の生

き方を思い起こ

すような問い返

○友達の考えを書

き加えて考えを

深める道徳ノー

○表情による心情

の変化に気づか

せる道徳ノート

と板書

○過去の自己を思

い起こすための

記録

4 写真を見て,心のノートを読み,本時学習をまとめる。(自己の生き方をまとめ

る活動)

(1) 4月の写真と現在の写真を見比べ,表情の違いに気付く。

(2) 4月から今までにあった出来事を心のノート「友だちといっしょ」で思い

出す。

(3) 10月以降にあることを紹介し,友だちと仲よく過ごしたいという思いを

高める。

○視覚的に変化が

みられる写真

○賞賛

○心のノート

友だちの気持ちを考えると,友だちも自分も笑顔になる。

(価値理解)

・一人で誕生日は寂しいだろうな。(思いやり)

・悲しい顔をしているだろうな。(思いやり)

・呼んでくれたのに,行かなくて悪かったな。(約束・

謝罪)

・きっと来ると思って待っているだろう。(信頼)

・行ったらきっと喜んでくれる。(喜ばせたい)

深まり

・待たせてしまった。遅れてごめんね。(謝罪)

・やっぱりきてよかった。ほっとした。(安心)

・こんなに喜んでくれて嬉しい。(喜び)

ミソサザイ

悩む顔

ヤマガラ

悲しそうな顔

(想像)

ヤマガラ

嬉しそうな顔

ミソサザイ

嬉しそうな顔

・遊びに誘ったら,喜んでくれて,一緒に遊んで楽しかった。

また誘おうと思う。

・落し物を届けてあげたら,喜んでくれた。また喜んでもらえ

ることをしたい。

(例文)

( )に( )をしたら,喜んでくれた。

これからは,( )したい。

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道‐9

ている状況と心情に重なる児童の経験やその時の気持ちを掘り起こした。その上で,どちらに

行くか迷った末,ウグイスの家に行ったミソサザイの心情を追求し,全体交流した(自己の生

き方と重ねる活動)。児童の

発言に対して,ミソサザイの状況やその心情と

重なる自己の経験も一緒に発表できるよう問い

返しを行った。これによって,児童に自己の生

活経験やその時の心情と重ねながら考えさせ,

自己の考えをつくらせた(自己の生き方と重ね

る活動)。資料提示中に「この前,友達の家に

行ったとき,暗くて怖かった。」とつぶやいて

いたA児は,暗いヤマガラの家ではなくウグイ

スの家に行ったときのミソサザイの気持ちを尋

ねる発問で,「明るいから,ウグイスの家に行

く」と発言した。また,塾などの習い事が多い

B児は,資料提示中に「塾とか買い物があるか

も」とつぶやき,詳しく尋ねると「学研(習い

事)のとき,みきちゃんが誘ってきたけれど,

断った。」と説明した。C児は,ミソサザイの

ようにどちらに行こうか悩んだ末に片方に行っ

た経験があるか尋ねたところ,「お友達と遊ぶ

約束をしていたけれど,お母さんにお出かけす

るよと言われて,お出かけしたかったから遊ば

ないでお出かけをした。」と発言した。自分の

経験と重ねながら中心人物の気持ちを考えるこ

とができた。具体的な活動の様子は,左の通り

である(TC-1)。

次に, ウグイスの家を抜け出して,ヤマガラ

の家に行ったミソサザイの気持ちを考え,道徳

ノートに書き,全体交流で考えを深めた。道徳ノ

ートに書いた考えを意図的指名で代表児に発表

させ,さまざまな価値を含む内容に広がるよう

した(TC-2)。道徳ノートの内容で,意図的

指名で,発言したことについて,根拠となる経

験や気持ちを問い返した。B児の「おいわいに

いこう。おいわいしたらきっとよろこんでくれ

るよね。」という発言に関してどうしてそう思

うのか尋ねたところ,「招待状をもらったし,誕

生日だから。」だと答えた。そういった経験を

したことがあるかたずねると,「誕生日会に行ったら喜んでくれた。私も嬉しかった。」と答

えた。これまでの経験とそのときの気持ちを根拠に発言していることがわかった。

TC表-1「ウグイスの家に行った心情」

T:ウグイスさんの家に行った時,どんな気

持ちだったのでしょう。

C:おはながきれいだから。

C:おかしがあるから。

C:たのしそう。

C:明るいから

C:歌の練習があるから。

C:ともだちがいるから。

T:こんな気持ちでウグイスさんの家に行こ

うときめたのですね。こんなふうに,こ

っちに行きたいなと迷った経験はありま

すか。

C:お友達と遊ぶ約束をしていたけれど,お

母さんにお出かけするよと言われて,お

出かけしたかったから遊ばないでお出か

けをした。

T:みんなもこんな経験をしているのですね。

こんな,うれしいな,楽しいなと思って

いるのは誰ですか。

C:じぶん。

T:そうですね。自分がたのしいと思える方

に行ったのですね。

TC表-2「ヤマガラの家に行く心情」

T:ミソサザイさんの家に行こうと思った時,

どんな気持ちだったのでしょう。

C:ヤマガラさん,泣いているだろうな。招

待状が来たから行こう。

C:ヤマガラさん,待っててね。お祝いした

いから行こう。お祝いしたらきっと喜ん

でくれるよね。

C:ヤマガラさんのお家に行きたい。

T:先生からも紹介したい気持ちがあるので,

発表してくれるかな。自分で発表するの

が難しかったら,先生が読んでもいいで

すか。「ヤマガラさん,どんな気持ちか

な。約束したから,まもらなきゃいけな

い。」だそうです。約束とは何のことで

しょう。

C:誕生日会に行かなきゃいけない。

T:招待状をもらったからですね。あと一人。

「お祝いに行ったら,ヤマガラさん笑っ

てくれるかな。」こんな気持ちでヤマガ

ラさんの家に行こうときめたのですね。

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道‐10

そして,全体交流後,友達の発言の中から納得のいく考えを道徳ノートに赤鉛筆で書き込ませた。

30人中23人が赤鉛筆での書き込みをしていた。書き込んだ記述内容を整理すると,資料-1 の

ようになり,「相手を喜ばせたい。

(友情)」や「招待状をもらったのだ

から,行かなければ。待っているはず

だ。(信頼)」といった,本時のねらい

とする価値である信頼友情についての

付加が多いことが分かった。付加する

前の記述内容を含めると,30人中2

7人がねらいとする価値についての記

述をしていた。児童が発表した内容を

板書にまとめた後,追及した二つの場

面のミソサザイの表情とそのときの気持ちの変化に注目させ,困っているような表情から笑顔に

変化したことの理由を考えた。どちらに行くか迷った末,ウグイスの家に行ったミソサザイの

気持ちは,自分中心であったことに対し,ウグイスの家を抜け出して,ヤマガラの家に行ったミ

ソサザイの気持ちは,ヤマガラのことが中心であったことを気づかせ,自分も友達も笑顔になるに

は,「友達の気持ちがたいせつ」であることをまとめた。

まとめた後,これまでの自分は,友達の気持ちをたいせつに行動できていたかどうかを振り返

った(自己の生き方をみつめる活動)。児童が,学習内容のまとめを基にして,経験を振り返

り,自己のよさを自覚できるよう,書き方のモデルを提示した(資料-2)。心のカードの内容を

まとめと重ねて振り返ったり,日頃の生活をまとめと重ねて振り返ったりした。D児は,心のカー

ドに「手伝ってくれてありがとう。」と書いてあり,道徳ノートにはそのことを「友達が,お手伝

いをしたら,よろこんでくれました。これからはみんなにしたいです。」と書いていた。また,

授業中手元に持っていた心のカードではない,以前に書いてもらった別の心のカードの内容を記

述している児童もいた。自分の経験を思い出しながら,ふり返ることができた(資料-2)(資料-3)。

資料-1 書き加えた内容

書き加えた内容 のべ人数(人)

泣いているかもしれない。 12

ごめんね。 6

招待状をくれたから行こう。約束だ。 14

待っているはずだ。 9

お祝いしたい。 10

よろこんでくれる。 6

資料-2 板書

資料-3 心のカード

資料-4 道徳ノート

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道‐11

<まとめる段階> ここでは,これからも友だちと仲よくしていきたいという思いを強める活

動(自己の生き方をまとめる活動)が中心である。

友だちと仲よくなったことに気付かせるため,まず,4月の入学直後の写真と10月に撮った

写真を提示した。硬い表情から楽しさがあふれるような笑顔に変化したことに気付かせ,何が表

情を変えたのかを考えさせるため,心のノート「友だちといっしょ」を読ませた。心のノートに

は,給食の時間や休み時間,発表会など友だちと一緒に過ごした具体的な場面が載っていた。こ

れを読むことで,「休み時間に一緒に遊んだ。」「給食の準備のお手伝いをしてくれて嬉しかっ

た。」など,生活経験を想起し,友だちと共に過ごす中で少しずつ仲よくなったことを改めて認

識することができた。また,学校生活の様子を見ていると,友だちの気持ちを思いやっているこ

とが多くあると先生は思っているということを言葉で伝えた。教師がクラスの児童を賞賛し,お

互いに笑顔になっていることを伝えることで本時学習をまとめたことは,これからも仲よく過ご

していきたいという思いを高めることにつながった。授業後のアンケートでは,全員が「もっと

友達と仲良くなりたい。」と答え,そのために大切なことはという問いには「けんかしない。」

「仲良くする。」「やさしくする。」「よろこぶことをする。」と書いていた。帰りの会の友達

への感謝を伝える「ありがとう」のコーナーでは,ほとんどが特定の相手に対する「一緒に遊ん

でくれてありがとう。」だった授業前に比べ,授業後は,「心配してくれてありがとう。」「落

とし物を届けてくれてありがとう。」「書き方を教えてくれてありがとう。」など内容が広がり,

さまざまな相手に対して発表するようになった。

(3) 分析と考察

ア 授業仮説①

自己の生き方を振りかえる活動に関して

全ての児童が,友達に何かをして喜んでもらった経験を心のカードを見ることで想起するこ

とができた。そして,その時,相手が笑顔になってくれたことを心のカードの表情図で確認し,

受け取った自分自身も笑顔になっていることに気付くことができた。

これは,自分が友達にして喜んでもらったことが書かれた「~をしてくれて嬉しかったよ。

ありがとう。」のような手紙と,その時の友達の表情図を一緒にしたものである「心のカード」

を受け取ったことが,友達への自己の行為やその心情を思い起こし,過去の自己の生き方

と結びつけて考えることにつながったと考える。

このことから,自分がこれまで友達にして喜んでもらった経験を書いた「心のカード」を活

用したことが有効であったと考える。

イ 授業仮説②

自己の生き方を重ねる活動に関して

TC表-1,2 のように,心のカードに書かれていることや資料提示中に思い出した自己のこ

れまでの経験やその心情と,発表した中心人物の心情に重なりがあることが分かる。

これは,心のカードや資料提示中の対話によって児童の経験やその心情をほり起こし,全体

交流での発表で気持ちの根拠となる経験を問い返したことが,自己の経験や想いと重ねながら,

資料を理解し,自己の考えをつくることにつながったと考える。

このことから,自己の経験や想いと重ねながら,資料を理解し,自己の考えをつくるために,

「心のカード」や経験を掘り下げる資料提示中の対話や問い返しが有効であったと考える。

ウ 授業仮説③

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道‐12

自己の生き方をみつめる活動に関して

資料-3 のように,これまでの自分が友達に対して行って喜んでもらった経験を想起し,

これまでの自己の行為のよさを自覚して,これからは特に親しい友達だけでなくクラスの

みんなにもしていきたいと,更に高めたい思いを持つことができた。

これは,児童の発達段階に合わせ,書き方のモデルを提示した上で道徳ノートに書かせたこ

と,ふり返る経験を行為に絞ったことが,児童がよりよい生き方についての考えを書く際,考

えたことをスムーズに書き進めることにつながったためだと考える。また,数か月継続して心

のカードを書きため,日常生活の中で友達への優しさや思いやりを感謝されたり,自分が友達

に感謝したりすることを意識付けてきたためだと考える。

このことから,書き方のモデルを提示した上で道徳ノートに書かせたこと,ふり返る経験を

行為に絞ったこと,友達への行動を継続して意識させてきたことは,これまでの自己の行為の

よさを自覚し,これからも自己を更に高めたいという思いを持たせるために有効であったと考

える。

エ 授業仮説④

自己の生き方をまとめる活動に関して

指導の実際で記述した通り,入学した4月から10月までの間に,友達と一緒に過ごしたさ

まざまな経験を通して少しずつ仲良くなってきたことに気付くことができた。授業後のアンケ

ートでは,全員が「もっと仲良くなりたい」と答えていた。また,帰りの会の「ありがとう」

のコーナーでも,特定の相手から様々な相手へ,様々な内容へと広がった。

これは,4月の写真と10月の写真を見比べ,表情の違いに気づかせ,友だちと仲よく生

活してきたことが現在の写真のような笑顔につながったことを気づかせたことが,これか

らも友だちと仲よくしようという思いを強くすることにつながったと考える。

このことから,仲良くなったことで笑顔が増えたことに気付かせたことは,友達と更に

仲良くなりたいという思いを強くするために有効であったと考える。

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道‐13

2 実践例②

(1) 授業(B小学校 第3学年)の基本構想

ア 主題名

「やりぬく心」1-(2)「自分でやろうと決めたことは,粘り強くやり遂げる。」

イ 資料

「がんばれ友ちゃん」(大阪書籍)

ウ 本時指導の立場

本主題の資料「がんばれ友ちゃん」は,登場人物であるわたしが,苦手なさかあがりを克服す

ることを目標にして努力し続ける話である。わたしは,さかあがりができるようになりたいと思

い毎日練習をするが,あと少しのところでできず,もう練習をやめたいなと思う。しかし,練習

を続け,さかあがりができるようになり,喜ぶという筋である。ここでは,一度は練習をやめた

いと思ったにもかかわらず,練習を続けさせた気持ちを中心に考えることによって,今よりいい

自分につながることに気付き,最後までやり遂げる大切さをとらえさせることができると考える。

本学級の児童は,自分で決めた目標に向かって努力し続ける大切さは知っている。しかし,途

中で困難なことに出会い,大変だと感じると最初に持った意欲が低下し,最後まで活動を続ける

ことができないこともある。これは,一つは,自分で決めた目標でも努力し続けるうちに失敗し

たりすると,あきらめてしまい,最後までやり遂げる大切さを実感できていないことが考えられ

る。もう一つは,努力し続けることは,今よりいい自分につながることに気付くことができてい

ないためだと考える。

そこで,本時学習においては,困難に出会っても,自分で決めた目標にむかって,努力し続け

ることは,今よりいい自分につながることに気付き,最後までやり遂げようとする心情を育てて

いきたいと考える。

そのためにまず,自己の生き方をふり返る活動を通して,努力し続ける大切さと実際の行動の

不一致に気付き,児童に問題意識をもたせる。そして,自己の生き方と重ねる・比べる活動を通

して,友ちゃんの練習をやめたい気持ちと続けたい気持ちをとらえさせ,自己の考えを交流させ

る。さらに,自己の生き方をみつめる活動を通して,学習して感得した内容をもとによりよい生

き方を考えさせる。最後に教師の説話を聞き,自己の生き方をまとめる活動を通して,努力し続

けることで今よりいい自分になりたい,最後までやり遂げたいという意欲をもたせたい。

本指導では,特に以下の授業仮説①②③④をもとに構想(2)(4)を踏まえ,(3)「自己の生き

方に結びつけて考える活動」の有効性を実証したものである。

エ 授業仮説

① 自己の生き方をふり返る活動

・「見つめる」カードを参考に努力し続けていることを想起し,意識と実際の行動の不一致か

ら問題意識をもたせたことは,本時のめあてにつなげていくために有効であったか。

② 自己の生き方と重ねる・比べる活動

・自己の経験を想起しながら友ちゃんの練習をやめたい,続けたい気持ちを考えさせたことは,

友ちゃんの気持ちをとらえさせることに有効であったか。

・自己の経験を想起しながら,二人組の対話や自分の考えを付加・強化させた交流活動は,努

力し続けることの大切さをとらえていくことに有効であったか。

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道‐14

③ 自己の生き方をみつめる活動

・「見つめる」カードを参考に「のりこえたい自分」「大切にしたい自分」「これからの自分」

という観点から自己のこれからの生き方を考えさせたことは,努力し続ける大切さをとらえ,

自己のよりよい生き方を考えさせるために有効であったか。

④ 自己の生き方をまとめる活動

・教師の説話を聞いたことは,努力し続けることで今よりいい自分につながることに気づき,

最後までやり遂げようという意欲をもつことに有効であったか。

オ 本時の目標

困難にであっても,あきらめず,自分でやろうと決めた目標に向けて努力し続けることは,今

よりいい自分につながることに気付き,最後までやり遂げようとする心情を育てる。

カ 展開

学習活動 手だての工夫

1.自分の中のがんばり続けたい気持ちや,そうでない気持ちなどがあることに気づ

き,本時学習のめあてをつかむ。

めあて

自己の生き方をふり返る活動 ○続けていることを想起させるために「見つ

める」カードを使う。

○続けることは大切だという意識と実際の

行動の不一致に気付き,問題意識をもた

せ,めあてにつなげる。

2 資料「がんばれ友ちゃん」の前半部分を読み,友ちゃんの気持ちについて考える。

(1)さかあがりがうまくできず,やめたくなった時の友ちゃんの気持

ちを考えて話し合う。

鉄棒の練習を 鉄棒の練習を

やめたいな。だって・・・。

手がいたいよ。きついよ。

何日も練習しているのに。

(2)資料の後半部分を読み,つらくても練習を続けた友ちゃんの気持ち

を考えて話し合う。

つづけたいな。だって・・・。

先生や友だちが応援してくれる。(他者)

自分で決めたことだから。(自己決定)

できたら嬉しい。 (達成感)

あきらめずやりとげたい。(不撓不屈)

さかあがりができるようになりたい。

(よりよい自己)

(3)うれしさでいっぱいの友ちゃんの気持ちを考える。

あきらめなくてよかったな。さかあがりができて嬉しいな。

3 自分をふり返り,のりこえたい自分,大切にしたい自分,これ

からの自分について考える。

あきらめない自分になりたい。今よりいい自分になりたい。

自己の生き方を重ねる・比べる活動 (①考えを作る。)

○ 主人公のやめたい気持ちが大きくなっ

ていることを共感的に理解させるために,

シーソー図を使って考えさせる。

○ 主人公の気持ちを考えやすいように練

習場面を動作化した後,心のマイクで気持

ちを言わせる。

○ 主人公の気持ちを共感的に理解するた

めに役割演技をする。

○ 自分の経験と重ねて主人公の気持ちを

考えられるように,自分の経験をノートに

書かせたり,友だちの経験を聞いた後,同

じような経験がないか尋ね,挙手させる

(②交流する)

○ 自分と相手の考えを比べ,考えを広げる

ために共通点や相違点に気をつけて,2人

組で対話をする。

○ 二人の考えを交流しやすくするために,

対話の型と,心のマイクを使う。

○ 交流後の自分の考えの変化がよくわか

るように,自分の考えを○,付加・強化を

●に書き込ませる。

○ 経験を想起しやすいように対話を代表

児に発表させる。

○ どんな気持ちがあると続けることがで

きるのか考えさせるために板書をふり返

り,話し合い,発言を整理していく。

自己の生き方をみつめる活動

○ これからの自分の生き方を考えやすい

ように,「見つめる」カードや,道徳ノー

トに書いたことをもとにのりこえたい自

分,大切にしたい自分,これからの自分に

ついて考えさせる。

4 心のノートp18~19を見ながら,教師の話を聞き,努力し続けることで,今より

いい自分になろうという意欲をもつ。 ・続けることは大切なことだな。

・がんばって,今よりすばらしい自分になりたいな。

自己の生き方をまとめる活動

○ 努力し続けることは難しいが,あきらめ

ないでやり遂げ,今よりいい自分になりた

いという意欲をもたせることができるよ

うな話をする。

つづける時の心をみつめよう。

やめたいな。

つづけたいな。

つづけたいな。

やめたいな。

わたしもこの前,鉄棒の技が絶

対できるようになりたくてあき

らめないで続けたよ。

この前,漢字を何度書いても上手

に書けなくてやめたくなったよ。

① 鉄棒の練習場面を動作化す

る。

② やめたい気持ちをつぶやく。

③ 気持ちを道徳ノートに書き自

分の経験も想起する。

④ 教師が続ける立場,子どもが

やめる立場で役割演技をす

る。

⑤ 発表や挙手をする。

① 続けたい気持ちを道徳ノー

トに書き,自分の経験を想起

する。

② 二人組で対話し,続けたい気

持ちと自分の経験を交流す

る。

③ 付加・強化を書き込む。

④ 対話を代表児が発表する。

※ 続けてがんばるのは,

今よりいい自分になりたいから

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道‐15

(2) 本時の実際

<であう段階> ここでは,努力し続けていることを想起し,続ける大切さの意識と行動のズ

レに気付き,学習課題を把握する,自己をふり返る活動が中心である。

まず,「自分で決めて続けていること」についての事前調査の結果や,「見つめるカード」を

見たりして,「続けること」についての自己の姿を振りかえり,考えさせた。ある児童(A児)

は,「習い事のトレーニングを自分で決めて頑張っている人。」との発問に「見つめるカード」

に書かれている自分の目標「毎日素振り 10 回」を見て挙手していた。(資料-5)次に,「続ける

ことは大切だと思いますか。」という発問をし,挙手をさせると,31 人全員が挙手した。その後,

「続けることができている人。」という発問をし,挙手をさせると,17 人に減った。ある児童(B

児)は,「見つめるカード」の記録を見て,「できない日もあった。」と自分は毎日続けられて

いないということを判断し,挙手しなかった。意識と行動についての2つの発問の挙手の数をグ

ラフに表し,その人数の差から,続けることは大切だと思っているのに実際の行動は続いていな

いことに気付かせ,「どのような気持ちがあると続けられるのか。」という問題意識をもたせた。

そして,めあて「続けるときの心について考えよう。」につなげた。(資料-6)

資料-5 A児の「見つめるカード」 資料-6 意識と行動の不一致がわかるグラフ

<みつめ直す段階> ここでは,自己の経験をもとにして,友ちゃんの気持ちをとらえ,自己

の考えを作り,交流する自己の生き方と重ねる・比べる活動と困難なことがあっても今よりいい

自分になりたいという気持ちが努力し続けることを支えているという本時のねらいとする価値を

踏まえて自己のよりよい生き方について考える自己をみつめる活動の二つが中心である。さらに

自己の生き方と重ねる・比べる活動には,次の二つの活動がある。

・自己の経験を想起させながら,まず,練習をやめたい友ちゃんの気持ちをとらえ,次に,つ

らくても練習を続けた友ちゃんの気持ちをとらえる自己の考えを作る活動

・自己の経験を想起しながら,二人組の対話や,自己の考えを付加・強化させながら価値をと

らえさせる交流活動

まず,場面を把握させ,さかあがりの動作化をさせた。心のマイクで練習をやめたい気持ちを

つぶやかせた後,やめたい友ちゃんの気持ちを道徳ノートに書き,そのような気持ちになった経

験も書けたら一緒に書くようにした。A児は,「何回やってもできない」「あがるこつがわかっ

たのに何でできないの」といった気持ちを道徳ノートに書いていた。そして,「ピアノの練習で

ひけなかったからやめたいと思った。」という自分の経験を書いていた。(資料-7)A児以外に

も友ちゃんの気持ちと同じような経験を道徳ノートに書いていた。(資料-8)

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道‐16

資料-7 自分の経験を書いたA児の道徳ノート 資料-8 自分の経験を書いた道徳ノート

また,道徳ノートに書けなかった児童も「友ちゃんと同じような気持ちになった経験」を問わ

れると,発表することができていた。この時の具体的な児童の姿は下記のとおりである。

TC表-3 友ちゃんと同じような気持ちになった経験を話す児童の様子

上記のようにやめたくなった経験を発表させた後は,話の後半部分を読み,それでも練習を

続けた友ちゃんの気持ちを考えさせていった。続けたい友ちゃんの気持ちと,そのような気持ち

になった自分の経験を道徳ノートに書かせ,自分の考えを作らせた。次に二人組で考えを交流さ

せた。(交流活動)交流後,道徳ノートに友だちの考えを付け加えさせた。(資料―9)(資料

―10)そして,代表児が対話を発表した。その時の児童の具体的な姿は下記のとおりである。

TC表-4 二人組で対話をする児童の様子

また,対話後,道徳ノートには,A児には付加,C児には強化した記述が見られた。(資料

T:友ちゃんみたいに途中でやめたくなった経験がありますか。

C:ぼくは,体育の時,鉄棒の練習をやっていて,友ちゃんみたいに何回やってもできなく

て,もうやめたいなと思いました。

T:鉄棒の練習の時にやめたくなったのですね。○○さんと同じように鉄棒がなかなかでき

なくてやめたくなった経験がある人いますか。(挙手多数)たくさんいますね。

C:わたしは,ピアノの練習でなかなか上手に弾けなくてやめたいと思いました。

T:同じような経験がある人いますか。(挙手多数)皆さんそんな経験があったら,友ちゃ

んがやめたくなった気持ちがよくわかりますね。

T:対話を発表してください。

C1:わたしは,友ちゃんは,わたしだったらできるからあきらめないでもう一度練習し

ようという気持ちだった思うよ。

C2:○○さんは,そう思ったんだね。

C1:うん。そうだよ。□□さんはどう?

C2:ぼくは友ちゃんは,できたらいい気分と思ったから続けたのかなと思ったよ。

C1:□□さんはそう思ったのね。□□さんはそんな経験ある?

C2:あのね,家の仕事とかやる時にきつくてやめたかったけど,できたら嬉しいだろう

なと思ってがんばったよ。

C1:あるよ。あのね,英語できつくしかられてやめようと思ったけど,私ならできるか

らあきらめないで続けようと思ったよ。

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道‐17

資料-9 A児の道徳ノート(付加) 資料-10 C児の道徳ノート(強化)

学級全体では,31人中,付加した内容が22人,強化した内容が4人だった。代表児発表の

後,つらくても練習を続けた友ちゃんの気持ちを「あきらめたくない」「やればできる」という

児童の発言から,さかあがりができない自分からできる自分になりたい,前よりもいい自分にな

りたいという気持ちがあったから,続けることができたという本時のねらいとする価値をとらえ

ていった。

授業後,続けるときに大切な気持ちとして,道徳ノートに書かれた視点をもとにアンケートを

とった。その内容は下記のとおりである。(資料-11)

資料-11 道徳ノートと授業後のアンケートの結果

続けようという気持ちの視点 道徳ノート(のべ人数) 授業後アンケート(のべ人数)

みんなのおうえんがあるから 9人 9人

自分で決めた目標だから 2人 3人

できたら嬉しい 6人 9人

あきらめたくない 10 人 11 人

今よりいい自分になりたい

(今のままでなく・絶対できるように)

11 人 17 人

自己の生き方をみつめる活動では,困難なことがあっても,今よりいい自分になりたいという

気持ちが努力し続けることを支えているという本時のねらいを踏まえて,自己のよりよい生き方

について考えた。「みつめるカード」を参考に「のりこえたい自分」「大切にしたい自分」「こ

れからの自分」という観点から考えさせた。A児,C児の記述は,以下のとおりである。(資料

-12)(資料-13)

資料-12 付加した内容を取り入れたA児の道徳ノート 資料-13 強化した内容を取り入れたC児の道徳ノート

A児は,「これからの自分」でくじけずがんばってできる自分になりたい,C児は,自分で決

めたことはずっと続ける自分と書いていた。また,学級全体で「のりこえたい自分」では,すぐ

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道‐18

にあきらめる自分,「大切にしたい自分」は,やればできる自分,あきらめずにやる自分,「こ

れからの自分」は,最後まであきらめずにやりとげる自分という記述が多く見られた。学級の全

員が,ふり返りの文を記入することができていた。また,「みつめるカード」については,授業

後のアンケートで,33 人中 24 人があった方が自分のことがわかりやすいと答えた。(資料-14)

資料-14 授業後のアンケート「みつめるカード」について

<あたためる段階>ここでは,教師の説話を聞き,自分で決めた目標に向かって,努力し続け

ることは,今よりいい自分につながるという本時のねらいを踏まえて,自己の生き方をまとめる

活動が中心である。心のノートの中から,続けて努力すると,今よりもっといい自分になれる,

すばらしい自分になれるということを中心に話をした。授業後アンケートで「先生の話を聞いて

思ったこと」の質問に対し,下記のような児童の記述が見られた。(資料-15)

資料-15 授業後のアンケート「教師の説話の感想」

上記のように本時のねらいである「今よりいい自分になりたい」「最後までがんばることは大

事」という記述が見られた。

(3) 分析と考察

ア 授業仮説①

自己の生き方をふり返る活動に関して

資料-5からわかるように「見つめるカード」をもとに自己の経験を振り返り,挙手したり,

発言をしたりする児童の姿が見られた。資料-6 からわかるように「続けることは大切だと思う」

に挙手した 31 人に対し,実際に「続けることができている」に挙手した児童は 17 人だった。

この人数の差から意識と行動の不一致に気付かせ,続けるには,目標とやる気とどんな気持ち

が大切か,という問題意識をもたせた。どんな気持ちが大切かすぐにわかるかいう問いには4

人が挙手をし,もう少し考えたいという問いには残りの 27 人が挙手をした。このことから,

「見つめる」カードを参考に努力し続けていることを想起し,意識と実際の行動の不一致から

問題意識をもたせたことは,本時のめあてにつなげていくために有効であったといえる。

イ 授業仮説②

自己の生き方と重ねる・比べる活動に関して

まず,練習をやめたい友ちゃんの気持ちをとらえる自己の考えをつくる活動では,資料-7,

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道‐19

資料-8 とTC表-3 からわかるように友ちゃんのやめたい気持ちを自己の経験と重ねてとらえ

ることができていた。次に,練習を続けたい友ちゃんの気持ちも,TC表-4 からわかるように

自己の経験と重ねてとらえ,考えをつくることができていた。このことから,自己の経験を想

起しながら考えさせたことは,友ちゃんの気持ちをとらえさせることに有効であったといえる。

交流では,資料-9,資料-10 からわかるように友ちゃんのつらくても練習を続けた気持ちに

ついて,二人組で対話後,付加・強化する道徳のノートの内容の記述が見られた。A児は,友

ちゃんが練習を続けた気持ちとして,「先生にも応援してもらったから」という自分の考えを

もっていた。しかし,交流後,「くじけなかった(あきらめなかった)」という友だちの考え

を付加している。また,C児は,「自分で決めた目標だから」という考えをもっていたが,交

流後,「自分で決めたから」という内容を付加し,自分の考えを強化している。このことから,

交流したことで視点が広がったり,自分の考えを確かにすることができた,ととらえることが

できる。したがって,自己の経験を想起しながら,二人組の対話や自分の考えを付加・強化さ

せた交流活動は,努力し続けることの大切さをとらえていくことに有効であったといえる.

ウ 授業仮説③

自己の生き方をみつめる活動に関して

「みつめるカード」を参考に「のりこえたい自分」「大切にしたい自分」「これからの自分」

という観点からこれからの自己の生き方について考えさせた。資料-14 のように 33 人中24

人が,「みつめるカード」があった方が,自分のことがわかりやすい,と答えている。また,

A児は,資料-12 からわかるように交流後付加された「くじけない」という言葉が,これから

の生き方を考えるふり返りの中に記述されている。C児は,資料-13 からわかるように交流後,

強化された「自分で決めたことだから」という言葉が,ふり返りの中に記述されている。さら

に,どの観点にも,本時のねらいである「あきらめないでやり遂げる」「できる自分になりた

い」という記述が多く見られた。このことは,本時のねらいを踏まえ,これからの自分の生き

方を考えることができたととらえることができる。

したがって,「みつめるカード」を参考に既述した3つの観点から,これからの自己の生き

方を考えさせたことは,よりよい自分の生き方を考えさせる上で有効だったと言える。しかし,

文章の中に「くじけない」「あきらめない」などの同じ言葉が繰り返し出てきている児童もい

た。これは,3年生の児童の発達段階を考慮した時に,書かせる観点が多く,教師の手だてが

十分ではなかったということに原因があると考える。今後は,観点の内容と数を見直し,より

よい生き方について児童がより考えやすく,書きやすくなるようにしたい。

エ 授業仮説④

自己の生き方をまとめる活動に関して

資料―7からわかるように道徳ノートの記述では,努力し続けるときの気持ちとして,「あ

きらめず最後までやり遂げたい」という気持ちが 10 人で一番多かった。しかし,授業後のア

ンケートでは,「今よりいい自分になりたい」という記述が 17 人で一番多く,次に多いのが,

11 人で「あきらめず最後までやり遂げたい」という記述になっている。また,資料-14 からわ

かるように授業後のアンケートで「先生の話を聞いて思ったこと。」という質問に対し,「が

んばることは今よりいい自分につながる,だから最後までがんばることは大事」という記述が

見られた。このことから,教師の説話を聞いたことは,努力し続けることで今よりいい自分に

なりたい,最後まであきらめずやり遂げたいという意欲をもたせることに有効だったと言える。

Page 22: 道徳的価値の内面的自覚を深める道徳の時間の指導道‐1 第Ⅰ章 研究の基本的な考え方 1 主題について (1)主題設定の理由 ア 道徳教育の特質から

道‐20

3 実践例③

(1) 授業(C小学校 第6学年)の基本構想

ア 主題名

「正しいと信じて」高学年4―(2)「だれに対しても差別することや偏見をもつことなく公

正,公平にし,正義の実現に努める。」

イ 資料

「ぼくは後悔しない」(東京書籍)

ウ 本時指導の立場

本主題の資料「ぼくは後悔しない」は,登場人物である三郎が,運営委員として学級会の議題

の提案をするときの話である。三郎は,学級のみんながボールを一部の人に独占されて不満を抱

いていることを知っていたが,ボールを独占している一部の人の中に三郎の親友である正夫がい

るため,議題に取り上げるかどうかを迷う。しかし,三郎は,みんなのために学級のボールの使

い方を議題として取り上げなければならないと決心し,正夫のいる前で議題に取り上げ提案した,

という筋である。ここでは,親友である正夫が不利になる議題を取り上げるか,取り上げないか

と迷った末に,議題に取り上げ提案せずにはいられなくなった三郎の心情の流れを中心に考える

ことによって,利害や好き嫌いにとらわれず,社会的要請と自分の立場を十分に踏まえた公正な

判断,公平な態度の大切さをとらえることができると考える。

本学級の児童は,誰に対しても差別せず,偏見をもたず,分け隔てなく接することの大切さは

知っている。しかし,学級の雰囲気が一部の児童の言動に流されることがあり,正しいことは何

か分かっていても声を上げられないこと,友達同士でも本音を言えずに我慢してその場の雰囲気

に流されて嫌な思いをすることがある。このことは,学級内の人間関係が表面的であるからであ

り,児童が自分の好き嫌いや利害関係にとらわれてしまう弱さを出してしまうためだと考える。

そこで,本時学習においては,問題場面に出合ったときは,自分の利害や友達関係にとらわれ

ず,自分や相手だけでなく集団全体のことを考えて,誰に対しても公正に判断し,公平に接しよ

うとする態度を育てることが必要である。

そのために,公正・公平にふるまうことの大切さと実際の行動の違いに気付くことで学習課題

の把握につなげる自己の生き方をふり返る活動,自己の経験をもとにして,迷った末に議題に取

り上げずにはいられなかった三郎の気持ちをとらえて交流していく自己の生き方と重ねる・比べ

る活動,本時学習で感得した内容をもとにして自己の経験をふり返り,よりよい生き方について

考えをつくる自己の生き方をみつめる活動,説話を聞いて公正・公平にふるまうことへの意欲を

もつ自己の生き方をまとめる活動を大切にしていく。

本時指導では,特に下記の授業仮説①②③④をもとに構想(1)(2)(4)を踏まえ,(3)「自

己の生き方に結び付けて考える活動」の有効性を実証したものである。

エ 授業仮説

① 自己の生き方をふり返る活動

・公平・公正にふるまうことについて事前調査を取り,その結果を参考にして各自のもつ意識

と実際の行動の不一致から問題意識をもたせたことは,公正・公平にふるまうことの大切さ

に興味関心をもたせることに対して有効であったか。

② 自己の生き方と重ねる・比べる活動

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道‐21

・議題に取り上げるかどうか迷う三郎の気持ちを,事前調査の結果をもとに考えさせたことは

過去の自己の経験や自己の道徳的なものの見方,考え方,感じ方を根拠にしながらとらえさ

せることに有効であったか。

・道徳ノートに,自分になかった考えや納得できる考えを付加したり,その考えをもとに自分

の考えを強化したりしながら交流活動をさせたことは,公正・公平にふるまうことの大切さ

をとらえることに有効であったか。

③ 自己の生き方をみつめる活動

・感得した内容をもとに自己のよさや不十分さを自覚させ,その上で自己の経験をふり返らせ

たことは,公正・公平にふるまうよりよい自己の生き方をつくるために有効であったか。

④ 自己の生き方をまとめる活動

・ここまでの学習内容を踏まえた上で教師の説話を聞かせたことは,今よりよい自分,よい仲

間,よい学級をつくるために,公正・公平にふるまう実践への意欲が増すことに有効であっ

たか。

オ 本時の目標

問題場面に出会ったとき,自分の利害や友達関係にとらわれず,自分や相手だけでなく学級集

団全体のことを考えて,誰に対しても公正に判断し,公平に接しようとする態度を育てる。

カ 展開

段階 学習活動 手だての工夫

であう

1 公正・公平にふるまうかどうか迷った経験を想起し,本時学習のめあてを

つかむ。

・ 公正・公平な態度の大切さの確認と現実にはできていないことの差異

や疑問について考える。

めあて 集団生活の中で不満が出ないようにするには,どんな心が

まえが大切だろうか。

自己の生き方をふり返る活動

○ 事前調査紙を児童の机上に

置く。

○ 黒板に事前調査の集計結果

を提示する。

みつめ直す

2 資料「ぼくは後悔しない」を読み,価値を追求する。

(1) 議題に取り上げるべきか迷う三郎の気持ちについて,自分の考えをつく

り,交流する。

〈自分の考え〉

取り上げる

・先生に怒られるかもしれない。

・みんなに悪い。

・運営委員として学級の問題を一

番に考えるべきだ。

取り上げない

・正夫から文句を言われる。

・正夫との仲が悪くなる。

・言ったら正夫がかわいそう。

(2) 迷った末に,それでも議題に取り上げずにはいられなかった三郎の気持

ちについて,自分の考えをつくり,交流する。

(小集団での話し合い→道徳ノートへの付加・強化→全体交流→道徳ノー

トへの付加・強化)

・ 正夫が過ちに気付いてくれたらうれしい。

・ 親友ならわかってくれるはず。

・ 相手が親友だろうが,正しいことは正しいと言わなければ。

・ 親友だからこそ正夫の行為を正したい。

・ このままだと,正夫がもっとわがままになってしまう。

・ 早くこの問題を解決して,みんなが仲良く遊べるようにしたい。

・ このままだと,学級が悪くなってしまい,みんなが楽しめない。

・ 正夫が自分の行いを直してくれたら,学級が一つにまとまり,みんな

で高め合える,もっと楽しい学級になる。

正夫の過ちを正せれば,学級が一つにまとまって,みんながお互いを

高め合える楽しい学校生活をおくることができる。だから,公正・公

平にふるまうことが大切だ。

3 今までの生活をふり返り,自分をみつめる。

・ 公正・公平な態度について,自己のよさや不十分さを自覚する。

自己の生き方と重ねる・比べる

活動

○ 2つの視点から考えを深め

させる道徳ノートの書かせ方

の工夫。

○ 小集団での話し合いで考え

を広げ,深めていく,交流の

仕方の工夫。

○ 視点が明確になる板書をつ

くる。

○ 考えを付加・強化できる道

徳ノートの書き加え方の工

夫。

自己の生き方をみつめる活動

○ 感得した内容をみて自己の

経験をふり返る道徳ノートの

書かせ方の工夫。

あたた

める

4 教師の説話を聞き,本時学習で学んだことをまとめる。

よい仲間づくりの説話→公正・公平の大切さ(公正・公平にふるまおうと

する心がまえ)→自己の充実感の高まり

自己の生き方をまとめる活動

○ 道徳的実践意欲が増す説話

を準備する。

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道‐22

(2) 本時指導の実際

<であう段階> ここでは,公正・公平にふるまうか迷った経験を想起し,公正・公平にふる

まうことの大切さの意識と行動の不一致に気付き学習課題を把握する,自己の生き方をふり返る

活動が中心である。

まず,「公正・公平にふるまうこと」についての事前調査の結果を黒板に掲示し,事前調査の

個人票を配布した。「公正・公平にふるまうことは大切だと思うか。」という問いについては,

30 人中 29 人が「大切だ」と答えているのもかかわらず,「いつも公正・公平にふるまえている

か。」という問いには,30 名中2名しか「いつも公正・公平にふるまえている」と答えられなか

った。(資料-16)

この結果を見た児童は,ある児童(A児)は

自分の個人票と黒板に掲示されたグラフを見比

べ,「自分もそうかも。」とつぶやいていた。

グラフに表れた人数の差から,公正・公平にふ

るまうことは大切だと思っているのに,実際に

は行動・態度に表れていないことに気付かせ,

「どうして実際にはできないのか。どのような

気持ちがあると公正・公平にふるまえるのか。」

という問題意識をもたせた。そして,「集団生

活の中で不満が出ないようにするには,どんな

心がまえが大切だろうか。」というめあてにつ

なぎ,本時の目標への方向付けを行った。

<みつめ直す段階> ここでは,2つの活動が中心になる。1つは,自己の経験や自己の道徳

的なものの見方,考え方,感じ方を根拠にしながら,議題に取り上げるかどうか迷う三郎の気持

ちを,事前調査の結果をもとに考えをつくり,交流する,自己の生き方と重ねる・比べる活動で

ある。もう1つは,自分の利害や友達関係にとらわれずに集団生活を向上させることで今よりよ

い自分になりたいという気持ちが公正・公平にふるまうという態度を支えている,という学習内

容を踏まえて自己のよりよい生き方について考える,自己の生き方をみつめる活動である。さら

に,自己の生き方と重ねる・比べる活動には,次の2つの活動がある。

・自己の経験や自己の道徳的なものの見方,考え方,感じ方を根拠にしながら,議題に取り上

げるかどうか迷う三郎の気持ちをとらえ自己の考えをつくる活動。

・自己の経験や自己の道徳的なものの見方,考え方,感じ方を根拠にしながら,小集団での話

し合いや自己の考えを付加・強化させながら道徳的価値を追求する交流活動。

まず,自己の生き方と重ねる・比べる活動では,場面を把握させ,議題に取り上げるかどうか

迷う三郎の気持ちを「取り上げる・取り上げない,どちらの気持ちが強いか。」と発問し,考え

を道徳ノートに記入させた。(自己の考えをつくる活動)その際,事前調査で「三郎と同じ状況

で自分ならどう行動するか」という問いに答えさせていたので,その結果を見ながら道徳ノート

に記入する姿が見られた。学級全体では,30名中26名が事前調査と同様の考えをつくってい

た。(資料-17)

資料-16 黒板に掲示したグラフ

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道‐23

行為に至る気持ちの視点 事前調査(のべ人数) 道徳ノート(のべ人数)

自分の仕事だから,議題に取り上げる(取り上げない)。 5 4

親友のためだから,議題に取り上げる(取り上げない)。 10 10

困っている人たちのためだから,議題に取り上げる(取り上げない)。 13 16

学級のためだから,議題に取り上げる(取り上げない)。 7 4

その一方で,ある児童(B児)は事前調査とは異なる考え(取り上げる→取り上げない)をつ

くっていたが,理由を尋ねると「自分だったら友達に嫌われるかもしれないと思うから,三郎も

取り上げない気持ちが強いと思った。」と答えた。(資料-18)

次に,記述後,全体交流を仕組み,議題に取り上げたくない気持ちと取り上げたい気持ちの両

方がある三郎の迷いを発表させ,板書に整理して提示していった。

整理後,取り上げたくないという気持ちがあるにもかかわらず,それでも議題に取り上げずに

はいられなかった三郎の気持ちを考えさせ,道徳ノートに記入させた。(自己の考えをつくる活

動)

そして,道徳ノートの記述をもとに小集団での話し合い活動を仕組み,考えを交流させた。(交

流活動)具体的な活動の姿は,下記のとおりである。

資料-18 事前調査と道徳ノート

T:正夫との仲が悪くなるかもしれない,とか考え迷った末に,それでも学級のボールの使い方を議題に取

り上げずにはいられなかったのは,どういう気持ちがあったからだと思いますか。グループになって,

自分の考えを話し合ってください。

C1:みんなのボールだし,ちゃんと解決しなくちゃいけない。親友だからといって議題を決めてはいけない。

C2:みんなのボールなのに,みんながボールを使えなくて困っている。これも,正夫やみんなのためだから,

この議題は取り上げてよかったはずだ。

C3:できるだけ正夫のことは取り上げたくないけど,親友だから言ってよいはず。きっと分かってくれる。

クラスのためだ。この判断は正しい。

C1:友として言う,親友だから言えるってことだよね。

C3:うん。それはそうだけど,クラスのためという気持ちから言うって気持ちが強いと思う。

C1:そうかなあ。親友である正夫のために言う気持ちが強いんじゃないかな。

C3:でも,この3人は「みんなのため,クラスのため」という言葉が共通しているし,きっとみんなのため

にっていう気持ちが大きくて,クラスがうまくいくために議題に取り上げたと思うよ。

TC表-5

資料-17 事前調査の道徳ノートへの反映

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道‐24

A児は,小集団での話し合いの中で「親友のため」と「クラスのために」という2つの視点が

出されたとき,「親友のため」にという気持ちを認めつつもやはり「クラスのために」という気

持ちが強いことを,友達に説明しながら自分の中で確認していた。

さらに,小集団での話し合い活動後,道徳ノートに大事にしたい考えを朱で書き加えさせた。

児童の道徳ノートには付加した記述や強化した記述が見られた。(資料-19)(資料-20)

学級全体では,31 人中,付加した内容が 16 人,強化した内容が 13 人だった。ある児童(C児)

は「親友のため」という視点からつくった考えに「みんなのことを大事にしている」という考え

を付け加えていた。また,A児は「クラスのため」という視点からつくった考えに「親友だから

許してはいけない」という言葉で「親友」という視点を付加している一方で,小集団での話し合

いで得た結論「クラスのため取り上げてよかった。」で自分の考えを強化していた。

大事にしたいことを書き加えさせた後,書き加えたものを含めて自己の考えを発表させ,板書

にて議題に取り上げる行為を支えた気持ちを視点ごとに整理した。(資料-21)

最後に,A児は,友達の発表をききながら「親友だから」という理由よりも「集団生活だから」

三郎は議題に取り上げずにはいられなかったと,考えをまとめていた。また,B児も「親友だか

資料-19 道徳ノート(付加) 資料-20 道徳ノート(付加と強化)

資料-21 整理後の板書

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道‐25

ら」という理由よりも「クラスのためを思って」三郎は議題に取り上げずにはいられなかったと,

考えをまとめていた。(資料-22)(資料-23)

学級全体では 31 名中 26 名が,自分の利害や友達関係にとらわれず「学級のために」「みんな

のために」公正・公平にふるまうことが大切である,という考えを自分なりにまとめて,道徳ノ

ートに記入していた。

自己の生き方をみつめる活動では,自己の生き方を比

べる・重ねる活動を通してまとめた考えをもとにして,

自己の経験をふり返らせた。A児は,自己の不十分さに

ついて1年以上も過去の出来事をすぐに思い起こし,道

徳ノートに記入していた。(資料-24)

学級全体では,31 名中 23 名が「公正・公平にふる

まう」という道徳的価値をもとに自己の経験をふり返る

ことができていた。さらに,その 23 名中7名が自己の

よさについてふり返り,16 名が不十分さについてふり

返っていた。

<あたためる段階> ここでは,感得した学習内容と自己の生き方をみつめる活動でふり返っ

た自己の経験をもとにして,これからのよりよい自己の生き方をつくり上げる,自己の生き方を

まとめる活動が中心である。

まず,教師の説話として,私の高校時代の部

活動での経験から,部長として部員一人一人に

公正・公平に接しなかったことで一人一人の練

習の取り組み方に差ができてしまい,そのこと

が結果として部全体の実力低下を招いたことを

紹介し,集団生活の中で公正・公平にふるまう

ことで学級生活全体の向上につながることを感

じ取らせた。

最後に,「これからどういう生活を送りたいか。」と発問し,今日の学習をもとに考えたこと

を道徳ノートに記入させた。B児は,「これからは」という書き出しで公正・公平な態度で生き

資料-22 道徳ノート(A児) 資料-23 道徳ノート(B児)

資料-24 道徳ノート(A児)

資料-25 道徳ノート(B児)

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道‐26

ていきたい気持ちを記述していた。(資料-25)学級全体では,31 名中 23 名が「平等に」「特別

扱いをせずに」などの言葉を用いて,公正・公平にふるまうことで学級生活を向上させたいとい

う趣旨の内容を記述していた。

(3) 分析と考察

ア 授業仮説①

自己の生き方をふり返る活動に関して

資料-16 から,頭の中でわかっていることと実際に表に出ている態度や行動が一致していな

いことがわかる。A児はそれを見て何度も黒板に提示されたグラフと自分の個人票を見比べ,

「自分もそうかも」とつぶやいていたことから,自己の経験を思い起こし,自己の生き方をふ

り返っていることがわかる。また,ある児童(D児)は「公正・公平でないと集団の中で,不

満があると協力できないし,陰でこそこそ言う人が出てきてしまうから。」と問題意識をもつ

ことができていた。

これは,事前調査を取ることで,公正・公平という道徳的価値について自己の生き方をふり

返らせ,意識と行動の不一致を視覚的にわかるように提示したことが,公正・公平にふるまう

ことについて,主体的に問題意識をもつことにつながったと考える。

このことから,公平・公正にふるまうことについて事前調査を取り,その結果を参考にして

各自のもつ意識と実際の行動の不一致から問題意識をもたせたことは,公正・公平にふるまう

ことの大切さに興味関心をもたせることに対して有効であったと考える。

イ 授業仮説②

自己の生き方を重ねる・比べる活動に関して

まず,自己の考えを作る場面では,資料-17 からわかるように,児童は事前調査の記述をも

とに,自己の考えをつくることができていたことがわかる。また,事前調査の記述とは異なる

選択をした場合においても,指導の実際の記述や資料-18 からわかるように,三郎の迷いを「自

分だったら」という言葉に代表されるように,事前調査のときの考えよりもさらに深く自己の

生き方と比べて自己の考えをつくることができていたことがわかる。

これは,児童が,三郎の迷いを自己の経験と比べたり,自己の道徳的なものの見方,考え方,

感じ方を重ねることにより,共感的にとらえることができている,ととらえることができる。

このことから,議題に取り上げるかどうか迷う三郎の気持ちを,事前調査の結果をもとに考

えさせたことは,過去の自己の経験や自己の道徳的なものの見方,考え方,感じ方を根拠にし

ながらとらえさせることに有効であったと考える。

次に,迷った末にそれでも議題に取り上げずにはいられなかった三郎の気持ちを道徳ノート

に書かせ,そこでつくった考えの視点を広げ,深めていく交流活動では,TC表-5,資料-19,

資料-20 や指導の実際の記述からわかるように,考えの視点を広げ,深めていることができて

いたことがわかる。資料-19 では,交流活動後に「自分」「仲間」という視点に「学級(みん

な)」という視点が付加されていることから,考えの視点が増えていることがわかる。また,

資料-20 では,TC表-5 にある交流を経て,「親友だからこそ許してはいけない。」と「仲間」

という視点の考えを付加して,それが,「クラスのために取り上げてよかった」という「学級

(みんな)」という視点の考えを強化していることがわかる。

これは,事前調査にて公正・公平についての児童の考えを視点ごとに分類して,交流活動の

小集団の編成の工夫をしたことが,一人一人の考えの視点を広げたり,考えを深めたりするこ

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道‐27

とにつながったと考える。

このことから,自己の考えを付加,強化しやすい小集団の編成の工夫をして,道徳ノートに,

自分になかった考えや納得できる考えを付加したり,その考えをもとに自分の考えを強化した

りしながら交流活動をさせたことは,公正・公平にふるまうことの大切さをとらえることに有

効であったと考える。

ウ 授業仮説③

自己の生き方をみつめる活動に関して

資料-22,資料-23 や指導の実際で記述したように,全体交流後に自己の考えをまとめさせ,

自分の利害や友達関係にとらわれず「学級のために」「みんなのために」公正・公平にふるま

うことが大切である,という考えを児童は自分なりにまとめることができていた。資料-24 と

指導の実際の記述からもわかるように,そのまとめた考えをもとに,児童は自己のよさや自己

の不十分さから,自己の生き方をみつめることができていた。

これは,自己の生き方をふり返る活動と自己の生き方を重ねる・比べる活動において,自分

の利害や友達関係にとらわれず,自分や相手だけでなく学級集団全体のことを考えて,公正・

公平にふるまうことについての自己の考えをつくり上げたことが,自己の生き方を学習内容に

照らし合わせてふり返ることにつながり,自己について知り直すことができていた,ととらえ

ることができる。

このことから,感得した内容をもとに自己のよさや不十分さを自覚させ,その上で自己の経

験をふり返らせたことは,公正・公平にふるまうよりよい自己の生き方をつくるために有効で

あったと考える。

エ 授業仮説④

自己の生き方をまとめる活動に関して

資料-25 や指導の実際に記述したように,児童は公正・公平にふるまうことが学級生活を向

上させることにつながる,ととらえていることがわかる。また,「これからは」という書き出

しで,本時のこれまでの学習には出てきていない「平等に」「特別扱いをせずに」などの言葉

を用いていることから,自分自身の公正・公平という道徳的価値に対する考えが深まっている

ことがわかる。

これは,自分なりの学習のまとめ,自己の経験のふり返りと教師の説話を重ねて,自分のよ

りよい生き方について考えさせたことが,これまでより具体的に生活場面に即して公正・公平

をとらえ,よりよい生き方を自らつくり出していくことにつながったと考える。

このことから,ここまでの学習内容を踏まえた上で教師の説話を聞かせ,よりよい生き方を

考えさせ,道徳ノートに書かせたことは,今よりよい自分,よい仲間,よい学級をつくるため

に,公正・公平にふるまう実践への意欲が増すことに有効であったと考える。

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道‐28

第Ⅲ章 研究の成果と課題

1 研究の成果

道徳の時間において,自己の生き方に結び付けて考える活動を中心とした実践的な研究を進めてき

た。これにより,下記のような成果がみられた。

○ 児童の高まりの姿

・ 道徳的問題場面に出会った児童が,自己の経験や自己の道徳的な見方,考え方,感じ方と照ら

し合わせることで,ねらいとする道徳的価値に寄り添った自己の考えをつくることができた。

・ 友だちの多様な考えに触れることで,自己の考えを広げ,深めたりするとともに,自己の生き

方のよさや不十分さを感じながら,よりよい生き方を考えることができた。

・ 自分の考えをつくり,交流し,自己のよりよい生き方をつくりあげるといった自己の生き方と

結び付けて考える学びの素地ができた。

これは,下記の四つの取り組みが有効であったと考える。

(1) ねらい設定の手順

学習指導要領にある内容項目の低・中・高学年の系統性を明らかにした上で,事前調査で得た

児童の情報,発達段階における特性,資料内容を加味して,本時指導のねらいを焦点化した。

上記のように焦点化したことが,資料の選定と再構成につながった。

(2) 資料の選定と再構成

資料は,児童の生活に立脚した資料,内容項目に基づいたねらい,望ましい行為の場面が明確

に表れている資料,望ましい行為とその根拠が多様に考えられる資料を選定した。また,再構成

においては,中心人物が迷いや葛藤から望ましい行為に至った場面の心情の流れを中心に追求(資

料内容によっては望ましくない行為の心情の追求,その後の不快さの追求)していくといった共

感的活用を中心に行った。

上記のような資料を選定し,再構成を行うことによって,児童が,共感的にかつ,自己の生き

方と結び付けた資料追求ができ,よりよい生き方をつくりあげることに有効であった。

(3) 学習過程の構築

「であう」「みつめ直す」「あたためる」という三つの段階に沿って学習指導を行い,各段階

を通して,自己の生き方に結び付けて考える活動を通して「自己の生き方をふり返る活動」「自

己の生き方と重ねる・比べる活動」「自己の生き方をみつめる活動」「自己の生き方をまとめる

活動」という四つの活動を連続・発展的に位置付け,展開していった。

上記のような学習指導過程の構築を行うことによって,「自己の生き方をふり返る活動」にお

いては,自己の生き方をふり返ることで,自分の道徳的価値に対する考えに気付き,道徳的価値

について興味関心を高めることができた。「自己の生き方と重ねる・比べる活動」では,資料へ

の共感的理解を通して,自己の生き方と重ね,比べ,自己の考えをつくることができた。また,

自己の考えと他者の多様な考えを比べることで,自己の道徳的価値に対する考えを深めることが

できた。「自己の生き方をみつめる活動」では,感得した道徳的価値に照らし合わせて,自己の

よさや不十分さを自覚することができた。「自己生き方をまとめる活動」では,道徳的実践につ

いて意欲を高め,自己のよりよい生き方をつくることができた。

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道‐29

(4) 手だての工夫

自己の生き方と結び付けて考える活動を旺盛にするために,事前・事後調査の工夫,自己の生

き方に結び付けて考えることがしやすい道徳ノートの工夫,考えを広げ深めていく交流活動の工

夫,よりよい生き方を明確にしていく教師のかかわり方の工夫といった手だての工夫を行った。

上記のような一連の手だての工夫を行うことによって,児童が,主体的に,より自己の経験や

道徳的な見方,考え方,感じ方と重ね,比べながら考えをつくり,よりよい生き方をつくり出す

という,自己の生き方に結び付けて考える活動を旺盛にすることにつながった。また,自己の生

き方のよさや不十分さを自覚し,道徳的価値の内面的自覚につながった。

2 研究の課題

○ 自己の生き方に結び付けて考える活動として,四つの活動を仕組んだことは,主体的に考えを

つくり,自己にとってよりよい生き方を考えることにつながった。

今後は,交流活動の内容面と交流活動の方法面(進め方・深め方)のメカニズムを深めていく

必要がある。

○ 四つの活動を位置付け,よりよい生き方についての考えを深めたことは,自分をみつめ,より

よく生きていく生き方をつくりあげることにつながった。

今後は,発達段階に応じた,効果的な自己の経験や自己の道徳的な見方,考え方,感じ方のふ

り返らせ方と自分のよさや不十分さをより明確に自覚させていくためのふり返らせ方という,方

法面の開発を図っていく必要がある。

参考文献

1 文部科学省 小学校学習指導要領解説 道徳編 東洋館出版 (平成 20 年)

2 瀬戸 真・村田 昇 自己を見つめる道徳の時間 文溪堂 (平成元年)

3 瀬戸 真 自己をみつめる=道徳の時間における価値の主体的自覚 教育開発研究所(平成3年)

4 正木 正 道徳教育の研究 金子書房 (昭和 49 年)

5 神保 信一・沢田 慶輔 改訂 道徳教育の研究 国土社 (昭和 49 年)

6 横山利弘 道徳教育,画餅からの脱却 暁教育図書 (平成 19 年)

7 横山利弘 道徳教育とは何だろうか 暁教育図書 (平成 19 年)

研修員

杉崎 博子 (周船寺小学校教諭) 中村 美佐子 (原西小学校教諭)

有福 豊 (玄洋小学校教諭)

研究指導者

柴田 守 (研究専門指導員)