所得分配理論の総合に関する一試論 - meiji...

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所得分配理論の総合に関する一試論 一 一G.ブ リュウムレの考察方法を中心にして一 問題の所在 IlG.ブ リュ ウ ム レ分 配 理 論 の 構 成 1.基 本的な論究の方法 II.人 的な分配理論の基礎 1.社 会経済的な固定要因 2.社 会経済的な可変要因の影響 3.人 的 な所 得 の大 小 を 決 定 す る経 済 的 な要 因 皿.職 能的な所得分配の理論 1。 微視経済的な限界生産性説:分 配の基礎理論 2.分 配の巨視経済的な限界生産性説 3.コ ップニダ グ ラス生 産 関数 と所得 の 分 け 前 4,巨 視経済的な限界生産性説の批判的な評価 IV.総 合経 済 の循 環 過 程 と相 対 的 な所 得 の 分 け 前 の 決 定 理 論 1.総 合 経 済 的 な分 配 理論 の 手掛 か り 2.N.カ ル ダア の ケ イ ンズ流 の 分配 理 論 3,独 占度 説:カ レ ッキ の 分 配理 論 問題の所在 W.ク レ ♪・レ(W.Krelle)は,か れの著書 『分配 の理論』 のなかで,「 分 配 の 理 論 は,あ る点 では,総 合 的 な 経 済 理 論 の頂 点 で もあ り,ま た終結で (991)83

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所得分配理論の総合に関す る一試論

一 一G.ブ リュウム レの考察 方法 を 中心 に して一

増 澤 俊 彦

目 次

問題の所在

IlG.ブ リュウム レ分配理論の構成

1.基 本的な論究の方法

II.人 的な分配理論 の基礎

1.社 会経済的 な固定要因

2.社 会経済的 な可変要因 の影響

3.人 的 な所得 の大小を決定す る経済的 な要 因

皿.職 能的 な所得分配 の理論

1。 微視経済 的な限界生産性説:分 配の基礎理論

2.分 配 の巨視経済 的な限界生産性説

3.コ ップニダグラス生産 関数 と所得 の分け前

4,巨 視経済 的な限界 生産性説 の批 判的な評価

IV.総 合経済 の循環過程 と相対 的な所得 の分け前の決定理論

1.総 合経済 的な分 配理論 の手掛 か り

2.N.カ ル ダアのケイ ンズ流 の分配 理論

3,独 占度説:カ レッキの分配理 論

結 語

問題の所在

W.ク レ♪・レ(W.Krelle)は,か れ の著 書 『分 配 の理 論 』 の な か で,「 分

配 の 理 論 は,あ る点 では,総 合 的 な 経 済 理 論 の頂 点 で もあ り,ま た 終結 で

(991)83

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政経論叢 第63巻第4・5・6号

もある」(1)と述べた うえで,職 能的な分配を解明するためには,関 係のす

べての理論分野,わ けても価格や賃金や所得ならびに雇用の理論などの接

'合が必要であ り,こ うして,実 をいえぽこれ らの理論が一つの統一的な体

系に結合されなければならないと論断した。彼によれば,分 配の現象 とい

うのは,そ んなに単純なものではなく,経 済 ・社会のいろいろな動向が,

錯綜 した形で,し かも一緒に作用する結果として発現す るものなのであ

るω。"単 純な"分 配の理論をもとめることになれば,必 ず現実の多 くの

特徴を疎かにすることになるはずである。いずれ,こ の明らかに無視した

と思われ る諸関連を言表しなければならないことになるであろう。分配の

理論は,単 一の問題に関するとい うよりも,む しろ多種多様な局面と絡み

合っているために,結 局のところ,い ろいろな分配問題を表沙汰にするこ

とになるものといってよいであろ う。われわれの分析モデルはすべて,そ

れが最 も単純なものでも最:も精緻なものでも,現 実の錯綜した世界を解明

する際の思考の補助的な手段にすぎないとい う建前に立っている。

所得の分配は,狭 義においては、,土地や資本や労働ならびにこれ らの生

産要素を雇用ないし調達して生産の目的に組織す る企業 家行動(Unter-

nehmertatigkeit)と いう4つ の生産要素の一単位当た りの報酬率が どのよ

うに決定されるかを問題にす る。これに対 して,広 義の所得の分配は,そ

れぞれの報酬の集計の絶対額,な らびにその相互の比率と国民所得全体に

占める分け前がどのような力によって決まるかを分析することにある(3'。

こうして,関 係の個別経済が社会的な生産過程に生産要素を給付 してその

代償に支払われる要素の単位当た りの報酬率やその集計の大きさや相対的

な分け前の決定を議論の対象とする分配の理論は,職 能的ないし要素的な

所得の分配と呼ばれている。その分析は,そ れである程度まで,要 素所得

の総額やその相互のあいだの比率や相対的な分け前の決定を解明すること

ができる。だが,明 らかに,要 素の報酬率に関する議論は,必 要な予備的

84}(992)

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所得分配理論の総合に関する一試論

な段階にすぎない。労働を例にとっていえぽ,要 素の単位当た り報酬と個

人の所得とは,財 産の所有や社会保障その他の移転支払いなどにより,両

者は次第に一致 しなくなってきている。このような制度的な要因を考慮に

入れれば,要 素の報酬率の決定に関す る分析的な研究は,そ れが実際にど

のように現れているかという統計的な研究によって補足されなけれぽなら

ないはずである。

生産要素の価格形成過程の分析は,所 得形成の説明の枠組みないし根幹

ともい うべきものを成しているのであるが,た だそれだけでは要素費用表

示の経常国民所得が個人や家族ないし,社 会集団に帰着する分け前の決定

までも説明することはできない。個人や家計が実際に得ている所得の合計

額の大小や比較ないし平等や不平等を問題の対象 として論究する所得の分

配は,人 的な分配と呼ばれている。人的な分配 というとき,そ れが労働所

得であれ所有所得であれ企業者所得であれ,あ るいはこれ らの所得がいろ

いろなふうに混合した混合所得であろ うが,先 ずここで考察の対象にして

いる所得は,直 接税を含む個人の所得を指しているものと解する。 したが

って,人 的な所得分配は,職 能的な所得分配の場合にみる価格形成の局面

以外に,制 度的な局面によっても制約されることになる。企業にもっぱら

労働力だけを提供して所得を得ている個人や家族も多いが,財 産からの所

得に衣食している個人もいる。また個人業主所得にみられるような混合所

得もある。さらに家族手当や雇用保険や年金や生活保護などのよ うな社会

保障その他の移転所得で生活している個人や家族もいる。

こうして,分配の問題が個人の所得を対象とするかぎ り,このように職能

的な分配理論と人的な分配理論の二つに分けて研究することがはたして意

味のあることなのかどうかが問われて くる。G.ブ リュウムレ(47は,分 配

の問題を職能的な分配理論と人的な分配理論とに分離 して論究することは

「実に困ったものだ」(5)と,つとに指摘していたE.プ ライザアに喰えられ

(993)85

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政経論叢 第63巻 第4・5・6号

て,分 配理 論 の 総 合 を 企 て よ うと試 み た 。 この小 論 は,ブ リュ ウ ム レの

「総 合」 に 関 す る取 組 み 方 を 考 察す る こ とに あ る。

(1)WilhelmKrellely〃 ∫θfZ観gs伽o〃 θ,T丘bingen1962,Vorwortv.

E.ボ イ ス は,ク レルレの 分 配理 論 につ い て,こ れ まで ドイ ツ語 圏 で書 か れ た

こ の 分 野 の 文 献 と して非 常 に優 れ た 著 作 だ と評 価 し て い る。ErnstHeuss;

KrellesVerteilungstheorie.In:Zβ 舜s6加 が'メ 髭プdiegθsα 翅'θS'σ α's癬s.

sθπsc肋 メ',Bd.122,S.163.T廿bingen1966.ク レル レの分 配 理 論 は,総

合 的 な分 配 理 論 の 代 表 的 な著 作 の 一 つ で あ る。

(2)WilhelmKrelle:a.a.0.,VI.

(3)D.H.Robertson:Lecture:onEconomicPrinciples.London1959,

Vol.ii,PP.22-23.(森 川 太 郎,・高 本 昇 訳r経 済 原 論 講 義 』 東 洋 経 済 新 報

,社,1966.)

(4)GeroldBIUmle:7■ 乃θ07fθ4ε7E痂 々o初翅θπs"〃 ∫θ〃襯8㌧Heidelberg

1975.ブ リュ ウ ム レは,職 能 的(な い し機 能 的)と い う言 葉 を,funktional

とfunktionellと い う二 つ の語 句 を使 っ て表 現 して い る。 あ え て前 者 を 機 能

的 ・関 数 論 的,後 者 を職 能 的 ・職 能 集 団 的 とい うよ うに 区 別 して み た が,結

局,職 能 と い う言 葉 に統 一 した 。

(5)E.プ ラ イ ザ ア の提 言 は,つ ぎの 文 献 に 掲 載 され て い る。ErichPreiser:

Distribution.In:正 ∫απ4ωδ7陀ア∂κσ乃4θ7∫ogfαZω ゴssθπsc乃αア'β%,Bd.2,

Gδttingen1959.

1.G.ブ リュウム レ分配 理 論の構 成

D.リ カー ドウは,マ ルサスに宛てた1820年10月9日 付書簡のなかで,

つ ぎのように述べている。経済学は 「産業の生産物をその形成に協力した

階級間に分配することを決定する法則の研究と呼ばれるべきである。分量

に関してはなんらの法則 も確立されえない。だが,比 率に関してはかな り

精確な法則が確立され うるのである。前者の研究は空 しく妄想的であ り,

後者の研究だけが科学の真の目的であるとわた くしは日増 しに確信を強め

86(994)

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所得分母理誰の結合に関する一試論

ています。」ω古典学派が追究した問題は,い うまでもな く,生産物の分け前

の決定にほかならない。すなわち,分 配の理論は,4要 素モデルにおいて

は,賃 金,資 本利子,利 潤そして地代のそれぞれの分け前が一体 どのよう

な法則によって決定されるかを論究することにある。古典派経済学の骨格

をなす価格形成の仕組みは,こ うして,生 産本位の限界的な微視理論(die

produktionsorientiertemarginaleMikrotheorie)す なわち限界生産性説

への道案内をしたものといえる。微視経済的な限界生産性説 に したがえ

ば,所 得の分配は,生 産過程における個別の生産要素の職能を重視する見

地に立って説明される。

この職能的な分配理論の主な狙いは,価 格理論の枠組みのなかで,要 素

価格の決定を問題にすることである。爾来,分 配の理論は,原 則的に,関

係りすべての生産要素に適用の可能なほぼ純粋な形の要素価格の理論とも

い うべきものになった。つま り生産物の市場 よりもむ しろ,生 産要素の市

場にかかわる価格理論の敷延にすぎないとするのが通例であったが,分 配

の筋書きはそれ自体顕著な特色をそなえた価格理論の投影 と看倣 さざるを

えないものといってよい('1)。われわれは,こ こで,分 配の理論を職能的な

分配と人的な分配 と社会 ・経済的な分配 とに分類 して論究する立場に立っ

ているが,殊 に生産過程において生ずる分配 と社会 ・経済的な集団への分

配が一致 しているか どうか とい う立場から,問 題にしているのが プリュウ

ムレである。かれは,カ ルダア ・モデルにおける賃金稼得者と利潤取得者

の双方の集団が,貯 蓄の行動様式に関する仮定にしたがって,資 産所得を

手に入れるようになる場合,「 カルダアの取組み方からすれば,職 能的な

分配 と社会 ・経済的な集団への分配は,総 じて,合 致 しえないはずだ」(3)

と述べている。

(995)8i

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政経論 叢 第63巻 第4・5・6号

1.基 本的な論究の方法

ブリュウムレの分配理論は,三 つの構成要素から成っている。(1)人的な

所得分配,(2職 能的な分配理論,(3)国 民所得に占める相対的な分け前の決

定理論がそれである。分配の問題は,労 働分配率の長期一定不変性,あ る

いは相対的な安定性をめぐって議論されるのが通例であった。こうした一

連の行状を説明する道具立てとしていろいろな仮設や理論が立ち現れた。

その際,全 体 としての所得に占める所得分配率の行状ないし動向が,個 別

経済的な行動分析 とどこでどのように接合されるかを論究することが肝腎

な取組み方といえよう。分配理論の総合には,結 局のところ,い ろいろな

仮説や理論の折衷が要請され ることになるであろう。

巨視経済的な分配の概念は1,も っぱら社会生産高に占める所得の分け前

とい う意味に解するのが普通である。 ところで,広 義の職能的な分配の理

論とい うのは,要 素価格に要素の分量を乗 じて,そ れを総所得で割った要

素の分け前の理論のことである。巨視経済学的な限界生産性説の見解によ

れぽ,同 質的な生産要素の職能や働きに関 して,こ れを集合可能だと看て

いる。'たとえぽ,労 働所得として測定されるのは,賃 金 ・俸給ならびに自

営業者の労働に相当する部分すなわち企業家賃金と呼ばれる給与がそれで

ある。 これに対 して資本所得は利子と賃料(ZinsundPacht)を 合わせた

ものになるであろう。限界生産性説にしたがえば,た とえ利潤が発生する

場合があっても,そ れは生産的な貢献として資本とい う生産要素には帰属

計算されえないものである。 これは長期均衡の理論として,生 産物はすべ

て労働 と資本に完全に分配されつ くすからである。

生産重視の取組み方だけでは,所 得はすべて説明されえないし,こ うし

てまた所得の根拠づけとして勢力ないし権勢(Macht)の 側面や需要の側

面からの接近にも言及しなけれぽならないであろう。 ケインズ的な理論の

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所得分配理論の総合に関する一試論

出現にともない,総 合経済的な循環過程の分析方法が明らかにな り,同 時

に分配理論にとっても,需 要の意味が一層明確になった。社会生産高に占

める所得の分け前をもっぱら需要側か ら説明しようとする試みは,生 産重

視の考察方法に対 してうわべだけの対立であった。この取組み方は,需 要

の決定要因すなわち消費行動と投資行動を介 して,分 配をなにか与えられ

たものとして把握するので,そ れは職能的な分配理論の取組み方 とはいえ

ない。つまり 「需要を決定する経済主体の行動様式から所得の分配を説明

する理論とい うのは,需 要行動に関して同質性にしたがってそれらを集計

しなけれぽならないか らである。」(4)

通例みられる2集 団モデルでは,賃 金所得受領者と非賃金所得受領老は

社会的に同質的な集団と理解される。このような所得受領者集団がそれぞ

れの行動に関して同質的であれぽ,こ れらの集団は統一的な需要行動のみ

ならず,直 接所得分配にかかわる政治的な対決において,よ く組織された

行動をとるものと考えられる。 したがって,「 勢力説的な取組みと需要理

論的な取組み方のほうが,ど ちらか といえぽ,同一集団への分配を説明する

ものといってよいであろう。」⑥それ故,職 能的な分配理論と社会的 ボ巨視

経済学的な分配理論 とを統合する場合,"分 配の分け前の理論"(Theorie

derVerteilungsquoten)(6)と いう概念が用いられるべ きで あった であろ

う。

社会経済的な集団への分配に対して職能的な所得分配とい う概念を同じ

意味で使用することが普通みられるようになったのは,た とえ賃金が労働

所得 として,ひ いては職能的な類型 として把握されるのが常であるとして

も,賃 金所得,賃 金受領者,賃 金の分け前などの概念がすべての巨視経済

学的な取組みのなかに用いられているからである。例えば,賃 金受領者は

もっぱら賃金所得を得ているだけではな く,賃 金所得もまたもつぼら賃金

受領者に支払われているだけではない。実際に,生 産過程に一種類以上の

(997)89

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政経論叢 第63巻第4・5・6号

生産要素を同時に投入 した り,あ るいは一つ以上の経済的な職能を遂行レ

て,一 種類以上の所得を得ている人々がいても不思議 ではないか らであ

る。 このような場合,所 得稼得者を所得の種類に応 じて一義的に類型化す

ることはできないはずであ るか ら,わ れわれは上述したような混合分配

(Querverteilung)(7)と もいうべき概念を導入して 論究しなけれぽならな

いであろう。

社会 ・経済的な集団への分配は よく人的な分配 と呼ばれ る。 しかし,社

会集団への分配の研究は,大 抵,社 会生産高に占める所得の分け前を問題

にするのに対 して,人 的な所得分配の理論は,所 得の大小や大きさならび

にその分散を問題にする。こうして,限 定された条件のもとであるが,「混

合分配がはたす役割で明らかなのは,社 会集団への分配が職能的な分配 よ

りも,そ のように理解される人的な所得分配に一層近いということにほか

ならない。このようにして,人 的な所得分配の概念を上述のように社会集

団への分配を含めて拡張解釈することは,根拠がないわけではない。だが,

人的な所得の分配理論が所得の大きさを分析の対象にするかぎ り,人 的な

分配理論は社会 ・経済的な集団への分配と区別しなけれぽならない。後者

の分配は,大 抵の場合,混 合分配とい う概念を考慮に入れれば,職 能的な

分配に起因するところが大きい。」(8)

ここで,国 の社会政策が,人 的な所得分配に対応 して,所 要の公正(Be・

darfsgerechtigkeit)と い う原則のもとで,移 転支払いや直接税になんらか

の方向づけを与えようとする場合,こ ういう脈絡のなかで本源的な分配

(Primarverteilung)と 副次的な分配(Sekundarverteilung)を 区別するこ

とは,特 別な意味がある。すなわち,生 産過程で生 じるよ うな所得の分配

と国家の再分配政策による所得の分配 とのあいだにこのよ うな区別をもう

けるのは,所 得分布の測定に関してただ福祉経済的に解釈することが重要

だとい うことだけにはとどまらない。本源的な分配の解明と取 り組む場合

90(998)

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所得分配理論の総合に関する一試論

に注意 しておかなけれぽならないことは,こ れは政府の分配政策によって

影響を受けないままでいるというおけにはいかないとい うことである。こ

うして,累 進税を高めれば,ち ょうどこれに対応 して副次的な分配をもた

らすであろうと推察される。

(1)D,Ricardo=TheWorksandCorrespondenceof1)avid、 配fc〃40,

Vol.8,1952,P.Sraffa(ed.)(中 野 正 監 訳rデ イ ヴ ィ ド ・リカ ー ドウ全 集 』

第 岡 巻 書 簡 集,雄 松 堂 書 店,1974,312-313頁)

(2)S.Weintraub:AnApproachtotheTheoryofIncomeDistribution,

1958.p.18.(増 澤 俊 彦 訳 『所 得 分 配 の 理 論 へ の 接 近 』 文 雅 堂 銀 行 研 究 社,

1976。28頁)

(3)G.B1丘mle:a.a.0.,S.6.

(4)Ebenda,S.12.

(5)Ebenda,S.12.

(6)Ebenda,S.12.

(7)Ebenqa,SS.12-13,A.シ ュ トッベ に した が っ て い え ば,「 生 産 過 程 に 同

時 に 一 種 類 以 上 の 生 産 要 素 を 投 入 させ た り,あ るい は一 つ 以上 の経 済 的 な職

能 を 遂 行 し,こ う して 同時 に 一 つ 以 上 の種 類 の所 得 を受 領 し て い る人 達 が い

る。 この 場 合,所 得 の 種 類 に した が って 所 得 受 領 者 を 一 義 的 に分 類 す る こ と

が で き ない か ら,所 得 の 混 合 分 配 と も い うべ き概 念 が 登 場 す る」 こ とに な る。

A.Stobbe:ひ7¢'97szκhπ π96ηgz〃 〃3βん70δ々 oηo〃露sσ乃θπ 丁乃θ07ゴθ487

Eゴπ々 o〃2〃39πsびθノ'θ∫'ππg,1962,S.35.

(8)Ebenda,SS.13-14。

II.人 的な分配理論の基礎

人的な所得分配が経済的な平等 ・不平等を中心的な課題 とするかぎり,

所得の分散を説朗することが問題となる。所得の分配が福祉を考慮 して陳

述 されるかあるいは分配の正義や公平を問題にする場合にはいつでも,所

得の分散ないし所得の集中が議論されることになる。 だが,「 人的な所得

(999),91

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政経論叢 第63巻第4・5・6号.

分配の正義や衡平すなわち公正の問題が,も つぼら 「所要の公正」とい う

視点に立つだけではなく,「 機会の公正」とりわけ 「貢献の公正」(Leis-

tungsgerechtigkeit)と い う視点に立って論 じられるようになると,わ れわ

れは個人所得の成立を考慮しなけれぽならないし,全 体の所得の分散だけ

に注意を集中するわけにはいかないはずである。」(is

税引前の所得は一国経済1において分配の公正に確かに影響を与xる が,

それは所得の形成に際して所得分配の平等が明らかになり,ひ いて貢献の

公年に対す る問題が前面に押 し出され る場合にか ぎられ る。 しかしなが

ら,・公正な所得分配とい う目的との関連では,分 配は,所 要の公正ならび

に購買力の分配とい う視点に立って表沙汰にする場合が普通である。その

際にまた,個 人可処分所得の概念を考慮に入れなけれぽならないのである

が,そ れは移転所得のために租税控除後の所得が充たされている場合には

いつでも生 じる。

上で述べたように,貢 献の公正 とい う視点に立つかあるいは要素市場の

局面を考慮に入れて検討する場合には,総 所得の分配が引き合いに出され

る。これに対 して,勢 力ない し権勢 という観点か ら所得の分配を問題にす

ると,資 本利潤 と未分配利潤が所得に算入され,後 者は場合によっては家

計の手に収められることになるはずである。機会の平等や所要の公正ある

いは購買力の分配の問題にかかわる場合には,間 違いなくそ うであろ う。

ここでは所得分布の不平等の表示方法など人的な分配の統計的な査定やグ

ラフによる表示はさておいて,人 的な所得分配に影響す る要因を考えるこ

とだけにとどめたい。

1.社 会 経 済 的 な 固 定 要 因

ブリュウムレは・社会経済的な固定要因の概念として・性別・人種,年

齢,天 性の資質,家 系の5つ を挙げているが,こ れ らの要因を固定的と言

92(1000)

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'

所得分配理論の総合に関する一試論

い表したのは,所 得決定の影響要因を総 じて与件 と説明した り,』また政治

経済的な:干渉から免れるとい うような意味ではないω。かれは,そ れぞれ

の要因について次の ように述べている。

(1)性 別:女 性は,専 門的な教育の享受において比較的劣位の状態にあ

る場合が多い。それは結婚や出産や育児などが職業活動を妨げた り,止 め

させた りしているぽか りではな く,教 育投資もほとんど報われていないよ

うな状態にあるからである。したがって,女 性の職業活動は単に二次的な

仕事ならびに副業としか理解されているだけではな く,社 会からも女性 自

身の仕事としか見倣されていない。例えば,保 母,手 芸教師,看 護婦,「秘

書などの場合で,そ の報酬も比較的に僅かであ り,仕 事に就いている男性

に比べてみても,相 応の要求に対 して昇進する機会も少ない。

② 人種:性 別の場合と同じように,た とえ職業教育が均等であっても

昇進の機会が少なく,失 業も高いなど人種差別が現れている。この関係で

は,ド イツにおける外国人労働者とアメリカにおける有色人種を比較して

言及されるべきだとしている。

(3)年 齢:所 得の高さを決める要因としての年齢は,大 部分,所 得成長

の経過の時期に現れた現象である。資産ないし資産所得は年齢とプラスの

相関がみられた。貢献本位の競争の結果 として報酬の支払いが生じる職業

において,あ る一定の年齢から所得の増加が平 らになることが観察されて

いる。年金付き退職の場合はさておいて,確 かに所得が下がることはない

が,も はや上がることもない。 一般的に,労 働力の需要側 としては,健

康で作業能力が維持されている若年労働者に決めようとする傾向がみられ.

る。中年労働者の競争能力とひいては所得をさらに増加させようとする可

能性は,そ の結果制約されることになる。

(4)天 性の資質:後 天的な周囲の環境 と区別 して言及することはしない

で,知 能指数の順位 と社会階級(工.上 位職員,皿.商 社員,教 師,皿.

(1001)93

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政経論叢 第63巻第4・5・6号

下位職員,IV.熟 練労働者,V.見 習い期間中の労働者,VI.未 熟練労働

者)と の関係を大人と子供に分けて観察し,か な り決定的な意義は社会経

済的な固定要因の家系に与えられるとしている(3)。

(5)家 系:周 囲の環境や職業教育が所得の高さを決める重大な要因を形

づ くっていることはいうまでもない。親の職業上の地位も大きく関係して

いるであろう。いろいろな社会経済的な固定要因の異なった重みは,こ の

ような関連において言及することが重要である。

2.社 会経済的な可変要因の影響

経済現象の枠組みは,地 域,学 校教育,就 業者数,職 種などの社会経済

的な可変要因によって制約されるものとしてよい。

(1}地 域:地 域が所得に与える影響に関して,賃 金協約にみられる地域

別給与基準の形成や公務員給与の支払いなどは,地 方 自治体の規模次第で

制度的に決まってくる。 このような事実が認められるのは,お そらく,地

方 自治体のあいだに規模の相違がみられ,物 価水準にも格差が存在 し,さ

らに地域別給与基準表によって同一の実質所得が地域に関係なく保証され

ることによるものといわれる。地域に関 しては,賃 金以外の要因も大きな

役割をはたす。例えば,老 人にとっては環境などの要因,婦 人にとっては

幼稚園,学 校そして買物の便利さなどが賃金以外の要因として考えられる

であろう。

② 学校教育:学 校教育は,大 半の教育体系において,本 質的に,社 会

経済的な固定要因である家系によって決まるものとしてよい。子供の学校

教育は親が受けた学校教育によって左右されるであろ う。個 々人が自分 自

身の職業教育に対 して与える影響で決定的に重要なのは,職 業教育の過程

には時間がかかるということと,ひ いてはその過程で年長の見習生からの

影響が一層強 く現れるということなのである。

94(1002)

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所得分配理論の総合に関する一試論

{3)就 業者数:家 計の所得が仕事に就いている家族員の数とともに増加す

るとい うことは,当 然なことのように思われる。世帯主の所得が比較的低

い場合,追 加的な収入の増加にはそれな りの理由がある。他方夫の所得が

比較的高い場合には,妻 は仕事に就いていない場合が多い。所得受領者へ

の分配に際し,家 族が大きくなれぽ,追 加的な収入は,所 得の最も低い層

で,'大 きくなるものといってよい。 自営業の場合には,家 族従業員に家族

労働 として報酬を支払 う方が税務上有利なことが多い。

(4)職 種:労 働者,職 員,農 業経営者,商 工業者(い わゆる自営業主),

自由業,金 利生活者,年 金生活者,公 務員などのように類型化される。 こ

のように類型化された人々が得る所得の区分は,社 会構造の現実を よく表

わしているといえるであろ う。

3.人 的な所得の大小を決定する経済的な要因

所得の用途が個人の行動様式にもとつくかぎり,職 能的な所得分配が要

素報酬の支払いの結果であっても,同 一の行動様式をもつ社会経済的な集

団が同時に一つの要素だけを完全に支配する場合にかぎ り,二 つの取組み

方は合致する。混合分配になると,社 会経済的な集団への分配 と職能的な

分配とは区別されることになる。所得集団の数を拡張することで,個 人所

得 と解釈できる集団の所得を説明することができても,相 互依存関係をす

べて考慮に入れる多数の所得集団のモデルでは,直 に限界にぶつか り,純

粋理論的に議論されることになる。「その場合,大 きく単純化することで,

包括的な視野でみなければならないことになる。明らかに,人 的な所得分

配 と職能的な所得分配を結び付ける一つの取組み方は,本 質的な要素とし

て混合分配の理論を含めなけれぽならないし,こ うしてまた当然資産の形

成過程を考慮に入れなけれぽならない。」ω要するに,ブ リュウムレは,ク

ル ップ(H.J.Krupp)に したがって,「 人的な分配理論の研究対象は,

(1003)95

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政経論叢 第63巻第4・5・6号

分布マ トリックスの解明である」(5)とする考え方を手掛か りに,問 題解明

の足場を築こうと試みた。クル ップの手法で重要なのは,そ の手法が制度

的,定 義的,外 生的な諸関係を推移確率行列 とい う装置を通 して,行 動様

式の作用を追究するのに適しているということであ り,こ うして経済政策

担当者には中間投入の規模に関するイメージを与えてくれるということで

ある。その理論的な骨組みは,要 素分配に関する職能的な分配 と人的な:分

配との結合,な らびに所得の用途に関する人的な分配の職能的ないし要素

的な分配に対する反作用を同時に把握することができる。

(1)G.Bl廿mle:Tぬ θ07ゴ8d¢7E'嬬o彿 勉 θπ5びθ7彦θπ観8・.S.23.

(2)Ebenda,SS.88-89.

(3)Ebenda,SS.90-91。 同 時 に ま た 表10参 照,S.225.

(4)Ebenda,S.96.

(5)Ebenda,SS.96-99.H.J.Krupp:丁 乃θ07f64〃 ρ〃soπ θ〃θπE∫ π々 o翅 一

wens"θ ノ'θf'%πg,1968.

III.職 能的な所得分配の理論

古典派の分配理論は利潤を残渣所得としてとらえる。それが経済循環に

もとづいて企業家の手に入る限 り,古 典派の理論は職能的な分配とい う見

地に立 っていると考えられるが,完 全な:要素価格の理論とはいえない。た

だ賃金に関していえぽ,古 典派の理論はこのような理論の目的に適ってい

る。地代の原因となるのは,生 産関数に したがって同質的な要素に対 して

帰属される(zugerechnet)生 産的な貢献 においてではなく,も っぱら土

地の非同質性とそれに伴 う生産水準に際して発生する隔差所得(Einkom-

mensdifferential)と い う面からである。

リカー ドウ流のモデルでは,「限界原理」 と 「剰余原理」とい う二つの独

96(1004)

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所得分配理論の総合に関す る一試論

立 の 原 理 に も とづ い て 説Y

明す る(1)。限 界 原 理 は 地

代 の 分 配 を 説 明す るた めP

に,ま た 剰 余 原 理 は残 りC

の賃 金 と利 潤 へ の分 け前栽

を説 明す るた め に用 い らB

物れ る。 図1に お い て,縦

軸 に 穀 物 の 分 量 を,横 軸W

に 労 働 の 分 量 を 表 わ す 。

収 益 逓 減 の法 則 が 働 ・てOMX

い る もの とす る。A,は 労 働

図1(N,Kaldor:op。cit.,p.212)労 働 の 平 均 生産 物,Mp

は 労 働 の 限界 生 産 物 を 示 す 。 こ うして,労 働 の 分 量 が 定 ま る と,穀 物 の産」

出量は一義的に決まる。労働量がOMの とき,総 産出高は矩形OCDMで

表わされ る。地代は 「限界」地における労働の生産物と平均地における生

産物 との差額である。すなわち労働の平均生産物と限界生産物の差額にほ

かならない。 しかしながら,労 働の限界生産物は賃金 に等 しいの ではな

く,賃 金と利潤の合計額に等 しい。賃金率は,一 定と仮定した労働の供給

価格によって,労 働の限界生産物とは独立に,決 定される。

リカー ドウ流の仮説では,一 定の供給価格OWに おいて,労 働の供給曲

線は無限弾力的であることを意味する。だが,労 働の需要は,Mp曲 線によ

って決まるのではなく,賃 金率OWに おいて資本の蓄積によって決定され

る。 したがって,均 衡状態はMp曲 線と労働の供給曲線 との交点によって

示されるのではな:く,「賃金基金」によって示される。与えられた労働量M

において,賃 金基金はOWKMの 面積によって示される。利潤は残渣であ

り,それは労働の限界生産物AMと 賃金率KMと の差額にほかならない。

(1005)97

地 代

D

A

A

MK'

一 一 一 一 響 一

利 潤

賃 金.

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政経 論叢 第63巻 第4・5・6号

1.微 視経済的な限界生産性説:分 配の基礎理論

いわゆる新古典学派の基本的な思考は,効 用の概念に立脚して,相 対的

な価格の理論と分配の理論を組み立てるものであった。所得分配の決定要

因として階級の所属関係が背後に押しやられ,し たがって,分 配は交換価

値の成果 として決定された。外生的な要素分配と外生的な供給のもとで,

所得の分配は市場均衡において形成され る。 この均衡は,需 要の側で,外

生的にあたえられた最終需要者の主観的な価値概念を通して確定される。

これは同時に,消 費財に対する需要 とともに,半 製品や生産要素に対する

需要も決定す る。新古典学派において最終的に価格を決める最終需要者の

選好が生産要素の価格を決定することができるのは,要 素の生産的な貢献

が生産物に帰属され うる場合にかぎられる〔2)。

総じて,生 産要素が一つでも欠いていては生産す る ことは できないか

ら,生 産要素は一方では補完的なものといえる。 他方では,"生 産的な貢

献を個々の生産要素にどのように関係づけられているか"と い う問題を内

容とする帰属問題の解決には,最 終需要者の選好にしたがって,評 価がな

されなければならないか ら,生 産要素はきまって競合するはずである。こ

のような理論に立脚する生産関数は要素代替を許さなけれぽならない。財

貨の供給側における生産要素の代替可能性は,財 貨市場の最終需要者の代

替可能性に対応する。

限界生産性の原理は,こ うして,帰 属の問題を解決するべき理論として

現われた。この限界生産性説の前提条件は,つ ぎのように要約することが

できる(3'。

(1)定 常的な経済を仮定して,効 用の概念,要 素の供給ならびに生産関

数は変わらないものとする。技術の進歩は存在しない。

(2)代 替可能な生産関数の存在は,同 質性と要素の可分割性を前提 とす

98(1006)

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所得分配理論の総合に関する一試論

る。

(3)競 争の結果,同 質的な財貨 と生産要素について,そ れぞれの市場に

おいて一物一価の法則が成 り立っているものとする。

(4)企 業家の 目的は,利 潤の極大化である。

㈲ 企業の利潤極大化行動の仮定は,収 益逓減の領域 の もとで成 卑す

る。

以上の前提条件のもとで,企 業家は,価 格をすべて与えられたものとし

て,数 量:だけをもっぱ ら

調整しなが ら行動する。 η

完全競争のもとで,利 潤 要素

極大化の要素投入量決定 価格

の条件は,限 界価値生産

高(生 産物価格×物章的a

な:限界生産物)=要 素価

格である。縦軸に要素価0

b .c

dAVP

MVP

FoF

格Pゐ 横軸に要素投入量 要素投入量

Fを 表わした図2に み ら 図2限 界価値生産高と平均価値生産高

れるように,要 素価格が1%。 であたえられるとき,平 均価値生産高曲線

AVPと 限界価値生産高曲線MVPと の交点以後の右下が りのMVP曲 線

と要素価格 」隊。との交点dで,要 素の投入量F・ が決まる。矩形OF・da

がこの要素に流入する総収入の分け前である。矩形abcdが 残 りのいま

一つの要素に帰属される分け前を描いている。

ブリュウムレは,競 争市場における要素価格を簡潔に説明した うえで,

販売市場の独占と要素市場における完全競争,要 素市場の独占と販売市場

における完全競争,さ らに販売と要素調達の双方の市場における独占の地

位などの項 目に分類し分析を試みている。 ここで微視経済的な限界生産性

(1007)99

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政経論叢 第63巻 第4・5・6号

説 の 前 提 条 件 を簡 単 に 吟 味 して お こ う。

微 視 経 済 的 な 限 界 生 産 性 説 は,要 素 需 要 の究 明 に は た い へ ん 綿 密 な 注 意

を 払 った が,要 素 供 給 に は ほ とん ど配 慮 しな か った とい わ れ る。 こ の よ う

な 理 由 で,分 配 は,本 質 的 に,要 素 需 要 に と って 決定 的 な 生産 の 技 術 的 な

条 件 を 介 して 明 らか に な る(4)。 この要 素 供給 に 関 して,W,フ ェル ナ ア と

B.ヘ エ レイ は,「限 界 生産 性説 は要 素価 格 の 理 論 と もい うべ き も の で あ る 。

完 結 した 要 素 価 格(す なわ ち"分 配")の 理 論 に は,需 要 と同 様 に 供給 の

理 論 を 含 め な け れ ば な らな い 。 だ が,わ れ わ れ が 生活 して い る経 済 に対 し

て満 足 の ゆ くよ うな 労 働 供 給 の 理 論 は 今 日存 在 し な い。 仮 に そ の よ うな 理

論 が 現 わ れ れ ば,き っ と労働 組 合 の 政 策 を決 定 す る"制 度 的 な"諸 環境 を

考 慮 しな け れ ば な らな い であ ろ う。」㈲ と述 べ,こ れ ま で要 素需 要 の 理論 に

く らべ て 要 素 供 給 の 理 論 が疎 外 され て きた こ とを 引 き合 い に 出 して い る。

要 素供 給 は,経 済 過 程 の仕組 み,法 律 的 ・制 度 的 な枠 組 み,い ろ い ろ な 結

社 の可 能 性 そ して 社 会 的 な規 範 な どに よ って 左 右 さ れ る 場 合 が 大 き い の

で,供 給 は た だ 与 え られ てい るめ で は な く,社 会 的 な勢 力 の 関 係 と と もに

に 変 わ る も の とみ なけ れ ぽな らな い であ ろ う㈲。

い わ ゆ る帰 属 の 問 題 で,物 量 的 な 限 界 生 産 高 が 帰属 され うる領 域 は 明 ら

か に 縮 小 し て い る。 労 働者 へ の賃 金 の支 払 い と同 様 に 職 員 へ の 俸 給 の支 払

い も,ま す ます 管 理 機 能 を配 慮 す る こ と に も な り,物 量 的 な 限 界 生産 高 と

の 関 連 では 考 え られ な い はず で あ る。 ま た企 業 の利 潤 極 大 化 行 動 に つ い て

も,こ れ は 実 際 に は い ろ い ろ な可 能 な行 動様 式(例 え ば 売 上 高 の最 大 化 や

適 切 な利 潤 の確 保 な ど)の なか の一 つ に す ぎな い 。

(1)NicholasKaldor:"AlternativeTheoriesofDistribution,"inEssays

orValueand1)ゴs〃f∂%fゴo%,1960.p.212.(富 田重夫編 訳 『マ クロ分 配

理論』 学文 社,昭 和48年,4頁)

(2)GeroldBlnmle:丁 肋07ゴθ{」〃Efπ ゐo卿翅θπs"〃'θf'朋g,1975.S.110.

100(1008)

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所 得 分 配 理 論 の 総 合 に 関 す る 一 試 論

(3)Ebenda,SS.111-112.

(4)Edenda,S.120.

(5)WilliamFellnerandBernardF.Haley:"Introduction",inReading:

intheTheoryofIncomeDistribution,ed.W.Fellner&B.F.Haley,

1961.viii.

(6)GeroldBIOmle:a.a.0,,S,120.

2.分 配の巨視経済的な限界生産性説

微視経済的な限界生産性説から巨視経済的な限界生産性説への移行が,

J.B.ク ラークによって発展させられたことはいうまでもない。巨視経済

的な限界生産性説の狙いは,要 素価格のみならず,社 会生産高に占める要

素の分け前をも問題にする。個別経済的な考察から総合経済的な考察へ到

達するには,つ ぎのような条件が必要である。すなわち,

(1)種 々様々な財貨の生産に際して投入される生産諸要素は,同 質的な

集団に集計されなけれぽならない。その際,二 階級モデルに応じて,も っ

ぱ ら労働と資本 という二つの要素に区別される場合には,そ の集計は大抵

うまくゆくはずである。

② 微視経済的な生産関数は一つの巨視経済的な生産関数に纏められな

ければならない。こうい うことが厳密にできるのは,す べての個別経済的

な生産関数が合致している場合にかぎられ る。それ というのも,そ うでな

い場合には,微 視経済的な関数の性質か らいって,巨 視経済的な関数を推

論することができないからである。

(3)す べての個別経済的な産出量が総産出高に加えられなけれぽならな

い。 このことは物価の状態が一定とい う前提,あ るいは単一の財貨とい う

仮定に問題がない場合にかぎられるω。

明らかに,限 界生産性説の巨視経済的なつかみ方は,そ れが微視経済的

な分析の集計として理解 されるのだとすれぽ,厳 格な前提条件のもとでの

(1009)101

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政経論叢 第63巻第4・5・6号.

み可能である。このような理由から,巨 視経済的な生産関数は独 自の概念

として把握される場合も多い。それは微視経済的な生産関数の集計を通し

て引き出されるのではな く,微 視経済的な限界生産性説の類推とい う形で

敷延されるのである。

巨視経済的な生産関数は,こ こで労働をL,資 本をK,産 出高をYで そ

れぞれ表わせば,Y=〉 てL,K)と して示される。生産要素の代替が可能で,

また生産要素投入量が変化す るにつれて収益の逓減がみられるような生産

関数である。いま完全競争と企業の利潤極大化の行動原則を仮定すれぽ,

生産要素はそれぞれの物量的な限界生産物の大きさにしたがって要素報酬

率が支払われる。生産物の価格をρで,貨 幣賃金をωで示すと,上 述の条

件のもとで,企 業は,実 質賃金w/pが 労働の限界生産物 δy/8Lに 等し

い ところで,雇 用量Lを 決めようとす る。すなわち,

w/p=8Y/δL=yL

である。 ここで,要 素報酬率は要素の限界価値生産高に等しいことがわか

る。すなわち,w=か(δy/SL)で ある。 資本についても同様である。資

本用役の価格をgで 表わし,資 本の限界生産物は δ汐 δん であるか ら,企

業は,g/p;δy/SK=yκ となるような水準に,資 本の投入量Kを 決定す

るであろ う。 したがって,g=p・(δ 汐 δκ)で ある。

つぎに,生 産関数は規模に関して収益不変であ り,生 産関数は一次同次

の関数と仮定される。 このもとで,総 生産物はつぎのよ うな形で表示され

る。

Y=(8Y/8L)・L十(δ}z/8K)・K

である。 この物量的な関係を表わす両辺に価格 ρを掛ければ,つ ぎのよう

な価値の関係に書き直すことができる。

かy=か(ay/8L)・Z十 か(8Y/δK)・K

である。これはまた,要 素報酬率は要素の限界価値生産物に等しいという

102 .(1010)

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所得分配理論の総合に関する一試論

ことから,

ρ・Y=z〃L十gK

として表され る。

こうして,生 産 された生産物はすべてそれぞれの生産要素すなわち労働

と資本とのあいだに過不足なく分配 し尽 くされ ることになる。一次同次の

生産関数を前提にした所得の完全分配は,こ れを競争のメカニズムを通し

て,企 業均衡の条件としてとらえることができる。企業均衡の条件として

考えれば,完 全分配は長期競争均衡において成立するものと推論される。

「この競争の仮定は,企 業家行動(Unternehmertatigkeit)と い う要素に

報酬が帰属することを排除す るものではない。しかしながら,生 産関数に

ついて,残 渣所得が存在しないということは,生 産要素を動員すれば,き

まって全生産物が各要素にそれぞれの限界生産高の大きさに応 じてすべて

報酬 として支払われ,吸 収されるとい うことにほかな らない。」(z

ここで,わ れわれは,限 界生産性説の仮定のもとで,要 素投入量が変化

す る際の所得の分け前の変化を代替の弾力性を もちいて説明しておかなけ

れぽならない。ブリュウムレは,こ の弾力性を資本集約度(li/L)の 相対

的な変化の比率を資本と労働の限界生産物の比率の相対的な変化で割った

比率として,定 義する。すなわち,

・一・(K/L)/(肌)/a(職)/(温)

である。 したがって,資 本の価格と賃金の比率が相対的に減少 し,こ う

して資本集約度が相対的に上昇したとき,代 替の弾力性が1よ り大きけれ

ば,資 本用役の分け前は増加するであろう。代替の弾力性が1よ り小さい

場合には,資 本用役の分配率は低下する。代替の弾力性が1の 場合には,

要素価格の比率の変化 と要素投入量の比率の変化とは相殺され,要 素の分

け前は一定不変である。 このような性質をもった生産関数が コップ=ダ グ

(1011)103

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政経論叢 第63巻 第4・5・6号

ラス生産関数である。

3.コ ップ=ダ ゲラス生産関数と所得の分け前

コ ップ=ダ グ ラス生 産 関 数 を つ ぎ の よ うに表 わ す 。 す なわ ち,

Y=L励K"

で あ る。 労 働 と資 本 の限 界 生 産 物 は,そ れ ぞれ つ ぎ の よ うに 示 す こ とが で

き る。

8Y/8L=辮L隅 一1κ",8Y/8K=nK"一'L'"

と な る。 生産 関 数 の 累 指 数 〃2とnは プ ラス で,0と1と の あ い だ に あ る。

辮 と πは,上 記 の 式 か ら,さ らに つ ぎの よ うに 表 わ され る。

m=8Y/Y:δL/L;n=8Y/Y:8K/K

であ る。 勉 は 生産 の 労 働 弾 力 性 で あ り,π は 生産 の 資 本 弾 力 性 で あ る。 こ

れ は 労 働 と資 本 の 要 素 投 入量 が 増加 した と き,生 産 量 が どれ澄 け 増 加 した

か を 示 して い る。 初 と 〃は技 術 的 に 一 定 とみ な さ れ る。

要 素 の 限 界 生 産 物 に応 じた 要 素 報 酬 の 支払 い に 立 脚 し て,賃 金 額 をW

で,資 本 用 役 の 支 払額 をZで あ らわ せ ば,

W=L・ 〃2。正物一'K^:=m・L鎚K"=m・Y

で あ り,・

Z=K・n・K"一'L"=y・L励K"=π ・Y

で あ る。 した が って,「 卿Z=〃2y/πy=m/nの 比 率 は,技 術 的 な定 数

彿 と%に よ っ て決 定 され,投 入 され た 労働 量 と資 本 の分 量 にか か わ りな く

不 変 で あ る。 コ ップ=ダ グラ ス生 産 関数 が1の 代 替 の 弾 力 性 を もつ とい う

こ とは,分 配 率 が 不 変 で あ る とい う こ とに ほ か な らな い 。」(a)

所 得 分 配 に 関す る決 定 的 な帰 結 は,依 然 とし て 要素 の分 け前 の 分 配 が 生

産 関 数 を パ ラメ ー タ ー に,要 素 の投 入 を通 して一 義 的 に決 ま る とい う限 界

生産 性 説 を 前 提 に した ま ま で い る こ とで あ る。 分 配 が一 義 的 に 決定 され る

104(1012)

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所得分配理論の総合に関する一試論

とい うことは,生 産関数が限界収益の逓減とい う共通の性質をもっている

ために可能なのである。生産関数のあいだに違いがあるのは,以 下のよう

な点である。すなわち同質性の程度にしたがって全生産物が分配し尽 くさ

れた り,ま た コップニダグラス生産関数にみ られるように,分 配が生産関

数のパラメーターによってもつぼら決定された りするとい うのではな く.,

投入された要素の分量次第でも決定されるとい うことなのであるω。

4.巨 視経済的な限界生産性説の批判的な評価(6)

巨視経済的な限界生産性説は要素市場で需要する企業家の目的を利潤極

大化行動としてとらえるが,要 素供給の説明は十分なものではない。 これ

に重大は欠陥がみられるのは,勢 力が分配にあたえる影響を無視している

からである。例えば,労 働の供給を規定する要因として,労 働組合の行動

様式や社会的な基準や政府の立法などは決定的に重要 な もの といえ る。

「たとえコップ=ダ グラス生産関数と完全競争のもとで要素の分け前が実

際に与えられていた としても,こ の決定要因は他の意味において分配にと

って決牢的なものであ為。就学義務や停年や労働時間に関係する法律的な

規制は,労 働の供給を決定的に左右するとともに,労 働の投入を根本的に

規定 し,ま た要素の分げ前が二定ぞある場合には,賃 金率とさらに労働の

投入を通 して生産物をも支配する。巨視経済的な限界生産注説は,確 かに,

生産技術的に要素の分け前を根拠づけることができる ものとしてよいが,

同時に要素価格までは決められないから,分 配に関するこの重要な視点を

考慮していない。この学説は,要 素投入でも社会生産高でも,要 素供給を

無視しては,説 明しxな い。」(5)

ブリュウムレによれぽ,結 局のところ,「 限界生産性説は,要 素供給と

ともに,そ の根本的な決定要因,つ まり対人的な要素分配を考慮 していな

い」㈹とい うことになる。微視経済的な取組みに際し,「完全競争」とい う

(1013)105

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政経論叢 第63巻第4・5・6号

仮定は少なくとも幾つかの部分市場にはある一定の説明価値をもっている

ものといってよいが,こ うい う想定は,経 済全体に関 していえぽ,と くに

現代の経済社会における政府部門が果たす役割を考えれば,き わめて重要

な問題となるであろう。

こうした取組み方の最大の弱点は,微 視的な考察方法から巨視的な考察

方法に移る際に,総 合経済的な相互依存関係を度外視 してい ることにあ

る。 このように総合経済的な循環過程の相互作用(Kreislaufwirkungen)

がまったく無視されているのである。限界生産性を上回る賃金の上昇があ

っても,相 応の需要の増加が限界価値生産物曲線を移行さぜる場合には,

決して雇用を制約することにはならないはずである(7)。このよ.うな最終生

産物需要が考慮に入れ られていないことが,結 局,企 業家利潤の満足のゆ・

くような説明を許していないのである。これは新製品や新生産方法の遂行

に際して帰属する利潤を排除した静態的な考察方法である。 ブリュウムレ

はこうした経済の循環過程を考慮した分析を進めていこうとする。

(1)GeroldBIUmle=丁 加07fo4〃Eゴ π々o吻 翅θ〃s〃 〃'θ ゴ」μπg,1975.S.124.

(2)Ebenda,S.125.

(3)Ebenda,S,129.PH.Douglas:TheTheoryo/Wages,1957. ,

(4)Ebenda,S.132.

(5)Ebenda,S.134.

(6)Ebenda,S.134.

(7)Ebenda,S.135.

106(1014)

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所得分配理論の総合に関する一試論

IV.総 合経済の循環過程と相対的な所得の分け前の

決定理論

1.総 合経済的な分配理論の手掛か り(D

・ケインズ的な経済循環モデルにおいて,経 済全体の均衡は社会全体の貯

蓄Sと 投資1が 均衡す るところで決定され るとい う,1ニSの 条件が第一

の決定機構である。所得Yは 賃金Wと 利潤Gと い う形で家計部門に帰属す

る(YニW+G)。 利潤は消費C,と 貯蓄Soと か ら構成される(G=Cσ+

Sσ)。社会の貯蓄は利潤受領者の貯蓄 と賃金稼得者の貯蓄5四 とから成っ

ているので,Sσ+S。=s=1と なる。 利潤受領者の貯蓄5σ=1-S。 を上

の等式に代入す ると,

G=1十Cσ 一S"

となる。同様に,賃 金稼得者の場合には,

,W=1+C一 βσ

となる。 しかしながら,利 潤受領者が投資の規模を決定す る階級 として理

解 される場合には,上 のWの 等式の代わ りに,利 潤を決定する機構だけが

導入されることになる。これが第二の決定機構である。したがって,Gの

等式を国民所得Yで 割れば,利 潤の分け前はつぎのように表わされる。す

なわち,

Glcσs"一=一 十一 一一YYYY

である。利潤分配率は,一 定の投資比率と利潤受領者の消費性向と労働者

の貯蓄性向によって影響されることがわかるであろ う。こうした手掛か り

をもとに,カ ルダアの分配理論に接近することにしよう。

(1015)1071

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政経輪業 第63巻 第4・5・6号

2.N.カ ル ダ アの ケ イ ンズ流 の 分 配 理 論(2)

カ ル ダア は,3つ の定 義 式y=W+G,1=S,S=5。+s,(S。=5。W ,

So=Sσ0)を も とに,最 初 か ら資 本 設 備 の 完 全 利 用 と労 働 の完 全 雇 用 を想

定 して,分 配 率 の 決定 機 構 を 言 及 す る。 そ の際,乗 数 理 論 を 分 配 率 の決 定

理 論 に 適 用 す る とこ ろ に彼 の 着 想 が み られ る。 彼 に した が え ば,乗 数 は,

分 配 の 関 係 が 与 え られ てい る場 合 に は,生 産 と雇 用 の 決 定 に 用 い られ る

が,総 産 出 高 が 一 定 であ る とす れ ぽ,分 配 の理 論 に 適 用 す る こ とが で き る

の で あ る。

こ こで,先 の 手 掛 か りの 箇所 で 述 べ た 利 潤 式 σに お い て,企 業 家 の 消 費

支 出 は,つ ぎの よ うに 書 くこ とが で き る。

ca=(1-so)G

とな る。 これ をG式 に 代 入す る と,

G=1十(1-sσ)θ 一ε即W

と な る。 利 潤 だ け の 式 に 書 き替 え るた め に,こ れ にWニY-Gを 代 入 す

る と,

G=1十G-St(;一s四y十SAG

'1十G 一(sσ一s 四)G一 ε"y

と な る。 した が っ て,所 得 に 占 め る利 潤 の分 け前 は,

Glls"

YSg一$uYε9-s四

で あ る。 カル ダ ア の分 配 モ デル は,二 つ の貯 蓄 性 向が 異 な っ て お り,利 潤

か らの 貯 蓄 性 向が 賃 金 か らの 貯 蓄 性 向 よ りも大 き い 場 合 にか ぎ り(Sg≒S.

で あ り,Sg>S。),説 明が つ く。

要 す るに,利 潤 分 配 率G/Yは,投 資率1/Yの 大 き さ次 第 で決 ま る こ

とに な る。 つ ま り投 資 率 が 大 きけれ ば 大 きい ほ ど,利 潤 分 配 率 は大 き くな

108(1016)

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所得分配理論の総合に関する一議論

るが,ど の程度 まで引き上げられることになるかは,カ ルダアのいう 「所

得分配の感受性係数」1/(∫g-Se,の 大きさによって左右されるものとして

よい。このモデルにおける一連の適合過程をみると,投 資が増加 し,投 資

率が上昇すれば,完 全雇用経済を前提としているため,投 資財部門におい

て物価上昇が惹き起こされ,こ れは消費財部門に波及する。実質賃金はこ

の物価上昇の影響を受けて下落するが,利 潤は増大することになる。 こう

い う結果になるのは,物 価が賃金 よりも一層伸縮的に働くとい うことが前

提となっているからである。品 の減少は消費財部門における物価上昇に帰

因する(3)。こ うして,最 初か ら完全雇用の状態を想定したカルダアのモデ

ルでは・,需要側か らみた物価変動の過程を通 して利潤分配率が決定をみる

ことになるのである。

カルダァにあっては,総 産出高が一定であるとい5完 全雇用の仮定に立

脚 し,資 本の在 り高が一定不変であるとする場合,利 潤分配率G/Yの 変

動には,資 本利潤率G/Kの 変動が重要な意味をもつことになる。いま資

本の在 り高をKと すると,利 潤分配率は,つ ぎのような定式で表わすこと

ができる。すなわち,

GGK

YKY

となる。経済が完全雇用の状態のもとでは,資 本設備が完全利用されてい

るので,K/Yは 一定不変とみることができる。投資の増加は,物 価の上

昇をもたらし,賃 金は物価の上昇にお くれて反応するが,利 潤は増加し,

G/Kが 上昇する結果,G/Yも 上昇することになるであろう。

賃金稼得者も貯蓄するとい う立場か ら出発すると,か れ らもまた利潤所

得を得ることになるであろ う。したがっ`Z,利 潤は企業家の利潤Goと 非

企業家の利潤Guと に分割されなけれぽならない。 賃金稼得老はWと0。

に対して所得の種類にはかかわ りな く同じ貯蓄性向をもつ ものとされるか

(1017)・109

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政経 論叢 第63巻 第4・5・6号'.

ら,カ ル ダ アの 分 配 の 定 式 は企 業 家 の利 潤(;σ に つ い て だ け 当 て は ま る。

カ ル ダア の定 式 は,そ れ 故,職 能 的 な所 得 の 分 け 前全 体 つ ま り利 潤 で は な

くて,同 じ貯 蓄 性 向3σ に よっ て特 徴 づ け られ た 企 業 家 に 帰 属 す る社 会

経 済 的 な 集 団 の一 部 分 を説 明 して い る にす ぎ な い。 利 潤 分 配 率 につ い て,

資 産 の 比Ku/Ktが 長 期 的 に は 貯 蓄 額 の比 率3。(W+G")/ε σGσと比 例 的

な 関 係 に あ り,す べ て の資 産 に一 定 の利 子 が 帰 属 す る とい うよ うな前 提 条

件 の も と で,以 下 の よ うな こ とが 確 か め られ る も の と し て よ い 。 す な わ

ち,こ の前 提 は カ ル ダァ の定 式 を満 たす の で は な く,G/Y=1/Sg・[1/Y]

を通 じて 決 ま って い る とす るの が そ れ で あ る。 カ ル ダ ア ・モ デル に 対 す る

この よ うな 一 部 の 見 解 につ い て は,賃 金 稼 得 者 の 資 産 収 益 が 比 較 的 少 な い

た め に,ま た 貯 蓄 率 も一 層低 い が ゆ え に,か れ らの 資産 所 得 が 著 し く無 視

され て い る の だ と して,反 駁 され る の は い うま で もな い こ とで あ る ω。

カ ル ダ ア ・モ デ ル の批 判に 関連 し て,ブ リュ ウム レは,賃 金 稼 得 者 の 貯

蓄 を 問 題 に し,資 本 所 得 に も 関説 し て,カ ル ダア ・モ デ ル の拡 充 に は,混

合 分 配 モデ ル を 敷 延 し なけ れ ば な らな い で あ ろ うと述 べ て い る。 こ こ で,

か れ は,労 働 者 はか れ らの消 費 習 慣 に お い て企 業 家 本 位 の対 応 を し ょ う と

す れ ぽ,$wはsσ に依 存 して 決 ま る とい う ロス チ ャイ ル ド(K.Rothschild)

の 長 期 モ デ ル を導 入 して 展開 す る ㈲。

3.独 占度 説:カ レ ッキの 分 配 理 論(6)

カ レ ッキは,以 下 の よ うに 定 式 化 を 図 る。 利 潤 は,売 上 高 σか ら固定 費

用 κ と可 変 費 用K,か ら成 る費 用 を差 し引 い た差 額 で あ る。

G=σ 一(勾 十K,)

で あ る。 ここ で,売 上 高 と可 変費 用 との 比 率 を 独 占度 々=α/κ,と し て示

す 。 した が っ て,σ=んK,で あ るか ら,

K}十Gニ(k-1)K,,:

110,(1018)

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所得分 配理論 の総 合に関する一試 論

とな る。 可 変 費用 は 労 働 者 の賃 金費 用Wと 原 材 料 費ル1とか ら成 る。 固 定 費

用 は も つぼ ら職 員 の俸 給 で あ る。 国 民所 得Yは 賃 金,俸 給,利 潤 の 合 計 で

あ る。

Y=W+G+κ

賃 金 の分 け 前 は,

WWW

Y(W十K,十G)W十(k一])K,

,'W+(k-1)(W+Aの

とな る。 原 材 料 費 と労 働賃 金 との 比 率 をj=M/Wと す る と,

W・1

Y・1十(k一])(ゴ 十1)

とな る。 労 働 分 配 率 の定 義 に際 して,重 要 な こ とは 労 働 者 の賃 金(Arbei・

terl6hne)だ け を考 慮 して,職 員 の 俸 給(Angestelltengehaltem)を 度 外

視 して い る こ とで あ る。 そ の 結 果,労 働 の 分 け 前 は 独 占度 々と原 材 料 ・賃

金 費 比 率 ブだ け で 決 ま る こ とに な る。 独 占度 は 長 期 的 に上 昇 す る とい う立

場 を とる の で,原 材 料 ・賃 金 費 比 率 の 低 下 が 賃 金 の分 け 前 の一 定 不 変 性 を

説 明す る こ とに な る。

例 え ば,景 気 循環 過 程 を考 え て み る と,ん と ブの 動 向は 互 い に 逆 方 向 に

作 用 す る た め 労 働 分 配 率 は 安 定 す る こ とに な る6不 況 期 では,、kが 上 昇 す

るが,原 材 料 価 格 が賃 金 よ りも急 激 に下 が る の で,ブ は 低 下 し,そ の 結 果

労 働 分 配 率 は ほ と ん ど変 わ らな い と い う こと に な る。 カ レ ッキ の 分 配 理 論

の 中 心 に 据 え られ て い る独 占度 の概 念 が 曖 昧 で あ る た め,も と も とそ の テ

ー ゼ は 証 明 され な い とみ る。 む し ろ,原 料 の価 格 と分 配 率 の趨 勢 か ら,逆

に 独 占 度 の 安 定 を 推 測 す る とい う論 理 を用 い て い る よ うに思 わ れ る。 した

が って,々 と ブの パ ラ メ ー タ ーは;分 配 の 関 係 を 解 明す る と い うよ り'も,

む しろ た だ 描 写 して い るに す ぎな い の で あ る㈹ 。

(1019)11i'

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政経 論叢 第63巻 第4・5・6号

ブ リュ ウ ム レは,E.シ ュナ イ ダ アの モ デ ル を取 り上 げ,カ ル ダ アの 取

組 み 方 を一 層 拡充 した 一種 の独 占度 説 と して導 入 す る(8)。 シ ュナ イ ダア は

カル ダ ア と 同様 の貯 蓄 関数 を 用 い る。 す なわ ち,

s=sθo十sψw

で あ る 。 カル ダ ア とは 対 照 的 に,意 図 しな か った 大 き さ と意 図 した 大 き さ

を 区別 して い るの で,1=Sを 恒 等 関 係 と して で は な く,均 衡 条 件 と し て

つ か ま え る 。 利 潤 は 現 実 の利 潤Gと 予 想 した利 潤G'と に 分 け る。 動 態 的

な 体 系 を想 定 す る の で,時 間 に 関 す る賃金 総額 の変 化 は,4剛4'=β(G-

Gつ と して 表 わ され る。 賃 金 の変 化 は現 実 利 潤 と予 想 利 潤 の乖 離 に ほか な

らな い 。 賃 金 額 と利 潤 との比 率W/Gに つ い て,均 衡 に お い て

1=S=s"w十Sgo

で あ る。 これ は1-Sσ0=S。Wと 書 き替rxる こ とが で き るの で,

暮 一 ま(÷ 一・・)

とな る。 した が っ て,WOは,1/Gが 増 加 し,Suが 下 が り,Sgが 低 下

す る と,増 加 す る こ とに な る。 この結 果 は カル ダ ア の分 配 モ デ ル の 帰結 と

は矛 盾 して い る よ うに思 わ れ る。 そ こ で,議 論 の重 要 な とこ ろ は,シ ュナ

イ ダア の場 合 と カル ダ ア の場 合 と では,投 資 関 数 に 違 い が み られ る こ とで

あ る。 つ ま り1/Yと1/Gが そ れ で あ る。

い ま1/Gを 利 潤 か らの 投 資 性 向 あ と して 表 わ せ ば,

W∫ σ一sσ

Gsψ

とな る。 σσ一Sg)は,企 業 の 内部 資 金 では な く,外 部資 金 で賄 う投 資 資 金

の 割 合 を 示 して い る。 この一 部 分 は 賃 金 稼 得 者 の貯 蓄 を 通 じ て 調 達 さ れ

る。 外 部 資 金 が 一 定 の ま まで あ る とす れ ば,こ の モ デ ル の メ カ ニズ ム に し

た が って,賃 金 稼 得 者 の貯 蓄 額 ε評7は 一 定 で あ る に ちが い な い し,ま た

112(1020)

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所得分 配理論 の総 合に関す る一試論 ・

$uの 増 加 は き ま って 解0の 低 下 を もた らす こ とに な るで あ ろ う。

(1)GeroldBl廿mle:Tぬ θ07∫¢4〃E魏 々o初 切 ¢π50〃'θ π観g,Heidelberg

1975,SS.153-4.

(2)Ebenda,S.160.N.Kaldor:"AlternativeTheor五esofD五stribution,"

inEssaysonValueand1)∫5'7ゴ わん'ゴoπ,1960.pp.227-8.

(3)Ebenda,SS.153-4.

(4)Ebenda,S.163.

(5)Ebenda,S.166.

(6)Ebenda,SS.168-9.M.Kalecki:Theoryo/E60ηo〃2i`Dynamics,

1954.

(7)Ebenda,S.170.

(8)Ebenda,SS.173-4.E.Schneider:EinkommenundEinkolnmens・

verteilungindermakro6konomischenTheorie,L'industria,1957.

結 語

分配理論の総合に関して,ブ リュウムレの取組み方の特徴は,職 能的な

分配理論と人的な分配理論を繋げようとしたところにある。 その際,「 混

合分配」の概念が両者を一つにす る重要な意味をもっていることがおかっ

た。実際,社 会的な生産過程に一種類以上の生産要素を投入して,そ れに

見合 う所得を得ているひとびとが存外いるものとしてよいであろ う。その

ような場合,所 得の種類に応 じて所得受領者を一義的に分類することは容

易なことではない。職能的な集団の区別,つ ま り生産過程において共通し

た役割をはたすか,そ れ とも同じ種類の生産的な役務を給付して生計を立

てている社会的な集団の区別のことである。

一人の個人について区別しがたい場合も多 くみ られ るであろ う。従来

は,簡 単に労働者 ・職員,資 本家,企 業家,地 主など階級概念を使って類

(1021)113

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政経論叢 第63巻第4・5・6号

型化することもできるように考えられた。 しか しながら,た とえ少ない金

額の資金であっても,資 金の運用を大衆的な投資機関に委託して僅かでも

資産収益を上げようとする労働者や職員が大幅に増えているのである。 し

たがって,労 働者の貯蓄には賃金所得からの貯蓄もあれぽ,利 子,配 当な

ど利潤からの貯蓄 もみられるであろう。 こうしてみてくると,一 人で二つ

ないし三つの種類の所得を受け取る場合には,社 会経済的な集団として類

型化するのも道理である。 ・9

ブリュウムレは,こ の点に着眼して議論を展開しているものといってよ

いであろう。だが,分 配の理論的な分析の目的からすれぽ,た とえ個人が

一身で幾つかの職能を兼ねていても,そ れだけの報酬を収めるだけのごと

であ り,二 人一人Q職 能に対する分配分の決定にはなんり木都合も生じな

いはずである。こうい う訳で,理 論的な取組みからみれば,総 合化はむし

ろ理論や仮説をどのように折衷するかにある。かれの特色は,カ ルダアの

モデルを手掛か りに,こ れをさらに拡張して独占度説や勢力説にまで論究

す るところにみられる。 これはW.ク レルレの詳細な取組み方Y'よ る影響

が大 きいもgと いえる。いわゆる職能的な分配理論におけxマ クロ的な分

配モデルと ミクロ的な限界生産性説との関係だけを抽象的に議論すること

に終わるのではなく,制 度的な諸要因をも包摂することによって,や や総

括的にすぎるところもあるが,一 つの総合化の試み として評価されるもの

として よいであろ う。ただ,・、こういう社会的 ・法律的 ・制度的な枠組みの

なかで,個 別経済的な行動が どのような姿で全体としての社会経済の うち

に包括され,規 制されるかを説明するには市場 と競争と計画ならびに利害

調整機関の介在などを取 り入れた論議が必要であると思われる。

114(1022)