救急外来における薬物中毒患者への トライエージ...

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203 中毒研究 27:203-204,2014 はじめに 救急医療で取り扱う疾病は多岐にわたるが,薬物 中毒はよく遭遇する疾患である。日本赤十字社和歌 山医療センター(当センター)救急部は ER 型救急 施設として年間約 3 万人の救急患者,約 9 , 500 台の 救急車を受け入れている。そのうち中毒患者は約 300 名が受診している。 今回,当センターで診療を行った薬物中毒症例と その疑い症例,さらに原因不明の意識障害症例に対 して,中毒物質のスクリーニングや除外診断のため に使用したトライエージ ® DOA (トライエージ)に ついて施行状況を分析し,その有用性ついて検討し た。 Ⅰ 対象と方法 2010 112 月までの 1 年間に取り扱った薬物 中毒およびその鑑別診断を必要とする症例 248 名の うち,タバコや化粧品,家庭用品の誤食など,原因 物質が明らかであった 81 名を除いた 167 名に対し てトライエージによるスクリーニングを施行した。 Ⅱ 結  果 Fig. 1 に示すように,対象患者の年齢の内訳は 30 歳代がもっとも多く 40 名,次いで 20 歳代が 26 名であった。15 歳未満の小児は 10 名であった。小 児の中毒の原因は自殺企図が 2 名,誤飲が 8 名で あった。いずれも親が持っていた薬剤を服用したも のであった。 167 名のうち,医師がトライエージでスクリーニ ングできる 8 種類の薬物のいずれかが原因と推定し た群(A 群)は 62 名で,そのうち 52 名においてト ライエージで推定薬物に陽性を示した。陰性は 10 名であった。A群で推定した薬物の内訳は BZO 48 件,BAR 14 件,TCA 12 件,AMP 2 件など計 76 であった。それぞれの推定に対して陽性反応が出た 件数は BZO 44 件,BAR 12 件,TCA 10 件,AMP 2 件であり,全体の一致率(陽性件数/推定件数)は Fig. 1  Agedistributionofpatientsinwhomidentification oftoxicantswasrequired 80~89 70~79 60~69 50~59 40~49 30~39 20~29 15~19 10~14 1 9 4 26 40 22 13 24 14 13 1 0 10 20 30 Number of patients 40 90~ ~9 Age 原稿受付日 2013 年 5 月 30 日,原稿受領日 2013 年 11 月 27 日 救急外来における薬物中毒患者への トライエージ ® DOA 検査の有用性の検討 千代 孝夫 1) ,辻本登志英 1) ,浜崎 俊明 1) ,是 永  章 1) 山崎 一幸 1) ,松岡 徳登 1) ,木内俊一郎 2) 1) 日本赤十字社和歌山医療センター救急集中治療部 2) 公益財団法人田附興風会医学研究所北野病院救急部

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203中毒研究 27:203-204,2014

はじめに

 救急医療で取り扱う疾病は多岐にわたるが,薬物中毒はよく遭遇する疾患である。日本赤十字社和歌山医療センター(当センター)救急部は ER型救急施設として年間約 3万人の救急患者,約 9 ,500台の救急車を受け入れている。そのうち中毒患者は約300名が受診している。 今回,当センターで診療を行った薬物中毒症例とその疑い症例,さらに原因不明の意識障害症例に対して,中毒物質のスクリーニングや除外診断のために使用したトライエージ® DOA(トライエージ)について施行状況を分析し,その有用性ついて検討した。

Ⅰ 対象と方法

 2010年 1~12月までの 1年間に取り扱った薬物中毒およびその鑑別診断を必要とする症例 248名のうち,タバコや化粧品,家庭用品の誤食など,原因物質が明らかであった 81名を除いた 167名に対してトライエージによるスクリーニングを施行した。

Ⅱ 結  果

 Fig. 1に示すように,対象患者の年齢の内訳は30歳代がもっとも多く 40名,次いで 20歳代が 26

名であった。15歳未満の小児は 10名であった。小

児の中毒の原因は自殺企図が 2名,誤飲が 8名であった。いずれも親が持っていた薬剤を服用したものであった。 167名のうち,医師がトライエージでスクリーニングできる 8種類の薬物のいずれかが原因と推定した群(A群)は 62名で,そのうち 52名においてトライエージで推定薬物に陽性を示した。陰性は 10

名であった。A群で推定した薬物の内訳は BZO 48

件,BAR 14件,TCA 12件,AMP 2件など計 76件であった。それぞれの推定に対して陽性反応が出た件数は BZO 44件,BAR 12件,TCA 10件,AMP 2

件であり,全体の一致率(陽性件数/推定件数)は

Fig. 1 �Age�distribution�of�patients�in�whom�identification�of�toxicants�was�required

80~8970~7960~6950~5940~4930~3920~2915~1910~14

19

426

4022

1324

1413

1

0 10 20 30Number of patients

40

90~

~9

Age

原稿受付日 2013 年 5月 30日,原稿受領日 2013 年 11月 27日

救急外来における薬物中毒患者へのトライエージ®DOA検査の有用性の検討

千代 孝夫1),辻本登志英1),浜崎 俊明1),是 永  章1)

山崎 一幸1),松岡 徳登1),木内俊一郎2)

1)日本赤十字社和歌山医療センター救急集中治療部2)公益財団法人田附興風会医学研究所北野病院救急部

Page 2: 救急外来における薬物中毒患者への トライエージ …jsct-web.umin.jp/wp/wp-content/uploads/2017/03/27_3_203.pdf2017/03/27  · 黄,ラニチジンの交差反応によるAMP

204 千代,他:薬物中毒患者へのトライエージ® DOA検査の有用性 中毒研究 27:203-204,2014

89%であった。 トライエージでスクリーニングできる薬物以外が原因薬物と推定した上で,除外診断としてトライエージを施行した群(B群)は 30名で,そのうち 11

名(37%)においてトライエージが検出対象薬物のいずれかに陽性を示した。陰性は 19名(63%)であった。 原因物質が不明としてトライエージを施行した群(C群)は 75名で,そのうち 43名(57%)においてトライエージが検出対象薬物のいずれかに陽性を示した。陰性は 32名(43%)であった。 全体では陽性が 106名(63%),陰性が 61名(37%)であった。 トライエージで陽性反応が出た薬物はのべ 211件で,その内訳は BZOが 112件(53%)ともっとも多く,次いで BAR 33件(16%),TCA 32件(15%)であり,これら 3種の薬物が全体の 84%を占めた。その他 PCP 12 件,OPI 10 件,THC 7 件,AMP 5

件など違法薬物は計 34件であった。

Ⅲ 考  察

 原因不明の意識障害で救急搬送されてくる患者の中には,急性薬物中毒が原因である場合が少なくない。急性薬物中毒に対しては中毒起因物質が同定できれば治療方針が決定されるものも多いため,薬物中毒を疑った場合,まずその病態が中毒か否かを迅速に判断すること,そしてその起因物質を同定することが重要である1)。 薬物を迅速に同定するため簡易分析キットが市販されているが,その中でもトライエージは操作が簡便で,短時間で測定できること,安価であることなど,スクリーニングキットに要求される条件を満たしている。 今回の調査でも,トライエージでスクリーニングできる薬物の服用を疑ってその確認のために施行したもの,他の中毒物質を疑って除外診断のために施行したもの,原因物質が不明なものなど,検査対象は多種に及んでいた。

 A群では,発症現場の状況や関係者や救急隊員への聞き取りなどから推定した薬物と検出物質との合致率が 89%であった。このことは,現場の状況を詳細に把握することが原因薬物推定の精度を上げることに効果があることを示していると考える。 除外診断を目的として施行したB群では陽性となったものが 11名もいたが,これもスクリーニングとしての効果の有用性を示す例ととらえたい。 一方,免疫反応を利用したトライエージの欠点としては,偽陽性,偽陰性のあることや異常反応を示す事例があることなどである2)。ジフェンヒドラミン,シメチジンの交差反応による PCP偽陽性,麻黄,ラニチジンの交差反応による AMP偽陽性が報告されている3)。 今回の調査でも上記違法薬物に対する陽性反応が17件認められたが,これらについては実際に覚せい剤の乱用が判明した 2名を除き,生活環境などから違法薬物の乱用は否定的であった。このように陽性反応が出たからといって違法薬物服用と即断することのないように注意深く判定しなければならない。 睡眠薬や向精神薬が家庭内に数多く存在し小児が薬物を誤飲,乱用する危険にさらされている昨今の状況をみた場合4),小児救急でもトライエージの使用頻度は増加すると思われる。 ERにおいて迅速で的確な診断が求められる意識障害や中毒の鑑別診断の手段として,トライエージによるスクリーニング検査は今後もさらに広く活用すべきものと考えられた。

 【文  献】

1) 藤澤真奈美,堀 寧:緊急時の尿検査 尿中の薬物・毒物検査.救急・集中治療 2009;21:82-6.

2) 石田浩美,久保田芽里,小島義忠,他:トライエージで認められた異常反応の検証.医療と検機器・試薬2007;30:545-9.

3) 守屋文夫:トライエージ DOAスクリーニングの有用性と限界.中毒研究 2008;21:273-83.

4) 市川俊,荒木俊介,松本裕美,他:脳波検査を契機に診断に至った急性ブロチゾラム中毒の 1男児例題.日小児救急医会誌 2009;8:334-7.