学士課程教育の 構築に向けて ·...

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30 Guideline JulyAugust 2008 入口段階の質保証機能が低下 学習成果の明確化と成績評価厳格化が不可欠 今年3月25日、中央教育審議会大学分科会の制度・教 育部会から「学士課程教育の構築に向けて(審議のまと め)」が公表された。今後、数回の部会を経て、最終答 申がまとめられる予定だ。 なぜ今、学士課程教育に重点を置いた審議が重ねられ ているのか。同部会の専門委員である神戸大学の川嶋太 津夫教授は、次のように解説する。 「近年の大学改革の活発化で、大学ごとの多様化、個 性化は進行していますが、果たしてそれだけでいいのか。 学士課程あるいは各分野の教育における最低限の共通性 はあるべきではないかという考えが背景にあります。と いうのも、現代の日本の若者は、留学や、仕事で国際的 なプロジェクトに参画する、外国人と仕事をする、顧客 が外国人など、積極的な海外進出やグローバル化した仕 事に就くことが想定されます。けれども、一緒に学んだ り、仕事をしたりする際に、学士が証明する能力の透明 性、海外の大学との同等性が欠如していたのでは、日本 ここ数年、日本ではさまざまな教育改革が行われている。 本シリーズでは、初等中等教育、高等教育、職業教育などの 改革や新しい取り組みについて解説する。 今回は、学士課程教育をめぐる動きについてレポートする。 今年3月、中央教育審議会大学分科会の制度・教育部会から 「学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)」が公表され た。この審議のまとめに先だって、2007年9月に同部会の 学士課程教育の在り方に関する小委員会が「学士課程教育の 再構築に向けて」という審議経過報告を発表し、その概要 は、2007年11月号特集 2「大学までの教育で何を身につけ るのか」で紹介した。 今回は、「審議のまとめ」のポイントの1つとなっている、学 修の評価について、①分野別の学習成果や到達目標の設定と、 ②評価(学力アセスメント)の2つを取り上げた。いずれも日 本では、これから本格的な取り組みが進む予定だが、今後日 本の学士課程教育に大きな影響をもたらす可能性がある。 そこで、日本の学士課程教育において今後どのような変化 が起きる可能性があるのか、海外の事例を交えつつ、その動 きを見てみよう。 学士課程教育の 構築に向けて 今後、日本の学士課程教育は大きく変わるのか 国際的な水準に合わせた 学士課程教育構築の動きが始まる 概説 学士課程教育の構築に向けて 学士課程教育の構築に向けて 神戸大・川嶋太津夫教授 イギリス・QAA 「分野別学位水準基標」 比治山大・有本章教授 日本学術会議  心理学における基準カリキュラムと 心理学教育目標と学習成果の基準 日本学術会議連携委員・利島保広島大名誉教授 学力アセスメント OECDによる学習成果の評価 学校法人立命館・本間政雄副総長 C ONTENTS 1. 2. 3. 概説 p36 p38 p34 p30

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Page 1: 学士課程教育の 構築に向けて · 学士課程教育の在り方に関する小委員会が「学士課程教育の 再構築に向けて」という審議経過報告を発表し、その概要

30 Guideline July・August 2008

入口段階の質保証機能が低下学習成果の明確化と成績評価厳格化が不可欠

今年3月25日、中央教育審議会大学分科会の制度・教

育部会から「学士課程教育の構築に向けて(審議のまと

め)」が公表された。今後、数回の部会を経て、最終答

申がまとめられる予定だ。

なぜ今、学士課程教育に重点を置いた審議が重ねられ

ているのか。同部会の専門委員である神戸大学の川嶋太

津夫教授は、次のように解説する。

「近年の大学改革の活発化で、大学ごとの多様化、個

性化は進行していますが、果たしてそれだけでいいのか。

学士課程あるいは各分野の教育における最低限の共通性

はあるべきではないかという考えが背景にあります。と

いうのも、現代の日本の若者は、留学や、仕事で国際的

なプロジェクトに参画する、外国人と仕事をする、顧客

が外国人など、積極的な海外進出やグローバル化した仕

事に就くことが想定されます。けれども、一緒に学んだ

り、仕事をしたりする際に、学士が証明する能力の透明

性、海外の大学との同等性が欠如していたのでは、日本

ここ数年、日本ではさまざまな教育改革が行われている。

本シリーズでは、初等中等教育、高等教育、職業教育などの

改革や新しい取り組みについて解説する。

今回は、学士課程教育をめぐる動きについてレポートする。

今年3月、中央教育審議会大学分科会の制度・教育部会から

「学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)」が公表され

た。この審議のまとめに先だって、2007年9月に同部会の

学士課程教育の在り方に関する小委員会が「学士課程教育の

再構築に向けて」という審議経過報告を発表し、その概要

は、2007年11月号特集2「大学までの教育で何を身につけ

るのか」で紹介した。

今回は、「審議のまとめ」のポイントの1つとなっている、学

修の評価について、①分野別の学習成果や到達目標の設定と、

②評価(学力アセスメント)の2つを取り上げた。いずれも日

本では、これから本格的な取り組みが進む予定だが、今後日

本の学士課程教育に大きな影響をもたらす可能性がある。

そこで、日本の学士課程教育において今後どのような変化

が起きる可能性があるのか、海外の事例を交えつつ、その動

きを見てみよう。

学士課程教育の構築に向けて

今後、日本の学士課程教育は大きく変わるのか国際的な水準に合わせた学士課程教育構築の動きが始まる

概説 学士課程教育の構築に向けて

学士課程教育の構築に向けて神戸大・川嶋太津夫教授

イギリス・QAA「分野別学位水準基標」比治山大・有本章教授

日本学術会議 心理学における基準カリキュラムと心理学教育目標と学習成果の基準日本学術会議連携委員・利島保広島大名誉教授

学力アセスメントOECDによる学習成果の評価学校法人立命館・本間政雄副総長

C O N T E N T S

1.

2.

3.

概説

p36

p38

p34

p30

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Guideline July・August 2008 31

の学士への信頼は失墜してしまいます。そのため、日本

の大学(学士課程)を卒業すれば、最低限これだけの能

力は身に付いていることを保証する体制の構築が急務に

なっているのです」(川嶋教授)

もう1つの背景としては、「大学全入時代」の到来を

前に、入試による「入口」の質保証機能が大きく低下し

ていることが挙げられる。もちろん、大学進学者が増加

し、高度な教育を受ける人が増えること自体は歓迎すべ

きだろう。だが、その「量」の拡大を積極的に受け止め

つつも、「質」の維持・向上を図るという、重大な課題

に直面していることも事実なのだ。

そこで「審議のまとめ」で提言されたのが、大学で身

に付けるべき学習成果(ラーニング・アウトカムズ)の

明確化だ。それも、できるだけ具体的に提示することを

求めている。「学位授与の方針(ディプロマ・ポリシー)

に関しては、抽象的な教育研究上の目的を掲げるに留ま

るのではなく、『学習成果』重視の観点から、卒業まで

に学生がどのような能力を修得することを目指すかを、

できるだけ具体的に示していくことが大切である」「『何

を教えるか』よりも『何ができるようにするか』に力点

を置き、その『学習成果』の明確化を図っていこうとい

う国際的な流れがある」と指摘されている。

そして、学習成果の参考指針として掲げられたのが、

話題を集めた「学士力」だ。以下の4つの能力が示され

ている。

1. 知識・理解(多文化・異文化に関する知識の理解/人

類の文化、社会と自然に関する知識の理解)

2. 汎用的技能(コミュニケーション・スキル/数量的ス

キル/情報リテラシー/論理的思考力/問題解決力)

3. 態度・志向性(自己管理力/チームワーク、リーダー

シップ/倫理観/市民としての社会的責任/生涯学

習力)

4. 統合的な学習経験と創造的思考力

「ただし、審議のまとめが示した『学士力』は、あく

まで学位授与の方針の参考指針であり、国が各大学に強

制するものではありません。大学ごとに、建学の理念や

学生の実態などに応じて、主体的に決定することが望ま

れています」(川嶋教授)

成績評価、卒業認定の厳格化など「出口管理」の強化が求められる

この提言を受けて、大学は学習成果を明確にすること

で、質を保証する方向に進んでいくことになりそうだ。

だが、それを推進するにはいくつかの課題もある。

最大の課題は、目標とする学習成果が「できるように

なった」ことを、どのように評価するかだ。

もともと日本の大学は、卒業認定などの評価があまり

厳格でないといわれてきた。「審議のまとめ」でも「修

業年限での卒業率や中退率などの指標で見る限り、我が

国の大学の成績評価が厳格化してきているとは言えな

い。中退者の少なさは国際比較でも顕著であり、そのこ

と自体は、否定的評価を直ちに下すべきではないが、適

正な評価が行われていない可能性も示唆している」と指

摘。しかも「『大学全入』時代の学生の変容に際し、学

生確保という経営上の要請も相まって、従来のままでは、

なし崩し的に安易な成績評価が広がってしまう恐れがあ

る」と危惧している。

当然のことながら、どんなに優れた学習成果を提示し

ても、それを学生がきちんと身に付けたかのチェック体

制がおろそかであれば、卒業生の質の保証にはつながら

ない。成績評価を担当教員任せにせず、全学的な成績評

価基準の策定に組織的に取り組むなど、出口管理の強化

が不可欠になるはずだ。

諸外国でも一回の試験の結果で卒業認定するケースはない

一時期、日本でも「学士力認定試験」のような学士課

程共通の学習成果を測定する共通テストを開発して、卒

業認定に活用する方策が新聞紙上をにぎわせたことがあ

った。だが、文部科学省からの委託を受けて、諸外国の

成績評価方法などを研究している川嶋教授によると「学

習成果の評価を、卒業認定試験のような一発勝負だけで

測定する方法は、諸外国でもほとんどない」とのことだ。

では、海外では、どのような出口管理が行われている

のだろうか。

「オーストラリアには、ACERが開発・実施するGSA

学士課程教育の構築に向けて

名古屋大学教育学部助手を経て、現在、神戸大学大学教育推進機構教授・大学院国際協力研究科教授。研究テーマは「学校教育の拡大と社会経済開発の関係」「発展途上国における教育調査の在り方について」「高等教育と経済発展、大学のガバナンスとマネジメント」など。著書に「21世紀は大学院の時代か」 有本章・山本眞一編著『大学改革の現在』(東信堂、2003年)、「国立大学の法人化と大学評価:教育の『品質』の保証と改善の観点から」 早田幸政編 『国立大学法人化の衝撃と私大の挑戦』(エイデル研究所、2005年)など。

川嶋太津夫教授

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というジェネリックスキル(専門分野にかかわらず必要

な汎用的能力)を測定するテストがあります。けれども、

2000年以降約30大学8,000名程度の学生が参加した程度

で、あまり大学側は積極的ではありません。ただし、企

業が就職を希望する学生に対して得点を出すよう要求す

る場合はあるようです。

アメリカで注目されるのは、250近くの州立大学を中

心に進行しているボランタリーシステム・オブ・アカウ

ンタビリティの取り組みです。徹底した情報公開を図る

もので、教育の成果を測定する方法の1つとして、イン

ディアナ大学のクー教授が開発したNSSE(National

Survey of Student Engagement)が導入されています。

これは、在学中の活動や体験をアンケート形式でチェッ

クし、活動や経験の有無を評価するもので、2008年では

700余りの大学が採用しています。

また、アメリカには、CLA(*1)、MAPP(*2)、CAAP(*3)

と、学士課程教育を受けた学生が受ける3種類の共通テ

ストがあります(各テストの詳細については<表>を参

照)。いずれも、コミュニケーション能力や批判的思考

力を問うテストです。CLAは全米で約300大学7万人が

利用していると聞いていますが、このテストだけを学生

の出口管理に使っている大学はないようです。多くは、

入学時点と学士課程修了段階で受験させ、どれくらい得

点が変化したかを測定する資料として活用しています。

いずれにしても、諸外国でも学士課程修了段階で受験

する共通テストは、学習成果を評価する方法の1つであ

り、卒業認定は授業の成績評価を含めて、総合的に大学

が判断しています」(川嶋教授)

32 Guideline July・August 2008

<表>アメリカとオーストラリアの学力アセスメントの事例

問題解決能力(problem solving)

批判的思考力(critical thinking)

数学(mathematics)

文章力(writing)

読解力(reading)

科学的推論(scientific reasoning)

分析的推論(analytical reasoning)

550校以上(延べ)

総合点・相対評価

CAAP

1988年

MAPP

米国

2006年

CLA

2000年

GSA

豪州

2000年

高等教育機関

一般教育プログラムの効果を測定する

reading・writing skills・mathematics・science・critical thinkingについては多項目選択式、writing essayについては記述式

reading・writing skills・mathematics・science・critical thinkingについては約50分、writing essayについては約40分

大学生(主として2年次修了ないし3年次初めの学生)

350校以上

375,000人以上

総合点・相対評価

高等教育機関

同左

標準形式・短縮形式共に多項目選択式

標準形式:2時間 短縮形式:40分

大学生(すべての学年に対応)

300校以上(延べ)

70,000人以上(延べ)

総合点

高等教育機関

高等教育機関で身につけた付加価値を時系列さらに他大学との比較の中で分析する

作業課題(Performance Task)、分析記述課題(Analytic Writing Task)ともにすべて記述式

Performance Task(90分) Make an Argument(45分) Critique an Argument (30分)

大学生(分析方法により異なるが、大学1・3・4年の学生)

27大学(2000-2001年)

約8,000人(延べ)

総合点・相対評価

高等教育機関・企業

大学入学時と卒業時に、身につけている能力(ジュネリックスキル)を測定する

批判的思考力、問題解決能力、相互理解力については多項目選択式、文章力については記述式

多項目選択式(2時間)記述式(1時間)

大学生(新入生と4年生)

機関数

学生数 実施規模

受験者

解答形式

テスト時間

利用者

評価項目

評価

目的

開始年

特徴

実施国

(注)本表は、(株)ベネッセコーポレーションが文部科学省より受託した「大学卒業程度の学力認定の仕組みに関する調査研究」の成果を要約して作成したものである。

出典:山岸直司(東京大学大学院)、戸村理(東京大学大学院)、金子元久(東京大学)「アウトカムアセスメントの社会的背景と可能性-アメリカとオーストラリア

の事例からー」『日本高等教育学会第11回大会 発表要旨集録』2008.5, p193

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Guideline July・August 2008 33

学士課程教育の構築に向けて

とはいえ、共通テストがあれば、客観的指標の1つと

して活用できることも確かだ。それが存在しない日本の

大学の場合、学士課程の授業の成績評価だけで卒業認定

を行うことになる。それで海外の人々に対して、学士に

足るだけの基準をクリアしている「証拠」と認定される

のか、が課題となっている。

「あくまで卒業認定の選択肢の1つとして活用するの

が前提になりますが、日本においても共通テストの開発

を模索する動きが出てくるかもしれません。私見ですが、

いくつかの大学が連携したり、あるいは国立大学協会の

ような大学団体が主導したりする可能性もあるかもしれ

ません。その際には、全国の医学部が協力して導入した

共用試験(CBT(*4)やOSCE(*5))の事例なども参考にな

ると思われます。もはや国主導の動きを待っている時代

ではありません。それでは国の関与が強化されるばかり

です。もっと大学が自主的な行動を起こすべきです。大

学間や大学関連団体で連合体などを作り、テスト開発な

どを企画・立案することを期待しています」(川嶋教授)

第三者評価において分野別評価や能力の客観的証明が要求される!?

ところで、学士課程における学習成果には、「分野横

断的に共通した目標」「専門分野別の到達目標・学習成

果」の2種類が想定される。後者をどう構築するかも大

きな課題だ。

この点については、文部科学省から日本学術会議への

審議が依頼され、今後3年間をかけて、各分野の学位水準

の向上など、質保証の枠組みづくりに向けた取り組みが進

められる予定だ。その参考事例になりそうなのが、イギ

リスのQAAが開発したSubject Benchmark Statement

である(34頁参照)。

「イギリスの学士課程は専門教育に焦点を置いていま

すので、分野別の到達目標が作りやすい。対して、中央

教育審議会の一連の答申などを見ていますと、日本の学

士課程は教養教育と専門基礎の場とし、高度な専門教育

については修士課程・博士課程に移行する方向です。従

って、学士課程の分野別基準を設けることは容易な作業

ではありません。修士課程や博士課程との関係を考慮し

ないと、Subject Benchmark Statementのような明確な

基準は作成しにくいかもしれません。ですからイギリス

のSubject Benchmark Statementのように57の専門分野

にわたる到達目標ではなく、ある程度専門分野を大くく

りにした到達目標を作るなどの工夫が必要でしょう」

(川嶋教授)

とはいえ、今後は、認証評価において分野別評価が重

視される可能性もあるようだ。

「現在、第三者評価制度は、7年間の評価サイクルの

第1期の途上であり、2010年度までに完了することを目

標にしています。そして、第2期に向けて、重要な課題

とされているのが、学士課程における学問分野別の評価

をどのように進めていくかです。その際に、日本学術会

議主導で作成される予定の分野別基準が指標の1つにな

る可能性は高いでしょう。また、第2期では、学生の学

習成果を定量的、定性的に『可視化』して客観的に示さ

ないと、認証評価されないこともあり得ると、私は考え

ています。その意味でも、学習成果の明確化と、厳正な

成績評価体制の構築が重要になるといえるでしょう」

(川嶋教授)

そうした方向に大学が変わることで、「入難出易」と

形容されてきた日本の大学が様変わりしていくことも考

えられる。

もちろん、単に厳しくすればいいというものではない。

学生の学びに対するきめ細かなサポートと表裏一体のも

のであることが必要だ。「審議のまとめ」でも、「成績評

価の厳格化や『出口管理』の強化は、単に学生を振るい

落とすことを目的とするものではない。学生に対するき

め細かな履修指導や学習支援の実施、評価機会の複数化

と一体的に運用し、効果的に『学習成果』を達成するこ

とを促す点に意義がある。また、教育システムの在り方

として、必要な時に再挑戦をすることができる柔軟な仕

組みづくりが併せて望まれる。こうした学生の利益を増

進するという配慮も忘れてはならない」と指摘している。

(*1)CLA:The Collegiate Learning Assessment

(*2)MAPP:Measure of Academic Proficiency and Progress

(*3)CAAP:The Collegiate Assessment of Academic Proficiency

(*4)CBT:Computer Based Testing 臨床実習までに身に付けておく必要のある基礎と臨床の基本的問題が出題される。出題は、単純5肢択一形式(240設問)、多選択肢連問形式(40設問)、順次解答連問形式(40設問)をコンピュータを用いて、問題プールから受験生ごとに異なる問題を出題する。試験時間は約6時間。

(*5)OSCE:Objective Structured Clinical Examination 臨床実習に参加する学生に求められる技能と態度を測定する。医療面接、各部診察、救急などのステーションに分かれている。評価は、標準的な共通評価方法に基づき、2名の評価者が評価する。

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イギリスでは57の学問分野の学位水準基標を策定

『学士課程教育の構築に向けて』では、話題を集めた

「学士力」のような「学士課程共通の学習成果」を明らか

にすることのほかに、「分野別の質保証の枠組みづくり」

の促進を提言し、専門分野別の学習成果や到達目標の設

定などを求めている。その先進事例として注目されるの

が、イギリスの高等教育質保証機構(QAA:Quality

Assurance Agency for Higher Education)の取り組みだ。

2000年にQAAがまとめたのが「分野別学位水準基標」

(サブジェクト・ベンチマーク・ステートメント。ベンチ

マークとは、社会システムの規範としての水準・基準を意

味する)。これは、日本でも文部科学省からの委託で和訳

が進められ、2007年3月に「学位に関するベンチマーク・

ステートメント~英国・高等教育水準審査機関(QAA)

の学科目別報告」という報告書にまとめられている(研

究代表者は、比治山大学高等教育研究所・有本章教授)。

有本教授は、イギリスで「分野別学位水準基標」が作

成された経緯、背景を次のように解説する。

「EUでは、1999年に29カ国の教育大臣が署名して、

2010年までに『欧州高等教育圏』の構築を目指す『ボロー

ニャ宣言』を採択しました。域内各国の高等教育に関し

て、学位システムと単位制度を中心に、共通の枠組みを

構築することが狙いです。その一環として、大学の質保

証にも取り組んでおり、この方面で最も進んでいるイギ

リスが主導的役割を担っています。イギリスは、ピアレビ

ュー(同僚による評価)の伝統が根づいており、大学の質

保証・評価は自分たちの手で行うという意識が強いので

す。QAAは、大学などの評価機関として、長い歴史を

有しており、指標の作成も担当することになったのです」

QAAの「分野別学位水準基標」は、学問分野別に授

与される学位について、一般に期待される事柄、学位保

持者が身に付けておくべき属性、能力が提示されている。

取り上げられたのは計57分野で、主だった学問分野はほ

ぼすべて網羅されている<表に、参考事例として経済学

を掲載>。

対象としている学位は、第一学位レベル(イギリスの

通常3年間の学士課程修了者に授与)と修士レベルだが、

博士レベルの指標が示されている学問分野もある。なお、

同じ第一学位レベルでも、全分野で、最低到達基準と標

準到達基準の2本立てになっている点も特色である。こ

れは、イギリスでは成績優秀者かどうかが重視されるこ

とから、その指標が必要になるためだ。

また、2000年に初版が作られた後、学問分野によって

頻度は異なるものの、2002年、2003年、2006年、2007年

のように、頻繁に内容を改定している。どのような仕組

みで分野別の指標を設定し、改定しているのか。

「社会学を例にとると、2005年に、QAAの支援によっ

て『社会学学科目機構』が発足。イギリス社会学会員が

中心メンバーになっており、この機構の中にレビューグ

ループを組織して、改定作業を担当しました。ほとんど

の学問分野が同様の作業を行っており、初版と改定版を

比較すると、かなり書き換えられていることが分かりま

す。これは極めて重要なことです。学問分野は常に変化

しているからです。特に理系は新陳代謝が激しいので、

スクラップアンドビルドが不可欠です」(有本教授)

積み上げ式になっていない文系の学問分野で指標の作成が可能か

さて、日本でも、文部科学省と日本学術会議が連携し

て、今後3年間をかけて、日本版の「分野別学位水準基

標」を作成する構想が進行している。その際に、QAA

の先例は参考になるはずだ。

だが、日本でこうした指標を作成するためには、課題

もある。日本でも、医学、歯学、薬学など医療系では既

34 Guideline July・August 2008

「分野別学位水準基標」では学位保持者が身に付ける属性・能力を提示

有本章教授

広島大学教育学部教授、広島大学大学教育研究センター教授、同センター長などを経て、現在、比治山大学高等教育研究所所長。教育学博士。著書は『大学力 真の大学改革のために』(編著、ミネルヴァ書房、2006年)、『高等教育概論 大学の基礎を学ぶ』(編著、ミネルヴァ書房、2005年)、『大学教授職とFD アメリカと日本』(東信堂、2005年)など国内外に著書、論文等多数。

事例1 イギリス・QAA「分野別学位水準基標」

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Guideline July・August 2008 35

学士課程教育の構築に向けて

にコア・カリキュラムが作成されており、理系分野は指

標が作りやすいと推測される。しかし、文系でも可能な

のだろうか。これが、第一の課題である。

「確かに、理系は積み上げ式の学問なので、共通性が

見つけやすい。対して文系は、学士課程でも修士、博士

課程でも扱う内容に大差はなく、思考の深化によって高

度化が図られている面があります。課程ごとにどこまで

を学ぶのか、なかなか成文化しにくいのです。しかし、

アメリカの大学では、文系でも積み上げ式のカリキュラ

ムを構築し、一定の基準に達しないと次に進めない仕組

みになっています。国際標準に即した大学制度へと発展

を遂げるためには、文系であっても、課程ごとの指標を

明確にする必要があると思います」(有本教授)

大学評価と連動させなければ活用が促進されない!?

第二の課題は、日本版の「分野別学位水準基標」が作

成された際に、各大学で実際にはどのような活用が図ら

れるのかという点だ。実はQAAの指標も、いわばたた

き台として大学に提示されたものである。これを参考指

針として、各大学において創意工夫して活用することが

期待されている。具体的には「学科目領域の新しいプロ

グラムが計画・開発される際に、大学にとって重要な外

部参考資料とする」「評価の際に、対応しなければなら

ない最低基準達成の判断のための外部情報源の1つとす

る」などの活用例が示されている。

ただし、イギリスでも、大学ごとに分野別学位水準基

標を作り、評価に活用することを、推奨はしても強制し

ているわけではないようだ。とすると、大学側が指標を

導入する理由をどこに求めればいいのだろうか。

「イギリスでは、おそらく大学がQAAの指標を無視す

ることはないでしょう。なぜなら、先述したようにQAA

は大学評価機関であり、各大学の分野別学位水準基標が

QAAの評価にも反映されるので、きちんと対応しない

と、大学評価に跳ね返る可能性があるのです」(有本教授)

日本の場合、分野別学位水準基標の作成を主導する日

本学術会議は評価機関ではないため、何らかの手立てが

必要になるはずだ。

「作成された指標を評価機関が活用するなど、連動して

学士課程教育の構築を進めていくことが大切です。けれど

も、日本の場合は、複数の評価機関が併存しています。ア

メリカには評価機関同士の調整役を担っている審議会があ

ります。日本にも同様の調整機関を作らないと、指標の活

用などについても、バラバラに動いてしまう可能性があり

ます」と、有本教授は語る。「もっとも、まず、指標作成や

評価が、国際標準から置いていかれないように、総合的な

政策を進めていくことが急務です」と、危機感を募らせる。

いずれにしても優れた指標が提示されても、それを大

学が活用しないのでは意味がない。活用を促す総合的な

戦略が重要になるといえよう。

<表>「経済学」のベンチマーク・ステートメントの構成とベンチマークのレベル

1. 経済学の性格と内容 (略)

2. 経済学における学位プログラムの目的 (略)

3. 学科目の知識と理解 (略)

4. 学科目特有の技能とその他の技能 (略)

5. 学習、教育、および評価 (略)

6. ベンチマークのレベル

6.1 以下に提案されているベンチマークのレベルは、経済学の優等

学位および、経済学を主要な構成要素とする他の学位のためのもの

である。経済学が重要な構成要素ではない学位を取得しようとして

いる学生は、これらのベンチマークの全てを達成することを求めら

れることはない。6.2 最低到達レベル(The threshold level)

最低到達レベルに達した経済学を専攻した学生は、

・経済学の概念と法則の知識を説明できる

・経済学の理論とモデルアプローチの知識を説明できる

・学習プログラムに適切な量的手法とコンピュータ技術を認識し、

どのような状況でこれらの技術と手法を使用することが適切であ

るかを理解している

・経済学のデータおよび証拠についての情報源と内容に関する知識

を説明でき、それらのデータの分析にどのような手法を用いれば

適当かを理解している

・政策事項への経済学的論法の適用方法を説明できる

・経済学における一定の領域に関する知識をもっている

・多くの経済問題には複数のアプローチがあり、また複数の解決策

があり得るということを認識している

6.3 標準到達レベル(The modal level)

標準到達レベルに達した経済学を修めた卒業生は

・経済学の概念と法則の知識を説明できる

・経済学の理論とモデルアプローチおよびその十分な使用方法につ

いて説明できる

・量的手法とコンピュータ技術に習熟しており、さまざまな問題に

対してそれらの技術と手法をどう効果的に使うかを知っている。

・経済学のデータおよび証拠についての情報源と内容に関する知識

を示し、それらのデータ分析にどのような手法を用いれば適当か

を理解している

・政策事項への効果的な経済学的論法の適用方法を説明できる

・経済学における一定の領域に関する知識をもち、それらの領域に

おける研究文献を知っている

・多くの経済問題には複数のアプローチがあり、また複数の解決策

があり得るということに精通している。

[補足]この文書では、「知識」と「理解」は以下の意味を持っている。知識とは、教えられたように理論と証拠を再び用いる能力であり、理解とは構成要素

の構造的かつ批判的な使用と分析ができることを指す。

『学位に関するベンチマーク・ステートメント-英国・高等教育水準審査機関(QAA)の学科目別報告―』(2007年3月、広島大学高等教育研究開発センター 代表:有本章)より

Page 7: 学士課程教育の 構築に向けて · 学士課程教育の在り方に関する小委員会が「学士課程教育の 再構築に向けて」という審議経過報告を発表し、その概要

36 Guideline July・August 2008

臨床心理学分野が突出して増加学生のキャリアパス拡大が課題に

現在、日本学術会議が中心となって、分野別学位水準基

標の作成に向けた検討を始めようとしている。そのモデル

ケースとして注目されるのが、2008年4月に、日本学術会

議の「心理学・教育学委員会 心理学教育プログラム検討

分科会」と、「心理学・教育学委員会 健康・医療と心理学

分科会」がまとめた『学士課程における心理学教育の質的

向上とキャリアパス確立に向けて』だ。この対外報告には

「心理学教育の基準カリキュラム」<表1>や「学士課程で

達成される心理学教育の目標と学習成果の基準」<表2>

が提示されている。日本で、他分野が学位水準基標を作成

する際の参考となるだろう。

なぜ心理学系で、先行してこうした動きが生まれたのか。

「心理学教育プログラム検討分科会」の委員長、「健康・医

療と心理学分科会」の副委員長である利島保・広島大学名

誉教授(日本学術会議連携会員)は、心理学を取り巻く教

育環境が大きく変化し、さまざまな課題が生じてい

ることが背景にあると解説する。

教育環境が激変した最大の要因は、1988年に、

日本臨床心理士資格認定協会が、臨床心理士養成大

学院認定制度を設けたことだ。これ以降、臨床心理

士の資格取得には、同協会の指定を受けた大学院修

士課程修了が必要条件になった。それによって、日

本の心理学系大学院において、臨床心理分野が突出

して増加した。そして、量的拡大に伴って質確保の

問題が浮上してきたのだ。

「現行の大学院入試制度では、課される入試科目

などの影響もあって、これらの臨床心理系大学院に、

法、経済、理工など他学部出身者も数多く入学して

います。他学部出身者の多くは心理学の基礎素養が

不十分なまま、大学院で臨床心理分野の科目を履修

しており、将来、特に医療領域で必要とされる、主

観に寄らないエビデンス・ベースな心理学的観察資

料の記録や提示能力などが不足しているのです。ま

た、同協会が、臨床心理士資格を持つ教員の増員を

要求した関係で、臨床心理学の教員に偏った教員組

織編成になっていることも問題です。日本の場合、

教員は大学院だけでなく学部教育も担当します。必

然的に、学士課程段階で重要な現代心理学の動向・

基礎理論・方法を教授する科目で、担当する教員数

日本の分野別学位水準基標のモデルケースとして注目される心理学系の取り組み

<表1>心理学教育の基準カリキュラム

利島保 広島大学名誉教授

広島大学教育学部助手、山口大学教育学部講師、同助教授、広島大学教育学部助教授、同教授、同学部長、同大学院教育学研究科長、同大学院教育学研究科附属心理臨床教育研究センター長などを歴任し、2007年3月停年退官。現在は、広島大学名誉教授、県立広島大学理事、日本学術会議連携会員。著書に『朝倉心理学講座 脳神経心理学』(編著、朝倉書店、2006年)など多数。

心理アセスメント基礎(実習)

心理面接基礎(実習)

学士課程の全学教養的共通科目

観察・面接法(講義) 検査・測定法概論(講義) 研究・実務倫理論(講義)

心理学基礎実験(実習) 研究法:統計処理・実験機器操作(実習) 研究法:データ収集と質的分析(実習)

*知覚心理学(講義) *行動心理学(講義:含む学習心理学) *神経心理学(講義:含む生理心理学) *認知心理学(講義) *感情心理学(講義) *個性心理学(講義) *社会心理学(講義) *発達・進化心理学(講義)  臨床心理学(講義)  教育・学校心理学(講義)  組織心理学(講義:含む産業心理学)  障害・福祉心理学(講義)  健康・医療心理学(講義)  司法・犯罪心理学(講義)

心理学概論(講義:含む心理学史) 心理学研究法(講義)

心理統計学基礎(講義) テスト構成・質問紙構成法(講義)

情報収集/文献検索(実習) 論文講読・論文執筆(実習)

1. オリエンテーション/知識習得(基礎科目)

内容種別/指導目的 授業科目(授業形式)

2. 説明理論/知識習得(専門領域科目)

3. 技法理論/知識習得(専門領域科目)

4. 技法理論/技術習得(専門領域科目)

5. 技法理論/技術習得(専門領域科目)

6. 方法論/知識習得(基礎科目)

7. 方法論/技術習得(基礎科目)

8. 学術的技能/技術習得(基礎科目)

9. 心理学以外の理論/知識習得

表1の基準カリキュラム2の専門領域科目で*印の8科目に加え、*印のない科目の中から3科目(職能種や専攻の教育目的により学士課程で決定する)を選択し、最低25科目の必修科目で構成する。なお、心理学の卒業論文単位と全学共通教育の単位はこれ以外の必修単位とする。

事例2 日本学術会議『学士課程における心理学教育の質的向上とキャリアパス確立に向けて』

Page 8: 学士課程教育の 構築に向けて · 学士課程教育の在り方に関する小委員会が「学士課程教育の 再構築に向けて」という審議経過報告を発表し、その概要

6.情報技術や情報処理のリテラシーを持つ

7.効果的コミュニケーション技術を獲得する

8.社会文化的、国際的意識を形成する

9.心理学を通して個人的成長をとげる

10.キャリア計画とキャリア開発の技能を習得する

目標6について 6-1 各種の研究から得られた情報の適切性を記述する

6-2 理解し易い報告のため適切なデータ処理法を使用する

6-3 情報や処理技法を倫理観や責任感に従い使用する

6-4 コンピュータの使用法を示範する

目標7について 7-1 種 な々文章スタイルを効果的な記述技法で表現できる

7-2 研究や討論での効果的発表技能を習得する

7-3 数量的表記に関するリテラシーを習得する

7-4 効果的な対人的コミュニケーションスキルを持つ

7-5 効果的な共同研究や共同作業を展開できる

目標1について 1-1 原理や理論に基づき心理学を記述できる

1-2 心理学領域の範囲や深さを理解する

1-3 心理的現象を概念、理論、専門用語で説明する

1-4 現代の心理学の主要な領域を説明する

目標2について 2-1 科学としての心理学の基本特性を記述する

2-2 心理学が使用する種 な々研究法を説明する

2-3 研究から得られた結論の適切性を評価する

2-4 適切な研究法により研究計画を実施する

2-5 研究倫理に基づく研究の計画や遂行をする

1.専門的基礎知識の説明ができる

2.研究法の理解と適用ができる

3.批判的・創造的な論理思考を形成する

4.心理学の実際応用と理解ができる

5.心理学に関わる価値観を形成する

心理学教育により達成される教養的側面 心理学教育が達成すべき専門的側面

学習目標

学習成果

Guideline July・August 2008 37

学士課程教育の構築に向けて

の減少が生じ、教育面で支障をきたすようになっています。

さらに、臨床心理学科といった学科名を掲げているが、

現実には資格の取得には大学院修了が必須であるため、大

卒では専門家として見なされないことも課題です。けれど

も、心理学専門家の活動は、臨床心理に限らず、教育、医

療、産業、福祉などの分野において実績を挙げてきました。

臨床心理分野が突出するあまり、心理学を専攻した学生の

専門を生かせる職種や職歴(キャリアパス)を狭めてしま

ってはいけない。しかも、日本の高等教育は学士課程教育

が主体ですから、学士課程段階でのキャリアパスを広げて

いかなければならないと考えています」(利島名誉教授)

そのためには、学士課程での質の高い心理学専門基礎教

育の見直しと整備が不可欠であり、それに寄与する目的で、

この対外報告がまとめられたのだ。

専門的側面と教養的側面に分けて学習目標と成果を提示

この対外報告の具体的な内容を見てみよう。<表1>の

「心理学教育の基準カリキュラム」は、ヨーロッパの心理

学資格免許制度(*1)の学士課程カリキュラムと、日本心理

学会が認定心理士資格(*2)の判断基準分類としている授業

科目群を参考にして作られた。

注目されるのは、<表1>の1、および3~8は心理学

を学んだ者が必要な技法・態度として提示されていること

だ。日本の人文系、社会科学系、理工系などの学士課程教

育では概ね教養教育と専門基礎の修得が前提とされており、

専門をどの程度重視するかという点で、日本の学士課程の

分野別学位水準基標の構築は難しい面もある。しかし、心

理学のように専門基礎を通じて身に付けるべき知識・技

能・態度にも焦点を当てれば、

分野別に異なる能力を示すこと

ができるかもしれない。

一方、<表2>の「学士課程で

達成される心理学教育の目標と

学習成果の基準」は、アメリカ

心理学会が示しているものを参

考に作成された。専門的側面の

ほかに、教養的側面が示されて

いるところに特色がある。「心

理学は人間を扱う学問ですか

ら、それを学ぶことによって、

教養が深められます。その点を

強調したいと考えて作成しまし

た」(利島名誉教授)

さて、今後、分野別学位水準基標がどのように進行する

のかだが、6月に文部科学省から日本学術会議に審議依頼

がされ、現段階では分野数や担当する組織などについては、

制度設計は固まっていない。だが、おそらく心理学系につ

いては、この対外報告をもとに、心理学分野の教員の意見

を組み入れて、調整するのではないだろうか。また、他分

野にとっても、分科会を組織して取り組んだことや、文書

に盛り込む内容など、この対外報告が1つのモデルケース

になる可能性が高いだろう。

「こうした基準カリキュラムを機軸として、各大学・学

部の特色を生かした教育が展開されることが期待されま

す。将来的には、技術士と同じような国家資格取得の仕組

みの確立も視野に入れています。まず、基準カリキュラム

をクリアし、機関認証された学士課程修了者に『職能心理

士補』を授与。2年の実務経験を経て国家試験を受けて

『職能心理士』を取得できる制度を想定しています。先ほ

ど申し上げた心理学系学生のキャリアパスを広げるために

も、資格制度の確立が不可欠になります。

加えて、個人的な見解ですが、今後は専門分野別認証評

価の活発化が求められていますが、既存の認証評価機関が

すべての専門分野を担うのは難しい面もあると思います。

そこで、例えば、心理学なら日本心理学会が専門分野別認

証評価を担当することもあり得るでしょう。その際の資料

としても、この対外報告の基準カリキュラムや学習成果の

基準が活用できるのではないかと考えています」(利島名

誉教授)

(*1)ボローニャ宣言に基づき、2001年から、標準的な教育・訓練システムに基づく人材養成によって、ヨーロッパにおける心理学専門職の質を確保することを目的として設けられた教育制度。

(*2)心理学専門家として仕事をするために必要な最小限の標準的基礎学力と技能を修得していることを認定する資格。2007年度までに約2万4400名が取得。

*対外報告の全文は日本学術会議のホームページを参照して下さい。

<表2>学士課程で達成される心理学教育の目標と学習成果の基準(抜粋)

Page 9: 学士課程教育の 構築に向けて · 学士課程教育の在り方に関する小委員会が「学士課程教育の 再構築に向けて」という審議経過報告を発表し、その概要

38 Guideline July・August 2008

今年1月の「非公式教育大臣会合」の後本格的な準備が進行中

経済協力開発機構(OECD)が、15歳児を対象とした国

際的な学習到達度調査(PISA)に次いで、今度は高等教育

の学習成果の評価を実施する構想を打ち出した。2007年4

月に米国ワシントンD.C.を皮切りに、フランス、韓国で開

催された「上級専門家会合」による議論、検討を経て、今

年1月、東京で開催された「OECD非公式教育大臣会合」

において、実施に向けた可能性検証プロジェクト(フィー

ジビリティ・スタディ)にゴー・サインが出され、現在本

格的な準備が進められている。「上級専門家」としてこの

間すべての会合に出席していた学校法人立命館 本間政雄

副総長は、その狙いを次のように語る。

「私が最初にこの構想を聞いたのは、2006年9月にパリ

で開かれたIMHE総会(高等教育機関の管理・運営につい

て議論するOECDのボランタリープロジェクト)の席上で

あり、事務総長に選ばれたばかりのグリア元メキシコ外相

から発表されました。OECDは、経済発展の基礎は教育に

あるとして、以前から、PISAなど初等中等教育問題に積

極的に取り組んできました。それに加えて、近年は加盟国

の大学進学率が上昇していること、『知識社会』の進展の

中で大学の役割が飛躍的に高まっていることなどから、教

育の成果をきちんと評価する必要がある。しかも、自らが

乗り出さなければ、各国バラバラに評価基準が設けられ、

比較指標の共通性が損なわれてしまうという危機感があっ

たようです。正直なところ、趣旨は分かるものの、高等教

育システムの違いや大学教育の目標、さらには進学率など

が国によって異なるので、現実に大学生の『学力』を評価

し、国際的な比較を行うのは難しいだろうというのが、そ

の時の私の感想でした。ところが、その後専門家会合が発

足し、私も参加することになりました。昨年、ワシントン、

パリ、ソウルと3回の会合が開催され、さまざまな課題は

抱えつつも、実施に向けて大きく動き出しています」

OECDの構想を後押しするのが、アメリカの大学への人

材流出・集中を懸念するヨーロッパ諸国の思惑だ。

「アメリカの大学は外部資金を獲得して、それを基金と

した奨学金によって、優秀な学生を世界中から集めていま

す。イギリスもサッチャー改革後、市場原理に基づく大学

システムを構築し、追随しています。対して、独仏など大

陸ヨーロッパ諸国には、依然として経済格差や社会的格差

により大学進学率に差があり、大学はエリートのための教

育機関という要素が残っています。多くの国で授業料が無

償であり、いわゆる開放入学制をとっているため、近年進

学率が急激に上昇し、それに伴った施設や教職員増が行わ

れていないため、大量の中途脱落者が出ています。大学に

対し、政府は多額の公的支出をしているが、果たしてそれ

に見合う成果を挙げているのか。また、政府が研究費や教

育費の重点的な配分をそれほど行っていないこともあり、

国際的な評価制度を導入して、それに基づいて『強い大学』

に重点的に投資して、英米に伍すことができるような大学

を育てよう。そうしなければ、立ち遅れてしまうという思

いがあるようです」(本間副総長)

今年度から3年間をかけてフィージビリティ・スタディを実施

さて、現段階でどのような検討が進められているのだろ

うか。

今年1月の「非公式教育大臣会合」では、フィージビリ

ティ・スタディ(<表>参照)の実施が承認された。今年度

から3年間をかけて行われ、その結果を見た上で、加盟国

への正式な提案がされる予定だ。

候補になっている分野は、経済学、生物学、電子工学だ

が、「おそらく最も国際的にカリキュラムが標準化されて

いる経済学で実施されることになるだろう」(本間副総長)。

対象となる能力として有力なのは3つの能力・スキルであ

る。フィージビリティ・スタディの参加国は約10カ国、1

カ国あたり5~6大学を想定。問題文は3~5カ国語で作

成される予定だ。調査方法は、学士課程修了間際(約3カ

OECDが大学の「学習成果の評価」を構想本間政雄副総長

名古屋大学法学部卒業後、文部省入省。LSEに留学し、国際関係論で修士号取得。在仏大使館1等書記官、旧文部省高等教育局専門教育課長、初等中等教育局高等学校課長、大臣官房審議官(生涯学習局担当)、大臣官房総務審議官(局長級、政策担当)を経て、2001年京都大学事務局長。法

人化により、理事・副学長(総務・人事・社会連携担当)。大学評価・学位授与機構教授を経て、2006年から、学校法人立命館副総長(新戦略・国際担当)、大学行政研究・研修センター長、立命館大学教授、東京キャンパス長。自ら設立した国立大学マネジメント研究会の会長でもある。*LSE:London School of Economics and Political Science

事例3 OECDによる学習成果の評価

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Guideline July・August 2008 39

学士課程教育の構築に向けて

月前)の学生に対するコンピュータを利用した筆記テストの

予定である。「専門分野を超えて共通的に大学教育で涵養

される能力」の出題の参考にされそうなテストが、CLA(*1)

とGRE(*2)だと、本間副総長は予測する。CLAの実施団

体などが専門家会議にも参加していたからだ。

CLAは、大学生がどの程度の学力を身に付けたかを測

定する全国的な取り組みとして、アメリカで実施されてい

る試験だ。実施団体は教育支援審議会(*3)であり、以下の

ような3タイプの問題が出題されている(問題例は主旨を

まとめたもの)。

1.批判的思考力

2.分析的論理付け能力

3.問題解決能力

一方、GREは、TOEFL、SATなどを実施するETSが

実施している試験。いわばSATの大学院版で、欧米では

ほとんどの大学院の入学の際にGREのスコア提出が求め

られる。大学院で学ぶための一般的適性を見るジェネラル

テストと、専門分野の能力を見るサブジェクトテストで構

成されている。ジェネラルテストはCLAの内容に近い。

日本はフィージビリティ・スタディに参加

気になるのは、日本がこのOECDの構想にどの程度関与

するかだ。1月の「非公式教育大臣会合」後の記者会見に

おいて、渡海文部科学大臣がフィージビリティ・スタディ

に参加する意志を表明してはいるが、現時点ではまだ具体

的な参加の内容は示されていない。「今後の大学評価の国

際基準になりかねない調査ですから、欧米主導で実施され

てはいけない。日本の声も的確に反映させる必要があり、

ぜひ積極的に参加してほしい」と、本間副総長は語る。

とはいえ、大学の国際比較を行うのは簡単なことではな

い。国によって、高等教育の仕組みは違いが大きいからだ。

「日本では18~19歳で大学に入学する人が多く、年齢と

大学における学年がほぼ一致していますが、欧米には社会

人の比率が高い国もあります。その場合だと、コミュニケ

ーション能力を問う試験では、企業などでの経験を有する

社会人が有利になると思われます。学士課程修了間際の学

生の学習成果の評価といっても、高等教育の成果とはいえ

ない面もあるでしょう。ですから、PISAのような国別の

ランキングといった使い方は想定されていません。高等教

育版PISAの結果の活用法としては、国内での比較、それ

もアメリカなら研究大学、コミュニティカレッジごと、日

本なら総合大学、単科大学といった具合に、カテゴリーご

との比較が主体になるでしょう。また、アメリカの研究大

学では、学内の専攻間で違いがあるのか、大学教員が想定

している学習成果が得られているのか、といった活用法を

想定しているようです」(本間副総長)

もう1つの課題は、各国の大学がどれだけ積極的に参加

するかと、それに加えて実際にテストを受ける学生の動機

付けである。学生が真剣に取り組まないと、正確な比較は

困難だからだ。成績評価の一部として活用するなど、学生

にとっての動機付けを検討する必要があるだろう。また、

どのような問題が作成されるのかも重要な点だ。CLAや

GREに近い問題が出題された場合、現在の日本の大学では、

必ずしもそれに対応できる能力を育成していないため、低

い得点になってしまう可能性もある。その意味でも、早い

段階から日本側の積極的な参加が必要になるだろう。

「このように、いくつかの課題はあるものの、実施され

ることはほぼ確実です。PISAの結果が初等中等教育改革

を促進したように、日本は『外圧』に敏感ですから、今回

のOECDによる高等教育の学習成果の評価も、日本の大学

を変え、カリキュラムを変革する大きなインパクトになる

ことを期待しています」(本間副総長)

<表>フィージビリティ・スタディの概要(2008年5月現在)

ある小学校から200メートルの地点にファーストフード店

が開店した。その3年後に肥満度調査をしたら、肥満児が

2割増えたとの学会報告がなされた。それを読んだ別の小

学校の先生が、肥満児対策として、その学校の500メートル以内に

はファーストフード店を作らせないという方針を決めた。この方針

に対して、論理的に飛躍している点を指摘しつつ、論評しなさい。

(*1)CLA:The Collegiate Learning Assessment (*2)GRE:Graduate Record Examinations(*3)教育支援審議会:The Council for Aid to Education

1. 実施時期:2008年度から3年間を予定

2. 分野:経済学、生物学、電子工学のいずれか

3. 対象となる能力・スキル:①専門分野を超えて共通的に大学教育で涵養される能力(トランスバーサル・スキルズ)批判的思考力、問題解決能力など②専門分野に関わる知識・技術(サブジェクト・リレーテッド・スキルズ)単に知識の多寡ではなく、応用展開能力を見る③インターパーソナル・スキルズコミュニケーション能力、チームワーク、リーダーシップ、やり遂げる力など

4. 参加国・大学数:3~5つの言語、約10カ国、50大学程度を想定

5. 対象学年:学士課程修了間際の学生

ある会社の重役があるジェット機を購入しようと計画し

ている。だが、そのジェット機が墜落事故を起こした。

あなたは購入すべきかどうかの助言を重役から求められ

ている。墜落事故に関する資料(事故調査委員会の調査報告書な

ど)をもとに、適切な助言をしなさい。

「この世には自由なメディアは存在しない。メディアについ

て確かなことがあるとすれば、それは大衆をエンターテイン

する役割だ」この命題に対して、自分の意見を述べなさい。

問題例

問題例

問題例