食品の力学的物性とテクスチャーの感性計測法準的力学物性測定法について検討した事例を紹介する.具...

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(1) 総説 NipponShokuhinKagakuKogakuKaishiVo1.56,No.10,501~512(2009)〔総説〕 食品の力学的物性とテクスチャーの感性計測法 相良泰行§ (社)食感性コミュニケーションズ 501 KanseiMeasuringMethodsforMechanicalPropertiesandTextureofFoods YasuyukiSagara§ FoodKanseiCommunications,Corp.(FKC) 1.はじめに 知覚器官の中で視覚や聴覚のメカニズムに関する研究 は,デジタルカメラの「画像処理技術」やサラウンドシス テムなどを実現している「音響工学」の急速な発達に典型 的に観られるように,味覚・喚覚・触覚に比べて格段に先 行してきた').また,近年「おいしさ」と密接不可分の関係 にある味覚と喚覚に関する科学の進展に伴い,これらのメ カニズムを模倣したセンサー類が開発されて,その利用が 進展している.しかし,触覚,特に口腔内の触覚について は,研究の歴史は長いものの,大幅に遅れており,現在で も「古くて新しい研究課題」として認識されている. 食品の岨噛や嘩下の過程で,口腔内の触覚により知覚さ れる「食感」,すなわち,「テクスチャー」と総称される感 覚についても,その正確なメカニズムの解明は困難な状況 にある.その主な原因はテクスチャーが口腔内で複雑に経 時的に変化する食物と口腔内触覚との相互作用により知覚 される総合的感覚であることに起因している.たとえば, ヒトの摂食時前後には唾液の分泌が開始され,口腔内食物 の化学的変化が始まるが,これと同時に,岨噌や嘩下を司 る器官の運動・作用により食物のサイズや内部組織・構造 などの形態,すなわち物理的変化も開始される.他方,摂 食の過程では,口腔内触覚の知覚特性も味覚や喚覚などと のコミュニケーションにより変化すると考えられる. このように口腔内で同時に変化する食物と触覚のダイナ ミックな相互関係からテクスチャーを解明することは極め て困難であるが,食品の品質評価や設計には不可欠な特性 である.そこで,食品の素材や製品の属性として力学的特 性を計測し,同時にテクスチャーを対象にした官能評価に より得られた「官能値」との相関関係を探索して,新食品 〒101-0061東京都千代田区三崎町2-8-7大庄ビル3階 §連絡先(Correspondingauthor),sagara@foodkansei、orjp の開発に役立てる方法が試みられてきた.例えば,「裂き チーズ」,「グミ菓子」,「腰の強い麺類」および「蟹足カマ ボコ」や「人造イクラ」などのコピー食品の開発に用いら れた計測・評価法がその典型例である. 他方,小麦粉を主要な原料とするパン生地類の粘弾性 は,「アミログラフ」や「ファリノグラフ」などの専用機器 によって測定され,これらの機器を利用する方法が標準測 定法に相当する方法として世界的に用いられている.これ はパン生地の粘弾性特性測定結果が機器の種類と方法によ り異なるために,パン生地に特化した専用機器を開発した メーカーの機器類が世界的に利用されるようになり,小麦 粉関連業界の実用的要望を満たす標準的計測法として汎用 化した例である.このような標準化のプロセスは主に世界 的な小麦粉の取引を客観的なデータに基づき行う必要性か ら進展してきたと考えられるが,このような計測法が確立 されている食品材料の例は希である.また,この計測法は 生地の物性を計測する方法であり,生地の物性から焼成後 のパンのテクスチャーを評価する標準法ではないことに留 意すべきである.すなわち,テクスチャーの計測には「米 の食味計」や「味覚センサー」の計測システムと同様な「感 性計測法」が必要である. 現在のところ,テクスチャーに関連する食品の力学的特 性は,工業材料の試験法である「一軸圧縮・引張試験」と 「クリープ試験」,もしくはこれらの操作法を変化させた方 法により測定されている.しかし,これらの方法では各種 の形状をしたプランジャーを用いて,その往復動や口腔内 の岨噸をまねた操作法で食品に力を加え,または破壊して 得られる力と歪みの関係を示す曲線から,テクスチャーと の関連を類推している.このために,同じ食品を対象とし ながらその測定法はまちまちであり,得られた結果も当然 異なる.このような現状から脱却するためには,食品を構 成する成分の三次元的構造と強度を組織または分子レベル

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Page 1: 食品の力学的物性とテクスチャーの感性計測法準的力学物性測定法について検討した事例を紹介する.具 体的には供試材料として食パンを用い,圧縮破断試験やク

(1)

総説

NipponShokuhinKagakuKogakuKaishiVo1.56,No.10,501~512(2009)〔総説〕

食品の力学的物性とテクスチャーの感性計測法

相良泰行§

(社)食感性コミュニケーションズ

501

KanseiMeasuringMethodsforMechanicalPropertiesandTextureofFoods

YasuyukiSagara§

FoodKanseiCommunications,Corp.(FKC)

1.はじめに

知覚器官の中で視覚や聴覚のメカニズムに関する研究

は,デジタルカメラの「画像処理技術」やサラウンドシス

テムなどを実現している「音響工学」の急速な発達に典型

的に観られるように,味覚・喚覚・触覚に比べて格段に先

行してきた').また,近年「おいしさ」と密接不可分の関係

にある味覚と喚覚に関する科学の進展に伴い,これらのメ

カニズムを模倣したセンサー類が開発されて,その利用が

進展している.しかし,触覚,特に口腔内の触覚について

は,研究の歴史は長いものの,大幅に遅れており,現在で

も「古くて新しい研究課題」として認識されている.

食品の岨噛や嘩下の過程で,口腔内の触覚により知覚さ

れる「食感」,すなわち,「テクスチャー」と総称される感

覚についても,その正確なメカニズムの解明は困難な状況

にある.その主な原因はテクスチャーが口腔内で複雑に経

時的に変化する食物と口腔内触覚との相互作用により知覚

される総合的感覚であることに起因している.たとえば,

ヒトの摂食時前後には唾液の分泌が開始され,口腔内食物

の化学的変化が始まるが,これと同時に,岨噌や嘩下を司

る器官の運動・作用により食物のサイズや内部組織・構造

などの形態,すなわち物理的変化も開始される.他方,摂

食の過程では,口腔内触覚の知覚特性も味覚や喚覚などと

のコミュニケーションにより変化すると考えられる.

このように口腔内で同時に変化する食物と触覚のダイナ

ミックな相互関係からテクスチャーを解明することは極め

て困難であるが,食品の品質評価や設計には不可欠な特性

である.そこで,食品の素材や製品の属性として力学的特

性を計測し,同時にテクスチャーを対象にした官能評価に

より得られた「官能値」との相関関係を探索して,新食品

〒101-0061東京都千代田区三崎町2-8-7大庄ビル3階

§連絡先(Correspondingauthor),sagara@foodkansei、orjp

の開発に役立てる方法が試みられてきた.例えば,「裂き

チーズ」,「グミ菓子」,「腰の強い麺類」および「蟹足カマ

ボコ」や「人造イクラ」などのコピー食品の開発に用いら

れた計測・評価法がその典型例である.

他方,小麦粉を主要な原料とするパン生地類の粘弾性

は,「アミログラフ」や「ファリノグラフ」などの専用機器

によって測定され,これらの機器を利用する方法が標準測

定法に相当する方法として世界的に用いられている.これ

はパン生地の粘弾性特性測定結果が機器の種類と方法によ

り異なるために,パン生地に特化した専用機器を開発した

メーカーの機器類が世界的に利用されるようになり,小麦

粉関連業界の実用的要望を満たす標準的計測法として汎用

化した例である.このような標準化のプロセスは主に世界

的な小麦粉の取引を客観的なデータに基づき行う必要性か

ら進展してきたと考えられるが,このような計測法が確立

されている食品材料の例は希である.また,この計測法は

生地の物性を計測する方法であり,生地の物性から焼成後

のパンのテクスチャーを評価する標準法ではないことに留

意すべきである.すなわち,テクスチャーの計測には「米

の食味計」や「味覚センサー」の計測システムと同様な「感

性計測法」が必要である.

現在のところ,テクスチャーに関連する食品の力学的特

性は,工業材料の試験法である「一軸圧縮・引張試験」と

「クリープ試験」,もしくはこれらの操作法を変化させた方

法により測定されている.しかし,これらの方法では各種

の形状をしたプランジャーを用いて,その往復動や口腔内

の岨噸をまねた操作法で食品に力を加え,または破壊して

得られる力と歪みの関係を示す曲線から,テクスチャーと

の関連を類推している.このために,同じ食品を対象とし

ながらその測定法はまちまちであり,得られた結果も当然

異なる.このような現状から脱却するためには,食品を構

成する成分の三次元的構造と強度を組織または分子レベル

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Floortime(28℃,RH80%,25min)

.Mmua''yBench(26℃,25min)

.Mou,。e『

.38℃,RH84%,about40mi1

.0V@n:230℃

.Roomtemperature(L51,)可20℃

日本食品科学工学会誌第56巻第10号2009年10月502

分割,丸め

表1標準的原料配合割合 計量一戸

中種混合

JFlour,Water,Yeast,Yeastfood,etc.

.Mixer:Lowspeed2min&middlespeoFermentation(28℃,RH80%,4.5h)

でモデリングし,このモデルによりテクスチャーとの関連

性を定量化する手法の開発が望ましいと考えられる.

本稿では,食品の力学物性と官能評価スコアとの関連性

解析に基づき,機器計測によりテクスチャーを評価する,

いわゆる「感性計測システム」を構築するために必要な標

準的力学物性測定法について検討した事例を紹介する.具

体的には供試材料として食パンを用い,圧縮破断試験やク

リープ試験により力学物性や粘弾性を計測する場合に留意

すべき要件を整理して提唱する.また,機器によるテクス

チャー計測の現状から「感性計測」を確立するための方法

について述べる.

いて,その要点を概説する.

3.製パン法と圧縮試験装置

d2min原料 %

図1中種法による食パン製造プロセス

小麦粉(12.5%タンパク質)

イースト

イーストフード

砂糖

脱脂粉乳

ショートニング

le

O8202623

06

Mixer:Lowspeed2min,middlespeed

淵需柵卿鰯W柵eed22minmin

生地混合

(2)

型詰

図23種類の食パン生地成形法

製パン法には大規模生産プラントで標準的に用いられて

いる中種法を採用し,得られた角形食パンを供試材料とし

た.表lに小麦粉を100%とした場合の原料配合割合を,

図1には製パンプロセスの流れ図を示す.この中で,生地

の成形には棒状(One・loaf),N状(N-shape)およびツイ

スト状(Twist)成形の3種類の方法を採用した(図2).

圧縮試験に供したロープのサイズは16×8×8cm(小型,

生地質量2609)と21×9×9cm(中型,生地質量4309)の

2種類とし,標準焼成条件を焼成温度230℃,焼減率(生地

の初期質量に対する焼成中の水分質量減少率)10%とし

て,lロット当たり6~12本のロープを焼成した.焼成後

のロープを1.5h放冷後,ポリエチレン袋に包んで20℃の

恒温室に保存し,物性測定に供した.

図3に2種類のサンプル,すなわちクラム・スライスお

よびブロックの採取部位とその圧縮法を示す.焼成した

、ロT-qD〃、〃

、-尾ン-医>三雲=

雲2zE52.食パンクラムの粘弾性特性2)~6)

鋤侯老

一般に食品の力学物性は品質設計・評価と管理,特にテ

クスチャーとの関係において重要と考えられ,数多くの研

究がなされてきた.その中でも本稿で対象とした食パンに

ついては,クラムの硬さ測定に関する研究が数多く報告さ

れている.しかし,硬さの定義や測定条件が報告者によっ

て異なるため,必ずしも一般性を持つ測定結果が得られて

いるとは限らない.また,粘弾性特性については,レオロ

ジーの理論に基づいて研究した例は数少なく,食パンの力

学的特性は系統的に把握されていない現状にある.

筆者らは食パンの弾性,破壊特性および粘弾性などを明

らかにすることを目的とし,コントロールした製パン条件

下で作製した試料を対象として,一連の圧縮破壊試験を行

い,圧縮力-変形率曲線に基づく力学的性質とその保存中

における経時変化を明らかにした.次に,成形方法,ロー

プの比容積,焼成温度および焼減率などの製パン条件や保

存温度条件および含水率やクラストの有無などの試料の状

態などとクラムの力学的特性を明らかにした.また.変形速

度,プランジャーサイズと形状などの測定条件について,

食感性工学の手法が適用可能な標準的測定法を確立する観

点に立って検討を行った.さらに,クラム圧縮曲線の比例

領域におけるクリープ試験曲線に3~4要素粘弾性モデル

を適用して粘弾性係数の値を求めた.これらの値は官能値

との相関分析によりテクスチャーを評価する計測システム

の構築に有用となる.次節以降にはこれらの研究成果につ

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50

相良:食品の力学的物性とテクスチャーの感性計測法 503

除去

eスライス厚さ2cm

保存時間:24h

一冊一/"

圧縮方向

ンヤー

下降)

(a)スライス

圧縮の3方向

x;長軸方向y;短軸方向

Z;垂直軸方向

:|ぐ

試料(スライス)支持台

11ⅡI Ⅲ Ⅳ

ジャー

下降)

I(b)クラム・ブロック

図3サンプルの採取部位と圧縮法

I;

ステッピン グモーター

CRT

5.1比例限界

比例限界,等価ヤング率および等価ポアソン比などの弾

(3)

図5は直径55mmの円形プランジャーを用いて,圧縮

速度5mm/sでブロック状クラムを圧縮して得られる典型

的な圧縮力-変形率曲線を示す.この曲線の初期部分ab

(I)は載荷直後の不安定な状態を示し,この部分の曲線は

サンプルとプランジャーの両表面間の接触状態により影響

5.弾性係数

照二40

0032

(z)R蕊出蝿些'古

フロッピー デ ィ スク

I;初期不安定状態Ⅱ;比例段階Ⅲ;コラプス段階Ⅳ;圧密段階

50

変形率(%)

10

75 100Ob

を受ける.すなわち,両表面の平行度およびサンプル表面

の凹凸などによる部分的接触破壊などにより影響を受けて

いることが観察される.この期間を過ぎて比例段階bc

(Ⅱ)に至ると(変形率4~12%),試料は弾性的挙動を示

す.変形率が約40%に至る次の区間cd(Ⅲ)では,曲線の

勾配が比例段階に比べて小さくなり,クラムに含まれる空

隙を構成する固相の網状マトリクスが変形して次第に破壊

されるため,この区間をコラプス段階と称することにして

いる.変形率がさらに大きくなると圧密段階de(Ⅳ)に至

り,ここでは空隙が消滅して組織が高密度化され,これを

圧密するために必要な圧縮力は急激に増大する.これらの

挙動は口腔内でクラムを1回だけ噛んだとき,すなわち1

バイト(bite)の応力-歪みの関係を表しているものと考え

られる.

ロードセル アンプA/D変換器

図4圧縮試験装置

ロープの比容積は約3.7×lO-3m3/kgであり,市販のもの

とほぼ同様である.クラムの気孔率はクラムの容積をノギ

スで測定後,円筒状の容器に入れてピストンにより気孔率

が0%となるまで圧縮し,圧縮前後の容積差から算出し

た.ポアソン比はクラム・ブロックの圧縮による変形量を

読み取り顕微鏡で測定することにより算出した.含水率は

試料を65℃で6h調整後,105℃3hの炉乾法で測定した

湿最基準含水率(%w,b、)に相当する.圧縮試験には図4

に示す,一般にレオメーターと称されている汎用測定装置

を用い,変形速度を5mm/sに設定して圧縮力をロードセ

ルで検出した.

4.圧縮力-変形率曲線

25

図5ブロック状サンプルの圧縮一変形率曲線

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0.1

日本食品科学工学会誌第56巻第10号2009年10月504

0.57.5

〃xzyxyツyz〃yx〃zyシzx

図86種類の等価ポアソン比

200

●……X軸方向圧縮▲・…..Y軸方向圧縮■-Z軸方向圧縮

ぴPz=24.0t+346,r=0.984

小型ローフ

クラム・ブロック

棒状成形0505

6431

(画色銅っ[×)鴎竪匡丑

0.4

小型ローフ

クラム・ブロック

棒状成形

●……X軸方向圧縮▲……Y軸方向圧縮■-Z軸方向圧縮

一タクク

3200

当『入誌卜雫垣鮮,r=0.967

24487296120144168192216240

保存時間(h)

(4)

図6クラムの保存中における比例限界の変化

0000

6284

11

(毎四嗣冒×)餅、入辛垣沸

の経時変化を図7に示した.図中のプロットは4個の実測

値の平均値で,直線はその一次回帰直線である.ただし,

この計算ではサンプル中に圧縮方向の応力のみが存在する

ものと仮定した.また,圧縮時のサンプル横断面の面積変

化の割合は初期面績の2%前後と推定され,等価応力の変

化も2%前後に過ぎず,等価ヤング率に与える影響は小さ

いと考えられたため,この変形量を無視した.

図7に示したように,等価ヤング率は保存期間の経過に

つれて増大し,その値の大きさもZ方向,Y方向,X方向の

順序であることが分かった.また,N状成形ロープの等価

ヤング率も棒状成形のものと同様な傾向を示すが,比較的

広い範囲の値を示すことが認められた.

本研究では大きさの異なる2種類のロープについて,等

価ヤング率(0.5~15)×lO4Paを得たが,この値はMuller7)

らの報告値2×104Paと良好に一致し,また工業材料の

フォーム・ラバーのlO4Paに相当した.

5.3等価ポアソン比

焼成後48h経過したクラムの等価ポアソン比の値を図

8に示す.この図では,縦軸に等価ポアソン比の値を,横軸

方向にポアソン比の種類を示している.図中の数値は実測

値の平均値(mean)と標準偏差値(SD)を示している.

各々の等価ポアソン比の測定値は0.03~0.31の範囲に分布

した.これらのデータに対する分散分析の結果,これら6

種類のポアソン比の間には,1%以下の危険率で有意差が

あることが確認され,ここでもクラムが異方性体であるこ

とが確認された.

Muller7)は弾性範囲内の圧縮において,食パンのような

組織では圧縮方向に対する直角方向の変形が観られず,ポ

アソン比も0.0であると報告している.しかし,本研究で

はクラムが圧縮方向に直交する方向,つまりロープの横断

面方向に膨張することを定量的に確認しており,精密には

食パンロープの等価ポアソン比は0.0とはなりえないとい

える.

性に関するパラメーターは,前節の方法によって得られた圧

縮力-変形率曲線(図5)のステージⅡにおいて求めた.比

例限界には同曲線の勾配が変化し始めるc点を採用した.

図6に圧縮の3方向(図3)をパラメーターとし,保存中

における棒状成形クラムの比例限界のの圧縮方向別経時

変化を示す.図中のプロットは4個のサンプルに対する実

測値の平均値,直線はその回帰直線である.比例限界は保

存時間の経過に伴って次第に大きい値をとるが,圧縮方向

によっても異なり,ロープの長手(X),左右(Y)および

上下(Z)方向の順に大きい値を示すことが分かる.また,

N状成形のロープから得られたサンプルについても,棒状

成形のものと同様の傾向が観られた.全体的にみて,これ

らのサンプルの比例限界は(0.3~4.5)×lO3Paの程度であ

ることが分かった.

これらの結果から,焼成後の保存時間が長くなると,同

じ変形をクラムに生じさせるのに必要な圧縮力は次第に大

きくなり,すなわち触覚では食パンが硬く感じられ,また,

焼成直後のロープに生ずる力学的異方性は,保存期間を通じ

て存続し,保存期間に依存して顕著になることが分かった.

5.2等価ヤング率

棒状成形ロープから得られたサンプルの等価ヤング率E

図7クラムの保存中における等価ヤング率の変化

24487296120144168192216240

保存時間(h)

竪二

強9370,r=0.972

Ez=8

EX=355t+2800,r=0.985

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図9硬さと破壊エネルギーの経時変化

相良:食品の力学的物性とテクスチャーの感性計測法 505

6.1ロープ保存期間への依存性

本稿では厚さ2cmのスライス(図3-a)をサンプルとし

て,変形率25%における等価応力を硬さ(Firmness:F),

この硬さの定義点に達するまでに必要なエネルギーを破壊

エネルギー(Breakingenergy:E)とそれぞれ定義した.

この定義はBaker8)らの提案でもあるが,筆者らの計測結

果からも,すべてのサンプルについて,変形率25%の点は

例外なく圧縮カー変形率曲線のコラプス段階にあることが

確認された.したがって,ここで採用した硬さの定義点は

テクスチャーと関連する指標として採用することになると

考えられる.

図9に硬さFと破壊エネルギーEのロープ保存中におけ

る経時変化を示した.なお,この図以降,図中のプロット

はlo個以上の実測値の平均値であり,その回帰直線を示

している.この図に示されるように,硬さと破壊エネルギー

は,いずれも焼成後12hまでとそれ以後との2本の回帰

直線で近似された.また,回帰直線式の時間zの係数に示

25

6.硬さに影響を及ぼす製パン要因

図10麺類の破断曲線((株)山電提供)

10.0

歪(%)

05050

211

(函南っ【×)判隠

(向昌へ『ら[×)1斗会祷H騨澄

○棒状

●ツイスト状

■N状

保存時間;48h

中型ロープ(21cm×9cm×9cm)

2cmスライス505

752

(z)[へ蕊出

100

024 48 72 96120144168192216

保存時間(h)12345678910

位置(スライス番号)

図11ロープ内硬さの生地形成法依存性

80

④破断点 田されるように,焼成後l2hまでの硬さと破壊エネルギー

は,それ以後の3.5倍以上の増加速度で急増する.硬さを

例にとれば,焼成後12h以内の硬化量は全保存期間にお

ける硬化量の1/5にも相当する.

これらの結果から,食パンの粘弾性を計測するタイミン

グは保存条件に著しく依存することを念頭におき,目的に

応じた最適なタイミングを決定する必要かあることが分

かった.図10の麺類の破断曲線に示すように,パン以外で

も麺類の粘弾性特性は保存中に変化するが,特に「ざるソ

バ」の「コシ」は茄で上げて水洗冷却した後,約1.0h以内

に急速に低下する.図10に示した麺類の計測タイミングは

明確ではないが,大規模工場で生産され,コンビニなどに

配送されているソバでは小麦粉の含有率を高くして「コ

シ」を維持する方法が採られている.しかし,小麦粉を主

原料とする食パンの粘弾性は焼成直後から急速に変化する

ため,このような方法には疑問が残る.

6.2成形方法

図2に示した3種類の生地成形法がロープの硬さに及ぼ

す影響を測定した結果,いずれの成形法を用いても,ロー

プは焼成後の経過時間の増大につれて硬くなり,その長手

方向に沿って硬さの分布が認められた.図11は48h保存

した中型ロープについて,横軸にスライス番号(図3)をと

り,成形法ごとにロープ長手方向の硬さ(圧縮力)分布を

示した例である.棒状およびツイスト状成形のロープはN

状成形に比べて硬い傾向にあり,また,中央部が両端部よ

り硬い傾向を示すことが分かった.

他方,クラム中心部の気孔率はロープ長手方向にほぼ一

定の値(84%)を示した.この結果より,スライスの硬さ

は形成法により形成されるポアの形状や分布にも依存する

傾向が実測された.ポアの形状や分布を含むロープ組織の

幾何学的構造と硬さなどの力学的パラメーターの関係につ

いては,機器測定結果とテクスチャーの相互関連性を明ら

かにする上で貴重な情報を提供するものと考えられ,今後,

両者間のデータ解析モデルに関する研究の進展が期待され

(5)

150

120

(}酌)制揮蕊出

30

0 2040 60

讃岐うどん一-一一

(乾麺)I ノ行へ

171日清どんぶと‐

日清どんくえ- 寺し鴨準liZ

望〆2 /

墨目顔二〃罰r(#:大寺そば8乾麺)ー

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、969

日本食品科学工学会誌第56巻第10号、2009年10月506

IC

2020

0 0

ロープ生地

比容種重量

○-3.1×10-3,3/kg;3009●……3.7×10-3,3/kg;2609

○一焼減率●・…・・焼減率

12%

10%

505

(餌鋪っ[×)和圏

505

11

(酋碗つ[×)紺鶴

F=50t+3800,r=0.932

■・・

192216

図12ロープの比容積が硬さに及ぼす影響

=0.964

(6)

および'2%で焼成したロープの硬さFを保存中の経時変

化として示したものである.両ロープ間において,焼成直

後の硬さに顕著な差異は認められないが,保存時間の経過

に伴い焼減率12%のロープは10%のものに比べて徐々に

硬くなり,硬化速度も大きくなる傾向を示した.これはク

ラムの硬さが焼減率にも依存すること,すなわち,保存中

の力学的特性は,組織の構造だけでなく,焼減率によって

決定されるロープの含水率に依存することを示している.

したがって,焼成工程の焼減率は焼成後のクラムの含水率

だけでなく,保存中の硬さを調整するための操作要因とし

ても重要であるといえる.

6.5保存温度条件

焼成したロープを5℃,13℃および20℃の温度条件下で

保存し,老化に伴うクラム硬さFを測定し,その経時変化

を図14に示した.保存初日の内に,クラムの硬さには保存

温度の影響により顕著な差異が生じ,これ以後も保存温度

条件に依存する一定速度で硬化が進行することが分かる.

とりわけ焼成後l2h以内の硬化速度は20℃のl47Pa/h,

13℃の230Pa/hおよび5℃の416Pa/hとなり,保存温度

条件が室温から冷蔵温度へ低下するのに伴い,硬化速度は

図14保存温度が硬さに及ぼす影響

20

24487296120144168192216

保存時間(h)

24487296120144168

保存時間(h)

図13焼減率が硬さに及ぼす影響

鐸i雲鳶0

2 4 4 8 7 2 9 6 1 2 0 1 4 4 1 6 8 1 9 2 216

保存時間(h)

ている9)'0).

6.3ロープ比容積

同一の焼き型(16×8×8cm)に詰める生地の量を,標準

量(2609)とその前後(2209,3009)の3段階に変えて異

なる比容積のロープを焼成し,保存期間中のロープ比容積

と硬さFの関係を測定して図12に示した.この結果は

Axfordらも述べているように!'),比容積の大きいロープ

は軟らかく,硬化速度も遅くなる傾向を示した.

製パンエ場の現場では,発酵により形成されたロープ内

気孔数は,その後の工程でもほとんど変化せず,生地質量

当りの気孔数はほぼ一定に保たれると経験的に言われてい

る.したがって,比容積の小さいロープを得るために,焼

き型に生地を多く詰めると,焼成後のロープに含まれる気

孔サイズは小さくなり,その数は多くなる.気孔を構成す

る網状の固形分マトリクスは,外力を受ける際に気孔の変

形に対する抵抗力および復元力を増すように働く.このた

め,気孔サイズが小さく,その数が増えるとロープ全体と

しての強度は大きくなり,さらに保存中の硬化も速くなる

傾向を示すことが予測される.この予測を定量的に実証す

るためには,グルテンを含む固形分マトリクスの3次元計

測法の開発が望まれている.

6.4焼成温度と焼減率

焼減率を10%に設定した条件下において,焼成温度を

標準焼成温度の230℃を中心に,180℃および300℃と変

化させて焼成温度がクラムの硬さに及ぼす影響を調べた

が,クラム硬さの焼成温度依存性は認められなかった.こ

れは焼成温度がオーブンの雰囲気温度であり,この温度が

変化しても,その影響は主にクラストの形成と着色速度に

限定される.これは通常,焼成中を通じてクラムの温度は

約100℃に保たれるためである.したがって,クラム構造

の形成はクラストを除いた生地内部温度,すなわちクラム

自身のクッキング温度と時間に依存するものと考えられて

いる'2).

図13は標準焼成温度(230℃)の条件下で,焼減率10%

505

(毎烏っ[×)和僅

■……保存温度20℃

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相良:食品の力学的物性とテクスチャーの感性計測法 507

(園E、『“C[×)1斗△へ情H藩謹

(畠ら[×)和竪

7.1変形速度

食品を対象とした圧縮破壊試験では,変形速度を0.3~

8.3mm/sの範囲に設定する例が多い.たとえば,クラムの

変形速度を増大させた場合に計測される圧縮力は,変形速

度の増大に伴って大きくなる傾向が確認されている.本研

①づ?

、⑨ 4F4t

(7)

7.硬さに影響を及ぼす測定条件

⑩含水率(%w、b、)

図17硬さと破断エネルギーの含水率依存性

る.グループIはクラムの中心部(試片番号③④⑤⑧)の

含水率で,焼成直後46.5%と高い値を示したが,保存期間

の経過に伴って低下し,l68h後には43.5%に減少した.

グループⅡはクラム周辺部(試片番号②⑥⑨)の含水率

で,それらの初期地はグループIとほぼ等しいが,保存中

の減少率が大きくなり,l65h後には41%まで低下した.

グループⅢはクラスト部分(試片番号①⑦⑩)の含水率

で,この部分の含水率は前に述べた両グループの変化傾向

とは異なる.すなわち,焼成直後の含水率約30%が保存中

に増加する傾向を示した.

他方,保存中におけるロープ質量の経時変化を測定した

結果から,ロープ質旦は焼成後の経過時間にほぼ比例して

減少し,焼成直後230gであったものが168時間後は2209

前後になり,約4%の減少率を示した.これらの結果から,

ロープ保存中に水分はクラム中心部からクラスと方向に移

動し,その一部はクラストに吸収され,残りはクラスト外

に蒸散するものと推定される.

6.6.2硬さおよび破壊エネルギーへの影響

図17にクラム中心部(図18の試験片番号③④⑤⑧)

の平均含水率Mと硬さFならびに破壊エネルギーEbとの

関係を示した.この図に示すように,硬さと破壊エネルギー

は共に含水率の減少に伴って減少し,含水率が破壊特性に

影響を及ぼす重要な要因であることが実証された.これら

の結果より,ロープは保存中の老化によって硬化するが,

これを促進させる因子が保存温度と含水率の減少にあるこ

とが分かった.特に,クラムの圧縮試験に際しては,サン

プル含水率の同時測定を実施することが肝要であると考え

られた.

図15保存中の含水率測定用試片の採取部位

急激に速くなることが分かった.このことは,焼成直後の

ロープを取り巻く環境温度条件が,ロープの冷却・老化に

伴うクラムの硬化速度をコントロールする重要な因子であ

ることを示している.

一般にクラム硬化の主要因は澱粉の結晶化速度にあると

考えられている.澱粉の結晶は保存温度の低下に伴って速

くなり,特に温度2~4℃,含水率30~60%の条件下で顕著

に促進される'3).

6.6保存中の含水率分布

6.6.1含水率変化の様相

ロープの保存期間中にスライスの断面から10個の試片

をサンプリングして(図15)得られた含水率分布の経時変

化を図16に示した.図中の各プロットは試片3個の測定

結果の平均値を示し,また,番号は図15に示した試片番号

に相当する.

含水率変化の特徴は3つのグループデータから把握され

4433

(・臼・彦誤)鵠喬如

保存時間(h)

図16含水率分布の保存中経時変化

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(8)508

024487296120144168192216

保存時間(h)

図20破断エネルギーのプランジャー形状依存性

2.5

510

●-‘36プランジヤー

○……32mm×32mmプランジヤー

等圧縮面禰のプランジャーを使用

21

(碗E、局駒つ[×)

32

(z)榎蕊出

25

E、

L0

1斗今へ信H濁墨

r=0.9721

日本食品科学工学会誌第56巻第10号2009年10月

図18圧縮変形速度が硬さに及ぼす影響

(%)

図19クラムの硬さに及ぼすプランジャサイズの影響

15

変形率

20 30

024487296120144168192216

貯蔵期間(hr)

究では,変形速度を2.5mm/s,5.0mm/sおよび'0.0mm/s

に設定して変形速度がクラムの硬さに及ぼす影響を調べ,

その結果を図18に示した.変形速度5.0mm/sと10.0mm/s

の間には,変形率に依存する圧縮力の変化は認められない

が,2.5mm/sでは圧縮力が変形率の全領域に渡って高い

値を示す傾向が確認された.また,変形速度を5.0mm/s

から10.0mm/sの範囲で一定値に設定すると,サンプルの

変形率15%以上の領域で,圧縮率と圧縮力の間にほぼ一

定の比例関係が得られることが分かった.ここに示したプ

ランジャーの変形速度条件と測定結果の関係は,クラムの

標準的圧縮壊試験法を確立するのに有用と考えられる.

7.2プランジャーのサイズ

AACCl3)の標準法によると,クラムの硬さ測定には,ス

ライスサンプルの断面よりも小さいプランジャーが用いら

れる(図3).本研究では,断面80×80mmのサンプルに対

して使用する円盤状プランジャーの直径を16mmから55

mmの範囲で変化させて,硬さのプランジャーサイズ依存

性を明らかにした(図19).この図に示されるように,プラ

ンジャーの直径が小さくなるにつれて,クラムの硬さは大

きい数値を示した.特に,直径が30mmから16mmに変

わると,測定値は2倍程度増大した.これと同様に,Baker

20 らは直径11mmから23mmのプランジャーを用いてクラ

ム・スライスを圧縮した結果,その硬さの測定値が直径の

減少に伴って増大することを指摘している8).

クラスト近傍のクラム組織は中心部のそれとは異なり,

破壊特性も異なるため,プランジャーの最大直径はクラム

組織の構造が均一な領域に制限される.これらの点を考慮

すると,再現性の高い測定結果を得るためのプランジャー

表面積はサンプル表面積の8~20%に相当する範囲にある.

7.3プランジヤーの形状

文献探索によると,従来,クラム硬さの測定には直径30

mmの円盤状プランジャーまたは一辺32mmの角型プラ

ンジャーが用いられている.これらのプランジャーの形状

差による測定結果への影響を調べるために,同一接触面積

(1000mm2)の円盤状プランジヤー(直径30mm)と角型

プランジャー(一辺32mm)による破壊エネルギー測定結

果を比較して図20に示した.

角型による測定値は円盤状による測定値よりも小さい値

を示し,クラムの網状マトリクス構造の変形・破壊挙動が

プランジャー形状に依存することが確認された.これは,

例えば角型プランジャーでは,その角部分における応力の

集中や接触面下の不均一な応力分布が生じ,せん断による

破断も生じ易くなるためと考えられる.

7.4クラストを含むスライス周辺部

AACCl3)の標準法(図3-a)では,圧縮中のサンプル内部

に多様な応力が発生しているものと考えられる.それらは

(1)プランジャー直下の圧縮応力,(2)プランジャー縁部の

せん断力,(3)プランジャー周辺部から外周のクラスト方向

に向かう引張応力,(4)サンプルとプランジャーおよび支持

テーブルとの接触面における摩擦力などであり,実際には

これらの合力が測定されるものと考えられる.

ここでは,角型(一辺32mm)プランジヤーで,スライ

スサンプルを圧縮する方法(図3-a)と,プランジャー接触

面と同寸法のクラム・ブロックを圧縮する方法(図21)を

比較して,クラストを含むクラム周辺部が測定結果に及ぼ

505

(輔公範冒×)和製《食

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487296120144168192 2 1 6

保存時間(h)

(9) 509

基盤

図22試作したクリープ試験装置

2.5

図21クラスト部が破断エネルギーに及ぼす影響

ここで,rkvは遅延時間であり,刀J/E'で定義される.ク

リープ曲線にこの式を当てはめて近似し,各要素の係数を

決定する方法には,遂次残差法や簡易グラフィック法など

があるが,現在では市販されているクリープメーターに付

属する解析ソフトを利用することが可能である.図23に

は遂次残差法で決定した粘弾性係数の値とこのモデルによ

る理論曲線と実験曲線を比較して示した.その結果,この

宍考:卿概撚….・プランジヤーEb=6.20t+530;r=0.966

0521

(師E、『ぬつ[×)

トラン

0.125

支持

050

10

1斗全へ祷H騨謬

86 フ

24

相良:食品の力学的物性とテクスチャーの感性計測法

020406080100120140

時間(s)

‘=蓋+苦{l-exp(-景}+器‘

挙動を示す.この測定例では,全変形量に占める各部の変

形量の割合は,瞬間変形部約64%,遅延変形部約24%,定

常流動部約12%程度となっている.これらの割合を他の

食品と比べた結果,例えば瞬間変形部はゼリー食品の約

50%などに比べて大きな割合を占めることが分かった.

8.3粘弾性モデル

クラムのクリープ挙動を図23に示すような4要素フォー

クトモデルで表現することを試みた.Eb,Eノはスプリング

の弾性係数を,〃',〃2はダッシュポットの粘性係数を表す.

一定応力をon測定時間を8とすると,クリープ歪Eは次

式で与えられる.

図23クリープ曲線と4要素粘弾性モデル

す影響を調べた.図21は保存中のロープから採取したサ

ンプルの破壊エネルギーの経時変化を示したもので,クラ

ストを含む周辺部を切り除いたブロックの測定値は標準法

によるスライスの約2/3であった.すなわち,スライスを

圧縮する場合,測定値のl/3がクラストを含む周辺部の影

響と判断された.

:試料:食バンクラム試料厚さ::一定荷砿:

侭熱40mm

5090.100

0.025

0.075

0.050

8.粘弾性特性の計測・評価法a

8.1クリープ試験装置と測定条件

食パンクラムのクリープ試験の原理を説明するために試

作したクリープ試験装置を図22に示す.一般には図4に

示した圧縮試験装置がクリープ試験を実施する機能を有し

ており,汎用装置として広く利用されている.筆者らの試

作装置では,図中に示した分銅によりサンプルに静荷重を

加えて一定の変形量を与え,その圧縮変形量の変化を作動

トランス(Transducer)で検出し,A/D変換器(A/Dcon・

verter)を介してパーソナルコンピューターに収録する.

この装置の摩擦力は主に作動トランスの心棒によるもの

で,約1.5g程度である.

クリープ試験には,乾燥によるサンプルの変形が生じな

いような環境下において,クラム・ブロック(図3-b)を供

試し,比例領域におけるクリープの全歪を6~12%,焼成

後の経過時間によって静荷重(応力)を300~2500Paの範

囲に選び,また,載荷時間を100sに設定した.さらに,サ

ンプルの接触破壊や成形精度,すなわち,試料表面の平均

度による影響を軽減するために,初期荷重59を載荷した.

8.2クリープ曲線

上述した載荷・変形率設定条件により得られた典型的な

クリープ曲線を図23に示す.この図に示すように,クラム

のクリープ曲線には瞬間変形部(ab),遅延変形部(bc),

および定常流動部(cd)が含まれる.サンプルは瞬間変形

部でフックの法則に従う弾性的挙動を示し,定常流動部で

は,ニュートン流体と同様に時間に比例する歪の増大を示

し,残りの遅延変形部では,弾性と粘性の複合作用による

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変形雌(m、) Dr

R:破断,L:大変形,M:中変形,S:小変形

(10)5110

A1,A2,A3:而破

モデルにより,クリープ実験曲線が良好に再現され,全て

の他の試料に対しても,歪の平均相対誤差を3%以下にお

さめることが可能であった.このようにクラムのクリープ

曲線解析モデルには4要素フォークトモデルを用いること

が有効であることを明らかにした.

には中種法により焼成したロープのスライスおよびブロッ

クサンプルを供試した.

l)供試サンプルの焼減率とロープの比容積および・保存

温度条件と焼成後の経過時間に伴う含水率分布を把

握し,サンプル採取箇所を選択する.特に,サンプ

ルはクラストを含む周辺部位を除いた均質な構造を

有する部分とする.

2)圧縮カー変形率曲線の弾性領域から,力学物性とし

て,比例限界,等価ヤング率および等価ポアソン比

の値を求める方法を提唱したが,これらの結果から

クラムは力学的に異方体であることに留意し,生地

の形成法により圧縮方向を決定する.

3)圧縮試験では円盤状プランジャーを選択し,接触面

積がサンプル表面積の8~20%となるように配慮す

る.また,変形速度を5~10mm/sの範囲で一定値

に設定し,変形率が25%に達した時点の等価応力

を硬さとする.

4)硬さと破壊エネルギーは焼成後の保存温度条件に依

存する.また,両者は保存時間に比例して増大する

が,特に,焼成後12h以内で急速に硬化するため,

測定のタイミングは目的に応じて設定する.

5)クリープ試験から得られる曲線は4要素フォーク卜

粘弾性モデルにより良好に近似可能である.

このように,食品の力学物性の機器測定の方法論は力学

やレオロジーの基礎理論に立脚して検討し,合理的方法を

標準測定法として確立することが重要である.

9.力学的特I性計測法の留意点

これまでのべたように,食パンの力学的特性は,生地成

形法,ロープ比容積,焼成温度,焼減率などの製パン条件

および保存温度条件などの影響を受ける.このため,圧縮

変形速度,プランジャーのサイズや形状,サンプルの含水

率などが測定結果に及ぼす影響について考慮する必要があ

る.ここでは,食パンクラムの力学的特性を圧縮試験とク

リープ試験により計測する場合の標準的計測法を確立する

上で,留意すべき点を以下に列挙した.ただし,サンプル

jEj

什伽は

R100%

、、

%06

(討昌。へ〕、)「へ画一

霞M 10.テクスチャー計測法の現状30%

:溌:テクスチャーの機器計測法には,試料の繰り返し圧縮ま

たは圧縮-引張試験によって得られる曲線から推算する方

法が採られている.図24は試料の圧縮試験の破壊点に至

るまでの範囲において,数回に渡り載荷を中断して得られ

る曲線を,図25には繰り返し圧縮-引張試験によって得ら

れる曲線とテクスチャーとの対応関係を示す.また,図24

§15%

'-1本食品科学工学会誌第56巻第10号2009年10月

図24反復圧縮によるテクスチャ解析曲線

図25反復圧縮一引張試験によるテクスチャ解析曲線

かたさ:1,a もろさ:hb

ガム性:(かたさ)×(凝集性)

H跳 ぶ 岬

柵U3ll抑、ノ,},’

、ノ/’nF

A3

/)

、ノ

llII抑

1111111 2Iilll

(一)

凝集性:A2/Al付蒲性:A3

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(11) 511

○。

WC/P

かたい

鐙,

;≦≧f霧,“国内外 ゴーダチーズ,外国産チェダーチーズ,

スキムチーズを。

サンプルとした

相良:食品の力学的物性とテクスチャーの感性計測法

新商品のテクスチャー設計に当たって,機器測定のデー

タのみを利用して検討することは危険である.その理由は

本稿で述べたように,機器測定によって得られる力学的パ

ラメーターのデータが,消費者を対象とした官能評価によ

るテクスチャーのスコアと一対一に対応しない場合が多い

ことである.例えば著者らの経験によれば,日本人の大多

数は酸っぱい食品を硬く,甘い食品を柔らかく感じるよう

である.このように,サンプルを構成する化学成分もテク

スチャーの評価に影響を与える.

筆者は今後機器測定の結果とテクスチャーの相互関連性

を定量化してゆく技術開発が進展し,例えば,「食感性モデ

ル」を口腔内の知覚器官に適用する新しいテクスチャー感

性計測法が開発されることを期待している')9)'0).

文献

l)相良泰行,食感性工学のパラダイムと展望,日食工誌,56,

309-316(2009).

2)王益幣,森嶋博,瀬尾康久,相良泰行,芋生憲司,食パ

ンのレオロジに関する基礎的研究(第1報)~クラムの圧

縮性と粘弾性係数~,農機誌,54(1),73-80(1992).

3)王益幣,森嶋博,瀬尾康久,相良泰行,芋生憲司,食パ

ンのレオロジに関する基礎的研究(第2報)~かたさおよ

織 地餅 捲愈や、▲E C

獣:大文字…手作り豆腐小文字…ライン製造充填豆腐 1魚,

》》》》

⑬●○●

チーズ

魚肉・ソーセージ豆腐かまぼこ

やわらかい寿

図26各種食品のテクスチャマップ

に示した曲線から推算された各種食品のテクスチャーマッ

プを図26に示すM).この方法は力学的特性値の測定,知覚

量の因子分析および3次元グラフ表示の手順から成り立っ

ている.図26に採用された3軸は因子分析により採用さ

れたものである.それぞれのテクスチャーは「かたさ」と

「くずれにくさ」および「弾性力」を基準にして区別され,

テクスチャーの違いがマップの位置として表現されてい

る.このようなマップを作成することにより,消費者の好

むテクスチャーの動向を把握し,その動向に添った食品の

開発を行うことが可能となる.すなわち,官能評価に必要

な時間と労力を大幅に削減し,定量的データに基づくプロ

ダクトマネージメントが可能となる.このように,機器測

定と因子分析の組み合わせは,今後とも感性情報処理の手

段として有望視される.

現在,多様な食品のテクスチャーを対象とした機器計測

法が提案され,機器に付属した解析ソフトウェアとして利

用されている.しかし,これらの測定法から得られた「官

能値」は別途実施した官能評価により得られるスコアとは

必ずしも一致しない場合が多い.これは口腔内の触覚で知

覚される食物のダイナミックな物理化学的変化の要因であ

るテクスチャーを工業材料試験で汎用的に用いられている

方法で抽出して計測することは困難であることに起因して

いる.この問題を解決するためには,現存する機器計測に

よりサンプルの物理化学的特性を可能な限り計測し,官能

評価に用いたテクスチャー関連評価スコアとの関連性を探

索する必用がある.本誌次号にはこの関連性解析にニュー

ラルネットワークモデルを適用した事例について紹介する.

11.おわりに~感性計測法への展開~

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512 日本食品科学工学会誌第56巻第10号2009年10月 (12)

び製パン条件の影響~,農機誌,54(2),75-82(1992).

4)王益幣,森嶋博,瀬尾康久,相良泰行,芋生恋司,食パ

ンのレオロジに関する基礎的研究(第3報)~ロープの保

存中における含水率変化及び測定条件が圧縮破壊特性に及

ぼす影響~,農機誌,54(3),69-76(1992).

5)王益幣,森嶋博,瀬尾康久,相良泰行,芋生憲司,食パ

ンのレオロジに関する基礎的研究(第4報)~クラムのク

リープ試験と粘弾性モデル~,農機誌,54(4),89-96(1992).

6)呉計春.森嶋博,瀬尾康久,相良泰行,応力緩和試験と

3要素粘弾性モデルによる食パンのレオロジー的評価,日食

工誌,43,1285-1292(2009).

7)Muller,1.1.G.’"AnlntroductiontoFoodRheology",1-16

(1973).

8)Baker,A、E・andDoerry,W、T,,Ce”αノFboaSWb“31(2),

193-195(1986).

9)食感性モデルによる「おいしさ」の評価法,日食工誌,56,

317-325(2009).

10)相良泰行,青果物選別システムと食感性計測のニーズ,日

食工誌,56,373-383(2009).

11)Axford,W、E、,Colwee1,K.H,Comford,S、J・andElton,G、

E、H、,eZSciFboaAgγiU,19,95-101(1968).

12)呉計春.森嶋博,瀬尾康久,相良泰行,食パン焼成プロ

セスにおける熱及び物質移動特性,日食工誌,43,1117-1123

(2009).

13)AmericanAssociationofCerealChemists(AACC),"Cereal

LaboratoryMethods,,,AACCMethod,74(10)(1961).

14)森友彦,物性測定とテクスチャー,食品と開発,31(2),

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(平成21年8月24日受理)