超小型8kスーパーハイビジョンカメラ 「cubeカメラ」の開...

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報告 要約 次世代の放送システムとして,8Kスーパーハイビジョン(8K Super Hi-Vision)の研究開発 を進めている。今回,3,300万画素,フレーム周波数120Hzの単板カラーCMOS(Complemen- tary Metal Oxide Semiconductor)イメージセンサーを用いて,幅125mm,高さ125mm,奥行 き150mm,質量2kgの小型・軽量なカメラヘッドを持つカメラシステムを開発した。本カメラ ヘッドは,イメージセンサーの光学サイズ(受光面の対角長)が,デジタルシネマ用カメラで一 般的に用いられているスーパー35mmと同等であることから,種類の豊富な映画用のPLマウント レンズが使用可能であり,これまでにさまざまな8Kコンテンツの制作に用いられている。本カ メラを用いて単板カラー撮像方式による色再現特性について検討した結果,リニアマトリクスを 用いた補正により,超高精細映像(UHDTV:Ultra High Definition Television)の国際規格で あるITU-R Rec. BT.2020に準拠した色再現特性,および現在の放送用カメラの色再現特性に合 わせた特性が得られることを確認した。 ABSTRACT We have developed a 33-Mpixel, 120-fps and 12-bit A/D converter single-chip color CMOS image sensor and a compact 8K camera head equipped with this image sensor. The camera head hasdimensionsof125mm(W)×125mm(H)×150mm(D)andweighsonly2kg.Inaddition,asthe image sensor has a 25mm image circle, the camera head is compatible with various Super 35 PL lenses for digital cinema. We measured its spectral sensitivity and confirmed that its colorimetry can be corrected to that of ITU-R Rec. BT.2020 by using the linear matrix method. 超小型8Kスーパーハイビジョンカメラ 「Cubeカメラ」の開発 安江俊夫 北村和也 島本 Development of Compact 8K/120fps Single−Chip Camera Head and Camera System Toshio YASUEKazuya KITAMURA and Hiroshi SHIMAMOTO NHK技研 R&D/No.148/2014.11 22

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Page 1: 超小型8Kスーパーハイビジョンカメラ 「Cubeカメラ」の開 …「Cubeカメラ」の開発 安江俊夫 北村和也 島本 洋 Development of Compact 8K/120fps Single−Chip

報告

要約 次世代の放送システムとして,8Kスーパーハイビジョン(8K Super Hi-Vision)の研究開発を進めている。今回,3,300万画素,フレーム周波数120Hzの単板カラーCMOS(Complemen-tary Metal Oxide Semiconductor)イメージセンサーを用いて,幅125mm,高さ125mm,奥行き150mm,質量2kgの小型・軽量なカメラヘッドを持つカメラシステムを開発した。本カメラヘッドは,イメージセンサーの光学サイズ(受光面の対角長)が,デジタルシネマ用カメラで一般的に用いられているスーパー35mmと同等であることから,種類の豊富な映画用のPLマウントレンズが使用可能であり,これまでにさまざまな8Kコンテンツの制作に用いられている。本カメラを用いて単板カラー撮像方式による色再現特性について検討した結果,リニアマトリクスを用いた補正により,超高精細映像(UHDTV:Ultra High Definition Television)の国際規格であるITU-R Rec. BT.2020に準拠した色再現特性,および現在の放送用カメラの色再現特性に合わせた特性が得られることを確認した。

ABSTRACT We have developed a 33-Mpixel, 120-fps and 12-bit A/D converter single-chip color CMOSimage sensor and a compact 8K camera head equipped with this image sensor. The camera headhas dimensions of 125mm(W)×125mm(H)×150mm(D)and weighs only 2kg. In addition, as theimage sensor has a 25mm image circle, the camera head is compatible with various Super 35 PLlenses for digital cinema. We measured its spectral sensitivity and confirmed that its colorimetrycan be corrected to that of ITU-R Rec. BT.2020 by using the linear matrix method.

超小型8Kスーパーハイビジョンカメラ「Cubeカメラ」の開発

安江俊夫 北村和也 島本 洋

Development of Compact 8K/120fps Single−ChipCamera Head and Camera System

Toshio YASUE,Kazuya KITAMURA and Hiroshi SHIMAMOTO

NHK技研 R&D/No.148/2014.1122

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1.はじめにNHKでは,次世代の放送システムとして8Kスーパーハイビジョン(以下,8Kと略称)の研究開発を行っている1)。8Kは究極の高臨場感と現実感を目指した放送システムであり,その映像パラメーターは人の知覚特性に基づいて決定された2)。8Kの主な映像パラメーターを1表に示す。画素数は横7,680×縦4,320,フレーム周波数(1秒間当たりのコマ数)は最大で120Hz,階調は最大で12bit,色域は広色域表色系*1となっている。これらの映像パラメーターは,超高精細映像の国際規格であるITU-R(InternationalTelecommunication Union Radiocommunication Sector:国際電気通信連合無線通信部門)Rec. BT.20203)として勧告されているほか,SMPTE(Society of Motion Pictureand Television Engineers:米国映画テレビ技術者協会)や ARIB (Association of Radio Industries andBusinesses:電波産業会)などでも標準化されている4)5)。当所では,これまでに画素数3,300万,フレーム周波数120Hz,階調12bitのCMOSイメージセンサーを開発し6),そのイメージセンサーと光学プリズムを用いて3板カラー撮像方式(後述)の8Kカメラを試作した(1図)7)。一方,このような光学プリズムを用いたカメラは,カメラヘッドの重量とサイズが大きくなってしまうという課題があった。今後,多様な撮影手法を実現するためには,カメラの小型化は重要な要素である。カメラの小型化に寄与する技術の1つに,単板カラー撮像方式がある。3板カラー撮像方式と単板カラー撮像方式の比較を2図に示す。2図(a)に示す3板カラー撮像方式は,光学プリズムと,その面に構成された,特定の波長の光を反射するダイクロイックミラーを用いて,赤,緑,青の3色を分光する方式である。これに対して,2図(b)に示す単板カラー撮像方式は,イメージセンサーの画素上に特定の波長の光を透過するフィルターを形成し,画素ごとに赤,緑,青の3色のうちいずれかを撮像する方式である。

単板カラー撮像方式は,プリズムを使用しないため小型軽量化には有利であるが,一方で,カラーフィルターに用いる材料の制約から分光特性を自由に設計しづらく,また隣接する画素間のクロストークが混色となって映像に現れる場合もあり,希望する色再現性を得るためには注意が必要である。そこで今回,フルスペック小型8Kカメラの開発に向けて,単板カラー撮像方式を放送用カメラに用いる上での技術的な課題を検証すること,そして小型カメラヘッドを使用することにより8K映像撮影の多様な撮影手法を実現することを目的として,超小型の単板カメラの開発を行ったので,その概要を報告する。

2.イメージセンサー本カメラに用いたイメージセンサーは,既開発の3,300万画素120HzCMOSイメージセンサーに微細なオンチップカラーフィルターを搭載することによりカラー化した。イメージセンサーの外観を3図に,構造を4図に示す。このセンサーは,画素の縦方向の列ごとに信号処理回路を有する列並列構造を採用している。画素からの信号は,列ごとに上下に交互に出力される。総画素数は7,808(横)×4,336(縦)であり,有効画素の7,680(横)×4,320(縦)の外側に,画像の信号処理に用いる周辺画素や,画素信号の黒基準を生成するために光が入射しないように遮光されたOB(オプティカルブラック)画素などを配している。画素の大きさは縦横ともに2.8μmであり,各画素には埋め込みフォトダイオード*2を使用している。画素上にはベイヤー配列*3のカラーフィルターおよびオンチップマイク

*1 従来より広い範囲の色を再現できる表色系。ITU-R Rec. BT.2020では波長630nm,532nm,467nmの単色光を赤,緑,青の3原色に定めている。

*2 信号電荷をシリコンの表面ではなく結晶中に蓄積することで雑音を抑えるフォトダイオードの構造。

*3 縦2×横2の4画素を繰り返し単位とし,対角2画素を緑に,残る2画素を赤と青に1画素ずつ割り当てるカラーフィルターの配列パターン(4図参照)。

画素数(横×縦) 7,680×4,320

フレーム周波数(Hz) 120,60

走査方式 順次走査

階調(bits) 12,10

サンプリング構造※ 4:4:4,4:2:2,4:2:0

色域 広色域表色系※色差信号の水平および垂直の画素数が輝度信号と等しいものを4:4:4,水平方向に半分に間引いたものを4:2:2,水平方向と垂直方向ともに半分に間引いたものを4:2:0と呼ぶ。

1表 8Kスーパーハイビジョンの主な映像パラメーター

1図 画素数3,300万,フレーム周波数120HzのCMOSイメージセンサーを用いた3板カラー撮像方式の8Kカメラ

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イメージセンサー

イメージセンサー

青色光を反射

赤色光を反射

イメージセンサー

(a)3板カラー撮像方式

(b) 単板カラー撮像方式

単板カラーイメージセンサー

緑色光を透過赤色光を透過

青色光を透過

イメージセンサー

カラーフィルター

画素

21.5mm 12.1mm

ロレンズ*4を形成している。画素からは,V走査回路(垂直走査回路)によって画面の上から下に向かって順番に信号が読みだされる。出力信

号は,列ごとに設置されたCDS(Correlated Double

*4 フォトダイオードへの集光率を高めるために,個々の画素の上に形成される凸レンズ構造。

2図 3板カラー撮像方式と単板カラー撮像方式の比較

3図 3,300万画素120Hz単板カラーイメージセンサーの外観

報告

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ベイヤー配列のカラーフィルター

画素7,808(横)×4,336(縦)

CDS,信号増幅回路(3,904並列)

CDS,信号増幅回路(3,904並列)

AD変換回路(3,904並列)

AD変換回路(3,904並列)

V走査回路(4,336行順次)

V走査回路(4,336行順次)

488列を処理

488列を処理

データ読み出し回路(8ブロック)

データ読み出し回路(8ブロック)

デジタルデータ出力(48並列LVDS)

Sampling:相関二重サンプリング)回路*5に入力され,雑音の除去が行われる。このCDS回路は増幅回路も兼ねており,画素からの信号に対して1倍,2倍,3.5倍,8倍のいずれかの倍率で信号増幅を行うことができる。CDS回路からの出力信号は,AD(Analog to Digital)変換回路により12bitのデジタル値に変換される。フレーム周波数120Hzでの動作時には1ラインあたりのAD変換時間は約1.9μsという高速動作が要求されるため,AD変換回路には,静岡大学と共同で開発した2段サイクリックAD変換回路を用いている。2段サイクリックAD変換方式は,12bitを上位の4bitと下位の8bitに分け,2個のサイクリック方式のAD変換回路で順番に処理を行うことで,高速動作と低消費電力を両立させる方式であり,この方式を用いることにより,本イメージセンサーはフレーム周波数120Hzでの高速動作とともに,約2.5Wという低消費電力を実現している。AD変換回路からのデジタル出力信号には,センサー全体を16(8×2)個に分けるブロックごとに,横方向のデータ読み出しや,同期信号の埋め込みなどの処理が行われる。イメージセンサーからは,最終的にブロックあたり6チャンネル,合計96チャンネルのLVDS(Low-Voltage Differential Signaling:小振幅差動信号方式)

によって映像信号が出力される。LVDSは1チャンネル当たり533Mbpsのデータレートであるため,総出力データレートは51.2Gbpsである。本イメージセンサーの諸元を2表に示す。有効画素領域の大きさは横21.5mm×縦12.1mmであり,対角長は約25mmであることから,映画撮影で一般的に用いられるスーパー35mmフォーマットにほぼ準拠している。また,本イメージセンサーは,0.18μm CMOSイメージセンサー用プロセスを使用して製造されている。

3.色再現本カメラで使用している単板カラー撮像方式の色再現性について検討を行った。3.1 ITU-R Rec. BT.2020で定める色再現への

補正UHDTVの表色系は,ITU-R Rec. BT.2020にて勧告されている広色域表色系であるが,一般には単板カラーイメージセンサーに用いるオンチップカラーフィルターだけでは,希望する撮像特性に最適化することは困難である。5図に,ITU-R Rec. BT.2020で定められるUHDTVの理

*5 リセット直後と画素からの電荷転送後の信号値の差分を取ることにより,両者に共通して含まれる雑音を除去する方式。

4図 3,300万画素120Hz単板カラーイメージセンサーの構造

NHK技研 R&D/No.148/2014.11 25

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波長(nm) 波長(nm)

感度

(a.u.※)

感度

(a.u.※)

(a)ITU-R Rec. BT.2020の理想撮像特性 (b)試作した単板カラーイメージセンサーの分光特性※ arbitrary unit(任意単位)。

400 450 500 550 600 650 700 750 400 450 500 550 600 650 700 750

80

60

40

20

0

-20

-40

-60

b*

a*-40 -30 -20 -10 0 10 20 40 50 6030

補正前目標補正後

想撮像特性と,測定した本イメージセンサーの分光感度特性を示す。分光特性の違いにより,再現される色も異なる。そこで,撮像素子から得られるRGB(赤緑青)信号値に対して,3行3列の行列を掛け合わせるリニアマトリクス処理8)によって,色再現の補正を行った。補正の目標とするBT.2020の理想撮像特性と,本イメージセンサーの分光感度特性を比較するために,それぞれの分光特性とD65光源*6の分光特性,24色カラーチェッカーチャート*7の各色の反射特性を掛け合わせることによって,24色カラーチェッカーチャートを撮影した場合の信号値を計算によって取得し,各色のRGB信号値の差の平均値を最小化するリニアマトリクス補正量を計算によって求めた。このリニアマトリクス処理による補正の結果をCIE(TheCommission on Illumination)L*a*b*空間*8上にプロッ

*6 CIE(The Commission on Illumination:国際照明委員会)が定める平均的な昼光色の標準の光。

*7 24色の色見本を並べた板。*8 CIEが定める,色を明度(L)と色座標(a*,b*)から表す均等色空間。

製造プロセス 0.18μm CMOSイメージセンサー用プロセス

有効画素エリア(mm) 21.5(横)×12.1(縦)

光学フォーマット Super35相当

画素サイズ(μm) 2.8(横)×2.8(縦)

フレーム周波数(Hz) 120(最大)

走査方式 順次走査

アナログゲイン 1倍,2倍,3.5倍,8倍

階調(bits) 12

消費電力(W) 約2.5

出力インターフェース LVDS(96ch)

総出力データレート(Gbits/sec) 51.2

カラーフィルター RGBベイヤー配列

2表 3,300万画素120Hz単板カラーイメージセンサーの諸元

5図 ITU-R Rec. BT.2020の理想撮像特性と,試作した単板カラーイメージセンサーの分光特性

6図 開発した単板カラーイメージセンサーの色再現特性をBT.2020で規定される広色域表色系を目標に補正した結果(各点は24色カラーチェッカーチャートの各色に対応)

報告

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(a)補正前

(b)補正後

(c)理想値

80

60

40

20

0

-20

-40

-60

b*

a*-40 -30 -20 -10 0 10 20 40 50 6030

補正前目標補正後

トしたものを6図に示す。+は補正前の座標を, は補正後の座標を,そして○は理想撮像特性による座標をそれぞれ表している。また,補正前後の信号値と,理想撮像特性による信号値のそれぞれから作成した24色カラーチェッカーチャートのシミュレーション画像を参考として7図に示す。この結果から,リニアマトリクス補正により,色再現特性が著しく改善していることが分かる。補正後は,色再現特性の誤差の指標であるΔE*ab(CIE L*a*b*空間上での距離)は,24色の平均で1.2程度となった。用いたリニアマトリクス補正式を以下に示す(RGBはイメージセンサーから出力される信号値を,RcorGcorBcor は補正後

の信号値をそれぞれ表す)。

(1)

3.2 現在使用されている3板カメラの色再現への補正

現在のハイビジョン放送に用いられているITU-R Rec.BT.709で定められる色再現に対しても,リニアマトリクス処理の有効性を検証した。BT.709から求められる理想撮像特性は大きな負の特性を含むが,光学プリズムでは負の特性は実現できないため,また,感度特性などを優先するため,放送用カメラは,BT.709で定められる理想撮像特性とは異なる特性を持つ場合が多い。現在コンテンツ制作に使用されている3板カラー撮像方式の8Kカメラの特性も,理想撮像特性と完全には一致しない。そこで,3板カラー撮像方式の8Kカメラの特性を測定し,前節と同様にD65光源の下での撮影を仮定して補正行列を求めた。補正の結果を8図に示す。+は補正前の座標を, は補正後の座標を,そして○は目標とする3板カラー撮像方式カメラの特性による座標値を示しており,この場合も補正により,目標とする座標に近づいていることが分かる。補正後の24色のΔE*ab平均値は1.6となり,3板カラー撮像方式を用いたカメラに近い色再現が得られた。用いたリニア

8図 開発した単板カラーイメージセンサーの色再現特性を現在使用されている3板カメラの色再現特性を目標に補正した結果(各点は24色カラーチェッカーチャートの各色に対応)

7図 計算により得られたRGB信号値から作成した24色カラーチェッカーチャートのシミュレーション画像

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(a)CCU (b)コントロールパネル

LVDSレシーバー

イメージセンサー

SNAP12光ドライバー

SDI※2出力SNAP12レシーバー

SDI出力

SDI出力

D/C※1

8K出力

4K出力

ハイビジョン出力

12芯光ケーブル(最大100m)

画素の並び替え

OBクランプ

固定パターン雑音除去

フレア補正 傷補正 ゲイン/ペデスタル調整 光伝送符号化

光伝送復号 リニアマトリクス 6軸色補正

ガンマ補正 画素の並び替え 色収差補正 ディテール

強調 D/C

(a)カメラヘッド

(b)CCU(Camera Control Unit)

※1 Down Convertor。※2 Serial Digital Interface。 

マトリクス補正式を以下に示す(RGBはイメージセンサーから出力される信号値を,RcorGcorBcorは補正後の信号値をそれぞれ表す)。

(2)

4.カメラシステム4.1 全体構成カメラシステムは,カメラヘッドおよびCCU(CameraControl Unit)から構成される。カメラヘッドおよびCCUの外観を9図および10図にそれぞれ示す。カメラヘッド

とCCUの間は,12芯のマルチモード光ケーブルを用いて映像信号の伝送を行う。ケーブルの最大伝送距離は100mである。4.2 カメラヘッドの構成カメラヘッドにおける信号処理の流れを11図(a)に示す。イメージセンサーからLVDSにて出力される信号は,信号処理回路に取り込まれる。信号処理回路においては,画素の並び替えや,OB(オプティカルブラック)画素の情報を用いた雑音除去(OBクランプ),固定パターン雑音除去,フレア補正*9,傷補正*10などを行った後に,色ご

*9 レンズ内での反射などにより,強い光が入った時に画面全体が白く浮いてしまう現象を補正する技術。

*10 イメージセンサーの不良画素を検知し,映像を修正する技術。

9図 超小型カメラヘッドの外観(幅125mm,高さ125mm,奥行き150mm,質量2kg)

10図 CCU(Camera Control Unit)およびコントロールパネルの外観

11図 カメラシステム全体の信号処理の流れ

報告

NHK技研 R&D/No.148/2014.1128

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60Hz映像信号

カメラヘッド

120Hz/60Hz変換器

120Hz映像信号フレーム1,2,3,4,…

60Hz映像信号フレーム1,3,…

60Hz映像信号フレーム2,4,…

60Hz映像信号

コントロールパネル

制御信号

とにゲインやペデスタル*11の調整が行われる。処理が施された信号は,SNAP12光ドライバー*12から光信号として出力される。カメラヘッドの諸元は3表に示す通りである。幅(W)125mm,高さ(H)125mm,奥行き(D)150mmとほぼ立方体形状であることから,キューブカメラと呼ばれている。2章で述べたとおりイメージセンサーの受光面がスーパー35mmに準拠していることと,レンズマウント(レンズを固定する機構)にPLマウントを用いていることから,映画撮影用のPLマウントレンズが使用可能であり,幅広い選択肢からレンズを選ぶことができる。また,小型・軽量であることから,水中撮影用の防水ケースに入れての撮影や,ヘリコプターに搭載しての撮影,カメラ用防振装置に載せての手持ち撮影が可能である。電源はDC12Vであり,バッテリーでの運用も可能である。4.3 CCUの構成CCUにおける信号処理のブロック図を11図(b)に,諸元を4表にそれぞれ示す。カメラヘッドからの信号は光レシーバーにより受信され,信号処理回路に入力される。信号処理回路においては,前述のリニアマトリクス補正処理に加えて6軸色補正*13(カラーコレクション)を行うことも可能である。その後,ガンマ補正*14や色収差補

正*15,ディテール強調*16などの処理が行われた後に,映像信号として出力される。映像信号出力は,DG(デュアルグリーン)方式の8K信号,縮小または切り出された4K信号,縮小されたハイビジョン信号が同時に出力される。CCUの操作は専用のコントロールパネルによって行う。4.4 フレーム周波数120Hz運転時の構成本カメラシステムは,フレーム周波数120Hzでの運用に対応している。120Hz運用時の構成を12図に示す9)。カメラヘッドから出力される120Hz映像信号は,120Hz/60Hz変換器によって偶数フレームと奇数フレームに分割され,それぞれが60Hzの映像信号として,2台の60Hz用CCUにて処理される。2台のCCUはマスター/スレーブ動作により同一のパラメーターを用いて信号処理を行い,それ

*11 黒(光が入らない状態)に対応する信号レベル。*12 マルチモードの12芯光ケーブルを使用する光接続端子。*13 赤,緑,青とその補色であるシアン,マゼンタ,イエローの6つの

色に対して,色相と彩度を調整することができる色補正機能。*14 ディスプレーの非線形特性を打ち消すために映像の階調を補正する

処理。*15 光の波長による屈折率の違いによって生じるレンズでの色ずれを補

正する技術。*16 よりくっきりとした映像にするためにエッジを強調する処理。

イメージセンサー 3,300万画素単板カラー

レンズマウント PL

使用レンズ スーパー35mm PLマウント

フレーム周波数(Hz) 120,60

出力インターフェース SNAP 12光ケーブル

最大ケーブル長 100m

電源 DC 12V

消費電力(W) 25

質量(kg) 2

大きさ(mm) 125(W)×125(H)×150(D)

機能ニー※1,ホワイトクリップ※2

ガンマ補正6軸色補正ディテール強調 など

制御 専用のコントロールパネルによる

電源 AC 100V-240V

消費電力(W) 450

質量(kg) 30

大きさ(mm) 430(W)×222(H)×550(D)※1 白つぶれを防ぐために,輝度が高い部分の信号を圧縮して,ダイ

ナミックレンジに収める処理。※2 一定の値以上の輝度の信号をクリップして任意の値に収める処理。

3表 カメラヘッドの諸元 4表 CCUの諸元

12図 フレーム周波数120Hz運用時のカメラシステムの構成

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ぞれ60Hzデュアルグリーン信号形式の映像信号を出力する。これにより,60Hz用のCCUに大きな改修を加えることなく120Hzの映像信号の処理が可能となる。また,60Hzデュアルグリーン信号形式を出力に用いることにより,映像を収録するレコーダーなどの制作機材に従来の8K用機材を使用することが可能となる。

5.開発した単板8Kカメラによる撮影5.1 劇場での使用2013年9月に行われた,ミラノスカラ座によるオペラ

「リゴレット」の8Kパブリックビューイングにおいて,本カメラと3板カラー撮像方式の8Kカメラとを切り替えて使用した。本カメラと3板カラー撮像方式のカメラとの間には色再現特性の違いがあったが,本カメラにリニアマトリクス補正とカメラ内蔵の6軸色補正(カラーコレクション)を行うことにより,3板カラー撮像方式のカメラと比較して,切り替えて使用しても視覚上問題ない程度まで色再現特性を合わせることができた。また,本カメラシステムは,2013年12月に行われた

「紅白歌合戦」や2014年3月に行われた「東京ガールズコレクション」においても8Kの収録に使用された。「紅白歌合戦」では,カメラが小型であるため,わずかな設置面積でカメラを設営することができ,3階客席からの俯瞰カメラとして使用された(13図)。また「東京ガールズコレクション」においては,小型・軽量という特徴を生かし,クレーンに載せてのドリーショット(移動しながらの撮影:14図)や,カメラスタビライザー(防振装置)を用いた手持ちでの撮影といった,従来の8Kカメラでは困難であった撮影手法を実現することができた。5.2 ショートムービーの制作2014年2月に,本カメラを用いてショートムービー

「MOVE」を制作した。このコンテンツは,全編を単板カラー撮像方式の8Kカメラで撮影しており,特に本カメラを使用して,カメラスタビライザーを用いた手持ち撮影(15図)を中心に,屋外から屋内まで幅広い撮影条件の中で機動性を生かした撮影を行った。5.3 フレーム周波数120Hzでの

スポーツコンテンツ撮影フレーム周波数120Hzでの撮影に対応した本カメラを用いて,2014年7月にブラジルで行われた「2014 FIFAWorld Cup Brazil」において,8K/120Hzで試合の収録を行った(16図)*17。収録した映像は2014年9月にオランダで行われたIBC 2014で展示し,動きの速い被写体を撮影したときにぼやけの少ない120Hz映像の,スポーツコンテンツへの有効性を示した。

*17 8K/120Hzでのスポーツコンテンツの撮影は世界初。

13図 2013年紅白歌合戦でのカメラ設置の様子

15図 「MOVE」制作でのカメラスタビライザーに搭載した撮影

14図 東京ガールズコレクション2014春夏でのクレーンを用いた撮影

報告

NHK技研 R&D/No.148/2014.1130

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6.おわりに単板カラー撮像方式を用いて,カメラヘッドのサイズが125mm(W)×125mm(H)×150mm(D),重さが2kgという超小型の8Kカメラを試作した。試作したカメラを用い

て多様な撮影実験やコンテンツ撮影を行い,単板カラー撮像方式の課題の1つである色再現特性に関して,リニアマトリクスを用いた補正を検証し,実用上問題の無い程度に補正が可能なことを確認した。また,小型軽量という特徴を生かして,手持ち撮影など,これまでの8Kカメラでは撮影が困難であった撮影スタイルを実現した。さらに,フレーム周波数120Hzでの撮影を実施し,8K/120Hz映像の収録とコンテンツ制作を行った。今後も,実用的な8Kカメラの開発に向けて取り組んでいく。

本稿は, SMPTE Motion Imaging Journalに掲載された以下の論文を元に加筆・修正したものである。H. Shimamoto,T. Yasue,K. Kitamura,T. Watabe,N.Egami,S. Kawahito,T. Kosugi,T. Watanabe and T.Tsukamoto:“A Compact 120 Frames / sec UHDTV 2Camera with 35mm PL Mount Lens,”SMPTE Mot. Imag. J.,Vol. 123,No. 4,pp. 21-28(2014)

16図 2014 FIFA World Cup Brazil での120Hz収録の様子

ⒸFIFA

NHK技研 R&D/No.148/2014.11 31

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参考文献 1)M. Sugawara,M. Kanazawa,K. Mitani,H. Shimamoto,T. Yamashita and F. Okano:“Ultrahigh-Definition Video System with 4000 Scanning Lines,”SMPTE Mot. Imag. J.,Vol.112,No.10&11,pp.339-346(2003)

2)T. Yamashita,K. Masaoka,K. Ohmura,M. Emoto,Y. Nishida and M. Sugawara:“Super Hi-Vision:Video Parameters for Next-Generation Television,”SMPTE Mot. Imag. J.,Vol.121,No.4,pp.63-68(2012)

3)ITU-R Rec. BT.2020,“Parameter Values for Ultra-High Definition Television Systems for Productionand International Programme Exchange”(2012)

4)SMPTE ST 2036-1,“Ultra High Definition Television―Image Parameter Values for ProgramProduction”(2013)

5)電波産業会:“超高精細度テレビジョン方式スタジオ規格,”ARIB STD B-56(2013)

6)K. Kitamura,T. Watabe,T. Sawamoto,T. Kosugi,T. Akahori,T. Iida,K. Isobe,T. Watanabe,H.Shimamoto,H. Ohtake,S. Aoyama,S. Kawahito and N. Egami:“A 33-Megapixel 120-Frames-per-Second 2.5-Watt CMOS Image Sensor with Column-Parallel Two-Stage Cyclic Analog-to-DigitalConverters,”IEEE Trans. Electron. Devices,Vol.59,No.12,pp.3426-3433(2012)

7)H. Shimamoto,K. Kitamura,T. Watabe,H. Ohtake,N. Egami,Y. Kusakabe,Y. Nishida,S.Kawahito,T. Kosugi,T. Watanabe,T. Yanagi,T. Yoshida and H. Kikuchi:“120Hz Frame-RateSuper Hi-Vision Capture and Display Devices,”SMPTE Mot. Imag. J.,Vol.122,No.2,pp.55-61(2013)

8)A. H. Jones:“Optimum Color Analysis Characteristics and Matrices for Color Television Cameras withThree Receptors,”SMPTE J.,Vol.77,pp.108-115(1968)

9)安江,北村,塚本,遠藤,島本:“超小型8Kスーパーハイビジョンカメラのフレーム周波数120Hz化,”映情学年次大,20-6(2014)

やす え と し お

安江俊夫きたむらか ず や

北村和也

2008年入局。金沢放送局を経て,2012年から放送技術研究所において,8Kスーパーハイビジョン用イメージセンサーおよびカメラの研究開発に従事。現在,放送技術研究所テレビ方式研究部に所属。

2000年入局。福岡放送局を経て,2003年から放送技術研究所において,超高速度撮像デバイス,高フレームレートSHV撮像デバイスの研究に従事。現在,放送技術研究所テレビ方式研究部に所属。博士(工学)。

しまもと ひろし

島本 洋

1991年入局。金沢放送局を経て,1993年から放送技術研究所において,固体撮像素子を用いた撮像技術,スーパーハイビジョン用カメラおよびイメージセンサーの研究開発に従事。2007年から2010年まで(財)NHKエンジニアリングサービスに出向。現在,放送技術研究所テレビ方式研究部上級研究員。博士(工学)。

報告

NHK技研 R&D/No.148/2014.1132