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脳 髄 に 於 け る ク ロ ー ル プ ロ マ ジ ン

作 用 機 序 に つ い て の 研 究

第3編

C. P.長 期 少 量投 与 時 に 於 け る犬 脳 の病 理 組 織 学 的研 究

岡山大学医学部神経精神医学教室(主 任:奥 村二吉教授)

清 水 英 詮

〔昭和34年6月11日 受稿〕

I. 緒 言

前編に於て犬のC. P.大 量短期間 投与群に於ける

脳病理組織学的検査の結果を記述したが,更 に本編

に於て犬のC. P.長 期間少量投 与群の脳病理組織学

的検索の結果を報告 し,更 に総括的考案を行いたい.

Ⅱ. 実 験 方 法

研究材料として第1編 にあげた動物例の中C. P.

少量長期投与群の2例 を股静脈内空気注入により殺

して断頭,直 ちに脳を取り出し10%フ ォルマリン固

定, 80%ア ル コール固定, Muller固 定を行い,そ

のツェロイジン切片及びパ ラフィン切片をつ くり,

ニ ッスル染色,ヘ マ トキシリン・エオジン染色,ア

ザン染色,髄 鞘染色,更 に凍結切片によつて脂肪染

色(Sudan Ⅲ)を 行つた.

実験 動物の臨床所見は第1編 に於て詳述したが,

ここで再びその要点をあげてみると,成 犬2匹(各

10kg,〓 及び♀)を 用いて1ケ 月間に渉り, C. P.

(10mg/kg)当 を筋肉内注射を行つた.症 状は軽度

であり,実 験第9日 目頃より犬は傾眠状 とな り,坐

していることが多 く,動 作はやや不活溌となる.然

し食欲良好であり,呼 吸,脈 搏にも異常を認めず,

実験第15日 目まで続いたが次第に回復し,薬 剤投与

前と同様の状態に復した.実 験開始後31日 目に断頭

組織標本を作製したものである.

Ⅲ. 病 理 組 織 学 的 所 見

第1例,第2例 共に変化は本質的差異を認めなか

つた.

1) 大脳外套. i) 皮質所見:軟 膜 は一般にや

や肥厚しており,肥 大している細胞の核は楕円形,

又は紡錘形を示しており,核 の内部 は淡明,中 に核

小体が認められる.白 血球,リ ンパ球は認められな

い.染 色性はやや淡い.蜘 蛛膜下の血管には軽度の

充血及び鬱血を示したところがある.血 管周囲の細

胞浸潤はない.か かる変化は前頭葉,後 頭葉,側 頭

葉もほとんど同様である.

第1層  少数の神経細胞の核は淡明で,核 の形

は不正形,細 胞体はやや萎縮し,一 ッスル小体は虎

斑を示 さず,瀰 漫性に濃染 している細胞が相当数認

められる.然 し神経突起の〓曲は著明でない.グ リ

ア細胞はやや増加している.血 管壁には軽度の肥厚

が認められるが細胞浸潤は認め られない.

第2層:前 頭葉に於ける神経細胞はほとんど細

胞体は萎縮 し,神 経突起は追及出来るものが多いが

著明に〓曲しているものは少い.ニ ッスル小体は虎

斑を示すものは少 く,顆 粒状に凝集 しているものが

多い.全 体が濃 く,瀰 漫性に染つているものもある.

又空胞様変性の認められるものもある.し かし核 は

明るく見えるものが多 く,核 小体は明瞭である.核

の位置が特に偏位傾向を示したものは少い.中 には

神経突起が著明に〓曲し,一 ッスル小体が瀰漫性に

濃 く染まり,核 及び核小体の位置も全然判別出来な

い慢性萎縮をおこしたもの,又 神経突起はほとんど

追及出来ないが細胞体及び核は濃 く染まり,円 形,

蚕豆状に見え, Pyknoseを お こ して いると考えら

れる細胞も存在する.又 神経細胞の中には空胞様の

間隙を認めるものが相当数認められる.頭 頂部皮質

に於てもほとんど同様の変化がある.し かし神経突

起の〓曲を示すものはな く,ほ とんどの神経細胞は

細胞体を出たところで影がうすれ,追 及困難である

が,中 には明瞭に追及可能な ものもある.ニ ッスル

小体は明瞭な虎斑をつ くつているものは少 く,染 色

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性はうす く,ほ とんど顆粒状に見えるものが多い.

空胞様変性が少数に認められる.浮 腫様変化も認あ

られるが著 明ではない. Chromatolyseを おこして

いるもの もあるがわづかである.核 内の網様構造は

いづれも認められる. Kernfolteも 少数認められる

がこうした細胞で核の著明な萎縮を示すものはない.

核小体はほとんどが1個,中 には2個 のものがある

が,多 くは円形であり,中 には顆粒状に見えるもの

もある.グ リアの 著明な増殖 は認 め られない.

Neuronophagieも ない.前 頭葉,後 頭葉を通 じて

軟化竈,細 胞の脱落層はない.血 管壁は軽度の肥厚

が認められる程度で血管周囲細胞浸潤は認められな

い.

第3層  前頭部の個々の神経細胞の変化は第2

層とほとんど変らない.慢 性萎縮に陥つた神経細胞

が散在する.膠 細胞の増殖は著明でNeuronophagie

をおこしているものが多 く認められる.血 管の変化

は第2層 とほとんど変 りないが,著 明な充血をみる

部分がある.

第4~5層:神 経細胞は全般的に水腫様変化,

Chromatolyseを 来 しているもの,淡 明化を来 して

いるものが多いが,特 徴的なことは,第5層 の大き

な錐体細胞が著明に萎縮 し,核 も識別出来ない程度

に濃 く瀰漫性に染まり,神 経突起の〓曲を示 した所

謂慢性萎縮を来 したものが層状をなして配列してい

ることである慢性萎縮像を呈した細胞の配列は前頭

部から頭頂部にかげて特に著明であり,後 頭部及び

側 頭部では軽い.膠 細胞は増加し,慢 性萎縮に陥入

つた神経細胞周囲の随伴細胞 も増している.小 型の

神経細胞も殆んど同様の変化に陥入つているが,更

に崩壊像を示す ものも少数にある.こ うした神経細

胞には随伴細胞を伴つたものが多い.左 側の頭頂部

の回転谷部,第5層 に神経細胞脱落層があり,神 経

細胞の崩壊像が見 られる.血 管の変化は他の層とほ

とんど変りないが,血 管壁の肥厚と共に細胞浸潤が

認められるところがある.細 胞 は小 円形細胞であ

る.

第12図  前頭葉,皮 質,第5層 に於ける層

状に慢性 萎縮 を来した神経細胞

Nissl染 色(60×)

第13図  前 頭 葉,皮 質,前 頭 葉,第5層 に

於け る層 状 に慢 性 萎 縮 を 来 した神

経 細 胞. Nissl染 色(280×)

第14図  左側前頭葉,皮 質,回 転谷部,第

5層 附近に於ける神経細胞の脱落

巣. Nissl染 色(150×)

第6層  他の各層に比較して変化は少 く,神経

細胞はほとんど正常に保たれている.グ リアの増殖

はな く,血 管にも変化は認められない.

ii) 髄質:膠 細胞の多少の増加と,静 脈に著明

な鬱血及び血管周囲の細胞浸潤の認められるところ

がある.皮 質のところどころにかなりの大きな楕円

形の脱髄斑が認められる.

2) アンモン角:ほ とんどの神経細胞には著し

い変化は認められないが,と ころどころに神経細胞

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の慢性萎縮を来しているものが散見せ られる.血 管

には変化な く,膠 細胞の増殖 も軽度である.

3) 線状体:濃 く瀰漫性に染まりやや細胞体の

萎縮した神経細胞がある.然 しその程度は軽度であ

り,数 も少 い.又 軽 いChromatolyseを 来した神

経細胞も散見せ られる.膠 細胞の増殖が認められる

が高度のものではない.血 管腔内にはいづれも血液

が充満している.

4) 扁桃核:ア ンモン角の変化とほとんど変りな

い.

5) 無名域:変 化は認められない.

6) 淡蒼球:神 経細胞,膠 細胞,血 管は線状体

とほとんど同様の変化を来 しているが,そ れより慢

性萎縮性の変化は強 く,背 側より腹側,又 尾側より

頭側が著明である.

7) 視床:病 変は視床前核,背 内側核及び外側

核ともほとんど質的に差異は認めない.神 経細胞は

慢性萎縮を来 したものが散見せられるが,外 側核の

下部にはこうした変化が最 も強い.又 同部の血管は

充血を示 している.リ ンパ球,白 血球等の浸潤はな

い.

8) 室傍核:第3脳 室壁に近い,脳 室にそつて

走る紡錘形の神経細胞に慢性萎縮を起 し,核 が僅か

に判別出来る程度のものが多い.血 管に変化を認め

ず,膠 細胞の増殖 も軽度である.

9) 視床下核  神経細 胞は軽いChromatolyse

を来しているものと,著 明な慢性萎縮を呈した神経

細胞が散見せられる.膠 細胞も増殖しているが余 り

強いものではない。血管には著変を認めない.

10) 乳頭体:こ こでも主な変化は多数の神経細

胞の慢性萎縮像である,か かる変化の程度は室傍核

のそれよりも強 く,慢 性萎縮を来 した細胞の数 も多

い.膠 細胞及び血管の変化はない.

第15図  乳頭体.慢 性萎縮を来した神経

細胞が混在する. Nissl染 色(400

×)

11) 赤核:神 経細胞の多 くは著明な慢性萎縮像

を来 しており,細 胞体の萎縮,神 経突起の〓曲が現

われ,核 及び核小体 もほとんど識別出来ないほどに

濃染 している.血 管壁細胞はやや肥厚してお り,血

管充血は著明であるが,血 管周囲の リンパ球,白 血

球浸潤は認められない.

12) 黒質:神 経細胞 の大部分は軽度のChro

matolyseを 示すが,核 及 び核 膜はいづれも明瞭に

認められほぼ正常に近い.然 しかかる神経細胞の中

にまじつて著明な慢性萎縮を来 した神経細胞が散在

する.又 ところどころにニッスル顆粒の配列が乱れ,

核の消失したもの,一 側に片よつたもの等の崩壊像

を思わせ る神経細胞が散在する.血 管の変化は赤核

とほぼ同様であり,膠 細胞の増殖を示す.

13) 小脳:蜘 蛛膜及び軟脳膜は軽度に肥厚して

いる.分 子層には著変を見ず,膠 細胞の増殖もない.

プルキンエ細胞 は いづれもニ ッスル染色で,こ と

に核が濃染し,ニ ッスルの虎斑及び核 も不明瞭なも

のが多い.中 には核のようや く識別出来る程度の も

のもある.い づれも細胞体の萎縮は著明でない.又

中には核が認められず,ニ ッスル顆粒及び細胞体の

不明瞭な崩壊像を思わせる細胞が相当数認め られる.

顆粒層及び髄質には著変を認めない.

第16図  小 脳 に於 け る濃 染 した プ ル キン エ

細 胞. Nissl染 色(600×)

14) 脳橋

網様体:こ こで も慢性萎縮 に陥入つた神経細胞

が散在性に認あられる,変 化した神経細胞の集簇 し

た部分には,主 としてマクログリアより成 る膠細胞

の著明な瀰漫性の増殖が認められる.

橋核:慢 性萎縮を来 した神経細胞が散在性に認

め られるが,変 化は網様体よりはるかに軽い.

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第17図  脳橋.網 様体に於ける慢性萎縮

を来 した神 経細 胞. Nissl染 色

(600×)

15) 延髄:主 な変化は,神 経細胞の慢性萎縮で

ある.こ のような変化は網様体の神経細胞の集簇し

た部位では著明で,他 の部位では散在性である.グ

リアは軽度の増殖を示 しているが,血 管には著変を

認めない.

Ⅳ. 総 括 及 び 考 按

C. P.長 期少量投与群 の脳皮質の所見を総括する

と,先 づ脳膜と上皮細胞の肥大の外,個 々の神経細

胞には淡明化,空 胞様変化,浮 腫様 変化, Chroma

tolyse, Pykniose,或 は神経細胞 の崩壊像を思わせ

る変化の認あられることもあるが,そ れ等はいつれ

も軽度である.そ れに対 して慢性萎縮像は本実験に

於て最 も特色ある所見である.変 化を起した神経細

胞は皮質では散在性のものもあるが,多 くは第5層

にあつて層状に配列している.こ うした層状配列を

なす慢性萎縮性変化は前頭部に強 く,頭 頂部,後 頭

部に弱い.間 脳部,脳 幹部では上述の神経細胞の変

化が,線 状体,視 床に少数散在性にしか認められな

いが,尾 側に行 くに従つてその変化及び数 も増加す

るに至 り,特 に著しいのは室傍核,黒 質,赤 核,乳

頭体で,そ れについで淡蒼球,ア ンモン角,扁 桃核

にかな り著明にみられる.小 脳に於ける変化はプル

キンエ細胞 にその主な変化が見られる.又 脳橋,

延髄に於てはやはり神経細胞の慢性萎縮が特徴的で

あ り,そ の分布は網様体に多い.橋 核の変化は比較

的軽度である.一 般に膠細胞ことにマクログリアの

増殖は認められるが大量短期間投与ほど著明でない.

血管の変化は軽度であり,軽 い血管壁の肥厚と共に

ところどころの充血及び鬱血を来 しているところが

認められる程度である.今 一つの特徴的変化は皮質

内髄放線に見 られる脱髄斑である.

扨て以上の病理所見を臨床症状 と対比 して検討し

てみると,臨 床症状は少いにかかわらず病理学的に

は意外に厳しい病変がお こり得ることがわかつた.

その中慢性萎縮像及び皮質髄放線の病変以外のもの

は,急 激大量投与の場合にも現われるもので,又 軽

度であることから第2編 で論じたと同じ性質のごく

軽微なものと考えてよいと思 う.又 この実験では犬

を用いたために病変の多少の相違がおこつたのであ

ろう.之 に対 して慢性萎縮像 と皮質髄放線の変化は,

C. P.長 期少量投与時の最 も特 異な代表的変化であ

るから,そ れと臨床症状,ひ いてはC. P.の 作用機

転との間に如何なる関係があるかという問題を明ら

かにす るためには少しく検討を必要とする.こ の2

つの病変は一つのNeuron単 位 として互に関聯が

あることが容易に理解出来るが,慢 性萎縮像につい

て考えるとこうした変化は中枢神経の種々な病変の

場合に生ずる.即 ち,動 脈硬化症,進 行麻痺,或 は

慢性アルコール中毒症のような慢性疾患に見出され

ることが多 く,急 性状態の時も新鮮な出血,軟 化竈

の辺縁に於て見出されることがあるといわれている

こ,本 実験の場合,対 照例に於てかかる変化をみな

かつたし,実 験に使用した犬も健康なものを選んで

あるので,上 述の変化はC. P.の 神経細胞に対する

直接又は間接の作用の結果ひきおこされたものと考

えざるを得ない.と ころで前編で も述べたC. P.は

Wase et al5) 6),黒 田21)等 の放射性物質を使つての

報告でもわかる通り, C. P.脳 内 に瀰漫性に入るも

のであるが,本 例においては何故一定局所の神経細

胞が強 く選択的に慢性萎縮に陥つたかというと,そ

の原因は神経細胞のC. P.に 対する親和性が局所的

に異つていること,或 は血液一脳関門透過性,血 管

構築等の解剖学的差異に帰せられるべきであると思

う.こ のことより,か かる病的変化は,病 変の性質

は之と異るが, C. P.大 量 急激投与時の例とほぼ同

じ局所に特に著明 に現われ,又 そのNeuron起 始

部のみならず神経突起の髄鞘の一部脱落も現われた

ことにより, C. P.の 脳内作用部 位の比較的選択性

を有することを知 り得たことはC. P.の 脳 内作用機

転を明らかにしたばかりでな く,精 神病病理究明へ

の一つの手懸 りをえたものと思う.

私は第1編 よ り第3編 にわたり, C. P.に よる動

物及び人間の症状及び実験動物の脳髄に於ける病理

組織学的変化について述べて来 たが,こ こでC. P

.の作用機転の問題について総括的に検討を加えたい

.先づC. P.の 作用点,脳 内分布,次 いで作用機序に

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脳髄に於けるクロールプロマジン作用機序についての研究  4765

つ い て発 表 され て い る諸 報 告 の 結果 につ い て述 べ,

本 研究 結 果 との比 較,更 に 臨床 症 状 との 関係 につ い

て述 べ て み よ う と思 う.先 づ 作用 点 の 問題 につ い て,

Hiebel et al14)は 電 気 生 理 学 的 な研 究 に よ つ てC. P.

が 脳 幹 の網 様 体 に作 用 す る もの と考 え た. Lehmann,

A. E.25)は 神 経生 理 学 的立 場 か ら, Courvisier, S7)

は種 々 な既 知 の 中枢 性 反 射 路 を利 用 して これ に対 す

る薬物 の反 応 か ら大体,脳 幹,間 脳 部 に 作 用点 を求

め て い る.諏 訪35)は 視 床 下 部 に 中枢 を 有 す る と考

え られて い る皮 膚 電気 反 射 に及 ぼ す 影響 及 び そ れ と

脳 波 との 関 連 に於 て,又 自律 神 経 機能 さ らに脳 下 垂

体 前葉 副 腎皮 質 系,脳 下 垂体 後 葉,甲 状 腺 等 の機 能

に及 ぼす 影 響等 か ら視 床下 部 を作 用部 位 と想 定 した.

松 岡27)は 臨 床 的 にC. P.治 療 中 に発 現 す る種 々な

副 作用 の 検 討,吟 味 の 結 果 よ り して 間 脳部 に特 に作

用 す るで あ ろ う と推 論 して い る.又 原15)は 電 気 生 理

学 的研 究 よ り,主 な 作 用 点 は 間脳 で あ り,作 用様 式 は

抑 制 作 用 の増 強 で は な く,閾 下 興奮 の絶 対 量 を減 少

させ るか,時 間 的 に 同期 性 を 失 わせ る か にあ る とい

い,秋 元2)等 は同 じ く電 気 生 理 学 的研 究 よ りC. P.

が 中脳 網 様 体 の 活 動 を遮 断す る作 用 を有 す る もので

あ る と述 べ てい る.一 方 脳 内 分 布 の 問題 につ い て は,

放 射 性 薬物 を用 いた 報告 で は,マ ウス及 び ラ ッテ を

使 用 したChristensen and Wase5) 6),ラ ッテを使 用

したFedow and Shnoli11),林,松 本,倉 次16),黒

田21)等 の報 告 が あ るが,成 績 は 同 一で はな い.又

脳 内分 布 につ い て もま ち ま ちで, Wase等 は 間脳 特

に 視床 下 部 に多 い こ と を証 明 した. Fedow等 は大

脳 皮 質 が一 番 強 い とい う.又 黒 田はC. P.は 脳 内灰

白質部 分 に一 様 に分布 してお り,特 に選 択 的 に 多 く

集 ま る と こ ろは な い とい う.

この よ うに して考 え て み る と現 在 ま で に考 え られ

て い るC. P.の 作用 点 と脳 内分 布 と は必 ず しも一致

を示 さず,結 局C. P.に 対す る神 経細 胞 の 反 応 性 の

差 異 とい う ものが 重 要 な もの とな る.更 に 最近 の生

化 学 的,酵 素 学 的 な 立 場 よ り の 研 究 と して は,

Linden26)はC. P.は 焦 性 ブ ドー酸 酸 化 系 を 阻害 し

て 大脳 皮 質 の 組織 呼吸 を障 碍 す る と推 論 し, Bernso

hen4)はC. P.に よつ て コハ ク酸 酸 化 系が 抑 制 され

る と報 告 した. Abood1)は ラツ テ脳 の ミ トコン ドリ

ア 標本 を用 い てC. P.がATP-aseを31%阻 害 す る

といつ た.佐 野 等 は組織 化 学 的方 法 に よつ て,マ ウ

ス,脳 の コハ ク酸 酸 化 系 及 び チ トク ロ ーム,オ キ シ

ダ ーゼ の活 性 度 を し ら べ,こ れがC. P.投 与 に よつ

て 局在 に変 化 な く,活 性 度が 低 下 す る こ とを確 め た.

又黒川20)他 は,モ ルモ ットの大 脳皮質,脳 幹の全

ホモジネー ト.ミ トコン ドリア標本を使い, C. P.

の酸化過程に及 ぼす 影響をしらべ, C. P.が ル ミナ

ールに比べ約10倍 のFoteneyを もつ呼吸阻害剤で

あることを認めており,そ の阻害部位は脳幹では大

脳皮質よりも3~5%阻 害率が高いことを認めてい

るのである.有 岡,谷 向3)は間脳に於けるコハク酸

脱水酵素並びにチ トクローム酸化酵素活性がC. P

.によつて低下することを組織化学的に証明した.

このような諸報告からい〓得られることは, C. P.

が大脳皮質,並 びに脳幹の酵素系に作用 してその組

織呼吸を阻害 し,と くにその作用は脳幹なかんず く

視床下部が強いということが考えられるのである.

以上の諸家の報告はいずれも臨床的,電 気生理学

及び生化学的所見に基 くものであるが,私 の動物実

験によるC. P.大 量短期間投与群及び少量長期間投

与群の病理組織学的所見の結果より, C. P.に より

脳内に局所解剖学的に比較的特異性のある器質的病

変をひき起 し得ることを見出したことは興味深いも

のと考えられる.

V. 結 語

1) 成犬にC. P.を 少量長期間投与を行い,そ の

脳病理組織学的検索を行い,そ の結果について述べ

た.

2) 病理組織学的な変化の中,特 徴的なものは神

経細胞の慢性萎縮であり,皮 質髄放線に於ける脱髄

斑であつた.然 もこうした変化は脳の一定局所に選

択的に現われることが認められた.

3) 上述の病理組織学的変化 とC. P.の 作用機転

の問題について考按を試みた.

4) C. P.の 作用機転の問題 について総括的に検

討を加えるため,先 づC. P.の 作用点,脳 内分布,

次いで作用機序について発表 されている諸報告の結

果について述べ,本 研究の結果との比較,更 に臨床

症状 との関係について述べた.

稿を終るに臨み,御 校閲を頂いた恩師奥村教授,

御懇切なる御指導を頂いた高坂助教授,難 波講師,

貴重な写真を貸与された広島静養院の松岡院長,標

本作 製 に熱心 に協力頂いた長田助手に深謝致しま

す.

(本論文は主として現山口県立医大難波助教授の

指導によつて完成 したものである.同 君の努力に深

謝する.奥 村記)

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4766  清 水 英 詮

参 考 文 献

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脳髄に於けるクロールプロマジン作用機序についての研究  4767

A Study on the Mechanism of Chlorpromazine Action

on the Brain.

By

Hidenori Shimizu

Department of Neuro-Psychiatry Okayama University Medical School(Director, Prof. Nikichi Okumura)

Ever since 1952 when Delay, Deniker and Heal first used chlorpromazine for various

psychiatric patients, its clinical effect has come to be recognized. And as is wellknown it is now one of important drugs in the treatment of patients with mental illness. Believing that the clarification of the mechanism acting on the brain will still further the pathological study in endogenous psychoses, the author performed a series of experiments with dog,

in which he studied clinical symptoms and side-effecects at the time of chlorpromazine administration and also carefully analyzed the results of histopathological findings on the brain for the purpose of elucidation of the mechanism of chlorpromazine acting on the brain.

Namely, dogs were divided into two groups: the A-group given a large dose of chlor

promazine for a short period of time; and the B-group given a small does of chlorpromazine for a long time.

1. For the A-group, grown-up dogs and young dogs were selected to the total of nine dogs, and in order to give shockwise 43-133mg/kg chlorpromazine was injected into the artery, vein or muscle. As the result the clinical stage can be divided into five stages: 1. somnolent stage; 2. lethargic stage; 3. paralytic stage; 4. dyspnea stage; and 5. agonal stage. All of them died within several days.

It was revealed that various symptoms of motor disturbances were most apt to appear in the lethargid stage. Especially the young dog No. 8 showed a marked torsion dystonialike symptoms at this atage and these symptoms persisted thereafter. All of them were sacrificed by decapitation six hours after the injection, and removing and fixing the brains, histological specimens were prepared.

2. For the B-group two adult dogs were selected and 10mg/kg chlorpromazine was injected every day intramuscularly. Although clinical symptoms could not be divided into different stages, there was a period when they became somnolent. There were decapitated 31 days after the start of experiment and tissue specimens were prepared in the same way as mentioned above.

By comparing there clinical symptoms in dogs with those observed in hyman cases, the author studied the mechanism of chlorpromazine action in the brain. In the histopathologisal investigations specimens were stained with hematoxylin-eosin, azo-carmine, Nissl stain, myelin sheath stain, and fat stain (Sudan III).

In the A-group changes changes appearing diffusely in the entire brain, the so-called acute changes, and those of nerve cells caused bue to the changes in blood vessels were recognized. Sites especially marked for such changes were in the corpus striatum, thalamus,

putamen, globus pallidum, nucleus niger, nucleus ruber, corpus mammillaris, nucleus amygdae and a portion of cerebral cortex.

In comparison of these changes with, pathoanatomy of torsion dystonia in the literatures, the changes mentioned above seemed to substantiate torsion dxstonia-like symptoms.

In the B-group their characteristic changes were chronic atrophy of nerve cells and demyelinating plaques in cortical medullary radiation. Moreover, these changes were found

to appear selectively at a definite portion of the brain;

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and it is believed that these findings offer the clue for the acting mechanism of chlor.

promazine in the hrain.Finally for the purpose of explaining summarily the acting mechanism of chlorpooma

zine the author discussed first the sites of chlorpromazine action, its distribution in the

brain, and then the acting mechanism of chlorpromazine reported in available literatures , and also made a comparison between the results obtained by other investigators and those

in the present experiment as well as the correlation with clinical symptoms.