TTDRを用いた腫瘍組織浸潤リンパ球(TIL) の単離
がん細胞は、免疫細胞に発現している PD-1や CTLA-4 などの免疫チェックポイント分子を利用し抗腫瘍免疫応答を抑制することで、免疫細胞からの攻撃から逃れ、増殖する。近年、これらの分子をターゲットとし抗腫瘍免疫応答を増強するがん免疫療法が臨床応用され
たが、その治療効果は単剤で 20%程度、併用でも 40%程度であり、より高い臨床効果を導くため、個々の患者で異なる免疫状態を適切に把握し、適切ながん免疫療法を提供していくことが重要である。がん微小環境にはがん細胞の他、免疫細胞、繊維芽細胞などの間
質細胞等、さまざまな細胞が存在している。がん免疫療法では、腫瘍局所においてがん細胞に対して直接的な免疫応答を引き起こす腫
瘍組織浸潤リンパ球 TIL(Tumor Infiltrating Lymphocyte)の役割が非常に重要である。TILを詳細に解析することは、末梢組織の解析だけでは説明できないがん微小環境のより詳細な解明につながり、今後のがん免疫療法のさらなる発展をもたらすと期待できる。よっ
て、腫瘍局所で非常に重要な役割を担っている TILのマルチカラーフローサイトメーターによるタンパク質発現解析のみならずシングルセル遺伝子解析などの幅広い解析アプローチが喫緊の課題であり、それぞれの細胞機能を維持したまま、かつ限られた大きさの腫瘍組
織から十分量の TILを抽出する方法の開発が希求されている。しかしながら、各メーカーから腫瘍組織中の TILを単離する製品が販売されてはいるものの、未だ統一された TIL抽出方法は存在しない。機械的に腫瘍組織を分散、破砕する方法では細胞に対する物理的なダメージを生じさせ、生きたまま十分量の目的細胞数を回収することが困難である。一方、強力な酵素処理により腫瘍組織を分散さ
せる方法では、細胞表面分子の脱落などの変化を引き起こし、正確なタンパク質発現解析を行うことができないなどの課題がある。
Figure 1 がん微小環境における様々な免疫療法がん微少環境中では、複数の機序により抗腫瘍免疫応答が抑制されているが、抗腫瘍免疫応答を増強させるよう
な様々な免疫療法が試みられている。
Treg : regulatory T cells, NK : natural killer cells, mono : monocytes, DC : dendritic cells, MDSC : myeloid deriver suppresser cells, TAM : tumor associated macrophages, CAF : cancer associated fibroblast, EC : endothelial cells.
ここではC57BL6マウスの皮下腫瘍モデル(大腸がん細胞株MC38および悪性黒色腫細胞株 B16)を使用し、腫瘍細胞接種から 14日間後の腫瘍組織を回収し TILの単離方法を検討した。検討には腫瘍
組織の分散に酵素を含まない機械的分散
方法(ここではmechanicalと表記)と酵素を含む TTDR(BD: Tumor Tissue Dissociation Reagent) を用い、リンパ球および各細胞画分の生細胞回収率および分子マーカー
発現をフローサイトメーターにより解析
し、TIL単離法の比較検討を行った。
名古屋大学大学院医学系研究科 分子細胞免疫学教授 西川 博嘉
腫瘍組織からTIL単離のサンプル調整本検証目的のため、各マウスから回収された腫瘍組織は、約5 mm角にカットし各サンプルが約100 mg前後になるように秤量した。なお、血管等の部位はできるだけ取り除き均等分配を行っ
た。Fig.2に示すように、サンプルごとにハサミ等によるさらなる細断化を行い、mechanicalまたはTTDRによる腫瘍組織分散によるTIL抽出を実施した。TTDR法ではハサミによる細断化の後、あらかじめ調整していた2X TTDRを最終濃度が1X TTDRになるようにサンプルに添加し、撹拌器具によりゆっくりとした撹拌イン
キュベーションを行った。
Figure 2
腫瘍組織 腫瘍組織
TTDR反応(with gentle agitation)
Mechanical dissociation
Mechanical(non-enzymatic)
TTDR(enzymatic)
filtration filtration
反応停止液の添加
遠心(TIL回収) 遠心(TIL回収)
TILの細胞染色および FACSによるマルチカラー解析回収された各TIL全量に対して、死細胞除去試薬FVS780および11種類の細胞表面マーカー抗体を使用し、Brilliant stain bu�er(BV色素抗体に添付) 存在下で表面分子マーカーの抗体による細胞染色を行った。細胞表面マーカーとしてCD3、CD4、CD8に加え、活性化T及び疲弊細胞に発現する免疫チェックポイント分子PD-1、接着分子CD44およびCD62L、ケモカイン受容体CXCR4、エフェクターT細胞の活性化を抑制するTim-3、早期活性化マーカーであるCD69、FoxP3+制御性T細胞(Treg)に高発現するといわれているGARPを用いた。今回Tregの同定は、CD4陽性細胞のうちCD25+FoxP3+をTregフラクションとして解析した。
BD Pharmingen™ Stain Bu�er による洗浄後、BD Pharmingen™ Transcription Factor Bu�er Setを用いて細胞固定および膜透過処理を行い、抗FoxP3抗体による細胞内染色を行った。洗浄後、セルストレイナーによるフィルトレーションをおこない、FACS(BD LSRFortessa™ X-20フローサイトメーター)による解析を行った。今回使用した抗体試薬に関しては下記に記載する。尚、腫瘍組織重量あたりの各細胞数はAbsolute counting tube をサンプルと同時測定することで算出した。
リンパ球および各細胞集団における生細胞回収率の比較
MC38およびB16いずれのモデルマウス腫瘍組織から回収されるリンパ球数(生細胞のリンパ球ゲート集団)はMechanicalによるTIL抽出方法に比べてTTDRではMC38で約3倍、B16で約1.4倍多く回収でき、さらにリンパ球のうちCD3陽性、CD4陽性、CD8陽性細胞およびTregも同様にTTDRではいずれの腫瘍組織においても約2–3倍程度多くの生細胞を回収可能であった。一方、B16はMC38に比べばらつきが大きいものの、CD4+T:CD8+:Treg比率はいずれの単離抽出方法でもほぼ一定の値を示した(Fig. 3)。
MC38 B16
Figure 3 Mechanical法とTTDR法のリンパ球および各細胞集団における回収率の比較(左:MC38、右:B16 モデルマウス)生細胞中のリンパ球ゲート内の細胞集団を Lymphocyteとして算出し、データはマウス腫瘍組織 10mgあたりにおける各細胞数にて表示(mean± SD:n=3)している。
0
20000
40000
60000
80000
Lymphocytes
0
5000
10000
15000
20000
25000
CD3+ cells
0
200
400
600
800
1000
CD4+T/CD8+T/Treg cellsCD4+ CD8+ Treg
Mechanical TTDR
Mechanical TTDR
Mechanical TTDR
even
ts/1
0 m
g (t
issu
e)ev
ents
/10
mg
(tum
or t
issu
e)
13137
54004
316 342
90
810 779
198
even
ts/1
0 m
g (t
umor
tis
sue)
6602
17936
0
500
1000
1500
2000
0
1000
500
1500
2000
Lymphocytes CD3+ cells
0
200
400
600
800
1000
CD4+T/CD8+T/Treg cellsCD4+ CD8+ Treg
Mechanical TTDR
Mechanical TTDR
Mechanical TTDR
even
ts/1
0 m
g (t
issu
e)ev
ents
/10
mg
(tum
or t
issu
e)
989
1398
362
1990
222
598
41
even
ts/1
0 m
g (t
umor
tis
sue)
836
1674
細胞表面および FoxP3分子マーカーの発現比較従来のMechanical法およびTTDR法により単離されたTILの表面マーカーCD3、CD4/CD8、さらにTreg同定のためのCD25/FoxP3のドットプロットを示す。MC38およびB16のいずれにおいてもTTDR法はMechanical法に比べ、より多くの生細胞を回収可能であった (Fig.4)。さらにCD4+T、Treg、CD8+T細胞の各細胞集団におけるCD62L/CD44, CD69, Tim-3, PD-1, CXCR4 およびGARPの発現解析を実施した。各分子マーカーの陽性率も両単離方法で同程度であり、さらにそれらのオーバーレイヒストグラムからもわかるように、それ
ら分子の蛍光強度分布においてもTTDR法はMechanical法に比べて遜色ない結果となった (Fig.5)。またCCR4分子においてもMC38モデルマウスを用いた系でMechanical法とTTDR法で同程度の結果であることを確認した (data not shown)。
MC38
Figure 4 Mechanical法とTTDR法により単離された TILの分子マーカー発現の比較(上:MC38、下:B16 モデルマウス)
FVSによる生細胞を同定したのち、リンパ球(lym) > CD3陽性 > CD4陽性 /CD8陽性の順に解析し、CD4陽性細胞のうち CD25+FoxP3+細胞を Tregとしている。
Mechanical Mechanical
TTDR TTDR
Figure 5 Mechanical法とTTDR法により単離された TILの分子マーカー発現の比較MC38および B16モデルマウスの腫瘍組織から各方法により単離された TILの各細胞集団におけるタンパク質発現解析(上:ドットプロット、 下:オーバーレイヒストグラム)
Live Lym CD3+ TregCD4+ /CD8+
Mechanical法
CD4+T
Treg
CD8+T
CD4+T
Treg
CD8+T
Mechanical法
CD4+T
Treg
CD8+T
TTDR法
TTDR法
CD4+T
Treg
CD8+T
MC38
CD4+T
Treg
CD8+T
FoxP3 CD44 CD62L CD25 Tim-3 PD-1 CXCR4 GARPCD69ーMechanicalーTTDR
B16Live Lym CD3+ TregCD4+ /CD8+
B16
CD4+T
Treg
CD8+T
FoxP3 CD44 CD62L CD25 Tim-3 PD-1 CXCR4 GARPCD69ーMechanicalーTTDR
※Y軸未表示:すべてY軸はFVS780(Viability)を示す
※Y軸未表示:すべてY軸はFVS780(Viability)を示す
CD62L/CD44 CD69 Tim-3 GARPPD-1 CXCR4
CD62L/CD44 CD69 Tim-3 GARPPD-1 CXCR4
CD62L/CD44 CD69 Tim-3 GARPPD-1 CXCR4
CD62L/CD44 CD69 Tim-3 GARPPD-1 CXCR4
2019 BD。BD、BDロゴおよびその他の商標はBecton,Dickinson and Companyが所有します。各商標はそれぞれの所有者が所有します。
66-181-00
カタログ番号 製品名 希望小売価格 入数 貯法 有効期限
661563 BD Horizon™ Dri Tumor & Tissue Dissociation Reagent (TTDR) 79,800 15バイアル/Box 2~8℃ 製造から12ヶ月
カタログ番号 製品名 入数
554656 BD Pharmingen™ Stain Bu�er (FBS) 500mL562574 BD Pharmingen™ Transcription Factor Bu�er Set 100 Tests340334 BD Trucount™ Absolute Counting Tube 50 Tests
カタログ番号 抗原名 クローン 蛍光色素
553236 CD69 H1.2F3 FITC551892 CD279/PD-1 J43 PE565019 CD184/CXCR4 2B11/CXCR4 PE-CF594563902 FoxP3 R16-715 PerCP-Cy™5.5559250 CD44 IM7 APC557984 CD3 500A2 Alexa Fluor®700562910 CD62L MEL-14 BV421563068 CD8a 53-6.7 BV510563061 CD25(IL-2 Receptorα) PC61 BV605563727 CD4 RM4-5 BV786747622 CD366(TIM-3) 5D12/TIM3 BV711565388 Fixable Viability Dye FVS780 ー ー
使用した抗体試薬
【抗体試薬】
【サポート製品】
TTDR法は酵素法でありながら、機械的破砕による組織の分散方法と比較し、細胞へのダメージを低減させた非常に穏やかな細胞単離の方法であるといえる。がん細胞をはじめとした様々な種類の細胞からの影響を絶えず受け続けるリンパ球にとって腫瘍局所に存在
するTILは総じて非常に脆弱な細胞集団である。TTDR法は、このような脆弱なTILをその細胞機能を変化させることなく、腫瘍局所に存在している状態を維持し、生きたままで高い細胞回収率を得ることができる製品であると期待する。ただし、目的細胞や研究目的に合
わせてTTDRの反応条件(メディウム、温度、時間等)の最適化が必要と考えられる。
TTDRは腫瘍組織中のリンパ球の単離はもちろんのこと、がん細胞や線維芽細胞など比較的大きな細胞や脆弱な細胞を生きたままの状態で高回収率での単離が期待でき、今回のようなTILのタンパク質発現解析のみならず、セルソーターによる様々な種類の細胞分取やRNAseqなどのシングルセル遺伝子解析など幅広い解析アプローチを可能にすると考えられ、今後のがん研究への貢献が期待される。
名古屋大学大学院医学系研究科 分子細胞免疫学教授 西川 博嘉
1995年三重大学医学部卒業、三重大学医学部附属病院等にて臨床研修の後、’98年三重大学大学院医学系研究科博士課程内科学専攻入学、2002年同修了(医学博士)、’03年Memorial Sloan Kettering Cancer Center リサーチフェロー、’06年三重大学大学院医学系研究科病態解明医学講座 講師、’10 年大阪大学免疫学フロンティア研究センター実験免疫学 特任准教授、’12年 Roswell Park Cancer Institute Adjust Associate Professor(兼任)を経て、’15年より国立がん研究センター研究所 腫瘍免疫研究分野 /先端医療開発センター免疫トランスレーショナルリサーチ(TR)分野 分野長、’16年より名古屋大学大学院医学系研究科微生物・免疫学講座分子細胞免疫学 教授をクロスアポイントメントで免疫学、とりわけ腫瘍免疫学の基礎研究から TRまでを進めている。近年はがん局所における免疫抑制ネットワークの本態解明とそれらを標的とした新規がん免疫療法の開発を行っている。
※抗原名:GARP(LRRC32) BioLegend社