量子技術と生命科学(Quantum Technologies and Life Sciences)
横谷 明徳(量子科学技術研究開発機構)
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1.生命科学の現状
量子生物学量子技術を用いた新しい生体観測手法の開発細胞中における量子力学的効果の探索
話題提供話題提供
1953年 ワトソン(ウィルス学者)とクリック(理論物理学者)によるDNAの2重らせん構造の発見
物理学と生物学の融合
ゲノムの時代
●量子物理学:超電導やスピントロニクス(順調な発展)●生命科学:遺伝子やタンパク質の発見 → → 量子論に基づいた理解の基盤は不十分
(専門用語や研究手法の相違により、両分野の交流が難しい・・)
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細胞や組織中における分子集団の振る舞いの時間発展生体内を流れる様々なエネルギーの理解
2012年に初の国際会議(Quantum Biology: Current Status and Opportunities, 17-18 Sept. 2012, Institute of Advanced Studies, Univ. Surrey, UK)
この間に・・
資料3-4科学技術・学術審議会先端研究基盤部会
量子科学技術委員会(第5回)平成28年8月25日
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2.QSTにおける量子生命科学
量子生命科学の拠点形成に向けた取り組みを開始
生物学・医学(放医研)と量子技術(量子ビーム部門)の融合
●2016年6月30日―7月1日 両部門のグループリーダーによる研究交流会(高崎)
●2016年7月12日ー13日 QST内外の生物学、光源及び物性研究者による「量子生物学合宿勉強会」(機構内外からの約60名の参加者、於SPring-8)
CATGCATGATCATGCATG
新しい量子的観測技術●ナノ結晶量子センサー●量子もつれ光顕微鏡、周波数もつれ光コヒーレンストモグラフィー
先端的量子ビーム利用●大強度レーザー●放射光・コヒーレントX線●シングルイオンビーム
統合的に活用することで、生体内反応(DNA損傷修復プロセスなど)を高い
時空間分解能で可視化
重粒子線治療
動物実験、ゲノム解析
単一光子源(SiCナノ結晶)
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3.量子技術に対する生物学からの期待
(1)量子ナノセンサー・ダイヤモンド窒素空孔(NV)・シリコン空孔(Vsi)の利用
生体試料を“観察”することは、生命科学の基本課題●細胞内のミクロな領域での、温度分布、電荷分布、磁場 → 適当な測
定技術がない●様々な蛍光タンパク質をプローブとした可視化技術 → 可視光の波長
(数100nm) による空間分解の限界
●ミトコンドリアや細胞核など、細胞内の局所の温度は不明●電子輸送に伴う膜電位形成ダイナミクス測定●神経細胞の興奮(イオン電流)により形成された微弱磁
場の測定
細胞内のミクロな “天気図” → 異常気象(病気)の原因予測
細胞
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3.量子技術に対する生物学からの期待
(2)量子もつれ顕微鏡、周波数もつれ光コヒーレンストモグラフィー
●蛍光タンパク質を用いる方法:内部構造に関する情報には限界
高いS/N比 高い時空間解像度を実現
細胞中:多数の分子が一見乱雑に集合→ 注目した分子以外はノイズ源 → 量子もつれ光顕微鏡によるブレークスルー
X線マイ
クロビー
ム
放射線照射による細胞分裂時の核内の染色動態とその異常の観測
分裂期の細胞
正常細胞 異常細胞
(3)加速器から得られる量子ビーム(i) コヒーレントX線によるスペックルパターン測定 → 細胞内の不均一試料中の時間変化(染色体の離合集散
など)の観測が可能(ii) X線・中性子線構造解析 + 円偏光2色性(CD)スペクトル
→ リン酸化などによるタンパク質の活性化スイッチング機構の解明が期待
原因遺伝子 自然 放射線
がん化
腫瘍細胞正常細胞
CATGCATGATCATGCATG
次世代シーケンサーによる遺伝子変異の解析
発がんの“起点”の理解
中性子線DNA抽出
• DNAの欠損部位にある遺伝子の特定• DNAの電子物性に基づく切断・欠損メカニ
ズムの解明
• 遺伝子変異のγ線と中性子線の効果の違いなど、放射線の性質(電離密度)に基づく理解(線種によるリスクの違いを知る)
量子化学計算
DNA分子レベルでの解析
DNA欠失部分を特定
DNAの部分欠失
Supression of ion desorption
実験データの蓄積
g線
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4.QSTの構想
DNAからの脱離イオン測定結果(SPring-8)Submitted to Radiat. Res.
染色体レベルでの解析
CATGCATGATCATGCATG
発がんの “プロセス”を解明
特定された“がん関連遺伝子”の産物であるタンパク質の構造解析を実施(DNAの2本鎖切断の再結合修復プロセスに関わるタンパク質などに注目)
リン酸化などの化学修飾により活性化スイッチがONとなったDNA修復関連タンパク質の構造変化や構造異常をX線、中性子構造解析、円偏光二色性スペクトル解析により明らかにする
X線、中性子構造解析 → 原子座標
円二色性スペクトル解析 → 二次構造
円偏光
Δε=εL−εR
結晶
溶液
相補的に実施
・BRCA1→ 家族性乳癌・卵巣癌の原因遺伝子にコードされたタンパク質。がん患者で発現低下・LigIV、XRCC4 → 切断されたDNAを再結合する修復タンパク質。これらをコードする遺伝子が欠損した遺伝病では、T細胞、B細胞の悪性疾患や、乳癌、胃癌、肝癌等のリスクが増加する
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構造解析のターゲット候補となるDNA修復関連タンパク質
Protein Data Bank から改変
放射線
様々なDNA修復タンパク質
DNA
損傷
新しいがん治療法の探索
• ハロゲンDNAの量子状態の理解から、 高感受性“分子アンテナ”の設計へ• ナノ量子センサーを用いたがん細胞・組織内のセンシング
ハロゲンなどの重原子をDNAにドープすると高い致死効率
予想される機構
様々なX線分光法
がん細胞中でDNA損傷を増感する “分子アンテナ”の仕組み
がん細胞集団内の温度分布測定SiC, ダイヤモンド量子センサー
マイクロビームによる部分照射
高温部?
細胞死部分
)()(1
tcHdt
tdci n
j jiji
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• DNA損傷の修復 → エネルギー(ATP分子)の大量消費(ミトコンドリアへの過負荷と、発がんのリスクの相関)
• ATP生産における電子伝達の量子力学効果の検証
量子力学的効果の検証
取り組む課題:① コハク酸デヒドロゲナーゼ等のエネルギー伝達タンパク質の試料調製系の確立② 量子もつれの存在を証明するためのレーザ関連装置の整備
ミトコンドリア内膜
コハク酸デヒドロゲナーゼ(ユビキノン, 呼吸鎖の複合体II)[分析対象候補分子] FAD
Fe2S2
Fe4S4
Fe3S3
Heme2つの電子の間に量子もつれが存在し、電子輸送を高効率化している可能性を検証
大学の教科書によれば、鉄-イオウクラスター間を電子が対で輸送される
• レーザー・ポンプ・プローブ法により鉄-イオウ酸化還元状態を変えた時の活性を測定
鉄-イオウ クラスターを含むタンパク質ドメイン試料
• ポンプ光で鉄-イオウクラスターを励起し、鉄の酸化還元状態を制御
• 生成するプロトン量をプローブ光でモニターPump光
Probe光
検出器
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プログラムPymolおよびProtein Data Bank Japanの提供する座標データ(ID:1NEK)を使い作成
検討されているQSTResearch Space Diagram
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量子技術応用
量子物理学
分子レベル 個体レベル
DNA損傷の量子化学計算
ミトコンドリア内膜
FAD
Fe2S2
Fe4S4
Fe3S3
Heme
量子もつれによるエネルギー輸送?と分子構造
中赤外レーザーによる幹細胞の非侵襲観測
脳・意識の発現と量子力学?
様々な量子ビームによる染色体の傷跡の違い
腫瘍細胞の染色体
DNAの部分欠失
DNAの量子物性と放射線損傷
DNA修復・制御の染色体ダイナミクス
ナノ量子センサーによる細胞内環境センシング
脳・意識へ
コヒーレントX線による生体内相転移の時間発展追跡
スペックル測定
鉄イオウクラスターの構造転移
鉄イオウクラスターの構造転移