緒 言
子宮内膜症の悪性転化については,統計的に
は卵巣チョコレート嚢腫の0.5~1.0%に悪性転
化が起こると推定されており,逆に卵巣類内膜
腺癌や卵巣明細胞癌では子宮内膜症の合併頻度
が20~50%と高く,臨床病理学的な観点から子
宮内膜症から卵巣癌への転化の特徴や関連性が
指摘されている.また,近年では内膜症の癌化
に関しても分子生物学的な腫瘍性質が徐々に明
らかにされつつある.
今回,術前には形態的に悪性腫瘍との鑑別が
困難であり,腹腔鏡下に手術を行った卵巣チョ
コレート嚢腫の早期悪性転化の1例を経験した
ので腹腔鏡下での取り扱いに関する考察を加え
て報告する.
症 例
患者は52歳の経産婦で,2年前の婦人科検診
では超音波上の異常を指摘されていなかった
が,頻尿を主訴として受診した泌尿器科で超音
波にて右卵巣のチョコレート嚢腫を指摘され,
婦人科を紹介受診した.
初診時には超音波で,右卵巣に直径66mmの
内部 homogeneousな嚢腫を認め,MRI画像(図
1)でも壁在結節は認めず,卵巣チョコレート
嚢腫を第一に疑う所見であった.腫瘍マーカー
CA125は正常であり,年齢以外には悪性腫瘍を
疑う要素は無かった〔11〕.手術は腹腔鏡下に
両側付属器切除を行い,術中チョコレート内容
液の破綻をきたした.
病理組織検査では,肉眼的所見で嚢腫壁には
ヘモジデリン沈着がみられた以外には壁在結節
などは認めなかったが(図2),拡大像では内
膜腺の腺上皮細胞に Clear cellや hobnail cell
を伴う tublocysticな内膜腺の増殖巣が散見さ
〔一般演題/内膜症と癌化〕
閉経後女性で確認された卵巣チョコレート嚢腫の悪性転化の1例
1)高の原中央病院産婦人科
2)天理よろづ相談所病院産婦人科
3)同・病理部
貴志 洋平1),高 陽子2),植野さやか2),浮田真沙世2)
住友 理浩2),林 道治2),本庄 原3)
日エンドメトリオーシス会誌2009;30:154-156
図1
154
PAS染色
D-PAS染色
れた(図3,4).また,高度の異型を伴う内膜腺
上皮細胞(図5)が確認されたことや,CD10
染色で染色(図6)され,間質成分を含むこと
が確認できたことから,卵巣チョコレート嚢腫
から発生した早期の Clear cell carcinomaとの
診断に至った.
術中破綻があったことから,最終的な診断は
右卵巣明細胞癌の�c(b)となった.
考 察
卵巣チョコレート嚢腫の標準的な治療方法
は,開腹手術,腹腔鏡下手術ともに,嚢腫の摘
出である〔1,2〕.しかしながら,ほとんどのチ
ョコレート嚢腫は卵巣の内部ではなく,外部か
ら発生してくる.組織学的に,また内視鏡下に
チョコレート嚢腫を検討した Study〔3,4〕に
よると,チョコレート嚢腫の嚢腫壁を構成する
ものは,卵巣の皮質と,Sampsonが site of
perforationと表現するところ,つまり皮質が髄
質側に陥入している部分である〔5〕.卵巣皮質
の髄質側への陥入が卵巣外に Pseudocystを形
成し,チョコレート嚢腫となっているのである.
このような見地から,チョコレート嚢腫を摘
出もしくは付属器切除を行うにあたり,術中破
綻を避けることは,開腹手術,腹腔鏡下手術と
もに事実上ほとんど不可能である.
今回のように術前評価で悪性転化が予測困難
な症例では,そのほとんどが�期であろう.一
方,卵巣癌1期に関して予後を考えた場合,初
回手術の術中破綻は避けるべきである〔6〕.現
時点で NCCNの卵巣癌ガイドラインでは,「選
図2
図3
図4
閉経後女性で確認された卵巣チョコレート嚢腫の悪性転化の1例 155
択された症例に対して経験豊富な婦人科腫瘍医
が行う腹腔鏡下手術は考慮されうる」と記載が
ある〔7〕.しかしながら,トロカール挿入部位
の転移の問題〔8-10〕など,いざ術中破綻を
生じた場合の腹腔鏡下手術の不利な要素に関し
ては検討の余地が残されており,腹腔鏡下手術
の適応としてこれらの患者を取り扱う際には,
十分な検討が必要と考えられる.
チョコレート嚢腫の悪性化という観点から
は,小林ら〔11〕の臨床的な研究があるが,チ
ョコレート嚢腫の悪性化のリスクファクターと
して,直径10cm以上のものと,45歳以上の閉
経後であることを挙げている.本症例は52歳の
閉経後女性であり,画像検査では予測が難しい
が,上記のリスクに当てはまる.この研究のな
かでは高齢者のほうが短期間に悪性化する可能
性を示唆していることもあり,今後高齢者のチ
ョコレート嚢腫に対しては比較的早期の治療を
求められる可能性がある.
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図5
図6
貴志ほか156