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超硬合金を選択する為の要素
Recommendation of cemented carbide for wear resistant tools
冨士ダイス(株)
生産開発本部 品質保証部
齋藤 実
○ 緒言
各種産業界で製造されている機械装置の部品や部材を成形するための高精度金型には、いわゆる耐摩耗、
耐衝撃工具用超硬合金とされる超硬材種が適用されているが、その材種選択についての要素は普段見過ご
されがちである。筆者は本誌の 2008 年 1 月号で超硬工具協会規格 CIS019D「耐摩耗、耐衝撃工具用超硬
合金及び超微粒子超硬合金の材種選択基準」に基づいた材種選択方法を解説し、さらに 4 つの基礎的な要
素を解説したが、本稿ではこれらを基礎としつつ、実践的な要素をさらに 4 つ追加・解説する。なお、本
稿に記載する材種はデータの関係で弊社のグレードを用いているのでご了承願いたい。
○ 材種選択基準の全体像
図 1 は、既述した材種選択基準および 4 つの要素と新しく加えた 4 つの要素を示す。前回の解説を簡単
にまとめると、超硬合金の粒度および結合相の量と種類が超硬合金の特徴と密接に関係するので、それに
則った材種分類が超硬工具協会規格によりなされ、それによる材種選択をすることが基本であるというこ
とになる。それに対して、今回、新しく加えた 4 つの要素は、工具のより直接的な性能に関する特性であ
るが、前回の解説を理解していることを前提として、以下それぞれについて解説する。
* 「プレス技術:2012 年 8 月号/日刊工業新聞社」掲載の 2013/11/5 再編集版
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○ 刃先形成特性
写真 1 は、#1000 のレジン砥石で研削加工した後の WC-(XC)-10%Co 超硬合金のエッジ部の状態と観
察位置に及ぼす超硬合金の WC 平均粒度の影響を示す 1)。荒加工の影響がなくなるまで、#1000 のレジン
砥石によるレシプロ研削をしている。ここで、粒度一定では、切り込み側の方が逃げ側よりエッジ部の欠
けが少ない。これは、レシプロ研削であっても逃げ側の引張り応力の方が大きいためである。注目すべき
は、WC 平均粒度の影響で、微粒となるほどエッジ部の欠けが少なく、かつ、小となる。
すなわち、シャープな角を形成する必要のある絞り加工等では、できるだけ微粒の超硬合金で十分な引
張り強度を有した材種を選択することが、刃先形成における材種選択の要素となる。ここで、WC 平均粒
度 0.3μm の TFS06 材種は、この要素を達成するために国プロ 2)で開発したナノ微粒超硬合金の第 1 号材
種である。弊社は、この分野を重視し、シャープエッジ
が得易い材種の開発を引き続き行い、前述の TFS06 の
開発に続く国プロの研究 3)において、仕上げ砥石を
#6000ELID 砥石とし、超硬合金の WC 平均粒度を 0.1
μm の高 Co 合金として、エッジ部の欠けの寸法を 0.1
μm 以下とすることに成功した。なお、超硬合金の Co
量の影響は示さないが、15%~20%Co において最も欠
けが少なくなりやすい。Co は少なすぎても多すぎても
引張り強度を低下させるためとしてよい。
○ 放電加工特性
図 2 は、WC-(XC)-10%Co 超硬合金を平面研削及
びワイヤーカット放電加工機で切断し、その切断面を張
力面として抗折力を測定した結果をその超硬合金の
WC 平均粒度との関係でまとめたもので、WC-(XC)
-10%Co超硬合金の抗折力に及ぼす加工条件および超硬
合金の WC 粒度の影響を示す 1)。それぞれの加工条件で
の表面粗さを表 1 に示した。一般のカタログで用いられ
ている超硬合金の抗折力は、平面研削面である。ここで、
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放電加工すると、仕上げ表面粗さが大きく、超硬合金の WC 平均粒度が小となる放電加工面ほど平面研削
面からの抗折力の低下量が大きい。
これは、写真 2 に示したように、ワイヤーカット放電加工において、微粒合金ほど大きいクラックを生
じるためである。やはり、超硬合金の Co 量の影響は示さないが、仕上げ放電加工においては、Co 量は多
いほうが平面研削面からの抗折力の低下量が小さい。
これらのことから、放電加工で仕上げる部分がある場合、そこに応力が作用する場合の材種選択の要素
は、硬さ、強さおよび表面粗さが許される範囲において、WC 粒度がなるべく粗い材種を選択することと
なる。
なお、放電加工においてはクラックの他に、腐食もしばしば生じる。よってクラックに対応しつつ耐食
性もある材種を選択しなければならない。これも放電加工に対応した材種選択の要素である。
これらの要素を見出したことから、弊社では放電加工に対応した放電加用超硬合金をフジロイ V シリー
ズとして表 2 のようにラインアップした。V シリーズは、それぞれの硬さにおいて WC 粒度、Co 量、耐食
性を適正に設計した材種で、超硬工具協会の環境調和型製品 4)に認定されている。V シリーズの表 1 の仕
上げ放電での抗折力を□印で図 2 に併記した。硬さが近い既存材種と比べて、抗折力が高いことが分かる。
すなわち、同じ硬さの他材種と比べて、放電加工後に生じるクラックが小さい。
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写真 3 はビッカース硬さ計で荷重 50kg の圧痕の隅に生じるクラックを従来材種(F20、D40、D60)と V
シリーズ(VF12、VD45、VG60)を同一硬さ水準で比較した例であるが、V シリーズの方がクラックが短い
ことが分かる。写真 4 は、荒加工放電のワークの近くに静置しておいた試験片を断面観察した結果で、同
一硬さ水準の既存材種と V シリーズを併示して示した 1)。既存材種の表面近くに認められる黒色部分は腐
食部分で、V シリーズは極表面に限られていることが分かる。このようなことから、V シリーズは、放電
加工特性だけでなく、耐クラック性および耐食性が必要な金型では安定した高性能を発揮しやすい。
○ 焼付き特性
まだ、発表する段階にないので詳細は略すが、弊社は、スクラッチ試験機を用いてアルミ合金の上に荷
重をかけてゆっくりと摺動させて、焼付きを生じて異常音を発生するまでの摺動回数と試験片とした材種
の熱伝導率、平均粒度、Co 量、硬さの影響を調べている。現段階であるが、Co が少なく、硬質なほど焼
付きを生じにくいことを確認した。熱伝導率や平均粒度との関係はあまりないようであった。これは、ア
ルミ合金中のアルミニウムが非常に活性な金属で、Co と反応して凝着しやすいためだと思われる。焼付き
しにくくするには、Co の表面積を減らしつつ、耐摩耗性を高くして超硬表面が荒れにくくすることがもっ
とも有効であろう。但し、プレス型などのように摺動面がある工具の場合、経験的に従来の超微粒超硬合
金を適用すると超微粒 WC 粒子の脱落による傷を生じやすいので、微粒合金でとめておく必要がある。
弊社ではこの分野では、微粒で低 Co 量の材種である N05 材種など表 3 の材種が好評である。
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○ 耐食性
ここでは、液体による腐食についての
耐食性をいう。耐食性のある超硬材種
でも、ハステロイなどの耐食合金ほど
の耐食性はない。しかし、潤滑液に対
する耐食性には多くの場合対応でき
る。ここで、潤滑液の種類等によって
腐食の程度は大きく異なることから
一概に超硬合材種の耐食性を評価す
ることは難しく、案件毎に耐食テスト
をすることが多いが、それでは最初の
選択にも困るので、弊社ではトマトジ
ュース類似の液体を用いて、腐食抵抗
をコロージョンモニター(理研電子㈱
CT-5)で測定することで種々の材種の耐食性を比較することとした 1)。図 3 は代表的な弊社材種についての
結果を示すが、この場合の腐食抵抗は二桁以上であれば、通常の潤滑液などより強い腐食にも耐えること
が出来る。腐食抵抗で最初の選択を行い、次には実際の液体による腐食テストで腐食状態を調査して十分
な耐食性のあることを確認してから材種を確定する。耐食性に対応した材種選択は、この手順が要因とな
る。
○ まとめ
プレスにおいては、金型以外にも多くの要因があり、超硬材種だけで解決するものではない場合も多い。
しかし、以上述べた考え方がこの 5 年でほぼ確立し、以前より精度の高い材種選択と材種開発が行われて
いる。よって、はじめての方はもちろん、既に超硬合金を使われている方も、あらためて、しっかりとし
た超硬メーカーと相談して頂くことが、共にモノづくりを向上させ、夢づくりを達成する為によいと考え
られる。
○ 参考文献
1) 冨士ダイス㈱ フジロイ超硬合金カタログ
2) NEDO から受託したプロジェクト「精密部材成形用材料創製・加工プロセス技術」2003 年度~2007 年
度
3) 関東経済産業局から委託されたプロジェクト「ナノ微粒超硬合金を用いた精密金型の開発」2007 年度
~2010 年度
4) 超硬工具協会ホームページ http://www.jctma.jp/kankyo-gaiyo.pdf