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連載〈消費パラダイムシフトの現場〉第21回  竹之内 祥子

シェア型工房で新しいモノづくりが始まる

 高崎勝さんはジュエリーの石留め職人としてこの道30年近いベテランである。若いころ遠縁の親方に弟子入りをし、お小遣い程度の収入で働きながら技術を学ぶ10年の修業期間を経て一人前の職人として独立。ずっと東京の御徒町で働いてきた。 数年前に御徒町駅近くの古いビルのワンフロアを借りて現在の工房「ヘンチア」を開いた。そこで宝飾の専門学校生にアルバイトとして仕事を手伝ってもらっていたところ、その学生が、自分でジュエリーを作る仕事をしたいので工房の一部を貸してくれないかと言ってきたそうだ。高崎さんは学生に机を一つ貸すことにした。その後、徐々に人数が増え、現在は4名のジュエリー作家と1名の職人に机を貸し、所有している道具(機械)も共用してよいという形で一つの工房をシェアしている。 ジュエリーを作る作業というのは、広さはそれほど必要ないが、音が出たり、

火を使ったりするため、普通のマンションやアパートではなかなかやりづらい。また、高価だが、それほど頻繁に使うわけではない道具も必要となる。学生なら学校の作業場を使うことができるが、卒業すると、作業をする場所を確保する必要がある。個人で活動する作家にとって、高崎さんのように、自分の工房や機械をシェアさせてくれる親方は非常にありがたい存在なのだ。しかも、自分のアイデアを高崎さんに話せば、30年の経験に裏打ちされたプロの意見を聞くことができ、場合によっては、なかなか知り合うチャンスのないいろいろな分野の先輩職人を紹介してもらえたりする。

 ジュエリーの仕事は分業化されている。デザインした形に従い、ワックスで型を作り、その型をもとに工場で金属の枠(土台)を作ったり、メッキをしたりする。そしてその枠に原石から磨き、カットした石を留めていく。その工程一つひとつに専門の職人が携わる。作家の側からすると、いかに技術が高く、自分と相性の良い職人と出会うことができるかは、非常に重要である。工房をシェアすることで、いろいろな職人と知り合う機会が増えることは経験年数の少ない作家にとってはメリットが大きい。 職人の中にはいわゆる職人気質で、他人と同じ場所で仕事をしたり、道具をシェアするのをいやがる人も少なくないそうだが、高崎さんはむしろ積極的にいろいろな分野、いろいろな年齢の人と関わり、コラボレーションする。そしてそのことが自分の勉強にもなるのだという。高崎さんは石留めの職人だが、他の分

野を見てから自分の分野に戻ると、一つ壁を越えた気がすることも多いのだそうだ。 高崎さんが職人になった時代と違い、今の若い人は親方に「弟子入り」する感覚はなく、学校でジュエリー作りを学ぶ人が多い。しかし、学校で一通りの作り方は教わっても、その後、実際に作家や職人として技術を深めたり、人間関係を広げたりする場と機会を持つことが難しいのも事実である。また、デザインやプロデュースをしたい人は多いが、職人志望は少なくなっているそうだ。工房の皆から「親方」と呼ばれて慕われる高崎さんは、場所や道具をシェアするだけでなく、その時々の必要に応じた技術を伝えたり、職人や作家のつながりを創出していくことを通じて、これからも若手がモノづくりをしやすい環境づくりの手伝いをしたいと考えている。

●親方と作家がシェアする工房

工房と道具をシェア

ジュエリーづくりのアドバイスをする

石留めの作業台

高崎さんと高崎さんの工房に集う作家たち

双方にとってメリット

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 高崎さんの工房に集う作家に話を聞いた。 宮崎ひさみさんは結婚後、働きながら通信制大学・大学院で勉強し、同時に義父母の介護も行った。介護を終えてしばらくの後、「生きているうちに好きなことをしなくては」と思うようになった。いろいろ考えた末、「自分はモノを作ることが好きだ」ということを改めて認識、文化学園大学に入学した。先生と同年代の学生として若者と机を並べていろいろな分野を体験したのち、金工を専攻。日本の伝統的な文化である和装文化に関心を持ち、「帯留め」を作り始めた。現在は大学院に在学しながら、「銀細工露草」を主宰する。数年前知人の紹介で知り合ったことなどが縁で、高崎さんの工房をシェアすることになった。 これまで、2014年「第2回 パールデザインコンテスト」和装ジュエリー部門賞等の賞を受賞している。

 工房をシェアすることにより、いながらにして横のつながりができ、プロの仕事を見ることも勉強になるという宮崎さん。職人の技に支えられる日本の伝統的な和装の文化が途絶えようとしていることに危機感を覚えるという。彼女は帯留という着物にとって必需品ではないが価値のあるものを作ることで皆の意識を変え、和装文化に関心を持つ人を増やしていきたいそうだ。

 市原美穂さんは大学卒業後グラフィックデザインの仕事をしていたが、以前から好きだった立体のモノづくりをしたいと、ジュエリー教室や学校で学び、現在は「mag.」という自身のアクセサリーブランドを持ち、ネットやクラフトイベントで販売をしている。2012年「全国ジュエリー・アクセサリーデザイン画コンテスト」 グランプリを受賞した。 モノを作るためには表現と技術の両方が必要という市原さん。高崎さんの工房に居ることで、自分が作りたいものに必要な技術を学び、作品のレベルアップができるという。ネットや委託販売だけでなく、自分の作品に対するいろいろな人の反応を直接知りたいと、ネット上のハンドメイドのマーケットプレイスに

登録したり、東京ビッグサイトで毎年行われるハンドメイドのフェスにも出品している。 今後は小さくてもいいので、根津、日暮里あたりに自分の店を出すことが夢だそうだ。

 KIYORAさんはヒコ・みづのジュエリーカレッジ メイキングコースで学んだ後、ジュエリーの本場であるフィレンツェで修業、同市内にショップ&アトリエを出店した。昨年、イタリアでの生活を終えて帰国し、現在は姉とともに設立した自身のブランド「KIARITA」で、「いつまでも飽きずに着けていただけるジュエリー」をコンセプトにジュエリー制作を行っている。とにかく職人の手作業が大好きで、御徒町にいることが楽しいというKIYORAさん、これまで、フィレンツ

ェの職人の技を日本で販売してきたが、今後は自分がデザインし、高い技術を持つ日本の職人が作ったものを海外に発信していきたいと考えている。

宮崎ひさみさん。作業も着物姿で

宮崎さんの帯留め作品「花は盛りに」 写真:三守敬次

市原美穂さん

市原さんのブランド「mag.」の作品キツネのハート形ブローチhttp://mag-jewelry.com/

KIYORAさんのブランド「KIARITA」の作品。“羽ばたく…”をテーマに完成させたアリアーレイヤリング & ピアス。http://www.kiarita.com/

●工房に集う作家たち

和装文化継承に情熱

職人の手作業を海外に発信したい

表現と技術のバランスでレベルアップ

KIYORAさん

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 東京の山手線御徒町から秋葉原にかけての線路に沿った台東区上野3丁目、5丁目の一角は、宝飾品の問屋街になっている。宝石や貴金属、材料、工具の問屋、ショールーム、工場等が集まり、「ジュエリータウンおかちまち」として、一般客にはちょっと入りにくい、独特の雰囲気を醸しだしている。バブル期の1980年代には隆盛を極めたが、最近は企業の数も全盛期の半数ほどに減り、インド人の進出が著しいそうだ。 その一方で、最近、御徒町や蔵前、浅草橋といった、江戸・明治時代から職人の街として知られるエリアは「カチクラ」などと呼ばれ、創造的なモノづくり=クラフトの街として注目されている。秋葉原と御徒町の間のJR高架下には「2k540 AKI-OKA ARTISAN」という施設がオープン、職人的なクリエイターによるおしゃれな店舗が軒を連ねている。

雑居ビルの空いたスペースをリノベーションし、ギャラリーや店舗、カフェ等にするところも増えている。2011年から始まった「モノマチ」というイベントは、このカチクラエリアを歩きながら、「街」と「ものづくり」の魅力に触れてもらおうというもので、2015年も開催が決まり、200組を上回る企業やショップ、飲食店等の参加が決定したそうだ。さらに、台東区は廃校になった小学校を利用してファッションデザイン関連創業支援施設「台東デザイナーズビレッジ」をつくり、若手のクリエイターを支援している。

 高崎さんの工房はせまい階段を上った2階で、特にリノベーションを施しているわけではない。一人一つの机に、各自の道具と材料が置かれて作業が行われている、昔ながらの職人の仕事場という風情の空間だ。決して誰かに見せるための場所ではない。しかし、そこに集うクリエイターが生みだすジュエリーはそれぞれがとても個性的な作品で、小売問屋等で安く販売されている量産品とはまったく異なる。 高崎さんの工房をシェアする作家たちの悩みは、自分の作品をどうやってエンドユーザーに知らせ、届けることができるかということだ。店は欲しいが自分で売っていたら作る時間がなくなる。しかし、通常の店の販売員はモノづくりについての知識が乏しい人も多い。ネット販売は便利だが、ユーザーとの直接的なコミュニケーションができない。 また職人である高崎さんによれば、職人には2種類あり、多いのは安く数をこなす職人だが、数をこなすことだけを考

●アルチザン型モノづくりの課題

注目を集める「カチクラ」

アルチザン型モノづくりの課題 えていると「手が荒れる」のだという。高崎さん自身はそれとは異なる職人としての技を磨く道を選んでいるように見えるが、実際には職人に払われる金額自体は変わらない。そのため、よい職人になろうというモチベーションを持つ人も減っており、デザインやプロデュース志望の人ばかりが増える。そこにも課題が潜んでいるように思われる。 観光客を呼ぶおしゃれな店舗や限られた人を対象とするインキュベーションもよいが、こうした課題をきちんと解決する仕組みづくりが日本のモノづくりには必要のようだ。宮崎ひさみさんの言う「日本のモノづくりは分業制。文化・技術・産業は、三位一体であり、身にまとう、購入するという行為が、技術・文化を未来へつなぐ。一つの分野の職人の技術が途絶えれば、全体がなくなる」という危機感はそこに携わる人だからこそのリアルな感覚であろう。高崎さんの工房のように親方を中心にゆるやかなつながりでアルチザン、クリエイターを育成するシステムはその解決への一つのヒントになりそうだ。

たけのうち さちこ◉上智大学大学院文学研究科博士前期課程卒業。1982年、㈱シナリオワーク設立。その後同社取締役、個人事務所設立を経て、2003年㈱シナリオワーク代表取締役に就任。女性消費者を中心とする消費者研究、マーケティング戦略立案などのプロジェクトを手がけ、今日に至る。

秋葉原から御徒町のJR高架下にできた「2k540 AKI-OKA ARTIZAN」には個性的なショップが並ぶhttp://www.jrtk.jp/2k540/

廃校になった小学校を活用し、モノづくりブランドのスタートアップを支援する「台東デザイナーズビレッジ」http://www.designers-village.com/

「モノづくりで町おこし」を目的とする台東モノマチ協会(正式名称:台東モノづくりのマチづくり協会)が主催するカチクラエリアの地域イベント「モノマチ」http://monomachi.com/


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