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歩行訓練支援のためのスマートフォン音声ナビと 触軌跡作成システムの開発 蔵田武志 1, 2 関喜一 1 興梠正克 1 石川准 3 1 産業技術総合研究所 2 筑波大学 3 静岡県立大学 E-mail: [email protected] あらまし 本稿では,歩行中の動きの計測や測位,音声ガイド自体の履歴記録等の機能を有するスマートフォンベースの音声 ナビの開発状況について報告する.また,その利用者が歩行ルートを事前に把握すると共に,偏軌やルートからの逸脱を振り返 って確認するための触地図,及び触軌跡の作成システムについても概説する.開発後のソフトウェアの配布や普及促進を考慮し, 音声ナビや触地図・触軌跡作成システムの開発には FOSS4G を活用する.加えて,昨年度のデータを用いた歩行中の不規則動作 と音声ガイドに関する分析結果についても述べる. Development of a Smartphone-based Talking Navigation System and Tactile Trajectory Creation System to Support Walking Training Takeshi KURATA 1, 2 , Yoshikazu SEKI 1 , Masakatsu KOUROGI 1 and Jun ISHIKAWA 3 1 AIST 2 University of Tsukuba 3 University of Shizuoka Abstract This paper reports on the development of a smartphone-based talking navigation system which has several functions such as walking motion measurement, position measurement, talking guidance logging, etc. Also we give an outline of a tactile map/trajectory creation system for the users of the talking navigation system to understand established routes in advance and to confirm veering and local/global deviation of their own. We utilize FOSS4G to develop the navigation system and tactile map/trajectory creation systems considering the facilitation of the software distribution and dissemination. In addition, this paper also reports on the result of analysis of irregular motion in walking and talking guidance with experimental data of last year. 1. はじめに スマートフォンの普及により健常者の歩行者ナビ アプリ利用が国内外で一般的になりつつあるが,視覚 障害者に適したインタフェースが搭載されれば,その 視覚障害者への普及も現実味を帯びる [1] .そのため, 視覚障害者の外出歩行を取り巻く環境が大きく変化す ることが想定されるが,歩行訓練カリキュラムや訓練 現場もこの変化に適応していく必要がある. 筆者らは,視覚障害者の多様な歩行形態に対応した 歩行訓練をそのような変化への適応を含めて支援し, 訓練効果の定量評価,並びに訓練と評価との間での情 報循環支援を実現することを目的として研究を進めて いる.昨年度,白杖歩行,盲導犬歩行の2つの歩行形 態を対象とした視覚障害者向け歩行者ナビ(以下,「音 声ナビ」と呼ぶ)を用いた歩行実験を実施した [2] 歩行は,オリエンテーション(定位)とモビリティ (移動)から成り立っており, O&M と呼ばれている [3][4] .オリエンテーションには,地理的操作(ルート 作成,行動計画),環境(空間)認知という要素があり, モビリティには,路面状況や安全面の把握,身体制御, 障害物回避等の要素がある.本実験により,音声ナビ, 白杖歩行・盲導犬歩行との組み合わせやそれらと O&M との理解が深まり(表 1 ),携 帯・装 着 型 装 置 で 得 ら れ る歩行中の各種センサーデータの履歴から歩行の定量

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Page 1: Development of a Smartphone-based Talking Navigati on ...seam.pj.aist.go.jp/papers/distribution/2013/sss2013-kurata.pdf · データを作成する.そのOSM データや,GPS

歩行訓練支援のためのスマートフォン音声ナビと

触軌跡作成システムの開発

蔵田武志 1, 2 関喜一 1 興梠正克 1 石川准 3 1産業技術総合研究所 2筑波大学 3静岡県立大学

E-mail: [email protected]

あらまし 本稿では,歩行中の動きの計測や測位,音声ガイド自体の履歴記録等の機能を有するスマートフォンベースの音声

ナビの開発状況について報告する.また,その利用者が歩行ルートを事前に把握すると共に,偏軌やルートからの逸脱を振り返

って確認するための触地図,及び触軌跡の作成システムについても概説する.開発後のソフトウェアの配布や普及促進を考慮し,

音声ナビや触地図・触軌跡作成システムの開発には FOSS4G を活用する.加えて,昨年度のデータを用いた歩行中の不規則動作

と音声ガイドに関する分析結果についても述べる.

Development of a Smartphone-based Talking Navigation System and Tactile

Trajectory Creation System to Support Walking Training

Takeshi KURATA1, 2, Yoshikazu SEKI1, Masakatsu KOUROGI1 and Jun ISHIKAWA3

1AIST 2University of Tsukuba 3University of Shizuoka

Abstract This paper reports on the development of a smartphone-based talking navigation system which has several

functions such as walking motion measurement, position measurement, talking guidance logging, etc. Also we give an outline

of a tactile map/trajectory creation system for the users of the talking navigation system to understand established routes in

advance and to confirm veering and local/global deviation of their own. We utilize FOSS4G to develop the navigation system

and tactile map/trajectory creation systems considering the facilitation of the software distribution and dissemination. In

addition, this paper also reports on the result of analysis of irregular motion in walking and talking guidance with experimental

data of last year.

1. はじめに スマートフォンの普及により健常者の歩行者ナビ

アプリ利用が国内外で一般的になりつつあるが,視覚

障害者に適したインタフェースが搭載されれば,その

視覚障害者への普及も現実味を帯びる [1].そのため,

視覚障害者の外出歩行を取り巻く環境が大きく変化す

ることが想定されるが,歩行訓練カリキュラムや訓練

現場もこの変化に適応していく必要がある.

筆者らは,視覚障害者の多様な歩行形態に対応した

歩行訓練をそのような変化への適応を含めて支援し,

訓練効果の定量評価,並びに訓練と評価との間での情

報循環支援を実現することを目的として研究を進めて

いる.昨年度,白杖歩行,盲導犬歩行の2つの歩行形

態を対象とした視覚障害者向け歩行者ナビ(以下,「音

声ナビ」と呼ぶ)を用いた歩行実験を実施した [2].

歩行は,オリエンテーション(定位)とモビリティ

(移動)から成り立っており,O&M と呼ばれている

[3][4].オリエンテーションには,地理的操作(ルート

作成,行動計画),環境(空間)認知という要素があり,

モビリティには,路面状況や安全面の把握,身体制御,

障害物回避等の要素がある.本実験により,音声ナビ,

白杖歩行・盲導犬歩行との組み合わせやそれらと O&M

との理解が深まり(表 1),携帯・装着型装置で得られ

る歩行中の各種センサーデータの履歴から歩行の定量

goto
タイプライターテキスト
第39回感覚代行シンポジウム予稿集 , 感覚代行研究会 (2013)
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評価につながる正確性,安全性,能率性,不安に関す

る指標がある程度得られることがわかった.

しかしながら,音声ナビには専用機を用い,歩行状

況の計測やその履歴記録のためにも別途複数の機材を

装着・携帯する必要があった.脳波や心拍の計測には

電極の装着が必須であるが,歩行中の動きの計測や測

位,音声ガイド自体の履歴記録等については,スマー

トフォンに集約することが技術的には可能である.本

稿では,それら集約可能な機能を有するスマートフォ

ンベースの音声ナビの開発を進めている.本稿では,

それらの開発状況について報告する.また,その利用

者(主には訓練生を想定)が歩行ルートを事前に把握

すると共に,歩行履歴を振り返って偏軌やルートから

の逸脱等を確認するための触地図,触軌跡の作成シス

テムについても概説する.加えて,昨年度のデータを

用いた歩行中の不規則動作との分析についても述べる.

2. スマートフォン音声ナビ 筆者らは,歩行中の動きの計測や測位,音声ガイド

自体の履歴記録等の機能を有するスマートフォンベー

スの音声ナビの開発を進めている.そのハードウェア

構成は図 1 に示す通り,3 軸の加速度,ジャイロ,電

子コンパスからなる通称 9 軸センサーを内蔵するスマ

ートフォン(例えば,サムソン製 GALAXY シリーズ

や Google 製 Nexus シリーズ等)と,準天頂測位(QZSS)

対応受信機 QZNAV(コア社製)から成る.これによ

り, PDR(歩行者デッドレコニング) [5][6]による相

対測位,GPS による絶対測位,QZSS による高精度絶

対測位を統合した測位に基づく音声ナビが可能となる.

ただし,現状では,QZSS 受信機を導入するとハード

ウェア構成が複雑になりコストも高くなる.また,

QZSS の衛星の数の制約によりその適用可能な時間帯

が限られるため,最低限,スマートフォンのみ,つま

り,PDR と GPS の統合のみでも動作させることができ

るようにする.

ソフトウェア開発においては,開発後のソフトウェ

アの配布や普及促進を考慮し,本音声ナビや,次節で

述べる触地図・触軌跡作成システムの開発には,地理

空間情報システム (GIS)などの開発のためのフリーオ

ープンソースソフトウェアである FOSS4G (Free Open

Source Software for Geospatial)[7]を活用する.また,地

図の記述には可能な限り,OpenStreetMap (OSM)[8]を

用いることとする.

図 2 にソフトウェア構成を示す.地図情報やルート

情報は,PostgreSQL を PostGIS[9]により GIS 拡張した

データベース(PostGIS/PostgreSQL と記載)がサーバ

側 に 構 築 さ れ , そ こ に 蓄 積 さ れ る . こ の

PostGIS/PostgreSQL 上で動作するルート探索エンジン

である pgRouting[10]をスマートフォンから呼び出す

ことによって,スタート地点もしくは現在位置から目

的地までのルート探索を行うことができる.WebGIS

エンジンである MapServer[11]と, Javascript で作成さ

れた地図表示用ライブラリである OpenLayers[12]に基

づく地図表示プログラムにより,地図の各レイヤのタ

イル画像生成や複数レイヤの重畳,タイル画像の連結

等を行い,地図表示を実現する.

Android 標準 TTS(TextToSpeech)用日本語音声合

図2 スマートフォン音声ナビシステムとサーバ

のプログラム構成

表1 音声ナビと白杖,盲導犬との関係(O&M,

音声ナビ利用の認知的負荷)

図1 QZSS,GPS,PDR に基づく測位のための

ハードウェア構成

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成エンジンとしては,クリエートシステム開発社製の

ドキュメントトーカ for Andoroid を用いる.音声ガイ

ドプログラムは,pgRouting から得られるルート探索

結果から音声ガイドの内容を作成し,TTS を制御する

ことで,音声ガイドを実現する.測位プログラムでは,

ハードウェア構成を述べた際に触れた PDR,GPS,

QZSS の統合処理を行う.また,PDR の中間処理過程

や統合後の軌跡に基づく歩行動作の計測も本プログラ

ムにより行う.システム設定やシステム全体の制御等

は音声ナビ基本プログラムが担う.

3. 触地図・触軌跡作成システム 昨年度の実験 [2]では,触地図は設定ルートの事前把

握のために用いられた.また,触軌跡は歩行履歴を振

り返っての偏軌やルートからの逸脱等を確認するため

に用いられた.特に,歩行履歴のフィードバックにつ

いては,歩行速度やルート追従の正確さなどを数値で

伝えることは可能であるが,ミクロに結果を確認する

ことは難しいと言える.過去のインタビューの結果,

触軌跡によって,どこでどの程度,歩行の偏軌が起こ

ったのかを直感的に知ることができるという意見が得

られているため,歩行訓練結果の訓練生へのフィード

バック手段の1つとして想定している.

図3は,触地図・触軌跡作成システムの構成と大ま

かな作成手順を示している.まず,OSM のエディタで

ある JOSM (Java OpenStreetMapEditor)[13]により,衛星

写真をトレースして触地図用の建物や道路等の OSM

データを作成する.その OSM データや,GPS などの

測位データに基づく印刷用ビットマップの描画には,

Maperitive[14]を用いる.得られたビットマップを,発

泡剤が塗られたカプセルペーパーに通常のプリンタで

印刷し,アメディア社製立体コピー作成機ピアフ

(PIAF)により加熱することで,凹凸のある触地図・触

軌跡が完成する.

触地図は実験や歩行訓練前にあらかじめ作成して

おけばよいが,触軌跡は歩行した後でしか準備ができ

ない.そのため,その作成に時間や工数がかかると,

即座に歩行結果をフィードバックすることが困難とな

る.本システムはそのような課題の解決や軽減に寄与

するものと期待される.

4. 音声ガイド中の不規則動作 音声ナビの安全性について,以前,音声ガイド直後

の不規則動作について調べた [2]が,「直後」の定義が

曖昧であったため,今回,同じデータを用いて改めて

「音声ガイド中」の不規則動作について調査した.本

実験中においては,歩行時間に占める音声案内の割合

は約 40%であった.

「歩行の向きを急に変える」,「立ち止まる」,「歩行

がふらつく」,「歩行が遅くなる」,「障害物に接触する」

の 5 種類を不規則動作として,目視でそれらの回数を

カウントした.その結果,音声ガイド中の不規則動作

の頻度は 1.6 回 /分,それ以外が 0.5 回 /分となり,有意

な差が見られた( Wilcoxon の符号付順位和検定,

p=0.041).このことから,本実験では,音声ナビがモ

ビリティに負の寄与を与えていたことが再確認された

(図4).

表 1 にも示したが,文献 [2]に示すインタビュー調査

では,白杖歩行の場合のモビリティ確保の負荷や環

境・反射音の寄与が盲導犬のそれらよりも高いため,

音声ナビ使用の認知的負荷も高いことが確認された.

一方,盲導犬歩行の方がモビリティのための認知的負

図3 触地図・触軌跡作成システムの構成

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荷が相対的に低く,音声ナビを扱うための認知心理的

余裕が大きいと考えられる.そこで,不規則動作の頻

度を確認したところ,図5のように,白杖歩行と盲導

犬歩行とで有意な差は見られなかった(Mann-Whitney

の U 検定,歩行実験全体で p=0.138,音声ガイド中の

みで p=0.347).盲導犬歩行の方が,不規則動作頻度が

低い傾向があるように見受けられるが,データ数を増

やすなどの必要があるであろう.

5. おわりに 本稿では,スマートフォンベースの音声ナビと,触

地図・触軌跡の作成システムの開発状況について報告

した.また,昨年度のデータを用いた歩行中の不規則

動作と音声ガイドに関する分析結果についても述べた.

音声ガイドの内容の構造や構成,提供タイミングと,

その効果との関係に注目して設計・開発を進めること

が今度ますます重要となっていくものと考えられる.

例えば,「道なり」などのルートの形状に関する歩行者

自身の感覚と,音声ナビでの表現,盲導犬の感覚のす

り合わせが必要とされる点は,盲導犬歩行特有で,白

杖歩行とは異なるというコメントが過去のインタビュ

ー [2]から得られている.また,4節で示した分析の結

果から,音声ガイドと不規則動作とは深く関係すると

いう仮説を立てることができる.これらのことからも

音声ガイドの内容の構造や構成,提供タイミングの重

要性を再認識することができる.

PDR や QZSS 測位での不規則動作の自動検出が可能

かどうかも検討課題の1つである.これが実現すれば,

不規則動作と音声ガイドとの関係の分析を効率的する

ことが可能となる.

各システムを用いた被験者実験も行う計画である.

その中で,正確性(局所・大局),安全性,能率性(局

所・大局),不安に関する指標設計を進めると共に,触

軌跡を含めた歩行結果のフィードバック方法の設計を

進める計画である.

謝 辞 本研究は,厚労省科研「白杖歩行・盲導犬歩行・同

行援護歩行に対応したマルチモーダル情報処理技術に

基づく訓練と評価の循環支援」プロジェクトの一環と

して行われた.

文 献 [1] T. Kurata, M. Kourogi, T. Ishikawa, Y. Kameda, K.

Aoki, and J. Ishikawa, "Indoor-Outdoor Navigation System for Visually-Impaired Pedestrians: Preliminary Evaluation of Position Measurement and Obstacle Display", In Proc. ISWC2011, pp.123-124. 2011.

[2] 蔵田武志 , 関喜一 , 興梠正克 , 石川准 , "白杖歩行と盲導犬歩行における音声ナビの役割 ~ 歩行訓練支援に向けて ~ ", 信学技法 MVE2012-96, vol.112, No.474, pp.5-10, 2013.

[3] 視覚障害児・者の理解と支援 , 芝田裕一 (著 ), 北大路書房 , 2007.

[4] B. B. Blasch, W. R. Wiener and R. L. Welsh, Foundations of Orientation and Mobility 2nd Ed., 1977.

[5] M. Kourogi and T. Kurata, “Personal Positioning Based on Waling Locomotion Analysis with Self-Contained Sensors and a Wearable Camera”, ISMAR2003, pp.103-112, 2003.

[6] 興梠正克 , 石川智也 , 蔵田武志 , 歩行者デッドレコニングに基づくハンドヘルド端末の屋内外測位技術 , 信学技報 MVE2010-96, pp.171-176, 2011.

[7] FOSS4G HANDBOOK, OSGeo 財団 (著 ), 森亮 (監修 ), 開発社 , 2011.

[8] OpenStreetMap: http://www.openstreetmap.org/

[9] pgRouting: http://pgrouting.org/

[10] PostGIS: http://www.postgis.net/

[11] MapServer: http://mapserver.org/

[12] OpenLayers: http://openlayers.org/

[13] JOSM: http://josm.openstreetmap.de/

[14] Maperitive: http://maperitive.net/

図4 音声ガイド中の不規則動作頻度

図5 盲導犬歩行と白杖歩行での不規則動作

頻度