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―早速ですが、お二人がこれまでDCや年金にどう関わってこられたか、自己紹介も兼ねてお話しいただけますか。市川 私はもともと労働法が専門で、企業の人事案件に携わる中で、確定給付型企業年金(DB)からDCへの移行といった年金関係の仕事に関わるようになりました。
訴訟関係で言えば、特に解決が難しい厚生年金基金からの脱退に関する案件が多くを占めています。DCに関する訴訟は私自身経験がなく、聞いたこともありません。浦田 DCとの関わりは、1994年に大手保険会社の米国支店で日系企業に向けた401kプラン(確定拠出年金)の販売に携わったのが最初で、それ以来、20年以上のつきあいになります。 当時お客さま用に独自に作成していた401kの日本語解説資料が書籍化され、それが国内でのDC法起案の際に一部参照されたり、その後、法改正の際にも意見を述べさせていただいたりと、日本のDCにはさまざまな形で関わってきました。
制度発足から16年歩みを進める日本のDC
―市川さんは労働法を中心とした法律に、浦田さんはDC制度に深い見識をお持ちなんですね。浦田さん、
制度創設から16年で大きな法改正を迎えましたが、現在のDC制度をどう評価されていますか。浦田 振り返ってみると、日本のDC制度の発展は大きく3つのフェーズに分けられると思います。 DCは当初、企業会計上、PBO(退職給付債務)の削減が喫緊の課題となる中、DBに代わる企業年金として大企業から導入が始まったのですが、当時は「決まった掛金さえ支払えば、それで企業の責任は終了で、あとは従業員の自己責任である」といった、ある種のどかな考え方がありました。これが第1フェーズ。 ところがその後、2000年代半ば頃から、企業年金連合会などによる検討会等を通じて、「自己責任を問うためには、従業員が健全な投資判断能力を身に付け、行動することが前提であり、そのためには事業主による投資教育等の環境づくりが欠かせない」といった考え方が広まってきた。これが第2フェーズと言えます。
制度創設以来の大改正となった確定拠出年金(DC)法。企業型DCの運営に関わる変更も数多く盛り込まれたその行間からは、DC運営における事業主の責任について改めて考えてほしいという、当局の思いが読み取れる。そこで、日本のDC制度普及に尽力してきた年金コンサルタントの浦田春河氏と、労働法・会社法が専門の弁護士である市川佐知子氏に、DC先進国である米国の事例も交えつつ、事業会社のフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)について語り合ってもらった。
改正法を読み解き、事業主の責任に向き合う
「加入者への忠実義務」再考
特別対談
田辺総合法律事務所パートナー
市川 佐知子氏
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そして2016年、改正法案が可決成立し、「従業員にとって最適な商品を提供するのは事業主の義務である」という考え方が共有化されつつある今が、第3フェーズですね。 今回の法改正によって、「事業主が従業員にとって一番良い商品を選んでいるか」という点に初めてスポットが当たりました。その意味で、米国の401kプランの「受託者責任」のレベルがようやく見えてきたという感触がありますね。市川 なるほど。ただ、「加入者に最も良い商品を選ぶべき」というのは、改正前から変わらぬ事業主の義務でしたよね。
加入者の最善を追求する事業主の責任が浮き彫りに
―その義務が十分に果たせているとは言い難い状況が続いてきたのは、なぜなのでしょうか。浦田 そうですね。制度スタートから16年経ってなお、そういった状況から抜けられない理由としては、やはり委託者(加入者)と利害の異なる代理人(事業主)が、委託者に不利益な行動を起こし得るという「エージェンシー問題」が挙げられるでしょう。 例えば、信託報酬の高い商品を入れたとしても、DBとは異なり、DCでは企業の“お財布”は痛みません。そのため加入者の利益よりも、自分たち事業主の都合を優先した商品選定になってしまいがちです。―DCの運営になるべく手間をかけたくない、かけられないといった事業
主の事情も、加入者に対する「忠実義務」が履行されづらい要因になっているように見受けられます。浦田 確かにそうかもしれません。しかし今回、運用商品ラインアップから特定の商品を「除外」するのに必要な票数が、当該商品に投資している者の3分の2にまで緩和されました。 これまでは「全員同意」という実現性の低さから「除外は事実上不可能だ」と言われていましたが、その条件が緩和されたわけです。本当の意味で、最良のラインアップを整備する時が来たと考えるべきでしょう。市川 そしてその最良の商品ラインアップ整備も、1度きりではなく、継続的、定期的にモニタリングすべきということになりますね。浦田 ええ。ただ、定期的なモニタリングのためにはコストの妥当性や、従業員に合った商品特性か否かといった商品の目利きができ、加入者の利益に忠実な商品選定ができる人材が不可欠で、社内でそういった人材を育成していくには、ある程度の時間とコストが必要です。 もちろん、それができれば理想的
ですが、どの企業でも実施できるかというと難しいかもしれませんね。場合によっては、コンサルタントなど第三者の力を借りるのも有効でしょう。市川 コンサルタントを交えたチェックは、DBでは至極一般的に行われていることですしね。浦田 いずれにせよ商品モニタリングは、事業主の受託者責任を考える上で大きなポイントになってくると思われます。
ウイリス・タワーズワトソンベネフィット部門 ディレクター
浦田 春河氏
Fiduciary duty(受託者責任)資産の運用管理に携わる受託者が果たすべき責任
Duty of loyalty(忠実義務)
専らその受益者(加入者)の利益の
ために行動し、自己の利益を図っ
てはならないという義務のこと
Duty of care(善管注意義務)
業務を委任された人の、職業や専門
家としての能力、社会的地位などから
考えて通常期待される注意義務のこ
と。善良な管理者の注意義務の略語
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は導入の障壁を低くし、制度の普及に寄与した仕組みですね。市川 ええ。この仕組みが全部問題だというわけではありません。 ただ、加入者の負担を上げることで事業主の負担を下げる、特定の商品の設定を条件に事業主の手数料を下げるといった例や、あるいはDCとは関係ない、事業主の取引手数料を値下げするといった、加入者の犠牲の下に事業主が利益を得る事例も出てきたのです。―それは、加入者にとって不利益ですね。市川 ええ。そこに気付いたある弁護士が、同様の裁判を多数起こしているようです。 しかもこうした訴訟は、クラスアクション(集団訴訟の一種)となるケースが少なくありません。 クラスアクションの場合、企業は巨額の賠償金判決を受けるリスクを取ることができず、和解金で解決する傾向にあります。和解金も相当な金額に上り、過去には約62億円という事件もあったようです。浦田 クラスアクションを取り巻く事情を踏まえても、62億円とはインパクトがありますね……。市川 確かに高額ですよね。弁護士にとっては好都合な事件で、この弁護士は相当数の訴訟を起こしています。最近は大型案件が枯渇してきたのか、訴訟規模が小型化しています。最近になって、日系メーカーの海外子会社が訴えられているのはこのためでしょう。容易に和解金を獲得できそうな日系企業がターゲットにされているのかもしれません。
務が重いんです。DBでは運用結果に関わらず、加入者は決まった金額の給付を受けられますが、DCでは事業主の採用商品によって、加入者の給付金額に大きな差が出ますからね。市川 事業主は、DCでこそ忠実義務を果たす必要があるということですね。浦田 その通りで、事業主は「自分たちの利益よりも加入者の利益を優先する」という認識を、改めて持つべきでしょう。 ちなみに米国では、忠実義務と善管注意義務を前提として、事業主が受託者としてしかるべき情報を集め、専門的見地からさまざまな局面を想定しながら、あらかじめ物事を決めています。そうした背景があるので、米国のDC制度においては、労使合意は要求されていません。
加入者の不利益が“狙われる”米国のDC関連訴訟事例
―日本では、企業型DCに関わる訴訟はまだないようですが、海外の場合はどうなのでしょうか。市川 米国の状況を見てみると、数年前から、金融機関の不当な手数料を巡って加入者が事業主を訴える訴訟が複数件起きているようです。中でも「レベニュー・シェアリング・アレンジメント」という、手数料の枠組みに関する訴訟が目立ちます。 これは、加入者と事業主の手数料の負担配分を変更する仕組みです。浦田 DCに関わる事業主側の手数料を安価に抑えられるというメリットがあり、DC制度の黎明期において
受託者責任の2つの構成要素「忠実義務」と「善管注意義務」
市川 今回の法律改正議論の中に、継続教育の「努力義務」と「配慮義務」ではどちらが厳しいか、という、法律家には面白い点がありました。また、日本のDC法には「忠実義務」は明記されているものの、「善管注意義務」の記載がないことも興味深い点です。そのため、忠実義務と注意義務の区別が不明瞭で、「受託者責任」の解釈に若干の混乱が生じているように思われます。 米国の法律におけるFiduciary Duty(受託者責任)という言葉は、
「Duty of Loyalty」(忠実義務=自身の利益よりも加入者の利益に忠実に義務を果たすこと)と「Duty of Care」
(善管注意義務=業務を委任された人の職業や専門性等に通常期待される注意義務のこと)の2つの要素から成り立っています。 DBでは、運用結果が事業主の財務に影響することもあり、政策アセットミックス(資産配分計画)の定期的な見直しや、制度運営のPDCAサイクル、年金委員会等のガバナンス体制が確立しています。 ただし、これらはあくまで自社の財務を守るために善管注意義務を果たしているに過ぎません。自分の利益を犠牲にしても加入者の利益を守るというのが忠実義務ですから、忠実義務を果たしているとまで言えるのかは甚だ疑問です。浦田 おっしゃる通りですね。もっと言えば、DCの方がDBより忠実義
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従って「この判断は、裁判所でも合理的な判断だったと認められるだろうか」「それだけのことをしただろうか」と日々考えることによって、忠実義務の履行を示すことができるのだと思います。―常にベストを尽くすということですね。市川 ええ。ただ忘れてはならないのは、「加入者のため」のベストということです。自分の甘えや都合の中でのベストでは、忠実義務を果たしたことにはなりません。浦田 そして、加入者のためだけを思って行動することが、忠実義務履行につながり、結局は自分の会社を守ることにつながるという好循環に気づくことになるはずです。―忠実義務の履行という原点に立ち返ることが、健全なDC制度運営において必須であり、しかも事業主にとって有益でもあるということですね。 本日はどうも、ありがとうございました。�
使命感から訴訟を起こす人がいずれ出てくるでしょう。それは年金ガバナンスにとって、そう悪いことばかりではないかもしれません。―現状では、仮に責任を果たさずとも、�すぐにペナルティが課されるわけではありません。市川 ということは、義務履行のモチベーションも生まれづらい。 しかし難しいのは、訴訟を起こされないように忠実義務を果たそうと思った時に、何をどこまでやれば忠実義務を果たしたと認められるのかが分からないことです。 これは会社法でも同じですが、これこれをすれば忠実義務を果たしたことになる、といった定義はないんですね。 ではどうすれば、忠実義務を履行したと認められる可能性が高まるのか。それは、常に訴訟を意識して行動することです。 裁判所では、「その判断が合理的であったかどうか」という観点で、ジャッジが下されます。
忠実義務の履行を証明する「加入者のため」の積み重ね
―米国における訴訟の事例から、「加入者の利益」への注目が高まっている状況がうかがい知れますね。市川 日本と米国では制度も文化も大きく違うので、米国で起こったことがすぐに日本でも起きるとは言えません。 ただ、忠実義務の意識をもっと強める必要があるということは言えるでしょう。先日、ある運営管理機関が事業会社に向けて、「事業会社に受託者責任はありません。運管である私たちが全ての受託者責任を負うので、心配しなくても大丈夫です」と言った、という話を聞いたときは、驚きました。―耳を疑うような発言ですね。しかし「DC運営は運管の仕事だ」という認識の事業主には、案外すんなり受け入れられてしまう発言なのでしょうか。浦田 残念ながら現状では、そうした事業主もまだ少なからず存在していると思います。市川 “訴訟時代”が到来する前に、そのような認識は変えた方が良いでしょう。会社法でもそうですが、訴訟というのはガバナンスを機能させる1つのツールであるという考え方があります。 受託者責任を履行していない者に対して、その怠慢から生じた損害を賠償させるために、会社法なら代表訴訟が起きるように、訴訟によってガバナンスを利かせるのだ、という