corporate philanthropy 競争優位のフィランソロピー...corporate philanthropy...

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McKinsey Awards 2002 Michel E. Porter ハーバード・ビジネス・スクールのウィリ アム・ローレンス司教記念講座ユニ バーシティ・プロフェッサー。本稿を含 めてマッキンゼー賞の受賞は6回に上 る。著 書 にCompetitive Strategy , Free Press, 1980.(邦 訳『競 争の 戦 略』ダイヤモンド社、1980年)、 Competitive Advantage , Free Press, 1985.(邦訳『競争優位の戦 略』ダイヤモンド社、1985年)などが ある。 Mark R. Kramer ボストンにあるコンサルティング・ファー ム、ファンデーション・ストラテジー・グ ループ(FSG)の設立者ならびにマ ネージング・ディレクター。 ハーバード・ビジネス・スクール ユニバーシティ・プロフェッサー マイケル E. ポーター Michel E. Porter ファンデーション・ストラテジー・グループ 設立者兼マネージング・ディレクター マーク R. クラマー Mark R. Kramer 2002年 マッキンゼー賞 銀賞 The Competitive Advantage of Corporate Philanthropy 競争優位のフィランソロピー フィランソロピーの方向性に悩む企業は多く、寄付金額も減少している。 「競争コンテキスト」に従ったCSR(企業の社会貢献活動)であれば、 社会的価値と経済的価値の両方を向上させることができる。 HBR, Dec. 2002 /邦訳DHBR 2003年3月号 September 2010 Diamond Harvard Business Review 96

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2002

Michel E. Porterハーバード・ビジネス・スクールのウィリアム・ローレンス司教記念講座ユニバーシティ・プロフェッサー。本稿を含めてマッキンゼー賞の受賞は6回に上る。著書にCompetitive Strategy, Free Press, 1980.(邦訳『競争の戦略』ダイヤモンド社、1980年)、Competitive Advantage , Free Press, 1985.(邦訳『競争優位の戦略』ダイヤモンド社、1985年)などがある。

Mark R. Kramerボストンにあるコンサルティング・ファーム、ファンデーション・ストラテジー・グループ(FSG)の設立者ならびにマネージング・ディレクター。

ハーバード・ビジネス・スクール ユニバーシティ・プロフェッサー

マイケル E. ポーターMichel E. Porter

ファンデーション・ストラテジー・グループ 設立者兼マネージング・ディレクター

マーク R. クラマーMark R. Kramer

2002年マッキンゼー賞 銀賞

The Competitive Advantage of Corporate Philanthropy

競争優位のフィランソロピーフィランソロピーの方向性に悩む企業は多く、寄付金額も減少している。 「競争コンテキスト」に従ったCSR(企業の社会貢献活動)であれば、社会的価値と経済的価値の両方を向上させることができる。

HBR, Dec. 2002/邦訳DHBR 2003年3月号

September 2010 Diamond Harvard Business Review 96

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ンドの強化を図ろうとする傾向はますます強

まっている。

 このようなキャンペーンは概して、価値あ

る社会的目標を支援し、社会的な影響を生み

出すと同時に、自社の認知度を向上させ、社

員の士気を高めることを意図している。しか

し、企業業績への貢献というと、まったく心

もとない。

 こうしたジレンマに直面している企業は、

自社の「競争コンテキスト」(com

petitive context

)、すなわち「自社が事業を展開する

立地における事業環境の質」を改善するため

に、フィランソロピーを活用することができ

る。その結果、社会的目標と経済的目標の調

和が図られると共に、事業の長期展望も改善

される。

 競争コンテキストはこれまで、戦略面にお

いて常に重要であった。スキルと勤労意欲の

高い労働力の確保、道路や電気通信といった

地域インフラの効率性、地元市場の規模と成

熟度、政府規制の程度など、これら競争コン

テキストにまつわる変数は、企業競争力にた

えず影響を及ぼしてきた。

 競争コンテキストの重要性はますます増し

ている。競争の基本が、「どれほど低コスト

のインプットを得られるか」から、「どれく

「競争コンテキスト」に従った

フィランソロピー

 

フィランソロピー(企業の社会貢献活動)

が低迷している。アメリカ企業による慈善活

動への寄付は、二〇〇一年一四・五%減少し

(実質ドル・ベース)、利益に占める寄付金の

比率は過去一五年間で半減した。

 理由は想像にかたくない。経営幹部にすれ

ば、板挟みの状況がますます深刻になってい

るからだ。すなわち、「企業の社会的責任」

のさらなる拡大を求めて企業を批判する社会

の声と、短期的利益の最大化を求めて容赦な

くプレッシャーをかけてくる投資家という相

克である。

 このジレンマを受けて、フィランソロピー

により「戦略的」に取り組もうという企業が

増えている。しかし、今日「戦略的フィラン

ソロピー」なるものが、本当の意味で戦略的

であったことはほとんどない。また、社会貢

献にしてもしかりである。

 フィランソロピーを、広報活動や広告宣伝

の一形態として、「コーズ・リレーティッ

ド・マーケティング」(社会的意義を伴うマー

ケティング)や世間の耳目を集めるスポンサ

ーシップなどを通じて、企業イメージやブラ

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らい高い生産性を実現できるか」にシフトし

つつあるからである。

 競争コンテキストは、次の相互に関連し合

う四要素から成り立っており、これらが潜在

的な生産性を左右する(図表「競争コンテキ

ストの四要素」を参照)。

 ❶

要素条件

 ❷

需要条件

 ❸

企業戦略、競合状況

 ❹

関連産業や支援産業

 事業環境のなかには、道路や法人税制、産

業関連の法規制など、あらゆる産業に影響を

及ぼすものもある。このような包括的な条件

は、開発途上国では決定的な意味を持ってお

り、フィランソロピーを通じてこれらの要素

を改善することは、最貧国にきわめて大きな

社会的利益をもたらす可能性がある。

 同じくらい決定的な要素になることが多い

のが、競争コンテキストのうち、特定の「ク

ラスター」である。

 クラスターとは、たとえばドイツの高性能

自動車、インドのソフトウエアなど、特定分

野に属する企業、サプライヤー、関連産業、

専門機関が地理的に集中し、相互に影響して

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2002いる状況のことである。クラスターは、競争

コンテキストの四要素すべてが渾然一体とな

って影響を及ぼすなかで生成されていく。

 クラスター内のメンバーによるフィランソ

ロピー投資は、個別のものであれ複数による

ものであれ、クラスターの競争力と、クラス

ターを構成する企業の業績に大きな影響を及

ぼす可能性がある。

 競争コンテキストを改善するうえで、フィ

ランソロピーが最も効果的な(時には唯一

の)方法である場合が多い。それによって、

自社の経営資源のみならず、NPO(非営利

組織)やその他の機関における既存の取り組

みやインフラを活用できる。

 そして、競争コンテキストの四要素を慎重

に分析すれば、社会的価値と経済的価値が重

複し、企業自体の、あるいはその企業が属す

るクラスターの競争力を最大化させる分野が

わかる。

 

要素条件

 高水準の生産性を実現するには、熟練労働

者、高水準の科学・技術機関、適切な物理的

インフラ、透明性と効率性の高い行政プロセ

ス(会社の登記や認可条件など)、そして利用

可能な天然資源が必要である。これら分野す

図表

競争コンテキストの4要素

企業戦略、競合状況

関連産業、支援産業

要素条件 需要条件

●知的財産権の保護など、

投資や持続的な更新を促す地域政策

●地域におけるオープンで激しい競争

●高度で要求の高い地域顧客

●全国的・国際的に通用する

専門的なセグメントへの需要

●他の場所でのニーズを先取りする

顧客ニーズの存在

●質の高い専門的インプットの

入手可能性

 ・人的資源

 ・資本

 ・物理的インフラ

 ・行政インフラ

 ・情報インフラ

 ・科学技術インフラ

 ・天然資源

●地元に拠点を置く、関連分野の有力な

サプライヤーと企業の存在

●孤立した産業ではないクラスターの存在

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The Competitive Advantage of Corporate Philanthropy競争優位のフィランソロピー

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需要条件

 特定の国や地域における需要条件として、

地域市場の規模、製品基準の妥当性、地域顧

客の成熟度などが挙げられる。

 地域顧客の成熟度の水準が高ければ、新た

に生まれつつある顧客ニーズに関する洞察が

得られ、またイノベーションを求めるプレッ

シャーも生まれてくるため、その地域全体の

競争力が高まる。一例を挙げれば、ボストン

では先端的な医療が提供されているため、こ

の地を拠点に活動する医療機器メーカーから

次々にイノベーションが生まれている。

 アップルは以前から、自社製品を若年層に

紹介する手段として、学校にコンピュータを

寄贈している。これは、学校に社会的メリッ

トをもたらす一方、同社製品の潜在市場を拡

大し、生徒や教師がハイエンドな顧客に成長

するという経済的な意味もある。

 

企業戦略、競合状況

 特定の国や地域における競争を支配する規

則やインセンティブ、社会規範も、企業の生

産性に影響を及ぼす。投資の促進、知的財産

権の保護、地域市場の自由貿易、カルテルや

独占の解体や防止、腐敗の抑制といった政策

があれば、事業展開上より魅力的な立地が生

まれる。

 フィランソロピーは、競争という視点から

生産性と透明性の高い環境を生み出すうえで、

強い影響力を及ぼすことができる。

 たとえば、世界各地での情報開示や腐敗防

止に取り組んでいるトランスペアレンシー・

インターナショナルを、アメリカ企業二六社、

他国企業三八社が共同で支援している。この

団体は、腐敗の程度を測定することに加えて、

腐敗に公衆の関心を集めることで公正な競争

に報い、生産性を向上させる環境を創出しよ

うとしている。これは、地域住民のメリット

となるだけでなく、支援企業の市場アクセス

も改善される。

 

関連産業や支援産業

 質の高い補完産業やサービスが近隣に存在

すれば、企業の生産性は大きく改善される可

能性がある。遠方にあるサプライヤーにアウ

トソーシングすることも不可能ではないが、

近くの優秀なサプライヤーから、サービスや

部品、機械類を調達することに比べれば、そ

の効率性は劣る。このような近接性は、単に

輸送コストと在庫コストの低減につながるだ

けでなく、対応スピードや情報交換、イノベ

ーションの点でもプラスになる。

べてにおいて、フィランソロピーはプラスの

影響を及ぼすことができる。

 たとえば、寄付によって教育研修を改善で

きる。映画制作会社のドリームワークスSK

Gは、ロサンゼルスの低所得層の学生を対象

に、エンタテインメント産業で働くうえで必

要なスキルを訓練するプログラムを創設した。

同社の全六部門がロサンゼルス・コミュニテ

ィ・カレッジ・ディストリクトや地元の高校、

予備校と協力し、教室における指導とインタ

ーンシップ、個別指導を組み合わせた専門的

なプログラムを開発している。

 この例における社会的メリットは、低所得

層向けの教育制度が改善され、よりよい雇用

機会が創造されることであり、経済的メリッ

トは、専門的訓練を受けた卒業生を採用しや

すくなることである。また、ドリームワーク

スに入社する卒業生が比較的少なくとも、同

社が属するエンタテインメント・クラスター

が強化されるというメリットもある。

 フィランソロピーによって、労働力以外の

インプットを改善することも、もちろん可能

である。たとえばエクソンモービルは、進出

した開発途上国において、道路や法制度とい

った基本条件を改善するために大量の経営資

源を傾けている。

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2002 フィランソロピーによって、クラスターの

発展や補完産業の強化を図ることも同じく可

能である。

 アメリカン・エキスプレスでは一九八六年

以来、中等教育段階における旅行・観光専門

学校に資金を提供しているが、そこで学生た

ちが受ける訓練は、同社の中核事業であるク

レジット・カード事業のためでも、旅行代理

店部門のためでもない。それは、他の旅行代

理店や航空会社、ホテル、レストランで働く

ためのものである。このプログラムは、地域

住民にすれば、教育・雇用機会の改善という

点でメリットになっている。一方でアメリカ

ン・エキスプレスの経済的メリットも大きい。

各地域の旅行クラスターの競争力が増し、成

長性も改善されるからである。

フィランソロピーは

新しい戦略ツールである

 競争コンテキスト重視のフィランソロピー

は一筋縄ではいかない。しかし、このアプロ

ーチが広く採用されるようになれば、企業の

寄付のあり方は大きく変わるだろう。また、

寄付も全体的に増大する可能性があり、これ

によって創出される社会的価値と経済的価値

もいっきに高まるかもしれない。

 企業は自社のフィランソロピーが生み出す

価値にもっと自信を持つようになり、熱心に

取り組むようになる。事業拠点である地域社

会にも、そのフィランソロピー戦略をより効

果的に伝達できるようになる。

 どの分野を支援するかという選択も明確に

理解されるようになり、予測不可能であると

か風変わりであるとか思われることもなくな

る。また企業が、自社ならではの価値創造能

力を有する分野に取り組むようになれば、企

業による寄付とそれ以外のタイプの寄付者と

の間でよりよい分業が実現するだろう。

 慈善団体にもメリットはある。営利部門の

財源が非営利部門に流れるようになる。同じ

く重要な点だが、慈善団体と企業の間に、緊

密で長期的なパートナーシップが築かれるよ

うになる。すると、企業が非営利部門のイン

フラを活用し、また非営利組織もビジネス・

インフラを活用することで、営利部門の専門

能力や資産が、従来以上に社会的目標のため

に活用されるようになる。

 ビジネス・リーダーのなかには、この新し

いアプローチはあまりにも自己の利益を重視

しすぎていると思う人もいるだろう。フィラ

ンソロピーは純粋に良心の問題であり、ビジ

ネス上の目標を混入させるべきではないとい

う主張である。

 特に石油化学産業や製薬産業など、社会的

な議論の的にされやすい産業では、このよう

な見解がすっかり定着しており、多くの企業

が独自の慈善財団を設立し、慈善活動とビジ

ネスを完全に棲み分けている。しかしその結

果、これらの企業は社会のためにも自社のた

めにも、より大きな価値を生み出す無数のチ

ャンスを逃している。

 競争コンテキスト重視のフィランソロピー

は、単に企業の私利私欲を満たすだけでなく、

幅広い社会変革を通じて多くの人々に利益を

もたらす。

 このように、競争コンテキストの改善と社

会の改善に真剣に取り組むことに、何も本質

的な矛盾は存在しない。実際には、これまで

見てきたように、フィランソロピーが競争コ

ンテキストと密接に結びつけばつくほど、そ

の企業の社会貢献度もますます高まる。

 創出する価値を最大化するためにシステマ

ティックな取り組みを目指すならば、競争コ

ンテキスト重視のフィランソロピーは新たな

競争ツールを一括して提供する可能性がある。

そうなれば、フィランソロピーへの投資も正

当化されることだろう。

*DHBR二〇〇三年三月号の抄録

The Competitive Advantage of Corporate Philanthropy競争優位のフィランソロピー

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