competency of genetic nursing practice in japan: a...

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2 看護職者に求められる遺伝看護実践能力 ―一般看護職者と遺伝専門看護職者の比較― Competency of Genetic Nursing Practice in Japan: A Comparison Between Basic & Advanced Levels 有森直子 *1 ,中込さと子 *2 ,溝口満子 *3 ,守田美奈子 *4 ,安藤広子 *5 森明子 *1 ,堀内成子 *1 ,William L. Holzemer *6 Naoko Arimori *1 , Satoko Nakagomi *2 , Michiko Mizoguchi *3 , Minako Morita *4 , Hiroko Ando *5 , Akiko Mori *1 , Shigeko Horiuchi *1 and William L. Holzemer *6 *1 St.Luke's College of Nursing *2 Hiroshima University *3 Tokai University *4 The Japanese Red Cross College of Nursing *5 Iwate Prefectural University *6 University of California San Francisco Key Wards:遺伝,看護,実践能力,日本 Genetic Nursing, Core Competency, Japan *1 聖路加看護大学  *2 広島大学  *3 東海大学  *4 日本赤十字看護大学  *5 岩手県立大学  *6 カリフォルニア大学サンフランスシスコ校 引用の際の注意:本論文は,日本看護科学会誌 24 (2) , 2004 に掲載予定である.引用の場合は元の論文を用いら れたい. 日本看護科学会誌 24 (2) , 2004 掲載予定

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Page 1: Competency of Genetic Nursing Practice in Japan: A ...narimori3.jpn.org/moodle/file.php/1/research_report/01.pdf2 看護職者に求められる遺伝看護実践能力 ―一般看護職者と遺伝専門看護職者の比較―

2 看護職者に求められる遺伝看護実践能力―一般看護職者と遺伝専門看護職者の比較―

Competency of Genetic Nursing Practice in Japan: A Comparison Between Basic & Advanced Levels

有森直子* 1,中込さと子* 2,溝口満子* 3,守田美奈子* 4,安藤広子* 5,

森明子* 1,堀内成子* 1,William L. Holzemer * 6

Naoko Arimori * 1, Satoko Nakagomi * 2, Michiko Mizoguchi * 3, Minako Morita * 4, Hiroko Ando * 5, Akiko Mori * 1, Shigeko Horiuchi * 1 and William L. Holzemer * 6 

* 1 St.Luke's College of Nursing * 2 Hiroshima University * 3 Tokai University * 4 The Japanese Red Cross College of Nursing * 5 Iwate Prefectural University 

* 6 University of California San Francisco

Key Wards:遺伝,看護,実践能力,日本 Genetic Nursing, Core Competency, Japan

* 1 聖路加看護大学 * 2 広島大学 * 3 東海大学 * 4 日本赤十字看護大学 * 5 岩手県立大学 * 6 カリフォルニア大学サンフランスシスコ校

引用の際の注意:本論文は,日本看護科学会誌 24(2), 2004 に掲載予定である.引用の場合は元の論文を用いられたい.

日本看護科学会誌 24(2), 2004 掲載予定

Page 2: Competency of Genetic Nursing Practice in Japan: A ...narimori3.jpn.org/moodle/file.php/1/research_report/01.pdf2 看護職者に求められる遺伝看護実践能力 ―一般看護職者と遺伝専門看護職者の比較―

The purpose of this study was to survey

experienced genetic health care provider’s

perceptions of the level of practice competency

required for Basic Level and Advanced Level

Genetic Nursing. Basic level refers to the

general nurse and the advanced level refers to

the genetic nurse. The respondents who agreed

to participate in the study were 491 nurses and

physicians who were involved in genetic care in

113 inst i tut ions o f 40 prefectures . The

questionnaire we developed was comprised of

89 items in seven areas of competency for

genetic nursing. The respondents were asked

to assign the competency items to one of the

following nursing levels: (a) General Nurse; (b)

nurse who specializes in Genetic Nursing; or (c)

not appropriate for the nurse. Data were

collected from January to March 2001. The

Delphi Method was used to explore areas of

agreement regarding competency fit among the

respondents. Three iterations of the survey,

result ing in a response rate of 60% (295

respondents), provided sufficient clarity for

assigning levels of competence. Respondents

selected the following areas of competence for

the General Nurse: living support, psychological

support and identifying client’s needs. For the

Genetic Nurse they selected: provision and

exchange of appropriate genetic information

among health care providers, reference and

collaboration with other institutions and helping

clients to understand their conditions and

characteristics. As a result, competency of the

Basic Level and the Advanced Level were

clarified in Genetic Nursing. The results help

provide directions for the furtherance of genetic

education in nursing in Japan.

 本研究の目的は,遺伝医療において「遺伝専門

看護職者を含む一般看護職者」「遺伝専門看護職

者」にどのような実践能力が求められているのか

を明らかにすることである.方法は,コンセンサ

スメソッドのひとつであるデルファイ法を参考に

して4段階からなる調査を行った.第1次調査と

して遺伝医療に携わっている看護職を対象に聞き

取り調査及び文献の検討を行い,7領域 89 項目

からなる遺伝看護の能力の事項を抽出し,第2次

調査では質問紙郵送調査を遺伝医療の有識者 20

名を対象に実施した.第3・4次調査では,40

都道府県,113 施設から承諾の得られた遺伝医療

に携わっている看護職者,医師等,491 名に質問

紙郵送調査を行った.質問紙法においては,著者

らが作成した遺伝看護の能力 89 項目について,

A:一般看護職者,B:遺伝学を専門に学んだ看

護職者,C:看護職者の能力として適切でないか

ら,いずれかを選択してもらった.データ収集期

間は,2000 年8月から 2001 年3月.最終的には

日本看護科学会誌 24(2), 2004 掲載予定

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2 看護職者に求められる遺伝看護実践能力―一般看護職者と遺伝専門看護職者の比較―

有森直子* 1,中込さと子* 2,溝口満子* 3,守田美奈子* 4,安藤広子* 5,

森明子* 1,堀内成子* 1,William L. Holzemer * 6

* 1 聖路加看護大学 * 2 広島大学 * 3 東海大学 * 4 日本赤十字看護大学 * 5 岩手県立大学 * 6 カリフォルニア大学サンフランスシスコ校

Abstract

和文抄録

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調査対象者は 295名,回収率は 60%であった.

一般看護職者には,『生活支援』,『精神的支援』,

『クライエントのニーズを明らかにする』能力が

選ばれた.また,遺伝専門看護職者には,『正し

い遺伝情報の提供と交換』,『他機関への照会と連

携』,『クライエントの症状・特質の理解を支援す

る』が選ばれた.以上の結果より,遺伝看護にお

ける「遺伝専門看護職を含む一般看護職者」と

「遺伝専門看護職者」に求められる実践能力が明

らかとなった.

がんや生活習慣病など個人的素因が深く関与す

る疾患と遺伝子との関連が遺伝医学の進歩により

明らかになり,疾患のパラダイムシフトが進んで

いる.今後遺伝・遺伝子情報の医療への導入は不

可避な時代になることから,日本人類遺伝学会で

は,2001年に臨床遺伝専門医制度を立ち上げた

(福嶋 2003).臨床遺伝専門医は,すべての診療

科からの遺伝に関する診療ニーズに対応していく

ことが期待されている.

1996年信州大学医学部附属病院を皮切りに現

在 60以上の遺伝子診療部が開設されている.遺

伝医療においては倫理的意思決定を支援する体制

が不可欠であり,チームでの取り組みが推奨され

ている(中込 2003).保健所における遺伝相談活

動も,変革と充実が図られ(鈴木 2002,平原

2002),1次医療から3次医療にわたる遺伝医療

体制の整備と人材育成が進められている.米国に

おいては,早くから遺伝医学は全ての人々に関与

するという認識がもたれ遺伝看護の実践範囲

(ISONG 2000)や遺伝看護教育プログラムが整っ

た中で,遺伝専門看護師が育成されすでに活躍し

ている.

現在わが国においては看護職に対する遺伝教育

は十分とはいいがたいものの(溝口 1999),周産

期領域やがん領域など領域毎にその特性に応じた

遺伝看護実践についての検討は始まっており,全

国で開設されている多くの遺伝子診療部には看護

職者が配置され,遺伝医療における看護職の役割

を模索している(日本遺伝看護研究会 2002).今

後遺伝医療における看護実践能力を明らかにする

と同時に,基礎教育ならびに専門教育プログラム

を作成することは急務であると考える.

現在の遺伝医療における一般看護職者と遺伝専

門看護職者にどのような実践能力が求められてい

るのかについてのコンセンサスを明らかにする.

1.研究デザイン

遺伝医療における看護職者の役割に関するコ

ンセンサスの測定を行うことを目的とし,consensus

methodsのひとつであるDelphi process(Pope2000)

を参考にして段階的に調査を進めた.

2.用語の定義

一般看護職者の実践能力:免許を有する全看

護職者に必要とされる能力(一般看護職・Basic

Level)であり,遺伝専門看護職もこの実践能力

が必要とされる.

遺伝専門看護職の実践能力:Basic Levelにあ

る一般看護職が,さらに専門的知識・技術を習得

して遺伝専門看護職(遺伝専門看護職・Advanced

Level)となったときに必要とされる能力とする.

14

Ⅰ.緒言Ⅱ.研究目的

Ⅲ.方法

【第1次調査】

質問紙 作成

〈聞き取り調査〉 ’00,8~00,10 7領域64項目の事項を抽出

27人を対象

【第2次調査】

質問紙 修正

〈質問紙郵送調査〉 ’00,12,6~00,12,17 89項目を一般・専門看護職に識別、項目の洗練

20人に配布(18名 回答率90%)

【第3次調査】 第3次調査

結果を送付 〈質問紙郵送調査〉 ’01,1,6~01,1,16 89項目を一般・専門看護職に識別

491人に配布(382名 回答率77%)

【第4次調査】

〈質問紙郵送調査〉 ’01,2,20~01,3,2 89項目を一般・専門看護職に識別

(295名 回答率60%)

図1:コンセンサスメソッドのステップ

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3.調査対象者

対象は看護職者,医師,心理職者,ソーシャル

ワーカーとし,「現在,遺伝医療に携わる」事を

必須条件とした.

第1次調査では,全国で遺伝相談部門,周産期

部門,先天異常児や遺伝性疾患患者が多い小児・

成人系病棟ならびに外来,さらに遺伝に関する医

療相談や保健指導部門で勤務経験をもつ看護職者

27名とした.

第2次調査では遺伝医療の専門的知識経験を有

する日本遺伝看護研究会会員(看護職者,医師,

臨床心理士)で研究協力の得られた 20名を対象

とした.

第3・4次調査では,① 1998年遺伝相談施設

一覧表(家族計画協会 1998)に掲載された全国

47都道府県の遺伝相談施設,②周産期部門・先

天異常児や遺伝性疾患患者が多い小児・成人系病

棟及び外来,医療相談や保健指導部門を併設して

いる小児専門病院・大学病院・保健所の総計 200

施設に協力を依頼した.はじめに所属長・看護部

長に研究協力の依頼を行い協力が得られる対象者

(遺伝医療に関わっている医療者:医師,看護職,

心理職,ソーシャルワーカー)を紹介していただ

き,次に個別に研究協力の依頼を行い,同意の得

られた者を最終的に調査対象者とした.

4.データ収集方法

1 )第1次調査:対象者 27名から聞き取り調

査を行った.半構成型個人面接法によりデー

タ収集をし,内容分析法によって分析した.

その結果7領域 64項目の看護実践を抽出し

た.

2 )第2次調査:第1次調査結果に基づいて

質問紙を作成した.日本遺伝看護研究会会員

(看護職者,医師,臨床心理士)20名に遺伝

看護の実践内容について更なる意見を加え

た.得られた意見を整理統合し,質問紙を文

章の表現や選択肢の提示の仕方について修正

した.質問項目は 25項目増えて 89項目とな

った.この中には米国や英国の遺伝専門看護

職に該当する項目が含まれていたため,質問

紙はこの全項目に関して「A:一般看護職者

の役割である」「B:遺伝学を専門に学んだ

日本看護科学会誌 24(2), 2004掲載予定

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表1 遺伝看護の実践能力(7領域)

クライエントの希望 の明確化

領域名 項目数

クライエントの理解 の支援

精神的支援

正しい遺伝情報の 提供と交換

生活支援

他機関への照会と 連携

自己研鑽

看護職は、対象者や家族が何を知りたいと考え、何を望んでいるのかを明確にしていく責任がある

遺伝性疾患や先天異常を持つ患者や家族は、診断や治療の経過において大きな精神的打撃を受け、将来への恐れと不安、深い悲しみや絶望を体験しながら、徐々に新しい生活や価値観を作り上げる途上にある。看護者はそのような大きな体験をしている人々に近づき支援していく責任がある。

患者や家族と親密な関係を築き上げつつ、正確で新しい情報を得るという責任がある。そして、医療チームメンバーとして必要な情報を相互交換し、共有していく責任がある。

看護職は、生活のあらゆる場で患者の症状や障害に関わり、当事者の日常生活を支えるという役割をもつ。看護職はそのような大変な体験をしている人々に生活のあらゆる場にいることを大いに生かし、きめ細やかな支援をしていく責任がある。

出生前診断で胎児異常が疑われたり、家族性腫瘍にまつわる当事者や家族の遺伝子診断の必要性が出現したり、保健所などで遺伝相談を受けた後、精査する場合など継続した支援が必要になる。看護職は、施設の規模や目的と合わせて他職種や他機関と連携しながら看護を提供していく責任がある。

看護職は、専門職として継続して新たな知識を獲得していく責任がある。

看護職は患者が自分自身の疾患の特性や症状、遺伝的特質などについて正しく理解できるように支援していく責任がある。

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10

15

15

19

16

7

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看護職者が行う」,「C:看護職者の役割とし

て適切でない」の3段階設定とし,いずれか

が選択できるよう作成した.

3 )第3次調査:第2次調査で研究の合意の得

られた 491名の調査対象者に質問紙を配布・

回収し,結果を集計した.

4 )第4次調査:第3次調査の調査結果とし

て,各項目の選択肢毎の人数と割合及び,各

項目に記述されたコメントを同封し,調査対

象者がその結果を参照できるようにし,第2

段階と同様の質問紙の回答を求め,その結果

を最終的なコンセンサスの成果とした.

5.分析方法

89項目のA・B・Cの各項目について選択し

た人数の割合を算出し,順位付けをした.統計ソ

フトには SPSS(Ver7.5)を用いた.

6.倫理的配慮

調査対象者には個別に文書により説明を行い,

研究への自由な参加と,途中で中断できることを

保証した.また,対象者が特定されないよう匿名

性の確保に留意した.

1.第 3次調査と第 4次調査の回収率

対象施設の所属長および看護部長より紹介され

た調査対象者のうち承諾が得られた 491人に質問

紙を送付した.第3次調査は 382人(回収率

77%)であった.第4次調査は,3次調査で返

答があった 382人中,295人より回答が得られた

(回収率 77%).第3次調査 491名から最後まで

回答が得られたのは 295人(回収率は 60%)で

あり,そのうち 200人(67.8%)が看護職者だった.

2.調査対象者の背景

調査対象者の背景は,表3に示すとおり,経験

年数は平均 17年,年齢も平均 41歳と臨床経験の

豊かな対象であった.しかし,遺伝に関する教育

を受けた経験は,看護職者は 61人(32.4%)で

あり,医師の 66人(86.8%)に比べて低率であ

った.

3.遺伝看護の実践能力

質問紙に設けられていた7領域の枠を取り払

い 89項目を「A:一般看護職者の役割である」,

「B:遺伝学を専門に学んだ看護職者が行う」,

「C:看護職者の役割として適切でない」毎にそ

の選択肢を選んだ人数(%)の大きい順に並べ替

えを行った.

AとBの差異は,95~1%の幅がみられた.

図2に示すようにこれを降順に順位付けして比較

し,項目間の差異が大きく変化したポイントが

20%であったためそれを分岐点とした.この基

準にそって3群に振り分けた,すなわちAと回答

したものの割合がBと回答した者の割合より

20%以上高い項目をA「一般看護職者(遺伝専

門看護職も含むすべての看護職者)に求められる

実践能力」(37項目),Bと回答した者の割合が

Aと回答した者の割合より 20%以上高い項目を,

B「遺伝を専門に学んだ看護職者に求められる実

践能力」(40項目),Cと回答した者の割合が

50%以上であった項目をC「看護職者に求めら

れる能力ではない(不適切)」(1項目)であると

した.また,AとBの差異が接近して識別でいな

い項目は 11項目あった.

上記の基準にそって振り分けたあと,AとBに

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Ⅳ.結果

表3 対象の背景

(%)

性別/人 男 女 不明 平均年齢/才 経験年数/年

66(22) 215(73) 14( 5) 41.9(SD=9.7) 16.6(SD=8.9)

遺伝に関する教育の有無 なし/人 あり/人

看護職 127(67.6) 61(32.4)

188

医師 10(13.2) 66(86.8)

76

表2 職種の構成(第4次調査の結果)

数 %

看護職 看護師 助産師 保健師 医師 その他

200 83 66 51 81 14

295

(67.8)

(27.5) ( 4.7)

(100)

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分けられた実践内容について日本の現状と照らし

合わせて8人のグループメンバーで内容の妥当性

を検討した.

以下,領域内容は『』で示し,項目内容は〈〉

で示した.

1)一般看護職者に求められる実践能力

一般看護職者に求められる能力として選ばれ

たものは 37項目だった.その中で最も多かっ

たのは『Ⅴ領域:生活支援』であり,Ⅴ領域か

ら 16項目が選ばれた.上位には,〈患者・家族

の生活支援〉,〈緩和ケア〉が回答者の 95%か

ら選ばれた.次いで多かったのは『Ⅲ領域:精

神的支援』の 10項目であった.中でも,〈患者

や家族のパーソナリティを知り看護ケアにいか

す〉,〈不安の共感〉〈看護者が自分の価値観や

偏見に気づくこと〉が回答者の 80%から選ば

れていた.

さらに,『Ⅰ領域:クライエントの希望の明

確化』の4項目が入り,このうち〈プライバシー

保護〉や〈心を開きやすい環境つくり〉につ

いては 90%の回答者が一般看護職者に求めら

れる実践能力だとした.『Ⅶ領域:自己研鑽』

については,3項目であり,〈コミュニケーシ

ョンスキルや臨床体験の共有〉など,個人のス

キルを向上させる内容だった.

2)遺伝専門看護職者に求められる実践能力

遺伝専門看護職者に求められる実践能力とし

て選ばれたものは 40項目だった.最も多かっ

た領域は,『Ⅳ領域:正しい遺伝情報の提供と

交換』であり 12項目が含まれた.上位に選ば

れたのは〈さまざまな診断に関する意義につい

て医師の説明を補足〉,〈将来を考えるための情

報提供〉,〈遺伝相談後の他部門との連携〉だっ

た.また,患者からの情報収集として約 70%

が〈家系図の作成〉や〈家族歴の聴取〉を遺伝

専門看護職者に要する能力だと選択した.

次いで『Ⅵ領域:他機関への照会と連携』が

11項目選ばれた.〈近親婚や遺伝性疾患家系の

人からの妊娠の相談に医師とともに対応する〉,

〈他部門との連携におけるコーディネーターの

能力〉,〈院内での遺伝に関する教育啓蒙活動〉

が上位を占めた.

さらに,『Ⅱ領域:クライエントの理解の支

援』は,7項目だった.上位の3項目は〈継続

的な患者・家族の状況の把握〉,〈医師への質問

の仕方の助言〉〈患者の知りたくない選択の尊

重〉だった.

主に,一般看護職者の能力として多く選ばれ

ていた『Ⅲ領域:精神的支援』のうち〈意思決

定のプロセスにおける心の揺れにつきそう〉な

ど,回答者の 80%が選択した内容は3項目含

まれていた.『Ⅶ領域:自己研鑽』は,4項目

で主に他職種との意見交換の内容であった.

3 )看護職者には適切ではないと判断された実

践能力

約 60%が〈対象者や家族の医療申請に伴う

生活調査〉の1項目のみを,看護職者に不適切

な能力に選択した.

4 )一般看護職者と遺伝専門看護職者の差異が

接近していた実践能力

一般看護職者と遺伝専門看護職者に求められ

日本看護科学会誌 24(2), 2004掲載予定

17

図2:一般看護職と専門看護職の差

-80

-100

-60

-40

-20

0

20

40

60

80

100(%)

20

25

15

10

5

0

-5

(%) A(%)-B(%)

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領域

1 Ⅴ 入院中の対象者自身の日常生活を整えるための基本的な看護援助を行う。

2 Ⅴ 入院中、家族の希望を取り入れた生活ケアを計画し実施する。

3 Ⅰ 来談者が心を開きやすい環境を作る。

4 Ⅴ 入院中、病気に伴う症状の緩和ケアをする。

5 Ⅰ プライバシーの保護などについて説明する。

6 Ⅴ 入院中(出産や治療、療養の為の)や、在宅ケアの場では、対象者を含めた家族関係の 状況を把握する。

7 Ⅲ 対象者や家族の性格や気質、パーソナリティを知り、看護ケアに生かす。

8 Ⅶ 対人関係のコミュニケーションスキルについて互いに学びあう。

9 Ⅲ これまで対象者や家族が育ってきた経過、生きてきた経過を理解する。

10 Ⅲ 対象者が抱える強い不安を理解し共感しながら、看護ケアを行う。

11 Ⅴ 対象者や家族の生活や体調などに併せて治療が行われるよう医師に働きかける。

12 Ⅲ 看護者が自分の価値観や偏見に気づく。

13 Ⅰ 看護職が、何をするのか説明する。

14 Ⅴ 対象者の話を聞くなど、建設的な方向にむけ対象者や家族の心身のストレスを受けとめる。

15 Ⅴ 手術や治療方針に対する対象者の意向や迷いを聞き、他の医療者にもどす。

16 Ⅳ 対象者の病気に関連した苦痛や症状を聴取、観察する。

17 Ⅶ 臨床体験を共有しあい、対象者への理解を深める。

18 Ⅴ 治療や療養中の対象者が、家族から孤立することがない様、対象者や家族が持つ治療 や療養計画への要望を聞きながら支援をする。

19 Ⅲ 対象者や家族が他者に語りにくいことが話せ、感情表出ができるよう相談しやすい関係 を作る。

20 Ⅲ 羊水検査や遺伝子検査等の場では、対象者の不安な思いに気遣いつつ付き添う。

21 Ⅴ 対象者の合併症を予防し病状を悪化させないよう、自己管理できるための支援を行う。

22 Ⅴ 対象者情報の漏出を防ぐ。遺伝性疾患を持つことで不利益を感じたり、立場が悪くなっ たりしないよう書類の取り扱い、言動に配慮する。

23 Ⅱ 対象者や家族が疾患について(事実を)知ることへの不安を受けとめる。

24 Ⅲ 意思決定に際し対象者や家族の信条(信念)や価値観を大切にする。

25 Ⅱ 対象者や家族が疾患について理解を深めるために、医師からの説明の場を設定する。

26 Ⅴ 対象者の人生という観点から、治療を考えてケアを行う。

27 Ⅶ 定期的に事例検討を行い、個人、病棟、所属部門単位で実施した看護ケアの評価を 行う。

28 Ⅴ 自律的意思決定のできない人(幼児、胎児、重度知的障害のある人)をできるだけ護る。

29 Ⅴ 対象者自身が治療方針決定の過程に参加するに際し、対象者や家族が自分たちの意志 を伝えられるよう援助する。

30 Ⅴ 成長や発達にあわせて病気をもって生活する方法や、自己管理していくための支援を する。

31 Ⅰ 最初の相談時、対象者や家族が何を目的に訪れているのか確認する。

32 Ⅲ 対象者や家族が本当の気持ちを出さない場合、無理なく表現できる環境を作る。

33 Ⅴ 対象者が入院している間、必要時、家族の生活支援の資源を(経済的、家事援助、 施設紹介など)ソーシャルワーカーと協力して提供する。

34 Ⅲ 対象者や家族が持つ遺伝性疾患へのやり場のない気持ちや罪責感を受けとめる。

35 Ⅳ 家族構成、家族歴、現在の生活状況、生活歴を含めた家族健康歴を知る。

36 Ⅲ 対象者と家族の意見や気持ちの差異を理解し互いに理解できるような援助を行う。

37 Ⅴ 対象者の精神状態に専門的介入が必要と判断した場合、適切な専門家へ紹介する。

一般看護職 専門看護職 看護職に不適切

97.62

95.92

95.92

95.89

90.48

89.80

89.04

88.32

86.39

85.71

85.67

85.37

85.03

84.93

84.30

83.96

83.85

82.99

79.59

78.91

78.84

78.42

78.23

77.21

76.87

76.71

74.57

74.49

73.04

71.43

69.97

69.05

68.94

66.21

62.33

60.00

52.58

38

(%)

74

74

77

8.84

9.52

10.27

10.65

12.24

14.29

13.99

13.27

14.97

13.01

12.29

15.36

15.81

16.67

18.71

19.73

20.14

19.86

21.77

20.75

22.45

20.89

25.43

22.45

26.28

26.87

29.69

27.89

27.65

31.74

35.62

38.64

26.46

図3:一般看護職に求められる実践能力

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日本看護科学会誌 24(2), 2004掲載予定

19

領域

1 Ⅵ 近親婚や遺伝性疾患家系の人々からの妊娠に関する相談を受けた場合に、専門医師と 共に相談を受ける。

2 Ⅳ 様 な々診断に関する意義について医師の説明の補足をする。

3 Ⅵ 対象者に関わる院内の各部門の連携について、コーディネーターとして関わる。

4 Ⅵ 院内や地域の関連職種の遺伝相談、遺伝医療に関する教育啓発活動を行う。

5 Ⅶ 遺伝看護者同士の意見交換と共に遺伝専門医師など他の医療者との意見交換を行う。

6 Ⅲ 対象者や家族が検査や診断・治療を受ける際に、できるかぎり熟慮した上で選択できる よう、疑問を確認したり、説明を加えたり話し合う場を準備する。

7 Ⅱ カンファレンスを行った上で、手紙や電話を利用しながら継続して対象者や家族の状況や 病状などを把握する。

8 Ⅳ 遺伝相談後、対象者の了解を得て対象者の治療や検査などに関わる関連職種・部門 との連携をとる。

9 Ⅳ 目前のことだけでなく、将来を考えるための情報を提供する。

10 Ⅲ 遺伝的問題に絡んだ家族の将来について、対象者や家族と共に考える。

11 Ⅳ 対象者が求める場合、 同じ問題を持つ人々が語り合える機会を設定する。

12 Ⅲ 遺伝相談や諸検査・診断後の対象者や家族が持つ病気に対する不安や迷い、心の 揺れの過程を継続的に支え、気持ちの整理ができるよう支援する。

13 Ⅱ フォローアップの必要に応じて、電話、訪問、手紙など可能な手段で援助を行う。

14 Ⅳ 検査結果の説明後、理解が不十分な点を補足する。

15 Ⅳ 様 な々診断方法の内容の説明を補足する。

16 Ⅳ 疾患が十分理解できるよう、不足な点を補足する。

17 Ⅵ サポートグループのホームページや国内外の情報収集をして、援助資料とする。

18 Ⅴ 対象者への病名告知後、その他の家族への告知をいつ、どのようにするのか継続的に 相談を受け、共に考える。

19 Ⅰ 様 な々特殊検査や遺伝性疾患に関する最初の相談窓口になり、他の専門家や医療 チームメンバーにつなげる。

20 Ⅶ 遺伝看護と多職種との関係性の考察により幅を広げる為に関連各部門とのカンファレンス を行う。

21 Ⅳ その対象者や家族と関わる中で、遺伝的問題が潜んでいる可能性を見きわめる。

22 Ⅵ 対象や家族の生活に関心をもちサポートグループに積極的に関わる。

23 Ⅳ 必要時、対象者が家族や配偶者と共に遺伝カウンセリングを受けられるよう調整する。

24 Ⅳ プライバシーを守秘しつつ、対象者の家系に関する必要な追加情報の収集に協力する。

25 Ⅳ 家系図を書く。

26 Ⅳ 地域住民の生活や疾病構造から、遺伝的問題の有無を見分ける。

27 Ⅵ 退院後の地域での生活支援(育児、家事、学業、職業)のために、関連職種と連携を図る。 (看護婦、助産婦、保健婦、養護教諭、訪問看護婦、主治医、心理職、ソーシャルワーカーなど)

28 Ⅵ 一般の人、学生、児童に対する教育・啓発活動を行う。

29 Ⅶ 諸学会出席、学会発表、論文発表し広く意見交換を行う。

30 Ⅵ 行政に理解を求める教育・啓発活動を行う。

31 Ⅱ 対象者にとって、医師に尋ねにくいような場合には、質問の仕方を助言する。

32 Ⅱ 対象者が医師への質問を整理しにくい場合、協力して質問をまとめる。

33 Ⅶ 遺伝に関わる医療や社会の動向に関心をもち、それらに関連した研修に定期的に参加し 適切な研修会かどうかの評価も行う。

34 Ⅵ 対象者や家族に受診・相談できるいくつかの病院・診療所の情報提供をする。

35 Ⅱ 事実を知りたくないという選択をした場合にも、不安が生じたり増すことのないように援助 する。

36 Ⅱ 相談にきた当事者と共に、説明時の同席者(家族、友人など)を検討する。

37 Ⅱ 対象者や家族の抱いている疾患イメージを把握する。

38 Ⅵ 外来から入院治療に移行する場合は、関係するスタッフを紹介し今後必要な準備や 不安を除くケアを行う。

39 Ⅵ 退院や転院に伴い、他施設との連絡調整を行う。

40 Ⅰ 遺伝に関する検査結果の説明の時には立会い、対象者や家族の反応を観察する。

一般看護職 専門看護職 看護職に不適切

5.76

7.82

10.17

7.80

16.84

13.90

15.31

13.61

8.16

9.15

13.61

17.41

15.99

10.54

7.82

11.22

17.01

20.68

18.64

25.52

18.77

20.75

25.85

23.13

20.41

10.58

25.26

9.15

30.93

8.87

30.61

31.19

33.22

22.79

33.45

31.86

32.19

38.01

24.15

40.14

89.15

85.03

84.41

83.73

82.82

82.71

82.31

82.31

81.29

80.68

80.61

80.55

80.27

78.91

78.57

77.21

76.87

75.59

75.59

74.14

73.72

73.13

72.45

72.11

70.41

70.31

69.97

68.81

68.73

68.26

68.03

67.46

66.10

65.31

63.82

63.39

61.64

61.30

59.86

59.86

(%)

図4:専門看護職に求められる実践能力

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る能力の差異が接近して識別できない項目は

11項目あり,最も多かった領域は,『Ⅵ領域:

他機関への照会と連携』であり4項目が含まれ

た.〈院内スタッフと協働した継続ケア〉,〈本

人の許可を得て他施設へ継続した看護ケアを引

き継ぐ〉等であった.次いで,2項目含まれた

のは『Ⅴ領域:生活支援』から〈症状コントロ

ールや治療の決定についての助言〉『Ⅲ領域:

精神的支援』から〈遺伝相談や検査の説明・診

断の告知時に本人や家族の気持ちをありのまま

に受け止める〉という内容項目であった.

1.一般看護職者に求められる実践能力

一般看護職者に求められた能力として上位に選

ばれた内容の多くが『Ⅴ領域:生活支援』の項目

だった.既に現状において一般看護職者は,遺伝

性疾患(いわゆるメンデル遺伝形質をとる疾患

等),先天性疾患を持つ入院中の患者・患児に対

して〈日常生活の支援〉や〈家族の希望を取り入

れた生活ケアの計画〉〈病気に伴う症状の緩和〉

を実践していることがこの結果に反映されたと考

えられる(柊中 2003, 沼宮内 2000).ISONGが

Basic Level(ISONG 1998)の実践能力に提示し

ている『ヘルスプロモーションとヘルスメンテナ

ンス』においては,患者の健康上の信念を尊重し

ながらケアを行っていくことを述べており,本調

査結果の患者や家族の希望を尊重する姿勢と一致

していた.Williamsは,遺伝看護の要素の1つ

として『遺伝的健康問題のマネージメント』を挙

げ,具体的に個人の遺伝的な特性を踏まえて服

薬・化学療法など適切な治療のマネージメントを

行うことをあげている(Williams 2001).患者個

人の遺伝子の特性が治療方針に関わってくるテー

ラードメディスンの到来(安藤 2000)を踏まえ

て,今後すべての看護職者が患者の遺伝的素因を

配慮しつつ,その人らしい日常生活をおくること

が可能となる支援にあたることが期待されると考

える.

次いで『Ⅲ領域:精神的支援』の項目が多く選

ばれたが,その内容は遺伝性疾患や先天異常をも

つ患者とその家族の精神的打撃,将来への不安等

を経験しながら新しい価値観を築き上げている過

程にある〈患者や家族のパーソナリティを知り看

護ケアにいかす〉といった,患者とその家族の体

験に寄り添う姿勢だった.また,患者の体験に寄

り添うケアとして,〈看護者が自分の価値観や偏

見に気づくこと〉も必要な能力として選ばれてい

た.

さらに『Ⅰ領域:クライエントの希望を明確化』

する内容としてあげられた〈プライバシーの保護〉

や〈心を開きやすい環境つくり〉は,施設のハー

ド面の関連する内容であった.今日の医療の場は

診察室のカーテン越しに患者の話の内容が聞こえ

20

Ⅴ.考察

領域

1 Ⅵ 対象者や家族が希望する場合、初診や受診に付き添う。

2 Ⅴ 症状コントロールの方法について専門的助言をする。

3 Ⅴ 治療をどこまで行うか自律的意思決定を支え、そのために不利が生じないよう援助を中断 をしないようにする。

4 Ⅲ 検査の説明や診断の告知時は、対象者や家族のありのままの気持ちを受け止める。

5 Ⅱ 受診した時にはいつも、対象者の生活状況や病状を把握する。

6 Ⅲ 遺伝相談時、対象者や家族の、ありのままの気持ちを受け止める。

7 Ⅰ 対象者や家族との対応場面では、言葉だけではなく、表情や態度から観察する。

8 Ⅵ 退院後の新しい生活への移行に伴う対象者の不安や準備調整について、外来スタッフ と協働しながら、継続的に支援する。

9 Ⅵ 対象者の診断名や治療状況について医療チームの一員として情報を得る。

10 Ⅳ ケースカンファレンスに参加し、プライバシーに配慮して対象者や家族の思いや生活状況 等に関する情報を提供する。

11 Ⅵ 他施設の看護職に対象者の症状や、症状に伴う生活レベルとその看護方法の内容を 必ず本人の許可を得て報告する。

一般看護職 専門看護職 看護職に不適切

55.10

54.58

48.47

46.42

44.37

44.03

43.30

42.03

41.24

40.14

31.40

44.56

42.37

50.17

53.58

43.34

54.61

54.98

53.56

56.70

59.66

50.17

(%)

図5:一般看護識者と遺伝専門看護識者に識別しがたい実践能力

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てしまうなどプライバシーが十分に守られている

とはいい難い.遺伝という内容の特性を考慮し,

遺伝に関する相談が落ち着いてできるような暖

かい雰囲気の部屋を設ける(千代 2000)などの

「場の設定」は,一般看護職者の能力として重要

な役割と考える.

2.遺伝専門看護職者に求められる実践能力

 遺伝専門看護職者に求められる能力として選ば

れた内容は,患者の疾患が正しく診断され,効果

的な治療が行われることをめざした『Ⅳ領域:正

しい遺伝情報の提供と交換』だった.上位には,

〈さまざまな診断に関する意義についての医師の

説明の補足〉や〈将来を考えるための情報提供〉

といった検査や治療に伴う意思決定に必須となる

情報提供とその理解を支援する能力が選ばれた.

また,遺伝医療は複数の診療部門に関わることが

特性であるため,方針を決めていく際に〈遺伝相

談後他部門と連携〉していくためのコンサルテー

ション能力が遺伝専門看護職者に求められてい

た.さらに,遺伝専門看護職者の能力には〈患者

からの情報収集〉として,家系図を作成し,患

者・家族に潜む遺伝的問題の可能性や,地域住民

の生活や疾病構造から遺伝的問題の有無を見分け

るというリスクアセスメントの判断能力が必要と

されていた.

 海外においては看護職者が患者に対して遺伝情

報の理解を助けることは,すべての看護職者に必

要とされる基礎的能力として列記されている

(ISONG 2000).特にクライエントが自分に関連

した情報を理解したかを査定することが,すべて

の領域にいる一般・遺伝専門看護職者の最も重要

な責任であると強調されており(Williams 2001),

本調査の結果とは異なる見解だった.さらに遺伝

的な問題を抱えるケースを発見すること(Williams

2001, Jenkins 2001),個人・家族・地域において

遺伝的リスクを特定すること(ISONG 2000),ま

た遺伝に関する情報の提供(ISONG 2000)につ

いても,Basic Level の能力としてあげられ,具

体的には3世代に遡って家系図を書くための教育

が提供されている(Williams 2001).

 このような米国の実践と違いが生じる背景とし

て,米国においてはすでにナースプラクティショ

ナー(NP)が医療システムの中で独立した業務

を確立しているが,日本においては日本看護協会

が認定している CNS も十分に数が確保され,ま

た権限を得ているとは言いがたい.遺伝医療シス

テムの中で看護がどのような業務範囲を得て,権

限をもつかという問題とあわせて遺伝看護に求め

られる能力を検討していく必要がある.

 看護職者の活動の場は,病院のみでなく地域か

ら学校にいたるまで多様であり,すべての看護職

者はさまざまな場面で遺伝サービスを必要とする

人々に出会っている(Lea 1998, ISONG 2000).

遺伝情報を提供したり,遺伝的な問題を発見した

りすることは,全看護職者に必要な能力であり,

今日わが国の看護基礎教育に欠如している部分で

ある.看護職者は,人間関係を構築する能力や疾

病及び障害を遺伝子とのつながりで理解する科目

は基礎教育で修めており,それらの知識と臨床遺

伝学をつなげ,遺伝看護実践の教育を進めていく

必要がある.

『Ⅵ領域:他職種・他機関への照会と連携』の

〈近親婚や遺伝性疾患家系の人からの妊娠の相談

に医師とともに対応する〉は,9割近い回答者か

ら選ばれた内容であった.ISONG においても,

遺伝専門看護師の能力として複雑な健康上の支援

を必要とする遺伝問題に対するケースマネージメ

ントがあげられている(ISONG 2000).また〈他

部門との連携におけるコーディネーターの能力〉

も,コンサルテーション能力として遺伝専門看護

師に必要とされており,本調査結果と一致してい

た.

 さらに遺伝専門看護職者は患者に継続して関わ

ることが可能であることを考慮して,『Ⅱ領域:

クライエントの理解の支援』の〈クライエントの

状況を継続して把握〉し,〈必要な時に支援でき

る体制を整える〉,〈医師への質問の仕方の助言〉

が選ばれたと考えられた.また『Ⅲ領域:精神的

支援』の中でも〈クライエントの意思決定のプロ

セスにおける心の揺れにつきそう〉は,遺伝専門

看護職者に求められる内容として選ばれていた.

患者とその家族の複雑な意思決定への支援につい

ては,看護の視点から少しずつ明らかにされ始め

ている(辻 2003, 辻野 2003)がその蓄積はまだ十

日本看護科学会誌 24(2), 2004 掲載予定

21

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分とはいい難く,医療チームでカンファレンスを

もつなどして,ケアの方向性を検討している施設

の報告もある(中込 2003).

 その他,専門職としての『Ⅶ領域:自己研鑽』

においては,一般看護職者ではコミュニケーショ

ンスキルの向上など,個人のスキル向上の内容で

あったが,遺伝専門看護職者には,他職種との意

見交換,学会の参加など,専門職としての立場で

の能力を発揮することが求められていた.

3�.一般看護職者と遺伝専門看護職者に識別しが

たい実践能力

 一般看護職者と遺伝専門看護職者の実践能力の

差異が接近した項目は,1つの項目表現に,両方

の要素が含まれており回答者が識別しがたかった

と考えられる.たとえば,「症状コントロールの

方法について専門的助言をする」や「遺伝に関す

る検査結果の説明の時には立会い,対象者や家族

の反応を観察する」は,すでにケアとして実践さ

れているため,一般看護職者の役割として選択さ

れたと考えられる.一方,同じ項目中の「専門的

助言」や「遺伝に関する検査結果」のように,専

門性や遺伝という新規性のある内容が含まれると

遺伝専門看護職者の役割として,選択されたと考

えられる.従って,1つの項目に一般看護職者と

遺伝専門看護職者の役割が,混同しないように項

目の内容表現を精選する必要性が示唆された.

4.遺伝看護教育への示唆

 以上の結果より,遺伝看護教育カリキュラムの

方向性が示唆されたと考える.すなわち,一般看

護職者を対象にした教育では,患者の生活の支援

を行う際に患者個人の遺伝特性を考慮して身体

的・心理社会的ケアを行うために必要となる基礎

遺伝学の知識の充実を図ることが求められる.看

護職者が,患者に必要なケアをアセスメントする

際に家系図を作成し患者の遺伝情報の収集を行う

ことは,今回の結果では遺伝専門看護職者に含ま

れたが,多くの患者に出会う機会を持つ看護職者

すべてに必要な能力であると考える.次に,遺伝

専門看護職者に求められる能力として遺伝情報を

正しく伝えさらに患者の理解を支えていく実践能

力を取得するためには,臨床遺伝学の知識及び遺

伝相談に必要となる技術の習得,さらにさまざま

な機関との調整を図るコンサルテーションに関連

した知識・技術が必要であろう.今日の遺伝医療

の診療体制は,周産期・小児・成人と分かれてい

る中で,遺伝看護教育の総論と各論をカリキュラ

ムにおいてどのように構築し展開していくかが課

題である.

 一般看護職者に必要とされた遺伝看護実践能力

は,『Ⅴ領域:生活支援』,『Ⅲ領域:精神的支援』,

『Ⅰ領域:クライエントのニーズを明らかにする』

領域であり,また遺伝専門看護職者では,『Ⅳ領

域:正しい遺伝情報の提供と交換』,『Ⅵ領域:他

機関への照会と連携』,『Ⅱ領域:クライエントの

症状・特質の理解を支援する』が選ばれた.『Ⅶ

領域:自己研鑽』は,一般看護職者ではコミュニ

ケーションスキルの向上など個人のスキルの向上

であったが,遺伝専門看護職者は,他職種との意

見交換など専門職としての立場での応力を発揮す

ることが求められていることが明らかになった.

謝辞

 多くの質問紙に2回にわたってご協力いただき

ました回答者の皆様に心より感謝申し上げます.

本研究は,平成 14・15 年度文部科学省科学研究

費基盤A(1)12307059 研究代表者 有森直子

の助成を受けて行いました.また,本研究の一部

は,第 21 回日本看護科学学会学術集会において

発表しました.

文 献

1)  Anderson G: Genetics, Nursing,and Public Pol icy(2000): Sett ing an International Agenda , Po l i cy , Po l i t i c s , & Nurs i ng practice,1 (4), 245−255.

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5)  福嶋義光(2003):専門医制度・遺伝教育,遺 伝医学セミナーテキスト,50−54.

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22

Ⅵ.結論

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(1),134.

日本看護科学会誌 24(2), 2004 掲載予定

23