宇宙線による最新の透視技術でエジプト・クフ王の …...2016/10/17 · 2...
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【研究の背景・意義】 エジプトのピラミッドは、約 4,500 年前(古王国時代)に建造された世界最古
かつ最大の石造建築です。その内部の構造については、未知の空間(部屋や通路な
どの内部構造)が残されているのではないか?どのように建造されたのか?など、
未だ多くの謎が残されています。 2015 年 10 月、エジプトのピラミッド群(クフ王のピラミッド(ギザ)、カフラ
ー王のピラミッド(ギザ)、屈折ピラミッド(ダハシュール)、赤のピラミッド(ダ
ハシュール))を対象として、最新の科学技術を駆使した国際共同研究「スキャン
ピラミッド(ScanPyramids)」が立ち上げられました。このプロジェクトは、エ
ジプト考古省、カイロ大学、HIP により運営されており、世界最先端の科学技術
名古屋大学高等研究院(未来材料・システム研究所)の森島 邦博(もりしま く
にひろ)特任助教らの研究グループは、原子核乾板を用いた宇宙線ミューオンの観
測により、エジプト最大のピラミッドであるクフ王のピラミッドの透視に成功し、
ピラミッド内部に未知の空間を新たに発見しました。この研究は、エジプト考古省、
カイロ大学、HIP が主催し、日本からは名古屋大学、高エネルギー加速器研究機構
(KEK)が参加する国際共同研究「スキャンピラミッド(ScanPyramids)」(日本、
エジプト、フランス、カナダが参加)において行われています。 原子核乾板は、ミューオンなどの電荷を持つ素粒子の軌跡を 1μm以下の精度で立
体的に記録する特殊な写真フィルムです。薄くかつ軽量で電源を必要としないため、
ピラミッドの入り組んだ狭い通路への設置や玄室への持ち込み・設置が容易です。
今回の結果は、クフ王のピラミッド北側から内部へと続く幅高さ共に 1m 程度のせ
まい下降通路に設置した原子核乾板の解析により得られたものです。現在、検出し
た空間の大きさの推定などより詳細なデータ解析や追加の観測を行っています。 本研究の成果は、2016 年 10 月 13 日にエジプト・カイロで行われた考古学最高評
議会で報告され、2016 年 10 月 15 日にスキャンピラミッドによりプレスリリースが
行われました。名古屋大学からの本プレスリリースは、それを補足説明するもので
す。 スキャンピラミッドからのプレスリリース(英語)へのリンク
(http://www.hip.institute/press/HIP_INSTITUTE_CP9_EN.pdf)
宇宙線による最新の透視技術でエジプト・クフ王の
ピラミッドに未知の空間を発見
を活用してピラミッドを一切破壊することなく内部および外部を調査し、ピラミッ
ドの謎を明らかにする計画です。この調査には、宇宙線ミューオンラジオグラフィ
(宇宙線によるイメージング)、赤外線イメージング、写真やレーザー測量による
精密な 3 次元再構成の技術が用いられます。 名古屋大学は、原子核乾板を用いた宇宙線ミューオンラジオグラフィを担当し
ています。この計画では、最先端の科学技術を考古学研究へ投入するという従来に
はない異分野融合的な試みにより、考古学研究に新たな技術を提供し、新しい知見
を得る事が期待されています。
【クフ王のピラミッド】 クフ王のピラミッドは、エジプトのギザに建造された高さ約 150m のエジプト
最大のピラミッドです(図 1、図 2)。周辺には、同時期に建造されたカフラー王、
メンカウラー王のピラミッドが並びそれらはギザの 3 大ピラミッドと呼ばれてい
ます。クフ王のピラミッドの北側には、過去にピラミッド表層部の石が剥がされた
ことで現在確認する事が出来る切妻構造(図 3)があります。その切妻構造の下部
に、ピラミッド建造時から存在すると考えられる入口があり、そこから内部へと繋
がる下降通路があります。今回の観測では、その下降通路内に原子核乾板検出器を
設置しました。
【原子核乾板】 原子核乾板は、厚さ約 0.3mm(300μm)と非常に薄いシート状の放射線検出器
です(図 4)。透明なプラスチックシートの両面に素粒子の飛跡を写す乳剤層を塗
布した構造を持ちます。乳剤層は、約 60μmの厚さのゼラチン中に約 200nm 径の
臭化銀結晶が分散した構造となっており、この中をミューオンが通過すると通過し
た結晶に潜像という数個の銀原子からなる集合体が形成され、現像により 1μm 程
度の大きさの銀粒子へと成長します。ミューオンが通過した跡(飛跡)は、このよ
うな現像銀粒子が 3 次元的に並んだ点の列として記録されます。このような原理に
より、現像後の原子核乾板を光学顕微鏡で計測する事で、ミューオンの通過経路や
入射角度などがわかります。 原子核乾板には、ミューオンの他にも環境放射線によるガンマ線から生成される
電子なども記録されますが、その軌跡の直線性や長さなどを分析することでミュー
オンを選び出す事が出来ます。ミューオンが残した飛跡を名古屋大学で独自に開発
した高速読み取り顕微鏡装置(Track Selector)で読み出し、原子核乾板中に記録
されたミューオンの位置と角度の計測を行います。 原子核乾板によるミューオン測定は、高い方向決定精度と広い視野を併せ持ちま
す。更に、軽量・コンパクトで電力を必要としないため、可搬性が高く設置・観測
が容易であるという利点があります。また、塗布で製造できるフィルムであるため
に、大判の複数の原子核乾板を並べた大面積観測により、より高精細なイメージを
短時間で得ることが出来ます。 このような特徴を生かし、これまでに、電源インフラが整っていない火山観測(昭
和新山、浅間山)や福島第一原子力発電所 2 号機のタービン建屋内の廊下において
観測を行ってきました。また、スキャンピラミッドでは、2015 年 12 月から 2016年 1 月にかけて、電源設備を持たないエジプト・ダハシュールの屈折ピラミッド内
部での宇宙線観測により、世界で初めてのピラミッド内部空間(既知の玄室)のイ
メージングに成功しています。 【宇宙線ミューオンラジオグラフィ】 ミューオンは、岩盤 1km でも透過するという極めて高い透過力を持つ素粒子で、
大気上層部で生成され、1 平方センチメートルあたりの面積を 1 分間に約 1 個の割
合で、常に地上に降り注いでいます。このような天然の宇宙線ミューオンは、幅広
いエネルギー分布を持ちます。ミューオンのエネルギーが高いほど透過能力が高い
という特徴を利用し、X 線では測定不可能な大きさ(厚さ)の対象物周辺にミュー
オン検出器を設置して、対象物を通過して来るミューオンの飛来方向分布を計測し
ます。測定したミューオンの角度分布の濃淡は観測対象の内部構造を反映しており、
X 線写真のようにミューオンの飛来経路中に存在する質量分布を映像化すること
が出来ます。ミューオンがより多く検出した(透過率が高い)方向は、そこに存在
する物質の量がより少ない事を示しています。(図 5) ピラミッドの観測の場合、既知の構造から期待されるミューオンの飛来方向分布
を、独自開発したコンピューターシミュレーションにより作成し、シミュレーショ
ンと得られた実験結果とを比較します。ミューオンが期待よりも多く検出された方
向には想定よりも物質が少ないこと、つまり、空間または低密度領域が存在するこ
とが、逆に期待よりも少ない場合は、その方向には高密度領域が存在する事が分か
ります。 【成果と意義】 今回、ピラミッド北側の切妻構造(図 3)下部の入り口から内部へと続く下降通
路(幅高さ共に 1m 程度)(図 2 参照)に 2016 年 6 月から 8 月にかけて 67 日間原
子核乾板を設置して宇宙線ミューオンによる観測を行いました。下降通路内には 3つの原子核乾板検出器を設置し(図 6、7)、それらのフィルムに蓄積した約 870万本の宇宙線ミューオンの情報を分析しました。これらの検出器を設置した場所か
ら期待される宇宙線のイメージをシミュレーションにより求めて実験結果と比較
した結果、切妻構造下部の入り口から真上にかけての方向にシミュレーションより
もミューオンが多く検出される異常領域を検出しました(図 8)。このような異常
が偶然起きる確率は一千万分の一以下と小さく、極めて高い信頼性で異常領域の存
在を検出したと言えます。結果は、その方向に空間、または、密度が低い領域が存
在することを示していますが、通路のような 1 つの長い構造であるのか、または、
少し大きさの違う 2 つ以上の構造が連なったものであるのか、など形状の詳細につ
いては、引き続きデータ解析を行っています。また、下降通路の複数箇所に原子核
乾板を設置して、複数方向からの分析が可能な追加観測を進めるなど、さらなる解
明を進めています。 ピラミッドのような巨大な石造建築物におけるこのような未知の空間の発見は
世界で初めての成果です。今後、この宇宙線ラジオグラフィの手法は、様々な考古
学遺跡調査や空洞調査へと応用が可能であることを示しており、大きな波及効果が
期待されます。 本成果は、名古屋大学と NHK との共同研究により実施されました。また、今回
透視に成功した宇宙線ラジオグラフィ技術は、JST先端計測分析技術・機器開発
プログラム(要素技術タイプ H23〜H27)の一環として開発され、現在同プログ
ラム(先端機器開発タイプ H28〜H32)においてさらなる高精度化/システム化を
目指しているものです。また文部科学省/日本学術振興会の科学研究費、基盤(B)
「原子核乾板を用いた宇宙線ミューオンラジオグラフィ技術の高度化と新分野へ
の応用展開」で開発した技術も貢献しています。
図 5.宇宙線ラジオグラフィの原理(宇宙線ミューオンのイメージは H.K.M. Tanaka, T. Nakano, et. al., 2007 より)。
図 6.下降通路に原子核乾板検出器を設置する様子。手前の 2 枚のアルミ板の間に
原子核乾板が挟み込まれている。
原子核乾板検出器