世界経済好転のタイミング を探る:トランプ大統領に鈴をつける … ·...

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issue date 2019/09/05 金融市場調査部 シニアエコノミスト 渡辺 浩志 2019/09/05 1 世界経済減速の2大要因 世界経済は踊り場にある。世界の景況感を表すグローバル 製造業 PMI 5 月以降、好不況の境目と言われる 50 4 ヵ月連続で下回っている(サービス業は底堅く、全産業の PMI は辛うじて 50 を上回っている)。目下、世界経済の減速 要因は大きくは二つと考えられる。第一に「 シリコンサイク 」、第二に「トランプリスク」である。 シリコンサイクルとはハイテク製品に不可欠な半導体の需 要の波だ。図表 1 に見るように、世界半導体販売額の前年 比とグローバル製造業 PMI の動きはシンクロしている。近年 の世界経済はキチンサイクル(在庫循環)でもジュグラーサ イクル(投資循環)でもなく、このシリコンサイクルで動いてい る。ハイテク製品の生産は、米国―日本―韓国・台湾―中 国などにまたがる国際分業で行われてきたため、近年はシ リコンサイクルが世界貿易を動かし、世界経済の行方をも左 右しているのである。 図表 1:シンクロするシリコンサイクルと世界景気 注:シリコンサイクルは世界半導体販売額を半導体 PPI で実質化したもの 出所:SIAMarkitBLSSFH このシリコンサイクルは、スマートフォンや PC 等の新製品サ イクルに従い、通常は約 2 年の周期で上下する。そのため 2018 年初に始まった下降局面は、もはやいつ上昇に転じて もおかしくはない。まして、来春からは画期的な移動通信シス テムである「5G」の本格運用が始まる。これは通信速度も同 時接続可能なデバイスの数も従来の 100 倍と言われており、 ハイテク製品需要の爆発的な拡大が目前に迫っているように 思える。また、データ通信の遅延もほとんどないことから、自 動運転や遠隔手術などの新たな技術やビジネスが一斉に開 花するときである。こうしてみると、シリコンサイクルとともに 世界景気も循環的には底入れの時期に差し掛かっている。 だが、そこに重く圧し掛かっているのがトランプリスク、すなわ ち傍若無人なトランプ大統領がもたらす先行き不透明感だ。 最大の問題である米中通商摩擦については、争点が貿易不 均衡から米中の技術覇権争いへと移っている。米国は、ファ ーウェイ等の中国企業がハイテク業界で主要な地位を確立し つつあることを危険視し、中国を国際的な生産分業体制(グロ ーバル・バリュー・チェーン)から排除しようとしている。図表 2 の通り、中国は世界半導体販売額のおよそ三分の一を占め ている。ここから中国を排除するなら、シリコンサイクルは容 易には立ち上がらず、立ち上がったとしても次に来る山の高さ は前回の三分の二以下にしかならないだろう。5G の登場がシ リコンサイクルを超越したスーパーサイクルを巻き起こすとの 期待は、米中摩擦の激化によって萎んでしまった。 図表 2:世界半導体販売額の国・地域別内訳~中国が 1/3 出所:SIASFH -18 -12 -6 0 6 12 18 24 30 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 (前年比、%、%ptシリコンサイクル (世界半導体販売額、前年比) 米国 中国 アジア新興国 (除く中国) 日本 欧州 アジア新興国 (~2015 米中摩擦 KEY POINT 世界経済の減速要因は第一に「シリコンサイクル」、第二に「トランプリスク」 シリコンサイクルは循環的には底入れの時期。トランプリスクがいつ解消するかはトランプ氏のみぞ知る 「対中強硬策」と「FRB 批判」で長短金利を交互に叩く、トランプ流イールドカーブ・コントロールが続く恐れ 米国経済は内需主導ゆえ、金融緩和と拡張財政が景気を刺激。バブルのリスクもトランプ氏の目論見の内? 日独経済は外需依存。世界需要と為替相場の安定なしに景気は上向かない。トランプリスクが翻弄 対中関税による米国の悪性インフレや株価下落は大統領選後の話、トランプ氏が過ちに気づくことはない? 世界経済好転のタイミングを探る:トランプ大統領に鈴をつけるのは誰か -14 -7 0 7 14 21 28 49 50 51 52 53 54 55 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 PMI (年) (前年比、%) シリコンサイクル (世界半導体販売額、実質値、右軸) 世界景気 (グローバル製造業PMI、左軸) 米中摩擦

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Page 1: 世界経済好転のタイミング を探る:トランプ大統領に鈴をつける … · 、Markit、BLS、SFH . このシリコンサイクルは、スマートフォンや

issue date 2019/09/05

金融市場調査部 シニアエコノミスト

渡辺 浩志

2019/09/05 1

世界経済減速の2大要因

世界経済は踊り場にある。世界の景況感を表すグローバル

製造業 PMI は 5 月以降、好不況の境目と言われる 50 を 4

ヵ月連続で下回っている(サービス業は底堅く、全産業の

PMI は辛うじて 50 を上回っている)。目下、世界経済の減速

要因は大きくは二つと考えられる。第一に「シリコンサイク

ル」、第二に「トランプリスク」である。

シリコンサイクルとはハイテク製品に不可欠な半導体の需

要の波だ。図表 1 に見るように、世界半導体販売額の前年

比とグローバル製造業 PMI の動きはシンクロしている。近年

の世界経済はキチンサイクル(在庫循環)でもジュグラーサ

イクル(投資循環)でもなく、このシリコンサイクルで動いてい

る。ハイテク製品の生産は、米国―日本―韓国・台湾―中

国などにまたがる国際分業で行われてきたため、近年はシ

リコンサイクルが世界貿易を動かし、世界経済の行方をも左

右しているのである。

図表 1:シンクロするシリコンサイクルと世界景気

注:シリコンサイクルは世界半導体販売額を半導体 PPI で実質化したもの 出所:SIA、Markit、BLS、SFH

このシリコンサイクルは、スマートフォンや PC 等の新製品サ

イクルに従い、通常は約 2 年の周期で上下する。そのため

2018 年初に始まった下降局面は、もはやいつ上昇に転じて

もおかしくはない。まして、来春からは画期的な移動通信シス

テムである「5G」の本格運用が始まる。これは通信速度も同

時接続可能なデバイスの数も従来の 100 倍と言われており、

ハイテク製品需要の爆発的な拡大が目前に迫っているように

思える。また、データ通信の遅延もほとんどないことから、自

動運転や遠隔手術などの新たな技術やビジネスが一斉に開

花するときである。こうしてみると、シリコンサイクルとともに

世界景気も循環的には底入れの時期に差し掛かっている。

だが、そこに重く圧し掛かっているのがトランプリスク、すなわ

ち傍若無人なトランプ大統領がもたらす先行き不透明感だ。

最大の問題である米中通商摩擦については、争点が貿易不

均衡から米中の技術覇権争いへと移っている。米国は、ファ

ーウェイ等の中国企業がハイテク業界で主要な地位を確立し

つつあることを危険視し、中国を国際的な生産分業体制(グロ

ーバル・バリュー・チェーン)から排除しようとしている。図表 2

の通り、中国は世界半導体販売額のおよそ三分の一を占め

ている。ここから中国を排除するなら、シリコンサイクルは容

易には立ち上がらず、立ち上がったとしても次に来る山の高さ

は前回の三分の二以下にしかならないだろう。5G の登場がシ

リコンサイクルを超越したスーパーサイクルを巻き起こすとの

期待は、米中摩擦の激化によって萎んでしまった。

図表 2:世界半導体販売額の国・地域別内訳~中国が 1/3

出所:SIA、SFH

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シリコンサイクル

(世界半導体販売額、前年比)

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中国

アジア新興国

(除く中国)

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アジア新興国

(~2015)

米中摩擦

KEY POINT

世界経済の減速要因は第一に「シリコンサイクル」、第二に「トランプリスク」

シリコンサイクルは循環的には底入れの時期。トランプリスクがいつ解消するかはトランプ氏のみぞ知る

「対中強硬策」と「FRB 批判」で長短金利を交互に叩く、トランプ流イールドカーブ・コントロールが続く恐れ

米国経済は内需主導ゆえ、金融緩和と拡張財政が景気を刺激。バブルのリスクもトランプ氏の目論見の内?

日独経済は外需依存。世界需要と為替相場の安定なしに景気は上向かない。トランプリスクが翻弄

対中関税による米国の悪性インフレや株価下落は大統領選後の話、トランプ氏が過ちに気づくことはない?

世界経済好転のタイミングを探る:トランプ大統領に鈴をつけるのは誰か

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また、世界の半導体関連株価は、通常は 3ヵ月先のシリコン

サイクルの方向を正確に指し示すのだが、最近ではトランプ

大統領の発言に一喜一憂するような方向感のない動きとな

っている(図表 3)。これは、トランプリスクが投資家や企業の

心理を萎縮させ、中国内のみならず世界的な設備投資の手

控えや先送りを招いていることを知らせるものだ。トランプリ

スクという不確実性が解消しない限り、世界経済の自律的

で力強い回復は見込みがたい。

図表 3:株式市場はシリコンサイクルの反転に半信半疑

注:世界の半導体関連株価は、MSCI World Semiconductors and

Semiconductor Equipment Index 出所:SIA、MSCI、SFH

トランプリスクは解消するか

来年 11 月の大統領選が近づくに連れ、トランプリスクが解

消に向かう可能性はある。トランプ大統領の支持率

(FiveThirtyEight 調べ)は足下で 40%台前半に止まり、再選

の必要条件である 50%には程遠い(戦後、この支持率が

50%を下回っていて再選した大統領は一人もいない)。図表

4 にみるように、選挙を視野にトランプ大統領の支持率と NY

ダウ平均株価との連動性が日に日に高まってきているが、

これは有権者が経済政策重視の姿勢を強めていることを物

語っているかのようだ。

図表 4:支持率と株価の連動性が日に日に高まってきた

出所:FiveThirtyEight、Bloomberg、SFH

そのためトランプ大統領がこの先、支持率の吊り上げを狙っ

て対中政策を穏健化したり、減税やインフラ投資を行ったり

する可能性がある。こうしてトランプリスクが後退すれば、米

国の景気回復や株価の上昇、米長期金利の上昇やドル高

(円安、ユーロ安)につながるとともに、世界経済の好転をも

もたらすはずだ。

トランプ流イールドカーブ・コントロール

だが、しばらくはトランプリスクがむしろ深まる可能性が高い

のではないか。金利上昇やドル高を嫌うトランプ大統領は対

中強硬姿勢を強め(市場の不安心理を煽り)、長期金利を強

力に押し下げようとしている。また、それで長短金利が逆転

する「逆イールド」が発生すると、トランプ大統領は今度は短

期金利が高すぎると FRB(米連邦準備理事会)を批判し、利

下げを強要する。

「対中強硬策」と「FRB 批判」を駆使して長期金利と短期金

利を交互に叩く、トランプ流のイールドカーブ・コントロール

が繰り返されている(図表 5)。これは、実体経済からみて適

切な金利水準(短期でいえば中立金利、長期でいえば名目

潜在成長率)を遥かに下回る低金利を長期化させ、早晩、

米国にドル安と金融相場的な株高をもたらすことになろう。

図表 5:トランプ流のイールドカーブ・コントロール

注:名目潜在成長率(3.9%)=FRBの Longer Run実質GDP成長率(1.9%)

+Longer Run インフレ率(2.0%)

中立金利(2.5%)は FRB の Longer Run FF 金利 出所:FRB、SFH

また、クラウディングアウト(金利上昇による民間投資の抑

制)を恐れる必要がなくなるなら、トランプ政権は超長期債

の新規発行を原資にするなどして大盤振る舞いの財政政策

を行うこともできる(なお、世界的な低金利のなかで米国の

超長期債の札割れが起こる可能性は低いと思われる。また、

もし札割れリスクが生じればトランプ大統領は中国叩きを強

化し、質への逃避を喚起することだろう)。

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(前年比、%)

(年)

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シリコンサイクル(左軸)

世界の半導体関連株価

(3ヵ月先行、右軸)

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NYダウ平均株価

(半月先行、左軸)

大統領支持率(右軸)

(NYダウ、ドル)

(年/月)

(支持率、%)

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短期金利 長期金利

名目潜在成長率3.9%

(長期金利のあるべき水準の目安)

(長短金利、%)

中国叩き

中国叩き

FRB批判

FRB批判

逆イールド

逆イールド

FRBの中立金利2.5%

(短期金利のあるべき水準の目安)

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(前年比、%) (前年比、%)

世界貿易量

(1ヵ月先行、右軸)

欧州の景況感

(製造業PMI、左軸)

日本やドイツ:外需依存経済の不運

米国は内需主導の経済であるから、それでよい。金融緩和

と拡張財政を行えば、投資や消費を刺激しよう。ただし、トラ

ンプ大統領が金利上昇という経済の「自動安定化装置」を

破壊するなら、当然の帰結として、企業や家計の過剰債務

や過剰投資が膨らみ、景気は過熱する。投資家は過度なリ

スクテイクに傾注し、株式・不動産・クレジット市場等では資

産バブルが発生するかもしれない。だが、こうした一連の金

融不均衡すらもトランプ氏の目論見通りなのではないか。大

統領選さえ乗り切ることができれば、後は野となれ山となれ

といったところだろう。

一方、日本やドイツは不運だ。日・独の経済は外需(輸出)

依存であるから、世界貿易の再拡大と為替相場の安定がな

ければ、力強い回復は見込めない。為替レートの面では米

金利の低下による日米金利差縮小が円高圧力を生んでい

る。円高はデフレ圧力を強めるとともに、輸出品の価格競争

力を弱めて企業収益や株価の上昇を抑え、金融環境を引き

締めてしまう(図表 6)。そのため日銀に対しては米国に追随

した金融緩和求める声が高まる。他方、ドイツでは、ECB(欧

州中銀)が利下げに積極的な姿勢を示しているほか、ドイツ

の景気悪化や金利低下もあり、ユーロはむしろ安くなってい

る。とはいえ、両中銀の緩和余地が米 FRB に比べて格段に

小さいことは、市場参加者も先刻承知だ。トランプ流のイー

ルドカーブ・コントロールが続けば、日銀や ECB は金融緩和

で米国に追随しきれなくなり、円高・ユーロ高が進行するリ

スクがある。

図表 6:米金利低下→円高・株安→金融緩和圧力

出所:Bloomberg、SFH

また、両国とも世界貿易の縮小の影響を強く受けている(図

表 7)。トランプリスクが解消し、世界経済が本格回復となら

なければ両国景気が停滞から脱することはできない。だが、

米国の政策がどう転ぶかはトランプ大統領の気まぐれにか

かっている。世界経済(シリコンサイクル)は循環的にみれ

ば今にも好転しそうだが、本格的な回復のタイミングはトラ

ンプ大統領のみぞ知るところである。

図表 7:世界貿易の回復なくして欧州(ドイツ)景気の好転なし

出所:Markit、オランダ経済分析局、SFH

トランプ大統領に鈴をつけるのは誰か?

トランプ大統領による中国叩きと FRB 批判を駆使した金利

押し下げは際限なく続く恐れがあるが、そこにブレーキを掛

ける可能性があるのは悪性インフレである。米国内でスマ

ートフォンやスニーカーが大幅に値上がりすれば、米国民が

対中制裁関税の負の側面を痛感し、消費者センチメントが

悪化したり、トランプ大統領の支持率が低下したりするだろ

う。大統領選を前にトランプ氏はそのような事態を避けようと

するのではないか。

そこで、対中制裁関税が米国の輸入物価に与える影響を計

測してみた。図表 8 は米国の実効関税率と関税による輸入

物価の押し上げ効果を見たものだ。2018 年 3 月の鉄鋼・ア

ルミ製品への関税開始以降、米国の関税率は高まり、対中

制裁関税が課されるごとに輸入物価への押し上げ効果も高

まってきた様子が見て取れる。

図表 8:対中制裁関税は米国の輸入インフレ圧力となるも、前年比への影響は 1 年限り

注:実効関税率=関税収入/名目財輸入額。関税の輸入物価前年比への

影響度=「(関税収入+名目財輸入額)/実質財輸入額」の前年比-

「財輸入物価」の前年比。図表中の点線部分は筆者推定。対中制裁関税の前提は 9 月 1 日から 1120 億ドルの輸入品に 15%、10 月 1 日から2500 億ドルに 5%上乗せ、12 月 15 日から 1600 億ドルに 15%

出所:商務省、BLS、SFH

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(円) (TOPIX、pt)

ドル円(左軸)

TOPIX(右軸)

(年/月)

円高・株安

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(実効関税率 %、関税の輸入物価への影響度%pt)

米国の実効関税率

関税の輸入物価への影響度

対中関税①

対中関税②

対中関税③

鉄鋼・アルミ

対中制裁関税第④弾

大統領選挙

点線部分は筆者推定

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2019/09/05

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9 月 1 日に対中制裁関税第 4 弾が発動したが、今後は 10

月 1 日、12 月 15 日に対象を変えて対中関税率が引き上げ

られる。これにより米国の実効関税率は 5%超まで高まる見

込みだ(詳しくは図表 8 の注を参照)。また、米国の輸入物

価上昇率は大統領選前の 2020 年 5 月にかけて最大 3%ポ

イント程度押し上げられることになる。ただし、関税が輸入物

価上昇率(前年比)に与える影響は1年限りだ。今年12月ま

でに中国からの輸入品のすべてに関税を掛けるなら、対中

制裁関税が米国の輸入インフレに与える影響は、2020 年

11 月の大統領選までにほぼ一巡してしまうことになる(関税

率を更に引き上げればインフレへの影響はその分膨らむ)。

なお、図表 9 にみるように、米国の輸入物価の動きは中国

の生産者物価(ドル建て)の動きとリンクしている。米国の輸

入物価は足下で前年比▲2%弱の下落となっているが、こ

れは「中国景気(中国の生産者物価)の減速」と「人民元安」

によるものといえる。対中制裁関税第 4 弾の発動で中国景

気が軟化したり、人民元安が進んだりすれば、米国の輸入

物価の下落は更に大幅なものになる可能性がある。そのた

め、ここに関税の影響が 2~3%ポイント上乗せされたとして

も、米国民が輸入インフレを痛感することはないのではない

か。

図表 9:中国景気と人民元相場が米国の輸入物価を左右

注:ドル建て生産者物価上昇率=中国 PPI 前年比-ドル元レートの前年比

なお、中国の生産者物価は中国の製造業PMIと同様の動きをしており、 中国景気の代理変数とみることができる

出所:中国国家統計局、BLS、Bloomberg、SFH

また、輸入インフレの高まりがそのまま消費者物価に反映さ

れるわけではない。財輸入の GDP 比は 10%、消費者物価

のうち財のウェイトは 50%程度であるから、輸入物価が仮に

3%上昇して、それが消費者にフル転嫁されたとしても、消

費者物価への影響は 0.15%(=3%×10%×50%)程度に

過ぎない。つまり、対中関税が米国のインフレに与える直接

的な影響は大したことはないのである。

後の祭り

むしろ問題は、間接的に生じるインフレ、すなわち中国抜き

のグローバル・バリュー・チェーンを再構築する過程で生じ

る悪性インフレではないか。

トランプ大統領の願望は、海外から米国内へ雇用、設備投

資、技術を取り戻すことにある。だが、生産の無茶な国内回

帰を行えば、米国の人手不足を深刻化させ賃金高騰を招く

と同時に、労働生産性を低下させる。これは単位労働コスト

(=賃金/労働生産性)を上昇させ、米国の消費者物価を押

し上げることになるだろう(図表 10)。

図表 10:無茶な生産回帰が悪性インフレを惹起?

注:単位労働コスト=賃金×労働者数/生産量=賃金/労働生産性 出所:BEA、BLS、SFH

スマートフォンやスニーカーなど象徴的な品目の値上げが

なくとも、こうしたコストプッシュインフレがじわりと進めば、家

計購買力が低下し個人消費が減少したり、悪い金利上昇に

よって設備投資や住宅投資が減少したりする恐れがある。

また、単位労働コストの上昇は企業収益を圧迫し、株価や

景気を悪化させよう。このときはじめてトランプ大統領は自ら

の過ちに気づくのではないか。トランプ大統領に鈴を付ける

のは、悪性インフレを発端とする株価の強烈な下落以外に

ないように思われる。

もっともそうした影響が顕在化するのは、大統領選挙の後で

ある可能性が高い。来年 11 月にトランプ氏が再選する場合、

(三選はないことから)同氏はもはや米国の株価や自身の

支持率に関心を持たなくなるのではなか。大統領選の後に

市場の警鐘が鳴ったとしても、それは後の祭りであろう。

渡辺 浩志

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(単位労働コスト前年比、%)

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(コアCPI前年比、%)

コアCPI(右軸)単位労働コスト

(1年先行、左軸)

悪性インフレの芽?

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(前年比、%) (前年比、%)

中国のドル建て生産者物価

(1ヵ月先行、左軸)

米国の輸入物価

(除く石油、右軸)

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ソニーフィナンシャルホールディングス 金融市場調査部・研究員紹介

尾河 眞樹 (おがわ まき)

執行役員 兼 金融市場調査部長 チーフアナリスト

ファースト・シカゴ銀行、JPモルガン証券などの為替ディーラーを経て、ソニー財務部にて為替リスクヘッ

ジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部

長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。2016年8月より現職。 テレ

ビ東京「Newsモーニングサテライト」、日経CNBCなどにレギュラー出演し、金融市場の解説を行っている。

著書に『為替がわかればビジネスが変わる(2014年日経BP社)』、『富裕層に学ぶ外貨投資術(2015年

日経新聞出版社)』、『〈新版〉本当にわかる為替相場(2016年日本実業出版社)』などがある。

菅野 雅明 (かんの まさあき)

金融市場調査部 シニアフェロー チーフエコノミスト

1974年日本銀行に入行後、秘書室兼政策委員会調査役、ロンドン事務所次長、調査統計局経済統計

課長・同参事などの役職を歴任。日本経済研究センター主任研究員(日本銀行より出向)を経て、1999年

JPモルガン証券入社、チーフエコノミスト・経済調査部長・マネジングディレクターとして日本の金融経済

分析・予測を担当。2017年4月より現職。総務省「統計審議会」委員、財務省「関税・外国為替等審議会」

専門委員、内閣府「経済財政諮問会議グローバル化改革専門調査会、金融・資本市場ワーキンググ

ループ」メンバー、内閣官房「公的・準公的資金の運用・リスク管理等の高度化等に関する有識者会議」

メンバー、厚生労働省「年金積立金の管理運用に係る法人のガバナンスの在り方検討作業班」専門委

員などを歴任。日本経済新聞「十字路」「経済教室」、日経QUICK「QUICKエコノミスト情報」、東洋経済

「経済を見る眼」「論点」、NTT出版「危機の日本経済」など執筆多数。テレビ東京「Newsモーニングサテ

ライト」レギュラーコメンテーター。1974年東京大学経済学部卒、1979年シカゴ大学大学院経済学修士号

取得。

渡辺 浩志 (わたなべ ひろし)

金融市場調査部 シニアエコノミスト

1999年に大和総研に入社し、経済調査部にてエコノミストとしてのキャリアをスタート。2006年~2008年

は内閣府政策統括官室(経済財政分析・総括担当)へ出向し、『経済財政白書』等の執筆を行う。2011

年からはSMBC日興証券金融経済調査部および株式調査部にて機関投資家向けの経済分析・情報発

信に従事。2017年1月より現職。内外のマクロ経済についての調査・分析業務を担当。ロジカルかつ

データの裏付けを重視した分析を行っている。

石川 久美子 (いしかわ くみこ)

金融市場調査部 シニアアナリスト

商品先物専門紙での貴金属および外国為替担当の編集記者を経て、2009年4月に外為どっとコムに入

社し、外為どっとコム総合研究所の立ち上げに参画。同年6月から研究員として、外国為替相場につい

て調査・分析、レポートや書籍、ブログ、Twitterなどの執筆、セミナー講師、テレビやラジオなどのコメン

テーターとして活動。2016年11月より現職。外国為替市場の調査・分析業務を担当。

Page 6: 世界経済好転のタイミング を探る:トランプ大統領に鈴をつける … · 、Markit、BLS、SFH . このシリコンサイクルは、スマートフォンや

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