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望月宏ゼミナール4年次卒業論文 『中国経済の現状と考察』 ~中国経済の成長と産業力のインパクト~ W10-0263k 株屋根彩子 序章 はじめに 第1章 中国の企業形態と中国現地系企業の実相 Ⅰ、4つの企業形態とその実相 Ⅱ、成長する中国現地系企業 第2章 中国の三つの産業集積とそれぞれの機能 Ⅰ、労働集約拠点、珠江デルタ Ⅱ、資本集約拠点、長江デルタ Ⅲ、知識集約拠点 北京中関村地区 Ⅳ、それぞれ3つの産業集積の関係 第3章 中国の経済政策の歴史 Ⅰ、中国経済政策の流れ Ⅱ、中国における産業政策 Ⅲ、朱鎔基の改革 第4章 WTO 加盟の開発・改革への影響 Ⅰ、中国 WTO 加盟の背景 Ⅱ、中国の問題点と改革 Ⅲ、WTO 加盟の影響 終章 中国という名の新発展形態とアジア産業地図の深化 Ⅰ、飛躍する中国 Ⅱ、中国の台頭とASEANの対応策 Ⅲ、日本の課題

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                    望月宏ゼミナール4年次卒業論文

『中国経済の現状と考察』

      ~中国経済の成長と産業力のインパクト~

             W10-0263k 株屋根彩子

序章 はじめに

第1章 中国の企業形態と中国現地系企業の実相

Ⅰ、4つの企業形態とその実相

Ⅱ、成長する中国現地系企業

第2章 中国の三つの産業集積とそれぞれの機能

Ⅰ、労働集約拠点、珠江デルタ

Ⅱ、資本集約拠点、長江デルタ

Ⅲ、知識集約拠点 北京中関村地区

Ⅳ、それぞれ3つの産業集積の関係

第3章 中国の経済政策の歴史

Ⅰ、中国経済政策の流れ

Ⅱ、中国における産業政策

Ⅲ、朱鎔基の改革

第4章 WTO 加盟の開発・改革への影響

Ⅰ、中国WTO加盟の背景Ⅱ、中国の問題点と改革

Ⅲ、WTO加盟の影響

終章 中国という名の新発展形態とアジア産業地図の深化

Ⅰ、飛躍する中国

Ⅱ、中国の台頭とASEANの対応策

Ⅲ、日本の課題

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~序章~

 2001年12月11日より、中国は正式に世界貿易機関(WTO)の143番目の加

盟国となった。

 中国は、天安門事件の前からWTOへの加盟を希望しており、天安門事件後の朱総理の

訪米により事態は進展するかとみられたがクリントン大統領との交渉は不調に終わった。

その後、アメリカの歩み寄りにより、15年の紆余曲折を経て、今年11月10日カター

ルの首都ドーハで開催されたWTO第4回閣僚級会議にて正式に承認され、11日、対外

経済貿易合作部の石広生部長が調印、その後石部長は批准書を江沢民国家主席に提出し、

WTO加盟へのすべてのプロセスが終結した。

 WTOの関連規則に基づき、中国は批准書提出の30日後、つまり2001年12月1

1日、WTOの正式な加盟国となったのである。

 これより中国は加盟議定書に基づき、各種権利を享受し、相応の義務を担うことになり、

またこの加盟は、中国の改革開放政策を大々的に促進、経済成長の更なる原動力となるも

のとして国内的にも歓迎される一方で、海外からは13億の巨大市場への進出にレールを

ひくものとして注目された。

 中国経済についてみると、WTO加盟により、経済グローバル化の潮流に溶け込んでい

き、資源配置効率の向上、経済運営の質的向上、国民経済の成長の促進のためになるだけ

でなく、とくに地方保護主義型経済体制の市場経済化への改革の促進には著しい役割を果

たすことになろう。

 短期的に見れば、WTOルール(国際ルール)に入る為、市場の開放、関税削減、外資

の参入、関連法令の改正、輸入障壁の削減、知的所有権問題などに対する国際社会の改善

の要求があり、それらへの対応の為の、改革や透明性を増した体制作りを余儀なくされ、

混乱を招くかもしれないが、現在予定されている流通、金融・保険、音声映像、旅行、通

信、建設、運輸、自由業分野での市場の開放、関税譲許率の削減(全品目に関しては19

98年の17.5%から2010年には9.8%に削減)等の対外開放政策と、これまで

の改革開放政策の深化と、グローバル化等の外圧により、旧型の計画経済(社会主義体制)

が包囲されることにより、一層の市場経済化が促されることになり、中国経済は一層の力

をつけるであろうと考えられる。

 この論文では、こうした環境下で、圧倒的に安い労働賃金、それとは相反すると思われ

る労働力の質の良さと、巨大な国内市場を持つ、中国経済の現状の考察、発展する沿岸部

の様相、WTO加盟に代表される中国経済の変化の分析、を通して中国経済の「今」の一

端を明らかにしていきたい。

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~第1章~

   中国の企業形態と中国現地系企業の実相

 この章では、まず国有企業を中心とする中国の複雑な企業形態を紹介し、それぞれの実

相を概観するとともに、その中でも、国内市場を押さえ、海外にも進出し始めている中国

企業の躍進振りを紹介する。

Ⅰ、4つの企業形態とその実相

 中国の企業形態はかなり複雑だが、大きく分けると、国有企業、集団所有制企業、民営

企業(私有企業)、外資系企業に分けることが出来る。

 国有企業とは、文字通り国家が資本を所有する企業であり、中部内陸地区、南北三省に

多い。かつての国営企業のことであり、規模・業種・重要性や設立経緯によって、所管(資

本を所有し経営を監督する行政組織のレベル)が異なる。

 集団所有性企業とは、資本が「国民のうちの一部の集団」のよって共同所有されている

企業で、渤海地区、華南地区に多い。市・県・郷・鎮・村といった地方政府の所有する一

種の公有企業、あるいは従業員が共同所有する株式合作制企業などがこれに含まれる。都

心部の公有企業もあるが、割合的には農村部における郷鎮企業が多い。

 民営企業とは、個人が資本を所有し、経営する企業のことであり、かつてはその存在自

体が違法とされ処罰の対象とされたが、中国の改革開放政策の深化と共に市民権を得て、

99年春の憲法改正で法的にも「社会主義市場経済の重要な構成要素」とされた。

 外資系企業とは、外国企業が何らかの形で資本を所有している企業のことで、華東地区、

華南地区に多い。出資比率や契約形態により、外資100%の独資企業と、現地資本との

合弁会社などに分けることができる。

 これらの4つの企業形態別の、中国の企業全体に占める工業生産額や従業員数の構成比

と(シェア)とその推移をみると、以下のようになっている。

       図表1-1  企業形態別工業生産額シェア(1999年度)

                                  (単位:%)

 国有企業 集団所有制企業 民営企業 外資系企業

工業生産額 28.1 35.3 20.7 15.9

従業員数 20.4 68.2 11.4

固定資産投資 53.4 14.5 23.2 8.9

税収 50.4 13.6 20 16

                       (資料)『メイド・イン・チャイナ』

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 国有企業の工業生

1%にまで落ちてい

有企業改革とリスト

生産性は、あがって

        図

企業数 1

赤字企業数

赤字比率(%)

         

 この国有企業の苦

等の「過去の負の蓄

が市場経済化するの

福祉・教育・医療など

てきたという「政策

換し、過剰供給構造

 また一方で、19

共に本格化した国有

無形の援助は減り、

有企業独占業種への

ってきた輸入障壁の

大幅な減少、中国国

産額シェアは、1990年代以降大きく減り、1999年には28.

る。また、従業員シェアでも20.4%を占めるに過ぎず、近年の国

ラの進展により急速に低下してきている。ここ数年の国有企業の労働

きているが、依然赤字比率は、35.1%に上る。

表1-3 企業形態別赤字比率(2000年)

国有企業 集団所有制企業 民営企業 外資系企業

58745 54007 40014 37743 26981

38367 18938 6562 5439 7428

24.2 35.1 16.4 14.4 27.5

                   (資料)『中国統計摘要』

境の背景には、計画経済時代から続く過剰人員・過剰設備・過剰債務

積の問題」、国有企業の経営メカニズムや生産、販売機構・製品構造等

に遅れているという「現状の企業システムの問題」、従来国有企業が、

の社会政策機能を国に代わって担って来たり、税負担の大半を背負っ

的な問題」、国内市場が全体として売り手市場から買い手市場へと転

が定着してしまったという「マクロ経済環境の問題」があった。

90年代の市場経済化の急速な進展と、97年春朱鎔基首相の就任と

企業改革により、国有企業に対する、貿易権・上場権等の政府の有形

かつては国有企業が独占していた権利の民営企業への開放の開始、国

民営企業の参入の認可、国有企業の非効率性を海外の競争圧力から守

削減の進展、金融制度開花期に伴なう国有銀行からのルーズな融資の

内市場が従来の過剰供給体質のみならず、民営企業の台頭、外資系企

図表1‐2 企業形態別の生産性等の推移

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業の参入や輸入品の流入により、より一層国内市場の競争が激化したことにより、国有企

業を取り巻く環境は変化してきた。

 1999年以降、従業員の削減・レイオフ、黒字企業の赤字企業の吸収・合併、赤字企

業の破産容認や売却・民営化、債務の株式化が進み、国有企業改革の進展、石油価格の国

際的上昇による国有企業の大半を占める石油関連会社の大幅な黒字化、96年以来7回に

上る金利引下げによる金利負担の軽減、98年以降の密輸取り締まり強化による、国有企

業産品への需要の増大、景気対策としてここ数年増やされた公共投資の受注などにより赤

字は改善したが、総じて見ると、国有企業の体質改善が進んだというよりも、市場・政策

などの外的要因が大きく、実質的中身の改善よりも帳簿上の改善が先行しているため、本

質的変化ということは出来ない。

 そういったなか、長虹、康佳、海爾、中興、TCL、連想、北大方正などは生産性を高

めて国内市場を押さえ、世界への進出をはじめ、康佳、海爾に関しては、海外に生産拠点

を構えるまでに成長している。

 こうした成長企業の

政府の経営への介入が

れ、こうした若く柔軟

そう引けをとらない水

提携、貿易権などの面

ることがあげられ、国

形の優位性を生かした

が分かる。

 

特徴としては、資本所有形態が国有とはいっても、所管部局や地方

少なく、海外への留学経験のある経営者の元自由闊達な経営がなさ

な経営層の下で、製品開発・生産管理・販売戦略などが先進国企業に

準で行われ、資金調達、株式上場、全国への販売網展開、大学との

で、国有企業である有形無形のメリットを大なり小なり利用してい

有企業の桎梏をうまく離れ、同時に従来から国有企業が持つ有形無

いわば「国有民営」といったタイプの国有企業が今伸びていること

図1-4 企業形態別の工業生産額伸び率の

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 次に、企業形態別の工業生産額の伸び率を見ていくと、工業生産の35.3%を占める

集団所有制企業は、1979年の改革開放政策の開始以来工業生産拡大の約4割は集団所

有制企業によるものといわれ、91年から95年までの増加率は年平均42%に達したが、

97年以降伸びが鈍化し始め、近年はマイナスに転じている。

 この変化を、年代別に見ていくと、80年代は改革開放政策の開始と共に、価格規制や

国有企業の市場独占解放等、規制緩和が徐々に進んだが、国有企業自体は投資、生産、販

売の各面で以前政府と統制を受け、経営インセンティブも弱かった。ここで集団所有制企

業(郷鎮企業)は、それまで国有企業の押さえていた市場を侵食し拡大して行った。また、

市場は供給不足で恒常的な「売り手市場」だったので、品質が悪くても安い農村工業産品

が都市部で多いに売れた。

 80年代後半には、拡大する海外からの直接投資、委託加工形態の投資の受け皿として、

繊維・雑貨などの輸出型郷鎮企業が大きく発展した。

 しかし90年代半ばに入ると、所得水準向上に伴なう品質への要求の上昇、輸入品との

競合の開始、買い手市場への転換がおこり、また、輸出構造が次第に電子・電機系へと高

度化するにつれ、都市部の企業に人材の質・資金力・経営面で劣るようになった。

 また、90年代まで民営企業が迫害の対象であった為、村に頼んで公有企業の看板を得

ていた(これを「赤い帽子をかぶる」という)企業が、近年民営企業に対する規制が緩和

にされたため、個人で株を買い取ることが出来る経営者は、村の保有株を個人で買い取り

郷鎮企業から民営企業へ脱皮し、リストラと新製品導入を図り、成長したが、株を買い取

れず、郷鎮企業として残った企業は、赤字経営でも村への上納金を納め、村との関係のた

め雇用削減をすることが出来ない為、郷鎮企業の成長率は著しく低下し、むしろマイナス

成長となった。

 郷鎮企業から脱皮し、成長した企業では、科龍、美的があり、科龍は香港の株式市場に

上場し、美的はエアコンメーカーとして下位から国内市場2位にまで上りつめた。

 科龍、美的のように、農村工場から発祥し、今も地域との繋がりが強いが民間企業のよ

うな自由な経営を行って国際競争力を高める「公有民営」のような優秀な現地系企業も存

在する。

 工業生産額シェア20.1%と国有企業の市場を奪うかたちで伸びている民営企業は、

ここ数年国有企業でリストラ去れた労働力の受け皿となっているため、労働生産性は低下

してきている。

 1980年代には、民営企業はその存在自体が許されず、70年代末までは経営者が処

刑されたケースもあったが1990年代に入り郷鎮企業以上の高成長を示しており、他の

企業形態に比べ、民営企業は今一番活気のある部門といえる。また90年代以降民営企業

の位置付けは、経済成長のけん引役や雇用吸収先としての役割が大きくなるに吊れて法的

のも高まり、99年3月の憲法改正では経済の重要な構成要素とされると共に「国家は個

人経済と私営経済の適法な権利と利益を保護する」と明記され、今後、この憲法改正を追

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い風に民営企業は益々成長スピードを高めると考えられる。

 古くから民営企業が自然発生・集積し、民営企業のメッカとして知られてる浙江省の温

州市は、GDPの9割以上が民営企業から生み出されているかなり珍しい地区である。こ

の地区はもともと山がちで交通が不便で国有企業も配置されない貧しい地区だったが、そ

の分古くから国内各地への出稼ぎが盛んで商業マインドが発達していた。昔は“資本主義

に走る堕落した町”といわれていたが、現在はこの地区の経営者が“労働模範”を表彰さ

れたこともあり、全国的に注目されている。

 また、広東省の華為は相当なレベルのデジタル交換機や広域通信システムを他国の企業

に比べても遥かに安く作ることが出来、中国国内市場をでトップに上りつめ、海外市場で

もベトナムやタイ、インドネシアなどの通信網プロジェクトを先進国企業に打ち勝ち受注

するほどの力を持っている。

 このように民営企業の成長スピードが加速する中で、今、民営企業は様々な問題を抱え

ている。民営企業にとって今最も切実な問題は資金調達の問題であり、有名企業はともか

く、成長期の民営企業には国有商業銀行や民間商業銀行からはなかなか融資が受けられな

いのが現状である。結局民営企業は、自己資金や、親戚友人から集めた資金、あるいは信

用合作社からの資金を中心にせざるをえない。こうした状況の中、今後、中小企業・民営

企業向けの金融機関や信用保証機関の充実が迫られるであろう。

 また、民営企業は国有企業を優先する様々な参入障壁や取引慣行に事業展開を阻まれて

きた。特に今後の成長分野である、教育・医療・情報通信・住宅関連などで大胆な規制緩和

が必要であるが、これらの分野は様々な権益が絡むので規制緩和が容易ではない。これら

の分野では、WTO加盟による外圧と対外開放により対内開放も促すべきであり、今後の

規制緩和が期待される。

 現時点では、民営企業は資金面や規制面でまだまだハンディが大きく、国有企業のよう

に全国展開して行くには限界があり、華為のように成功し産業の主導権を握るようになる

までは時間がかかるのが現状である。

        図表1-5 企業形態別1社平均売上

 国有企業 集団所有制企業 民営企業 外資系企業

1社平均売上高(万元) 7818 2854 1844 8048

                             (資料)中国統計年鑑

 平均売上高が8048万元と他の企業形態に比べかなり高い水準の売上高を誇っている

のは外資系企業で、広東省、上海市、北京市、天津市、大連市、蘇江市など沿海部に多く

分布している。

  改革開放以来、中国現地系企業の多くは外資系企業からの技術移転やその模倣をてこ

に成長してきた。中国にはいまや立派な現地系企業も多いが、そのほとんどは外国企業な

いし、外資系企業との接点をきっかけに発展してきたと行っても過言ではない。

 1980年代後半以降、中国への直接投資は拡大を続け、今ではアジア向け直接投資の

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約半分を中国向けが占めるにいたった。中国への直接投資の推移を見ると、80年代末以

来ほぼ一貫して増えつづけている。

 特に、天安門事件後の経済停滞の打破を狙い、改革開放政策の徹底が訴えられた92年

以降の外国投資の伸びはすさまじかったが、その後日本や欧米からの大型投資がほぼ一巡

したこと、不安定な税制などの中国の投資環境に対する疑問が広がったことなどにより、

外国投資の伸びは次第に鈍化し、99年には始めて実行額が前年比マイナスを記録した。

しかし、99年末中国のWTO加盟に向けた米中合意が発表され、中国のWTO加盟が現

実味を帯びたのを契機に、再び世界的な中国投資ブームに火がつき始めている。また、日

中投資促進機構の調査によると、99年度決算において回答企業の約七割には黒字が出て

いる。この結果からも、中国の投資環境が徐々に良くなってきているということが言える

であろう。

 外資系企業を大きく輸出志向型企業と内需志向企業にわけてみてみると、輸出志向型企

業は足元はやや翳りを見せているものの、電子電機・機械分野や繊維分野を中心の相対的

には好調である。の背景には、中国の労働のコストと質、部品集積の進展等を背景に、世

界への輸出拠点としての優位性が高まってきたことがある。これに対し内需志向型企業は、

巨大な市場を目指して参入してきたものの、当初はローカル製品や密輸されてくる製品と

の競合、市場全体の過剰供給と価格低下、外資系ゆえの内販ネットワーク網の構築の難し

さ、代金回収の困難さ、合弁先とのトラブルなどにより迷走していたが、98年以降の密

輸取締りの強化の影響や、内需全体の好転もあって、品目によっては受注が増加し、追加

投資を検討する企業も増えてきた。他方、以前合弁会社とのトラブルや代金回収、知的所

有権侵害に悩む企業も少なくない。

 

図1-6 中国への外国直接投資の推移

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Ⅱ、成長する中国現地系企業

 中国は外資系企業と現地系企業が車の両輪となって競争力を急速に高めている。こうし

た伸び行く現地系企業は国有企業にも郷鎮企業にも民営企業にも見ることが出来る。

 むしろそれらの枠を越えたところに新たな現地系企業群が現われ始めている。

 中国の家電、耐久消費財のシェアを見ると、現地系企業名が並び、外資系企業が苦戦を

強いられていることが分かる。

 現地系企業ブランド(ローカルブランド)の製品は、素人目には先進国製品とそう大差

ない上に、とにかく安く、換算してみると冷蔵庫もエアコンも4~5万円、テレビは1~

2万円の価格帯のものが目立つ。先進国メーカーも近年では値下げ戦略に出ているが、そ

れでもローカルブランドとの間に2~3割の価格差が存在する。

 ローカルブランドは安い、といっても決してローエンド品(低付加価値品)ばかりでは

なく、大画面テレビ、フラットテレビ、デジタルテレビ、DVDプレーヤー、インバータ

ーエアコン、静音省エネ冷蔵庫などたいていのハイエンド品(高付加価値品)も生産され

ている。中国沿海部に限れば数年前から、先進国と売れ筋商品にそう時差はない。今では

テレビ、DVD、VTR、エアコン、冷蔵庫、オートバイなど、従来日本企業が得意とし

てきた分野で中国は世界有数の激戦市場になり、市場の規模も急拡大している。また、こ

れらの品目の世界の生産亮における中国のシェアは2~5割と、世界の産業の主要部分を

占めるに至っている。

図1-7 中国の家電、耐久消費財市場のブランド別シェア

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 パソコンのシェアを見ていくと、上位を占めている企業の多くは有力な国有企業や民営

企業で、デスクトップパソコンの国内市場の約7割以上はローカルブランドが占めている。

生産されている商品を見ると、音声入力、ペン入力など商品は多様で、外見も海外ブラン

ドと変わりない。ノートブックパソコンのついては、まだ価格が高く普及率は低いが、台

湾企業への委託生産を含め、国産のノートブックパソコンがノートブックパソコン市場で

徐々に増えてきている。また、携帯情報端末(PDA)もローカルブランド品が多く市場

に出回っている。

 唯一、外国ブランドがシェア上位3位を占めている、携帯電話部門では、GSM方式で

先行したモトローラ、ノキア、エリクソンが三強の地位を保っているが、中国政府も有力

電子電機企業の中から海爾、中興、康佳等の約十社を選定し、携帯電話分野への進出と国

産品シェア向上への強力な後押しを始めた。

 また、オートバイ、通信機器、プラント、船舶、鉄鋼、化学品、繊維、ソフトウェアな

どの至る分野で中国市場におけるローカル企業のシェアは高く、外資系企業は苦戦を強い

られている。オートバイでは、かつては日本のホンダ、ヤマハ、スズキといったメーカー

が中国でも非常に強いブランド力を持っていたが、嘉陵、力汎、五羊といった中国のロー

カルバイクメーカーは、初めはこうした日系メーカーと合弁して技術やノウハウを吸収し、

そのうち合弁会社とは別の自社工場で、合弁メーカーが作る製品と似た製品をより安く作

るようになり、更に技術力、ブランド力を高めて独自(類似)ブランドとして市場で大き

なシェアを占めるに至った。このような場合、知的所有権侵害が問題になっているケース

が少なくないが、これまで世界各地で組んだ合弁相手とは異なり、合弁数年後で技術を吸

収し、同様の製品をより安く作る能力があったということに驚かされる。近年、こうした

図1-8 主要品目の世界生産量に占める中国のシェア[2001年予測]

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ローカルバイクメーカーの製品は途上国市場に輸出され始め、日本企業にとって2重の脅

威となっている。

 図には出ていないが通信機器、プラント機器等の動向を見ていくと、電話交換機、携帯

電話の基地局といった通信機器では、ローカルメーカーがベル、ノーテルといった欧米系

メーカーを押しのけて国内市場で高いシェアを占めている。デジタル交換機では、ローカ

ルブランドのシェアは約3分の2に達しており、通信機器メーカーとして有力なのは巨龍、

大唐、中興、華為という頭文字をとってまとめて『巨大中華』と称される4つのメーカー

である。国有、民営の違いはあれど、どの企業も技術者・研究者を多く抱え、中国各地の

みならず、海外にも研究開発拠点を設け、国内外の通信機器市場にシェアを伸ばしつつあ

る。発電設備、化学設備などのプラント機器も同様で、例えば中国に日本政府がアンタイ

ドの円借款を供与すると、入札字に現地系企業が圧倒的に安い価格で応札するため、日系

企業はとても太刀打ちすることができない。また、発電機、タービン、ボイラー、建設機

械、浚渫船等の様々な分野で中国メーカーの力は高まっている。この他、宝山製鉄に代表

される鉄鋼、大連新船重工などの造船、儀征化繊などの合成繊維など、幅広い業種で現地

系企業は力をつけている。宝山製鉄では家電製品向けメッキ鋼板が、大連新船重工では3

0万トン級タンカーが、儀征化繊では、シルクライク、ピーチスキンなどいわゆる新合繊

の糸がそれぞれ開発生産され始めている。それぞれ従来は「技術的に高度で先進国にしか

できない」とされていた分野である。

 また、ハードウェアだけではなく、毎年10月に深圸で開かれている中国最大のハイテ

ク見本市では、パソコン、通信機器、情報家電などの目玉商品と並び、ソフトウェア・シ

ステム開発やインターネットビジネスの出展が際立って増えてきている。その多くは北

京・中関村に本拠を置く民営IT企業であり、シリコンバレー帰りの中国人留学生や、国

内大卒のシステムエンジニアを大量採用し、漢字系ソフトや財務ソフトのみならず、リナ

ックスを活用したOSの世界などにも参入している。

 こうした現在躍進している企業に対し、先進国製品の物まねをしているにすぎないとい

う指摘もあるが、これらの企業には、北京、上海、南京など国内のみならず、シリコンバ

レーやインドなどの海外にも開発拠点や大学との共同研究施設を有し、米国帰りの留学生

や北京の理工系大卒を高給で採用して、重要部品や要素技術の自主開発を進めている企業

も多い。部品の内製比率は高く、多くの部品は国内で調達している企業が多い。

 また、中国は輸入障壁や販売規制が厳しいから国産ブランドの占有率が高いのだという

声もあるが、テレビやエアコンで現に、同じように中国で生産しているはずの外資系ブラ

ンドを中国ブランドが製品価格、消費者の満足度、ブランド力、サービス面などで圧倒し、

外資系企業は苦戦を強いられていることを考えると、中国市場での外資系企業の劣勢をそ

うした政府規制の存在のみによるとは言えないであろう。

 中国企業、外資系企業間の競争だけではなく、現在は中国現地系企業間での競争も激化

しており、中国国内市場におけるローカルブランドの盛衰からもこの現象は見て取れる。

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 以下では、こうした、競争激しい現地系企業の強みを、家電を例にとって見ていく。

 80年代勃興したローカル家電メーカーは、日本ブランドの物まねから入った。これは

日本メーカーから技術供与を受けたり、合弁したといったケースが多く、また、たいてい

は日本企業や韓国企業から半導体やブラウン管、コンプレッサーなどの基幹部品の供給を

受けており、半導体などの基幹部品を売り込むメーカー(日本、韓国)が買ってもらう見

返りとしてテレビの製造技術を廉価で提供していたケースが多かったことによる。この製

造技術の基幹部品とのセット販売は現在も続いており、CDやDVDの基幹部品である光

ピックアップをDVDの製造ノウハウと共に売りこむ企業があり、これが開発されて間も

ないDVDが中国の数多くの企業で生産され始め、値崩れを起こす原因となった。

 製造面では外資系企業の技術や部品に多くを依存してきた初期の現地系企業であったが、

製品のデザインや機能に付いては、中国の消費者の好みとライフスタイルに合った製品を

開発し、安い価格で販売して行った。例えば、中国のローカルブランドで現在最も売れて

いるタイプの冷蔵庫は、上半分が冷蔵庫、下半分が大きな扉の冷凍庫になっているタイプ

のもので、冷凍庫の中は小引出しが3~4個ついている。このタイプは中国以外ではない

タイプのもので、これは共稼ぎが普通の中国都市部において、食品を買いだめして小分け

にして冷凍しておくニーズが高いことから開発販売されたタイプである。さらに、中国最

大の家電メーカー海爾は、「ジャガイモを洗ったら洗濯機が壊れた」というクレームをも

とに、「ジャガイモを洗って皮も剥ける洗濯機」を開発し、新たに販売した。また、海爾

は、中国全土で車での巡回サービス網を拡げ、24時間対応する電話センターでクレーム

を受けてから、24時間以内に全国のどのような場所でも到着し、無料で修理・交換する

図1-9

中国テレビ市場におけるシェア上位企業の変遷

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といったサービスで市場を展開し、壊れるかもしれないがすぐに何とかしてくれるローカ

ルブランドの方が絶対に壊れないといって万が一壊れたときに保証のない外資系ブランド

よりも受け、また、大量の広告費を投入しブランドイメージを急速に確立して行った。

 このように国内市場を席巻した中国の現地系企業は、1999~2000年頃から相次

いで海外進出や海外生産を開始している。特に中国コスト優位が強く発揮できるローエン

ドのテレビ、冷蔵庫、エアコン、オートバイや、通信機器、プラントといった分野で、東

南アジア、インド、中東、アフリカ、中南米、中東欧にまで、中国がローカルメーカーの

輸出を行い、現地生産を本格化させている。こうした海外進出の背景に、中国国内で供給

過剰構造が定着し、海外に市場を求めざるを得なかった、という面や、WTO加盟を控え、

模倣商品の在庫処分を行う必要があったという面の指摘もあるが、むしろ、中国の電子電

機や機械製品の価格競争力が強まり、国内市場から海外市場へと展開して行くという自然

な流れの一環なのではないかと考えられる。

 

図1-10 中国の輸出品構成シェアの推移

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 中国の輸出

品目の構成を

見ると、従来

は繊維製品や

雑貨の比率が

高かったが、

92年ごろか

ら機械・輸送

設備の比率が

急速に高まっ

ている。

 また、中国

の2000年

の輸出額の上

位30品目に

ついて、19

95年から2

000年まで

の増加率の上

位3位は、無

線電話・放送

機器、半導体、

コンピューター・部品で、2000年の輸出額の大きさではコンピューター・部品が1位、

事務機器部品が2位となっている。

 上に上げた輸出の内、多くは外資系企業によるものとも考えられるが、現地系企業の輸

出も最近急速に伸びている。例えば、図の項目にはないが、2000年のオートバイの輸

出は前年の約6倍に達し、そのほとんどは現地系企業によるものである。また、エアコン、

冷蔵庫、洗濯機、テレビとも1年で約1.6倍の増加であった。ちなみに2000年の中

国のテレビ輸出台数は約1000万台で、これは日本全体の市場規模より多く、他方輸入

はわずか7万台であった。

 海外進出を行っている現地系企業の「康佳」は、北米、東南アジア・インド、中東を三

大有望市場と捉え、北米はメキシコ工場から、インドは現地工場から、その他は中国工場

から輸出し、東南アジア、フィリピン、ベトナム、インドネシアなどでローエンド品のシ

ェアを伸ばしている。また、「長虹」もインドネシアで現地生産を開始し、シェアを伸ば

図1-11 中国の輸出額上位30品目の増加率(1995年→2000年)

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している。日系、中国系の違いはあれ、何故同じインドネシアで生産されたテレビに大き

な価格差が開くのかというと、中国現地系企業は中国製部品を多用しコスト削減している

ことが大きいと考えられる。

 ベトナムでも96年末に、「TCL」が年産能力20万台のテレビ工場を稼動させ、販

売攻勢を開始した。約1年でベトナム全土に500近い販売店を開拓し、2割以上ある日

系企業のテレビとの価格差を強みに販売台数を増やし、既に8%の市場シェアを握ったと

いわれる。同社は、AFTA(ASEAN自由貿易地域)の成立を見込んで、ベトナムを

同社の対ASEAN市場向けの輸出基地にするという戦略も立てている。

 日系企業が圧倒的強みを持つマレーシアでも、中国製の小型カラーテレビの輸入が急増、

日系メーカー製の製品の約半額という低価格を強みに、1割近いシェアを握ったという。

さらに、VCD、DVDプレーヤーでは新科などの中国メーカーが東南アジアの各地で圧

倒的なシェアを占めている。

 先進国でも、米国では既に中国製家電が市場に浸透し始めている。これを支えているの

はNAFTA(北米自由貿易協定)を利用したメキシコでの現地生産や、米国での生産で

ある。こういった中海爾は、2000年春から米国サウスカロライナ州で年産20万台規

模の生産能力を持つ冷蔵庫工場を立ち上げた。この工場で作られた製品の200ミリリッ

トル以下の小型冷蔵庫はホテル向け等を中心とする小型冷蔵庫市場で三割近いトップシェ

アを持つ。格蘭仕は、低価格の電子レンジを量産、米国を中心に既に世界で35%のシェ

アを握っている。ウオルマートなどの大規模ショッピングセンターの家電売り場でも、プ

ライベートブランドの目玉商品を実際にOEM生産しているのは、中国の企業が少なくな

い。

 このように中国現地系企業の中には、先進国企業と遜色のない経営手法と、圧倒的に優

位なコスト競争力、向上する技術水準や品質、巨大な市場を背景に、次第に力をつけ、国

内市場から海外市場へ進出し、確実にシェアを伸ばしつづけている企業がある。

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~第2章~

   中国の三つの産業集積とそれぞれの機能

 この章では、1章で述べたような現在成長しつづけている中国現地系企業が位置し、ま

た、それぞれ違った機能を持つ中国の3つの産業集積を見ていく。

 中国には珠江デルタと長江デルタ、北京の中関村地区(中国のシリコンバレー)の3つ

の産業集積があり、それぞれの特徴は簡潔に言うと、珠江デルタは輸出志向の中小企業中

心で労働集約型(低賃金人材を利用)、部品企業集約活用型で、長江デルタは内需志向の

大企業中心で、資本装備型で高給人材活用、企業内フルセット生産型、中関村地区はソフ

トウェア開発やIT関連の研究開発機能の集積ということが出来る。また、この3つの集

積は相互補完的性格を持ち、近年では、北京で研究開発して部品を珠江デルタで生産し、

長江デルタで組み込むといった集積間の相互連携、企業の戦略的棲み分けも行われている

が一方、各地域は企業誘致を巡って、互いに投資環境の改善を行っている。

 また、この三地域を中心に、中国のWTO加盟と巨大市場を狙った直接投資ブームが再

燃している。(2000年の中国の外国直接投資契約額は前年比1.5倍)

Ⅰ、労働集約拠点、珠江デルタ

                         中国沿海部に位置し、華南の広東

省を流れる珠江の流域に広がる珠江

デルタは、その東端に香港、西恥に

まかおという中国の特別行政区が位

置し、それぞれの北端には深圸、珠

海という経済特別区が置かれ、その

間に恵州、東莞、広州、仏山、番禺、

順徳、中山と環状に工業都市が続い

ている。この工業が集中しているエ

リアは関東平野と同じ位の規模があ

るが、最近高速道路が整備され、深

圸から東莞北部まで車で1時間半程度、深圸から湾岸沿いに珠海まで2時間程度で行くこ

とが出来るようになっている。

 珠江デルタは、香港、マカオに隣接していたことから、1979年鄧小平は改革開放の

実験地として香港に隣接するこの地を選び、改革開放政策開始と同時に深圸、珠海に経済

図2-1 珠江デルタの位置と主要都市

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特別区を置いた。この2つの地区のうち深圸は外資主導型の成長遂げ、珠江デルタの中で

最も発展し変貌した。80年代の香港企業進出に始まり、日系、台湾系、米欧系、韓国系

などの企業が次々に大量進出し、また、外資をしのぐ力を持ち始めた現地系家電企業や厚

みを増す部品企業も相まって、世界有数の電子産業集積が出来つつある。

 初めにこの地域に進出してきたのは香港系企業であった。香港は、1970年代以降、

造花、マッチ、クリスマス用品などの雑貨品の低コスト製造・輸出基地として、NIEs

の工業分野での一角を占めていたが、80年代に入り、人件費が次第に高騰し、香港企業

は隣接する深圸の経済特別区に進出を始めた。はじめは雑貨品や繊維、おもちゃ、時計や、

ラジカセのような家電の受託生産が多かった。香港は部品調達・製品販売・資金管理は香

港サイドで行い、中国サイドでは現地政府と組んで作った工場に生産だけを委託する形で、

中国の低賃金のメリットと、香港の物流・金融機能をフルに生かした、低コスト・低リス

クで、世界でも珍しく、中国でも珠江デルタでしか行われていない、「委託加工方式」と

いう形態を編み出した。

図2-2 珠江デルタの委託加工生産システム

 委託加工方式を説明すると、外資

企業はまず香港に法人を設立し、同

時に深圸市や東莞市の傘下にある鎮

や村の作った郷鎮企業と加工委託契

約を結ぶ。郷鎮企業と行っても初め

から実体があるケースは珍しく、普

通は加工委託をしたい企業が村に掛

け合って、村は企業の希望通りの工

場を建設する。実際には香港側が建

設を全て取り仕切るが、名目的には

村政府が施工主となる。また、建築

資金は企業側が村に貸し、完成後賃

貸料で相殺する事が多く、企業誘致

に積極的な村では、あらかじめ貸工

場や工業団地を作っておく場合もあ

る。工場設備は香港企業が中古機械

を持ちこみ、郷鎮企業に貸し出す形を取る場合が多い。

 労働者は香港側が選定するが、個々の雇用契約は郷鎮企業と結ばれるので、香港側が労

働問題や解雇などに手を煩わすことは少ない。工場の経営は実質的には香港が行う。村政

府出身者が名目的に工場長になっているケースもあるが、ほとんど工場での権限はなく、

政府との交渉窓口程度の機能しか持たない。企業は香港法人のアカウントで部品を調達し、

郷鎮企業に無関税で部品を送りこみ、郷鎮企業で生産を行い、製品として香港に送り出し、

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香港から輸出する。

 原材料や部品は香港経由で持ちこまれるケース(図①)と、珠江デルタの企業から購入

する場合があり、後者の場合は、一旦香港へ輸出されたものを再輸入するケース(図②)、

保税区の中で無税のまま移送するケース(③)、税制上の特例として、無税で中国内を移送

できるケース(④)にわけられる。

 部品調達や製品販売などに絡むほぼ全ての資金の流れは香港サイドで、香港ドルベース

で行われ、また、本土側と行う資金のやり取りは現地労働者への給与払いのみで、給与は

香港側から中国の銀行の村の口座に香港ドルベースで振り込まれるため、人民元を巡る為

替リスクはほとんどない。

 珠江デルタではこの委託生産方式で運営されている工場が非常に多く、日本は1980

年代後半プラザ合意後の急速な円高に見舞われた日系企業が軽工業を中心に委託加工方式

をはじめ、90年代以降、時計、カメラなどの精密機器、家電、複写機などの事務機器、

あるいはその部品へと範囲を広げて行き、現在日本の主要複写機・プリンターメーカーの

多くが珠江デルタに主力拠点を置いき、どの企業も数量ベースで9割方の部品を現地調達

している。台湾企業は、1990年李登輝政権の大陸投資の部分的解禁政策に伴ない、台

湾の労働者不足や人件費高騰に悩んでいた労働集約型産業の企業が、台湾対岸の福建省、

香港経由で行きやすかった広東省に工場を進出し、まず電子産業の素地のあった深圸に、

その後深圸が混雑してくると東莞市に大挙して進出し始めた。また、東莞市には中国で始

めての台湾人学校が2000年9月に設立された。また、委託加工方式を求め、米欧系企

業、韓国企業が進出してきた。このように、1980年代の香港系企業の進出に始まり、

以後日系、台湾系、欧米系、韓国系と外資系企業の進出が起こり、珠江デルタは、外資系

企業の労働集約的な輸出向け組み立て拠点となり、その一方で、中国の現地系企業が成長

し、現地系の部品企業の厚みも増した。

 そういった流れの中、ここ数年来、珠江デルタで大型の見本市が多数開催されるように

なり、大いに賑わっている。広東の見本市といえば、毎年4月と10月に開催される中国

最大の輸出フェア・広州見本市が有名であったが、最近では、深圸ハイテクフェア、東莞

コンピューターフェア、JETRO深圸逆見本市の3つの新しい見本市が人気を博してい

る。

 深圸ハイテクフェアは、国内最大級のIT、バイオなどのハイテク分野の見本市である。

初回は、朱鎔基首相がテープカットを行い、現地系電子電機メーカーの出展したローカル

ブランドのノートパソコンや携帯電話、大型フラットテレビを中心に出展していたが、2

000年10月に行われた2回目は、ポータルサイト、B2Bなどのインターネットビジ

ネスや、OS、ソフトウェア、システム開発などのソフト系企業のブースが主軸となって

いた他、、海爾の情報家電システムや、康佳のインターネットテレビ、デジタルテレビが

人気を集めていた。先端製品においては実際のところ先進国の物まねや、OEM供給を受

けているところが多いようだが、IT分野のビジネスコンセプトや市場ニーズでは、先進

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国とそう時差がなかった。

 東莞は、コンピューター関連の台湾系企業や電機関係の香港系企業が多数集積されてい

ることで知られている。東莞は深圸の発展を追うように80年代末から工業集積が進み、

最近では電子関係の日系企業や欧米企業の進出も相次いでいる。1999年に深圸ハイテ

クフェアとほぼ同時期に始まった東莞コンピューターフェアは、台湾系を中心にデスクト

ップパソコンや携帯電話の組立委託企業や部品メーカーが林立する東莞市のキャッチフレ

ーズを「中央演算装置(CPU)と記憶装置(メモリー)とハードディスクドライブ(H

DD)以外のパソコン部品は、市内1時間半以内の範囲でみな揃う」としている。見本市

ではこのキャッチフレーズの通り、地元の台湾系、香港系、現地系企業の生産するパソコ

ンや携帯電話の部品が、プラスチック製品、金属加工品からマザーボード、マイクロコン

デンサーまで山ほど出展され、部品産業の集積の具合が良く分かる。また、最近では、台

湾系の大規模な電子機器製造委託(EMS)企業のブースが大きな面積をしめ、目立って

いた一方で、小さな部品会社の小規模ブースも無数に並び、裾野産業の幅の広さを現して

いるといえる。

 JETRO深圸逆見本市は毎年12月の初めに開催されるJETRO(日本貿易振興

会)主催の展示・商談会で、2000年に5回目になる。個々では買いたい人が展示をし、

売りたい人が見に来る。つまり、部品を調達して組み立てる企業が、自社の完成品を部品

のレベルにまでバラして展示し、それを見にきた部品企業の関係者がその部品をみて、自

分の会社で作ってみよう、と思えばそこから組立企業と部品企業との商談が始まるという

仕組みになっているのである。中国国内では他に大連、上海などでも開催されてきたが、

部品産業の集積が一番大きい深圸で開催される逆見本市が実質的に最大の逆見本市となっ

ている。           図2-3 中国の電子電機生産に占める広東省のシェア

 このように部品集積の厚みが

ある珠江デルタは、ここ2~3

年企業の集積度が一段と上がり、

「世界の工場」中国の中心部と

なり、世界の部品生産拠点にも

なり、組立拠点としても機能す

るようになった。それは、以下

の中国の電子電機生産に占める

広東省のシェアを見ると明らか

である。

 こうした背景には、パソコン、

プリンター、携帯電話やそれら

に使われる電子部品の世界の市

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場規模がここ数年拡大し、かつ製品・部品の世代交換が早まったことがあげられる。日系

企業の場合、こうした製品・部品を生産の自動化が進んでいる日本国内で生産すると、世

代交代ごとに生産ラインの調整や変更を求められ、そこに時間とコストがかかってしまう

が、珠江デルタでは、若くて優秀な労働者が無尽蔵に供給され、その大量の人手を前提と

した生産システムでは、生産数量・生産品目や使用部品の急速な切り替えにも柔軟の対応

することが出来る。

 また、企業の集積が高まってきたもう1つの要因として、部品がアセンブリーを呼び、

アセンブリーが部品を呼ぶ、結果部品・アセンブリー共に成長する、といった「集積の好

循環」をあげることが出来る。こういった循環の中で、初めは時計やカメラ、家電といっ

た業種の組立拠点が立地し、その後組立に必要な部品企業が徐々に育ち、その部品集積を

求めて、複写機、パソコン、プリンター、携帯電話と次第に高度な組立産業が集積し、そ

れが更に高度な部品産業の集積を加速させて行った。

 こうした企業集積の結果、特に電子電子企業にとって珠江デルタは世界の顧客と情報の

集まる場所となった。例えば、電子部品の過不足状況、IT製品の需給見通し、EMS企

業との連携に関する情報など、世界の最前線の情報がこの地に集まり、交換されるように

なった。

 以下では珠江デルタがこうした「集積が集積を生む」といった好循環を生み出すような

企業集積になっていった要因とその強みについてみていく。

 珠江デルタの立地優位条件として、人材資源の豊かさ、部品集積の厚み、物流金融拠点

としての香港の存在の3つをあげることができる。

 まず、人材について見て行くと、珠江デルタの最大の特徴は、製造工程にたずさわる一

般労働者をほぼ無制限に雇用できるシステムがあることである。もともと貧しく比較的人

口の少なかった珠江デルタは、拡大する外資系企業の人材需要を満たす為に、広東省内の

低開発地域や、内陸部の各省からの出稼ぎ労働者を積極的に受け入れてきた現在の広東省

の人口は約7300万人だが、省内に2000万人の出稼ぎ労働者がいると推測されてい

る。

 珠江デルタの多くの鎮や村は、内陸部の特定の村と協定を結び、先方で定期的に若く、

優秀な労働者を選抜して送りこんでもらう仕組みを確立している。企業によっては自ら特

定の内陸の村と同様の約束をしている場合もあるが、そうでない場合、企業は地元の村政

府に手数料を払って人材を紹介してもらう。また、市内にはそれ以外にも職探しをする地

方出身者は膨大におり、門前に小さな張り紙をするだけで翌日若い女性の行列ができると

いう。内陸部から出稼ぎできた労働者は、18歳から20歳の若い女性が圧倒的に多いが、

通常2~3年の間工場の寮に住み込みで働く。2~3年が経つと何か特別な事情でもない

限り、彼女達は地元に帰り、結婚するのが通常である。なかには頭角を現して班長などに

昇進し、長く工場に居つづけるケースもあるが、大多数の従業員は3年程度で入れ替わり、

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したがって従業員の平均年齢はずっと20歳前後、という状況が続く。こうした特殊な雇

用システムの背景には、中国固有の独特の戸籍制度がある。

 中国では農村戸籍と

都市戸籍は依然分かれて

いて、農村戸籍のもとに

生まれた人は通常都市部

に住むことは出来ない。

例外は、大学を卒業して

都市部のきちんとした企

業に就職した場合、また、

深圸等で一定の試験に合

格し、お金を払って年戸

籍を取得する場合、そし

て上記の一般労働者のよ

うに出稼ぎの為暫住戸籍

をとって一定の年月に限

り都市部で働く場合など

である。このような戸籍

制度のもと中卒、高卒の

女性にとって、都市戸籍

を得ることは不可能に近

いので、出稼ぎの女性労

働者は限られた期間内に

な若年労働者がほほ無限

爆発的増加、都市部のス

りが激しい為賃金が上昇

っておらず、他国に比べて

 低賃金労働者と言っても

く(目がとても良く顕微鏡

真面目さ(単純な作業で

みこみが早く急にライン

インセンティブがないにも

手先の器用さに優れてい

修を経てラインに入り習

いどころか、それより優

た、お金に対する執着心が

必死で働く。こうした戸籍制度の存在故に、中国沿海部では優秀

に供給されるにもかかわらず、他の国で起こりがちな都市人口の

ラム化などの社会問題が起こりにくく、また、労働者の入れ替わ

せず、円ベースで換算するともう10年以上人件費コストはあが

も人件費コストが低い。

、中国のこれらの製造工程にたずさわる一般労働者は、質が高

レベルの傷も見逃さない・多能工前提のラインでも効率は高い)、

も長時間嫌がらずにこなす)、勤勉さ(相当複雑な作業工程も飲

を変更してもすぐに新たな作業に対応できる)、向上心(金銭的

かかわらずQC活動を面白がって一生懸命やる)、感覚の鋭さ、

て、内陸部から出てきた当初は当然不慣れだが、1週間程度の研

熟するにつれて、日本やアジアの他の生産拠点に比べて遜色がな

れたパフォーマンスを発揮するという工場関係者の声は多い。ま

強い為、残業をむしろ喜んで行う。

図2-4 アジア主要都市の投資関連コスト比較[2000年 12月]

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 一方、大卒レベルの高給人材に付いて言えば、珠江デルタ自体には高給人材の供給源は

そう多くなく、エンジニアや管理職は全国から集めてくることになる。大学を卒業した学

生は労働市場に供給されることになる。珠江デルタはこうした全国から集まる人材を市内

に何ヶ所もある公営や民営の「人材市場」を通じて採用できる。また、企業によっては全

国の大学に実際に行き採用活動を行っているところもある。

 また、珠江デルタにある現地系企業の幹部には、華北や華東の国有企業、あるいは政府

関係機関を離職した技術者や経営者も多い。これは、国有企業のリストラ、行政改革など

の流れの中で、チャンスを求めて全国から優秀な人材が集まって来ている例ということが

できるであろう。なお、エンジニアの給与レベルは、北京大学などの一流大卒の設計技術

者でも給与は5万円、日本の8分の1程度という。ちなみに図3-4のJETROの調査

によると、平均レベルのエンジニアでは深圸郊外の賃金は横浜の4分の1に満たない。

 珠江デルタはこのように、優れた人材を一般労働者は出稼ぎ労働者として、新卒のエン

ジニアは「人材市場」を通じて集め、また、一方で全国から優秀な人材が集まってきてい

るため、様々な種類の質の良い労働力が安く無尽蔵にある。

 次ぎに人件費以上に重要だとされるコスト競争力の源泉、部品集積の厚みに関して見て

いく。

 加工組立型製品の原価に占める人件費の比率はせいぜい数%であり、あらゆる製品分野

でコスト競争が激化する昨今、加工組立型企業にとって重要なのは、原価の8割以上を占

める部材費であり、、これを少しでも削減する為、いかにして安価で質の良い部品を迅速

かつ安定的に調達するかが重要になってくる。

 珠江デルタでは、様々な国籍の部品企業とアセンブリー企業が相互に刺激しあい、製品

分野を広げながら集積が集積を生む事故拡大のメカニズムが働いてきた。その結果東南ア

ジアのように日系企業中心ではなく、香港系、台湾系、韓国系、中国系を含む世界有数の

部品産業基盤が出来あがっており、その中でむしろ日系企業は少数派である。少なく見積

もっても珠江デルタだけで五万社以上の部品・加工メーカーが存在するとも言われている。

 およそ電子電機産業に必要な部材と加工は、半導体や液晶など一部を除いて、珠江デル

タにはほとんど揃っている。しかも、同じ部材や加工を提供できる企業が近いエリアに何

百社とあるから、複数の企業に品質と価格を競争させながら購入することが容易であり、

それによってコストを下げ、品質を高めることが可能になる。

 部品の価格は一般に中国で生産される本根茎、台湾系企業の電子部品は、東南アジアで

生産される日系企業の部品に比べ2~3割程度安く、品質的にそう大差はないといわれて

いる。また、ローエンドの部品だけではなく、マイクロモーター、光ピックアップ、チッ

プコンデンサー、HDD用のMRヘッド、高周波コイル、プリント基板など、世界の電子

電機産業を支える重要部品もこの地域が主力生産拠点となりつつある。

 更に最近では、グラスファイバーや光コネクタなど光通信関連の部品や、自動車部品も

増えている。また、自動車部品に関しては、電子部品やプラスチック成型品には電機分野

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と自動車分野で共通する部分があることもあり、コネクターからハーネスへ展開するなど、

電機分野から自動車部品への展開例も増えている。

 また、広義のの裾野産業として、こうした広範な品質産業とアセンブリー産業を結ぶ物

流の役割として、多品種少量・多頻度短納期物流で日本の山九運輸がパイオニア的役割を

果たし、日本の住友商事系のスミトロニクスが日系のみならず現地系企業向けにも部品調

達サービスを本格化させている。

 最後に、珠江デルタに求められる、「コスト・スピード・柔軟性」を支えている香港の

存在について見ていく。

 生産サイクルが短く価格競争が激しいパソコン、携帯などのIT関連製品の分野では、

部材費の削減とすばやい仕様変更が必要であり、その為には安価でフレキシブルな人手に

よる生産を中心にすることで柔軟な生産ラインの変更を実現し、かつ、経営判断が迅速で

柔軟な企業が集まる地区での部品調達や委託加工取引の多い珠江デルタが「コスト・スピ

ード・柔軟性」の全てを実現する生産拠点となってくる。

 また、この珠江デルタの特性の他に、輸出向け生産拠点においてスピードと柔軟性を支

えているもう一つの要因として、各社の香港拠点が担う役割、香港の物流、金融、販売な

どの機能がある。

 委託生産形態を取る企業は当然として、外資100%の独資企業も含め、ほとんどの珠

江デルタの外資系企業は香港に別法人を設け、受注、部材調達、物流、販売、貿易管理、

資金管理などを香港でコントロールしている。つまり、製造部と労務部以外は全て香港に

置いているということになる。

 港湾や空港の機能が優れ、金融や物流などサービス産業の発展している香港では、中国

本土では考えられないほど効率良く、また、低リスクで事業を実施できる。香港と珠江デ

ルタの間の物流システムの効率の高さも重要で、365日24時間体制で稼動している香

港の港のコンテナは、取引量においてここ数年世界一を記録している。コンテナで朝、香

港の港似付いた部材等の貨物はトラックに積み替えられて、その日のうちに深圸の工場に

到着する。帰りのトラックには珠江デルタで生産された部品・製品が満載され、翌日には

香港経由で世界の市場で輸出される。一方、中国の輸出入業務はいまだ非効率であり、深

圸の港に直接入港すると帰って時間がかかってしまうという。

 珠江デルタはこうした香港との連動により更なる価格競争の優位性を上げている。

 こうして輸出志向型企業の組立拠点となった珠江デルタは、近年WTO加盟後予想され

る競争力向上と、市場拡大が先進国からの投資をより多く惹きつけ、東南アジアなどの競

合地区からの外資系企業の移転もそくしつつあり、2000年の広東省の外国直接投資契

約額は前年比41%増、2001年の外国直接投資契約額は前年比同期比72%と極めて

好調である。

 また、投資国側の電子電機産業では、近年急速にOEM(企業から設計図と指定部品を

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受け取って行う受託生産)・EMS(複数企業から大規模に生産受託し、大量の部品調達

から製造、場合によっては高利点への物流までを行う生産形態)企業への生産委託の流れ、

あるいは自社の生産部門の分離独立とEMS化の動きが強まっている。こうした先進国企

業の開発販売と生産とは別に行うという生産委託を行うといった考えに立った時、世界で

一番安く効率的に生産できる中国に生産を集中させようといった流れが出てくるのは当然

であり、実際に台湾系を中心とするOEM・EMS企業が珠江デルタの各地に生産拠点を

建設している。

 他方、外国投資の

受け皿としての長

江デルタも急進し

ているが、現状で

は長江デルタ(内

需志向型)も珠江

デルタ(輸出志向

型)もかなりタイ

プの異なる集積で

あり、当面は両デ

ルタは補完関係が

強いが、現在でも

企業の立地選択上

競合し始めており、

今後集積のタイプ

が変わっていけば、

競合関係は強まっ

ていくかもしれな

いが、内需志向型

の長江デルタに比

べ、輸出志向型拠点である珠江デルタの方が今後伸びて行くと考えられ、また、当面は世

界景気・ITブームの悪化を受け、伸びは鈍化するだろうが、全国から集まる人材の豊か

さ、部品集積の厚み、物流・金融拠点としての香港の存在、大量生産に応じた「低コスト・

迅速・柔軟」な生産環境を活かし、中期的にはWTO加盟に伴ない外国投資の流入が増加

し、大きな投資を受け入れ現地系企業をより成長させ、EMS化などの要因に加え、世界

の電子電機産業の生産拠点として発展して行くと考えられる。

 

図2-5 珠江デルタと長江デルタの諸比較

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Ⅱ、資本集約拠点、長江デルタ

 珠江デルタに次いで、中国で急成長している電子集積が長江デルタである。

 長江デルタは、工業が集中しつつあるのは西は江蘇省南京から鎮江、常州、無錫、蘇州、

昆山、上海と、ほぼ長江に沿って東に連なる工業都市群を中心に、南は浙江省杭州や寧波

に至る半径200キロ弱のエリアで、その面積は珠江デルタの約4倍である。今では高速

道路が整備され、上海から蘇州までは約1時間、南京まで3時間、杭州まで約2時間で行

くことが出来る。

 また、長江デルタの工業集積は、

珠江デルタのように無秩序に無数の

工場が立てこんで行ったのとは

異なり、良く計画され整備され

た大きな工業団地に外国企業が

秩序だって進出して行った。蘇

州では、シンガポール政府と中

国政府の合弁事業として開発さ

れた「シンガポール園区」と、

市政府が独自開発した「蘇州新

区」が大きい。双方とも良く整

備され新しい工場建屋が林立す

るハイテク団地となっている。

この2団地をはじめ蘇州全域に

は台湾のAcer、欧州のノキ

ア、アルカテル、フィリップス、

日本の日立、富士通、米国のソレクトロンなど外資系企業が5000社近く進出している。

 長江デルタは、農業生産力で世界屈指の豊かさを誇り、古くから商工業の発達した豊か

な地で、資金的蓄積も技術的蓄積もあり、人口が多く、消費市場が大きく、地元の人材が

豊富で教育レベルも比較的高く、優秀な人材と大きな市場を持っており、海運、鉄道、道

路などにおいても中国大陸の物流・交通の中心地である。このため中国市場全体を狙った

企業立地に関して昔から高い優位性を持っていた。

 こうしたことを背景に、長江デルタでは、裕福な農村の公有工場や農民の個人工場から

発祥した多くの郷鎮企業が生まれ、民営企業も多く輩出され、また、主要な国有企業も多

く配置され、これらの現地系企業は、古くからの技術的蓄積や豊かな人材を活用して、繊

維、日用品、食品から金属製品、化学製品、電子電機、自動車、工作機械まで幅広い業種

にわたった。しかし、第1章で述べたように90年代に入り市場経済化が進展する中で国

図2-6 長江デルタの位置と主要都市

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有企業は苦境に陥り、郷鎮企業も成長が頭打ちとなった。

 他方90年代以降この地域では、上海周辺の巨大な中高所得層市場と、上海を中心とす

る国内物流網、そして優秀な都市部の人材の活用を狙って、主に内需志向型の外資系企業

が盛んに投資を始めた。その中心となったのは上海市の「浦東新区」で、珠江デルタの経

済特別区の成果を受け、いよいよ中国の中心地上海に外資系企業の集中拠点を作ろうとい

ったものであった。

 浦東新区は経済特別区波の優遇措置で金融、サービス、ハイテク産業の誘致を進め、特

に外灘の目の前に広がる金融センターには構想ビルを林立させ、香港のような情景を中国

本土にも作ろうという構想で、それはまさに、構想どおり実現され、その後上海周辺や蘇

州、常州、無錫、南京へと工業団地の整備が進み、外資誘致が熱心に行われた。これを受

け、上海から南京にかけて日本・韓国の家電・機械、欧米系の情報通信・自動車・半導体

などの企業の集積が始まった。

 企業の国籍としては、米欧系や日系が相対的に多く、中国国内市場を狙った投資が多い。

内販権を得る為には原則として合弁が必要である為、国有企業、郷鎮企業との合弁が多い。

日系企業の場合は地理的に近いため対日輸出拠点も多い。

 また、近年では設備集約型を含めた大型投資を行う大企業増えている。こういった動向

の例として上海のNECを見ると、同社は合弁半導体工場を設立し、中国側が株化の過半

を握る国家プロジェクトであるが、浦東地区にあるその工場は、日本の最新鋭の工場に引

けを取らない全自動設備が並び、主要工程にほとんど人が携わっていない。当初の設備投

資だけでも、約12億ドルという資本装備度の高い大型の投資おこなわれ、こういった投

資を松下、エプソン、富士フィルム、ソニーなども行っている。今後こうした工場が、中

国国内のみならず、対アジア・対日輸出拠点となっていく可能性も高い。

 参入企業を見ると、珠江デルタのような部品調達を求める組立型企業ではなく、部品も

極力内製する「フルセット型」の産業を行うか、系列部品会社と共に進出してくる大企業

が多く、電子部品や金型は珠江デルタから取り寄せるという分業を行っている企業も多い。

 業種的には、電子電機といった特定分野への集中は見られず、鉄鋼、化学、窯業など素

材から、家電、自動車、機械、繊維、通信、半導体など広範な範囲にわたる。また、長江

デルタは珠江デルタに比べ、東アジアにより近く、更に東南アジアにはない鉄鋼業なども

あることから、韓国・台湾や、更に日本とも比肩しうる幅広い産業構造を持っているとい

える。

 また、長江デルタには市場の規模と成長性といった魅力がある。長江デルタの上海市、

江蘇省、浙江省の人口を合わせると1億3千万人と、日本の人口を上回る。一人当たりの

所得はこの3つの都市平均で1573ドルで、上海市のみでは3734ドルと、中国全体

平均の約5倍である。

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 中国全体のIT製品市場を見る

と、2000年末のインターネッ

ト利用者は2250万人と前年比

2.5倍で、アジアでは日本に次

ぐ。このまま利用者が増えて行く

と、2001年には日本を抜き、

2003年にはアメリカを抜いて

8000万人以上に達するという

見方もある。また、携帯電話利用

者数は、8526万人と米国に続

き2位で、200年の携帯電話販

売台数は前年比2.3倍の450

0万台に上り、2002年には保

有者数は世界首位になると予想さ

れる。更にパソコン保有台数は既

に2000万台の規模に達してい

る。このような状況の中、上海周

辺は沿海部の中でも所得階層が高

く、北京、深圸といった都市と並び、こうしたIT製品の主要市場となっている。また、

IT製品ほどの急成長はしていないが、家電、鉄鋼、自動車、石油化学などの業種の国内

市場規模は世界有数の大きさと伸びを見せており、これらの業種の製品は上海を起点とし

た国内物流網によって全国に輸送されて行く。

 人材資源に関しては、珠江デルタが中卒・高卒の質の良い一般労働者は豊富だが、大卒

人材は全国から集める必要があるのに対し、長江デルタは、高卒・大卒の高給な人材資源

が豊富で、地元から十分に調達することが出来る。この高給人材の豊富さの背景には、こ

のエリアの所得階層が高いこと、高校、高専、大学等の教育インフラが整っていることな

どがあげられる。人材供給の面では、大都市部(上海、蘇州など)では珠江デルタと異な

り地元からの雇用を優先させる規制が存在し、他方、高速のルートから外れた地区などで

は、出稼ぎ労働者も存在するが、全体の半数程度に留まり、かつ、珠江デルタのような内

陸部からの人材調達システムは一般化していない。長江デルタの一般労働者の賃金レベル

は(図1-4)、上海市で元換算で、月1100元(約1万7600円)、昆山市で月80

0元(約1万500円)前後であり、出稼ぎ労働者を使わない分上海は深圸に比べ倍近く

に高くなっているが、それでも日本に比べれば17分の1のレベルに留まっている。また、

エンジニアの給与は、技術レベルにもよるが入社2~3年で月2000元(約3万円)~

4000元(約6万円)で、深圸とほぼ似た水準である。こうした人材資源の特徴は、技

図2-7 中国における情報通信端末の普及の現状

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術集約的な分野ではメリットが大きく、他方大量の人員を動員して行う労働集約的な組立

加工分野ではメリットが小さい。中国の中では相対的に人件費コストは高くなり、これは、

2~3年交代で珠江デルタの出稼ぎ労働者のように労働者が入れ替わるわけではないので、

従業員の平均年齢も上がって行く為である。しかし、その分技術蓄積が可能になり、より

熟練を要する生産工程、機械操作など技術的知識を要する分野にはメリットがある。

 近年、台湾企業の大陸生産戦略に、2000年ごろから大きな異変が起こっている。そ

れは、台湾の大手ノートブックパソコンメーカー、パソコンや携帯電話の受注生産専門メ

ーカー(EMS企業)等の電子産業の江蘇省南部への投資の集中である。台湾企業は、9

0年代に入って大挙して東莞市などの珠江デルタに進出したが、2000年の台湾企業の

大陸投資は、広東省への伸び率が102%増であったのに対し、江蘇省、上海市向け投資

のの二律は165%増(前年の2.7倍)であり、長江デルタへの進出傾向が顕著になっ

ている。

 江蘇省の中で投資が集中しているのは、蘇州市とその傘下の昆山と、呉江であり、蘇州

の代表的な工業団地である蘇州新区の外資系企業の約3分の1、昆山の外資系企業の約3

分の2、呉江では外資系企業の約9割が台湾系企業であり、東莞市以上の台湾企業の集中

ぶりである。この長江デルタの3地域では、上海には広達(英語名Quanta)、英業

達(Inventek)、蘇州には華碩(Asustek)、大衆(FIC)、宏碁(Ac

er)、昆山には倫飛(Twinhead)、呉江には華宇(Arima)、仁宝(Com

pel)、台達(Delta)といった、台湾のノートパソコンの主要企業がほぼ全社進

出している。また、これらの企業が上海ではなく蘇州に集中したのは、珠江デルタで深圸

ではなく、東莞に集中したのと同様、より安いコストと台湾企業が固まって勢力を持つこ

とが出来る余地を探した為であると考えられる。

 こうして台湾企業は大陸進出を進めているが、現時点では、一定規格以上のCPUをっ

使用したノートブックパソコンの工場の大陸移転は、台湾当局の李登輝総統以来の「戒急

用忍」政策で禁じられている。これは、高性能パソコン、半導体、石油化学蒸留プラント、

インフラ施設などハイテクや大型の投資を禁止し、投資額も5000万米ドルが上限とさ

れてきた。しかし両岸経済関係の深化、台湾企業の大陸移転の進行に伴なって、台湾の産

業界からはこれらの解禁を求める声が強まっている。

 こうした産業界からの支持を得て当選した、陳水扁政権では、大陸投資規制の緩和が検

討されてきた。2001年初めからの台湾経済の悪化の中で、雇用情勢や産業空洞化への

懸念が高まり、規制緩和への反対の動きも強まったが、大陸移転は止めることが出来ない、

WTO加盟後の中国市場開放のチャンスを失いたくないという産業界からの強い要望を背

景に、2001年8月、ノートパソコンや半導体の投資規制を今後撤廃し、投資上限額も

今後引き上げて行くとの政策変更が決定された。台湾企業の長江デルタ進出の背景には、

こうした規制緩和の流れに加え、WTO加盟とITブームによる中国国内市場拡大に対応

し、なるべく早めに生産拠点を拡大したいという思惑があり、実際にはノートブックパソ

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コンなどの商業生産は始まっており、長江デルタ内のパソコンショップなどでは、注文す

れば台湾企業のノートパソコンを取り寄せで買うことも出来る。

 台湾のノートブックパソコンメーカーが、台湾のデスクトップパソコンの生産を集中さ

せた珠江デルタではなく、長江デルタに大量進出している理由として、ノートパソコンの

部品はデスクトップパソコンの部品のように標準化されておらず、メーカーや機種により

ばらばらなので、何処へ工場を作っても結局部品は内省するか、台湾の自社工場から輸入

するしかない。したがって、輸入(自社から)に便利なところに立地することになるが、

「三通禁止策」(大陸との直接の通信、通航、通商を禁じる台湾の伝統的な政策)も近い

うちに変更され、解禁されるであろうという見方が強くそうなると台北からは香港より上

海が近くなること、台湾は90年代初めデスクトップパソコンの独自ブランド販売に、最

大手の宏碁を除き失敗しているが、中国のノートパソコン市場はこれから拡大が予想され、

そこで自社ブランドの生産販売を実現する為には、内需と国内物流の中心である、長江デ

ルタが優位であったこと、また、整備された工業団地やインフラ、治安や都市生活のしや

すさ、地方政府の透明性といった点で珠江デルタより勝っていたという点があげられる。

 こうして進出してきた台湾系企業の1991年から2000年末までの電子電機産業に

おける対大陸累積投資額を見ると、広東省の24.8億米ドルがまだ最高であるが、江蘇

省及び上海の16.7億米ドルがそれに次ぐ。最近の勢いが続けばやがて江蘇省・上海は

広東省を追いぬく可能性も出てくる。また、EMS大手の華宇が立ち上げた118万平米、

形態生産能力月100万台の大規模な受託生産工場を作ったように、携帯電話の受託生産

や半導体、液晶の大型投資も増えて行きそうである。他方、珠江デルタ、長江デルタ双方

の異なった特性を活かして双方に拠点を置く宏碁、鴻海、神達(Mitac)のようなパ

ソコンメーカーも多い。

 現地系裾野産業を見ていくと、前述の通り商工業の伝統があり、農村余剰の蓄積も大き

かった長江デルタでは、農村工場や農民の私営事業から生まれた数多くの郷鎮企業、民営

企業が存在してきた。これらの企業は古くから技術蓄積や豊かな人材を活用して、繊維衣

服、日用品、食品からプラスチック製品、金属製品、弱電・無線機器、家電、ボイラー、

トラック、エンジン、工作機械までさまざまな業種にわたった。中国の国有企業や郷鎮企

業の生産構造上の特徴は、各企業の中に部品製造や素材加工をなるべくフルセットで持と

うとすることであった。これは計画経済当時、それぞれの経済単位が拡張主義になり、隣

の持っているものは全て持ちたいといった行動を取りがちだったことや、物流網が未発達

で部品のやり取りが困難だったことに由来する。

 しかし 1990 年代に入り国有企業は苦況に陥り、郷鎮企業の成長も頭打ちとなった。こ

うした中、各企業は生き残りのために、一つは外資系企業との技術提携や外資導入による

技術力・資金力のアップを、一つには傘下の加工工場の外部への開放と独立採算化をはか

っていくことになった。折しもこの時期外資系企業が合弁先や部品調達・加工委託先を周

辺に探し始めており、国有企業や郷鎮企業やその内部の部品加工工場が注目された。むろ

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ん外資の求める品質基準は中国にとっては厳しかったが外資系企業としても、中国内では

比較的人件費の高いこの地域で操業するために少しでも部品を現地化したいという要求は

強く、その為外資系企業による現地部品企業の発見・育成意欲はかなり強く、現に技術提

携先や技術指導先は非常に増えており、現地系企業の技術水準も着実に向上している。

 ある日系家電メーカーでは金属加工品と成型加工品の調達先の多くが日系企業であるが、

昆山から常州にかけての郷鎮・民営企業からの調達比率は年々高まっているという。また、

郷鎮企業の多くは、技術提携、委託加工や部品納入等なんらかの形で外資系企業との関係

を持ち、それにより企業のレベルアップがはかられたという。このようにして長江デルタ

では、鋳鍛造切削、金型、プレス、射出成型、メッキなどの機械加工・金属加工を中心に、

現地系企業群が幅広い裾野産業として成長しつつある。

 こうして長江デルタの南のはずれ浙江省には、中国最大の金型産業集積地ができた。こ

のエリアは珠江デルタや上海・江蘇省南部とは違ったパターンでこれまで独自の発展を辿

り、現地系きぎょうによる金型を中国各地の現地系ユーザー産業に供給している。家電、

オートバイ、自動車から日用雑貨に至るまで、プラスチック成型、金属部材のプレス、鋳

造、鍛造やゴムやアルミの抜き打ちなどの工程で、金型は必需品である。近年現地系企業

が耐久消費財の分野で急成長している背景には、必要な金型を供給する現地系企業群の存

在が大きかったのである。

 中国の中で金型産業の集積は珠江デルタにも長江デルタにも存在し、例えば黄岩地区に

は民営企業を中心とした金型・成型メーカーが約 500 社あり、ユーザーから仕事を取って

きた金型・成型メーカーから、大きな金型の一部分の製造加工を請け負い、期限までにメ

ーカーの社内の場所を借りて作業をし、期限内に出来れば加工賃の支払いを受ける形態の

受託事業者が数千社も存在し、テレビ、エアコン、洗濯機、オートバイ、乗用車などのプ

ラスチック部品の成型用の大型の金型を得意としている。あるメーカーでは、プラスチッ

ク部品を作るために必要な複数の金型の図面をCAD/CAMを使って起こし、数十の金

型に分解して、複数の受託事業者に製造発注し、コピー商品用金型セットを金型メーカー

の方から作ってバイクメーカー等のメーカーに売り込みに行くという話もある。また、こ

のような企業があるからこそ、新製品発売後、時差無くコピー商品が出回ってくる。こう

した例は特殊で、知的所有権に関しては大いに問題があるが、数万人の金型技術者を抱え

て1ヵ月で新製品の金型を作ってしまう集積地が中国に複数存在し、それが中国産業の実

力の一部を構成していることは認識しておくべきであり、また、最近では、黄岩でついに

日系企業自身がコストダウンの為に大型のプラスチック金型の現地系企業への発注をはじ

めている。

 現地系企業のこういった底地力もあり、近年長江デルタには、主に国内市場を狙った外

国投資が急増し、従来の繊維、自動車に加え、半導体やノートブックパソコン、携帯電話

やその部品などハイテク関連の資本装備的な投資が増えている。

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Ⅲ、知識集約拠点 北京中関村地区

 

 これまで見てきた珠江、長江の両デルタは、製造業中心の産業集積であり、それぞれ上

海、深圸などの主要都市の市政府は、ソフトパークや研究開発拠点を整備し、ソフトウェ

ア産業や研究開発機能の育成を促進を目指しているが、この二大地域の比較優位が「もの

づくり」にあるのは前述の通りである。

 一方で、中国の

シリコンバレーと

呼ばれる北京の中

関村を中心とする

地域は、ソフトウ

ェア産業、インタ

ーネットビジネス

やIT関連の研究

開発機能で国内で

圧倒的に強い地位

を確立しており、

中国のソフトウェ

ア輸出の3分の2

は北京が担ってい

る。

 中関村地区は、

「村」となってい

るが、北京市の西

北部、海淀区を中

心とする市街地で、

もともとは北京大

学、清華大学など

の有名大学と、中

国科学院など公的

研究機関が数多く連なる文京地区であった。

 1980年代初め頃、大学や研究機関向けに輸入品の電子機器や電子部品を販売する店

舗が集まり、更に電子部品を組み合わせてオーダーメイドの電子機器を製造販売する店舗

なども増え始め、しだいに電子電機専門店街が形成されていった。現在では中関村にはパ

ソコンや周辺機器、ソフトウェアや携帯電話などIT製品の販売店が大規模店から零細店

舗まで2万店以上も集積している。

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 86年には、こうした中関村の電子機器販売から発祥した企業『四通(Stone)』が、

日本企業の技術支援を受け初めての中国語ワープロを開発・販売し、中関村生まれの企業

の最初の成功例となった。

88年、中関村周辺は、ハイテク産業開発区である「北京市新技術産業開発試験区」に

指定され、内外企業の研究開発拠点やIT関連企業の誘致が始まった。この指定地区の面

積は約100平方キロで、アメリカのシリコンバレーや台湾の新竹地区をモデルに、産官

学の協力によるハイテク産業開発やベンチャー企業育成を図ろうとする中国初の試みであ

った。この試みでは、税制面(企業所得税の減免)、企業設立(ワンストップサービス、

貿易権付与)や人材採用(北京市戸籍の取得)の手続き面、インフラ面(土地使用料軽減、

通信インフラの優先整備)などで優遇措置がとられたこともあり、中関村で設立される研

究開発型の企業は、国有企業、民営企業、外資系企業ともに急速な勢いで増えていった。

88年には500社程度だった試験区内の企業数は、3年後の91年には約1300社、

94年には約5100社、97年には約5700社、2000年には1年間で2400社

以上増え、2000年末には約8200社に達し、急速に伸びている。

 1994年には、北京大学・清華大学・中国科学院のLANが中国最初のインターネッ

ト網として整備された。97年には、増大する用地需要に応じるため、北京市郊外のいく

つかのエリアへ開発地域を拡大し、99年には名前が「中関村科技園区」に改称された。

 中関村科技園区には現在、北京大学、清華大学、中国人民大学、北京理工大学、北京郵

電大学、北京師範大学など70以上の大学や専門学校、中国科学院傘下の電子研究院、計

算技術研究所、半導体研究所、ソフトウェア研究所などの200以上の公的な科学技術研

究機関が集まり、そこに約38万人の研究者・技術者が働いているといわれる。またこの

地域の大学からは、毎年約3万人の大学卒業者と、約6000人の大学院卒業者が輩出さ

れている。

 これらの大学や研究所の集積、数多くの研究者の存在、及び優秀で賃金の安い新卒理工

系人材の雇用を狙って、約8200社の内外の企業が研究拠点をこのエリアき設けている。

 まず、その業種構成を見ると(99年、社数ベース)、電子情報機器80%、新素材・

エネルギー・環境関連9%、機械自動化関連6%、医薬・バイオ関連3%となっている。

電子情報機器の内訳は、パソコン、パソコン周辺機器、ソフトウェア、通信機器(交換機、

サーバー)、インターネットビジネスなどであり、こうしたIT分野が中関村の研究開発

機能の中心になっていることがわかる。

 約8200社のうち、外資系企業は約1200社あり、香港・台湾系が約半数、米国系

が4分の1、残りが日系、欧州系、シンガポール系などである。マイクロソフト、インテ

ル、モトローラ、ATT、IBM、TI、HP、ノキア、ノーテル、ルーセント、NEC、

富士通、松下、キヤノン、東芝など、世界のIT企業の多くがこの地域を中心として北京

市内にソフト開発拠点や研究拠点を持ち、シリコンバレーなど世界各地の研究開発拠点と

も連携したソフトウェア開発やIT関連の研究開発活動を行なっている。

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 例えば、マイクロソフトでは、98年にアジアの拠点研究所を中関村に設立、以来6年

間で8000万ドルの研究資金を投じて次世代マルチメディア、次世代ユーザーインター

フェース、アジア言語の情報処理技術、無線ネットワークなどの基礎研究を行なっている。

世界でシアトル、ケンブリッジと並ぶ研究拠点であり、音声認識などはこの研究所の成果

である。米国などからの帰国組の中国人15を含め23人を幹部研究員とし、北京大学、

清華大学などの博士課程修了者が40人、他に修士レベルの補助研究員や商品開発担当者

なども含め、計120人の体制で世界水準の研究開発を実施している。

 また松下電器では、中国語の音声認識・翻訳に関する研究開発や、中国方式の次世代移

動通信やデジタルテレビ関連ソフト開発のための研究所を2001年1月に設立、中国人

を中心に40人の研究体制を組んでいる。NECでは、ソフト調達専門のIPO(国際調

達拠点)を北京においており、中関村の国有や民営のソフトウェア企業に中国語、日本語

など漢字系ソフトの開発を委託・調達している。

 他方、中国の現地系企業も、四通のほか、中国科学院系の連想、北京大学系の北大方正、

北大青鳥、清華大学系の清華同方、清華紫光、また中軟、長城など、中関村から発祥した

多くのIT企業が本社及び研究開発拠点を設けている。珠江デルタが本拠の通信機器メー

カーである華為や中興も中関村に研究拠点を持つ。

 さらに、欧米の大学に留学しシリコンバレーで活躍していた優秀な中国人研究者がUタ

ーンし、ベンチャー企業を設立する動きも活発化している。現在、中国人の留学生や在外

技術者はおよそ40万人と推測される。その帰国と起業を後押しすべく、試験区当局の手

で、帰国者によるベンチャー起業を支援するインキュベーダー「留学人員創業園」が整備

されている。既に278社が創業され、内訳は米国からの帰国者が118社、欧州からが

60社、日本からが42社となっている。留学生が創業した企業に対しては3年間営業税、

所得税が免除になり、消費税すら引き下げられ、中国国内で人の移動を縛っている戸籍に

ついても、修士以上の資格(学卒の場合は3年以上勤めた企業の推薦状)があれば北京市

の戸籍を容易に取得できるなど、相当の優遇措置が講じられている。

 中関村の現地系ソフト・ネット産業の現状を見ると、近年中国ではポータルサイトやB

2B、B2Cなどのインターネット関連ビジネスや中国語版のソフトウェア産業の分野で、

現地系企業が急増している。深圸のハイテクフェアなどでも、こうしたソフト・ネット系

企業の出展スペースが際立って増えている。その多くは人材が集まり、通信インフラが整

備され、さまざまな情報発信拠点でもある北京で創業されている。

 現地系企業のソフトウェア生産については、初めは漢字ワープロのソフトからスタート

し、近年は、中国語や日本語など漢字圏で使われるソフトウェアを日本に比べ5分の1か

ら3分の1以下の安価なコストで生産することに主な優位性があると思われる。また、企

業財務などのビジネスソフトについては、海外で開発されたビジネスソフトを中国語版の

国内向け応用ソフトに置き換えていく作業がまだ中心のようである。ちなみに世界のソフ

トウェア産業では、英語圏のインドの現地系企業が、欧米企業のアウトソーシング先とな

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り、英語ソフトの生産・輸出拠点として世界的に優位性を発揮しているが、これまでのと

ころ中国の現地系企業は、漢字圏という特殊な世界でのソフト生産を担うのに留まってい

るとも言える。ただし、逆に中国国内市場に関しては、漢字圏であることが英語圏の企業

にとっては大きな算入障壁になるのであり、現地系企業にとっては国内市場の成長自体が

大きなビジネスチャンスになってくると思われる。

 他方ネットビジネスの分野では、現在北京で成功しているネット系ビジネスは、インタ

ーネットプロバイダー、検索エンジン、セキュリティー確保などが中心であり、世界のネ

ット技術基盤を中国に合わせた形で導入しようとするタイプだといえる。その反面、ネッ

トオークション、ポータルサイト、B2Bなどは国内の顧客獲得・広告収入競争が非常に

厳しく、あまりうまくいっているとはいえない。これは、欧米系のビジネスモデルを発展

段階も商慣習も違う中国社会にそのまま当てはめてしまった為だと考えられる。

 なお、中関村に企業・研究所が集中した結果、最近は北京の大学卒業生だけではソフト・

研究開発系人材が不足してきており、特に高級人材の不足が顕在化しているという企業の

声もある。ただ、中国には、全国に1022の大学があるが、うち理工系学科を持つ大学

が757校ある。ここから毎年52万人の理工系卒業生が輩出され、シリコンバレーのエ

ンジニアの半分以上、台湾の新竹地区のエンジニアの5倍以上の人数に相当し、特に西安、

成都など有名な理工系大学がある地方都市からは北京に人材が集まり、全国レベルでは人

材供給に問題はないといえる。また西安、成都などの地方都市にも政府の後押しや外資系

企業の先行投資もあって続々とソフト開発拠点が拡大しつつある。

 中関村の発展史を見るとき、特記すべきなのは、この地域の大学や公的研究機関の果た

した大きな役割である。

 中国の大学や公的研究機関はかつて、政府機関の一部として運営されてきたため、縦割

り主義の弊害(予算の獲得合戦と非効率な使用、組織間の研究テーマの重複)や、研究成

果が個人に帰属しないための研究インセンティブの欠如がひどく、また、研究成果の事業

化も、国有企業とのインターフェースがうまくいかず成果に乏しかった。

 1985年、改革開放政策の一環として、当時の趙紫陽首相の主導で研究開発体勢の改

革が提案され、その後の具体的政策とともに、80年代後半から90年代前半にかけ、大

学や公的研究機関の研究開発の縦割り体質や非効率性が徐々に改善されていった。特に研

究成果の実用化、事業化の分野では①政府による研究開発資金の一律配布の禁止、成果に

応じた給付への切り替え、②知的所有権制度の確立と技術市場の開設、③大学系研究所の

研究人員の流動性増進と営利事業への兼業許可、企業からの委託研究・共同研究などに関

する規制緩和、④研究成果の公開と実用化の義務付け、技術移転組織(TLO)の設置、

⑤大学が自らあるいは外部と共同で企業を設立し、経済活動を行なうことの促進(税を減

免)、などが順次実施された。

 こうした政策転換の背景には、大学が潜在的に有する研究資源や研究成果を事業化に効

率的に結びつけようとする狙いと共に、大学や研究機関の運営に要する大きな財政負担を

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軽減しようとする狙いもあった。ようするに、大学や公的研究機関に対し、予算カットの

見返りに自由な企業活動を認めるということである。この政策転換は、中国の研究開発体

制に大きな変化をもたらした。大学は産学連携の実施機関になる子会社を次々設立し、学

内の研究開発成果の企業化を進めていった。98年末現在で、全国の理工系大学757校

に約2600社の子会社が設立され、185億人民元(2800億円)を売り上げ、上場

企業も8社に上っている。また全国30ヵ所以上で大学がインキュベーター機能を持った

サイエンスパークを建設し、大学と連携したベンチャー育成も盛んに行なわれている。

 こうした流れの中で、中関村においても産学連携企業が次々と設立され、教員がビジネ

スに携わりながら研究成果の実用化、製品化を進めていった。中関村の8000社以上の

研究開発型企業のうち、何らかの形で大学が関わって設立したものは1000社を超える

という。その中で代表的な例を見ていくと、国内パソコン市場首位の「連想」は、84年

に中国科学院の研究者11人がスピンアウトして始めた企業だが、当初から中国科学院が

出資し、今でも科学院傘下の企業である。パソコンの販売台数は90年にはわずか2万台

だったが、2000年には262万台に達した。香港株式市場にも上場し、今ではハード

からソフトやネットビジネス、パソコンから携帯電話や携帯端末に分野を広げている。北

京大学傘下の「北大方正」は、86年に設立され、漢字の電子製版システムの開発で有名

になり、パソコンや周辺機器でも国内市場の3位前後を占めている。電子製版システムは

日本の大手新聞社も導入しているほどの技術水準である。やはり北大方正も香港市場に上

場しており、従業員は3000名以上いる。

 中国の大学で産学連携活動に最も成功しているのは清華大学であるといえる。清華大学

は20世紀始めに起源を持つ歴史の古い大学だが、もともと理工系が強く、中国最高レベ

ルの研究水準を誇ると同時に産学連携活動に早くから熱心に取り組んでいる。学内には科

学技術開発部という名の技術移転組織を持ち、国内外100社以上と共同研究開発活動を

常時行なうほか、39もの産学連携事業化の為の子会社を設立している。また、大学自体

が出資してベンチャーキャピタルを設立し、技術面や経営面の助言も行なってある。39

の子会社は、清華大学集団公司という持ち株会社が所有・統括している。子会社として有

名なのは、「清華紫光」と「清華同方」の2社である。「清華紫光」は、88年に設立され、

スキャナーCADなどのシステム開発などIT、抗生物質など医薬・バイオなどの分野で

事業化を図ってきた。「清華同方」は、95年に設立され、パソコン、サーバー、ソフト

ウェア、システム開発などIT分野が中心だが、環境保護、原子力、ファインケミカルま

で、幅広い事業分野に展開している。

 また清華大学は、94年に「清華科技園」という名のサイエンスパークを中関村に建設

し子会社を通じて運営している。その機能は、インキュベーター、起業家育成、商業化支

援であり、創業6ヵ月以内のハイテク起業家にオフィス、情報、人材、資金ソース等を提

供・紹介している。清華大学の学生起業家がこのインキュベーション機能を利用して、プ

ロジェクターの国産化・大量生産化に成功したり、インターネットプロバイダーとして活

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躍するようになったという事例もある。

 また、外国企業について見てみると、中関村に研究開発拠点を立地させた海外のIT関

連企業は、中国の大学との多面的な連携活動にも熱心である。

 たとえばマイクロソフトは、地元の大学に2000万元(約3億円)のソフトウェアを

寄贈し、また中関村の研究拠点の研究員が地元大学で70の講座を持っているほか、15

人の客員教授を大学から迎えている。

 トップクラスの大学とのこうした緊密な連携の結果大学側からは毎年優秀な学生を優先

的にマイクロソフトに紹介してもらうことができるという。博士過程修了者を学生の身分

のままフェローとして毎年10~15人採用し、国際会議等に派遣して評価し、優秀な学

生を採用していくという仕組みも構築している。

 このようにして出来た中国のシリコンバレーといわれる、北京の中関村地区には、20

01年現在、北京大学や清華大学など70以上ある大学の研究成果の事業化を行う100

0社以上の産学連携企業を含む、優秀で安価な理工系人材に目をつけた8000社以上の

国内外のIT企業が柱となっている、ソフトウェア開発やIT関連の研究開発機能の集積

である。

Ⅳ、それぞれ3つの産業集積の関係

 以上2章では中国沿海部の注目すべき3つの産業集積である、珠江デルタ、長江デルタ、

北京中関村の実相について見てきたが、中国にはこのほかにも、大連、天津、青島、武漢、

重慶、成都など、外資系企業や現地系企業が集積した工業都市は少なくない。しかし、複

数の工業都市が連綿と繋がり大きな集積効果を発揮している点では珠江デルタと長江デル

タ、そして国内の研究開発機能が集中している点では北京中関村地区の存在が、中国にお

いてのみならず世界的にも着目すべきだと考えられる。

 この3つの集積は、その発展史において外資系企業の進出が決定的な役割を果たしてい

る点、中国の人的資源の豊かさが外資系企業の進出の大きな誘因になっている点、もう1

つの柱として現地系企業も重要な役割を果たしている点など、共通する性格を持っている。

他方、この3つの集積は、それぞれに異なる歴史的経緯の中で発展し、異なる得意分野に

おいて大きな成長を遂げてきた。

 他方、1国が発展段階を追って成長していくとき、労働集約型生産から、資本集約型生

産へ、そして知識集約生産へと発展していくのが通常であり、日本も戦後そのように産業

を発展させてきた。しかし中国は、ものの10年くらいの短期間に、労働集約型から知識

集約型まで幅広い産業を一気に開花させ、それぞれに強みを持っていると考えられる。

 3つの集積間の相互関係と、中国産業のなかでこれらの集積が全体としてもつ意義をみ

ると、まず、ともに製造業中心の集積である珠江デルタと長江デルタの関係では、現在ま

でのところ長江デルタの企業集積は、珠江デルタとはかなり異なった特色を持っている。

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長江デルタが、成長する国内市場と優秀な大卒人材を主に狙った外資系企業の投資により、

資本集約的な大規模なハイテク投資を多く受け入れて急成長しているのに対し、珠江デル

タでは、主に労働集約的な加工組立型輸出産業が発展してきた。他方珠江デルタが、現地

系、外資系を問わず中小、中堅の部品企業が広範に存在する部品集積の厚みを売り物にし

てきたのに対し、長江デルタの大企業はもっぱら部品生産を含めたフルセット型の進出を

行なってきた。またそれぞれの特徴は以下の表のようにまとめることができる。

  

    長江デルタ    珠江デルタ

     内需志向    輸出志向型

     合弁中心    委託加工中心

    大企業中心    中小企業中心

    資本装備型    労働集約型

    高給な人材    安価な人材

    多様な業種    電子電機に集中

  企業内フルセット生産型   部品企業集積活用型

 2000年に入り、台湾企業の「北上」現象を始めとする長江デルタの急発展ぶりに、

「このままでは長江デルタに急迫されて、珠江デルタは没落していくのではないか」とい

う見方もあるが、この2つの集積は当面、直接競合するというより、むしろ補完関係にな

っていくのではないか、従って、一方が他方を追い落とすのではなく、相互連携しながら

ともに成長していくのではないかと考えられる。しかし将来的には、中国の国内市場の大

きさを考えると、計画経済指揮下から市場経済化が進み、計画経済下の地域完結型から、

省ごとの参入障壁の撤廃が順次進み、また鉄道網、高速道路網などの物流インフラが整備

されてあった結果各省ごとに細分化されていた市場が次第に融合し、地方ワイド、全国ワ

イドに拡大されてきた。このように分断されていた市場の融合と、中国の内需市場の拡大、

産業構造の高度化につれ、投資先としての魅力が増し、長江デルタの優位性は将来的には

現在に比べ高まってくると思われる。また、長江デルタは現在の珠江デルタに比べ、ルー

ルの適応が相対的に明確で、運用においても懇意性が少なく、政策・制度の安定性、透明

性が高い(中小企業から見れば企業サイドに立った柔軟な運営ではない、杓子定義ともみ

られる)。

 3つの集積の相互関係を見ていくと、中国で注目されている3つの産業集積は、北京が

ソフト・R&D、長江デルタが資本装備的なハイテク生産、珠江デルタが労働集約的な部

品生産や組み立てという異なった特徴を持つ。これらの3地域は、物流の悪さや地方主義

もあって、従来はばらばらに展開してきたが、先ほど述べたように、物流インフラや通信

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インフラの整備と共に、3地域共に拠点を置いて、それぞれの地域の特徴を生かし、補完

効果を狙った立地戦略を取る企業も増えてきている。連想や長城、北大方正といった中関

村のコンピューターメーカーは、生産拠点を珠江デルタに置き、北の研究成果を南で生産

している。華為、中興といった珠江デルタの企業も、それとは逆に春蘭などの長江デルタ

を生産拠点とする企業も、研究開発拠点を北京においている。また、珠江デルタで生産さ

れる大量の電子部品(光ピックアップやマイクロモーターなど)は香港経由や国内ルート

で長江デルタに運ばれ、そこでハイテク製品に組み込まれていく。逆に宝山製鉄や中国石

化の長江デルタの工場から生産される素材が、珠江デルタで家電製品やIT製品に加工さ

れていく。浙江省の現地系の金型が珠江デルタに、深圸の台湾系の金型が長江デルタに運

ばれて行く。さらに、近年では北京で研究開発を行い、部品を珠江デルタで生産し、長江

デルタで組みこむといった集積間の相互連携、企業の戦略的棲み分けの動きも起こってい

る。

 一方、各地域は企業誘致を巡って互いに投資環境の改善を行っている。また、2000

年の中国の外国直接投資契約額は前年の約1.5倍と、中国のWTO加盟と巨大市場を狙

った直接投資ブームが再燃している。このような中、個別の投資判断においては3つの地

域が競合する場合も多いし、各地域自身も他の地域に比べ立地優位性を高めるといった競

争が激化している。深圸は上海をライバル視し、ハイテク投資の受け皿作りに余念がない

し、呉江は東莞との台湾企業誘致競争を行っている。昆山市に関しては台湾系の住民の要

望に応える形で、東莞に続く第2の台湾人学校を設立した。

 このように3つのエリアは互いに補完しあい、同時に激しく競争しつつ全体としての集

積の厚みと競争力を高めあっている。R&Dの北京を頭脳に例えると、ハイテク生産の長

江デルタは上半身、部品集積の珠江デルタは産業の足腰に例えることが出来、これら、3

つの機能が有機的に連携すれば、個別以上の力が発揮できると考えられ、補完し合うこと

により、それぞれの優位性を発揮し、同時に激しく競争しながら、全体として中国の産業

競争力を強めて行くと考えられる。

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~終章~

 中国という名の新発展形態とアジア産業地図の深化

 アメリカ発のITブームが崩壊し、アジアのIT(情報技術)機器の生産・輸出は直接的な

打撃を受けたが、IT革命は、SCM(サプライチェーン・マネジメント)の導入などにより、

生産・流通プロセスの効率の向上などの生産性上昇効果を通じてアジア地域の生産ネットワー

クに大きな影響を及ぼしており、また、世界的な生産ネットワーク・研究開発システムの再構

築の動きは、既存のオールドエコノミーの技術、制度、組織に拘泥されない中国にとって、ニ

ューエコノミーに適した技術、制度、組織を迅速に採用することによる知識ギャツプの縮小、

先進国へのキャッチアップの可能性をもたらしており、産業集積が急速に進む中国が独自の展

開を示し、ASEAN4、NIEs、日本にとって競争面での脅威となり始めている。中国は

労働集約的産業における圧倒的な優位だけではなく、大きな知的人材を集約することで、効率

的な産業集積を形成し、より高度な産業においても急速に力を付け始めている。

Ⅰ、飛躍する中国

 近年、労働集約的生産基地としての中国の存在感が急速に増しており、NIEsの企業

は1980年代後半以降、豊富な労働力を求めてASEAN諸国に労働集約的な産業工程

の移転を進め、最近では更に中国に工場を移転することで競争力を強化している。また、

NIEsやASEAN4から中国へ生産拠点を移す外資系企業、母国からNIEsやAS

EAN4を経由せずに直接中国に生産拠点を移転する企業が見られるようになっていると

も言われている。図5-1は、産業別(繊維、機械、電機、輸送機)で見た日本の東アジア

に対する直接投資の投資先の内訳である。中国が繊維、機械、電機、輸送機等すべての分

野においてそのシェアを大きく伸ばしていることを示している。

         図5-1 日本の対アジア直接投資額の推移

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 また、中国における外資系企業の総資産額を産業別で見てみることによっても、中国に

おいては繊維産業といった労働集約的な分野だけではなく、機械産業といった資本・知識

集約的な分野の両方に対して投資が行われていることがわかる。

     図5-2 中国における外資系企業資産の産業別シェア(%)

業種 99年

通信機器 16.6

繊維・衣類 11.8

輸送機器 8.7

化学 8.5

電気機器 6.8

非鉱物 5.8

一般機械 4.1

その他 37.7

計 100.0

                   (資料)中国国家統計局 「中国統計年鑑」

 戦後、日本経済を牽引する主要産業は、1950年代の繊維産業に始まり、1960年

代に重化学工業、1970年代後半からは機械産業へと移行し、日本はアジア地域の中で

いち早く産業構造の高度化を成し遂げてきた。1965年に最も輸出競争力が高かった繊

維産業は1980年代の後半には輸入超過に転換しており、重化学工業も1970年代半

ばにピークを過ぎ、以降は機械産業が高い輸出競争力を示している。その機械産業につい

ても、高い水準を維持しているものの、1985年プラザ合意以降の企業の海外進出に伴

い低下傾向にあることがわかる。従来、東アジアはこのように発展してきた日本を先頭に、

雁行形態的発展を遂げてきたと言われる。

(備考)データは生産/内需(生産+輸入-輸出)の比率をとって、(生産/内需-1)×100 の置き直したもの。比率は、内需に

対しての生産の超過(不足)比率を表しており、産業の国際競争力を示している。

                             (資料)アジア経済研究所「AIDXT」、UNIDO「ISD」

図 5- 3   東 ア ジ ア に お け る 繊 維 産 業 の 国 際 競 争 力 の 推 移

-40

-20

0

20

40

60

80

100

120

140

80 85 90 95

年度

日本

N IES

ASEAN4

中国

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 図5-3は、1980年以降の東アジアにおける繊維産業の国際競争力の動向を示した

ものであり、この図に示されているように、1980年代以降、日本の繊維産業が輸入超

過に転換するとともに、NIEs、さらには遅れてASEAN4、中国が輸出を伸ばし近

年ASEAN4が停滞し、中国が上昇している様子がわかる。また、図5-4は、機械産

業の国際競争力の動向を示したものである。1980年代後半に日本が低下し始める一方

で、NIEsが輸出競争力を高め、次いでASEAN4が上昇し、94年ごろから中国が

急上昇しているのが分かる。

                         (資料)アジア経済研究所「AIDXT」、UNIDO「ISD」-

 現在、アジア圏で行われてきた産業の移転には、近年中国の台頭によって変化が見られ

る。その特徴としては、中国が生産面及び輸出面での量の拡大に加えて、比較的労働集約

的な繊維産業から、比較的技術集約的な機械産業に至るまで国際競争力を向上させている

ことである。図5-4及び図5-5に見られるように、中国では繊維産業が1980年代

後半から国際競争力を高めるとともに、機械産業も1990年代半ばより急速に国際競争

力を高めている。これは、

中国の発展形態が従来の

雁行形態的発展から、新

しい発展形態に変化して

いることを示している。

 以上見てきたような中

国特有の発展は、199

5年以降、広範囲な分野

においてNIEs及びA

SEAN4の生産量が停

滞しているのに対し、中

図5-4東アジアにおける機械産業の国際競争力の推移

-80

-60

-40

-20

0

20

40

80 85 90 95

年度

日本

NIES

ASEAN4

中国

図5-5 日本のアジア圏からの輸入対世界シェア

0

2

4

6

8

10

12

14

16

90 91 92 93 94 95 96 97 98 99

年度

中国   (右目盛り)

NIEs   (右目盛り)

ASEAN4(右目盛り)

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国では順調に生産量が増加していることなどにあらわれており、東アジアの内需の 3 分の

2 を占める日本の輸入においても、中国のシェアが急増しており、輸出拠点としての中国

の台頭も著しい。

 以上見たとおり、中国においては、比較的労働集約的な繊維産業から比較的資本・知識

集約的な情報関連機器産業まで幅広く生産拠点として海外からの直接投資を受け入れてお

り、アジアの産業地図において日本が先頭を走り、次いでNIEs、その後をASEAN、

中国が続くという従来の「雁行型モデル」に沿った比較優位の変化に伴う国際間の産業移

転とは異なる形の発展形態を見せている。

 こうした現象の背景には、中国の生産コスト上の優位性が他のアジア諸国に比べ強すぎ、

中国の前に産業を行なっていた国からの移転が早く、また、移転された中国には十分な優

位性が存続されている為中国から他の国に移転されることがないという側面と、中国が人

件費コストで優位なのはもちろん、珠江デルタに代表される分厚い部品集積が既に出来上

がっているため、部品調達の利便性でも世界的に優位性を持ち、また中関村地区に見られ

る豊富な技術人材を背景に研究開発面の優位性の上昇と、中国の巨大市場の潜在力により、

企業が人件費や生産コストにとどまらないこうした様々な優位性を背景に、今までの人件

費コストの変化を主要な鍵とする雁行型モデルによる企業立地という考え方から、人件費

コスト以外の優位性を含めた企業立地が行なわれるようになったと考えられる。

 また、中国の国内についても見て行くと、中国は、特徴が異なる3つの産業集積をもっ

ており、それぞれ珠江デルタ地区には、輸出指向の受託加工を中心とする労働集約的なI

T機器生産基地を持ち、長江デルタには内需指向型で、珠江デルタに比べてより知識・資

本集約的な産業集積を、さらに北京の中関村地区は、多数の高水準の大学をベースに研究

開発機能、ソフト機能が集積し、中国国内でのシリコンバレー型の知識集約的拠点として

発展している。

 国内に異なった優位性の産業集積を持つ中国では、国と国との間をある産業が優位性に

基づき移転して行くのではなくて、中国国内で各産業集積にある産業がその求める優位性

ごとに企業立地を決めるといった、中国国内での企業(産業)の棲み分けも始まっている。

 台湾企業を例にとって見てみると、1990年李登輝政権の大陸投資の部分的解禁政策

に伴ない、労働集約型産業の企業が、地理的に近かった福建省、広東省に工場を進出し、

その後電子産業の素地のあった深圸、東莞市へと進出をはじめ、台湾系OEM・EMS企

業が珠江デルタの各地に生産拠点を建設され、その後台湾系企業はこぞって珠江デルタに

進出していたが、2000年頃から、拡大が予想される中国の市場において自社ブランド

の生産販売を実現する為、内需と国内物流の中心である長江デルタが優位であったこと、

また、整備された工業団地やインフラ、治安や都市生活のしやすさ、地方政府の透明性と

いった点で珠江デルタより勝っているという優位性を持つ長江デルタへの台湾のノートブ

ックパソコンメーカー、パソコンや携帯電話の受注生産専門メーカー(EMS企業)等の

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電子産業による投資が江蘇省南部へ集中するという大きな異変が起こった。これは、ある

産業においては、初期の豊富な労働力と地理的な優位性から決定された珠江デルタへ投資

から、国内物流やインフラなどの労働力以外の優位性がある長江デルタへと投資が移転さ

れたということで、中国国内での各企業の求める優位性の選択による産業集積の企業立地

の棲み分けが始まったということのいい例だと考えられる。

 また、台湾企業の中でも、Mitac(神達)のように、中国工場と台湾工場の垂直統

合生産体系を確立する為、広東順徳(順達)・上海(東海神達)・瀋陽(和達電脳)・中山

(祥裕と合弁)で操業を開始し、順徳ではベアボーン生産(複数部品を自社調達して組み

合わせる)、マザーボード、ケース、SPS、金型を、上海・瀋陽ではDT組立を、中山

ではPCBを主力製品として生産するという同じ中国内でもその土地の優位性に合わせた

生産拠点展開を行っている企業も存在する。

 このように多様なレベルの産業集積を持つ中国は、これらを連結し補完させあい、同時

に激しく競争させることにより、全体としての集積の厚みと競争力を高めあっており、こ

れら3つの機能が有機的に連携すれば、個別以上の力が発揮できると考えられ、補完し合

うことにより、それぞれの優位性を発揮し、同時に激しく競争しながら、全体として中国

の産業競争力を強めて行くと同時に、今までのアジアの産業構造の高度化(発展形態)と

は異なった、中国独自の新しい発展形態を辿り始めている。中国はその新しい発展形態の

もと、生産面及び、輸出面での量の拡大に加えて、比較的労働集約的な繊維産業から、比

較的資本・知識集約的な機械産業に至るまで、国際競争力を強めており、実際2000年

の国内市場において、中国現地系企業が、テレビで90%、パソコンで80%、携帯電話

で10%弱のシェアを持ち、家電に関してはトップシェア上位3位を全て独占するなど、

中国現地系企業は、国内市場に参入している日本などの先進国企業を抜き強い実力を示し

ている。

 また、輸出部門でも、中国は強い実力を示し始めており、製品分野で中国現地系企業と

の競合が始まっており、特に中国市場でメインを占めつつある家電、オートバイ、通信機

器、プラント、更に船舶、鉄鋼といった様々な業種において世界市場での中国の存在感は

徐々に高まっており、日本のブランドへの信頼が厚いとされている、ASEAN市場内で

もインドネシア、フィリピン、ベトナムなどの市場では、家電の康佳、海爾といったブラ

ンドや、重慶市のオートバイメーカーがシェアを高めつつある。さらに、従来はASEA

N4から輸出をしてきた中南米、アフリカ、中東、インドなどの新興市場、あるいはアメ

リカのローエンド品市場では、中級品以下では、中国製品に圧迫され始めており、アジア

圏における中国の成長は近年顕著になってきている。

 中国のWTO加盟の結果、中国の経済構造改革・企業改革が進展し、部材輸入の障壁が

低下し、外国投資も更に増加して、中国の生産拠点としての効率性と企業の集積度は更に

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高まるだろうと考えられ、その結果アジアにおける拠点間分業が更に進展し、部品・製品

や情報・技術のアジア域内での流れが一層活発化されることが予想され、また、中国市場

の開放は、アジア全体にとっての分業の拡大、市場の成長といったメリットをもたらすの

は確かである。

 しかし、分業と競合は紙一重であり、巨大な労働者人口を背景に、中国が今後その得意

分野を一層拡大し、世界から投資を吸収し更に、発展して行き、高度な製品や研究開発部

門までカバーして行く一方、こうした流れに対し、いかに自国産業を空洞化されず、立地

優位を確保するかがアジア各国の課題である。

以下では中国産業の台頭にASEANや日本企業はどうどう立ち向かうべきかを見ていく。

Ⅱ、中国の台頭とASEANの対応策

 外国投資の中国への集中や中国現地系企業の台頭に対し、ASEANをはじめとするア

ジア各国で危機感が高まっている。個別の投資の流れを見ても、アメリカ系や台湾系の企

業の生産拠点がASEANから中国にうつる動きや、日本企業がノートパソコンやDVD,

PDP、デジタルカメラ、携帯電話用リチウム二次電池、カラー液晶などの最新分野の工

場をASEANを経由せずいきなり中国へ投資する例が目立っており、この背景には、中

国の産業集積が高度化し投資環境の点でASEANを追いぬいてきたこと、WTO加盟を

見越して中国市場への将来性への期待が高まったことがある。また、ASEAN市場内で

もインドネシア、フィリピン、ベトナムなどの市場では、中国ブランドがシェアを高めつ

つある。さらに、従来はASEANから輸出をしてきた中南米、アフリカ、中東、インド

などの新興市場、あるいはアメリカのローエンド品市場では、中級品以下では、中国製品

に圧迫され始めており、アジア圏における中国の成長は近年顕著になり、ASEANから

の輸出先を低コスト生産にもある程度のハイテク生産にも独自の強みを持つ中国が得意分

野を広げ、侵食している。

 ASEAN国内市場での中国ブランドシェアの上昇は、品目的にも「家電で起こったこ

とがバイクで起こり、3~5年後自動車でも起こる中国はやがて自動車部品・完成品の対

世界輸出拠点になる」とさえいわれており、ASEANの現地系企業の不安を増している。

 むろんASEANも日系企業の一大集積が存在するのみならず、半導体などのデバイス

や石油化学などの素材の供給拠点になっている。シンガポールのハイテクから、インドネ

シア・ベトナムの労働集約まで、フルセットの生産拠点にもなりうる集積を持ち、5億人

の巨大市場もある。しかし、急速に勃興する中国の市場・産業に対抗して行く為には、A

SEAN自由貿易地域(AFTA)の早期実現により、境目のない市場となり、また、通

関や物流の円滑化により「ものづくりの場」として一体化していくことを含め、経済統合

を進めていくことが不可欠である。さらに、人材や裾野産業の育成も急務であるし、各国

の政治や労務問題の安定化の差し迫った課題である。

 ASEANがこうした状況下にある中、日本としてもよりバランスの取れた国際分業構

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造の実現の為、ASEANへの積極的な産業協力支援やインフラ整備支援を引き続き行っ

て行くべきであろう。

Ⅲ、日本の課題

中国産業の勃興は、ASEABが迫られているのと同様の課題を日本にも付きつけられて

いる.国内生産拠点の中国への移転や、中国にあるEMS企業への生産委託化が進み、国

内産業の空洞化の懸念が強まっている。また、中国からのいわゆる「持ち帰り輸入」の増

加と国内産業との摩擦も近年目立ってきており、このような生産拠点の移転や持ち帰り輸

入の拡大の結果、これまでは海外進出しても国内の生産体制は極力維持してきた大企業が、

グローバルな競争が激化する中で最近国内の生産規模削減に動き始めた為、、業種と地域

にも寄るが工業集積度が低下し、いわゆる産業空洞化が懸念され始めている。

 こうした中日本は、組立拠点としての中国をうまく活用しながら、1、2億人のハイエ

ンド品市場向けの消費地立地型の生産拠点、ハイテクデバイスや高級素材・マザーマシン

の供給拠点、として機能していくべきであり、それぞれ日本はアジア最大の高所得国(ハ

イエンド市場)であり、高付加価値商品は、顧客のニーズに対しきめこまかいデザインや

スペックを調達し迅速に供給することがもとめられる為、消費地立地型が有利であり、そ

の点日本が有利であること、ハイエンド品は多品種少量がベースである為、中国のような

大量生産のメリットはうすいこと、中国の現地系企業は一般に川上に上るほど技術的に弱

い為、特に真似がしにくいと言われている素材系分野で日本に技術的優位性が高く、ハイ

テクデバイスや高級素材、マザーマシンの供給源としては日本に優位性が高く、しかし、

一方で組立拠点としては中国が有利なので、組立型製品を輸入するという分業をすること

などがあげられる。

 また、中国、ASEANに生産拠点を移す企業も、あるいはASEANに設計開発拠点

を一部写す企業なども、ハイエンド製品の製造拠点、基礎・応用開発研究の拠点、基本設

計機能や試作機能を持つ拠点などは日本に残したところが多い。設計・試作などの工程は、

最終的には主要生産拠点の移転に連動して行くものと考えられるが、今のところ日本に比

較的残っている為、研究開発や新製品.新ビジネスのスタート地点として、アジアの中で

立地優位性を保つ不断の努力を迫られているが、中国で研究開発分野を担っている北京の

中関村地区では、欧米系の企業は既に中国の最高レベルの人材を活用し、世界水準の研究

開発を行い、現地系の産学連携企業は地元の大学の研究成果をもとに活発に製品化してい

る中国に飲み込まれないようにする為には、日本は研究開発機能やソフト開発機能を維持

し、発展させる為、大学の機能強化、産学連携の強化、教育・人材育成の強化などに重点

を置き、また、キャッチアップされるスピードは年々速くなり、新商品生産での日本が独

占できる期間は次第に短くなっているが、それでも次々と新しい商品を創造し、その後の

技術料、基幹部品の売上を含める創造者利益を得ていくことが重要だろう。さらに、環境

負荷の少ない製品、エネルギー効率の良い製品といったコンセプトを環境先進国という立

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場から、今だ環境意識の低いアジアへ広く発信していくことも重要である。日本の中から

そういった新しい製品や新ビジネスが次々と出てくるように、新規企業育成やその環境整

備、規制制度改革、教育改革、など諸改革の重要性は大きい。

 また、労働者、企業間、地域間ですさまじい競争社会になりつつある中国産業と競って

行く為には、外国人労働者・技術者の本格的な受け入れも真剣に検討し、より開かれ、よ

り競争原理の働く国に変わっていくことが根本的に必要である。

 また、アジア地区で国際分業を円滑に進め、日本企業がアジアで活躍する為には、日本

企業の海外事業環境を改善することが必要であり、その為、偽ブランド・技術侵害などを

未然に防ぐ為に知的所有権保護を徹底すること、税制・税関・投資関連規制など相手国政

府の政策の透明化・公平化のルール化の促進、投資利益の計上・留保・日本への環流を確

保するような働きかけ(配当・ロイヤリティ制度・外貨送金規制や、過大な配当・ロイヤ

リティ課税の是正、現地と日本との二重課税の回避など)、裁判制度・競争政策・中小企

業政策などの基本的制度確立への政策支援、アジア地域への基準認証・関税制度・国境措

置などの諸制度の標準化・共通化・簡素化の促進支援等を行うことも日本政府の基本的な

政策機能になってきている。

 また、一人勝ちしかなねい中国とバランスを取る為、他のアジアの産業集積を強化して

いく必要があり、その為、ASEAN自由貿易地域・ASEAN自由投資地域の早期実現

の促進や、現地人材育成、裾野産業支援、産業セクター別の競争力強化支援、ソフトイン

フラ(標準制度、経済法制、知的所有権制度、電子商取引制度、税関制度など)・ハード

インフラ(電力網や交通網、域内物流の為のパイプライン、道路など)に対する支援、A

SEAN・アジア商品の対日輸入の拡大促進、など、国内経済政策のみならず、日本の行

うべき課題はパワーバランスの均衡化など様々である。

 アジアで望ましい分業構造を実現する上で、日本企業の活動に関与する政策のみならず、

アジアの伸び行く企業や人材を日本産業の中に取り込み、その活力を日本産業の再活性化

のために役立てることが必要であり、そのため入国管理体制の緩和やビザ制度の改善が必

要である。

 このように、日本の課題は国内外と多大であるが、日本は中国の台頭に対し、立地優位

性を保つ不断の努力や、アジア圏のパワーバランスの均衡化の為の不断の努力を迫られて

おり、また、このように新たな課題を日本に突きつけるほど中国は飛躍しており、新発展

形態のもと、労働集約、資本集約、知識集約産業の実力は今後WTO加盟による国際ルー

ルに参加する事で益々高まって行くと考えられる。

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~参考文献~

「中国の経済成長 地域連関と政府の役割」王在喆

                 (應義塾大学出版会株式会社/2001)「図説 中国産業」日本興業銀行産業調査部

                 (日本経済新聞社/1999)「中国経済がわかる事典」今井理之・中嶋誠一

                 (日本実業出版社/1998)「中国の経済発展」南亮進

                 (東洋経済新報社/1990)「メイド・イン・チャイナ」黒田篤郎

                 (東洋経済新報社/2001)「経済発展における政府の役割」 中村雅博~URL~

http://www.mof.go.jp/jouhou/kokkin/tyousa/tyou010h.pdf

http://www.mof.go.jp/singikai/gaitame/siryou/h120425g.htm

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http://www.sumitomocorp.co.jp/econo/9804/j-international.html1998

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http://www.jri.co.jp/ (東アジアにおける産業高度化の課題)

http://www.ippc.com.tw/(TCA対日輸出促進センター)

http://www.tcf.or.jp/Activities/01AT10&AFJ.pdf