免疫のミステリーを 解き明かした学問を 新しい治療薬に ... - …...4 vol.11...

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9 2015 Vol.11 No.9 2015 Journal of Industry-Academia-Government Collaboration https://sangakukan.jp/journal/ 免疫のミステリーを 解き明かした学問を 新しい治療薬につなげる 特集 小水力発電で地域のエネルギー源を活用する 燃料電池自動車用水素を下水から製造し、供給する 森林資源を活用する木質バイオマス発電所・燃料製造工場 地域のエネルギー資源を 活用する 日本の大学の人材育成と技術移転 ─サンフランシスコ・ベイエリアでの活動─ 岸本忠三  大阪大学元総長、大阪大学免疫学フロンティア研究センター 特任教授、 公益財団法人千里ライフサイエンス振興財団理事長

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  • 92015

    Vol.11 No.9 2015

    Journal of Industry-Academia-Government Collaboration

    https://sangakukan.jp/journal/

    免疫のミステリーを解き明かした学問を新しい治療薬につなげる

    特集

    ■ 小水力発電で地域のエネルギー源を活用する

    ■ 燃料電池自動車用水素を下水から製造し、供給する

    ■ 森林資源を活用する木質バイオマス発電所・燃料製造工場

    地域のエネルギー資源を活用する

    日本の大学の人材育成と技術移転─サンフランシスコ・ベイエリアでの活動─

    岸本忠三 大阪大学元総長、大阪大学免疫学フロンティア研究センター 特任教授、公益財団法人千里ライフサイエンス振興財団理事長

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    CONTENTS

    Vol.11 No.9 2015

     巻 頭 言

    グローバルオープンイノベーションへの道 岡崎英人 ……… 3

    免疫のミステリーを解き明かした学問を新しい治療薬につなげる 岸本忠三 ……… 4

     特 集  

    地域のエネルギー資源を活用する 小水力発電で地域のエネルギー源を活用する 岡本卓也 /池田敏彦 /天野良彦 …… 12

    燃料電池自動車用水素を下水から製造し、供給する ─水素リーダー都市プロジェクト─ 田島正喜 …… 16

    森林資源を活用する木質バイオマス発電所・燃料製造工場 ─枯れない油田プロジェクトの社会実装─ 永野正展 …… 20

    琉球大学における離島支援の試み─知のふるさと納税─ 背戸博史 …… 23

    ラウンドテーブルから始める熊本市の産学連携 青山光一 …… 25

    研究者リレーエッセイ超小型衛星「ほどよし」を通した産学連携の経験 中須賀真一 …… 29

    海外トレンド日本の大学の人材育成と技術移転─サンフランシスコ・ベイエリアでの活動を中心に─ 松尾正人 …… 31

    視 点  産学官民連携で地球環境を良い方向に/親離れ・子離れ …… 35

  • Vol.11 No.9 2015 3

    巻 頭 言

    TAMA協会(正式名称:一般社団法人 首都圏産業活性化協会)は、1998 年 4月に任意団体としてスタートし、2001 年 4月に社団法人化した。現在、設立 18年目を迎える産学官金の連携組織で、主として頑張る中小企業のイノベーション創出を支援している。当協会の主な活動エリアは、国道 16 号線および圏央道沿線の神奈川県北部、東京都多摩地域、埼玉県南西部の 1都 2県のいわゆる広域多摩地域にまたがっている地域である。なお、TAMAとは、技術先進首都圏地域(Technology Advanced Metropolitan Area)の略である。当協会は、5年ごとに事業戦略計画を策定している。現在の第四期(2013 ~ 17 年)では、環境配慮ものづくりを推進して、エコクラスター(環境調和・ビジネス調和)の実現を目指し、TAMAブランドの確立とグローバルニッチトップ企業(ニッチ分野の国際市場で高いシェアを持つ企業)を連続的に創出するため、「産学連携・研究開発」「販路開拓・海外展開」「人材育成・確保」の三本の矢による支援を実施している。このうち、特徴ある事業を説明する。まず、「産学連携・研究開発」では、中小企業のコア技術

    一つをA4判1枚で分かりやすくまとめた「技術PRレポート」(約1,350社、うち英語化約400社)と、大学のシーズを同様にまとめた「大学技術工房」(350 シーズ)を作成した。これをツールとして使用し、主として大手企業の研究開発部門につなげ、産学連携による新技術・新製品の開発を促進するTCS事業(TAMA Collaboration Square)を実施して、本年で 9年目を迎える。また、「販路開拓・海外展開」では、韓国・中国・台湾の東アジアに加えて、最近はベトナム・フィリピン・タイのASEANや米国のシリコンバレーにも事務所を設置し、中小企業の技術・製品の海外販路開拓を支援している。この支援は、海外企業のニーズに対応した日本の企業をアサインする(割り当てる)ことに注力しているが、まだ広がりに欠けている。「人材育成・確保」では職業紹介事業の資格を取得し、大学と連携して、意欲の高い学生の中小企業への就業を促進するとともに、今年度中に、外国人の紹介派遣を視野に入れた資格取得も予定している。現下の日本の中小企業活動は、リーマンショック後のグローバル化の波に乗り遅れている感が強い。大企業の海外移転や日本の人口減少基調の中、確実に海外から仕事を取ってくることが望まれている。しかしながら、この展開が十分にできているかというと残念ながら否である。このため、当協会の海外拠点や海外連携機関の支援を活用しながら、海外ユーザーのニーズを的確に取り入れられるようなスキームを構築していきたいと考えている。幸いにして、TCS事業では、日本の大企業にあらかじめニーズを出していただき、それに応えられる中小企業とのマッチング会を実施するプログラムも、本年で 3年目を迎え、まさにオープンイノベーションが軌道に乗りつつある。さらに本年からは JST(科学技術振興機構)シンガポール事務所の支援を受け、シンガポールの機関を通じたニーズ対応型マッチング会の開催も予定している。今後これらを発展させ、日本の中小企業の技術を世界に発信する“グローバルオープンイノベーション”実現に向け、粉骨砕身の努力をしていきたいと考えている。

    ■グローバルオープンイノベーションへの道

    岡崎 英人おかざき ひでと一般社団法人 首都圏産業活性化協会(TAMA協会) 専務理事

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    岸本 忠三(きしもと・ただみつ)大阪大学名誉教授、公益財団法人千里ライフサイエンス振興財団理事長。1964年大阪大学医学部を卒業し、1969年大阪大学大学院医学研究科を修了。1970年から 4年間米国ジョンズ・ホプキンス大学に留学。帰国後、大阪大学医学部助手となり、大阪大学医学部病理病態学教授、大阪大学細胞工学センター教授、大阪大学医学部教授を経て、1997年大阪大学総長(2003年まで)。免疫分野の研究業績により、朝日賞、恩賜賞・日本学士院賞、文化勲章、ロベルト・コッホゴールドメダル(ドイツコッホ財団)、クラフォード賞(スウェーデン王立科学アカデミー)など受賞(章)多数。文化功労者、日本学士院会員、米国科学アカデミー外国人会員。

    岸本忠三 大阪大学元総長、大阪大学免疫学フロンティア研究センター 特任教授、公益財団法人千里ライフサイエンス振興財団理事長免疫のミステリーを解き明かした学問を新しい治療薬につなげる

    人体は、細菌やウイルスなどの異物が体内に入ると、免疫反応を起こして異物を排除する。免疫反応の一つに、異物(抗原)に対して、リンパ球の一種であるB細胞が抗体を産生して抗原-抗体反応を起こし、これを介して抗原を排除する仕組みがある。抗体の特徴は特定の抗原だけを認識することである。この特徴を活かして抗体を主成分にして病気の治療などに使われる薬が抗体医薬品である。抗体医薬品は世界中で開発競争が続いている。わが国初の抗体医薬品は中外製薬株式会社が販売している「アクテムラ」(トシリズマブ)で、関節リウマチなどの治療薬である。この薬は世界に先駆けて日本から販売がスタートした。中外製薬はスイスに拠点を置くロシュのグループ企業なので、ロシュのネットワークを活用して世界中で販売されている。いまではアクテムラはブロックバスターと呼ばれる年間売上高が1,000億円以上の超大型薬に成長した。この医薬品開発のシーズとなったのが、大阪大学元総長の岸本忠三氏が発見したインターロイキン-6(IL-6)というタンパク質だった。岸本氏は中外製薬と共同でこの医薬品の開発を進めた。その経緯や背景などを岸本氏に聞いた。

     帰国して活躍する海外からの研究者

    ― 大阪大学免疫学フロンティア研究センターは、生体内の免疫反応の可視化などによっ

    て免疫系の動的な全貌を明らかにすることが目的とのことです。センター全体もそうで

    すが、岸本先生の免疫機能統御学部門は海外からの研究者が特に多いと聞いています。

    岸本 今、研究者は10人で、日本人が2人、あとは全部外国人なんです。英国、インド、バングラデシュ、ヨルダン、中国など、いろいろなところから来ていま

  • 5Vol.11 No.9 2015

    す。ものすごく優秀な人材もいるし、皆一生懸命やっています。われわれができる貢献の一つは、これらの研究者が将来帰国して、それぞれの国で活躍することです。例えば、ベトナムから来た人は 4年間いましたけれど、帰ってハノイの国立研究所の部長になり、いい仕事をしています。時々何カ月間か来たりします。

    ― 先生は医学部を卒業したあと、内科の診療と基礎研究を掛け持ちしていたそうですね。

    岸本 そうです。臨床からスタートしています。僕の研究の目標はやっぱり病気を治すことです。最近よく医学部の学生らに「手当て」という言葉があるやろと言うんです。卒業式のときも言いました。手当てというのは治療すること、もとを正せば患者の体にちゃんと手を当てて診ることです。そういうふうに一所懸命、患者や病気と向き合っていると、必ず、何でやろかという疑問が湧いてくる、そこから研究は始まるんやと言いました。

     臨床をやめて研究一本に

    ― その後、研究に専念されます。

    岸本 病棟で患者が熱を出してしんどいと言っているときに、研究のことを考えられないでしょう。それで 3年後、臨床をやめて研究一本にしました。それから 20年ぐらい研究をしていたら、内科へ帰ってくれと言われて内科の教授になりました。20年の間に免疫学はコンピューターグラフィックスを見るように進みました。だけど、内科の教室では、関節リウマチの患者に金製剤を投与するというふうな治療法がまだ行われていました。しかし、僕は講義で「免疫のミステリーを解き明かした学問は必ず新しい治療法を開発するでしょう」と話したんです。それから約 10年後には、僕の研究成果は関節リウマチの治療薬になり、世界中で使われるようになりました。

    ― それが中外製薬と共同研究を進めて開発した関節リウマチなどの治療薬「アクテムラ」

    (一般名:トシリズマブ)ですね。日本初の抗体医薬品で、販売は世界に先駆けて日本

    から始まり、いまでは世界約100カ国以上で販売されていると聞いています。

    岸本 この薬の開発がうまくいったのも、僕が、なぜこの病気になるんやろかと考えたり、病気を治したいといったところから研究をスタートしていることと関係があるのかなと思います。内科医からスタートして、研究をやって、もう一遍内科へ戻ってという経過があり、それと一緒に IL-6 の研究、そして薬の開発が動いてきたからです。

    ― アクテムラにつながる最初の研究成果を得たのはいつですか。

    岸本 基本は 1973 年の論文ですから、40年余り前ですね。

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     インターロイキン 6を発見

    ― 先生が米国ジョンズ・ホプキンス大学で研究をされていたときですね。当時は Tリン

    パ球(T細胞)と Bリンパ球(B細胞)のうち、抗体をつくるのは B細胞であること

    までは分かっていました。

    岸本 僕は、B細胞が抗体をつくるためにはT細胞から何らかの因子が出ているはずだと考えて研究を進めました。そしてT細胞の培養液の上澄みをB細胞の培養液に加えると、確かに抗体を産生することを発見しました。研究はそこからずっと続いています。

    ― この研究が、T細胞が放出する因子の解明のきっかけとなりました。その後、T細胞

    が放出しているタンパク質(サイトカイン)の一つを突き止め、同定して「インター

    ロイキン 6(以下「IL-6」)」と命名されました。

    先生が学会で「IL-6 が自己免疫病を誘導する原因因子かもしれない」と発表されたこと

    に注目したのが、B細胞阻害剤の探索を始めていた中外製薬の研究者、大杉義征さん。

    当時、自己免疫疾患はB細胞の異常が深く関わっているためと考えられていました。大

    杉さんは「IL-6 は、われわれが求めているB細胞活性化因子と同じかもしれない。も

    しそうなら IL-6 阻害剤がB細胞異常を改善できる革新的な自己免疫疾患治療薬になる」

    と期待しました。実際はマクロファージがつくる IL-6 が T細胞を刺激していたのです。

    そして1986年に先生(大阪大学)と中外製薬が IL-6 阻害剤探索の共同研究をスター

    トしたわけですね。この産学共同研究では、両者の分担を決め、大学側は IL-6 の受容

    体の同定と、信号伝達の仕組みの解明を中心に取り組み、成功しました。

    岸本 大杉さんのいた中外製薬の研究所長は貞広隆造さんという方で、今でも一緒に仕事をしています。IL-6 というのは骨髄腫細胞の増殖因子だったわけですよ。中外製薬の研究所は、抗体で IL-6 の信号を阻害すれば骨髄腫の治療になるんやないかという発想でした。しかし、僕の考えは違った。IL-6 というのは急

    性期反応を起こします。肝臓の細胞に働いて CRP* 1

    をつくったり、アミロイドタンパク質をつくったりと、炎症のマーカーをたくさんつくってくる分子なので、肝臓に受容体はあるはずだと考えました。そうすると、受容体に

    *1 C- 反応性タンパク質。体内で炎症反応などが起きると血中に現れるタンパク質。

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    対する抗体をつくって投与したとしたら肝臓の細胞が壊れてしまうのではないかと思いました。だから無理やと。しかし、まあ、やってみようかということで、そこからスタートしているわけです。ところが、不思議なことに肝臓の細胞は何も壊れない。それは受容体の量的な問題だと思うんですけど、やってみなきゃ分からなかったわけです。IL-6 の受容体に対するマウスの抗体はわれわれがつくりました。

     薬になるまでのすべての道筋に関与

    ― それが IL-6 に対するマウスのモノクローナル抗体ですね。その後、中外製薬はヒト化

    抗体の作製に成功しました。1990 年代はじめに、海外では腫瘍壊死因子 TNFαに対

    するキメラ化抗体インフリキシマブが関節リウマチに著明な効果を示すことが明らか

    にされ、1995 年ごろに日本に導入されることになった。このため、中外製薬はアク

    テムラの対象疾患を多発性骨髄腫から関節リウマチへと変換したわけですね。

    岸本 アクテムラの場合、成功の要因は、IL-6 の発見から最終的に薬になるまでのすべての道筋に僕が関わったことが一つです。もう一つは大型投資を決断して事業化に乗り出した中外製薬の永山治さん(当時社長)が偉かったということだと思うんです。1990 年代、日本では薬とは低分子の化合物であると誰もが考えていたわけです。低分子の化合物の構造をちょっと変えて、もうちょっといい血圧の薬をとか、もうちょっといい糖尿病の薬をとかいって開発をやっていたわけです。僕は全部飲んでいるけど、十分効くんだから何もそれ以上変える必要はないと思いました。しかし、特許を避けるために変えていくわけです。しかし、当時、外国では既に抗体薬の開発がかなり進み、どうしたらヒト化抗体をつくれるかとか、というところまでいっていた。僕は、一番特異的なものといったら抗体で、がんとか、サイトカインが異常になるような病気、例えば自己免疫疾患には抗体が効くだろうということで、この抗体を使えば、こういうふうに病気がドラスチックによくなりますよという幾つかの例、例えば若年性関節リウマチやキャッスルマン病*2 を見せて説明した。そうしたら永山さんが投資してビジネスとして取り組もうと考えた。それで、2000 年に栃木県宇都宮市に何百億円かかけて培養タンクをつくったわけです。10トンタンクを 8基。それが全部稼働したら薬の年間販売額が 1,000 億円以上になるというぐらいの規模です。中外製薬は製薬業界のなかではそれほど大きな会社ではなく、本当かどうか知りませんが、取締役会では皆、そんなことをしたら会社が潰れるんじゃないかとか、岸本先生の口車に乗ってそんなことをしたらどうなるということだったんですが、永山さんはやったわけですよ。

    ― 2002年秋に中外製薬は日本ロシュと統合し、スイスに本拠を置く世界的な製薬企業

    ロシュのグループに入りました。

    岸本 中外製薬の抗体医薬品への進出を見ていたのがロシュです。アメリカでは

    *2 リンパ増殖性疾患で、この病気を発見した医師の名がついている。腫れたリンパ節から IL-6 が過剰に生成し、それに起因してさまざまな炎症を引き起こす。

  • 8 Vol.11 No.9 2015

    ジェネンテックを買い取っています。抗体薬のほとんどはジェネンテック製です。しかし、ジェネンテックの製品は対象が全部がんでしょう。炎症の抗体薬を開発するというので、2002 年に中外製薬と提携したわけですよ。国際的な大企業は、やっぱり早いですよね。2年間で 40カ国で 4,000 人を対象にしたフェーズⅢが行われて、上市された薬はあっという間に世界中に広がりましたよね。

     世界初のキャッスルマン病治療薬

    ― 成功する条件がそろったわけですね。アクテムラは 2005 年に世界初のキャッスルマ

    ン病の治療薬として日本で販売を開始し、2008 年 4月に関節リウマチや、全身型若

    年性特発性関節炎などが適応症として追加されました。

    岸本 ちゃんとした基礎的な研究があって、その開発を引き受ける企業、さらに、それに着目して世界戦略を打てる国際的なメガ企業、この三つの段階の組み合わせが非常にうまくいった例ですね。そういうストーリーです。

    ― 特に中外製薬は抗体の培養技術のノウハウを持っていたようですね。

    岸本 もともと貞広さんのところは、遺伝子組み換えヒトエリスロポエチン製剤をやっていました。それで成功したのでしょう。

    ― 中外製薬はこれらの薬の開発でバイオ医薬のノウハウを蓄積しました。

    岸本 抗体遺伝子を入れた細胞を培養して抗体薬をつくるにはノウハウが必要なんです。アクテムラの場合、2000 年の初めからやり出して、やっと 10年たってジェネンテックと同じレベルでつくれるようになったと言ってました。1リットル当たり 1グラム以上つくれるようになった。そうするとコストがものごく変わってくるわけでしょう。

  • 9Vol.11 No.9 2015

    ― 日米の創薬システムの違いをどうご覧になっていますか。

    岸本 日本では大体、基礎の研究をしている人はその分野に閉じ込もっていることが多い。基礎研究と臨床が途切れていて交流が少ないわけですよ。もう一つ、基礎研究から治療薬開発、臨床での利用までの過程が社会システムとしてつながっていかないという面がある。外国では、基礎的な研究をベンチャーが育てて、それを大きな会社がわっと開発して売り出すわけでしょう。こういうところに日本の課題がありますね。

    ― それぞれの段階を社会システムとしてつなげていく必要があるというわけですね。

    岸本 今は、抗体薬の次のステップを考えないとだめだと言っているんですが。抗体は細胞の表面にしか働かない、細胞の中へ入らない。そうすると、細胞の中で何かを阻害するとか、そういうことが次のステップの薬になるわけです。オリゴヌクレオシド、RNA阻害剤とか、そういう核酸の時代やと僕は思いますね。2010 年代から世界はそろそろそれを進めておるでしょう。それに対して日本はまだほとんど手が付けられていない。

    ― 今、医療イノベーションを実現するためのさまざまなプログラムが推進されています。

    ここでの時間軸と、アクテムラに学ぶ研究開発の時間軸とはちょっと違いますね。

    岸本 今、学界に求められている「成果」は、われわれが考えている時間軸と全然違いますよね。僕がCREST*3「免疫難病・感染症等の先進医療技術」領域の研究総括をやっていたときも言ったんですが、すぐ何かにつながっていくことは考えなくてもいい、このまま発展していったら面白いことになっていくだろうといったものを選びたいと。どうも、重箱の隅をつついてばかりで、底へ底へといっているんじゃないかというふうに感じられる。ちゃんと分かる人がいれば、こっちの研究をもうちょっと応用の方向へ持っていけば着実に成果を出せるということになる。そうであればいいわけです。

     課題選定における「目利き」の重要性

    ― 先生が、例えば山中伸也先生を見いだしたことに象徴される、課題選定における「目

    利き」の重要性ですね。CREST の免疫難病のプログラムでは、山中先生が応募した課

    題は「真に臨床応用できる多能性幹細胞の樹立」ですね。真に臨床応用できるという

    のは非常に直接的でしたね。

    岸本 僕はそんな真に臨床応用できるかとか、これは免疫や感染症に関係しているかとか、そんなことは思いもしませんでした。きっちりした研究をしていたし、面白い方向性を考えていたし、研究のデータはきっちりしていた。そやから、まあ、ひょっとしたら何か出るかも分からんしということですね。それでいいと思うんです。そうしたら、その次のステップ、その次のステップで、いいものだったら自然に広がっていきますでしょう。

    *3 科学技術振興機構(JST)の 戦略的創造研究推進事業。

  • 10 Vol.11 No.9 2015

    ― あのとき、山中先生はまだ奈良先端科学技術大学院大学の助教授でしたね。

    岸本 課題選考のとき、責任者は、ほかの人がどう言おうと、それはいいということを選択できるかどうか。僕もいろいろな賞の選考をやっていますけども、ちゃんと自分が(応募課題などを)理解していて自信を持って、本当にいいのを選ぶ。そのときにいろいろなファクターが入ったらいけませんね。この人は知っている人だからとか、この人は何やらかんやらとか、これは誰に言われたからとか、昔の日本的な風土の中にはそれがありましたね。日本もこれから、だんだんそうなっていくのだと思うけれども、選考する方もちゃんとよく勉強していないといけませんね。また選考する人は、人数が多い方がいいですね。例えばアメリカのスタディセクションだったら 10人とか多いでしょう。それがみんなちゃんと勉強していて、1人がプレゼンテーションして、あとの人がこう言って、やっぱり人数が多いほど、ええ方向へ向かってちゃんと行きますよ。山中君ばかり言いますけど、一番最初に僕が選んだのはインフルエンザウイルス感染経過の研究です。

    ― 東京大学の河岡義裕先生の課題ですね。

    岸本 そう、河岡君ね。あの人はアメリカで研究していて、日本へ帰ってきてから全然研究費をもらえなかったらしいんですよ。僕、何もこれと関係なしに、ある学会で彼の発表を聞いた。それで感動し、ああ、これはいい、いいことをやっているなと思って、僕がCRESTの研究総括になったときに、僕の方から、「あなた応募してくれませんか」と言って、選んだんです。選んだりする人がみんなそういうことをちゃんと勉強して分かっていたら、いいものが選ばれるはずなんですよ。

     少額を多くの若い研究者に

    ― 競争的資金の課題選考では、課題の研究内容を選ぶ方法と、ERATOや FIRST(最先

    端研究開発支援プログラム)のように「人」に重点を置いて選ぶ方法があります。

    岸本 理想は人で選ぶことですよね。課題で選ぶと、そこへ何やかや出るから。しかし、人で選ぶ場合に今度はエスタブリッシュした人を選んでいますね。それじゃ、もう先行きがないわけですよ。まだどうなるやら分からんあたりのところの人を選ぶというのは難しいわけでしょう。だから、僕が言うのは「少額多配」で、少ない金額、多くても 1,000 万円程度まで、をなるべく多くの有望な若い研究者に配分することです。1億円を 1人にやるよりも 1,000 万円を 10 人にやった方が、どこかから可能性が出てきます。僕が医学部長のときに、大内科制(第 1、第 2、第 3)というのを診療科制に細分化しました。これもできるだけたくさん若い教授をつくるということで方向は同じです。

    ― それから、研究を続けていくことが大事ですね。

    岸本 続けることが一番。そんなにたくさんお金は要らない。それで研究を続け

  • 11Vol.11 No.9 2015

    ていく。ライフサイエンスでもたくさんの金を与えると、片っ端からマウスをノックアウトするとか、そういうことが起こるわけです。そうすると頭を使わない。もしこれが 1,000 万円しかないとか、 3,000 万円しかないとかいうことになったら、何を一番中心にやるかということを必死になって考えますね。そうしたら、いい考えが出てくる。ですから僕が常に言っていることは“金を使わず頭を使え”です。

    ― ただ、ライフサイエンスの研究は高い装置が必要だということはありますが。

    岸本 それは別に出すとしてもね。競争的資金で大きな金をもらった人でどれだけいい研究をしたかです。論文は出ているかもしれませんよ、「ネイチャー」やらに。しかし、最終的にはやっぱり人類の役に立たなきゃいかんわけです。ライフサイエンス、生命科学は人類を病の苦しみから救うことがやっぱり一番の使命です。だから、役に立つ研究をせいというのは、そういう意味で捉えたら正しいわけです。しかし、それを短い期間で役に立つことをやれという。すぐ役に立つことはすぐ役に立たなくなります。そうではなしに、遠回りでも、最先端の研究の成果を実用化して人類の役に立てるというのが一番の目標でしょう。

    (聞き手:編集部 登坂和洋)

    【参考文献】・塚崎朝子.新薬に挑んだ日本人科学者たち.講談社.・ 大杉義征.国産初の抗体医薬トシリズマブの開発.産学官連携ジャーナル.2013,Vol.9,No.4,p.11-16.

  • 12 Vol.11 No.9 2015

    特 集 地域のエネルギー資源を活用する

    ■プロジェクトの背景

    ここで紹介するプロジェクト「イノベーション政策に資する公共財としての水資源保全とエネルギー利用に関する研究」は、科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)の 2012 年度「科学技術イノベーション政策のための科学研究開発プログラム」に採択され、実施されている。プロジェクトの目的は、エネルギー源としての水資源の利活用の技術開発だけでなく、それを社会実装し、水資源の保全・活用についての社会的モデルを構築することも含まれている。信州大学では、水資源の豊富な長野県の環境を活かし、工学部を中心に小水力

    発電システムの開発を行ってきた。しかし、社会技術として普及させるには幾つかの障壁があった。例えば、現行の水利権体制の下で新規の利用を導入することは、水利権の壁にぶつかって困難となることが多い。地下水に関しては、地盤沈下防止を主目的とした工業用水法やビル用水法などによる取水制限はされているものの、地下水の保全や利活用を目的とした国の法律はなく、条例などが存在している一部自治体を除けば、私的な利用がいくらでも可能である。このような現状を踏まえれば、水資源を活用した再生可能エネルギー導入の加速を可能とするためには、技術開発に加え、総合的・包括的な「水法」の整備や、水を利活用する地域の人々の意識づくり、合意形成のための社会技術の構築が必要だといえる。ここでは、長野県栄村をフィールドに小水力発電を社会実装した事例を紹介 する。

    ■栄村の小水力発電所の概要

    長野県栄村小赤沢地区に水車発電機(写真 1)を設置した。地区の湧き水が小赤沢に流れ落ちる急峻(きゅうしゅん)な傾斜地の落差を利用して発電している。小水力発電所の概要を 図 1に示す。河川より取水した水が除塵スクリーンを通して水槽に蓄えら

    小水力発電で地域のエネルギー源を活用する

    長野県栄村で小さな水力発電所が動き出した。規模は小さいが、地域のエネルギー源を活用するための産学官連携モデルとして、この発電所プロジェクトの意義は大きい。

    岡本 卓也おかもと たくや

    信州大学 人文学部 准教授

    池田 敏彦いけだ としひこ

    信州大学 名誉教授

    天野 良彦あまの よしひこ

    信州大学 工学部 教授・プロジェクト代表

    写真 1  水車発電機

  • 13

    特 集

    Vol.11 No.9 2015

    れ、送水管を通してクロスフロー水車発電機に導かれる。落差は 11.5m、流量は 0.03m3/秒である。水車は傾斜地に作られた架台上に設置されている。水車のランナー(羽根車)は直径 250mm、幅 100mm、ブレード(羽根)枚数は 20枚である。40極の永久磁石式同期発電機を用いている。パワーコンディショナーで直流から交流(AC)100Vに変換された電力は、栄村が管理する公衆トイレ(照明と便座暖房)と街路灯(写真 2)に供給される。また、非常用電源として最大 1kWhの充電池(公衆トイレ内に常備)に蓄えられる。騒音対策として、防音小屋内に水車を収納した(写真 3)。

    防音小屋なしの場合、架台上部で測定した騒音レベルは87dB(A)*1 程度であったのに対して、防音小屋に収納後は約 75dB(A)に低下した。しかし、架台下部での騒音レベルは変化しなかった。そこで、水車排水口に防音シートを巻いた塩化ビニル管を接続し、一部地中に埋設することなどにより、騒音対策を行った。栄村小赤沢地区は日本でも有数な豪雪地帯である。冬期には雪により水路が埋没するため、除塵スクリーンの清掃には防雪屋根が必要である。日本エンヂニヤ株式会社の好意により、落ち葉などのゴミと水流の分離に優れた特殊な除塵スクリーンを用いた。

    ■小水力発電所のメリット

    3.11(東日本大震災)以来、再生可能エネルギーの利用を一層拡大することが

    *1 dB(デシベル)は音圧レベルを表す。dB(A)は人間の聴覚を考慮して補正した値(A 特性補正)であることを示す。

    11.5

    mAC100V

    2.0

    m

    1 m

    図 1  小水力発電の概要

    写真 3  防音小屋

    写真 2  街路灯

  • 14 Vol.11 No.9 2015

    急務とされている。水力は風力や太陽光に比べて稼働率が高いこと、また、風力に比べて流体の密度が大きいことから発電に有利である。流量と落差の積で水流の持つエネルギーは決まるが、小水力発電に適した河川や地形を特定することは容易ではない。水車設置場所の選定には、栄村内 8カ所の候補地を調査した。その結果、水が安定して得られる湧き水であること、小赤沢地区で消雪などに利用後、最後に集水されて小赤沢に流れ落ちる場所であること、発電した電力を公共性が高い公衆トイレや街路灯に活用できることから、水車の設置場所を小赤沢地区に決定 した。小水力発電について、一般的にいえることだが、発電規模が小さいほど経済性は良くない。建設単価を抑制することは無論だが、流量と落差のいろいろな組み合わせに対して、使用する水車や発電機、パワーコンディショナーのそれぞれの性能を高め、三者の最適な組み合わせが望まれる。

    ■社会実装のプロセスと稼働後に浮かび上がった課題

    プロジェクトチームでは、図 2のようなプロセスを経て、上述の小水力発電を導入した。特徴的な点としては、社会的合意を得るために、区長会において地区の役員を対象とした説明会を行い(写真 4)、その後、各区長が地域の住民を対象とした総会で同意を得るというプロセスを踏んでいることなどが挙げられるだろう。法的には水利権者と土地所有者の同意を得ることで、小水力発電の設置は可能であるが、コミュニティー電源としての利用を想定していることなどからも、このようなプロセスを経ている。その結果として、設置後に住民間で大きな

    図 2  栄村での社会実装のプロセス

  • 15

    特 集

    Vol.11 No.9 2015

    トラブルが発生することもなく、受け入れられたといえるだろう。また、合意形成上のメリットがあるだけではなく、話し合いのプロセスの中で、地域での水利権に対する考え方など、さまざまな情報も収集できた点も有益だった。また、社会実装という点においては、水利権の問題だけでなく、発電機の置かれる場所の違いによって関連する法律や許認可の手続き省庁が異なることなども明確になった。国土交通省が管轄する河川法では、2013 年 12 月に小水力発電への水利権の利用について、許可制から登録制へと簡素化された。しかし、実際に小水力発電を設置する場合には、場所によって農林水産省や林野庁などが所管する法令にも抵触する可能性が指摘された。小水力発電の積極的な設置のためには、それら関連省庁を統合した組織が必要となるであろう。発電機の設置後には、周囲の住民から騒音問題が提起されたこともあった。そのため、この問題が解決するまで、小水力発電システムの運転を停止した。騒音規制法は、規定の特定施設から出る騒音を規制する法律であり、本小水力発電システムは、騒音規制法は適用外である。しかし、問題は音量だけではなく、これまでは聞こえていなかった音域の音が聞こえ、騒音として認識されたようである。地域住民から提起された問題を抱えたままプロジェクトを進めることはできないため、対策を施し、問題の解決を図った。社会実装には法律の整備だけではなく、住民との関係作りも重要なことを示す一例といえるだろう。

    ■今後の取り組みと展望

    本プロジェクトでは、長野県をフィールドとして水資源の循環を捉え、水資源の保全と利活用を進めることを目的に行ってきた。しかし、水源地の保全と利活用という観点からは、多くの類似地域において適用可能であると考えられる。今後は、本プロジェクトで得られた、自治体や地域社会との利害調整や合意形成の知識などを社会技術として体系化することを目指している。さらには、トータルな水資源の保全と生態系に負荷を与えない水資源の利活用を進めるために、一般的に必要な水政策を明らかにするとともに、それを支えるための社会や法制度について提言を行いたいと考えている。

    写真 4  区長会での説明会

  • 16 Vol.11 No.9 2015

    特 集 地域のエネルギー資源を活用する

    ■下水汚泥消化ガスから水素を製造するメリット

    化石燃料の枯渇化への危惧と、地球温暖化にみられる化石燃料による環境影響の負荷低減という社会的要請の高まりによって、将来有効な二次エネルギー形態として、水素が注目されている**1、2、3。水素は自然界での賦存(ふぞん)量はほとんどないが、さまざまな一次エネルギーから製造しうる。また、電力と相互変換可能な唯一の気体エネルギーであり、燃焼しても水しか生成しない点で、クリーンなエネルギーであるといえる。水素利用法の一つとして開発が進められているのが、燃料電池自動車(Fuel Cell Vehicle、以下「FCV」)で、昨年末にはトヨタより FCV「MIRAI」の商用販売が開始された**4、5。FCVへの水素供給源としてのバイオマスからの水素製造は、再生可能エネルギーであるバイオマスを用いるので、他の水素製造方法に比較して、環境影響の観点から極めて有利な手法であり、多大なCO2 削減効果が期待できる**6。特に下水汚泥消化ガスを活用して水素を製造する手法は、都市部での需要が見込まれて、都市部からの普及開始を図る FCVでは、理想的といえる再生可能エネルギーからの水素製造システムとなりうる。実際、九州大学などの事前の調査研究では、適正な下水汚泥消化ガスからの水素製造手法を用いれば、水素ステーションを十分に形成できるという評価が得られている**7。

    ■水素リーダー都市プロジェクトの背景

    下水汚泥消化ガスのエネルギー活用の現状と水素ステーション構築のモデルを図 1にまとめる。現在、下水汚泥の湿式メタン発酵による消化ガスシステムを採用している下水処理場は、約 1,900 カ所の全国の処理場のうち、約 300 カ所である。消化ガスシステムを採用する下水処理場では、汚泥残渣(ざんさ)の減容化が採用目的の第一義であることから、消化ガスのエネルギー利用率は約 70%程度となっている。発生した消化ガス(メタン含有率約 60%)のうち、42%が熱利用に、28%が発電に利用されているが、残りの約 30%は利用されていない。この未利用消化ガスを活用して消化ガス中のメタンから水素を製造し、水素

    燃料電池自動車用水素を下水から製造し、供給する―水素リーダー都市プロジェクト―

    下水から水素を製造し、燃料電池自動車に供給するという夢のような話が現実になっている。福岡市で行われている世界初の試みである 「水素リーダー都市プロジェクト」 について報告する。

    田島 正喜たじま まさき

    九州大学 水素エネルギー国際研究センター 客員教授

    **1 最首公司.水素社会宣言:“減炭”政策のために.株式会社エネルギーフォーラム,2005,p.14-24.

    ** 2 Jeremy Rifkin.水素エコノミー:エネルギー・ウェブの時代.日本放送出版協会,2003, p.236-286.

    ** 3 Joseph J. Romm.水素は石油に代われるか.オーム社,2005,p.15-25.

    ** 4 経済産業省.燃料電池実用化戦略委員会資料.2004.

    ** 5 JHFC セミナー資料.平成19年度 水素・燃料電池実証プロジェクト.2008,p.15.

    ** 6 財団法人日本自動車研究所.JHFC 総合効率検討結果報告書.2006,p.33-37.

    ** 7 福岡水素エネルギー戦略会議 平成 24 年度研究開発支援事業.下水汚泥消化ガスを原料とした水素ステーション構築の可能性調査.2012.

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    特 集

    Vol.11 No.9 2015

    ステーションから FCVに供給できれば、水素ステーション形成黎明(れいめい)期における都市部でのバイオマスからの水素供給モデルが構築できる(図 1中、④のケース)。加えてこのシステムは、将来的には、水素製造の際に生成するCO2 を分離回収すれば、カーボンニュートラルなバイオマス利用をカーボンポジティブ化(大気中のCO2 濃度を減少させる)でき、温室効果ガスの削減に寄与する可能性を秘めている。

    ■下水汚泥消化ガスの分析と不純物対応

    下水汚泥消化ガスを用いた水素ステーションを構築するにあたり、消化ガスの増量計画のある福岡市中部水処理センターを対象に、消化ガス成分の詳細分析を行った。2011 年 9月~ 2013 年 2月までの 3年間に、年間変動を見越して計 6回、10 サンプルのデータを蓄積した。消化ガス中には、表 1に示すように、二酸化炭素とメタンのほか、シロキサン*1、オクタン、ノナン、デカン、テトラデカン、エチルベンゼンなどの高沸点炭化水素が含まれ、その含有量もサンプルごとに変動している。オクタンなどの炭化水素は、水素製造の際、触媒上で炭素として析出し、触媒作用を妨げる触媒毒になる可能性がある。そ

    表 1  消化ガス成分の変動

    図 1  下水汚泥消化ガスのエネルギー利用の現状と水素ステーションモデル

    *1 シロキサン結合(Si-O-Si)を持つ化合物の総称。

    成分 単位 含有量

    二酸化炭素 % 35.9 ~ 39.4

    メタン % 53.3 ~ 57.8

    硫化水素 mg/Nm3 0.2 未満

    シロキサン(D3,D4,D5,D6) mg/Nm

    3 1.7 ~ 490

    オクタン mg/Nm3 0.4 ~ 6.8

    ノナン mg/Nm3 0.02~ 0.85

    デカン mg/Nm3 0.09~ 3.5

    テトラデカン mg/Nm3 0.06~ 2.4

    エチルベンゼン mg/Nm3 0.07~ 0.82

    リモネン mg/Nm3 0.24~ 3.9

  • 18 Vol.11 No.9 2015

    こで、九州大学では、これらオクタンからエチルベンゼンまでの各高沸点炭化水素に対し、最大含有量の約 2~ 350 倍濃度の模擬消化ガス(標準ガスとして濃度検定済)を作製し、工業触媒を用いてマイクロリアクター(微小触媒試験装置)を使った水素製造実験を行った。そして工業条件下の温度、圧力において、消化ガスからの水素製造が持続的に可能であることを確認、操業条件を確定した。また、表 1中の硫化水素も触媒毒となるが、酸化鉄で吸着除去した後、触媒層前段で水素添加脱硫法によって精密除去すればよいことも分かった。シロキサンは活性炭を用いて吸着除去することにした。メタンから水素を作る水蒸気改質法は吸熱反応なので、効率向上を考慮して、消化ガス中の不活性な二酸化炭素は、2段の膜分離によって原料ガスよりあらかじめ分離することにした。

    ■プロセス設計と水素リーダー都市プロジェクト

    上記不純物への対応を考慮して計画した概略フローを図 2に、システム構成を図 3に示す。メタン含有率約 60 %の消化 ガ ス 2,400m3/ 日 よ り 水 素3,302m3/ 日を製造するプロセスで、将来のカーボンポジティブ化を想定して、一段目で分離されたCO2 は圧縮し、液化二酸化炭素としてボンベ出荷され、レタスのハウス栽培場にて光合成促進剤として利用される。製造された水素はコンプレッ

    図 2  概略フロー図

    写真 1  水素ステーション

  • 19

    特 集

    Vol.11 No.9 2015

    サーで加圧して蓄ガス器に導入された後、ディスペンサー(定量吐出装置)でFCVに 70MPa(約 700 気圧)で充填(じゅうてん)される。- 40℃対応の冷却機が設置されており、急速充填時のガス温度上昇を抑え、空から満タンまで 3分間程度で充填できる。1日に 65 ~ 70 台の FCVの燃料充填ができ、商用水素ステーションとして十分な採算性を持つ。水素普及期に対応するため、近隣のオフサイトステーションなどへの供給用として、水素ボンベの出荷設備を併設している。また、大型車両(バスなど)への水素充填も可能な設計となっている。本設計仕様を基に、福岡市(消化ガス供給など)、九州大学(技術解析、評価など)、三菱化工機株式会社(設備建設など)、豊田通商株式会社(事業性評価)らの共同体は、2014 年度の国土交通省下水道革新的技術実証事業(通称「B-DASHプロジェクト」)に採択された。福岡市が水素のリーダー都市となるよう、本プロジェクトを「水素リーダー都市プロジェクト」と命名し、福岡市中部水処理センター内に水素ステーション(写真 1)を建設した。この水素ステーションは本年 3月末に開所し、FCVへの充填を開始した。本プロジェクトは、下水汚泥消化ガスから製造した水素を商業規模で FCVへ充填できるステーションとして、国内はもとより、世界的にも初めての試みである。なお、本事業は国土交通省国土技術政策総合研究所からの委託事業として実施されている。

    図 3  水素リーダー都市プロジェクトのシステム

  • 20 Vol.11 No.9 2015

    特 集 地域のエネルギー資源を活用する

    ■宿毛バイオマス発電所と木質ペレット製造工場の概要

    高知県の西端に位置する宿毛(すくも)市は、天然の良港といわれる宿毛湾を有する地方都市であるが、少子高齢化の波は地域基盤の存続レベルまで及んできている。水産業や農業、林業といった 1次産業の生産環境は厳しい状況下にあり、次代への担い手も減少の一途をたどっている。市人口は 22,000 人を切るに至っている。2015 年 1月に、宿毛市東部平田町にある高知西南中核工業団地(1988 年完

    成、面積 41ha)の一画で、株式会社グリーン・エネルギー研究所宿毛木質バイオマス発電所・木質ペレット製造工場(写真 1)の竣工式典が行われた。この会社は高知工科大学の 2名の教授が代表取締役会長と社長を務め、高知工科大学社会マネジメントシステム研究センターの研究員が現場責任者として運営に携わる、資本金 2億円の大学発ベンチャー企業である。バイオマス発電所は確定出力 6,500kW、年間売電量 4,500 万 kWhを目標にした四国初の木質バイオマス専焼発電所である。使用燃料は木質チップ(未利用木材・一般木材)で、年間約 9万トンを近隣から調達して運営する。発電所は20名の職員で運転している。同一敷地内に併設されている木質ペレッ

    ト製造工場は、杉・ヒノキ材を原料にしたホワイトペレット燃料(含水率 6~ 8%、直径6mm、長さ10~20mm、熱量4,300~ 4,500kcal / kg)を毎時 2.5 トン生産できる能力があり、4名の職員が従事する。ホワイトペレット燃料は農業用ハウス加温施設、海産物加工施設、畜産関係施設や温浴施設などに販売されており、当面は5,000トン/年の生産を目指している。

    ■建設資金や運転資金の調達

    施設などの総建設費用は約 40億円で、これに加え、金融費用をはじめとする運転開始までの必要資金として約 6億円を要した。これを 27億円の長期借入金

    森林資源を活用する木質バイオマス発電所・燃料製造工場―枯れない油田プロジェクトの社会実装―

    全国で数多くの木質バイオマス発電プロジェクトが動き始めている。宿毛木質バイオマス発電所はそのモデル事業として学ぶところが多い。

    永野 正展ながの まさのぶ

    高知工科大学 地域連携機構・社会連携センター長 特任教授/株式会社グリーン・エネルギー研究所 代表取締役会長

    写真 1  宿毛木質バイオマス発電所と木質ペレット製造工場

  • 21

    特 集

    Vol.11 No.9 2015

    (シンジケート・ローンの組成による)と 17億円の補助金に、資本金 2億円で賄った。補助金が入るまでのつなぎ資金も当然借入金として支援を受けた。プロジェクトの構築からシンジケート・ローンの組成、さらに工場完成に至る期間は、3年半という比較的短い期間であった。

    ■プロジェクトの目的と理念

    ゆっくりと、しかも確実に進行している地域の少子高齢化や 1次産業の衰退などを目の前にした日常の中で、大学や企業の存在自体が地域から問われている。それ故、研究成果や活動成果を具体的に社会に実装する機能が非常に重要である。身近で再生産可能な木質資源による地域産業構築を目標として、木質バイオマスによるエネルギーの地産地消手段が地域の持続的発展に寄与することを確信してプロジェクトの構築に至った。大学関係者だけでなく、企業や地域の志を同じくする人々の協力や行政の支援を得ることで、プロジェクトが現実のものになっていった。結果として工場での直接雇用が 30 人を超えたし、燃料調達などに関係する 80 ~ 100 人程度の新たな雇用が生まれた。また、これまで用いられることがなかった人工林での残材や製材所の木くずなどの残渣(ざんさ)に加えて、建材として利用されていない広葉樹も燃料として価値あるものとなった(写真 2、3、4)。林業などに関係のない一般市民が軽トラックなどで剪定(せんてい)枝や自山から不要な材を持ち込んでくれる姿は関係者の目には、「燃料」を持って来てくれる人と映る。

    ■産学連携はどのように行われたか

    このプロジェクトの起源は、2006 年に、県下の若手農業者から燃料高騰への対応策や環境問題への取り組みなど、いくつかの課題解決を頼まれたことである。高知工科大学の地域連携機構・地域活性化研究室(現社会連携センター)と社会マネジメントシ

    写真 2  燃料例:人工林からでるタンコロ

    写真 3  燃料例:自然林や人工林からでる枝葉

    写真 4  燃料例:製材工場からの背板・残渣(ざんさ)

  • 22 Vol.11 No.9 2015

    ステム研究センターにおいて、農業用ハウス加温にターゲットを絞って木質バイオマス燃料の使用についての調査と研究に取り組んできた。その実績として、高知県下での木質ペレット使用量は 8,000 トン/年を超える規模に成長してきた。高知県をはじめとする公的機関のインフラ整備(燃焼機器普及支援など)や政策的支援が有効に働いた結果である。また、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発)「森林資源のエネルギー化技術による地方の自立・持続可能な地域経営システムの構築」、さらには総務省での物部川流域「緑の分権改革」推進事業など、複数の調査・研究過程から社会実装に至る準備を行うことができたことが、プロジェクトを強固に推し進める基盤となった。

    ■稼働前と稼働後で課題は変わったのか

    正直に言って稼働後に出てきた課題などはないに等しいといえる。なぜなら稼働開始までに想像をはるかに超えるような難題や課題が立て続けに出現し、それらを一つ一つ解消・解決することによって稼働に至っているからである。こう表現すると計画段階でリスク対応をほとんどしていなかったように受け取れるが、シンジケート・ローンの組成段階で、想定しなければならないリスクをすべて抽出したし、その具体的対応・解決策を提示することなしにはローンの組成には至らなかったからである。想定した主なリスクは、原料調達量およびコストに関する具体的リスク、資本調達リスク、ローン組成リスク、工事遅延リスク、コストオーバーランリスク、性能未達成リスク、オペレーティングリスク、許認可リスク、人材確保リスクなどであった。例えば工事期間中の異常な長雨・豪雨による遅延や、材料調達での何の効力もない紙切れ同然の搬出協定書、競合他社の手の届かないような高値で市場価格を吊り上げたことへの対応、などは常識の範囲を超えるものであったが、答えをカタチとして出さねばならなかった。

    ■今後の取り組みと展望

    全国で同様のプロジェクトが 100 近く動き始めているが、筆者らと同じような実装手法はまだ耳にしない。数年を待たずに木質バイオマス発電での一般的モデルが確立するであろうが、もしかしたらわれわれのやり方が役に立てることになるかもしれないと考えている。今までも、そしてこれからも地域にとって重要なことは、持続的発展を意図した変革をどのように受け入れて取り組んでいくかである。それにはプランナーとプレーヤーの存在なしには 0から 1にはなれない。プレーヤー不在の計画や構想は何の価値も生み出さない。このような考えの下で、新しい林業チームがプロ化しつつある。彼らの下で数年間修業した新しいチームをさらに 10程度つくることができれば、地域もにぎやかさを取り戻せるし、すべてが地元で循環することにつながっていくだろう。

  • 23Vol.11 No.9 2015

    琉球大学における離島支援の試み―知のふるさと納税―

    琉球大学では、離島出身の学生が、自らの知や経験をもって、ふるさとの島に恩返しをするというユニークな取り組み「知のふるさと納税」が行われている。

    ■島嶼県沖縄の課題

    沖縄県は、東西 1,000km、南北 400kmの海域に 49の有人離島を抱える島嶼(とうしょ)県である。空間的・時間的・経済的な制約による数々の課題がある中で、子どもたちの教育環境の地域間格差も大きな課題の一つである。県内にある大学・短大のすべては沖縄本島に所在している。つまり、離島地域の小中高生は身近に大学生と接する機会がないまま、自らの進路を構想しなくてはならないのである。2009 年度より琉球大学(以下 「本学」)では、離島固有の課題(大学や大学生の不在による知の偏在状況と、それに伴う学習・進学意識の希薄化など)の克服に向け、離島出身の学生講師陣が出身地の学校に赴き、交流授業や生徒・保護者への進路相談会、合宿プログラムなどを開催する「知のふるさと納税」事業を実施している。

    ■学生がふるさとに恩返し

    「知のふるさと納税」とは、言うまでもなく「ふるさと納税」のアナロジーであり、離島出身の本学学生が、自らの知や経験をもって、ふるさとの島に恩返しをする取り組みである。現在は規模の大きい石垣島・宮古島・久米島の 3島で、それぞれの島の出身者による三つの学生講師陣が事業を展開している。事業の形態は多様である。小規模中学校を訪問する場合は、全校生徒を対象に大学や学生生活の紹介、将来を展望するワークショップなどを実施する。大規模中学校では、大学や学生生活の紹介に加え、学生の専門分野に応じた模擬授業などを実施する。高校への訪問時は高校 1年生を対象に上記のような取り組みに加え、希望する高校 2~ 3年生に進路相談会を設けている。生徒の夏休み期間には、中学生を対象とした合宿プログラム(2

    泊 3日)も実施している。この合宿では夏休みの宿題支援をメインコンテンツとしつつ、大学や大学生活の紹介、学部・学科別の模擬授業、レクリエーション、野外炊飯、夜間ハイク、将来を展望するワークショップなどのプログラムを実施する。その際、高校生の学習支援ボランティアも募っている。大学生とともに宿題支援をサポートしてくれるスタッフであり、それ以外の時間は中学生とともにプログラムに参加してもらう形を取っているが、これは中学生と高校生の交流をもたらす機会にもなっている。

    背戸 博史せと ひろふみ

    琉球大学 生涯学習教育研究センター 教授

    写真 1 高校訪問(久米島)

  • 24 Vol.11 No.9 2015

    *1 文部科学省「地(知)の拠点整備事業」

    いずれの機会でも実施しているのが、中学生や高校生の子どもを持つ保護者と大学生との懇談会である。離島の保護者には、子どもを親元から離す不安が常にある。寮や一人暮らしの様子、仕送りやアルバイト、友人関係や就職、学生の中学校高校時代のこと、部活と勉強の両立、受験生(自身の子ども)への接し方など、保護者ならではの心配や悩みに対し、大学生が全力で応える取り組みである。

    ■誰もにもたらされる成果

    県や市町の教育委員会、NPO(非営利団体)や学校との協働による本事業は、本学へのリクルートや大学進学を推奨するものではない。離島でなければ容易に得られるであろう知的・人的環境を、一時的にでも作り出し、生徒たちに主体的な将来展望をする機会をもたらしたいという意図の事業である。郷里の先輩の真摯(しんし)な姿に“憧れ”を抱いてもらい、そうした“憧れ”をもとに自身をプロデュースするための“スイッチ”が入れば…というのがスタッフ全員の願いである。アンケートの結果からは、たとえ瞬間風速ではあっても、離島で暮らす中高生たちの学習意欲は格段に高まり、大学進学への興味、大学生への“憧れ”が得られている(従って、結果的にリクルートにもなっている)。保護者たちにとっては子どもを本島や本州に送り出すに当たっての不安を解消するまたとない機会となっている。かつて印象的だったのは、参加した保護者の一人が学生に対し「あなたを育てたお母さんに会いたい…」と言っていたことである。そこには学生たちにわが子の将来を重ね合わせる親の姿があった。一方、望外の成果だったのは学生自身の成長である。授業の合間を縫って約 2

    カ月にわたる企画・準備をなし、主役の舞台に立って生徒や保護者に対応する経験は、学生自身のさらなる学習意欲を高めるとともに、郷土愛をいっそう強くし、卒業後は郷里での活躍を、広く社会への貢献をという志を抱くに至っている。大学にとっての成果は、知と人の環流である。かつて訪問した高校の生徒たちが本学に入学するや否や「今度はスタッフで!」と事業への協力を申し出てくれる。間もなくかつての中学生も本学に入学して来ることになろう。入学前から本学で活躍することに“憧れ”ている学生を迎えることができるのは形容しがたい喜びである。一方、卒業した初期の学生スタッフが教員として郷里に帰り、われわれを迎える側として活躍し始めてくれてもいる。年間約300万円ほどの予算確保(現在は学内の競争的資金+COC*1)のみな

    らず、日程調整の難しさ(中高校と大学の夏期休業のズレや学生の本業の忙しさ)、3島の事業を専任 2名の教員で回す困難(各開催日が極めて近接)など、残された課題は少なくない。しかしながら入学前から卒業後に至るまでの知と人の環流をもたらす本事業は、地域と在る琉球大学を実感できる充実した機会でもある。

    写真 2 中学生との合宿プログラム(宮古島)

    写真 3 保護者との懇談会(石垣島)

  • 25Vol.11 No.9 2015

    ラウンドテーブルから始める熊本市の産学連携

    一つのテーブルで、地元大学のシーズと地元企業のニーズについて話し合えば、マッチング率が高まるだけでなく、相乗効果も生まれるのではとの発想で生まれたのが「事業化マッチングのためのラウンドテーブル」である。

    ■熊本市での産学連携の位置付け

    熊本市では、毎年度、一つのテーマに絞って集中的に大学シーズと企業ニーズのマッチングを行ってきたが、地場企業のニーズが多岐にわたることなどから、企業の要望に十分に応えていない状況だった。この状況を打開するため、産学連携支援を常にフォローできる体制を構築するとともに、専門性が求められるマッチングに対応できる人材を活用して産学連携支援業務の効果的な実施を図ることにした。具体的には、地元の中小企業の産学連携に関する相談に日常的に対応するとともに、大学などの産学連携機関や民間の企業支援専門機関で企業支援経験を持つ人に、専門性を活用して大学シーズと企業ニーズのマッチングをしてもらう「事業化マッチングのためのラウンドテーブル(以下「ラウンドテーブル」)」を実施することにした(写真 1)。

    ■ラウンドテーブルの役割

    行政の産学連携コーディネーターの最終目標は地域振興と企業振興なので、企業ニーズに即した大学シーズのマッチングが主体となる。ラウンドテーブルの目標は多くの事業を創出することで、最終的には、1社 1億円の売り上げ企業100社創出が夢である。これを実現するには、大学シーズを企業ニーズに取り込む機会をできるだけ増やす必要がある。大学側のコーディネーター経由ですでに産学連携をされている企業(全体の数パーセント)や行政支援がなくても維持できている企業は、行政の産学連携コーディネーターの支援範囲ではない。それ以外、つまりこれまで大学と縁が薄かった企業が対象となる。とはいっても、産学連携支援を行うにあたり、最初から「産学連携をしませんか」「産学連携はありませんか」というアプローチでは、地方の中小企業においてはなかなか成立し

    青山 光一あおやま こういち

    熊本市農水商工局 商工振興課 新産業振興班 産学連携コーディネーター

    写真1 ラウンドテーブルのチラシ

  • 26 Vol.11 No.9 2015

    にくい。基本は「企業支援」なので、企業ニーズに合った支援をどこまでできるかが鍵と考えた。それには、県内の各種支援機関(産業技術センター、各支援財団など)とのフットワークの良い連携ネットワークを確保できるかどうかが重要になる。さらに重要なのが企業との信頼のおける継続的な関係である。これを踏まえて、マッチングさせたいシーズを決めてニーズ(企業)を募集するという形式でラウンドテーブルを進めている。

    ■ラウンドテーブルの実際

    ラウンドテーブルでは留意していることが 3点ある。

    1.双方向型、少人数を意識するどんな「場」を提供するかが大事である。従来の発表形式の一方的な情報提供ではマッチングは生まれにくい。そこで、双方向的に「聞きたいことがあれば、その都度聞ける」場となるように心掛けている。また、テーマシーズを狭い領域に絞ることにより、参加対象企業とテーマシーズの適合感を高めるようにしている。参加募集人数はテーマシーズで異なるが、原則として定員 15人としている。ただ、講師側のテーマシーズが広いときもある。そのような場合、おのずと参加申し込みは多くなるが、「縁」が大事と定員を超えてもお断りをせずに受け付けている。この選択が有効なのかは、検証中である。申し込みが定員以上になると、テーブル方式ではなく椅子方式となるので、後日、個別相談などの希望をアンケートなどで集めて対応している(写真 2)。

    2.参加者の自己紹介産学連携の達成が主目的だが、「産産連携」「産官連携」「学学連携」の創発も

    促したいという思いから、参加者に参加者リストを配るとともに、自己紹介と名刺交換の時間も設けている(ただし、参加者が 30人を越えた場合はリスト配布のみ)。

    3.ラウンドテーブルの後の「飲みニケーション」もセット「連携」が生まれるには、シーズとニーズのマッチング度もあるが、人同士の相性も大事である。ラウンドテーブルでは講演 2時間と懇親会 2時間の合計 4時間をマッチングイベントとしている。「飲みニケーション」は互いを知り合う機会としては有効と位置付けているからである。ここでも、演出にこだわり、懇親会費用を抑えるとともに、会場を借り切ってイベント参加者だけで行っている(写真 3)。また、懇親会の模様を撮影し、フェイスブックなどで公開する(もち

    写真 2 ラウンドテーブル

  • 27Vol.11 No.9 2015

    ろん事前に了承は得ている)ことで相互の絆が高まるようにしている。

    ■ラウンドテーブルの講師陣

    中小企業の人が、気軽に大学の先生と話ができたり、相談できたりする機会は、今まで多くはなかった。そこで、気軽に参加できる産学の場であることを、シーズを発表していただく先生方にも事前に説明し、協力していただいている。当初は大学の先生へのお願いは、各大学の産学連携コーディネーターを通していたが、なかなかうまくいかず、候補選出には苦労した。そこで、目線を変えて、教授より若手の准教授や助教、講師、県内企業との関わりを持ちたいと考えられている先生、熊本県内に来て間もない先生、産学連携に積極的な先生、を基準に直接交渉することにした。また、研究開発関係の先生だけではなく、デザインを考える、つまり芸術学部の先生、マーケティング、ブランディング関係の総合管理学部の先生なども積極的に登壇いただいている。その結果、大学を超えた連携も個別に生まれている。それを意図的に企画しているのが、年に一度のラウンドテーブルの「全員集合」である。「全員集合」では、今まで登壇いただいた各先生と各企業とを、シーズテーマ単位にテーブルを用意して大マッチング会を実施している(写真 4、5)。

    ■ラウンドテーブルの集客法

    最初の1年は、ラウンドテーブルに登壇いただく講師は謝金なしだった。予算がなかったというより、筆者のつてで開始したので、ボランティアでご協力いただいた。2年目からは謝金の予算も確保できた。一時期は県外の大学の先生も講師にとも考えたが、「継続的かつ動きやすい」を意識して、県内大学のみとしている。ラウンドテーブルの集客法は、筆者が築き上げたネットワークでのメールでの案内(3千~ 4千通)とフェイスブックなどでの案内が主である。それ以外に熊本市のホームページでの告知、市政だより、県内支援機関などでのメール配信も利用している。

    ■これまでの成果と今後の展開

    2013 年に始まったラウンドテーブルは、この 7月

    写真 3 懇親会

    写真 5 大マッチング会「ワイガヤ・マッチング」

    写真 4 「全員集合」のチラシ

  • 28 Vol.11 No.9 2015

    までに 22回の定例会と特別編など 2回を開催した(表)。登壇いただいた先生は 23 人、参加企業は延べ約 650 社、参加人数は延べ約 720 人である。ラウンドテーブルがきっかけで生まれた産学連携は約 20件である。ラウンドテーブルの最終ゴールは、一つのシーズに一つのニーズをマッチングさせることである。一つのシーズは一人の先生、一つのニーズは一企業の課題である。これらの点と点を結ぶのがコーディネーターの役割で、結んだ線を太くするのが周りの支援機関である。ラウンドテーブルを通して、その線を長くしたり、交差させたりして、面、立体にしていけば、地域のブランディング効果が高まり、ウエブ的な相乗効果が生まれると期待している。新規の市場性あるビジネスが生まれ、地域振興、経済振興と結び付けば、雇用創出にもつながる。それを支援する手段として、地域に根付いた産学連携をこれからも続けていきたい。また、熊本県以外の県でも、ぜひ、この取り組みに賛同いただき、オール九州でのラウンドテーブルが実現できれば、産学連携に有効かと思う。

    第 1回 熊本大学 /甲斐広文教授 /薬学部視点 /25人

    第 2回 崇城大学 /アハラリ・アリレザ准教授 /工学部視点 /13人

    第 3回 崇城大学 /西園祥子准教授 /メタボリック /19人

    第 4回 熊本大学 /藤原章雄助教 /マクロファージ /16人

    第 5回 東海大学 /井越敬司教授 /チーズ発酵食品 /20人

    第 6回 熊本大学 /中島雄太助教 /マイクロデバイス /13人

    第 7回 崇城大学 /三枝敬明准教授 /フランスの微生物コラボ /20人

    第 8回 崇城大学 /岩上孝二教授 /デザイン、ブランディング /60人 /セミナー形式

    第 9回 東海大学 /高橋将徳教授 /センサー、アクチュエータ /13人

    第 10回 熊本大学 /小林牧子准教授 /超音波センサ圧電センサ /20人

    第 11回 熊本大学 /山川俊貴助教 /医療福祉の現場ニーズ 回路、センサー、通信等シーズ/22人

    第 12回 崇城大学 /八田泰三教授 /有機薄膜 EL シーズでの商品化、事業化 /16人

    第 13回 崇城大学 /本間康夫教授 /デザイン思考で商品化 /25人

    第 14回 熊本大学 /有馬英俊教授 /シクロデキストリン、サクランを使った商品開発 /23人

    第 15回 熊本高等専門学校(八代キャンパス)/西雅俊助教 /衝撃波技術 /10人

    第 16回 熊本県立大学 /丸山 泰教授 /マーケティング /40人

    第 17回 熊本高等専門学校 /石橋孝昭准教授 /アプリケーションによるノイズ除去等 /12人

    特別版 高知工科大学 /渡邊高志教授 /薬用・実用果樹類の生産と市場調査 /70人

    全員集合 今までご登壇いただいた先生+参加企業の大マッチング会 /88人

    第 18回 崇城大学 /横溝和美教授 /健康食品の効果 /25人

    第 19回 熊本大学 /新森加納子助教 /タンパク質スクリーニング技術 /31人

    第 20回 熊本大学 /都竹茂樹教授 /eラーニングで腹を凹ませる /35人

    第 21回 東海大学 /永井竜児准教授 /生活習慣病を真に予防できる食品成分の開発 /43人

    第 22回 熊本高等専門学校 /葉山清輝教授 /ドローン(無人航空機)の可能性を検証 /59人

    これまでのラウンドテーブルの発表者、テーマ、参加人数

  • 29Vol.11 No.9 2015

    研究者リレーエッセイ

    ■ 超小型衛星実用化を目指す「ほどよしプロジェクト」■

    2010 年 3 月から 2014 年 3 月まで内閣府の最先端研究開発支援プログラム(FIRST)で「日本発の『ほどよし信頼性工学』を導入した超小型衛星による新しい宇宙開発・利用パラダイムの構築」というプロジェクトを進めた。近年、日本では多くの大学が独自の超小型衛星(70kg 程度以下のサイズ)の開発を行い、学生の教育だけでなく、宇宙科学・地球観測などの実用的なミッションにも利用し、その数・質ともに世界の中でもトップレベルになってきた。その成果を生かし、①超小型衛星に適した信頼性の概念「ほどよし信頼性」の確立、②サイズ比で世界最先端の機器の開発と国内でのサプライチェーン*1 の確立、③地上局、地上試験設備などのインフラの確立、そして、④超小型衛星の利用法と利用コミュニティの創生・発掘、を目標に掲げ、日本の 8大学と中小を主とする多くの企業に支援されながら、世界一の超小型衛星大国を目指す活動を展開した。宇宙関係の企業はすでにたくさんあり、通常の衛星(500 kg 以上のサイズ)用の機器を提供しているが、従来の宇宙開発が官需主導であったために低コスト化のモチベーションがほとんど起こらず、一般に宇宙用機器は非常に高価であり、また 70kg 以下へのサイズの転換にも莫大(ばくだい)な開発費用が必要であることが明らかであった。そこで、本プロジェクトでは、衛星開発を、従来の超高コストの「宇宙価格」ではない低コストのまま進められる効率的サプライチェーンの構築を中小企業と連携して進めた。結果として、150社を超えるネットワークができ、70kg 級までの衛星用のすべてのコンポーネントが国内で低コストで入手できるインフラが整備できた。併せて、大学が研究する超小型衛星用先進要素技術のアイデアを実用化・製品化する作業も手伝っていただいた。衛星は多くの分野の技術と人のインテグレーション(統合)であり、まさに「つながり」をいかに広げていくかが勝負であった。

    ■ 産学連携の体制づくり ■

    宇宙における熱設計・素材などを手掛ける有限会社オービタルエンジニアリング社長の山口耕司氏が中心となって「次世代宇宙システム技術研究組合」を立ち上げ、そこが中小企業との連携のノード(交点)になった。その心は、大学が直接中小企業と連携するのではなく、中小企業の論理や考え方に詳しい方が間に立って「ワンクッション」を置くことで、企業側に無理のない、スムーズな参入・連携が可能になることを狙ったものである。技術開発の現場では衛星開発者側と中小企業の技術者がダイレクトに交流し、知財や金銭面では技術研究組合が一手にマネジメントを引き受けてくれたので、大学側は研究開発に注力できた。また、山口氏は必要な技術を提供できる多くの中小企業の掘り起こしにも尽力され、結果として、先に述べた 70kg 衛星開発に必要な全ての技術をカバーする効

    中須賀 真一なかすか しんいち

    東京大学大学院 工学系研究科 教授

    超小型衛星「ほどよし」を通した産学連携の経験

    * 1 supply chain. 原材料が生産されてから最終消費者に届くまでのプロセス。

  • 30 Vol.11 No.9 2015

    果的なサプライチェーンの構築ができた。やはり「餅は餅屋」の発想が連携には重要である。ここで重要な観点は、1)できるだけ「宇宙に染まっていない」企業が参画しやすい環境作りを行うこと、2)技術力と同時に、将来にわたって協力関係が維持できる企業の特定が必要であること、3)「宇宙が素人」の企業には宇宙で正常に動作するための設計・製造時のケアや地上試験手法を伝授する必要があること、などである。そのための方策として、a)サプライチェーン選定・運用基準書を作り、宇宙環境耐性を保証する作業を、ベンダー*2 の実力に応じてベンダー側かシステム(衛星開発)側かいずれで担当するかを柔軟に変える、b)宇宙用のはんだ付けなどの特殊な作業は講習会を開いてベンダーを教育する、c)振動試験、熱真空試験などのベンダーができない、あるいは経験のない試験は、システム側で一斉に実施する期間を用意し、そこにベンダーに来てもらって一緒に実施することで教育も含めて環境保証を行う、などの工夫を行った。

    ■ 一体感の醸成 ■

    多くの中小企業と研究開発の連携をして感じたことは、企業の皆さんに衛星の成功を目指して親身に協力していただいたことであった。衛星設計の初期段階からできるだけ企業に設計情報を出して機器開発の実現可能性をチェックいただき、専門家の目から見ても無理のない機器の仕様になることを確認しながら進めたことは、出戻りが少なくなっただけでなく、同じチームの一員として衛星を開発するのだという一体感の醸成に大いに役立ったと感じる。衛星を絶対成功させたいという気持ちを持っていただいたおかげで、衛星開発の最終段階での急な追加作業にも自身の人的ネットワークを使ってタスクフォースを組んで対応いただいたり、自分の担当機器だけでなく、他の分野にも仕事を超えて有益なサジェスチョンをいただいたりするなど、その効果は絶大であった。心より感謝している。契約書やインターフェース仕様書のやりとりというだけでなく、最終成果物への強い思いの共有も、特に衛星のような多くの企業が関与しなくてはいけない大プロジェクトでは重要であると痛感した。

    ■ 衛星打ち上げの成功、そして未来へ ■

    多くの企業の支援を受け、東京大学が中心になって開発した「ほどよし 3号、4号(写真 1)」は、2014 年 6月 20 日にロシアの宇宙基地から高度 630kmの宇宙に打ち上げられた。開発していただいた機器はすべて正常に動作し、分解能6mの地球画像(写真 2)獲得をはじめ、多くの成果を挙げた。ご尽力いただいた中小企業の皆さんへの恩返しとして、開発機器がこれからも売れ続けるよう、衛星プロジェクトを継続して受注ないし起こしていくことがわれわれの責務であり、それが「つながり」をさらに広げていくことになるのだと考えている。すでにベトナム衛星「MicroDragon(マイクロドラゴン)」や超小型深宇宙探査機「PROCYON(プロキオン)」をはじめ、その活動が始まっている。

    * 2 vender. 製品の納入業者や販売業者。

    写真 1 ほどよし 3号(左)と 4号(右)

    写真 2  ほどよし 4号で取得した 6m 分解能画像(千葉県周辺)

    (次回の執筆者は、京都工芸繊維大学 大学院工芸科学研究科 教授 吉本昌広氏です。)

  • 31Vol.11 No.9 2015

    海外トレンド日本の大学の人材育成と技術移転―サンフランシスコ・ベイエリアでの活動を中心に―

    米国サンフランシスコのベイエリアには、日本の大学 10 校の拠点があり、 Japanese University Network in the Bay Area(JUNBA)を形成して、人材教育や技術移転活動を行っている。ベイエリアでの産学官連携活動の最近の状況をレポートする。

    ■ JUNBAの活動の概要 ―グローバル人材教育

    サンフランシスコ・ベイエリアには 10 校の日本の大学拠点がある。その代表が毎月集まって情報交換をしているのが JUNBA(Japanese University Network in the Bay Area)である*1。2006 年に結成して、毎年日本の大学向けにシンポジウムやサミットを行い、日米間の大学の問題について議論をしてきた。しかし、各拠点が一番力を入れているのが日本の学生のグローバル教育である。2013 年度に、メンバー大学から北米に 1カ月以上派遣された学生数は1,773 人に達する(表 1)。早稲田大学や桜美林大学のような私立大学からの派遣が四分の三を占めているが、国立大学もそれぞれに力を入れている。各拠点で教育方針は異なるが、九州大学の場合を紹介すると以下のようになる*2。九州大学では 2007 年から 4週間の「英語+起業家精神研修(QE+EP* 3)」を行っている。この研修は、毎日の英語研修に加えて、シリコンバレーのベンチャーキャピタリスト、起業家、研究者、ビジネスパーソン、コンサルタントなどの有識者からのイノベーションと起業家精神の講義、イノベーションの現場である企業や大学訪問、現地学生との交流などを組み合わせたものである。全員がホームステイをすることによって文化の違いを体験することも重要な要素�