学校建築ストックの特徴 - さくらのレンタルサーバ...11 chapter 1...

8
C hapter 1 学校建築ストックの特徴 上野 淳・倉斗綾子・角田 誠 本章では、他の施設建築に比べ、独特な機能、構造、特徴を持つ学校 という施設の特徴を整理して説明します。

Upload: others

Post on 15-Jul-2020

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 学校建築ストックの特徴 - さくらのレンタルサーバ...11 Chapter 1 学校建築ストックの特徴 下との間仕切り壁を取り払ったオープンな教室を並べ、その前

Chapter 1学校建築ストックの特徴

上 野 淳 ・ 倉 斗 綾 子 ・ 角 田 誠

本章では、他の施設建築に比べ、独特な機能、構造、特徴を持つ学校という施設の特徴を整理して説明します。

Page 2: 学校建築ストックの特徴 - さくらのレンタルサーバ...11 Chapter 1 学校建築ストックの特徴 下との間仕切り壁を取り払ったオープンな教室を並べ、その前

10

■1-1 学校建築ストックの現状

 ここでは、今日の学校建築のストックの全体像をいくつかのトピックに整理して説明します。1 少子高齢化 いうまでもなく我が国は少子高齢化の世紀に入っています(図1-1)。こども人口、及び生産年齢人口は加速度的に減少し、そして高齢人口は増加の一歩をたどっています。既に今世紀の日本は、超高齢社会へと移行しているのです。そしてその裏返しとして、 ⅰ) 全国の学校キャンパスに物理的(面積的)に余裕が生まれ

ていること ⅱ) 高齢者福祉・支援施設のニーズが増大していることなどが現象として起こり始めています。2  膨大な学校建築ストック 我が国には初等・中等教育学校だけでも、現在、全国5.5万校、約2億5千万㎡の建築ストックが存在しているといわれています。これは膨大なストックといえます。そして上述のようにこれらの学校キャンパスには、児童生徒数減少によって、余裕教室*1(空き教室)の発生や、学校統廃合による廃校舎の出現などの物理的な余裕が生まれているのです。 ここで、これら膨大な建築ストックについて、これらが果たして優良なストックか、との問いを検証しておく必要があるでしょう。

①建設年代別の学校建築ストック 建設年代別の学校建築ストックの分布(図1-2)を見ると、建設後20年を経過しているストックが73%となっています。つまり、これらは老朽化が懸念されるストックです。②耐震化改修の進捗状況

 阪神・淡路大震災で昭和 40年代に建設された校舎を中心として学校校舎も甚大な被害を受けたことはみなさんの記憶にも新しいでしょう。以来、全国的に既存建築の耐震改修が急がれています。しかし、耐震化対応がなされている学校建築ストックは平成15年の時点で50%を下回っており、公共施設一般において最も対策が遅れている種別の建物といえます(図1-3)。しかも、設置者の意識の遅れ、そして市町村自治体の財政難のために耐震化はおろか、耐震診断すらも遅々として進んでいない状況といえます。現状では、多くの学校建築は危険なストックといえるのです。③機能的に時代遅れのストック

 これらの膨大な建築ストックは、「片廊下一文字型校舎」のストックです。つまり、これらは、学校教育の今日的ニーズ、学校環境のオープン化、ラーニングセンター化や地域化など高度な教育ニーズに対応できない旧態依然たるストックなのです。 以上、幾つかの側面からの検証をみても、学校建築ストックは決して優良なストックとは言い難い状況にあります。

注 *1)余裕教室とは、児童・生徒の減少に伴い「将来とも恒久的に余裕となると見込まれる普通教室」を指します。(文部科学省公立学校の施設整備「一般Q&A」より)

90,000

80,000

70,000

60,000

50,000

40,000

30,000

20,000

10,000

   01950 1960 1970 1980 1990 2000 2010 2020 2030 2040 2050(年)

(千人)

生産年齢人口(15~64歳)

年少人口(0~14歳)

老年人口(65歳以上)

後期老年人口(75歳以上)

注:破線は前回(1997年 1月)中位推計の結果

実績値 推計値

保有面積(単位:万㎡)

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500

3,000

3,500

50 年 40年 30年 20年 10年 0年

新耐震基準施行以前に建築された建物

建築後 20年以上72.9%

建築後 20年未満27.1%

昭和 56年 (経年)

学校施設

社会保険施設

公民館等

社会体育館

診療施設

 0% 20% 40% 60% 80% 100%耐震化済 未耐震化

図1-3 学校建築ストックの耐震化進捗状況出典:防災拠点となる公共施設等の耐震化推進状況調査報告書(平成15年4月1日現在)

図1-2 学校建築ストックの状況����    出典:学校施設の耐震化推進に関する調査研究報告書

「公立小中学校非木造建物の経年別保有面積」(平成16年5月1日現在)

図1-1 日本の人口構造の動向出典:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」(2002年1月推計)、

総務省「国勢調査報告」

Page 3: 学校建築ストックの特徴 - さくらのレンタルサーバ...11 Chapter 1 学校建築ストックの特徴 下との間仕切り壁を取り払ったオープンな教室を並べ、その前

11

Chapter 1 学校建築ストックの特徴

下との間仕切り壁を取り払ったオープンな教室を並べ、その前に広々とした多目的スペースを設ける、いわゆる「オープンスクール(図1-6)」も、この補助金制度が後押しをする形で、この頃(1984年)から全国的に普及し始めたのです。 しかし、2000年に入り次第に児童生徒数の減少が目立つようになると、学校には膨大な数の余裕教室(=空き教室)が発生し、余裕教室の活用を促すような補助金施策も設けられました。しかし、その傾向は止まらず、現在もなお全国的に余裕教室や廃校校舎が増えている状況にあります(図1-7、図1-8)。その結果、少子化による統廃合をきっかけとして統合新設校を設置する、統合するいずれかの既存校を増改築する、廃校校舎を他用途施設へ転換するといった施設整備も全国的に見られるようになっています。

■1-2 日本の学校建築の動向

1 戦後の学校建築の変遷 戦後、日本では不足している学校の整備が急速に進められました。しかしそれらは量的整備を目的に推し進められ、こどもたちの健康や安全への配慮が十分になされていなかったことから、政府は当時の建築分野の学識者に研究を委託し、その結果を基に、1949年には木造校舎の、1950年にはRC造校舎の標準設計図を示しました(図1-4、図1-5)。 さらに1958(昭和33)年には、「義務教育諸学校施設費国庫負担法」が施行され、「すし詰め教室」など劣悪な環境で行われる「不正常授業」を解消するための校舎の新築・増築に対して、公立小中学校では必要な校舎建設費用の1/2を国が負担する制度が始まりました。この法令の中には、学校規模の適正についても示されており、不足した教室の整備に関する補助についても謳われました。 こうした法の後押しもあって、日本の学校建築はある一定以上の質を保って急速に整備が進められ、経済的にも有効であった「片廊下一文字型(ハーモニカ型)」RC造校舎が全国的に普及したのです。そして、前節でも述べたように現在もなお、その時代に整備された数多くの学校が存在し、使われ続けています。 国からの補助も70年代に入ると徐々に引き上げられ、80年代には単に教室環境の改善を目的とするものだけではなく、多目的スペースやクラブハウス整備等に対する補助金も設けられ、学校により豊かな空間が整備されるようになりました。廊

7m 3m

9m

7m 3m

6.75m

2.25m

7m 3m

3m3m

3m

7m 3m

2.25m

2.25m

4.5m

A型A型A型 B型 C型 D型

教室

教室

教室

オープンスペース

S33年 1,340 万人

S37年 703 万人S61年 589 万人

S56年 1,182 万人

200

 0

400

600

800

1,000

1,400

1,200

S30 S40 S50 S60 H10 (年度)

H16年 708 万人

H16年 339 万人

小学校

中学校

(公立学校)(万人)

高等学校中学校小学校

0

100

200

300

400

500

600

136100

160122 163

122153 123

199221 227

274

369 3164211189

4312155 47

8215

4611179

4319225

5013185

4717217

4318184

5115265

64

26311

68

44339

81

59

414 118

69

556

69

70

455

H4 H5 H6 H7 H8 H9 H10 H11 H12 H13 H14 H15 H16 H17

図1-4 西戸山小学校平面図(1階平面図)1950年RC造校舎標準設計のモデルスクールとして建設された。しかし、構造がRC造となっている他は、概ね明治時代に制定された『学校建築図説明及設計大要』に準じた内容であり、戦前の木造校舎の基準がそのままRC造に移行したものだった。� 図面出典:『新建築学体系29 学校の設計』彰国社

図1-5 RC造校舎標準設計におけるスパン割の型7m(およそ4間)×9m(およそ5間)角の教室をモデルとした柱位置の標準モデルA〜D型。A型は教室を一体的に1スパンで構成している。しかし当時の技術では9mスパンのRC造建築は難しく、柱割りに関するC〜Dの検討が行われ、教師の講義する部分に空間の変化を与えようとしたB型、経済的スパンのC型、BとCの折衷案的なD型等が提案された。結果、A型と、経済性からC型および単純にA型の半分である4.5mスパンの校舎が全国的に普及することとなった。このようにここで示された標準設計では、学習機能に対する提案はなく、構造面、経済面からの検討が中心に行われていた。

図1-6 標準的なオープンスペース

図1-7 児童生徒数推移�� 出典:平成16年度 学校基本調査

図1-8 廃校数推移出典:文部科学省ホームページ 余裕教室・廃校施設の有効活用

Page 4: 学校建築ストックの特徴 - さくらのレンタルサーバ...11 Chapter 1 学校建築ストックの特徴 下との間仕切り壁を取り払ったオープンな教室を並べ、その前

12

 また、自治体財政の状況などを背景にPFI事業として学校を整備する事例も近年多く見られるようになってきました。これにより、学校には新たなサービスが付加され、地域施設として開放されたり、他施設と複合化する事例が一般的になりつつあ

ります。 こうして今、学校建築は、これまでにない新たな局面を迎え、戦後多くの専門家や政府によって整備されてきた基準や標準通りの計画だけではつくれない時代を迎えています。

表1-1 学校建築の整備施策・建築計画の動向と施設補助基準制度の変遷年代 整備施策・社会状況と計画傾向 施設補助基準制度

新たな画一化の兆候

   量的整備         空間への挑戦     

量的整備から質的整備へ                           定型からの脱却

RC造校舎の標準設計木造校舎のJES (1949)

1946 戦災復旧に補助1948 六三制整備費に転用小学校、戦災小学校等の整備が追加

1950 公立学校に対する国の補助制度(1953)

軽量鉄骨校舎の開発(1954)

 ・教室内環境の向上 ・配置計画 ・教室廻りの充実

1953 公立学校施設費国庫負担法が制定 ・義務教育年限の延長に伴う公立学校の施設の建設1/2  ・公立学校の施設の戦災復旧1/2  ・公立学校の施設の災害復旧2/3 児童の自然増に伴う校舎の不足を解消するための補助1955 小学校校舎の不足の解消を促進させるための公立小学校不正常授業解消臨時措置法の制定 (1953年に予算補助として発足したもの)1956 学校統合に対して新たに補助を行う1959 第一次5か年計画(すし詰め解消時代)を定め整備を促進

1960 ・計画研究の発展・海外事例の影響新しい学校空間への挑戦

1964 第二次5か年計画(内容充実、社会増対策の時代)を定め整備を促進 小学校屋体について新たに負担することとし、義務法の一部改正を行う

1968 公害対策として騒音、大気汚染の防止工事等に対して補助1969 第三次5か年計画(過密、過疎対策の時代)を定め整備を促進

1970 学校建築の変化

オープンスペース ・オープンプランの模索

1971 「児童生徒急増市町村公立小学校施設特別整備事業」として、児童生徒急増市町村の小学校用地取得費に対し定額(1/3相当)を補助

1973 義務法の一部改正。 ・小学校屋内運動場の負担率を1/2(公害防止対策事業では2/3)に引き上げ ・児童生徒急増地域の小学校校舎の負担率を2/3に引き上げ

1978 義務法の一部改正。児童生徒急増地域の小学校校舎の負担率を2/3に引き上げる措置を1982年まで継続 (随時延長後、1993年に1997年度まで延長決定。負担率は5.5/10に見直し)

1980 地域開放・外部空間との連続性・外部との一体感

基本設計費の補助制度(1985)建築家の参入

オープンスペース ・オープンプランの普及

設計プロセスの変化(コンペ・ワークショップ)

1982 小・中クラブハウス整備事業について補助 屋外教育環境整備事業について補助(補助率1/2、1986年度までの5年間)1984 多目的スペースを確保するための制度改善 『教室不足の範囲とし、多目的スペースの総面積の不足を加算』 『多目的スペースを設ける学校の校舎に係る必要面積を引き上げ』

1986 31学級以上の過大規模校の分離に必要な用地取得については児童生徒急増市町村以外の市町村も対象とする 木材使用促進対策の一環として「木の教育研修施設」について補助1987 屋外教育環境整備費補助制度を5年間延長するとともに、補助対象施設のメニューを拡充1989 大規模改造(大規模改修から改称)費補助を拡充する 『情報教育に対応するための補助対象工事費の拡大』 『木造建物への適用拡大』

1990 画一的オープンスペースの打破

インテリジェント化

木造校舎リバイバル少子化  複合化  生涯学習

環境を考慮した学校施設 (エコスクール)の整備 (1996)

1990 コンピューター教室を整備する場合、校舎の補助基準面積に所用の面積を加算 屋外教育環境整備費補助について、補助対象施設のメニューを拡充するとともに、補助要件を緩和1993 コミュニティー・スクール整備事業を創設1994 「学校図書館図書整備新5か年計画」の実施に伴い必要となる図書スペースをの確保のため、小学校校舎の基準

面積を引き上げ 大規模改造事業の拡充を図る『LL専用教室の整備』『特別教室、管理諸室の空調設備の整備』1995 屋外教育環境整備事業の拡充を図る(屋外運動場のモデル的整備の補助対象化、屋外運動広場の廃止) 小中クラブハウス整備事業の拡充『備蓄倉庫分としてクラブハウスの基準面積を拡充』1997 小中学校校舎の基準面積の改定(平均改定率:小学校:17.8%)1998 学校施設複合化推進事業を2002年度まで延長 複合化対象施設のメニューに福祉施設を追加1999 大規模改造事業(LL専用教室改造、アスベスト対策工事事業)の単独事業化

2000 PFI事業防犯に対する意識の向上

既存校舎のコンバージョン

2001 IT授業や20人授業等のための「新世代型学習空間」の整備 『国庫補助基準面積の改定』 『補助下限額の引き下げ』 地域コミュニティーの拠点としての学校施設整備2002 安全管理対策に資する工事への補助対象化 エコスクール・パイロットモデル事業の拡充及び延長 分散型コンピューター教室、クラブ活動室に対する面積加算の廃止2003 木の研修交流施設整備事業を木の教育環境整備事業へ再編 既存建物の教室、廊下等を改造する事業を補助対象に追加2005 建築基準法(学校における居室の天井高3m)の改訂

*赤字は、特に学校建築の動向に影響を与えたと考えられる重要な出来事。出典:東京都立大学大学院工学研究科建築学専攻 上野研究室 登坂壮人 修士論文より

Page 5: 学校建築ストックの特徴 - さくらのレンタルサーバ...11 Chapter 1 学校建築ストックの特徴 下との間仕切り壁を取り払ったオープンな教室を並べ、その前

13

Chapter 1 学校建築ストックの特徴

2 学校という施設の特徴 ここでは、学校という施設・機能の持つ特徴について様々な側面から整理します。①こどもを安全・健康に育てる場

 いうまでもなく、学校では1日の大半の時間を多くのこどもたちが過ごしています。したがって、その空間がこどもたちにとって、安全かつ健全であることは最優先に考えられるべきことです。このことから学校建築には他施設に比べ、手すりの高さ、階段のけ上げ寸法、廊下幅、採光面積等々、こどもたちの安全と健康のために多くの取り決めがなされてきました(詳細は1-3)。それに加え、近年学校を舞台として起こった痛ましい事件を背景に、「防犯」というキーワードが以前にも増して注目されるようになりました。「地域に開かれた学校」を目指す一方、こどもたちを外部者から守ることを両立させる必要が学校にはあります。特に余裕教室を地域施設として転用する際などには、こうした問題は重大です。今、開くことと、守ることのバランスは学校建築の大きな課題となっているといえます。②フレキシビリティの高い均質な建物

 公立の学校は、その周辺地域の人口推計などを基に、将来的な学校規模を想定した上で計画されるのが一般的です。しかし、そのような計画を行った場合にも、予期せぬ児童生徒数の変動に対応できるよう、可能な限り、どの教室も変わりなく、均質的にフレキシブルな使用を想定して設計されてきました(図1-9)。低学年から高学年の教室まで、1階から4階までほぼ変わらないデザインと寸法計画で教室を並べ、教室数のコマ割によって設計されてきた建物なのです。③日当たりのよい南向き教室

 日本の学校建築は、全国どの地域においても、敷地上の条件がない限り、ほぼ全ての教室が南向きに配置されるよう建てられています。これは、照明設備などのない時代に自然採光を教室にできる限り多くとり入れようと工夫した際にできた定石であると考えられます。しかし、人工照明設備がほぼ完全に整備されている今日の学校において、直射日光の差し込む南向き教室のメリットは、少ないと言っていいでしょう。暑い夏の日射がぎらぎらと差し込み、冬の低い太陽から直接日が差し込む教室は、こどもたちの視環境、熱環境という点で決して良い環境とはいえません。しかし、どういう訳か未だに学校の設計に

おいて、教室を南向きに設計することは、優先度の高い設計条件として取り上げられているのです。④所有権の曖昧な建物

 他の施設も同様ですが、これまで学校を建てる際には国(文部科学省)から建設費の半分相当の補助金が支払われてきました。それでは学校が学校として使われなくなると、学校をつくる目的の補助金で建てられたこの建物は一体誰のものになるのでしょう。この補助金の返済義務に関する問題もまた、学校から他の用途へ転用、改修する際に注意を払わなくてはいけない課題でした。しかし、廃校跡施設および余裕教室のより有効な活用を促すため、平成9年以降一定の公共施設への転用においては文部科学省への報告を経ていれば、補助金の返済が免除されるような緩和措置も執られるようになっています。⑤人々の思い入れの深い施設

 学校という施設は地域の人々にとって市役所や図書館、公民館といった他の公共施設とは違った意味をもつ施設であるといえるでしょう。地域のこどもたちを預かり、育て、こどもたちの社会が存在する場、地域の人々が見守る施設、地域の心象風景となっている場所、それが学校です。その、地域の中に生きてきた学校が廃校となり、建物からこどもたちの姿が消えたとき、この施設、この建築物はどんな意味を持つのでしょう。ここに浮かぶこうした思いが、学校の転用や改修・改築における最も大きな特徴といえるのかもしれません(写真1-1)。

家庭科室 準備室

図書室 準備室

4-3 1-3 1-2 1-1 2-1 2-2 2-3 3-1放送室

女子WC

男子WC

W C

PCルーム

写真1-1 廃校校舎に残る卒業記念作品

図1-9 均質的に南向きに諸室が並ぶ従来型の校舎

Page 6: 学校建築ストックの特徴 - さくらのレンタルサーバ...11 Chapter 1 学校建築ストックの特徴 下との間仕切り壁を取り払ったオープンな教室を並べ、その前

14

写真1-2 一般的な学校建築の外観(南面) 写真1-3 一般的な学校建築の外観(北面)

1 建築物としての学校の特徴 学校建築は施設に求められる諸室やその条件から、ビルディングタイプとしては共通した特徴を持っています。例えば平面計画面の特徴には、グラウンドや昇降口の取り方などによる校舎配置、普通教室・特別教室の配列方法や、諸室に対する廊下の取り方、トイレなどの水廻り位置などがあげられます。さらに、1つの普通教室を構成するための柱スパン寸法や、法律で定められた天井の高さ、開口部の面積なども他のビルディングタイプには見られない特徴です。 これらの共通した特徴を有する訳ですから、学校施設の建設を合理的に進めようと、設計の標準化が行われるようになりました。その結果、初めて訪れた都市でも学校施設は一目でわかります。このことは、学校施設に求められる機能が直接的に建築に現れているということ、つまり、内部空間と外部表現が限りなく一体化していると捉えることもできるでしょう。 なぜこのような話をするのかというと、建築の再生においてはそのベースとなる既存建物の特徴が、新しい用途施設に変更する際の設計に非常に大きく作用するからです。真っ白なところに新しく施設を造るのではなく、現存する建築で新たな施設

を実現するためには、当然ながら制約が生じます。いくらでも予算が掛けられるのであれば何でもできますが、それが困難であるからこその建築の再生ですから、既存建築との折り合いが不可欠になります。2 共通する有効活用の手法 学校施設の再生では、先述した共通的な特徴に基づいて設計されているため、折り合いの付け方にも何かしらの普遍的な共通解が見いだせそうです。そして、元が学校施設であったからこそ魅力的な活用ができたという、ポジティブな活用も可能なはずです。既存建物の有効な活用とは、施設機能として活用できれば良いというわけではありません。そうであれば、単に中身を入れ替えればよいことになります。内部空間の使いやすさや外観の見栄えも含めた建築総体の利用価値の向上こそが、長く愛着を持って使い続けるというストック思考に欠かざるべき目標です。 そのためにも、既存の学校施設に存在する前提条件の把握・整理とともに新しい用途機能の要求条件との相互関係について多角的に分析を行い、学校施設の有効活用に資する設計手法を提示することが必要になるわけです(写真1-2、写真1-3)。

■1-3  学校建築再生の前提にあるもの

Page 7: 学校建築ストックの特徴 - さくらのレンタルサーバ...11 Chapter 1 学校建築ストックの特徴 下との間仕切り壁を取り払ったオープンな教室を並べ、その前

15

Chapter 1 学校建築ストックの特徴

3 再生における学校建築の長所と短所 建築基準法および同施行令では、教室の天井高は3mとすること(2005年11月の改正により廃止)、採光面積は室面積の1/5

以上とすること、廊下の幅員は両側教室で2.3m以上、片側教室で1.8m以上とすること、階段の幅、け上げ、踏面は、140㎝以上、16㎝以下、26㎝以上とすることと規定されています。共同住宅の規定と比較すると、例えば居室の天井高は2.1m以上、居室の採光面積は床面積の1/ 7以上、廊下の幅員は両側に居室がある場合で1.6m以上、片側の場合で1.2m以上必要となっています。このことは他の用途施設の建築に比べ、学校施設は与条件として十分な開口部と天井高、廊下の幅員を有していることを示しています。 新たな学校施設の建設に当たっては、これらの規定は様々な制約条件を生み出すことになりますが、ストック活用においてはかえって有利な条件として働くことも考えられます。例えば、学校施設を共同住宅にコンバージョンする場合、上記の規定内容は転換後の余裕のある空間をあらかじめ保有していることになります。新たな空間機能に併せてすでにある空間のキャパシティを増加させることは構造的にもコスト的にも容易ではありませんが、元々キャパシティに余裕があれば再生のための設計の可能性は飛躍的に広がります。

写真1-4 グラウンドを駐車場として活用

写真1-5 グラウンドを駐輪場として活用 写真1-6 屋上プールをビオトープとして活用

 一方、再生のベースとなる建築(以下、ベースビルディングと呼びます)として、学校施設特有の問題点もあります。まず、学校施設において最も数の多い居室である普通教室の面積が一学級の児童数から約60㎡とされていることです。その空間を構築するための構造スパン(柱間の寸法)は、8m×8mなど標準化されており、隣り合う教室間の壁は地震力に抵抗する耐震壁とすることが一般的です。この耐震壁は建物全体における重要な構造要素ですから、容易には撤去できません。例えば、2つの普通教室を繋げて活用したいと考えても簡単にはできません。つまりベースビルディングの特徴ゆえの限界ということです。また、室内の温熱環境の劣悪さも大きな問題です。学校施設は採光を確保するために教室が南側に面することが多いのですが、庇など日射を遮るものがほとんど設置されていません。加えて開口部の面積が大きく、さらにはガラス面もシングルガラスと断熱対策がなされていないため、夏場・冬場の熱負荷は極めて大きくなります。7月の教室内の温度は40℃近くまで上昇することもあるようです。室内気候の改善策として空調機などの設備機器の設置がありますが、建築的な対応とはいえませんし、エネルギー消費の面からも賛成できるものではありません。一般に校舎を取り囲む広い敷地の大部分を占めているのは、広いグランドです。この広いグラウンドは地域社会のオープンスペースとして多面的な可能性を有しています。面積的にまとまったグランドは、増築可能なスペースとしての潜在的なポテンシャルを持っている他、公園や緑地への転換など地域社会のオープンスペースとして有効に機能しうる空間といえます。(写真1-4、写真1-5、写真1-6) 以上のように、ベースビルディングとしての学校施設の特徴は、既存建築の有効活用に大きく影響するわけですが、効果的な活用のためには、その特質を上手に統合することが不可欠です。そのためには新たな技術開発も必要になるでしょうが、既存技術の応用も視野に入れるべきと考えます。既存建築を対象とした再生ですから、その成否の鍵は既存技術が握っているのかもしれません。

Page 8: 学校建築ストックの特徴 - さくらのレンタルサーバ...11 Chapter 1 学校建築ストックの特徴 下との間仕切り壁を取り払ったオープンな教室を並べ、その前